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逆噴射小説大賞2019:エントリー作品

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小説の冒頭800文字でCORONAを勝ち取れ。ダイハードテイルズが主催するパルプ小説の祭典、「逆噴射小説大賞2019」のエントリー作品収集マガジンです。だいたい1日1回のペースで… もっと読む
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#ファンタジー

遺骸の森

遺骸の森

いつからだろう、私はこの透明な湖の畔に立っていた。
具体的にいつからかはわからない。
意識した時には、既にこの場所に立っており、それ以前の記憶がないためだ。ただ……どこか遠い、霧の中を歩いていた気がする。

まあ、そんなことよりも水を飲もう。
湖の水は非常に美味しい。
あと日光も浴びたいがそれは天気次第である。
枝葉を一杯に伸ばし備えよう。

今はとりあえず力を付けなければならない。
貧弱な木では

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木霊のエルフに施す薬

木霊のエルフに施す薬

暑い。坑道に足を踏み入れた途端にむっとした熱気がルメの頬にあたった。緩く下って行くにつれてそれは顎から汗を滴らせた。持参のカンテラを巡らせれば黄色く滑らかな岩肌ばかりが目に入り、輝石の欠片も見当たらない。

「この辺は全部採り尽くしちまった」

先を進む案内人が呟いた。”木霊のエルフ"らしくツルハシを背負い、終生鋏を入れることはないという翡翠にも似た髪の間から覗く背中は、松を思わせる鱗状の樹皮に覆

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アンバーグリスの心臓

クジラ狩りの船団が空と海とに浮いていた。

初猟日の空はその年も底抜けに晴れて、天国の跡地まで見通せそうだった。
人だかりのできる港を避けて、ミオは町はずれの砂浜で一人、遠ざかる船影を見送った。
武装飛行船の細い腹はみるみる小さくなって、もう米粒のようだ。その影を追いかけるように、網や大砲を積んだ大型漁船の群れが海上を走っていく。
漁船の一つにはミオの父親も乗っていた。
家を出る前の早朝、父は身支

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立ち枯れの魔女

ごうごうと風がとどろき、風で飛ばされた小石と砂とが、倒れて動かない者たちの上に少しずつ降り積もっていった。

「マロウン、さっさとしろ!てめえのためにこいつらを……!俺が、この手で!」

強風と出血とで立つこともできないクジェンは、仲間と自分の血にまみれた手で、必死に岩にしがみついていた。

マロウンは、この宇宙万物の中で、そしてこの時間軸の中で最も重要となった、ちっぽけな薄汚れた祭壇にうずくまっ

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神の化石 -ガリュンルガプ博物誌-

神の化石 -ガリュンルガプ博物誌-

 最初に言っておく。
 この物語は夢オチで終わる。
 その上伏線も一切回収されない。
 なげっぱなしである。
 つまり佐伯、お前が間違いなく不満を覚えるであろう物語だ。
 だが、現実なんてそんなものである。
 それを、今からわからせる。
 心して読め。
 しかるのちに凹めばいい。

 その博物館には、神の化石が展示されている。

 走る電車から眺める外の光景に、忍者もしくはマリオを走らせたことのな

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クエスト攻略型日常系ファンタジー 物語られない冒険譚

 今更説明するまでも無い事だろうが、ダンジョンとは危険な魔物の巣窟である。神話によれば、天地の神々に背いた邪神が地上にかけた呪いのせいで自然発生する様になったと言う。あっても人間にとって基本的に迷惑な存在なので、大抵は発見次第攻め込んでとっとと潰してしまう事が多い。

 しかしてこのニビイロ鉱山は、人間が管理するダンジョンであった。

「どこがだ!」

 鉱山内に荒っぽい女性の声が響いた。薄暗くも

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無常命脈の誓い

無常命脈の誓い

「なぜって、仕事です。
まあ、そう言ってしまうと味気ないですかね。

貴方が聞きたいのも、そう言った意味ではないでしょう。
しかし、今は悠長に話している場合ではないのでは? 貴方、早く手当しないと死にますよ。ほら、もっと他にも考えることあるでしょう。

……仕方ない。では少しだけ。

まあ、発端が帝国の王位継承を巡る争いというのは貴方も察しがついてるでしょうが……うん?
ああ、帝都から飛ばされるだ

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われら世界軍~”護星王”ベルハルト、かく語りき

われら世界軍~”護星王”ベルハルト、かく語りき


エイル暦394年 7の月

 余は、数多の世界を背に立っていた。

 右翼。ドワーフ達と獣人団が豪快に笑い、オーガが得物を振り回す。鱗持つリザードマンが、装甲地龍軍の隣で長槍を構える。後方でスチーム・ゴーレム部隊が熱い息を吐き、古ぶるしき樹精が枝葉を震わす。 

 左翼。見目麗しい綾目模様は、白金と黒曜、両エルフの混成軍。茨の魔術王が髭をしごき、配下どもに令を伝える。瘴気纏うリッチが杖を振るう

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ヴァンパイア・キャッスルへようこそ

ドイツ某所にあるその城は、世界遺産になっている。東京ドームだか大阪ドームだかがウン百個入る広大な敷地は中世から生きる不死者シド・フォン・アルペジオ公爵氏の私有地であり国立公園でもある。

本物の吸血鬼と会える、と評判の観光地だ

「私は止めたからな」観光ガイドに幾らか握らせ、夜でも敷地に入れる場所を聞き出した。今更後に戻れるか、もう入ってしまったんだ。城の主たちはもう気付いているかもしれない。

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一つ目巨人の眠る地で

「準備はいいか?」
「ああいいよ」

遠くから馬蹄の音が聴こえる中、
俺の問いかけにグレイの髪を風にたなびかせてエルフの女が応じた。美しい顔にはしる傷痕を笑みで歪ませながら。

俺たち二人の冒険者は荒野にいた。辺り一面、赤茶けた土に覆われた地面が延々と続く不毛の地。

そこにひとつ巨大な骨が鎮座している。かつてこの地に棲んでいた一つ目巨人のものだ。通りがかった旅人を喰らっていたこの
巨人はある英雄

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根源のヴィリャヴァーン

根源のヴィリャヴァーン

 わたしたちは誰もがヴィリャヴァーンの輝きから生じ、その根源の炎を胸に抱きながらこのエ・ルランの地へと落ちてきた。

 だから、誰もが落ちてきた苦しみに囚われ続け、輝ける炎を胸に抱いていることすらも忘れて、その生命を終えていくのは悲しいことである。

「なればこそ。人の身のままヴィリャヴァーンに到ろうなどと望むことは、人としての分際を超えた行いでありましょう」

「それは許されざる行い。エ・ルラン

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『牧竜』

『牧竜』

 湾曲した杖を突きつけ羊たちの鼻先から進行方向へ差し向ける。先頭のリーダーを誘導すれば羊たちは驚くほどの一体感で曲がりくねる山道を下っていく。ラマの背に揺られながら牧場へ帰りつくと祖父が山鹿のシチューを用意して待ち構えていた。硬いパンと山鹿のシチューはあまり好きではなかったが遠い日の思い出が香辛料となり祖父が骨までしゃぶりながらワインを愉しむ姿を思い出すと笑みがこぼれてしまう。

 羊や妖精と戯れ

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人よ、竜の手を引いて

人よ、竜の手を引いて

 澄んだ水面を思わせる青い瞳。
 その奥に湛える深く透き通った静謐な気配を、今でも夢に見る。目覚めた後も、瞼の裏に焼き付いて忘れられない。
「E-03-03『ディアクリア』」
 無論、それは幻だ。海を統べ、陸を制し、空に君臨した彼ら。遥か昔に空の果てより来たり、人類に英知を与え導いた彼らはもういない。
 人は、竜に捨てられた。
 人竜乖離と呼ばれた星降る夜。全ての竜はふと一斉に夜空を見上げ、僅かに

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『英雄は帰らじ』

『英雄は帰らじ』

 その日が私の初陣だった。地平線まで続く揃いのブルー・コート。戦友たちの顔は功勲への期待に輝く。

 人馬兵連隊はその存在意義を銃の登場により危ぶまれたが、その体躯と速度からの衝撃力は未だ健在。
 この一戦で武功を示し、家名に恥じぬ男であることを証明する。相手は弱体なる人間の小国連合。負ける理由はない。

 喇叭が鳴る。同胞たちが一斉に地を蹴る。負けじと走る。接敵まであと五百、四百、三百。

 向

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