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【ザ・リデンプション】 前編



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 猛烈な頭痛だった。脳の毛細血管の一本一本が、ホースのように膨れ上がったかのようだ。常に奥歯とこめかみに力を込め、押さえつけていなければ、一瞬で頭が内側から爆ぜてしまいそうだった。

「うう……クソッタレが……」

 囚人服姿のヤマヒロは唸り、薄目を開けた。彼は001011110100101の激流の中にいた。見えるのは無重力の薄闇と、崩壊しかけたネオン看板の森と、狂った鉄骨構造の海底。深海魚めいて細長い、現れては消滅を繰り返す、青白く輝く何かの群れ。時折ぬっと現れ、すぐそばを通り抜ける、巨大魚のような存在感。そして……自分を包む確かなピンク色の光だった。

「ヤクザ……天狗=サン……?」

 ヤマヒロは気づいた。自分が未だヤクザ天狗の逞しい胸に抱かれていることを。そして自分たちを奇妙なピンク色のネオンじみた光が包み、崩壊から守っていることを。

 頭痛が遠ざかってゆく。

「……ニンジャが天に向かって両手を突き上げると、大地は三日と三晩のあいだ暗黒に包まれ、ファラオはニンジャにドゲザした……」

 ヤクザ天狗は暗黒の荒野を征く聖戦士めいて、一心不乱にチャントを唱えていた。ジェットパックの炎は未だ激流に抗っている。そしてヤマヒロが目覚めたことに気づくと、彼を抱く腕になお力を込めた。ここが悪夢の中なのか、あるいは想像を超えたどこかなのかは不明だが、その感覚は確かだった。

 ヤマヒロは何があったのかを思い出そうとした。あの日……スガモ重犯罪刑務所でニンジャと戦い、ヤクザ天狗とともに空を飛んで逃げ出した彼は……ともにネオサイタマ市街の遥か上空を飛び、ニチョームの近くにさしかかったところで……突如発生した磁気嵐に飲まれ、ピンク色の稲妻に打たれ……。意識が飛んだ。そして気がつくと、この激流の中にいたのだ。

 果たしてここは何処なのか。天狗の国か。いや、ヤクザ天狗さえも狼狽していた。だとするとここは……天国……あるいはヴァルハラ? 思考が混濁し、激流が速度を増した。だとすると、肉体の痛みは全て錯覚なのか?

「ウッ」ヤマヒロはまた酷い頭痛に襲われ、記憶を辿ろうとする試みを中断した。指先がチリチリと痛んだ。それは01崩壊を開始していた。ヤマヒロは自分が消滅しかけていることを直感的に悟った。胸に巨大な穴が開いたかのような恐怖だった。

 ヤクザ天狗は彼を崩壊から守るように、なお強く抱きしめた。ヤマヒロは薄れゆく意識の中で、ヤクザ天狗の左手首に巻かれた腕時計を見た。

 壊れて8時9分3秒で止まったままのはずのその時計は、いまや、すべての針が狂ったようにガクガクと震え、猛烈な勢いで回転していた。


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