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「やめた方がいいよ」 隣を歩く少女は、そう言って顔を覗き込んできた。長い金髪が揺れる。 クリスマスの夜。大通りは、カップル達で溢れている。 行き交う人の中で、少女の姿は浮いていた。バニースーツを着ているのだ。どう考えても屋外で着る服ではないだろう。 だが、通行人達が彼女に目を向ける事はなかった。 何故なら、彼女は俺が脳内で作り出した幻覚だからだ。 「向いてないよ、蓮には、殺し屋とか」 幻聴。この言葉も、俺にしか聞こえない。 少し前から視える様になった、スト
マインドセット。1K8畳の部屋。奥にベッド、手前にTV。足元で子犬が吠え……違う、犬が居たのはアレより昔。実家に居た時。 「イメージ、イメージを固めろ……」 銃撃戦の音が響く。緊迫した中で私は、正確に主観時間軸から10年前の自分の部屋を見つけなければならない。 「焦点を合わす……」 抱いた赤ん坊が泣き喚く。20年前への輸送は熟練の『運び手』の私にとっても離れ業だが、状況は集中を許してくれない。母親業は大変だと聞いていたが、まさかここまでとは思わなかった。 「掴
林檎飴のやつが誰を好きになったかなんて知りたくもなかったけれど、入学以来のペアとしては当然察するものがあるわけで、その告白が玉砕することは死体になって帰ってくる前から知っていた。 もちろん、それは問題じゃない。この学園では、生徒の価値は致死量で決まる。体重÷殺した人数。至極単純なその計算式に従うのなら、わたしの成績は平均ちょい上の126gで、林檎飴はドベのどん底55321g。体重丸出しのそのスコアは生徒以前に乙女として失格で、そんな出来損ないが鈴蘭坂先輩に告ろうだなんて
空港のバックヤード、冷たい床を背に、腕に渾身のチカラを込めて、俺はチュパカブラの首を締めていた。 なんだってチュパカブラの首なんか締めているのか? 仕事だからだ。 俺は税関職員だ。といっても、一般にイメージされるような薬物取締はしていない。空港に運ばれてきた動物が輸入禁止のものでないかチェックするのが俺の仕事だ。基本、イヌネコと書類を適当に眺めるだけ。 だが、違法な動物を運ぶやつもいる。カワウソのような希少動物、危険なコモドドラゴンやユニコーン、殺人ビーバーを密
白み始めた水平線に追われるように、海面からかんじきを引きはがす。目指す船灯は遠く、小さく、頼りない。夜の海では熟練の漁師すら距離感が狂う。自分の位置を推し測る物差しは、融け始めた脂が放つ饐えた臭いと、足裏の柔な感触しかない。 陸を離れ、もう長い。海を固める脂の大地は想像以上に緩く、欲をかいたキャラバンが沈む姿を何度も見た。”魚籠は軽く、引き上げは早く”……海上を歩く、渡りの鉄則は破っていない。今夜の失敗は拾い物をしたことだ。背負った分、重さが増え歩速が落ちた。 夜は
女は片眼を矢で貫かれ、血を撒き散らしてのけぞった。恨めしい表情を向け、断末魔の声をあげる。 「殺生な!」 「猟師は殺生するもんや。迷わず成仏せい」 夜一は油断せず、弓に次の矢をつがえた。女は仰向けに暗い淵へ倒れ込む。水音は立たず、そのままスッと沈んで姿を消す。水面には赤黒い血と、大きな鱗が浮かんできた。 「蛇か」 夜一は舌打ちした。蛇はしぶとい。恨みを買った。だが、しばらくは動けまい。夜一は弓弦をびぃん、と鳴らし、再び黙々と山道を歩み始めた。秋の月は雲間に隠れ、
白い息を吐いて、1杯では値段もつかない安酒をあおる。とうてい酔えないこれは地下墳墓の探索のお供に相応しい。石造りの不潔で不気味な通路をひとり歩く。ときたま同業者か化け物の物音が彼方から聞こえてくる。骸骨はカチャリ、ゾンビはベチャリ。ただし、レイス……救い難き悪意に満ちた魂の怪物からは、何も聞こえない。寒気だけが奴を感じる唯一の手掛かり。だから安酒で暖まり感覚を研ぎ澄まさなければならない。 長い通路の最後に行き当たり、腐った木の扉を静かに開ける。蝶番の軋む音が響くが、化け物ど
埼玉湾に釣り糸を垂らしながら、灰谷は火の消えた電子煙草を咥えている。 かつて東京と呼ばれていた地の巨大なクレータ。その跡に海からの水が流れ込み、現在の埼玉湾を作り上げた。 釣り糸が揺れる。灰谷はその反応を見逃さない。竿のしなりが彼の中の基準を超えたそのとき、竿を思い切り引いた。 手ごたえあり。彼は確信する。釣り竿の先、仕掛けにコンピュータのディスプレイが食いついていた。 「ほぉ! ディスプレイに化けるとは、こいつはいい情報を持ってそうだ」 興奮気味に獲物を引き寄せな
旅行なんて、お高くとまった5%の上流階級だけが味わうことのできる贅沢だ。 45%の労働者、50%の失業者にそんなことを思いつく脳みその空き容量なんて残ってない。みんなみんな、その日を凌ぐので精いっぱい。 だからその代わり、わたしたちは旅をする。 一番ヤバいやつは注射で。 そこそこのやつは錠剤ガブ飲み。 わたしみたいなパンピーはスイーツだ。 そう、スイーツ。チカチカ眩しいモニターのブルーライトに照らされて、キーボードの上に鎮座ましますはブルーベリーショート
ディアブロ山から吹きすさぶ猛風が山火事の煙と炎を巻き上げ、雷雲を生み続けている。絶え間なく降りそそぐ稲妻と火の粉は、今日も原野のどこかで新たな火災を引き起こす。投入された消防士は2週間で6千人を超えたというのに、制圧率は上がらない。 ゾーイはスコップを地面に突き立て、防火グローブの指先で腕時計の煤を拭った。 午後3時、気温49度。 軽くなった水筒で喉を湿らせる。 新米のゾーイを含む受刑者消防隊70名が前線基地に入って8日。森林保護防火局の隊員たちと低木を切り、枯草を
俺は柴犬。そしてユニコーンだ。 清き乙女を守るのは何も馬の専売特許じゃない。 俺は進藤家の愛玩犬として生まれた。 俺のモフッとした毛並み、クリっとした眉、笑顔に見える口元は進藤家の御歴々を魅了したようであり、大層可愛がられたが、それはいつまでも続かなかった。 その2年後、進藤家に末の娘のミキが生まれたからだ。 ミキはしょんべんタレでわあわあ泣いてばかりいたが、一目見て誰よりも純真で愛すべき存在であることは間違いなかった。 皆の興味が俺からミキに移ったことなど
コンクリート塀の上の金網をよじ登ると、 眼下にはしいんとした暗い水面が広がっていた。 私が通う県立東高のプールは今どき珍しい50メートルプールだ。 時刻は8月1日午前0時。 背後から届く街灯の光が私の影を水面に僅かに映す。 夜の闇とプールの端の境界が溶けて消え、延々と水面が広がっているようであり、それが如何にも不気味だが、立ち昇る塩素の匂いがプールだと気付かせて少しだけ安心させる。 夏の夜は嫌いだ。 じっとりと粘っこく暑さが絡みついてくる。 金網の上の空
瓦礫の街。野営地を見下ろす丘の上。爆撃で崩れかけた教会の残骸。 「――サン・サーンスより、死の舞踏」 イヤホンの向こうから、ラジオの音楽が聞こえてくる。 「ステイですよ、坊ちゃん」 無線で諭す女の声。女の背後で響く優雅な管弦楽の旋律。少年・モンドは吐き気を堪えた。瓦礫の裂け目に寝そべり、分隊支援火器を十字架のように抱えて、照準眼鏡ごしに彼が見下ろす野営地は、酒池肉林の大騒ぎだった。 「貴方の撃つべき敵を忘れないことです」 捕虜の片腕が生きたまま切断される光
彼の敵前逃亡は、小隊の運命には何の影響も与えなかった。路地の奥で殺された人数が、ただ七から六に減っただけだ。だがその夜は彼を、永遠に変えてしまった。 路地を、まるで連なる川獺のように小隊は進んだ。最後尾の彼だけが、分かれ道の手前で立ち止まった。兵士たちは低い姿勢のまま暗がりへ消えてゆく。おれは捨石の、囮役を引き受けたのだという言い訳を彼は考えた。自分一人だけなら逃げられる可能性がある。彼にはそれが理解った。そういう能力だった。 だからこそ、まるで影から生まれたような