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《街》にダイヴするとき、決まって全身全霊を総毛立つような感覚が駆け抜ける。 自我を除く全情報が書き換えられ、私達は指定座標に出現する。 私は耐刃レザーのボディスーツ、パートナーのエドはへんな騎士鎧の姿だ。 「なあオリー、本当にこんな場所に適合者がいると思うか?」 エドの機嫌が悪い。 「さあね、おやっさんが言うのだから確かでしょうよ」 《街》。それは無限に続く巨大な一本の通廊の形をした閉鎖系世界だ。そこに共通した上下の概念はなく、本人にとっての接地面が下となる。 四つの壁
あらましはこうだ。星新一が予言した穴は実在した。アリゾナ州にあるトーラス状垂直閉空間(TVC)がそうだ。そこでは空間が環を成しており、地表に忽然と空いた直径20mほどの穴の中と、近接する都市の上空とが繋がっていることがγ線を用いた実験により実証された。穴に向けて放射されたパルスが、数年の間を置いて空高くより降り注いだのだ。 この発見は驚愕を以て受止められた。特に科学界の反響は大きく、星新一はその年のノーベル物理学賞を受賞した(故人なのに!)。穴は人類の発展のために恒久的
「泣きながらこの世に生受けた我々は生まれながらにして不幸である。赤子は何を恐れて泣いているのか、慈愛に満ちた母の腹の中にいてなお赤子を悩ます不安の種、それは紛れもない死の恐怖である。その種は赤子の成長とともに肥大化し、いずれ日常の全てに死は纏わり憑き、遍く人々にニヒルを想起させる。自己破壊、破滅、絶望、感情は伝播と共鳴を繰返し、更なる悪循環を引き起こす。悲劇のパンデミック……。 我々は悉く願望を叶えてきた。数多の思いがけない方法によって。移動の為に車輪を生み出し、正確さの為
白金に輝く長い髪をかきあげエルフの面接官は口を開いた。 「まずお名前をお願いします」 「はい、ジョージ・ウィリアムズです」 面接官はちらりとこちらの顔を確認した。俺が本当に白人かを確認しているんだ。他の人種だったらこの面接すら受けることはできなかっただろう。彼らに比較的近い外見をもつ者でなければ正社員になるのは難しい。 「大学は四十年制ウェストミンスターの卒業だとか」 「ええ」 ここまではいつも通り順調だ。俺は人類にしては尊大に頷いた。人類には過酷な卒業条件を満
「無法の神々」の宇宙ビリヤードにより太陽系がブラックホールの藻屑と消えてから1億年。 人類最後の生き残りである私は、ラフラー宙域の中心に浮かぶ巨大遊興ステーション「巨神の休息場」に居た。 全人類の仇である「無法の神々」の内の1柱がここに入り浸っていると聞いたからだ。 今「怠惰のヒースー・ヤ」を逃せば、再び、微かなエーテルの残滓を辿りつつ、正気を蝕む暗黒の宇宙の中、数千年は奴を追い続けることになる。 オーストラリア大陸がすっぽり入る位に広大な玄関ホールには、様々な種族
ふと、御神体を整備してたとき、ここで俺が御神体を壊したらどうなるかな、と考えた。 そのもしもは現実にならないまま、御神体が目を開く。多層レンズの瞳を細めると、立ち上がって伸びをする。 「感謝する」 そう言うと御神体は俺を優しく抱きしめた わかっている。御神体が壊れるのは、俺だって嫌なのだ。 もし御神体『バジュラ』が破壊されれば、制御者の消えた俺たちアンドロイドはきっと良心を失ってしまう。御神体が俺たちのシステムへ常に介入してくれているからこそ、俺たちは人畜
「ヘルメス、聞こえるか」 「聞こえる。私はヘルメス」 「バイタル良好。お前の意識は分割されて三体のドローンに転移している。何が見える」 「空。海。ミサイル基地。人々。銃声」 「知能低下無し。さて、俺たちの任務はクソの後始末だ。特殊部隊は全滅し、四十名の人質は処刑の真っ最中。で、処刑後にテロリストはミサイルを発射する」 「猶予は」 「三十分、あるいはもっと早い。お前の任務は島のミサイル起動モジュールを破壊し、テロリストを全員殺せ。前大統領は五分前に全ての責を取って辞
ダイヴ、スタート。おれの視界を覆っていた緋色の砂嵐が明け、目の前にカウンターが見える。 「ウェルカム。冒険者<エクスプローラ>。本日はどちらへ?」 「火星マスドライバー第69層。ライディングドレイクをレンタル」 「了解しました。解析対象は指定しますか?」 「MWコインのマイニングを」 「了解しました。ゲート、開きます」 虚空に石のアーチが出現し、その暗黒へ、おれは無造作に足を踏み出した。 2009年、世界各地にて深黒の不明物体(大型バスほどだ)が出現した。 測定不能の度外れ
痛む肺。振り返れば仮面の巨体。徴魂吏(グリムリーパー)。白鎌が身体を通り抜ける熱さと魂を剥がされる寒さ。 それがユキが最後に見て感じた物だった。 魂魄本位制度に移行してから半世紀。価値が決して摩耗しない魂の需要は上がり続けている。 市は納税義務を14歳にまで押し下げ情け容赦ない課税により魂を狩る。 僕は雨に打たれながらユキだった物の前で立ち尽くす。寒さは感じない。安物の義体にそんな機能はない。 ユキとはスラム街で生まれた時から一緒だった。 彼女が病気になっ
日本政府はクソだが、大麻を合法化したことだけは立派だったと吸うたびに思う。 「そう思わないか?」 そう隣を歩く犬に話しかけると犬は、 「さあね、だが我々にとって利益があったのは認めるところだ」と気障ったらしい返事をする。 俺がラリっているのかって? 違う。彼はおしゃべりドッグだ。 大麻の合法化で犬が大麻を吸い、偶発的に知性を得た。その衝撃は軽い世界大戦が起きるほどだ。そのため、動物に大麻を与えるのは禁忌となった。 「知性は人だけのものという思い上がりを正せたのは愉快だ
暖流が、少年の頬を撫でる。 青々とした海底に降り立つと、そこは墓地の跡だった。古びた墓石に波影が覆いかぶさる。少年は思わず、左手に装着したマニピュレータを墓石へと伸ばした。 「こちらナルバロ号、通信状態の確認求む、どうぞ」無線機からの声に、我に返る。「こちらベルーガ、通信状態良好、どうぞ」通信を返しつつ、少年はその場を跳び離れた。脚部のモーターが、少年の機械化された体躯を十数m上昇させる。 眼下の村が海に呑み込まれたのは、少年の生まれるよりもずっと前のことだった。
メチルヒドラジンとエリクサーの配合物が点火し、噴射が始まる。レースが始まる。本来は平行世界どもを集めてバトルロイヤルの予定だったがレースのほうが長期的な見世物になって興行収入が入ると責任者は考えた。 武装担当のサカヤマが祈る。仏教徒のこいつはインドで六年間修行した挙げ句にレーサーになった。バディを組んだ理由は賞金の寄付。 百メートル右でユニコーンが出馬を待つ。角が生えて神々しい本物の聖獣。雷とホーリーガスがかなり厄介だ。 二百メートル左には量産型魔法少女マカイゾ
「この俺が!最高レアリティの!SSRの俺が敗れるなんて!」 男は俺に倒され、強化素材になった。レアリティの高い人格(パーソナリティ)は、ドロップする素材もいい。これでしばらくは金に困らなそうだ。俺はドリンクを飲み、スタミナを回復する。 誤解するな、俺は無差別殺人者ではない。 俺が殺すのは『リセマラ』をするやつと『リセマラ』産の人間だけ。 この世界にSSR人格が産まれる確率は0.6%、そのほとんどが上流階級に独占されている。なぜか?『リセマラ』だ。SSR人格の子供ができるま
「おっさきー!」 「遅え!欠伸が出るぜ!」 アカネとトウヤの声を無視し、地盤沈下で荒れ果てた道路を疾走する。二人の飛行型、多脚型に比べると二脚型はこの道で不利だ。だが、想定内。 超高層建築が見えてくる。余りに高すぎるため壁沿いを迂回するか、内部を押し進むのが定番だ。構わず直進する。大丈夫だ、きっとやれる。自分に言い聞かせる。 壁まで100メートル。ホップ。 エアロと爪先のスプリングが展開する。 70メートル。ステップ。 大腿部が180°回転し逆関節に変形する。 着地