【アンリーシュ・ザ・グリムリーパー】まとめ
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【アンリーシュ・ザ・グリムリーパー】まとめ

ニンジャスレイヤー公式/ダイハードテイルズ

◇総合目次 ◇初めて購読した方へ


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 ガレージの重いシャッターを押し上げ、フジキド・ケンジは薄明の荒野に進み出た。清冽な空気の中に立つと、吐く息は白い。

 大地は焦げた鉄の色をしている。

 濃い灰色の曇天の下、地平線に黒い凹凸をつくる影……モロクマ・シティ。あれがここから一番近い市街地だが、実際、随分と遠くに霞んで見える。

 そしてこのガレージの周囲には、他に、家らしい家はない。真鍮の風見鶏、電球の補修もされていない「即ストップ・イン」のネオン看板。鶏を平飼いしている鉄柵の囲い。モーター駆動式の井戸。そんなところだ。

 振り返ると、ガレージに差し込む光が、旧時代のスポーツカーの特徴的なシルエットを浮かび上がらせる。黒い鋭角的なボディと、ガルウイングのドア、睨みつけるような形状のヘッドランプ。「グリムリーパー」。いまだオーバーホール作業の途上。それは、このガレージの所有者……デヴィッド・ハンの生き甲斐であった。

「随分良くなった」

 そのデヴィッドがグリムリーパーの隣に立ち、嗄れた声を発した。まだ右脚を少し引きずっているが、補助杖なしでも歩く事ができていた。

「お前さんのおかげで、楽させてもらったぜ」

「もう少しリハビリが必要ではないか?」

 気遣うフジキドの視線に、デヴィッドは頷いてみせる。

「まあ平気よ」

 このガレージにフジキドが滞在を決めてから既に二週間が経つ。当初は行きずりの旅人に過ぎなかったフジキドだったが、右脚を負傷して独居に難儀するデヴィッドを見兼ねたものか、なにかと理由をつけて出発を遅らせていた。

 然り。もともとこの地に住んでいたのはデヴィッドただ一人だ。既に妻とは死別。息子はモロクマ・シティに憧れ、数年前に出て行ったきりである。その頃はまだ他にもぽつりぽつりと住人がいた。今となっては無惨なものだ。

 サイバー馬に乗ってこの廃村にやってきたフジキドは、「ここで待ち合わせた人間が居る」、とだけ言った。そして、以来、言い値で借りた離れで寝泊まりし、足を引きずるデヴィッドのかわりに井戸から水を汲み、平飼いの鶏に餌をやり、配管修理をした。

「もう何日経った? お前の待ち人は来るまいよ」

 デヴィッドが言った。フジキドは否定も肯定もせず、答えた。

「その男は、常識の通じる人間ではないのだ。故郷でもないこの場所を指定してきた事からもわかる筈」

「一体何だね、そいつは」

「私の恩人だ」「恩人?」「センセイだ」

「ワケのわからんセンセイも居たものだぜ」

「私も、そう思う」

「ハ!」

 デヴィッドは笑い捨て、朝靄の中、鳥小屋まで歩いた。そして鶏の様子に満足した。

「タマゴばかりも飽きたろ。今日は猪のベーコンを焼く」

「そんなものがあったか」

「とっておきだ。地下に隠してある」

「……それはいい」

 裏手の山が朝日に黄金の輪郭を輝かせた。あの山の向こうで、かつては旧時代のデータ鉱床の採掘が行われ、一攫千金の者達が集まった。ここに村を作ったのはそんな他所者達だ。しかし、ここのデータ鉱床は結局、暗黒メガコーポが期待していただけの質も量もなかった。

 早期に損切りが判断され、企業は撤退。住み着いた者たちも当てが外れて一人、二人と出ていった。逆に、当時は寂れた町に過ぎなかったモロクマ・シティは、シンカンセン開通等の様々な要因によって繁栄していった。光と影だ。

 最終的にこの地に残ったのはデヴィッド・ハン、唯一人となった。

 モロクマ・シティから南にだいぶん下ったこの場所を、クルマやサイバー馬の旅人が時折、通過する。フジキドのようにだ。その者らのマシンをメンテナンスしてやり、あるいは寝床や食料を提供する事で、彼は自給自足以外の日銭を稼いでいるのだった。

 午後になるとデヴィッドは畑で土に鍬を振るい、フジキドは自作の木人にチョップを打ち込む。彼にはカラテの心得があるのだ。少し離れた地点で、それをフジキドのサイバー馬が見守る。馬の名はハセオという。

 日が暮れ始めると、不穏な黒雲が遠い空にわだかまった。黒雲の速度は早く、じきに強い雨が降り始めた。

「嵐が来るぜ。予報の通りだ」 

 デヴィッドはフジキドを招き、作り置きのフェジョアーダと、固いオムレツ、そして約束通り、猪のベーコンを夕飯に食卓を囲んだ。窓ガラスを凄まじい勢いで雨粒が流れ、建物がガタガタと揺れた。

「恵みの雨ッてか。クソッタレだ。なんにせよ、中にいりゃ安全よ」

 怪我が快方に向かっている事もあってか、デヴィッドはぬるいビールと、フジキドという穏やかな聞き手を前に、思いがけず饒舌になる。それまで黙っていた家族の話になった。

「息子と、カミさんだよ」

 食卓に飾られた写真は、しかめ面をした少年と、微笑む女。

「カイルはモロクマ・シティに行った。アリアナは死んだ」

「息子さんは今、何を?」

「さあ、知らん」

 デヴィッドは自嘲的に呟いた。

「カッとなっちまってな。俺が追い出したようなもんだ。以来、便りもない」

「……そうか」

「まあ、便りのないのが良い便りってな。俺の助けを必要としねえんだ、うまくやってるンだろ。俺も安心して "彼女" の世話ができる」

 デヴィッドはグリムリーパーに言及した。

「あらかた完成しているようだな」

「そうとも。九割がたよ。ちまちまコツコツやるのがいいんだ。自分の手で組んでいくのがいい。お前、クルマ好きか」

「いや、残念ながら詳しくない」

「旧時代のクルマにはスピリットがあるんだよ。四角くて、無駄がたくさんあって、それがいいんだ。俺は毎日IRCを見て、掘り出し物のパーツを探って。しっくりくるやつがあれば取り寄せる。自分でオーバーホールするのがいいんだ。それで、まあ、"彼女" を完成させちまったら……」

 デヴィッドは遠い目をして、ビールを啜った。

「その後も、俺は無様に生き続けるさ。俺まで居なくなったら、ここは消えちまう。かつてのこの場所の意味も。家族の記憶もな」

 彼の言葉は自分自身に言い聞かせるようだった。

「他所から集まった奴らが作った村だからって、全部ゼロにしちまったら、何もなしのサラ地になっちまう。……カイルは若えんだ。アイツは夢を追いかければいい。だけど、いざ夢破れた時に、どこかに戻ってこなきゃいけないだろうが」

「場所を用意してやっているのか。息子のために」

 フジキドの問いに、デヴィッドは寂しげに鼻を鳴らした。

「俺にとっても、別にここが故郷でも何でもねえのにな。まごまごしてる間に俺だけが取り残された。ここに居続ける理由を考えなけりゃ、やっていけねえもんだ。……お前さんはどうだ? フジキド=サン」

 彼は不意に尋ねた。

「お前、家族が居たろ。昔に。そして失った。そうだろう。お前、俺と同じにおいがするんだよ。お前もそう思っていた筈だ」

「……」

「俺に親切にするのは、そういう事なんじゃねえか」

 フジキドは答えず、黙々とフェジョアーダを咀嚼した。デヴィッドにだいぶ酒が回ってきていた。フジキドも同様だ。やがてデヴィッドは呟いた。

「俺はもう一人でやっていける。早めに出ていけ」

「……」

 フジキドは頷いた。


◆◆◆

 

 ガレージの重いシャッターを押し上げ、フジキド・ケンジは朝の荒野に進み出た。嵐は夜のうちに通り過ぎ、空は雲ひとつない青空。そして数年前に割れた月が白く浮かんでいた。

「本当にすまねえな、フジキド=サン」

 デヴィッドは声をかけ、フジキドに続いて外に出た。

「昨晩あんな事言ったが、仕方ねえ。最後にこれだけ頼まれてくれるか」

「ああ。どうという事はない。私が行けば早く済む」

 フジキドはサイバー馬の手綱を引いた。ハセオだ。デヴィッドはフジキドにフロッピーディスクを手渡した。

「これがLAN中継拠点の起動プロトコル。画面に表示されたガイド通りに操作してくれればいい。復旧は自動だからな。だが、ケーブルが断線しちまってる場合は、力仕事が要るかも知れねえ。その場合は無線で連絡をくれ」

「うむ」

 デヴィッドは無骨なトランシーバーを差し出した。フジキドは頷き、それを懐に入れた。

 酷い嵐の通過によって、ネットワークの中継拠点が何らかのトラブルに見舞われ、現在このガレージはオフライン状態だ。フジキドはその復旧作業を買って出た。

 ハセオに跨り、崖上に繋がる道へ向かって走り出したフジキドの姿が小さくなるのを眺め、デヴィッドは顎を擦る。中継拠点は山の上にあり、今のデヴィッドには荷が重い。彼は昨晩の言葉に、少しバツの悪さをおぼえていた。

 デヴィッドは頭を掻き、ガレージのグリムリーパーを振り返った。止めては進め、止めては進めを繰り返していた作業も、終わらせるべき時がきた。実際のところ、グリムリーパーは既に走る事自体は可能だ。どこまで拘るか、どこで拘るのをやめるか。彼の気の持ちようなのだ。

「お前も走りたいわな」

 デヴィッドはグリムリーパーのジャッキを下げた。そしてドアを開け、車内に乗り込もうとした。

 戸口に「来客な」のランプが灯った。

「フン……」

 デヴィッドはゲートを映す白黒のカメラ映像を確認した。そして息を呑んだ。

「本当なのか。畜生、本当なのか!?」

 右脚をぎこちなく動かし、彼は早足でゲートに向かった。

「おやじ」

 紛れもなく、そこにいたのはカイルだった。顔を見ぬまま歳月を経て、ティーンエイジャーは既に成人となっていたが、デヴィッドに息子の顔がわからなぬ筈はなかった。

「カイル。お前……帰ってきたのか」

「おやじ……!」

 カイルは胸を詰まらせた。デヴィッドはためらいがちに近づいた。だがカイルは強く首を振り、焦りを取り戻したように、語気を強めた。

「おやじ。逃げてくれ!」

「逃げる? 何の話だ」

「俺、昨日IRCで連絡入れようとしたんだ。なんで繋がらねえんだよ」

「そりゃあ嵐のせいだ。逃げるだと? ワケのわからん事……」

 ギュルルル。土を抉るタイヤの音に、カイルは凍りついた。デヴィッドはカイルの肩越し、走り込んできた数台のヤクザビークルが停止し、ドアを開いて、いかにもなギャング達が降りてくるのを見た。

 そいつらの腕は、揃いのエメツ・タトゥーで真っ黒だった。図柄はホクサイ波。そしてそれと同じタトゥーが、カイルの腕にも入っているのだ。


◆◆◆

 

 ダッダズーバシバシ。バシバシバシズー。古びたUNIXが唸りをあげて駆動し、パンチシートが吐き出される。画面にはウサギとカエルがダンボールを受け渡す映像が流れていたが、やがて「正常復帰な:上り・下り」のミンチョ文字が灯った。

 フジキドは自身の携帯端末を取り出し、ネットワーク状況を確かめ、この中継拠点が基地局として再び動き出した事を確認した。彼は思い立ってUNIXデッキにキータイプし、デヴィッドのガレージにIRCコールを試みたが、応答はなかった。

 ともあれ、よかろう。フジキドは中継拠点の小屋にしっかりと施錠した。それから懐のトランシーバーを取り出し、周波数をあわせた。

「モシモシ」

『……ザリザリ……ザリ……フジキド=サンか……』

 デヴィッドと繋がった。苦しげな声を、フジキドは訝しんだ。

「待たせたな。復旧が終わった。そちらで試してみてくれ」

『ザリザリザリ……カイルが……俺は……ゴホッ……』

「デヴィッド=サン?」

 返事はなかった。フジキドは決断的にハセオに跨り、荒れた山道の砂利道を駆け下りる。

 ピュイ、ピュイ、テュテュテュテュイ。木々の奥から野鳥のさえずりが聞こえる。ハセオを急がせながら、フジキドは空を見上げた。昼の青空を流れ星が横切った。フジキドは感覚の疼きを感じた。

 やがて山道が開けた。そのカーブは見通しがよく、崖下にデヴィッドのガレージを遠く見下ろすことができる。フジキドは転落防止のガードレールに馬を寄せ、見通した。

 ガレージは燃えていた。

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