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逆噴射小説大賞2021:1次&2次選考突破作品

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第4回「逆噴射小説大賞」の一次選考、および二次選考突破作品がまとめられています。レギュレーションはこちら!最終結果発表は2月末頃を予定しています!: https://diehar… もっと読む
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#パルプ小説

宙、つめたく冷えて

宙、つめたく冷えて

 横薙ぎに椅子を男のこめかみに叩きつける。
 吹っ飛んだそいつに椅子を投げつけ、腹の包丁を掴む。滑る。奥歯が割れそうになる。抜ける。
 思わずたたらを踏む。
 ゆっくり跳ね返ってくるそいつ。壁に押し付け、倒れ込みながら、うなじに包丁を押し込む。硬いものを断ち切る感触があった。
 救急テープでスーツの穴を塞ぐ。アドレナリンとエンドルフィン剤の追加ボタンを押す。ヘルメットの血を拭い、浮いている斧を掴む

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ようこそ殺人鬼の街へ

ようこそ殺人鬼の街へ

『殺人鬼また死亡。これで4人目』

 俺は新聞から顔を上げ、「また殺されたらしいぞ。殺人鬼」と妻に言う。だが、反応無し。妻は食器を洗っている。

 最近、この街を賑わせている連続殺人鬼殺人事件。
 ここ、西暁町は殺人事件が日本一多い街として有名だ。毎年1万人くらい殺されており、町長はもう開き直ってそういう町としてプロモーションしている。市のホームページにはおどろおどろしい文字で「ようこそ殺人鬼の街

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空に噛みつく青い鳥

空に噛みつく青い鳥

  犬の群れが追う。

 ドアを叩きつけ、もつれる手で鍵を刺す。
 ロックが掛かり、吠え声と衝撃がドアを貫いてくる。
 瑠璃子はバッグに手を差し込みながら、息を吸い、視線を走らせ、足を運ぶ。
 バスルーム、キッチン、リビング……
 音。
 クローゼット。
 背後。
「危なかったな」
 振り向きざまにバッグを投げる。
 受け止めた男の鉄仮面に照準が重なる。
 銃火。金属音。
 伸びる腕。
 銃弾が潰

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アンジー・ラナウェイ・オーヴァドライヴ

アンジー・ラナウェイ・オーヴァドライヴ

追ってきた最後の一台が雷に灼かれたが安堵する暇は欠片もない。独りでに迸る絶叫とともに一ミリ残らずアクセルを踏み倒す。

組織の上納金をガメれた時点で奇跡だった。ゴミ箱と通行人を撥ね飛ばしながら街を抜け、追手どもをハイウェイで殺いて三台まで減らせた辺りで女神のキスを確信した。
今日の俺はツキにツイてる、何があっても死ぬはずねえ。馬鹿笑いしながら突っ込んだ先は、組織も政府も手を出さない未開の荒野。先住

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犬と狼の間 -Entre chien et loup-

犬と狼の間 -Entre chien et loup-

 一閃。
 歳三の放った斬撃は、夕暮れの光を反射し、文字通り一条の線となった。閃光は、相対する魔獣を両断する。
 渾身の一撃。一瞬の後、魔獣は夥しい量の血を撒き散らしながら、どうと崩れ落ちた。絶命。

 歳三は、血振りをしてから、滑らかな動作で刀を鞘へと納めた。
 静かだった。
 三条小橋は黄昏時。本来ならば、町人たちが道を行き交っていてもおかしくはない時間帯だ。しかし、今は人っ子一人姿を見せない

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母なき軍隊

母なき軍隊

 敵国との休戦協定が結ばれたその日、俺たち兵士の家族が武装して基地に攻めてきた。

 俺が隠れた小屋の外、中年女が無線で仲間を呼ぶ。あれも誰かの親類だろう。小銃を下げているが全くの普段着だ。

 最初は困惑だけがあった。「迎えに来たのか?」と言う奴までいた。向こうが撃ってきたあとは無茶苦茶になった。当然だ。父や姉、弟や叔母……親族が揃って俺たちを殺しに来たのだから。

 応戦する者や逃げる者もいた

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虚面狩り

虚面狩り

 座敷の梁には能面が所狭しと飾られていた。小面や邯鄲男、翁が私を見下ろす。床には面打用の道具が無造作に並んでいた。
 目の前に座る老人、日野犀青は二枚の写真を片手に、豆絞りを巻く頭を掻いた。
「写真が古いから断定はできんが、えくぼの彫りを見るに深井だろう」
 深井とは、子を失った中年の女面だ。物書きの端くれである私も下調べがついていた。
「ただ……、まともな面打ならこれは世に出さない。虚面が出来ち

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越海教師芝居学舎

越海教師芝居学舎

「わたしにーかぶきを、おしえてくださいッ」

ダラス・ウエスト・パブリック・スクールの日本語クラス史上、クララほど僕を眩暈させた子はいなかった。
不慣れな日本語から一転、南部訛りで僕を問い詰める。

「歌舞伎って言ったっしょ。ちゃんと聞いてたん? 水谷先生?」
「ええと、はい」

僕が思うに、歌舞伎はあまりにも崇高だ。
一緒にお手製の字幕付きアニメを見るのとは違う。

「カッコいいんでしょ?」

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かつて獣のいた街

かつて獣のいた街

 ひっくり返った車から這い出てきた男は血まみれだった。
 男は道路の真ん中でゆっくりと立ち上がる。身の丈は2メートル近くある。夜の街の中空に躍る立体広告が、男の巨体に緑や紫や桃色を投げかけた。

 車から煙が上がっている。歩道には既に人だかり、写真を撮る者に配信を始める者。「え~今、新澁谷の駅前です! 車が暴走して! マジで大変です!」
 冬。野次馬たちが厚く着込んでいるのに男は半袖にジーンズ。長

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レイダウン・ユアハンド -Lay Down Your Hand-

レイダウン・ユアハンド -Lay Down Your Hand-

「賭けをしよう」
 俺の対面に座る初老の男が言った。
 ジム・ラズロー。このカジノの主だ。
「賭け? いいね。大好きだ。特にポーカーには――」
 俺の言葉を遮るように、ジムが指をさす。
 カジノの入り口。
「次に、あの扉を開けて入ってくる客。そいつが、『男』か『女』か、賭けたまえ」
 ジムが言った。
「当てたら、話を聞いてくれるのか?」
「まさか。――当てれば、君はこのカジノを無事に出ていける」

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銀の網

銀の網

 利三は警察に通報しないまま、残りの弁当を配り終えた。

 営業所に戻る途中、河川敷で原付を停める。
『高齢者専門宅配弁当 サブちゃん』のロゴが貼られた後部ボックスを開けて、相田久子に届けるはずだった鰤の照り煮弁当を取り出す。

 梅雨入りも近い平日の昼。一直線の遊歩道に人影はない。
 ベンチに腰掛け、手を合わせる。
「いただきます」
 利三も70手前の高齢者だが、ムース食を口にするのは初めてだっ

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彼岸列車

彼岸列車

「すいません、あの」
 その声で目が覚めた。若い女が、私の顔を覗き込んでいる。
 背と尻に硬いクッションの感触、心地よい定期的な振動。あぁそうだ、俺は終電に乗ったんだと思い出す。ガラガラの車内に座り、そのまま眠ってしまったらしい。

 寝起きのぼんやりする頭を上げると、乗客が四人立っていた。
 先の若い女にスーツの中年男、私服の青年、老婆が、身を寄せ合うようにしている。
 四人の顔には一様に不安げ

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大拳闘西域記

大拳闘西域記

「観自在菩薩…次こそは…天竺に、至らん…」
 玄奘は道半ばで息絶えた。
 三蔵、十度目の天竺取教の旅、成らず。

 西方十万億の仏土を過ぎた彼方、極楽浄土。
 観自在菩薩が嘆く。
 己の加護のみならず此度は沙和尚の助力で流沙河越えも成り、孫行者や猪五能の様な仏弟子の供も有った。其を以てしても叶わぬ不測の結末。
 悩める菩薩の姿をご覧になられた釈迦如来は憐れに思い、池の畔に新たに咲いた蓮華を蕾に戻さ

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俳優アントニオ・マルティネスについての記憶

俳優アントニオ・マルティネスについての記憶

 専任スタントという職業がある。そう、俳優には違いない。しかし、独自性を表現することはない。なにしろ俺の仕事は、あのアントニオ・マルティネスに成りきることだからだ。

「どうなった?」
 バスローブに靴下という妙な出立ちでヘスは言った。
「全部済んだ。もう好きに過ごせ」
 俺がナイフの血を拭いながら言うと、口髭の端から泡を飛ばすようにして俺を称賛した。
 ヘスのような貧弱野郎が命を狙われるには相応

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