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S4第7話【テンペスト・オブ・メイヘム】

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第6話【アシッド・シグナル・トランザクション】 ←


1

 マルノウチ・スゴイタカイビル! 

 今や不穏な緑に覆われ、神秘の玉座塔と化したこの文明建造物周辺は、邪悪な緑に呑まれたネオサイタマのなかでも、特に混沌の影響深き地である! セイケン・ツキ姿勢で餓死した者たちが墓標めいて緑の中に散在する広場に、今、三人のニンジャが回転エントリーした!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」側転から前転、そして背中の武器に手をかけ、中腰高速前進する者らは、装束にセトへの忠誠をしめすヒエログリフ・カンジを印したニンジャ達であった。名を、ダーティージュジュ、ノーコーン、ユダンナキ。彼らの前方に緑の塔が聳え立つ……!

「ネオサイタマがこんなザマになるなど、主の事前のおぼしめしはなかった」ダーティージュジュが呟いた。「鬱陶しい緑だぜ」ノーコーンはカタナを少し鞘走らせ、周囲に目配せした。ユダンナキはおごそかに答える。「神話リアルニンジャのお考えは常に我らよりも高次元なのだ。この緑こそがその証左」

「ならばこの賜り物も、つつがなく役に立ってほしいものよ」ダーティージュジュは懐におさめた呪物を確かめる。セトよりくだされた金色のアミュレットだ。ありがたい品であった。さらには彼らそれぞれの手首にはエメツ細工とおぼしき黒い腕輪が装着されている。超自然の加護をもたらす品だ。

「くそったれキンカクめ」ノーコーンは額からにじんだ緊張の汗を拭い、頭上の異色の空から邪悪な光を投げかける黄金立方体を睨んだ。ユダンナキは歯擦音を鳴らし、注意を促した。「キンカクへの不敬はよせ。神祖の庵であるらしいぞ。むしろ黄金光の及ばぬ場所にこそ注意せよ。影にな!」

 ユダンナキが言うか言わぬか、倒壊電灯の影から今まさに漆黒が人の姿を持って起き上がり、連続側転で、広場の彼らに襲いかかった!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」複数! だが三人は罵声ひとつ上げず、滑らかなカラテ姿勢をとり、これらフェイスレスを迎撃した!「「「イヤーッ!」」」

 ダーティージュジュのノロイ・ジツが先頭のフェイスレスを捉え、雑巾めいて絞り上げて圧殺!「アバーッ!」ノーコーンのヒヅメ・ケンが続くフェイスレスを頭部破壊殺!「アバーッ!」そしてユダンナキはしゃがみ前進からのヒット・アンド・アウェイで残るフェイスレスの足首を切断!「アバーッ!」

「急ぐぞ」「うむ」「こいつらは何なのだ」「オヒガンと現世が交差する時、迷いしニンジャソウルの影が災いを為すと言われている。その類だろう」彼らは言葉をかわしながらスゴイタカイビルに迫った。どこからともなく白い靄が立ち上り、かつて階段であった足元は、ジュクジュクと液体染み出す苔地だ。

「マルノウチ・スゴイタカイビル……」「ここにアヴァリスとやらの不遜な玉座があるのか?」「神の命令に従うまでよ」彼らはジグザグに移動、正面階段を昇り、かつて正面入口であった筈の、打ち捨てられた庭園アーチじみた緑の壁を前にした。誰がともなく、唾を飲み、極めて高いビルを見上げた。

「では……使うぞ」ダーティージュジュは金色のアミュレットを取り出し、後続の二人に示した。二人は頷いた。ダーティージュジュは緑の壁にアミュレットを近づける……光が放たれ、緑の壁に垂直の光の線が刻まれる!「これは!」目を見張る三人! その時だ!

「立ち去れ……逃げろ!お前達!」

 緑の壁が彼らに警告した! 否! 正確には壁ではない。壁の一部と化したニンジャの成れの果てが、頭であった部分を僅かに動かし、不明瞭に発声したのである!「セトめ呪われよ! お前ら近づくな! 近づけば……」「ア、アナヤ!?」ユダンナキは呻き、一歩後退した。その動きが……彼を、助けた。

「アバーッ!」次の瞬間、ノーコーンが仰向けに転倒した。跳ね上がった片足には濡れた蔦が絡みつき、締め上げている! ニンジャ第六感をもってしても避け難き、信じがたい素早さの捕食蔦であった。「アバババーッ!?」一瞬にしてノーコーンは引き寄せられ、緑の壁に叩きつけられ、取り込まれた!

「アア……バカな……セト神よ……」ノーコーンは半身を既に呑み込まれ、白目を剥いて曖昧となった。「アバーッ!?」次の瞬間、ダーティージュジュの身体が垂直に跳ね上がった! 別の蔦に捉えられ、持ち上げられたのである!「ヤメロー! ヤメロー!」もがきながら、むなしくアミュレットを振るう!

 アミュレットの力に呼応し、渋々と、緑の壁は垂直の光の線を門として開き始めた。しかし既にダーティージュジュもノーコーン同様に身体の大半を取り込まれ、不気味な有機的模様を構成する要素になりつつあった。「まずい。私は報告せねば!」ユダンナキは踵を返し、走り出す!「オタッシャデー!」

 一歩二歩三歩! その時点でユダンナキの勢いは止まった。彼の右腕に装着されたエメツの腕輪が振動し、哭いた。ユダンナキは訝しんだ。加護の腕輪が……「アバーッ!?」ユダンナキは悲鳴を上げ、黒い血を吐いた。そして瞬時に爆発四散した。

 爆発四散パーティクルが集まり……黒髪の女の姿を形成した。

 ぬばたまの髪をかきあげ、白い身体に黒のニンジャ装束を生成しながら、あれほどユダンナキが離れようとしたスゴイタカイビルに向かって歩きはじめたのは……ナムサン……セトの盟友にしてダーク・チャドーの使い手。ティアマトであった。彼女が手をかざすと、宙に浮かぶダーティージュジュのアミュレットが飛び来たり、手の中に収まった。

「駄目であろう、目的を果たさずして逃げるとは……」ティアマトはくすくす笑った。門扉に取り込まれたダーティージュジュとノーコーンの成れの果てを一瞥する。「ともあれ、ご苦労であったな、そなた達。面倒が省けたぞ」アミュレットが光り輝き、門は開け放たれた。

 蔦が伸び、ティアマトの肢体を求める。ティアマトは歩みを止めず、ただそれらを薄く撫でた。蔦は萎縮し、茶色く枯れながら落下した。「アヴァリス=サン。聞こえるか? ティアマトが参ったぞ」ティアマトは声を放った。応答を待たず、彼女はスゴイタカイビルの闇の中へ吸い込まれていった。


【テンペスト・オブ・メイヘム】


 カスミガセキ・ジグラット。

 踊り場に立ったニンジャスレイヤーは、まさにそのタイミングで反対側にあらわれたニンジャを見据えた。身を覆う濃紺のマントを脱ぎ捨てると、彼女の装束には、神秘的なコブラの刺繍が施されていた。ドクノキバ。メイヘムは蛇の目を光らせ、ニンジャスレイヤーと対峙した。

「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」ニンジャスレイヤーはオジギした。メイヘムは一瞬たりとも蛇の目の凝視をそらすことなく、自らもオジギを行った。「……ドーモ。ニンジャスレイヤー=サン。メイヘムです」KA-DOOOM! 黒い稲妻が空を割った。01ノイズの風が荒れ狂い、彼女の白い髪が揺れた。

「随分と大仰な場所をおのれの墓標にえらんだものだな。赤黒の獣よ」メイヘムは言った。「我が手番を待ちわびたぞ」左足を前に出し、半円を刻むように滑らせる。「私以外の狩人どもを何人倒そうと、貴様の優位の証明にはならん」そして彼女は右手を鎌首もたげるコブラめいて構え、左手を逆向けて添えた。

「我がカラテすなわちコブラ・カラテ。我が勝利すなわちドクノキバの勝利。貴様の死を以て、ネオサイタマをドクノキバの領土とする」「知ったようなカラテを構えながら、頭の中はくだらん皮算用で一杯か」ニンジャスレイヤーは睨み返した。「当然、おれが貴様を倒す。この場所でだ」黒炎が爆ぜた。

「SHHHH……!」メイヘムは眉間に皺寄せ、噛み締めた牙の隙間から息を吐いた。そして重心を低く落とした。ニンジャスレイヤーも同様だ。右腕をだらりと垂らし、漲るカラテで背中を震わせながら、じりじりと前傾してゆく。爆発射出される瞬間を待つ赤黒の殺戮鉄道めいて。

 この地は相当な標高だ。二者の周囲には靄がかかり、雲海は黃金の光を受けて、この世ならぬ美を現出せしめていた。天に突き立つホロ・ノボリがノイズに乱れ、やがて、厳かな『メイヘム』『ドクノキバ』の漢字を灯した。KA-DOOOM! 再びの落雷が合図となった。二者は地を蹴った!「「イヤーッ!」」

 タチアイ! メイヘムは目にも留まらぬ速度で右手の手刀を繰り出す! ニンジャスレイヤーは地面に右手爪を擦りつけながら更に身を沈め、手刀を潜りながら側面に回り込んだ! そして地面を砕きながら、鉤手をすくい上げた!「イヤーッ!」

 メイヘムは邪眼を見開く! 迫りきたニンジャスレイヤーの腕に巻き付く蛇めいて、メイヘムは脚を絡め、瞬時に関節破壊に出た! ニンジャスレイヤーの目が赤黒く燃える!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはメイヘムを強引に持ち上げ、地面に叩きつける!

「イヤーッ!」だがメイヘムはしなやかな肉体を活かしたウケミで衝撃を周囲に逃した。KRAASH! 爆ぜたジグラット建材が吹き飛ぶなか、メイヘムはブレイクダンスじみたウインドミル回し蹴りで反撃した。「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは側宙で回避! そのまま蹴りにゆく!

「イヤーッ!」メイヘムはウインドミル回し蹴りから逆立ち状態を維持し、ニンジャスレイヤーの側宙蹴りを多段蹴りで蹴り返した。「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」蹴り! そして蹴り! 蹴り合う二者は衝撃波を発し、宙に浮かぶ破砕材を周囲に吹き飛ばす!

「イヤーッ!」蹴りの拮抗から、反動を利用してバック転を行ったニンジャスレイヤーは、回転の中から赤黒のスリケンを生み出し、投擲した。メイヘムは邪眼を輝かせ、しならせた手の先からアフリカ投げナイフめいた邪悪なスリケンを生じ、投げ返した。カラテ生成された双方のスリケンが相殺消滅!

 バック転からの着地と同時にニンジャスレイヤーは間合いを詰めにゆく。相殺消滅し砕け散ったスリケンの血霧めいたパーティクルを、その先のメイヘムをめがけ、後ろに伸ばした両腕を引きずるようにしながら突進する! だがメイヘムもまた同様に突進していた!「「イヤーッ!」」

 空間が歪んだかのようだった。真空地帯に周囲の空気が瞬時に流れ込むが如く、メイヘムはニンジャスレイヤーの眼前に飛び込んできた……「グワーッ!」ニンジャスレイヤーの額に、地を蹴った彼女の質量すべてが、戦艦主砲めいて叩き込まれた。ナムサン! コブラ飛び膝蹴りである!

 斜めに吹き飛ぶニンジャスレイヤーは、ジグラット踊り場からの転落危機にある!「SHHHHH……!」メイヘムは一足先に着地し、身体を捻りながらしゃがみ込んだ。さながらそれはトグロ巻くコブラの如し。一方、ニンジャスレイヤーは割れた額から燃える血を噴きながら、内なるカラテの炉に力を注ぐ!

「イイイイヤアアーッ!」空中で螺旋回転したニンジャスレイヤーは、メイヘムをめがけフックロープを投擲した!「ハ!」メイヘムはせせら笑い、ねじれ沈めた身体を解放した。フックロープの鈎が彼女の足元を噛んだ。燃える流星めいたフックロープの直撃を回避した彼女は、そのまま駆け上った! ピンと張った燃える縄の上を、這い登る蛇めいて、螺旋状に走り始めたのだ!

「……!」ニンジャスレイヤーは燃える目を見開いた。メイヘムはフックロープを軸に、一直線に迫ってきた。踊り場に復帰するための一手を、逆に利用された形だ。ニンジャスレイヤーの心臓が強く打ち、さらなる打撃を受けてジグラットから転落するヴィジョンが迫った。

 否! ニンジャスレイヤーは否定した。転落のヴィジョンは背中から虚空へ吹き飛ばされ、ジグラットを落ちていった。彼の身体から吹き出す炎はロープを走り、ジグラットを噛む鈎を強く脈打たせた。メイヘムがロープ上、空中を駆け迫る。

 ニンジャスレイヤーはロープを切断した。燃える縄は跳ね戻る! ニンジャスレイヤー側ではない。先端の鉤爪側にだ! 手首で切り離された燃える縄はガラガラ蛇めいて暴れながら、踊り場に噛んだ鉤爪に巻き取られた。メイヘムはバランスを崩したが、一瞬早く跳んでいた。そしてダメ押しじみて空中回し蹴りをニンジャスレイヤーに繰り出した!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは殴り返す! 空中!「イヤーッ!」

 KA-DOOOOM! 黒い稲妻が閃き、天と黃金の雲海を繋いだ。ニンジャスレイヤーは爆発的な全身のカラテを拳に注ぎ込み、メイヘムの蹴りに応じた。しなる鞭めいたメイヘムの容赦なき蹴り。圧力で負ければニンジャスレイヤーはもはや転落免れぬ。だが、ゆえにこそ、圧し勝つ! 肘先がカラテ内圧に裂ける! 拳の速度が限界を超える!

 時間が泥めいて鈍化し、ニンジャスレイヤーの拳がメイヘムの脚を押し返し始めた。「……!」メイヘムが瞬きした。凝縮された時間が解放される!「イイイヤアーッ!」「グワーッ!」流星じみて斜めに射出されたのは、今度はメイヘムだった! KRAACK! 踊り場が砕ける! そして空中のニンジャスレイヤー!

「……!」マフラーめいた布を燃やし、肘から血を噴きながら、ニンジャスレイヤーは強引に空中で回転した。追撃は不可能だ。まずは踊り場に戻らねばならぬ。彼は回転と共に今度は左腕を突き出し、もう一方のフックロープを射出した。鈎が踊り場の端を噛み、ニンジャスレイヤーを地上に引き戻す!

 ニンジャスレイヤーが着地と前転を一体化させた動きからメイヘムのもとへ再突入するのと、背中から地面に叩きつけられたメイヘムが全身のカラテの躍動によって逆回しめいて起き上がるのは同時だった。猛り狂った二人のニンジャ戦士は、休むまもなく、全力のカラテを衝突させた!「「イヤーッ!」」

 短打! 短打! 短打! カラテ応酬は黒い稲妻と黃金の雲海に彩られる。ホロ・ノボリ旗に表示された「メイヘム」の文字がザラつき、01ノイズに汚れ、「ニンジャスレイヤー」の名を表示させた。抗うように、再び文字は「メイヘム」に戻った。狩人と獣の預かり知らぬ、超自然的・電子的なイクサの片鱗であろうか!? そして空には厳しく腕組みし見守る、コブラめいた邪悪な影!

(((マスラダ!))) ナラク・ニンジャが吠える!(((ニンジャ、殺すべし!)))


2

 マルノウチ・スゴイタカイビル屋上。正体不明の植物によって天蓋めいて頭上を覆われた空間の中央、緑の玉座に尊大に座るアヴァリスは、闇色の目に興味深げな色彩を漂わせた。なぜなら、何人たりとも入りえぬ筈のこの場所に今、妖しくも美しく、そして邪悪な来訪者が現れたからだ。

 ぬばたまの黒髪の女は、壁めいて密集する蔦を萎縮させながら、無雑作に歩み寄った。そしてオジギした。「ドーモ。アヴァリス=サン。ティアマトです」「ティアマト?」アヴァリスは首を傾げ、目を細めた。そして鼻を鳴らした。「クルシュナイ。俺はアヴァリス。始祖カツ・ワンソーそのものだ」

「くすくすくす」ティアマトは口元を手で隠し、たおやかに笑った。「無知はときとして爽快なものじゃ、アヴァリス=サン。さような物言いはサツガイとて、せなんだぞ」「ならば俺のほうがサツガイよりも次元が高いのだろう。ぬかづけ、ティアマトよ。ヴァインが俺にしたように」

 アヴァリスからは凄まじいアトモスフィアが放たれた。非ニンジャであれば狂死し、なまなかなニンジャは本能的にドゲザするほどの圧力だ。しかしティアマトは笑みを深めただけだ。「そなたはいまだ不完全なもの」ティアマトは言った。「我を自由にしたいのならば、ハゲミナサイヨ……」

「セトの使い走りの分際で、大きく出たな。面白い女だ。くだらぬ企みを口にしてみろ。取り繕う時間をくれてやる」「企みなど。いかにそなたが未熟であろうとも、偉大なる父祖の破片を欺くことなど、どうして出来ようか。我はそなたをあるべき姿にするべく、ここに参ったのじゃ」「ほう」

「そなたの乾き。感じるぞ……乾き、苦しんでおろう。生まれ出でたその時から……」ティアマトは玉座の肘置きに腰掛け、アヴァリスを試すようにしなだれかかった。そして胸板に指を這わせた。アヴァリスはただ笑い、されるがままにした。「俺は成すべき事を全て理解したぞ。マガタマを取り込んで、己の何たるかを知った」

 ティアマトのけぶるような眼差しは、はだけてあらわになったアヴァリスの胸板を透かし、脈打つ力を見る。「俺の乾きを癒すのはカリュドーンの儀式の力だ。感じるだろう。今も狩人メイヘムがニンジャスレイヤーと死力を尽くして戦っている。膨大なカラテ。奴らが俺のための果実を実らせるだろう」

 アヴァリスはティアマトの頭を掴んだ。「メイヘムがこのまま獣を狩り、盃を満たすならば、それでよし。奴のカラテは好ましい。果たせぬならば、どのみち俺がやるまでだ。俺は儀式の力全てを飲み干す。貴様のセトがコソコソと間引いている力も、根こそぎにいただいてやろう」

 セトの行いへの言及に、ティアマトは動じない。「ふふふ、察しておったか。流石は父祖の影。……だが、所詮は影じゃ。まだ足りぬ」「またそれか。知恵を授けに来たならば、さっさと話せ。前置きは面倒だ」「そなたの乾きは、そなたが完全でないゆえにじゃ。カリュドーンの力を啜ろうとも、器にヒビが入っておれば溢れるばかり。完全性にそなたを導き、乾きを満たしてやれるのは、我ただ一人。マスターチャドー也」

「ならば、今やってみせろ」彼は欠伸して見せた。ティアマトはアヴァリスの瞳を凝視した。「覚悟はあるか? 無限のカラテを受け容れる準備は?」「わかっていないようだな。覚悟を決めるのはお前のほうだ」アヴァリスは瞳の闇色を深めた。「今すぐにやれと言っている」

「アナヤ、アナヤ……」ティアマトは笑い、アヴァリスの胸に掌を埋め込んだ。アヴァリスは己の胸を見下ろした。ティアマトの手首までが沈んだ。彼女は深く、深く呼吸していた。「スウー……ハアーッ」全身の躍動がアヴァリスに伝わり、玉座を伝わり、スゴイタカイビル屋上に波紋として伝わった。「はははは」アヴァリスはティアマトを掴む手の力を強め、乾いた笑いを笑った。


◆◆◆


 コトダマの荒野。セトの眼前に投写されたスゴイタカイビル屋上の図像は、やがて01ノイズの連なりとなり、アヴァリスのなかで蠢くマガタマの力を可視化させた。セトは顎に手を当て、そのさまを見守る。アヴァリスが、そしてティアマトが、己の目論見に叶うか、見定めようとしているのだ。

 その一方で、リモート石碑に現れたリアルニンジャ達は、カスミガセキ・ジグラットで今まさに展開する凄まじいカラテ応酬に興じていた。特に、狩人メイヘムを代理戦士とするアイアンコブラのアトモスフィアは、石碑を割ってしまわんばかりである。『刮目せよ。これが我がメイヘムの最強のカラテ也』

『クキキキ……実際、よくぞ仕上げてこられた!』ギャラルホルンの不明瞭な影が応じた。『このままニンジャスレイヤーを仕留めれば、貴殿が摂政という事になる。となれば、貴殿に献上する黃金の品を今から定めておかねばならぬかな?』『その通りだ。余の者も準備せよ。我がメイヘムは十割勝つ』

『しかし僭越ながら、ここでこのまま押しきれぬのが、あのニンジャスレイヤーの厄介なところよ。あの者に関しては、私は多少、貴公らに一日の長あり。応援の手は緩めぬがよかろう、アイアンコブラ=サン』『当然だ。我がキアイはメイヘムを勝たせる。お前達は休まず震撼し続けるべし』『クキキ……』

 邪悪なるリアルニンジャ達のやり取りに、セトはかすかに注意を向ける。そして当然、カリュドーン儀式の行く末にも。彼の狩人たるブラックティアーズは不測の事態で爆発四散し、新たな狩人の準備は整っていない。セトの並列処理力は神話的なタイピング速度に裏打ちされている。そして、その後方。

 オモイ・ニンジャの漠然とした影から垂れた一筋の糸が、荒野に徐々に形を成していった。それは小さな、ごく小さな写身の姿である。不可視化のコードを身に纏った小さなナンシー・リンは、セトの後ろ姿を警戒とともに見上げながら、そろそろと動き、大地に楔を打った。研ぎ澄まされたPING行為が、そよ風めいて荒野を揺らした。

 ソナーじみた彼女のPINGが、セトのすぐ横に「隠されていた」姿の輪郭を、その息遣いを返したとき、彼女は驚愕に思わずうめき声をあげかけた。ここはセトのコトダマ空間だ。だから、いかなる奇怪な存在があったとしても不思議ではない。だが……。「ミイイ」それは……その呪物は、生きていた。

 それは緑青がびっしりと生えた、青銅の獣の茶器だった。茶釜じみた物体からは象じみた太い脚が四本生え、荒野を踏みしめている。そして……おお……歪んだ目が始終動き続け、いびつな牙がこすれるたび、電子涎が滴り落ちるのだ。ナンシーは目を見張った。

「ミーイイー」さながら茶器のデーモンである。セトの足元でそれが足踏みするたび、蓋部分が跳ね、しばしば内部の眩しい光が漏れ出た。ナンシーは驚愕とともにデーモンコアの逸話を想起した。最強のハッカーと言うべきセトの手で、用心深く隠されてきた存在! 内部に何らかの力が満たされつつある?

『……』その時、セトは腕組みしたまま、突如その首を180度回転させ、背後に注意を向けた! ナンシーは咄嗟にうつ伏せに身を縮め、息を殺す!(見えていない。見えていない。私は見えていない)ナンシーは偽装をリアルタイムで上塗りし続けた。祈るように。セトは片手をかざす。そして……!

『ところでセト=サン! つかぬことだが!』

 ギャラルホルンがセトを呼んだ。セトは首を戻し、ギャラルホルンの石碑を見た。「何だ?」『いや、仮にメイヘム=サンが敗れれば、次はアヴァリス=サンという事になるだろう?』「然り」『彼は果たして参戦可能なのかね? 重要な問題だ。ヴァイン=サンも今、不明瞭である事だし』

『我がメイヘムは必ず勝つ。そのような想定自体がシツレイであるぞ』『それはあんまりだ! 儀式が続く限り、我らは第二第三と狩人をエントリーさせる事ができるのが決まりの筈。勝てる絶対の保証は等しく無く、つまり、敗退済の我らにもチャンスが……』『保証は我だ。我がメイヘムゆえに絶対勝つ』

『それはどうか? なにしろ……』『それ以上アイアンコブラ=サンを挑発するな。面倒を増やすばかりだ』ケイムショが指摘した。『貴様のその落ち着かぬ軽口は不愉快だぞ』『それは心外だ。貴公と私、同じ敗者のよしみではないかケイムショ=サン!』

 ギャラルホルンは食い下がった。『そうだ、シャン・ロア=サン。貴公はどうかね。貴公、実際ウーガダル=サンに期するところは大きかろう? あれがサツバツナイトであると知った時の私の驚きは大変なものだった!』

『奴には迷惑を被った。発端は貴様だ。貴様が私とレッドドラゴン=サンを担ぎ上げた事にある』『クキキ、これは藪蛇であったか』『うやむやにしてはおらんぞ』シャン・ロアはにべもなかった。そして主催者に敵意を向けた。『だが、現在の懸念はセト=サン。お前だ。我が狩人を用いて私的な問題に対処した疑い、いずれ晴らしてもらう』

「このイクサが終われば、いくらでも応じよう。そなたが満足のいくまで、存分にな」セトはアルカイックに答えた。そして議論は打ち切りとばかり、やや胸をそらしてリモート石碑群を見渡し、無言のうちに、他の者達に沈黙を促した。

 リアルニンジャ達の喧々諤々のやり取りをすぐ傍に、ナンシーは偽装の上書きを繰り返し、その身の震えを必死で抑えた。そうする間も、セトの足元では、茶器のデーモンが足踏みし、眼球をギョロギョロと動かしている。この茶器自体が侵入者知覚機能を備えている事は間違いなかった。幸運は二度つづくまい。彼女は脳ニューロンを発火させた。

 茶器のデーモンの中身は、オヒガンを通して集められた何らかの力だ。それを溜め込んでいる。恐らくはカリュドーンの進行に伴って、その中身が蓄積されてきた筈。他のリアルニンジャにも秘した目論見。その力の流れ……。(丸裸にしてやるわ)慎重に行く。同時に、大胆に!

 そしてカスミガセキ・ジグラットを映すヴィジョン!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーとメイヘムが再びぶつかり合い、ワン・インチ距離で極速のカラテ応酬を開始すると、アイアンコブラの石碑に電子的な亀裂が生じた。アイアンコブラの実体は、実際、地底深くでカラテを漲らせていた!


◆◆◆


「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」(よいぞ)「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」(よいぞ我がメイヘム!)目的は明白。獣を狩り、イクサに勝利する! ダークカラテエンパイアの頂点に立ち、ネオサイタマを贄にする! 主と狩人の意志は今、強くシンクロしている!

 アイアンコブラが儀式に直接干渉する事は決してない。愚直。愚直に勝つ。ゆえに勝利すればその結果に異論を挟む余地なく、儀式の契約は強固となり、勝者のダークカラテエンパイア支配は盤石となる。搦手を差し挟む他のリアルニンジャどもは、近道のようでその実、遠回りをしている。儀式を所詮は余興と侮り、あるいは別の陰謀の布石としている。愚かだ。儀式は神聖。建前としてしばしば用いられる言葉であるが、実際、その縛りは重い。

 アイアンコブラは今回の「余興」の結果を盾に、実際、帝国を手中に収める腹積もりである。その為の我慢は安上がりである。他の者による横紙破りじみた行いも、疑念の残る参加順オミクジの巡り合わせも、敢えて甘受してきた。負ければ単に残念。いっぽう、完全勝利は絶対の栄光をもたらす。

(この労力、安いものだ)地底深くの闇の中、アイアンコブラは重々しく身じろぎし、大地を鳴動させ、その巨体に接続された幾筋ものレリックLANケーブルを光に脈打たせた。(だが、やるからには必勝せよ、我がメイヘムよ。貴様には我がコブラ・カラテの真髄を伝授した。貴様は我だ。貴様は勝つのだ)

 イクサの中、神話的に高まったアイアンコブラ総帥と戦士メイヘムのニューロンは、ほとんど停止に等しい圧縮主観時間のなか、二者を同じ地平に至らしめた。それはカラテ衝突の瞬間にフラッシュバックする、過去の一時点の記憶である。退廃都市ネオサイタマ、ビジネスビルの地下、コブラ教団!


◆◆◆


 偽装された教団秘密砦の四方の壁にはくまなく宗教的コブラ彫刻が施され、恐るべきコブラの頭部を象った何百もの穴が開いていた。果たしていかなる機構か、それら壁穴からは甘いアシッド臭を孕んだ黄色の煙が溢れ、黄色の帳が教団ドージョーを包み込んでゆく。

 煙! 松明!「「「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」」」黒いタタミが敷き詰められ、数十人のモータルが太鼓の音に合わせてカラテトレーニングやザゼンを行っている!「アアー、イイ……」「コブラ……」見よ! 石畳の床に正座する総勢100名の門下生は、既に宗教的興奮によって恍惚状態にある!

 祈りの集まる場所に、高さ4メートル、石段状に積まれたザゼン台座があった。そこに今、一人のコブラニンジャの勇士が座していた。彼女が向かう壁には鋼鉄コブラのレリーフが埋め込まれ、柱とシメナワで三方が囲まれて、下賤なモータルが近づけぬよう封印されている。それがアイアンコブラの祭壇だ。

 彼女、メイヘムは、毒液満たされし聖水盆で口を濯ぐと、ザゼンを解いてまっすぐに立ち、アイアンコブラのレリーフに深くオジギした。「総帥。狩りの儀式。待ったなしにございます」コブラの目が超自然UNIX明滅し、声が発せられた。『その通りだ。メイヘムよ。即ち、お前が勝利を収める時が来た』

「アアア……」「ヤーアアー……」恍惚状態の門下生たちは超自然UNIX音声を耳にすると獣じみた呻き声をあげて痙攣した。彼らは皆、ゼゲンの手練手管によって当初わけも分からず集められた者達であり、過酷な責め苦を生き延びた上澄みの者達である。その呻きは邪悪なパイプオルガンの響きめいていた。

「ネオサイタマは一夜にて変わり果てました、総帥。ブラックティアーズ=サンが斃れ、様々なものが乱れました。……この期に及んでも、儀式は有効なのですね?」『神を疑うべからず、娘よ。無論有効だ。セトやヴァインの姑息が実を結ぶ事などなし。混ざり物なきカラテこそが、イクサにおいては唯一の真実である』

「イヤーッ!」メイヘムは両手首を自身のチョップでかき切り、流れ落ちる血を聖水盆に落とした。毒紫色の水面が血のマーブルを描き、沸騰した。『お前が勝者となる。それが父祖の喜びである! コブラ教団が世界を征服する日は近い!』「ハーッ!」両手を横に突き出しキアイすると、血は止まった!

 メイヘムは目を閉じ、溢れんばかりの内なる力に歯を食い縛った。そして力強く目を開くと、世界にはメイヘムとアイアンコブラだけが在った。闇の中で彼女は、多頭の巨大な蛇と対峙した。レリックLANケーブルを体飾りめいて身に纏った途方もなき大蛇……アイアンコブラ総帥……ドクガ・ニンジャと!


3

「お前は、古き王家の血を引いているんだよ。お前は他の者達と違うンだ。お前のその輝くような相が、王家のものでなければ何なのだね!」神憑りの老婆は幼いメイヘムにいつも同じ言葉を繰り返した。その老婆だけが幼いメイヘムの唯一人の味方だった。濡れた土と、泥の川。トタンの家々。地平に高層ビル群。

 物狂いの老婆は、メイヘムが12歳の時に死んだ。メイヘムも死ぬ筈だった。老婆を殺したのは、彼女よりも若い子供だった。子供がいきなりリボルバー銃をぶっ放し、標的を逸れて、その老婆の脳天を吹き飛ばしたのだ。その銃声が抗争の引き金となった。怒号、悲鳴、死や殺しを恐れぬ者達。メイヘムは血みどろで倒れていた。

「やったァ!」「ずるいぞ!」「俺もそういう銃ほしい!」「やるかよ!」「くれよ! 殺すぞ!」「やめろよ!」「クソガキども!」BLAM! BLAM!「アイエエエエ!」「テメェらナメやがって!」「助けて!」BLAM! BLAM! BLAM!「アイエエエエエ!」「お前はこっちに来い!」「助けて!」BRATATATATA! BRATATATATA!

 襲われた少年たちが子供たちに反撃した。うつろに目を開いたメイヘムの隣に、同じぐらいの歳の死体が倒れた。そこへ更に鎮圧部隊が到着し、アサルトライフル掃射を行い、鎮圧盾で制圧を始めた。BRATATATA。BRATATATATA。断続的な、散発的な銃声。

 やがて音は遠くなった。メイヘムは目の前の死体の顔をじっと見つめていた。そして自分が生きている事に気づいた。

 濡れた地面に手をつき、身を起こした彼女を、去ろうとしていた鎮圧部隊の一人が見咎めた。「何? こいつまだ生きて?」「どうした?」「いや……アイエッ!?」鎮圧部隊の人間は、メイヘムの目を見て震え上がった。「アイエエエエ!」そしていきなり恐怖の叫びとともに引き金を引いた。BRATATATATATA!

 メイヘムの心臓が強く打った。自分をめがけて跳んでくる銃弾が止まって見えた。弾の奥の鎮圧部隊の男は怖くなかった。メイヘムを恐怖していたからだ。老婆の言った通りだ。輝くような相が、恐れさせたのだ。メイヘムは笑い、止まった弾丸を避けて近づいた。身体のバネを使って、飛びかかった。

「イヤーッ!」「アバーッ!」滑らせるように繰り出した両手は、そう定められたように鎮圧兵の首筋を捉えた。そこを支点に身体をスイングさせると、鎮圧兵の首はへし折れた。へし折りながら、メイヘムは縮めた身体を空中でクルクルと回転させて、次の鎮圧兵を襲った。「イヤーッ!」「アバーッ!」

「ガキ……ガキが!」「アアアア!」「来るな! やめろ!」「目が……!」他の者らが異常に気づいた。そして叫びとともに銃撃した。BRATATATATATA!「イヤーッ!」「アバーッ!」さらに一人。「イヤーッ!」「アバーッ!」さらに一人! BRATATATATATA! 銃弾の嵐がメイヘムの身体を削り取る!

 血しぶきを、肉片を、後ろに飛ばしながら、メイヘムはなお笑い、撃ち続ける鎮圧兵に向かった。牙が届いた。首筋に。「アバーッ!」殺した時には、別の鎮圧兵たちが騒ぎを聞きつけ、路地から次々に現れた。メイヘムは奥歯をむしり取り、捨てた。次の歯が生えてきていた。

 BRATATATA! 鎮圧兵は銃を撃ちながら悲鳴を上げている。彼らの滑稽さをメイヘムは笑った。撃たれながら前進し、死ぬたびに、新しい自分が生まれ、死体を過去に剥ぎ捨てる。「なんだ!?」「これは……なんだ!」「悪魔! 悪魔だ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」メイヘムは鎮圧兵の首を掴み、捻り殺した。残りの者達は一斉に失禁した。その恐怖が伝わった。

「違うぞ。悪魔ではない」メイヘムは言った。「私は、尊いものだ」自分の声が少し低くなっている事に気づき、それを好ましい事だと思った。そうだ。恐怖しているこいつらの背が縮んだのではない。自分が大きくなった。両手をひろげ、ゆっくり近づいた。残る二人がホールドアップし、泣き叫んだ。

「イヤーッ!」メイヘムは二人の顔面を両手で掴んだ。力が漲る。容易く、高く吊り上げる事ができた。もがく二人の頭蓋骨を己の握力で砕いて殺した時、メイヘムは今とほとんど変わらぬ姿にまで成長していた。痛めつけられる事も、搾取される事も、騙される事もない、力ある大人になっていた。

 鎮圧部隊が倒されると、今度現れたのは暗黒メガコーポの正規軍だった。市民ではなく、他企業と戦争する為の兵力だ。彼らによって包囲されたメイヘムは、突如出現した邪悪な存在として、総攻撃を受けたか。……否。迎え入れられた。その時の彼女よりも強いと、ひと目でわかる者が何人もいた。ニンジャだった。

 メイヘムは暗黒メガコーポの部隊の一員となり、彼らニンジャの手で、ニンジャとしての戦闘訓練を受けた。温かい寝床を得、リスペクトを得た。だが、今となっては、その者達の貌も、会話の記憶も朧だ。意味のないものだ。誰とも心を通わせない彼女は殺戮マシーンにも等しい。

 数年が経ち、メイヘムのカラテは油断ならぬものとして磨かれていた。彼女は古代ニンジャ文明の遺跡を探索する特務チームに組み入れられた。ニンジャ遺跡はエメツ資源の宝庫であり、レリックUNIXや神秘のマキモノが出土する事もままある。暗黒メガコーポにとって、遺跡発掘は重要なマターなのだ。

 アユタヤ大密林の深奥に、その古代遺跡は眠っていた。古文書は正しくその実在を語っていた。かつての壮麗をなお留める苔むした石塊の数々が行く手に現れると、メイヘムですらも高揚をおぼえた。あるいはその感情は啓示に近かったのか。部隊は注意深く前進し……導かれ……地面の陥没に呑まれた。

 無限に等しい竪穴を、特務チームは落下していった。視界を下から上へ流れる壁面には、名状しがたい冒涜的なニンジャ神話らしきものが隙間なく彫られていた。落ちながら何人かは狂死した。生き残った者達は竪穴の底に着地した。死ななかったのは、クッションめいて、底を満たした無数の蛇ゆえにだ。

 もはや人ですら居られぬ無惨な悲鳴をあげ、蠢く蛇のプールのなかで、一人、また一人とむごたらしく死んでいった。無論、最初に耐えられなくなったのはモータルの兵たちだ。次に、ニンジャが爆発四散を始めた。穴の底を満たす超自然の毒は、ニンジャを毒し害するに充分に致命的であった。

 だがメイヘムはそうならなかった。彼女は両手を掲げ、己の掌を見つめた。名誉のかけらもない不条理な死を迎えた仲間を悼む気持ちより、己が生き残った理由のほうが大事だった。「やはり私は、尊いものだ」温かく湿った闇の中、彼女は呟いた。内なるコブラニンジャ・クランのソウルがそれを肯定した。

 メイヘムは足元の硬さを感じ取った。蛇どもはメイヘムを尊重するように退き、空間を作り出したのだ。うねる無数の蛇の壁めいたこごりの狭間を進んだメイヘムは、やがて、神秘的なダイヤル型分割石版の備わった壁を前にしていた。呼び声の主はその奥にあると、すぐにわかった。

 己のソウルが導くままに、石版ダイヤルを回し、コブラ図を完成させたメイヘムの前で、壁は左右に開き、さらなる深淵に彼女を導いた。無数の蛇すらも近づくことを許されぬ石の庭の中央に、神秘的な鉄の彫像があった。コブラを象った冠を被り、カラテを構えた彫像の目が動き、メイヘムを見つめた。

『パズルの音を聞いたぞ』ギョロリと動いた目がメイヘムを射すくめた。『それが我が眠りを妨げ、我を目覚めさせた。コブラニンジャ・クランの者でなくば決して解けぬパズル。という事は即ち、紛れもなく、同胞たる者が我を求めたという事実を示す。……貴様か』「ハーッ!」メイヘムはドゲザした。

『クルシュナイ! 頭を上げよ!』錆びひとつない鉄の彫像がサイコキネシスじみたパワーでメイヘムを強制的に立ち上がらせた。震えるメイヘムの前で、鉄の彫像はアイサツした。『ドーモ。コブラニンジャ・クランの戦士よ。我が名はドクガ・ニンジャと申す』「アアアアア!」メイヘムは両目から激しく出血した。

「アアアアア! アアアアア!」脳の苦痛に悶絶するメイヘムを、ドクガ・ニンジャは情けなく見据えた。ニンジャの名のパワーが強すぎるのだ。『ならば貴様は、これより我をアイアンコブラと呼ぶ事を許す。ハゲミナサイヨ』「ア、ア……アイアンコブラ……サン」メイヘムは掠れ声を出した。「……メイヘム……です」

 アイサツ成立の瞬間、世界にはメイヘムとアイアンコブラだけがあった。鉄のニンジャ像の向こう側に、多頭蛇のシルエットが揺らめいた。コトダマの奥、その真の姿をメイヘムが正気のまま認識できるまで、このあと何年もの修行を要した。かくして、メイヘムはアイアンコブラの一番弟子となったのだ。

 オジギを終えると、アイアンコブラとメイヘムそれぞれの横、ゴリゴリと音を立て、鉄の木人が地面から迫り上がってきた。「イチの型! コブラ! シューッ!」アイアンコブラは鎌首めいた構えを取り、鉄の木人を殴りつけた。クオオーン! 湿った金属音が響いた。無言の指示を受け、メイヘムは動きをなぞった。「シューッ!」

「ニの型! アナコンダ! シィーッ!」クオオーン!「シィーッ!」クオオーン!「サンの型! タイパン! イヤーッ!」クオオーン!「イヤーッ!」クオオーン!

 ……闇の中でメイヘムはカラテし続けた。アイアンコブラはメイヘムを鍛える一方、地上へ無数の夢を飛ばし、感受性の強い者を虜にしていった。

 アユタヤの深淵の更に地下深く、アイアンコブラの本体はある。傷ついた肉体が癒されるには、未だ永き時を要する。ゆえに彼は自身の精神をIRCやコブラ石板、アイアンコブラ擬人像へ飛ばし、啓示を与え、神秘の教団を形成してゆくのだった。過酷な修行が終わる頃、メイヘムの年齢は外見に追いついた。

 カラテ、教団、カラテ。コブラニンジャ・クランに、ドクノキバに繁栄あれ! 繁栄の極み、即ちそれは世界征服也!

 ……だが、アイアンコブラの計画は実際、難航していた。しかも、堕落した現代社会に目覚めたカツ・ワンソーの眷属は彼一人ではなかったのだ。彼は他の眷属達の上に立たねばならないのである。


◆◆◆


『ゆえに、このカリュドーン儀式こそ僥倖である』ニンジャスレイヤーのワン・インチ距離で執拗な打撃を繰り出すメイヘムの肩の後ろで、アイアンコブラ総帥のコトダマ擬人像は顔の横に掲げた拳を力強く握った。『メイヘムよ。このつまらぬ獣を仕留めれば、即ちカリュドーンに参加した愚か者ども全てをイクサで下すに等しい結果となるのだ!』

「シューッ!」アイアンコブラ総帥のアトモスフィアに応え、メイヘムがニンジャスレイヤーに仕掛けた! 散弾銃じみたコブラ・ツキを隠れ蓑めいて、突如腰の高さまで身を屈めた彼女は、緩急ある奇襲飛び膝蹴りを繰り出したのだ!『コブラバイト・コンビネーション! まさにそのタイミングだ!』

 コブラバイト・コンビネーションは防御不可の四連撃だ。飛び膝蹴りの質量に押され、ニンジャスレイヤーのガードが上に開いた。空中のメイヘムは脳天に肘を振り下ろす!「イヤーッ!」脳天を割り、怯ませ、さらに上段回し蹴りを食らわせ、最後にしならせた腕で敵を掴み、投げ飛ばすのだ!

 メイヘムのニューロンに有人修行の光景がフラッシュバックし、その影はアイアンコブラにも伝わった。拷問し、家族を自ら手に掛けさせ、絶望させ、極限まで鍛え上げたうえで、覚醒効果のある致死毒を飲ませて最大強化したカラテ教団員との実戦スパーリングの記憶だ。四連撃を受け、ちぎれ飛ぶ肉体!

 だが実際ニンジャスレイヤーは有人修行の影絵写しとはならなかった。コンビネーションの二撃目、空中肘打ちが頭蓋を割ることはなかった。ニンジャスレイヤーは飛び膝蹴りの圧力を利用し、自ら後ろにのけぞっていた。そして風車めいて下から上へ蹴り上げたのである!「グワーッ!?」

『何ッ!?』アイアンコブラは呻いた。『あれは暗黒カラテ技、サマーソルトキックだとでも言うのか……!』ゆっくりと流れる時間下、ニンジャスレイヤーは上り蹴りから、燃える車輪めいて宙返りした。メイヘムは顎を蹴られ、上へ跳ね上げられていた。瞬間的な気絶。ごく僅かに同期が途絶え、復帰。

 ニンジャスレイヤーは着地し、豆粒のように身を縮めている。爆発的なカラテ解放の前兆だ。だがメイヘムは既に意識を取り戻している。『相手はくだらぬ、卑しい獣だ。高貴なるコブラの戦士よ、遊ぶでない。殺すのだ……!』(((卑しい獣と言うたか、下郎))) アイアンコブラに、超自然の声が応えた。

 それは瞬間的にカラテを溜めるニンジャスレイヤーの内より響く、だがニンジャスレイヤーそのものではない、秘められし存在の片鱗であった。アイアンコブラは訝しんだ。神話時代に眠りにつき、平安時代の禍を経験していない彼にとっては、それは感じた事のない不可思議であった。

(((感じるぞ。ドクガ・ニンジャよ。コブラ・ニンジャの後塵を拝し、ニンジャ大戦においては下手打ち、惰眠貪り、ただ漫然と年を重ねたところで、それは老獪とは呼べぬ。弛緩の極み。そのうえ今更に人恋しく這い出てきおったか。片腹痛し!)))『此は何奴!?』

 それは上空のキンカク・テンプルの輝きと、アイアンコブラの極めて強いコトダマ適性が果たした束の間のヴィジョンであったろうか。赤黒の邪悪な影は愉快そうに目を細め嘲笑った。(((儂が見えるか下郎! 儂はナラク・ニンジャ! ニンジャを殺すもの也!)))「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが跳んだ!

 螺旋回転するニンジャスレイヤーは血濡れの矢めいて空中のメイヘムを貫きにかかる!『増上慢!』アイアンコブラは拳に力を込めた。『たかがサマーソルトキックひとつで我がメイヘムの完全なるカラテを崩せると思っておるのならば、所詮は胡乱なオバケよ。高貴なる我の記憶に刻む価値は一切無し!』

「イヤーッ!」空中のメイヘムはニンジャスレイヤーに向けて腕を突き出し、反撃した。突き出された長い腕は関節を外しながらしなり、伸び……ナムサン!? 螺旋回転するニンジャスレイヤーに自ら巻き取られるかのように絡みついたのである。否、腕ではない。既にメイヘムは人の姿をしていなかった。

「グワーッ!」吠えたのはニンジャスレイヤーだった。コブラ・ヘンゲによって蛇と化したメイヘムは、ニンジャスレイヤーの突進攻撃を無効化し、そのまま凄まじい力で締め上げたのである! コブラ・サブミッション! ウケミ取れぬ体勢で、ニンジャスレイヤーは垂直落下する! ナムサン!

「この程度で終わるならば、終われ、獣よ」メイヘムの蛇頭はニンジャスレイヤーの顔の横でエコーのかかった声を発した。「さにあらずば、あがくがいい!」「イイイイイ……!」ニンジャスレイヤーは燃える目を見開いた!「イヤーッ!」かろうじて右腕を突き出す! コンマ1秒後、ジグラットに衝突!

 KA-DOOOOM! 赤黒の爆炎が衝突地点で溢れ、二人のニンジャ戦士を呑み込んだ。すぐさま人の姿に戻り、クルクルと回転しながら腕組み姿勢で直立着地したメイヘムは、ジグラットの斜面に煮えたぎるマグマじみた黒炎を見据えた。そのなかで燃える背中が身をもたげ、向き直った。

「己自身もろともに焼き、爆炎で吹き飛ばすか。なんと苦し紛れな事だ」メイヘムは笑った。確かにコブラ・サブミッションの拘束を破ることには成功している。「だが私とのイクサの中で、そのカラテがいつまで続くのやら。所詮は獣、その無策をあげつらうのも酷なものか?」

「おれのカラテがいつまで続くか、だと? 貴様を終わらせるまでだ、メイヘム=サン」人型の炎じみて輪郭を燻ぶらせながら、ニンジャスレイヤーはヒビ割れたメンポを指先でなぞって溶接し、溶けた鉄の飛沫を足元に払い捨てた。まるで唾を吐くように。「せいぜい出してこい。自慢のコブラカラテを!」


4

 マルノウチ・スゴイタカイビル! 緑に覆われ、邪悪なる半神の玉座めいて聳え立つ禁断のランドマークは今、エネアド社の武装勢力によって実効支配状態にあった。セトの目を意匠したエンブレムを刻印したハイテック兵士たちは装甲車やタレットと共に陣を為し、金色の立方体の光の下で警戒を続けていた。

 平常時であれば到底、スゴイタカイビル周辺のような地価一等地を、単独企業の……それもエネアドのような新興企業の軍隊によって封鎖する事など不可能だ。だが今のネオサイタマにおいては、それがまかり通ってしまう。この異常な環境下で列強企業は安全の確保を優先し、じっと息をひそめ、状況を見定めようとしているのだ。

 空から降り注ぐ黃金の光は有害である。浴びれば正気を失い、セイケン・ツキしてしまうからだ。だがエネアドの戦士たちは……時折不安げに空を見上げつつも……無事であった。エネアド社をフロント企業とするリアルニンジャ、セトが一人一人に下げ渡した腕輪の加護が、彼らをカラテ発狂から遠ざけていた。

「まったくファッキング黃金太陽様だぜ」「それにファッキング緑だ。最悪だ」「このお守り、ほんとに意味あんのかよ?」「やめろ! 試した奴がどうなったか、俺は知ってる」「フーン……」「絶対に外すなよ。お前を殺す事になる」「クソ自然め。鹿に襲われた事あるか? キョートで」「あるさ」「マ?」

「じきにここもキョートみたいになる」「鹿がいっぱい沸くのか?」「知るか。自分で考えろ」「チェ」彼らはスゴイタカイビルを見やった。何者かが封印されしビルの入り口を開き、侵入したのだという。その詳細は彼らに知らされていないが、とにかくそれ以来、他の者が中に入らぬよう保全せよというのだ。

「中、どうなってる」「さあな」軽口を叩く彼らのもとに、ビルの影から染み出した顔なきニンジャが連続側転で襲いかかる!「イヤーッ!」「来たぞ! 対処せよ!」「ゴーゴーゴー!」BRATATATATATATA!「アバババーッ!」顔なきニンジャを爆発四散させると、彼らはハイタッチし、セトに祈りを捧げた。

「要は、今のが人間型のファッキング・シカだな」「だな。ネオサイタマは今後一生こうなのか?」「かもな。ハハハ! クソが」銃火器をリロードし、タバコをくゆらせる彼らの視線を避けながら、今、軍用ピザ配達員コス・プレイ姿の麗しいウキヨの娘が中腰姿勢で忍び進む。……コトブキだ!

 装甲車の陰から陰へ進む彼女を、隊を離れていたエネアド兵が誰何した。「オイ! そこのお前! お前だ! ピザ配達!」「ハイ!? 兵站ピザがご入用でしょうか?」コトブキは元気に振り返り、敬礼した。「司令部から、ここにピザを届けろと言われてきたのですが」「IDスキャンする。見せろ」「ID……」

 コトブキは詰まった。「そんなものが必要だとは司令部に聞かされていません。見逃してくれませんか? ピ、ピザをあげます」コトブキはリュックを下ろし、ピザ箱を取り出す。兵士は制止しようとする。「勝手な行動……」「ハイヤーッ!」「グワーッ!」渾身の力! 冷凍ピザで側頭部殴打!「ムン」気絶!

「危ないところでした。エネアドの練度は高いのかもしれません。気をつけなければ」コトブキは呟いた。01ノイズのパーティクルが霧めいて立ち込める中、彼女は時限式の花火をセットした。そして移動……SPLAAAASH!「何だ!」「ムーブ!」エネアド兵の警戒行動を後ろに、コトブキはビル正面に見事侵入した!

「モシモシ? タキ=サン、ビルの中に入り込みました。まあ!」『どうした』タキが通信に応じた。コトブキは門扉に一体化したかのような、苦悶するニンジャの姿のレリーフを見て一瞬あっけにとられ、首を振った。「なんでもありません。超自然的なものが」『超自然なんて慣れっ子だ。進め』「ハイ!」

『一応いっとくが、この作戦は、"だろう運転" だ。国際探偵とヤバイ級ハッカーの推測に基づいてる。ハッカーのナンシー=サンは確かな女だが、オレは国際探偵の事は実際よく知らねえ。奴らのアテが外れる可能性もあるんだ。ヤバければ帰……』『01001……その通りよ』タキの通信に、ナンシーが割り込んだ。

『ナンシー=サン!? アンタ今、セト野郎のほうにかかりきりじゃ……』『並列処理のリソースを確保していっているわ。貴方達の作戦も極めて重要。引き際も肝心よ。スゴイタカイビルはもはや尋常の場所ではない。動いてもらうのは本当に心苦しいけれど……』「平気ですよ! 任せてください!」

『よし。とにかく……いいか』タキは気を取り直してナビゲーションした。コトブキの網膜は進行ルートの床に蛍光色のARラインを表示させた。『お前が向かうのは封印エレベーターだ。そのエレベーターはスゴイタカイビルの地下に通じてるッて話だ。地下駐車場よりもさらに下。ずっと下の空洞にな』

 コトブキの視界の右上にワイヤーフレーム三面図が表示された。ぐるぐると動く大空洞ポリゴン立体地図。そこにはトリイがあり……奇妙なオベリスクが配置されている。『解析データによれば、セトの野郎はカリュドーンのクソ儀式を通して、膨大なエネルギーを搾取しようとしてる。そういう痕跡がある』

「その鍵がギンカク……」コトブキは解析データの事前情報を反芻し、言葉を継いだ。タキが電子的に頷いた。『これは国際探偵の推理だ。思い出したくもねえが、ネザーキョウで苦労させられた例のギンカクの件もあるし、奴の推理もあるていど頷く事はできるな。しかし……こんな都市のど真ん中によォ』

「灯台もと暗しというべきですかね! よい機会ですし、こちらのギンカクにもアイサツしにいきましょう」『何をだよ。お前はシリアスが足りねえ。命がけのミッションなんだぞ。オレの助けなしじゃ絶対に帰れねえくらいのな……』「はい!」コトブキはしめやかに移動する……!

 KRAAAASH! その時だ! 廊下の壁を突き破り、緑の蔦がコトブキに襲いかかった!「アブナイ!」コトブキは冷凍ピザで咄嗟に身を守った。盾めいて掲げられた冷凍ピザを一撃で粉々に砕き、返す触手が襲う!「ンアーッ!」コトブキは軍用ピザ制服を引き裂かれ、中に着ていたカンフーウェアで回避着地した!

 SMAASH! SMAASH! のたうつ触手!「大丈夫でした!」コトブキは後目に走り出した。『構うな! 先、急げ! 地下駐車場までまずは降りるんだ。いいな!?』「大丈夫です!」転がるように階段を駆け下りる! ナムサン! 地下駐車場の闇!「何です!?」コトブキは訝しんだ。赤外線視野に切り替えると……!

「……!?」『バッ、バカな! 嘘だ』コトブキの視界を共有するタキが慄いた。ナムサン! 然り! ザラついた赤外線視野、地下駐車場の柱の向こう側から、奇怪なアグラ浮遊姿勢を維持して近づいてくる存在あり! ピラミッド型の奇怪なフルメンポを装備した……『ニンジャナンデ!?』ニンジャである!

『そんな筈はねえ。こんな場所にニンジャが配備されているなんて話は……』「SHHHH……」アグラ浮遊状態のまま、ニンジャはアイサツした。「ドーモ。パイラミッダルです。力の接近を感じ取り、迎えでてみれば……ニンジャですらないだと?」「わたしはコトブキです。ニンジャではありません」

「何人たりとも、この先に近づくを許さず!」パイラミッダルは複雑に両手を動かした。すると肩の上に複数のセトの目のヒエログリフ刻印が生じ、赤外線視野にハレーションを起こした! 既にコトブキは逃走を始めている!「イヤーッ!」パイラミッダルは力ある刻印を飛び道具めいて射出した!

「ハイヤーッ!」コトブキは前転し、柱の陰に飛び込んだ。KRAASH! ヒエログリフ刻印が光の爆発を生じる。見事な回避だ。コトブキはウキヨであり、その機械の身体に秘められた力は生身の人間の比ではない。だが、相手がニンジャ、それもセトの配下として鍛えられているとなればどうか?『逃げろ!』

「逃さぬぞ。秘密に近づくものは死、あるのみ」パイラミッダルは空中アグラスライド移動でコトブキに回り込む。「秘密に近づいています。まだ、おめおめと逃げ帰るわけには……」『探偵野郎を呼び戻すなり、なんなり、多分やりようはある。一時退却だ』「逃さぬ! イヤーッ!」邪悪な刻印を再射出!

「ハイヤーッ!」コトブキは回転跳躍で刻印を回避し、開脚着地でさらなる刻印を頭上に回避した。そこへパイラミッダルはダメ押しの刻印を放つ!「チェックメイトだ! イヤーッ!」コトブキは奥歯を噛み締め、限界回避を試みる……「イヤーッ!」影が割って入り、ネオンの斬光が闇を裂いた!

「何です!?」「イヤーッ!」フード付きのマントを闇の中で翻し、乱入者は斜めに跳んだ。そして手近の駐車場柱をトライアングル・リープした。「イヤーッ!」「グワーッ!?」パイラミッダルの三角形の頭部を斜めに裂いて、その者は着地した。ネオン・カタナの光が、美しい薄水色の髪を垣間見せた。

「バカな!」斜めに裂けたピラミッドフルメンポの中から現れた呪術刺青スキンヘッドのニンジャの顔が驚愕に歪んだ。「侵入者……さらに一人だと?」「貴様が感じ取っていたのは畢竟、この僕の存在だったのだ。褒めてやる」美少年はフードを目深に被り直し、アイサツした。「ドーモ。リバティです」

「マークスリー=サン!?」コトブキは叫んだ。「リバティと名乗らせていただく」マークスリーは背後のコトブキを見やった。「どのみち僕はもはや、かつての僕ではない。捨てた名……忌まわしい名だ」「何故ここに!?」「そっくりそのまま、貴方に問いたい質問ではあるが……イヤーッ!」美少年は跳んだ!

 飛翔する美少年の一瞬後を殺人ヒエログリフが通過し、闇の中で爆発した。リバティは天井を蹴り、パイラミッダルの剥き出しの顔を突いた。垂直に落ちながら左目、そのあと右目を貫き、着地寸前に回転。頭頂部から股間まで一直線に裂いた。三度の致命的攻撃が……決まった!

「アバーッ! セト神よーッ!」サツバツ! 両目の穴からシャンパンめいて出血しながらパイラミッダルの身体は左右にわかれ、爆発四散した。「サヨナラ!」「……」ザンシンを終えたリバティはコトブキを振り返った。コトブキは呻いた。「生きていた……!」

「……コトブキ=サン。僕は……」「今、わたしの怒りは再び燃え上がります」コトブキは拳を固め、震わせた。美少年はぐっと奥歯を噛み締め、なにかを待った。だがコトブキは息を吐き、腕組みして言った。「パンチをくれてやりたいですが、貴方がワケがわからないと思うので、今はしません。今は取り込み中なのです……!」

「……」リバティはフードを引き下ろした。そして尋ねた。「……しかし……何故、あなたがここに」「秘密です」コトブキは首を振った。どちらがともなく歩き出すと、方向は同じだった。歩きながら、二人は互いを見た。どちらも、封印エレベーターの下……ギンカク地下空洞を目指しているのだ。


◆◆◆


「せいぜい出してこい。自慢のコブラカラテを!」「望むところ……!」睨み合うメイヘムとニンジャスレイヤーの視線が衝突し、爆ぜた。それは落雷ノイズめいて空をバチバチと明滅させ、睨み合うアイアンコブラ擬人像とナラク・ニンジャの人型の炎をも垣間見せた。

「シュウウウ!」鎌首をもたげたコブラめいて、メイヘムの揃えた指先にカラテが満ちた。彼女の動きは極めてしなやかで、なおかつ、筋肉の塊めいた、殺戮する有機的エネルギーの集合体であった。致命のカラテがあらゆる瞬間に繰り出される可能性があった。ニンジャスレイヤーは己の血流の音を聞いた。

 主観時間は泥めいて凍り、燃える血の音はニューロンを激しく光らせた。動く。メイヘムが。ニンジャスレイヤーはその動きを、筋肉の躍動を、燃えるようなニンジャ動体視力で捉えている。研ぎ澄まされた意識は視界に記憶を重ね合わせる。

(インストラクションです!)コトブキが眼前にビデオを積む。 

(ふざけるな。旧時代のムービーに何の意味がある)ザゼンするニンジャスレイヤーは片目を開いて積みビデオを睨み、すげなく言った。しかしコトブキは食い下がった。(時間は限られています。国際探偵サツバツナイト=サンが持ち来たったデータの解析結果が、狩人メイヘムのカラテを示しています)

 黒字に赤、おどろおどろしい書体のビデオタイトル群。「ナイルワニ拳VSコッポ・ドー」「蛇! 人間! 拳!」「必殺! アユタヤン・コブラ・カラテ!」「驚異の蛇人体」「潜入! リアルドージョー」(アクション俳優の動きがイクサの参考になるものか。どうでもいい)

 構わず、コトブキはビデオをデッキに入れた。(アクション映画の動きがフィクションだとすれば、超人的なニンジャのカラテを想像力で再現したもの。有効だと思います)(バカな)(ついに私のコレクションの役に立つ時が来てしまいましたね。ビデオテープは貴重で、再生するたび劣化します。おいそれと見せたくなかったですが……!)

 ニンジャスレイヤーはもはや答えず、唸り声をあげた。やがて砂嵐が映像を結んだ。コトブキはその前で誇張されたコブラ・カラテのポーズを真似た。ニンジャスレイヤーはザゼンを維持し、精神を研ぎ澄ませながら、しかめ面で、視界の端にカンフー映画とコトブキを見た。

(狩人メイヘムの流派はアユタヤン・コブラカラテ。わたしはピンと来ました。特にこの「必殺! アユタヤン・コブラ・カラテ!」が大きな学びになると考えます。その為にはこれらムービーを観察し、動きの機序を叩き込んでください。……ハイヤーッ! ……ハイヤーッ! ……ハイヤーッ!)

(ココマデ、ヤメテダゼ!)(ウケテミロヨロシク!)正方形モニタの中で、対峙するコブラマスターとコブラモンクが互いを挑発する。滲んだ図像。(ハイヤーッ!)(ハイヤーッ!)(ハイ、ハイ、ハイ、ハイ!)鎌首めいた、緩急溢れる動き。映像にはポスト処理が施され、実際の倍近い速度の動きだ。

(ハイ! ハイ! ハイ! ハイヤーッ!)コトブキがチョップ突きを繰り出す。ニンジャスレイヤーは突きを腕で横に払った。彼は既にコトブキの眼前に立っていた。コトブキはニヤリと笑い、連続コブラ・カラテ突きを継続した。(ハイ! ハイ! ハイ! ハイ! ……ハイヤーッ!)

 記憶が連れてくる! 現実を!

「シイイヤアーッ!」メイヘムの四連コブラチョップ突きをニンジャスレイヤーはいなしきった。だが終わりではない! ニンジャスレイヤーはメイヘムの動きの兆しを読んだ。突きコンボの勢いのままに前傾姿勢を取るメイヘム! 大きく鎌首をもたげるコブラめいて、高く掲げる右足!「シイヤアーッ!」

(((マスラダ! これはコブラ・カラテとサソリ・カラテを繋ぐ危険なるワザ! コブラ・スティングだ!))) ナラク・ニンジャが示唆した。然り。前傾して後ろ足をもたげ、踵を叩きつける蹴り。それはサソリ・ニンジャクランにおいては毒尾の一刺し。コブラ・ニンジャクランにおいては毒咬撃を模したもの!

『愚かな! サソリ・ニンジャクランが偉大なるコブラを剽窃したのだ。混同すべからず』アイアンコブラ擬人像が怒りとともに拳を振り上げた。ナラクは動じない。(((儂は幾千幾万のイクサを経ておる。小僧! 儂にカラテを説くなど、ブッダに説法するが如し!))) コブラ・スティングが迫る!

 ニンジャスレイヤーは当初これを横にスウェーして躱す事を考えた。だが迫りくる踵の速度がそれを許さなかった。咄嗟に彼は腕を額の前にかざして受けた。(((まだだ!))) 然り! ニンジャスレイヤーは瞬間的なカラテを腕に込め、踵を押し返した。そのコンマ一秒後、メイヘムの踵から毒牙が飛び出した!

 ガチン! メイヘムの爪先と踵が蛇の顎となり毒牙を噛み合わせた。人のワザではない。これがコブラニンジャクランの真髄伝授の恐ろしさだ。一瞬でもニンジャスレイヤーの反応が遅れていれば、彼の腕は毒牙の餌食となり、得体のしれぬ毒液注入、最悪の場合、内側から膨れ上がり爆発四散しただろう!

 旧時代ビデオテープによる断片的な動作機序の学習。ナラク・ニンジャが示唆する恐るべきコブラニンジャクランのワザ。マスラダはそれら不完全な情報を自身の状況判断で繋ぎ合わせ、瞬間瞬間の変化に対応せねばならない!「シイヤアアアアウ!」そしてメイヘムの連続攻撃はこれで終わりではなかった!

 再び襲い来るコブラ・スティング! ニンジャスレイヤーは防御姿勢、飛び下がって回避する。しかし次に襲い来たのは逆の足によるコブラ・スティングだ! ニンジャスレイヤーは横に体軸をずらし、躱す! いきおいメイヘムはヌメリと前転した格好となる。その勢いを乗せたダブルチョップが襲い来た!「シャアアアッ!」

 瞬間! ニンジャスレイヤーは後退ではなく前進を選んだ。ダブルチョップが両肩を同時に破壊する未来よりもなお早く、彼は踏み込んだ。そして腰に引いた右拳を、ねじりながら前に突き出した。ニンジャスレイヤーの踵が黒く爆ぜ、黒炎は足から胴、右腕、右拳に伝わり、肘先に跳ね返った。「イヤーッ!」

 DOOOM! ブースト音じみた爆音が、ニンジャスレイヤーの燃える背中から吐き出された。衝撃がメイヘムの胴体を打ち据え、くの字姿勢で弾き飛ばした! ナムサン! ワン・インチ・パンチにも似た炸薬拳だ!「グワーッ!」螺旋回転しながら飛ばされるメイヘム! 回転しながらジグラット地面に手を突き刺す!

 極めて強引な、だが、しなやかで無理のない、蛇めいたウケミは、攻防一体のものだった。メイヘムは逆の手を前に突き出した。到底ニンジャスレイヤーには届かない距離だ。苦し紛れ? 否!

「シイイヤアアウ!」メイヘムのチョップ突きは瞬時に加速し、限界を超えた! 肩、腕、手首の関節を外しながら! さながらそれは草原から飛び出し襲いかかる怒り狂ったガラガラヘビの如し!

 メイヘムの指先がニンジャスレイヤーの足首を捉え、切り裂く!「ヌウウッ!」ニンジャスレイヤーの傷口が黒炎を噴いた。血が燃え、蛇毒を焼き焦がす。メイヘムは引き戻した腕を鞭めいてしならせ、一気に距離を詰める!

 足首をやられたニンジャスレイヤーは咄嗟の側転を行う事ができない。彼は見開いた目に憤怒の炎を燃やし、右腕を振り上げてメイヘムを迎え撃つ!

 KA-DOOOOM! そのとき、空に黒い雷がひときわ強く閃いた。二人の戦士がぶつかりあうさなか……雲海の下ではネオサイタマの地面に衝撃が走り、幾つかの街区が、大地から剥がれた。

 黒い稲妻が空を走るたび、ジグザグに地を這う不穏な光の源は、マルノウチ・スゴイタカイビルだった。その光の筋に沿い、まるで茹でた卵の殻が剥がされるように、幾つかの街区が建造物ごと、緑ごと、浮かび上がった。いわんや、人をや。「……」届かぬ声を発し、手足をバタつかせながら、人々が飛ぶ。

「「イヤーッ!」」カラテシャウトが重なった。ニンジャスレイヤーは鉤手を振り下ろし、メイヘムは凄まじい急接近からの更なるコブラ・カラテを繰り出さんとする。彼らのカラテの後ろで、大地を奪われた人々が、ビルの破片やコンクリートの石塊とともに、異色の空に吸い込まれてゆく……!


5

 ニンジャスレイヤーとメイヘムの出会い頭のカラテは拮抗した。すぐさまメイヘムは第二撃に移る。しなやかな四肢は蛇めいてしなり、左手刀は意外な角度からニンジャスレイヤーの側頭部を襲った。ニンジャスレイヤーもまた休まず動いていた。彼はメイヘムの手首を掴み、強引に彼女を投げ飛ばした。

「イヤーッ!」メイヘムは柔軟な身体を生かして容易くウケミし、とぐろを巻いた蛇めいて、ブレイクダンスじみたウインドミル蹴りによってニンジャスレイヤーの足を払い、貫くような二段蹴りで襲いかかった。ニンジャスレイヤーは宙を跳んで足払いを躱し、飛び回し蹴りで応じた。 「イヤーッ!」

 BOOOM! KA-BOOOM! 連続のカラテ衝突の衝撃が空に響き渡った。黒い稲妻が閃き、黄金立方体の周囲を、不安定な色彩の雲が渦巻いた。瓦礫が細かく砕けながら、逆再生の雪めいて、黄金立方体に向かって吸い上げられてゆく。それは市街の地表……建物やコンクリートの破片だ。

 そして、人たち! 無重力めいて浮かび上がる人々の影は蟻めいている。彼らはたった今まで遥か眼下、緑に覆われたネオサイタマの地面で正気を失い、セイケン・ツキを繰り返していた人々だ。溺れるように手足を動かしながら、だが人々は恍惚とした表情をうかべ、自分を飲み込もうとする黄金立方体の輝きを見つめる。

 彼らの衣類や髪は、コンクリートや鉄の瓦礫とともに、黄金に近づくなかで燃えて溶け消える。そして輝く命そのものとなり、冷たい光に回収されてゆくのだ。剥がれた幾つかのネオサイタマ地表は、しだいに細かく砕け、舞い上がり……時間停止めいて、宙に留まる。渦巻く人の影。マッポーの光景。

「「イヤーッ!」」メイヘムとニンジャスレイヤーは当然、この突然の異変を知覚している。だがメイヘムはカラテを止める事がない。そしてニンジャスレイヤーも同様だ。拳を止めれば即ち、死。なによりニンジャスレイヤーは知っている。この異常を止める事ができるとすれば、オリガミ以外に無し。

「「イヤーッ!」」ニンジャスレイヤーとメイヘムは互いを弾き、タタミ数枚分をノック・バックして、カラテを構え直した。ニンジャスレイヤーは両目から血涙を流していた。赤黒く燃える血は、この異変に反応して内より溢れ出た反応だ。自身の鼓動と同期する力を彼は感じている。ネオサイタマ各地に残してきたオリガミだ。

 宙に留まるそれぞれのオリガミを中心とした俯瞰映像めいた光景が、彼のニューロンに去来した。感受性をえぐる、凄まじい痛みを伴う同期だった。これまでのカリュドーンのイクサを通じ、彼が生み出してきた赤黒のアブストラクト・オリガミは、どれも変わらず空中で静止している。それが地表の剥離を繋ぎ止めている。

 赤黒のオリガミの力は、周囲に巡らされたネオンのゲン・ジツ・アートを通して具体的なベクトルを付与され、影響を広範囲に及ぼしている。この力だ。この力を最大限に発揮すべく、彼は敢えて、このカスミガセキ・ジグラットをメイヘムとの決闘場に選んだのだ。力のフィードバックに慄けば敗れる!

 メイヘムを倒し、そのカラテの力によってオリガミを生ぜしめ、他のオリガミの影響力に結びつけるのだ……!「これが佳境のカリュドーンというわけか!」メイヘムはせせら笑った。「取るに足らないモータルの塵芥どもが、天の川めいて光っている。カスどもが、はじめて私の心を動かしているぞ!」

 ナムサン! 今や、眼下より天上へ、巨大な螺旋が生じている。それはセイケン・ツキ市民の渦だ。天高く、黄金立方体にまで昇りゆくなかで、だが彼らが辿り着くことはない。自我を失った彼らはキンカク・テンプルの質量に耐えきれず、発光を経て01ノイズに変わり、分解してしまうのだ。

「あいつらは、お前のために光らされているのではない」ニンジャスレイヤーは言った。「このクソッたれな騒ぎは、おれが止める。貴様を倒して」「フン……できもしない事を」メイヘムは目を細めた。「だが、その意気だニンジャスレイヤー=サン。もっと来い。カラテ一打一打で必死に証明しろ。私にふさわしい獲物である事を!」ネックカット仕草!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが仕掛けた! メイヘムは上体を震わせ、両腕をしならせ、放つ! 関節を外しながら伸びた二本の腕が、怒涛めいてニンジャスレイヤーに襲いかかった!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの足が地を離れ、横向き螺旋回転跳躍! コブラとアナコンダめいた両腕の狭間を潜り抜ける!

 伸び切ったメイヘムの両腕はニンジャスレイヤーを通り越し、のたうち、ジグラット表面を打ち砕いた。ニンジャスレイヤーは空中を横向き螺旋回転しながらメイヘムの懐に迫る。カラテの機だ。だがメイヘムは蛇眼を光らせ、ジツを繰り出す!「シイイヤアア!」メンポが裂け、致命の毒を散弾めいて射出!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは螺旋回転の中で両腕を打ち開いた。速度と回転が赤黒の炎を生じ、面展開した毒霧を焼き払った。小爆発じみた赤黒の炎を打ち割り、ニンジャスレイヤーは螺旋回転蹴りをメイヘムの肩に叩きつけた!「イヤーッ!」「グワーッ!」メイヘムの足が衝撃に地面を割る!

 怯んだメイヘムは瞬時に両腕を引き戻し、関節を嵌め直した。ニンジャスレイヤーは蹴りの反動で彼女の頭上に跳ね上がっていた。「イヤーッ!」燃える縄を振り下ろす! メイヘムは脳天から襲い来たフックロープを危うく躱す! ロープ鈎は彼女の足元のジグラットに喰らいつく! そして!「イヤーッ!」

 燃える縄は収縮し、持ち主であるニンジャスレイヤーを鈎の側へ引き寄せていた。速度を乗せたニンジャスレイヤーの踵落としがメイヘムを襲う!  メイヘムは身を翻す! カタナを打ち下ろしたがごとく、彼女の背中に刻まれる熱の裂傷!「グワーッ!」KRAAACK! 地面が破砕! 破片は全て、赤黒く発火!

「シイイイアアア!」メイヘムは苦悶の叫びをあげ、身を捩った。苦悶!? ……否! ニンジャスレイヤーは燃える目を見開いた。追撃を踏み留まり、咄嗟の防御姿勢をとった彼は、凄まじい威力の蹴りを受けて吹き飛ばされた!「グワーッ!」「SHHHH……!」ウケミを取る彼の視界、メイヘムの影が歪む!

 メイヘムは融解し、引き裂かれた。否! メイヘムは数秒前の自分を脱ぎ捨てたのである。裂けた背中の内側から四肢をひろげ、生まれ変わりながら、彼女はニンジャスレイヤーに凄まじいバックキックを命中させたのだ!「シイイヤアア」蛇眼を爛々と輝かすメイヘムの身体は、装束は、濡れて光っていた!

(((ダイジャ・リインカーネイション・ジツ! コシャクな!))) ナラク・ニンジャが唸った。(((だが、まずはよし。ウカツに攻め続ければ今頃オヌシはケリに五臓を砕かれておったが。所詮は苦し紛れのアンブッシュに過ぎぬ)))

『苦し紛れ? 節穴!』アイアンコブラが勝ち誇った。『見事だメイヘム!』擬人像は力の籠もった指で自身の狩人を指し示した。『我らコブラニンジャ・クランの神戦士は過去を脱ぎ捨て未来そのものとなる。今やメイヘムは最大に強くなった! そして最大、それすなわち限界にあらず。恐れよ。メイヘムは無限に強くなる。それがダイジャ・リインカーネイションの真髄也!』

(((悠長ここに極まれり! 呆れ果てたわ! やはり所詮は蛇! 長虫の卑屈!)))ナラク・ニンジャが燃え上がった。(((イクサとは一瞬の嵐也。もたもたと脱皮しておる間に百度はその首を刎ねてやるわ。マスラダ! この弱敵を完膚なきまでに叩き潰し、小骨一つ残すでないぞ!)))「黙れナラク!」

 ナラク・ニンジャの邪悪なる自我はマスラダの怒りと融けあい、黒炎と化して血中を駆け巡った。メイヘムの背後、アイアンコブラ擬人像は再び腕組みし、おのが狩人を裂帛れっぱくのキアイで見守った。殆ど静止していた時間が解き放たれ、流れ出す。狩人と獣は再び間合いを詰め、衝突した!「「イヤーッ!」」

 マスラダのニューロンには言語化すら経ぬナラクの戦闘記憶の断片が駆け巡り、危険なメイヘムのコブラ・カラテへの警戒を促した。マスラダはナラクの示唆を繋ぎ、解釈し、レリックVHSを通して染み込ませた誇張されしコブラ・カラテの動作情報でそれを補った。そしてメイヘムの動きに喰らいついた!

「シィーヤアアアア!」身を屈めたメイヘムが弾丸めいて跳び膝蹴りを繰り出す。ニンジャスレイヤーは掌を打ち下ろして抗い、つづいて振り下ろされる肘打ちを横に逸らした。さらに襲い来るのは上段回し蹴りだ。ニンジャスレイヤーは背を向けながら身を屈め、回し蹴りを潜り抜けた!「イヤーッ!」

 潜り抜けながら、後ろ足で繰り出す回し蹴り! すなわちメイアルーアジコンパッソだ!「グワーッ!」鞭めいた一撃に怯むメイヘム! コブラバイト・コンビネーション、敗れたり! ニンジャスレイヤーに攻めのイニシアチブが移った! カラテを畳み掛ける!「イヤーッ!」

 右チョップ!「イヤーッ!」左フック!「イヤーッ!」右膝蹴り!「イヤーッ!」変則右掛け蹴り!「イヤーッ!」左回し蹴り!「イヤーッ!」ナムサン! シークエンス演舞じみた連続技! 更に右短打!「イヤーッ!」左短打!「イヤーッ!」右短打!「イヤーッ!」左短打! 加速! メイヘム防戦一方!

 コブラ・カラテ演舞を捻じ曲げたかのような連続攻撃によってメイヘムの変幻自在の攻撃を抑え込んだニンジャスレイヤーは、やがて自身のカタにメイヘムを捉えていた。バッファロー殺戮武装重機関車の車輪を回すクランク回転じみた腕の動き! 縦の拳、チェーンパンチだ!「イイイイヤアアーッ!」

「シイイイアアアアア!」メイヘムは蛇眼を光らせ、自身のカラテを加速させる! コブラ・カラテのしなやかな手さばきがニンジャスレイヤーのチェーンパンチをいなしてゆく! やがて……一打!「イヤーッ!」「グワーッ!」メイヘムの顔面を拳がかすめた! 好機! 否! 頬の裂け目から吹き出す血が不穏!

 淀んだ蛇血はカラテ嵐の空気の流れに吸い込まれ、ニンジャスレイヤーの傷口を通して体内に取り込まれてゆく。激烈重篤な障害をもたらす毒だ! ニンジャスレイヤーは眉間に皺寄せ、激痛に耐え、チェーンパンチを継続した。(……ナラク!)ナラクが応えた。身体が内側から燃え上がり、毒素を体組織もろとも焼き滅ぼす! 身を焼く邪悪で危険な炎すらも、血液とともに循環せしめ、カラテ爆発の触媒と成す!

「イイイイヤアアアーッ!」「シイイイアアア!」メイヘムは凄惨な笑みを浮かべた。カラテ応酬を通し、彼女のエモーションが伝わってくる。(止まらぬとはアッパレだ、獣よ! だが私の毒は並の毒ではない。コシャクなカラテが鈍らず続くはずは……なし!)「シイアア!」「グワーッ!」反撃が入る!

「シャアア!」「グワーッ!」「シイイイッ!」「グワーッ!」襲いかかるコブラめいたチョップ突き、二撃、三撃! 四撃目でニンジャスレイヤーは踏み留まり、咄嗟の防御で対応する。(それでこそだ、我がイサオシよ!)メイヘムは蛇眼を狂おしく見開き、更なる連続攻撃を見舞う!

 コブラバイト・コンビネーションを変則させ尚止まらぬ攻撃は、魔術的ドクノキバ・チャントを伴う!「イツ! ム! ナノ! ヤ!」八打目でニンジャスレイヤーは上体を大きくのけぞらせた。顔面を捉えたコブラバイト・ツキがニンジャスレイヤーの溶接メンポをついに砕き、跳ね飛ばした。メイヘムは右腕を捻り、えぐり込んだ!「ココノツ!」

 時間が泥めいて鈍化し、二人の戦士は闇の中に居た。鼓動が一体化し、互いの背後にアイアンコブラとナラクの影が垣間見えた。メイヘムは見誤っていた。ニンジャスレイヤーのカラテのカタは、このイクサにおいて、捨てるためにこそあったのか。殴られたニンジャスレイヤーは黒炎めいた不定形の影となり、捻じ曲がった。

 メイヘムはニンジャスレイヤーの動きに洗練のカラテのカタを見出し、その動きへの対応を始めていた。誘い込まれていたのだ。不定形の、煮えたぎる、理不尽なカラテがその内より溢れ出た時、彼女のニンジャ動体視力は惑った。湾曲した炎はメイヘムの死角からその鉤手をひろげ、襲いかかった。鉤手が側頭部をとらえた。

「……イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーはメイヘムの頭を、力任せに、地面に叩きつけた。持ち上げ、また、叩きつけた。「グワーッ!」抉れたジグラットに押し付けられたメイヘムは、ニンジャスレイヤーの指先から注ぎ込まれる黒炎に焼かれ始めた。メイヘムは唸った。黒炎が、爆ぜた!

 KA-DOOOOM! 焼け焦げた肉体を破裂させ、メイヘムはその内よりでて、リインカーネイションしながら反撃に出た。「SHHHHH!」「……」ニンジャスレイヤーは既に拳を振り上げ、そのメイヘムを待ち構えていた。ゆっくりと流れる時間の中で、ニンジャスレイヤーの顔を覆う炎が再び「忍」「殺」のメンポを瞬時に形成した。 

(貴様のカラテは)ニンジャスレイヤーは拳を……(大体わかった)……叩きつけた。「グワーッ!」メイヘムの顔面は200度超回転した。ねじ切れた肉体の裂け目の中から新たなメイヘムがリインカーネイションする。ニンジャスレイヤーは燃える爪で更なる攻撃を浴びせた。「イヤーッ!」「グワーッ!」

 裂傷が燃え上がる。その中からメイヘムが這い出し、燃えながら襲いかかった。コブラバイト・コンビネーション。ニンジャスレイヤーは反撃を重ねてゆく。メイヘムのカラテは再び変幻自在の連撃に遷移し、九度の打撃が重なった。「シイイヤアアアッ!」九連撃、すなわちコブラカラテ奥義、ナインヘッズドラゴンだ!

 だが、ニンジャスレイヤーは……捉えていた! 蛇めいた筋肉の躍動を! コブラのカラテの流れを!「イツ! ム! ナノ! ヤ! ……ココノツ!」「イヤーッ!」KRAAASH! メイヘム渾身の最終打に対し、ニンジャスレイヤーは真正面から拳を合わせた! 二者の腕が燃え裂けた!

 メイヘムは更なるリインカーネイションを始めた。一方、ニンジャスレイヤーは裂けた腕の肉と装束を燃やし剥がしながら、血と炎でその剥離を埋め合わせ、そのまま殴りつけた。ゆえに一瞬早い!「イヤーッ!」「グワーッ!」これを以て、機を制す!

「イヤーッ!」「グワーッ!」更なる殴打! 黒炎によってメイヘムの肉体が燃えながら裂ける。だがその中から新たなメイヘムがリインカーネイトする!『我がメイヘムよ! お前の命は無限だ! 決して倒れる事はない!』アイアンコブラが超自然の声を響かせた。然り。無限の輪廻。その、とば口。

 しかしニンジャスレイヤーは怯まなかった。リインカーネイトを繰り返すほどに、メイヘムは徐々により大きく、より強大なアトモスフィアを身にまとう。だが、そのたびに、ニンジャスレイヤーは燃えるカラテを叩きつけた。ニンジャスレイヤーは殺し続け、メイヘムは生まれ続けた。ニンジャスレイヤーが止まる事は決してなかった。

 アイアンコブラは意志を滾らせた。『無駄だ、カリュドーンの獣よ。我がメイヘムは無限! メイヘムよ、純粋戦士たれ! 命とはイクサする為のもの也! ダイジャ・リインカーネイション・ジツはお前に永遠のイクサを与えるであろう!』

(嗚呼! 師よ!)メイヘムは鎌首をもたげた。今や彼女はニンジャスレイヤーの二倍の背丈がある。 「……コブラ!」メイヘムはイクサの恍惚にまみれたシャウトを放った。研ぎ澄まされたニンジャスレイヤーとメイヘムのニューロンは擦れ合い、ドクノキバの祝福の記憶が去来した。

 血塗れた教団員達が力なく膝をつき、メイヘムがジツの真髄に触れた瞬間を寿ぐ。彼女らは自身の運命をわかっているのに。

(アアー、イイ……)(コブラ……)(キュンデス……)両手をバンザイし、メイヘムを拝む者達。次々に喰らい、丸呑みにしてゆくメイヘム。ナムアミダブツ。殺戮の果て、最後に残ったのは、デンチという名の娘だった。メイヘムがネオサイタマに泳ぎ着いた時、最初に出会った無垢な令嬢である。

(ナンデ? ナンデ、私を食べてくれないの? カラテが足りないから……?)(……違う。この退廃の都に、私もまた、毒されていた。毎夜おまえを愛するうち、私はおまえを殺すことができなくなっていた)メイヘムはデンチを見つめた。デンチは歓喜に涙した。(エッ、私今……体温何度、あるのかな)

 メイヘムはデンチを押さえつけ、微笑んだ。そして頭からかじりつき、丸呑みにした。(アバッ!? アバッ! アババババーッ!)メイヘムは身をもたげ、喉を数度動かし、デンチの全てを、完全に呑み込んだ。(……だから私は、さらに強くなる)

 そして過去は吹き飛ぶ。メイヘムは今、獣を見下ろしている。黄金のコブラの視線を、ニンジャスレイヤーは正面から受け止める。

「無限にイクサを制し、以てヌンジャに至る」メイヘムが人語を発する。「獣よ。我が無限のリインカーネイションの……黄金のヘビ・ロードの糧となるべし」「断る。無限など、ありはしない」ニンジャスレイヤーは言い捨てた。「その姿が貴様の最後だ。おれには、やるべき事がある」

「SHHHHH!」メイヘムはニンジャスレイヤーを回り込み、真横から巨大なあぎとで喰らいついた。音速を超える攻撃だった。ニンジャスレイヤーはメイヘムの攻撃方向を捉え、足元に拳を打ち下ろしていた。「イヤーッ!」

 それはイアイドー同士のイクサじみて、一瞬が全てを決める決死の交錯といえた。

「……AAAARGH!」メイヘムは吠えた。ニンジャスレイヤーの腕先から飛び出したヌンチャクの柄の一端が、黄金のコブラの下顎を貫通、ジグラットに縫い付けていた。致命の牙と滴る毒液の狭間、ニンジャスレイヤーは身体を上向きに捻りながら、ヌンチャクの柄のもう一方を、頭上に投げ放った。「……イヤーッ!」「AAAARGH!」

 ヌンチャクの柄が黄金のコブラの上顎を貫通した。ヌンチャクの鎖は燃えながらボーめいてピンと強張り、顎を閉じられぬようにしてしまった。「……!」メイヘムはヌンチャクもろともにニンジャスレイヤーを噛み砕こうとした。「……イヤーッ!」「アバーッ!」

 一瞬後、大蛇の頭蓋を口内より貫通し、血みどろのニンジャスレイヤーは空の下に飛び出した。血と脳漿を黒炎で焼き焦がしながら、空中のニンジャスレイヤーは身を捩じり、眼下の大蛇を見下ろした。「アバッ……アバッ……!」痙攣する黄金のコブラは眼を動かし、ニンジャスレイヤーに最後の反撃を試みる。イビルアイ!

 だが風車めいてその場で高速回転したニンジャスレイヤーは、その瞬間には既に急速降下していた! ZAAAAP! イビルアイの光が上空を焼いたとき、そこにニンジャスレイヤーの姿はなかった。赤黒の死神がギロチンめいて叩きつけた回転踵落としは、黄金のコブラの首を凄まじく切断した!

「サヨナラ!」メイヘムは、爆発四散した!


6

 KA-DOOOM! メイヘムの爆発四散とニンジャスレイヤーの凄まじきカイシャク・カラテの余波を受け、カスミガセキ・ジグラットの構造物が無傷でいられる筈もなかった。爆発四散の瞬間、ニンジャスレイヤーの踵の下を蜘蛛の巣めいて亀裂が伝い、そして砕け散った。内部に崩落したのだ!

「……!」ニンジャスレイヤーは闇の中へ落下しながら、遠くなる頭上の空に爆発四散のエネルギーが集まり、赤黒のオリガミが形成される様子を認めた。然り。これをこそ狙ったのだ。彼はフックロープを投げ上げて空の下へ復帰しようと身構え……そして、恐るべき苦痛に叫んだ。「グワーッ!」

 天変地異下、今や彼のニューロンはネオサイタマ各所にこれまで生み出してきたオリガミ・オブジェクトと超自然的な接続状態にあった。剥離する地表をオリガミが繋ぎ止める。そのフィードバックが彼のニューロンを乱す。そして今、メイヘムとの戦闘の果て、新たなオリガミが生じた。臨界を超えた。

『今こそ、セプク・オブ・ハラキリを用いる時!』ニューロンのノイズ砂嵐に、物憂げな眼差しと神秘的な声が混線した。観察者シナリイだ。『狩人アヴァリスはカツ・ワンソーの影であった。あの者がカリュドーンの儀式を恣にし、キンカクへの道を開かんとする今! 新たなオリガミが生まれた今こそ、好機!』

「グワーッ!」ニンジャスレイヤーの両目から今や赤黒の血が燃えながら溢れる。懐に激しい黄金の輝きを感じる。呪物S.O.H(セプク・オブ・ハラキリ)。『どのみち民草は助からぬ。彼らの魂をいたずらにキンカク・テンプルの餌食とするつもりですか? アヴァリスの、カツ・ワンソーの好きにさせてはなりません。なればモータルの命を有効に用いるのです!』

「黙れ……」『街ひとつを贄に、帝国を滅ぼすべし!』「黙れ!」ニンジャスレイヤーは垂直落下する。空洞状のジグラット内部。彼の周囲、暗黒メガコーポヘッドオフィスの断面じみた残骸群や、居並ぶ数千体のオジゾウ等が、上空から漏れ込むキンカクの光にぼんやりと浮かび上がり、視界を上へ流れ去る。

 オリガミが生じた今、付近に身を潜めていたザナドゥは仕上げにかかるだろう。上に戻らねば。だがフックロープを投げ上げる事すら難儀だ……!「AAAARGH!」落下しながらニンジャスレイヤーは叫んだ。混線する視界はジグラット真上のオリガミに繋がり、そして……彼は仰向け状態で床に叩きつけられた。

「……」頭を強く振り、己を強いて、ニンジャスレイヤーは起き上がった。どこまで落ちただろう。想像を絶する巨大複合建築物、カスミガセキ・ジグラットのはらわた……。吹き抜け状態の空間。上から届く金色の光は不穏な柱めいて、彼の眼前には、照らされる奇妙なテンプルがあった。

 カスミガセキ・ジグラットはかつて、それ自体がひとつの閉鎖都市だった。政府機構、暗黒メガコーポ・ヘッドオフィス、サーバー設備、発電施設、役員たちの住居、ゼン庭園……そして無論、このようなブッダテンプルもあろう。

 政府崩壊後の10年、侵略メガコーポや盗掘人の手で、ジグラット内のUNIX資源はあらかた略奪し尽くされている。しかしこのブッダテンプルには、実際ブッダの罰を恐れてか、さほど盗掘の手が及んでいない。……とにかく地上へ、戻らねば。彼は呻いた。寝ブッダ像がアルカイックに見下ろしている……。


◆◆◆


 一方、マルノウチ・スゴイタカイビル地下。時同じくして、コトブキとマークスリー……リバティの二人は、正体不明の大空洞に至り、朽ちたトリイの先に、力あるオベリスクの存在を見出していた。「たしかにこれは」コトブキは目を見張った。「ネオサイタマにも、このようなものが……!」

 近づこうとするコトブキの腕を、リバティが掴んで制した。「待ってください。危険だ」「タッチしないでください!」コトブキは邪険に振り払った。「行きがかり上、行動を共にしているだけですよ?」「実際これは尋常のオブジェクトではない筈」「言われなくても用心しま……」光が降ってきた。 

 身構える二人の前で、空洞の天井部を突き抜けてきた光は、オベリスクをめがけ降り注ぎ、凄まじい爆発を生ずる……と思いきや、奇妙なバランスを保ちながら、まるでLANケーブルめいて、光とオベリスクが繋がり、安定した。地下水の水面を幾度も波紋が走った。「これは」コトブキは眉根を寄せた。

「見てください。あれを」彼女はオベリスクの前に置かれた奇妙な品に気づき、指し示した。「……茶器」リバティは呟いた。然り。茶器である。茶器は降り注いだ光の波動と同期しているかのように、内なる光を明滅させながら、ガタガタと揺れていた。茶器の表面には「ヒラグモ」と書かれていた。

「ヒラグモ!? バカな……いや、ありうるのか?」リバティは高度な古典知識から洞察した。「マツナガ・ニンジャがオダ・ニンジャの宝物庫より盗み出したとされる茶器の名がヒラグモといいます。このような地に存在するからには、あながちこれは……」「茶器。なにかまずい予感がします」

 コトブキは言った。警戒しながら近づき、屈み込んで、オベリスクと茶器を見比べた。「アトモスフィアが妙です。これ、最近ここに置かれた感じがします」「……確かに」「さてはセトのしわざ! わたし達がここに来たのは、まさに企みが実行されたタイミングだったのです! 今すぐ破壊せねば!」

 コトブキは拳を振り上げた。リバティは慌てて、奥ゆかしく、控えめに遮ろうとした。「待ってください! 短絡は……!」「しかし」「マツナガ・ニンジャはヒラグモにまつわって爆発したとされています。滅ぼされる危険がある! 僕もセトの企みを阻止するという点においては、貴方と目的は同じです!」

「……!」「……!」コトブキはぐっと力んだまま、拳を止めて、リバティを見た。リバティは繰り返し首を縦に振り、促した。二人の視線は再び、不穏なアトモスフィアを放つ茶器「ヒラグモ」に向けられた。『なんてこと!』その時、コトブキの中継IRCにナンシーの声が流れた。「ナンシー=サン!?」


◆◆◆


「なんてこと! やはり、これは……!」セトのコトダマ荒野、ステルス状態を維持するナンシー・リンは、メイヘムが爆発四散した瞬間、眼前のデーモン茶器に凄まじい量のデータ・トラフィックが発生した事に震撼した。もはや疑いようもなし。このデーモン茶器こそ、儀式のエネルギーを搾取する装置!

『ナンシー=サン! 茶器が』天変地異の嵐の中、確立した通信経路に、コトブキの驚きが流れてきた。「ええ。茶器。私も今、形而上の同じものを見ている。貴方が目にしている茶器のIPを。それを破壊してはダメよ。少なくとも今はまだ……!」

 ナンシーはセトの後ろ姿を警戒した。タイピング速度を加速せねば。だが、これ以上派手に動けば、セトは今度こそ彼女に気づくのではないか。急がねば。機を捉え、一撃必殺の構えで……!『メエエエエイイイイイイヘエエエエエムウウウウウウ!』

 ニュークじみた怒声の風が、セトのコトダマ荒野を吹き抜けた。ナンシーは反射的に感受性に蓋をして防御し、発狂を防いだ。セトは腕組みし、アイアンコブラの石碑に向き直った。「アイアンコブラ=サン。貴殿の狩人のイクサぶりは実際見事だった。そして……」『我! が! メ! イ! ヘ! ム! が!』

『よさぬか。誇り高きダークカラテエンパイアの真のニンジャたる者が!』ケイムショが睨んだ。『コトダマが乱れ、不快が増すばかりだ!』『メイヘム! 我が! メイヘム! 我がコブラカラテの真髄を叩き込み純粋戦士として完成させた愛しき闘争概念よ! 敗北! カラテにて敗北せり! アナヤ! ア! ナ! ヤ!』

 セトは窘めた。「それぐらいにしておけ。我が領域に好ましくない磁気嵐が生ずる」『磁気嵐など呪われるがよい! 最強のメイヘムが敗れた! 青天の霹靂!』石碑に映るアイアンコブラ擬人像に憤怒の亀裂が生じ、砕け散った。その瞬間、内より溢れ出た多頭蛇のコトダマ・イメージは、石碑を突き抜け、荒野に侵入した!

「AAAAAAAAARGH!」巨大な多頭蛇は滅多矢鱈に蛇頭を叩きつけ、吠え猛った。そのひとつがナンシーの偽造したオモイ・ニンジャのIPを貫通し、雲散させた。セトは呆れたように首を振り、半歩横に動いて、蛇頭の衝突を避けた。そしてナンシー。生きた心地のせぬ彼女は同時に、これを好機と捉えた。

『ギギギギ……馬鹿正直に遊戯にのめりこみ、駒に過ぎぬ狩人にのめりこみ。実にくだらぬぞ、アイ……』KRAASH! シャン・ロアの石碑が破壊された。「AAAARGH! AAAARGH!」SMAAASH! SMAAASH! 破壊の渦をかいくぐりながら、ナンシーは今や、全力でそのタイピング速度をニューロン限界にまで高めていた。

「フン」セトは横殴りの蛇頭を残像回避しながら、修復コマンドを実行し、シャン・ロアのリモート石碑をただちに復元した。「AAAARGH……」ドクガ・ニンジャの巨大な姿は竜巻じみて自身の多頭を捻りあげ、冒涜的な巨大樹じみて静止した。「……ンンンン……」「……」セトはそのさまをじっと見つめた。

「……うむ」多頭蛇巨大樹はやがて納得したように喉を鳴らした。01ノイズを発し、散り始めた。「我が最強のメイヘムが実際敗れた。良いイクサであったと言えよう」0101……セトが腕組みして見つめる中、多頭蛇は消失し、石碑の中に再びアイアンコブラ擬人像が出現した。『こうなれば儀式も佳境よ』

「敗北を認めるか、アイアンコブラ=サン?」セトが確認した。『無論』アイアンコブラ擬人像が答えた。『我がメイヘムが敗れたならば、もはや獣を仕留められる狩人はこの先現れまい。二番手、三番手の出涸らしを用意するつもりはなし。オヌシらも、興醒めせぬ程度に、程々で済ませるがよかろう』

「それは貴殿の自由ではある」セトは首を振った。シャン・ロアは憮然として罵倒を重ねた。『狩人一匹に全力を傾け、後が続かぬ……それはそなたの短絡であろう。われの抱えるニンジャ戦士の層は厚い。取るに足らぬ貴様のドージョーの事情と同じに見るでない』

 だが、アイアンコブラは殆ど堪えていなかった。『新たな純粋戦士を育て、コブラの高みへ至る礎とする。あのニンジャスレイヤーとやらには、いずれ再び相見えん』

 リアルニンジャ達のやり取りの陰で、ナンシーは茶器のデーモンへのハッキングを仕掛けにかかった。セト達がアイアンコブラの癇癪に付き合っている間に、彼女はステルスの帳を更に強固にする事に成功していた。コードが01の鎖となって連なり、デーモンに絡みつく。ギャラルホルンは口の端を歪める。

 0101……その時、ナンシーは己のもたらしたものではない奇妙なノイズに違和感を覚えた。茶器? 違う。茶器は引き続き、爆発四散に伴い生じたカリュドーンの力を集め続けている。ナンシーはこの茶器を支配、踏み台にして、セトのメインフレームに壮大なハッキングを仕掛ける手筈だ。だがこの感覚は?

「これは……!」再起動させたジグラット監視カメラのひとつを通して、ナンシーは違和感の正体を知る。それは、ネオン桃と赤黒のアブストラクト・オリガミの複合アートが、今まさに異色の空に広がりゆく光景だった。


◆◆◆


 ……その、数分前。

 ニンジャスレイヤーが赤黒のオリガミを作り出した事を見届けたザナドゥは、己の為すべき事のために動き出そうとした。そして不可思議な霞の壁に囲まれ、阻まれていた。

 困惑し焦る彼の前に、みやびやかなニンジャが現れ、アイサツした。「名乗るが良い、下郎。我が名はシナリイ」「……ドーモ。ザナドゥです」ザナドゥはアイサツを返した。そして察した。「アンタがやったのか、これ? 俺を行かせろ!」

「そなたの動きは、ニンジャスレイヤー=サンのオリガミに、よからぬベクトルを付与するもの」謎めいたニンジャは銀河じみた目を光らせ、横笛をかざした。「看過はできぬ」

「言ってることが一つもわからねえな」ザナドゥは身構え、取るべき手段を検討した。こいつの目的は? 霞む壁を抜け出す術はあるか? 並のニンジャでない事は、アイサツの瞬間にわかった。己のゲン・ジツを用いて、出し抜き、脱出し……「俺をどうするつもりだよ」「不粋な手段は好まぬが……」

 シナリイは一歩踏み出した。ザナドゥの背後で、靄の壁が不気味な唸りを発し始めた。「そなたの小手先のジツは、事態を後退させ、千載一遇の状況を遠ざけてしまう。空のキンカクを見よ。事象の綻びを破綻にまで導き、にえを以て、ワンソーの帝国を滅ぼす。ニンジャスレイヤー=サンのセプクが鍵なのだ」「何が贄だよ。物騒だぜ……」

 リイイイン。シナリイが指先を向けると、ザナドゥの首の周りに不気味な震動が伝わった。ザナドゥは息を呑んだ。

「……そこまでだ」霞む壁を易易と突き抜け、入ってきたのは、一匹のコヨーテだった。コヨーテはザナドゥを庇うように立ち、シナリイに話しかけた。「誰もお前の計画に同意しちゃいねえ」

 ザナドゥが驚きに瞬きすると、そこには、痩せた男が立っていた。シナリイは一歩後退し、不快げに目をすがめた。「今はそなたと遊ぶ時ではない」「違うね。今が遊ぶ時なんだ」痩せた男、フィルギアは答え、シナリイに近づいた。そして断固、彼の手首を掴んだ。「悪いが俺もこの街が好きでさ」

「クウッ……!?」シナリイは表情を曇らせた。慣れぬ様子だった。「どうだ。不粋だろ?」フィルギアは逆の手でシナリイの肩を掴み、抑え込んだ。「街も、俺も、不粋だぜ。雅なお前の出る幕じゃねえんだよな……」

「離しなさい! 我が力はそなたを容易く滅ぼす事ができるのですよ……!」「じゃあ、やってみるか?」「おのれ……!」「オイ、お前!」フィルギアがザナドゥを見た。「進めろ。いいぜ」「ヌウウウッ!」シナリイが震えた。フィルギアは力を込め、シナリイの力に抗った。超自然の壁が消えた!

 ザナドゥには、あれこれためらう時間はなかった。彼は身を翻し、一足跳びにジグラットを駆け上がった。目指すは赤黒のオリガミだ……!「イヤーッ!」回転跳躍! そしてスプレーを噴射!

 たちまちネオンの飛沫が枝を、葉を、桃の果実を生み出す。こんなのは序の口だ! 雲海を眼下に、そして遠くの空に、天に向かって惨たらしく静止している人々の渦を見ながら、ザナドゥは奥歯を噛み締め、身体を捻りながら四方八方に色彩を撒き散らした!「イヤーッ!」

 枝! 雲! その根元には神秘の宝珠めいた赤黒のアブストラクト・オリガミ! カスミガセキ・ジグラット! あまりにも巨大な複合建築物の上層に生み出されたアートは、まるでフジサンを囲む蜃気楼雲じみて、何者にも遮られることなく、ネオサイタマ市街に届いた! 市街のオリガミ達が構図を複合させる!

「正念場だ!」ザナドゥは駆けた。いつしかスプレーは全て撃ち尽くした。しかし今、キンカク・テンプルの光の下で、ザナドゥは万能感に衝き動かされていた。「イヤーッ!」両手を打ち振ると、色の風が飛び出し、輝きながら流れた。雲。天の川。空の魚たち。輝く枝。枝に吊るされたネオン看板!

 おお、見よ! 第二のフジサンたるカスミガセキ・ジグラットが纏う万色のグラフィティを! 赤黒のアブストラクト・オリガミを芯に抱え、枝葉を伸ばし、雲をまとわせた、この世ならぬ、否、今この時はこの世そのものの姿を! 市街に浮かぶ既存のネオン・アートが自ら動き、応え、結び合わされるさまを!

 そして見よ! 地表から剥がれ、砕けながらキンカク・テンプルに吸い上げられようとしていたネオサイタマ市街が、巨大なネオン・アートの構図に内包されるや、さながら時計を逆回しするかのように大地を目指し、繋ぎ合わされ、修復されゆく様を! 邪悪な緑が苦しげに萎縮し、色彩とせめぎ合うさまを!

「ゴウランガ! ゴウランガ! ゴウランガ!」今や光輝く色彩の渦と化したザナドゥは、飛び回りながら叫び続けていた。そして今、彼が舞い踊るジグラット上層をめがけ、一直線に飛び来たったVTOL機から、三人の新たなニンジャが飛び降りた。マリシャス、ディスパッチ、トレメンダス。セトの尖兵達が。


7

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」三人のニンジャは空中でカラテを開放し、VTOLの速度圧に逆らいながら、キリモミ回転降下する。それぞれのニンジャ装束にはセトの紋章が縫い込まれていた。トレメンダスは特に身体が大きく、ムササビめいて手足を広げると、キンカクの光が遮られた。

「イヤーッ!」「イヤーッ!」落下速度を減じたトレメンダスの背中を蹴り、マリシャスとディスパッチが跳躍した。当然、その跳躍の先には、空中に身を躍らせるザナドゥの姿があった!「イヤーッ!」マリシャスは容赦なき刃をザナドゥめがけ投擲し、ディスパッチは両足をカラテブーストして加速した。

 ザナドゥは前後左右に輝きを噴射しながら、迫り来る二人の殺意あるニンジャを見た。もはやザナドゥは恐れていない。上空のキンカク・テンプルは強大な輝きを放射し、一方、赤黒のオリガミは大地を結びつけている。ザナドゥの生み出した新たな景色が、オリガミと結びつき、都市の崩壊を阻んでいる。それがわかる。

(終わってもいいかもしれねえ。これが完成したなら)ザナドゥは己の行いそのものを畏怖した。ネオン涙めいた光を目から流し、両手から色彩を迸らせる。(こんな瞬間が、俺の人生にこの後あるとも思えねえ。だけど)「イヤーッ!」ディスパッチが空中でマリシャスの刃に追いつき、掴み、ザナドゥを斬った! ザナドゥの背が裂けた!

「む!」ザナドゥの背を裂いたディスパッチは奇妙な手応えのなさを訝しむ。そう、ザナドゥは爆発しながら輝くパーティクルに変わっていた。「そこだ! イヤーッ!」ディスパッチは体勢を変え、刃を投じた。「グワーッ!」ザナドゥを今度こそ捉えた!「違うぞディスパッチ=サン!」マリシャスが叫ぶ!

「それが幻だ! 蜃気楼なのだ!」マリシャスは警告した。「セイシンテキせよ! 此奴、ただの落書き屋と思うな!」「どこに向かって叫んでいるんだ、お前は!」ディスパッチが咎めた。マリシャスは訝しんだ。「何だ!?」彼は空に向かって落ちながら、悲鳴をあげた。「何だ! 一体これは!」

「ダメだと言っているのだ! アアアア!」KA-DOOOM! ディスパッチはマリシャスを咎めながら脚部カラテブーストを全放出し、VTOLに衝突していた。降り注ぐVTOLの残骸を浴びながら、マリシャスはジグラット斜面に逆立ちして両足をバタつかせていた。「空に落ちる!」

 そのすぐそばに回転着地したザナドゥは、目の残光を伴いながらもう一人のニンジャ、トレメンダスを見た。「オオオオオン! コシャクな小粒滓めいた存在めが!」トレメンダスは上半身を二倍パンプアップし、罵りながら掴みかかる!「イヤーッ!」ザナドゥは駆け向かった!

 掴む手を背面跳びでかわし、巨木めいた腕に着地し、駆け上がり、顔面に向かう。「蚊めいてチョロチョロと視界をアチコチする存在めが!」トレメンダスはもう一方の手でザナドゥを掴み、握りつぶした。ザナドゥはその背後に回転着地。トレメンダスは色彩の雲に顔を突っ込み、地団駄を踏んでいた。

(だけど痛てェのは嫌だし、途中で終わるのも嫌だ)ザナドゥは両腕をしならせ、スプレー缶をシェイクするように動かした。光が腕先に再び充填された。トレメンダスは足をもつれさせ、轟音と共に転倒した。「イヤーッ!」ディスパッチがVTOL粉塵から方向転換し、再び襲いかかる。ザナドゥは跳んだ。

 マリシャスもまた、恥と共に正気を取り戻し、ザナドゥに再び向かってくる。トレメンダスも嫌な転び方をしたが当然致命傷ではない。時間稼ぎだ。だが時間を稼ぎ続け、完成させる……このジグラットを覆うほどのネオン・ウキヨエを。彼は不意にヨウナシに思いを馳せた。(ヨウナシ=サン、平気だったか? 俺はやるぜ!)色彩をばら撒く!

「イヤーッ!」……そして、やや離れた地点! 狩人と獣のイクサが決着し、エリア制限が取り払われるや否や、サツバツナイトは全速力でジグラットを駆け上がり、今まさにザナドゥが悪戦苦闘する地点をめがけ、真っ直ぐに移動していた! 彼の額には呪われし第三の目が輝き、双眸は白かった!


◆◆◆


 セトの荒野にアカウントを潜伏させたナンシー・リンは、ニューロンを白熱させ、キータイプを継続しながら状況を把握しようとつとめた。ジグラットに浮遊する複数のエネアド・ドローンをハックし、視界を繋ぎ合わせる。彼女が断片的に認識したのは、オリガミを頂く大樹と雲とネオンのアートだった。

 強烈な磁気嵐の波がコトダマ空間を揺らしている。これは好ましい事象か。否か。判断するには、この状況はあまりにも込み入っていた。狩人メイヘムが爆発四散し、その拳が失われようとも、ネオサイタマの異常な天変地異の嵐が収まることはない。天と地、せめぎ合う力の感覚。彼女は畏怖した。

「アーガガガガーガガ」茶器のデーモンが呻き声をあげ、ガタガタと足踏みする。リモート石碑とのやり取りのさなか、セトは他者に気づかれぬよう、微かな注意を向ける。ナンシーはステルスの万全さを祈る。『気分を変えよう。次の狩人とのイクサの日取りや如何に?』ギャラルホルンがセトに促した。

『第一巡の狩人はアヴァリスで最後。しかしながら、そもそも儀式異物アヴァリスをこのまま狩人と認めたままコトを進めて良いものか……』ギャラルホルンは溜息混じりに、『……慎重に審議せねばならんのではないかね? シャン・ロア=サンも早く自慢の……例のアレ……サツバツナイトをけしかけたい筈だ』

『妙な事を01001言ったな。ギャラルホルン=サン』ヴァインの影が石碑に復帰し、多層的な声を飛ばした。『アヴァリスは01010狩りを行う。儀式はいまだ中途だ。やらせてもらうぞ』『久しいなヴァイン=サン。申開きは如何に!』石碑の者達が再び騒ぎ始めた。割れ鐘めいたリアルニンジャの意志を浴びながら、ナンシーは茶器を慎重に走査する。

 ワイヤフレーム影が茶器を包み込み、力の流れが炙り出された。間違いない。メイヘムの爆発四散に伴うエネルギーは、デーモン茶器に流れ込んでいる。物理世界において、この茶器ヒラグモは、マルノウチ・スゴイタカイビル地下、ギンカクに設置されているのだ。しかし、この茶器をハックするには……時間がまだ足りない!

『俺01001我0001は、頂く。おまえらの茶番は我01001俺の01001お膳立てに過ぎんぞ』ヴァインのノイズ混じりの声がコトダマ空間の空に波紋を生じる中、ナンシーは高速思考した。この機になにか……出来ること……!『狩人サツバツナイトを返してもらうぞ、セト=サン』「無論だ。あくまで問題対処だ」

 シャン・ロアとセトが取り沙汰し、虚空には矢めいて駆けるサツバツナイトが映し出される。ナンシーは付近のドローンをハックした。そして、回転ジャンプから着地したサツバツナイトの眼前に向かわせた。(今ならば、これが出来る!)「サツバツナイト=サン! 私よ!」ナンシーは呼びかけた。


 ……01001……


『サツバツナイト=サン! 私よ!』「……!」サツバツナイトは白く光る目を眼前のドローンに向けた。『聴いて!』「イヤーッ!」サツバツナイトはドローンを掴み、小脇に抱えて走り出す。ナンシーが続けた。『おりからの天変地異の中で加えられた狩人爆発四散の一撃が、カリュドーンのシステムを一時的に乱している。今がチャンス。私と行動を合わせれば、支配を脱する事ができるわ!』

「イヤーッ!」サツバツナイトは回転跳躍し、ジグラット複合建築の上を飛び移る。前方には今や信じがたい巨大なウキヨエが出現している。そしてそのどの部分を見ても、意識はウキヨエの中心に据えられた、一粒の、赤黒のアブストラクト・オリガミに吸い寄せられる。

 見事な図画であった。おそらくネオサイタマの相当な域の市民が、この不可思議かつ巨大な事象を見上げただろう。その時、キンカクの光に注がれていた彼らの自我は、彼ら自身に立ち返るだろう。「あの者を殺せと、支配者が命じている」サツバツナイトは呟いた。「どのように支配を脱する。ナンシー=サン」

 小脇に抱えたドローンが明滅し、弱々しく、彼にだけ聴こえる音声を発した。『貴方のニューロンをハックしている元凶を、物理的に摘出する。チャンスは一度。私がカウントするわ』骨伝導でそれを感じ取る。「承知した」サツバツナイトは額に埋め込まれた邪悪な呪いの琥珀を意識した。「摘出する」

 そうする間にも、彼の肉体は、目指す標的……ジグラット頂上付近で今もニンジャ達の攻撃を躱しながら色彩の光を撒き散らす者を目指していた。『バックドアを開ける。準備はいい?』「構わん」『3……2……』サツバツナイトは己の額に指を当てた。その目が大きく見開かれた。『……1!』

 その瞬間、ザナドゥは光を振り絞り、以て、この巨大なアートを完成させた。赤黒のオリガミが空を揺らした。キンカク・テンプルを明滅させるほどの力の波だった。クナイ・ダートが飛翔し、ザナドゥの胴体を貫通した。セトの下僕のニンジャ、ナイチンゲールが投げた、狙いすました一撃だった。

 膝から崩れたザナドゥの顔を、トレメンダスが後ろから両手で捉えた。『……今よ、サツバツナイト=サン! 摘出して!』サツバツナイトは力を込めた。「……イヤーッ!」彼は額に当てていた手を引き戻し、速度とカラテを触媒に、一枚のスリケンを作り出した。橙色に燃える黒いスリケンを、投げた。

 ツヨイ・スリケン。橙色の火を放ちながら螺旋軌道飛翔する凄まじきスリケンを投じた反動で、バランスを崩したサツバツナイトは横に倒れ込んだ。

 ……ナンシーの作り出した時間の猶予が、終わった。

『何故!? 今、何をしたの!?』倒れ込むサツバツナイトをドローンが追った。『どうして!』

 同、瞬間!「アアアアア!」断末魔の絶叫をあげるザナドゥを頭から吊り上げながら、トレメンダスは残虐なカラテを漲らせた。「混乱的な図像でいたずらに処刑の時をやり過ごそうとする姑息なカスめいた存在め! 死」トレメンダスの頭が爆発した。狙いすましたツヨイ・スリケンであった。「サヨ、ナラ!」

 首なしトレメンダスは断面から鮮血を噴出した。巨体が仰向けに倒れ爆発四散した。ザナドゥは解放され、ジグラット表面を這った。這って逃げる。マリシャスとディスパッチが向かってくる。そして……。『サツバツナイト=サン!』起き上がったサツバツナイトは、目の前のドローンを掴んで破壊した。

 額に刻まれたロウ・ワンの呪いに、再びセトの力が注がれ、強化された。神話級ハッカーの迅速かつ芸術的な施術は、コントロール対象から自我を奪うことはない。それはカラテの単調、戦士としての不完全に帰結するからだ。

「……すまぬ。ナンシー=サン」サツバツナイトは呟いた。「俺の未熟だ……!」降って湧いたチャンスに、呪いを脱する事かなわず。だが、後悔したところで何になろう。それは今すべき事ではない。彼は己に言い聞かせた。

 一瞬の猶予を使って投じたツヨイ・スリケン。華々しいウキヨエを完成させた者を守る事はできたのか。全速で走りながら彼は案じた。彼のニンジャ視力が示す先、アーティストは這い、赤黒オリガミの下、穿たれた砕け穴に落ちた。


◆◆◆


 ニンジャスレイヤーはザナドゥを地面に下ろし、横たえた。ザナドゥは目を開き、赤黒の死神を見上げた。「ア……俺」「少し待て」彼はザナドゥの横に膝をつき、ザナドゥの胸の穴に手を触れた。黒炎が傷口を焼き溶かし、溢れる血を止めた。ザナドゥは呟いた。「俺……安心しろ。しくじってねえぞ」

「だろうな」ニンジャスレイヤーは目から血を流し続けていた。「見える」「見える……?」「ああ。今も見える。頭が痛くて仕方ない」ニンジャスレイヤーは答えた。声が震えていた。ザナドゥは咳き込み、血を吐いた。「お、お互い調子悪そうじゃねえの……」「お前も我慢しろ。ニンジャだろ」

「ついてねえ」ザナドゥは血と声を絞り出した。「ちょっと前まで俺ァただヒキャクをやって……それでよ……」「黙ってろ」ニンジャスレイヤーは立ち上がった。ザナドゥは弱々しく目を閉じ、黙り込んだ。(イヤーッ!)(……イヤーッ!)頭上の闇に、トライアングリープするニンジャの声が響いた。

 ニンジャスレイヤーの目が燃え、首元がバチバチと爆ぜた。『01001……無事かよ!どうなった! 狩人は殺ッたンだよな!?』磁気嵐で不明瞭なタキの通信が入ってきた。『ロクにIRCが繋がらねえ。ナンシー=サンが尽力してるが……』「そうか」彼は答えた。「狩人は倒した。他の奴を片付けて、戻る」

 心臓の鼓動が、ネオサイタマ各所のオリガミ周囲の光景を伝えてくる。各所の空気の唸りが、人の声が、苦痛が、残響が、マスラダのニューロンに流れ込んでくる。「ヌウウウ……!」マスラダは己の頭を繰り返し殴りつけた。殴るたび、目から火の粉が散った。よろめき、踏み留まり、上を睨む。

「イヤーッ!」「イヤーッ!」カラテシャウトが降ってきた。と、同時に、二人のニンジャがトライアングルリープで襲いかかってきた! ニンジャスレイヤーは大きくのけぞり、足元を殴りつけ、狂い飛んだ!「イヤーッ!」「アバーッ!?」ディスパッチの顔面を鉤手で捉え、胸を両足で蹴りちぎる!

「サヨ……!」ディスパッチは闇の中へ吹き飛び、爆発四散した。ニンジャスレイヤーはディスパッチの首肩を燃やしながら空中で身を翻した。マリシャスは着地と同時に咄嗟の防御姿勢で飛び下がった。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはディスパッチの残骸を投げつけた。

「イヤーッ!」マリシャスは側転で回避し、カラテを構える。ニンジャスレイヤーはその眼前に着地した。地面にメンポが擦れるほどの前傾姿勢から、マリシャスを見上げた。その目は炎の形象化じみて不定形に爆ぜ続け、亀裂の生じた「忍」「殺」のメンポは自ら裂けて牙めいた。

「アイサツせよ。コワッパ」ニンジャスレイヤーはジゴクめいてマリシャスに命じた。マフラー布はネザーの松明めいて燃え、ジグラット上層空間の内部を不気味に照らし出した。マリシャスは超自然的畏怖に絶叫し、アイサツを忘れて襲いかかった。「イヤーッ!」「イヤーッ!」

「グワーッ!」ニンジャスレイヤーのカラテを受けたマリシャスはマスドライバーじみて射出され、黒炎の尾を引いてキリモミ回転しながら、廃テンプルに投げ込まれた。KRAAACK! 何かが砕ける音がした。「AAAARGH!」ニンジャスレイヤーは吠えた。そしてザナドゥを振り返った。「ニンジャ……殺すべし!」振り上げた手が止まった。

「……ヌウウウウ!……マスラダ……!」ニンジャスレイヤーは唸り、止めた手を震わせた。「邪魔だ……儂を御する事など出来ぬ! オヌシの苦境はオヌシ自身の愚かしき行いが招いた事。黙って寝ておれ……!」「イヤーッ!」死角より飛来するクナイはカラテ粒子をまとっている! ナイチンゲール!

「邪魔也!」ニンジャスレイヤーはカラテ粒子をまとったクナイをチョップで叩き落とした。その斜め後方の闇からナイチンゲールが襲いかかった!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ナイチンゲールの背後カタナ斬撃アンブッシュに、ニンジャスレイヤーは流れるような回し蹴りをあわせた!

 KA-DOOM! カラテ小爆発! 黒炎の閃きがニンジャ二人を照らした。着地したナイチンゲールは余波で赤熱した己のカタナを見、それからニンジャスレイヤーを見た。そしてアイサツした。「ドーモ。ニンジャスレイヤー=サン。ナイチンゲールです」テンプルが燃え始めた。中から現れたマリシャスが戦線復帰のアイサツを繰り出す。「ドーモ。マリシャスです」

 ニンジャスレイヤーは俯き、震えた。ナイチンゲールは用心深くカラテを構えた。マリシャスは瞬間的な恐慌の揺り戻しに耐えるべく、素早くZBRシリンジを注射した。「グググ……」笑いとも苦悶ともつかぬ声をニンジャスレイヤーは発した。そしてアイサツに答えた。「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」 

「忍」「殺」のメンポは、歯ぎしりするような耳障りな音を立てた。背中が酸素不足の炎めいて不安定に揺らいだ。大いなる騒乱の嵐に抗う力。赤黒の死神の意志は今、全てのアブストラクト・オリガミと繋がっている。それは自らを焼き焦がすかのような苦しみを彼にもたらしていた。


8

「ンンンン……」アヴァリスは天に向かって両手をひろげ、目を閉じ、瞼越しにも届くキンカク・テンプルの輝きを味わっていた。マルノウチ・スゴイタカイビル屋上。地衣類や羊歯じみた奇怪な植物で覆われた摩天楼は実際、彼の玉座にふさわしくもある。

 当初そこを覆っていた植物の天蓋は彼がマガタマを受け入れたその瞬間に内より引き裂かれ、破裂したプラネタリウム廃墟じみて残骸を留めるのみ。そして屋上四方に鎮座するシャチホコ・ガーゴイルのひとつに、ティアマトはたおやかに腰を下ろし、長いキセルで煙を吸っていた。

「おや……」彼女は風になびく己が黒髪を御した。「たのしい眺めが損なわれたの」市街に視線を巡らせる彼女は、空中数カ所に浮かぶ赤黒のアブストラクト・オリガミを認め、オリガミが纏う神秘的なウキヨエの色彩を認めた。それらは相互に重なり合い、さらには最大の幻影がジグラットを彩っていた。

 市街にはいまだ、異様な力の流出を思わせるジグザグの光の柱が爪を立てている。そして螺旋状に連なる人々はキンカク・テンプルをめがけ、いまだ宙に留まっている。だがその光景はもはやゆっくりと巻き戻され、修復されつつあるのだった。「面白かったのか?」やがてアヴァリスが目を開いた。

「それはもう」ティアマトは答えた。「モータルは我が目を楽しませる。たとえばセトのピラミッド。無益な建造物に費やされた奴隷の命を思うと、胸が熱くなる。そなたの行いも楽しきもの。キンカクに吸い寄せられ、しかし受け入れられず、拒絶され、滅びてゆく小さな命の連なり」「くだらないな。ただの余波だろう」

 アヴァリスは闇色の目を細め、再び空を見上げる。黄金立方体にいま、ブロックノイズじみたチラつきが垣間見えた。彼は直感的にジグラットの方向を見やった。「あのジグラットのウキヨエが影響を与えているか?」「さてな。何であれ、セトはあのようなノイズは看過せぬ」ティアマトは呟いた。

「好きにするんだな。ニンジャ」アヴァリスはじきにウキヨエへの興味を失った。緑の力に脈打つ黒い衣を翻した。衣の表面には山羊めいた命の残滓が沸騰し、滅び、生まれ続けている。「俺がキンカクを喰らい尽くす過程で、小さい連中の住処は吹き飛んでしまう。それを小さい連中が必死で留める。アワレだが、意味はない」

「そのアワレは、おもむきじゃ」「好きにするんだな」アヴァリスは肩に生えたクロヤギを撫でるように触れた。クロヤギは再び塵と化し、繊維に巻き込まれた。黒衣はその様相を変え続ける。混沌の海だ。「……だが」アヴァリスはティアマトを見た。

「セトが看過しないと言ったな? 何故だ? ヤツの儀式への拘りの源に、俺は興味がある。権謀術数を重ねた果てに所詮、俺の使い走りに収まったのでは、ヤツも不本意な事だろう。狙いは何だ?」「さて。我はセトではないゆえ」「奴がヌンジャの上前を本気で撥ねるつもりならば、少し遊んでやる事になるぞ」「御身の気の向くままに。留め立てはせぬ」

「では、お前は俺に仕えるのか? ティアマトよ」「そうじゃな」ティアマトは目を伏せ、煙をひと吸いして、再びアヴァリスを見た。「その資格を見定めておるところ」「なるほど」アヴァリスは肩を揺らして笑った。「お前が震えながらかしずくさまは、きっと愉快だろう」


◆◆◆


 01110101011……ブゥン、ブゥン、ブゥン……円卓の置かれた会議場に、ヨロシ・サトルCEO、エリザベート・バサラCEOなどを始め、APACアジア太平洋地域ネオサイタマエリアで発言権を持つ常任理事企業の代表らが次々にログインを果たす。

 ヨロシサン・インターナショナル、ヤナマンチ、アルカナム、アマテラス・アームズ、オムラ・エンパイア、メガロ・キモチ、KOLカタナ・オブ・リバプール。錚々たる面々。そして円卓の中央には見事な松のボンサイとトーフが置かれている。企業同盟がもたらす秩序はトーフのように完全無欠で美しく、かつ脆いものであるという隠喩だ。

 ここはIRCコトダマ空間であろうか? 否、メタ・バースである。彼らは最新の光学技術とIRCネットワーク網によって世界各地から同時接続している。その姿は最新鋭の素晴らしいポリゴン・ワイヤフレームによって描画され、電子的に作られた仮想現実の会議場に同席しているというわけだ。

「磁気嵐が小康状態を迎えた今、ネオサイタマの非常事態に関連し、諸君に早急な情報共有と行動を呼びかけたい」調停者ヨロシサンのサトルCEOが立ち上がり、ノイズ交りの映像を展開した。「ジグラットおよびスゴイタカイビルで、エネアド社の大規模な軍事行動が観測されている。極めて越権的です」

「お言葉ですが!」突然、サングラスをかけたサラリマンが会議場へとログインし、発言した。「弊社の行動は全て正当なものです。必要とあらば全てのIRCログを開示できます!」議会は騒然となった。サラリマンは平然と自己紹介した。「ドーモ、申し遅れました。私はエネアド社の外交部代表、イスハークです」

「何故エネアド社がここで発言を? 御社は常任理事権を持たないはず」カタナのエリザベート・バサラが片眉をつり上げた。アマテラスCEOが畳み掛けた。「田舎企業の分際で! 創業何年だ!」「緊急時に諍いはおやめなさい」調停者サトルは冷静にたしなめた。「ちなみに、御社には誰が参加権限付与を行ったのです? エネアド=サン」

「僭越ながら、弊社にてエネアド社に発言権を付与しました。非常事態ですのでね」ヤナマンチ社のヤナマンチが言った。何らかの含みを持たせたヤナマンチのポリゴンのアトモスフィアに、他の常任理事企業は眉をひそめた。イスハークはこれ見よがしに拍手し、オジギした。「感謝の至りです、ヤナマンチ=サン。実際、弊社の行動は危機回避と市民保護が目的。メガコーポ連合法に基づいておりますので」

「では誤解を与えぬよう作戦行動を中止……」「できませんね」イスハークはサトルの言葉に割り込んだ。極めてシツレイな行い。会議に一瞬沈黙が訪れた。そしてアルカナムのハイエージェント・ビル・モーヤマはむしろ、ヤナマンチをじっと観察している。便宜をはかった事の真意をはかるように。

 剣呑なアトモスフィアに気づかぬが如く、イスハークは続けた。「弊社の作戦行動は止めません。何故なら、黄金立方体によるネオサイタマ破壊を防いでいるのは、他でもない。弊社なのですから」「聞き捨てならんぞ」アマテラスCEOが不快表明した。だが、イスハークは身を乗り出し、大仰なモーションを伴って発言した。

「弊社の調査部門は、非常事態の原因が黄金立方体にあると目星をつけ、緊急調査を出動。自我亡失症の危険を冒してスゴイタカイビルに展開し、結果、黄金立方体の放つエネルギーの安定化に成功するに至ったのです! ひいては……無尽蔵のエネルギーが、抽出可能となるやもしれません」

「何だと!?」「御社が、黄金立方体のエネルギーを……安定抽出?」「エビデンスレスだ」「しかし事実ならばこれは」各社は驚きを隠せぬ。もしそれが実現するならば、エメツの発見に次ぐエネルギー革命が起こる。発言権を持たぬレッサーメガコーポ各社も、エネアドの一挙手一投足を息を呑んで見守る。

「御社らが弊社の正当な権利を侵害するおつもりならば、予めお伝えしておきたい。いま弊社が退けば、黄金立方体が暴走し、ネオサイタマが消し飛びます。そうではなく、我らの自己犠牲的献身を承認して頂けるならば……黄金立方体の安定化に関する諸技術とデータを、後日シェアさせて頂く所存です」

 イスハークはサングラスを指で支え、この提案が会議にもたらした衝撃を満足げに見渡した。ナムサン。なんたる欺瞞か。カスミガセキ・ジグラットの死闘と、その結果がもたらした結果を目の当たりにした読者の貴方は、この空虚な提案を破り捨て、その下で実際に起こっている真実を見出す筈だ。

 そして、もしも読者の貴方がなおかつデジ・プラーグの魔術師ニンジャであったならば、ネオサイタマを魔術的に俯瞰した結果、感嘆のハイクを余儀なくされたであろう。オヒガンを揺るがすほど激化するカリュドーンの儀式の中、イレギュラーめいて生み出された巨大なアートが、都市の瓦解を繋ぎ止めたのだから。

 重なり合った巨大な都市アートは、市民たちの自我が黄金立方体の光によって分解されるのを防ぐばかりか、ネオサイタマそのものの物理座標と論理座標を貫いて固定し、その01崩壊を水際で阻止していた。

 だが……その核となった赤黒のオリガミの力は、すなわち、ニンジャスレイヤーを源としていた。

 その負荷は如何ほどであろうか。マスラダはニューロンを千千に引き裂かれるような戦慄的苦痛と戦い続けながら、ナイチンゲールとマリシャスに対してアイサツを返す自分自身を感じ取っていた。ナラク・ニンジャが表出し、メンポが歪み裂け、全身が燃え上がった。(ニンジャ。殺すべし!)

 それでもマスラダはナラクを御しようとした。(ナラク……!)「「イヤーッ!」」ナイチンゲールとマリシャスが襲いかかると、もはやマスラダの自我は怒涛めいた力の嵐の中でナラクのそれと混じり合い、都市を繋ぎ止めるニューロンの白熱が、理性を焼き焦がしていった。「アバーッ!」叫び。敵の。

「イヤーッ!」「アバババーッ!?」視界が暗転し、燃えながら輝き、マリシャスの左肩甲骨付近が引きちぎれるさまが焼き付いた。歓喜の感覚が麻薬めいて流れ込んだ。「グググググハハハハハ!」ニンジャスレイヤーは笑った。「イヤーッ!」ナイチンゲールのカタナをシラハ・ドリし、掌で焼き溶かす。

「イヤーッ!」背後から襲い来たのはマリシャスのメイアルーアジコンパッソだ。「遊戯めが!」ニンジャスレイヤーは地を這う炎の渦めいて蹴りを潜り、真のメイアルーアジコンパッソを放った。致命の踵がマリシャスの後頭部を割り、脳を焼きながら撒き散らした。(あああああ!)マスラダは叫んだ。

「サヨ、ナラ!」ニンジャの叫び声がニューロンに反響する。ナイチンゲールが懐の隠しクナイにカラテ粒子を纏わせ、迎え撃つ。だがマリシャスの爆発四散パーティクルを突き破ったニンジャスレイヤーは赤黒の炎軌跡で真円を描き、回転踵落としを振り下ろし終えていた。

 着地し、前傾したニンジャスレイヤーは、ナイチンゲールの正中線に赤黒の熱脈が浮かび上がるさまを、邪悪な喜びとともに見つめていた。ナイチンゲールは己の顔面を片手で押さえたが、無駄であった。クナイ片手に半歩踏み出したとき、彼はふたつにわかれ、ニンジャスレイヤーの左右に倒れた。

「サヨ」「ナラ!」ナイチンゲールが爆発四散し、その痕跡を赤黒の炎が洗うように吹き流していった。マスラダは炎の中にいた。ナラクは再び、遠くの地面にザナドゥを見た。息がある。(殺すべし……)瞬きすると、ニンジャスレイヤーは燃えるテンプルの中で、巨大黄金ブッダ睡眠像を前にしていた。


◆◆◆


「イヤーッ!」ジグラット内部の竪穴にジグザグの黒橙軌跡を刻み、サツバツナイトは降りていった。三点着地した彼は顔をあげ、熱の源、燃え落ちるテンプルを見た。カリュドーンを乱す存在、ニンジャのザナドゥを見つけ出し、トドメを刺す。シャン・ロアの第三の目を通し、セトの至上命令が流れ込む。

 厄介な命令だ。サツバツナイトは自身の状況を自覚している。思考は淀みなく巡り、身体は万全に動く。しかし、セトの至上命令は奇妙に、しっくりと、彼の中に前提化されているのだ。いかにしてこの呪いを脱するか。そしてジグラットに幻影を重ね、儀式の力を乱したザナドゥというニンジャを殺すのだ。

 だが、その前に、為すべきことがある。

 サツバツナイトは眉間に皺寄せ、闇の中に浮かび上がる黄金を見た。既にテンプルは燃え落ち、黄金ブッダ睡眠像だけが、消えぬ炎の明かりを受けて、浮かび上がった。ブッダ睡眠像の首の上の部分に、ザナドゥが、引っかかるように、うつ伏せに置かれていた。……そして。

 炎を受けて、寝ブッダ像を見上げ立つ赤黒の影。その背中。サツバツナイトは一歩踏み出す。赤黒の影は振り返り、サツバツナイトを見る。「忍」「殺」の漢字が牙めいて裂けた禍々しきメンポ。燃え上がる瞳。「……ながき時を経て、オヌシと相まみえる時が来たな」サツバツナイトは呟いた。

「フジキド」赤黒の死神は燃える目を歪め、名を呼んだ。爪先で足元を蹴り擦ると、ニンジャ達の惨たらしき残骸が飛び散り、火の粉と化した。襤褸布じみたマフラーから、黒い火の粉が散った。

「ドーモ。サツバツナイトです」フジキド・ケンジは力強くアイサツした。満身創痍の赤黒の死神は双眸の炎を散らし、決断的焦点を結んだ。裂けたメンポが軋んだ。見開かれた目からは血涙が流れ、ニンジャに対する苛烈な憤怒が渦を巻いた。「ドーモ。サツバツナイト=サン。ニンジャスレイヤーです」

 ザナドゥには息がある。これを殺す。セトの至上命令がニューロンに反復する。だが、いかなセトの呪いといえども、このイクサを阻ませはしない。サツバツナイトはニンジャスレイヤーの状態を見て取った。ニンジャスレイヤーは一方の目に激しく黒炎を渦巻かせ、もう一方の目に焦点を保ちつつあった。

「ググググ……」ニンジャスレイヤーは唸り声をあげた。焦点を結んだ瞳が明滅し、そのたび、断続的な圧倒的殺意が放射された。このジグラットより溢れ出、ネオサイタマをも蹂躙する殺意。サツバツナイトはジュー・ジツを構えた。ニンジャスレイヤーは前傾した。二者は同時に動いた!


9

「イヤーッ!」「イヤーッ!」えぐるような出合い頭の右フックをニンジャスレイヤーは繰り出す。サツバツナイトはジュー・ジツの構えを維持してすり足で高速前進し、最小限の動作でニンジャスレイヤーの拳をいなし、逆の手で心臓部に突きを打った。だがニンジャスレイヤーは既にそこに居ない!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは延髄を刈り取る蹴りでサツバツナイトに襲いかかった。「ヌウウッ!」サツバツナイトは上体を反らし、そのままブリッジ姿勢に移行して、致命的蹴りを躱した。そして逆さ蹴りを繰り出した!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは空中で強引に二回転し、再度の蹴り!

 KBAM! 赤黒の炎が爆ぜ、橙の光が彩る。寝ブッダ像の穏やかな顔面に、恐るべき二忍のイクサの閃光が照り返った。(ヤンナルネ)伏せ目の寝ブッダ像は、まるでそのように呟き、嘆息しているかのようだ。「イヤーッ!」跳躍したニンジャスレイヤーは像の頬を踏みしめ、トライアングル・リープした!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」赤黒の光線じみてトビゲリを繰り出したニンジャスレイヤーに、サツバツナイトは暗黒カラテ技、サマーソルトキックで迎え撃った。激しいカラテ爆発が再び生じ、二者は互い違いの方向へ弾き飛ばされた。「スウーッ……ハアーッ!」サツバツナイトは深く呼吸しながら着地!

 一方、ニンジャスレイヤーは燃える超自然炎熱車輪じみて回転を続け、空中に留まっている。四方八方に凄まじい邪気が乱れ飛び、不定形のオバケめいたアトモスフィアが闇に滲んだ。(((フジキド! オヌシ如きが自身の至らぬワザに頼ってリアルニンジャたらんとするは完全に片腹痛し! わからせてくれる!))) 

「スウーッ! ハアーッ!」サツバツナイトは中腰姿勢で呼吸を深め、ニンジャスレイヤーの次なる攻撃を警戒しながら、意識を研ぎ澄ませた。身体をカラテが循環し、ジェット・ブラックのマフラー布の端がセンコの橙を強めた。加速した彼の意識はセトの呪いをも貫き、ニンジャスレイヤーの魂を見通した。それはチャドーが見せる万物の力の流れのヴィジョンだった。

 不定形の禍々しきニンジャソウル、ナラク・ニンジャ。ナラクは今、ニンジャスレイヤーの自我の前面に表出し、肉体を完全に制御しているといってよかった。そしてそのナラクの炎の中に囚われ……あるいは護られるように、マスラダ・カイの自我は在った。失われていない。眠ってもいない。

 アイサツの時、ニンジャスレイヤーの一方の目は、確かに人の意志を留めていた。それが意味するところをサツバツナイトはチャドー呼吸の極度集中の中で逆算的に推理してゆく。ネオサイタマ各所に存在し、ダークカラテエンパイアを警戒せしめていた赤黒のオリガミ。その出どころは明らかだ。

 オリガミを核として巨大なアートが作られ、それがネオサイタマの崩壊を繋ぎ止めた。セトは儀式進行下でこの状況を想定していなかった。それゆえ、このアートを看過せず、サツバツナイトに制作者であるザナドゥの抹殺命令を下している。

 だが、今まさにネオサイタマを繋ぎ続けているのは、紛れもなくマスラダ・カイの自我だ。サツバツナイトは力の流れのヴィジョンを見通し、それを確信した。

 人型の燃える意志じみたマスラダは、まるで燃える縄に喰らいつき、自身を係船柱たらしめて、ネオサイタマという巨大な方舟を嵐の海から引き戻そうとしているかのようだ。かつて己の中にもあったナラク・ニンジャをかすがいとして、フジキドはその凄まじき苦行のさまを確かに感じ取った。

 ナラクの力は現在、マスラダの自我に混ざり込み、激しく循環して、崩壊寸前のところで踏みとどまらせている。そしてそれゆえ、自我の主導権はナラクにある。

 フジキドは己がかつてナラクに意志を任せた幾度もの苦い瞬間に思いを馳せた。ナラクはその時、暴走と殺戮を通して、フジキドを曲がりなりにも滅びから遠ざけていたのだ。

(ナラク……!)だが、そのサイクルが最終的に導くのは袋小路だ。ナラクが全てを握れば、やがてはマスラダを害しナラク自身をすら害してしまうような悲惨な結末に行き着く。それはナラクを体験した彼にしかわからぬ、恐るべき実感だ。ここへ至り、フジキドには道が見えていた。ゲンドーソー=センセイの背中が。

「イヤーッ!」赤黒の車輪は殺戮の力を解き放った! 四方八方に撒き散らされる赤黒の炎! その一つ一つが嘆きのスリケンと化し、乱れ飛び、サツバツナイトに襲いかかった! ナラク奥義! ツヨイ・ヘルタツマキ!「イイイイイ……イヤーッ!」サツバツナイトはスリケンを投げ返した! 撃ち落とす! 足りぬ! 連続側転! 駆ける!「イヤーッ!」

「ググググハハハハハハハハ!」ナラクの哄笑がジグラット空洞に反響した。上方に飛んだツヨイ・スリケンはジグラット外壁を貫通し、そのまま上空へ逸れた。サツバツナイトは寝ブッダ像周囲を走りながら、意志を持って追い来る嘆きのスリケンを、自身のスリケンで一つ一つ相殺してゆく。

「ザナドゥを抹殺する為には、まずニンジャスレイヤーと戦闘しなければならない」。この現場判断は実際なんらセトの命令からは逸脱しておらず、それゆえセトが覆す事は出来ない。サツバツナイトは今はただ、己の成すべき事を成し遂げる為に動いている。嘆きのスリケンを破壊し、走り抜け、飛び渡る。

「イヤーッ!」飛び来たった嘆きのスリケンを踏み崩し、それを踏み台に、サツバツナイトは再跳躍した。「イヤーッ!」既にニンジャスレイヤーはスリケン投擲に続くカラテに出ていた。自身の背中を爆発させ、サツバツナイトをめがけ空中突進しながら、両手チョップを振り下ろした!「イヤーッ!」

「グワーッ!」サツバツナイトはチョップを両肩に受けて垂直落下し、寝ブッダ像の眼前の床に叩きつけられた。網目状の亀裂が床材を波紋じみて伝う。サツバツナイトは横へ転がり、続くニンジャスレイヤーの垂直落下追い打ちチョップ突きの連打を躱す!「イイイイイヤアアーッ!」「イイイイイヤアアーッ!」

 床が! 崩落! KA-DOOOOM! 凄まじき崩壊とともに更なる広い下階ホールが出現し、彼らと共に落下した寝ブッダ像はそのまま着地した。一方、「「イヤーッ!」」ニンジャスレイヤーとサツバツナイトはそれぞれに頭上へフックロープを放ち、床の崩れ残りに鈎を噛ませ、分銅めいて反動をつけた!「「イヤーッ!」」

 おお、見よ!いかなるジゴクの手練れサーカス団であれば、そのような悪夢空中ブランコめいた演目を構成できようものか!? 赤黒と黒橙、二つの影は互いに空中で弧を描いたのち、再び吸い寄せられるように衝突した!「イヤーッ!」「イヤーッ!」空中カラテ短打ワン・インチ応酬! ナムサン!

 クラッカー球体同士の衝突じみてぶつかりあった一瞬のうちに、数十度の短打応酬が為された。再び離れる二者。互いに側面壁を蹴り……ロープを捨て……同時に水平トライアングル・リープで再接近! ぶつかり合う!「「イヤーッ!」」ワン・インチで殴り合いながら、二者は垂直落下! 落ちながら打撃!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 KRAAACK! 時間の流れが凝縮され、互いの視界はハイスピードカメラじみて、泥めいて鈍化した。二者が同時に着地した瞬間、サツバツナイトは側頭部にニンジャスレイヤーの踵を受けていた。凝縮した時間が解放される!「……イヤーッ!」「……グワーッ!」鮮血が円状に迸った!

 短打戦を制したのはニンジャスレイヤーである! サツバツナイトは、しかし、それでも戦えていると言ってよかった。ニンジャスレイヤーの凄まじきカラテに、サツバツナイトは食らいついていた。かつて己が長くイクサを共にしてきたナラク・ニンジャのワザマエがヒントだった……!

「イヤーッ!」側頭部に蹴りを受け、その勢いで半回転、上下逆さになりながら、サツバツナイトはニンジャスレイヤーの脚を殴りつけた! 咄嗟の打撃だ!「ヌウッ!」だがその必死が通った! 怯むニンジャスレイヤー! サツバツナイトは床に頭頂部を接し、コマめいて回りながら蹴る!「イヤーッ!」

「ヌウッ!」ニンジャスレイヤーは上半身を反らして躱し、そのまま手を床について蹴り返す! メイアルーアジコンパッソだ! 一方サツバツナイトは逆さ蹴りから流れるようにやはり手を床につき、蹴り返した! メイアルーアジコンパッソ返しだ!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」

「「イイイヤアアアーッ!」」

「グワーッ!」サツバツナイトは螺旋回転しながら吹き飛ばされていた。ナムサン。ニンジャスレイヤーはメイアルーアジコンパッソの最後、二倍速度で二回転の勢いを乗せて蹴りを繰り出し、サツバツナイトの肩に叩きつけていた。床を転がり、呻くサツバツナイト。ニンジャスレイヤーは一歩一歩近づく。

「スウーッ……」サツバツナイトは肘をついて身体を持ち上げ、起き上がろうとする。その背中が震える。割れた肩甲骨を筋肉の脈動で圧着し、なお戦わんとする。「……ハアーッ……」チャドー。フーリンカザン。そしてチャドー。

「ブザマ。この短き切り結びの間に、オヌシは儂に二度敗れた。即ち二百度敗れたに等しい」ニンジャスレイヤーは言い放ち、片目を渦巻かせた。足跡が燃え上がった。

「スウーッ……ハアーッ」「忌々しきチャドー呼吸はオヌシのブザマを長引かせるのみよ。二百度オヌシが儂に縋りつこうとも、儂はオヌシを二万度叩き潰す」「……スウーッ……ハアーッ……!」サツバツナイトは呼吸を深めた。空気が彼の周囲で渦巻いた。彼は立ち上がった。

 ニンジャスレイヤーは前傾した。サツバツナイトはニンジャスレイヤーを睨んだ。流れるように、彼はジュー・ジツを構えていた。不用意に手を出しておれば、ニンジャスレイヤーは反撃を受けただろう。ニンジャスレイヤーは前傾姿勢に再びカラテを漲らせた。

 サツバツナイトは言った。「回数など問題ではない。オヌシは私を倒せぬ」「言いも言うたり」ニンジャスレイヤーの背が沸騰した。「その身をもって、愚かな言葉を確かめるがよいわ」

「……スウーッ」サツバツナイトは深く吸い、吐いた。「ハアーッ」彼の輪郭は橙色の光を強く帯びた。チャドーで研ぎ澄まされ、力の流れを刻む彼の視界。ナラクの中で、凄まじい重荷に耐えながら、内なるマスラダがフジキドに視線を返した。

 マスラダは頷いた。フジキドがなにを為そうとしているかは知らず、ただ、決断的意志の向かうところを理解した。(やってくれ)……ナラクの荒れ狂う炎はたちまちそれを遮り、無尽蔵の破壊衝動と憎悪を上塗りした。(((マスラダ。寝ておれ!)))

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