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逆噴射小説大賞2023:一次&二次選考突破作品

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小説の冒頭800文字で競う逆噴射小説大賞2023! その二次選考の突破作品集です。■応募要項 https://diehardtales.com/n/n23ff04fae3b4 ■…
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『カバリとジャンには、夜がお似合い』

 彼の敵前逃亡は、小隊の運命には何の影響も与えなかった。路地の奥で殺された人数が、ただ七から六に減っただけだ。だがその夜は彼を、永遠に変えてしまった。  路地を、まるで連なる川獺のように小隊は進んだ。最後尾の彼だけが、分かれ道の手前で立ち止まった。兵士たちは低い姿勢のまま暗がりへ消えてゆく。おれは捨石の、囮役を引き受けたのだという言い訳を彼は考えた。自分一人だけなら逃げられる可能性がある。彼にはそれが理解った。そういう能力だった。  だからこそ、まるで影から生まれたような

「迦陵頻伽(かりょうびんが)の仔は西へ」

 身の丈七尺の大柄。左肩の上には塵避けの外套を纏った少女。入唐後の二年半で良嗣が集めた衆目は数知れず、今も四人の男の視線を浴びている。  左肩でオトが呟いた。 「別に辞めなくたって」  二人は商隊と共に砂漠を征き、西域を目指していた。昨晩オトの寝具を捲った商人に、良嗣が鉄拳を振るうまでは。 「奴らは信用できん」 「割符はどうすんの」  陽関の関所を通る術が無ければ、敦煌からの──否、海をも越えた旅路が水泡に帰す。状況は深刻だった。  口論が白熱する最中、遂に視線の主達は姿

小説冒頭『それでも僕は離脱する』

  『100%保証 あなたの未来に永遠のパートナーを 永恋Eren』  仕事も軌道に乗ってきたし友達の式にも呼ばれたし、真面目に結婚でも考えようかと思っていた矢先。スクロールさせた指の先。  笑えるくらい嘘くさい婚活アプリ。  それでもふと、試してみたくなった。  魚心に水心、ほんの出来心。  僕は飲み屋で生と唐揚げを流し込みながら永恋をDLした。 「特技、幽体離脱っと」  こんなふざけた事を書く奴いるか?  でも、これこそ本音。  信じてくれるコが本当にいるのなら

悪魔治療士《デモン・ヒーラー》デミアンの治療簿

 その日、ワラキア領内のトゥルゴヴィシュテの城は混乱に満ちていた。混乱の中心には一人の男。黒革の鎧を纏い、奇怪な武器を携えて単身乗り込んできたその男に、城の警備兵は圧倒されていた。 「うわぁぁぁっ!」  兵士の一人が槍を突き出し男へと迫る。しかし男は槍の穂先をするりと躱し、柄を掴んで兵士を引き寄せる。体勢を崩した兵士の首を鷲掴みにすると、恐怖に歪んだその顔をじろりと睨みつける。兵士は血の涙を流していた。男は呟く。 「ふむ。血涙ということは眼球の毛細血管がやられているな。眼圧も

星を射つ確率 

 深夜2時の天文台にフミとミサ。フミは猟銃を持ち、ミサの手には一眼レフカメラ、望遠鏡まであと数メートル。終わりが近い。  始まりはそう、西暦2038年カメラからビームが出るようになった。突然に。  決定的だったのは2年前にサッカー世界大会で決勝ゴールを決めた時だった。無数のカメラがその選手に向けられた瞬間、彼にビームが突き刺さって斃れる様を全世界が目撃した。スマホもビデオカメラも全てが武器になった。なんでも記録に残せる時代は終わったのだった。   西暦2040年長野県山