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S3第8話【カレイドスコープ・オブ・ケオス】分割版 #6

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「ウォーワワオー」タキは調子外れの歌を歌い、粘つく磁気嵐の侵食を躱して飛翔する。「思考も声になる。その歌も」ナンシーが指摘した。「ヘヘッ、いい声してんだろ」タキはごまかした。「あのな、オレがこんなに出来るのは、アンタの助けなんだろ? ちょっとの間だけだな、このブッ飛ぶ感覚は」「それはあなた次第ね」

「せっかくだけど、オレには才能がねえよ。アンタほどにはな」タキは笑った。「そしてオレの姉貴も。ツイてなかった。15の時だよ……」010010……ノイズが二人に手を延ばし、枝分かれし、押し包もうとするのを、さらなるタイピング速度で振り切ると、刺々しい電子の壁が再びそびえ立つ。

「ッたく話の邪魔だぜ。ネザーキョウにもこの手の邪魔な壁があるもんだな。インターネット禁止のクセしやがってよ……」「UNIXを使わなくても、類似の効果を生み出す力を持っているようね」壁に力を与えているものたち……遠く、ザゼンするボンズ達らしき輪郭群が見える。「祈祷? ブードゥーだな」

「インターネットとはオヒガンの解釈で……そして、オヒガンはずっと昔からある」ナンシーは言った。「デッキが無い頃はザゼンや薬物で繋がっていたの」「それだよ、ユカ……YCNAN=サン」タキが電子指をさした。「アンタのあのメソッドな。エメツを直でスニッフして繋がる。とんでもねえ事考えたもんだよ」

「それ、私の考えたメソッドっていう話になっているの? エメツにはまだ、あまり詳しくないのに……」ナンシーは笑った。「でもその評判には文句も言えないわね、実際私はかつてジャンキーだったから」「今はどうなんだよ」「どうかしら。確かめるには、今ある自分の肉体を探さなくちゃね」「絶対面倒くせえな」

「そう、だから貴方には今後、色々と助けてもらおうと思ってる」「アー……」「だから、先にこうして助けて……恩を売っておかないとね」「出来高制だぞ。伝説のハッカーだろうと何だろうとオレは顎で使うんだ」タキは不敵に言った。「^_^」ナンシーの指先から電子顔文字がホログラフィめいて浮かび消えた。

「ところで、アンタはまず10年前のニンジャスレイヤーを探そうとして、オレ達を見つけたって言ったな?」「yep。でも、すぐに違う相手だとわかったわ」「そりゃ良かった。アイツ、間違われると機嫌悪くなるぜ。とんでもない野郎でよォ……まあとにかくだ、オレはな、10年前は違う奴がニンジャスレイヤーだった、そいつの事も知ってるぜ!」

「話が早いわ」「いずれその話もしてやるよ。オレ、アンタをリスペクトしてるからな。伝説のハッカーYCNAN……アンタも色々あったんだろうが……まあ、今のニンジャスレイヤーの事は、じきにわかるさ。嫌でもわかる。この……」……010010011……彼らは炎の壁を突破し、都市の電子光景を見下ろした。「ナガシノでよ」

 光の筋が集まる地点がある。都市の中央にそびえる巨大な塔だ。タキの手元に無数の情報窓が吸い寄せられてくる。それらはUCAの下位サーバーが共有しているネザーキョウの情報群……ナンシーの力だ。「"インターネット最終処分場" ? 何だそりゃ……オッ」赤黒い光が都市に向かって移動している。ニンジャスレイヤーだ。「来たぜ」


◆◆◆


 カーン! カーン! カーン! 激しく鐘が鳴らされるナガシノの街並みを、アナイアレイターは足早に進んでいた。足取りは確かだが、肩を左右に揺すって歩く。「しつこい連中だ」振り返る彼の目は金色の光を強めている。襤褸の繊維の端が、ざわざわと蠢く。「クソが……」「こっち」そこへアズールの声。

 バラック建築の下の隙間から、匍匐状態の彼女が顔をのぞかせていた。先行して逃走経路を探っていたのだ。「オイ。そこを通れッてか?」アズールは答えず、そのまま後ろに下がって闇に消えた。(デアエ!)(デアエ!)(そちらに行ったぞ!)ゲニントルーパーの声が近づく。アナイアレイターは渋々、彼女の導きに従った。

 抜け出た先は、赤いチョウチンが並ぶゴチャついた飲み屋街だ。彼らは紛れ込んだ。人通りが多く、このまま撒くことができればよいが。「クソが……」アナイアレイターは左腕を押さえ、左半身を抑え込もうとする。アズールが案じた。「実際、どうなの」「正直、人通りが少ねえに越したことはねえ」

 かつて「サツガイ」に接触した彼は、与えられようとする呪われた追加の力を拒絶した。だがその結果、抑え込んでいた力の制御を断たれ、アーコロジー都市ひとつを滅ぼしかけた。停滞した状況からは救われたものの、以来、彼はサツガイ接触以前には無かった不調に苦しめられていた。

 彼は古代のニンジャ六騎士の一人、「フマー・ニンジャ」のソウルを宿す。あまりに強大なその力は、彼の自我を超えた破壊行為に度々及んだ。若き日の彼はそれを制御するすべを持たなかったが、10年かけてそれを克服した。

 サツガイは彼の努力を全てひっくり返し、無に帰せしめ、新たな呪いに変えた。

 昔に苦しめられたニンジャソウルの暴走と、今の肉体の不均衡は、様相が異なる。失われた左半身をジツの力で作った義体で補っていたアナイアレイターであるが、今はよく動く。動きすぎる。まるで新しい生命が彼に重なり合っているかのようだ。生命は彼の生身の肉体を逆に侵食し、呑み込みつつある。

 サツガイについて知る必要があった。ジプシー・ギルドの助けも借り、謎のサツガイ信奉者の集団「サンズ・オブ・ケオス」を追跡した。……その主要メンバーは既に滅ぼされていた。「ニンジャスレイヤー」の手によってだ。シトカを訪れた彼に旧友のスーサイドが語るところによれば、そのニンジャスレイヤーが、サツガイを倒したと。

 アナイアレイターはシトカからそのまま東へ進み、ネザーキョウに入った。是が非でもニンジャスレイヤーに会う必要があった。サツガイについて知る必要があった。サツガイを倒した者であれば、この呪いに抗う手段のヒントが得られるかもしれなかった……。

「天下布武」の強烈な磁気嵐と領域の変化が影響しているのか、もっと長く「保つ」と思っていた制御の力が急激におぼつかなくなっているのを、彼は焦りとともに感じている。アズールはサツガイを知らぬ。彼女には、彼が「死んだ」時には状況判断して脳天を撃ち抜くよう言ってある。気休めではあったが。

「お前、わかってるな」人混みを歩きながら、アナイアレイターは念を押した。アズールは頷いた。「いいよ。その判断は私がする事になるから、早すぎる事になるかもね」「それは出来れば避けてェな……俺の苦労が台無しになるからよ……」「出来ればね」「フン……」

 彼らは刺すような視線を感じている。「ダメか」アナイアレイターは呟いた。撒けていない。ゲニンではない。ニンジャソウル憑依者が明確に彼らに狙いを定め、近づいて来る。「……」アズールが前方を凝視し、アナイアレイターを手で制した。人混みの先、ニンジャと目があった。サイバーサングラスをかけ、斜めに髪を刈り上げた女だ。

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