【マシン・オブ・ヴェンジェンス】
1
男はうつむき、物思いにふけっているようでもあった。男の両腕は血で汚れていた。おそらくは、彼の周囲に倒れている五人の返り血だ。五人とも既に死んでいることは明らかだ。重金属を含んだ雨が、濁った血液を洗い流していく。
死んでいる者らのうち、四人はダークスーツ姿で、一人は頭部の左半分を破壊されていて定かでないが、まるで四つ子のように、同じ髪型、同じ顔立ちをしているようだった。クローン・ヤクザなのだ。もう一人は?……ニンジャである。そして一人うつむいて死体を見下ろす男もまた、ニンジャだ。
ヒュンヒュンヒュンヒュン。巨大な推進音が接近し、上空がにわかに明るくなった。ニンジャは顔を上げた。繁華街の退廃的なネオン看板……「おなしやす」「カボス」「良く犬」「コケシマート」といった極彩色の文字群の向こう、夜空を斜めに横切る飛行船あり。ニンジャはその鋼鉄の下腹を睨んだ。
「安い、安い、実際安い」「この飛行船は広告目的であり、怪しくは無い。安心です」欺瞞の言葉を周囲に撒き散らしながら、飛行船はサーチライトを投射し、対象を探している。「……」一秒後、ニンジャは高く跳躍し、ネオン看板を蹴りながらビルの屋上へ飛び移った。そのまま駆け出した。
【マシン・オブ・ヴェンジェンス】
トレンチコートの男が近づくと、配管の陰に潜んでいた小男がのろのろと立ち上がった。トレンチコートの男は目深にハンチング帽を被り、若いのか年寄りなのか、それすら定かでない。男は両手を胸のところで組み合わせた。「ドーモ」小男も同様にアイサツを返す。「ドーモ」
アイサツ……トクガワ・エドの治世から数百年が経過した今となっても、この極東のハイ・テック国家には「義」「礼」と呼ばれる価値観が連綿と生きている。自らを卑しめ、相手を尊ぶ。この国家では何より調和こそが重んじられる。たとえそれが、薬物中毒者と売人のようなマケグミの間であってもだ。
「ドーゾ」トレンチコートが数枚の紙幣を小男に握らせる。紙幣には武田信玄がプリントされている。「ドーモ」小男は引き換えに、小さな薬包を手渡した。「イイー、とてもイイー、メン・タイが入ったヨ。ビックリしちゃうと思うヨ。バイオね、バイオの力ね」
トレンチコートの男はその場で薬包を破き、中に収められた赤い錠剤を六錠、まとめて口に含むと、ボリボリと噛み砕いた。「ハッヒャ!」ネズミめいた小男は大げさに驚いて見せた。「あなた命知らず人よ。イッキ?イッキの?それ実際効きすぎてあなた大変大変よ。千手観音見えるか?ヤバイ?」
「効かんな」トレンチコートの男は水無しで錠剤を飲み下し、無感情に言った。小男はヘラヘラ笑い、「あなた命知らずほどよ!千手観音クルじゃないか?ね?」「……これが奴らの金脈か」「え?」小男が眉根を寄せた、その時!トレンチコートの男の目がギラリと光った!
「イヤーッ!」「グワーッ!?」トレンチコートの男はいきなり前蹴りを繰り出した。顔面を蹴られ、小男はアスファルトを転がる!前歯が全て折れて無惨に散らばった!「アイエエエ!アイエエエ狂人!」すかさずトレンチコートの男は小男の首根を掴み、吊り上げる!
「何の?あなた何してるの?オーバードーズか?あなたハイか?」トレンチコートの男は答える代わりに、被っていたハンチング帽を脱いだ。その下にあったのは、赤黒いニンジャ頭巾、そして禍々しいメンポ(訳注:面頬。鼻から下を覆う金属覆面)であった!「クスリは効かぬ!」「アイエエエ!?」
「ニンジャ!?ニンジャナンデ!?」小男はもがいた。「ソウカイヤの人?」『ソウカイヤ』の名前が出た瞬間、ニンジャの目は大きく開いた。小男が泣き叫ぶ。「アイエエエ!なんで私とこ来るの?私いつも頑張ってる!明朗会計、ごまかし無いよ!8時間残業よ!実際優良業者よ!ヒドい事これは!」
ニンジャは小男をなお高く吊り上げる。無慈悲!「頑張っている?頑張って中毒者を増やし、金を吸い上げ、ソウカイヤへ上納か!」「だってあなたソウカイヤでしょ!ニンジャでしょ!なぜ!?」ニンジャは泣き言を無視した。「答えろ。メン・タイの仕入れ元の所在。さもなくば殺す」「アイエエエ!」
小男はイヤイヤをした。「し、知らない決まりよ。ソウカイヤのエージェントいつもあなたみたいな覆面。ニンジャね。あなたニンジャなのに何探すか?何故の?ニンジャ同士仲間割れの?」ニンジャは答えず、小男を地面に投げ捨て、背中を踏みつけた。「とぼけるな」「アイエエエ!」
「私がお前を見出すために、どれだけ綿密な下調べをしたと思っている。口先のアワレでごまかせると思うな。答えろ」「言ったら殺されるよ!お慈悲よ!」「慈悲は無い!」ニンジャが爪先に力を込める!「アイエエエエ!アイエエエエ!言うーよー!アイエエエー!」
◆◆◆
打ち捨てられた第三埠頭の暗闇に、ぽつりぽつりと重金属の雨が降り出した。毒性の風雨に長く曝されたコンクリートは、さながらネズミにかじられたレンコンを思わせる。そこへ今、黒塗りの家紋タクシーが、ドリフトしながら姿を現す。家紋タクシーは特定のヤクザクランに仕える忠実な足なのだ。
そして、フットボールのペナルティキックめいて横一列にこれを待ち構えていたのは、スキンヘッドの黒人ヤクザ達、全部で十人だ。ユニフォームめいたスタジアムジャンパーには、漢字で呪術めく「横浜御縄談合」の銀刺繍。ただならぬ剣呑アトモスフィアが、家紋タクシーを出迎える。
彼らこそ、スキンヘッドの黒人ヤクザのみで構成されたヤクザクラン「ヨコハマロープウェイクラン」……ジェットスキーにまたがりマグロ漁船を棍棒で襲う、血も涙もない凶悪集団である。彼らの視線下、家紋タクシーはエンジンを停め、そのドアを一斉に開いた。
「……!」黒人ヤクザ達は息を呑んだ。タクシーを降りた四人はまるで四つ子のように同じ髪型、同じ顔立ち、同じサイバーサングラスをかけ、同じダークスーツを着込み、同じ家紋をネクタイに刺繍していたのだ。「ワッザ?クローンヤクザ?」リーダー格の黒人ヤクザが呟いた。
「……」黒人ヤクザ達は互いに目を見合わせる。ヨロシサン製薬が生み出した、同一遺伝子を持つクローンのヤクザ……実用化の情報は業界に流れていたが、その目で見たのは初めてだったのだ。だがリーダー格の黒人ヤクザはツバを吐き捨て、不敵に切りだした。「時間を守るのが日本人の美徳だろ」
「ドーモスミマセン」四人のクローンヤクザは一斉にオジギした。「ドーモ」「ドーモ」黒人ヤクザ達もアイサツに応えた。今にも争いが始まり兼ねない空気であるが、礼儀作法は大事だ。「……メン・タイ仕切り値どういう事だエエッ?」オジギの頭を上げながら、リーダー黒人ヤクザが凄んだ。
「仕切り値は上げさせていただきます。ロシアとの為替ですね」クローンヤクザが冷たく言った。「ザッケンナコラー!」リーダー黒人ヤクザがヤクザスラングを叫んだ。コワイ!「テメッコラー!ボーシッ!トーリー、ボーシッ!」コワイ!善良なネオサイタマ市民であれば失禁するであろう!
だが、四人のクローンヤクザは同時に肩を震わせて挑戦的に含み笑いをし、同時にサイバーサングラスを指で直すと、同時に家紋タクシーを振り返り、同時に言った。「「「「センセイ、ドーゾ」」」」 車内には運転手の他にもう一人残っていたのだ。現れたのは灰色のスーツ姿の、痩せた男である。
灰色スーツの男は素早くオジギをした。「ドーモ、エート、あなたはスミス=サン?はじめまして、アーソンです」「ドーモ、スミスです」リーダー黒人ヤクザはオジギを返した。「アーソン(放火犯罪)?ホー、ホー、ホー」馬鹿にしたように笑う。「冗談か?その名前。そのマスクは何だよ?」
「冗談ではありせんよ、スミス=サン」アーソンはこっくりと頷いた。「ソウカイヤは冗談は嫌いです。仕切り値もシリアスです」「ホー、ホー、ホー」スミスが侮蔑的に笑った。彼がアゴで命じると、部下の中で一番体格のいい黒人ヤクザが進み出た。その手に棍棒を弄んでいる。「俺も冗談は嫌いさ」
「ハッハー!ハッハァー!」体格のいい黒人ヤクザは威圧的に棍棒を振り回した。スミスが肩をすくめ、「アンドレは元野球選手だ。まあ見てやってくれよ」ニヤニヤと笑った。アーソンは眉一つ動かさない。アンドレは素振りを繰り返した。アーソンの顔のすぐ横で棍棒をピタリと止める。風圧!
「ハッハァー!ハッハァー!」また素振りだ。アーソンの顔の横で棍棒をピタリと止める。風圧!だがアーソンは微動だにしない。クローンヤクザも制止せず、じっと見守っている。黒人ヤクザ達が面白そうに笑った。「内心ビビりあがってやがる!」「ひひひ!アンドレ!ほどほどにな!」
「ハッハァー!ハッハァー!」また素振りだ。アンドレは棍棒をアーソンの顔の横「イヤーッ!」「アバーッ!?」黒人ヤクザ達の笑いが凍りついた。「アンドレ?」スミスが呟いた。……アンドレの頭はどこへ行った?
「……シューッ」アーソンは息を吐き出した。その右脚は斜め上にまっすぐ伸ばされ、静止している。彼は片足立ちの姿勢のまま、ぴくりとも動かず、スミスを睨みつけた。「え?」スミスが瞬きした。首無しのアンドレの手から棍棒が落ちた。そしてシャンパンめいて鮮血が噴き出し、大の字に倒れた。
「アンドレ?」スミスが繰り返した。答える代わりに、片足上げ姿勢のまま、アーソンは空中を顎で示した。キャッチャーフライめいて夜空をくるくると回りながら飛んでいるのは、ナムサン、アンドレの頭部である!アンドレの頭はスミスの足下に落下して、コロコロとアスファルトに転がった。
「ア……ア……」事態を悟ったスミスが、ガタガタと震え出す。さっき網膜に焼きついた光景が時間差で記憶に刻みつけられる。蹴り。アーソンの蹴りが。アンドレの首を刎ねたのだ。「ソウカイヤを」アーソンが低く言った。「ナメてはいけない。ワカリマシタカ」「アイエエエ!」
「サノバビッチ!」黒人ヤクザの一人が激昂してマシンガンを構えた。「バカ、やめ……」スミスは慌ててやめさせようとするが、恐怖でパニックを起こした彼はアーソンめがけて引き金を引く!乱射される銃弾!「ウオオー!」さらに一人の黒人ヤクザがそれに続いてマシンガンを構え引き金を引く!
「イヤーッ!」アーソンが駆け出した。銃弾が当たらない!「ワッザ……」「イヤーッ!」アーソンが乱射黒人ヤクザの懐に潜り込み、腹部にやすやすとパンチを叩き込む。「グワ、アバーッ!?」 乱射黒人ヤクザの体がいきなり松明めいて燃え上がった!死亡!ナムアミダブツ!一体これは!?
「ウオオー!」もう一人の乱射黒人ヤクザが口から泡を吹いてマシンガンを撃ち込む!だが銃弾はまるで当たらない!アーソンが潜り込む!「イヤーッ!」「グワ、アバーッ!」やはり胴体にパンチを受けたこの黒人ヤクザも松明めいて燃え上がり死亡!ナムアミダブツ!「アイエエエエ!」
スミスは失禁しながら膝をつき、地面に額を擦り付けた。ドゲザである!「ニンジャ……ニンジャ……!」スミスは失禁ドゲザしながら譫言めいて繰り返した。殴ったら燃えた……こんな芸当が出来るのはニンジャ以外に無い!あれは、ニンジャのジツだ!他の七人もスミスにならいドゲザ!当然失禁!
「これは恭順のサインか」アーソンはスミスの頭をためらいなく踏みつけた。「ハイ。ゴメンナサイ」「誰にも間違いはある。無知ゆえの増長もな。ソウカイ・ニンジャはブラフではない。実在するのだ。身をもってわかったろう」「ハイ。ゴメンナサイ」「今後ともヨロシクお願いします」「ハイ……」
◆◆◆
事が終わると、四人のクローンヤクザとアーソンはしめやかに家紋タクシーに乗り込んだ。「おつかれさまです」運転手は控えめに呟いた。「トコロザワ・ピラーに出せ」アーソンが後部座席に背中を沈め、厳かに言った。「ヨロコンデー」運転手は控えめに呟き、車を発進させた。
「……」アーソンはルームミラーにうつる鏡像を凝視した。運転手は目深に帽子をかぶり、淡々とハンドルを操作している。「人が変わったか?先週と違うな」アーソンが言った。「ええ。カメジは退職しました」「そうか」「ええ」ウインカーを出し、繁華街にハンドルを切る。
「おい。ルートが違うぞ」アーソンがとがめた。「バカめが」「スイマセン」運転手が淡々と謝罪した。「でもこれでいいんです」「何?」「トコロザワ・ピラーじゃないです、行き先は」車内の空気がどろりと濁る。「何だと?」アーソンが問いつめた。運転手は無感情に言った。「行き先は地獄ですよ」
ルームミラー越しに、運転手の双眸がアーソンを射抜いた。「何?」「ニンジャ」ネオン看板が投げかける明かりが、帽子の下のメンポを光らせる……「ニンジャ。殺すべし」
2
家紋タクシーは急加速!地獄へ向かう黒いキャノンボール棺桶と化した車体は時速200キロを超えて繁華街を切り裂く。その直線上にあるのはロータリーの突き当たりに建つ「オカメ武力」ビルだ!ナムサン!ちなみにこのビルはソウカイヤが土地ころがしのために購入した、実態無き無人ビルである!
「何を……何をする!」アーソンがうろたえた。ニンジャといえどこの事態は不測だ。「ザッケンナコラー!」助手席のクローンヤクザがチャカ・ガンを運転手に突きつける。「イヤーッ!」「グワーッ!」運転手の片手が一閃、クローンヤクザの手首が切断された!
「このまま死ね!」運転手は言い放ち、爆走する家紋タクシーの運転席ドアを強引に開いて車外へ転がり出る。アスファルト上で彼は巧みな受け身をとり、無傷で膝立ちに着地。「オカメ武力」ビルに自殺突進する家紋タクシーを見送った。「アイエエエ!」事態を目撃した酔漢が悲鳴を上げ、逃げる!
カブーム!ビルに正面から突入する家紋タクシー!ビルは支柱を砕かれたか、白煙を巻き上げてつぶれてゆく。安普請か!家紋タクシー車内に残された五人は全員死亡……否!彼らは衝突の直前になんとか車外に脱出を成功させていた。だが、手首を失っていたクローンヤクザは脱出時に大きく負傷!
「貴様、どこのアサシンだ……」アーソンが突き進む。ドウン!その背後で一際派手な爆発炎上!クローンヤクザ達は既にアサルトライフルやチャカ・ガンを構えていた。「ザッケンナコラー!」一斉砲火!運転手は仁王立ちだ。銃弾の嵐の中でその運転手スーツと帽子がズタズタに破けてゆく。
破け去った制服の下から現れたのは……赤黒のニンジャ装束である!ゴウランガ!ニンジャである!当然のごとく無傷!「ニンジャ!?」アーソンが眉根を寄せた。彼もまた灰色のスーツを脱ぎ捨てていた。一瞬後、そこにはダークオレンジのニンジャがいた!二人のニンジャが対峙する!
「ドーモ、はじめまして。ニンジャスレイヤーです」先手を打ちオジギしたのはニンジャスレイヤーだ。「ニンジャスレイヤーだと!?貴様がそうだというのか」アーソンは目を見開く。そしてオジギを返した。「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。アーソンです」
二者の間にのっぴきならぬ殺気が瞬時に膨れ上がる。当然、この後始まるのは凄惨な殺し合いだ。しかし、アイサツは決しておろそかに出来ないニンジャの礼儀だ。古事記にもある。クローンヤクザはすぐにでもニンジャスレイヤーを銃撃する構えであったが、アーソンの迫力がそれを許さなかった。
「まさか実在していたとは。負け犬どもがでっち上げたケジメ逃れの方便とばかり」アーソンは鼻で笑った。ニンジャスレイヤーはジュー・ジツの構えをとった。「……安心せよ。オヌシもこのあと負け犬となる。私がオヌシのカラテを破り、殺すからだ」
ネオン看板の明かりが、彼のメンポに彫り込まれた「忍」「殺」の二文字を照らし出す。なんたる恐怖をあおる字体!「……ニンジャ殺すべし」彼は死神そのものの声で宣告した!「ぬかせ!」アーソンが仕掛ける!「イヤーッ!」ジグザグに駆けながら、彼は拳を振り上げる。ダッシュストレートだ!
その名が暗示するがごとく、アーソンが得意とするのはカトン・ジツの一種。殴った相手を超自然の発火現象で燃やして殺す、残虐な暗殺技だ。アーソンは己の技に絶対の自信を持っていた。(ニンジャスレイヤー?ふざけた名前を。害虫は駆除して今度の査定の足しにしてやる!)彼は拳を突き出す!
「イヤーッ!」速い!おそるべき拳速!だがそこにニンジャスレイヤーの身体は無い!「何!」アーソンは息をのんだ。ニンジャスレイヤーは瞬時に上体をそらし、ブリッジして攻撃を回避したのだ!なんたるニンジャ敏捷性!そしてこれは攻撃の予備動作でもあった。ニンジャスレイヤーの脚が霞む!
「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは逆立ちしながらヘリコプターめいて両脚を振り回し、アーソンの顎を斜めに蹴り上げた!キリモミ回転して吹き飛ぶアーソン!「ザッケンナコラー!」「スッゾオラー!」すかさず四人のクローンヤクザがニンジャスレイヤーを銃撃!「イヤーッ!」
「グワーッ!」その瞬間なぜかクローンヤクザの一人が脳天に銃弾を受けて即死!ナムサン、ニンジャスレイヤーの素早い回し蹴りが銃弾を弾き返し、それが手近の一人に撃ち込まれたのだ!「グワーッ!」さらに一人が即死!脳天に刺さったのはスリケン!回し蹴りの勢いでスリケンを投げていたのだ!
「ザッケンナコ…」「イヤーッ!」ライフルのカートリッジを交換しようとしたクローンヤクザの首が不自然な角度に曲がり即死!瞬時に懐へ駆け込んだニンジャスレイヤーがチョップで首骨を叩き折ったのだ!「スッゾ…」「イヤーッ!」最後の一人は何もできぬうちに肘鉄で左の頬骨を砕かれ即死!
「バカな、バカな!」アーソンが呻いて立ち上がる。「何者だ貴様!目的は何だ!」ニンジャスレイヤーはツカツカと早歩きで近づく。「オヌシらニンジャは一人として生かしておかぬ」「救援がここへ向かっている!テロリストめ、死ぬのは貴様だぞ!」「ニンジャ殺すべし!」
「イヤーッ!」手負いのアーソンが捨て身めいて殴りかかる。だがニンジャスレイヤーは左手をその拳に添えるように当て、最小限の動作で逸らしてしまった。当たらねばアーソンのカトン・ジツは意味が無い!「イヤーッ!」「グワーッ!」アーソンが身体を折り曲げ、震えた。「グワ、アバッ……」
前屈みになったアーソンの背中からは、ナムアミダブツ……ニンジャスレイヤーの腕先が生えている。ジゴクめいたチョップ突きがアーソンの胴体を貫通し、反対側から飛び出したのだ!「本当だぞ、アバッ」アーソンのメンポの呼吸孔から血がこぼれる。「救援がもうこの場所へ向かってきている」
「望むところだ」「きゅ、救援を退けたとしても」アーソンの呼吸がみるみるうちに荒くなってゆく。「より強力なニンジャ戦士が……そしてダークニンジャ=サンが、貴様の存在を許さぬだろう」「私は貴様らの存在を許さぬ」ニンジャスレイヤーは腕先を引き抜いた。「イヤーッ!」「アバーッ!」
メンポと傷穴から鮮血を迸らせ、アーソンが倒れる。ニンジャスレイヤーの足元には早くも五人の敵全てがむごたらしく斃れていた。彼はまるでそれが日常見慣れた光景であるかのように、無感情な目で見下ろすばかりだ。戦闘はあっという間に終結した。だが、見よ!アーソンの言葉に嘘は無かった。
ヒュンヒュンヒュンヒュン。巨大な推進音が接近し、上空がにわかに明るくなった。彼は顔を上げた。繁華街の退廃的なネオン看板……「おなしやす」「カボス」「良く犬」「コケシマート」といった極彩色の文字群の向こう、夜空を斜めに横切る飛行船あり。彼はその鋼鉄の下腹を睨んだ。
「安い、安い、実際安い」「この飛行船は広告目的であり、怪しくは無い。安心です」欺瞞の言葉を周囲に撒き散らしながら、飛行船はサーチライトを投射し、対象を探している。「……」一秒後、ニンジャスレイヤーは高く跳躍し、ネオン看板を蹴りながらビルの屋上へ飛び移った。そのまま駆け出した。
キュイイイ、夜空を切り裂く不穏な稼働音。レーザー光が走るニンジャスレイヤーを補足する。ドウン!爆音を伴い、飛行船がニンジャスレイヤーを砲撃する。アンタイ・ニンジャ砲弾だ!ニンジャスレイヤーは回転ジャンプして回避。彼が一秒前に足場としていたビル屋上が爆発破砕!
ナムサン!実際これはソウカイヤの差し向けた対ニンジャ飛行船だ。ソウカイヤの本拠地であるトコロザワ・ピラーの管制部は、IRC送信されたアーソンのアラートにきわめて迅速に反応、マグロツェッペリンに偽装した兵器を発進させていたのだ!見よ!船体のマグロ外装が展開し、変形してゆく!
「この飛行船は広告目的であり怪しくは無い。デモンストレーションで頼もしさを重点し広告効果が倍増される」欺瞞的なマイコ音声をスピーカーで下の繁華街へ投げかけ、マグロの下から現れたのは……ゴウランガ!憤怒の形相の鬼瓦ツェッペリン形態だ!コワイ!「爆発で広告効果が倍増」……欺瞞!
◆◆◆
トコロザワ・ピラー、天守閣。
ウシミツアワーのネオサイタマ夜景は、貪婪なブッダデーモンの宝石箱めいて、闇の中に七色の美を浮かび上がらせる。この幻想美は、その実、深夜まで働き続ける疲れ果てた労働者によって灯された明かりだ。この美を高所から無責任に楽しむ事が許されるのは支配階級だけだ……すなわち彼のような。
タタミ玉座でワイングラスを手に寛ぐ彼こそ、このトコロザワ・ピラーに居を構えるネコソギファンド社主、ソウカイ・シンジケートの首魁……ラオモト・カンその人である。黄金メンポと鎖頭巾、アルマーニのスーツを身につけた彼は、今宵も玉座の傍らに四人の金髪白人オイランを侍らせていた。
彼がワイングラスを口元へ運ぶと、高機能の黄金メンポはセンサーを働かせ、自動的に開閉する。膝元にしなだれかかったオイランの一人が淫靡なキモノをはだけると、豊満な胸の谷間にはオーガニック・グレープが挟まれている。彼はそれを一粒つまみ、オイランのみずみずしい唇にふくませた。
オイランはグレープの皮を唇で器用に剥き、透き通った果実を露出させると、舌の上に乗せてラオモトに差し出した。「ムッハハハハ!」ラオモトは満足げにそれをつまみ取り、ワインとともに嚥下した。そして手元にある極薄型の液晶モニタに注目した。モニタが映し出すのは機内映像である。
『ドーモ、機長のキンジマです』ものものしい高高度防護服に身を包んだキンジマが、モニタ越しにうやうやしくオジギした。そのヘルメットには雷神を象徴するオムラ・インダストリの社章が描かれている。オムラは日本の重工業分野を独占する暗黒メガコーポであり、ソウカイヤとの繋がりも深い。
『対象ニンジャ存在を捕捉しましてございます』キンジマは言った。「よいぞ」ラオモトは頷いた。キンジマの斜め後ろには目立たない存在が片膝をついている。ニンジャだ。航空ヘルメットめいたメンポをつけたこのニンジャも、やはりオムラ社章を額にいただく。ニンジャは微動だにしない。
『我が社の戦闘鬼瓦飛行船”ブブジマ”の圧倒的火力を、こんなにも早く御目にかける事ができようとは、感激の至りであります』機長はへつらった。『御身におかれましても、今宵この目覚ましい戦闘能力をご覧めされれば、必ずやマッポへの正式配備への働きかけも……』「無礼者」『アイエッ!?』
モニタ越しに一喝され、機長は恐怖のあまり痙攣した。まず間違いなく失禁しているであろう。ラオモトは言う。「これは余興だ。ビジネスの話をせよと誰が言った。そんなものはこちらがやりたい時にやる」『まったくでございます!絶対にまったく!』機長は座席から転がり落ちるようにドゲザした。
ラオモトはしかし機長の必死のドゲザなど見てはいない。彼は飲み干したワイングラスを、オイランの寄せた胸の谷間に挟み込む。グレープがつぶれ、白い乳房を紫色の果汁が汚す。ラオモトは少し離れた位置でしなを作る残る三人のオイランに手で合図した。三人はクスクス笑い、互いに愛撫を始めた。
「見せてみよ、その玩具の働きを。せいぜいワシを楽しませてくれ」ラオモトはモニタを見ずにぞんざいに言った。そして玉座脇のちょうどよい高さに置かれた重箱に満載されたオーガニック・スシをつまんだ。脂したたるようなトロマグロ・スシである。彼は一度に二つ食べた。
◆◆◆
キュイイイイ!レーザー走査光が再び繰り出される。ニンジャスレイヤーはビルからビルへ飛び移りながら、徐々にその距離を詰めようとする。だが鬼瓦ツェッペリンはかなり頭上だ。どうするニンジャスレイヤー?そして再びアンタイ・ニンジャ砲が放たれる!カブーン!やはりギリギリで跳んで回避!
チチチチチ!さらに別種のレーザー走査光だ。数秒後、その正体が判明する。ミサイルのロックオンだ!鬼瓦ツェッペリンから一度に4発のミサイルが発射され、夜空に白い飛行軌道を残しながらニンジャスレイヤーへ殺到する!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはキリモミ回転ジャンプ!
カブーンカブーンカブーンカブーン!ミサイルはコンマ5秒後に立て続けに自爆!キリモミ跳躍時に連続で投げつけた迎撃のスリケンがミサイルを全て撃ち落としたのだ!ニンジャ動体視力をもってすれば、通常速度の追尾ミサイルなど蚊を叩き潰すより容易!「イヤーッ!」さらにスリケンを連続投擲!
チュン!チュンチュン!上空でかすかに火花が煌めき、金属音が聞こえてくる。スリケンが鬼瓦ツェッペリンに連続命中しているのだ。ドウン!発射されるアンタイ・ニンジャ砲!「イヤーッ!」ナムサン!ニンジャスレイヤーが跳躍した直後に、そのビルが爆発破砕!
「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」さらにニンジャスレイヤーはキリモミ旋回しながらスリケンを連続投擲!鬼瓦ツェッペリンに火花が輝き、バチバチと弾ける。鬼瓦ツェッペリンが不安定に揺れ始める。ニンジャが投げるスリケンは単なる石ツブテとはわけがちがうのだ!
◆◆◆
『アイエエエエ!』機長は驚いて計器類を凝視した。『これは、これは一体』「反撃を許しておるのか?」ラオモトがモニタを見た。「それだけ武装を積んでも、はぐれニンジャ一匹に克てんか。ままならんのう、オムラ=サン」『いえ!実際試作機でございますから!大丈夫です!』
「だんだんとワシの堪忍袋が暖まってきたぞオムラ=サン」『アイエエエ!?』ラオモトは膝の上に乗せたオイランの豊満な胸を揉みながら欠伸した。他の三人のオイランはラオモトの注意を引こうと口々に喘ぎ声をあげ、互いに激しく交わりはじめた。『行けッ!』機長は後ろのニンジャに命令した。
『ハイヨロコンデー』オムラのニンジャは素早く立ち上がり、機関室ドアから足早に退出した。『ラオモト=サン!』機長がすがりつくように言う『せっかくですから我が社のニンジャの働きもプレゼンテーション、あ、いや、ビジネスではなくてですね』「なんでもいいから敵を殺せ!」『アイエエエ!』
◆◆◆
今や鬼瓦ツェッペリンは遠目でもわかる黒煙を幾筋か噴き上げ、時折傾いてはバランスを取り直していた。ニンジャスレイヤーはビルを飛び移りながらいったい何十枚、何百枚のスリケンを投げただろう?そのイナズマめいた勢いは止まらない!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」
チュン!チュンチュン!さらに散る火花!ついにエンジン付近が炎を噴き上げる!……と、その時!何かが鬼瓦ツェッペリンから飛び出し、ハチドリめいて旋回しながらニンジャスレイヤーに接近してきた。ナムサン!それは機械ではない。ニンジャだ!背中にジェットパックを背負ったニンジャである!
新たな敵はニンジャスレイヤーにぴったり張り付くように浮遊しながらアイサツした。「ドーモ。クラウドバスターです」ゴウ!ジェットパックが火を吹く!ニンジャスレイヤーは走りながら額の前で両手をあわせアイサツを返す。「ドーモ、ニンジャスレイヤーです……何人来ようが、同じ事!」
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「ゆくぞ!」クラウドバスターはジェットパックを巧みに噴射してニンジャスレイヤーにまとわりつく。そして得物を抜いた。警棒?ジュッテ?否、それは激しく放電する電磁ブレードである。オムラのテクノロジーだ!ニンジャといえどこれで繰り返し殴られれば内臓を焼かれて死ぬ!「イヤーッ!」
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはチョップを繰り出しこれを迎え撃つ。二者は交錯!「グワーッ!」バチバチと電磁ブレードがスパークし、ニンジャスレイヤーは苦悶して防御姿勢を取った。手甲が煙を噴く!「これが科学だ!インダストリの勝利だぞ!」クラウドバスターが言い放つ。「イヤーッ!」
電磁ブレード第二撃!ガードは危険だ。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは流麗なブリッジでこれを回避!だがそのブリッジ姿勢をすかさずレーザー光線がトレースする!「ヌウッ」ドウン!アンタイ・ニンジャ砲による鬼瓦ツェッペリンの射撃!ニンジャスレイヤーは間一髪でバック転を繰り出し回避!
「インダストリ!」クラウドバスターが空中から斬りかかる。ニンジャスレイヤーはバック転を繰り返しこれを回避!勢い余って振り回された電磁ブレードは電飾フクスケを無残に破壊した。ニンジャスレイヤーは給水塔、避雷針と飛び移り、さらに電線に飛び移ってその上をサーフィンめいて滑る!
チチチチチ、上空からの執拗な走査レーザー照射だ。ニンジャスレイヤーは電線を滑りながら鬼瓦ツェッペリンを睨む。たちまち四発のミサイルが飛来!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは迎撃のスリケンを投擲!「インダストリ!」ナムサン、クラウドバスターの妨害攻撃だ!
「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは咄嗟にクラウドバスターの胴体を飛び蹴りし、反動で後方へジャンプした。背後にうまいビルが無い!彼は「肩こってしまう」と書かれた縦長のネオン看板に危うくしがみつく。そこへ飛来する追尾ミサイル!ひとつ撃ち漏らしていたのだ!
ニンジャスレイヤーは看板を掴む手に力をこめ、跳び上がろうと試みた……だが!「インダストリ!」降下してきたクラウドバスターが看板を電磁ブレードで殴りつけた!「グワーッ!?」ニンジャスレイヤーは看板ごと感電!クラウドバスターがヒットアンドアウェイで飛び去った直後、ミサイルが着弾!
カブーン!ネオンガラスが割れ砕け、支柱が折れて、ニンジャスレイヤーは看板ごと下の道路上へ落下!その上空をクルクルと飛行するクラウドバスター。「オムラの科学力とニンジャのカラテが合わさって勝利したのだ」彼は満足そうに呟き、鬼瓦ツェッペリンにグッドサインを送る。ナムアミダブツ!
◆◆◆
「ムッハハハハ!ムッハハハハ!」ラオモトは愉快そうに笑った。その足元では金髪オイランがひとり絶頂に達した。やや離れた場所で絡み合う他の三人もだ!「なかなか楽しめたぞオムラ=サン。あの何とかいう御社のニンジャもよく動いておったわ」『あ、ありがとう存じます!』
ラオモトが煩わしそうに手で合図すると、オイランたちははだけた淫靡なキモノを直しながら、そそくさと退出した。モニタの向こうでは機長が繰り返しドゲザした。『ありがとう存じます!ありがとう存じます!途中お見苦しい所をザザッ』スリケン攻撃の機体ダメージは大きく、画像は乱れがちだ。
「死体を回収せよ」ラオモトは尊大に言った。「シンジケートに楯突く害虫だ。全て調べ上げる」『ヨロコンデー!ザザッ……我が社のニンジャに今……ザッ……』ラオモトはモニタ横のデッキを操作し、先程と別のオイラン達による女体盛りを手配させた。夜はまだまだ長く、堕落の宴はなおも続く。
◆◆◆
深海に沈められたバイオヒトデめいて、ニンジャスレイヤーの混濁した意識は、ニューロンの闇の中に力無く浮遊していた。爆発と落下のダメージが大きい。なんたるウカツ……弱敵という侮りがあったろうか。気が急いたか。連戦ゆえの集中力の乱れ?(((……なんと情けない男よ。実際情けない)))
半ば呆れ、半ば嘲るような皺がれた声が、ニンジャスレイヤーを責める。(((これでは話にならんぞ、フジキド)))フジキドとはニンジャスレイヤーの真の名である。彼は身をもたげた。邪悪な気配が彼のすぐそばに立っている。(((文明などという惰弱な遊びに付き合い、挙句このザマよ)))
「黙れ」フジキドははねつけた。しかしニューロンに居座る邪悪存在はおかしそうに笑う。(((このワシの真のカラテあらば、あのようなカトンボに遅れを取る事は無い。あのような……クククク、あれはハチ・ニンジャクランのレッサーニンジャ……弱小クランの弱小位階……実際昆虫と同程度……)))
「黙れ、オバケめ……まだやれる。私がやるのだ」(((クククク、何をだ、こわっぱ。言うてみよ)))「ニンジャを殺す!あのニンジャを」(((よい、よい)))邪悪な声が同意する。(((ニンジャ殺すべし。全ニンジャ殺すべし)))「ニンジャ殺すべし!」(((ならば身体を貸してみよ)))
「ダメだ」フジキドは抗った。邪悪存在は笑った。(((よい。そこで寝ておれフジキド。オヌシは実際限界であろう。ワシが見本を見せてやる。このワシが)))「ダメだ!だがニンジャは殺したい……」(((そうよのう)))「ニンジャ殺すべし……」フジキドの意識が溶けてゆく。後に残ったのは、殺意。
◆◆◆
……「イヤーッ!」「何!」空中から瓦礫を見下ろしていたクラウドバスターは咄嗟にジェットパック噴射、斜め後ろへ上昇して警戒した。そのニンジャ判断力が彼を危うく救った。直後にその場所を、垂直跳躍したニンジャスレイヤーの禍々しい右手チョップが薙ぎ払ったのだ。首を刎ねられる寸前だ!
「バカな!?あれは絶対に死んだはず!」クラウドバスターは驚愕した。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはそのまま空中で横に回転!回し蹴りをクラウドバスターに叩き込んだ!「グワーッ!?」吹き飛ぶクラウドバスター!ニンジャスレイヤーは後方へ宙返りし、ビル壁を蹴ってさらに跳躍!
「イ、インダストリ!」ジェットパック噴射で体勢を立て直したクラウドバスターは電磁ブレードで迎撃!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは裏拳を繰り出し、手甲でこれを弾き返す!バチバチと電気がスパークするが、ニンジャスレイヤーはまるで意に介さぬ!「バカな!?」
「オモチャめ!」ニンジャスレイヤーが嘲笑う。センコ花火めいた眼光がウシミツ・アワーの闇に残像を残す!「ヒッ……」クラウドバスターは気圧された。(電気のダメージは確かに通ったはず。何故だ?文明の利器なのに!)ニンジャスレイヤーは裏拳の勢いで空中横回転!回し蹴りだ!「イヤーッ!」
「グワーッ!」蹴りが重い!クラウドバスターは体をくの字に曲げて再度吹き飛ぶ。「ゲボーッ!」メンポの排気口から吐瀉物が零れる。逆噴射が間に合わず、ビル壁面に背中から叩きつけられる!「グワーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは蹴りの勢いでさらに横回転!投げつけるのはロープ!
ロープの先には鋭く重い鉤爪が結ばれており、分銅めいてクラウドバスターの首筋に巻きつく!「グワーッ!?」「ヌウーン!」空中のニンジャスレイヤーは力任せにロープを引く。クラウドバスターの首が締まる!「グワーッ!?」クラウドバスターは半狂乱になり、ジェットパックを全開!垂直上昇!
夜空を高速旋回するクラウドバスター。首からは手綱めいてロープが延びている。その先端にはニンジャスレイヤー!ゴウランガ!なんたる悪夢的飛翔光景か!「どう!どう!グッハハハハ!」その危険極まりない状態にも関わらず、ニンジャスレイヤーは心底嬉しそうに邪悪な笑いを投げかける!
「グ、グワーッ!」半狂乱のクラウドバスターはしゃにむに飛行する。ニンジャスレイヤーは引きずられるように宙を飛びながら、両手でロープに微妙な力を加え、グイグイとクラウドバスターを苛んで、飛行方向を調整している。クラウドバスターの進行方向には……ナムサン!鬼瓦ツェッペリンだ!
「グワ……グワ……グワーッ!」ナムアミダブツ!クラウドバスターはそのまま鬼瓦ツェッペリンの機関室へ突入!床を突き破り、その勢いで天井部を貫通して夜空へ飛び出した!「Wasshoi!」ニンジャスレイヤーは機関室内でロープから手を離し、床を転がって、天井の穴を見上げる!
火だるまとなったクラウドバスターは狂ったように夜空をランダムに飛行!「アアアア!アアアアーッ!サヨナラ!」そして花火めいて爆発四散した!ナムアミダブツ!「愚かな!鉄屑をわざわざ宙に浮かべ死ぬとは!グッハハハハ!」ニンジャスレイヤーの光る目が操縦スタッフを睨み渡す!
「アイエエエー!?」ただでさえ炎上する機体の操作で悪戦苦闘、ラオモトの存在ゆえに脱出も決断できずにいた操縦者達は、この衝突とニンジャスレイヤーの突入で完全に心折れ、パニックに陥った。失禁しながら縦横に走り回るスタッフをまるで意に介さず、ニンジャスレイヤーはただ哄笑する!
◆◆◆
『アイエエエエ!アイエエエエ!ア、アバッ』ブツン!モニタ映像が砂嵐に変わった。「イヤーッ!」ラオモトは勢いよく立ち上がり、腰に吊るした二本のカタナ、「ナンバン」「カロウシ」を同時に振り抜いてモニタを三つに切断!仰向けの女体盛りオイランは間近で殺気を受け、しめやかに気絶した。
ラオモトは二刀流の悪鬼アトモスフィアを漂わせ、強化ガラス越しの夜景を睨んだ。彼の視線の先には、厚い煙を噴き上げ、タマ・リバーめがけゆっくりと落下してゆく炎の塊があった。「……ニンジャスレイヤー……!」
◆◆◆
ペーン、ペロン。ペンプン!ペーン、ペロン。ペンプン!大音量のスカム・ヒップホップを紫のライトと共に海面に投げかけ、ジェットスキー集団は明け方の沖合を威圧的に蛇行する。彼らは皆、機体にノボリ旗を立て、「大きな魚」「漁業」「横浜御縄談合」などの極太ミンチョ文言が風に踊る。
乗り手は全員、スキンヘッドの黒人である。揃いのスタジアムジャンパーを着、棍棒を手に手に構えた容赦なきヤクザクラン、ヨコハマロープウェイクラン……彼らの朝は早い。上納金を払わぬモグリの漁船を囲んで締め上げ、服従させる必要があるからだ。気を抜けば芝生には雑草が混じるものだ。
何より、昨晩の出来事はクランにとって大きな試練であった。殺戮そしてドゲザが彼らの心を砕いた。ジャーメインとディーボはニンジャリアリティショック症状から覚めず、今も病床だ。耳早い漁師の中には既にあの事件を知るものがいるかもしれない。このままナメられたらお終いだ。
(どの船でもいい……なんなら俺たちの庇護下の船でもいい)イチャモンをつけて、囲んで棍棒で叩いて、クランの残虐さをこの一帯にあらためてアピールする必要がある。ナメられたらおしまいだ。リーダーのスミスは血走った目で水平線を見渡した。
「オヤブン!あれを!」「ワッザッ?」スミスは部下が指差す方角を見た。ボロいボートだ。いや、イカダ?否!あれは何かの切れ端だ。誰かがしがみついている。遭難者か?「どうします?人ですぜ」「……」スミスは顎をこすって考えた。そして言った。「カネの匂いがするぜ」
スミスは率先してエンジンをフルスロットルさせた。飛沫をあげ突き進むジェットスキー!(ヤバいのは外の連中だけじゃねえ)グラついているファミリーに、リーダーの決断力を見せつける必要がある。クランの正念場だ……見る見る近づく遭難者!懐にコーベイン(訳注:小判)があるかも知れない!
スミスは遭難者にジェットスキーを寄せた。端材にうつ伏せにしがみつき、その顔は定かでない。赤黒のボロを着た、浮浪者めいた男である。ひどく傷ついている様子だった。(同業者にスマキにでもされたかよ。川から流れてきたか?ハズレだな)スミスは失望しながら、男の懐を探ろうとした。
その腕を遭難者が掴んだ。覚醒したのだ!「アイエ!?」スミスは悲鳴を飲み込んだ。掴んだ腕はマンリキのような力である!「ワッザファッ……」「どこだ」男が顔を上げた。ジゴクめいた刺すような視線にスミスの背筋が凍る!「ここはどこだ」「オールド東京湾だ」スミスは恐怖のあまり即答した。
「今から言う闇医者に。連れていけ。私を」「ハイ!」スミスは恐怖のあまり即答した。この目は……この目は昨晩のあの悪魔の目と同じ凄みだ。いや違う、その何倍も恐ろしい!「オヤブン?」部下の一人が背中越しに覗き込もうとした。「うるせェ!やっぱり、ツ、ツいてたぜ俺たちは!」
「え?」「うるせェ!詳しい話は後だ、お前らは適当にしとけ!」「え……ハイ」スミスは男の耳元で囁く。「連れて行きます。ホントすみません。だから命だけは助けてください。ヤメテ」「……」
スミスは素早く男を引き上げ、ジェットスキーの後ろに急いで載せた。そしてクランの者たちを振り返りもせず、ジェットスキーを全速で発進させた。ミラー越しに、唖然とする彼らが見えた。(クソ食らえだぜ!もうやめだ!何もかも!コワイ!インガオホー!)スミスは大粒の涙をこぼした。
もうヤメだ。ニンジャがいるならブッダもいるのだ。だからこうしてニンジャを再び遣わして、試しているのだ。スミスは一心にジェットスキーを加速する。もう足を洗う。メン・タイの違法取引もやめだ。中毒になった人達に償います。だからヤメテ。もうここには居られない。そうだ。キョートだ。
この人を言うとおり闇医者に送り届けて、全財産をリハビリテーション施設に寄付しよう、そうしたら、キョートに逃げよう。キョートでブディストになろう。ゼンを学びボンズになろう。生き方を変えるんだ。もうヤメだ、こんな事は。インガオホー。インガオホー!
……重篤なニンジャリアリティショック・フィードバックを発症した哀れなスミスは、贖罪の強迫観念に駆り立てられ、手当り次第に祈りながらジェットスキーを走らせる。ニンジャ殺しの死神を、わけもわからずその背に負って。
【マシン・オブ・ヴェンジェンス】終
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