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逆噴射小説大賞2023応募作品一覧

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逆噴射小説大賞2023の全応募作品を収集するマガジンです。コンテストの詳細はこちら:https://diehardtales.com/n/n23ff04fae3b4   Phot…
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#ホラー

庭付きの古い家

 誰もいない家に忍び込むのを私が趣味にしてから、もう10年が経っていた。とはいえ、私は泥棒ではない。家の中に入っても何かを盗んだり壊したりはしない。誰かの生活の痕跡にそっと潜り込んで、楽しむのが好きなのだ。だから、私は空き巣狙いと違って、住民が少し前にいなくなったような空き家にも忍び込む。  始まりは17のときだった。私は勢いで、隣の家に住んでいるハンサムな大学生にラブレターを書いた。しかし、土曜日の学校帰りにその家の郵便受けに投函してから、私は自分のことが恥ずかしくてたま

自壊予告

 窓の外から子供の声が聞こえる。  楽しそうだ。  窓の外から花火の音が聞こえる。  見に行きたい。  窓の外からバイクの音が聞こえる。  うるさい。    広川祐樹は自身が受験生であることを理解している。  雨戸を閉め、扇風機の風量を1段階上げ、問題集に目を落とす。    雨戸の外から子供の声が聞こえる。  うるさい。  雨戸の外から花火の音が聞こえる。  うるさい。  雨戸の外からバイクの音が聞こえる。  うるさい。うるさいうるさい。  救急と警察に通報があったのは翌日

黄金ザクロ

 誰もいなかった。たった独りきりだった。  ウゥゥー……ウゥー……。  荒涼とした大地に、呻きにも似た何かが木霊していた。言い知れぬ焦燥感とともに空を見ると、天頂には眩い光があった。耳元には囁く声。誰も、いないはずなのに。  見えるか? あの輝きが。ぴかぴかとしたあの光が。わかるだろう? 俺とお前が求めてやまなかったもの。ありとあらゆる犠牲を費やし得ようとしたもの。俺とお前の生と死。終わりにして始まり。全てを飲みこむ黄金の光。  あれが、黄金ザクロだ。  叫びをあげ、御

遺物混入 [逆噴射小説大賞2023]

女が前を歩いている。薄暗がりの中。 ケツから目が離せない。 女は選ばれた。 この先に路地がある。 路地に入れーーなんて。あ、マジだ。路地に入った。 俺も行っちゃうもんね。 ポケットにカッター。ある。刃を出しておかなくちゃ。 額の傷跡に指を這わせる。俺は俺だ。ほっとする。 足音を立てずに追いついて、こう、肩に手を乗せるじゃん。 振り向くじゃん。 そこをね。ジャっとね。 カッターで。喉だよ。ゴリッて言うまで押し込んでから切るといい。 あは!切れた。切れた。 逃げ

【人食いたちの長い夜】

 廃工場。窓から射す月光の下へ、捕食者が歩み出る。金田は動けない。足の傷が深かった。脳裏に浮かぶ秋山の顔。  怪物の姿は悍しいの一言に尽きる。ぬるりとした皮膚。血濡れた長い爪。捲れて肥大化した上唇が、顔の上半分を覆っていた。  怪物が飛び掛かる。金田は歯を食いしばり、右手の指を向けた。次の瞬間、怪物が壁まで吹き飛んだ。指先から回転射出されたネジが体を貫き、壁に縫い留めていた。  いくら藻掻いても、五本のネジは動かない。やがて静かになった。金田の頬を涙が伝う。怪物の上唇が

スペリオールズ・ホビー

 駅裏の廃ビルの中。  埃臭さに顔を顰める。  この暗い屋内に、生きているモノは俺以外いない。  だが確実に”いる”はずだ。その証拠に、さっきからうるさいくらいに心臓が早鐘を打っている。 「センサーが反応してるって事は、そろそろか」  心臓の鼓動がBPM180を超える。俺は懐から能面を取り出し被った。  途端、能面越しの視界に流れる無数のコメント。 ※おつー。 ※おつです。 ※今夜は屋内マップかな ※目指せトップスコア ※早くリタイアすんの見てーな 「うるせえオーディエン

つかれた体に効きます

 彼は、私の城たる『うみそら整体院』の客にしてはやけに若かった。 「あの、すんません。予約してないんですけど」  自信なさげに話すのは、齢16ほどの少年。およそ整体を受けるような歳ではないだろう。だが背中を丸めたその姿は、なるほど確かに私の施術を受けるに値していた。 「大丈夫ですよ。本日はどうしました」 「なんか、ずっと疲れが取れなくて……腰も肩も痛いっていうか……」  喋るのも億劫なのか、やけに歯切れが悪い。 「あー、はいはい。これは確かにつかれているようで」 「