S4第6話【アシッド・シグナル・トランザクション】分割版 #3
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フジキドが残した情報素子から取り出され、コトダマ空間に解き放たれたそれは、通常、記憶端末には到底収められぬであろうほどに高密度の、不穏な球体であった。言葉が幾億幾兆にも層を為し、ナンシーの眼前で、ゆっくりと回転している。
インターネットとは、後世の文明がオヒガンの原理を部分的に解釈したものに過ぎない。圧縮プログラムとは古代魔術の不完全な再現である。エジプト魔術の秘奥義に通じたセトのインターネットは現代人を遥かに凌ぎ、データ圧縮技術もまた然り。ナンシーのこめかみを緊張の電子汗が流れた。
球体を構成するヒエログリフ・コードは立体回転パズルじみて相互に影響を与えながらスライドする。ナンシーは己がタイピング速度ひとつで、その法則に触れ、理解し、答えを導き出さねばならぬ。このパズルの中に封じ込められているのは混沌の渦そのもの。そこから彼らの会話ログを抽出せねば……!
煮えたぎる色彩の海は、ダイブしたナンシーを自律的にとらえ、泡や結晶じみた輝きを放ち、分裂し、枝葉を伸ばして触れようとする。見え隠れする言葉の断片、それらは一つ一つを捉えれば意味不明の破損データのようだ。しかし正しき角度から力を加えることで、会話らしき情報が僅かに成立する。
セト。ケイムショ。ギャラルホルン。ヴァイン。シャン・ロア。オモイ・ニンジャ。アイアンコブラ。カリュドーンに参加した七人のリアルニンジャ達。彼らの剣呑な……同時に、無責任な愉悦に彩られた会話の残像は徐々に形を為し、影絵めいて繰り返される。タキの肩の上で小さなナンシーがそれを見る。
全体の膨大な混沌に比して、必要とされるデータは僅かだ。つまり、それら会話のログ……ダークカラテエンパイアのニンジャ達のやり取りの記録こそが必要な部分。他の要素は無限の破滅リスクへの入り口だ。邪悪なるセトは閉鎖世界の開闢から現在に至るまでの歴史を電子情報に変えて封じ込めている。不用意に足を踏み外せば、その膨大な容量にすぐさま呑まれ、溶かされ、滅ぼされる、圧縮された危険な混沌そのものだ!
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