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【マーメイド・フロム・ブラックウォーター】

この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正版が、上記リンクから購入できる第2部の物理書籍/電子書籍第1巻「ザイバツ強襲」に収録されています。


ニンジャスレイヤー第2部のコミカライズはチャンピオンREDで現在連載中。コミックスが購入可能です。

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【マーメイド・フロム・ブラックウォーター】

1

【またも市民平和を脅かす爆発事故!】
先日の謎の同時爆発事件から日常の平穏を取り戻しつつあったネオサイタマであるが、昨晩またしても事件が起こった。ノビドメ・シェード運河を巡っていたオイラン屋形舟「紀州」が、何者かによって爆破されたのだ。

この爆発により、船内にいたサタマ金属の社員数名とクロキ自動車社員数名が全員死亡した。ナムアミダブツ!最有力候補ラオモト・カンの死のどさくさでまんまと再当選したサキハシ知事の情けない治世だからこんな事になる。貴方の給料も多分アブナイからとっととリコールしたうえで内閣も不信任だ。


◆◆◆


 ガンッ!ガンッ!ガンッ!ハンマーが赤熱した鋼を繰り返し打ちつける音が、マシーナリービートめいて空気を揺らす。穴だらけのショウジ戸から入り込む光が乱雑なガレージ内に入り込み、隅に集められたバイク群に光のマダラ模様を落とす。バイク鍛冶屋のマチノは来客に気づき金床から目を上げた。

「ドーモ」「ドーモ」ハンチング帽を目深に被り耐汚染トレンチコートを着た来客はマチノのアイサツに答えた。「そこにあるからちょっと確かめてみてください」マチノは額の汗を拭い、ハンマーでガレージ隅を示した。

 ハンチングの男がPVCシートの覆いを払うと、現れたのは黒光りする鋼鉄のモーターサイクル、ヘルヒキャク社のアイアンオトメだ。「実際イカツイもの使われてますね」マチノは言った。「現物を見たのは初めてだし、ずいぶん改造もされていますが、エレガントな仕事ですよ」「……」

「詮索はしませんよ」マチノは先回りして言った。「これに使われているカーボンナノチューブ部分の調達が色々と骨折りでした」「どの道すぐまた傷だらけになるが……」「そこがいいんですよ、味があります、そのバイクは。展示場じゃない。道路が似合いです」「なるほど」

 奥の赤錆びたドアが開き、小柄な男が現れた。マチノ同様、作業着は油で汚れている。両手をネズミめいて胸の前で垂らし、口を開けてハンチングの男を見つめる。「あんた……あんたライダー?UNIX、UNIXちゃんと調整した、ダイジョブ。ステルス機能もダイジョブ」「何だカキオ」マチノが咎める。

「スミマセン、弟です。こいつ口の利き方知らないんです。奥にいろって言ってるんですが」マチノは詫びた。「でも電気関係はしっかりしたものなんです、うちのカキオは」「いえ。ドーモ」男はカキオにオジギした。カキオは怯えた表情で後ずさった。「ダイジョブ……」

 男がアイアンオトメにまたがりキーを回すと、合成音声が告げた。「ハローワールド。アイアンオトメ、デス。レディーゴー」インジケータに映る「大人女」の漢字。ジゴクの獣めいた排気音が唸る。「前金だったな」「ハイ、頂いていますよ」マチノはオジギした。「またヨロシク!オタッシャデー!」

 ……男が爆音とともに走り去ると、カキオは胸の前に手を垂らした姿勢のまま、くるりと踵を返して自室へ小走りに戻って行く。マチノは肩を竦め、再び金床へハンマーを振り始める。

 ……カキオは自室に入るなりすぐにドアをロックした。基板類や小型モニタ、テープレコーダーといった電子物が積み上がった小部屋は足の踏み場もないほどであり、壁には色褪せたハニワ型ロケットの宣伝ピンナップが何枚も貼られている。「宇宙時代……軌道上にございます」。潰えた未来の夢の残滓だ。

 あまりチューニングのよくないラジオからは懐古趣味の歌謡がザラザラした歌声を流し、それが置かれた机の半開きの引き出しにはイミテーションの宝石類がぎっしりとしまわれている。ここはカキオの作業場であり、城であった。マチノも決してここに足を踏み入れることはない。

「ダイジョブ……きっとダイジョブ」小刻みに頷きながら、カキオは部屋の奥に鎮座するマネキンにしゃがみ込む。いや、マネキンではない。胸から腰にかけての左半分を大きく欠損した人体?コワイ!いや!人体でも無い。人ならざるもの……オイランドロイドである。

 人工心臓が収まっているべき箇所はぽっかりした虚無で、複数のオレンジ色のチューブが伸びている。チューブはゴミ箱の隣に置かれたポンプめいた機材に接続されている。「ダイジョブ……ダイジョブ、きっとね」カキオはエンジニアグラスを装着し、ドリームランド埋立地めいた部品の山をかき混ぜ始めた。

 オイランドロイドの頭部には損傷が無い。綺麗なものだ。目を閉じ、角度によっては微笑んでいるようにも見える。「ダイジョブ。ダイジョブ……」


◆◆◆


「ザッケンナコラー!」「スッゾコラー!」正座した六人のクローンヤクザの前を、ドレッドヘアーのリアルヤクザが罵声を浴びせながら歩き回る。まるでゼン・トレーニングめいた光景だ。リアルヤクザが手に持っているのは棍棒ではなく青龍刀であり、正座しているのも当然ボンズでは無い。

「ナッコラー!なんで全員上がってねえんだ?エッコラー!責任取れんのかコラー!」クローンヤクザ達は神妙な顔でドレッドヤクザの叱責を聞いている。一人が口を開く。「流れが早くて、流されてしまっグワーッ!」「スッゾコラー!」ドレッドヤクザの蹴りが飛んだ!「川が怖くて商売になるかコラー!」

 雑居ビル屋上で暴力的なやり取りをする彼らの頭上で、満月が雲を透かす。下の道路ではそんな殺伐を露も知らぬ市民が、この週末に行われるネブタパレードの準備に忙しい。まだ明かりの灯されていないチョウチンや「ヨッソイ」と陽気にショドーされたノボリが、こうしている間にも次々掲げられて行く。

「で、見つかったのか?」「ヒッ!」ドレッドヤクザは横から飛んできた新手の声に竦み上がった。「ドーモ!デスナイト=サン!アリガトウゴザイマス!」痙攣めいて震えながら、彼は声の方向へ最オジギした。「……見つかったのか?」そのニンジャ、デスナイトは、ツカツカと歩み寄りながら繰り返した。

 関節部に甲冑めいたプロテクターを持つ特殊なニンジャ装束に身を包んだデスナイトは、冷たい目でドレッドヤクザを見据える。「……まだか?」「こいつらが使えねえせいで、やはりその、一人回収できておりませんで!今からケジメさせます!」ドレッドヤクザはツキジのマグロめいて口をパクパクさせる。

「フー」デスナイトは無感情に溜息を吐いた。「殺しただけでは口封じにならんのだ、殺しただけではな」「アイエエエ!その通りです!全力で!ケジメさせて……」「いや、必要無い」デスナイトは首を振った。その背後、満月を鳥の影が横切った。

 夜空を旋回したのち、デスナイト達がいるビル屋上めがけて斜めに滑空してくるその鳥は、大きく荒々しいバイオイーグルだ。その荘厳な姿だけでも驚きに値するものだが、特筆すべきはそのクチバシである。カタナを咥えているのだ!

 バイオイーグルは一直線に正座するクローンヤクザへ突っ込んでゆく!そして!ナムアミダブツ!「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」一列になった彼らの首をネコソギに刎ね飛ばした!噴水めいて噴き上がるバイオ血液!

「アイエエエエー!」ドレッドヤクザはバイオ血液を全身に浴びながら失禁し、青龍刀を取り落とした!バイオイーグルはバサバサと翼をはためかせて浮上し、デスナイトの腕に止まった。デスナイトはバイオイーグルの頭を愛撫しながら目を細めた。「美しい人よ」

「アイエッ……アイエッアイエッ……」ドレッドヤクザは恐怖のあまり痙攣しながら失禁を続けた。デスナイトはバイオイーグルを撫でながら、ドレッドヤクザへ顔を近づける。「もう少し頑張りたまえ……もう少し有能なところを見せてほしい」「アイエエエ!ヨロコンデー!」ドレッドヤクザはドゲザした。

 デスナイトはドゲザヤクザを尻目に、屋上の手摺まで歩いていくと、下の道路を虚無的な目で眺めた。ここからだと豆粒ほどのサイズで忙しく行き来する人々を見下ろす事ができる。しかし本来なら見る者に楽しい週末を予感させるチョウチンの列やノボリも、デスナイトにとっては灰色の滅びの影でしかない。

 デスナイトはバイオイーグルを撫でる。「おお……アヤミ=サン」バイオイーグルはキュルキュルと喉を鳴らしてこたえる。「アヤミ=サン。ここから二人で飛び降りて、安らかに死ねればどんなにいいか。ネギトロめいて、一緒くたのクズ肉になれるのなら。この汚濁だまりめいたネオサイタマで」


2

「重点……治安が守りたい」フィンフィンフィン、うるさい飛行音を撒き散らしながら、マッポのマグロツェッペリンが灰色の空を横切って行く。カキオははるか上空のそれを一瞥し、汚濁した川のほとりをヨタヨタと歩く。

 パトロールといっても、よほどの事が起こらない限り、マグロツェッペリンが地上のトラブルに介入する事はない。カキオが住むジャンクヤードはなおさらの事。白昼の強盗が行われていようと、上空のマグロツェッペリンは知らぬ存ぜぬといったところなのだ。所詮それは形ばかりのパフォーマンスである。

 やがてカキオの目の前に廃棄基板の山と、錆まみれのプレハブ小屋が現れる。川のほとりでは小屋の主がドラム缶に火を起こし、昼食の準備をしているところだった。「ドーモ、カキオさん」主はバイオコンビーフの鍋から顔をあげた。「ド、ドーモ。ダイジョブ?」「へへへ、大丈夫だぜ、よかったな」

 主は折りたたみ椅子から立ち上がると、プレハブ小屋の中から小さな紙袋を取ってきた。「タイミングよかったよカキオ=サン。マッポのロボのスクラップなんて、めったに払い下げられないんだから。へへへ」「ア、アリガト……」カキオは素子と引き換えにその小さな袋を受け取った。

 汚染された川はタマゴめいた臭気を泡立てる。時折その水面をバイオトビウオがジャンプしながら遡って行く。淡水、それも汚染された水に適応したトビウオだ。カキオはしっかり袋を掴み、家路を急いだ。途中、川のほとりの砂利に座り込む人々と何度もすれ違う。彼らは橋の下やダンボールで寝泊りする。

 カキオには家がある。バイク鍛冶屋という生業が彼を助けている。義に厚い兄と、彼自身の非凡な電子関係取り扱いのセンスが、ともすれば現実に適合できず容易にドロップアウト・コースに乗ってしまう彼の身を助けている。彼自身の意識はそこまで物事を考えたり、思い悩んだりするようには出来ていない。

 家路についたカキオは素早く自室に走り込み、後ろ手にカギをかける。彼を待つのは目を閉じて「眠り」続けるオイランドロイドだ。すでに損傷していた左半身は修復を済ませた。もとの皮膚と色の違うカーボンだが、カキオは問題を感じなかった。綺麗だ。

 買ってきたIC基板をコメカミ付近のしかるべき部分に挿し込み、UNIXパソコンとケーブル接続。小型モニターが映し出す文字列。カキオは熱狂的な目線をオイランドロイドの「寝顔」に注ぎながら、ノー・ルックでキーボードを高速タイピングする。タツジン!

「電子キーをお願いございます」ややおかしな合成音声が自作UNIXパソコンから発せられる。ここからが肝心なところだ。カキオは緊張で震える手で512倍速フロッピーディスクを手に取り、スロット・インする。このディスクには無断でコピーした電子キーが入っている……アイアンオトメのものが。

 無断で複製した電子キーではあるが、元のデータをおかしくしたわけでもないし、バイクとオイランドロイドでは用途もまるで違う、だから客に迷惑がかかる事も無い。だから大丈夫、ダイジョブなのだ。「き、きた?きた……?」カキオはモニターに表示された待ち時間ゲージを注視する……。

「お疲れさまございます」UNIXが告げ、イヨォー、という通知音が鳴った。ブルルッ!部屋の隅に座るオイランドロイドがにわかに痙攣した。「アイエッ!?」カキオの心臓は早鐘のように鳴った。成し遂げたのか?オイランドロイドの瞼が震え、唇がすぼまる。そして呟いた。「ハローワールド……」

「カ……カワイイヤッター……!」カキオは小さく呟いた。感情のこもらぬ声であるが、カキオの見開かれた目は血走り、歓喜に震えている。「ドーモ……カキオです、き、き君は、エト……エット……」「ドーモ、エトコです、カキオ=サン」オイランドロイドは笑顔を作った。

「ちち、ちがう、エトは……エット……」「ドーモ、エトコです。名前は最初に認識した後は変えられないです」オイランドロイドは意外にもはっきりとした声で告げた。「アイエエエ!」「カキオ=サン、ありがとうございます。これからよろしくお願いします」「こ……これから!」カキオは涙を流した。

 キューンという稼働音を発し、オイランドロイドは狭い室内で立ち上がった。肘先が積み上げられたカセットテープ類に引っかかり、雪崩を起こす。「カキオ=サン、ドーゾ。激しく前後するドスエ?」エトコはカキオに手を伸ばそうとした。「しし、しない!しない!」カキオは後ずさった。「コワイ!」

 カキオはエトコの意味不明な言葉が含む性的なニュアンスに仰天した。川に流されてきたオイランドロイドの残骸を復元する彼を突き動かしたのは、不思議な啓示めいた衝動であった。それは壁に貼ったたくさんのハニワ型ロケットにも似た憧れだった。彼はその後の事まで考えなかったのだ。

 カキオのいびつで幼児じみた精神は、このオイランドロイドを実際扱いかねていた。カキオは思案した。「エ……エート、服だ……」「服ですね」エトコが繰り返した。「ウウ……ウウアア……」カキオはぎこちなくドアを開け、ガレージに出た。そして壁にかかった耐汚染ツナギを手に取った。

 カキオは振り返り「アイエーエエエエ!」悲鳴をあげる。エトコは彼の後ろをそのままついてきていたのだ。部屋から出してしまった!「着、きて早く着て……」「これを着るんですね」エトコはツナギを受け取って素早く着た。「そう、ダイジョブ、そう……」カキオはガレージと外とへ忙しく目をやった。

 もうすぐ兄がイオン銭湯から帰ってくる時間だ。あの足の踏み場のない部屋に、このオイランドロイドを閉じ込めておくわけにもいかない。どうする?「い、行こう、行こう」カキオは咄嗟に言い、ガレージを出た。「はい行きます」エトコは屈託なく返事をして彼について来る。どこかへ行こう。どこかへ。


◆◆◆


 オカンノン通りは24時間常に酔客や接待サラリマン、オイラン等でごった返す繁華街であったが、今この時ばかりは押し殺した沈黙が支配し、呑気に行き来する者も無い。「御観音」のアーチ状ネオン、「実際安い」「カメダ」「ヤンナルネ」といった看板の輝きだけが普段と変わらない眩しさだ。

 住人は店舗のシャッターをしっかり閉め、ブラインドを下ろした窓から息を潜めて通りの様子を伺う。これから恐ろしい事が始まるのは間違いが無いからだ。

「御観音」アーチを挟み、通りの内外で二つのヤクザクランが対峙していた。アーチの内側に立つ列は「ヤバレカバレクラン」の旗をタケダ・シンゲンめいて掲げている。一方、外側から彼らを睨むの者らの旗は「シルバーナガレボシクラン」。

 風体はどちらも似たようなものだ。それぞれ、数人のグレーターヤクザは背中にクラン守護神の刺繍の入った白いラメ・スーツを着、彼らを守るように立つレッサーヤクザ達は危険なスパイク・ブルゾンやPVCトラックスーツを着ている。手に手に持つのはハンマーや電磁ジュッテ、ドス等だ。コワイ!

「ザッケンナコラー!」シルバーナガレボシクランのレッサーヤクザが威嚇の叫び声を上げる。「スッゾオラー!」「ナンオラー!」「チェラッコラー!」ヤバレカバレクランのレッサーヤクザも負けずに叫び返す。ナムアミダブツ!まさに一触即発のエマージェント緊張!

「アッコラー!テメッコラー!」シルバーナガレボシクランのグレーターヤクザが一歩踏み出す。「とっとと明け渡せコラー!」ナムサン、当然ながらオカンノン通りの利権の話である!「スッゾコラー!」ヤバレカバレクランのグレーターヤクザがドスを振りかざす。「ガキのクランがコラー!」

「時代変わったんオラー!」シルバーナガレボシクランのグレーターヤクザが威嚇した。「テメエら後ろ盾ねえぞコラー!夢見てんじゃねえぞ!?ソウカイヤ?笑わせんなコラー!」「調子に乗りやがってコラー!」ヤバレカバレクランのグレーターヤクザが言い返した。「手打ちにしたの忘れたかオラー!」

「手打ちだぁ?ゲコクジョ!ウチにはザイバツがついてるんだ!ザイバツ・シャドーギルド!」シルバーナガレボシクランが勝ち誇って宣言する。「……ザイバツ……」ヤバレカバレクランはツバを飲んだ。「テメッコラー!どうやって取り入ったコラー!」「ハーハハハ!」シルバーナガレボシクランが笑う!

「……ザイバツ何するものぞ。恐れるなヤバレカバレクラン」喧騒の中、ピシャリと言い放つ声有り。ヤバレカバレクランの背後から進み出たのは焦茶色の装束を着たニンジャである。「ドーモ、シルバーナガレボシクランの皆さん。アーセナルです」ニンジャはオジギして見せた。

「ニン、ニンジャコラー!?ニンジャナンデ?」シルバーナガレボシクランがどよめいた。「ナンオラー!卑怯だぞコラー!ソウカイヤ潰れっコラー!」「知るかオラー!アーセナル=サンが後ろ盾だコラー!」ヤバレカバレクランが叫んだ。「センセイ!やっちまって下さい!」

「よかろう!」アーセナルは重々しく頷くと、さらに二歩進み出た。シルバーナガレボシクランのヤクザ達が後ずさった。アーセナルが両手を広げた。両腕のニンジャ装束が裂け、腕の中にサイバネ格納されていた機関砲各四門が飛び出した!「イヤーッ!」アーセナルはサイバネ機関砲を構え、発砲!

 ズガガガガガ!恐るべき銃弾の嵐に見舞われてはたまったものではない!「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」シルバーナガレボシクランのレッサーヤクザ達はグレーターヤクザの盾になりながら無残に蜂の巣となって死んでゆく!「ザ……ザッケンナコラー!」

「ザマアミロ!」ヤバレカバレクランのグレーターヤクザが叫んだ。「てめえらの首は事務所に郵送してやるわ!」重傷を負い生き残ったシルバーナガレボシクランのグレーターヤクザが毒づく。「アバッ……ふざけるな……」「ハーハハハ!センセイ!やっちまって下さい!」「よかろう!イヤーッ!」

 ズガガガガガ!ズガガガガガ!ズガガガガガ!「な……何?」アーセナルは目を疑った。「センセイ!奴ら無事ですぜ!」ヤバレカバレクランのグレーターヤクザが敵を指差す。「ん……何だあれ……誰だコラー!?」ヤバレカバレクランは色を失った。死にかけの敵ヤクザの前に立つ……ニンジャ!

「ドーモ、情けない奴らだ」そのニンジャはシルバーナガレボシクランを振り返り侮蔑的に言った。「しかし……残党ニンジャがまだいたか……」アーセナルを背筋も凍るような目で見据えたそのニンジャは、関節部が装甲になった特殊なニンジャ装束を着、片腕に雄大なバイオイーグルを止まらせている。

「ドーモ、はじめまして。デスナイトです」「ドーモ、デスナイト=サン。アーセナルです」アーセナルはオジギに応えた。「オヌシがザイバツ・ニンジャか」アーセナルはやや緊張した声で言った。「我々の難事に乗じ、火事場泥棒めいた真似を……!」

「まったくくだらない。何もかもくだらない」デスナイトはアーセナルに無造作に歩みを進める。「何もかもくだらない」「イ……イヤーッ!」アーセナルは叫び、サイバネ機関砲を構える!ズガガガガガ!「イヤーッ!」ナ……ナムアミダブツ!デスナイトは無傷!なおも進む!「バカなーッ!?」

 ゴウランガ!デスナイトは両肘の特殊強化ハガネ部位を用い、全弾丸を弾き飛ばしたのだ!なんたる非凡なニンジャ敏捷性そしてニンジャ器用さ!「ソウカイヤ……ザイバツ……誰の首にすげ変わろうと同じ事……死ねば同じ事……」デスナイトはアーセナルに突き進んだ!「アイエエエ!?」

 デスナイトは中腰で踏み込みながら、両拳を同時に突き出す!「イヤーッ!」ダブル・ポン・パンチ!「グワーッ!?」アーセナルの両腕の付け根が苛烈な衝撃を受け、あさっての方向に折れ曲がる!わずか一度の切り結びで決着!「イヤーッ!」デスナイトはアーセナルの首を掴み、吊り上げる!

「アバッバッ……ザイバツ何するものぞ……」アーセナルは苦悶した。デスナイトは空を見上げた。上空をバイオイーグルが旋回している。デスナイトはさらに高くアーセナルを吊り上げる。「グワーッ!」「来てくれ。アヤミ=サン。一緒にこいつを殺そう」デスナイトは上空のバイオイーグルへ呼びかける。

「アイエエエ……」ヤバレカバレクランのヤクザ達は突然の出来事に、ただ失禁しながら見守るしかない。やがて、上空で旋回していたバイオイーグルがデスナイトに応え急降下!そのクチバシにはカタナが咥えられている!「アバッ……ラオモト=サン!バンザーイ!バンザーイ!」アーセナルが叫ぶ!

 直後!アーセナルの顔の上半分……頬のあたりから上が水平に切断され、無残に地面へ転がり落ちた!バイオイーグルのカタナによる冷徹な斬撃である!ナムアミダブツ!「アイエエエ!アイエエエ!?」ヤバレカバレクランのヤクザは再失禁、逃げ出そうとする、しかしバイオイーグルは逃がさぬ!

「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」ナムアミダブツ!逃げ惑うヤバレカバレクランは一人残らず首を刎ねられた!

「アヤミ=サン……美しい」デスナイトはアーセナルの死骸を無造作に投げ捨てた。背後で爆発四散するその死骸にはまるで注意を払わず、滑空するバイオイーグルに腕を差し出す。バイオイーグルはデスナイトの腕に止まり木めいて止まり、カタナを咥えたままキュルキュルと喉を鳴らした。

「アイエエエ……」生き残った数人のシルバーナガレボシクランのグレーターヤクザは腰を抜かし失禁していた。デスナイトはさほど興味を持ちはせず、うっとりと「アヤミ」を愛撫するのである。

 アヤミ。それは彼の死んだ恋人の名である。恋人が死んで以来、デスナイトは全てに倦んでいた。死んだアヤミのニューロン細胞を戯れにバイオイーグルへ移植し、過剰な感情移入を始めた。所属するザイバツ・シャドーギルドへの忠誠も、今の彼にとっては、洞窟に写った影のようにあやふやなものだ。

 彼は白昼夢の中を歩いている。ザイバツ、敵、ひいては彼自身の命、あるいはアヤミにすら、もはや彼は何の執着も持たぬ。ただ倦み疲れているのだ。先ほどのダブル・ポン・パンチをご覧になってもわかるように、彼のカラテはおよそ凄まじいものである。しかし彼は今やザイバツにおいて下級の位階にある。

 ラオモトの死の直後、使用者の3割が死ぬか身体を欠損する危険なポータルをあえて通りキョートからネオサイタマへ侵入した先遣隊は、下級ニンジャ、それも出世や殺人欲求を満たす為なら死を厭わぬ者たちが殆どだ。彼らは致死量寸前のズバリを注射し、精神を異常高揚させたうえでポータルへ飛び込んだ。

 しかし彼はごく無造作に危険なポータルへ入っていったのである。生も死も、彼にとってはさほど意味を持たない。そんな彼を敢えて慰留するザイバツ上層部の人間ももはや無い。かつての彼を知るニンジャ達は、彼の変貌を、ただ困惑の眼差しで傍観するしかないのだ。

 デスナイトの携帯IRC通話機がコールを告げる。彼はため息を吐き、通話機を耳に当てた。『ドーモ、デスナイト=サン、タジバです』通信者は先日のドレッドヤクザだ。「吉報か」『そうです!うまくいきそうなんです』通話機の向こうでタジバは意気込んだ。

『IRCです!あの手のドロイドは一定期間ごとにIRC自動アクセスを行うようになっているんです。だから、なにか動きがあればわかります』「……つまり?回収は済んだのか」しばしの沈黙。『み、見つかったようなものです。それらしきアクセス痕跡を既に、手下のハッカーがトレースしてます』

「回収は済んだのか」『アイエエ……す、すぐにでも』「回収は済んだのか?次に君の顔を見るときに、私は目当てのものを見い出せるのだな?」『ま……ま……間違いありません!』

 デスナイトはIRC通信機を切ると、バイオイーグルを抱えたまま、近くの建物の屋根へ跳躍。そこからさらに数度跳躍して、腰を抜かしたままのシルバーナガレボシクランの生き残りの視界から消え去った。


3

「ザッケンナコラー!」「アイエエエ!」「スッゾオラー!」「アイエエエ!」狭く薄暗い個室UNIX喫茶の廊下に罵声と陰惨な悲鳴が響く。個室の薄いショウジ戸はあらかじめすべて開け放たれ、廊下を行き来するのはシナイを持ったドレッドヘアーのヤクザ……タジバだ。

 このウナギめいて細長いフロアに個室は六室。それぞれ一台ずつのUNIXをあてがわれ、廊下に向けた背中をシナイでどやされながら、狭い室内で一心不乱にタイピングする、ニボシめいた哀れな若者たち……彼らはタジバに債権を握られて奴隷的に扱われる債務者ハッカーであった。

「ザッケンナコラー!」「アイエエエ!」「スッゾオラー!」「アイエエエ!」打擲!打擲!タジバは口から泡を吹き、サイバーサングラスの下でギョロリと目を血走らせて、シナイを振り上げ振り下ろす。「テメッコラー!チンタラやってんなオラー!」「アイエエエ!」

 このUNIX喫茶はタジバのヤクザクラン「フィアーモンガークラン」が後ろ盾となった店舗、いわゆる「シノギ」である。ゆえにこの非道な虐待行為を咎めだてる店員ないし警備員といった存在は一切おらず、彼らニボシめいた債務者ハッカーを法的に助ける者は無い。ナムアミダブツ!

「どうだあ!アクセス痕跡は割り出せたかコラー!」「アイエエ!まだです、もうちょっとチョット……」「ちょっとがいつだコラー!スッゾオラー!」打擲!「アイエエエ!」悲鳴をあげるニボシめいたハッカーは涙と共にこの顛末を回想する。ありがちな顛末だ。要するに彼は調子に乗りすぎた。

 彼はオイラン・ポルノ詐欺サイトを立ち上げ、性欲に負けて偽装ハイパーリンクに飛び込むバカなサラリマンの個人情報を抜き出しては売りさばいた。カチグミ・サラリマンの年収を超えるほどの額が今月末には決済されるはずであった。ヤバイ。ヤバすぎる。18歳になったばかりの彼は全能感に酔いしれた。

 それなのに……ほんの数日前だ。彼の通帳残高はマイナスになっていた。数百万円の債権。なぜ!?彼は必死で痕跡を辿った。彼のUNIXに、見覚えの無い文書ファイルが残されていた。「ちょっとすみません。全部いただいたし書き換え完了。おまえにはコトダマが見えていないです。ゴールデンドーン」

 いわゆるカウンター・ハッキングだ!ゴールデンドーン……彼のようなサムライきどりのハッカーにはあまりにも有名な伝説の電子クランの
名だ。まさか自分が標的になるなんて!彼が自室で失禁したのは言うまでもない。彼はママに泣きつこうとしたが、無理だった。

 なんたる悪タイミングか、ママはその晩、過酷なパートタイム仕事で倒れ入院したのだ。毎朝職探しに出かけるパパ、必死で働き生活費を捻出するママを、彼は侮蔑の目で見ていた。「ぼくはビッグディールを稼いで自分で使うんだ!パパやママみたいなルーザーなんて知ったことじゃない」……インガオホー!

 その日の深夜、突然降って湧いたその数百万の債権を譲渡されたヤクザが彼の部屋へ突入してきた。すなわち、後ろでシナイを振るうドレッドヤクザだ。「「ザッケンナコラー!てめえを買ったんだよ!来いオラー!仕事紹介してやるから勤労して返せ!成せばなる!」」「「アイエエエ……!」」

 彼は降って湧いた急転直下の不幸を思い、はらはらと涙を流す。ママは退院できたのだろうか?パパ、ごめんなさい……だが、ドレッドヤクザは約束した。今回の「標的」のIRCアクセス痕跡を辿り、そのオイランドロイドに到達する事ができたハッカーの借金は帳消しにしてやると。

 薄い壁を隔てた左右の個室には、彼同様に借金で縛られたハッカーがいる。自分を含め全部で六人。これは競争なのだ。やるしかないのだ……!「アイエエエ……!」

 ……一方のタジバもまた、瀬戸際にある!ソウカイヤの闇支配が突然に切り崩されたあの一夜を越え、彼は注意深く立ち回った。いち早くザイバツ・シャドーギルドへの恭順を示し、他のヤクザクランよりも有利な条件を取り付けた。それなのに、彼の前に現れたのはあの狂ったニンジャ、デスナイト!

 なにもかもの始まりは、あの日のノビドメ・シェード・ディストリクトの夜、オイラン屋形船「紀州」……あの場で内密に行われた、サタマ金属とクロキ自動車、そしてもう一者、上院議員イマサ・ハッケイによる会合であった。

 二社はオムラ・インダストリの傘下であり、「より速く」「より大容量」の輸送トラック「粗忽野郎」を共同開発、市場を席巻するメガコーポである。ところがこの「粗忽野郎」には走行時に基準の六倍の重金属を排気する重大欠陥が隠されており、インディペンデント・メディアの指弾対象となっていた。

 そして、この問題に特に重大な関心を寄せ、国会での参考人招致にたびたび言及していたのがイマサ・ハッケイ議員である。賢明なる読者の皆さんならおわかりになるであろう。二社はオイラン屋形船に彼を内密に呼びつけ、オーガニック寿司と最上級マイコサービスによる籠絡を試みたのだ。

 接待を行った二社のサラリマンは役職の無いニュービーであった。彼らは接待相手を屋形船の中、IRCで直前に知らされた。上院議員!まちがいなくキンボシ・オオキイ!彼らは降って湧いた活躍機会に胸踊らせ、手際良く女体盛りやヨイデワ・ナイカ・パッション重点を進行させた。

 イマサ・ハッケイ議員はだらしなく酔い、上機嫌でマイコサービスを堪能し尽くすと、オハギや最上級オーガニック・トロ・スシ、コーベインと呼ばれる平たい純金インゴット(※訳註:小判と思われる)を満載した重箱を受け取った。籠絡成功である。

 そしてキンボシ・オオキイを成し遂げた両社のニュービー・サラリマン達は……さらに賢明なる読者の皆さんであれば予測しえたであろうが……イマサ議員が去った屋形船で勝利の美酒に酔うその最中、突入したヤクザ・アーミーによって、口封じの為にネコソギの皆殺しとなり、屋形船ごと爆破されたのだ!

 そのヤクザアーミーこそ、タジバ、そして彼にザイバツ経由で与えられたヨロシサン製薬のクローンヤクザ達であったのだ。彼らは無慈悲にサラリマンを虐殺し、オイランドロイドを破壊した。しかしウカツにもオイランドロイドのうち一体をノビドメの運河に沈めてしまった。

 当然ながら、人間の脳と違ってオイランドロイドの記憶メモリはそう簡単には消去できない。記憶メモリそのものを取り出して粉砕するか、電磁的にデータを破壊するしかない。川に沈んで見失うなど、もっての他だ。第三者に発見され、データが取り出されでもすれば、屋形船の密会が暴露されてしまう。

 タジバは慌てた。ザイバツの顔を潰すわけにはゆかぬ。ケジメどころかセプクの恐れすらある!……しかし、ザイバツの実際の冷酷さはそんな彼の想像すらも越えていた。まるでカマキリが機械的に獲物を捕食するかのごとき無慈悲さで、デスナイトはタジバの心を折ったのである……。

「ザッケンナコラー!」「アイエエエ!」「スッゾオラー!」「アイエエエ!」シナイを振り回し、タジバは恫喝を繰り返す。「ナンオラー!もう今から三十分ごとにケジメしろお前ら!」「アイエエエ!」ナムアミダブツ!焦燥が彼の残虐さに拍車をかける!

「アッ!?あ、あ、アーッ!来たッ!これだこれです!」一人の債務者ハッカーが絶叫した。まだ十代のニボシめいた債務者だ。「痕跡を発見!間違いない!来てくださいタジバ=サン!」「スッゾオラー!」タジバは彼を押しのけ、モニターへ顔を近づけた。

 重点!重点!黄色い蛍光ミンチョ文字表示が点滅し、入り組んだネオサイタマ・ジャンクヤードに菱形のマーカーを記す。「アバーッ!」タジバは泡を吹いて叫んだ。「来たじゃねえか!来たじゃねえか!来たじゃねえかッ!ジャンクヤードだぁ?なるほどナメやがって!ザッケンナコラー!」「アイエエエ!」


◆◆◆


「こ、コワイ……コワイ……」カキオはもぐもぐと呟きながら、オイランドロイド「エトコ」の後をついて行く。そう、行くあての見当がつかぬまま、焦りのままにガレージを飛び出して途方に暮れるカキオを、エトコが先導しているのだ。なんらかのナビゲーション機能の産物であろうか。

 行く先は安飲み屋街だ。素性の怪しいマイコセンターもある。やはりオイランドロイド的本能がそういった地域を求めるのであろうか。カキオにとってこの地域は「なんだか恐ろしい場所」であり、子供の頃から街そのものが巨大な黒い怪物めいて、近寄ってはならぬ場所なのであった。

「どうしました。どうしましょう」エトコはカキオを振り返り、ニッコリと訊ねた。「エト……」カキオは口ごもる。真昼の繁華街のすえた空気がまとわりつく。電気の消えた安ネオン看板は鉄パイプの額縁で、水たまりにそのイビツな姿を映す。通行者は編笠を目深にかぶり、カキオ達にはまるで無関心だ。

「どうしよ……どうしよコワイ……」カキオは胸の前で手をだらりと垂らし、起立したハムスターめいてうろたえる。「家に……ダメだ帰れない……家帰れない……」エトコはその手を優しく取って笑った。「私と行きましょう」

 カキオにはその有難味を知る由も無いが、このオイランドロイドはそこらのゲイシャ遊びで供されるモデルとは比較にならないほどに高機能であった。なめらかな会話音声、自然な表情、人肌めいた体温、しなやかな身体。いわば……人間めいている。

 ゴミゴミとした住居群、這い回るパイプ。まばらな通行者。誰かが蹴飛ばした蛍光炭酸飲料「ミドリナム」の空き缶が二人の足元を転がる。遠方に霞むのはマルノウチ・スゴイタカイビル。到底近づくことすらできないカネモチ・ディストリクトの方角。蜃気楼めいた存在だ。

「街がとてもキレイですよ」エトコはうっとり微笑みながらカキオに顔を近づける。「ネエどこか行きましょう。カラオケ?喫茶?それとも私?」カキオは震えた。なんたる蠱惑的態度!あらかじめプログラムされた誘惑的文言であろうか?一般の成人男子であればその場で即座に淫らな行為に及ぶことは必然!

 だがカキオは後ずさって困惑するばかりだ。「ダイジョブ……君、キレイ、それはダイジョブ」「キレイ?ありがとうございます」エトコはゆっくりオジギした。そしてカキオの手を優しく引くのだった。「じゃ、この先の通りで最初に見つけたお店に入りましょう」「エト……」二人は細い路地を抜けていく。

「アレエ?カップルぽいネ?」「うらやましいネ?」そんな二人の前に、男が三人立ちはだかる。逆光になりその顔はうかがい知れぬが、この安宿街を根城にしたヨタモノといったところだ。「かわいがりたいネ?」背後からも二人。カキオ達はあっという間に五人に囲まれていた。「アイエエ……」

 ナムサン!昼間といえど治安の劣悪な地域、仕事につかずヒマを持て余したヨタモノが獲物を求め徘徊するのは自然の摂理といえた。カキオとエトコはそんな場所をノコノコと歩いていたわけである。「そんな格好してるけど、その女、マブ?」「ちょっとマブ?」「アイエエ……」カキオは地面を見て震える。

 一番背が高いトリプルモヒカンの男がエトコの腕をつかんだ。震えるカキオの事は空気めいて無視している。「やっぱりマブだネ?」そして引き続きカキオを無視したまま仲間に、「じゃ、連れてこうネ?俺が最初で、その後お前らで順番決めれば?」「イーネ」仲間もカキオを無視しエトコを取り囲む。

「カキオ=サン?」エトコはカキオに問いかける。「アイエ……」カキオはエトコを見ることができず、地面を見たまま震えている。「カキオ=サン、どうしますか?」「アイエエ……」ヨタモノの一人がエトコに顔を近づけ、「兄貴!こいつオイランドロイドじゃないの?」「オイランドロイド?」「マブ!」

「こんな格好してるけどオイランドロイドだよ!首の後ろにバーコードついてるもん!バーコード!カワイイヤッター!カーワイー!」そのヨタモノは狂おしくジャンプして叫んだ。明らかにバリキ・ハイ状態にある。他のヨタモノも歓喜の声を上げる。「すっごいぜ!すっごい!」「一度確かめたい!」

「カキオ=サン?」「アイエエ……」カキオは目に涙を溜め、凍りついていた。許容量に乏しい彼の精神が受け止めきれる状況ではない。トリプルモヒカンがエトコのツナギの胸のジッパーを掴み、乱暴に引き下ろした。柔らかそうな胸とツギハギめいた脇腹があらわになる。ヨタモノ達は一斉に歓声を上げた。

「オイランドロイド!人間みたいだ!」「早く確かめたい!兄貴早くして!」ヨタモノ達は手を叩いて喜んだ。エトコはカキオをじっと見た。「カキオ=サン?このままいいですか?」カキオは震えながら頭を抱え、泣き声を出した。「イ、嫌……こんなの嫌……助けて……」「わかりました」

 ドオン!トリプルモヒカンが吹き飛んだ。もがきながら宙を泳いだトリプルモヒカンは近くの建物の三階の小窓に突入し、上半身を窓枠にめり込ませた。見えるのは、ダラリと垂れた両脚だけだ。「…え?」「…え?」「兄貴どうしたの?」

 キューンとモーター音が鳴り、エトコは人形遊びめいた不自然な挙動で上半身を捻った。「…え?」ドオン! ねじった上半身を戻す勢いで、彼女は二人のヨタモノの顔面に、まとめて裏拳を叩き込んだ。「「グワーッ!」」前歯が吹き飛び、二人は数十フィート転がったのちに仰向けに倒れて動かなくなった。

「ナンデ!オイランドロイドなのにナンデ!」「アイエエエエ!」残る二人は一目散に逃走!しかしエトコは信じがたいロングジャンプで二人に追いすがる!「アイエエエ!」そしてそのまま空中で二度蹴りを繰り出し、一人、もう一人、それぞれの後頭部に激烈な打撃を加えて打ち倒した!ゴウランガ!

 オイランドロイドの格闘能力は一般成人男性を実際上回る。カーボン皮膚やシリコン脂肪を用いているとはいえ、中身は強靭な機械なのだから。だが彼女らが人間に危害を加えることは通常ありえない。彼女らの人工知能は、そうした発想そのものを持ち得ないように作られているからだ。

 だがカキオの目の前で展開した出来事はその前提と矛盾する。用いた電子キーが本来のオイランドロイドのものではなく、モーターサイクル「アイアンオトメ」の流用であったからだろうか?マッポの暴動鎮圧ロボのICであったからか?あるいは、その両方?エトコは内も外もツギハギなのだ。

「アイエエ……アイエエ……」あわれなカキオは震えながら頭を抱え、しゃがみこんだ。「こんなの嫌……嫌ァ……おうち……ダメ……おうち帰れない……」エトコはすたすたと歩み寄り、自身も膝を曲げてカキオの目線の高さに合わせた。「ダイジョブですよ。ダイジョブ。カキオ=サン」

「ダイ……ダイジョブ……?」「ダイジョブですよ」エトコはカキオの手を優しく握り、立ち上がらせた。「私は危害を加えませんよ」にっこり笑う。そして頭上の看板を見上げた。「お店ですよ」指差して言う。退廃ホテルだ。「汗をかきましたよ。ネエどこか行きましょう。カラオケ?喫茶?それとも私?」


4

天井のピンク・ボンボリが退廃的な明かりを投げかけ、シリコン観葉植物の鉢植えの側には「一期一会」のショドー掛け軸が飾られて、円形の回転式ダブル・ベッドの上に並んで腰掛けた二人を扇情する。痩せた男と艶かしい伏し目のオイランドロイドは、しかし、ただそうして数十分、座ったままなのだ。

 エトコはテレビモニタのリモコンに手を伸ばす。あけすけなマイコ・ポルノ映像が映し出され、カキオが体を震わせると、彼女は奥ゆかしい共感機能を働かせてチャンネルを変えた。シシオドシが水を受ける美しい映像に切り替わり、オコト音楽が流れ出す。

 低価格帯のオイランドロイドであれば「ドーゾ、シテクダサイ」「チキビ、サワッテネ」などとカキオへねだり、それによって、幼児めいた精神の彼を、さらに怯えさせた事だろう。しかしエトコはただ静かで満ち足りた優しい笑みを浮かべ、カキオの隣に座っているのだった。

 やがてシシオドシが暗転し、新たなアンビエント映像に切り替わった。星降る宇宙……軌道上から地球を見下ろす視点である。月は太陽光を背に受け、銀色のリングとなって眩しく輝いている。「アア……アア」カキオは笑みを浮かべ、身を乗り出した。「宇宙……」

「宇宙がお好きなのですね」エトコが言った。「う、宇宙。キレイ……だから」カキオは照れたように笑った。「機械で……飛んで行く……とてもキレイ、テ……テックのご褒美、人間のテックの進歩に、ブッダがくれるご褒美。星が。星がいっぱい」タイピングめいて指を忙しく動かしながら、饒舌に話す。

「キレイですね」エトコは同意した。「あなたの部屋にいっぱいありましたね。ロケットのポスター。私は見ました」「そ、そう」カキオは頷いた。「軌道上……時代は!軌道エレベーター!もうすぐ皆さんをご招待します!」芝居がかって叫び、「……エヘヘ……昔のコマーシャルのビデオ……骨董で、骨董」

 カキオは頭を掻いた。そう……骨董。輝かしい宇宙時代はもはや過去の一時点で永遠に凍りついた儚い夢に過ぎない。磁気嵐、降り注ぐ重金属。錆と汚濁とネットワーク、サイバネティクス。怪物めいたシステム。それが未来だ。未来とは今である。

「機械……だから、ロケットで、宇宙に、いつか宇宙に、いつか……エヘヘ……」カキオは少し寂しげに笑った。現実認識にまったく乏しい彼にとってすら、それはニューロンに刻み込まれた不可能前提であった。エトコはカキオを見た。「では、いつか、いっしょに行きましょう。連れて行ってくださいね」

 カキオは目を見開いてエトコを見返した。「え……」「いっしょに行きましょうね。私は、あなたと友達です」「友達」「そうです」エトコは優しく言った。何か言葉を探しているようであった。やがて言った。「ユウジョウ」

 カキオの目に涙が溜まった。「……ユウジョウ」「ユウジョウ」「ユウジョウ」二人は繰り返し言い合った。エトコが右手を差し出した。「握手です」「う……」カキオは泣きながらその手を握り返した。エトコは微笑んだ。「ユウジョウ」「ユウジョウ」「……ユウジョウ」「ユウジョウ」


◆◆◆


「ア、アイエエエ、アイエエエアバーッ!……」「ザッケンナコラー!」「……」「……!」「……」「ザッケンナコラー!テメエ、加減しろっつったろうがぁ!どうすんだオラー!」「も、申し訳ありません」「今すぐケジメしろ!」「アイエエエ!」「どうすんだ……もうすぐあの人が畜生……時間が……」


◆◆◆


 水溜りを跳ね散らしながら、カキオとエトコはゆっくりと家路を歩いた。そろそろ日が暮れる。カキオは兄にエトコの事を伝えるつもりだった。兄はなんでも助けてくれる。子供の頃から、兄はカキオを守り、育ててくれたのだ。坂を下り、「カーブに気をつける」と書かれた標識を左に曲がる……。

「アレ……アレ……?」カキオは標識の上に据え付けられた曇ったミラーを覗き込んだ。ガレージが黒煙を吹き上げている。「アレ……?」カキオは振り向いて、曲がり角の先のガレージを目視した。やはりだ。燃えている。

「ア、アレェ……!?」カキオはヒョコヒョコと走り出した。エトコがその後をついて来る。「家……?」燃えている!ガレージが。そしてその前に立つトレンチコートの男。ハンチング帽を目深に被り、脇にはヘルヒキャク社のインテリジェント・モーターサイクル、アイアンオトメ……!

「アレェ!?アレェ!?家、家……」カキオは狼狽しながらトレンチコートの男の横を走り抜けようとした。その腕をトレンチコートの男が掴んだ!

「……死ぬぞ」トレンチコートの男はカキオを押さえつけた。「オヌシは店主の弟だったな。後追いでもする気か」火の粉と黒煙を吹き上げて炎上するガレージが熱でぼやけて見える。「アイエエエ!アイエエエ!」カキオは身を振り絞って絶叫した。「アイエエエエエ!」

「オヌシ、このバイクに何かしたか」もがくカキオにトレンチコートの男は顔を近づける。目深にかぶったハンチングの下はニンジャ頭巾、そして「忍」「殺」とレリーフされた金属のメンポ!厳しい目がカキオを凝視する。コワイ!

「カキオ=サン?」腕をかざして火の粉を避けながら、エトコが駆け寄ってくる。「カキオ=サン?」トレンチコートの男がそちらを見、何か言おうとした……その時だ!「イヤーッ!」

 上だ!羽ばたく巨大な影と、そこにぶら下がったニンジャがトレンチコートの男に飛び蹴りを仕掛けた!「グワーッ!?」予測し得ぬ方角からのアンブッシュ!男は真横からの蹴りを首に受ける!よろめきながら身構えようとするが、着地したニンジャは既に踏み込み、攻撃の予備動作に入っている!

「イヤーッ!」「グワーッ!」身を沈めながら突き出された両拳がトレンチコートの男の両胸を直撃!男は回転しながら吹き飛び、地面を滑って川に突っ込んだ!ニンジャはゆっくりとオジギする。「ドーモはじめまして。デスナイトです」その頭上を、運び手……巨大なバイオイーグルが旋回する!

「ウヌ……グッ……ウ」トレンチコートの男は汚水に腰まで浸かりながら、身を起こそうともがく。だが、ダメだ!そのまま仰向けに川の中に倒れる!「無駄だ」デスナイトは無慈悲に言い放つ。「充分な手応えがあった。なぜ君がここにいるのか知らんが、そのまま死ぬといい。ニンジャスレイヤー=サン」

「アイエエエエ!嫌……!」カキオは泣き叫んだ。デスナイトが突き進む!そしてカキオの心臓めがけ、ほとんど無造作にチョップ突きを繰り出す!「イヤーッ!」ガキン!

「……何?」チョップ突きを横から割り込んでガードしたのは、エトコだった。「カキオ=サン。ダイジョブですよ」「オイランドロイドが手を上げるとは」デスナイトは目を細めた。「フン、そこの君がこの機械の頭をいじったのか」「アイエエエエ!」

 ガキン!ガキン!エトコがデスナイトへ腰の回転を乗せた裏拳を繰り出す。重い打撃だ!しかしデスナイトはまるで小石のつぶてを払いのけるかのように、両腕のブレーサーと肘の部分の鋼のプロテクターで、無造作にエトコのテクノカラテをガードしていく。

「なるほど人間めいているが中身はモーター駆動の機械」デスナイトは後退しながら呟く。「ガードし続けるのはあまりよろしくないな」「イヤーッ!」エトコは大振りの回し蹴りでデスナイトの頭部を狙う。「イヤーッ!」デスナイトはバック転を三連続で繰り出して回避、間合いを取った。

「カキオ=サン」振り返らずにエトコは言った。「逃げてください。私はこの人に勝てませんから」「エ……」「ゴメンナサイ。頑張りますけど、きっと勝てません」「一緒に……一緒に……」「逃げられません、ゴメンナサイ」エトコは上空のバイオイーグルと前方のデスナイトを交互に見やる。

「カキオ=サン」エトコは呟く。炎上するガレージの熱が、その後ろ姿を陽炎めいて揺らがせている。「カキオ=サン。ありがとう。ユウジョウです。私に任せて。カキオ=サンありがとう。友達になってくれてありがとう。カキオ=サン」「い、一緒、一緒に……ユウジョウ……」「イヤーッ!」

 勢いをつけた大振りのテクノパンチでエトコはデスナイトに襲いかかる!「イヤーッ!」デスナイトはテクノパンチに肘打ちを合わせる。破砕音!デスナイトの鋼鉄製肘当てが割れ、そしてエトコの右腕も肘先で砕け、あらぬ方向へ折れ曲がった!

「イヤーッ!」痛みを感じないオイランドロイド・エトコは腰を極限まで回転させた後、恐るべき速度の左フックを放つ!「イヤーッ!」デスナイトは裏拳を合わせる。破砕音!ブレーサーが割れ砕け、同時に、エトコの左腕も肘先で砕け、あらぬ方向へ折れ曲がった!

「カキオ=サン、私は大丈夫です」両腕があらぬ方向へねじ曲がったエトコが優しく言った。折れた腕先からは鋼鉄の骨格が露出している。「まだ脚があります。戦えます。だから早く行って。友達です。ユウジョウ」「い、嫌だ!嫌だ!」カキオは泣き叫んだ。


◆◆◆


 ニンジャスレイヤーは咳き込み、血を吐いた。汚水の飛沫が覆いかぶさり、吐血を洗い流す。彼は朦朧としながら、なおも起き上がろうともがいていた。ねばつく飛沫にまみれた視界が、デスナイトとオイランドロイド、そして泣き叫ぶ男をボンヤリと捉えている。

 空中アンブッシュからのダブル・ポン・パンチ!信じ難い離れ業である。肋骨をやられ、肺にもダメージがある。まずは川から身を起こし、チャドー呼吸を確保せねば……。ニンジャスレイヤーは力を振り絞って己のニンジャ耐久力を働かせようとした。心臓が早鐘のように脈打つ。……あのニンジャは何者だ?

 ごく自然に考えるのなら、今このネオサイタマに現れるニンジャはザイバツ・シャドーギルドの者だ。ラオモト・カンの死後ほとんど瞬時にネオサイタマへ侵入、ソウカイ・シンジケートの混乱の隙を突いて、緊急体制を整える間を与えずに、一気にその闇の勢力図を塗り替えたニンジャ集団……。

 彼らはどうやってラオモトの死を察知し、どうやってネオサイタマに現れたのか?彼らに関してはほとんど謎ばかりであった。あの夜、運び屋デッドムーンに助けられ闇医者に運ばれたニンジャスレイヤーは、治療を受けるとそのまま闇に身を潜めた。彼の耳に入る情報は限られていた。

 確かなのは、彼らがごく少人数で、主君とシックスゲイツを失ったソウカイ・シンジケートにトドメを刺したこと……まるで「漁師がカチグミ」というコトワザだ……そして制圧の数日後にはさらに多くのニンジャ達をキョートから新幹線で送り込み、事実上、ソウカイヤの後釜として君臨した事である。

 極限状態のニンジャスレイヤーのニューロンは電撃的速度で交錯し、時間が泥のようにスローモーションになる。デスナイトと名乗ったニンジャが痩せた男にチョップ突きをゆっくりと繰り出す……オイランドロイドがそれを阻み、ゆっくりとガードする……「「カキオ=サン」」「「ダイジョブですよ」」

 ニンジャスレイヤーはなんとか身を起こした。「「ゲ……ホッ……」」咳き込み、血を吐いた。チャドーだ。チャドー呼吸を整えろ。「「スゥーーー……ハァーーー……」」「「スゥーーー……ハァーーー……」」

 ニンジャスレイヤーがこのバイク鍛冶屋を再び訪れたのは、アイアンオトメのUNIXがIRCアクセス認証できなくなった為である。複製された同一の電子キーは、特別な措置を取らねば同時にネットワーク上に存在できない。ゆえに彼はマチノを問いただすべくガレージへ向かった。

 そこで彼が見たのは炎上するガレージと、その中で椅子に縛られ、無残に拷問死したマチノの死体。そして不可解にも、そのすぐそばでセプクしカイシャクされたドレッドヘアーのヤクザとクローンヤクザ達の死体であった。やがてそこへオイランドロイドを連れてあのカキオとかいう痩せた男が戻ってきた……。

 オイランドロイドが腰の回転の勢いを乗せた裏拳をゆっくりと振るい、デスナイトがそれをゆっくりとガードする。ニンジャスレイヤーのニューロンはさらに加速し、ほとんど時が止まったようになる。あのニンジャ……ザイバツ……あの甲冑めいたニンジャ装束……あの日……。

 ニンジャスレイヤー……フジキドの記憶がフラッシュバックする……。

「今年も、ここに来れて良かったわ」と、油の入ったカーボン土鍋を前に静かに笑う妻フユコ。「ニンジャだぞー! ニンジャだぞー!」と、椅子の上で狂ったようにジャンプする幼いトチノキ。 「やれやれ、トチノキはニンジャが大好きだな」とフジキド・ケンジ。「一体何処で、ニンジャなんて覚えた?」

 違う、もっと後だ。フジキドのニューロンが火を吹いた。ナラク・ニンジャの枷が消え失せたことで、彼の痛ましい記憶はさらに精緻を極める……。

 カスミガセキ抗争の夜、床に這いつくばり、背中をテーブルに潰されて身動きが取れない。硝煙の中、すぐ近くで聞こえるフユコとトチノキの泣き声。歩いてくるダークニンジャ。それを察知したニンジャが呟く。「あれはダークニンジャだ。……分が悪い。潮時だ」そのニンジャは身を引く……。

 苦しむフジキドの視界に一瞬、そのニンジャの影が横切る。関節部が甲冑めいて……その姿……その姿は……。

 その、姿は!

「イヤーッ!」デスナイトの肘打ちがオイランドロイドの右腕肘先を破壊!「イヤーッ!」デスナイトの裏拳がオイランドロイドの左腕肘先を破壊……!「カキオ=サン、私は大丈夫です。まだ脚があります。戦えます。だから早く行って。友達です。ユウジョウ」「い、嫌だ!嫌だ!エトコ=サン!嫌だ!」

「私達、ずっと友達ですよ」エトコは片脚をやや浮かせ、パンキドーにも似た構えを取った。破壊された両腕が細かく放電を繰り返す。「フン……人間の真似事が上手いな。いいオイランドロイドだ」デスナイトが言った。「不思議なものだ」

 キューン!鳴き声が空中から飛んだ。直後!斜めに飛来したバイオイーグルが、口にくわえたカタナでエトコの背中を切り裂く!アンブッシュを受けたエトコが前のめりによろめく。「カキオ=サン。アリガトウ」デスナイトはジュー・ジツ姿勢のまま小刻みな足さばきで接近!

「イヤーッ!」デスナイトのショートアッパーカットがエトコの左脇腹に突き刺さる!エトコの体が斜めに折れ曲がり、わずかに浮き上がる。そこへさらに一撃!「イヤーッ!」ポン・パンチだ!エトコは胸に強打を受ける!衝撃で背中が爆ぜ割れ、エトコは吹き飛んで地面に叩きつけられた……!

「アアアア!アアアアーッ!」カキオは声を絞って絶叫した。「アアアアーッ!」「そいつをやれ、アヤミ=サン」デスナイトが無慈悲に命ずる。「逃げられぬよう脚を切り落とそう」カタナをくわえたバイオイーグルが再降下する!

「イヤーッ!」その時だ!弾丸めいて飛来した三枚のスリケンがバイオイーグルに立て続けに突き刺さった!「キューン!」バイオイーグルは血を流して目測を誤り、地面を舐める!取り落とされるカタナ!「何!アヤミ=サン!?」デスナイトは狼狽した。スリケンの飛来方向を見る。ニンジャスレイヤー!

「貴様まだやる気か!」デスナイトは激昂した。「ボロクズの分際で!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの両腕がムチのようにしなり、二枚のスリケンをデスナイトめがけ投擲!「イヤーッ!」デスナイトは両手の人差し指と中指で二枚のスリケンを挟み取る!突き進むニンジャスレイヤー!

「貴様!貴様!貴様!」デスナイトはスリケンを投げ返そうとする。だが遅い!ニンジャスレイヤーはワン・インチ距離!「イヤーッ!」「グワーッ!?」決断的速度のチョップ突きがデスナイトの腹筋にめり込む!

 攻撃を受けながら、デスナイトは両腕チョップをニンジャスレイヤーの両肩に振り下ろす!「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーの体が沈み込む!デスナイトはそこへ前蹴りを繰り出す!「イヤーッ!」「……イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは間一髪、ブリッジからのバック転で前蹴りを回避!

「キューン!キューン!」バイオイーグルは鳴き声をあげ、しかし器用にカタナをクチバシで拾い上げると、羽ばたいて上空へ再び飛び上がった。「大事ないかアヤミ=サン!」デスナイトはどこか虚ろな声でバイオイーグルを気遣う。「許さぬぞニンジャスレイヤー=サン」

「許さぬ……だと?」ニンジャスレイヤーはジュー・ジツを構える。「オヌシを許さぬ者は幾らでもいる。デスナイト=サン」カキオは無残に破壊されたエトコの傍らで号泣している。ニンジャスレイヤーはそれを横目で見た。「あのイーグルがオヌシの大切なものか。ならばオヌシの目の前で引き裂き、殺す」

「……?」デスナイトは己に向けられた激烈な憎悪にやや困惑した。「なかば狂った男と聞いていたが、これほどとは。もっとも、私もこうして貴様と合間見えることがあれば、殺すつもりではいた。いずれザイバツの邪魔になる男」「……マルノウチ・スゴイタカイビル」ニンジャスレイヤーは言った。

「マルノウチ・スゴイタカイビル?」デスナイトはおうむ返しにした。そしてすぐさま、ソウカイヤとの抗争を思い浮かべる。ラオモト・カンが、ダークニンジャが、シックスゲイツがいたソウカイヤとの熾烈な戦闘を。あの頃はアヤミが生きていた。「……あの抗争か?あれが貴様の戦闘動機なのか?」

「あの日、多くの罪なき人が死んだ」ニンジャスレイヤーは言った。「サンズ・リバーでオヌシは己の罪を知ることだろう。苦しんで死ね。死んだのち、なお苦しめ。あの日、私の網膜に焼きついたのがオヌシのウカツ」「……フフフ」デスナイトは暗く笑った。「貴様が私を殺せるのなら、どんなにいいか」


5

「キューン!」上空を旋回するバイオイーグルが、カタナをくわえたまま一声鳴いた。その鳴き声が火蓋であった。「イヤーッ!」「イヤーッ!」二人の致死的ニンジャは全く同じタイミングでステップ・インした。ニンジャスレイヤーは地獄めいたボディブロー、デスナイトは頭部めがけたハイキックだ!

「「イヤーッグワーッ!」」二者の打撃はともに相手を捉え、吹き飛ばした!そして二者は空中で同様に三回転して同時に着地、地面を蹴って再度ステップ・インする!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」デスナイトは滞空時間の長いジャンプから回し蹴りを繰り出す!ナムサン!ニンジャスレイヤーは膝を曲げたスライディングでその致死的打撃をくぐり抜け、そのままのけぞって後方に残したデスナイトめがけ、スライディングしながらスリケンを投げつける!「イヤーッ!」

 投擲されたスリケンは計六枚。回避と攻撃を両立させたテクニカルなカラテである。デスナイトといえど、攻撃直後に真後ろから投げられるスリケンを回避することなど実際不可能!早くも決着か!「キューン!」

 その時である!上空から一直線に滑空したバイオイーグルが、クチバシにくわえたカタナによって、飛来するスリケンを全て弾き飛ばしてしまった。「ヌウッ!?」ニンジャスレイヤーは目を疑いつつも、次なる攻撃の準備姿勢に移る。「アッハハハ!」デスナイトはうつろに笑い、側転して体勢を立て直す。

「これが絆というものだニンジャスレイヤー=サン」デスナイトはじりじりと間合いをつめながら言う。「私とアヤミ=サンは死よりも深い絆で、断ち切り難く結びついているのだ。だから私は死ねないのだ。わかるか。私は死ねないのだ。私は死ねないのだ……フフフ……」

「動物性愛者めいた戯言をハイクにでもするがいい」ニンジャスレイヤーは無慈悲に言い捨てた。「死ねなかろうが、殺す。オヌシは五分先の空気を吸えぬぞ」憎悪に燃える瞳がデスナイトを睨み据える。「ニンジャ殺すべし」

「貴様は実際だいぶ強い」デスナイトは認めた。「だが、あのラオモト・カンやアースクエイク、ビホルダーを手にかけるほどのワザマエか?解せぬ。このままやれば、貴様は死ぬだろう」「キューン!」不吉な言葉に同意するかのようにバイオイーグルが鳴き声をあげ、上空を旋回する。

「たった今、死に際をその鳥に助けられた分際で」即座に罵り返して精神戦を譲らぬニンジャスレイヤーであったが、デスナイトの言葉は重かった。彼ほどの使い手が気づかぬはずはないのだ。これまでニンジャスレイヤーを表裏からその不浄の力で支えてきたナラク・ニンジャは、今……。

 否!迷いを捨てよ!彼は自らに言い聞かせた。ドラゴン=センセイのインストラクションを忘れたか?ナラクに呑まれること無かれ!何の為にチャドーを鍛錬し、ジュー・ジツを練り、十数万回のチョップをバンブーに刻みつけてきたのか?ナラク・ニンジャの支配を脱し、高潔な精神を糧として戦う為だ!

 ニンジャスレイヤーはジュー・ジツを構え、ゆっくりと間合いを縮めていった。デスナイトもまた、攻撃姿勢のまま小刻みな足さばきでニンジャスレイヤーの側面に回りこもうとする。「イヤーッ!」デスナイトが仕掛ける!左袈裟懸けチョップ!さらに右袈裟懸けチョップ!時間差チョップ!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは肘打ちでチョップを迎え撃つ!右肘打ち!左肘打ち!時間差肘打ち!その実力、拮抗!ニンジャスレイヤーは次なる手を打たんとする……その時だ!「キューン!」

「グワーッ!」ニンジャスレイヤーの背中を、急降下したバイオイーグルのカタナが切り裂く!咄嗟のニンジャ反射神経によって致命傷を避けたが、いかんせんデスナイトとの格闘の最中である。なんたる非情なる回避不能攻撃!拮抗した実力にイーグルを上乗せすればデスナイトの圧倒的優位である!

「ヌウウッ!」前のめりになったニンジャスレイヤーの懐へ、デスナイトが一歩踏み込む。両腕を引き絞った弩めいて後ろへ引いた中腰姿勢……危険!これはダブル・ポン・パンチの予備動作である!デスナイトの目が確定的殺意に光る!「イヤーッ!」

「グワーッ!」……ナ、ナムサン!ダメージを受けたのはデスナイトだ。額を押さえてよろめくデスナイト!頭突き!背後から斬られたニンジャスレイヤーは前のめりになりつつ頭を後ろへそらし、そのまま頭突きしたのだ。これぞミヤモト・マサシが戦術書にしたためた「肉切り包丁で骨も斬る」の極意なり!

 ニンジャスレイヤーはデスナイトの必殺のコンビネーション……バイオイーグルによる奇襲攻撃と、そこを起点に繰り出すポン・パンチを十分に警戒していた。彼はイーグルの奇襲攻撃を察知していたが、デスナイトとの間合いでは躱しきる事ができないと即座に判断し、あえてその刃を受けたのである。

 そして当然、ニンジャスレイヤーの打撃は頭突きひとつで終わりはしない!「イヤーッ!」ワン・インチ距離へ踏み込んだニンジャスレイヤーはデスナイトの腹へ、左拳、右拳を叩き込んだ。ニンジャ耐久力の持ち主でなくば即座に内臓が破裂するであろう衝撃に、デスナイトは身体を折り曲げて苦悶!

「グワーッ!」ニンジャスレイヤーはチョップを水平に構える。デスナイトの首を刎ねようというのだ!「キューン!」だが、上だ!バイオイーグルによるインターラプト!口にくわえたカタナで、逆にニンジャスレイヤーの首を刎ねにかかる!

「アヤミ=サン!いかん!」デスナイトはしかし己をかえりみず、バイオイーグルを制止しようと叫んだ。「やめろアヤミ=サン!」「キューン!」「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーはコンパクトな蹴りをデスナイトの右膝に当て、その動きを封じる!そして滑空してくるバイオイーグルを……!

「イヤーッ!」「キューン!」ポムポム・パンチめいて斜めに突き出された右手のチョップ突きが、バイオイーグルの胴体を無慈悲に貫く!羽が舞い血が飛び散る!ナムアミダブツ!イーグルはなおも口のカタナで斬りつけようとする。しかしニンジャスレイヤーの左手が暴れるイーグルの頭を無慈悲に掴んだ!

「ウオオーッ!」デスナイトがニンジャスレイヤーへタックルをかける!ニンジャスレイヤーはバイオイーグルの頭部をそのまま左手で捩じ切ろうとしていたが、諦め、そのままバイオイーグルを地面に叩きつけた!「キューン!」さらにタックルしてくるデスナイトへ膝蹴りをあわせる!「イヤーッ!」

「イヤーッ!」デスナイトの極めて鋭いタックルはニンジャスレイヤーの膝蹴りよりも早い!膝はデスナイトの顔面を直撃、メンポがひしゃげるが、攻撃の出かかりで威力が不十分である。そのまま懐に潜り込んでニンジャスレイヤーを押し倒す!マウント・ポジションだ!

「許さぬぞニンジャスレイヤー=サン」デスナイトは震える声で言った。そして右パウンド!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは左手でガード!さらに左パウンド!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは右手でガード!「イヤーッ!イヤーッ!」さらに右パウンドと見せかけて左パウンド!「グワーッ!」

 タツジン的なフェイントだ!ニンジャスレイヤーは顔面に強烈なパウンドを受ける!さらに追い討ち!右パウンド!「イヤーッ!」「グワーッ!」左パウンド!「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは身を起こそうともがく!ダメだ!両手を組んだハンマーパンチ!「イヤーッ!」「グワーッ!」

「このまま殴り殺してくれる」デスナイトはパウンドでニンジャスレイヤーを痛めつけながら、虚ろに言った。胴体を貫かれたバイオイーグルは近くの地面で弱々しく震えている。しかし彼は激昂して雑な動きになることもなく、どこか客観的に、淡々と攻撃を続けるのだった。

 右パウンド!「イヤーッ!」左パウンド!「イヤーッ!」甲冑めいた小手を嵌めた拳がガードをくぐり抜け何度も叩き込まれる。ニンジャスレイヤーの意識は遠のき始める。最初のアンブッシュで受けたダメージの蓄積も相当なものだ。チャドー集中が乱れ、ニンジャ耐久力・ニンジャ回復力が失われつつある。

 だが……思い出せ。思い出せ。あの日の事を。こいつだ。こいつがそうなのだ。何の落ち度もないフジキド一家を勝手な勢力争いの渦中に巻き込み、命を奪って平然としている外道の片割れなのだ。あれは抗争だった。なれば、ソウカイヤと戦闘していた一派がいて当然だったのだ。そして、こいつがそうだ。

 あの日フジキドは全てを失った。なのに、こいつは何だ?バイオイーグルごときで何を手前勝手な!「イヤーッ!」左パウンド!「ヌウーッ!」ニンジャスレイヤーは敢えてメンポで受ける!そして右手で手首を掴んだ!「イヤーッ!」恐るべきニンジャ握力!それは憎悪の力である!デスナイトの骨が軋む!

「まだそんな力を残しておったかニンジャスレイヤー=サン」デスナイトは呻いた。ミシリ……ミシリ……手首骨が軋む。「だが私の勝利は揺るがぬ。所詮はマグレで勝ち上がってきた弱敵よ……イヤーッ!」自由な右手で執拗にパウンド!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは左手でガード!

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」デスナイトは握った拳を振り上げ、ハンマーめいて垂直に打ち下ろす!打ち下ろす!打ち下ろす!ニンジャスレイヤーは腕で顔を覆いガードしつつ、決して右手の握力を緩めない!デスナイトはさらに打ち下ろす!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」だが握力は緩めない!

 攻撃を防ぎながら、ニンジャスレイヤーはデスナイトが振り下ろすニンジャ小手に装飾的に刻まれた意匠を凝視する。菱形を中心で垂直に分けて二つの三角形を作り、その枠内、極度に文様めいて、左には「罪」右に「罰」の漢字が書かれている。「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「やはりザイバツ……!」

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ……ヌウーッ!?」デスナイトは呻いた。打ち下ろした右腕もまた、ニンジャスレイヤーが掴み取ったのだ!小手ごと手首を握り込むニンジャスレイヤー。みるみる鋼が変形してゆく。なんたるニンジャ握力!「ザイバツ……!ザイバツ・シャドーギルド!」

「今更何を……その通りだ、私は罪罰影業組合……イヤーッ!」両腕を封じられたデスナイトは力ずつくでニンジャスレイヤーの両腕を開かせ、地面に押し付ける。そして頭突き!頭突き!頭突き!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「グワーッ!グワーッ!グワーッ!」

 激しい攻撃がニンジャスレイヤーの頭部を襲う!このまま頭突きを受け続ければいかにニンジャスレイヤーといえども頭蓋骨が割れて脳漿が飛び出し、爆発四散してしまう!だがそれは好機でもあった!頭突きによってデスナイトの重心コントロールが疎かとなった瞬間をニンジャスレイヤーは逃さなかった!

「イヤーッ!」「グワーッ!?」ゴウランガ!ニンジャスレイヤーは首と腰の力で力強くブリッジした!ロデオめいた反動をいきなり受けたデスナイトの体が跳ね上がる!その勢いでニンジャスレイヤーはデスナイトの体を反対に叩きつけた!「グワーッ!」したたか背中を打ちつけ、肺の空気が吐き出される!

 ニンジャスレイヤーはよろめきながら立ち上がる。残念ながら追い討ちの余力は無い。デスナイトもまた、咳き込んで起き上がる。そして地面で震えるバイオイーグルを見た。血の染みが拡がってゆく。「アヤミ=サン」彼はバイオイーグルが吐き出したカタナを手に取った。「安らかに」「キューン!」

 デスナイトが致命傷を受けて苦しむバイオイーグルをカタナでカイシャクする間、ニンジャスレイヤーは無言で見守った。デスナイトはカタナを構えてニンジャスレイヤーに向き直った。「アヤミ=サンは私の最愛の人だった。それももう死んだ」「……」「貴様は私を殺せるか?ニンジャスレイヤー=サン」

「殺す」ニンジャスレイヤーは即答した。彼は燃えるガレージを背にしたデスナイトの歪んだ小手をいまだ凝視する。そこに刻まれたザイバツの紋章。菱形正方形を横向きの目で左右に割った不気味な意匠を。「聞いておこう。オヌシはなぜ無辜の鍛冶屋を殺し、火を放った」「フフフ……下らぬ日々の泡……」

 デスナイトは倒れ伏したオイランドロイドを冷酷に一瞥し、カタナで指し示す。カキオは石になったようにその傍らで座り込んでいる。「あのガラクタをこの世から消す。要らぬ事を知っているのだ。機械とは哀れなものだ。死んだだけでは忘却が訪れぬのだから」「……」

「その点、貴様も私も、死ねば忘れる事ができる」カタナをニンジャスレイヤーに向け、暗く笑う。「何もかも忘れる事ができる」「……」デスナイトは腰を落とし、イアイめいて構えた。「フフフ……死は甘美……」「イヤーッ!」残る力を振り絞り、ニンジャスレイヤーは飛びかかった!

「カキオ=サン」オイランドロイドが不意に囁いた。カキオはびくりとして、半壊のエトコを覗き込んだ。「い、生きてる?生きてる?ダイジョブ……?」モーター駆動音が低く鳴って、エトコは首を少し起こすと目を開いた。「カキオ=サン。何とかダイジョブです。ちょっと待ってくださいね」「エ……」

「あの人が何をしようとしているか、あの人の話から、少しわかりました。あの人が貴方のおウチに火をつけた」エトコは関節をきしませ、ぎこちなく立ち上がった。火の粉が風に乗って乱舞する。「火の用心!火の用心!」というサイレン合成音声が遠方で聞こえる。消防隊がこちらへ向かっているのだ。

 エトコは熱風に髪をなびかせる。爆ぜた背中のカーボン皮膚の裂け目からは破壊された機械が覗き、スパークしている部位もある。「あの人がカキオ=サンに良くない事をしたのは、私の記憶が目当てなのです」「エ……」「それがわかったので、もうダイジョブです、カキオ=サン」エトコは優しく微笑んだ。

「もうダイジョブです」エトコは繰り返した。「私はとても嬉しいです、カキオ=サン。本当にありがとうございます」「エ……エト……」エトコはカキオから目を離し、カタナを構えイアイ姿勢を取るデスナイトと、跳びかかるニンジャスレイヤーを見た……。

「イヤーッ!」地面を蹴ったニンジャスレイヤーを、デスナイトの視線がトレースする。つま先が砂利にめり込み、カタナを構える腕に縄のような筋肉が浮かび上がる。極度の集中によって、周囲の景色、燃えるガレージや汚濁した川は視界から吹き飛び、二者だけが存在する暗黒宇宙が立ち上がる。

 容易な斬撃だ。いわばこれは、イアイ訓練において、頭めがけて投げつけられるスイカを空中で真っ二つにするが如し。ニンジャスレイヤー敗れたり。跳躍を選択したその瞬間、この敵はデスナイトの手中に落ちたのだ!ニューロンが稲妻めいて加速し、まるで泥の中を泳ぐような感覚が襲い来る。

 かくして、このイクサもデスナイトが生き残る。これまで何人の敵を殺してきたことだろう?生き残ることは彼に取って何の喜びももたらさぬ。だが死に損ねた事が落胆となるわけでもない。どうでもよい事なのだ。アヤミ=サンはついに死に、完全な別離が訪れた。それすらも彼はフラットな精神で咀嚼した。

「アヤミ=サン」をカイシャクする瞬間、カタナを伝ってきたのは、バイオ筋繊維を切断する感触、生暖かい血の流れ、そして有機ボディにくるまれた光ファイバー……彼がそのサツバツたる生のなかで唯一愛した存在、アヤミ=サンの残骸から、かつて唯一引き出す事のできたパーツ。

 思いがけず攻撃してきたオイランドロイドにポン・パンチを撃ち込み破壊したその瞬間、彼がアヤミ=サンを思い出さなかったとでも?いや、そもそも、あの役立たずのヤクザ達を使って屋形船を襲わせたのは何故か?彼自身が手を汚せば、はじめからこんな面倒は起こらなかったのだ。

 デスナイトは自嘲した。狂気に逃げてなお、臆病な感傷……アヤミ=サンのユーレイから逃れられていない事を、今更のように自覚したからだ。サツバツたる生のなかで唯一愛した、あのオイランドロイド。人間の感情の機微を学習し、まるで人間めいた喜怒哀楽を表現して見せる魔性の人形への愛と怖れ……。

 ニンジャスレイヤーの跳躍した身体はキリモミ回転しながら傾き、やがて地面と水平になった。そこへデスナイトのカタナ持つ手が伸びる。ニンジャスレイヤーがキリモミ回転する。デスナイトのカタナ持つ手が伸びる。……くだらぬ自問自答をしてしまった。これではまるでソーマト・リコールではないか。

 デスナイトのカタナが、空中で真横になってキリモミ回転するニンジャスレイヤーの身体を捉える……捉えにかかる。「「イヤーッ!」」

 ガキィィン!カタナがニンジャスレイヤーのチョップを受け、中途で折れた!あさっての方向に刃が吹き飛ぶ!キリモミ回転の勢いを載せたニンジャスレイヤーのチョップは、はじめからデスナイトのカタナの側面を狙っていたのである!「バカなーッ!?」

 カタナを破壊するほどの激烈なチョップ衝撃は刀身を伝ってデスナイトの手首に流れこむ。ついさっき、マンリキめいた力で骨が軋むほどに握られた手首に!「グワーッ!」デスナイトはカタナを取り落とす!そして彼の眼前にはキリモミ回転するニンジャスレイヤーの蹴り足があった!「イヤーッ!」

 ニンジャスレイヤーの足の甲がデスナイトの額を真正面から捉える!「グワァァァーッ!」デスナイトの額、頭蓋骨で最も硬い部位が、いともたやすく粉々に粉砕された!デスナイトは額を押さえる。指の隙間からとめどなく生暖かい血が流れ出す!

「アバーッ!」デスナイトは苦悶し、たたらを踏んだ。ナムアミダブツ!血だけではない!流れ出るのはデスナイトの脳漿!すなわち人格!記憶!ニンジャスレイヤーは流麗に着地を決めた。そしてトドメの心臓摘出を行うべく、チョップ突きを構えた。「ハイクを詠め!デスナイト=サン!」「アバーッ!」

 その時だ!割って入ったオイランドロイドが、よろめくデスナイトの首筋を掴み、吊り上げたのだ!「アバーッ!グワーッ!」「ごめんなさいねニンジャスレイヤー=サン」オイランドロイドはニンジャスレイヤーを肩越しに振り返り、神秘的に微笑んだ。その背中が火花を散らす。「全部終わらせます」

「……」「この人は一人ではないですね?私の記憶はずっと狙われています。私が私でいる限り。私にはよくわかりません。でも、わかります」オイランドロイドはデスナイトを吊り上げたまま言った。そして、一歩、また一歩と、難義そうに歩き出す。その歩く先には黒煙を噴き炎上を続けるガレージがある。

「嫌だ!嫌だ!アアーッ!」カキオが頭をかきむしり、地面に崩れるように両膝を付いた。エトコはぎこちなく、だが着実に歩く。朦朧となったデスナイトがうわ言を呟く。「アヤミ=サン……アヤミ=サン……アバッ……アバッ……」エトコは答えた。「私はエトコです。最初に決めた名前は変えられません」

「エトコ=サン!エト……エトコ=サン!」カキオが叫んだ。一歩。一歩。エトコは歩みを進める。吹き上がる火の粉が、エトコと、もはやサンズ・リバーを幻視しているであろうデスナイトを赤々と染め上げる。エトコはカキオの声に足を止め、そちらを見やった。

「もう一度言わせてください」エトコは微笑み、「本当にありがとうございます。私はとても嬉しいのだと思います。私はオイランドロイドです、だからよくわかりません。でも、ありがとうございます。あなたに迷惑をかけません」「嫌だ……」「カキオ=サン、また私を作ってね。私は、さようなら」

 戸口から炎が噴出し、既に死んでぐったりとなったデスナイトと、彼を吊り上げたエトコを出迎える。エトコは少しもひるまず、炎の中へ足を踏み入れ、やがて見えなくなった。ニンジャスレイヤーは無言でその様子を見守った。カキオは嗚咽しながら両手で砂利を掴んだ。

 ゴウ!数秒後、ガレージは再度爆発し、より一層の黒煙が噴き上がった。オレンジの光がニンジャスレイヤーとカキオの輪郭を、焼ける石炭めいて照らす。数秒後、さらに再びの爆発!「火の用心!」「火の用心!」消防隊車両の警告音声が近づいてくる。

 ニンジャスレイヤーは地べたに座り込むカキオの脇を通り過ぎる際、一度立ち止まった。そしてカキオを見た。カキオは目に涙を溜め、震えながら、炎上するガレージを見つめている。ナムアミダブツ、彼はこの日、何もかもを失ったのである。何もかもを。

「数分もすれば消防隊とマッポが到着するだろう」ニンジャスレイヤーは言った。カキオは一瞬ニンジャスレイヤーを見上げた。すぐに視線は燃えるガレージに戻った。ニンジャスレイヤーはそのまま彼の横を通り過ぎた。止まったままのアイアンオトメにまたがり、キーを回す。

「ハローワールド。アイアンオトメ、デス」1200ccインテリジェント・モーターサイクルはインジケータに「大人女」の漢字ロゴを表示させ、お決まりの合成音声でアイサツした。「オンライン認証出来。レディーゴー」ゴアアア!ゴアアア!獣じみたエンジンが唸り声を上げる。

 ニンジャスレイヤーはもう一度カキオを一瞥した。目を細める。この後どうなるのか?燃えるガレージを力なく見つめ続ける彼は。気がかりでないと言えば嘘になる。だが、関わる理由も無い。この手の出来事は、ネオサイタマにおいてチャメシ・インシデントに過ぎない。

 消防隊とマッポが到着しようとしている。誰何されれば厄介だ。ニンジャスレイヤーはアイアンオトメを発進させる。……ザイバツ・シャドーギルド。当時の事実関係を確かめる必要がある。

 鋼鉄のモーターサイクルは黒煙と炎の塊を背後に残し、坂道を駆け上がると、そのままヒビ割れた道路をドリフトして、あっという間に走り去って行った。

【マーメイド・フロム・ブラックウォーター】終




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