【ネオサイタマ・プライド】
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【ネオサイタマ・プライド】

◇総合目次 ◇初めて購読した方へ

この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正版は上の物理書籍に収録されています。また第2部のコミカライズが、現在チャンピオンRED誌上で行われています。




【ロンゲスト・デイ・オブ・アマクダリ 10101900】



「ドーモ。ミチグラ・キトミです。今夜もノンストップ!庶民の味方、ネオサイタマ・プライド!」市街の大型プラズマディスプレイに、精力的な司会者の顔と、不自然にボリュームのある髪型が映し出された。



【ネオサイタマ・プライド】


「私が少しの休憩を頂いている間のエモーショナル映画プログラム『涙の家族日記……元ヨタモノの俺だけど、お母さんありがとう』はお楽しみいただけましたか?」ミチグラの顔にカメラが寄る。「感動的シーンの数々に私も思わずハンカチを濡らしました!苦しくても我慢する!忘れてはいけません!」

「TVの前の皆さん、社会から伝統的な道徳規範が失われると、フジキド・ケンジのような非道テロリストが生まれてしまうのです!一連のテロを許してしまったのは我々です!そう、TVの前の皆さんの油断が原因だ!」彼はスタジオを闊歩し、顔の見えぬ相手から与えられたスクリプトを語り続ける。

「洋上を視察中の官房長官が殺害された事件は間違いなく、フジキド・ケンジの一派です」ミチグラは追悼ポーズを取る。「そもそも彼が一人の無軌道犯罪者であるという証拠すらないのだ。我々社会全体が反省しなければならない……彼の名を冠する闇の無軌道テロ集団を生み出してしまったことをね!」

「そしてこちらをご覧ください!見てほしい!」スタジオ後方の大型スクリーンに、ネオサイタマ市街のマップ。「今わかっているだけでもこれだけたくさんのポイントで、不審火、爆破テロが起こっています!けっして外に出ないでください!これも間違いなくフジキド・ケンジ組織のしわざです!」

「では、市民生活を脅かす彼らを止める手段は無いのか?ハイデッカーの新長官に就任した、犯罪心理学にも詳しいサモタギ氏のコメントです」『ドーモ、サモタギです。ネオサイタマの治安は安全です。彼らには理念などありません。社会に適合できず癇癪を起こしただけの、矮小で幼稚な人間なのです』

『皆さんの献身的な監視と通報のおかげで、事態は終息に向かっております。彼らは結局の所、正義と秩序を愛するネオサイタマ市民の善良なる心には勝てなかったのだ』後方では懸賞金リストが逐次更新される。『しかし油断は禁物。まだまだ協力が必要。さらに多くのテロ容疑者を追加指名手配します』

「通報チャンス!今なら懸賞金2倍!考えているヒマはない、今すぐ通報!」ミチグラが視聴者を指差した。「そして皆さん、社会の何が悪かったのか見つめ直しましょう。お子さんに最近おかしな兆候はないですか?反社会的な音楽を聴いたり、仲間同士で連れ立って外出したり……クラブに行ったり!」

「そこでは乱交パーティーと薬物がセットだ!ジゴクに通じる堕落の門はお宅の玄関なのです!治安良好地域といえど、他人事ではありませんよ!むしろ富裕層のお子さんの間で薬物汚染は深刻。そういうデータもある。日々の相互監視やデジ・ネンブツ、そしてスポーツ等がどれだけ大事な防波堤か……!」


◆◆◆


 市街。ごった返す人の波。市民らは安らぎを得るためにネオサイタマ・プライドを見上げる。「帰り道に指名手配犯でも転がってねえかなァ!」ヨタモノらが言葉を交わす。「なるべく弱そうなの」「女のテロリストがいいな」「俺たちで捕まえりゃさらにポイント倍点で……痛ェな。なんだよ、オッサン」

 よろめきながら雑踏の中を進んでいた男が、ヨタモノと肩を接触させたのだ。ハンチング帽を目深に被り、トレンチコートの襟を立てた……傷だらけの男。「……スミマセン、ちょっと……通りますよ……」男は振り返りもせず、足を引きずるように歩いてゆく。「おい、オッサン、待てってんだよ」

「……」男は振り返った。ハンチング帽の陰から、凄まじい目が見返した。「アイエ」ヨタモノは思わず怯んだ。彼にもし博物学的知識があれば、手負いの絶滅ニホンオオカミに睨まれた心地に喩えただろう。その目は超自然的な赤い光すら帯びて……ヨタモノは一瞬視線を反らした。男は消えていた。

「待て、あ、いねえ?」ヨタモノは雑踏を見渡した。「クソッ、いねえ!ありゃ犯罪者だな、間違いねえ」ヨタモノはハンティングのモチベーションを失ってはいない。彼は携帯端末を操作し、IRCチャネル「犯罪ハンティングフォーラム」にアクセスする。一方、トレンチコートの男は路地裏へ潜った。

 トレンチコートの男の足取りは不確かだが、速かった。路地に染み出した水を撥ねると、漏電コードが小さく火花を照らした。彼は時折振り返り、聞き耳を立て、時には敢えて来た道を戻り、別の路地を選択するなどした。男は追われていた。男の名はフジキド・ケンジ。またの名をニンジャスレイヤー。

 彼はこの10月10日、アマクダリ・セクトの最高幹部である「12人」の構成員を立て続けに倒した。マジェスティ、ブラックロータス、メフィストフェレス、ジャスティス、ハーヴェスター、マスターマインド、キュア。当然それは並の道程ではない。彼は傷つき、疲労し、焦燥していた。

 ニンジャスレイヤーは現職官房長官マスターマインドを打倒後、洋上から尋常ならざる手段でネオサイタマへ取って返し、ニチョーム殲滅作戦の陣頭指揮を執っていたヨロシサン製薬の役員、ヤイミ・コナギバことキュアをも殺害した。彼の帰還はしかし、恐るべき追跡者の再始動も意味していた。

 スパルタカス。古代ローマカラテの頂点に立つ格闘王者にして、ニンジャ。そしてアマクダリ・セクト「12人」の一人。その恐るべきカラテに対し、今のニンジャスレイヤーが真っ向からぶつかり合う道理はない。彼は逃げ続けたが、追撃の手は緩まなかった。 

 ニンジャスレイヤーがネオサイタマから消失した後、スパルタカスは己の茶室へ戻り、ゆったりとセイシンテキしていた。しかしニチョーム殲滅戦の場へニンジャスレイヤーが飛び戻ったという情報がもたらされるや、彼は即座に追跡を再開……キュア殺害の僅か4分後に、ニンジャスレイヤーを捉えた。

 ニンジャスレイヤーはスパルタカスと切り結んだ。持てる手を全て使い、どうにか彼を再び撒いた。しかしその逃走努力と引き換えに、ニンジャスレイヤーは確かな打撃を数発貰う事となった。次に追いつかれたとき、果たして同じようにやり過ごす事はできるのか?もはや拳すら満足に握れぬ身で……?

「ハアーッ……」フジキドは据え置き型ネオン看板に手をつき、数秒の休止をとる。「最高70分コース」と書かれた桃色のネオン看板が明滅した。「アーラ、お疲れドスエ……アイエッ?」半開きのカーボンショウジ戸から勧誘しようとしたオイランが泡を食う。勘付いたのだ。「アイエエ!フジキド!」

 フジキドはハンチング帽を目深に被り直し、すぐさまその場を去る。「フジキド!フジキドドスエ!」「なんだって!」「通報だ!マッポ……ハイデッカーだ!早く!」「アイエエエ!」喧騒が追ってくる。彼は闇にまぎれる……。


◆◆◆


「なんだって!通報だ!マッポ……ハイデッカーだ!早く!」「アイエエエ!」「ちょっといいか、アンタら」「エッ?」狼狽するイロマチ・スタッフのもとに、スタスタと歩いてきた男あり。黒に金の縁取りをほどこした外套を羽織り、目つきは鋭い。注意深い者は外套の下に鎖装束を見るだろう。

「な……なんでしょう?」ゴヨキキはやや卑屈に見上げた。その男が只者ではなかったからだ。然り。男のアンダーグラウンド直観は正しい。この黒外套の男こそがスパルタカスなのだから。「今……ちょっと聴こえたもんでな」スパルタカスは囁いた。「フジキドという名が」

「ヘ……ヘエ、間違いない……かと。なあ、モメン?」「間違いないドスエ」モメンと呼ばれたオイランは繰り返し頷いた。「フジキドだったドスエ……休憩時間はネオサイタマ・プライドを見ているから、もう、はっきりと!人相が!」「あいわかった」スパルタカスは頷き、片手を上げて黙らせる。

 スパルタカスは数ブロック離れた地点でこのオイランの叫びを聞き分け、すぐにこの場へ向かったかたちである。彼はおもむろにその場に片膝をつき、アスファルトに指で触れる。ニンジャ野伏行為だ。ソウルの痕跡から、ニンジャスレイヤーの逃走方向を探っているのだ。やがて彼は獰猛に笑った!

「ウイーッ!身も心もリフレッシュ!とくらァ!」その時、ふいに猥褻店内のノレンを払って路上に現れ出た者あり。日焼けしてガリガリに痩せた、着流し姿の男である。「なんだ、なんだ、エエ?」「またどうぞドスエ……あら?」男と見送りオイランは、路上のゴヨキキ、モメン、スパルタカスを見た。

「何やってンだ、こんな広くもねえ路上で」着流し姿の男は顎を掻いた。「スパルタカス=サンともあろう御仁がよォ?なあ?」「エ……スパル……何?」見送りのオイランは瞬きした。着流し姿の男はぶらぶらと手ぬぐいを振り、オイランを店内へ帰らせた。「オメエらも帰れ!」ゴヨキキとモメンもだ。

「……」スパルタカスは立ち上がり、着流し男をじっと睨んだ。常人ならば即座に失禁するニンジャの凝視だ。だが着流し男はただ睨み返す。人払いを済ませると、彼はあらためてアイサツした。「ドーモ。スパルタカス=サン。俺ァな、実際ニンジャスレイヤー=サンの師匠、マスターヴォーパルよ」

 空気が変わった。スパルタカスは軸足を多少後ろに引き、マスターヴォーパルに向かい合った。店内から「アイエエエ!」という叫びが聴こえた。どろりと煮凝った空気の濃厚なニンジャ・アトモスフィアにあてられた感受性の強い市民が、ノレンを隔てた店内で、わけもわからず失禁したのだろう。

「マッタ!いや、マッタ!そういうのじゃねえ!」マスターヴォーパルは手をかざし、後ずさった。「お、俺がやるッてんじゃねえよ!なあ?とにかくアンタは、俺の不肖の弟子を追ってよ、ブッ殺したいわけだろうが。エエ?」「急いでいるんだがな」スパルタカスは低く言った。

「まあそう言うなッて。な?」マスターヴォーパルは笑った。「俺は事情通でよ……なにしろ地獄耳なンでな。お前がそうやって、こう、アマクダリ・セクトのために大車輪の大頑張りをしてる事も知ってるンでな?エエ?格闘マネーを積み上げて、カネ、権力、女!な?」「……」「そして、カラテ」

 スパルタカスの両腕が微かに動いた。煮凝った空気が流れる。「アイエッ!待て!殺すな!俺を。つまらんぞ」マスターヴォーパルは後ずさった。「手短にな」スパルタカスは低く言った。「なら、ビビらすない」マスターヴォーパルは咳払いした。「アー……ウン。本題に入ろうじゃねえか」 


◆◆◆


「ハァーッ……ハァーッ……」フジキドはコンクリート壁にもたれながら、路地裏を進んでいた。全身の関節が軋み、肩が燃えるように熱い。乾いたペンキブラシで塗ったように、血が壁に軌跡を残す。肩口には浅い銃創。先程、一般市民……ライフル銃を持った老婆に、マンションの窓から撃たれたのだ。

「フジキドがいました!」「バカ!」「今すぐ通報してください!」「チャンス倍点!」ビル街の間を飛び交うイナセな叫び声が、彼の後方で響き渡る。ヨタモノ、賞金稼ぎ、ヤクザ、無軌道大学生に留まらず、下層労働者、サラリマン、オーエルまで……いまやネオサイタマの全てが彼に牙を剥いている。

彼は疲弊し、追われていた。市民らは静かに熱狂し、彼を殺して莫大な懸賞金を手にし、英雄になろうとしていた。フジキドは荒れ果て閉店した店のショウウインドウに映る己の姿を見た。(((おお、フジキドよ……何とブザマな姿か……!)))ニューロンの同居人、ナラク・ニンジャが彼を罵った。

 後方からハンターたちの声が接近する。相手は所詮、一般市民。その気になれば、今のフジキドにもカラテ虐殺突破は容易かろう。だが彼はそうしなかった。その結果がこれだ。ナラクは猛り狂っていた。(((殺せフジキド!復讐を妨げる愚か者どもを皆殺しにしようぞ!)))「…黙れ……ナラク…」 

(((犬めいて野垂れ死にたいか?あの犬めらを殺せ!殺せ!殺せ!)))「黙れ……ナラク!」フジキドは声を払い除けるように歩き、裏路地を出た。プァーン!急ブレーキもむなしく、タクシーが彼に接触して走り去った。サツバツ!「グワーッ!」フジキドは重金属酸性雨塗れの泥の中に転がった。

『新たな指名手配犯と懸賞金情報ドスエ』上空を飛ぶツェッペリンや街頭TVからマイコ音声。『マッチ・ジュンゴー……モナコ・チャン……国家機密級の電脳テロに関与と見られ……』「ヌウーッ…」フジキドは歯を食いしばって泥の中から立ち上がり、ハンチング帽子を被り直して、再び歩き始めた。

 スシさえあれば……!だがスシ・バーやコケシマートでの補給の試みは、いずれも苦々しい失敗に終わっていた。カラテでスシを強奪し事を起こせば、追っ手に気取られる危険性がある。ナラクに身を任せれば、市民をカラテ虐殺し、思うがままスシを奪えるだろう。だが今手綱を離せば、永遠に堕する。

 もはやその感情は、己自身のものなのか、ナラクのものなのかすら判然とせぬ。ナラクの声はもう聞こえなくなった。視界が揺らぎ、マンゲキョめいて回転を始める。彼方にスゴイタカイ・ビルが見える。全てが終わり、また始まった場所。フジキドはそこに向かって歩き続けた。

「私はフジキド・ケンジだ……マルノウチ・スゴイタカイビル……フユコ……トチノキ……。いま……帰る……」フジキドは呻きながら歩いた。全身が鉛めいて重くなっていった。そして足を滑らせて倒れ、路地裏のゴミ山の横で足を投げ出した。

 放送は続く。「私は滅私奉公の男だ!誰よりもネオサイタマを案じている!市民インタビューを聞きましょう!」『スゴイ心配』『外出できないですよ!』『ゴスだから……現世の事はわからない(ここでミチグラは顔をしかめた)』『やはり鍛え直さないと!若者をね!そこから始めないといけない!』 

『テロリストが怖い!』『シバタ新知事は……あ、まだでしたっけ?とにかく彼になんとかしてもらいたい!』「……さあ!どうですか市民の皆さん?貴方は一人ではない!変な違法電波ラジオとかは聞かずに、即通報!我々は一丸となって苦境を乗り越えよう!それがネオサイタマ市民のプライドだ!」


◆◆◆


 ……権力の座、カスミガセキ・ジグラット。乳白色のダブルスーツに身を包んだアガメムノンは、独り、その長い回廊を歩んでいた。ガラス張りの窓からは、広大無辺なるネオサイタマの夜景が見える。いまや彼は、正式なるサキハシ知事の代理人として認証され、知事と同等の全施設アクセス権を得た。

 アガメムノンは機密エレベータを下り、中枢部へと降りる。知事用プライベート・オンセンに行き、疲れを癒すのだろうか。……無論、否である。シバタの代理人登録儀式時も、グレーター議員たちは、この権限の正しい重要性を理解していなかった。彼が得るのはその程度の利益であろうと考えてていた。

 カスミガセキ・ジグラットは、Y2K以前から途方も無い複合増築を重ねられ現在の姿となった巨大建造物だ。ゆえに、現在の議員のうちもはや誰独りも由来を知らぬまま、ただ議会則の端に記載されているという理由で引き継がれてきた遺産があった。フスマが開き、忘れられた空間へと彼を迎え入れた。

 そこには赤いトリイ・ゲートが立ち、Y2K直後の混乱を生き延びたUNIX群が、静かに再起動のときを待っていた。月のアルゴスと対になるべく作られたシステム。天下るための地上の座。メガトリイ社の支配者、すなわち鷲の一族のDNAを持つ者が受け取るべき遺産。

 彼は息を吐き、己の血を吸わせたハンコを認証機に捺印した。『承認ドスエ』モニタにアスキー文字で描かれたメガトリイ紋が次々浮かび上がった。アルゴスのPINGが届いた。ナムアミダブツ!システムはたちまち、ネットワークに電子の根を張った。

 ……直後、ネオサイタマから磁気嵐が消え去った。



◆◆◆


 アガメムノンの手によって、ネオサイタマが、世界が、もはや後戻りできぬ激変に向かって静かに進み続けていた頃……。フジキドは冷たい重金属酸性雨に打たれながら力尽き、路地裏で静かに目を閉じた。


 それは呼吸を整えるための、ほんの一瞬のメディテーションのはずだった。だがフジキドの意識は途絶えた。最後まで、うわごとのように、己の妻子の名を唱えながら。


(((愚かなり、フジキドよ。こうなることは、初めから解っていたであろう。我らの他には誰ひとりも、オヌシの妻子を悼み、弔い、墓前にセンコを供える者など無いのだ。復讐を行う者など、我ら以外には))) 


 そして内なる声も遠ざかっていった。


 それが己の声なのか、ナラクの声なのかすらも、もうフジキドには分からなかった。



◆◆◆



「部長の、バカヤロー!」サラリマンめいた男の声が聞こえた。「主任、ちょっと、重いっスよこれ、俺も、飲み過ぎちゃって、足がもう」「バカヤロー!もう一軒付き合えバカヤロー!」

『……見かけたら、即通報!それがネオサイタマ市民のプライドだ!』「変な頭髪しやがってバカヤロー!」くたびれたサラリマンは巨大プラズマTVに映し出されるミチグラ・キトミの下で、男は叫んだ。呂律はろくに回らず誰も聞き取れない。「主任、もう帰りましょうよ」「うるせえバカヤロー!」 

「ウッ……」フジキドは目を開けた。長い悪夢を抜け、サラリマン時代に戻り、ヤマダ係長の世話になっているのかと。だが実際違った。彼は直ちに自分の状況を把握した。二人の酔漢サラリマンに同僚めいて両肩を抱えられながら、繁華街を抜けている。すぐ傍を、血眼のハンター市民が通り過ぎてゆく。

「何がネオサイタマ・プライドだバカヤロー……。俺たちをバカにしやがってよォ……」主任は酔歩しながら、腹の底の不満をつぶやいた。それから無難な不平不満を叫んだ「部長のバカヤロー!俺は明日もビジネスだバカヤロー!」「主任、もう帰りましょうよ!……アッ、起きたっぽいですよ!」

 彼らは何者か。見当もつかぬ。「何故……私を……?」運ばれながら、フジキドはそう聞くしかなかった。「……アア?そりゃ……路地裏にあんたが転がっててよォ……奥さんだか家族の名前を繰り返して……帰る、帰るって言うからよォ……放っとけねえだろ」主任が言った。「今夜は……物騒だしよォ」

「それだけの……理由で……?」「そうだよバカヤロー!俺はムシャクシャしてんだバカヤロー!」主任は酒臭い息を吐いた。「……ドサクサに紛れてデタラメがまかり通ってやがる。この辺にフジキド・ケンジがいただァ?その前は洋上の艦隊?どんだけ離れてると思ってンだ、バカにしやがって……」

「スミマセン、ドーモ……」名前も知らぬサラリマンの善意が、己の命を拾ったのかも知れぬのだと知ったフジキドは、ただ、二人に感謝した。「ドーモ……」あのまま放置されていれば、路地裏でブザマな死を遂げていたかも知れぬ。あるいは、ナラクが取り返しのつかぬ殺戮を繰り広げたかも知れぬ。

「もう大丈夫です、ここから独りで」「まだ無理だよ兄ちゃん、ホラ、おぼつかねえ」フジキドは再び抱え直された。遠目からは誰の目にも、酔っ払ったサラリマン3人組にしか見えぬ。「しかし、もし私が……本当に、指名手配犯だとしたら?」フジキドは問うた。「エーッ?」主任は笑って首を傾げた。

 主任はミチグラの番組を一瞥し、唾を吐きながら言った。「……知らねえよ、俺ァ酔っ払ってるし。俺たちゃとにかくよォ、ミチグラとよォ、あの番組がどうにも気に入らねえんだ……もう何がホントで何がウソだか、わかんねえよ。そんな事考えてるヒマもねえくらい、こっちは毎日ビジネスなんだよ…」

「だいたいアイツの番組は何なんだよ!?今すぐだ、だの、考える時間は無い、だの……考えさせろってんだよ!」「ですよね」部下と思しきサラリマンが相槌を打った。「なあ?フジキドにしてもよお、俺は見逃さなかったぞ?あの、昔のセンセイだかなんだかのよォ……。都合の悪いのは全部ナシだ」

「……それに、あんた、バカ丁寧だし、サラリマンだろ。元サラリマンか?どっちにせよテロリストにゃ見えねえよ……ハハハハハハ!俺たちと同じだ!」主任は笑った。自分のささやかな抵抗に満足しているかのようだった。「なあ、子どもいるのかい?」「……ハイ」フジキドは答えた。「男?女?」

「男の子です、一人だけ」フジキドは答えた。「アー、そうだと思ったよ。そういうくたびれ方だ。何歳だい?」主任が笑って問うた。フジキドはやや間を置いて、答えた。「……5歳と、少し」「そりゃ大変だ、まだ手のかかる歳だ。あんたを拾ってやれてよかったよ。今夜はホント、物騒だからな!」

「ドーモ……ドーモ……」フジキドは呻くように項垂れ、ただ、感謝の言葉を述べた。涙はとうに枯れ果てていた。そのままサラリマン2人とともに、フジキドは重金属酸性雨の降りしきるネオン街を渡った。それは未だ弱々しかったが、次第に、フジキドの四肢に復讐のカラテが戻り始めた。

 そして、いつまたニンジャ追跡者が現れ、この二人を危険に晒すやも知れぬという考えに至った。彼は主任に問うた。「……スミマセン、もしよければ」「何だ?」「そのスシを頂けませんか……お代は、払います……」フジキドは主任の持つスシ折詰を見ながら言った。「あとは……独りで行けます」

 フジキドはもう、己の両脚でしっかりと立てていた。それで二人のサラリマンは、もう肩を貸す必要は無いと分かった。「……アー?なんだい、酔いが醒めたか?家族にオミヤゲか?いいよ、スシくらい、タダでくれてやるよ」主任は笑って、それを手渡した。「……いえ、悪いです」フジキドは断った。

 主任はコートの胸元に手を伸ばすフジキドを止めた。「いいんだよ、カッコつけさせてくれよ!俺は気分がいいんだ!明日もビジネスだけどよ……!」「ドーモ」フジキドは感謝し、受け取った。「あんたもさ、明日もビジネスだろ?」「ハイ」「頑張りなよ、6歳になったらさ、少し楽だぞ」「ドーモ」

 フジキドは深々と一礼し、スシを持って暗い裏路地へと消えた。二人の名も無きサラリマンたちも、何事も無く家路についた。降りしきる重金属酸性雨の中、巨大な街頭プラズマTVでは、ミチグラ・キトミがネオサイタマ市民の誇りについて語り続けていた。

 世界の変容は今はまだ覆い隠されていた。夜の闇によって。やがてディジタル時計が00:00を表示し、アマクダリにとって最も長い一日の終わりを秘密の中に告げた時、マルノウチ・スゴイタカイビルの屋上でチャドー呼吸を深めるニンジャスレイヤーのもとへ、マスターヴォーパルが現れたのだった。




【ロンゲスト・デイ・オブ・アマクダリ】ここに終わる

【ローマ・ノン・フイト・ウナ・ディエ】に続く





N-FILES

photo by: maximalfocus on unsplash

長い戦いの果てに、ついにフジキドは力尽きる。ナラクの声さえも、もはや遠く、聞こえない。重金属酸性雨が降りしきるネオサイタマで彼を抱え起こすものは何か。メイン著者はフィリップ・N・モーゼズ。


B&Mメモ

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