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【ネクロマンティック・フィードバック】


この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正版は、上記リンクから購入できる物理書籍/電子書籍「ニンジャスレイヤー ネオサイタマ炎上3」で読むことができます。

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【ネクロマンティック・フィードバック】


1

「アイエエエエ!」トンカツ・スシ店舗の輝くネオンが、這いつくばった男の青ざめた相貌を責め立てるかのように照らし出す。恰幅のいいトンカツ・スシ店主は、腕組みして哀れな男を睨みつける。「いい加減にしろよ、このヨタモノめェ……」

「しっ、し、死後裁きに遭う!アーマゲドンは明日だぞ!最後の聖餐をふるまえ!」青ざめた男は震えながら店主へ人差し指を突きつけた。「アーマゲドン!アーマゲドン!」「うるせーッ!」店主は男の脇腹を蹴りつけた。「アイエエエエ!」「オラッ、塩まいとけ!塩!」

 店主はカリカリと怒鳴り散らしながら店内へ帰って行く。後を任されたニュービー店員が怖々、打ちひしがれた男に話しかける。「あンたさぁ、しょうがないですよ、迷惑ですよ、これは。もうやめたほうがいいですよ」「アーマゲドン……アーマゲドン……」男は泣き出した。

 繁華街ストリートの雑踏は負け犬を冷たく一瞥、あるいは空気のように全く無視して、右へ左へと歩いて行く。夜空を切り裂くショッキングピンクのネオン看板「ヤッコ」「ワタベさん」「電話しない?」……。

 ネオサイタマ路上で規定事実めいて繰り返されるチャメシ・インシデントをあらためて記憶に刻みつける者など、一人たりとも存在しない。マッポーの社会において、通り一遍の無力な狂信は個性の主張にすらならないのだ。

「じゃあもう、やめてね、うちのテンチョ=サン、次はきっと金属バットだから」「アイエエエエ……でも本当なんです……アーマゲドンが……」やれやれ、とニュービー店員は肩をすくめると、裏口へ消えていった。男は起き上がる気力もなく、四つん這いで泣き続ける。

 ニュービー店員はすぐに戻ってきた。そして、手に持ったバイオ笹タッパーを差し出す。「あのね、これでかんべんしてください。期限切れ廃棄のオニギリです。当たり前ですがトンカツは入ってないよ。あと、次来てももうあげないから。これが最初で最後、わかりますか?」

 男は震える手でタッパーを受け取る。「せ、聖餅、聖餅……!」そして素早く後ずさると、「よ、よいか裁きの日は明日なんだ!アーマゲドン!アーマゲドン!」ニュービー店員を力強く指差し、踵を返して走り出した。脇道から出てきた家紋タクシーの前に飛び出し、罵声を浴びながら、雑踏に紛れる。


◆◆◆


 ワンルームマンションの鉄扉を体重をかけてなんとか開くと、男、アンドウ・コウタロウは踵の潰れた靴を脱ぎ捨て、タタミの上にフラフラと転がり込んだ。手にした笹タッパーを開き、オニギリをがっつく。「グフッ!ウフッ!」咀嚼しながら彼は泣いていた。泣きながら、食べた。

 室内は異様であった。天井から無数の木彫りのブッダ像が吊り下がり、部屋のキモンの方角の壁際には無数のローソクが山のように飾りつけられている。その上には神棚と、「裁き裁かれる」と毛筆書きされたカケジク……。何も知らずにこの部屋を訪れた者は絶句することだろう。

 ダンゴ工場でモチ・プレッサーを操作する職に就いていたごく平凡なアンドウが「インスパイアされた」のは三ヶ月前のことだ。答えはキモンと反対方向の壁際に貼られた一枚の写真にある。二十歳前後の女性、どことなく彼に面影の似た……花嫁姿で、ハカマ姿のハンサムな若者と並んで写真に写っている。

 不幸な事故であった。出産と同時に妻は他界、彼は娘を一人で育て上げた。そして娘は、朴訥な青年と結ばれ、三ヶ月前、晴れやかに結婚式を執り行ったのである。暴走トレーラーが式場を出た新郎新婦に突っ込んで、何もかもを奪い去ったその瞬間、アンドウは天から降ってくる輝く存在を幻視したのだ。

「ナムアミダブッダ……ナムアミダブッダ……」オムスビを食べ終えたアンドウは、独自にインスパイアされたチャントを唱えながら、ロウソクにマッチで火を灯していく。「アーマゲドン……アーマゲドン……恐ろしい……」

 アンドウは口の中でもごもごとチャントをひとしきり唱えた後、ロウソクの一本を素手で掴み、燭台に突き刺した。それを持って、鍵もかけずに、再びマンションから外へ出ていく。

 これはアンドウの毎日の日課である。数ブロック離れた場所にある廃テンプルへ、「聖別された」ロウソクを備えに行くのだ。啓示を受けたアンドウは、常よりも熱のこもった表情で、小走りに儀式の場を目指すのであった。

 路地は暗いが、そこまで治安の悪い地域でも無い。明らかに何も持たない貧相な男を狙う者はいない……しかもそれが目に熱をたたえた狂者とあっては、なおさらのことだ。

 アンドウはぶつぶつとつぶやき続ける。夢にあらわれた啓示についてだ。「イーグルとカラスが食らい合う炎の夜……血の使徒が現れ、滅びの日を告げるであろう……罪人は再生し現世を食らう……血の使徒は燃える剣を突き刺し、やがて朝は死を洗い流し、聖杯に光は満たされり……アーマゲドン!」

 アンドウは墓地に分け入って行く。石や合成大理石製の墓石は、スキー板めいたノロイ・ボードでデコレートされている。ノロイ・ボードには今や誰も正確な意味を知らぬ古事記時代のノロイ文字が書かれている。ネオサイタマにおいても、墓地の様式は日本の一般的な慣習下にある……。

 墓地の奥にある廃テンプルの恐ろしいシルエットを、アンドウはためらいなく目指して行く。もはや彼にとってこのテンプルを参拝することは習慣なのだ。やがて天井のところどころ失われた腐れ木造建築のテンプルがアンドウを見下ろす。

 アンドウは足元のチェストに屈みこんだ。錆び付いた銅の金具で補強された木箱に刻まれているのはコインスロットである。アンドウはポケットから汚れた硬貨を取り出し、律儀に投入した。チェストの内蔵スピーカーがくぐもった合成音声を返す。「ゴクローサマデシタ!」

「堕落した者たち……地から蘇る……アーマゲドン……救いたまえ……」もぐもぐ繰り返しながら、アンドウはテンプルの玄関先から吊り下がった汚いロープをつかみ、揺さぶった。ロープにくくりつけられた真鍮のベルが陰鬱なメロディを奏でる。リンゴーン、リンゴーン。

 アンドウはしばらく無心にロープを振り続けていたが、唐突に玄関のショウジ戸へ駆け寄り、引き開ける!テンプルの中はがらんどうの一室であり、奥には粗末なステンドグラスがある。どこか禍々しさを覚えさせる、「血の使徒の降臨」の浮世絵がモチーフである。

 アンドウは跪き、手に持った燭台の火を、ステンドグラス直下の火鉢に落とした。火鉢に刺さった無数のセンコが催眠的な煙を立ち上らせる。「マッポー・アーマゲドン……燃える剣、救いたまえ、アーマゲドン!」


◆◆◆


「キエーッ!キエーエーッ!」阿片窟めいた不気味な室内に、素っ頓狂な絶叫が飛んだ。口から泡を飛ばして怒り狂っている白衣の男は誰あろうリー・アラキ、ソウカイヤの潤沢な資金を思うままに使用して狂気の研究に邁進する悪魔的センセイである。

 室内に充満する薄緑の煙はいかなる物質であろうか。オシロスコープを表示する無数の液晶モニタから煙たい空気中へ、コロイド効果でレーザー光線めいた光の帯が放たれている。天井に飾られた額縁には「対人請求」「不如意」といった魔術的文言が踊る。

「大変な事だねェ!困った事だ!あれはじつに、傑作なんだよ、ナハタ君!いけないねェ!」リー先生が絶叫しながら椅子ごとグルグルと高速回転するのを、オレンジのボブカットの女性は豊満な胸で割って入り、胸の谷間で頭を挟み込むようにして止めた。「いけませんわ、いけませんわ、先生」

「ナハタ君、モニタを!」オレンジボブカットの巨乳白衣助手、フブキ・ナハタは乳房でリー先生の頭を挟んだまま素早くリモコンを操作し、柱に吊り下げられた巨大モニタの表示を切り替えた。ゴチック体の蛍光緑色の文字で、でかでかと「消失」と表示されている。

「なんたるザマだ!大損失!たまらない!」リー先生はフブキ・ナハタから身をもぎ離し、再度、椅子ごと高速回転を始めた。「アーン、いけませんわセンセイ」「次の報告はまだかねェ?」「あら、今きましたわ、IRCのほうに今」「早く早く早くしなさい!」

 フブキ・ナハタは撫でるような卑猥な手つきで卓上のデッキを操作した。小型モニタのIRCセッションを目で追い、舌なめずりする。「あらあら、うふふふ、トリダ=サン、どうやら死んでしまったみたいなんですの」「おやまあ!」リー先生は椅子から飛び上がり、フブキ・ナハタを押しのけた。

「奴が……奴の手にかかれば、そりゃあそうだろうねェ!」腹心の助手、トリダを案じるというよりは、喜色をにじませた早口である。「ジェ~ェノサイド!まったくこれは参ったねェ!なになに、早く早く!」リー先生のタイピング速度が加速する。「いいぞ、絶対に逃すなよ!」

一心不乱にタイピングを続けるリー先生の肩に豊満な胸を乗せ、フブキ・ナハタはモニタを後ろから覗き込んだ。「カンオケにはもう一体いませんでした?なんとか言うゾンビー被検体……」「あン?」「そっちはいいんですの?」「誰だそれは!構わん構わん!ジェノサイドを確保するのが大、大、大先決!」

「トリダ=サンはどうするんですの?もったいないわ。あの方、アタクシのことお嫌いでしたけど」「そりゃねェ、死んでいたとしたらもちろん回収するとも!とにかくジェノサイドだ!はい!はい!はい!」「もう一体は……」「捨て置きなさい!たいしたものじゃないだろう!」

 リー先生はキーボードが壊れる程の勢いで激烈にタイピングを続ける。フブキ・ナハタは思い出したようにリモコンを柱モニタへ向けた。「メニュー」「モード」「ライブラリ」「インターコンチネンタル」といった電子的カタカナがひとしきり流れた後、ワイヤーフレームの人体が表示される。

 フブキ・ナハタは被検体の身長・体重データと、そのコードネーム「ウィルオーウィスプ」を一瞥し、小首を傾げた。それからあくびを一つして、モニタをoffにした。


◆◆◆


 一級研究員・アンビ=サンは背中の激痛に呻き声を上げ、覚醒した。身を起こした。夜だ。そしてここは?周囲を見渡す。国道だ。アンビ=サンは右手に何かつかんでいる事に気づいた。……棒?「アイエエエエ!」違う!欠損した人体だ。肘から先だ。

 誰のものだかわからぬ腕を投げ捨てると、それは地面の別の欠損人体にぶつかった。「アイエエエエ!」一体これは?周囲を見渡す。「アイエエエエ!」欠損人体はそこかしこに転がっている!「アイエエエエ!」

 アンビ=サンのショック状態の脳に気絶直前の記憶が戻ってきた。護送車両のカンオケが内側から開かれ、「奴」が飛び出した。ガードヤクザは十分な人数、用意されていた。しかし「奴」は……「奴」のバズソーは、取り押さえにかかるガードヤクザを、まるで洗濯機のように……「アイエエエエ!」

 ニューロンが送り込む忌まわしい映像に悲鳴を上げ、アンビ=サンは尻餅をついた。後ずさると傷ついた背中が護送車両に触れた。激痛!「アイエエエエ!」足元を見やると、チーフ研究員のトリダ=サンの死体だ。首が無い!「アイエエエエ!」いや、そこの草むらに頭が!「アイエエエエ!」

 アンビ=サンは発狂しかかったが、すぐに思い至った。私は殺されなかったのだ!サバイブしたのだ!バンザイ!そうだ、この事実を喜ぶべきだ!この静寂!「奴」は行ってしまったのだ!あのふざけた二刀流バズソーから運良く逃れることができたのだ、だいたい誰がバズソーを車内に……とにかく助かった!

 ビーッ!ビーッ!護送車両の荷台でアラームが鳴っている。おそらくラボからの連絡だろう。遅かれ早かれ救援が到着するだろう、まずは無事を知らせなければ。アンビ=サンはステップを駆け上がった。開いたカンオケが二つ、それから散乱する欠損人体。血みどろの計器類。ぞっとしない光景だ。

 ビーッ!ビーッ!計器に据え付けられたIRCトランスミッターが鳴っている。アンビ=サンは急いでそれを手に取った。「……ええ、ええ、おっしゃる通りで、いえ、私は恥ずかしながら気を失っておりまして、そのおかげでどうにか……ええ、ええ」

 夢中で状況報告するアンビ=サンは思い至らずにいた。カンオケが二つとも開いていたという事実の意味するところに。よって、背後で身をもたげた存在に注意など向けようが無かった。

「はい、はい、ええ、位置情報をもう少し細かくして送信しますから……」「アバー」「そうだ、武器を使います、バズソーです!私以外は全員殺されました!」

 ……今の声は、何だ?……アンビ=サンは受話器を持ったまま、ゆっくりと振り返った「アイエエエエ!?ア、アイエエエエ!アイエーエエエエ!アバーッ!アババババババババババ、アバババババーッ!!!」


◆◆◆


「アバー、おれはウィルオーウィスプ=サン。アバー」ウィルオーウィスプは独り言を呟きながら、のしのしと歩みを進める。その死んだボディを覆うパラシュート布素材の特殊布はニンジャ装束めいて巻きついていた。ある種のニンジャ本能が、身につけた衣類をニンジャ装束状にするようである。

 おぼつかない足取りで、しかし存外早く歩く彼の周囲には、青白い光の玉が複数まとわりついていた。見たものを発狂せしめるに十分な、おそるべきヒトダマめいた炎である。いや、実際それはヒトダマなのだろうか?

「アバー、おれはウィルオーウィスプ=サン。アバー、ドーモ、アバー」ウィルオーウィスプは同じアイサツを繰り返しながら、国道脇の斜面を降り、深夜のシャッター通りへ足を踏み入れた。ウシミツ・アワー、行き交うものは無い……幸いにも。



2

「ケシコ!フユキ君!アーッ!」アンドウは絶叫し、その自分の叫び声で目を覚ました。ステンドグラスの「血の使途」がアンドウを見下ろしていた(このステンドグラスはアンドウの自作である)。「夢か……す、救いたまえ……!ナムアミダブッダ、ナムアミダブッダ……!」

 アンドウは反射的にチャントを唱え始めた。眠るたびに彼は、死んだ娘と婿の映像の夢を見るのだ。彼は必死に祈るのだった。目の前には日の消えたロウソク。破れ窓からはバイオスズメの鳴き声が聞こえてくる。廃テンプルでそのまま夜を明かしてしまったのだ。

 今日は彼にとって重要な一日である。アーマゲドンが起こる日なのだから。彼は啓示を唱え始めた。

「イーグルとカラスが食らい合う炎の夜……血の使徒が現れ、滅びの日を告げるであろう……罪人は再生し現世を食らう……血の使徒は燃える剣を突き刺し、やがて朝は死を洗い流し、聖杯に光は満たされり……アーマゲドン!」


◆◆◆


 ハンドルを片手で操作しながら、シンゴは無言で部下のタバタに手を差し出す。タバタはセンベイ・クランチを手渡す。「ついてねぇな、ええ?」センベイ・クランチをまずそうに噛み、シンゴは若いタバタに毒づいた。「デスネー」タバタは欠伸をこらえた声で同意する。

「結局30分しか仮眠は取ってねぇわ、今日はうちのクソ坊主の運動会だわでよ」「デスネー」「離婚されちまうな、俺は」「デスネー」「現場は政府エージェントが横取りで、俺らにゃ手柄もねぇときた」「デスネー」

「しかしまぁ、朝飯にステーキ食いたくなっちまう光景だったよな?何人死んだんだ、ありゃあ。派手にやりやがったもんだよな」「デスネー」「おかしなクルマだったな?……奴ら、調べるな、手を付けるなときた。俺たちゃ交通整理係じゃねえんだぞ、と」「デスネー、あ、そこ右に曲がってください」

 覆面デッカー・ビークルは混みいった路地を器用に進んで行く。「あーここだ、ここです。行きましょうシンゴ=サン」タバタは脇道の封鎖テープを指差した。「ロクに止めるとこのねぇ場所でくたばりやがってなぁ」シンゴが毒づいた。

 シンゴとタバタはここトコシマ地区のデッカーである。昨日深夜に国道沿いで起こった大量殺戮事件は普段から血なまぐさい事件がチャメシ・インシデントであるネオサイタマをして震撼せしめるほどの規模であり、彼らは夜の間ほとんどそれに関する確認作業に追われ続けていた。

 おそらくはバズソーによって、林業めいて切断された無数の死体が散乱する光景は酸鼻を極めた。しかし被害者の詳細すら、今のシンゴ達は知り得ていない。政府エージェントが現場に現れ、地域デッカーによる情報収集を禁じたからだ。

 デッカーとてサラリマンである。上からの一方的な命令にたてついていては面倒を抱え込むばかりで何の得にもならない。シンゴもタバタもそこはわきまえている。しかし仮眠の暇すらないまま新たに起こった別の殺人事件とくれば、さすがに閉口するしかない……。

「ドーモ、保全ドーモ。トコシマ・デッカーです。どんな感じだい」シンゴは「外して保持」と書かれた黄色いテープを踏み越え、オジギした。制服マッポがオジギを返す。「ドーモ。あちらです、二人ですね。手袋をお願いします」「ハイ、ハイ……」

 ねばねばした路地裏、ゴミ捨て場のそばで動かなくなっているのは二体の黒焦げ遺体である。近くで散乱するゴミ袋も同様に焼け焦げている。「やれやれ、こりゃあ昼飯にスシ・バーベキューが食いたくなるな」「デスネー」タバタが遺体に屈みこむ。「あー、サラリマンかな。ホロ酔いで帰宅中かな、これは」

 タバタが遺体のポケットからIDカードの入った手帳を発見した。「機械で解析しないとわからないですね、焦げちまって」フン、とシンゴは鼻を鳴らす。「火炎放射器でも使ったのか?」クンクンと嗅ぎ、「油がねぇぞ油が」「デスネー」「鑑識=サンは?」「向かってます」マッポが答える。

「もういいや、任せちまおうぜ」シンゴは欠伸をした。「デスネー」バイオカラスが遺体を狙っているのか、上空を旋回している。「気に入らねぇなぁ」「デスネー」「……気に入らねぇ」

残念なことに、シンゴの「気に入らねぇ」出来事は、このあと立て続けに発生することになる……。


◆◆◆


「アイエエエ!」デリバリースシ・チェーン「ソニック・シャリ」のデリバリーバイクが横転し、ガードレールに激突したのは、道路の真ん中で棒立ちになった男を避けたためである。デリバリー桶がひっくり返り、路上にスシが散乱する。

「い、痛え、畜生……」フルフェイスのヘルメットを被ったデリバリーガイはひび割れたフェイスガードを手で押さえ、呻いた。「大丈夫かいアンタ!」電柱で配電盤をいじっていた作業員が滑り降り、デリバリーガイへ駆け寄る。「急ぎすぎたンじゃないのかい?」「ひ、人が……」

「人?」作業員が振り返ると、確かに道路の真ん中に立つ人影がある。「……なんだ、ありゃあ?」作業員は訝しんだ。人影の周囲に、青白い光の玉が漂っているのだ。昼の光の下でもその不気味な明かりははっきりと見えるのだ。「おーい、大丈夫か、あんた?」「アバー」

人影は作業員とデリバリーガイの方へゆっくりと振り返った。そしてぎこちないオジギをする。「アバー、ドーモ。ウィルオーウィスプです。アバー」作業員は名状しがたい恐怖にとらわれた。その人影がニンジャ装束を着ているように見えるからだ。そして青白い炎もどうやら目の錯覚ではない……。

「……え?」作業員は訝しんだ。青白い炎の一つが、作業員に向かって飛んできたからだ。「え……」直後、炎は作業員に一瞬にして引火した。ヒューマン・トーチ!「アイエエエエー!?」デリバリーガイは絶叫し失禁した。作業員は無言だ。叫ぶ間もなく死んだのだ!

「た、助けて!アイエエエ!」デリバリーガイは逃げようともがくが、左脚を骨折しており動くことままならぬ!「アバー、ドーモ、ウィルオーウィスプです。アバー」驚くほどの速さで、ニンジャ装束の男はデリバリーガイの目の前まで来ていた。その周囲を旋回する青白い炎!

「アバー」「アイエエエ!」デリバリーガイは絶叫した。ニンジャ装束の奥の目は焼き魚めいて白濁している!次の瞬間、デリバリーガイも作業員と同様に青白い炎の柱となり、人間松明として一生を終えた。ナムアミダブツ!

「アバー、ドーモ」ウィルオーウィスプと名乗ったニンジャ装束の存在は四つん這いになり、路上に散らばるスシを食べ始めた。「アバー」その周囲でセンコ花火めいた光がバチバチと輝く。……すると、どうだ!

一瞬にして炭化した死体と化した二人の体から青白い炎の塊が染み出し、浮かび上がって、他の火の玉の隊列に加わったではないか!コワイ!

新たに道路を走行してきた軽自動車が、路上の様子に気づいて急ブレーキをかける。「なんだぁ、どうしました?気分が悪いの?」運転者は窓から顔を出し、ウィルオーウィスプに呼びかける。「アバー、ドーモ、ウィルオーウィスプです、アバー」白濁した瞳が、新たな犠牲者を見据える……。


◆◆◆


「イーグルとカラスが食らい合う炎の夜……血の使徒が現れ、滅びの日を告げるであろう……罪人は再生し現世を食らう……血の使徒は燃える剣を突き刺し、やがて朝は死を洗い流し、聖杯に光は満たされり……アーマゲドン!ナムアミダブッダ!」

 アンドウは呟きながら、トコシマ地区の陰鬱な裏路地をあてもなく練り歩く。夜が近い。彼の心を満たすのはやり場の無い焦燥感だ。

 アンドウは涙をこらえた。彼の精神は狂信の只中にあったが、同時に、そんな彼自身を客観的に見下ろす自我も同時に存在した。悲しみだけでは、彼は狂いきることができなかったのだ。不幸な事であった。

 アンドウは手塩にかけて育てた娘の幸せが一瞬にして理不尽に奪われた瞬間を認識するまいと努力した。彼は必死に自分自信を狂気の中へ駆り立てた。でたらめの宗教とチャント、思いつきの予言を書きなぐり、まず、自分自身にそれを信じ込ませようとした。

 彼は繁華街をフラつき、説法をしてまわっては、暴力を受け、ものを投げられ、疎んじられた。アンドウはハナから自分のデタラメの宗教が受け入れられるとは期待していなかった。他人を必死で布教してまわり、ナムアミダブッダと唱える事で、自らの正気を消し去りたかったのだ。

「血の使徒?アーマゲドン?ウフフ……」アンドウは立ち止まり、震える手のひらを見つめ呟く。私は何をやっているんだ…そんな自嘲が口をついて出かかる。しかしアンドウは思考を振り払い、再び叫び出す。「アーマゲドン!アーマゲドンだ!なぜ信じない!」通行人が、やれやれ、という顔で見返す……。

 アンドウはさらに薄暗い路地裏へ歩き進む。既に夜だ。今夜は長い。アーマゲドンだからだ。アンドウは祈り続けるだろう。「……え?」アンドウは前方の闇に目を凝らした。ぼんやりと鬼火めいた青白い炎が闇の中を漂っているのが見える。

 人が数人……こんな何もない路地裏で立ち話を?アンドウは訝った。どちらにせよ、説法の機会だ。アンドウは狂信者なのだ、相手を選んではいけない。……と、立ち話をしているかに見える彼らの一人が青い火柱になった!「アババババーッ!」ここまで届く断末魔!

「アイエエエエ!?」集団の二人が悲鳴をあげ、残る一人から逃げようとするが、ゴウランガ!「アバババーババー!」「アバーッ!」ヒュンヒュンと舞う鬼火が彼らの体に引火、たちまち同様の人間松明となる!ゴウランガ!

 アンドウは凍りついたように動けず、ガタガタと震えながら、その一部始終を……最後の男が鬼火をまとわりつかせながら脇道へ歩き去って行く様子を呆然として見つめていた。歪んだ口の端からヨダレがこぼれる。「ア、アイエエエ……ア、ア、アーマゲドン……」アンドウは地面にへたり込んだ。



3

「おい……おい……何件目だ、これで?」ハンドルを操るシンゴは憔悴もあらわに、落ち窪んだ目で前方を睨む。「夜だぞ、何時間労働だ畜生……」「デスネー。これで五件目です、五件」タバタはテリヤキ・ニギリを頬張り、シンゴにも差し出した。「ブッダ!マヨネーズ抜きかよ!」「デスネー」

 犠牲者が黒焦げの死体となって発見される「バーナー殺人事件」の被害者はこの一日で15人を超えた。まだまだ増え続ける勢いだ。デッカー、マッポは非番のものも動員して警戒に当たっているが、いかんせん腰を上げるのが遅かった。

「……タバタ=サン、これ何本に見える」シンゴは片手でハンドルを操作しながらもう片方の手でピースサインをした。「エート、二本ですね?」「……」シンゴは立てた指でタバタの目を突いた。「アイエエ!」「気に入らねえよなあ」「デスネー……」

 覆面デッカー・ビークルはT字路に差し掛かる。「ここを左……シンゴ=サン!あれは?」タバタが指差したときには、もうシンゴはドアを開けて飛び出していた。手にはデッカーガン。彼が走っていくのは、車の入れない細い路地裏だ。「シンゴ=サン!」タバタも車を止めて後を追う。

 ナムサン、二人のデッカーはなにを見たのか?路地裏の闇で燃え上がる青い炎と、断末魔の悲鳴だ!事件現場へ向かう途中、思いがけず、逃走中の犯人とさらなる犯行現場を捉えたのではないか?ブルズアイ!「ドーモ、止まりなさい、手を上げて!」シンゴはデッカーガンを構え、叫びながら前進する。

 酸鼻!燃え上がっていたのはやはり人間だった。黒焦げの遺体と化した犠牲者が、シンゴとタバタの目の前で、ぐったりと路地の配管パイプにもたれかかって事切れる。「動くなよ!」シンゴはデッカーガンのロックを解除した。赤いレーザーサイトが、うつむいて佇む不審人物に照準を定める。

「アバー」不審な人影の周囲に青白い炎が鬼火めいて浮かび、まとわりついた。シンゴは眉根を寄せた。いかなる自然現象か?何らかの科学兵器を通り魔的に人体実験する「テクノ・ツジギリ」の類いかも知れぬ。この地区の経済状況は良好であり、そういった犯罪が起こることは通常考えられないのだが……。

「アバー、ドーモ、ウィルオーウィスプです、アバー」かくんと首を揺らし、不審な人影が一歩シンゴへ踏み出す。シンゴは銃身のフラッシュライトをオンにした。ライトが照らし出す姿は、「……ニンジャ……?」「アバー」BLAM!BLAM!BLAM!シンゴは迷いなくデッカーガンの銃弾を叩き込む。

「シンゴ=サン?」タバタもデッカーガンを構えながら、「いいんですか、ちょっと」「馬鹿野郎!」BLAM!BLAM!BLAM!さらに発砲!シンゴの極限的本能が、やるかやられるかの危機を察知したのだ。「始末書なら俺がいくらでも書いてやる!やれ!」BLAM!BLAM!BLAM!

「アバー、アバー」ウィルオーウィスプと名乗った不審者は思いがけず速い動作で壁から壁へ三角跳びを繰り出し、銃撃を回避!「畜生!」BLAM!BLAM!BLAM!シンゴとタバタは執拗に発砲するが、なんたる動物的回避能力か!「ニンジャだと?まさか……ふざけるなよ……」「シンゴ=サン!」

 タバタがリロードに手間取るシンゴの体を突き飛ばした。「な…」「アババーッ!」その直後、飛来した鬼火はタバタの背中に着弾、青く燃え上がる!「タバタ!!」「アババーッ!」シンゴはデッカーガンを乱射!BLAM!BLAM!BLAM!「アバー」銃弾がウィルオーウィスプの肩を撃ち抜く!

「アバー」白濁した瞳がシンゴを一瞥した。と、ウィルオーウィスプは身をひるがえした!炎をまとわりつかせた影は、壁を蹴りながらあっという間に路地裏の角を曲がって消えて行く!「タバタ!!」「アバババババー!」シンゴは自身のコートを脱ぎ、燃え上がるタバタの背中に叩きつける。「クソーッ!」

「…アイエエエ……」青い火は消し止めたが、タバタは虫の息であった。タバタのコートは黒く焦げ、肉が焼けるにおいが立ち昇る。シンゴはタバタを助け起こす。「おい、タバタ!聞こえるかタバタ=サン!」「……」「タバタ!返事しろ!おい!」「……」「救護班は呼んだ!おい!」「……デスネー……」

「馬鹿野郎……!」「デスネー、ご無事でなにより……」消えいるような声で呟くと、タバタは脱力し、意識を失った。「タバター!!」救急車のサイレンが近づいてくる……


◆◆◆


「アーッ!もーッ!」リー・アラキは悔しさのあまりブリッジめいてのけぞった。柱の巨大モニタには「全員が死んでしまった」というゴチック体の表示。「アーンいけませんわ、頭を打ったら貴重な脳細胞がいけませんわ」フブキ・ナハタはリー先生の頭を豊満な胸でクッションめいて受け止める。

「ジェノサイドがいなくなってしまうぞ!あいつときたら手加減を知らん、これはやりすぎですねェ……!」「まったくですわね」フブキは乳房でリー先生の頭を挟みながら同意した。「スタッフもリクルートしないといけませんわね」「それはヨロシサンあたりから引っ張ってくればいいねェ!トリダ君は?」

「回収完了しましてよ」フブキは手元のデッキを操作し、小型モニタのIRCレポートを覗き込む。「あら、ボディはキレイに残っていますわ、首の切断で済んで、よござんしたわね」「そりゃ結構!イヒヒーッ!」

「……あら」デッキを操作するフブキの手が止まる。「なんだねフブキ君?」「情報提供ですわ。これ、……あら、アラー……」「何?なんだね!もったいつけてはいかんねェ!」リー先生は頭を挟むフブキの乳房を両手で揉みしだいた。「アーン、先生、これ、例のゾンビーニンジャじゃありませんこと?」

「例の?あの、なんとかいうゾンビーか?」「ウィルオーウィスプですわ。トコシマ地区で暴れていますの、ね?青白い炎だとか、焼け焦げだとか」「ウィルオーウィスプ!」リー先生は跳ね起き、乱暴にフブキを押しのけると、モニターに顔を押し付ける。「な、なななんと!これはウィルオーウィスプ!」

 リー先生は素早くキーボードをタイピングし、パンチシートをプリントアウトする。貪るように確認!「まままっ、まさしくこの手口はウィルオーウィスプに注入したオバケ・ニンジャソウルの特性!なんたる事か!死後72時間以上経過してからの覚醒だと!?しかもこの短時間でこれだけの……」

「どうされますの?」フブキがリー先生にもたれかかる。リー先生は痙攣しながら笑い出した。「イヒヒーッ!ヒョウタンからオハギ!これはいけませんねェ!ジェノサイド、あれは現時点では手に負えん、別の手段を考える!まずはウィルオーウィスプを回収だ!シンジケートに連絡を!」「もうしましたわ」

「さすがだ!!フブキ君!」リー先生は感極まり、勢いよくフブキ・ナハタのラバー白衣のボタンをむしり開いた。豊満な乳房が完全に露わとなる!「アーン!」「ご褒美をくれてやる!」「アーン!」リー先生がフブキを押し倒す!


◆◆◆


 もぬけの殻となった対策室で唯一人、長机に行儀悪く腰を下ろす中年男が一人……シンゴ・アモである。背中を丸めた彼はホワイトボードの殴り書きを暗い湖めいた瞳で睨みつける。ニュービー・マッポが入室し、ボードの字を消しにかかるが、「カエレ!」シンゴが一喝すると、静かに失禁して退出した。

 署に帰ったシンゴを待っていたのは、バーナー殺人事件捜査本部の一方的な解散の知らせである。深夜に起こった大量殺人事件と同様、唐突な幕切れの通告……上層部の政治的判断だ。シンゴのような兵隊には預かり知らぬ、理不尽な権力が介入したのだ。

 だが……シンゴはホワイトボードの殴り書きを睨みつける。アンコ入りセンベイ・クランチを噛みながら。「タバタ……待っとれよ」殴り書きは、バーナー・キラー、「ウィルオーウィスプ」と名乗ったあのニンジャめいた殺人鬼の、これまでの犯行地図だ。

 五分程そうしていただろうか。シンゴはようやく立ち上がると、クマの浮かんだ落ち窪んだ目で前方を凝視、署の廊下を歩き出す。すれ違う同僚は気まずい視線を送るだけで、彼に声をかけはしない。それはそうだ。かける声など、ありはしない。

 シンゴは太った体を揺すり、地下の武器庫へ続く階段を降りる。「ドーモ」管理室の老人に冷たくアイサツし、シンゴは武器庫のカーボンフスマを開いた。「来ちまったかあ、止めても仕方ないのかねえ」管理人の老人が頭を掻いた。「……」「タバタは可哀想だったよ、だがねえ」「……」

 比較的治安の良好なトコシマ地区であっても、武器庫は充分に危険な場所である。暴徒鎮圧兵器や突入用重火器だけでなく、凶悪犯の使用した偏執的武器やヤクザから押収した凶器までが、どういうわけか納められている。シンゴはバイオバンブー製の陳列ラックの奥へ歩いていく。

「おい、シンゴ=サン、本気なのか?」手にした武器を見た管理室の老人が問う。「本気だとも」シンゴは平静に言った。

 ウィルオーウィスプ。一度殺人を行った地域で再度の犯行は起こしていない。一定の距離間隔を確保しつつの犯行。トコシマ地区をまんべんなく巡回するかのように。まだ手のついていない地域は多くない。後はデッカーの勘だ……。

「だが、そんな……何を相手にする?」「……ニンジャだよ」



4

「ナ、ナ、ナ、ナムアミダブッダ……!ナムアミダブッダ……!」

 既に外は闇!廃テンプルは無数のロウソクで煌々と照らされ、ステンドグラスを前にドゲザチャントを続けるアンドウの影は四方八方に伸びていた。

 おそるべき反自然存在がマッポーのわざを用いて哀れな市民の命を奪う瞬間を目の前でまざまざと目撃したアンドウの心は、いつにもまして引き裂かれていた。これはアーマゲドンの始まりに他ならない!その一方で彼の残りわずかな理性が困惑する。どうして妄想が現実に?と……。

(私はとうとう狂ってしまったのだ)(狂う?狂うって何がだ!アーマゲドンは現実に今夜起こることだ、そうだろう!)(あれは私が思いつきで書き殴ったビジョンにすぎない、こんなはずじゃないんだ!)(あれは預言だ!預言が正された!)(バカな!)「ナムアミダブッダ!ナムアミダブッダ!」

 窓から吹き込んだ風でロウソクの炎が暴れる。「アイエエエ!」アンドウは恐怖のあまり七転八倒した。ステンドグラスの「血の使徒」と目が合う。「アイエエエ!」コワイ!路地で目撃したあの反自然存在が血の使徒だというのか?「罪人が、罪人が蘇る……マッポアマゲドン!ナムアミダブッダ!」

 と……そのときだ!アンドウは唐突に気づいた。窓の外の闇にちらつく輝きに。アンドウは窓際へよろめきながら近づき、外の闇を見る……彼が見たのは、廃テンプルを囲む墓地を不気味に照らす無数の青白い炎……!「ア、ア、アイエエエエーエエエ!?」


◆◆◆


「捕獲対象の名称はウィルオーウィスプです」運転ヤクザが助手席に座る深緑のニンジャに告げる。そう、ニンジャである。彼の名はブラックヘイズ。任務を受諾したのは200秒前だ。急を要する任務であるため、ブリーフィングはこうして移動中の車内で行われる事になった。

「INWのゾンビー」ブラックヘイズは呟く。「どんなジツを使うのだ」「INWが情報をまとめてあります。ウィルオーウィスプに宿ったニンジャソウルはオバケ・ニンジャといいます」「名付きなのか?大丈夫なのか」「さあ。わかりません」運転ヤクザは正直に答えた。

ヒュン。ヒュン。定期的に頭上を通過する道路灯が催眠的なリズムを作る。「わかりませんと来たか」「ハイ。しかしウィルオーウィスプの知能は高くないようです。オバケ・ニンジャのジツですが、電磁力の一種を用いるとの事」「もっと戦闘で役立つような説明をしろ。センタ試験でもやらせる気か」

「ハイ。説明が続いています。ウィルオーウィスプはある種の電磁力によって、人体、とくに死体の体内のリン成分に働きかけ、抽出して操作するのだという事で」「悪趣味なことだ」

「人体の腐敗を促進し、その腐敗ガスとリンを用いて発火させ、その炎をなんらかのサイコキネシス的な力で自在に操作するのだそうです」「要するにカトン・ジツの変わり種か」「私もINWからの情報をお伝えしただけですので」「フン」ブラックヘイズはメンポに葉巻を差し込み、吸った。

「今朝頃から、犠牲者の体に放火する通り魔事件が連続で起こっています。全てこのウィルオーウィスプの仕業で、シンジケートを通してマッポに圧力をかけてあります。後はブラックヘイズ=サン、貴方がスギウラヤ古墓地へ向かい、そこへ現れるウィルオーウィスプを捕獲します」「なぜ現れるとわかる?」

「習性、だそうで」運転ヤクザが淡々と答えた。「死体からヒトダマを抽出するにあたって、地中にその素材が大量に存在する墓地は、いずれウィルオーウィスプが必ず訪れる場所だそうでして。そしてひとたびそこへ辿り着けば、自身の意志でそこから離れる事はないと」「なるほど」

 運転ヤクザはナビゲーション装置を確認した。「トコシマ地区のインターチェンジで降ります。40分前後で到着しますので戦闘準備をお願いします」ブラックヘイズは紫煙を吐き出した。ソウカイヤ・リムジンの強力な空調装置があっという間にそれを吸引する。「準備?俺はプロだ、常にエマージェントだ」


◆◆◆


「アーマゲドン……ア、ア、アイエエエエエ……」アンドウはもはやなすすべ無く、涙と鼻水を垂らしてガタガタと震えながら、ステンドグラスの下でうずくまっていた。

 外は不気味に明るい。無数のヒトダマがこのテンプルを取り囲んでいるからだ。「世界はもう終わってしまったのだ……わ、私の預言のせいだ!」アンドウは独り慟哭した。テンプルの全周囲にヒトダマ。彼の精神状態では世界中がこの有様と考えるのも無理からぬ事だった。

「血の使徒が現れ、滅びの日を告げるであろう……罪人は再生し現世を食らう……」アンドウは呟く。周囲のヒトダマはまさに、現世を食らいに現れた罪人に他ならぬ!そして滅びの日を血の使徒が告げにくるはずだ、今すぐにも、最後に残ったアンドウのもとへ、「ドーモ」「アイエエエエエ!」

 ショウジ戸を突き破ってテンプルへ飛び込んで来、ギクシャクとオジギしたのは、まさにあの時アンドウが路地裏で目撃した存在そのものであった!「アイエエエエエエエ!」アンドウは声を枯らして叫んだ。「アバー。ドーモ、ウィルオーウィスプです。アバー」「アイエエエエエ!アイエエエエエエエエ!」

「アバー」ウィルオーウィスプはアンドウへ、何かを乞うかのように片手を差し出した。無論それは何かを乞うたわけではない。直後にウィルオーウィスプの背後の闇から青白い炎がひとつ、飛び来たった。「アイエエエエエエエエ!」「アバー。ドーモ。ヤケルー」炎がアンドウへ向けてゆっくりと飛ぶ!

 ドウン!その時である!衝撃波を背後から受けたウィルオーウィスプが前へ吹き飛び、床に叩きつけられるように倒れた!「アイエエエエエエエエ!」新たに外の世界からエントリーして来た男をアンドウは恐怖とともに凝視する。恰幅のよい中年男性を!

 アンドウへ向けて飛来していたヒトダマはコントロールを失い、あさっての方向に逸れ、天井の穴から外へ飛び出して行った。「ドーモ、あー……」中年男性はアンドウを見て首を傾げる。「あんた、この界隈の有名人じゃないか、アンドウ=サン。今夜もお勤めか。まあいい、悪いが手帳を見せる暇はない」

 中年男性、すなわちトコシマ・デッカーのシンゴは、モーターめいたシルエットの無骨極まりない武器を構えていた。オムラのエンジニアであればすぐにそれが何なのか察したであろう。ショックブラスターである。

 衝撃波を打ち出し、空気の圧力で対象を殺傷するマッポー的兵器・ショックブラスター。この個体はかつてヤクザクラン「キング・オブ・ゴリラ」が対立組織事務所の構成員45名を一時間で皆殺しにした際に使用された凶器である。

 シンゴはこの恐るべき武器を、単なる破壊的感情のおもむくままに選び取ったのではない。つまり…「アバー、ドーモ、ウィルオーウィスプですアバー」ウィルオーウィスプは転がりながら立ち上がり、シンゴへ向けてオジギした!腐臭がテンプル内のロウソクの臭いと混じり、白濁した瞳がシンゴを認識する。

 ドウン!シンゴは有無を言わさず二発目のショックブラスターを発射した。しかしウィルオーウィスプは側転して衝撃波を回避!ゴウランガ!ゾンビーでありながらまるで劣化を感じさせぬニンジャ瞬発力!

「アバー」屋外からヒトダマがテンプルへ飛び込み、シンゴのもとへ飛来!だがシンゴは落ち着き払ってショックブラスターを再度発射する。ドウン!目標はヒトダマだ!衝撃波を受けた青い炎は一瞬にしてかき消える。読者の皆さんはご存知だろうか、発破の衝撃を利用した鎮火作業を。あの原理と同じだ!

 さらにヒトダマが飛び込む。ドウン!かき消される!「アイエエエエエ!」アンドウは尻餅をつき、絶叫した。「アバー」ウィルオーウィスプが両手を突き出しシンゴへ殺到!ドウン!シンゴは落ち着き払ってショックブラスターを発射!ウィルオーウィスプの体が再度弾き飛ばされる!

「フン、なるほどニンジャの頑丈さってやつか、ええ?」ゆっくりと起き上がるウィルオーウィスプへ、シンゴは面白くもなさそうに言い放つ。「たいした頑丈さだ。それともあれか、お前さん、ゾンビーか何かか」「アバー」

 シンゴはショックブラスターの側面のダイヤルを操作する。ショックブラスターは焦点を絞る事で効果範囲を狭めるかわりに衝撃波の殺傷力を増すことができる。彼はダイヤルを「点」にセットした。「アバー」ウィルオーウィスプがスプリングキックで起き上がる。シンゴはショックブラスターを、

「イヤーッ!」天井を破砕し、新たな侵入者がウィルオーウィスプとシンゴの間に落下して来た!「何だと?」一瞬ためらったシンゴを、新手の侵入者はジャンプパンチで襲う!「イヤーッ!」「グワーッ!」

 シンゴはとっさにショックブラスターを掲げて防御を試みた。結果的にそれが彼の命を救った。なぜなら新たな侵入者はニンジャであり、ジャンプパンチがシンゴの脳天に直撃すれば、彼の頭はトマトめいて飛び散ったであろうから。かわりに犠牲になったのはショックブラスターだ!

「アイエエエ!」アンドウが叫び、尻餅姿勢で壁際に後ずさった。ショックブラスターは深緑のニンジャのパンチ一撃で吹き飛び、鉄屑に成り果てた!さらにニンジャは振り向きながらの裏拳をウィルオーウィスプに繰り出す!「イヤーッ!」「アバー」ゾンビーニンジャはバックステップで裏拳を回避!

「ドーモ皆さん。私はブラックヘイズです。オジャマシマス」深緑のニンジャは電撃的な素早さで三者に対しそれぞれオジギした。そのメンポからは葉巻が突き出ており、ロウソクの臭いと腐臭の混じるテンプルの空気へ紫煙の臭いを混ぜる。

 BLAM!BLAM!BLAM!シンゴがデッカーガンを抜き、素早く発砲した。だが、ナムサン!ブラックヘイズはブリッジで銃弾を回避!ブリッジ姿勢を取りながら彼は言った。「見たところデッカーのようだな。悪いがこっちも仕事でな。あんたの獲物を横取りさせてもらうぞ」

「ふざけるな!」BLAM!BLAM!BLAM!シンゴはニンジャを恐れずさらに発砲した。しかし、やんぬるかな、ショックブラスターあらばいざ知らず、ノーマルな武器はニンジャに通じはしない。ブラックヘイズはブリッジからバック転を繰り出し、さらに壁を蹴って、銃弾を完全回避!

 そして……ゴウランガ!次の瞬間、シンゴの背中が青く燃え上がった!「グワーッ!」ウィルオーウィスプがテンプル内へさらにヒトダマを呼び寄せていたのである。新手の侵入者に注意を傾けていたシンゴには避けようがない。インガオホー!

「イヤーッ!」壁を蹴ったブラックヘイズは空中でウィルオーウィスプ目がけて右手を突き出す。するとどうだ!黒いネットが手のひらから展開し、ウィルオーウィスプを絡め取った!「アバー?」タツジン!これこそが、彼のコードネームの由来たるヘイズネット・キャプチャー・ジツなのだ!

「グワーッ!グワーッ!」シンゴは苦悶して床を転げ回る。彼はコートの下に耐熱胴衣を着込んでいた。しかしそれだけで防げる炎ではないのだ……!着地したブラックヘイズは冷たくシンゴを見下ろした。「災難と思って諦めろ。そして残念ながら目撃者の抹殺指令も出ている。恨みは無いが死んでもらおう」

 今やテンプル内には沢山のヒトダマが入り込んで来ていた。テンプルは当然ながら日本的建築の常として木製だ。しかし不思議とヒトダマがテンプルに引火する事は無い。ヒトダマの化学的性質なのか、ウィルオーウィスプのコントロールによるものか、ただ人間を執拗に焼き殺す残虐なジツなのである。

「アバー」ウィルオーウィスプの全身に絡み付いたネットをブラックヘイズは締め上げにかかる。「アバー」ウィルオーウィスプはもがくものの、脱出はかなわぬ。四肢の自由が奪われればコントロールも効かぬか、浮かぶヒトダマがブラックヘイズに襲いかかる事はなかった。

「アイエエ……」アンドウは逃げ出す事すら発想できず、失禁しながらテンプル内のマッポー光景をただただ見守るばかりである。終末を迎えた世界に次々にアーマゲドンの神々が降臨してくる。アンドウは自問した。これは自分の妄想が引き起こした結果なのか。あるいは全て幻で、自分は完全に狂ったのか。

 狂ったのならそれもよい。このまま狂気の夢の中で朽ち果てる事が出来れば、愛する娘の最期の光景など思い出す事もあるまい。「ああ、だめだ、だめだ……」アンドウは呟き、泣きながら笑った。「神様、こんなときも私はあの子の事を思い出さずにはいられぬ、いや、こんなときだからか……ははは……」

「狂人め。面倒は嫌いだがお前も殺さねば」ウィルオーウィスプを拘束し終えたブラックヘイズは、アンドウを見下ろしながら悠々と葉巻で一服する。シンゴはうつ伏せに倒れたまま、ぐったりと動かない。テンプルの天井付近を漂う無数のヒトダマ。外の闇……!「アーマゲドン……」アンドウは嗚咽した。

 その時だ!「イヤーッ!」血の使徒のステンドグラスが割れ砕け、そこから飛び込んで来た者があった!「アイエエエエエ!?」アンドウは気絶せんばかりに驚愕した。全身を血で染めた荒ぶる存在!ステンドグラスに描かれた「血の使徒」が実体を備え、降り立ったのである!

「ち、血の使徒だ!ほんものの!」アンドウは感極まって叫んだ。「あなたがそうなのか!あなたが!アーッ!アーッ!」「なにをバカな」ブラックヘイズは落ち着き払って新たな侵入者を見た。「……やれやれ、面倒だ。聞いてないぞ、こいつの事は……」

 新たな侵入者……血の色を思わせる赤黒い装束で身を包んだそのニンジャは、テンプル内の混乱へ無慈悲な視線を走らせた。そしてアイサツした。「ドーモ、はじめまして皆さん。ニンジャスレイヤーです」

「ち、ち、血の使徒……!」アンドウは震えながらニンジャスレイヤーを指さした。「本当だった……ビジョンは何もかも本当なんだ!」「チッ、黙れ、神がかりめ」ブラックヘイズは言い放ち、メンポの音声認識IRCトランスミッターを操作する。

「アー、モシモシ、面倒が発生だ。対象は捕獲したが、問題が二点。デッカーが居合わせた。無力化したが、増援可能性を確認してくれ。それからもう一点。大変な面倒だ。……ニンジャスレイヤーだ」ブラックヘイズは目の前の敵を睨みながら、「そうだ。こいつも殺るならインセンティブは追加扱いだぞ」

 ニンジャスレイヤーはブラックヘイズの通信中、腕組みの姿勢で奥ゆかしく待機する。「……チッ、了解した。それでいい。通信を終了する」ブラックヘイズは会話を終え、あらためてニンジャスレイヤーへオジギした。「ドーモスミマセン、はじめましてニンジャスレイヤー=サン。ブラックヘイズです」



5

「ドーモ」ニンジャスレイヤーは再度の会釈で応える。「ソウカイ・ニンジャだな?」「そう考えてくれて結構だ。貴様もこのウィルオーウィスプ狙いか?」葉巻を地面に投げ捨て、ブラックヘイズはカラテを構えた。「有名人に会えて光栄だ、ニンジャスレイヤー=サン」「……よかろう。ニンジャ殺すべし」

「アバー」ヘイズネットで捕縛されたウィルオーウィスプが床で身じろぎする。拘束は手際良く行われており、動くことはかなわない。「ウ……ウ……」起き上がることができないのは、背中を焼かれたシンゴも同様だ。ブラックヘイズとニンジャスレイヤー、対峙する二人はそれを無視し、互いを注視する……

「個人的な興味で聞くが」ブラックヘイズが問う。「なぜ貴様はシンジケートとコトを構える、ニンジャスレイヤー=サン?貴様は犬のように追われ、遅かれ早かれ惨めに死ぬのだ。……それはつまり今夜というわけだが」暗く笑い、「貴様の戦いは無意味で無軌道極まりない。ニンジャを殲滅するつもりか?」

「そうだ」ニンジャスレイヤーは即答した。「オヌシらは皆殺しにする。そこで動けずにいるニンジャも当然、殺す」二者は円を描くように摺り足で動き始める。「フン、殺すも何も、そのウィルオーウィスプは既に死体だぞ。ゾンビーだからな」「ゾンビーも殺す。これまでも何人か殺った。こいつも殺す」

「殺し続けた先に何がある?その憎悪の源は何だ?知りたいものだな」「先など無い。なにも無い」ニンジャスレイヤーは答えた。「オヌシは無駄話が好きなようだな」メンポに彫られた「忍」「殺」の文字が天井を漂うヒトダマの青い光を受けた。ブラックヘイズは笑う。「そうとも。俺はおしゃべりなんだ」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが初手だ!カラテチョップがブラックヘイズの肩口を狙う。「イヤーッ!」ブラックヘイズはくるりと回って身をかわし、側頭部を踵で蹴ろうとする。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの回し蹴りが踵蹴りを打ち返す!「フン!」ブラックヘイズはバック転で間合いを取る!

 ニンジャスレイヤーはすぐさま突進で追いすがる。しかしブラックヘイズは両手を開き前方へ突き出す、「そして俺は面倒が嫌いでな!」その手のひらから黒いキャプチャーネットが展開した!ナムサン!

「イヤーッ!」なんたるハイ・ジャンプ!ニンジャスレイヤーは垂直に跳び上がってキャプチャーネットの包囲を逃れる!しかしブラックヘイズが手首を振ると、展開したネットはすぐに脱落、瞬時にリロードしたのち、空中のニンジャスレイヤーへ今度は直線的なネットを射出した!「イヤーッ!」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは身体をねじってキャプチャーネットをギリギリのところで回避。そのままスリケンを三枚投げ返した!「イヤーッ!」ブラックヘイズは片手の指先で二枚のスリケンを挟み取り、残る一枚はダメージの少ない肩口で受ける!「さあ来い、ニンジャスレイヤー=サン!」

「イヤーッ…グワーッ!?」そのまま飛び蹴りで襲撃しようと試みたニンジャスレイヤーの身体が、不可解に空中でバウンドした!空中で捉われるニンジャスレイヤー! ゴウランガ!これはいかなるジツか!?「キャプチャー完了だ」ブラックヘイズは肩に力を込め、スリケンを体外へ押し出す。

「血の使徒が!血の使徒が天を舞っている!アイエエエエ!なんたる光臨!」アンドウは感極まり、泣きながら空中でもがくニンジャスレイヤーにドゲザした。「ナムアミダブッダ!アーマゲドン!アーマゲドン!」「少し黙れ。貴様から殺してもいいんだぞ」ブラックヘイズがうんざりと言った。

 ニンジャスレイヤー……フジキドは、自分を絡め取ったモノから逃れようとなおももがいた。しかし、もがけばもがくほどそれは彼の身体を強固に苛む。彼を拘束しているのはサイコキネシスの類では無い。あくまでもそれはテクノロジーの産物、透明なヘイズ・ネットであった!

 黒いヘイズネットは伏線であった。彼は黒いネットに注意を集中させ、同時に、透明かつ極細のネットを、フジキドが感づかぬよう展開していたのだ。彼が片手をスリケン・キャッチに使わずあえて肩を危険に晒したのはその為だ。片手で透明なヘイズ・ネットを張り巡らせていたのだ。

 フジキドはおのれのウカツを悔いた。思えばブラックへイズというコードネームも、ヘイズネットの色を黒に限定せしめるミスリードであったのでは?ワザマエ!だが今更そんな事を悔いても意味はない。フジキドはなおももがく。ネットは彼のニンジャ装束に食い込み、身体に細かい切り傷を創りはじめた。

「無駄だ、無駄だ」ブラックへイズは懐から葉巻を取り出し一服した。「暴れて破れるようなネットなら、始めから使わんよ」「イヤーッ!」「そこでのびているデッカーの増援も気がかりだ。まずは貴様だニンジャスレイヤー=サン」「イヤーッ!」「この葉巻は爆弾だ。古典的なジョーク。これで殺す」

 ブラックへイズが一服した葉巻をダイヤルを操作するようにいじる様子を、フジキドはもがきながら睨んでいた。「イヤーッ!」葉巻型爆弾の火力にフジキドは耐えられるか?万事休すか!「イヤーッ!」

「ハイクはこの葉巻が爆発するまでに勝手に読め」ブラックへイズは葉巻を投げつけた!「イヤーッ!」そのとき!ブチブチと嫌な音を伴い、フジキドの右腕が深く裂けた!

「何!」驚愕の叫び声をあげたのはブラックへイズだ。装束が破れ血に塗れた右腕で、フジキドは飛来する葉巻をつかみ、起爆前に粉々に握り潰したのだ!ナムアミダブツ!なんたるニンジャ握力!「右腕を脱しただと」ブラックへイズはしかし、うろたえはしない。「だが運命を変えるほどではないな」

 フジキドの下でブラックへイズは再び葉巻を用意する。今度はケースから残りの葉巻すべてを出す。確実の上に確実を期そうというのだ!

「イヤーッ!イヤーッ!」フジキドはもがき続ける。だがヘイズネットの抵抗は硬い。右腕は奇跡であったのか!?「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」

 (((フジキド……)))

 フジキドはニューロンを染みのように汚す不快な声を感じた。「イヤーッ!?」(((フジキド……)))

 不快な声は憔悴するフジキドのニューロンに、電撃的な速度で腫瘍めいて広がっていく。フジキドは困惑した。「イヤーッ!?」(((ワシとオヌシは一蓮托生、ユメユメ忘れるなかれ)))

 フジキドはもはや認めざるを得なかった。この声は彼をあの日ニンジャたらしめた邪悪な魂……常にその心を乗っ取ろうと試み、やがてドラゴン・ゲンドーソーに封印されるに至った悪しきニンジャソウルの呼び声である。

「イヤーッ!?」しかし、ドラゴン=センセイのインストラクションを経て、フジキドはそのニンジャソウルを自ら圧倒し、屈服させたのではなかったか?(((そう邪険にするものでない。ワシが幾らでも力を貸してやる)))「イヤーッ!」

 ブラックへイズが素早く葉巻爆弾のスイッチをいれて行く。「これで終わりだ、ニ」(((よいかフジキド。ワシはオヌシの味方だ。誰よりもオヌシの事を考えている。そもそもオヌシを死の淵から救い、あまつさえ力を与えたのは誰だ?わかるな?あのしみったれの老いぼれではないぞ、フジキド)))

「「「オヌシの道具に今一度成り下がるつもりなどない。失せろ」」」(((ここで死ぬのか?ワシに言わせれば、あんなカイコ・ニンジャ・クランのニンジャなど、コワッパも同然ぞ!よいか、)))「「「だまれ。失せろ!」」」(((話を聞け!フジキド!ワシとて滅ぶのはゴメンなのだ)))

 ニューロンに寄生する邪悪な声が、困ったような、諭すような響きを帯びる。(((オヌシが死ねばワシも爆発四散するばかりだ。ワシはかつてオヌシをジョルリ人形と見なしておった……認めよう、正直に。だがワシは眠りの中で見てきた。オヌシがニンジャどもを無慈悲に殺してゆくさまを)))

「「「……」」」(((ワシとオヌシは目的を同じくするものだ。眠りの中でワシは学んだ。ワシらは主従ではなく仲間だ、運命を同じくする兄弟だ。力を合わせようではないか)))「「「何を企んでいる」」」(((ここを生き延びる事だ、そしてより多くのニンジャを殺す事だ)))

「「「……オヌシに体は貸さぬ」」」(((そうだとも!わかっておるとも!ワシは適切に助言し、教え導いてやる。インストラクションだ!それも、オヌシが望んだ時だけだ。ワシはオヌシに害を為したりはせぬ)))

 ……フジキドは訝った。この殊勝な態度はブキミである。何事かを後々に為さんと企んでいる事は明白だ。だが……

「「「……ならば助言とやらをしてみよ」」」フジキドは命じた。(((無論だ!)))邪悪な声がニューロンを駆け巡る。

 フジキドの視界は灰色にぼやけ、世界はほとんど静止して見える。自分自身のニューロン内での対話は現実時間の一秒にも満たない。

(((フジキド。オヌシがニンジャソウルの痕跡を辿り、狩り殺さんとしていたあの死人ニンジャ。いまブザマに寝ているあれだ。あれはオバケ・ニンジャだ。ワシはあれと闘ったことがある……だがそれはよい。奴のヒトダマ・ジツを利用せよ。フーリンカザンだ)))

 ナラク・ニンジャの邪悪な声がニューロンを駆け巡り、やがて飛び去り、灰色の視界に色彩が、時間の流れが戻ってくる。「…イヤー=サン」ブラックへイズは葉巻の束をニンジャスレイヤーに向かって投擲しようとした。ニンジャスレイヤーは黒いヘイズネットに絡み取られた床のゾンビーニンジャを見た。

「アバー。アバー」いまだそのゾンビーニンジャは捕縛を逃れようともがき続けている。ニンジャスレイヤーはナラク・ニンジャの「インストラクション」に沿って、滑るように右腕を動かした。ブラックへイズが葉巻爆弾の束を投げる!

 死の一歩手前、ニンジャスレイヤーの右手がつかんだのは、自らの「忍」「殺」と書かれたメンポ(フェイスガード)であった。チタン合金製のそれを己の顔から素早く取り外すと、ブラックヘイズのいないあさって方向へ、フリスビーめいた横回転で投擲した!「苦し紛れか!」ブラックヘイズが断定する!

 葉巻型爆弾はブラックヘイズのニンジャ精密さによって、ニンジャスレイヤーの右手が届かぬ足元付近のネットに絶妙に引っかかった。これでは解除不能!「さあ、爆発の瞬間までにハイクを詠むがいい。狂った殺戮嗜好者の貴様にそのような知性があるのならばの話だが」

「ニンジャみな殺すべし……慈悲は無い……お前も殺す、インガオホー」「何……?」ブラックヘイズはニンジャスレイヤーの口をついて出たハイクに眉をひそめた。異様で醜く、定型を外れたハイクだ。そして辞世のテーマが何一つ含まれていない事を訝った。

 ブラックヘイズの視界外で、回転するメンポは斜め急角度にカーブした。床スレスレを高速で飛ぶ回転メンポの進路には、もがくウィルオーウィスプが!「アバー」「チッ、何かマズイ」考えを巡らせるブラックヘイズへ、ニンジャスレイヤーは右手で牽制のスリケンを投げる!「イヤーッ!」「クソッ!」

 ブラックヘイズはスリケンを回避せざるを得ない。メンポは床にロウをしたたらせて燃えるキャンドルを一直線に切断しながら、ウィルオーウィスプの体を拘束する黒いヘイズネットにぶつかり、弾き返された。ナムサン!プロフェッショナル用途の強度!

「これが貴様の最後のあがきか、ニンジャスレイヤー=サン」ブラックヘイズは肩をすくめた。「腹いせにウィルオーウィスプを解放しようなどと無駄な……」切断された無数のキャンドルが低空を舞う。「無駄な……」それらキャンドルの幾つかが、ヘイズネットの上に横倒しに落下する。「…バカなーッ!」

「アバ、アバー、アバーッ」ネットを炎が伝い、ウィルオーウィスプがひときわ激しく暴れ出す。その狂乱と炎によるネットの劣化、二つの要因によって、「アーバーッ!」ネットはついに引き裂かれた!両腕を天井へ突き上げるウィルオーウィスプ!天井に集まっていたヒトダマがまとめて落下する!

 さらに、おお、おお、ゴウランガ!ヒトダマの群れは中空でニンジャスレイヤーを拘束する透明のヘイズネットに次々に引火!ヘイズネットをすりぬけたヒトダマは狂ったように廃テンプルを飛翔する!わずか一呼吸、数秒のうちに、廃テンプルはマッポーの炎熱地獄と化した!

 透明のヘイズネットが熱で溶け、ニンジャスレイヤーの四肢が即座に自由を取り戻す。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは落下しながらサッカーボールを蹴るように葉巻型爆弾を窓の外めがけて蹴り飛ばす!直後に爆弾が起爆!KABOOOM!その時間差は一秒にも満たない!

「何だ、これは。大混乱だな」ブラックヘイズはヒトゴトのように呟く。彼は上を見上げる。荒れ狂うヒトダマの炎はテンプルの天井へ燃え移った。ウィルオーウィスプのジツが制御を失っているのだ!「イヤーッ!」燃えながら落下してきた梁を回転ジャンプで避け、彼はそのまま屋外へ飛び出す!

 ニンジャスレイヤーはどうか?彼は落下中に電撃的な状況判断を下していた。床でうつ伏せになったデッカー、シンゴへ駆け寄り、右肩に担ぎ上げると、飛び回るヒトダマを大胆に避けながら、今度は壁際のアンドウへ突進する!

「アイエエエエ!ナ、ナ、ナムアミダブッダ!ナムアミダブッダーマゲドン!アムダブッダブツ!アイエエエエ!」「息を止めろ!」左肩に錯乱したアンドウを担ぎ上げる!「アバー!」青白い炎の塊が複数、ニンジャスレイヤーの背中に追いすがる。「イヤーッ!」両肩に重荷を担いだまま、窓の外へ脱出!



「ム……」シンゴの意識を揺り起こしたのは、冷たい土の上に降ろされた感覚だった。彼がまず見たのは上空の星一つ無い夜空だ。サウナマシンめいた暑い空気。すぐに痛覚が戻る。背中に走る刺すような激痛に顔をしかめ、シンゴはなんとか半身を起こした。そしてすぐに自分が置かれた状況を把握した。

 彼は囲まれていた。闇に。そして、闇の中に無数に浮かぶ青白いヒトダマに。

 絶望的な心持ちでどうにか立ち上がる。すぐそばに座り込む狂信者のアンドウがシンゴの背中の方向をぼんやり見つめている。暑い空気は背後からだ。シンゴは呻き声をあげ振り返る。

 熱の源はさっきまで彼らのいた廃テンプルだ。崩れかかったぐずぐすの木造建築は超自然の青い炎に不気味に包まれ、自重に耐えかね、さながら巨大キャンプファイヤーめいて、滅びのときを迎えんとしていた。そしてその炎を逆光として対峙するのは、二人のニンジャである。

 シンゴはもはや、状況を分析する事を諦めた。何かが起こり、巻き込まれ、この時へ至った。たくさんだ。「私の弱い心がこれを呼び寄せたんだ、私は、アーマゲドンなどとバカな事を。これは不甲斐ない私に課されたブッダの裁きです」座り込むアンドウが涙声で呟いた。

「そんなワケがあるか」シンゴはデッカーガンに弾薬を込め始めた。「まあ、それならアンタもせいぜい反省して仕事でも探すがいいさ。全て終わったらな。生きて出られたらな……」そして、逆光の中で対峙する二人のニンジャが、交錯した。



6

「「イヤーッ!」」

 ニンジャスレイヤーとブラックヘイズ、二者のチョップとチョップがぶつかり合い火花を散らす。「「イヤーッ!」」さらに膝蹴りと膝蹴りがぶつかり合い相殺!

「イヤーッ!」一瞬早くブラックヘイズが残る手で水平チョップを繰り出す。コロナビールの瓶を切断するカラテ・デモンストレーションよろしく、首を狩ろうというのだ。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは滑らかにブリッジしてそれを回避!

「まだだ!イヤーッ!」ALAS!振り抜いたブラックヘイズの手の平から黒いネットが射出される。これを投網のように打ち振ってニンジャスレイヤーを再度捕獲しようというのだ!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはブリッジしたまま素早く逆四つん這い走行を繰り出し、ギリギリで投網を回避した!タツジン!そのまま勢いをつけ、バックフリップして立ち上がった。「同じジツで私を出し抜けると思うなよ」ニンジャスレイヤーはブラックヘイズを指差し、宣告する!

「フン、では工夫でもするか。面倒な奴め」ブラックヘイズは平静に答え、両手からヘイズネットを射出、それぞれでレンガ大の瓦礫を絡め取った。「イヤーッ!」アブナイ!振り回される瓦礫がヨーヨーめいた伸縮する軌道を描いてニンジャスレイヤーを襲う!

 並のニンジャであれば瓦礫を手で受け、ガードしようとしたことだろう。ブラックヘイズの狙いもそこであった。だがそれは悪手!瓦礫の目的は打撃ではなく先端の重りだ。動きを止めれば二本のネットは容易に相手をスマキにしてしまうのだ。ニンジャスレイヤーのニンジャ洞察力はそれを喝破していた。

 ニンジャスレイヤーの採った行動はいかに?彼は逆に間合いを詰めにいった!「イヤーッ!」側転である!挟み込むように繰り出された瓦礫ネットよりも速く、ブラックヘイズへ向かって二度側転!「工夫が要るのは貴様だな!」ブラックヘイズが不敵に笑う。

 ブラックヘイズは即座に両手首のネットの接続を外し、飛び込んでくるニンジャスレイヤーを包み込むように第三のヘイズネットを展開する腹づもりであった。ナムサン!確かにこれでは廃テンプルでの失敗の二の舞だ!「イヤーッ!……何だと?」ブラックヘイズは訝る。ネットが手首から外れない!

「イヤーッ!」次の瞬間、ニンジャスレイヤーはブラックヘイズの視界から消えた。地面である!側転から超低空のスライディングタックルに移行したニンジャスレイヤーは、一瞬の隙を突いてブラックヘイズの真下へ潜り込み、空中へ蹴り上げた!「グワーッ!」

 ナムアミダブツ!なんたるタツジン的なスライディング攻撃カラテ!ニンジャ反射神経を持つ者ならば見えたことだろう。ニンジャスレイヤーはまず滑走しながらブラックヘイズの足首を払って転倒させ、その直後に、転倒しかかるブラックヘイズの背中を垂直に蹴り上げたのである!

 そして、見よ!空中へ打ち上げられるブラックヘイズの両手首、ネット射出装置にそれぞれ食い込んだクナイ・ダートを!ニンジャスレイヤーは二度の側転の最中にそれらを投擲し、射出装置に寸分違わず命中させていたのである!これではネットを脱落できないのも道理!

「イヤーッ!」空中のブラックヘイズへ、ニンジャスレイヤーは地上からスリケンを投げ続ける。実にその数、40連射!マトアテ!「イヤーッ!」ブラックヘイズもさる者、手首から伸ばしたままの瓦礫ネットを高速で振り回し、スリケンの嵐を防御!両者一歩も譲らずの構えだ!

「噂通りの使い手か!面倒な奴だ!イヤーッ!」空中でスリケンの連射を防ぎ切ったブラックヘイズが反撃に出る。ネットを打ち振ると、それまでしっかりと絡めとられていた瓦礫が解き放たれ、ニンジャスレイヤーへ射出された。遠心力が十分に乗って危険!「イヤーッ!」それが二発!

 ニンジャスレイヤーは中腰で立ち、飛来する瓦礫を待ち構える。何らかの策があるのだ。だがその時、両者にとって思いがけず、その二つの瓦礫弾は空中で青く燃え上がり、爆発四散した!「「グワーッ!?」」

 不意の爆発に見舞われ、二人のニンジャは地面に投げ倒された。ナムアミダブツ!言わずもがなそれはウィルオーウィスプのヒトダマ・ジツである!見よ!青く燃え上がる廃テンプルの焼け跡を中心に、邪悪なプラネタリウムめいてヒュンヒュンと夜空を切り裂いて旋回する無数のヒトダマを!

「ア……アアー!アアー!」もはや意味のある言葉を口にする気力すら無く、アンドウは頭を抱えて地面に伏せた。その上を飛び交うヒトダマ!周囲を囲む墓地に埋葬された死者すべてからウィルオーウィスプが抽出したヒトダマ達だ。

 ニンジャスレイヤーは頭を振ってなんとか起き上がる。そこへ追い討ちとばかりに飛来するヒトダマを横跳びに躱し、彼は廃テンプル跡の巨大な火柱を見やる……「アバーッ!俺は、俺はウィルオーウィスプ=サン!アバーッ!」炎の中から絶叫が轟きわたる。

「やれやれ、ここまでだ」離れた場所へ吹き飛ばされていたブラックヘイズが立ち上がる。インカム型IRC送信機を操作し、二言、三言、指示らしき言葉を呟いたのち、ニンジャスレイヤーへ向き直った。

「これ以上貴様とやっても時間の浪費にしかならんようだ。ウィルオーウィスプの戦闘能力も事前情報と違いすぎる。引き際だ」「何?」はるか上空からヘリコプターのローター音が降ってくる。「俺は降りる、と言うことだ。せいぜい貴様のカラテであのウィルオーウィスプを止められるか、やってみろ……」

「イヤーッ!」返答がわりにニンジャスレイヤーはスリケンを投げた。ブラックヘイズが左手を振ると、ヘイズネットは易々とスリケンを絡め取った。ブラックヘイズの頭上へ、ヘリコプターからのロープが落下する。

「サラバ!貴様の生存は期待せんでおこう!」ブラックヘイズがロープをつかんだ瞬間、その体は垂直に天高く跳ね上がった!「オタッシャデー!」

「オノレーッ!」天を仰ぐニンジャスレイヤーのもとへ複数のヒトダマが飛来する。転がってその炎を避けながら、ニンジャスレイヤーは瞬時に判断を、気持ちを、執着を切り替えた。彼は弾かれたように真っ直ぐに駆け出す。進路は廃テンプルの火柱だ!

 もはや廃テンプルには骨組みすら残らず、ただおぞましい光のわだかまりが炎を夜空に吹き上げるばかりである。そしてその中から今、ゆっくりと人型の炎が身を乗り出し、全速で殺到するニンジャスレイヤーへオジギした……「アバー、俺はウィルオーウィスプ=サン!アバーッ!」

 恐竜めいた前傾姿勢で一直線に走るニンジャスレイヤーめがけ、たてつづけに周囲のヒトダマが殺到する。しかし彼は青い爆発の中を無傷で駆け抜けていく。なんたるニンジャ脚力!「ニンジャ!」そしてそのままの勢いで跳躍した。「殺すべし!」

 カンフーめいたニンジャスレイヤーの飛び蹴りが、もはや人型の炎と化したウィルオーウィスプの頭部にためらい無く叩き込まれる。「アバーッ!」蹴りをまともに受けたウィルオーウィスプは廃墟のくすぶる炎の中に倒れ込む。着地際のニンジャスレイヤーを狙い、さらなるヒトダマが飛来する。

 ヒトダマが飛来するたび、ニンジャスレイヤーは無駄のない最小限の動きでそれを躱す。赤黒のニンジャ装束は青白い光が飛び交う闇にマイ・ダンスめいた軌跡を描いてゆく。「なんたる神聖!」遠方で眺めるアンドウが落涙する。だがそれは当人にとってみれば死線を前にした際どいやり取りの連続なのだ!

「アバー、ドーモ、俺はウィルオーウィスプ=サン、ドーモ!」ヒトダマの回避を強いられるニンジャスレイヤーを前に、炎の塊が再び起き上がる。テンプルの廃材にくすぶる炎を取り込み、その輪郭は一回り大きい!

「アバーッ!」いまや墓地を漂っていた全ヒトダマが一点を目指していた……ニンジャスレイヤーを!ニンジャスレイヤーは嵐の如き踏み込みでウィルオーウィスプの真正面に立ち、腰を落としたポン・パンチを繰り出す!「イヤーッ!」「アバーッ!」

 ウィルオーウィスプが吹き飛ぶ。包み込もうとする無数のヒトダマを振り切りながら、ニンジャスレイヤーは嵐の如き踏み込みで、なおも起き上がるウィルオーウィスプへ再度ポン・パンチを繰り出す!「イヤーッ!」「アバーッ!」

 ウィルオーウィスプが二、三歩後ろへよろめく。倒れず、踏みとどまった。いまやウィルオーウィスプの燃える体は9フィートを超えているように見える。ニンジャスレイヤーはさらなるポン・パンチを繰り出す!「イヤーッ!」「アバー、ドーモ」

 ウィルオーウィスプは腹部に打撃を受けながら踏みとどまった。そして燃える手でニンジャスレイヤーの両肩をつかんだ。「アバー」「グワーッ!?」振りほどこうともがくニンジャスレイヤーの頭上、背中へ無数のヒトダマが降りかかる!ニンジャスレイヤーの体が青く発火した!「グワーッ!」

 おお!なんたることか!ニンジャスレイヤーの燃える背中へ、際限なくヒトダマはたかり続ける!「グワーッ!」「アバー、ドーモ、アバー」「グワーッ!」ウィルオーウィスプは両肩をつかんで離さない。このままではニンジャスレイヤーといえど焼き魚めいた黒焦げの死体に変わり果てるのも時間の問題だ!

 その時だ!BLAM!BLAM!BLAM!ウィルオーウィスプの燃える頭部が真横から殴られたような衝撃を受けてねじれた。「アバー、」BLAM!BLAM!BLAM!「ア、バ、」BLAM!BLAM!BLAM!BLAM!BLAM!BLAM!

「とっととくたばれバケモノめ」発砲しながらゆっくりと近づく中年デッカーの鬼の形相が炎の照り返しを受けた。装填された弾丸が撃ち尽くされ、デッカーガンの弾倉が地面へ落下する。もう片方の手には鋭利で無骨な武器が握られている。マチェーテ?否、それは割れ砕けたステンドグラスの巨大な破片だ!

「アバー」首だけを回し、ウィルオーウィスプが新たに現れた敵を視界に収める。ジゴクめいた虚無的な瞳に見据えられても、シンゴはひるまない。怒りと憎悪が彼の心にヒトダマのごとくくすぶり燃えているからだ。

 シンゴは弾の切れたデッカーガンをいきなりウィルオーウィスプの燃える顔面へ投げつけた。避けようともせず、銃身は顔面に当たり鈍い音を立てる。「アバー」まるで効かないのだ!だがシンゴの狙いはそれではない。憎き敵の脇腹から心臓にかけて、下から上、彼はステンドグラスを深々と突き刺す!

「アバーッ!」ウィルオーウィスプが身悶えした。たちまち、その巨体を覆う青い炎がステンドグラスの破片を伝わり、シンゴに引火した!「グワーッ!」ナムアミダブツ!またひとつ新たな人間松明がそこに!「アイエエエエエ!おしまいだあ!」アンドウが慟哭する!

 もはや万事休す……いや、見よ!ウィルオーウィスプの両手の力が緩み、火だるまのニンジャスレイヤーが動いた!「イ……イヤーッ!」彼が摑んだのは、心臓を突き抜けて突き出したステンドグラスの破片である。力任せにそれを反対側に引き抜く!「イヤーッ!」「アバーッ!?」

「イ…イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはコマのように身体を回転させ、引き抜いた刃を横薙ぎに払った。「アバーッ!」手負いとは思えぬ敏捷性でウィルオーウィスプが間合いの外へ跳び離れ、それを躱す。だがニンジャスレイヤーは動きを止めない。「イヤーッ!」コマ回しじみた回転の速度が増してゆく!

 ニンジャスレイヤーのコマ回転が等比級数的に速度を上げる。背中を焼いていた青い炎が不可思議な遠心力作用で肩、腕を伝い流れ、刃の切っ先へ移ってゆく。それだけではない。周囲をいまだ飛来するヒトダマまでもが彼の竜巻めいた回転に引き寄せられ、刃の先へ、同様に集まってゆくではないか!

「アバーッ!」ウィルオーウィスプの身体を覆う炎もまた、目の前のニンジャスレイヤーのタツマキ回転へ引き寄せられていった。炎の衣が剥がされると、そこに立っているのは黒く焼け焦げたボロに身を包んだゾンビー・ニンジャである。一方、燃える刃の回転は今や極限に達せんとしていた!

「ち、血の使徒!」アンドウが叫んだ。「ビ、ビジョンが成就した!何もかも! 血の使徒は燃える剣をその手にもて、そして朝日が罪を、罪を……朝日が!」アンドウは東の空を指差した。朝日!

「イヤーッ!!!」ニンジャスレイヤーが青く燃える刃を、投げた!「アバ……」高速回転する刃がウィルオーウィスプの胸板を割り、切り裂き、そして「……アバーッバババババーッ!」真横に切断した!切断面に青い炎が燃え移り、一瞬にして、二つに別れたボディを焼き尽くす!「アーババババーッ!」

「ヌウッ!」回転を終えたニンジャスレイヤーはがっくりと片膝を突き、ダメージに耐える。ウィルオーウィスプはどうか。分断された身体はあっという間に炭化し、明け方の風に吹かれるまま、ホタルめいた青い光の粒とともに、バラバラに散ってゆく……!

 燐光に混じって、「サヨナラ」という言葉がニンジャスレイヤーの耳に届く。己の自我を持たぬままに殺戮を繰り返したゾンビーの、それが最後の呟きであった。

「あ……ああ!アーマゲドン!」アンドウはニンジャスレイヤーの前に飛び出し、いきなりドゲザした。ニンジャスレイヤーは訝った。アンドウは必死で地面に額を擦り付け、嗚咽を漏らす。「血の使徒よ、答えたまえ!これは世界の終わりなのでしょうか?貴方はなぜ私の妄想から現世へ生まれ出でたのか?」

「知らぬ」赤黒の黙示録ニンジャは言い捨てた。「私はオヌシの妄想ではない。そこの男にはまだ息がある。くだらぬ世迷い言を言う暇があるなら、その男を医者へでも連れてゆけ」そして朝日の方角へ歩き出した。

「私は!」アンドウが去りゆく後ろ姿に叫ぶ。「私には未来も希望も無い!娘は死んで、生きる意味を失ったのです!私はどうすれば……?辛いのです!辛くて……」アンドウは涙を拭った。影は立ち止まり、少し振り返った。「私に訊くな」それだけ言い残すと、すぐに彼は見えなくなった。



エピローグ

 ダイヌンガ小道の安宿を抜け、通りの多い道路を横切ると、高架下のワン・トークン・ノミヤ屋台村に辿り着く。サッキョー・ライン鉄道のエクスプレスが分刻みのダイヤを死守すべくひっきりなしに通過する騒音と震動の中、サラリマンやブルーカラー労働者はこの屋台村で、無言でオチョコを傾けるのだ。

 高架が続く限り、薄ら潰れた屋台村の列も伸び続ける。重金属酸性雨をかろうじて凌ぐべく。「焼き物」「おマミ」「カシワ・モチ」「人間味」「木の温もり」。屋台が掲げる思い思いのノレンの並びは、色褪せ錆びたブードゥーめいたマンダラである。

 立ち飲み屋台「そでん」。バイオスズメめいて鈴なりに並ぶサラリマンの背中にまぎれ、その男もまた、誰とも言葉を交わす事なくショチューを飲み続けている。

 よくよく見れば、その男の身なりは異様だ。ズタズタに傷ついた黒マントは牧師めいている。もしそれが本当に牧師のもので、しかも略奪品だとすれば、文字通り、神をも恐れぬ所業といえよう。ツバ広の帽子もおかしな組み合わせだ。

 帽子の下は重病人めいて、汚れた包帯をグルグルと乱雑に顔面に巻きつけている。いかにも浮浪者といった様子であるが、そんな疑いを無言で晴らすかのように、男のショチュー・グラスの横には、カジノめいて500円トークンが縦に積み重ねられていた。

「オヤジ……オヤジもう一杯……」不審な男が枯れた声で呟き、積んだトークンから一枚差し出した。猛烈な酒臭さが温泉ガスのように白い気体となって、乱杭歯が並ぶ口から噴き出た。両隣のサラリマンは鼻白んだが、シツレイにあたるので、無言であった。

「あいよ……」マツリ・ハッピを着た店主はサイバネ義手でショチュー・ベンダーを操作し、透明な高濃度アルコール液でグラスを満たした。「おいしいハンペンは要らないの?」「……要らぬ……」グラスを受け取る手の指にも汚い包帯が巻きつけられている。

 その時であった。「オヤジ、返済ぃ」「アイエエエエ!」男の右隣で飲んでいたサラリマンが後ろへ吹っ飛んだ。突如現れた巨人に、後ろから首根っこをつかまれ投げ飛ばされたのである。一目でスモトリ崩れとわかるその巨人は身を屈めてノレンに首を突っ込んだ。「金ェ!」

「アイエエエエ!?イタダ=サン!?」店主は叫んだ。「なぜ!まだ返済日に十日もあります!」スモトリ崩れは丸太めいた腕を伸ばし、カウンター越しに店主の襟首を掴んだ。「それはそっちの都合だろうがあ!今金を出せったら、出すんだよぉ!」「アイエエエエ!そんな無理です!」

 スモトリ崩れの腕には金属製のパイプが巻きついている。スモトリで、しかも、サイバネ手術済みだ!コワイ!「ザッケンナコラー!じゃあ何分待たせるんだ、今すぐ言ってみろ!」「アイエエエエ!」

「わ、私は商談がありますので」浮浪者風の男の左隣で飲んでいたサラリマンはトークンをカウンターに置き、腕時計を見ながらそそくさと屋台から立ち去った。浮浪者風の男はペースを落とさずショチューを飲み続ける。スモトリ崩れは浮浪者風の男の目と鼻の先に顔を近づけた。「タフガイ気取りかあ?」

 包帯の隙間から、男はスモトリ崩れを睨んだ。「お、お代はいいから帰ってね、アブナイから」首を掴まれたままの店主が震え声で言う。「ザッケンナコラー!スッゾコラー!」「アイエエエエ!」スモトリに一喝され、店主が失禁した。「お?金だぁ金」スモトリは積まれたトークンを無造作に掴み取った。

「結構あるなコラ!」スモトリ崩れはトークンを自分のガマグチ・ウォレットに根こそぎ収納した。「じゃあこれで三十分待ってやるから腎臓売ってこい。それで150万円払え」「アイエエエエ!」「あー?タフガイコラ、文句アッカコラー?」スモトリ崩れはニヤニヤしながら男に再度、顔を近づける。

 チュン!金属が跳ねるような音が鳴った。スモトリ崩れの顔の中心、鼻があったあたりが、白い円になった。「……え?」みるまにその円の表面に大量の赤い粒が浮かび上がる。鮮血だ。真っ赤な断面図である。「アバ……?」

 チュン!チュン!金属音がさらに二度鳴る。「アバ……」スモトリ崩れは己の両手を覗き込もうとした。無い。手首から先が。断面になっている。

 チュン!チュン!「アバ……」スモトリ崩れが見守る中、再度の金属音。今度は両腕の肘の先が消失していた。血とオイルが断面からこぼれ落ちる。「アイエエエエ!?」店主は床に座り込み失禁した。浮浪者風の男は仁王立ちになりスモトリ崩れを睨む。スモトリ崩れは恐怖し、雨の中を後ずさった。

「ムカつく野郎だ……」男はスモトリ崩れに向かって一歩踏み出した。「てめぇムカつく野郎だ……ナニサマだ……言ってみろよ……」僧服めいた黒マントの裾から、ガチャリと落ちたものがある。バズソーだ。回転する血みどろのチェーンソーが二つ。バズソーには鎖がついており、鎖はマントの中からだ。

「俺がてめぇに何をした……黙って飲んでりゃ、いい気になりやがって……」「アバ、アバフガ、アバッ」顔面と両腕から血を吹き出し、スモトリ崩れは何か言おうとした。おそらくは謝罪だ。ガマグチ・ウォレットをまさぐるが、肘から先を消失しており、もがいただけである。

「俺は!」チュン!チュン!男が腕を振ると、チェーンが跳ね、くくりつけられたバズソーがヨーヨーめいた軌道でスモトリ崩れに飛んだ!巨体の両肩から先が一瞬で切断!「俺はジェノサイド!」「アバフガーッ!」「俺はジェノサイドだ!」「アバババーッ!」「俺は!」「アババババババーッ!」

 バズソーがヨーヨーめいた軌道でスモトリ崩れの両膝を切断!「俺はジェノサイドだ!」「アバババーッ!アバババババーッ!」「死ね!俺はジェノサイドだ!死ね!俺はジェノサイド!」バズソーが四肢の欠損したスモトリの首を跳ね飛ばした!「アバババババーッ!」

 役目を終えたバズソーの回転が止まり、鎖を巻き取られてマントの中へ戻っていった。無残な欠損死体と成り果てたスモトリ崩れを無慈悲に踏みつけ、ガマグチ・ウォレットを拾うと、その男・ジェノサイドは屋台を振り返る事もなく、重金属雨の降りしきる中へ消えて行った。

「アイエエエ……」店主、隣接する屋台のサラリマン……惨劇の目撃者達は同時に悲鳴を漏らし、同時に失禁するのだった。



 重金属雨の降りしきるトコシマ区の外れ。四つの区をまたぐ自治体の死角に、その巨大な葬儀施設は存在する。黒光りする鬼瓦と煤煙を吹き上げる巨大なエントツ。入り口の門に飾られた「男」「女」「ブッダ」と書かれたノレンをかきわけ現れた喪服姿の中年男の姿があった。

 トコシマ区のデッカー、シンゴである。彼は顔の半分を包帯で痛々しく覆っている。手もそうだ。ぎこちなくタバコを吸い付ける。吐き出す紫煙はネオサイタマの重苦しい雨の中へ揺らいで溶けていく。

「やれやれ……タバタよお……」シンゴはタバコを地面に落として踏んで消し、吸殻を拾って、道路脇のポスト型灰皿へ捨てた。

「こうも殉職続きじゃあ、オレの仕事が増えちまうよ……」迷った末に、結局次の一本を手にする。マッチで火をつけ、吸う。ヒトダマめいた青い火に顔をしかめる。

「デスネー」コウモリ傘を差した若いデッカーがシンゴの横に立った。「寂しい話ですよね。カミヤマ=サンは僕の最初のセンパイだったんです」タバタである。

 シンゴは舌打ちした。「おまえはしぶとい事だよなあ、生意気によ!」「デスネー、でもそれはシンゴ=サンもですし、アイエエ!」シンゴがタバコの火をタバタの手の甲に押し付けたのである。「行くぞ、車出せ」

「僕はともかく、よく助かったもんですよ、本当に。センセイあきれてましたよ。まああの、なんとかいう名前の神懸かりの……」「アンドウだ」「そうアンドウ=サン。あの人にアタマ上がらないんじゃないですかシンゴ=サン」「それで言うならお前は俺にアタマが上がらねえんだぞ」「デスネー」

 左様。瀕死のシンゴを病院へ運んだのは、ニンジャスレイヤーの去り際の言いつけを守ったアンドウである。その後彼はシンゴの口利きで、そのままその病院の清掃員として雇われた。神秘的な発言ひとつせず、黙々とモップを動かすアンドウの姿を、入院中のシンゴはよく見かけた。

「早く車出せよ!タバタ!」「デスネー、今日の現場はオイランハウスですしね!」デッカー・ビークルにドタドタと走るタバタの背中を苦虫を噛み潰した顔で睨んでいたシンゴは、くわえていたタバコを落としそうになった。道路を挟んで右側のアパートの屋上から左側のビルへ、何かの影が飛び移ったのだ。

 人?シンゴが見守る中、さらにもう一つの影が続けて屋上を飛び移った。人だ。シンゴは思わず数メートル走った。「何です?」デッカー・ビークルの窓からタバタがシンゴを見る。「……いや」シンゴは足を止めて首を振り、デッカー・ビークルに乗り込んだ。

 ビークルへ乗り込むシンゴは、あの時の言葉……あの時ウィルオーウィスプに向かっていった謎のニンジャと同じ声を聞いたように思った。「ニンジャ殺すべし」というあの声を。おそらく空耳では無いのだろう。シンゴはビークルのドアを閉め、タバタに言った。「いいぞ、行け」


「ネクロマンティック・フィードバック」終わり



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