逆噴射小説大賞2019:エントリー作品

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遺骸の森

いつからだろう、私はこの透明な湖の畔に立っていた。
具体的にいつからかはわからない。
意識した時には、既にこの場所に立っており、それ以前の記憶がないためだ。ただ……どこか遠い、霧の中を歩いていた気がする。

まあ、そんなことよりも水を飲もう。
湖の水は非常に美味しい。
あと日光も浴びたいがそれは天気次第である。
枝葉を一杯に伸ばし備えよう。

今はとりあえず力を付けなければならない。
貧弱な木では

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当意即妙なるその姿勢に敬意を表し、ここに感謝を。
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加速スイングバイ

惑星探査機が地球の重力を使って宇宙へと旅立っていったように、皆誰かの力を借りて頑張っているんだろうね。ハルちゃんは、誰の力を借りてスイングバイするんだい?                      ーー図書館館長 アマノーー

今日も相変わらず、私はひとりRPGを遊んでいる。物語も終盤で、ちょうど飛空挺を手に入れて、どこにだって行けるようになった所でセーブをして切り上げた。

物語の主人公たちとは

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シトロエンの孤独

「ああ……海の匂いだ」

 鉛色の雲が垂れ、松の防砂林は昼だというのに日暮れの影を落とす。女がハンドルを握る黒いシトロエンは、古い映画のような色彩の中を疾駆する。助手席の男は何も言わなかった。

「相変わらず錆臭いなあ」

 女は分かっていた。錆びの匂いは、海浜公園の遊具や野球場のフェンスが、潮風で緩やかに殺される匂いではない。

「あんたと出かけると、いっつもしまらなくて笑っちゃうよね」

 助

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ふかふかのいきもの
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ヘルムズ

遥々赴いたコルカタでエニ=リーが目にしたのはまたも兜と地獄だった。

対兜強襲部隊「イナバ」のクイ・スーツ部員200名の大半は、既に死体となって積み上がっている。最新型の対兜用クイ・スーツ達の背中には無数の矢。白銀だったペイントは赤褐色へ変わり、ヘルメットの『打垮_盔 脱兎』の文字は砕けた。
見上げると矢の群は未だ宙を旋回していた。

(苦しい、あまりにも苦しい!)

「莉ョオッ!」

死体達

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超密着!世界ランタンロイヤル

我が魂は年一度ハロウィーンの夜に甦る その時地上で最も強大なジャック・オ・ランタンを産み出した者の願いを叶えて進ぜよう

 ジョン・バンボギンが死んだ、その暴力と異能を以って世界を牛耳る鬼子は腫瘍で呆気なく逝った。均衡は崩れ、世のアウトロー共は彼の遺言に野心を駆られるのだった。

 それから始まった世界ランタンロイヤルも今年で52回目、今回も我々取材班は独自に注目した選手達に密着取材を試みた。

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ナガヤマ・カイジュー・ディフェンス社「ジェットセイバーⅤ」墜落事件

全長50mを超える巨大な怪獣が、住宅を、電柱を、自動車を、総てを圧し潰しながら歩みを進める。立ち向かうのは、上半身が緑、下半身が黄色に塗られた、全高10mほどの人型ロボット。サイズの差を物ともせず果敢に挑みかかるロボットだが、怪獣が吹き出す暴風に押し返され、有効な攻撃が与えられない。

 もはやあの怪獣を止めることは出来ないのか。人々がそう思った矢先、赤、青、紫で構成されたロボットが雲中から猛然と

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フローズン・オイル

西部開拓時代、アメリカ。ゴールドラッシュの終焉に見切りをつけた一団はさらに西へーーアラスカへ向かった。大西洋を北に進んだ一団をまず襲ったのはデナリから吹き付ける厳しい寒気だった。数フィート先も見えない地吹雪と吐く息も凍る夜の放射冷却によって、上陸すらままならなかった。一団は気づいた。オーバーオールではアラスカを開拓できないと。

白羽の矢が立ったのがフィルソン社だった。創業者のクリントン・フィルソ

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弾除けの加護

深々と急所に刺したナイフを男から急いで引き抜く。その間にも背後で盾にしているテーブルへ銃弾が突き刺さる。
周囲を確認すると、右側から1人回り込んできていた。
そいつと俺がトリガーを引いたのはほぼ同時。『今回も』相手の銃は俺を逸れていく。そして俺の弾も『いつも通り』狙いを外れる。

男の胸を狙って撃った3発の弾は、壁に穴をあけ、テーブルのグラスを割り、そして腿を打ち抜いた。まずまずの成果だ。男は体勢

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月の光が人を焼く

私を縛る縄が痛いけど、舌の感覚もなくなったから言えなかった。
 殴られすぎて頭がパンパンに膨れてぼーっとしてきた時、事務所のドアが開いた。
「待たせたな」
 とても背の高いムキムキな黒人が入ってきた。私の首なんか簡単にもぎ取れると思う。
「おっ、ゴリラケーキ。よく来たな」
 チビハゲが血だらけの革手袋を床に放って言った。
 黒人は私に近づいた。顔をじっと見てから、私の涙を拭った。殺しに慣れた人の目

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T.Q.B.ファイターズ!

白く光る飛行機雲が、少年の視界を横切った。
 それを眼下に眺めながら、少年は操縦桿に少し力を込めた。少しだけ下を向いたコックピットが、向かい風に揺れた。シャツに包まれた、少年の乳首にひんやりした感覚が走る。少し顔を赤らめつつ、少年は操縦桿を左に傾ける、まるで最初からそこに上昇気流が吹いていることをわかっていたように、彼の乗る戦闘機はふわりと浮かんだ。

 男性の乳首が、単なる痕跡器官ではないことが

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