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【クライ・ハヴォック・ベンド・ジ・エンド】

◇総合目次 ◇エピソード一覧


この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正版が、上記リンクから購入できる第2部の物理書籍/電子書籍に収録されています。また、第2部のコミカライズがチャンピオンREDで行われています。



【クライ・ハヴォック・ベンド・ジ・エンド】


1

 キョート城、謁見の間。

 邪悪なる古代ニンジャヘレニズム様式のレリーフ彫刻と没薬の煙、奴隷ゲイシャが一心に爪弾くオコトの音が、ザイバツ・シャドーギルドの心臓部たるこの広間に、退廃的で謎めいたアトモスフィアを形作る。巨大なニンジャファラオ像に挟まれた玉座はこの日も紫のヴェールで覆い隠されていた。

 小柄で陰気なニンジャが彼を伴い入場すると、玉座の側で傅いていた数人のニンジャ達は互いに目配せを交わし、無言で警戒めいた剣呑な気配を漂わせた。玉座に座るロードの顔はノレンに遮られ、読み取る事は出来ぬ。

 小柄で陰気なニンジャ、すなわち大参謀パラゴンが促すまでも無く、彼はまず玉座に、そして高く掲げられた「ニューワールドオダー」のショドーに、そして他のニンジャ達に、丁寧なオジギをした。そして優雅ですらある仕草で片膝をつき、両手を額の前で組み、頭を垂れた。「ドーモ。ダークニンジャです」

「フォー、フォー、フォー」ノレンの向こうで気だるげな笑い声が発せられた。「早い帰還、大儀であった」「ありがたきしあわせにございます」「……見せよ」ダークニンジャは頷き、腰に吊るしたカーボンフロシキを目の前に置いた。大きさはちょうど人間の頭くらい……そう、中身は実際生首であった。

 柱のそばで直立するグランドマスター・ニンジャ……イグゾーションは、フロシキの中から現れたニンジャの生首を見て、やや目を細めた。それはかつて彼が指導したニンジャ、パラベラムの成れの果てであった。

「さすがだダークニンジャ=サン」ロード・オブ・ザイバツは賞賛した。「ギルドの秩序を乱す害虫の駆除の手際、実際鮮やかであった」「私からも礼を言わせて頂こう、ダークニンジャ=サン」イグゾーションが軽くオジギした。「そ奴はかつて私のアプレンティスの一人だった。教えに泥を塗ったクズだ」

「……見事なワザマエだ」パラゴンはイグゾーションを一瞥した後、ダークニンジャに言った。「コフーン遺跡の件についても、オヌシの陣頭指揮を認めよう」「ありがたきしあわせ」「我らは本件の進捗を重大な関心で見守っておる……ギルドがオヌシに置いた信頼を、みすみす損なう事の無いようにな」

「ソウカイヤの汚泥にまみれた私が今この場でこうしておられるのも、ロードの恩寵と皆様のご寛大なお心あっての事です。少しでも応えられるよう、未熟ながら一生懸命励みます」ダークニンジャは言った。「なんと……」「己の成功を鼻にかけもせぬ」「奥ゆかしい……!」ニンジャ達がざわめいた。

「フォー、フォー、フォー。謙遜はよい」ロードが制した。「オヌシの持ち来った情報は兼ねてより我らが欲しておったもの。アラクニッドの占いを裏付けた形だ。真の三神器の力あらば、ギルドそしてキョートの繁栄は、いずれ、かつてのショーグン・オーヴァーロードの治世にも並ぶものとなろう」

「このミッションには無慈悲さが求められる」パラゴンは陰気に言った。「だがオヌシのことだ。なんの問題も無かろうな」ダークニンジャは頷いた。「なんの問題もありませぬ」「よいぞ」パラゴンは言った。「劣等な人間どもの命など、村一つ、町一つ滅ぼそうが何の問題も無し」「おおせのままに」

「期待しておるぞ……フォー、フォー、フォー」両脇から巨大フスマが玉座を遮るようにスライドし始めた。謁見の時間は終わりだ。パラゴンは儀式めいて両手をバンザイし、叫んだ。「ガンバルゾー!」他のニンジャ達も同様の仕草で唱和する。「ガンバルゾー!」ナムアミダブツ!なんたる禍々しい光景か!

 秘密の呪文めいて唱えられるザイバツ・シャドーギルドの文言「ガンバルゾー」が繰り返し暗黒の広間を震わせ、奴隷ゲイシャは恐怖の涙を溜めつつ不気味なオコト旋律を繰り返す。おお……キョートの暗黒は深くそして濃い……!「ガンバルゾー!」「ガンバルゾー!」「ガンバルゾー!」


◆◆◆


 キュッキ、キュッキ、キュッキ。渡り廊下の床板が鳴る。エンシェント・キョート建築として秘伝される特殊な床板の張り方によって、キョート城の渡り廊下を人が通過する際、床板が小動物めいた音を立てるのだ。ダークニンジャは無表情である。足早に渡り廊下を進んでゆく。手摺の向こうには満月。

 キュッキ、キュッキ、キュキュキキ、キュキュキキ。床板の鳴き声が不自然に重複した。ダークニンジャは前方の闇を睨む。床を踏み鳴らし現れたのは一人のニンジャであった。薄茶色のニンジャ装束を着込み、額には「身勝手」と赤く書かれたハチマキが巻かれている。この赤は血だ!不穏!

「ドーモ、ダークニンジャ=サン……デザートバットです」オジギするデザートバットは憎悪に染まった目をダークニンジャに向けた。「貴様には死んでもらう」「ドーモ、デザートバット=サン。ダークニンジャです」ダークニンジャはオジギを返した。「確かパラベラム=サンの相棒だな」「そうだ」

 デザートバットはハチマキの「身勝手」を指差した。「これは個人的な怨恨に基づく独走だ。おれはイグゾーション=サンの部下だがイグゾーション=サンには一切咎は無い。とにかく殺す!ダークニンジャ=サン、殺す!そして俺はセプクする!」ダークニンジャは構えた。「穏やかで無いな」

「当たり前だ!」デザートバットは叫んだ。「パラベラム=サンには事情があったはずなのだ。それを貴様は……」ワナワナと拳を震わせる。ダークニンジャは無感情に言った。「くだらん感傷と憶測に俺を突き合わせるな」「ウオオーッ!殺す!」デザートバットは両手を広げダークニンジャに「イヤーッ!」

「アバッ?」「……」ダークニンジャはデザートバットの後ろに着地した。その手にはカタナが握られている。「アバーッ!」デザートバットの胴体が斜めに裂け、血を噴き上げてよろめく!「雑な太刀筋だ。やはりベッピンで無くば」ダークニンジャはカタナを不満げに見下ろし、呟いた。

「アーッ!アーッ!」デザートバットは血を噴き上げながら欄干にもたれかかる、そして、「サヨナラ!」無残に爆発四散した。ナムアミダブツ!「……」ダークニンジャは懐に手を当てる。そこには折れたる刃がしまわれている。妖刀ベッピンの刃が。「……だが、じきだ。もうすぐだ」彼は満月を睨んだ。


2

「ハァー!ハァー!フゥー!フゥーッ!」いかにも浮浪者然とした男が荒い息を尽きながらモンチ通りをよろめき歩く。モンチ通りはアンダーガイオン第二層、決して明るい地域では無いが、男の身なりはこの地の人々からも明らかに浮いており、誰もが顔をしかめて道を開けた。

 男の顔は泥かススのようなもので真っ黒であり、額からは出血していた。もっと重大な怪我は左腕で、肘から先が失われ、ボロ布で止血された先端部は赤黒く染まっている。つい最近の怪我なのだ!男は濁った目でキョロキョロと通りを見渡す。ほとんど見えていないのかもしれない。

 地面にへばりつくような平屋作りの家々には金属パイプがマングローブじみて這い回り、その節々から熱い蒸気が噴き出す。頭上の「天井」には、雲が流れる青空がペンキで描かれており、規則的に配置されたLEDが太陽がわりにそれを照らしている。「空……空だ」男は震えながら天を仰ぐ。

 ナムアミダブツ、偽りの空にこの男は涙を流すのだ。そしてその空のあちらこちら、まるで男をあざ笑うかのように、抜け目無くネオン広告パネルは配置され、うるさく光る。「疲れを忘れバリキだ」「安心安全が、さっきから」「もっと働いてもいい」「ガールズバー」「買い切り」「おでんのチェーン店」。

「アセンショーン、一生懸命やっていくと、上にラブ、ラブが最上階だったの~」電柱にくくりつけられたスピーカーからはアンビエント音楽としてスカムなポップスが流れる。労働とそれに伴うアッパー層への上昇を人々に期待させる夢見がちな歌謡曲である。「フゥー……フゥー」男はまた歩き出す。

「あなた病院行かないといけんよー」フラフラと歩く男へ、道端に洗濯物を干していた老婆が忠告した。どのみち、言ってみただけである。男は見るからに、治療を受けられる身なりでは無いのだから。彼は老婆のほうを見もせず、憑かれたように通りを歩いてゆく。「フゥー……フゥー」

 男の眼前には、路面に長テーブルを出した食事処がある。店には屋号「孫の店」がショドーされたノレンが張られ、立てかけられたノボリ旗には食欲をそそる相撲フォントで「自然風味」と書かれている。漂うアミノ酸の匂いに、男はフラフラと引き寄せられる。

 ズルズルとソバをすすっていた白髪の男は満身創痍の男が近づいてくるのに気づく。彼はソバをすすりながらその様子をじっと見ていた。白髪の男の向かいに座ってスシを食べていたハンチング帽の男も、彼の視線に気づいて首を巡らせた。「……アバッ」満身創痍の男は二人が見ている前でうつ伏せに倒れた。

「オイオイオイ!」ソバのドンブリを置くと、白髪の男は大柄な身体に似合わぬ敏捷な動きで、倒れた男のもとへ駆け寄った。「マラソン帰りか何かか、おっさん!そこで寝ちゃあダメだよ。清掃されちまう」「ち、地上……やっと来た……」「ハン?」白髪の男……私立探偵タカギ・ガンドーは首を傾げた。

「青空が……やっと」「オイオイ……大丈夫かい?惜しいけど、ありゃあウキヨエだぜ、悪趣味なもんじゃないか。ここは随分上だが、地表ってわけには……」いつのまにか二人の傍にはハンチング帽の男もしゃがみ込んでおり、片手を上げてガンドーを制した。そして無言で首を横に振った。

 男は虫の息だった。肺に穴が空いたかのようなヒューヒューという音を立て、小刻みに震えている。失われていないほうの手が懐を探り、血で汚れたマキモノを取り出した。「お、俺はもうだめだ。たのむ、地表の人。あんたがたの身分なら、政府にこれを渡せるだろ……じ、ジキソ……」「ジキソ?」

 ジキソ。政府高官に下層民が直接に要望を手渡すイレギュラー手段の事である。江戸時代においてこの方法はしばしば試みられ、様々な悲劇を生んだとされる。現代のキョートにおいて、それが意味するところとは……。「お、俺は14層から来たんだ、自力で。これで報われた……」「14?自力?」

 ハンチング帽の男……ニンジャスレイヤー=フジキド・ケンジは、ガンドーと目を見合わせた。14層。そこからこの第2層まで、リフトを使わずに上って来たのか?ただ事ではない。

 逆ピラミッド型の多重構造をとるアンダーガイオンはおおまかに四つの「格差」で分けられる。地下第一層。そして2層から9層までの「中層」。その下のレベル群「下層」。そして……遺棄されたる最下層。14層ともなれば、下層の相当下部に位置する事は間違いない。

 十中八九、この重篤な負傷は無茶な上昇に伴う怪我だろう。片腕が失われた他、どうやら全身に火傷を負っている。リフトの機関部を這い上がりでもしたのだろうか。とても想像のつかぬ行いだ。「ブッダ……」男はガンドーに抱えられたまま、がっくりとうなだれた。「死んだ」ガンドーはしかめ面で言った。

 ガンドーはマキモノを手に取り、男の懐を探って、IDも回収した。「14層。ブッダ!間違いなしだ」IDに記載された居住地に目を走らせ、ガンドーは言った。ゆっくりと死体を道路脇に寝かせると、彼はソバのドンブリをうんざりと眺めた。「さすがに食う気が失せたぜ」「……」

 ファーオ!ファーオ!交差点を曲がって霊柩車がサイレンを鳴らしながら走ってくる。食事処の店主あたりが通報したのだろう。行き倒れの遺体は速やかに回収され、どこかへ運ばれる。「追悼と衛生の両立」「実際迅速な」と書かれたワンボックスカーには申し訳程度の小型シュラインが乗っている。

「あれこれ聞かれたら面倒だ」ガンドーはオールドイェンの素子を店内の店主めがけて見事なコントロールで投げると、ニンジャスレイヤーを促して歩き出す。霊柩車からスタッフが駆け下り、遺体を手際良くストレッチャーに乗せてゆく。

「……いやはや。ジキソとはね」ガンドーはマキモノを手の平で弄んだ。歩きながらそれを紐解き、読み始める。ニンジャスレイヤーはそれを見やった。「何のつもりだ」ガンドーは口の端を歪めて笑った。「首を突っ込もうってんじゃないさ!ジキソの内容に興味あるだろ?14層だぜ?エピック!」「……」

 ガンドーは稚拙な筆跡で書かれたそのジキソ・ドキュメントを読み始めた。やがて足を止めた。「オイオイオイ……」ニンジャスレイヤーは目を細めた。ガンドーは無言でマキモノを手渡した。

政府のえらい方、どうかどうかお助けください。我々はアンダーガイオン第14のバラキ居住地の者です。皆様の日々のせいかつに必要なバイオ化石燃料を掘って毎日を一生けんめい過ごしております。つつましい暮らしです。私達が今恐ろしい事になって、とても酷いのです。
話はほんの先週の事です、黒スーツのまるで地主のセンセイみたいな人が、最初は丁寧だったんです、それが

 ニンジャスレイヤーは眉をしかめた。何ととりとめの無い語り口か。だが、いかにも必死な様子は伝わってくる。生まれながらに辛い労働を運命づけられ、無知と貧困を押し付けられた人々だ。

 当初、その話はありふれた地上げトラブルをフジキドに予想させた。採掘場を閉鎖する。それにあたり立ち退きを……。ネオサイタマ近隣のトットリーヴィルでオムラのニンジャを殺した記憶を、彼は蘇らせる。そして、ユカノのオリガミメールを。

 だが、その訪問者は、住人にとっても、そしてこのマキモノを読むフジキドにとっても予想を超えた話をしたのだ。それは提案ではない。一方的な通知であった。曰く……

あなたがたの住むこの14層の真上、13層に、垂直掘削用のシリンダーハンマーを建造しています。これは非常に巨大なものです。

この超弩級シリンダーハンマーは13層から最下層までを一度に貫通し、そこに垂直エレベーターを通すものです。掘削の際、あなたがたは天井や土砂の崩落に巻き込まれ、ほぼ確実に全員死にます。

あなたがたを避難させたり別の居住区を用意する事は、コスト面や治安面において問題を引き起こす為、不適切であるという結論が出ました。ご了承ください。掘削作業とそののちの最下層調査、全工程の終了後、貴方がたの鎮魂オベリスクを一基、設置しますので、ご安心ください。

 フジキドはマキモノから顔を上げた。たまたまその横をすれ違おうとしたオカモチ・バイシクルマンがその眼光を見てしまい、失禁しながら転倒した。「アイエエエエ!?」だがその憤怒も道理!これほどの理不尽は、フジキドのソウカイヤとの長い戦いにおいても実際無い!法もブッダも消え果てたか?

「だ、そうだぜ」ガンドーは苦虫を噛み潰したような表情で水を向けた。「まあなんだ、アンダーガイオンの下層の人間ってのはさ、上に上がって来られる事なんて、一生無いんだよ。中層で暴動が起こればアナウンスもされるし、皆も関心を向ける。だが14層なんて深さになると実際インビジブルで……」

「ガンドー=サン」フジキドは遮った。「ああ、わかる」ガンドーは両手を広げ、首を振った。「胸糞悪い話だぜ。これがキョートさ、ニンジャスレイヤー=サン。ブレーキが無いんだよ。地下深くの闇に光が差す事は無い。だけど俺ァな」「ガンドー=サン」フジキドは再度、遮った。

「これから降りる。方法を教えてほしい」「え?」ガンドーは瞬きした。「マジか。下層に?これから?今?」フジキドは頷いた。ガンドーは矢継ぎ早に問いかける。「さっき一仕事して、一服して、このまま行くのか?」フジキドは頷いた。ガンドーは天を仰いだ。「ブッダミット。過労で死ぬぜあンた」

「問題無い。先程のニンジャは弱敵だ。傷も疲労も無い」「待て待て待て、俺がちょっと見てくるさ!これはあンたの問題じゃねぇよ」「いや」フジキドは首を振った。「それを言うなら、その件は十中八九ザイバツ絡みだ。私にはわかる」「お得意のニンジャ第六感?」「ここであれこれ考えても意味は無い」

 ガンドーは肩をすくめた。「オーケイ、オーケイ。あンたのイカレっぷりにも慣れてきた頃さ。……考え方によっちゃ、さっきのアワレな男は正しい相手にジキソする事ができたとも言える。仮に地上で政治家センセイにこのマキモノを渡したところで、逮捕されるのがオチだしよ」フジキドは答えなかった。


3

 ゴギン!ガン!ゴギン!ガン!ゴギン!ガン!耳をつんざく機械音とセントー(訳註:銭湯か)めいた蒸し暑さがアンダーガイオン第13レベルを支配していた。恐ろしい騒音は司令室にも届いてくる。コブチャを手に、落ち着かなげに行ったり来たりするのは、真鍮色のニンジャ装束を着たニンジャである。

「ええい!この劣悪環境!息が詰まる事このうえない」真鍮色のニンジャは苛立たしげに吐き捨てた。司令室には彼の他、UNIXに向かう数人のエンジニアがいた。真鍮色のニンジャの癇癪を恐れ、彼らは一心不乱にタイピングを続けている。「何とか言わんか!」「アイッ……ええ、息が詰まります……」

 真鍮色のニンジャは舌打ちした。「下劣な下層民の吐き出した二酸化炭素がまだこの大気中に残っている事を考えるだけで虫唾が走るというのに」「ま、まったくでございますね……」タイピングを続けながらエンジニアが相槌を打つ。「無駄口を叩くな、下郎!」「アイエエエ!」理不尽!

「入念にやれよ。入念にな。だが迅速にやれ。わかっておるな」真鍮色のニンジャは哀れなエンジニア達を脅した。「ダークニンジャ=サンに恥をかかせるような事があれば絶対に許さぬぞ」その時、背後のカーボンフスマ戸が開いたのである。「……そう苛立ったものではない。トゥールビヨン=サン」

「ダークニンジャ=サン!これは!」真鍮色のニンジャ、トゥールビヨンは弾かれたように振り返ると、素早くオジギした。そして手にしたコブチャを慌てて近くの戦略机に置いた。「メディテーションはもうよろしいのですか?」「うむ」「よくぞこの劣悪な環境下で……」

「稼働テストの首尾はどうだ」「はっ!万事うまくいっております。一分一秒の遅れもなく、奴らに鉄槌を下すことができましょう!」「下層民の排除は主目的ではない。エレベーターの建造だ。わかっているとは思うがな」「その通りでございます!気が急きました!」トゥールビヨンはオジギした。

「お前も休んだらどうだ。スシもある。地底ストレスは実際相当なものだろう、誰にとっても」「そんな……勿体無いお言葉です」トゥールビヨンは震えた。その声は若く、眼差しは真っ直ぐで、意志の強さを感じさせる。だがそれは同時に、どこかしら危うさにもつながっているようだった。

 トゥールビヨンは実際若いニンジャだ。だがそのワザマエはギルドの覚えもめでたく、既にマスター位階を授かっている。年に似合わぬ実力と、それを自覚する事による鼻持ちならない自信が、彼のパーソナリティを形作っていた。そんな彼が、ダークニンジャに対しては半ば崇拝めいた気持ちを抱いている。

(彼こそはまことの英雄だ)トゥールビヨンは考える。(任務遂行に際して一切の私情を挟まず、信じられぬカラテのワザマエを持っている。おお、あのパラベラムを葬った回し蹴りの、なんと鮮やかだった事だろう!そして常に目上の者を立て、目下の者を気遣う奥ゆかしさ……なんたる器の大きさ!)

 それに引き換え、なんと卑しき連中だろう!トゥールビヨンは背中を丸めてタイピングするエンジニアを睨んだ。ニンジャの中にも軽蔑すべき連中は幾らでもいるが、こいつら非ニンジャはそれ以下の堕落存在、生まれながらの奴隷だ。ましてや、この足の下でムカデめいて蠢いている下層民と来たら……!

 彼は吐き気をこらえた。信じられない!早く根絶やしにしたい!……トゥールビヨンはガイオン地表、富裕層の生まれである。事故で両親を失ったその日に、彼はニンジャとなった。家族を殺したのは地下人の運転するバスだった。運転者は運転中にカロウシし、両親を巻き込んだのだ。

「全景です」エンジニアがダークニンジャに話しかける声が彼の白昼夢を破った。ダークニンジャはUNIXモニターに映るカメラ映像をエンジニアと共に眺めていた。そこには超弩級ハンマーシリンダー「ベヒーモス」の怪物的な巨大シルエットが映し出されている。まるで製鉄工場のような威容だ。

 機構の上部は上の第12層をぶち抜いている。オムラ・インダストリによるこのたいへん大掛かりな破壊装置はただこの一つしか存在しない。掘削現場でスモトリがあらかじめ分解されて運ばれたユニットを建造し、運用するのだ。鋼鉄ハンマーを垂直に突き下ろし、14層、15層をブチ抜く。住人は死ぬ。

「トゥールビヨン=サンが仰ったように、ベヒーモスの起動は予定通りのスケジュールでいけます。その後、最下層への直通エレベーターを通すわけです。例の遺跡へ」エンジニアが言った。トゥールビヨンは熱っぽくダークニンジャに言う。「そうです!そしてお望みのウミノ・スドも到着しております!」

「ウミノ=サンを?」ダークニンジャはトゥールビヨンを見た。「よく見つけて来られたものだ」「そ、それはもう!」トゥールビヨンは感激して答えた。ダークニンジャは呟く。「実際、彼が適任なのだ。コフーン遺跡の実在が確認される以前から、彼はその存在を示唆していた。学術的な積み重ねでもって」

「噂をすれば、です」トゥールビヨンはIRC通信のノーティスに注目した。出入り口を指差す。カーボンフスマが開き、ネルシャツ姿の痩せた中年男が姿を現した。顔面蒼白、着の身着のまま連れてこられたといった体(てい)である。クローンヤクザが両脇に立つ様は、ほとんど囚人の護送めいている。

「ドーモ、ウミノ=サン。ダークニンジャです」ダークニンジャはアイサツした。「話は正しく伝わっているか」ウミノはおどおどと室内を見渡し頷いた。「そのう……まさかこれ程大規模な掘削が本当に現実のものとなるとは……」「貴方にとっては自説の裏付けの機会と言えよう」ダークニンジャは言った。

「実際願ったり叶ったりではないか?貴方には名声と報酬が残る。しかもノーリスクだ。コストは全て我々が負うのだから」「それは……その通りではありますな……」トゥールビヨンは怯えるウミノの態度を軽蔑し、密かに舌打ちした。ダークニンジャ=サンがこれほど丁重に接していると言うのに、何様だ!

「聖なるヌンチャク」ダークニンジャは単刀直入に言った。「コフーン遺跡に安置されているのは聖なるヌンチャク……そして残る二つの神器の在り方を示唆する古文書が必ず存在するはずだな」ウミノは驚いて瞬きした。「その通りです。なんと。既にそこまでご存じとは。一体貴方は……」「……」

「……客人に椅子をお出ししろ、バカめ!」トゥールビヨンはクローンヤクザを叱責した。そしてダークニンジャの邪魔にならぬよう、フスマを開けて退出した。彼は廊下の突き当たりのノレンをくぐり、タタミ敷きのメディテーション・ルームに入室した。部屋の中央で中腰姿勢を取り、カラテを構えた。

「……イヤーッ!……イヤーッ!……イヤーッ!……イヤーッ!」右拳。左拳。右拳。左拳。トゥールビヨンは正拳突きを虚空に向かって繰り出し続けた。


◆◆◆


 ゴーン、ゴーン……ガゴーン。重苦しい軋み音が低い層天井に木霊する。その響きに混じって、お決まりのニュース警告音声、コマーシャル音が聞こえてくる。「第7層のイーグル門付近で百人規模の暴動……鎮圧され……」「アカチャン……」ここは中層の最深部、すなわち第9レベル。

 ボロ布ポンチョや編笠姿の労働者達が、互いに言葉を交わす事も無く行き交う。その無言の疲労と絶望のアトモスフィア……同じ「中層」でも、第2層とはまるで異なる世界だ。なにしろここからの降下は、市民にとって人生のデッドエンドを意味する。この地面のすぐ下から「下層」が始まるのだ。

 中層を行き来するリフトの終着駅から降り、別の路線……下層への始発駅へと乗り換える人々はまるでゾンビめいて、俯きながらヨロヨロと歩く。下層へのリフトへ乗り込むものは多いが、降りてくる者は少ない。乗り込む者達の人波にまぎれ、ニンジャスレイヤーとガンドーは暗い視線を交わす。

 ゴーン、ゴーン……ガゴーン。トークン式のゲートの向こうで、降下するリフトの重苦しい稼働が垣間見える。二人はIDを提示してゲートをくぐる。駅構内は不気味な行商人達が思い思いにゴザを広げている。バイオヒヨコを満載した檻に寄りかかるように座る男。ボール紙の看板には「おてまみ」とある。

「安い」「安い」「遺伝子でビジネスあるよ」「タバコと交換」「そっちじゃ騙される」「基板……ギリギリ違法」耳を凝らせば、ざわめきは彼ら行商人が呟く売り文句である事がわかる。リフト利用客は皆、無言だ。

 当然、ニンジャスレイヤーとガンドーもそれら売り子には反応せず、上がって来たリフトに乗り込む。ギュグン!くぐもった稼働音とともにリフトは降下を始める。「アッ!?」申し訳程度の高さの手摺をはみ出し、不注意な労働者がリフトから転げ落ちる。「アイエーエエエ……」悲鳴は眼下の闇に飲まれる。

 パイプ群がむやみに這い回る壁面に、蛍光スプレーで「覚悟はよいか」と書かれている。その他、「火の魔法」「蛇のように曲がりくねる」といった狂気じみて無意味な文言。「アッハハー!」見よ、この満載のリフトにも一人、狂者が一人、蛍光スプレーを取り出し、壁に「サヨンナラ」と書き始めた。

「テメッコラー!」「アッ!?」激昂した労働者に肩を押され、狂者は容易くリフトから転がり落ちる。「アイエーエエエ……」ゴンゴンゴン……陰鬱な下降音。先ほどの落書きも、はるか頭上だ。「第10層ドスエ。忘れ物の無いように」マイコ音声のアナウンス。七割はここで降りるが、二者はそのままだ。

(慣れたものだな)(まあ、ちょっとな)ニンジャスレイヤーは先程のガンドーとのやり取りを思い出していた。ジキソ民のIDをニンジャスレイヤーに渡したガンドー。既に彼は自分用の偽造IDを所持していた。(下層への行き来はしばしばするのか)ガンドーは口の端を歪め(上がって来たのさ)

(上がって来た?)(そう、俺の生まれはな……第13層……今回の腐れ掘削機の設置点とやらだな)そう告げたガンドーは無表情だった。ちょうど今と同じに。(では今回の件は)(ハッ!他人事さ。どうせ俺を知る奴なんざ残っちゃいねえ。そういうものさ……下層ってのは……)

 ゴウン……ゴウン……二者を乗せたリフトは呻き軋みながら、二者をキョートのより深い場所へ……エンシェント・オイランの胎内へと運んでゆく……。


4

 アンダーガイオン第13層……。

 ロッカールームめいて正方形の四角い鉄扉立ち並ぶ通路を歩く編笠姿の男の足取りは重い。この扉群はロッカーではない。コフィン・ホテルのおよそ最もひどい営業形態であり、中には一人ずつ、生きた労働者がスシ詰めで眠っているはずだ。編笠の男は溜息をひとつ吐き、エレベーターに乗り込む。

「ロビーに到着しました。出るドスエ」マイコ音声すらもがどこか剣呑で、彼はひどく侮辱された気持ちになる。だがこれからは毎日このマイコ音声を聞く事になるのか。この生活に慣れねばならないのだろうか。

 慣れる?この環境に?慣れるほどにこの生活を今後も維持できるのか?手持ちはもうあまり無い……。男は暗澹たる気分で考える。とにかく仕事……日銭を稼がねば。玄関のノレンをくぐって外に出ると、そこは第13層の「屋外」……それは巨大な洞窟のようでもある。

 はるか頭上には最小限の鉄骨を張り渡して補強しただけの、地盤むき出しの層天井。足元の地面は硬い粘土質そのままだ。鉄条網で根元を覆われたタングステン・ボンボリが要所要所に配置され、この暗鬱な世界を照らし出す。道端ではコフィン・ホテルにすら泊まれぬ者らがゴロ寝している。

 男は首を巡らし、列を為す人々を見やった。バス乗り場だ。次々にバスがやって来ては、人々をピックアップしてゆく。行き先はリフト駅、あるいはこの同じ13層のどこかの現場だ。「仕事……」男はヨロヨロと列に加わろうと歩き出した。「おい待て。券あるのか券」くたびれた制服姿の人間が呼び止める。

「券?」編笠の男が鸚鵡返しにすると、制服の男は舌打ちした。「あのな、仕事の手配はあっちのセンターなの!ワカル?」制服の男は高台の建物を指差す。瓦屋根のその建物には巨大な看板が掲げられ「手配のセンター」と書かれている。「券無い奴は無い、今日の仕事はもう無い!早い者勝ち!」「な……」

「邪魔!」制服の男が無慈悲に言い捨てた直後、後ろからやってきた労働者が編笠男の背中を押し退け、制服の男に無言で券を渡した。「ハイ、あんたはあっちのバスね。ハイ。次の人。ハイ……おい、邪魔だ、いつまでも立ってるんじゃないよ。排除させるぞ」「……!」なんたる横柄!編笠男は拳を握った。

 だが直後、わなわなと震える拳は力無く下ろされた。怒りのままにこいつを殴り殺しても騒ぎになるだけだ。そして一銭にもならない。無駄なカロリーの消費にしかならないのだ……。編笠男は肩を落として踵を返した。「カスめ」容赦ない侮蔑がその背中に吐きかけられる。

 編笠男はトボトボと坂を下って行く。己の不遇を嘆かずにはいられない。キョートへ来てからボタンを掛け違えたように何もかもうまくゆかぬ。仲間ともはぐれ、あっという間に下層……もはや当初の覇気は失せた。何がマズかったのか、未練がましく記憶を辿り脳内でシミュレーションを繰り返すばかり。

 13層に降りて来たばかりの頃はまだ良かった。鉱山で仕事もあった。いずれ上へ戻るつもりだった。だが彼が暮らしていた区画は突然現れたメガコーポ勢力によって理不尽に閉鎖された。遠くで不吉にライトアップされる製鉄所めいた無骨な建造物を恨めしく見やる。かつて彼が生活していた区画の現在を。

「フー……」彼はもう一度溜息をつき、視線を戻した。彼は目を見開いた。目の前を、よく肥ったバイオモグラが横切ったのだ。「なんだと!」彼はそれを追って駆け出した。周囲を見回す。誰もいない!「おっ、俺のものだ!」

 脂肪とうまい肉を震わせて逃げるバイオモグラに彼は飛びかかった。「イヤーッ!」アメリカンフットボール選手めいて見事にダイビング・キャッチ!「タンパク質ヤッター!」その後方から走り来る輸送バス!アブナイ!彼はモグラを抱えて咄嗟に横に転がり、轢き殺されるのを回避!「ザッケンナコラー!」

 走り去るバスへ向かって毒づいた彼は腕の中で暴れるバイオモグラの首を掴み、一捻りで絞め殺した。ああ!この生暖かい感触!錆びつきかかっていた生存本能がニューロンを輝かせる。そのひとときの甘美な快楽に、男は酔いしれた。そして叫んだ。「モッチャム!モッチャム!」

 ゴゴーッ!砂利を跳ね飛ばし、続くもう一台の輸送バスが通過する。編笠の男は、すれ違いざま、そのバスの中でつり革につかまる男を……ハンチング帽を目深にかぶった男を見上げた。研ぎ澄まされていた彼の鋭敏な知覚力は一瞬で答えを導き出した。「ニンジャスレイヤー!?」

 その瞬間、彼は砂利を蹴って全速でダッシュする!「イヤーッ!」バイオモグラを抱えたままバス目掛けてジャンプし、そのバスのリアパネル金具を片手のニンジャ握力でしっかりとグラップ、取りついた!

「ハッハーッ!」先程までの意気消沈からはまるで想像のつかぬ豪放な笑いを、彼は荒野に轟かせた。「俺のニンジャ洞察力は誤魔化せぬぞニンジャスレイヤー=サン!ではあのアンコールワットが補給基地か……よかろう!ゲリラ!ジェロニモ!」何も知らぬ輸送バスは向かう……製鉄所めいた巨大建造物へ!


◆◆◆


 輸送バスが急ごしらえの駐車場に停止し、労働者達がぞろぞろと吐き出される。その中にニンジャスレイヤーとガンドーの姿もあった。二人は……今のところ……大人しく労働者の列に紛れ、案内役の指示に従っていた。駐車場に待機していた案内役は、当然のごとくクローンヤクザであった。

「工期厳守」「もちろん安全は大事」「礼儀を尽くせ」「コンプライアンス」といったミンチョ体スローガンが砂利道の左右に抜け目無く配置され、労働者を威圧している。歩きながら二者は眼前の巨大建造物をあらためて眺める。製鉄所、あるいは巨人の顕微鏡といったシルエットだ。

 柱状のハンマーシリンダー上部は頭上の層天井を貫通している。いわばこれは鋼鉄製の巨大なウスとキネ……だが突くのはモチではない。足下の地盤であり、階層を隔てる隔壁であり、14層の層天井であり、その下で日々を暮らす人々の住処である。それらを理不尽な雷めいて貫通し破砕する悪魔装置なのだ。

「テメッコラー!」案内クローンヤクザが大声を出して解説した。「この物件の用途は考えなくていい!鋼板一枚、歯車一つ、てめぇらの命より高い!それだけ覚えとかんかい。これから各グループで分けて配置する。組み立て作業は実際締めの工程だぞ!キリキリ作業せんかい。スッゾコラー!」

 ニンジャスレイヤーとガンドーは厳しく目配せする。だいたいの手はずは打ち合わせ済みだ。この現場の関係者達は労働者を無力な蟻扱いしており、IDチェックもずさん、はなから身体検査も金属探知も無かった。安心し切っているのだ。

 実際、下の14層の該当居住区は軟禁めいて封鎖されており、移動や逃走ができぬよう見張られているのだろう。リフトも13層から下は「メンテナンスにより利用不可」とされていた。知識や問題意識を持った人間は、はなからこの掘削計画自体を知りようがないようになっているのだ……通常ならば。

 ニンジャスレイヤーは、あの脱走者の酷い負傷を回想する。あれは実際、無理なリフト登攀によってついた傷だけでは無いのかもしれない。まさに命がけのジキソであったのだ。

「次、この列!あのスモトリに着いていけオラー!スッゾコラー!」「アイエエ!」恫喝に慣れていないのか、ニンジャスレイヤーの前に立つ労働者が早くも失禁した。肉体労働の経験のなさそうな中年である。サラリマンが借金でもこさえたものだろうか?そのような落ちぶれ方はチャメシ・インシデントだ。

「……次はこの列!」ニンジャスレイヤーは別の箇所へ配置されるガンドーを一瞥した。ガンドーは彼を見ずに小さく頷いた。IRC通信機のチャネルはあらかじめ合わせてある。まずは機関室を探り、ハッキングを試みる。そこからは……派手にやるだけだ。


5

「……イヤーッ!……イヤーッ!……イヤーッ!」中腰姿勢から繰り出すトゥールビヨンの正拳突きは250発を数えていた。突き出す拳は空気を裂き、掛け声はトゥールビヨンの中の雑念、ボンノを殺してくれる。下層民への憎しみで判断力が濁れば、結果としてダークニンジャ=サンの迷惑になるだろう。

 ダークニンジャ=サンはギルドに三神器をもたらし、ロードの支配を今まで以上に盤石のものとするだろう。そしてロードのおぼえ益々めでたきダークニンジャ=サンの英雄的指揮のもと、黄金社会、ニンジャが人間を支配する平安時代が再来する……英雄の歩みにノイズを落としてはならないのだ!

「……イヤーッ!……イヤーッ!」「クソ真面目にやってやがるなァ!疲れちまうぜ?」ノレンの下から揶揄めいた声が飛んだ。トゥールビヨンが苛立ちと共に振り向くと、戸口に寄りかかって立っていたのは顔の左半分をサイバネ改造したニンジャであった。「ドーモ、ヴォルテージ=サン」「ドーモ」

 ヴォルテージはオムラ・インダストリから出向しているニンジャだ。この超弩級ハンマーシリンダー施設「ベヒーモス」はオムラ社からザイバツにまるごとリースされた物件であり、専門エンジニアと、このヨージンボ的なニンジャがセットで派遣される契約となっている。

 万が一の侵入者や労働者暴動の対応などダークニンジャが動くまでも無い、トゥールビヨン一人で十分なのだが、オムラにもオムラのコンプライアンスとメンツがある為、ただ無防備に施設を貸し渡すという事は無い。ヴォルテージはザイバツへの牽制でもあるのだ。

 そして実際、こいつは態度が悪い……トゥールビヨンはヴォルテージを剣呑な目で睨む。ヴォルテージはニヤニヤと笑いながら、その視線を受けて立つ。彼の両腕には無骨なニンジャ小手が装備されており、ブレーサー部分からはスタンガンめいた電極が飛び出している。電極間で青い火花が威嚇的に光る。

「楽しいか?俺もやってみるかなァ!イヤーッ!イヤーッ!」「何の用だ!」「ちと報告さ。ローカルIRCの挙動がおかしい気がしたんでね」「何?」「機関室からの定時IRCレポートを確認していたんだが、一瞬ネットワークが切断状態になった。すぐに復帰したが、においやがる」「……」

「いやね、ザイバツ・シャドーギルドの隔離体制に不備があったなんて、まさか思わんよ?あんたやあのダークニンジャ=サンのエリート・アトモスフィアは実際大したもんだよ。まさかまさか、クズ労働者に紛れた外部からの二心ある侵入者なんてなァ?しっかりやってるのになァ?」「貴様!」

 トゥールビヨンのニューロンに一瞬、激烈な殺意が燃え上がる!二人のニンジャは同時に半身の姿勢を取った。一触即発!ヴォルテージの両腕に青白いスパークが弾ける。トゥールビヨンも平手を腰の前で上に向けた独特のカラテを構える。エスケープメント・ジツの予備動作……敵が仕掛けて来れば……!

「……」「……」ほんのコンマ五秒ほどの緊迫状態を経たのち、二人は睨み合ったまま、ファイティングポーズを同一のペースで解いた。「お利口だァ。つまらねェ癇癪でボスに恥をかかせちゃいけねェよ」ヴォルテージは嗤い、手を振って退出した。「機関室、見てくるぜ」「とっとと行け!」

 ヴォルテージの口笛が遠ざかる。「クソーッ!」ズガッ!壁にかかった「不如帰」のショドーをトゥールビヨンの 怒りのパンチが貫通し、壁を穿った。若いトゥールビヨンの目には涙が浮かんだ。やり場の無い怒り、屈辱、責任感、忠誠心、我慢、無力感がない交ぜとなった苦い涙である。

(任務が終わったら……この任務が終わったらあいつを殺す!きっと殺してやる!)拳で涙をぬぐい、胸中でヴォルテージへのあらん限りのノロイを吐くトゥールビヨンは当然、知りはしなかった……ベヒーモスの内部に入り込み、今まさに迫りつつある恐るべき敵の存在を……!


◆◆◆


 ドゥンドゥン、ドゥルッドゥー、ドゥールドゥルドゥー。低い口笛を吹きながらヴォルテージは廊下を歩いていた。この超弩級ハンマーシリンダー「ベヒーモス」、巨大な質量を勢いをつけて叩き下ろす装置であるが、火薬を用いた推進装置や無数のクランクシャフトなど、よくわからぬ機構の塊である。

 内部はこのように廊下やハシゴで繋がれ、先ほどあの生意気なトゥールビヨンの小僧をへこませてやった司令室区画、無人スシバー、仮眠室等まである。それらがバラバラに分解されたユニットで運ばれ、こうして組み立てられるのだ。オムラはたいしたものだ。

 ヴォルテージの行く手、壁に向かって作業する数人の労働者を発見。レンチでネジをしめている。溶接等の重要作業は既に済んでおり、この作業はいわば仕上げだ。彼らにはスキルを要する作業は求められない。後ろを無造作にニンジャが通過しても、彼らはさほど気にかけない……。

 やがてヴォルテージは曲がり角に辿り着く。壁には黄色いペンキでオムラ・インダストリのエンブレムと「機関室この先」の文字。ドゥルッドゥー、ドゥールドゥルッドゥー。ヴォルテージは低く口笛を吹きながら角を曲がる。

 ノレンを潜って室内に入る。金網で仕切られた窓の向こうには大蛇めいた蒸気パイプ群。手前には小さなUNIX机だ。ドゥルッドゥー、ドゥールドゥールドゥー。ヴォルテージはUNIXデッキのモニタに目を止めた。黒い画面上を右から左へ「目にやさしい」の文字が流れる。スクリーンセーバー?

 その一瞬後、ヴォルテージは誰かに後ろからメンポの呼吸口を塞がれた。そして異物感が首のあたりを横一直線に滑り抜ける感触を味わった。モニターに鮮血が飛び散る。アアア?鮮血?血液ナンデ?ヴォルテージの全身から力が抜けていく。さらに彼はグイと首後ろをつかまれ、部屋の外へ投げ出された。

「カハッ、カハッ……」ヴォルテージは廊下に投げ出され、尻餅をついた。そして彼の致命傷を確認するようにノレンをくぐって現れた、迷彩装束と編笠姿の異様なニンジャを見上げた。「ニンジャアバッ?」手に持っているのは血塗られたククリナイフだ。ヴォルテージの血だ。「アバッ?」

「……これがサイゴン・ロアだ。24時間、360度。あらゆるところから死は忍び寄り、目覚めれば昨日の友は死体となっている。ナムは地獄。地獄に適応できぬ者には死あるのみ」編笠姿のニンジャはヴォルテージを見下ろす。「ドーモ。フォレスト・サワタリです。余力があるならば、かかって来い」

 ヴォルテージのニューロンがスパークする。何が起きた?なぜ俺は死んでいる?こいつは誰だ?……サイゴン?……落ち着け!まだだ!まだ死んでいない!右手の電極がスパークし、ブレーサーが赤熱する。力を振り絞り、焼鏝めいた手首を真横に斬られた喉に押し当てる。 「グワーッ!」肉が焦げる!止血!

 そのまま横飛びに廊下を転がりヴォルテージは立ち上がる。「ド、ドーモ、フォレスト・サワタリ=サン。アバッ……ヴォルテージです」電極がスパーク!「貴様ハッキングを試みたな!」「何だと?」フォレストは片手にククリナイフ、片手にマチェーテを構えた。「知らぬ!俺はいじってないぞ!」

 ヴォルテージの両手が激しく閃光を放つ。最大出力だ!今にもこの命は失われんとす、ならば一撃で勝負を決すべし!「イヤーッ!」ヴォルテージは踏み込んだ、だが「イヤーッ!イヤーッ!」「グワーッ!グワーッ!?」コンマ五秒後には右太腿にマチェーテが!左太腿にククリナイフが、突き刺さっていた!

「サ、サヨナ……」「イヤーッ!」「ラッ!」フォレストが腰のもう一本のマチェーテを電撃的速度で投擲、ヴォルテージの首は無残に切断されて吹き飛んだ。そして胴体が爆発四散!

「ベトコンは大人しく貴様のヒサツ・ワザの披露を待っていてはくれんのだ。ジゴクでは……覚えておくがいい……!」フォレストは得物を拾っては装束で丁寧に血糊を拭い、ホルスターへ収めていった。その手が一度止まり、彼は独りごちた。「ハッキング……ここは確かに機関室……ハッキング……?」

 フォレストの狂った脳にも、時折整合性のある思考インスピレーションが降り来る事はある。彼は脱兎のごとく機関室へ駆け戻り、血飛沫で汚れたUNIXデッキに屈みこんだ。人差し指で素早くキーボードを叩いてゆく。スクリーンセーバーがオフになり、それ以前に開かれていた画面がサスペンド復帰した!

 これは!実際この施設のマップではないか!「モッチャム!」では、先客がいたのだ、そしてハッキングで施設の情報を……フォレストは「バイオインゴット」と入力する。機関室の近くの一室が点滅する!「モッチャム!」さらにタイピング!「金庫とか機密情報」だいぶ離れた別階が点滅!「モッチャム!」

 やはりアンコールワットの財宝!フォレストは歓喜した。バイオインゴットはこの手の施設には必ずある。これでキョートのどこかで心細くしているであろう仲間達を助けられる!そしていかにも戦略的なこの建造物に司令室が無いわけがない。司令室あるいは倉庫には接収されたナムの宝や救援物資がある!

 やっと運が回ってきた!ダークニンジャに致命打を受け重油のプールに落下したフォレストは持ち前のグエン・ニンジャのニンジャ生命力で見事にサバイブした。ダストシュートからトコロザワ・ピラーを脱出してみると、そこは炎上するネオサイタマ……実際ナパーム弾で地獄と化したジャングルそのもの!

 ナムの悪夢が蘇った彼は仲間を連れて必死に炎上するネオサイタマを駆け回り、貨物列車に忍び込んだ。列車は新幹線であり、彼らは異国キョートに降り立っていた。

 サヴァイヴァー・ドージョーのニンジャ達は戦闘能力や野生サヴァイヴァルには長けるが、複雑な法治国家のシステムには不適合。キョートのタテマエ社会であっという間に落ちぶれ、バラバラにはぐれ……生活のレベルは落ちて行き……だが!今のフォレストの精神は再びナムのジャングルを生きていた!

 あの失意のトコロザワ・ピラーの完全敗北で生死をさまよって以来、情けなく心折れていたフォレスト・サワタリは、バイオモグラの栄養と宿敵ニンジャスレイヤーの存在が喚起した戦闘感覚、そしてヴォルテージの生温かい血によって、今まさに完全に蘇ったのである!「ジェロニモーッ!」


6

 フォレスト・サワタリが「ジェロニモ」と叫び、発狂のスピードで部屋を飛び出して30秒。あっという間に足音が聴こえなくなったのち、機関室隅のロッカーがガタガタと揺れ、内側からガチャリと開いた。

 中からあらわれたのはガンドーである。190センチの長身をいかにも窮屈にロッカーに収め、彼は息を殺して一部始終をやり過ごしていたのだ。「……ウープス」血飛沫で染まったデッキと凄惨な臭気に彼は蒼ざめた。

 そう、数分前……ハッキング作業も大詰め、いよいよ仕掛けにかかろうとしていたガンドーは、接近する微かな足音を聴いた。それはブッダの啓示と言うべき気づきであった。彼は反射的に室内のロッカーに身を隠した。一分後、ゲリラめいたスニークウォークで、編笠姿の異様なニンジャが現れたのである。

 ニンジャ、しかも全く脈絡の無い出で立ち。ロッカー内のガンドーはひどく当惑した。同時に、死を覚悟した。とにかく相手はニンジャだからだ。彼は息を殺し、49口径のマグナムを扉の内側にぴったりとつけて構えた。ニンジャがこちらに気づいた瞬間にマグナム弾を全弾撃ち込み応戦するつもりだった。

 だが、その時は来なかった。もう一人近づく足音があったのだ。こちらはさほど警戒の無い、うるさい歩みだった。編笠姿のニンジャは入り口の脇の壁に背中をつけ、それを待ち構えた。その手に恐ろしい形状のナイフを構えて。

 入って来たのはこれまたニンジャだった。顔面や腕にサイバネティクス改造が目立つテクノニンジャだ。編笠姿のニンジャ、そしてガンドーは、どちらも息を殺して見守った。奇妙な空間であった。テクノニンジャがUNIXモニタを調べようと身を乗り出した時、編笠姿のニンジャが仕掛けた。

 あの迷い無き致命の一撃……ゾッとするワザマエであった。鮮血が室内を汚し、編笠姿のニンジャは瀕死のテクノニンジャを引きずり出す。そしてアイサツしたのち……どうやらニンジャというのはアイサツの前にアンブッシュを仕掛ける事ぐらいは許されるものらしい……無慈悲にとどめを刺し、殺害した。

 次は自分の番だ。ガンドーはいよいよ覚悟を決めた。息を止めていようと、ロッカー越しに心臓の鼓動音を聴かれればおしまいだ。何よりあれほどのタツジン。室内のクリアリングを必ずするはず。

 しかし、フォレスト・サワタリ……そうアイサツしていた……は、よくわからぬ熱狂とともにUNIXを操作し、わけのわからぬ「ジェロニモ」の叫びを上げ、一目散に機関室から走り出て行った。何もかも意味がわからぬが、とにかく九死に一生を拾ったのである。

「さぁて、頼むぜ、もうちょっとだ」気持ちを切り替えたガンドーはデッキに屈み込み、激しいタイピングを開始する。「もうちょっとだぞ……」


◆◆◆


「機関室の様子はどうか!」トゥールビヨンはエンジニアの一人に問うた。「え、ええ、すぐに『異常なし』の通知が返ってきますが……」エンジニアは震え声で答えた。「何だと?だからどうした!」トゥールビヨンは叫んだ。「ヴォルテージ=サンは何をしている!」「エッ!?ヴォルテージ=サン……?」

「だからヴォルテージがつい今しがた様子を見に行っただろうが!バカめ!」机を殴りつける!「アイエエー!」エンジニアは失禁!エンジニアはトゥールビヨンとヴォルテージの司令室外でのやり取りなど知らぬ!理不尽!「ヴォルテージ=サンとのホットラインをつなげ!」「ヨッ、ヨロコンデー!」

「どうした」激するトゥールビヨンのすぐ横に、何時の間にか入室していたダークニンジャが立った。「万事!万事問題ありませんッ!」トゥールビヨンは反射的に叫び、気をつけの姿勢を取った。「私の方でインシデント全て把握しております。単にヴォルテージからの連絡がやや遅延しており……」

「遅延?」「返事待ちの状態でして。実際数分の遅延に過ぎず、ホットラインを……」ダークニンジャはトゥールビヨンに構わず、エンジニアの横からUNIXデッキのキーボードをタイプした。IRCでヴォルテージへメッセージを打ったのだ。……10秒。20秒。30秒。応答は無い。「私が行こう」

「私が行きます!」トゥールビヨンは食い下がった。「私が事態を把握します!」「ヴォルテージ=サンはなかなかの使い手だ、トゥールビヨン=サン。少なくとも、理由なく通信を無視する輩ではない」部屋を歩き去りながらダークニンジャが言った。「恐らく彼は殺されたのだろう。お前では同じ事になる」

「エッ?殺され?」「お前はそこで全体を警戒しておれ」ダークニンジャはツカツカと去っていった。「……!」取り残されたトゥールビヨンは落ち着かない視線を周囲に走らせた。エンジニア達はさっきよりも一心不乱にUNIXに没頭し、タイピングを続けている。「……ええい、貴様ら!」「アイエエ!」

「なん、ナンダコレー!」エンジニアの一人が悲鳴を上げた。トゥールビヨンはそちらへ振り向いた。「どうした!」「オーバーフローが……」こめかみをUNIXにLAN接続したエンジニアは残像が出るほどの速度でタイピングしながら泡を吹き始めた。「こんな、まずい、アア、アバーッ!?」

 エンジニアは泡を吹きながらキーボードに突っ伏し、耳から血を流して痙攣!彼のUNIXモニタには「大変過重労働な」の文字が無慈悲に左右へ流れ続けている。「な……これは一体……!」トゥールビヨンは無力感に苛まれながら、必死でタイピングする残りのエンジニアを見回す。「これは一体……!」


◆◆◆


「君、上から?下から?」「上だよ勿論」「いつから?」「先週」「僕も。この仕事お給金いいね」「いいね」「夢ある?」「夢あるよ、ミュージシャン」「夢いいよね」「いいよね」……二人の若い労働者が会話しながら通過する廊下の天井にはりつき、じっと息を殺す存在あり。ニンジャスレイヤーである。

 この若者たちの空疎な会話からネオサイタマと同じかそれ以上のショッギョ・ムジョを感じる事を禁じ得ないニンジャスレイヤーであったが、懐のIRC通信機のノーティスがその物思いを破ってくれた。天井にゲッコめいてはりつきながら、彼は通信機の液晶を確認する。

#undertake :Gan_doh: 機関室デッキからHELL-O。侵入出来。貴殿に地図を転送。司令室をマーキングしたので向かわれたし。機関室からは致命システムシャットダウン申請不可。司令室でキーを回せ
#undertake :NS: okした

 ニンジャスレイヤーはひとまとめにメッセージを送ってくるガンドーから焦りのアトモスフィアを読み取った。さらにメッセージが流れる。

#undertake :Gan_doh: ニンジャ有。所属不明者vsオムラ?ザイバツ?謎の戦闘。所属不明者が勝利、どこかへ行った。ニンジャ有

 ニンジャ有!ニンジャスレイヤーのニューロンがにわかに加速する。やはりだ。収穫あったというものだ。これほど大掛かりな暗黒破壊行為がニンジャの関わり無しに行われるはずが無かった。十中八九、ザイバツのニンジャであろう。殺すべし!……所属不明者?

 所属不明者とは?戦闘?仲間割れか……?ニンジャスレイヤーがメッセージの意味を読み取ろうとしていると、かぶせるようにガンドーから更なる情報が届く。

#undertake :Gan_doh: 所属不明者は我々と同時期の侵入者。詳細不明。おかしな奴、走り去る。遭遇可能性注意重点

 おかしな奴。ニンジャスレイヤーは一瞬当惑した。だがすぐに答えが出た。彼は短いメッセージをガンドーに返し、天井から降り立つ。

#undertake :NS: 遭遇した。知った相手

 廊下を進み来る編笠姿のニンジャをジュー・ジツで待ち構えた。既に相手もこちらに気づいている。

「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。フフフ」フォレスト・サワタリはオジギした。バイオフロシキには何らかの荷物を満載し、背負っている。「ここで会ったが百年目と言いたいところだが、俺には任務がある!」「ドーモ。ニンジャスレイヤーです。生きていたか、薄汚いジャングルの油虫め!」

「死んだと思ったか!俺と俺のグエン・ニンジャはあの程度の攻撃でへこたれはせぬ!」フォレストは居丈高に腕組みし、上体を反り返らせて威張った。「そして、悪いが貴様より一足早く救援物資はいただいたぞ」風呂敷包みを揺さぶり、「これだけのバイオインゴットがあれば、俺の軍はあと三年は戦える」

「私をオヌシのごとき火事場泥棒のコソ泥と同じに見ないでもらおう。不快だ」ニンジャスレイヤーはピシャリと言った。「キョートくんだりまで来て盗っ人まがいとは!バイオインゴット?好きにするがいい。サンズ・リバーへ向かう旅のベントーにしろ。ニンジャ殺すべし!」

「俺を殺せるものか」フォレストは両手にマチェーテを構えた。「バイオインゴットは俺のレーションではない。戦友たちの命綱だ!俺には責任がある」二者はじりじりと接近した。「そういえば金髪女はどうした、ニンジャスレイヤー=サン。どこにいる」「オヌシのご自慢の戦友とやらも見当たらんな」

「イヤーッ!」フォレストはマチェーテを振りかぶり飛びかかった!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは側転からの立体的な回し蹴りで襲いかかる。二者は切り結び交叉した。どちらも無傷!そして突然に照明が赤く変色、警報音が鳴り響いた!ブガーブガー!ガンドーのハッキングだ!

「オタッシャデー!」逃げながら振り向きざまに投げられたマチェーテを側転回避し、ニンジャスレイヤーはそのまま走り出した。やはり一撃で首を刎ねられる弱敵でない事は認めねばならない。ニンジャスレイヤーはフォレストを追わなかった。二者のイクサはまたもオアズケされたのである。

 ブガーブガー!「異常!異常!でもとりあえず作業員は持ち場を勝手に離れない事」威圧的なマイコ音声!赤く点滅する廊下をニンジャスレイヤーは駆ける。時折作業労働者と擦れ違った。彼らは警報音に右往左往し、だが持ち場を離れる勇気も無い。彼らにニンジャスレイヤーは不吉な風としか見えぬだろう。

 この先は労働者侵入禁止区域!銃弾すら防ぐ隔壁フスマはしかし、全て開放状態!ニンジャスレイヤーは駆ける!駆ける!壁を走りながら角を曲がると物騒なアサルトライフルを構えたクローンヤクザが二名!「イヤーッ!」「「グワーッ!?」」すれ違いざま、両手のチョップで首を刎ねられ二人同時に即死!

 目指すは司令室!ニンジャスレイヤーが狙うは、このハンマーシリンダー装置の強制シャットダウンであった。ガンドーは狙い通り機関室をハッキングし、防衛機構を無力化した。だが自爆させるにはまだ足りぬ。この巨大鋼鉄破壊悪魔の心臓部を押さえた後は脳だ!脳を叩く!

 ブガーブガーブガー!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは階段をひととびにジャンプ、さらに踊り場の壁を蹴って反射ジャンプ!上階へ突入すると廊下を三連続側転、さらに後ろを向いて七連続バック転!「「グワーッ!」」行く手に居合わせた二人組のクローンヤクザが首を刎ねられ同時に即死!

 全速でスプリントしたニンジャスレイヤーは「コマンドー」とカタカナでショドーされたノレン前で急ブレーキ!床が線状に焼け焦げる!ここが司令室だ。中にニンジャは居るか?ニンジャスレイヤーは何の躊躇もせず、ノレンの奥のカーボンフスマを蹴り破った!「イヤーッ!」

 ドガッ!カーボンフスマがくの字に折れ曲がり吹き飛ぶと、司令室の戦略机にぶつかって完全破壊された。「アババババッ!」「アババババッ!」「アババババッ!」UNIXデッキ一つ一つに、うつぶせで痙攣するエンジニアが一人ずつ!こめかみからLANケーブルが延びデッキに直結している!ナムサン!

 それら哀れなエンジニアを一瞥したのち、ニンジャスレイヤーは司令室最奥にある黄金のビヨンボ仕切りを見る。そこにはもう一台UNIXデッキがある。指揮官権限のデッキだ。あれを強制的にシャットダウンすればハッキングで既に無数のヒビが生じたシステムが齟齬を起こし、この巨大装置は自壊する。

 だが……。ニンジャスレイヤーは彼と指揮官デッキの間にある障害物を睨んだ。ニンジャの背中である。彼に背を向けるかたちで、真鍮色のニンジャがアグラ・メディテーションをしているのだ。ニンジャスレイヤーはあらゆる奇襲に対応すべく神経を尖らせた。

 と、真鍮のニンジャはおもむろに流麗な動作で立ち上がり、背後を振り返った。そしてオジギした。「ドーモ。トゥールビヨンです」オジギ姿勢から復帰しながら、彼は両手の平を上向ける独特の中腰カラテ構えを取った。その若い目に一瞬、驚愕、そして恐怖が揺らいだ。だがそれは一瞬にして抑えこまれる。

「そのメンポ……貴様……ニンジャスレイヤー=サン」真鍮のニンジャは無感情に呟いた。ニンジャスレイヤーはアイサツを返す。「ドーモ。はじめましてトゥールビヨン=サン。オヌシのそのダイヤモンド・エンブレム。ザイバツ・シャドーギルドのニンジャだな」

「いかにもそうだ」トゥールビヨンは答えた。「私はザイバツ・シャドーギルドのマスターニンジャだ。そして貴様がこの蛮行の首謀者というわけかニンジャスレイヤー=サン。噂に違わぬ野蛮かつ凶々しい悪魔。なんという事をしてくれた」ブガーブガーブガー!警報音がうるさく鳴り続ける。

「なんという事を、と?」ニンジャスレイヤーはジュー・ジツを構えた。「なんという事を、と言ったか、トゥールビヨン=サン?」「そうだ」トゥールビヨンは責めた。「この超弩級掘削装置ベヒーモスは、ザイバツ・シャドーギルドの目指す理想社会の礎を築く象徴存在だった。それを貴様が踏みにじった」

「なるほどハッキングひとつで躓くとは、脆い象徴存在もあったものだな、小僧」ニンジャスレイヤーが侮蔑した。「この巨大な鉄クズは何一つその愚かな企みを果たせぬまま、粗大ゴミとして滅ぶ。そしてそれがザイバツそのものが辿る運命だ。オヌシらを一人の例外なくカラテ・スクラップにしてくれる」

「な、何を貴様……貴様は何を偉そうに!貴様のせいで!貴様のせいで!」トゥールビヨンはついに激昂して叫んだ。「貴様のせいで俺はダークニンジャ=サンに恥をさらしたのだ!死ね!イヤーッ!」空中回転踵落としでニンジャスレイヤーめがけて襲いかかる!「イヤーッ!」「グワーッ!?」

 ドガッ!トゥールビヨンの体がくの字に折れ曲がり吹き飛ぶと、壁の戦略地図にぶつかって跳ね返り、床へ叩きつけられた。ニンジャスレイヤーはポン・パンチを繰り出した体を震わせ、余剰カラテエネルギーを再循環させる。ゴウランガ!なんたる速い拳!トゥールビヨンは一瞬で腹部に強打を受けたのだ!

「グワ、ありえない、俺、私がこんな」トゥールビヨンはぶるぶると震えながら起き上がろうともがく。鼻血が流れ床を汚す。「こんな卑しいニンジャに……」「ダークニンジャと言ったか?」ニンジャスレイヤーは歩いて間合いを詰めに行く。「ダークニンジャ=サンがここに居るのか。話せ。そして死ね」


7

 ゆっくりと近づくニンジャスレイヤーは、トゥールビヨンが何らかの反撃を試みれば即座に再度の打撃を叩き込むつもりである。ダークニンジャの名を聞いた彼のニューロンは憎悪の熱を帯び、加速していた。今なら、その研ぎ澄まされたニンジャ第六感で、一秒後をすら予知できるであろう。

 トゥールビヨンの若さゆえの危うさ、そして鼻持ちならないプライドの高さを即座に見抜いたニンジャスレイヤーは、罵倒によってその判断力を崩しにかかった。おおかた入室時のアグラも、強いて己の気を落ち着かせようとした努力といったところだ。その狙いは実際功を奏した。

 彼はウカツにも己のカラテを捨て、ニンジャスレイヤーに無謀な攻撃をかけたのだ。しかも彼にとって有益なダークニンジャの名を晒したのである!「やはりダークニンジャ=サンはザイバツ内に入り込んでいたか。奴はどこにいる?言え。言えば拷問せずにカイシャクしてやる」

「……!」トゥールビヨンは鼻血を拭いニンジャスレイヤーを見上げた。彼自身も己のウカツを痛感していた。「し、心配せずとも、ダークニンジャ=サンは貴様を殺すだろう。すぐだ。じきにだ。貴様があの人を探すのではない。あの人が貴様を追いたて狩猟するのだ。だが!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 トゥールビヨンのドタンバの反撃を察知したニンジャスレイヤーが、一瞬先にその首を蹴りで刎ねにゆく!トゥールビヨンは立ち上がりながら右手でチョップを繰り出す。手の平が上を向いたやや奇妙な形である。ニンジャスレイヤーの蹴りがトゥールビヨンの側頭部を直撃!だが!おお、見よ!

 トゥールビヨンのチョップがニンジャスレイヤーの脚を横から打つ。所詮それは一瞬遅れた打撃であり、トゥールビヨンの首はそのまま折れるか切断されるのが物理的な道理!だがそうはならない!ビシ!ビシッ!関節が軋む謎の音がトゥールビヨンの身体をさざなみのように巡り、その身体が奇妙によろめく!

「ヌゥッ!?」ニンジャスレイヤーは蹴り足から伝わる手応えの軽さに困惑した。まさに「ノレンを押す」というコトワザそのままだ。再度の打撃を繰り出そうとするが、次の動作に活かすべき反動が得られない……そしてトゥールビヨンの体勢復帰が何故か先んじている!首も無事である!「イヤーッ!」

「グワーッ!」当て身を喰らい、ニンジャスレイヤーが吹き飛ばされる!彼はバックフリップを繰り出してダウンを回避、戦略机の上に膝をついて着地した。トゥールビヨンは両手の平を上向け、腰を落とす独特の構えを取った。「……だが、ここで死ぬのは私ではなく貴様なのだニンジャスレイヤー=サン!」

 ゴウランガ!この不可思議なムーブメントこそ、彼を若干19歳にしてザイバツのマスター位階たらしめたエスケープメント・ジツ!その秘密は関節にある。攻撃を受けた直後に相手の身体を打ち、さらになんらかの微細な関節稼働を行うことで、衝撃力を外に逃がしてしまうのだ。フシギ!

 まるでヤナギの枝を蹴ったかのような感覚……ニンジャスレイヤーは警戒した。ウカツに攻撃を出せば致命的な反撃を受ける事になろう。トゥールビヨンは独特の構えを取りながら、じりじりとニンジャスレイヤーへ接近する。どうする?どう攻めるニンジャスレイヤー!

「イヤーッ!」戦略机の上のニンジャスレイヤーめがけ、トゥールビヨンがスリケンを投擲!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは膝立ちのままスリケンを投げ返す。スリケン同士が正面からぶつかりあい空中で分解消滅!「イヤーッ!」その隙に接近したトゥールビヨンが下段回し蹴りで戦略机の脚を破壊!

「イヤーッ!」司令室の高い天井付近まで回転跳躍したニンジャスレイヤーは眼下のトゥールビヨンめがけスリケンを連続投擲!「イヤーッ!」トゥールビヨンはスリケンを投げ返しながら転がってニンジャスレイヤーの着地点へ先回りする。戦闘センスが実際卓越!ニンジャスレイヤーにとってまずい展開だ!

「イヤーッ!」落下しながらニンジャスレイヤーは連続で蹴りを繰り出す。トゥールビヨンは素早くエスケープメント・ジツの構えに移行、これを迎え撃った。「イヤーッ!」「イヤーッ!」ゴギ!ゴギッ、ゴギッ、ゴギッ……肩口に突き刺さった飛び蹴りの衝撃がさざ波めいてトゥールビヨンの身体を通過!

 ビシッ!トゥールビヨンの足元の床に亀裂が走る!トゥールビヨン無傷!「イヤーッ!」反撃のアッパー掌打が襲いかかる!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは着地とともに上半身を沈めてそれをかわし、そのまま上段回し蹴りを放つ。これはカポエイラでも見られるカラテ技、メイアルーアジコンパッソだ!

 ゴギッ!トゥールビヨンの側頭部と片腕がこれを受ける!衝撃は振動となりトゥールビヨンの肩へ、脇腹へ、腰へ、ふくらはぎへ、そして床へ!やはりトゥールビヨン無傷!ニンジャスレイヤーは構わず回転を続け、二連続でメイアルーアジコンパッソを繰り出す!「イヤーッ!」

 ゴギッ!トゥールビヨンの側頭部と片腕がこれを受ける!衝撃は振動となりトゥールビヨンの肩へ、脇腹へ、腰へ、ふくらはぎへ、そして床へ!やはりトゥールビヨン無傷!ニンジャスレイヤーは構わず回転を続け、三連続でメイアルーアジコンパッソを繰り出す!「イヤーッ!」

 ゴギッ!トゥールビヨンの側頭部と片腕がこれを受ける!衝撃は振動となりトゥールビヨンの肩へ、脇腹へ、腰へ、ふくらはぎへ、そして床へ!やはりトゥールビヨン無傷!ニンジャスレイヤーは構わず回転を続け、四連続でメイアルーアジコンパッソを繰り出す!「イヤーッ!」

 ゴギッ!トゥールビヨンの側頭部と片腕がこれを受ける!衝撃は振動となりトゥールビヨンの肩へ、脇腹へ、腰へ、ふくらはぎへ、そして床へ!やはりトゥールビヨン無傷!ニンジャスレイヤーは構わず回転を続け、五連続でメイアルーアジコンパッソを繰り出す!「イヤーッ!」

 ゴギッ!トゥールビヨンの側頭部と片腕がこれを受ける!押されたトゥールビヨンの背後はUNIXデッキだ。衝撃は振動となりトゥールビヨンの肩へ、脇腹へ、腰へ、そして机にのびているエンジニアへ!「アババババーッ!?」やはりトゥールビヨン無傷!ニンジャスレイヤーはさらに回転!「イヤーッ!」

 ゴギッ!トゥールビヨンの側頭部と片腕がこれを受ける!トゥールビヨンの関節がゴギゴギと音を立て振動する。「アバーッ!?」先程のエンジニアがさらに衝撃を伝えられて椅子から空中へ吹き飛んだ!「何度やろうと同じ事だ!イヤーッ!」踏み込みながらの正拳突きがついにニンジャスレイヤーを襲う!

「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは回転蹴りと回転蹴りの繋ぎ目に正拳突きで割り込まれ、アバラに精密な打撃を受けた。かつて自分自身を鋼鉄化するジツを持ったニンジャを、ニンジャスレイヤーは決して中断する事のない打撃連打で強引に殺した事がある。トゥールビヨンにはこのセオリーが通じない!

 さらに、その正拳突きは奇妙であった。トゥールビヨンはニンジャスレイヤーに叩きつけた拳を引かず、拳を押し当てたまま、なお一歩踏み込んだのだ。ビシッ、ビシ、ビシ……トゥールビヨンの全身の関節稼働音が拳を伝い、ニンジャスレイヤーの骨を伝って不気味な木霊を響かせる。直後!「グワーッ!」

 ニンジャスレイヤーは突如ワイヤーで引っ張られたように回転しながら吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた!タツジン!まるでマジック!だがこれはカラテだ!エスケープメント・ジツを攻撃に転用した変則的ワン・インチ・パンチである!「格の違いを見せてやる!格の違いを!」トゥールビヨンが吠える!

「イヤーッ!」壁をずり落ちながらニンジャスレイヤーは早くも反撃を開始!スリケンの連続投擲だ!十枚、二十枚、三十、四十、五十!「スリケンに私のエスケープメント・ジツは効かぬと見たか?ならば教えてやろう、そんな事は無い!」トゥールビヨンは例の構えを維持しながら摺り足で前進!

 ビシッ、ビシ、ビシ、ビシ!おお、なんたる事か!トゥールビヨンの手のひらが受ける無数のスリケンはその手に到達するや推力をゼロにされ、垂直にポロポロと落下する。衝撃はトゥールビヨンの身体を伝って足元へ逃げ、 床にヒビを入れ砕いてゆく……トゥールビヨンが壁際のニンジャスレイヤーに迫る!

 これは実際強敵!スリケンを投げながらニンジャスレイヤーは舌を巻いた。推し量れる実年齢からは想像のつかぬ洗練されたカラテ。しかし……ならば、それゆえに!今この場で成長の芽を摘まねばならぬ。ここで逃がせばさらに強大な敵となりニンジャスレイヤーに立ちはだかるはずだ。必ず殺すべし!

 その時だ!ブガーブガーブガー……トゥーン。警報音が突如鳴り止み、赤い警告ライトが正常化した!「システムリカバリ重点ドスエ」響き渡るマイコ音声。「何……」ニンジャスレイヤーは眉根を寄せた。トゥールビヨンは前進しながら勝ち誇る「貴様の企みはお終いだな。機関室のネズミが狩られたのだ」

「……!」「そうだ、これがダークニンジャ=サンの王者的判断力、そしてリーダーシップだ!この程度のアクシデントはあの人の最適な行動で呼吸するがごとく解決……」トゥールビヨンの口上をさらなるマイコ音声が遮る。「実際エマージェントな。当ハンマーシリンダー機構を強制稼働するドスエ」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが仕掛ける!一度に十枚のスリケンをショットガンめいて投擲!この目くらましの陰に隠れるように、スライディングタックルをかけに行く!「くだらんぞニンジャスレイヤー=サン!」奇襲に対応すべく電撃的速度でスリケンを無力化しながらトゥールビヨンは叫ぶ。

(しかし……強制稼働とは?)トゥールビヨンはわずかに困惑した。マイコ音声が続ける。「ハンマーシリンダー強制稼働にともない当施設は自壊可能性重点、地盤の破砕とともにシリンダー装置の損壊、火薬類の誘爆重点。作業員、オペレータの皆様は覚悟してハイクを詠むドスエ。カラダニキヲツケテネ」

(な!?)トゥールビヨンのニューロンが加速し、思考が乱れ飛んだ。(ダークニンジャ=サン!?一体それはどういう事ですか?各稼働部の接合・溶接がいまだ不完全な今、いきなりシリンダーを稼働すれば……)ハンマー機構は地盤を貫通・破壊し、当初の目的は確かに達成できる、しかしそれでは……。

 破壊されたシステムを一から直していれば工期が遅れる……地盤破壊の目的をつつがなく達成するべく、乱暴にタイムイズマネーしたのか?この施設を鉄の棺桶と化して……トゥールビヨンの身もこの崩壊に巻き込んで?「捨てられたな。トカゲの尻尾切りか」悪魔めいたニンジャスレイヤーの囁き!

 その瞬間、ニンジャスレイヤーのスライディングタックルはトゥールビヨンの両脚に絡みつく!関節技だ!ウカツ!だが微かな疑念を無慈悲に押し広げたニンジャスレイヤーの断定は、未熟な彼の意識を、ダークニンジャへの崇拝を汚していた!「嘘だ!」トゥールビヨンは叫んだ。そして関節技を潰しにゆく!

 確かにトゥールビヨンのエスケープメント・ジツは、組み技、特に関節技に対しては有効に機能しない。だがそれは彼自身重々に承知しており、日々、ジュードーとコマンドサンボのトレーニングを欠かさなかった。だからトゥールビヨンはニンジャスレイヤー……「イヤーッ!」「え?グワーッ!?」

 フェイント!トゥールビヨンがニンジャスレイヤーを潰すべく拳を振り上げた時には、既にニンジャスレイヤーは脚絡みの試みを解き、膝立ちになっていた。一連のセットプレーだったのだ。そして斜め上に突き上げられた拳がトゥールビヨンの顎を直撃!かち上げられるトゥールビヨンの身体!

「グ、グワーッ!?」意識外からのポムポムパンチを食らったトゥールビヨンは机よりもやや高い高さへ打ち上げられ、もがく。落下まで僅か一秒足らず。だがそれが死線!天井にぶつかるわけでもないこの中途半端な高度はニンジャスレイヤーの絶妙なカラテコントロールの産物だ!「……ニンジャ殺すべし」

 トゥールビヨンのニューロンは焼けるほどに輝き、打つべき手を探した。……ダメだ。この後に間違いなく放たれる致命的な一撃……その衝撃力をエスケープメント・ジツで逃がし、押しつける先が無い!壁が無い!床も無い!天井も無い!トゥールビヨンには拠って立つものがない!おぼつかない空中だ!

 トゥールビヨンの視界から現世が吹き飛び、虚空に自身の短い人生がソーマト・リコールする。(俺は死ぬのか?このまま下層のゴミ虫どもと一緒くたに、このシリンダー装置の残骸にまみれて死ぬのか?ダークニンジャ=サン、どうしてこんな事を?……死にたくない!まだ死にたくない!)

(ダークニンジャ=サンは何故?……任務だ、任務が全てだ。トゥールビヨンは組織の尖兵。組織の大目的と尖兵一個の命ではどちらが大事か?答えは自明!地盤は妨害の中で予定通り粉砕され、コフーン遺跡への道は拓かれる。そうだ、喜ぶべきだ!ザイバツ・バンザイ!ダークニンジャ=サン!バンザイ!)

 ギルドそしてダークニンジャに栄光あれ。迷いは晴れた。そしてトゥールビヨンは運命に抗おうとした。ニンジャスレイヤーが攻撃を繰り出してきたならば、そのインパクトの瞬間にその衝撃力を返すべし……ニンジャスレイヤー自身の身体に!そんな事が可能なのか?知らぬ、やるのだ!とにかくやるのだ!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは瞬時にスリケンを四枚同時に投擲した。「グワーッ!?」トゥールビヨンの両肘、両膝にスリケンが突き刺さる!ダメージを逃がす場所は無い!ナムアミダブツ!希望は容易く潰えた!そしてニンジャスレイヤーが跳躍……!「イヤーッ!」「グワーッ!」

 ニンジャスレイヤーの射抜くような飛び蹴りは空中のトゥールビヨンの背骨を逆向きに蹴り上げ、一撃で砕き折った。エビぞりになったトゥールビヨンは真上に蹴り上げられ、天井にバウンドしたのち、受け身も取れず床に叩きつけられた。ニンジャスレイヤーはその頭を足で踏みつけた。「ハイクを詠め」

「……アバッ……」メンポから血泡が零れた。ニンジャスレイヤーは無感情にそれを見下ろす。トゥールビヨンは足首を掴もうとしたが、果たせなかった。そして言葉を押し出した。「ニンジャの社会……黄金の時代が幕開けだ」「イヤーッ!」「サヨナラ!」ニンジャスレイヤーは無慈悲に頭部を蹴り潰した。

「……幕開けなどさせぬ」ニンジャスレイヤーは呟いた。そして管理者デッキに足早に近づく。背後でトゥールビヨンの死骸が爆発四散した。フジキドの胸中に、この若いニンジャへのアワレはあっただろうか?殺された息子トチノキを重ね合わせる事は?彼は無言でデッキを操作する……。

 キーをわずか一つパンチするだけで、モニタに大写しになる「デキマセン」の文字。さらに「最高権限者による強制稼働命令受け入れ済な」。画面下部には「36089」と表示され、見る見るうちに、その数字は実際物凄い速度で減ってゆく。ブガーブガーブガー!先程とは別種のアラートが鳴り響いている。

「機関室……!」ニンジャスレイヤーは司令室内を素早く見渡した。「イヤーッ!」戦略机をチョップで粉砕し、中から転がり出た内容不明のマキモノ二本、何者かの写真付き経歴書、フロッピーディスク一枚を素早く懐へ仕舞い込む。二秒後、既に司令室内にニンジャスレイヤーの姿は無かった。


◆◆◆


「……で、俺は?このでっかい棺桶と一緒に埋葬か?」ガンドーはダークニンジャを見上げた。両肩関節が脱臼した腕は後ろ手に縛られ、アグラしている。機関室内には弾痕が数発。床には49マグナム二丁。モニターは減りゆく数字を冷徹に表示している。ダークニンジャは腕組みし、ガンドーを見下ろす。

「少なくともここでは殺さぬ。ここで尋問する時間は無い……見ての通りな」モニターの数字をアゴで示し、「お前はキョート城へ連れてゆく」「有難いね」ガンドーは口の端を歪めて笑った。「素敵な遠足だ。ところで腕がすげぇ痛いんだが……」「そうだな」ダークニンジャは頷いた。頷いただけだ。

「なぁその、なんでまた最下層まで隔壁をブチ抜くんだい。随分と乱暴な話だが……」「侵入者はお前一人では無い。スラッシャー役は司令室か」「まぁ、そうなんじゃないか」ガンドーは答えた。「ここで無駄話してて良いのかい」ブガーブガーブガー!「ほら。俺らの負けって事だろ、了解、了解」

「スラッシャー役のニンジャは?」「ニンジャ?え?ニンジャだって?」ガンドーは笑った。「ニンジャナンデ?」「どこのニンジャだ」ダークニンジャは取り合わぬ。まるで冷たいマシンである。ガンドーは真顔になった。「……心当たりでも有るのかい。ザイバツに楯突く狂気じみたニンジャに」「……」

 ダークニンジャは耳をそばだてた。そして呟く。「トゥールビヨン=サンは死んだか」「え?」それからガンドーを一瞥すると、ノレンをくぐり、廊下へ出た。

 機関室から廊下へ出たダークニンジャが横を向くと、その視線の先に一人のニンジャが立っていた。不吉な赤黒の装束。恐怖を煽る字体で「忍」「殺」とレリーフされたメンポ。そのニンジャはダークニンジャへ向かってオジギをした。「ドーモ、ダークニンジャ=サン。ニンジャスレイヤーです」


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 機関室から廊下へ出たダークニンジャが横を向くと、その視線の先に一人のニンジャが立っていた。不吉な赤黒の装束。恐怖を煽る字体で「忍」「殺」とレリーフされたメンポ。そのニンジャはダークニンジャへ向かってオジギをした。「ドーモ、ダークニンジャ=サン。ニンジャスレイヤーです」

「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。ダークニンジャです」ダークニンジャはアイサツを返した。いかにこれまで繰り返し殺しあってきた敵同士と言えど、ニンジャのイクサにおいてアイサツは絶対の礼儀だ。古事記にもそう書かれている。できるだけ早くアイサツをかわさねばならないのだ。

「イヤーッ!」ダークニンジャのアイサツ終了の瞬間、まず仕掛けたのはニンジャスレイヤーだ。接近しながらの回し蹴り!凄まじい決断的攻撃リーチ!ダークニンジャは最小限のカラテ・ダッキングでこれを躱す。その時彼の携帯IRC変換通話機が鳴った。ピリリリ!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはチョップを繰り出す。怒涛の連続攻撃である!ダークニンジャは半身になり、片手でこの連続チョップ攻撃をいなしてゆく。いなしながらもう片方の手で懐から通信機を取り出し、通話!「ドーモ、ダークニンジャです」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」

「……到着したか。了解した。ウミノ=サンはそのまま保護しておけ。私もこの後そちらへ合流する」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「……いや、ちょっとした戦闘だ。では後ほど」「イヤーッ!」「イヤーッ!」ダークニンジャは通信機をしまい、両手を使用して打撃戦に応戦!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」両者の両手のチョップ応酬は恐るべき速度で互いにぶつかり合い、周囲に衝撃波を発生させる。素手のカラテにおけるワザマエは互角か?「おーい!ニンジャスレイヤー=サン!俺はこの中だ!拘束されてる」機関室のノレンの奥からガンドーの声!

「ガンドー=サン」ダークニンジャの肩越し、機関室へ向かってニンジャスレイヤーは答えた。「生きておったか」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「助けてくれ!落ち着いたらで構わんから。それから、ここはじきに崩れるぞ!そいつは知り合いか?」「敵だ。イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 ダークニンジャの右手が背中のニンジャソードの柄へ伸びる。「イアイ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは瞬時にブリッジ!すぐ上を致命的斬撃が通過!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはブリッジ姿勢で蹴りを繰り出しダークニンジャの腹を狙う!「イヤーッ!」ダークニンジャはバック転で回避!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはスリケンを20連続投擲!「イヤーッ!」ダークニンジャはニンジャソードを高速で打ち振り20枚のスリケンを全て撃ち落とす!そのまま身を低くしてカタナ戦闘の構えを取る!「デス・キリを出さんのか」「あれにはベッピンが要る」ダークニンジャは素直に明かした。

「必ずしも必要ではなかろう」ソードを水平に構え、ダークニンジャが踏み込む。ニンジャスレイヤーはジュー・ジツ姿勢を深めた。ブガー!ブガー!警報音が鳴り響く。「急げ、ニンジャスレイヤー=サン。実際マズイぞ!稼働命令をキャンセルせんと!」ガンドーの悲鳴!

 その通りだ。思えば、さきのトコロザワ・ピラーにおける戦闘は30分を超す長期戦だった。実力の拮抗がそのような停滞を招いてしまったのだ。あの時の膠着を破ったのはダークニンジャのデス・キリであった。あの傷の痛み……そして謎の仮面ニンジャによる戦闘妨害……!二の轍を踏んではならぬ!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが跳んだ!この一撃でケリをつけようというのだ。跳躍したニンジャスレイヤーは空中でほとんど真横になり、回転しながらダークニンジャを強襲する!ダークニンジャは冷静にニンジャソードを構える。実際危険!デス・キリが無くとも彼の神速の切っ先は得物を選ばぬ!

「イアイ!」ダークニンジャはニンジャソードを振り抜く!そしてそのムーブメントはニンジャスレイヤーの予測範囲内!回転しながら彼は刃を両手の平で挟みとった!ゴウランガ!なんたるニンジャ反射神経か!実際勝負あった!いやまだだ、見よ!ダークニンジャはニンジャソードから既に手を離している!

 そう、ダークニンジャはインパクトの瞬間、自らカタナから手を離していたのだ。バカな!これすらもダークニンジャの想定内のセットプレーであったというのか?一枚上手!カタナを奪おうというニンジャスレイヤーの策は、ブッダの掌を彷徨うマジックモンキー思考に過ぎないのか!?

「イヤーッ!」カタナを奪ったニンジャスレイヤーが回転しながら繰り出す蹴りを、ダークニンジャは素手で受ける。そして、「イヤーッ!」蹴り足のアキレス腱を極めながら、イポン背負いめいて床へ叩きつけた!「グワーッ!」ダークニンジャは逃がさぬ!ニンジャスレイヤーのマウントを取った!マズイ!

 ニンジャスレイヤーはもがいた。しかし上になったダークニンジャのマウントは実際シビアだ。「このまま殺してやる」拳を振り上げる!「イヤーッ!」右パウンド!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはかろうじてガード!「イヤーッ!」左パウンド!「イヤーッ!」かろうじてガード!「イヤーッ!」

「イヤーッ!」パウンド!「イヤーッ!」ガード!「イヤーッ!」パウンド!「イヤーッ!」ガード!「イヤーッ!」パウンド!ガードが破られる!「グワーッ!」ダークニンジャはこれ幸いと一気に畳み掛ける!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ……ヌウッ!?」ダークニンジャが目を見開く。殴られたニンジャスレイヤーがダークニンジャを見返したその眼光!そして、殴られ続けてひしゃげたメンポが、ゾワゾワと音を立て一瞬にして復元したではないか!コワイ!

「これは」ダークニンジャはニンジャスレイヤーを見下ろす。復元されたメンポは以前よりも禍々しいフォルムを取っている。だが構わず、彼は今まで以上に地獄めいた勢いで右パウンドを殴り下ろす!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!?」ゴ……ゴウランガ!殴られたのはダークニンジャだ!

 それはクロスカウンター!マウントされた状態からニンジャスレイヤーは左手で殴り返したのだ。しかもダークニンジャが思わずのけぞるほどの威力!物理法則の限界に挑むパンチである!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは一瞬の隙を逃さず、そのままダークニンジャの装束を掴み、後ろへ投げ飛ばした!

「グワーッ!」この投げはジュー・ジツの奥義、トモエ投げだ!トモエとは法と混沌が拮抗する神秘的瞬間の呼び名である。そして、ダークニンジャを投げ飛ばし起き上がったニンジャスレイヤーの禍々しくも理性を残すアトモスフィア、実際トモエめいているではないか!シンボリック!

「ダークニンジャ=サン」ニンジャスレイヤーの赤い眼光がダークニンジャを射抜く。「家族の仇」「オバケめ」ダークニンジャは無感情に呟き、クナイ・ダートを逆手に構えた。「お前のその内なる邪悪存在がなんであろうと、所詮、イビツなオバケに過ぎぬ。お前に『資格は無い』」「イヤーッ!」

 ニンジャスレイヤーは稲妻のごとき突進からチョップ突きを繰り出す!ダークニンジャは斜めに仰け反りこれを回避!その動作から滑らかにクナイ・ダートで斬りつける!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは身を沈めて躱しつつ回転、その勢いでダークニンジャのみぞおちに地獄めいた正拳突きを叩き込んだ!

「グワーッ!」ナムサン!ダークニンジャはみぞおちに全力のパンチを受けてくの字に折れ曲がる!ニンジャスレイヤーは逆の手でさらに渾身の突きをみぞおちに叩き込む!「イヤーッ!」「ゴバーッ!」ダークニンジャは嘔吐!メンポ呼吸孔から胃液がこぼれる!なんたる凄絶なイクサか!

 ニンジャスレイヤーはさらに攻撃を畳み掛ける!彼自身、内なる力が引き出された理由はおぼつかない……いや違う!理由は明白ではないか!家族の仇への憎しみだ!ダークニンジャ!スゴイタカイ・ビル!フユコ!トチノキ!憎悪がニューロンのフートンに眠るナラク・ニンジャと同調しているのだ!

 ニンジャスレイヤーには焦りがあった。ナラク・ニンジャの意識は無い。このチカラは唐突に失われるのではないか?温泉の脇から少しだけ染み出した湯が、あっという間に枯渇するように……所詮これは不完全なチカラではないか?だから彼は急ぐ。この攻撃機会を逃せば終わりだ!

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」乱打!乱打である!ニンジャ小手が変形し、拳から血が噴き出す。だが、さきのメンポのように復元はしない。ナラクの炎が燃えることもない!さらに殴りかかる!「イヤーッ!」

 バシッ……拳が止まった。止めたのはダークニンジャである。ダークニンジャの掌が拳を止め、押さえつけている。「……時間切れだ。ニンジャスレイヤー=サン」そして警報音が鳴り止み、マイコ音声が宣告した。「時間ドスエ。アリガトゴザイマシタ」

 途端に、地震めいた振動が廊下を駆け抜ける!「まずい……まずいぜ!」機関室でガンドーが喚いた。「失敗じゃ済まんぞ!生き埋めだ!」ニンジャスレイヤーは自由な方の拳に力を込め、イーグルの鉤爪めいた形を作った。今なら!今ならダークニンジャを倒せる……道連れにすれば……もろともに……!

(……殺せ……フジキド……今すぐ殺せ……)ニューロンの奥底で呻き声が聞こえた……そして、皮肉な事に、その声が逆に、彼を我にかえらせたのである。「ウオオオーッ!」ダークニンジャを掴み、廊下の角めがけて投げ飛ばす!ダークニンジャは空中で回転してバランスを取り、着地!

 ダークニンジャはニンジャスレイヤーをひと睨みすると、次の瞬間にはもうそこにいなかった。彼をして、全速で脱出せねばハンマーシリンダー施設の強制稼働に伴う自壊に巻き込まれる程のエマージェンシーなのだ!「オオオオーアアアアア!」ニンジャスレイヤーは咆哮した。そして機関室へ飛び込んだ。

「オイオイオイオイ!ヤバイヤバイヤバイ!ヤバイヤバイヤバイヤバイぜ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはガンドーを机の脚に固定していた拘束をチョップで破壊した。「後な、悪いが両腕が!肩が外されてるんだ、走れるかどうか……」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 ナムサン!ニンジャスレイヤーはガンドーの左右の肩と腕を掴み、それぞれ一撃で関節を嵌め直したのだ。ジュー・ジツのマスターは神秘的な癒しの手を持つと言われている……だが、これは実際、心弱い者は気絶するほどの荒療治!「ブ……ブッダファック……ありがとよ……クソッ、行くぞ!行くぞ!」

「初撃……アップ……」ゴゴゴゴゴ、施設全体が震え、軋む!ニンジャスレイヤーとガンドー、二者は転がるように駆ける。「遅い!」ニンジャスレイヤーはガンドーを振り返ると、2メートル近い巨体の彼を強引に掴み上げ、山賊めいて抱え上げた。「畜生!またこれか!」ガンドーが喚いた。

「……ダウーン」無慈悲なマイコ音声とともに、破滅的轟音が響き渡る!カブーン!ズグラーク!天地が鳴動し黙示録めいた破壊音が四方八方から飛び込んでくる!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは走る!走る!走る!走る!走る!「第二撃……ザザッ…………ザザッ」カブーン!ズグラーク!


◆◆◆


 そのとき、第13層、丘の上の配置センター前広場で利息付きの炊き出しに並んでいた労働者たちは見た……遠景の悪夢的シルエット……最近になってあっという間に建造された巨大な製鉄所めいた建物が、遠目にもわかるほどに振動し、上の隔壁を貫いて伸びていた柱状のタワーが垂直に沈み込むのを。

 直後、彼らが立っていられぬほどに大地が揺れ……配給ミソスープの寸胴鍋は倒れ、そして沈み込んでいた巨大な柱は再び持ち上がり……今度は倍以上の速度で再び垂直落下した。建造物のあちこちで爆発が起こり、もうもうたる土煙が立ち込めていた。大地が裂け、遠目にはっきりわかる亀裂が拡がってゆく。

 丘の上で彼ら無関係の労働者たちが固唾を呑んで見守る中、巨大建造物はグシャグシャに崩れ、潰れてゆき、落下した柱が穿ったのであろう、すり鉢状の斜面と、その中心の円い深淵に飲み込まれていった。上空へ1機のヘリコプターらしきものが飛び立ち、やがて離れていったが、気づいた者は少なかった。


◆◆◆


 キョート城、謁見の間。

 邪悪なる古代ニンジャヘレニズム様式のレリーフ彫刻と没薬の煙、奴隷ゲイシャが一心に爪弾くオコトの音、そして数人のただならぬタツジン・アトモスフィアを漂わせるニンジャ達が、凱旋者を迎え入れる。すなわちダークニンジャを。

「フォー、フォー、フォー……大儀であった、ダークニンジャ=サン」いつものように謎めいた紫のノレンで覆い隠されたロード・オブ・ザイバツが、膝の上のバイオ三毛猫を撫でながら労った。その側に立つ小柄なニンジャが陰気な視線を投げる。パラゴンである。「まさに有言実行といったところですな」

 パラゴンはダークニンジャを睨んだまま賞賛した。「侵入者による工作が明らかになるや即座に優先事項を洗い、施設の自壊を厭わず掘削を決行したその決断力。非凡。なかなか出来るものではない。エレベーター建造の進捗はどうか?」「つつがなく」ダークニンジャは答えた。「しかしながら気がかりが」

「申せ」「ニンジャスレイヤー」ダークニンジャは即答した。「奴の死体が確認出来ておりませぬ。あの崩壊に巻き込まれおとなしく死ぬような弱敵でない事も確か。私の手抜かりでございます」ダークニンジャは奥ゆかしく頭を下げた。「ムーフォーフォーフォー……よい。瑣事よ」ロードが言い切った。

「三神器は目と鼻の先だ」パラゴンが言った。「勝ってメンポを確かめよ。ミヤモト・マサシもそう言っておる。今後もその忠誠と高潔な実行力をギルドの繁栄に役立てよ、ダークニンジャ=サン」「ヨロコンデー!」柱の隣に立つニンジャ、イグゾーションは、そんなダークニンジャをじっと見つめる……。


◆◆◆


 ギュグン!ガオン……オン……オン……オン……。上昇するリフト。そこに乗る労働者はまばらだ。体育座りをしたり手すりにもたれかかって無機質な時間をやり過ごす人々の中に、ひどく憔悴した二人がいた。一人はトレンチコートにハンチング帽、一人は190センチの長身を窮屈そうにした白髪の男だ。

 オン……オン……「まあ……なんだ。命あってのモノダネだ」ガンドーはチューイング・ズバリを噛みながら、むっつりと言った。「敵はあいつ一人じゃないんだろ。あそこで死ぬ必要は無かったさ」「……」ニンジャスレイヤーは無言である。

「それともアレか?結局14層の連中が救えなかった事を悔いてるのか」「……」「やるだけの事はやったさ、ブッダも照覧あれ、だ。どのみち顔も知らない他人の集まりだったんだ。クソくらえってんだ。だろ?」「……」ニンジャスレイヤーは遠ざかる深淵を無感情に見下ろしている。

「こんな時はな、チョイチョイ・ストリートにでも繰り出して、アヘンでもやりゃあ、一発でリセットだ。バリキでもいいしよ。当然ズバリにシャカリキ……」ガンドーはチューイング・ズバリを吐き捨て、次のアルミホイル包みを開いて口に含んだ。「ハハハ、これじゃジャンキーめいてるな」「少し黙れ」

 ガンドーはニンジャスレイヤーを見た。「わりィ」バツが悪そうに頭を掻いた。ニンジャスレイヤーは首を振った。「いや……すまぬ」……オン……オン……オン……「なんにせよ、幾つか話の種は得られたのだ」彼は懐からマキモノを取り出し、ガンドーに示した。「そしてザイバツの企みにはその先がある」

「最下層ね」「そうだ。最下層。そこに何かがある。奴らの目指す何かが」奴ら……否、実際のところ、それはダークニンジャの目指すものであろう。トコロザワピラーでダークニンジャが仮面のニンジャ達と交わした謎の言葉をあらためて彼は思い出していた。キョート……サンダーフォージ……三神器。

「フロッピーやマキモノ……これらの中に、何か得られるものがある。何かが」「何かがな」ガンドーは肩をすくめた。「ついでに、コーベインの一枚二枚も、期待したいところだぜ」オン……オン……オン……陰鬱なモーター音を闇に響かせながら、リフトは上昇を続ける。その先もまた、闇の下である。


【クライ・ハヴォック・ベンド・ジ・エンド】終


N-FILES(設定資料、原作者コメンタリー)

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