マガジンのカバー画像

逆噴射小説大賞2019:エントリー作品

554
小説の冒頭800文字でCORONAを勝ち取れ。ダイハードテイルズが主催するパルプ小説の祭典、「逆噴射小説大賞2019」のエントリー作品収集マガジンです。だいたい1日1回のペースで… もっと読む
運営しているクリエイター

記事一覧

遺骸の森

遺骸の森

いつからだろう、私はこの透明な湖の畔に立っていた。
具体的にいつからかはわからない。
意識した時には、既にこの場所に立っており、それ以前の記憶がないためだ。ただ……どこか遠い、霧の中を歩いていた気がする。

まあ、そんなことよりも水を飲もう。
湖の水は非常に美味しい。
あと日光も浴びたいがそれは天気次第である。
枝葉を一杯に伸ばし備えよう。

今はとりあえず力を付けなければならない。
貧弱な木では

もっとみる

加速スイングバイ

惑星探査機が地球の重力を使って宇宙へと旅立っていったように、皆誰かの力を借りて頑張っているんだろうね。ハルちゃんは、誰の力を借りてスイングバイするんだい?                      ーー図書館館長 アマノーー

今日も相変わらず、私はひとりRPGを遊んでいる。物語も終盤で、ちょうど飛空挺を手に入れて、どこにだって行けるようになった所でセーブをして切り上げた。

物語の主人公たちとは

もっとみる
シトロエンの孤独

シトロエンの孤独

 「ああ……海の匂いだ」

 鉛色の雲が垂れ、松の防砂林は昼だというのに日暮れの影を落とす。女がハンドルを握る黒いシトロエンは、古い映画のような色彩の中を疾駆する。助手席の男は何も言わなかった。

「相変わらず錆臭いなあ」

 女は分かっていた。錆びの匂いは、海浜公園の遊具や野球場のフェンスが、潮風で緩やかに殺される匂いではない。

「あんたと出かけると、いっつもしまらなくて笑っちゃうよね」

 

もっとみる
超密着!世界ランタンロイヤル

超密着!世界ランタンロイヤル

 我が魂は年一度ハロウィーンの夜に甦る その時地上で最も強大なジャック・オ・ランタンを産み出した者の願いを叶えて進ぜよう

 ジョン・バンボギンが死んだ、その暴力と異能を以って世界を牛耳る鬼子は腫瘍で呆気なく逝った。均衡は崩れ、世のアウトロー共は彼の遺言に野心を駆られるのだった。

 それから始まった世界ランタンロイヤルも今年で52回目、今回も我々取材班は独自に注目した選手達に密着取材を試みた。

もっとみる
ナガヤマ・カイジュー・ディフェンス社「ジェットセイバーⅤ」墜落事件

ナガヤマ・カイジュー・ディフェンス社「ジェットセイバーⅤ」墜落事件

 全長50mを超える巨大な怪獣が、住宅を、電柱を、自動車を、総てを圧し潰しながら歩みを進める。立ち向かうのは、上半身が緑、下半身が黄色に塗られた、全高10mほどの人型ロボット。サイズの差を物ともせず果敢に挑みかかるロボットだが、怪獣が吹き出す暴風に押し返され、有効な攻撃が与えられない。

 もはやあの怪獣を止めることは出来ないのか。人々がそう思った矢先、赤、青、紫で構成されたロボットが雲中から猛然

もっとみる

フローズン・オイル

西部開拓時代、アメリカ。ゴールドラッシュの終焉に見切りをつけた一団はさらに西へーーアラスカへ向かった。大西洋を北に進んだ一団をまず襲ったのはデナリから吹き付ける厳しい寒気だった。数フィート先も見えない地吹雪と吐く息も凍る夜の放射冷却によって、上陸すらままならなかった。一団は気づいた。オーバーオールではアラスカを開拓できないと。

白羽の矢が立ったのがフィルソン社だった。創業者のクリントン・フィルソ

もっとみる

弾除けの加護

深々と急所に刺したナイフを男から急いで引き抜く。その間にも背後で盾にしているテーブルへ銃弾が突き刺さる。
周囲を確認すると、右側から1人回り込んできていた。
そいつと俺がトリガーを引いたのはほぼ同時。『今回も』相手の銃は俺を逸れていく。そして俺の弾も『いつも通り』狙いを外れる。

男の胸を狙って撃った3発の弾は、壁に穴をあけ、テーブルのグラスを割り、そして腿を打ち抜いた。まずまずの成果だ。男は体勢

もっとみる
月の光が人を焼く

月の光が人を焼く

 私を縛る縄が痛いけど、舌の感覚もなくなったから言えなかった。
 殴られすぎて頭がパンパンに膨れてぼーっとしてきた時、事務所のドアが開いた。
「待たせたな」
 とても背の高いムキムキな黒人が入ってきた。私の首なんか簡単にもぎ取れると思う。
「おっ、ゴリラケーキ。よく来たな」
 チビハゲが血だらけの革手袋を床に放って言った。
 黒人は私に近づいた。顔をじっと見てから、私の涙を拭った。殺しに慣れた人の

もっとみる

T.Q.B.ファイターズ!

 白く光る飛行機雲が、少年の視界を横切った。
 それを眼下に眺めながら、少年は操縦桿に少し力を込めた。少しだけ下を向いたコックピットが、向かい風に揺れた。シャツに包まれた、少年の乳首にひんやりした感覚が走る。少し顔を赤らめつつ、少年は操縦桿を左に傾ける、まるで最初からそこに上昇気流が吹いていることをわかっていたように、彼の乗る戦闘機はふわりと浮かんだ。

 男性の乳首が、単なる痕跡器官ではないこと

もっとみる
或人形之足跡(アルヒトガタノソクセキ)

或人形之足跡(アルヒトガタノソクセキ)

広漠とした荒野
普段ならば道を急ぐ商人が通るやもしれぬが今は誰も通りはしないだろう。
そう…荒野を埋め尽くす突き立った矢の海を歩きたがる者などそうはいない。
何があったかは分からぬ。
もしかすれば災害を招く巨獣を迎え撃つためだったのかもしれない。
だがそれらしきモノの姿もなく荒野にはただ矢のみが突き立たるのみだ。
何かの災厄を徹底的に封じるかのように隙間なく矢は荒野を埋め尽くしていた。
時が過ぎ鏃

もっとみる
木霊のエルフに施す薬

木霊のエルフに施す薬

暑い。坑道に足を踏み入れた途端にむっとした熱気がルメの頬にあたった。緩く下って行くにつれてそれは顎から汗を滴らせた。持参のカンテラを巡らせれば黄色く滑らかな岩肌ばかりが目に入り、輝石の欠片も見当たらない。

「この辺は全部採り尽くしちまった」

先を進む案内人が呟いた。”木霊のエルフ"らしくツルハシを背負い、終生鋏を入れることはないという翡翠にも似た髪の間から覗く背中は、松を思わせる鱗状の樹皮に覆

もっとみる
クロノロジカル・バックドア

クロノロジカル・バックドア

「私を殺した人を探してください」

彼女の、依頼人の発言を聞いて、私は近年急速に蔓延しているという薬物中毒者の報道を思い出した。幻視・幻聴の症状を引き起こすのは他の薬物と変わらないが、その薬物―クロノポリス―の常用者は他の薬物常用者と比べて、時制のズレた発言をする頻度が異常に高いらしい。一般的な言語運用能力には影響がないことから、クロノポリスはタイムトリップの効能があり、それが発言の時制に影響を与

もっとみる

消えゆく世界、再生の街へ

自殺志願のこどもが笑ってる。
それでも、鼓動どくんどくん。

俺のこの気持ちは、絶望と呼べばいいのだろうか。

うっすらと月が顔を出す夕暮れ時、高校からの帰り道で俺が住むS市A区の空は無数のミサイルに埋め尽くされた。

こんな事態はやはり、空想科学(イマジナリー)が織りなす芸当なのだろうか。
想像力が物質を創造する科学技術、空想科学(イマジナリー)。世の中に公表されたのは2年も前ではなかったと思う

もっとみる
ドクター・サンクスギビング

ドクター・サンクスギビング

 時間がなかった、時間がなかっただけなんだ。成り行きでやったことだから私は悪くない。仕方のなかったことだ。
「クソッ!」
 パソコンを見ながら私は手に持ったマウスを床にたたきつけた。画面にはNMRスペクトルが表示されている。その結果は、本来あるべきケミカルシフトが表示されていない。つまり私が論文で発表した化合物は合成できていない。深夜2時の研究室には私以外誰もいない。蒸留器と乾燥機がゴウゴウと唸り

もっとみる