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よくきたな。おれは逆噴射聡一郎だ。おれは毎日すごい量のテキストを書いているが、誰にも読ませるつもりはない。逆噴射小説大賞2023の二次選考を終えたおれは・・・すがすがしい朝焼けのSALOONでテキーラを飲みながらこれを書いている。来週には最終選考も終わり、大賞作品を発表できるだろう。 今年はニューカマーがかなり多く・・・・応募点数も50近く増え、おれは新鮮で無法なパルプをたくさん読むことができて嬉しかった。いっぽうで、例年に比べて二次選考のラインは少し厳しくなっている。
時間が無い。早く殺してあげなければ。 俺の全身を包む特殊作業服を、その思いと熱気とが満たしていた。 満島六郎。79歳。推定、ベッドで急死。 満島栄子。74歳。同、転倒し頭部を強打、死亡。 問題なのは、寄り添う様に死んだ彼らに隣人が気付くまで半日要したことだった。 「白化、始まってますね」 「ああ。マズい」 俺は六郎氏の頭部にスキャナを当てる。死後17時間。危険域だ。頭全体を白い光が覆い始めている。残念だが死を悼む暇はない。 「夫さんは緊急処理を行う」 「
冒険には危険が付き物だ。だからこそ、彼女の仕事も尽きない。 「こちらシリス。目標地点に到達しました」 「了解、対象はそこでロストしている」 シリスは、自らを覆う手足の付いた棺を立ち上がらせる。そしてコフィンが背負うのもまた、棺だ。これが、彼女の仕事だ。 場所は、現代にはない意匠が彫り込まれた遺構。近年一夜にして、こつ然と発生した山に発見された迷宮。未探査の遺跡とあってこぞって冒険者達が押し寄せた。その後は、この通り。 コフィンの眼を通して、シリスは辺りを探る。
鱈野エビスは息を呑んだ。 横断歩道の向こう。桜並木に一人の少女が佇んでいる。桜舞う春の風に吹かれながら、少女の髪は艶めいて見えた。その凛とした佇まいは神々しく、畏敬の念すら抱かせる。 平等院鳳子。 私立夢殿学園のアイドル……いや、カリスマ。 エビスは高鳴る胸を押さえた。チャンスだ。ようやく二人きりになれる。下校時のこのタイミング。今なら鳳子の取り巻きはいない……だから。 やつを、殺せる。 鞄に隠したナイフを握りしめ、エビスはゆっくりと歩を進めた。 俺は知っ
「やめた方がいいよ」 隣を歩く少女は、そう言って顔を覗き込んできた。長い金髪が揺れる。 クリスマスの夜。大通りは、カップル達で溢れている。 行き交う人の中で、少女の姿は浮いていた。バニースーツを着ているのだ。どう考えても屋外で着る服ではないだろう。 だが、通行人達が彼女に目を向ける事はなかった。 何故なら、彼女は俺が脳内で作り出した幻覚だからだ。 「向いてないよ、蓮には、殺し屋とか」 幻聴。この言葉も、俺にしか聞こえない。 少し前から視える様になった、スト
マインドセット。1K8畳の部屋。奥にベッド、手前にTV。足元で子犬が吠え……違う、犬が居たのはアレより昔。実家に居た時。 「イメージ、イメージを固めろ……」 銃撃戦の音が響く。緊迫した中で私は、正確に主観時間軸から10年前の自分の部屋を見つけなければならない。 「焦点を合わす……」 抱いた赤ん坊が泣き喚く。20年前への輸送は熟練の『運び手』の私にとっても離れ業だが、状況は集中を許してくれない。母親業は大変だと聞いていたが、まさかここまでとは思わなかった。 「掴
林檎飴のやつが誰を好きになったかなんて知りたくもなかったけれど、入学以来のペアとしては当然察するものがあるわけで、その告白が玉砕することは死体になって帰ってくる前から知っていた。 もちろん、それは問題じゃない。この学園では、生徒の価値は致死量で決まる。体重÷殺した人数。至極単純なその計算式に従うのなら、わたしの成績は平均ちょい上の126gで、林檎飴はドベのどん底55321g。体重丸出しのそのスコアは生徒以前に乙女として失格で、そんな出来損ないが鈴蘭坂先輩に告ろうだなんて
観音開きの金属扉をくぐった先は映画館だった。暗い館内には椅子が幾列にも重なり、スクリーンではトラックと小型車がカーチェイスを行っていて、すぐにトラックが爆発炎上した。無事だった方の車に乗っていた男が何かを叫ぶ。知らない言葉だ。下には字幕が表示されていたが、斜め線と丸とを組み合わせたようなそれも知らない文字だった。足下に気をつけながら横に歩き、緑の光が点る非常口から出た。扉を閉める瞬間に再び爆発音が聞こえた。 非常口の向こうはトイレだった。左右に一つずつ手洗い場があり、その
空港のバックヤード、冷たい床を背に、腕に渾身のチカラを込めて、俺はチュパカブラの首を締めていた。 なんだってチュパカブラの首なんか締めているのか? 仕事だからだ。 俺は税関職員だ。といっても、一般にイメージされるような薬物取締はしていない。空港に運ばれてきた動物が輸入禁止のものでないかチェックするのが俺の仕事だ。基本、イヌネコと書類を適当に眺めるだけ。 だが、違法な動物を運ぶやつもいる。カワウソのような希少動物、危険なコモドドラゴンやユニコーン、殺人ビーバーを密
白み始めた水平線に追われるように、海面からかんじきを引きはがす。目指す船灯は遠く、小さく、頼りない。夜の海では熟練の漁師すら距離感が狂う。自分の位置を推し測る物差しは、融け始めた脂が放つ饐えた臭いと、足裏の柔な感触しかない。 陸を離れ、もう長い。海を固める脂の大地は想像以上に緩く、欲をかいたキャラバンが沈む姿を何度も見た。”魚籠は軽く、引き上げは早く”……海上を歩く、渡りの鉄則は破っていない。今夜の失敗は拾い物をしたことだ。背負った分、重さが増え歩速が落ちた。 夜は
女は片眼を矢で貫かれ、血を撒き散らしてのけぞった。恨めしい表情を向け、断末魔の声をあげる。 「殺生な!」 「猟師は殺生するもんや。迷わず成仏せい」 夜一は油断せず、弓に次の矢をつがえた。女は仰向けに暗い淵へ倒れ込む。水音は立たず、そのままスッと沈んで姿を消す。水面には赤黒い血と、大きな鱗が浮かんできた。 「蛇か」 夜一は舌打ちした。蛇はしぶとい。恨みを買った。だが、しばらくは動けまい。夜一は弓弦をびぃん、と鳴らし、再び黙々と山道を歩み始めた。秋の月は雲間に隠れ、
母さんが蒸発したあの日から二ヶ月後、親父は十歳くらいの少女の姿で帰ってきた。 いや、誰であろうが心は決まっていた。親父があの事件の真相を知るために家を出て、誰かがここミシガンの辺境までやって来る瞬間をおれは手ぐすね引いて待っていたのだ。 「まあ立ち話もなんだし、上がれよ。ハーブティーを沸かしてある」 母さんの自慢だったエキナセアか、と親父は懐かしそうに微笑んで玄関をくぐった。その何か異様なほどぬらぬらとした光沢感のあるボディスーツの尻を振りながら歩く姿など、本当に
白い息を吐いて、1杯では値段もつかない安酒をあおる。とうてい酔えないこれは地下墳墓の探索のお供に相応しい。石造りの不潔で不気味な通路をひとり歩く。ときたま同業者か化け物の物音が彼方から聞こえてくる。骸骨はカチャリ、ゾンビはベチャリ。ただし、レイス……救い難き悪意に満ちた魂の怪物からは、何も聞こえない。寒気だけが奴を感じる唯一の手掛かり。だから安酒で暖まり感覚を研ぎ澄まさなければならない。 長い通路の最後に行き当たり、腐った木の扉を静かに開ける。蝶番の軋む音が響くが、化け物ど
有鶴八年閏十月中旬払暁、御城下を抱くように聳える御杉山に火が立った。火の粉は滑るようにお山を駆け下り、明け切る頃には本丸を焼いた。 「お方様、お方様」 小夜は座りもせずに奥の間の襖を開け、御側室様と姫様、若様を連れ出して、城の廊下を走りに走った。 小夜はお方様の財産だ。お輿入れの時、箪笥や打掛や絵入りの歌留多と一緒に罷り越した。その証しに、お方様の蒔絵付きの小箱の中には小夜の髪がひと房、懐紙に包んで仕舞ってある。 木と紙と綿とが燻される中、火の見櫓の半鐘が遠く