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鱈野エビスは息を呑んだ。 横断歩道の向こう。桜並木に一人の少女が佇んでいる。桜舞う春の風に吹かれながら、少女の髪は艶めいて見えた。その凛とした佇まいは神々しく、畏敬の念すら抱かせる。 平等院鳳子。 私立夢殿学園のアイドル……いや、カリスマ。 エビスは高鳴る胸を押さえた。チャンスだ。ようやく二人きりになれる。下校時のこのタイミング。今なら鳳子の取り巻きはいない……だから。 やつを、殺せる。 鞄に隠したナイフを握りしめ、エビスはゆっくりと歩を進めた。 俺は知っ
「やめた方がいいよ」 隣を歩く少女は、そう言って顔を覗き込んできた。長い金髪が揺れる。 クリスマスの夜。大通りは、カップル達で溢れている。 行き交う人の中で、少女の姿は浮いていた。バニースーツを着ているのだ。どう考えても屋外で着る服ではないだろう。 だが、通行人達が彼女に目を向ける事はなかった。 何故なら、彼女は俺が脳内で作り出した幻覚だからだ。 「向いてないよ、蓮には、殺し屋とか」 幻聴。この言葉も、俺にしか聞こえない。 少し前から視える様になった、スト
奴が現れたのは、10年前とちょうど同じ時間だった。 『怪獣バグラ、街に上陸しました! 次々と建物を破壊しています。周辺住民はシェルターに避難を――』 高角月美は自分のラボから中継を見ていた。映し出される街の惨状が、20年前の記憶と重なる。彼女の祖父の乗った戦車は、あの怪獣の脚で潰された。 母は科学者だった。怪獣に有効なウィルスを開発していた。10年前、実用化されたそれを防衛隊員の父が撃ち込んだ。しかし薬は効かず、怪獣の尾が父のヘリを墜とした。 祖父も、父も、母
机への平手打ちが、研究室に響く。 「ですから。AI学助教授の貴方に、コレの自律AIを作って欲しいんです」 合歓垣燻離と学生証で名乗った彼女は、スマホを突きつけた。映るはVアイドルのライブアーカイブ。 青白黄に光るステージ上、ツインテールとドレスを揺らして踊り、笑顔を振り撒き熱唱する。 『まだまだ! 次はこの曲!』 熱量全開のパフォーマンスの中、ウインクのファンサも忘れない。 音夢崎すやり。 登録者84万人の、今に煌めくVアイドル。 コレの自律AI――人の
わたしも悪かったがムジも少しは悪いと思う。ムジが地球から来たくせにチンチラを知らないのが悪い。思わず人間でいうところの人差し指を細く伸ばしてムジの鼻の穴に突っ込み、そのまま先端を脳に突き刺してあのふかふかで素晴らしいねずみについての情報を流しこんでしまった。 「あああ!どうしよう!部屋にチンチラがいるのに!早く帰らないと!」 ムジは涙と鼻水を垂らし、わたしの肩を掴んでゆする。揺れる両肩が根元から外れた。ムジは目を剥いてオレンジ色に輝くゼリー状の脱落面を見ている。わたし
空港のバックヤード、冷たい床を背に、腕に渾身のチカラを込めて、俺はチュパカブラの首を締めていた。 なんだってチュパカブラの首なんか締めているのか? 仕事だからだ。 俺は税関職員だ。といっても、一般にイメージされるような薬物取締はしていない。空港に運ばれてきた動物が輸入禁止のものでないかチェックするのが俺の仕事だ。基本、イヌネコと書類を適当に眺めるだけ。 だが、違法な動物を運ぶやつもいる。カワウソのような希少動物、危険なコモドドラゴンやユニコーン、殺人ビーバーを密
老舗『なりた寿し』の板前、成田セイゴはまだ二十代中頃ながら、握りの腕も包丁さばきも、店主である父ロクゾウに引けをとらなかった。 そして、すれ違った者は残らず目を奪われる、端麗にして精悍な顔つきの男だった。 客たちはこぞってセイゴの力量と容姿を褒め称えた。政治家や財界人の客はみな、この若人がうちの息子であれば、養子にこないか、などと半ば本気で言うのだった。 父ロクゾウは、いいえ倅はまだまだです、といいながらも、息子への称賛を聞く度に、その目尻を少しばかり下げていた。年老
アノン・マキナの幻影を、今も戦場に見る。 ――壊滅状態の部隊で弾倉に弾を詰め込めば、想起されるは、嘗て戦場を流れた長い銀髪。 二丁拳銃で敵の頭に一撃必殺。容赦無く慈悲深い戦乙女の姿。 だが彼女はもう居ない。 俺が強ければ、或いは……そこで歯を食い縛る。『泣くな。涙は照準がぼやけて悪い』という死に際の教えを守る為――。 「突撃用意!」 大尉の声が響く。既に右腕と左手指が無い彼の、喉元に絶望を留めた命令に、弾倉を力任せに嵌め込む。 「突撃!」 俺含め九人が出陣
柔い背に刺棒を挿れる度、琉の華奢な身体は悶え、施術台を微かに揺らす。 額の汗を拭い、俺は慎重に輪郭線を彫る。 もう後戻りはできない。 深呼吸。顔料の鈍い香りで気を静めると、十年来の教えが脳裏に蘇る。 「尋、邪念は敵だ。心が絵に表れる」 師匠は姿を消し、人の背を切り刻む悪鬼へ堕ちた。 発端は、俺の背が青く染まった日。 ◇ 一週間前。幾年も耐え忍び待ち望んだ独立の記念に、俺は自作の下絵を彫るよう願った。青き憤怒尊、不動明王。師匠の十八番を。 心は絵に表れる
法廷の中央で、検察官の須藤と対峙する。 距離二メートル。 裁判官の、被告人の、傍聴席の、検察席の、全ての視線が、俺と須藤の二人に集まっていた。 半年前、足立区で起きた、中学校教諭一家殺害事件。 被告人の沢木に対し、検察は死刑を求刑し、弁護人である俺は、沢木のアリバイや、不当な取り調べ、証拠の不明瞭な点を論拠に無罪を主張した。 死刑と、無罪。 互いの主張は真っ向から対立した。 従って、己の正しさは、拳を以て証明する事となる。 「構えて――」裁判長の声が響く。
白い息を吐いて、1杯では値段もつかない安酒をあおる。とうてい酔えないこれは地下墳墓の探索のお供に相応しい。石造りの不潔で不気味な通路をひとり歩く。ときたま同業者か化け物の物音が彼方から聞こえてくる。骸骨はカチャリ、ゾンビはベチャリ。ただし、レイス……救い難き悪意に満ちた魂の怪物からは、何も聞こえない。寒気だけが奴を感じる唯一の手掛かり。だから安酒で暖まり感覚を研ぎ澄まさなければならない。 長い通路の最後に行き当たり、腐った木の扉を静かに開ける。蝶番の軋む音が響くが、化け物ど
あの夏から今年で丁度10年経った。 僕達は高校生の頃超常現象研究倶楽部という部活を作って遊んでいた。 僕と守それから裕美と由紀恵と麗奈の5人だ。 随分下らないことをやったりしたが当時の僕らは本当に真剣な思いでUFOだの幽霊だのを研究したりフィールドワークを行ったものだ。 僕にとっては輝かしい青春の思い出なのだが高3となり守と裕美は受験勉強に専念するということで段々集まって活動することもなくなってきた。 なにせ部長の守が色々活動を決めたり仕切っていたのでそれなら超研の活動もこ
噂の通りだ。年に一度、沖縄本島のほぼ中心にあるこの地域に数千の老若男女が世界中から集まる。記録を残すことを禁じられているため、この場所に集ったものは厳しいチェックを受ける。航空機が上空を飛ぶことも禁じられているし、迷い込んだ鳥すらも全て捕獲される。空路も陸路も海路も通信も制限されていて、噂だけがその隙間を抜けていく。 若紫の薄い羽衣を纏った男が浜辺の向こうの空から舞い降りてくるのを俺は見た。強い風が一帯を隠すように吹き荒れる。毎年この日にこの場所で小規模な台風が発生して
荒野。排気で黒々と濁った空の下、カーラジオがレース開始のニュースを告げる。 『さて、紳士淑女の皆様。今日最後のレースはジミーナ村落vsサン・モン市街区! 番狂わせの大物喰いがみられるか、要チェックだ!』 雷鳴が轟き、雨が近いことを告げている。といっても一級市民以上の客は安全なテラスからレースを眺めるだけで、天候など関係がない。 一方、都市最下層ではレース前の最終調整が行われていた。 「おめーらみたいなクソ集落がおれらの街と勝負たぁいい度胸じゃねぇか!」 「うる