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逆噴射小説大賞2023応募作品一覧

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逆噴射小説大賞2023の全応募作品を収集するマガジンです。コンテストの詳細はこちら:https://diehardtales.com/n/n23ff04fae3b4   Phot…
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#クリエイターフェス

ドラゴンアンドデートドラッグ

「ヤバい」  わたしが復唱するとボスは首を振る。そうじゃねえ、今回ばかりはマジでヤバいんだ。何かに乗り上げて軽自動車が宙を跳んだ。がくん。着地の衝撃。車はガタガタの道をかっ飛んでいる。 「市街地にドラゴンが出た。それはいい。俺の責任じゃねえ。クスリ積んだトラックが検問に引っかかった。それもいい。織込み済みだ。ゲートのポリ公にいくらか握らせればいい。必要経費だ。全然ヤバくない。おいミンミン!行先変更だ、権田のトンネルに向かえ!」  指示に合わせて三人を乗せたタイヤが鳴る。

グッドデイズ、マイシスター。

 机への平手打ちが、研究室に響く。 「ですから。AI学助教授の貴方に、コレの自律AIを作って欲しいんです」  合歓垣燻離と学生証で名乗った彼女は、スマホを突きつけた。映るはVアイドルのライブアーカイブ。  青白黄に光るステージ上、ツインテールとドレスを揺らして踊り、笑顔を振り撒き熱唱する。 『まだまだ! 次はこの曲!』  熱量全開のパフォーマンスの中、ウインクのファンサも忘れない。  音夢崎すやり。  登録者84万人の、今に煌めくVアイドル。  コレの自律AI――人の

アノン・マキナは死んでいる

 アノン・マキナの幻影を、今も戦場に見る。  ――壊滅状態の部隊で弾倉に弾を詰め込めば、想起されるは、嘗て戦場を流れた長い銀髪。  二丁拳銃で敵の頭に一撃必殺。容赦無く慈悲深い戦乙女の姿。  だが彼女はもう居ない。  俺が強ければ、或いは……そこで歯を食い縛る。『泣くな。涙は照準がぼやけて悪い』という死に際の教えを守る為――。 「突撃用意!」  大尉の声が響く。既に右腕と左手指が無い彼の、喉元に絶望を留めた命令に、弾倉を力任せに嵌め込む。 「突撃!」  俺含め九人が出陣

「青き憤怒 赤き慈悲」

 柔い背に刺棒を挿れる度、琉の華奢な身体は悶え、施術台を微かに揺らす。  額の汗を拭い、俺は慎重に輪郭線を彫る。  もう後戻りはできない。  深呼吸。顔料の鈍い香りで気を静めると、十年来の教えが脳裏に蘇る。 「尋、邪念は敵だ。心が絵に表れる」  師匠は姿を消し、人の背を切り刻む悪鬼へ堕ちた。  発端は、俺の背が青く染まった日。 ◇  一週間前。幾年も耐え忍び待ち望んだ独立の記念に、俺は自作の下絵を彫るよう願った。青き憤怒尊、不動明王。師匠の十八番を。  心は絵に表れる

『カバリとジャンには、夜がお似合い』

 彼の敵前逃亡は、小隊の運命には何の影響も与えなかった。路地の奥で殺された人数が、ただ七から六に減っただけだ。だがその夜は彼を、永遠に変えてしまった。  路地を、まるで連なる川獺のように小隊は進んだ。最後尾の彼だけが、分かれ道の手前で立ち止まった。兵士たちは低い姿勢のまま暗がりへ消えてゆく。おれは捨石の、囮役を引き受けたのだという言い訳を彼は考えた。自分一人だけなら逃げられる可能性がある。彼にはそれが理解った。そういう能力だった。  だからこそ、まるで影から生まれたような

Masquerade~仮面決闘士は怪奇を好む~

 死者が人を殺した!  ウェネス都市共和国で最も“刺激的”とされる「黒猫通り」の住人“エルフ顔の”リン・カッツェは友人が多く、その友人は根城のカフェに巣くうリン・カッツェの先端の尖った耳に様々な怪奇な事件を語る。  市警捜査官アズールは決して軽薄な人物ではない。その彼が、友人であっても部外者のリン・カッツェに捜査中の大事件について漏らすのは初めてだった。  それは三日前、共和国財務官ティエポロ卿が、評議会議事堂に設けられた彼の執務室で短剣で心臓を正面から一突きされた事件に

「迦陵頻伽(かりょうびんが)の仔は西へ」

 身の丈七尺の大柄。左肩の上には塵避けの外套を纏った少女。入唐後の二年半で良嗣が集めた衆目は数知れず、今も四人の男の視線を浴びている。  左肩でオトが呟いた。 「別に辞めなくたって」  二人は商隊と共に砂漠を征き、西域を目指していた。昨晩オトの寝具を捲った商人に、良嗣が鉄拳を振るうまでは。 「奴らは信用できん」 「割符はどうすんの」  陽関の関所を通る術が無ければ、敦煌からの──否、海をも越えた旅路が水泡に帰す。状況は深刻だった。  口論が白熱する最中、遂に視線の主達は姿

なぜクトーニアンを殺さなかったのか

 リングの中央で、半裸の男が2人、がっちりと組み合っている。  したたる汗と血が、マットの上に、大きな血だまりを作っている。  観客はいない。  否、いなくなっている。  打ち捨てられた鞄、片方だけの靴、踏みつけにされた新聞……それらの痕跡が、ここに超満員の観客がいたことを物語っている。  今は、誰もいない。  がらんとした会場に、男たちの荒い息遣いと、リングの軋む音が、惨憺として響いている。  ごう……ごごう……。  地震でリングが傾き、男たちがわずかによろめく。  自

【ショートショート】思い出のガレット#逆噴射小説大賞2023

「悪い、琴乃」  喫茶店に息を切らせて到着した松下憲吾は、開口一番頭を下げた。くたびれたシャツに無精ひげ、顔色も悪い。デートには似つかわしくない体裁だ。  だが私も他人の事を言えない。眠気を払い、首を横に振る。 「こちらこそごめんね。帳場が立ってる間は無しって約束なのに」 新都市区無差別連続殺人事件。 区内で年齢性別問わず、3名が殺鼠剤により毒殺された。  ホットコーヒーで口を潤す。 「私、貴方に話していないことがあるの」  憲吾の目がすっと刑事のそれになるのが

小説冒頭『急患再び』

―はい、クリーンデンタルクリニックです ―急ぎで、今夜、処置お願いします ―かしこまりました、確認しますので診察券番号を ―11564です  強引な急患の電話はよくあることだ。  しかし、静かに灯った赤ランプに黒髪黒縁眼鏡の受付嬢は思わず姿勢を正した。 ―少々お待ち下さい  診療室へと急ぎ、処置を終えた院長に声をかける。 「急患です。11564番、今夜希望です」  番号を聞いて院長は目を細めた。おもむろに指を組みポキリと鳴らす。受付嬢にはその姿が嬉しそうに見える。 「

想いと憧れの先に 【795文字】 #逆噴射小説大賞2023 応募作品

TVからの警告音と共にテロップが流れ、 ヴィランによるテロ行為が 行われたニュースが流れ始める。 ヒーローの両親と兄は すでに現場に向かい救護活動を行っている。 TVでは報道できるギリギリの 現場映像が流れる。 私も現場に向かいたかった。 しかしヒーロー免許のない私が 現場に行く事はできなかった。 ヒーローに、なれなかった私は サポートチームの一員として ラボで働いている。 私は湿った手でハンドルを強く握り ラボに向かった。 ラボの大画面では現場の様子が 鮮明に映し

小説冒頭『それでも僕は離脱する』

  『100%保証 あなたの未来に永遠のパートナーを 永恋Eren』  仕事も軌道に乗ってきたし友達の式にも呼ばれたし、真面目に結婚でも考えようかと思っていた矢先。スクロールさせた指の先。  笑えるくらい嘘くさい婚活アプリ。  それでもふと、試してみたくなった。  魚心に水心、ほんの出来心。  僕は飲み屋で生と唐揚げを流し込みながら永恋をDLした。 「特技、幽体離脱っと」  こんなふざけた事を書く奴いるか?  でも、これこそ本音。  信じてくれるコが本当にいるのなら

悪魔治療士《デモン・ヒーラー》デミアンの治療簿

 その日、ワラキア領内のトゥルゴヴィシュテの城は混乱に満ちていた。混乱の中心には一人の男。黒革の鎧を纏い、奇怪な武器を携えて単身乗り込んできたその男に、城の警備兵は圧倒されていた。 「うわぁぁぁっ!」  兵士の一人が槍を突き出し男へと迫る。しかし男は槍の穂先をするりと躱し、柄を掴んで兵士を引き寄せる。体勢を崩した兵士の首を鷲掴みにすると、恐怖に歪んだその顔をじろりと睨みつける。兵士は血の涙を流していた。男は呟く。 「ふむ。血涙ということは眼球の毛細血管がやられているな。眼圧も

くそうず

腐っていた。 生きながら、腐っていた。 里美の、あの透けるような白い肌。何度も何度も飽きもせずに愛撫した、陶磁器のように滑らかな肌は見る影も無くなっていた。 落ち窪んだ眼窩、痩せこけた頬。 爛れたように変色した肌の所々からどす黒く濁った膿が滲みだしている。どこからやってきたのか、1ミリほどの小さな羽虫がその膿に音もなく群がっていて、何度払っても執拗に集まってくる。 ぷん、と鼻をつく臭いが漂ってくる。甘ったるい中に刺激臭の混じったその臭いは、およそ生きているものの放つ臭いと