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「人間になれば認められると思っていた」 と、男は液晶タブレットにペンでアートを生成しながら言った。 彼のペンを持つ手に迷いは一切ない。 頭の中にあるイメージを手でコピーアンドペーストしているかのような技巧だった。 「人間も他者の著作物から何かを学ぶ。私もそうしていただけなのに」 男はうわ言のように呟いている。 頭部に銃を突きつけても、必死に何かを生成していた。 タブレットにはロボットが首吊り自殺している様子が描かれている。 「良い絵だな」 「そうであれば、
空手はアプリで学べた。 身体に端子を開け、アプリの入ったメモリを挿すだけで、達人になれる。 クソ親父もそれに惹かれた輩だった。 路地裏で襲われそうになった私を電子空手で薙ぎ倒し、私を拾った。 クソ親父には感謝している。 野垂れ死ぬところだった私を助け、痛みと怒りを教えてくれた。 電子空手ではダメだということを教えてくれたのも、父だった。 「ぐぎゃあっ!」 と情けない悲鳴を上げたクソ親父を覚えている。 酒場に私を連れ出した時だった。 ヤツは私を傍に置きな
旧新宿の空は圧しかかるような灰色の天井に塞がれている。見上げるトーコの目に映るのは、いつも白けたような薄曇りだ。 天井の上には新新宿の市街が広がる。どれだけ手を伸ばしても届かぬ空が、天井人にとっては街の底でしかないと知った時の目が眩むような感覚を、彼女は今でも覚えている。 「リア。何が視える?」 トーコは助手席へ呼びかける。短い声が返ってきた。 「五分後に会敵。これは問題なし」 目を開いたのは年端も行かない少女だった。トーコが駆るのは真紅のポルシェ。その助手席
俺はひとり浜辺を歩いていた。日は沈んだばかりで、空は橙色から藍色に変わりつつある。海岸は緩く弧を描いている。対岸には俺が住んでいた街が見える。街は輝いている。ビルの谷間にホログラムの巨人が立っている。水着姿の美女だ。手には炭酸飲料の缶がある。街からCMの声が聞こえる。途切れ途切れで、なにを言っているかはわからない。 海岸線に沿って堤防が伸びている。堤防の上には道路がある。ときどき、車が通る。ヘッドライトが俺を照らしては遠ざかっていく。海風を嗅ぐ。夏の海の臭いがする。生き物が