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S2第5話【ハート・オブ・ダウントロッデン・ソウルズ】全セクション版

総合目次 分割版:◇1 ◇2 ◇3 ◇4 ◇5 ◇6

S2第4話 ←


 闇に向かい、シンウインターは低く言った。「ザルニーツァ」

 彼が手にしたクリスタル・グラスには見る見るうちに蜘蛛の巣状の亀裂が生じた。「ザルニーツァ……ザルニーツァ!」『イエス、ボス』「サキュバスが死んだ。これで何人だ」『……』「数えんでいいぞ……ンン…ンッンッンッ」 不気味な笑い。

 恐ろしい笑いだった。それはシンウインターの憤怒の表現に他ならない。傍らに控えていたミギは、頬を張られたようにビクリと震え、赤面し、密かに、もの欲しそうにボスの横顔を見るのだった。ヒダリは燃えるような嫉妬と憎しみでミギを見守った。

「シトカは俺の街だ。ここにあるものは俺のものだ」手の中のクリスタル・グラスが微細な亀裂によって真っ白に変わり、崩れ、ウォートカと混じり合って、シンウインターの手から足元の氷に逃げていった。「ンッンッンッ……だいぶ暴れてくれたな……ニンジャスレイヤー=サン……!」

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【ハート・オブ・ダウントロッデン・ソウルズ】

 アスファルトの上でニンジャスレイヤーは直にアグラをかき、赤黒の眼光を熾火めいて明滅させていた。そこは激戦繰り広げたハッカー・ドージョーを隠したトレーニング・ジムに面する道路上である。ゾーイは虚空に手を翳し、トランス状態に入りかけている。コトブキは二人を心配そうに見守っている。

「その……わたし、少し思うんです」コトブキは呟いた。「ゾーイ=サン、貴方の力は強力で……でも、そうした力は往々にして制限を伴うものです。その……無尽蔵なのでしょうか?」

「わかってる」ゾーイは瞼をひくつかせて答える。「アタシ自身、嫌な予感はしてる。特に今はアイツの力も無いし……多分、よくないって事は」「そうです……!」「でも、こうするしかない」「わかります」「なら、この話は終わりにしようよ」「はい。……今は」コトブキは頷いた。

 ニンジャスレイヤーは無言だ。深く呼吸し、恐らく数分後に直面するイクサにむけて、可能な限りのカラテを引き出すべく、集中力を研ぎ澄ませているのだ。

「あ」ゾーイは、見つけた。

「あった。でも、これ……」眉根を寄せる。「……少し、変わったものだ……」「どうしました?」「ニンジャスレイヤー=サンに紐づいてるけど、少しこんがらがっている。ソウル……記憶……ンンン……」「構うな。急げ」ニンジャスレイヤーが口を開いた。「敵が来る」

 0101001……ノイズの飛沫を散らしながら、ゾーイは重い質量をアスファルトに着地させた。それは黒いモーターサイクルであった。「ハアーッ……!」ゾーイは荒い息を吐き、尻餅をついた。「普通の情報じゃなかった……!」

「確かにふつうのバイクじゃありませんね。液晶に表示……大人女……? ヘルヒキャク社のインテリジェント・モーターサイクルです」コトブキは品番から情報を照会した。「とても珍しいものですよ。急に、これを?」「そう」ゾーイは立ち上がろうとしたが、難儀した。コトブキが手を貸した。

 周囲の空間に奇妙なモザイク状の欠落が残っていた。コトブキは訝しんだ。「その歪みには触らないほうがいい」ゾーイが言った。「よくわからないから。……ふさぎかたも……わからない」「まあ」「ちょっと無理しちゃったかもしれない……」

「動くか、それは?」ニンジャスレイヤーが尋ねた。コトブキは急いでヘルヒキャクのUNIXを操作した。「急ぎます……大丈夫です!」

「スタータートトトト……ザーマシシシシーン」UNIXライトが青や桃色に色を変えた。「ハロー……ワールド……」ドルッ、ドルルルル。怪物じみたエンジンが唸り、排気が行われる。「まだ最適化がされていませんが、走れます」コトブキが言った。ニンジャスレイヤーはやおら立ち上がった。「よし」

「ヤッタ。これがあれば、アイツのバイクを……」言いかけたゾーイに、しかし、ニンジャスレイヤーは首を横に振った。そしてコトブキに言った。「これはおまえ達が使え。これに乗ってフジミ・ストリートに戻れ。スーサイド=サンと合流するんだ」「え、待って」ゾーイが慌てた。「戦闘は?」

「奴に追わせはしない」ニンジャスレイヤーは闇の先を見据えた。コトブキは訊き返さない。「行きましょう!」「でも!」ゾーイは何か言おうとしたが、コトブキが優しく首を振った。「わたし、運転できます。ゾーイ=サン、しっかりつかまっていてくださいね」「置いていけない……!」「わたし、ニンジャスレイヤー=サンを信じています。行きます!」

 ニンジャスレイヤーは目を見開いた。「行け!」そしてスリケンを投擲した!「イヤーッ!」闇の中に赤い火花が閃く。接近する者がスリケンを撃ち落としたのだ。既にニンジャスレイヤーは地を蹴り、駆け出していた。ゴアアアア! 同時にコトブキはモーターサイクルを発進させた! 

 その2秒後! 鋼の矢めいて突入してきたのは、ニンジャスレイヤーが予測した通りの相手! モーターサイクル上で身を屈め、一直線に向かってきたザルニーツァと、コトブキ達が交差した。ザルニーツァはコトブキ達を行かせるつもりはなかった。だがニンジャスレイヤーはザルニーツァにそれを許さぬ!

「イヤーッ!」割って入ったニンジャスレイヤーは回転しながら宙に跳んだ。ザルニーツァは円形の炎をタイヤ痕に生じながら切り返した。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは空中でさらにスリケンを投擲!「イヤーッ!」ザルニーツァは車体をウイリーさせ、スリケンを跳ね返す!

「また、すぐ後で!」コトブキが一声叫ぶ。振り返りはしない。ヘルヒキャク社のモーターサイクルの液晶表示は文字化けしている。「スタートー……靠鬲〒縺吶疽」ドウ! ロケットめいて加速! ゾーイは悲鳴を噛み殺す。一気に走り去る!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはさらにスリケン投擲! 

「チィ!」ザルニーツァは舌打ちし、スリケンをチョップで弾き返した。再び車体をドリフトさせるが、着地と同時にニンジャスレイヤーはアイサツしていた。「ドーモ。ザルニーツァ=サン。ニンジャスレイヤーです」アイサツされれば応えねばならない!「ドーモ。ザルニーツァです」

「もはや追えまい」ニンジャスレイヤーは言った。「この前は世話になった。同じ真似はさせない。貴様を逃がしはしない……貴様の相手はおれだ」「……コシャクな」覗き穴の無い無貌のフルメンポの下で、恐らくザルニーツァの表情は穏やかでなかっただろう。「よほど死にたいのだな」

 ザルニーツァのニンジャ装甲が、メキメキ、ミシミシと音を立てる。圧縮の度合いを更に強め、極限のカラテを引き出す仕組みだ。(((マスラダ。まず馬を潰せ))) ナラクが囁いた。(((モーターサイクルを放置すれば敵のフーリンカザンぞ。あ奴自身の装甲も胡乱ではあるが、足を奪うが先決……!))) 

 ドルッ……ドルルルル。エンジンが唸る。オーロラの輝きを受け、周囲の森に車上のザルニーツァの影が大きく映し出された。竜と対峙するヤマト・ニンジャのごとく、ニンジャスレイヤーはやや腰を落とし、カラテを構えて目を光らせる。(((オヌシは万全からは程遠し。だが、見たところ敵も同様也!))) 

 然り、ナラクに言われずとも、ニンジャスレイヤーのニンジャ洞察力は敵がこの夜に複数のイクサを既に経ている事を読み取っていた。もとよりイクサとはカラテ試合にあらず……血にまみれ、傷にまみれた者同士の極限の喰らい合いに他ならない!「イヤーッ!」ザルニーツァが……襲いかかる! 

 ドウ! モーターサイクルは粉塵を吐きながら真上に跳び上がった。ニンジャスレイヤーを叩き潰す、巨人の拳めいた体当たりだ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは前転回避!「イヤーッ!」その背中めがけ、プラズマクナイが飛翔する! 体当たり回避前提のザルニーツァの動きだ! 

「イヤーッ!」振り向きざまのチョップでニンジャスレイヤーはプラズマクナイを破壊しようとした。だがザルニーツァが手招きするように手を動かすと、プラズマクナイは不可視の糸で引かれたように飛び戻った。タツジン! 電磁力を用いての引き戻しである! ニンジャスレイヤーに隙が生じた! 

 KRAAAASH! あらためてザルニーツァのバイクはニンジャスレイヤーに体当たりをかけた! ニンジャスレイヤーは横に転がり、かろうじてこれを回避! だがザルニーツァのバイクは円を描くように走り込み、回避方向を塞ぎにゆく!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは後ろ回し蹴りで応戦! 

 ゴウウウン! しかしザルニーツァのバイクは急加速によって蹴りを回避した。しかも車上にザルニーツァの姿がない。加速の瞬間に彼女は宙に跳んでいた。天地逆さになった彼女はニンジャスレイヤーの直上からプラズマクナイで切り裂いた!「イヤーッ!」「グワーッ!」 

 肩が裂け、夜空に血が舞った。しかし浅い。ザルニーツァは無貌のフルメンポの中で不満に目を細める。ニンジャスレイヤーは傷を無視し、抉るような鉤手で空中のザルニーツァを薙ぎ払った。「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーの手がザルニーツァの首元を掴み、地面にたたきつける! 

 トッタリ! ニンジャスレイヤーはそのままザルニーツァのマウントを取ろうとした。しかし……ウォルルル! 危機にあってのザルニーツァの奇妙な落ち着きを裏付けたのは、自走突進してきたモーターサイクルだった!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはやむなくバック転回避! 既にザルニーツァは車上! 

 (((やはり、まずは馬だ!))) ナラクが繰り返した。(黙れナラク!) ニンジャスレイヤーはニューロンのざわめきを撥ねつける。言って出来れば苦労はない。彼は黒い炎を闇に散らしながらザルニーツァに向き直る。無貌のフルメンポの表面にさざ波めいたノイズが走った。衝突するのは、二者の確定的殺意!

 ギャルルルルル! 土と草をまき散らし、ザルニーツァは強大なモーターサイクルと共に再びニンジャスレイヤーに襲い掛かった。ニンジャスレイヤーはバイク前輪へのカラテパンチ攻撃を試みた。「イヤーッ!」だがザルニーツァは敢えて前輪をスイングし、殴りつけるように迎え撃ったのだ!「イヤーッ!」

 KRAASH! ニンジャスレイヤーはノックバックを受けて地面を数メートル滑った。まさに人車一体。これでは巨大な武器で打撃されているのと変わらぬ状況である。ニンジャスレイヤーは顔をしかめ、腕を押さえた。体勢を整えるか否かという猶予時間を経て、ザルニーツァは急加速。体当たりを仕掛ける! 

 ニンジャスレイヤーは敵を睨み据え、しかし、回避行動を取らなかった。彼はむしろ腰を落とし、両手を前に掲げて突進を待ち構えた。その目が赤黒い炎を放った!「イヤーッ!」KRAAAASH! ゴウウウン! ゴアアアオオオオン! 前輪が激しく回転! ナムサン! 轢殺! さもなくばネギトログラインド重点!? 否!

 見よ! ニンジャスレイヤーのメンポの1インチ手前で恐るべき勢いで回転する前輪タイヤを! 寸前のところでしかし、ネギトログラインドは阻まれていた。ニンジャスレイヤーはバイクの前輪を支えるフロントフォーク部を掴み、押し留めていたのである!「ヌウウウーッ……!」徐々に前輪が……持ち上がる!

 おお……ナムサン。遥かな昔、ニオー・ニンジャは、巨大な倒壊オジゾウが崖路を塞いだゆえに交易路を失い、餓死寸前まで追い詰められた谷間の村人を救うべく、そのニンジャ膂力ひとつでオジゾウを持ち上げたという。これではまるでその故事の再現ではないか! ゴウランガ!「ヌウウウーッ!」

「理解不能。理解不能」ザルニーツァのバイクが冷たいUNIX音声を発した。彼女が身にまとうイサライト・アーマー同様、カタナ・オブ・リバプール社の技術の粋を集めたワン・オフ・プロダクト……シグルーンの名を授かった機体は、実際理解不能の状況下においてそう繰り返すばかりだった。

 ゴウウウウン! 唸りを上げるタイヤ! しかし非回転部位を掴まれている以上、もはやこれは!「イヤーッ!」ザルニーツァは機首を振って打ち倒そうとした。ニンジャスレイヤーは、耐える! ニンジャスレイヤーは不敵に見上げた。「貴様……!」ザルニーツァの無貌のメンポに再びノイズのさざ波が走る!

 ニンジャスレイヤーの背中には、装束を透かしてはち切れんばかりの縄めいた筋肉が浮かび上がった。ザルニーツァは決断した。「イヤーッ!」コンマ1秒後! ニンジャスレイヤーはバイクを高く跳ね上げ、転倒させた! KRAASH! ザルニーツァは回転跳躍から着地! 両手から噴き出す白い火はプラズマクナイだ!

「足を奪ったぞ! 貴様自身のカラテを見せろ!」ニンジャスレイヤーは吠えた。ザルニーツァは地を蹴り、プラズマ二刀流で激しく襲い掛かった。「ほざくがいい! イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」闇を裂く白い炎! 赤黒い炎! 死の舞踏である! 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」爆発めいた衝撃波が生じると、二人のニンジャはそれぞれ別角度に跳んだ。二者が跳んだ先には別々の針葉樹があった。「「イヤーッ!」」KRAAAASH! 二つの木の幹が同時に破砕! 連鎖倒壊を背後にしながら、二者は空中で再びぶつかり合う!「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 徒手のニンジャスレイヤーに対し、ザルニーツァはプラズマクナイという得物がある。しかも二刀流だ。リーチに優れ、それ自体が恐るべき高熱を発している。切り結ぶ際、ザルニーツァの攻撃回数は二倍。つまり通常であれば素手に対するカラテ上のアドバンテージは100倍近い。ニンジャスレイヤーの傷ついた身体に更なるダメージが刻まれてゆく。

 だがニンジャスレイヤーはそれでも臆さずに攻め続けた。内なる炎を燃やし、心臓から四肢にカラテを送り込む。黒炎は過負荷で裂けかかる筋繊維を融解し、繋ぎ止め、新たな力を生み出す。そして要所要所で繰り出される超自然のフックロープ! 燃える縄じみたそれが彼の反動制御を予測し難いものにする!

 「イヤーッ!」見よ! 空中連続斬撃からの強力な回し蹴りを、ニンジャスレイヤーは不意に後ろへ飛んで躱す! 背後の樹木の幹に突き刺さったフックロープを巻き上げての回避だ。そして回避からのトライアングル・リープ! トビゲリだ!「イヤーッ!」 

「グワーッ!」ザルニーツァは跳び蹴りを受け、樹木に衝突、落下した。ニンジャスレイヤーは回転着地!「スウーッ……フウーッ……!」前掲姿勢となった彼は、フイゴで風を送るように、深く、深く呼吸する! 

 ザルニーツァはカラテを構えなおした。バシュッ……圧縮空気が排出され、関節部の隙間にUNIX光がきらめいた。ニンジャスレイヤーは深く呼吸し、殺す力を高めようとする。(いいカラテだ……だが抑えている。良くないぞ! それでは遅かれ早かれ底が見えるな!)先刻のクローザーの言葉がニューロンに閃く! 

 それはあの胡乱のニンジャが現れた折に囁かれた言葉だった。それが棘のように彼の記憶に刺さっていた。それがナラク・ニンジャの内なる咆哮を助長する。(((ニンジャ殺すべし……殺すべし!))) ニンジャスレイヤーは深く吸い、吐いた。背中に炎が爆ぜた。

 なぜあのニンジャに……クローザーにチョップを止められた? 至らぬカラテを、もっと強く鍛え上げなければならない。このザルニーツァを凌駕し、シンウインターを凌駕し、そして……!(((マスラダ!)))「スウーッ……」ニンジャスレイヤーは深く息を吸った。拳を強く握り込んだ。強く。抑え込む。

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