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冒険には危険が付き物だ。だからこそ、彼女の仕事も尽きない。 「こちらシリス。目標地点に到達しました」 「了解、対象はそこでロストしている」 シリスは、自らを覆う手足の付いた棺を立ち上がらせる。そしてコフィンが背負うのもまた、棺だ。これが、彼女の仕事だ。 場所は、現代にはない意匠が彫り込まれた遺構。近年一夜にして、こつ然と発生した山に発見された迷宮。未探査の遺跡とあってこぞって冒険者達が押し寄せた。その後は、この通り。 コフィンの眼を通して、シリスは辺りを探る。
真にタフな人は、打ちのめされても必ず立ち上がるわ。 その日は父が腰をやったせいで酒場は私だけで切り盛りしてた。 ふらっと店に現れた彼は髪はボサボサで髭は伸び放題。耳を見なきゃエルフとは思わなかったわ。 「ビール」 注文を受けた時にピンと来たね。この人は辛いことがあって酒に逃げたいんだって。 「いったい何があったの?」 何杯目かのおかわりを持ってきた時、つい聞いてしまった。悪い癖だ。落ち込んだ人がいるとどうしても気になっちゃう。 「妻と息子が殺された。僕はそ
アノン・マキナの幻影を、今も戦場に見る。 ――壊滅状態の部隊で弾倉に弾を詰め込めば、想起されるは、嘗て戦場を流れた長い銀髪。 二丁拳銃で敵の頭に一撃必殺。容赦無く慈悲深い戦乙女の姿。 だが彼女はもう居ない。 俺が強ければ、或いは……そこで歯を食い縛る。『泣くな。涙は照準がぼやけて悪い』という死に際の教えを守る為――。 「突撃用意!」 大尉の声が響く。既に右腕と左手指が無い彼の、喉元に絶望を留めた命令に、弾倉を力任せに嵌め込む。 「突撃!」 俺含め九人が出陣
『青の竜』が死んだ。 千年前。人類に魔法と、平等と、隷属をもたらした『福音の六竜』の一体が。 当時から変わらぬ不滅の巨体は、この先何万年だろうと美しく、容赦なく、人類へ諦念をもたらし続けただろう。 誰もが、竜達も含めて、それを疑う事は無かった。 昨日までの話だ。 残された五竜達は『青の竜』を悼んだ。 ほんの五分ほど。 後の対応は竜によって様々だった。 『赤の竜』と『黒の竜』は主の消えた『青の竜』の領土侵略にかかり、二十年ぶりの戦争が始まった。 『緑の竜』はそれま
高く、高く。 彼女は翔ぶ。 長くて黒い髪をなびかせながら。 翅の灼けるのもかまわないまま。 ひたすら空高く。 太陽をその手でつかみそうになるほどに。 そして斬る。 彼女は斬る。 力のかぎり、思いのままに。 真っ青な空が、まるで薄い紙のように、はらはらと切り裂かれていく。 黒い三日月の大鎌で、いともたやすく、打ち破っていく。 彼女は気づいていた。 ここは天国などではない。 天上に潜む地獄なのだ。 鮮やかな空が割れ始める。 ギシギシと音が鳴り、無数
五つの頃、父が都市の闇に消えて行ったのは、生まれ変わりの秘儀を求めてのことだった。 「――あんたは何に変わりに来た?剽悍な猟兵?美貌の姫君?それとも才気溢るる貴族様か?」 問いはカンテラの火で照らされた暗渠の煉瓦壁に虚しく反響した。 後方に客人は一人。革装束で全身を覆っている。暗闇をナメくさった連中とは違う。 「願いを口にするのは大事だぜ。場合によっちゃ他人様の魂に押し入るんだ。ちゃんと脳みその中でも答えられるように練習しとかにゃ」 「……おまえの方こそ、どうしてこんな
警報がコクピットに鳴り響く。計器のほとんどは異常を示していた。 私の宇宙船は惑星の重力に囚われ、地上へ引きずり下ろされつつあった。 宇宙船のエネルギーを全てシールドに回す。私に出来るのはこれだけだ。 墜落による激しい衝撃。シールドで私の命は守られたが、宇宙船は深刻な損傷を負う。 悲嘆にくれる時間はない。私は周囲の安全確認で船外へ出た。 墜落地点の近くに廃村があった。建物や放置された日用品から察するに、文明レベルは地球史の産業革命以前といったところか。遭難中でなけ
ふらふらしていた俺が故郷に戻ったのが二年前。 実家の祖父と土蔵掃除を始めたのが三時間前。 いま俺はダンジョンに潜っている。横にはファンタジー世界から来たエルフ。俺が腰に差しているのはファンタジーから流出した魔剣グラム。 土蔵の真下にダンジョンが生じたというのは笑い話だが、現実に家族を害したとあれば話は別だ。グラムは祖父の魂を食い本人は昏睡状態で寝ている。 経緯はこうだ。掃除を始めたところ、箱からグラムがこぼれ落ちた。魔剣は俺の心臓めがけて射出され、横の祖父が
女が前を歩いている。薄暗がりの中。 ケツから目が離せない。 女は選ばれた。 この先に路地がある。 路地に入れーーなんて。あ、マジだ。路地に入った。 俺も行っちゃうもんね。 ポケットにカッター。ある。刃を出しておかなくちゃ。 額の傷跡に指を這わせる。俺は俺だ。ほっとする。 足音を立てずに追いついて、こう、肩に手を乗せるじゃん。 振り向くじゃん。 そこをね。ジャっとね。 カッターで。喉だよ。ゴリッて言うまで押し込んでから切るといい。 あは!切れた。切れた。 逃げ
古びた風が舞う十二番街の裏路地、枯草の絡まった鉄柵の間の階段で下層二区へと降りる。踊り場には古びた鉄扉が。扉を叩くと覗き穴が開き、銀貨一枚で買った合言葉がここで必要となった。 鉄扉の先は古い石柱と丸いテーブルが並ぶ地下空間へとなっていた。噂の秘密酒場であるが客は数えるほどしかおらず、どのテーブルに酒も料理も置かれてい無い。ランタンが置かれ静かに燃えているだけの乾いた空気とそれを誤魔化すかのような香の匂い。 左の胸ポケットから皺だらけの紙を出し再び目を通した。出入口か
天牢は落ちる、お前が止めぬ限りな。 逆巻く渦のランアの言葉が、ロウの頭の中で反響し、同時に先ほどの死の記憶も引きずりだされた。自分が挽肉になるのはああいうことか、と今も生生しく思い出される。 視線の先にはもはや見慣れた石造りの天井。見るのはこれで三度目となる。一度目はランアの言葉を無視して、落ちた『天牢』ごと木っ端みじんになり、二度目はこの地に封じられた怪物、その一体に粉砕された。 「クソ……」 身を起こす。己の身体を見定める。手足目耳鼻、全て万全だ。何もかも