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逆噴射小説大賞2024まとめ

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逆噴射小説大賞2024の全応募作品をまとめていくマガジンです。収録漏れらしきものを発見した場合は教えてください。
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#ホラー

2024年10月に「逆噴射小説大賞2024」を開催します

文字数制限は800文字以内! 今回の本文文字制限も、800文字以内です。しかしこれは「800文字以内で物語を完結すること」という意味ではなく「小説の冒頭部800文字で応募する」という意味です。つまり「この続きを読みたいと思わせる、最もエキサイティングなパルプ小説の冒頭800文字」を表現した作品が大賞を受賞し、その応募者は大賞の栄誉とともに黄金のコロナビールを獲得できます。 ◆逆噴射小説大賞とは◆この大賞イベントを主催する ダイハードテイルズ/Diehard Tales は

anniversary.

 記念日の昼はカフェアルマトイに行こう、ずっと前からそう決めていた。  妻はこの店のレアチーズケーキを寵愛している。証拠がこの無我夢中とでもいうべき食らいっぷり、フォークで削り取った小さな片を口に運んで運んで、ムチャ、ムチョ、と大げさに咀嚼している。僕の方には目もくれない。 「自治会のさァ」  僕は妻に語りかけてエスプレッソを啜る、反応なし。妻のフォークに溶けた口紅がべとりと付着しているさまが見えた。 「自治会のさァ!小此木さんと最近仲良いみたいだけど、何かあったの?

少女の影は怪獣が如く

 ぼくはおつかいを果たすべく夜見ヶ浜へ来た。  クラゲがわいた九月の海に、紫色の粘土を細かく砕いたような粉をまく。  粉末は荒波にさらわれることもなくその場で薄い膜を張り、ボコボコと泡立つ。  と、膜の内側から血色のよい鼻とくちびるが突き出し、目のあたりが落ちくぼんで、髪の毛が生えてきた。  すっかり人間の頭になると、ぼくの目と目が合った。 「お にい ちゃん」  その子は三年前に沖へ流された妹だった。 「おにいちゃん。おなか、すいた」  三年分伸びた髪と黒い

怪物 #逆噴射小説大賞2024

 その廃アパートは、まるで始めからボロボロの素材で建築されたかのようだった。壁は欠け、窓は割れ、郵便受けは所々が錆びついていた。  少女は小学校から帰る途中にその建物を見かけ、中へと入って行った。少女は何が何でも家に帰りたくはなかった。あの家から遠く遠く、離れたかった。けれど、その時突然現れたかのように見慣れない、あの廃れた建物にどうして入ろうと思ったのかは彼女にすら定かではない。まるで吸い込まれるかのようだった。  アパートに入った少女が目にしたのは、黒い影が人を襲う光

カルヴェニ

 寝支度を始める段になって、ガラス戸をバンバンと叩く音がした。壊れそうな勢いに俊也は父母と顔を見合わせた。  叩く音が鳴り止まず、急いで扉を開けると、泥だらけの妹が泣きじゃくっていた。妹は友達の家に泊まっているはずだった。俊也が経緯を尋ねると電柱を指さした。  「あぁっ」と母が悲鳴を上げた。  暗がりで何かがこちらを見ていた。体毛がなく、頭だけがやけに大きい。半開きの口の中は照明を受けても真っ黒だ。俊也は尖った耳の形で、それを犬と判断した。 「カルヴェニを飼わないと」  妹が

金魚姫

 目の前に映るのは、琥珀色の鱗に覆われた下半身の私。  壁の向こうには、妹の早紀がにこにこしながら、ミルクを美味しそうに頬張っている。本来なら、私も早紀の隣で一緒に過ごしていたのかもしれないのに。私が口に出来るのは、泥のような色をした丸い餌のみ。  姉妹でこうも違うなんて、神様は不平等だ。この家の中で、私はできそこないの娘。どうやら私は、ママに一度も抱きしめてもらうこともないまま、生涯を終えることになりそう。 ※  長年不妊に苦しんでいた、私のママ。体外受精を何度か失

離島 - アンデッド・エピソードファイル [逆噴射小説大賞2024]

 今日は月に一度の生存証明の日。  村役場は住民たちでごった返していた。 「このゾンビ野郎!ガン飛ばしてきやがって」  向こうから怒鳴り声が聞こえてきた。  …また仁さんだ。 「どどどどうしましょう…」  バイトの志賀くんが飛んで来た。  様子を見に行くとちょうど仁さんがゾンビの田中さんに掴みかかっているところだった。  仁さんはスケルトンだ。ゾンビと相性が悪い。  俺、田辺健太郎はほとほと参っていた。誰だ簡単なお仕事だとか言ったのは。  左遷先が離島の村役

不意の朝は夜まで響く

 すごくうるさく、すごくくさい。  聴覚と嗅覚への暴力でオレは目が覚めた。  静かなことがこのアパートの唯一のいい所なのに、これでは長所が台無しだ。  猛烈に頭痛がする中、オレは目を瞑った。起き上がる気はさらさらなかった。どうせ二日酔いだ。  何しろ昨晩は大学時代の後輩と一晩飲み歩いたのだ。今のオレはグロッキーなことこのうえなかった。  あきれ顔の後輩の「先輩は変わりませんね」という小言が忘れられない。 在学中は散々可愛がってやったのに冷たい奴だ。  インターホンが鳴っ

うろくず

「はい、今日のご依頼はですねー、マンションの管理者さんからでして」  部屋の前の通路で動画サイトにUPする挨拶を撮る。主に喋るのは入社2年めのミネちゃんだ。 「んでー、借りてたご家族と連絡が取れなくなってー、私たちゴミ屋敷バスターズにご依頼いただいたわけですね〜」  ミネちゃんのほにゃほにゃとした喋りと笑顔。彼女はドアを開けて部屋の中へと入っていく。俺は撮影しながらそれを追う。  嗅ぎ慣れた異臭がマスク越しに鼻腔を襲う。慌てたように遠ざかっていくカサカサ音。カメラの視