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逆噴射小説大賞2021:1次&2次選考突破作品

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第4回「逆噴射小説大賞」の一次選考、および二次選考突破作品がまとめられています。レギュレーションはこちら!最終結果発表は2月末頃を予定しています!: https://diehar… もっと読む
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宙、つめたく冷えて

宙、つめたく冷えて

 横薙ぎに椅子を男のこめかみに叩きつける。
 吹っ飛んだそいつに椅子を投げつけ、腹の包丁を掴む。滑る。奥歯が割れそうになる。抜ける。
 思わずたたらを踏む。
 ゆっくり跳ね返ってくるそいつ。壁に押し付け、倒れ込みながら、うなじに包丁を押し込む。硬いものを断ち切る感触があった。
 救急テープでスーツの穴を塞ぐ。アドレナリンとエンドルフィン剤の追加ボタンを押す。ヘルメットの血を拭い、浮いている斧を掴む

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パニシュ・ユア・ヴァニシュ

パニシュ・ユア・ヴァニシュ

 問題。重量2g余りの僅かな金属片で人が殺せるか。答えは恐らくイエス。全長15mmのリムド薬莢に、直径5.6mmのヒールド弾頭を被せればいい。

 .22LR弾が7発。ワルサーTPH拳銃が1挺。消音器とセットで300万円。

 特戦群に居た頃は使う暇も無かった俺の貯金は、今やその大半が目の前のちっぽけな銀玉鉄砲に変わった。後悔は無い。どうせ天涯孤独の身の上だ。

 死して屍拾う者無し。俺が中東に居

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サラエボの日

サラエボの日

 1914年6月28日。オーストリア=ハンガリー帝国領、サラエボ。
 僕は小さなカフェから、窓の外で道路にずらりと並ぶ人々の喧騒を眺めていた。彼らの目当ては、オーストリア大公フランツ。皇位継承者の姿を一目見ようと、あちこちから人々が集まっているのだ。

 その群衆から少し離れたところに、挙動不審な男が一人。彼の名はムハメド。大公を暗殺せんと目論み、この場に集った過激派セルビア人グループの一員。この

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ダンジョン素潜り師 全裸のゼンジ

 どこまでも通路が伸びる赤い迷宮。地面が光り、闇の中で焚火をしているような空間であった。短剣を持った骸骨はただまっすぐに通路を歩き、曲がり角へ当たれは戻る。ただそれを繰り返し、また曲がり角へ来た。

「ソイッ!」

 突如降ってきた全裸の男の肘に骸骨の頭を砕く。

「見たか!これぞ現地調達!」

 男は骸骨の短剣を奪い掲げた。

「短剣より服はないですか、ゼンジさん。見苦しいのですが」

 ゼンジ

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ようこそ殺人鬼の街へ

ようこそ殺人鬼の街へ

『殺人鬼また死亡。これで4人目』

 俺は新聞から顔を上げ、「また殺されたらしいぞ。殺人鬼」と妻に言う。だが、反応無し。妻は食器を洗っている。

 最近、この街を賑わせている連続殺人鬼殺人事件。
 ここ、西暁町は殺人事件が日本一多い街として有名だ。毎年1万人くらい殺されており、町長はもう開き直ってそういう町としてプロモーションしている。市のホームページにはおどろおどろしい文字で「ようこそ殺人鬼の街

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旗片の風

旗片の風

 浅草奥山の楊弓場に、男が軍靴の音高らかに足を踏み入れた。一様に振り返った客も女たちも、男を見るなり阿呆の様に固まった。黒黒とした外套も、星煌めく制帽も、この場にあまりに似つかわしくなかったからだ。
「ここに、決して矢に当たらない矢取り女がいると聞いた」
 朗々とした声に、店主が慌てて飛び出して、頭を下げて答える。
「へえ、確かに」
「その女に相手してもらいたい」
 もちろんでございます、と言おう

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最速箒伝説 Black Bamboo

最速箒伝説 Black Bamboo

 始まりは弾圧からの逃走技術だと言われている。やがて弾圧もそれを行っていた者どもも消え去り、その技術だけが遺された。
 日本。AM12:00。晴れ。湾岸を流していた魔女のサリはすぐ前に箒乗りがいることに気がついた。サリのカスタムした樫の箒とは違う、ただの真っ黒な竹箒だ。だが丁寧に作られた箒であることは走りでわかる。
(へえ、乗り手もオールドスタイルってワケ)
 三角形の帽子に黒のケープを着た顔の見

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星なき熾天のコンスピラシー

星なき熾天のコンスピラシー

 1969年7月20日、すべての星が、落ちた。
 バズ・オルドリンが月面から見上げる空から、拭い去るように、星が消えていく。
 人の宇宙への旅は、その栄光の到達点で、殺された。

 「オムファロス公理。はい、説明できる人?」
 まばらに手が挙がる。
 「天文学が長年陥っていた誤ちを説明する原理です」
 「はい。そうです。人類は、星を観測することで《外》が存在すると信じてきました。ですが、それは天蓋

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黄昏どきのすれ違い

黄昏どきのすれ違い

人差し指と中指の違いが、父さんには理解できないらしい。そんな意地悪な感想が浮かぶほど、父は同じ失敗を繰り返していた。言われた通りに弦を押さえるのがそんなに難しいのかと、ギターを知らない私は無責任に思っていた。

一方、玄さんは決して怒らなかった。五十年のキャリアの中に同じような経験があるのだろうか。父が焦れば焦るほど玄さんは落ち着き、声を荒げそうになるほど上手く宥めた。

「父さん、怒りっぽくなっ

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蒼天を殺す

蒼天を殺す

「白沢(はくたく)様を呼びましょう」
 昭(しょう)が言った。子を喪ってから初めて口にした言葉だった。
 張(ちょう)は弟達に小声で「はくたくってのは、一体誰だろう?」と尋ねたが、二人とも首を横に振る。村で学があるのは昭だけだった。
 建寧三年、冀州(きしゅう)の農民は貧困に喘いでいた。疫病が流行し、年寄りや子供は皆死んだ。時の帝が幼いことをいいことに、官吏達は肥え太る日々だという。
「白沢様は神

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鍵のバルカン

鍵のバルカン

 トラックの下を歩いて国境を超えるよりも、ホロの中で息を止めている方が、僕にとってずっと楽なことだった。
 小さい頃、父が足を怪我して働けなくなった。食っていくために、僕はパキスタンに密入国してお菓子や煙草を運ぶ仕事を始めた。
 大人から品物を受け取って、パキスタンに入国するトラックの泥除けの下に潜り込み、歩いて密入国する。銃を持った大人達は僕たちに気付いてはいるが、子供だから見逃してくれる。入国

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てめえの死に顔も見飽きたぜ

 私は205号室の扉の前で、ポーチから拳銃を取り出した。どうせ、扉に鍵はかけられていないだろう。いつものことだ。案の定、ドアノブに手をかけて捻るとそれだけで扉は開いた。
 拳銃を構え、室内に入る。玄関からは、すぐにリビングへ繋がっている。リビングには大きな机と二脚の椅子。片方の椅子にヘレンが座っていた。
「やあエラ、今日は君の誕生日だね。一緒にお祝いしよ——」
 気安く呼びかけてくるのを無視して、

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あの子に好きだと言ったなら

あの子の部屋に遊びに行った時、寝室のドアノブにネックレスがかけられていた。雑然とした部屋のなかでそのドアノブだけが特別扱いされていることは一目瞭然で、それは彼女に男がいることを容易に想像させた。

解散、解散。無理です。あんな安っぽいネックレスを大事に特別扱いするような仲、どうしようもない…

どうしようもない…

落胆するわたしにうさ耳のメイドさんが話しかけてきた。

「諦めちゃうんですか〜?」

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データマン

データマン

 平理岐のセンサーが匂いを捕らえたのは、テナガザルの腹部を貫いたのと同時だった。通電励起外甲殻を抜き手で破り、標的の胃にへばりついたインプラントをつまむ感触。センサーから電子変換されて鼻腔内を満たすチーズとトマトの香り。もぎたてのネーブルオレンジのような、女の香り。

 一撃交差の格闘は表通りに届いていない。人一人がやっと通れるほどのビルの隙間、そこに堆積したちり芥が、みな吸い込んでしまったのか。

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