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◆逆噴射小説大賞とは◆この大賞イベントを主催する ダイハードテイルズ/Diehard Tales は、1999年に誕生した、電子的なパルプノベル・マガジンです。 オンライン上での小説作品発表とマネタイズ、そして読者との相互関係と社会に及ぼす影響について常に考え続け、新分野の開拓へも勇敢に挑戦してきました。そのアティチュードの根底には、社会派コラムニストである逆噴射聡一郎先生の挑戦的なスピリットと、CORONAビールのようなエネルギーがあります。 逆噴射小説大賞とは、ダ
冒険には危険が付き物だ。だからこそ、彼女の仕事も尽きない。 「こちらシリス。目標地点に到達しました」 「了解、対象はそこでロストしている」 シリスは、自らを覆う手足の付いた棺を立ち上がらせる。そしてコフィンが背負うのもまた、棺だ。これが、彼女の仕事だ。 場所は、現代にはない意匠が彫り込まれた遺構。近年一夜にして、こつ然と発生した山に発見された迷宮。未探査の遺跡とあってこぞって冒険者達が押し寄せた。その後は、この通り。 コフィンの眼を通して、シリスは辺りを探る。
時間が無い。早く殺してあげなければ。 俺の全身を包む特殊作業服を、その思いと熱気とが満たしていた。 満島六郎。79歳。推定、ベッドで急死。 満島栄子。74歳。同、転倒し頭部を強打、死亡。 問題なのは、寄り添う様に死んだ彼らに隣人が気付くまで半日要したことだった。 「白化、始まってますね」 「ああ。マズい」 俺は六郎氏の頭部にスキャナを当てる。死後17時間。危険域だ。頭全体を白い光が覆い始めている。残念だが死を悼む暇はない。 「夫さんは緊急処理を行う」 「
朝起きたらスマホが充電できていなかった。 ケーブルを差し直しても再起動してもダメだった。残りのバッテリーは三十三パーセント。結構ヤバい。 「お母さん、スマホ充電できないんだけど」 「ウソ、あんた今日リモート授業あるでしょ。越島まで修理に行かんとあかんじゃん」 「えー、ダル……」 愚痴っても仕方がない。先生に欠席を連絡し、出かける支度をした。 「行ってきまーす」 いってらっしゃーい、という母の返事を背に受けて私は自転車のペダルを漕ぎ、軽快に走り出した。 幸い天
鱈野エビスは息を呑んだ。 横断歩道の向こう。桜並木に一人の少女が佇んでいる。桜舞う春の風に吹かれながら、少女の髪は艶めいて見えた。その凛とした佇まいは神々しく、畏敬の念すら抱かせる。 平等院鳳子。 私立夢殿学園のアイドル……いや、カリスマ。 エビスは高鳴る胸を押さえた。チャンスだ。ようやく二人きりになれる。下校時のこのタイミング。今なら鳳子の取り巻きはいない……だから。 やつを、殺せる。 鞄に隠したナイフを握りしめ、エビスはゆっくりと歩を進めた。 俺は知っ
宵五ツの鐘が谺する。 自邸の奥座敷にて、御用人茂野兵庫は目の前に端座する男を面妖な面持ちで眺め尽くした。 藤川惣治郎。手練揃いの柏道場にあって麒麟児と謳われた遣い手ながら、失明により藩の勤めを退いている。しかしその剣才は喪われず、盲いてなお冴えを増す一方と聞き及ぶ。 兵庫の招致に際し、惣治郎は伴も杖も携えることなく現れた。 「ときに藤川。今宵、月は出ておるか」 兵庫は訊いた。無論、惣治郎への試しである。 「出ておりまする」 瞑目したまま惣治郎は答える。出し
1.1946年東京 天津原岳道 「ロクさん、この遺体が…」 1946年、セミの声すらない東京新宿のど真ん中で、刑事天津原岳道はその死体を見上げていた。辺りには物陰に隠れて人の気配が感じるが、ここは闇市。配給以外に頼っていると知られるわけにはいかない人々は、姿を隠し遠巻きに現場を眺めているだけだった。 「ああ。捕まるのを覚悟で伝えた野郎が言うには、突然現れたらしいぜ」 ロクさんと呼ばれた男は、カンカン帽を被っていてもまだ暑いのか扇子を扇ぎながら天津原と同じように見上
「ヤバい」 わたしが復唱するとボスは首を振る。そうじゃねえ、今回ばかりはマジでヤバいんだ。何かに乗り上げて軽自動車が宙を跳んだ。がくん。着地の衝撃。車はガタガタの道をかっ飛んでいる。 「市街地にドラゴンが出た。それはいい。俺の責任じゃねえ。クスリ積んだトラックが検問に引っかかった。それもいい。織込み済みだ。ゲートのポリ公にいくらか握らせればいい。必要経費だ。全然ヤバくない。おいミンミン!行先変更だ、権田のトンネルに向かえ!」 指示に合わせて三人を乗せたタイヤが鳴る。
鏡のような湖に、月光のもと進む一団の影が映る。 象ほどの馬たちが列をなし、馬車に誂えた金糸の大天幕は、月明りを受けて星のようだ。 楓の国の姫、サラの花嫁行列である。 そんな煌めきを映す湖面が、暗く、赤黒く染まっていく。 血を流しているのは、騎士たちの屍。 「ウルシド!狗め!姫を売るつもりか!」 最後の騎士が虚空に叫び、 「ええ、狗ですとも」 背後に現れた男に斬られた。 湖畔に静寂が戻る。 男は剣を収め、手鏡を取り出す。 映るのは、黒い執事服と銀
§ 中学から高校まで、私は製紙工場のある海沿いの街で過ごした。その時分に私ついての川柳が、すくなくとも一つはしたためられた。描かれた情景にひどく身に覚えがあったので、読んだときにあれのことだとすぐにわかったのだ。また作者が誰かも見当がつく。作品の発表には雅号が用いられていたのだが。そんな出来事思い出したのは、数十年ぶりに作者から音信があったからだ。 その日。私はくさくさした気持ちでトマトソーススパゲッティを食べた。速記を担当した裁判記録が横紙破りで廃棄されたのを、今日の
闇の訪れのような声だった。 「さあ、抜きなよ」 共に深夜の雑居ビル、その間の暗がりにはとても似つかわしくない二人だった。 一人は静かな闘志を孕んだような赤髪。背は高く、闇のように黒いセーラー服に、赤いリボンタイ。人差し指に通したリングキーホルダーの先、黄金の防犯ブザーは左右に引っ張られ、今にもエネルギーを開放しそうになっている。 ブザーを構えるまで幼剣士とわからなかったことを、もう一人──ルミは己の慢心であると捉えた。 「私が『時知らず』と知っての狼藉か」
「やめた方がいいよ」 隣を歩く少女は、そう言って顔を覗き込んできた。長い金髪が揺れる。 クリスマスの夜。大通りは、カップル達で溢れている。 行き交う人の中で、少女の姿は浮いていた。バニースーツを着ているのだ。どう考えても屋外で着る服ではないだろう。 だが、通行人達が彼女に目を向ける事はなかった。 何故なら、彼女は俺が脳内で作り出した幻覚だからだ。 「向いてないよ、蓮には、殺し屋とか」 幻聴。この言葉も、俺にしか聞こえない。 少し前から視える様になった、スト
奴が現れたのは、10年前とちょうど同じ時間だった。 『怪獣バグラ、街に上陸しました! 次々と建物を破壊しています。周辺住民はシェルターに避難を――』 高角月美は自分のラボから中継を見ていた。映し出される街の惨状が、20年前の記憶と重なる。彼女の祖父の乗った戦車は、あの怪獣の脚で潰された。 母は科学者だった。怪獣に有効なウィルスを開発していた。10年前、実用化されたそれを防衛隊員の父が撃ち込んだ。しかし薬は効かず、怪獣の尾が父のヘリを墜とした。 祖父も、父も、母
机への平手打ちが、研究室に響く。 「ですから。AI学助教授の貴方に、コレの自律AIを作って欲しいんです」 合歓垣燻離と学生証で名乗った彼女は、スマホを突きつけた。映るはVアイドルのライブアーカイブ。 青白黄に光るステージ上、ツインテールとドレスを揺らして踊り、笑顔を振り撒き熱唱する。 『まだまだ! 次はこの曲!』 熱量全開のパフォーマンスの中、ウインクのファンサも忘れない。 音夢崎すやり。 登録者84万人の、今に煌めくVアイドル。 コレの自律AI――人の