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【ラスト・ガール・スタンディング】


この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。なお、このエピソードのTwitter連載のテキストは初回版と再放送版のふたつのエディションが存在していますが、今回のアーカイブ化にあたり、再放送版を底本としています。このエピソードの加筆修正版は、上記リンクから購入できる物理書籍/電子書籍「ニンジャスレイヤー ネオサイタマ炎上1」で読むことができます。コミック版は2巻に収録されています。

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【ラスト・ガール・スタンディング】


1

「日刊コレワ」の三面記事
【怪奇?死んだと思ったら生きていた!】もはや非常事態宣言レベルの年間自殺者数を抱える我が国において、またしても悲痛な事件である。キョート・リパブリックのとある進学校で校舎屋上から飛び降り自殺をはかったXXが、下で掃除をしていたYYにぶつかったのである。なんたるいたましい偶然!

二人の高校生は頭蓋骨と脳幹に損傷を負い、もはやいかなるサイバネティクスを用いても蘇生は不可能と思われた。だがしかし、ボンズが病院に到着した時、二人は同時に意識を取り戻し、翌日には揃って退院したというのだ。なんたる奇跡!だがしかし、こんな痛ましい事態を引き起こさぬ為には政権交代だ。


◆◆◆


 彼女ヤモト・コキは流水に浸されたような奇妙な時間感覚の中、目の前で起こっている出来事をまるで他人事のように認識していた。彼女は壁を背に、へたり込むように座っていた。目の前に仁王立ちの男がいた。カチャカチャと音を立て、ベルトを外そうとしている。 

 奥では別の二人の男がクラスメートのアサリを押さえつけ、制服を剥ぎ取っている。ヤモトは左頬の痛みを思い出す。殴られて口の中を切り、出血している。 

 倉庫の出入り口にも一人。外を見張っている男。男は全部で四人。皆、体格がよく、一人はオチムシャヘアーだ。ヤモトの思考は乱れる。記憶が曖昧だ。ここはどこ?何故こうなった?アサリは必死で抵抗するが、馬乗りになった男は容赦無く、その顔を殴る。 

 助けなきゃ。助ける?どうやって?……ヤモトを見下ろしていた男がかがみ込み、彼女の髪を掴んだ。何か喋った。舌を捩じ込もうとして来た。ヤモトは顔をそむけた。男はヤモトの首を絞める。ヤモトは咳き込む。殺されるのだろうか。でも、アサリを助けないと。死んだら助けられない……。 

 助けられるとも。どうやって?……アタイは何でもできる。どうやって?……アタイの力。シ・ニンジャの力。さあ使え。私の力。存分に使え。さあ使え。どうやって?……考える必要なんて無い。さあ。これでさようならだ。今から私はアタイだ。さあ。サヨナラ。 

 痛みが引いてゆく。ヤモトは暖かい力の流れが下腹部から全身へ流れて行く感覚を味わう。快い、だが同時に、ぞっとする感覚を。ヤモトは喉を締める男の腕を掴んだ。そして、捻った。簡単だった。男はのけぞり、絶叫した。ヤモトは腕を離さない。もっと捻って良いんだ。ヤモトはためらわなかった。

「イヤーッ!」「アバーッ!?」男の肘が逆向きに折れ、骨が飛び出した。ヤモトはさらに捻った。「イヤーッ!」「アバーッ!」男は狂ったように叫び、失禁しながら尻餅をついた。ヤモトは男の顎を蹴り上げた。「イヤーッ!」「アバーッ!」男は吹き飛び、反対側の壁にめり込んで動かなくなった。

 ヤモトはアサリを見た。男の一人が馬乗りになり、オチムシャヘアー男がその様をビデオ撮影している。ヤモトはもう跳んでいた。そしてオチムシャヘアー男の頭を蹴った。「イヤーッ!」「アバババババーッ!?」蹴られた反対側の側頭部から脳漿が噴き出し、男は倒れた。ヤモトはビデオを踏み壊した。

 ……なんだ?これは?ヤモトは己の力に戦慄した。アサリにのしかかって己のパンツを下ろしていた男がヤモトを見る。「……え?」「イヤーッ!」「アバーッ!」男の首をヤモトの蹴りが直撃、引きちぎれてふきとび、べシャリと音を立てて壁の染みとなる!「アイエエエエ!」アサリが絶叫した。

「スッゾコラー!」騒ぎに気づいた最後の一人、戸口の見張り男が殺到する。状況をよくわかっていないのか、ヤモトを脅そうと、得物のバタフライナイフを取り出し突きつける。「ザッケンナコラー!」「イヤーッ!」鼻先をかすめる刃をヤモトは人差し指と中指で挟み、受け止めた。

「な……んだ?こいつ?」男はもがくが、ナイフは動かない。「イヤーッ!」ヤモトは男の股間を蹴り、砕いた。「アバーッ!?」ヤモトは男の手からバタフライナイフを奪い取ると、男の鼻面を斜めに切り下ろす!「イヤーッ!」「グワーッ!」切り上げる!「イヤーッ!」「グワーツ!」

 顔面を切り裂かれた男は白目を剥き仰向けに引っくり返った。ヤモトはバタフライナイフを振り回した。カシャン!カシャン、カシャン!カシャン!まるで扱い方をずっと昔から知っていたかのようだ。噴き出すアドレナリンにおののく。酸鼻な血の匂い。殺人だ。アタイがやったのだ……。

 ヤモトはニューロンの奥から泉めいて愉悦の感情が湧いた事に驚愕し、吐き気をこらえた。愉悦?自分の感情では無い。自分の中のもう一つの……否……きっともう、それは自分の感情だ。今はもう、自分の中に溶けたものだ。自分の感情なのだ。

「ヤ、ヤモト=サン?」アサリがよろめきながら立ち上がった。殴られて顔を腫らし、服も破られている。ヤモトはアサリを力強く抱きしめる。「ドーモ、アサリ=サン。もう大丈夫。帰ろう」「ヤ……ヤモト=サン……ヤモト=サン……」「大丈夫。ところで、ここはどこ?」


◆◆◆


 こうして、少女ヤモト・コキは転校二日目にして下校中に激しく負傷し、二週間の入通院を余儀なくされた。

 強姦殺人目的のヨタモノに襲われたところへ別のシリアルキラーが乱入し、二人は命からがら逃げ出した。マッポにはそのように捉えられている。ネオサイタマのマッポー的治安状況を鑑みれば、学級委員のアサリともども、命拾いしただけでも僥倖とされた。

 ヤモトは一人で黙々と朝食のヒジキ・トーストを食べ、着替えると、装甲仕様のバスに乗ってハイスクールへ向かう。バスの装甲はものものしい。治安のよくない区域を通るので、投石や火炎瓶に備える必要があるのだ。 

 車内で一番後ろの座席に座るのは、同じハイスクールの制服を着た男子生徒だ。アフロヘアーでティアドロップ・サングラスをかけている。異様ななりである。無言でじっと見てくるその男子生徒へ視線を合わせないように、ヤモトは外の景色に集中する。 

「ヤモト=サン!」停留所で乗り込んできたアサリが声をかける。口元にあざが残り、憔悴しているが、つとめて明るく振る舞っている。「オハヨウゴザイマス。ヤモト=サン、もう大丈夫?」「ドーモ、アサリ=サン」ヤモトは笑顔を向けた。「あなたこそ」「私、今日からなの」「アタイもだよ」

 ヤモトはアサリを嬉しく思った。アフロヘアーの注視を意識せずにすむのは有難い。ヤモトはアサリのことが好きだった。学級委員の義務感もあろうが、転校したばかりのヤモトにつとめて親切にしてくれている。繁華街にも連れ出して……それが二週間前の酷い事件の原因にもなってしまった……。

 極限の状況を共有したことで、ヤモトとアサリのつながりはより強くなったに違いない。ユウジョウ!つとめて他愛の無い会話をしばらく交わしたのち、「アサリ=サン」ヤモトは耳打ちした。「何?」「一番後ろの席のあれ、誰だかわかる?」アサリはアフロヘアーを見やり、ぎょっとして「知らない!」

「ずっとアタイを睨んでるでしょ」「ええー……」アサリはこわごわ横目で見ながら、「あんな恐いヤンク、うちの学校で今まで見たこと無いけど……あなたみたいに、転校生かもしれないね……」ぼそぼそと小声で会話するうち、バスはハイスクール正門前に停留する。 

「アタバキ・ブシド・ハイスクール」。巨大な校長彫像と進学スローガンのノボリが生徒を出迎える。「遅刻をしない」「テスト重点」「皆勤賞」。真鍮のダルマが校舎屋上から校庭を睥睨する。 

 授業中、ヤモトは殆ど上の空であった。あの日の恐るべき暴力衝動、シ・ニンジャという単語の意味、自分に向かって語りかけ、そしてサヨナラと言い残し消滅した声。そういったものの正体は結局わからずじまい、二週間が経っても答えが出ないままだ。 

 あの日発揮した人間離れした運動能力はヤモトから去らず、あれ以来、ヤモトの奥底に内在している。今ここで窓ガラスを飛び蹴りで蹴破り、そのまま校庭へ前転しながら飛び降りる事も、やろうと思えば問題無くできるだろう。まるで呼吸するように。

「ではここの一節を、オセキ=サン。ドーゾ」「ハイ。『武士は食事しないとヨウジの値段が高騰してよくない』です」「だいぶできています」センセイの質問、それへの応答は遠くで聞こえる。

「シ・ニンジャ」がヤモトの体に宿ったのは、もっと昔のことだ。長い事、自分の中にいた。潜伏期間の長い病のように。今このとき、ヤモトが手当り次第に物や人を壊して回らないのは、そうしたくないから。先日のあの時は、友達を守りたかった。だからだ。必要な時、表層にあらわれるのだ。 

 ……宿ったのは、いつから。ヤモトには心当たりがある。驚くほどに晴れたあの日のキョート。そう。ネオサイタマではない。キョート独立国。太陽の光を受け、ゆっくりと降ってくる影。校舎屋上から落下した男子生徒。それをなす術無く見上げていた自分、暗転する意識、恐怖。 

 あのときヤモトの中に、何かが入り込んだ。そしてそれが故にヤモトは生きながらえた。そして飛び下りた男子生徒も。飛び下りた男子生徒も……生き延びた……?

「ザッケンナコラー!」「スッゾコラー!」窓の外で罵声。ヤモトは我にかえった。「シャッコラー!」「ナマッコラー!」「アッコラー!」ヤクザ・スラングとヤンク・スラングを織り交ぜた恫喝の文句だ。コワイ!授業中であるが、生徒は先を争って席を立ち、窓にかじりつく。

「アイエエエ!君たち!授業の途中ですよ!」「おい、見ろよ!」「誰だあいつ……」「あれだよ、転校生……」「抗争?」「髪型が……」「大丈夫なの?」口々にさえずり合う生徒たち。「君たち!席に戻って!」「だってセンセイ、他校の奴らですよ、いっぱいだよ」「アイエエエエ!?」

 ヤモトはアサリの隣に立った。アサリはヤモトを見て、「ほら、あれ、朝の」校庭を指差した。ナムサン!他校の制服姿のヤンク三十人超が校門を突破、そして生徒の一人と対峙している。後ろ姿であるが、そのアフロヘアーはあまりにも特徴的だ。

 ヤンクとは、反社会的な高校生が学校単位で組織する危険な武装自警クラン構成員の総称である。日本において、公教育制度の成立とともにその存在はあった。戦後混乱期が生徒に自衛を要請したのである。今となっては、見ての通り、社会秩序を乱すばかりの集団だ……。

「ダオラー!」「ナンオラー!」ヤンクはリベットを打った制服をてんでバラバラに着こなし、その半数が違法改造されたスクーターにまたがっていた。もう半数は、そのスクーターの後ろに乗って移動してきたのだ。違法な二人乗り行為である!

 スクーターにはサムライめいた巨大な旗が大量に設置され、丸みを帯びた書体でピンクの威圧的スローガンが書き込まれている。「毎日暇している」「負けぬ」「恐怖」「大漁」「勉強するかわりにケンカだ」「ホームラン」。頭目と思われるスモトリ級の巨漢が釘バットを振り上げた。「ダーラー!」

 お互いにアイサツは済ませたのだろうか?「とっとと始めるぜ。メシの時間だ」アフロ男は腰に手を当て、挑発した。「ザッケンナコラー!」頭目は釘バットをためらいなくアフロ男へ振り下ろす。ナムサン!だが、おお、見よ!彼の頭がトマトめいて潰れると誰もが予想したが、そうはならなかった!

「イヤーッ!」アフロヘアー男は片手で釘バットを掴み、遮ったのである。ヤモトの首筋を、ざわざわした感触が駆けた。「ナンオラー?」「スッゾコラー?」ヤンク達はお互いに顔を見合わせ、あるいはわけもわからず叫んで威嚇した。頭目は釘バットを持ったままブルブルと震えている。

 ヤモトは自分がバタフライナイフを止めた時の感触を思い出していた。頭目は釘バットを引くこともできないのだ。「お前ら、死ぬんだぞ」バットを掴んだまま、アフロヘアー男が不敵に言う。校舎の会話が教室のヤモトの耳に入るのはなぜか。無論それはヤモトに備わったニンジャ聴力のためだ。

「あいつ!」「どうしたの?」アサリがヤモトを不安げに見つめる。あいつ何かやるつもりなのか、ここで?ヤモトの胸騒ぎが強まる。あのアフロ男は自分の同類だ。ヤモトはこの正体不明の直感に疑問を持たなかった。実際その直感はアタリである。ヤモトは彼のニンジャソウルを知覚しているのだ。

「スッゾコラー!」取り巻きのヤンク軍団は興奮し、スクーターを空吹かしする。カミナリめいた騒音が教室の窓ガラスを震わせる!「ヘイ!ヘイヘイ!」ヤンクのスクーターが数台、睨み合う頭目とアフロヘアー男の周囲をグルグルと走行し始める。学校の管理者は見て見ぬ振りを決め込んだか、無反応!

 ヤモトは衝動的に窓を蹴破って校舎へ飛び降りそうになった、そして思い留まった。そのときだ!「あれは!」「何だ?」「手品?」「コワイ!」生徒達がざわめいた。その時にはもう、全てが終わっていた……まさに一瞬の出来事だった。

 それは白いコロイド光だった。全てのヤンクの頭部、鼻や口から、白い光の筋がアフロヘアーのかざした左手へ向かってまっすぐに伸び、集束したのだ。クモ糸か何かのようなそれが見えたのは一秒にも満たない。直後、旋回していたバイクはコントロールを失い転倒、スピンしながら地面を滑った。

 がくり、がくり、がくりがくりがくり!ヤンク達は主を失ったジョルリ人形めいて、くずおれ、倒れ、スクーターから滑り落ち、倒れ伏した!頭目とて例外ではない!30人のヤンクが横たわる中、アフロヘアー男ただ一人が立っていた。「ヘッ!」彼が侮蔑的な笑いを吐き捨てたのをヤモトは聞き取った。

 校門の外、数台の装甲ビークルがサイレンを鳴らしながらドリフトし、停止した。学校管理者の通報を受けたマッポが到着したのだ。「あー君!そのまま!動くと私たちは君を撃つかもしれない!そのままだぞ!」拡声器から轟く警告。ジュッテや鎮圧銃を手に手に構えたマッポが次々に降りてくる。

 ヤモトは教室を飛び出していた。「ヤモト=サン!?」「気分が悪いの」アサリに短く答え、階段を駆け下り、廊下を走る。上履きのまま玄関を走り出ると、校庭では大人しくマッポに囲まれたアフロヘアー男が今まさに連行されようとしていた。地面には倒れて動かないヤンク達……。 

「殺したの?」ヤモトは叫んだ。アフロ男はヤモトを見返した。口元のニヒリストめいた笑みが一瞬だけ消え、真顔になった。「さあ歩け!」チョウチンを持ったマッポがアフロ男の背中をどやしつけた。「痛ェ。被害者ですよ俺は」マッポは顔をしかめた。「チッ、話は署で聞く!歩け」「ハイ、ハイ」


◆◆◆


「オイッ!ショーゴー・マグチ!」スチール・ショウジ戸の覗き穴が開き、ドスのきいた声が呼びかけた。ショーゴーは1ユニットしかないタタミの上で膝を折って寝ていた。隣にはカワヤ式の便座がある。「ショーゴー!聞こえねえか!お迎えだぞ!一生そこにいてえのか!」

「まだここに来たばっかりじゃん」ショーゴーはアフロヘアーをいじりながら起き上がった。「まあいいや。だから俺は無実だって言ったろ、勝手にあいつらが心臓発作でさ」「黙れ!」「お迎えって、誰だよ」「……」ショウジ戸の向こうが沈黙する。 

 返答代わりにスチール・ショウジ戸が開き、照明の光が留置室に入ってきた。室外へ出ると、廊下では看守ともう一人、スーツ姿の男が待っていた。「ドーモ。ショーゴー=サン」スーツ姿の男がショーゴーにオジギした「私の名はフマトニです。探すのにちょっと難儀しました。お会いできて嬉しいです」

「誰よアンタ」ショーゴーはアイサツを返さず、アフロヘアーをいじりながら態度悪く言った。そちらを見もしない。現代的退廃高校生態度!一瞬の気まずい沈黙があったが、フマトニはにっこり笑った。「君の身元引受人ですよ。まあ、君が望むならあのまま大量殺人事件の容疑者になるのもいいが」

 ショーゴーはアフロヘアーをいじりながら言った。「なんかアンタ気に入らねえ。じゃあ俺、このまま大量殺人事件の容疑者になるわ」「ま、待った!」フマトニは笑顔のまま慌てて、「本当に害意は無いんですよ、ここではちょっとね、色々言うのがはばかられてねェ」看守へ気遣わしげな視線を送る。

「言やァいいじゃん」ショーゴーは看守に向けて手をかざした。「ア……アババーッ!?」看守の口から白い光が伸び、ショーゴーの手のひらに吸い込まれる!直後、看守は白眼を剥いて床に倒れた!ナムアミダブツ!「どうだ、これで。邪魔者、いなくなったぜ」ショーゴーは薄笑いをフマトニに向けた。

 フマトニの反応はショーゴーの予想外だった。それまでの笑顔がかき消え、酷薄な目つきがあらわられたのだ。「チッ。狂犬め」カタナを交差させた意匠の金のバッヂが不穏に輝いた。「教育が要るか?大人をなめるなよ」「何だと」「イヤーッ!」

「イ、グワーッ!?」ショーゴーは反射的にフマトニへ「力」を用いようとしたが、まるで遅かった。手をかざそうとした時には既に顎をイタリア靴の爪先で蹴り上げられ、天井に頭部をぶつけて落下!アフロヘアーがクッションとなったが顎は蹴りを受けて外れ、発声ができぬ!「フガ、フガフガッ!」

「ケチなニンジャソウルひとつで世界の王になったつもりだな?甘い、甘い!想像力ってもんを働かせろ。な?」フマトニはショーゴーの背中をイタリア靴で踏みつけた。「ゴジュッポ・ヒャッポ。お前は俺らの世界じゃヒヨッコよ。で……」フマトニはジッポーでモノホシ・タバコに着火し、灰を落とす。

「グワーッ!」アフロヘアーに灰を落とされ、ショーゴーがもがく。フマトニは無慈悲に言った。「お前のせいで予定が狂ったぜ。選択の時間だ。いいか、お前はニンジャだ。俺たちにとって価値がある。お前次第だ。俺とシンジケートに来るか、それともここで死ぬか。今すぐ決めな」 

 ショーゴーはうつ伏せのまま苦労して顎を嵌め直した。「ザッケンナコ……」「聞こえねえな!」イタリア靴で背中を踏みつけながらフマトニは無慈悲に言う。「あらためてアイサツしてやるよ。ドーモ、ショーゴー=サン。俺はソウカイ・シックスゲイツのニンジャ、ソニックブームだ」「ニンジャだと」

「そうだよガキィ!」ソニックブームが威圧する。「俺もお前もニンジャだ!お前がケチなケンカした事がシンジケートの耳に入ったんだよ、残念だな!遊びは終わりだ!」「グワーッ!」踏みつける!「お前、いつニンジャになった?そう昔でもねえだろう。不注意なんだよ、お前は!」「グワーッ!」ソニックブームが足に力を込める!「グワーッ!グワーッ!」

 苦しむショーゴーの薄れゆく意識に、「あの時」のビジョンがフラッシュバックする。屋上から見上げた眩しい太陽、バイオセミのけたたましい鳴き声。飛翔……

 ……両親と妹が自分を置いて失踪し、昼夜を問わず闇ファイナンスのバウンサーがアパートへ恫喝に訪れるようになった時。日常に何の楽しみも持たず、友人もおらず、勉強もできず、スポーツをせず、好きなアニメ・コンテンツも無かったショーゴーは何一つ取りうる行動を持たなかった。一つを除いて。

 その日キョートの空は雲ひとつない快晴で、たいへんな暑さであった。四方に配置されたクロームのシャチホコ・スタテューが鈍く日光を反射する。校舎屋上に立つと、バイオセミの鳴き声が不快な湿気を伴ってまとわりつくようだった。ショーゴーは遺書は書かなかった。見せる相手がいないからだ。 

 淡々とフェンスを乗り越えたショーゴーは、何の感慨も無しに、下へとダイブした。落下は瞑想めいた時間であった。死角から落下地点へ、ゴミ箱を抱えた一人の女子生徒が歩き出てきた瞬間までは。「危ない!」と叫ぶ間などありはしなかった。さらに恐ろしい事に、激突しても意識は途絶えなかった。

 天地が反転し、ジゴクめいた激痛が、致命傷を負ったショーゴーを責め苛んだ。両脚は折れ、 感覚の失われてゆく手で自分のカリアゲ頭に触れると、温くトーフめいた感触、そして隣でうつ伏せになって動かない、長い黒髪の少女、広がる血の沼、声は出ず、名状し難い恐怖が彼を捉える。死ねない! 

 アイエエ……アイエエ……。声が出ないショーゴーは喉の奥で悲鳴を上げた。アイエエ……アイエエ……アイエエ……パンク……アイエエ……アイエエ……ニンジャ……パンク……ニンジャ……ドーモ……ドーモ……「……?」ショーゴーは己の意志と無関係に混じる言葉を訝った。パンク?ニンジャ? 

 ドーモ、ショーゴー=サン、俺様はパンク……ニンジャ……ファックオフ……ファッキンニンジャ……死んだらおしまいだぜ……ファキゴナファッキンファック……(誰だ?)

 俺様はパンク・ニンジャ……生まれはロンドン、死んだのは1979……くだらねえ死に方しちまった……だけど今からお前は俺様……お前は死なないぜ……死んでたまるか……そう簡単に……(やめてくれ!)

 ファキゴナファッキンファキンブラッツニンジャ……(やめてくれ!死にたいんだ!苦しいんだ!)……苦しい?ファッキン苦しいだと?なら苦しさを止めてやる……止めてやる……お前は俺様……今からお前はニンジャ……(やめてくれ!助けて!)(やめねえ!ハ!ハ!ハ!ハ!)

 彼は跳ね起きた。死ななかった。そのとき彼はニンジャとなった。 



2

 ヤモト・コキは体育館の壁を背に、十人弱のジョック(ヤブサメやケマリ、アメリカンフットボール等のカチグミ・スポーツ系男子高校生)に包囲されていた!

「で、どれぐらいやっちゃえばいいのよ、アキナ=サン」壁めいた肩幅のケマリ部主将が、チアマイコ部のアキナへ下卑た笑顔を向ける。きついオイラン・メイクをしたアキナは歯を剥き出し、鼻を鳴らした。「二度と調子に乗れないようにしてよ。もう学校に来られないぐらいに!」

「ヨロコンデー!俺はこいつみてぇな平坦な胸の女の子が好きなんですぜ!」ヤブサメ部の男が赤ら顔でヤモトを指差す。ヤモトはほとんど無表情にヤブサメ部の男を睨み返した。「……」 

 アキナが罵った。「その目!上から目線か?チアでもねえくせに可愛い顔してんのが、まずムカつく……。泣きながら『許してください』って言えよ。アタシが一部始終を撮影してやる!」なんたる理不尽な敵意か!アキナも美しい少女であったが、憎悪によって唇がめくれ上がり、オニめいてコワイ!

 じり、と包囲ジョックが一歩踏み出した。ヤモトは己の中で殺気が膨れ上がるのを自覚した。だがその時脳裏に浮かんだのは先週連行されていったアフロヘアーの転校生、ショーゴーの事である。あの後あいつはどうなっただろう。とにかく同じ顛末はゴメンだ。ヤモトはアサリの不安気な顔を思い浮かべる。

 それにしてもどこで彼らの不興を買ったものか。ヤモトはぼんやりと記憶を辿る。シ・ニンジャと邂逅したあのひどい夜以来、ヤモトは恐怖という感情を持ったことがない。当然、金髪のチアマイコ・ハニービー達に遠慮をすることも考えない。きっと知らないうちに些細なことが積み重なったのだろう。

 ショーゴーが三十人のヤンクに囲まれることになった理由も、きっと今のヤモトと同じようなものだろう。『あいつもアタイと同じなのだ』理屈ではなく、直感がそう確信させていた。あいつはアタイと同じように……同じように……?同じ……まさか……「ザッケンナコラー!」

「!」ヤモトは不意をつかれそうになった。アメリカンフットボール部の男がタックルをしかけてきたのである。ヤモトは反射的に右膝をアメリカンフットボール部の男へ繰り出す。「イヤーッ!」「アバッ!?」一撃でそいつの下顎は砕け、前歯が散弾めいて飛び散った。

「イヤーッ!」「アバッグワーッ!」ヤモトにシツレイな口をきいたヤブサメ部の男は側頭部に回し蹴りを受け、鼻と両目から出血しながらキリモミ旋回してダウン!「なんだこの女!おい!」「カラテ?」「アキナ=サン!聞いてないぞこれは!」「あ、あたしだって知らない!」集団に動揺が走る。

 ヤモトはジョックたちを牽制しつつ、気絶する二人へ視線を走らせた。大丈夫だ。息はある。繁華街のあの日よりも、制御できるようになっている。「……アタイはここでやめておきたいんだけど」ヤモトは言った。 

 ケマリ部の主将は緊張した面持ちでアキナを一瞥した後、進み出た。ボクシングの構えだ。「ザ、ザッケンナコラー!」主将はステップワークでジグザグに近づき、ヤモトへパンチを繰り出す。「シュッシュッ!」

 恋人の手前、情けない真似はできないという事か。ヤモトはこの男を憐れんだ。パンチを難なくかわしたヤモトは主将に密着し、脇腹へ十分に加減したフックを叩き込んだ。「イヤーッ!」「アバババーッ!」

 主将は内臓に激しい衝撃を受け、嘔吐しながら失禁!そのままうつ伏せに倒れ伏す。ナムアミダブツ!吐瀉物を素早く避けたヤモトは集団を今一度冷たく睨んだ。「アタイはここまでにしたいんだけど、まだやる?」「ア、アイエエエ!」アキナは失禁し、180度踵を返すと全力疾走して姿を消した。

「まだやる?」ヤモトが繰り返した。「やらねえ!」「やらねえ!」「やらねえ!」「やらねえ!」「やらねえ!」残るジョックは全員同時にホールドアップした。気絶していたヤブサメ部の男が震えながら起き上がり、ドゲザめいてオジギした。「スミマセン。どうかこの事はご内密に。どうか」

 女子高生一人を集団で囲んだ挙句、手も足も出ずに撃退された事が知れれば、ジョックの権威は地に落ちる。それはセプクに等しい。「……いいよ」ヤモトは無感情に言った。「もう二度とやめてね」「ヨッ、ヨロコンデ」ヤブサメ部の男が額を地面に擦り付けるのを無視し、彼女は校舎へ戻って行った。

「ヤモト=サン!」正面玄関から息を切らせて駆けてきたのはアサリである。アサリはヤモトを見るなり涙ぐんだ。「ヤモト=サン、大丈夫?さっき呼び出されたって。運動部の人達に連れていかれるのを、皆が見たって……」ヤモトは微笑み、アサリの肩に手を置いた。「何もされてないよ。大丈夫です」

 アサリは声を殺して泣いた。ヤモトはアサリの背中をさすってやりながら、これでは自分が慰める側で、役割が逆だ、と呆れた。「アサリ=サン、それより、アタイに用事があったんでしょう。ごめんなさい、すっぽかす事になっちゃって」「ま、まだ大丈夫です」アサリは涙を拭って笑顔を作った。 

「お願いがあったんです」二人で廊下を歩きながら、アサリはおずおずと切り出した。「ヤモト=サン、とても奇遇ですけど、前の学校でオリガミをやっていたと、センセイから今日聞きました。……私もなの」「オリガミ?」ヤモトは驚いておうむ返しにした。 

 オリガミ。かつての日常が記憶の沼から思いがけず浮上したような感覚に、ヤモトは目眩を覚えた。そう、アサリの言う通り、ヤモトは以前の高校でオリガミ部に所属しており、高校総合トーナメントにも出場した事がある。

 だがヤモトのそうした日常は、あの事件をきっかけに何もかも破綻し、変貌した……屋上から彼が降ってきたあの時に。否。あれはきっかけにすぎなかった。既にその時ヤモトの家庭は何もかもおかしかったのだ。オリガミはヤモトに精神的な隠れ家をくれた。ヤモトは夢中で打ち込んだものだったが……。

「ヤモト=サン?」「あ、ハイ、いいよ、勿論いいよ」ヤモトは即答した。アサリはオリガミ部に所属しており、部員が四人しかいないのだという。大会に出るためには五人必要なのだ。ヤモトは二つ返事で快諾した。アサリは歓声をあげて礼を言ったが、感謝したいのはヤモトのほうだった。

 もっと自分は色々な物事を取り戻していかないといけない。ヤモトは心の中で呟いた。転校してきたヤモトには何もなかった。そのまま虚無的でい続けなければいけない理由など、何もありはしないのだ。アサリはそれを気づかせてくれるかけがえの無い友達だ。ありがとう。心の中で呟いた。


◆◆◆


「そして、ここを谷折りして、この切れ目から空気を吹き込むと完成です」ヤモトは緊張のためにいくぶん震える声で説明し終えると、出来上がったタコのオリガミを机の上に置いた。机には既に作製し終えたドラゴン、ゴリラ、イーグルのオリガミがある。これで四聖獣が揃った。

 放課後のオリガミ室、アサリと他の部員、ブナコ、マチ、オカヨは、ヤモトが作り終えた精緻な四つのオリガミを前に、沈黙した。やがて一斉に叫んだ。「「「「ワー!スゴーイ!」」」」 

「どうしてそんなに速いの?」「これ、下手したらヤモト=サン一人で優勝できるんじゃないの?」「美的!」「スゴーイ!」取り囲まれて褒めそやされ、ヤモトは戸惑った。 

 だがそれは嬉しい戸惑いであった。かつてヤモトのオリガミは孤独であった。現実からの必死な逃避だったからだ。しかし今は違う。こんな嬉しい事が自分の身に起こっていいのだろうかと、やがて罪悪感めいた気持ちすら湧いてくるのだ。自分にそんな権利があるのだろうかと。

 ……翌日、その罪悪感はあまりにもあっさりと現実のものとなり、ヤモトに襲いかかった。あまりにもあっさりと。


◆◆◆


「イヤーッ!」ザゼン姿勢のまま垂直に飛び上がったショーゴーのジャンプパンチがクローンヤクザの顔面を正確無比に撃ち抜いた。「グワーッ!」ワイヤーアクションめいて回転しながら吹き飛んだクローンヤクザは、一列に並ぶ控えのクローンヤクザ10人をドミノ倒しめいて巻き添えにクラッシュ!

「イヤーッ!」振り向きながら繰り出したショーゴーの回し蹴りは、反対側のクローンヤクザの顔面を正確無比に撃ち抜いた。「グワーッ!」ワイヤーで引っ張られたように回転しながら吹き飛んだクローンヤクザは、一列に並ぶ控えのクローンヤクザ10人をドミノ倒しめいて巻き添えにクラッシュ!

「イヤーッ!」ショーゴーは壁際で体育座りをしていたクローンヤクザ25人に向けて両手をかざした。「グワーッ!」控えのクローンヤクザ25人の口から白いコロイド光が絞り出され、ショーゴーの手の平に吸い込まれる。全身を駆け巡るZBR注射めいた強壮感覚!25人のクローンヤクザは絶命!

 ここはトコロザワ・ピラーのトレーニンググラウンド・フロアである。もはやショーゴーに用意されたトレーニング・ボットとしてのクローンヤクザは全滅、しかしショーゴーは無限に湧いてくる力と暴力衝動を持て余していた。「嫌な事を思い出しちまったぜ!」

 ショーゴーはアフロヘアーを掻きむしった。ソウカイ・シックスゲイツが用意したザゼン・トレーニング・カリキュラムが、無意識下に押し込められていたあの日の記憶を、今まさに完全に引き出したのだ。「パンク・ニンジャか」ショーゴーは呟き、両手を握ったり開いたりを繰り返した。

 ショーゴーはクローンヤクザ達が倒れ伏すトレーニング・グラウンドを見渡す。タタミ、複数の木人やルームランナー、ケンドー・アーマー、神棚といった一般的な施設のそれはもちろん、重ラバー製のダルマ・サンドバッグや肺活量訓練のための井戸、電気の流れる危険なバーベルがある。

 鏡張りの壁面には「ゴジュッポ・ヒャッポ」「成せばなる」「辞めどきがつかめない」「高級感」といった自己啓発的な文言が仰々しくアーティスティックにペイントされている一方、天井には八つの目を見開くブッダデーモンの禍々しいフレスコ画が描かれ、トレーニーを決して油断させない。

 別室には致死的なスパイクが落下地点に設置されたアスレチック・トラック、重油プール、カマユデ、その他、口に出すのをはばかられる程の残虐な苦痛をもたらすニンジャ訓練用障害物が多数設置されている。まるでソウカイヤの大首領ラオモト・カンの奔放なサディズムを忠実に反映させたかのように。

「くだらねえ」ショーゴーは吐き捨てた。力づくで連れてこられた訓練場で、彼は過酷なザゼン・トレーニングを強制された。己のニンジャソウルを馴染ませ、同時に身体能力を鍛錬するのだ。この過程を経たニュービーは己のニンジャ新陳代謝によって短期間のうちに冷酷なカラテ戦士の体を手に入れる。

 いずれこんなふざけた組織はブチ壊してやる。ショーゴーは苛々と思考した。ニンジャの力を手にした彼は、自殺を試みる前の自分とはまるで違っている。彼の頭部の傷は他者の生命力を奪って急速に治癒し、カリアゲだった彼の髪はぐんと伸びて今の状態になった。そして憤怒と、生きる意志が湧いた。

 気に入らないものを排除する力がいきなり手に入ったのだ。ここに自分が生きる意味が隠されている。ショーゴーはそう思った。それを抑圧するソウカイヤは、だから、敵なのだ。利用するだけして、あのソニックブームや、ラオモトを排除するだけの力を身につけたら、すぐにでも……。

「ドーモ、ショーゴー=サン。どうやらギリギリ仕上がったな、エエッ?」思考を断ち切ったのはヨタモノめいたドスを効かせた声である。ソニックブームだ。自動フスマを開いて入室した彼は金糸入りのニンジャ装束に身を包み、手にマキモノを携えている。「今日も役立たずのままだったら殺してたぜ」

「チッ、ドーモ」ショーゴーは渋々オジギした。ソニックブームはあの日以来、彼のメンターとなっている。時折トレーニングの様子を見に来ては、罵りを残して帰って行くのだ。「もうアンタだって殺せる」ショーゴーは言った。「やってもいいぜ」「ハッ!」ソニックブームは一笑に付す。

 彼は手にしたマキモノを開いて見せた。そこにはミンチョ体で「スーサイド」というカタカナが書かれている。「これがお前の名前だ。俺様がゴッドファーザーだ。ありがたく思えよ」ソニックブームは鼻を鳴らした。「スーサイド。自殺。お前を言い表すならこの単語しかねぇからな、エエッ?」

 ソニックブームの挑発にショーゴーは不思議と腹が立たなかった。ある意味、真実だからだ。今までのショーゴーには、自殺を試みた事ぐらいしか特筆すべき事項が無かったのだから。だがこれからは違う。何もかも奪い、衝動のまま生きてやるのだ!このアフロヘアーを弱者の網膜に刻みつけてやる!

「それじゃとっとと行くぜ、スーサイド=サン。初ミッションだ。お前は俺様の邪魔にならねぇようにして、せいぜい貢献しろよ?」ソニックブームがシャープかつ威圧的なメンポを装着した。一方スーサイドはニンジャ装束を着ない。上半身が裸、下はバッファロー革のズボンにエンジニアブーツだ。

 これは彼のニンジャソウルが何故かニンジャ装束を受け付けない為である。ニンジャ装束を着せると、ショーゴーの体はそれをボロボロに崩壊させ、エネルギー光に還元させて吸収してしまう。

 スーサイドを診た研究者は「こんな事は万に一つの確率」と首を捻ったものだ。(「憑依ソウルの性質によるのかもしれません。リー先生が戻られ次第、もっと念入りに検査を行います」。)ソニックブームは嘲笑ったが、スーサイドは気にしなかった。

 ソニックブームはスーサイドの肩をどやし、懐からポラロイド写真を取り出して見せた。被写体を目にしたスーサイドの背筋をアドレナリンが駆けた。ソニックブームは冷酷に、「ターゲットはこのニンジャだ。お前もよくよくご存知じゃねえのか?エエッ?」「ニンジャだと?こいつが?」

「お前のあの情けない自殺騒ぎをシンジケートは調べた。ニンジャソウル憑依の状況は必ずリサーチするんだよ。わざわざキョート独立国の資料まで引っ張り出してよ」ソニックブームは続けた。「巻き添えになったこのガキも生き延びている。ご丁寧にこいつもニンジャになって、転校だ」

「ニンジャだと?こいつが?」スーサイドは繰り返す。ソニックブームは笑った。「なんの因果か、二人して同時にニンジャにとりつかれた挙句、国境を越えて、ネオサイタマの同じハイスクールに転校とはなぁ?」

「こいつもお前同様、やらかしたんだよ。お前よりは上手く切り抜けちゃいるが、それでアシがついた。しかもお前同様、こいつの人生もカラッポだ。傑作だぜ!」スーサイドはソニックブームを睨んだ。だが、拳は振り上げなかった。「……知った事じゃねえ」彼は言い捨てた。 

「ハハハッ!よォし、行くぜ!ついて来い!」ソニックブームは哄笑し、廊下を足早に突き進む。スーサイドは無表情に後を続く。彼は自身の心中から、被写体を……ヤモト・コキに対する感情を、締め出した。 


◆◆◆


「タラバー歌カニ」という相撲フォントのネオン看板、そこから生えた稼働する生々しいカニの脚の巨大模型を、ヤモトを加えたオリガミ部の五人は立ち止まって見上げた。にこやかに笑顔を交わす。ヤモトにとって、カラオケ・ステーションへ行くのは生まれて初めての経験である。

「今度は大丈夫だったね」アサリが笑った。そう、かつて繁華街の路地裏へ連れ込まれて大変なことになったのは、やや危険な地域を通ってカラオケ・ステーションへ行こうとした為であった。今回はその仕切り直しの意味合いもある。より安心なルート、安心なカラオケ・ステーションが選ばれた。 

「でも、今回こうして参加人数も増えたし、かえってよかったよね、ヤモト=サン」アサリは冗談めかして言った。「サイオー・ホースな!」ブナコが口を挟むと「コトワザ!カワイイ!」オカヨが息のあった合いの手を入れた。「カワイイ!」他の皆が陽気に繰り返す。 

 カラオケ・ステーション「タラバー歌カニ」へ向かうギリシアめいた広い屋外階段の左右には様々な露店が建ち並ぶ。飴やタイヤキ、ライトゴス・ファッション・ブランド「憤怒」の路面店、バイオ金魚……パステルカラーのネオンが夜をはかない色彩でライトアップし、メカホタルの光の粒が飛び交う。

 行き交うのはヤモト達と同様、制服姿を思い思いにカワイイアレンジした近隣の女子高生たち。ファッション、甘味、社交。このストリートはティーン少女の欲求に、歪なまでに完璧に応える。祭りめいた階段の頂きでライトアップされるタラバー歌カニの姿はさながらシャボン玉めいた幻想の御殿である。

「ヤモト=サンはどんな歌を歌うの?」露店で買ってきた人数分の生姜チュロスを奥ゆかしく配りながら、マチがたずねる。ヤモトが答えあぐねていると、すぐにアサリがフォローを入れる。「行けば楽しいよ、カニもあるし!」「カニ!カワイイ!」

「歌って!食べて!」と書かれたタラバー歌カニのノレンをくぐった五人は、受付を済ませると、瀟洒なエントランス・ロビーでしばし待つ。ロビーには数台の相撲スロットマシンと、小型のマジックハンド・カワイイキャッチがある。

 すぐに店側の準備が整い、五人はエレベーターに案内され、個室505号室に通された。薄暗い室内にはチャブテーブルとイケバナ、液晶モニターが設置されている。さらに部屋の奥にはノレンで覆われた、謎めいた配膳用の小窓がある。

 小窓の脇にある「蟹」ボタンを押すと、中央の配膳室からコンベアーベルトによって即座に、加減良く茹でられたタラバーカニの脚が送り込まれる。しかもこのカニは食べ放題、ボタンは押し放題だ。クローン・タラバーカニの危険性は厳重な管理で最小限に抑えられている。なんたる画期的なシステム!

 この小窓こそ、「タラバー歌カニ」をカラオケチェーン店のシェアトップに立たせしめた画期的なシステムの秘密である。各カラオケ室は階の中心から放射状に設置されており、すべて、この小窓が各階中央のカニ配膳室に接続されている。

「ヤモト=サン、それ押しすぎ!」アサリが笑った。キャバァーン!キャバァーン!キャバァーン!時間差で蟹ボタン受領効果音が鳴り響く。「いっぱい来ちゃうよ!」ヤモトは慌てて「音が鳴らなかったから、つい」「じゃあ私も!」オカヨが笑い転げてボタンを連打する。キャバァーン!キャバァーン!

「やめなよ!」五人は笑い転げた。やがて「イヨォー」という音声とともに小窓のコンベアーから大量のカニが流れてくると、五人はさらに笑い転げた。こうした騒ぎは何が理由でも楽しく、笑いを誘うものなのである……。


◆◆◆


 ブンブブンブブンブブブンブブーン。カラオケ用の電子的なビートとシンセ加工されたギター的サウンドに載せ、ブナコは振り付けを交えて歌う。「アー、良い天気メンテナンス、電気でまた会いますー」イヨォー、とカブキ・ヒットの合いの手、「ラブ、ラブメンテナンス重点、ラブメンテナンス重点」 

 ハイティーンの間で人気が高まっている新人エレクトロポップ・バンド「デンチモナ」のシングル「ラブメンテナンス重点」は昨日カラオケにIRC配信されたばかりの新曲だ。ブナコは満足げにオジギを決めた。「カワイイ!」カニをつまみながら、皆で喝采する。 

「次、私だ!」マチが陽気に言って立ち上がった。モニターに映るのは満開の桜だ。続いて曲名とアーティスト名「ラブ王侯(タケヨ)」。ブンブンシュシューン、ブンブンシュシューン。イントロが流れ出す。「歌いたい曲がなかなか見つからないよね」曲ブックをめくりながら、アサリが囁く。 

「そうだね」ヤモトは囁き返した。アサリはヤモトに気を使ってくれているのかもしれなかった。いや、きっと他の皆も。ヤモトは、せめて今後の部活動で一生懸命オリガミを折ることで、皆の気遣いに応えていきたいと、決意めいて考えるのだった。マチが歌い出した。「王侯のような精神生活ー」……。

 ヤモトは出入り口のガラスに透けるシルエットに凍りついた。そのシルエットには見覚えがあった。「ちょっとトイレに」アサリを心配させぬよう笑顔で囁き、ヤモトは立ち上がる。他の三人にも小さくオジギし、彼女は部屋を滑るように出た。「ドーモ」男の方からアイサツしてきた。ショーゴーから。

 ショーゴーはアフロヘアーにサングラス、ボトムは黒革でエンジニアブーツを履き、上半身は素肌のうえに耐汚染ジャケットという出で立ちで、およそ高校生離れした姿だった。思えばショーゴーを見たのは彼が警察に連行されたあの日以来だ。しかも、こうして口をきくのは、初めてだ。

「ドーモ、ショーゴーです」彼は再度アイサツした。「……ドーモ、ヤモトです」ヤモトはオジギを返した。二人はカラオケ・ステーションの廊下で睨み合う。部屋の中からマチの歌が聴こえる「王侯~、あなたとの生活、精神はまるで」「アタイに用なんでしょ」「……そうだ。わかるんだな」

「わかる。あの時、目が合ったよね」ヤモトは呟いた。「あなたが、あのヤンクをみんな殺した」「……俺はわからなかった」ショーゴーは低く言った。「お前もニンジャになっていたなんて」ショーゴーの妙な雰囲気を察し、ヤモトの中で張り詰めた戦闘意志がやや揺らいだ。「どういう事?」

 ショーゴーはしばらく黙っていた。やがてサングラスを外した。凶暴ないでたちにそぐわぬ悲しげな表情でヤモトを見た。「俺はただ、お前に、」『ポーン!五階です』廊下の曲がり角の先からエレベーターの電子マイコ音声が聞こえてきた。「ブッダファック」ショーゴーは舌打ちした。「時間切れかよ」

 ショーゴーはサングラスを掛け直した。「今から話す事、わかる限りわかってくれ。いいか、俺はニンジャになっていた。で、あの日ソウカイ・シンジケートにスカウトされた。拒否権はねえんだ。傘下に入るか、死ぬかだ。シンジケートはお前がニンジャになった事も知った。スカウトに来る」

「……!」「つうか、今、来てる。でもお前は俺と違う、お前には、」「スーサイド=サン!待ちくたびれて眠くなっちまうぜ!ガキは居たか!」ドスを利かせた声が曲がり角から聞こえて来た。そしてすぐ、声の主が姿を現した。金糸を織り込んだニンジャ装束とシャープなメンポを装着したニンジャが!

「おお?居たかスーサイド=サン?そいつだ、そいつ」ニンジャはヤモトに気づくと恫喝的にオジギした。「ドーモ、ヤモト・コキ=サン。俺様はソウカイ・シックスゲイツのニンジャ。ソニックブームです。そっちのアフロが舎弟のスーサイド=サンだ。ヨロシクなぁ!」

 粗暴なニンジャは馴れ馴れしくヤモトに話しかける。「どこまで説明を受けた、ニンジャの姉ちゃん?エエッ?」「だいたい話した」ショーゴーが苦々しく答える。ソニックブームは鼻を鳴らした。「お迎えに来たんだよ、俺達はな。お前を一人前のニンジャにしてやる。一人前のソウカイ・ニンジャにな」

 ヤモトは後ずさった。ソニックブームはおどけた調子で手招きする。「そう怖がりなさんな?このスーサイドだってなぁ、シンジケートのおかげで初めて生きる価値ってもんが生まれたんだ。それをお前にもくれてやるってンだよ、社会に貢献!わかるか?エエッ?お前のような……親殺しのガキにもな!」

 ヤモトは血液が逆流するような感覚を味わった。卒倒しかかるのをやっとの事でこらえた。気づけば笑っていた。諦めの笑いだ。『過去が今、私の人生を収穫に来た』……どこかで読んだ本に書かれていたハイクだ。

 ドアを隔てたカラオケルーム505号室からは、何も知らないアサリたちの歌声、嬌声が聞こえてくる。……同じだ、とヤモトは思った。家の外へ締め出され、隣家の窓の向こうの暖かい明かりを羨んだあの頃と、同じ光景だ。アタイの居場所は変わらなかったのだ。



3

「シンジケートは何でも知ってるぜ、運命に身を任せな!エエッ?悪いようにはしねぇよ……」ソニックブームは笑う。そして血走った目が急にすぼまり、猫なで声が再び恫喝に変わる。「断る理由はねェよな?断れば殺す。もっともその場合、殺す前に楽しませてもらう。俺様はどっちでもいいんだ」 

「ヤモト=サン」ショーゴー……スーサイドが囁いた。「俺はただ一言謝りたかった。あの時。すまなかった。俺のせいだ。俺のせいでお前……すまなかった」「え……?」「イヤーッ!」振り返りざま、スーサイドは背後のソニックブームへ回し蹴りを繰り出した!

「イヤーッ!」ソニックブームは熟練のニンジャ反射神経でこれを見切り、ブリッジで蹴りを回避!「スーサイド!てめェ、スッゾオラー?」「ヤモト=サン!行け!とにかく行けッ!」スーサイドは叫んだ。「イヤーッ!」「イヤーッ!」二者の両手がガッキと組み合い、力比べが始まった。「俺が殺る!」

「ザッケンナコラー!テメェごときヒヨッコのジツが俺に効かねえ事は身に染みてわかってンだろうが!」ソニックブームが両手に力を込める!「俺様にとってテメェはただのカラテ・ニュービーの小僧なんだよ!」「イヤーッ!イヤーッ!」スーサイドが震えながら押し返す。ジャケットの背中が裂ける!

「イヤーッ!ザッケンナコ……イヤーッ!イヤーッ!?」ソニックブームの恫喝めいた叫びに訝しさが混じる。スーサイドが押し返しているのだ!その両手が白い輝きを帯びている!「イヤーッ!イヤーッ!」「テメェコラーッ!テメェ、イヤーッ!?……グワーッ!?」ソニックブームがひるむ!

「馴れて……来てやがるのか?コイツ!」「早く!早く行け!」スーサイドがヤモトを見た。「行けよ!いつまで持つかわからねえ……イヤーッ!」スーサイドがソニックブームに押し勝った!鯖折りめいて抱え込み、壁に叩きつける!「グワーッ!」さらに曲がり角の奥めがけて投げつける!「グワーッ!」

 ヤモトは505号室を急いで開いた。そして叫んだ「火事だ!」一瞬、目をパチクリとさせた四人であったが、ヤモトのただならぬ雰囲気を察すると、すぐに立ち上がった。「早く!逃げて!階段はあっちだ!」戦闘が起こっている曲がり角の逆方向へ四人を促す。「ヤモト=サン?」アサリがヤモトを見た。

 ヤモトはアサリの肩に触れた。「大丈夫……早く!」背後でかすかにスーサイドの「グワーッ!」という叫びが聴こえた。ヤモトは四人と共に非常階段を駆け下りる!

 3階、2階……そしてエントランス・ロビーだ。「お客様、会計がまだ……」「火事です!早く逃げて!」「アイエエエエ!?」ヤモトは四人について店外へ出る!その時だ!「……グワーッ!」頭上で絶叫が聴こえた。落下して来る声の主は……スーサイド!

 割れた窓ガラスと共に落下して来たスーサイドは、五人のすぐ側の地面に激突した!「アイエエエエ!」ブナコが悲鳴をあげる。アサリはヤモトに駆け寄る。「この人……ショーゴー=サン?」

 スーサイドは起き上がろうとしたが果たせなかった。自分を覗き込む同級生たちを、霞む視界で捉えようとした。ヤモトの友達たちを。あれは同じクラスの、確かオカヨだったか。……名前はどうでもいい事だ。

 スーサイドは手を伸ばした。同級生たちへ手の平を向ける。スーサイドは自分の体が冷えていくのを感じる。脊椎を損傷しているかもしれない。致命傷か?失われつつある己の生命を維持するために、彼女らの生命を吸うのだ、パンク・ニンジャが与えた極めて利己的なジツ……アブソープション・ジツ……。

 スーサイドはしかし、その手を下ろした。血を吐き出しながら「ヤモト=サン、お前は俺とは違う。友達がいるし、これから先の事も考えられる。だからダメだ、ソウカイ・ニンジャなんて、くだらねぇ」……さっき言えなかった言葉を言おうと試みたが、ほとんど声にならなかった。彼の意識は途絶えた。


◆◆◆


「ショーゴー=サン」ヤモトは大の字で動かないスーサイドを呆然と見下ろした。誰かが悲鳴をあげた。

 ヤモトはアサリの腕をつかんだ。「逃げて。皆で」「ショーゴー=サンは?それに火事とか……」「逃げて。アタイに任せて」「でも」「アサリ=サン」ヤモトはアサリをかき抱いた。そして額と額をつけた。「大丈夫。また明日ね。また明日会おう!」そして背後のカラオケ・ステーションを振り返る。

 アサリはヤモトに従った。他の三人を促し、坂道を駆け下りていく。ヤモトはタラバー歌カニの「歌って!食べて!」のノレンを凝視する。やがてノレンをかきわけ現れたのはソニックブームである。ニンジャはヤモトを認めると目に喜色を浮かべた。「逃げなかったのか?見上げた度胸じゃねえか、エエッ?」

 ヤモトはカバンを地面に投げ捨て、仁王立ちの姿勢をとった。その後オジギした。「ドーモ、ソニックブーム=サン。ヤモト・コキです」カバンからオリガミ用の和紙がこぼれ出た。風に煽られ、和紙がヤモトの周囲を舞う。それらがひとりでに折りたたまれ、ツルやイーグル、エイや飛行機の形をとる!

「やる気か、エエッ?」ソニックブームはせせら笑った。「サイキックのガキが」そしてカラテを構えた。「その手のジツを使うニンジャなんざ、ソウカイヤにもザイバツ・シャドーギルドにも、幾らでもいるぜ。今も昔もニンジャはカラテを極めた奴が上を行く。身をもってわからせてやろうじゃねえか」

 ヤモトはソニックブームを冷たく睨み、人差し指を突きつけた。「……やってみろ!」

 途端に、周囲に浮かぶオリガミがソニックブームめがけ追尾ミサイルめいて襲いかかった!「くだらねぇ!イヤーッ!」ソニックブームが中腰姿勢から中空にパンチを繰り出す。スパン!破裂音が鳴り響き、オリガミは見えない衝撃を受けて一度に弾け飛んだ。

 ナムサン!速すぎるパンチは衝撃波を生じさせ、ただ一打ちでオリガミをまとめて撃墜したのである。これこそがソニックブームの得意技、ソニックカラテだ!「見たか!ガキめ、これがニンジャのイクサ……」ソニックブームは勝ち誇るにはまだ早いことに気づく。

 ヤモトの周囲には次から次へ、ハゲタカやイカなど思い思いの戦闘的形状に折りたたまれたオリガミが浮かび上がり編隊に加わってゆく。「こいつ……」ソニックブームは目をみはった。「行け!」ヤモトは命令した。途端にそれらのオリガミがソニックブームへ突撃!

「イヤーッ!」見えないパンチが再び閃き、破裂音とともにオリガミが弾け飛ぶ!しかしヤモトのオリガミはそれを上回る速度で際限なく作り出されていく。「行け!」三度めのオリガミ攻撃だ!「ザッケンナコラー!イヤーッ!」更なるソニックカラテパンチ!だが飛来オリガミ全ては撃墜しきれない!

「イヤーッ!」ソニックブームは回転しながら跳躍して生き残ったオリガミを回避。ヤモトの目が桜色のニンジャソウルを燃やす!オリガミは急旋回・上昇してソニックブームを追尾!「イヤーッ!」ソニックブームはカラオケステーション「タラバー歌カニ」の壁を蹴ってさらに回避!

 ソニックブームはそのまま隣の建物のベランダへ着地する、しかし追いすがったトンボ型オリガミが背中に着弾、小さく爆発した!「グワーッ!」「行け!」さらにオリガミの第四波だ!

「イヤーッ!イヤーッ!」ソニックブームはソニックカラテパンチに加えソニックカラテ回し蹴りを繰り出し、二連続の衝撃波で追撃を相殺した!だがヤモトの周囲にはさらなるオリガミが折りたたまれてゆく!

「オトナをナメるなよ……スッゾオラー!」建物の天井へ駆け上がったソニックブームは肩の携帯ノロシ装置を起動した。たちまち光り輝く紫色の煙が夜空に噴き上がる。ナムアミダブツ!これは待機中の手下クローンヤクザへ向けた一斉攻撃の合図!

 ソニックブームはヤモトに憑依したニンジャソウルの想像以上のポテンシャルに困惑した。背中の傷は想定外の事態の証拠だ。訓練を経ずにこれほどのサイキック能力を発揮するなど、レッサーニンジャ、グレーターニンジャのソウルではまずあり得ぬ。

(スーサイド共々、名付きのアーチニンジャ級だってのか?ふざけやがって)彼は素早く戦術を立て直す。ヤモトのジツの詳細な分析を行った上で、あらためて己のソニックカラテをぶつけるべし。その為に捨て石めいた役割を担うのは配下のクローンヤクザ達である。まさに、冷徹に成熟した組織の思考!

「ザッケンナコラー!」「ザッケンナコラー!」「ザッケンナコラー!」ただちに店々の間や坂の階段を駆け上がってくるダークスーツとサングラスの集団。全員が同じ姿勢でヤモトへ殺到!クローンヤクザだ!

 ヤモトは両手を上げた。「行け!」オリガミの群体が一斉にクローンヤクザへ襲いかかり、爆発した!「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」

 だが多勢に無勢!さらなるクローンヤクザが路地から出現!ヤモトはカバンを見下ろす。もはやオリガミを作るための和紙がアウト・オブ・アモーだ!ヤモトは「オメーン」とカタカナ看板を掲げた店の横の路地へ身を翻した。追いすがるクローンヤクザ達!

「ザッケンナコラー!」行く手を塞ぐクローンヤクザが拳銃を懐から取り出し構える。「イヤーッ!」ヤモトはウサギめいた俊敏さで死角へ潜り込み、手にしたバタフライナイフをクローンヤクザの腕の付け根に突き刺した。「グワーッ!」

 ヤモトはひるんだクローンヤクザのベルトの鞘からカタナを抜き取ると、突進してきたもう一人のクローンヤクザに斬りつけた!「イヤーッ!」「グワーッ!」

「ザッケンナコラー!」「ザッケンナコラー!」さらに二人が突進してくる。「イヤーッ!」ヤモトは軽くジャンプし、激烈なキックを繰り出して一人の首の骨を折る!「グワーッ!」その勢いで回転しながらカタナを振り抜き、もう一人の首を切断!「グワーッ!」

「ザッケンナコラー!」「ザッケンナコラー!」今度は後ろだ!追いすがるクローンヤクザへ、ヤモトは振り向きざまにカタナを投げつけた。「イヤーッ!」カタナがクローンヤクザの胸板を貫通!「グワーッ!」

 もう一人がヤモトのセーラー服を掴む!「イヤーッ!」ヤモトはその腕を取り、背負って投げる!「グワーッ!」石畳に脳天から叩きつけられたクローンヤクザは頭をトマトめいて砕かれ即死!

「ザッケンナコラー!」露天の屋根にアサルトライフルを構えたクローンヤクザが出現!ヤモトはクローンヤクザの死体から新たにカタナを 抜き取り、自分の身長よりも高く跳躍!「イヤーッ!」「グワーッ!」カタナがアサルトライフルヤクザの両肘から先を切断!

「ザッケンナコラー!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「ザッケンナコラー!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「ザッケンナコラー!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「ザッケンナコラー!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「ザッケンナコラー!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 なんたる修羅場インシデント!そして、おお……見よ!殺戮に没入するヤモトの顔を!彼女の目はニンジャソウルで桜色の光の軌道を輝かせ、その首にはいつしかスカーフめいた不吉な布がなびく。光から織られた布なのか?謎の原理で構築されたそれが、鼻から下を覆いつつある!

 曲がりくねる細い路地を駆け抜けると、そこは退廃ホテル街だ。(差し迫った状況下であるが、ここで退廃ホテルというものについて読者諸氏に説明せねばなるまい。これは男女が性的行為を行う際に利用する、ほとんど日本独自の集合モーテル・システムである。当然、制服姿の未成年は場違いである)

「十本」「力一杯」「エーゲ海の風」「常にサービスタイム店舗」といったネオン看板のわい雑な森を、バイオ血液にまみれたヤモトは意に介する事なく駆け抜ける。「ア、アイエエエ!」それを目撃したカップルが、出てきたホテルへ失禁しながら逃げ戻る!

「ドッソイオラー!」「ドッコラー!」ヤモトの前後の道を塞ぐ形で、新たな敵が姿を現す。ナムサン!スモトリ崩れの巨大ヤクザだ!「イヤーッ!」ヤモトは前方のスモトリヤクザに跳躍しながら斬りかかる!「ドッソイグワーッ!」カタナがスモトリの胸板の脂肪を切り裂く、だが致命傷ではない!

 ヤモトはカタナを振り抜きにかかるが、刃は黄色い脂肪と血にまみれ、くわえこまれてしまった。やむなくヤモトはカタナを捨て、再度跳躍してスモトリの横面に蹴りを叩き込む!「イヤーッ!」「ドッソイグワーッ!」だが致命傷ではない!

「ドッソイ!ドッソイオラー!」危険!背後のスモトリヤクザが着地したヤモトに突進しながらの頭突きを見舞った!「ンアーッ!」防御が間に合わず、ヤモトはまともに頭突きを受けて吹き飛び、電柱に激突する。ウカツ!

「ドッソイオラー!」「ド、ドッソラ」二体のスモトリヤクザは手に手にナックルダスターを装着し、ヤモトへ慎重に接近する。うち一体は重篤なダメージを負っているためやや動きが鈍い。ヤモトは首を振りながら起き上がった。「ドッソラー!」無傷のスモトリヤクザが先陣を切る。打ち下ろすパンチ!

「イヤーッ!」ヤモトは丸太めいて振り下ろされた腕を躱し、肥満した身体を蹴って上がる!「ドッソイ?」「イヤーッ!」延髄へ、鞭のような蹴り!「ドッソイグワーッ!」「イヤーッ!」さらにチョップ!「ドッソイグワーッ!」だが致命傷ではない!ナムアミダブツ!ヤモトの身体能力の限界か!

「ド……ドッソイオラー!」相棒の肩にしがみついて攻撃を繰り返すヤモトへ、もう一体の手負いのスモトリヤクザがパンチを繰り出す。「イヤーッ!」ヤモトはとっさにバク転で飛び離れ回避!勢い余ったナックルダスターはヤモトが取り付いていたスモトリヤクザの顔面にめり込んだ。インガオホー!

「ドッソイオラー……」フレンドリー攻撃を受けたスモトリヤクザは鈍く倒れた。もう一体のスモトリヤクザは自分の身体に刺さったままのカタナを煩わしげに引き抜く。脂まみれのカタナを投げ捨て、ナックルダスターを打ち合わせながらヤモトへ迫る!「ドッソイファック・アンド・サヨナラ!」

「ドッソイ!」「イヤーッ!」ナックルダスターのパンチをヤモトは地面を転がって回避した。ヤモトのいた場所の石畳が砕ける。なんたる破壊力!ヤモトは転がり、地面の脂まみれのカタナを再び手に取った。イケナイ!既にそのカタナはナマクラの極みだ!だがヤモトは意に介さずカタナを構える!

 鈍重な肉の塊が、脂肪を震わせながらゆっくりと迫る。ヤモトは周囲の時間がゆっくり流れる感覚を味わう。ヤモトは戦うことに躊躇を覚えない。シ・ニンジャのニンジャソウルがヤモトに力を与え、恐怖心を消し去った。そしてヤモトには今、戦う意味が、生きる意味がうまれていた。

 ヤモトはスーサイドの最期を、オリガミ部の皆を。そしてアサリの笑顔を思い浮かべた。((アタイは死ぬわけにはいかない。敵を全員倒してアタイは帰る。アサリのところへ帰る))ヤモトの目が再び桜色の光を宿した。((帰る?どうやって?これだけの事をして、どの顔下げて今までの生活を?))

 ヤモトは疑問を振り払う。スカーフめいた布がヤモトの顔の下半分に巻きつき、覆い隠す。金属的な強靭を備えたそれがヤモトのメンポだ!((戦うんだ。戦って敵を倒す。帰るんだ))ヤモトは脂まみれのカタナを左手の平でなぞる。不穏なニンジャソウルがカタナを洗い、血脂は蒸発して危険に輝いた!

「ドッソイオラー!」スモトリヤクザが殴りかかる!ヤモトはその正面に躍り出た。「イヤーッ!」下から上へ、切れ味を取り戻した危険なカタナで切り上げる!刃はスモトリの皮膚を、脂肪を、肉を、肋骨を断ち、心臓を真っ二つに切り裂いた!「アバババババーッアバババーッ!」

 腰から上をざっくりと断ち割られ、スモトリヤクザは無残なY字シルエットの死体となって仰向けに転倒した。ナムアミダブツ!ヤモトはそのまま振り返らず退廃ホテル街を走り抜ける。「ザッケンナ……グワーッ!」「ザッケ……グワーッ!」路地から襲いかかるクローンヤクザを切り捨て、走る!

 退廃ホテル街を抜けたヤモトは、うらぶれた飲み屋屋台街にさしかかる。編笠をかぶった客達、「そでん」「お肉」「ラード」といった屋号が書かれた屋台のノレン。この先へ行けば……この先に……この先に何が?ヤモトは足を止めた。

「駆けずり回って良い運動になったか、エエッ?」前方から歩いてきた金糸ニンジャ装束のソニックブームがカラテを構えた。「忌々しいオリガミ無しでどこまでやれるか見てやろうじゃねえか」「ニ、ニンジャ?ニンジャアイエエ!」ニンジャ存在に気づいた屋台の店主や客が道路へまろび出て走り去る。

「もう一度誘ってやるよ。シンジケートに来いよ、ヤモト=サン」ソニックブームがせせら笑う。「ソウカイヤがお前のニンジャソウルを有効利用してやるってンだよ。何の役にも立たず、何の存在理由もねぇお前をよ」「嫌だ!」ヤモトは叫んだ。「アタイは空っぽじゃない!」

 ソニックブームの目が冷徹に細まった。「じゃあ、死にな!イヤーッ!」ソニックブームの右腕が霞んだ。ブーム!破裂音と共に衝撃波がヤモトを吹き飛ばす!ソニックカラテ・パンチだ!「ンアーッ!」ヤモトはカタナを構えて踏みとどまる。冷徹なソニックブームは即座に追撃に出る!「イヤーッ!」

 突進しながらのソニックカラテ前蹴りが衝撃波を巻き起こす。ブーム!「イヤーッ!」ヤモトは横に飛んでそれを回避!「イヤーッ!」今度はソニックカラテ後ろ回し蹴りだ。ブーム!範囲の広い衝撃波がさらにヤモトを襲う!

「イヤーッ!」ヤモトはバックフリップを繰り出して追撃回避!衝撃波は背後の屋台をバラバラに破壊した。ナムアミダブツ!なんたる危険なカラテ!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」今度はソニックカラテジャブだ!小刻みな突きが弾丸めいた衝撃波を撃ち出す。ブームブームブーム!

 ヤモトは地面を蹴り、その反動でソニックブームめがけて飛び込む!「イヤーッ!」カタナで横ざまに切りつける!「イヤーッ!」ソニックブームの左腕が霞む。ソニックカラテ裏拳だ!ブーム!カタナは真ん中から脆くも砕け、飛び散った。「イヤーッ!」勢いを乗せた回し蹴りの追撃もブリッジ回避!

「イヤーッ!」ブリッジ姿勢からバネ時掛けのように戻りながらの両手チョップがヤモトを襲う!ソニックカラテチョップだ!ブーム!ニンジャ反射神経で辛くも防御姿勢をとったヤモトであるが、衝撃波は容赦なくヤモトにダメージを与える!「ンアーッ!」制服の両肩が裂け、白い肩に切り傷!

「イヤーッ!」さらなる追撃がヤモトを襲う。中腰になりながらのジェット・ツキだ!「ンアーッ!」未熟なヤモトはこれを防ぎきれない!腹部に打撃を受け、くの字に折れ曲がったヤモトは吹き飛んで屋台を破壊!「う……」起き上がろうとするヤモトの黒髪をソニックブームは掴む。「スッゾオラー!」

「う……」「これがカラテの差って奴だ!エエッ?」ヤモトの髪を引っ張って無理やりに立ち上がらせると、ソニックブームは嘲笑的に顔を近付けた。「サイキックごときで調子に乗りやがってクソガキが。スーサイドは死んでもわからなかったが、テメェはどうだ、理解するか、エエッ?」「う……」

 ヤモトの顔からマフラーが解けて落ちる。瞳に燃えていた桜色の火はもはや無い。「これがシンジケートだ」「う……!」「お前、磨けばそれなりのオイランになったかもなァ」ソニックブームはヤモトを締め上げる。彼は真性のサディストであり、一方的な暴力と悪罵に性的な愉しみすら見出していた。

「親殺しのクズが、ユウジョウ?笑わせンな」ソニックブームはヤモトの頬を張った。「ウッ!」「テメェのようなクズが生きる道はソウカイヤのニンジャ以外にねぇんだよ、エエッ?謝ってみろよ?テメェがした事を!オトモダチに隠している事をよ?」だがヤモトは震えながら見返す。目に涙を溜めて!

「い……嫌だ!」「ヘッ」ソニックブームはヤモトを崩れた屋台へ放り捨てた。「気に入らねえ。もう少し俺様の好きにいたぶって、死体はリー・アラキにでもくれてやるか。お前、死んだだけじゃ終われねえぜ」

 屋台街の店主や客は皆、脱兎のごとく逃げてしまっている。マッポ?来るわけがない。夜の屋台街は不気味に静まりかえっている。聴こえるのは、遠くの通りで鳴っているコマーシャル音声や電車の走行音。そして、

「ズルッ!ズルズルッ!ズルズルッ!」

「あン?」ヤモトの頭を踏みつけようと進み出たソニックブームは足を止めて耳を澄ませた。「ズルズルッ!ズルズルーッ!」近くの屋台からだ。ソニックブームはノレンの奥に二本の脚を見る。ということは、愚かにもこのニンジャ同士の戦闘下で逃げなかった者が一人いたという事だ。「ズルズルー!」

 屋台のノレンには「オスシソバ」と極太ミンチョ書きされている。「おいコラ、ウルッセーゾコラー!スッゾオラー?」ソニックブームは緊張感を削ぐソバすすり音を咎めた。わざとらしいほどにうるさい音である。彼はニンジャを近くに知りながら逃げない不敵さを不快に思い、警戒した。

 ノレンが翻り、スシ・ソバのドンブリと箸を手に持ったまま、その男は街灯の下に姿をさらした。それを目にしたソニックブームは絶句した。ニンジャだったからだ。それも、赤黒のニンジャだったからである。赤黒の。

 既にスシ・ソバを完食したと思しきそのニンジャの顔には、いつの間にか、特徴的なメンポが装着されている。ソウカイヤのニンジャの間で、今となっては一人として知らぬものの無い意匠、悪夢の具現。禍々しい書体で「忍」「殺」のレリーフを施された、おそるべきメンポが。

「テメェ、テメェはニンジャスレイヤー!いつからそこに」ソニックブームは狼狽した。赤黒のニンジャはドンブリを手に持ったままオジギした。「ドーモ、はじめましてソニックブーム=サン。ニンジャスレイヤーです。おちおち食事もできんな、この街は」「何を……!」「当然、オヌシを殺しに来た」



4

「ふざけるな!」ソニックブームは喚いた。そしてイライラとオジギする。「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。ソニックブームです。テメェ、どうしてここに!そして何故俺を知っている!」「状況判断だ」ニンジャスレイヤーは言い捨てた。 

「私は常に貴様らソウカイヤの狼藉を監視している。ノロシなど……私を大声で呼んでおるようなものだ。こうして駆けつけてみれば、案の定、街中を走り回るクローンヤクザ。あれだけ騒いでおきながら私に理由を求めるとは、おめでたい奴よ」ニンジャスレイヤーは無感情に言った。

「そして、何故オヌシを知っているかと訊いたな」彼は懐からメモの切れ端をこれ見よがしに取り出し、読み上げる。「『ソニックブーム』『ソウカイ・シックスゲイツ』」『ソニックカラテの使い手』『スカウト部門』『元ヤクザ・バウンサー』『金糸のニンジャ装束、悪趣味な』」「テメェ……」

「このメモはもう要らなくなった」ニンジャスレイヤーはそれを破り捨てた。「当然、今ここで殺すからだ。わかるな。オヌシは私にとって、陳列ケースに飾られ、カタログに記載された獲物の一匹だ。所詮、狩られる獲物でしかないという事を理解した方がいい。ニンジャ殺すべし」

「ザッケンナコラー……」ソニックブームはカラテを構えた。「テメェこそ、のこのこ俺様の前に現れて、生きて帰れると思うなよ。テメェの首はバカバカしいほどの金額のインセンティブがついてるぜ。俺様のソニックカラテを、そのツラに嫌と言うほど叩き込んでやる」

 ニンジャスレイヤーもまたカラテを構えた。そして右手の平を上向け、手招きした。「……やってみろ!」

「イヤーッ!」ソニックブームが中腰からのパンチを繰り出す。ブーム!ソニックカラテパンチだ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは身長の三倍の高さをジャンプして衝撃波を回避する。そのままソニックブームの脳天へ踵を打ち下ろし攻撃!「イヤーッ!」

「ザッケンナコラー!」ソニックブームは両腕をクロスさせて踵落としを防御した。ニンジャスレイヤーはその反動を活かして後ろへ跳ね、回転しながらスリケンを四連続投擲!「イヤーッ!」「スッゾオラー!」ブーム!ソニックブームは両腕を交互に振り回し、衝撃波でスリケンを破壊した! 

「ドグサレッガー!」ソニックブームは上級ヤクザスラングを吐きながらニンジャスレイヤーへ向かって突き進む。コワイ!「イヤーッ!」ソニックブームのソニックカラテ前蹴りだ!ブーム!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは側転して衝撃波を回避!

「スッゾオラー!イヤーッ!」ブーム!ソニックカラテ裏拳だ!ニンジャスレイヤーは素早く回避動作を切り返し、スライディングで衝撃波を潜り抜けながら、ソニックブームの大腿を蹴りにいく!「イヤーッ!」「グワーッ!」筋組織断裂!だがソニックブームのニンジャ耐久力はそれに耐える! 

「ザッケンナコラー!イヤーッ!」ブーム!ソニックカラテ膝蹴りが襲いかかる!ニンジャスレイヤーは飛び込み前転で衝撃波を回避、そのまま体をねじってバックフリップ三連続をきめて間合いを取った。この勝負、互いに譲らずだ!

((フジキド……フジキド……))ソニックブームと睨み合うニンジャスレイヤーは己の内なる声を感じる。ナラク・ニンジャの胎動を。((コヤツはカゼ・ニンジャ・クランのグレーターニンジャ。この程度の弱敵をあしらえぬようでは、やはりワシに体を預けるべきでは?))((黙れ))

((オヌシにインストラクションをくれてやろう。よいか、カゼ・ニンジャ・クランのソニックカラテを封じたくば、ワン・インチ距離で常に戦え。さすれば衝撃波恐るるに足らず。実際この戦術でソニックカラテの技の殆どを無力化された事でカゼ・ニンジャ・クランは大きく落ちぶれた……愉快……))

 ゴボゴボと濁った笑いでニューロンを汚しながら、ナラク・ニンジャの意識は再び水面下へ沈んで行く。時間の感覚が戻る!「イヤーッ!」ソニックブームの右手が霞んだ。ソニックカラテ右ストレートだ!ブーム!ニンジャスレイヤーは再び高く跳躍して回避を試みる。「イヤーッ!」「スッゾオラー!」

 ソニックブームは空中のニンジャスレイヤーめがけ斜め45度に拳を繰り出す。ソニックカラテ対空ポムポムパンチだ。ゴウランガ!回避動作を学習しての対策的攻撃だ!ブーム!衝撃波が空中のニンジャスレイヤーを襲う!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは空中からスリケンを五枚同時に投擲、衝撃波にぶつけて相殺!完全に打ち消すことはできずニンジャ装束のあちこちに裂傷が生まれる。だが、そんな事を気にするフジキドではない。見事彼はソニックブームのワン・インチ距離に着地した!

「イヤーッ!」ソニックブームはバック転で間合いを取ろうとする。だが、「イヤーッ!」同時に前転したニンジャスレイヤーはワン・インチ距離を維持!

「ザッケンナコラー!」ソニックブームは苛立った。この距離でソニックカラテの衝撃波を出せば己にも同等かそれ以上のダメージが降りかかるのだ。だがソニックブームは独自の訓練を積んだソウカイ・シックスゲイツのニンジャ。ナラク・ニンジャの知る古代ニンジャ戦士とイコールではない!

「イヤーッ!イヤーッ!」ナムサン!危険なショートフックだ!ニンジャスレイヤーは掌を素早く動かし、丁寧にその打撃をいなしていく。「イヤーッ!」「イヤーッ!」右手!「イヤーッ!」「イヤーッ!」左手!「イヤーッ!」「イヤーッ!」さらに右手!「イヤーッ!」「イヤーッ!」さらに左手!

 ゴウランガ!まさにそれはミニマルな木人拳めいた最大接近距離打撃の応酬!外からみればそのやり取りはたいへん細かく地味であったが、目まぐるしい攻撃そして防御の構築美めいた小宇宙!「イヤーッ!」「グワーッ!」そして、両者足を止めての打ち合いを制したのはニンジャスレイヤーだ!

「ザッ……ケンナコラー!」顔面にコンパクトな裏拳の一撃を受けたソニックブームは仰け反りながらチョップを繰り出す。ニンジャスレイヤーはそれを滑らかに反らし、残る手の人差し指と中指でソニックブームの両目を強襲する!「イヤーッ!」「グワーッ!」

 ナムアミダブツ!無慈悲!目潰しを受けたソニックブームはよろめき、たたらを踏む。「グワーッ!スッゾオラー!」流れる血の涙!しかしニンジャスレイヤーはこの一撃で眼球を摘出ないしそのまま脳を破壊するつもりでいた。それが果たせなかった。傷が浅い!

「ザッケンナコラー!」ソニックブームはワン・インチ距離からジェット・ツキを繰り出す!覚悟の一撃だ!ブーム!「グワーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは回転しながら吹き飛び、屋台に突っ込んだ。ソニックブームとて無事ではない、その拳は自身の衝撃波で裂け、血が噴き出した!

「イヤーッ!」屋台の残骸からニンジャスレイヤーが跳ね起きた。打ち合うたびにソニックブームの方にダメージが蓄積しているのは明らかだ。両者のカラテの差が徐々にはっきりとしてきている……!

「ザッケンナコラー!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」ソニックブームは小刻みにソニックカラテジャブを繰り出す。拳から血が噴き出し、危険な衝撃波がニンジャスレイヤーを立て続けに襲う!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」実力差を埋めるべく短期決戦の構えなのだ!

 だが……ニンジャスレイヤーのジュー・ジツは既にソニックブームのソニックカラテに適応し始めていた。「沢山撃つと実際当たりやすい」というのは有名な江戸時代のレベリオン・ハイクであるが、現実はそうはいかぬものだ。特に、ニンジャのイクサにおいては……!

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」ブームブームブーム!背後で屋台や椅子やチョウチンが炸裂する。ニンジャスレイヤーは最小限の動きで衝撃波をかわしつつ接近する。「なぜだ!なぜ当たらない!ザッケンナコラグワーッ!」傷ついていたソニックブームの右腕の筋組織がさらに裂け鮮血が噴き出す!

「既に勝負あったということだ」ニンジャスレイヤーは歩きながら冷たく宣告する。「さっきの捨て身の一撃で私を仕留められなかったオヌシの負けだ」赤黒の装束で目立たぬが、その脇腹には血のシミが拡がり、地面に滴っていた。しかし彼は意に介さない!

「ザッケンナコラー……」「ハイクを詠め、ソニックブーム=サン」「ス、スッゾオラッチェラードグサレッガコラー……!」マントラめいたヤクザスラングを呟きながら、ソニックブームは最後の捨て身の一撃を試みんとした。中腰になり、構えるはソニックカラテ中段ストレートである。

「ザッケンナザッケンナコラー……!」その時だ!斜め後方からの強烈な寒気と圧力が突風めいて押し寄せ、ソニックブームは集中を破られた。よろめいて思わずその方向を見やる。ニンジャスレイヤーも同様にそちらに目をやった。

 ヤモト・コキである!仁王立ちでソニックブームへ向いた彼女の瞳にはいま再び桜色のニンジャソウルの光が宿る。彼女に意識はあるのだろうか?そしてその頭上には、おお……ゴウランガ……ゴウランガ!屋台から剥がされた巨大なカーボンビニールシートが宙に浮き、旗のように翻る……!

「テメェまだやる気か……テメェ……なんだそりゃ……オリガミじゃねぇぞ……」ソニックブームは色を失った。前方にニンジャスレイヤー、後方に、倒したはずのヤモト・コキ、その恐るべきオリガミ・ジツは今カーボンビニールシートを折り曲げ、ひとつの巨大な具体的形状を作り上げようとしている!

「ザ……ザッケンナコラー!」ソニックブームはオリガミ・ジツを阻止すべく、仁王立ちのヤモトに飛びかかった。しかし!「イヤーッ!」「グワーッ!?」ニンジャスレイヤーが投げつけたドウグ社のカギつきロープがその脚に絡みつき、引き戻す!「グワーッ!?」「オヌシの相手は私だ」

「ザッケンナコ……」「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーはロープをニンジャ腕力で思い切り手繰り寄せる!ドウグ社の巻き上げ機構が加味され、ワイヤーアクションめいてソニックブームの体が宙を飛ぶ!そこへニンジャスレイヤーが、「イヤーッ!」「グワーッ!」 蹴りを叩き込む! 

「グワーッ!」非情!強烈なサイドキックをまともに受けたソニックブームはフリッパーで打ち返されるピンボールの球めいて跳ね返り、地面に叩きつけられる!そして空中ではいよいよ、カーボンビニールシートが無慈悲なオリガミ・シルエットを完成させつつあった……フェニックスの姿を! 

「ウ……ウオオオオオオーッ!」ソニックブームは無意味な叫び声を上げた。逃れられぬ死を前に彼の胸中を満たすのは、ヤクザバウンサー時代の記憶、ニンジャ時代の記憶、彼の身勝手な嗜虐心のおもむくままに、虫けらのごとく無残に殺めてきた弱者達の死に際の顔の数々……!

 ヤモト・コキは荘厳ですらある動きで、這いつくばるソニックブームを指差した。「……行け!」巨大なフェニックスのオリガミがソニックブーム目掛けて真っ直ぐに滑空する。インガオホー!

「サ……サヨンナラー!」ソニックブームの叫びは、激しい閃光と爆音を伴う爆発に掻き消される!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは垂直に高く跳躍し、四方八方へ吹き飛んだ屋台の残骸を回避。ヤモトの目の前に着地した。

 ニンジャ三人を交えての乱闘の結果、無残に破壊された夜の屋台街で、ニンジャスレイヤーとヤモト・コキは対峙した。ヤモトの目は消耗によりやや虚ろで、そこには既にニンジャソウルの光は無い。制服はボロボロだ。左上腕の出血を右手で押さえている。

「……ドーモ。ニンジャスレイヤーです」フジキドは淡々とオジギした。ヤモトはニンジャスレイヤーを見返した。「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。ヤモト・コキです」その表情はなかば処刑台へ向かう殉教者めいて悲愴であった。

「あれをすべて、オヌシ一人でやったのか」フジキドが問う。道中、殺戮されたクローンヤクザの死骸を指した問いである。「アタイがやった。攻めてきたから」ヤモトは頷いた。そして力なく付け加える。「……もう無理みたい」「そのようだな」

((……殺せフジキド、このこわッぱを。コヤツに憑いておるのはシ・ニンジャだ。ワシはコヤツをよう知っておる。消耗し切った今ならば、こんな容易い仕事は無いぞ……さあ、くびり殺せ……))ニューロンの彼方からナラク・ニンジャの声が届く。

((黙れ))フジキドは撥ねつけた。ナラクが狼狽える。((なにをバカな!?復讐を遂げよ!))((復讐?この娘を殺すことがか))((……全てのニンジャを殺せ!))((オヌシは考え違いをしている。私はオヌシの欲望ではなく私の目的を果たすのだ。この娘はソウカイヤに連なるものでは無い))

 ドクン!フジキドの右目から血の涙が流れ出す!((失望させるなフジキド!全てのニンジャを殺さぬか!殺せ!))ゲンドーソーの封印、さらにその後のイクサにおける精神的制圧を経てなお、いまだに残るこれほどの暴威!フジキドは血の涙を拭う。そしてヤモトに言った。「行け!」

((なんたる堕落!堕落の極み!かつてのオヌシはさような生温い手抜かりと無縁であった!))((黙れ))フジキドはニューロンを侵すナラクの触手を振り払う。((手抜かりなど無い。これまでも、これからも))((生かせばいずれ禍根を残すぞ、見ておれ))((ならばその時に殺すだけだ))

 ヤモトは後ずさり、そして、もう一度無言でフジキドにオジギした。そのあと素早く踵を返し、駆け去って行った。後に残されたフジキドは際限無く赤い涙を流す右目を押さえ、震えながら膝をついた。もう片方の手が地面にチョップを叩きつける。繰り返し……狂ったように。



「日刊コレワ」の三面記事
【怪奇失踪!つなぐ点と線】
学園治安崩壊の魔の手はあなたの街にも忍び寄る。キョート独立国のとある進学校で校舎屋上から飛び降り自殺をはかったXXが、ネオサイタマのアタバキ高校に転校。そこで他校ヤンク生徒と暴力事件を起こし収監されたというのだ。なんたる事件と隣り合わせの人生!

しかも驚くべきことに、XXの飛び降り自殺行為に巻き込まれ負傷、奇跡的な回復を遂げたYYも、同じアタバキ高校に転校していたのである。これが偶然なのだと誰が信じようか?どちらも複雑な家庭環境を背景に持ち、身寄りは無く、そして震撼すべきは、XX収監の翌週に、YYは失踪したのである。

この二つの事実を結ぶのは何か!?ひとつ言えるのは、こんな恐ろしい出来事を起こるがままにして恥じない政府の無能である。あなたの家をヤンクから守るには、いますぐ内閣総辞職して政権交代だ。



 ドンツクドンドンスププンブブーン。ドンツクドンドンスププンムムーン。「正義~、どこにでもある正義~」

 アサリは憂鬱な電子フォーク音楽を流すラジオをリモコンでOFFにした。部屋にはダークビジュアルロック「マゲノスミティ」のモノクローム・ポスターがアサリを見返し、棚の上にはイーグルのオリガミが飾られている。

 あの日、ヤモトが折ってみせた四つのオリガミの片割れだ。アサリはそれを手に取り、胸に当てる。無言で嗚咽する。

 そのときだ。コン、コン。ベランダのサッシ窓が鳴った。アサリは寝巻きの袖で涙をぬぐった。コン、コン。音は控えめに、だが、繰り返し鳴る。

 アサリは一瞬それを恐れた。だがすぐに思い当たった。ショウジ戸を引き開ける。

「アイエエエ!」アサリは思わず叫んだ。悲鳴ではない。歓喜である。そしてガラスのサッシのカギを外し、引き開けた。ここが三階である事など、どうでもいい。「ドーモ」ベランダのヤモトに、アサリは臆面無く抱きつくのだった。「ヤモト=サン!ヤモト=サン!生きてた……生きてた……!」

「アタイは大丈夫」ヤモトは優しく言った「今日はアイサツに来たんだ」「アイサツ?ねえ、お茶を入れるよ、入って」ヤモトはしかし、静かに首を振る。「今ここで長居すると辛くなるから、お茶はいい」アサリは無言で頷いた。事情はまるでわからないが、ヤモトが別れを告げに来た事は直感していた。

「すぐに会いに来られなくて、ごめん」ヤモトは言った。彼女はしばらく言葉を探していた。やがて続けた。「アタイ、一緒にいたら、アサリ=サン達に迷惑をかけてしまう。あの時のカラオケも、本当は火事じゃない。アタイにも詳しい事はわからない。でも、アタイは……いけないんだ。一緒にいたら」

 アサリは涙をこらえてヤモトの話を聞いた。アサリにもヤモトの身に降りかかった異常な出来事を薄々理解することはできていた。あの日、繁華街で、アサリを守るためにヤモトが男達を殺害したその一部始終を、彼女ははっきりと見ていたのだ。

 だから、アサリは無理に引き止めてヤモトを悲しませまいとした。それでも、「……もうずっとサヨナラ?」アサリは聞かずにいられなかった。ヤモトは首を横に振り「きっと帰ってくる。アサリ=サンに何かあったら、どこからでも駆けつける」そう言ってアサリの手を取った。「サヨナラ。ユウジョウ!」

 アサリはとうとう涙を流した。だが笑顔を作り、答えた。「ユウジョウ!」ヤモトはアサリの手を最後にもう一度強く握ると、ベランダから軽々と手すりに飛び移り、夜風にセーラー服をたなびかせた。「……イヤーッ!」隣の建物へ向かって、彼女はその身を躍らせた。

 ヤモトが夜の闇にかき消え、見えなくなった後も、アサリはベランダに出たまま、しばらくそうしていた。


【ラスト・ガール・スタンディング】完












◆◆◆


「お客さん」「……」「終点ですよ」「……」「起きてくださいよ」手首を掴まれた感触がまずあった。金縛りにも似て、身体に力が入らぬ。数秒後、それが重篤な負傷のせいだと解る。さっきの記憶。彼は己の血液が激流めいて体内を駆け巡っているのを感じた。何だ? 彼は目を開いた。

「……誰だ」男の顔が目の前にあった。「死神ですよォ。ここはサンズ・リバーさ。俺はカロン・ニンジャだ」「なにを……畜生……」ショーゴーはかがみ込む男の背後に「タラバー歌カニ」を認めた。「……何を言ってやがる」「ハ!信じた?いやなに、お前さん、結構ガッツあったからね」

「てめえは何だ」「さっき、窓の外から覗いていたのさ。フクロウになって」男は歯を剥き出して笑った。四角いサングラスをかけた、痩せた男だ。真っすぐなワン・レングスの長い黒髪、臙脂色のシャツ、首にはインディアンめいたアクセサリー。ショーゴーは唸った「殺せ」「命令できるザマか、お前」

「ふざけるな!」命を吸ってやる!……そして気づく……既に、それを、している。男がショーゴーの手を自身の心臓部に当てているのだ!?ショーゴーは困惑した。男は頷く。「ドーモ、はじめまして。フィルギアです。あいにくカロン・ニンジャってのは嘘……お前は俺のせいで生き存えちまう……」

「フィルギア……ソウカイ・ニンジャなのか」「違うんだよなァ」フィルギアはチェシャ猫めいて笑う。「給油オシマイ。これ以上は俺が死んじまう……」彼は手首を掴み、引き剥がした。ショーゴーは身を起こしかけ、また仰向けに倒れた。立ち上がったフィルギアはその脇腹を軽く蹴った。「キアイだぜ」

「……」ショーゴーは難儀して起き上がった。「俺はどれだけこうしていた?」フィルギアは肩を竦めて見せた。「後の祭りさ」「どこまで知ってる。あいつ、無事なのか」「あいつ」フィルギアは笑った。「女子高生か?その友達?それともあのおっかないソウカイ・ニンジャかね?言っただろ。後の祭りさ」

「クソッ!」ショーゴーは地面を蹴った。アスファルトに亀裂が走った。彼は貧血めいてよろめく。フィルギアは笑った。「ハハハハ!やめとけ、ブザマで笑える……」「なんで助けた」「ハ!命の恩人にそりゃないな……なんで助けたって?なんでもいいさ。だが、実際これは貸しだ」「何者だよ」

 フィルギアは沈黙した。そして言った。「俺はお前のトーテムだ。汝に啓示を与えん。……ア?まさか信じてないよな?頼むぜ」ショーゴーは舌打ちした「まじめに答えろ」「ハ!その短気、笑える……後であいつとケンカすんなよ」その姿が衣服ごと影めいて歪む。一瞬後、そこに一匹の獣がいた。コヨーテだ。

「何ビビってんだよ」コヨーテは人語を発した。コワイ!「こういうニンジャもいるって事さ……」獣は顎をしゃくり、促すと、トコトコと歩き出す。繁華街に市民の姿は皆無……さきの騒動のせいだ。遠くにマッポサイレンの音が聴こえる。獣は一度振り返った。「今更マッポとケンカしてもつまらんぜ」

 マッポサイレンがさらに近づき、坂の下にマッポビークルのチョウチンライトが複数見えた。唐突にショーゴーは、周囲に散乱するクローンヤクザの無数の四肢を認識した。これを、やったのは?……コヨーテは歩き出す。その行く先は?(ロクな未来じゃねえだろうな)ショーゴーは……後を追った。

【ニュー・メッセンジャー・オブ・ホワット】完



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