【トゥー・レイト・フォー・インガオホー】
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この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正版が上記物理書籍に収録されています。また、第2部のコミカライズが、現在チャンピオンRED誌上で行われています。
1
「シューッ……」四方に「体験」のスピリチュアル・ショドーを飾ったザゼン・ルームの中心でアグラするのは、黒緑色の装束を着たニンジャである。俯いて動かずにいたその者がゆっくりと顔を上げると、メンポの奥の双眸には気力が満ち、油断ならぬアトモスフィアが背中から立ち昇った。
やがてそのニンジャはアグラ姿勢から、「イヤーッ!」やおらバック転、部屋の隅に立てかけられたニンジャソードを流れるような動きで掴み、更に、「イヤーッ!」再度バック転を繰り出すと、その対角に飾られていた仕込み爪つきのガントレットを掴んで装着した。「イヤーッ!」フスマを引き開ける!
ターン!「洗う!洗う!洗えすぎてあなたの仕事は……もう無い?エーッ!?しかも半額上乗せすれば?もう一個プレゼント!?スゴーイ!これは非常なお得感がある分、無料よりも安いのでは?」途端にけたたましいテレビ音!フスマは防音仕様であったのだ。「何さ」女がオカキを食べながら振り返った。
「何ってお前……」ニンジャは鼻白んだ。「俺は、ニンジャだぞ。むしろ、お前が何だだよ!俺のセイシンテキをお前、ふざけるなよ」「アー?」女はオカキを咀嚼し、凄んだ。ネグリジェ姿の胸の谷間にはそばかすが浮いている。ニンジャは天を仰いだ。「しかも朝からその格好とは……ブッダ!」
「ふざけるなはこっちのセリフだよ、カイダ!」女は酒焼けした声で咎めた。ニンジャは手で制した。「やめろ!その名で呼ぶのは。俺はスカラムーシュだ」「ハッ!何がスカラムーシュだよ。もうちょっと強そうな名前にすりゃいいのにさ……」「そういうそもそも論はやめろ、ノバラ」ニンジャは遮った。
そう、このニンジャの名はスカラムーシュ。ニンジャのふりをした狂人ではなく、実際ニンジャである。だがノバラはスカラムーシュの佇まいに何ら動じることはない。「先月のアンタの稼ぎは?」「だから、そういう……」「稼ぎは?」「ゼロだ」スカラムーシュは低く言った。「事情があるんだ」
「アタシが客を取ったほうが早いよね。ニンジャより稼げる仕事だとは思わなかったわ。辞めるんじゃなかった」「クライアントのヤクザクランが皆殺しにされちまったんだから仕方ねえだろ」スカラムーシュは苛立たしげに抗弁した。ノバラは取り合わない。「そんな弱いとこから仕事を取るからさ」
「まあとにかく、そのせいでタダ働きだッたわけよ。アマクダリは半端ねえ。奴らが出てきたらもうダメだ、ハズレくじだ。事務所は根こそぎにされて、コーベインや万札も、オヤブン野郎の金歯も全部奴らが回収済だ。何度も説明したぞ」「何度もその、言い訳になってないような言い訳を聞いたわよ」
「お前は想像力がない……わかっていないから……」スカラムーシュは言い募ろうとしたが、やめた。「俺のような腕利きにゃ、生きづらい時代だがよ……」「アハハハ!」ノバラが笑った。テレビだ。コメディアンが熊の着ぐるみに棒で叩かれている。「ノバラ!つまり新しいビズなんだ!ナメるなよ?」
「え?」ノバラが再び振り返った。「それを早く言いなよ!こンな所でいつまでダラダラしてンのさ。タイムイズマネーじゃないの?どんなビズよ」「新規クライアントだ」「新規……」ノバラは顔をしかめた。「また取りっぱぐれンのかい」「お前はペシミスティックに過ぎる。まあ見ていろ」「ハ!」
……75分後!スカラムーシュは四駅離れたスノマ・ストリートの喫茶店「シンエイ小気味」の窓際席で、ダークスーツにセルフレームグラスの男と対面していた。「つまりですね、ビジネスチャンスの障害になっているわけなんです。我々の革新的なソリューションの滞りを生んでいる」「ムム……」
机の上には交換済みの名刺がある。スーツ男の名刺には「電臣ニストソリューションシステムズCEO、コバヤシノ・シバ」と書かれている。手の込んだ光透かし細工の施された名刺だ。スカラムーシュのものはシンプルである。「ニンジャ、バウンティハンター、用心棒、暴力、実直な価格」。
「我々の商材は革新性をもたらします。つまりカネの流れを作る。信頼してもらっていいですよ。システムにショックを与える、それが生きがいですから」男の全ての指にはいかつい指輪がはまっており、両耳のピアスも攻撃的だ。隠し切れていない。別にそれはよい。「で?殺しか?」「そうです」
スカラムーシュはニンジャ装束の上からスタジアム・ジャンパーを着、野球帽を被っている。帽子のつばをやや傾け、クロームのメンポが効果的に見えるようにした。そしてテーブルに手を置いた。スカラムーシュの右手指には「コ」「ロ」「シ」「モ」「ノ」のタトゥーが彫られている。コワイ!
「悪いが新規クライアントには前金を要求している」「ハイ」「40%だ」「……」シバは携帯端末をその場で操作した。キャバアーン!「……」スカラムーシュはシバを睨みつけたまま、懐から己の端末を取り出した。そして素早く表示を確認した。「……」彼は無表情を保った。「内容を聞いてないぞ」
「我が社の覚悟とキャッシュフロー健全性を証明するには十分ですね?」シバはメガネを指で直した。スカラムーシュはメンポを開き、不味いコーヒーを音立てて啜った。そして腕組みした。「お前さんの何とかいう会社の障害とやらは?ヤクザか?カルトか?弁護士か?」「ヤクザです」「武力の内訳は」
「センセイには、どうという事ありません」シバはファイルを取り出し、広げて見せた。「どうという事ない?向こうさんにもニンジャがいるッて事か」スカラムーシュは顔をしかめた。「……」シバは笑顔のまま、黙った。図星である。「ニンジャはオプション料金だ。100%追加だ」キャバアーン!
「ムム」スカラムーシュは唸った。もっとふっかけても良かったか。だが充分ではある。カネの問題はこれで解決だ。問題は敵のニンジャだ。「ニンジャは用心棒か?ターゲット当事者か」つまり、ニンジャの殺害が必要なケースとそうでないケース……危険度が段違いだ。「用心棒です」「よし」
スカラムーシュはファイルを受け取り、ページをめくって行く。ゴーストオブドラゴンゾンビー・クラン。内部抗争で滅びたドラゴンゾンビー・クランの生き残りが作ったヤクザクランで、風前の灯だ。シバのような後ろ暗い新興ソリューション詐欺企業の上前をはねてシノギをしている。
「まあその、センセイが看破なさったように、障害らしい障害はニンジャです。ゴーストオブドラゴンゾンビー・クランから離脱しようとしたグレーターゴーストオブドラゴンゾンビー・クランの連中を皆殺しにしたのもそのニンジャ……」「ニンジャの名前は?」「ハオカーです」「……無名だな」
スカラムーシュは前情報を一通りあらため、ファイルを閉じた。ニンジャ記憶力である。「それじゃ、始めるぜ。少し下調べをする。決行はこっちで決めさせてくれ」「よいでしょう」シバは頷いた。「ただ、四半期決算が近いです。その一週間前を期限にさせてください」「カイシャは大変だな」「はい」
「スッゾオラー!カネだ!」「アイエエエ!?」そのとき、喧騒!覆面男が入店し、いきなりレジの店員にサブマシンガンを突きつけたのだ!「この紙袋に早く……客どもテメッコラー!見てんじゃねえ!店員!カネだ!早くしろ!」「アイエエエ!」「早く……」「イヤーッ!」「グワーッ!?」
ナムサン!突然の覆面強盗は、しめやかに接近したスカラムーシュに後頭部をいきなり掴まれ、スコーンやタコヤキが陳列されたショーケースに顔面から叩きつけられた。「グワーッ!?」「イヤーッ!」スカラムーシュは強盗の頭を素早く引き上げ、再度叩きつける!KRAAASH!「アバーッ!」
「アイエエエ!」店員が失禁!「イヤーッ!」「アバーッ!」KRAAASH!覆面強盗は痙攣!「よォし!いいタイミングだ、お前!気持ちがノッてきたぜ!」スカラムーシュはその場で両腕をストレッチし、テーブル席のシバを指さした。「グッドニュースを待ってろ!」
◆◆◆
……その夜!スカラムーシュはそこから二駅離れたヤメチャシ・ウォークの安酒場「生柑橘」で、くたびれたエンジニア然とした男とカウンターで飲んでいた。
石めいたバーテンダーがスピリットを出すと、「奢りだぜ。ロヤマ=サン」スカラムーシュは言い、エンジニア然とした男の背中を恩着せがましく叩いた。「……」ロヤマは10秒ほどグラスを睨んでいたが、やがて一息に呑んだ。「で、用ってなんだい、スカラムーシュ=サンよ」「それよ」
スカラムーシュは仕事の顔になった。とはいえ、野球帽を目深に被り、スタジアム・ジャンパーを着て、ニンジャ装束とメンポを隠した彼は、よその人間からはニンジャとわかるまい。「つまりな、ロヤマ=サン。ちょいとツッコンでもらいてえ」「どこに」「そりゃお前、ヤクザクランのUNIXよ」
「ウーン」ロヤマは腕を組んで思案顔だ。「クランによるよネ……危ない橋はもう渡りたくない」「危ないかどうかは、そりゃお前次第だろ。今日日、市民プールのシステムだって脳を焼きに来るっていうぜ。自転車に乗って事故死する奴もいる。お前はどうだ?スゴイハッカーだろが」「ああ、まあ……」
「相手はゴーストオブドラゴンゾンビー・クランだ」「ゴーストオブドラゴンゾンビー・クラン?聞いたこと、あまりないね」「弱小だからな。だが、ニンジャを雇ってるんだとよ……」「ウーン」「そいつを調べておいてくれや。万が一ッてこともある。わかるだろ?」「アマクダリね。クワバラ……」
「それからな、これがゴーストオブドラゴンゾンビー・クランのオヤブンの別宅な……」スカラムーシュは住所をメモした紙切れを渡す。「今週末に、クランの連中がカラオケ・パーティーをやる。オイランを集めて、ここでな」「うん」「間取り、構成員の類、その辺を見繕ってくれや」「ウーン」
ロヤマは口元をムズムズさせながら、カウンター上でエア・タイピング動作をした。「リスクありそうだなあ」「自転車の話、またして欲しいか?」「ウーン」「なあロヤマ=サン。俺らの付き合い、長いだろうが。お前のハッカーとしてのキャリアもよ……」「わかったよ」ロヤマは渋々頷く。「前金」
「それよ」スカラムーシュはロヤマを指差した。「悪いが今、俺にはカネがない。このビズで手堅く稼ぐ。そして払う」「ハァ?」ロヤマは目を見開いた。「アンタが死んだらどうすんだよ。タダ働きか?」「馬鹿野郎!縁起の悪い事を言うんじゃねえ。ちなみに、俺にカネが無いのも、そういう事情だ」
「エッ?何かおかしいよ」ロヤマは抗弁した。「だってさ、この案件の前金をアンタ、もらってないの?それを……」「俺はな、利息でパンパンなんだ」スカラムーシュは言った。「でも……」「なあロヤマ。ノバラとヤッたろ」「エッ」ロヤマは瞬時に顔面蒼白になった。バーの薄明かりにもはっきりと。
「何を……」「……」スカラムーシュは懐から小型端末を取り出し、再生ボタンを押した。『「アーッ!アーッ畜生!最高だ!もう、もうダメだ!」「いいのよ、来て、来て……」「アーッ!ノバラ=サン!アーッ!僕もうこれは……ブツッ』ロヤマは停止ボタンを押した。泣きそうな顔で首を振った。
「お前とは付き合い長いからよ」スカラムーシュは顔を近づけ、低く言った。「まぁいいよ。アイツの昔の仕事もな……だが仕事とこの件じゃ全然別の問題だ」「……」「アイツが誘ったんだろ?この前UNIX見に来た時によ」「そう……」「ノバラはどうしようもねえ奴だが、俺のカミさんではある」
「ア……アア……」「今後もビジネスパートナーだよな、俺たちは」スカラムーシュはうつろな真顔でロヤマの目を覗き込んだ。「そうと決まりゃ、キッチリ頼むぜ。でっかく儲けるチャンスだからよ」「アイエエ……」ロヤマは失禁した。
◆◆◆
……24時間後!部屋の明かりはUNIXモニタただ一つ、窓の外から微かに届く交通事故のクラッシュ音とサイレンをBGMに、スカラムーシュはロヤマとのIRCセッションの最中だ。部屋の中はひどく乱雑に物が散らかり、防音フスマは外れ、ベッドでは頬を腫らしたノバラがふてくされて寝ている。
進捗バーが次々に100%充填され、ゴーストオブドラゴンゾンビー・クランのオヤブン別邸見取り図、構成員名簿、シノギ顧客コネクションの相関図等が流れ込んでくる。さすがにロヤマは緊張感をもって一日仕事をしたと見える。
SCRMC: 本題、Nの件
RYM: 送る
ガリガリガリ……ファイヤウォール機器が軋み、敵の用心棒であるニンジャ、ハオカーの情報がダウンロードされ始めた。スカラムーシュはファイヤウォールの安全ランプを注意深く確認する。LEDは緑だ。
SCRMC: こいつの素性は?
RYM: ハオカー。セクトではない。元ケンドー機動隊、ドロップアウト、多分、日が浅い
「……」スカラムーシュは目を細める。勝てる相手だ。十分やれる。
SCRMC: 背後?クラン?ヤバイ事?
RYM: 現状、確認できず。でも関連事項
別のデータのダウンロードが始まった。
元ケンドー機動隊。戦争が始まってからこっち、この手のドロップアウト組も増加傾向にある。増加しては、潰され、平らにならされていく。「クワバラ……クワバラ」スカラムーシュはケモビール缶を呷り、キーを叩く。データ解凍……
RYM: ゴーストオブドラゴンゾンビー以前のハオカーのビズ
「ビズ……」
RYM: デビルズカルーセルクランにアサルトして全員殺した。クライアント不明。その前はアームドカーリークランにアサルト、全員殺した。クライアント不明
SCRMC: N戦闘?
RYM: nope
「成る程……」非ニンジャを相手に立ち回って調子をつけてきたクチだ。
スカラムーシュはニンジャを殺った経験がある。ヤクザ相手に粋がる奴など、敵ではない。だが、彼は眉を顰める。それぞれのクラン襲撃の日付が一ヶ月おき。アームドカーリー……デビルズカルーセル……そしてグレーターゴーストオブドラゴンゾンビー……同じ日付だ。「何か落ち着かねえな」
SCRMC: もう少し探り要る。不明クライアント
RYM: 不明、何故なら、もう無い事が確か
SCRMC: ワッツ
RYM: そしてそれが気になるところ
SCRMC: 詳しい事を
RYM: 何らかのNだった可能性
SCRMC: だった?
RYM: ツブされたことは確認可能
「ワッツ……」スカラムーシュは口に出した。そのあと、ハオカーの元クライアントの崩壊……汚職警官が横流しした現場写真の画像が届いた。スカラムーシュは息を呑んだ。何処かのオフィス、激しい戦闘の痕跡と爆発四散痕、そこに血文字……恐怖を煽る字体で書かれたそれは、「忍」。「殺」。
ガターン!椅子が音を立てた。スカラムーシュが仰け反った音だ。彼は慌ててベッドを振り返った。ノバラは……あのまま寝てしまった。彼はケモビールを呷り、深く呼吸を行い、また画面に向かった。「ブッダファック……ありゃあお前……悪魔……死神……都市伝説……ニンジャスレイヤー……!」
2
スカラムーシュはニンジャスレイヤーについて詳しい!かつてネオサイタマを牛耳っていたソウカイヤと事を構え、ヘマをしでかしてほとぼりを覚ましにキョートへ逃げ、その後、ソウカイヤを滅ぼしたキョートのザイバツも消滅した頃に、これ幸いと再び闇社会へ戻ってきて、ニンジャ殺しを再開した狂人!
ニンジャスレイヤーはニンジャを殺してまわる異常者。始末の悪い事にカラテが強く、アマクダリ・セクトのニンジャですら殺してしまうという。(弱いものイジメばかりするくせに、肝心な時に役に立たんアマクダリの連中め!)スカラムーシュは顔をしかめた。(俺がこんな事態を恐れねばならんとは!)
RYM: モシモシ
SCRMC: そいつはヤバイ奴だ、そいつはニンジャスレイヤーだ。ハオカーの前のクライアントはそいつが潰したんだ間違いない
RYM: omb。ハオカーを殺しに来るかな
スカラムーシュは椅子をグルグル回した。「それもあるか!畜生!それはそれでマズイか?畜生!」
自分がニンジャスレイヤーに狙われるのは言語道断だ。くわえて、例えばニンジャスレイヤーがハオカーと諸共にゴーストオブドラゴンゾンビー・クランを殲滅したとしたら?その場合、スカラムーシュの取り分はゼロになるのではないか?あれこれ理由をつけて報酬の支払いを渋られるかもしれない。
「ウーン」ノバラが寝返りを打った。スカラムーシュは椅子を止めた。選択肢はどのみち一つだ。前へ進むしかない。仕事を果たせばカネが手に入る。それを元手に現状から一発逆転だ。仕事を断ったらどうなる?来るかどうかもわからぬ都市伝説サイコキラーを恐れて仕事を断るアホに次のビズなど来ない。
闇稼業は信用商売だ。ビズから逃げる、断る、そんな事は余程だ。次の仕事がいつあるかも確証がないというのに。あるいは、自分がニンジャだからといってクライアントを殴ったり脅したり殺したりする、そんな奴は良くてムラハチ、悪ければアマクダリに目をつけられて、ヤバイ奴が送り込まれるだけだ。
RYM: モシモシ
SCRMC: np。最低限の情報は得た。もう少しハオカーの過去クライアントの件を頼む
RYM: aye aye。あと、報酬の詳しい相談がまだで
SCRMC: まさに男の仕事
スカラムーシュはIRCセッションをオフにした。
決行は三日後。カラオケ・パーティーの開かれる14日だ。「……14日?」スカラムーシュは呟いた。彼は先程カレンダーにつけていった×印を見返した。縁起が悪いにも程がある。ハオカーの月イチのコロシ・ビズと同じ日付だ。嫌な偶然もあったものだ……。
◆◆◆
……翌日19時!スカラムーシュとノバラはマルノウチのウナギ・レストランの個室でウナギ鍋を囲んでいた。ノバラは憮然とした顔であったが、バイオウナギの美味にやや心動かされたと見て、スカラムーシュの差し出したトックリをオチョコで受けた。「ご機嫌取りのつもりかい」「そう言うなって」
「だいたいこんな店!先に借金返さなきゃだろ」「そりゃお前、全部辻褄が合うようになってるからよ」スカラムーシュはウナギを口に運んだ。「返済期日はお前、今回の仕事の支払いよりずっと後だぜ。ドンと構えてろや」「ハ!」テーブルから身を乗り出してトーフを取るノバラの胸の谷間が見えた。
「お前よォ……」「ア?」「ロヤマと何回ヤッたんだ。一回じゃねえんじゃねえか?」「蒸し返すのかい!女々しいね!」「だいたいお前、ロヤマはお前、俺と近過ぎだろうがよ。気まずさってもんがあるんだ」「アンタに甲斐性がないからじゃないかい」「お前がそれを言うかよ!」「アアッ!?」
ノバラは滑らないトングでボウルの生きたウナギを掴み、熱い鍋に入れた。「いきなり入れるな!スープが跳ねる」「そいつはアタシの怒りだ!」「怒るのは俺だろうがよ!」スカラムーシュは拳を振り上げ、下ろした。「やめだ、やめ。腹が減ってるのによ」「そうだよ全く」ノバラはサケに口をつけた。
二人はそのまま、黙ってサケを飲み、ウナギを食べた。店内BGMに、雅なリミックスを施されたスカムポップが流れる。「アンドロメダは何百光年ー、二人はどこまでも添い遂げるー、スゴイ好き!」「ブルシット……」スカラムーシュはうんざりと首を振り、ノバラが酌をしたサケを飲んだ。
◆◆◆
……翌日のスカラムーシュはレンタル・ドージョーでザゼンし、念入りなカラテ・ウォームアップを行った。自宅のザゼンルームでは充分なトレーニングが行えない。あの部屋でノバラがエクササイズを行う事すらあるのだ。スカラムーシュは邪念を払った。敵を倒す!目をえぐる!心臓を貫く!
◆◆◆
……14日!19:00!カネモチ・ディストリクト!ゴーストオブドラゴンゾンビー・クランのオヤブン所有のレジャー邸宅から2ブロック離れた区画で、スカラムーシュはタクシーを降りた。タクシーが走り去るまで用心深く待機した彼は、やがて、しめやかな風となって移動を開始した。
『通信、良好』ロヤマのIRCトーキーだ。「ハッカーの気配は?」スカラムーシュは尋ねた。『無いね』「緩みきってやがる。恨みはねえが奴らにジゴクを見せるぜ」道沿いにはバイオ松が等間隔で植えられ、黄金色のボンボリでライトアップされている。ネオン広告看板などとも無縁だ。
どの家も塀が高いが、庭園がそれとなく外から見えるようにしてある。各自の庭の枯山水の自慢の為だ。勿論、軽い気持ちで空き巣や強盗を試みれば、奥ゆかしく隠された灯篭セントリーガンや灯篭アーク銃、サイバー番犬が牙を剥き、愚かなヨタモノはボロクズとなる。 カネモチは無慈悲である。
「俺はよォ、ニンジャになったらすぐにこの辺に家をオッ建てて、ふんぞり返ってな、オイランメイトのモデルを囲って、クリスタルでショーギをするような暮らしが送れると思ったもんだぜ」『ワーオ』「人生、ままならねえもんだ」『そうね』
区画ごとの野外監視カメラはロヤマに短時間ハックされている。数十秒ならばシステムを欺く事が可能だ。カネモチ・ディストリクトでは何があるかわからない。事に及ぶ前に何かの拍子で通報インシデントがあれば、泥仕合になってしまうだろう。マッポにはニンジャ狩り専門の部署もあるという。
しめやかな風はやがて、やや高く丘めいた場所に建てられた邸宅にたどり着いた。「イヤーッ!」松の木の枝の上へ回転ジャンプで取り付くと、スコープゴーグルでターゲットの様子を確認した。まずは正門の両脇にヤクザが二人。入っていくヤクザリムジンにオジギしている。
「おっぱじまってやがる……30分後の運命も知らずによ……」スカラムーシュは呟く。中庭ではヤクザバーベキューが行われ、出張イタマエがその場でスシを握っている。敷かれたゴザの上には裸に剥かれた男女が縛られ、正座させられている。借金だの、情婦をさらおうとしただの、そんな所だろう。
必須ターゲットであるオヤブンのリウジ、そのドラ息子のシンジの姿は中庭に無い。邸内であろう。中庭の奥、軒先には恐竜化石めいたドラゴンの骨格彫刻と、「幽霊腐れドラゴン悪者」とショドーされた木片が飾られている。スカラムーシュは口笛を吹いた。「次のリムジンが来たらおっ始める」『アイ』
ブロロロ……ライトをパッシングしながら、新たなヤクザリムジンが角を曲がってきた。「オツカレサマデス!」門番ヤクザがアイサツした。「オテオハイケン!」助手席のルーフが開き、門番ヤクザに名刺を渡した。ここでスカラムーシュは気づく。門番はクローンヤクザだ。世知辛いリストラである。
門が開き、ヤクザリムジンが入場する。「開始だ」スカラムーシュは呟いた。そしてスリケンを投擲した。「イヤーッ!」「グワーッ!」オジギから頭を上げようとした門番ヤクザの一人が、こめかみにスリケンを受けて倒れた!「イヤーッ!」スカラムーシュは松の木から跳躍!もう一人に襲いかかる!
「グワーッ!」スカラムーシュはガントレット爪でもう一人の門番ヤクザの首を切り裂いた。血しぶき!「ザッ……ケンナ……」こめかみにスリケンを受けた門番ヤクザが這いずる。「イヤーッ!」「アバーッ!」その頭をスカラムーシュは無慈悲に踏み砕いた。ナムアミダブツ!
「テンションアップ!どんどん行くぜ!」スカラムーシュはニンジャソードを引き抜き、決断的に門扉をくぐった。「ファック・アーマゲドン!ここはジゴクだぜ!」彼はまず駐車場へ向かった。先程のヤクザリムジンからヤクザ・ワカガシラ達が降りてくる所だった。「ザッケ……」「チェラッ!?」
「イヤーッ!」「グワーッ!」スリケンがヤクザ・ワカガシラ右の眉間に突き刺さる!即死!「ドカマテッパダラー!」ヤクザ・ワカガシラ左が懐からチャカを取り出そうとする。だが遅い!「イヤーッ!」「グワーッ!」飛び込み斬撃!斬首!「イヤーッ!」「グワーッ!」返すカタナで運転手を斬殺!
「さあて、どうすッかな……」ヤクザリムジンの陰に身を潜め、スカラムーシュはやや考える。携帯端末を取り出し、邸宅見取り図を再確認する。「まずアレだ、どっちにせよ中庭のクソ共を……」彼はヤクザリムジンの燃料タンクに注目した。自分の懐を探る。「ライター、畜生禁煙してッからな……」
タバコのヤニで部屋がネバネバになるので、彼は禁煙するようにした。半年続いているが、こうした瑣末な瞬間に喫煙する自分を懐かしくイメージしてしまう。結局彼は運転手の懐からライターを盗んだ。
……KABOOM!駐車場の爆発に中庭の一同がどよめく。「ナンオラー!」「デイリ!」手に手にチャカやバーベキュー大串を持ったヒラ・ヤクザ達が集まってくる。既にスカラムーシュはそこに無し!「ドシタンス!」「アニキ!ドシタンス!」パオーパオー!サイレンが鳴り始めた!
「キャンプファイヤー楽しんでくれ」スカラムーシュは呟き、裏から回る。「アイエエエ!」「アイエエエ!」茂みの中でファックしていたヤクザとバニーオイランが悲鳴を上げた。「イヤーッ!」「グワーッ!」ヤクザをスリケン殺!「ニンジャナンデ!」バニーオイランはニンジャリアリティショック!
「シーノーイービル」スカラムーシュはバニーオイランに凄んだ。「ヒアノーイービル」「アイエ……」バニーオイランは白目を剥いて気絶した。スカラムーシュはトイレの窓を見つけ出すと、そこから中へ滑り込んだ。「アイエッ!?」「イヤーッ!」「グワーッ!」便座でZBR注射中のヤクザを斬殺!
「こちらはトイレだぜ。まずは潜入」スカラムーシュは壁に貼られたオイラン・ピンナップを眺めながら、ロヤマに通信した。『オーケイ順調だ、中の奴らも駐車場の様子を見に行ってる、順調に削ってる』「そうだろうよ」
パオーパオーパオー……「ザッケンナコラー!」「スッゾコラー!」ドタドタ……ドアに耳をつけたスカラムーシュのニンジャ聴力は、足音が外へ向かって行くのを聴き取る。彼は更に耳を凝らした。(……オジキ……何だろう……)(……どこのクランだ……ナメやがって……)
更にスカラムーシュは耳を凝らす。(……センセイどうしましょう?……)(……まずはここでどっしりと構えておればよい。ここまで来る敵ならば俺が殺る……)「フー動かねえな、こりゃ」スカラムーシュはドアから耳を離した。「行くぜ」『オーケイ』スカラムーシュはしめやかにトイレから出た。
「イヤーッ!」スカラムーシュは廊下の突き当りに立っていた警戒ヤクザにニンジャソードを投げた。刃がヤクザの首を貫通し、壁に縫いつける!「アバーッ!」「アッコラー!?」室内のヤクザが飛び出してくる。「イヤーッ!」既に突き当りまで接近したスカラムーシュがガントレット爪で斬り殺す!
「ザッケンナコラー!」更に一人、部屋から飛び出してくる。スカラムーシュはヤクザを縫いつけたソードを引き抜き、袈裟懸けに斬り下ろした。「イヤーッ!」「グワーッ!」室内にエントリー!「スッゾー!」部屋の隅にいるスキンヘッドヤクザがショットガンを構える!「イヤーッ!」「グワーッ!」
スカラムーシュのスリケンがスキンヘッドヤクザの左目を貫通!「アバーッ!」KBAM!のけぞりながら天井にショットガンを空撃ち!ヤクザシャンデリアが粉砕落下!「アバーッ!アバーッ!」「イヤーッ!」スカラムーシュはスリケン再投擲!スキンヘッドヤクザの右目を貫通、これで死んだ!
BLAM!「グワーッ!」隣の部屋から飛び出したヤクザ撃ったチャカ・ガンの銃弾がスカラムーシュの肩口に命中!「イヤーッ!」スカラムーシュは怯みながらスリケンを投げ返す。「グワーッ!」チャカを持つヤクザの手を破壊!スカラムーシュは一気に接近、このヤクザを掴んで盾にしながら隣室へ!
BRRRRRRTTT!「アバババババーッ!」肉盾となったヤクザにサブマシンガン銃弾が無数に命中!スカラムーシュはそのままサブマシンガン撃ち手に体当たりをかけて壁に叩きつけると、肉盾ごとニンジャソードで貫通殺!「イヤーッ!」「「アバーッ!」」そして側転!「イヤーッ!」
「イヤーッ!」ZZZZAPPP!側転直後、彼のいた場所を電撃が襲った。かなりアブナイだった!スカラムーシュはさらにフリップジャンプし、部屋の隅に着地、カラテを構えた。「アイエエエ!」「センセイ!やっちまってください!」トコノマに下がってゆくのはオヤブンのリウジと若のシンジだ。
「ニンジャ。ナンデ」電撃攻撃を発射したニンジャは、スカラムーシュを見て息を呑んだ。スカラムーシュは訝しんだ。「ナンデとは」「……!」ニンジャは我に返り、先手を打ってオジギを繰り出す。「ドーモ。ハオカーです」スカラムーシュも応える。「ドーモ。ハオカー=サン。スカラムーシュです」
「一体……」ハオカーは呟きながら右腕のサイバネ武器を構えた。「イヤーッ!」スカラムーシュのニンジャ第六感は瞬間的危機を察知、横へ跳ぶ!ハオカーの腕が釘型弾丸を射出、スカラムーシュの背後のフクスケを貫通!アブナイ!更に腕先の端子から弾丸めがけ放電!ZZAPP!スゴイアブナイ!
「イヤーッ!」スカラムーシュはニンジャソードで襲いかかった。「イヤーッ!」ハオカーは咄嗟に手甲を掲げてこれをガードした。一瞬の競り合い。ニンジャ同士の血走った目が交錯する。「イヤーッ!」スカラムーシュは逆の手のガントレット爪でハオカーの脇腹を切り裂く!「グワーッ!」
ハオカーはよろめきながらネイルガン射出!「イヤーッ!」スカラムーシュは咄嗟にブリッジ回避!ハオカーはケリ・キックを繰り出す!「イヤーッ!」ブリッジからの再回避が間に合わず、スカラムーシュはケリを脇腹に受けて転がった。「グワーッ!」KBAM!ハオカーはネイルガンで追い打つ!
「イヤーッ!」スカラムーシュは横へ転がってこれを回避!素早く手を突いて起き上がった。ハオカーの目が勝機の喜色を讃える。スカラムーシュが訝しんだ瞬間、ZZZZAPPPP!「グワーッ!」電撃がスカラムーシュを捉えた!「バカめが!俺は射出後の釘弾に選択的に稲妻を撃てるのよーッ!」
「グワーッ!グワーッ!」確かに今のスカラムーシュは射出された釘弾のひとつとハオカーの間に位置してしまっていた。これは非常に危険だ!視界がホワイトアウトしかかる。「ウフハハーッ!死ね!俺が勝ったーッ!グワーッ!」ナムサン!
ハオカーの身体が横に傾いた。スカラムーシュが苦しみながら投げたニンジャソードがトマホークめいて回転しながらハオカーの右脚を膝下から切断したのだ。「グ……グワーッ!」倒れ込みながらハオカーは放電攻撃を続ける。「アバーッ!」スカラムーシュは痙攣しながら電撃軌道から這い出した。
「オゴーッ!」電撃範囲から這い出すと、スカラムーシュはメンポを開き嘔吐した。そしてハオカーを振り返る。敵は虫の息だ。放電攻撃を繰り出そうとするが、こちらの方向には釘弾がない。「弾切れだな、エエッ!?」全身から煙を噴きながらスカラムーシュは叫んだ。「来るな!」ハオカーが喚いた。
スカラムーシュはハオカーのマウントを取った。そして殴りつけた。「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」更にガントレット爪で切り裂いた。「イヤーッ!」「グワーッ!」さらに爪を振り上げる!「ハイクでも詠むかクソ野郎!」「お、待て、お、お前は」ハオカーが呻いた。
BLAM!「グワーッ!」肩に銃弾を受け、スカラムーシュは苦悶!「イヤーッ!」その方向にスリケンを投げ返す!「グワーッ!」トコノマから顔を出して援護射撃を試みた若のシンジは眉間にスリケンを受けて即死した。スカラムーシュはあらためてハオカーを見下ろした。「何だ!言ってみろ」
「お前は何で来たんだ」ハオカーは問うた。「こんな事は……」「何だと?」スカラムーシュは朦朧とする精神をなんとか冷静に保とうと努めた。ハオカーは咳き込んだ。「ゲホッ!ゴホ、お、お前、畜生……何でよりによって今日……」「そりゃお前、カラオケ・パーティーだろうが」「俺は……ゲホッ」
スカラムーシュは振り上げた爪を構えて待った。ハオカーは言った。「お、俺の計画を……俺が今日やるつもりだったんだ……お前……畜生、別のニンジャが……来るなん……て……」ハオカーが白目を剥いた。スカラムーシュは飛び離れた。「サヨナラ!」ハオカーは爆発四散した。
◆◆◆
……「来るな!来るなーッ!デンチュニゴザル!」トコノマの隅にリウジを追い詰めたスカラムーシュは、震える手で逆手のニンジャソードを振り上げた。「カネなら払う!お前のクライアントの10倍払う」「イヤーッ!」「アバーッ!」「……ハーッ」スカラムーシュはフラつきながら立ち上がった。
己を強いて身体を前へ進める。ひどいダメージだ。骨折や出血がないのがまだしも幸いだった。もしそれがあったならば、このまま逃げる事かなわず、庭から戻ってきた連中に殺されてしまったかもしれない。「待て。まだ逃げられてねえんだ。安心はまだだ」スカラムーシュは呟き、トイレに走った。
後は来た道を戻るだけだ。オヤブン親子を始末したから、ひとまず必要条件は満たした。皆殺しボーナスは諦めるが勝ちだ。ニンジャも殺った。ニンジャを殺すかどうかは実際関係ないにせよ、気持ちとしてはキンボシ・オオキイだ。彼はトイレの窓から這い出す。「アーッ畜生。治療費は幾らだこりゃァ」
「ドシタンス!」「オヤブン!ドシタンス!」「モウダメダー!」邸内の悲鳴を後ろに、スカラムーシュは退散した。その場を離れ、安全が増すにつれ、ハオカーの死に際の言葉が彼の心を占め始めた。不審だった。『ダイジョブ?逃げた?』ロヤマの通信だ。「ダイジョブとは到底言えねえ」
『まだ危ない!早く離れなよ』「俺だってそのつもりだ。なあロヤマ=サン。追加の仕事を頼みてえ」『……何』ロヤマは訝しげに訊いた。スカラムーシュは走り出した。「調べてもらいてえ。引き続きハオカーの事を。それから、あれだ」スカラムーシュは咳き込んだ。「ゲホッ、今回のクライアントを」
3
「グワーッ!グワーッ!」「ちょっと!動かないでよ。触っただけじゃない!」「触るな!」「触らなきゃ治療が出来ないでしょッ!」「麻酔とか」「ニンジャの癖に!」サイバー白衣と悪趣味な豹柄タイツ姿の女医は呆れてみせる。スカラムーシュは舌打ちしたが、女医の豊満なバストからは目を離さない。
「見てわかるとおり俺は死ぬ寸前までいった」スカラムーシュはぜいぜいと息を吐いた。闇医者ミラコはピンセットで取り出した銃弾を見て笑った。「ウフフフそうね。ニンジャは死ににくいから面白いわ」「そうだろ!早く治してくれりゃいいんだ」「あのネ、医者はゲームのクレリックじゃないのネ」
「とにかくアレだ、早く治さんと」スカラムーシュは繰り返した。「ビズは完全に終わったわけじゃなさそうだしよ」「奥さんに会わないとネ」ミラコはスカラムーシュの頬を撫ぜた。スカラムーシュは呻いた。「誰とファックするかわかったもんじゃねえからな。違う。あいつはどうでもいい。ビズだ」
「ニンジャでも、せめて何日か安静にしないとダーメよ」ミラコは言った。「即日入院ッてことで。個室料金オプションも追加」ミラコのクリニックには個室しかないのだ。「守銭奴め。勝手にサイバネ手術にしたら酷いぞ」「ハハン!バシダのとこみたいなマネはしないわよ」
ミラコは台上にスカラムーシュを置いたまま、準備のために出て行ってしまった。スカラムーシュは毒づき、目を閉じた。そして、不可解な点の吟味を始めた。
やはり気になるのはハオカーの言葉だ。あの様子。ヨージンボとしてゴーストオブドラゴンゾンビー・クランに取り入り、グレーターゴーストオブドラゴンゾンビー・クランを殲滅して信頼を得、その後あらためて牙を剥き、本体であるクランを、カラオケパーティーのあの日に壊滅させようとしていた?
飼い主を殺すなど……そんなマネをしたら余程の悪評が闇社会に回ってしまう。フリーランスなぞ続けていけなくなってしまうだろう。だがあの口振りはそういう事だろう。どこかから確かなポストへのスカウトでもあったか?度胸試しのミッションが課されたか?しかし月イチの殺戮は更に前から……。
自分自身のミッション決行日がやはり14日であったことも、なんだか気味が悪い。勿論、それを決めたのは他でもないスカラムーシュだ。カラオケパーティーの開催を見込んで、クライアントであるシバが提示したタイムリミットから逆算して決めた。自由意志で決めた。単なる偶然の一致だ。
(((まあ待て……ハオカーの奴がワケ有りってのは間違いないにせよ、それが俺自身の現実のビズ、現実のカネと関係あるのか?)))スカラムーシュは自問した。(((あのシバとかいうクライアントから今回の報酬を頂けば、それでこの件は終わりだ。先月のカラ仕事の埋め合わせができる……)))
彼の意識は負傷の痛みに紛れて混濁し、眠りに落ちて行った。夢はあの日の情景だった。襲ってきた連中をカラテで殺害し、必死にしがみつくノバラと共に、逃げて、殺して、逃げて……ノバラは完璧な女だった。命をかけて守るに値する女だった。夏枯れの気配は英雄と美姫すらも例外なく捕まえる……。
ビボロビボロビロボボー。携帯端末のアラートが苦しい夢を破った。スカラムーシュは個室の硬いベッドに寝かされている己を見出す。全身を覆うバイオ包帯。身体に軽さがある。適切な処置がされたか。ラッキーだ。ビボロビボロビロボボー。ビボロビボロビロボボー。「うるせえな」端末に手を伸ばす。
アラート主は……文字がおかしい。スカラムーシュは眉根を寄せる。「モシモシ」『モシモシ。わかるよね』ロヤマだ。迂回IPからだ。「ワカル。続けろ。どうした。念入りだな」『嫌な感じなんだ。あと、またタダ働きかも』「順を追って話せよ」『先方のカイシャは偽装』「そりゃそうだろ?」
スカラムーシュは顔をしかめた。このままトンズラされる可能性が半分。もう半分はこのままビズが進む可能性。身元偽装クライアントとのやり取りも今までの経験で何度かある。特に新規の客は警戒心が強い。慌てるにはまだ早い。「先方の身元偽装が怖くて仕事が請けられるかよ」
『偽装のガワが……セキュリティがスゴイ強固なんだ』ロヤマの声には切迫感がある。「じゃあ、とりあえずクライアントの事はいいよ。後は……」ロヤマはスカラムーシュを遮り、まくし立てた。『俺じゃ手に負えないッてのもあるけど、なんだか不釣合いなくらいなんだ。正直、初めて見るほど強い』
「アア?」『なあスカラムーシュ=サン、今なにしてる?麻酔で頭が寝てるかい?こんな豪華な論理要塞を作れるやつがカラオケパーティーでイキがる弱小ヤクザクランに本気で……』「いや、デカイからこそ、俺みたいなルーザーにやらせりゃ安上がりで手間もかからねえッて需要……。需要……ウーン」
スカラムーシュはベッドから立ち上がった。「確かに引っかかりはするが……」『だろ?』「まあ、ちと考えるさ。ハオカーの方はどうだ」『ハオカーは、もとはバーのヨージンボや強請りたかりをしていたニンジャだ。武闘派じゃなかった。武装を得てから……』「ああ、ヘンテコな武器だったなァ」
『あいつの武器も調べた。ネイルガンに雷を落とす?市場に流通してない武器だよ』「オーダーメイドだろ」『どこにそんな財力があるんだ。アンタにあるのか?』「俺だってお前、アサルトガントレットの機構はそこらのものと違って……おい、待て」『何?わかってる?ヤバイ感じが……』「黙れ!」
スカラムーシュは部屋の隅のロック式の私物コンテナを見やった。「アサルトガントレットは……俺は……報酬の一部として……いつの件だったか……」『モシモシ?』「なぁロヤマ=サン!前の俺のクライアントはよ、皆殺しにされちまって、それで俺は食いっぱぐれて……」『今は昔の話は……』
ブツン。何らかの電波障害で通信が切断された。スカラムーシュの背筋が泡立った。「ちょっと待て……ちょっと待てよ」彼は首を振った。「今回の決行日は14……俺が決めた」彼は首を振った。「そんなもん……必然的にあの日にするしかねえだろ……あの日にするしかねえ……あいつも……」
ビボロビボロビロボボー。「俺も、あいつ……ハオカーと同様に……いや……」ビボロビボロビロボボー。スカラムーシュは我にかえり、再度のノーティスに応える。「モシモシ」『悪い。おかしなシャットダウンがあった。もう大丈夫だと思う……』「俺のクライアント!」『え?』「前の、俺の!」
『いきなり何だよ。そう話があちこち飛んでも』「前の俺のクライアントが殺された時……現場に何か残ってたかもしれねえ。あのマークがよ……あの……マッポをハッキングすればきっと……」『なあ、話が見えな、アイエッ』ブツン。通信が再度途絶えた。スカラムーシュは慌てて装束に着替えた。
ニンジャソードを帯び、アサルトガントレットを身につけ、彼は病室を飛び出した。「ハン?まだ退院しちゃダメ!」ミラコが遮ろうとした。「急用だ!」「カネ!」「ああ畜生……」装束から円素子を取り出し、押し付ける。ミラコは目を白黒させ、「これ足りてるの?」「後、ZBRをくれ!早く!」
スカラムーシュは通りかかったタクシーの前に立ちはだかった。「アイエエエ!?ニンジャナンデ!?」「イヤーッ!」KRAAASH!助手席ドアを引き剥がす!「ニンジャ!ナンデ!?」「ダマラッシェー!」ガントレット爪で脅す!「クルマ出せ!」「アイエエエ!」
彼は自宅マンションへ急いだ。ロヤマは……あの様子では、ダメならもう、ダメだろう。ロヤマがやられたなら当然、スカラムーシュの家にも……「クソッ!」ダッシュボードに拳を叩きつけた。「アイエエエ!」「黙って急げ!」「アイエエエ!」助手席ドアがないので風が吹き込む!「寒いぞ!畜生!」
◆◆◆
……30分後!「アイエエエ!」蛇行しながら逃げ去るタクシーを見届けたのち、スカラムーシュは用心深く警戒しながら、マンションの非常階段を上がって行った。ネオサイタマの曇天は常に重苦しい。この街は常に呪われている。スカラムーシュはニンジャソードに手をかけ、住居の鉄扉の前に立つ。
鉄扉には……施錠されていない。スカラムーシュのニューロンをニンジャアドレナリンの濁流が巡る。玄関には血が跳ねていた。スカラムーシュは呼吸を平静に保とうとする。ノバラは居ない。パチンコだ。絶対にそうだ。彼は祈るように足を進める。寝室を横切る。いない。リビングへ。「おかえり」
声は男のものだった。テレビがついていた。「スゴイ!スゴイショッピング!今日はなんと三つも手に入る!なぜ登録」コマーシャルプログラム。声の主はソファーでテレビの光を受けている。ニンジャがソファーでくつろいでいる。足元で女が死んでいる。ノバラ。ああ。一目でわかる。
「早かったな。スカラムーシュ=サン」ソファーにかけたまま、ニンジャは言った。スカラムーシュはカラテ警戒も忘れ、死んだ女の名を呼んだ。「ノバラ」「情けないクズニンジャ……冷静になれ。くくく」ニンジャはソファーから立ち上がった。そしてオジギをする。「ドーモ。サーガタナスです」
「ドーモ。スカラ……スカラムーシュです」スカラムーシュは震えながらオジギを返した。「俺は……俺はハメられたのか」「ハメられた?」サーガタナスは小首を傾げるようにした。「ハメられた、か。そうだな。くくく」嘲る犬めいた意匠のメンポと低く押し殺した笑いが嫌らしく整合していた。
「お前はルール違反を犯した。チャンピオンがドヒョーを降りてマス席の人間を調べたら……もしお前が客ならどうだ。全く興ざめだろうが」「何故殺した。ノバラを」「このモータルの名前か?」サーガタナスはノバラの死体を見下ろした。「何故とは?」「おれの女房だ……」
「それが何か?」サーガタナスは肩を揺すって笑った。「話が噛み合わんな、スカラムーシュ=サン。お前の女房を殺すことをためらう理由が俺にあるのかね?何を言っているのやら」「ウ……」スカラムーシュの身体が動いた。「ウオオーッ!」ニンジャソー「イヤーッ!」「グワーッ!?」
スカラムーシュはゆっくりと床に傾きながら、サーガタナスが……腕先から何かを射出した動きを戻し、再び物憂げに腕組みするさまを……見ていた。自分の頭が床を打つ音が骨に伝った。「スゴイ!今度の商品は……全ての車用洗剤が完全に過去のものに!夢物質!」コマーシャルプログラム……。
「アバッ、アバッ、アバッ」「ああそうだ、アサルトガントレットを返してもらおう、スカラムーシュ=サン」サーガタナスは思い出したように言うと、痙攣するスカラムーシュの横にしゃがみ込んだ。「この手のプロトタイプが放置されるのはあまり気持ちのよいものではない」「アバッ、アバッ」
(((俺は何をされた)))意識がチリチリ灼け、視界の端にはうつろな目を開いたまま事切れたノバラの顔が見えた。(((アマクダリ。畜生……どこで間違った、俺は)))装束を、包帯を、胸筋を裂き、肋骨を割りながら、螺線形のワイヤーが抉り進む。スカラムーシュはかろうじてこれを掴んだ。
サーガタナスは淡々とスカラムーシュの腕からアサルトガントレットを剥ぎとった。スカラムーシュは血を吐きながらその手に力を込め、ワイヤーを外へ引きずり出そうとする。「アバッ。アバッ」ワイヤーの逆刺が肉を噛み、決して抜けようとしない。ワイヤーは鞭のように暴れ、身体をさらに苛む。
「その武器はワームだ。スカラムーシュ=サン」サーガタナスが言った。「シンプルな名前だろう。そうやってスリケンがわりに使う他、地面や壁に撃ち込んで設置型の武器にする事もできる。奥が深い。ゼンだな。たゆまぬテックの努力がモノにした、非常に洗練されたニンジャの武器と言えよう」
「オマエ、黒幕ナノカ、アバッ」スカラムーシュはワイヤーと格闘しながら血を吐き、言葉を絞り出した。「何ガ、ドウナッテ、ヤガル、アマクダリ、」「黒幕?俺はエージェントだ。物事を円滑に進める役目だよ」彼はスカラムーシュを見下ろし、「そろそろ……」ベランダ窓を見た。不意に影がさしたのだ。
スカラムーシュの意識が途絶した。ほんの数瞬だ。彼はどんどん力の失せる右手でワイヤーを抜こうとしながら、左手ではZBRのアンプルを懐に探っていた。視界が白くなり、戻ると、サーガタナスはもはや彼を見下ろしておらず、ベランダ窓に向かってカラテ姿勢を取っていた。また視界が白くなった。
視界復帰。サーガタナスは警戒を解いていた。「ははは、バイオムクドリだ」彼は冷蔵庫を開き、パック・スシを見つけ出した。それをテーブルに置くと、もう一度スカラムーシュを見た。「ZBRを打ちたいのか?手伝ってやろうか」「アバッ、アバッ」白。復帰。白。復帰。「アバッ……ノバラ」
白。復帰。嘲る犬。白。復帰。再び窓へカラテを構えるサーガタナス。何か叫んだ。スカラムーシュにはもう聞き取れない。五感が失われる。白。白。復帰。ZBR。刺す。動脈。ドクン!彼は己の心臓の音を聴く。時間が圧縮されスローになる。窓ガラスが外から押され、飴細工めいて歪み、ひび割れる。
スカラムーシュはその光景を横から眺めている。サーガタナスが後ろへ跳び下がる。ガラス片が宙を舞う。何かが飛び込んできた。人型の影が。赤黒い。ガラス片が宙を舞う。白。復帰。白。復帰。復帰。血流。ニンジャアドレナリン。スカラムーシュは目を見開く……「イヤーッ!」「グワーッ!?」
赤黒のニンジャは、遠心力の乗った強烈な蹴りをサーガタナスのカラテ防御に叩き込んだ。サーガタナスはガードごと跳ね飛ばされ、キッチンカウンターに叩きつけられた。その後バイオムクドリが二羽、続けて室内へ飛び込み、狂ったように飛び回った。白い羽が室内に散乱。赤黒のニンジャが着地する。
ジゴクめいたニンジャは掴んでいたロープから手を離した。窓の外、上階から垂らされたと思しきロープは、振り子じみて戻っていった。「イヤーッ!」スカラムーシュは右腕にありったけの力を込め、ワームを引き抜いた。血と肉が爆ぜた。「アバーッ!」彼は床をのたうった。「アバーッ!」
苦しみの中で彼はアイサツを聴いた。赤黒のニンジャはオジギをし、ジゴクめいて言ったのだ。「ドーモ。サーガタナス=サン。ニンジャスレイヤーです」「ドーモ。サーガタナスです」サーガタナスは体勢復帰し、オジギを返した。「ニンジャスレイヤーだと?何故俺を知っている」「殺すからだ」
バイオムクドリのつがいは互いに狂ったようにぶつかり合い、羽を散らしながら、ネオサイタマの曇天に帰っていった。スカラムーシュは一瞬、己の痛みすら忘れ、畏怖した。メンポには恐怖を煽る字体でレリーフされた「忍」「殺」の文字。そして無慈悲に光る赤い目。ニンジャスレイヤー。
「どちらにせよ貴様の出現は想定済だ」サーガタナスが言った。「どこかの段階で再び現れると。ご丁寧にふざけたサインを残し……」「そうだ」ニンジャスレイヤーは頷いた。「オヌシらを恐怖させる為だ。不安なく眠れる夜がオヌシらに訪れる事は今後ない」ヒュヒュン!ヌンチャクが唸った。
サーガタナスはじりじりと間合いをはかった。「インターセプター=サン、ファイアブランド=サン、フージ・クゥーチ=サン……彼らの殺害の代償は大きいぞ、ニンジャスレイヤー=サン。貴様はセクトの逆鱗に触れた。これが何を意味するか……これは狩りだぞ」「狩りだ。アマクダリ・セクトよ」
「誇大妄想を身につけ戻ってきたと見える。多少勝ちを拾った程度でその増上慢!イヤーッ!」おもむろにサーガタナスはワームを射出!「イヤーッ!」ヌンチャクが閃き、ワームは跳ね飛ばされて、壁の時計に突き刺さった。「イヤーッ!」更にワームを射出!「イヤーッ!」ヌンチャクが弾き飛ばす!
「イヤーッ!」サーガタナスは床を蹴り、一瞬にしてワン・インチ距離まで踏み込んでいた。「イヤーッ!」コンパクトなショートフックを繰り出す!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは片手でこれをいなし、もう一方の手で腰にヌンチャクを戻すと、素早くローキックを繰り出した。「イヤーッ!」
「イヤーッ!」サーガタナスは脛当てでローキックをガードし、斜めにチョップを振り下ろした。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはこれを裏拳で弾くと、サーガタナスのメンポ覗き穴めがけ目潰しを繰り出した。「イヤーッ!」サーガタナスはブリッジでこれを回避、ウインドミル蹴りを繰り出す!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは前へ回転跳躍してこれを回避!キッチンカウンターへ膝立ちに着地、振り向きながらスリケンを繰り出す!「イヤーッ!」「イヤーッ!」サーガタナスはワームを撃ち返す!ワームはスリケンを破壊、そのままニンジャスレイヤーの額をめがける!アブナイ!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはカウンター上で膝を曲げ、仰向け最大ブリッジ!仰け反った彼のメンポをワームが掠め、火花を散らしながら飛んでタイルに突き刺さった。「イヤーッ!」サーガタナスは更にワーム射出!股間を狙う!「イヤーッ!」両股で飛来ワームを挟み、圧縮破壊!タツジン!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは裏へ後転落下、カウンターを盾とする!更には振り向きざまにヌンチャクを振るい、壁から生えた設置ワームを粉砕破壊!タツジン!サーガタナスは眉根を寄せる。「この武器を把握しているのか」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーがカウンターから横へ転がり出る!
「イヤーッ!」サーガタナスはワーム射出!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはフライパンを掲げこれを受ける。ワームはフライパンに突き刺さり貫通ならず!さらにそこからビュルビュルとワイヤーを暴れさせ始めた。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはこれをサーガタナスめがけ投擲!
「イヤーッ!」サーガタナスは側転回避!フライパンは窓の外へ飛んで消えたが、交錯の瞬間、ワイヤーがサーガタナス自身を打ち据えていた。「グワーッ!」インガオホー!ニンジャスレイヤーは怯んだサーガタナスへ間合いを詰め、ミドルキックで攻撃する!「イヤーッ!」「グワーッ!」
「イヤーッ!」更にチョップ!「イヤーッ!」サーガタナスはこれをガード!ニンジャスレイヤーへ膝蹴りを繰り出す!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはサーガタナスの膝を抱え、背後に投げ飛ばした!「グワーッ!」KRAAASH!テーブル破壊!「イヤーッ!」サーガタナスはワームを撃ち返す!
「イヤーッ!」眉間めがけ飛ぶワームを、ニンジャスレイヤーは合掌して挟み込み破壊!「貴様……」サーガタナスが頭を振ってテーブル残骸の中から立ち上がった。ニンジャスレイヤーはジゴクめいて見据えた。「オヌシの戦闘データを事前に把握している。この面妖な武器の特性も、全てだ」
ニンジャスレイヤーは破壊されたワームを捨て、ジュー・ジツを構え直す。「オヌシが自慢気に用いるこの武器……対象に留まり生きた鞭を作り出す。それゆえ面積の広いものに対してはかえって貫通性能が落ちる結果となる。そして精密な機構が仇となり、側面から押し潰す事で容易に破壊が可能だ」
当然これはサーガタナスに対する精神的プレッシャーを目的とした説明だ。ニンジャスレイヤーは続けた。「私はオヌシを殺すためにここへ来た。この意味がわかるか」「何だと」「オヌシが持つ情報だ。それが3つ目のパズルのピースだ。楽に死ねると思うな」
「貴様は」サーガタナスはカラテを構え直した。「貴様は俺に勝っておらん!イヤーッ!」右ストレート!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは内側から外へ左手を動かし、これを反らした。同時に、彼の右手が繰り出した再度の目潰しが、サーガタナスのメンポの覗き穴を捉えていた。「グワーッ!」
「イヤーッ!」「グワーッ!」血塗れの指を引き抜く!「グワーッ!見え……見えぬ」後ずさるサーガタナスの首もとをニンジャスレイヤーは掴み、「イヤーッ!」「グワーッ!」足元の床へ叩きつける……。
◆◆◆
……見下ろすは貪婪の都。日が落ちかかり、まぶしいネオンライトが空を照らし始めていた。スカラムーシュはすぐ前を飛ぶもう一方のバイオムクドリを追い、羽ばたいた。そして気づいた。まるで夢だ。だが、それでもいい。死ぬまで醒めることのない夢ならば。彼は風に呑まれ……ビボバボバボ……。
「覚めたか」ベランダ窓の暮れゆく明かりに逆光となって、赤黒の影がスカラムーシュを見下ろしていた。スカラムーシュは何か喋ろうとした。口の中はむくみ、鉄の味がする。「ノバラ」彼は呟いた。顔を動かした。ノバラの死体はソファーに寝かされていた。開いたままだった瞼は閉じられていた。
「俺は……」「UNIXを拝借している」ニンジャスレイヤーは低く言った。ビボバボ……床に置かれた端末が光を明滅させる。その側に血痕と爆発四散痕があった。スカラムーシュは咳き込んだ。「ゲホッ……俺はよ……夢じゃねえんだな……俺は」「夢ではない」ニンジャスレイヤーは言った。
「ニンジャを殺すんだろ。殺せよ」スカラムーシュはなかば捨て鉢に言葉を絞り出した。「サーガタナスみたいに俺もやってくれよ。じゃなきゃおかしいだろ。死神ィ……」「私に命令するな。オヌシが決める事ではない」ニンジャスレイヤーはピシャリと言った。スカラムーシュは嗚咽した。
ビボバボビボボ……モニタ上では進捗バーが100%を刻む。キャバァーン!ニンジャスレイヤーはモニタに映しだされた座標情報を睨んでざっと頭に収めると、UNIXから吐き出された物理媒体を取り出し、懐にしまった。ニンジャスレイヤーはベランダ窓へ向かう。スカラムーシュは身を起こした。
そのまま去ろうとしていたニンジャスレイヤーは動きを止め、スカラムーシュを振り返った。逆光シルエットに赤い目が光っていた。スカラムーシュは言った。「ゲホッ。お前、クソッ……潰すってのか。その……この件の、根っこの方にいる奴をよ」「そうだ」彼は答えた。二者は沈黙し、互いを見た。
「……」死神は今度こそ去ろうとした。スカラムーシュは身じろぎした。ニンジャスレイヤーは……再び振り返った。そして尋ねた。「オヌシはどうする」「俺は」スカラムーシュは唸った。そして言った。「俺も行く。俺も行く……俺も、行く!」「よかろう」ニンジャスレイヤーは頷いた。
4
……108分後!赤黒、黒緑、ふたつの影は、目標物に隣接するビルディングの屋上にいた。屋上と屋上を繋ぐのは、張り渡された配電ワイヤーだ。「「イヤーッ!」」彼らは同時に飛び、ワイヤー上に着地。連なるサーファーめいて夜を滑った。「「イヤーッ!」」さらに跳躍、目標ビルの屋上へ。
ニンジャスレイヤーは着地前転により落下ダメージを無効化し、そのまま走り出す。その背後でスカラムーシュは背中から受け身、呻きながら起き上がり、後に続く。ダクト設備の脇を通り抜け、屋内へ通ずるドアに手を掛ける。当然、施錠されている。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはノブを破壊した。
「ザッケ、」「チェラッ?」ドアの向こう、階段の踊り場でショーギをしていた哨戒クローンヤクザの二人組が反応するを待たず、ニンジャスレイヤーはチョップを、スカラムーシュは爪攻撃を繰り出した。「「イヤーッ!」」「「グワーッ!」」ヤクザ一人は首骨を折られて倒れ、一人は階段を転げ落ちた。
階段を駆け下りた二人のニンジャはドアを蹴破って廊下へ突入した。パネルには「11階」の表示。外からはありふれたマルノウチのベンチャー・オフィスビル。その実、稼働しているフロアはほんの数割。クローンヤクザで防衛を固めた不眠の要塞である。
前方、突き当たりを曲がって現れたクローンヤクザがこめかみにスリケンを受けて死んだ。投擲動作を終えたニンジャスレイヤーはヌンチャクを腰のホルスターから引き抜き、振り回す。すぐさま続くクローンヤクザ達が複数現れ、サブマシンガンを掃射する。TTTTTTTTTATTT!
「イイイイヤアアアーッ!」ニンジャスレイヤーは中腰姿勢を取り、ヌンチャク・ワークを開始!面で押し寄せる銃弾を跳ね返す!「グワーッ!」掃射ヤクザの一人が跳弾を額に受けて死亡!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの防御の後ろで、スカラムーシュは右横「副機関室」のドアを蹴破る!
コンワー……コンワー……くぐもった稼働音を発するのは副機関室を埋め尽くすUNIXと監視モニタ群。スカラムーシュは鼻白んだ。その懐から、光を放つ正12面体の自律マシンが飛び出し、宙を跳ねた。モーターチイサイである。「重点!」ドロイドは自ら必要なケーブルジャックを嗅ぎ当てる。
「任せたぜ」スカラムーシュはパネルに手をつき、モーターチイサイが内蔵ケーブルを引き出してUNIXに直結するさまを見守った。「俺にゃわからねえからよ……」『問題ない』監視モニタの一つが砂嵐に変わり、女の声が返った。『ここのシステムは天下網本体の傘の下に無い。私の立会いは不要』
「ヌンヌンヌンヌンヌン……」モーターチイサイが小刻みに振動し、UNIX光を明滅させ始めた。「イヤーッ!」「グワーッ!」「ザッケンナコラー!」「イヤーッ!」TATATATTTTT……廊下の外ではカラテ戦闘の喧騒。スカラムーシュは深呼吸する。ZBRが血中を駆け巡っている……。
……彼のニューロンはしばし前のやり取りを反芻する……
「元々それはサイバーツジギリを担う非合法コーポレーションが母体だ」武装霊柩車ネズミハヤイ車内、運転席と防弾防音隔壁によって隔てられた後部ザシキ・シート上で、スカラムーシュとニンジャスレイヤーは向かい合っていた。
「当初の筆頭株主はオムラ・インダストリ社。その他数社の軍事テクノロジー企業による共同出資カンパニーだ。現在はそれがネコソギ・ファンドにより解体・再編成され、アマクダリ・セクトの傘下に組み込まれた」「アマクダリ……」
「アマクダリ・セクトは闇社会の再編を進めている。その一環だ。セクトはカンパニー再編にあたり、より強力な後ろ盾を背景とした組織的殺戮結社としての性格付けを行った。オムラらの指揮下で無害な市民を散発的に殺戮してきた非合法ブローカーは、ヤクザ抗争コーディネーターとなったのだ」
「何のためにそんな真似をしやがる」スカラムーシュは呟いた。ネズミハヤイから供されたサービスオカキは、先程使用したZBRのせいで無味無臭に感じる。ニンジャスレイヤーは続けた。「中小ヤクザクランの掃討排除だ。武装組織の散在は、彼らの推進する社会秩序のノイズとなる」
「って事はよ……俺のビズ……」「オヌシが請け負っていたクラン襲撃も当然その掃討作戦の末端だ。闇社会には、最終的に巨大なアマクダリ一つあれば良い。強者はセクト化し、取り込む必要の見出せない弱体者は互いに争わせ、闇に葬る。奴らなりの効率追求の結果、そうしたメソッドが生み出された」
スカラムーシュは乾いた唇をチャで湿した。カラカラだ。ニンジャスレイヤーの赤い目からは感情が読み取れない。「セクトは社会を作り変えようとしている。表も。裏も。全てを、自らの望んだあり方に」「大それた話だ」「左様。戯言にしか聞こえまい。信じなくともよい。だが、真実だ」
「今更、戯言で片付けられるかよ」スカラムーシュは唸った。「俺もハオカーも……」セクトのメソッド。かつて報酬として与えられたガントレット。ハオカーのネイルガン。武器を与え、武装集団をサンシタのニンジャに殲滅させ、データを取る。ペーパーカンパニーの社長も、エージェントの一形態か。
「で、アマクダリと敵対するアンタが」スカラムーシュは言った。「ミッション指示者を潰して回ってたッてのか……」「そうだ」ニンジャスレイヤーは頷いた。「次々に挿げ替えられるニンジャエージェントを倒し、都度、情報の断片を集めてきた。このシステムの運営者に……その先に、用がある」
「14日の決行日の意味ッて、何だ」スカラムーシュは尋ねた。今回のミッションも、諸要因から必然的に導かれた唯一の決行可能日が14。あらかじめお膳立てがされていた。「どんな意味が」「娯楽だ」とニンジャスレイヤー。「闇カネモチが殺戮をモニタリングし、賭けをする。ゆえに日程は固定」
「畜生」抑揚のない声で、スカラムーシュは呟いた。それから、やがて言った。「……ありがとうよニンジャスレイヤー=サン。あんたにとっちゃ一銭の価値もねえ、俺の身勝手をよ。犬死にしに行くだけの意地を、わざわざ……」「構わん」ニンジャスレイヤーは答えた。「犬死にする自由がある」
「ヘッ」スカラムーシュは苦笑した。彼は互いの間に横たわる小型のカンオケに手を置いた。「兄ちゃん、こいつの事は頼んだぜ」彼は運転席のデッドムーンに言った。防音隔壁で隔てられ、その言葉への返事はなかった。スカラムーシュは笑みを歪めた。
……目を閉じ、そして開く……。
パワリオワー!UNIXモニタ群に「借りる」のミンチョ三文字が点滅し、副機関室を激しく照らした。「重点!重点な!」モーターチイサイがケーブルを収納し、再び宙を飛ぶ。スカラムーシュはこれを掴んで懐へしまい込むと、廊下へ駆け戻った。惨殺体の間に立つニンジャスレイヤー。「終わったか」
「アー……多分バッチリだ」スカラムーシュは頷いた。副機関室を制圧したことで、このビルのシステムの何割かを自由に出来る。少なくとも、これで、目当ての連中を1階から逃す事は無くなった。ニンジャスレイヤーにとって必要なのはこれに加えて主機関室の制圧だ。情報はそこにある。恐らく敵も。
死臭漂う11階廊下を二人は移動し、エレベーターに辿り着いた。階数表示のLEDが「YCNAN」の文字を瞬かせる。警報音も鳴っていない。「何階だ」エレベーター内に滑り込み、スカラムーシュが問う。答えるように、階数ボタンの4階が点滅した。ギュグン……下降Gの中、二人は無言だ。
「ブッ殺してやる」スカラムーシュはニンジャソードを引き抜いた。「どいつを殺しゃイイのかもわからんが」ポーン!「4階ドスエ」合成マイコ音声が鳴り響き、エレベーターがフスマ戸を開いた。5階に吹き抜ける高い天井と円柱、ライトアップされたプールとバイオ松が彼らを出迎えた。そして敵が。
「スッゾオラー!」「ザッケンナコラー!」クローンヤクザ達が一斉にアサルトライフルやチャカを構えた。巨大ダークスーツに身を包み、ホッケーマスクを被ったスモトリヤクザも数名。彼らはポケットからナックルダスターを取り出し装着する。「アイエエエ!」プールから水着オイラン達が這い出す。
プールを挟んだ奥、カドマツの列で隔てられたデスクスペース、男がUNIXモニタから顔をあげた。スカラムーシュはそいつの顔に覚えがある。クライアント。シバだ。否、つまり、シバを名乗った男だ。男は口の端を歪めて笑った。スカラムーシュのニンジャ洞察力は透明な防護壁の存在を見て取る。
デスクスペースにはその男一人ではない。もう一人、奇怪なアトモスフィアの男がいる。最初その男はオメーンを被っているように思えた。だが違った。外科手術だろうか。男の顔は不自然な笑顔に固定されているのだ。二人の男は椅子から立ち上がると、闖入者を指差した。BRRRRTTTT!
襲い来るアサルトライフル銃弾!「イヤーッ!」スカラムーシュはデスクスペースの二人に向かって殆ど反射的にスリケンを投げた。KLINK!KLINK!防護ガラスは白く光り、スリケンを停めてしまった。何らかのテクノロジーなのだ。一方ニンジャスレイヤーは斜めに跳んでいた。「イヤーッ!」
BRRRTTTTT……スカラムーシュは数発を避けきれず被弾。ニンジャアドレナリンが痛みと恐怖を掻き消す。彼は頭上でニンジャスレイヤーが落下してきた影とぶつかり合った瞬間をかろうじて視界に捉えた。天井からのアンブッシュだったのか?「「イヤーッ!」」
ぶつかりあい、互いに跳ね返ったニンジャスレイヤーともう一人は、プール両端のコマイヌ・マーライオンにそれぞれ着地、オジギを繰り出した。「ドーモ。レッドラムです」「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」アンブッシュ者はニンジャだった。赤い刀身のカタナの二刀流。赤熱している。
「イヤーッ!」スカラムーシュは柱の陰へ転がりながらスリケン投擲!「グワーッ!」クローンヤクザ一人が脳天にこれを受けて倒れる。BRRRRTTTT……凄まじい銃弾が返ってくる!「イヤーッ!イヤーッ!」スカラムーシュは身を乗り出してはスリケンを投げ、また投げる!「イヤーッ!」
「グワーッ!」一人倒れ、また一人倒れるクローンヤクザを乗り越え、踏み潰しながら、スモトリヤクザが迫る。スカラムーシュはかかっていこうとするが、ZZZZTTT!足元に激しい銃弾が着弾!緩やかな手摺り階段の踊り場に設置されたミニガンからの掃射だ!「畜生」スカラムーシュは再び陰へ!
「貴様がニンジャスレイヤーとやらか」レッドラムが二刀流を構える。「ここに現れたということは、すなわちサーガタナス=サンを殺したという事だが……」「でなくば、何だ」「不足なし」グルグルと喉を鳴らし、ニンジャ剣士は笑った。
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはスリケンを投げ、同時に跳んだ。「イヤーッ!」レッドラムは飛来したスリケンを切断し、やはり跳んだ。「イヤーッ!イヤーッ!」「イヤーッ!イヤーッ!」空中で激しい衝撃音と光が二度弾けた。二刀流とヌンチャクのぶつかり合いだ。「「イヤーッ!」」
防護壁の奥ではシバと笑顔手術の男がハシゴを登ってゆく。スカラムーシュは焦った。だが……「ドッソイ!」「ハッキヨホ!」銃撃のリロード時間をついて、柱を回り込んでくるスモトリヤクザの巨体!「ドッソイ!」アブナイ!スカラムーシュの目が殺意に燃える!「イヤーッ!」襲いかかる!
「イヤーッ!」ニンジャソードをスモトリヤクザの脇腹に突き刺す!「グワーッ!」「イヤーッ!」スカラムーシュはソードの柄を踏み台に蹴り、跳躍!高さを稼ぎ、ひるむスモトリヤクザのホッケーマスクとフェイス・トゥ・フェイス!「イヤーッ!」「グワーッ!」横薙ぎガントレット爪!
ホッケーマスクごと顔面を切り裂かれ、スモトリヤクザは悶絶仰向け転倒。着地したスカラムーシュは脇腹から突き出たニンジャソードを掴み、傷口を掻き混ぜた。「アバーッ!」サツバツ!そこへもう一体スモトリヤクザ接近!「ノコータ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」振り向きガントレット爪攻撃!
「マッタ!マッタ!」手のひらをかざして後ずさるスモトリヤクザを、スカラムーシュは追撃にかかる。「イヤーッ!」「グワーッ!」横薙ぎニンジャソード!腹が裂け血が噴き出す!スカラムーシュはさらに追撃……BRRRRTTTT!「グワーッ!?」ナムサン!柱の陰から出た途端に弾の嵐!
ナムサン!スモトリヤクザもろともズタズタのボロ屑とすべく浴びせ掛けられる掃射!「グワーッ!」スカラムーシュはキリキリ舞いするスモトリヤクザをかろうじて掴んで引き寄せ、肉の盾とする。BRRRTTTT……「ウオオーッ!」そのまま手摺り階段めがけ突進!狙うはミニガン砲台のヤクザ!
「イヤーッ!イヤーッ!」「イヤーッ!イヤーッ!」一方、プールサイドではレッドラムとニンジャスレイヤーが互いの得物をぶつけ合いながら動き回る。「グワーッ!」「アバーッ!」巻き込まれたクローンヤクザが死に、首や手が吹き飛ぶ。「アイエエエ!」乳房もあらわな水着オイランが逃げ惑う!
レッドラムはニンジャスレイヤーを睨んだ。「得物が違う。私のヒート・ケンはテックと匠の技のハイブリッドだ……差が出て来たぞ」ニンジャスレイヤーは己のヌンチャクを構え直す。武器の限界が近いか。「確かに貴様は強い、ニンジャスレイヤー=サン。だが、貴様を超えることに意味がある」
ニンジャスレイヤーはじりじりと摺り足で間合いを測る。赤い目が燃える!「イヤーッ!」レッドラムの斬撃が襲いかかる!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはヌンチャクで反撃!打ち返す!だが二刀目が襲いかかる!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは鎖で受ける!「モラッタ!」
レッドラムは高揚した目を見開き、ニンジャスレイヤーに踏み込んだ。X字に構えた二刀を内から外へ振り抜く!「クロス・キリ!イヤーッ!」ゴウランガ!恐るべき交差斬撃によりその殺傷力は二乗となる!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはヌンチャクの鎖で……鎖が切断!「グワーッ!」
ニンジャスレイヤーは後ずさった。その胸、赤黒の装束にX字の斬痕が刻まれた。ナムサン!かろうじて浅い!出血は免れた。しかしヌンチャクは二つのショート・ボーを繋ぐ鎖を失い、得物はもはや損壊である。レッドラムが追撃にかかる。その時……BRRRRRTTTTTTT!「グワーッ!?」
レッドラムは追撃を断念し、身体を捻って間合いを取りなおした。何が起きた?銃弾の嵐がレッドラムとニンジャスレイヤーの間に切り込んだのである。手摺り階段の方向を見よ!踊り場のミニガンの傍に横たわるヤクザの死体!銃座にはスカラムーシュだ!
「スッゾオラー!」「ザッケンナコラー!」BLAM!BLAMBLAM!クローンヤクザ達がスカラムーシュへチャカ・ガンを撃ちこむ!ミニガンに据えられたオプショナル・シールド板が銃弾を防ぐことを期待しながら、スカラムーシュはそちらへ銃口を動かす。BRRRRRTTT!「グワーッ!」
BRRRRRTTTT!BLAMBLAMBLAMBLAM!BRRRRRTTTTT!BRATATATATATAT!激しい銃撃を横に、レッドラムは床を蹴り、再びニンジャスレイヤーへ襲いかかった。もはやニンジャスレイヤーに武器無し!「イヤーッ!」一刀!「イヤーッ!」二刀!
ニンジャスレイヤーはしかし、下がらなかった……左右に拡げた両腕!それぞれの手には鎖を断たれたヌンチャク・ボー有り!これでニンジャスレイヤーもまた二刀流なのだ!「イヤーッ!イヤーッ!」打ち合う!打ち合う!「何」レッドラムはワン・インチ距離に踏み込んだニンジャスレイヤーを見る。
ヒート・ケンの刀身には、ヌンチャク・ボーがそれぞれ半ばまで埋め込まれている。高温を発するテックの刃がヌンチャク・ボーを溶かしながら切断しかかった、その中途なのだ。ニンジャスレイヤーは既に己の武器を手放していた。ワン・インチ距離。ニンジャスレイヤーの間合い。素手のカラテ。
「何を、」間違ったのか。レッドラムのニューロンが超加速し、時間が泥めいた。ソーマト・リコールが始まった。ゆっくりとニンジャスレイヤーが迫る。背を向けながら……肩と背中……逃れるすべはない。「イヤーッ!」「グワーッ!」レッドラムは暗黒カラテ技・ボディチェックを受け、吹き飛んだ。
KRAAASH!背後の柱に背中から打ち付けられ、レッドラムは肺の空気すべてを吐き出す。「グワーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはひと跳びに間合いを詰めていた。その上半身に縄めいた筋肉が浮き上がった。異常なカラテの漲りがもたらす小刻みな震え。赤い目が赤黒の火を帯びる。
「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」
「グワーッ!」KRAAAAAASH!連撃を受けたレッドラムは、砕かれた柱になかば埋め込まれ、血走った目で殺戮者を見返した。ただ、戦慄した。最後の拳が……放たれる!「イヤーッ!」「グワーッ!」KRAAAASH!「サヨナラ!」レッドラムは爆発四散した!
「ウオオーッ!」BRRRTTT……「グワーッ!」「アバーッ!」スカラムーシュはミニガンを振り回し、掃射攻撃で残るクローンヤクザとスモトリをあらかた殺し尽くしていた。「ハァーッ……ハァーッ!」彼はミニガンを透明防護壁に向け、残弾を撃ち尽くした。ZZZTTTTT!KRAAAASH!
さしものハイ・テック防護壁といえど、ミニガンの銃弾を集中させられればたまらない。透明の壁は亀裂を生じて白く濁ったと思うと、粉々に割れ砕けた。「ハァーッ……ハァーッ!」スカラムーシュはよろけながら銃座を降り、転がるように階段を駆け下りる。「ハァーッ!」
だが、その時だ。ポーン……「四階ドスエ」「四階ドスエ」合成マイコ音声が鳴り響き、彼らが使用したエレベータを含む二基の扉が開くと、ズシリズシリと音を立てながら、鋼鉄の塊がエントリーしてきたのだ。量産型モータードクロ、二機!ニンジャスレイヤーは無言でそれらの前に立ちはだかる……!
「ドーモ。モータードクロ、です。顔写真つき認識コードをご提示ください。この認識処理は正しく行ってください。危険です」「ドーモ、モータードクロ、です。顔写真つき認識……」「イイイイイヤアアアーッ!」イクサの音を後ろに、スカラムーシュはデスクスペースへ突入、奥の梯子に手をかけた。
「ハァーッ……ハァーッ……」上へ。上へ。スカラムーシュは壁伝いの梯子を上ってゆく。上方には非常要通路の足場がある。吹き抜け構造、この高さはもう五階だろうか。「ハァーッ……ハァーッ……」上りながら下を振り返る。赤黒の死神が二機のロボニンジャと激しいイクサを繰り広げている。
足場へ這い上がる。黄色と黒の縞模様のノレンをくぐる。闇だ。奥には施錠された鋼鉄フスマ。この先だ。スカラムーシュはモーターチイサイを取り出した。ドロイドはケーブルを扉のLAN端子に接続し、ロックを強制解除する。「イヤーッ!」スカラムーシュはフスマを引き開けた。BLAM!
シバは肩で息をしている。スカラムーシュはシバが両手で構えるマグナム銃の銃口を見た。それから己の鎖骨周辺を。「グワーッ!」「ハ、ハ!ハハッ!グリズリーでも仕留める大口径だ。ニンジャも結局、生き物だな!」シバがリロードしながら近づく。スカラムーシュは膝をついた。
途絶しかかる意識を繋ぎながら、彼はエントリーした部屋を把握しようとした。壁をうめつくすモニタ類。パンチシートを吐き出し続けるUNIX。光るファイアーウォール。機関室だ。笑顔外科手術の男は焦った様子でタイピングを行い、何らかのコマンドを完成させようとしている。データ消去だ!
スカラムーシュは震える腕をシバに向ける。シバは銃を構える。「死ね、ニン……」BOOOM!シバが吹き飛んだ。ベンチャーヤクザ姿の男はガントレットの甲から射出された三本の爪に首と心臓と胴体を貫かれ、モニタに釘付けされて死んだ。「これは困った!」笑顔男がひとごとめいて叫んだ。
「そんな事をされて、UNIXが壊れたり、消去コマンドが間に合わなかったらどうするんだ!損失ですよ?役立たずは死んでいなさい!」「イヤーッ!」「グワーッ!」スカラムーシュが力任せに投げつけたモーターチイサイが男のこめかみを直撃!男は倒れこみ身悶えした。「グワーッ!アバーッ!」
「ピガー重点!ピガー重点な!」モーターチイサイはぎこちない動きで宙を跳ね、やがてUNIXにジャックインした。モニタに「消去を中止」の文字が輝き、戯画化されたウサギとカエルがムーンウォークを開始した。「ピガーヌンヌンヌン……」データのリカバリーとコピーが始まった!
「アバーッ!何をしている!アバーッ!」笑顔男が床でひきつる。スカラムーシュはUNIX装置に手をつき、立ち上がった。「俺はよォ……しょうもねえニンジャだよ……いいように踊らされちまったよ。カミさんももういねェ。ダチもいねェ。何もかもなくなっちまった。笑えるぜ」
ブン……ブンブンブン……「何だ?」「どうした事だこれは」「報告……」「映ってるの?」モニタが音を立て、遠隔地のカメラ中継映像を映し出す。若い者も、年寄りも、男も女もいる。副機関室から主機関室を経由して致命的ネットワークが開通。IRCミーティングを逆探知して繋ぎ止めたのだ。
ツジギリ・カンパニーと接続して日々の邪悪な欲望を満たしてきた闇カネモチ達の狼狽した顔を、スカラムーシュは一瞥した。「なァ。どうすりゃいい。教えてくれよ」「これは許されないぞ!そこの貴様、ニンジャ!」闇カネモチの一人が夜会マスクで顔を隠しながら責めた。切断処理を試みる者もいる。
「ハーッ……まあいいや。テメェら遠すぎる」スカラムーシュはぶつぶつと言った。床で後ずさる笑顔の男のもとへ歩く。「気分、どうだ。名前も知らねえあんた」「最悪です!有象無象に!」男は無表情な笑顔で毒づいた。スカラムーシュは震えながら、にんまりと笑った。「イヤーッ!」「アバーッ!」
男の顔を踏み抜き、カイシャクした勢いで足がもつれ、スカラムーシュは床に倒れ込んだ。「ハーッ畜生」彼は死体の横で、床に手足を拡げた。霞む視界。天井のタイルは無機質である。「うまくねェなあ……」音が遠くで聴こえる。部屋に入ってきた者がある。ニンジャスレイヤー。
「重点!キャバァーン!ピガー!」モーターチイサイが処理を終え、宙を跳ねる。ニンジャスレイヤーはそれを掴み取る。死神はジゴクめいた目をモニタ群に向ける。「「「アイエエエエ!」」」闇カネモチ達の悲鳴。スカラムーシュの視界がホワイトアウトしかかる。戻る。首を動かす。
ブツン……中継映像が途絶え、「YCNAN」の文字が表示される。『首尾は上々』女の声がスピーカーから発せられる。『ここから辿ることができる。そろそろ始まるわね』「……」ニンジャスレイヤーはスカラムーシュに屈み込んだ。スカラムーシュは笑おうとした。「ロクなもんじゃねえ」
「どうだ」ニンジャスレイヤーは尋ねた。「立てるか」「ゴホッ」スカラムーシュは咳き込んだ。ニンジャスレイヤーが手を差し出す。意識が途絶えかける。スカラムーシュはバツの悪さを覚える。残ったものは何もない。もう一度、バイオムクドリの幻の続きを見たいと願った。幻は二度訪れなかった。
【トゥー・レイト・フォー・インガオホー】終
N-FILES(設定資料、原作者コメンタリー)
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