マガジンのカバー画像

逆噴射小説大賞2023応募作品一覧

286
逆噴射小説大賞2023の全応募作品を収集するマガジンです。コンテストの詳細はこちら:https://diehardtales.com/n/n23ff04fae3b4   Phot…
運営しているクリエイター

#一次創作

ロッホローモンドの畔で

 杜紀夫はジャケットの内ポケットから取り出した鍵を右手に軽く握り、ドアをノックした。勿論、ドアの横にいわゆるドアチャイムのボタンはある。それでも彼は、白い手袋を着けたその手で、静かにドアを叩いた。  愛用のサコッシュを斜め掛けしてその横に立っている刀記は、不思議そうに彼の様子を眺めていた。杜紀夫はその視線を感じつつ、一瞥をくれることもなく「失礼します」と声を発し、それとほぼ同時に、握っていた鍵を挿して捻った。見かけに反するほど重量感のある解錠音がして、そのドアは開いた。刀記は

赫らの紅

 この時期まだ火は入れていない掘り炬燵の縁に腰掛けて、隼治郎はいつものように庭を眺めていた。 「げに、この季節は最高じゃわ 良い時期に産んでもろうたもんよ」  ここ数日で随分と赤が映えるようになった庭の紅葉に、眼を細めた。古希を超えた頃からさすがに幾分、老眼の自覚はあったが、世間で言われるところの視力はまったく問題ない。むしろ、それこそがこれまで生き存えてきた秘訣の一つでもあった。 「ん?」  ふと、その奥に普段は見掛けない《何か》が居ることに気づいた。庭の向こうは細い川につ