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【ペイルホース死す!】#7(第1話完結)

承前

1:弟の名

「GRRRR!」人の兵がなだれ込んできた。キャプテン・デスは振り向きざまに最初の一人を斬り殺し、次の一人を蹴って三人目とともに壁に押し付け、二挺拳銃で撃ち殺した。「ぼくは姉さんを助けるためにここまで来た」キャプテン・デスはイルダを見た。彼女の手を取り、立たせた。「……どうしたの」

「わからないの」イルダは言った。「だって10年ぶりなのよ。私には弟がいた。たった一人の肉親が。その顔が思い出せないの。今こうして目の前にあなたを見ても」「ぼくは覚えてる」キャプテン・デスは言った。「ぼくらは……名前があって、親があった。その筈なんだよ」

「どれだけ多くの主人を替えたか、わからない。何度も。何度も。何度も」イルダは悲しげに言った。「昔の事はどんどん霞んで、擦り切れてしまって」「ぼくだってそうさ」キャプテン・デスは呟いた。「でも、あの時わかった」<蠱惑>はあの一帯のシェルターから一度に奴隷を買い上げ、ひとつのキャラバンに集めた。少年は姉を確かに見た。ただひと目で稲妻のようにわかった。

「ずっと昔のことよ」「覚えているんだ」少年は言った。「そういうのは、本当は覚えているものなんだ。十年そこら家族を忘れるなんて事はないんだ。奴隷だとしても、本当はそうなんだ」「……」イルダは深く息を吸った。深い色の瞳にさまざまなものがよぎった。数秒の無言の後に、彼女は答えた。「わかった。行こう」

「ええと……」キャプテン・デスは言葉を探していた。イルダは察した。「私は、イルダ。自分で名前をつけたの。ついこのあいだ」「風化した言語?」「前に奉公したシェルターの厨房係のおばさんが、こっそり私に読ませてくれた話なの。砂漠にひとりで暮らしていたイルダは、川底の土を捏ねて、友達を作る。心の中で、何度も繰り返した話。恐ろしい夕闇の王に問いつめられた時、イルダの名前が口から出た。だから」

「わかった」「あなたの名前は?」「人のものさ」キャプテン・デスは呟いた。「名前も、この服も、武器も」イルダは呟いた。「でも、キャプテン・デスだなんて呼びたくないわ。物騒で」少年は言葉に詰まった。思案していたイルダの表情が輝いた。「リュカ」

「リュカ?」「イルダの友達の名前。たった一人の」「リュカ」「どう?」キャプテン・デスは耳慣れない響きを反芻した。やがて頷いた。「うん。わかった」はにかんだ笑みを浮かべ、「耳慣れないから、ちょっと落ち着かないけど……」

ZAP! キャプテン・デスの視界が真っ白になった。「あああ!」キャプテン・デスは頭を押さえた。黒い外套の立て襟がひとりでに迫り出した。頭の周囲に光の籠のようなものが明滅した。「なんだ、それは?」闇の中から声が飛んだ。そしてアルビノの男がすたすたと現れた。青く輝く指輪をキャプテン・デスに向けている。石のような顔だった。

キャプテン・デスは真っ白く焼かれた意識を繋ごうと必死になった。広間に居た筈の<東の白夜>……。「防衛機構か? なぜ爆ぜない」青い指輪がふたたび強く輝く。意識が爆発した。「リュカ!」イルダは悲鳴をあげ、倒れこむ少年を支えた。城へ運ばれてきた彼女が目覚めた時に目にした<夕闇>の指輪と同等の、それは恐るべき武器だった。

指輪はオーバーヒートし、光を失った。「まあよい。どのみち動けはすまい」声が近づく。「イルダ。ここは危ない。私だけがお前を幸せにできる事は明白だ。来なさい」

2:かりそめの死、まことの死

「アアアア!」人の兵が雄叫びをあげ、陶製兵に切り込んだ。「撃ち方!」<夕闇>みずからの指揮下、陶製兵は一斉に腕を突き出し、大口径光弓を露出した。灼熱の光は獣じみた人の兵を飲み込み、熱線は陶製兵に集束し、真っ赤に染めて、断末魔すら上げさせずに吹き飛ばして殺した。

陶製兵は数で勝る人の兵を高火力と頑強さによって凌駕し、着実に仕留めていく。彼は科学技術の粋が野蛮な肉体信仰をねじ伏せる様に高揚し、自らの采配をたたえた。それに比して<白夜>はどうであろう? 剣を振っておぼつかない指示を試みるさまはもはや情けないばかりだ。

<夕闇>はこの決戦の勝利を確信する。乱戦のさなか、<火の諍い女>が機をみて兵士たちを蹴り、竜が突き破った天井の大穴をめがけて跳んだが、まずはこの広間が先決と言えた。「制圧せよ!」<夕闇>は指揮杖を振り回し、陶製兵に一斉攻撃を命じた。

陶製兵の光弓から閃光が放たれ、<白夜>を射抜いた。<白夜>は穴の開いた喉を押さえ、うつ伏せに倒れた。「……何?」<夕闇>は一瞬呆気にとられた。彼にとってそれは到底信じられぬ「事故」だった。電磁バリアが何故働いていない?

「戦さを止めよ!」<夕闇>は絶叫した。兵士達は、人の兵・陶製兵を問わず戦闘の手を止めた。広間が静まり返った。<夕闇>は近衛兵を押しのけ、全速力で広間を横切って、死んだ<白夜>を抱き起こした。彼は兄弟殺しの罪の意識に打たれた。見開かれた赤い目から涙が溢れ出した。

「バカな……そんなつもりは……何故……何故……?」やがて彼は眉根を寄せた。思い立った彼は<白夜>の指をあらためる。その中指にあってしかるべき青の指輪、<夕闇>の緑と対になる、指の肉と融合しているはずの双子王の証の指輪がない。もはや明らかだった。この者は<白夜>ではない。精緻な肉の複製に過ぎない!「影武者だと!?」

陶製兵が再び攻撃を開始し、もはや残り少ない人の兵を駆逐にかかった。その只中、<夕闇>はほとんど上の空でぶつぶつと呟いていた。「<白夜>……何が狙いだ……影武者を捨て……兵を捨て……広間すらも捨てる……陽動……」その目が見開かれた。「後宮か! おのれ!」そのとき、彼の傍に立つ近衛の陶製兵の上半身が爆発した。

<夕闇>は首をめぐらせ、攻撃の主を見遣った。南のアーチ門の下、その者は片膝をついてボウガンを構えていた。すなわち、ギャスだ。モヒカン凶賊は高貴な人間を殺す期待にその目を輝かせていた。「外しちまったァー!」彼はボウガンに次なる爆発矢を装填し、再度<夕闇>を狙った。

<夕闇>は反射的に手をかざした。彼は爆発に呑まれた。緑の指輪が輝き、電磁障壁が働いて、爆風から彼の身を守った。次の瞬間、第二の矢が飛来し、<夕闇>の手のひらを貫いて、白い頬に縫い付けた。「ア……アアアア!?」双子王は苦痛に顔を歪めた。爆発が一度かき消した障壁が再び張られるまでの僅かな時間をぬった執拗な射撃だった。

「アッヘヘヘヘ!」ギャスは手斧に持ち替え、走り出した。陶製兵が光弓を連射した。ギャスは蛙のように低く身を沈めて攻撃を躱した。近衛兵がすぐさま彼を取り囲み、槍で突き殺そうとした。しかしギャスの周囲を守るように二つの刃が旋回し、彼らの関節部をバラバラに斬り裂いて破壊した。

刃は宙に浮いたナイフ持つ手だった。その主はギャスと同様、南アーチをくぐって現れた。すなわち、ミメエ。彼女は跳躍して光弓射撃を躱し、ギャスの頭を踏みつけて更に跳んだ。そして<夕闇>の背後に着地した。彼女の手首に、浮遊する手が再び収まった。

「よせ!」<夕闇>は頬に縫い付けられた己の手を剥がそうと苦心した。ギャスが憤慨して叫んだ。「オイッ!その獲物は俺ンだぞ……」ミメエは聞き入れず、無造作に<夕闇>の首を刎ねた。噴水のように溢れ出した鮮血を浴びながら、ミメエは八重歯を見せて笑った。「ンンー……やっぱり肉だねェ」

王の精神と遠隔接続されていた近衛の陶製兵はにわかに苦しみもがき、次々に倒れこんで動作を停めた。「ヘッ! あっけないカスだ」ギャスは潰れたモヒカンを立て直しながら、<夕闇>の死体を蹴散らした。「偉そうな格好してやがる」「そりゃ、ここの王様だからね」「<西の夕闇>。双子王の片割れ」ピオが周囲を飛び回った。広間に生きている者はもはや彼らを除いて他に無い。

ギャスは金目の装飾品を剥がし取りながら唾を吐き捨てた。「何だ? 指輪が取れねえじゃねえか……オイ、それよりガキはどこだ、虫!」ミメエの冷ややかな視線を浴びながら、装飾品を懐におさめてゆく。「どっちに行きゃガキがいる? あいつが死んだら俺も終わりなんだ。人間以下のテメエに、この恐怖がわかってたまるか!」

「忠誠を示しなさい、ギャス」ピオはアイレンズからホログラム地図を投射する。「船長は既に後宮区画に潜入した。ウンブダが新たな報らせを伝えてきている」彼らは北アーチの昇降機に侵入した。上昇を開始する。「残る一人の<戦士>に注意しなさい。すなわち<火の諍い女>」

昇降機が後宮区画に到達し、扉が開いた。降りざま、回廊に佇む侍女を即座に斬り殺し、ミメエはピオを振り返った。「今、<火の諍い女>つッたかい?」「然り」ピオは答えた。「光芒会議がこの星に遣わした最後の一人。目的は船長の抹殺以外に無し」「火星で殺し損ねたからッて? ハッ……」ミメエは苦笑し、肩をすくめた。「それはそれは」

3:凶刃

「<夕闇>め。小賢しい策を弄して勝ち誇っておったが、知力においてこの私が奴に劣る事などあり得んのだ。今頃地団駄踏んで悔しがっておろう」<白夜>はイルダの腕を掴んで荒々しく引き寄せ、扁平で石めいた顔を近づけた。支えを失ったキャプテン・デスが床に倒れ込んだ。

「この者がお主の肉親だと?」床の少年を蹴り転がす。「リュカ……!」「今この星で起こっている騒ぎを知っているか? この者はお主を奪還に参ったというのか?」「リュカ……」「黙れ」<白夜>は震えるイルダを長い舌で舐めた。「色々と考える事が増えた。だがまず、種をやろう。今ここでだ。<夕闇>はまだ触れておるまい? 奴は凝り性ゆえにな……」

イルダは震えた。閉じた目の端から涙が溢れ、床に落ちた。諦念が彼女の頭を垂れさせた。足元で少年が弱々しく床を掻いた。「お主は素晴らしい美姫だ、イルダ。きっと申し分の無い母体の役目を果たせるだろう。23度目の正直だ」何が面白いのか、<白夜>はこらえきれず笑い出したが、すぐに笑い止めた。彼は訝しげに眉根を寄せた。

「<夕闇>? <夕闇>? どうした……?」彼は己の心雑音を聴き、双子の片割れの異状を察知した。「どうし、たッ?」驚愕を新たな驚愕が上塗りした。彼は下腹に刺さった剣を見下ろした。それからイルダを見た。「お主」「フーッ……フーッ」イルダは深く呼吸を繰り返し、双子王の片割れを睨み返した。

彼女の心の底に澱のように堆積した諦念を押しのけて湧き出したのは、目が眩むような怒りだった。「たくさんだ……たくさんだ!」彼女は切っ先を更に抉り込んだ。キャプテン・デスが携えていた剣を。「離れて……離れろ!」イルダは叫んだ。「離れろッ!」「な、う、あ?」<白夜>は溢れ出る血と臓物に驚愕した。「アアアア!? ……アアアアア!」

<白夜>はイルダを突き飛ばし、青い指輪を突きつけた。しかし、BLAM! 銃声が彼の叫びを遮った。銃弾が電磁障壁にぶつかり、爆ぜた。床のキャプテン・デスが銃を向けていた。BLAM! 少年は更に引き金を引いた。障壁が波打った。BLAM! BLAM! BLAM! BLAM! 6発目の銃弾が<白夜>の眼窩を撃ち抜き、脳を破裂させて後頭部から飛び出した。

<白夜>は痙攣しながら仰向けに倒れ、血溜まりの上でのたうち、やがて事切れた。かくして、双子王はともに滅びた。民を私し、退廃的な研究や私欲の追求にいとまのなかった圧制者の最期は、「青ざめた馬」の手でもたらされた。つまらぬ最期であった。

4:「青ざめた馬」

イルダはキャプテン・デスに肩を貸し、助け起こした。二人は二重アーチの小さな門をくぐり、螺旋階段を上った。「大丈夫……?」「平気さ」キャプテン・デスは弱々しく頷いた。「姉さん。この先……上……もう少しだ」「光!」イルダが叫んだ。二人は陽光の下へ出、円形の展望台に立った。

出迎えたのは<火の諍い女>だった。女は展望台に繋がる胸壁に立ち、赤い髪を風になびかせた。「来たか、キャプテン・デス」女は呟き、二人を見た。キャプテン・デスは銃に手をかけた。千もの死のイメージが押し寄せた。<火の諍い女>は黒い重力場の剣を構えた。

強い風が吹き付けた。展望台の三者は上空を見上げた。柩じみた錐型の星間航行船がゆっくりと降下してくる。航行船には風化した言語で「青ざめた馬」と書かれている。キャプテン・デスは呟いた。「ぼくの船だ」

「逃がしはせん」<火の諍い女>が突き進んだ。キャプテン・デスにはもはや引き金を引く力はなかった。イルダは弟を庇うように立ち、剣を構えた。<火の諍い女>は無造作に自剣をふるい、イルダが構えた剣の刀身を真っ二つに断ち割った。そして返す刃を心臓めがけ突き出した。

そのとき黒い甲虫がイルダの鼻先に飛び来たった。黒い重力場の剣の切っ先が止まった。ピオが瞬時に展開した電磁障壁が為である。更に、螺旋階段を駆け上がり、ミメエが、ギャスが走り出た。彼らは船長の横を走り抜け、<火の諍い女>に同時に襲いかかった。

「危ねェなァー! 船長ーッ!」ギャスはボウガンで撃ちながらキャプテン・デスに叫んだ。「アンタ死んだら俺ら全員おしまいなんですぜェーッ!」「黙って戦いな!」ミメエが怒声を張り上げた。黒い重力場の剣がミメエの左手のナイフを消し飛ばした。ミメエは右手のナイフを鍔に当て、かろうじて攻撃を防いだ。しかし連続攻撃は止まらなかった。

<火の諍い女>は稲妻状に刃を返した。ミメエの胸が裂けた。さらに一撃。肩が砕けた。ギャスは膝をつくミメエの陰から手斧を投げた。<火の諍い女>は手斧を斬り払った。そのままぐるりと身体を回し、回転の勢いを乗せた斬撃でミメエの首を、刎ねた。<戦士>はあらためてキャプテン・デスを葬るために向き直ったが、巨大な地震がそれを妨げた。

「AAAAAAARGH…………」大地の鳴動。地震、否、不定形の肉体を胸壁にもたせかけ、大儀そうに掲げた巨大な腕を<火の諍い女>めがけ振り下ろしたのは、無機物スクラップの奇怪な堆積物だった。城の前の丘にはこの巨大な怪物が這い進んだ跡が荒廃の轍を残していた。<火の諍い女>は跳び下がって躱した。KRAAAASH……怪物の拳は胸壁を深く引き裂いた。

<火の諍い女>は眉をしかめてこの怪物を見た。砕けた石くれが怪物の腕に結びつき、ひとまわり太い腕をつくりだすさまを。「AAAAAAARGH………」タロスやサイボーグの馬、陶製兵、騎兵、盾や剣、光弓の残骸、破片を不快に蠢くチューブの束でかろうじて繫ぎ止めたような身体は、さながら無機物の泥であり、不定形の機械、生きて腐りゆく巨大な人形だった。

5:兵器

「BO……ZO……」頭部に眼球を模したとおぼしきものが5つ横並びに生じ、光を発してキャプテン・デスを、そして<火の諍い女>を見た。「野郎、くたばり損なってやがったか?」ギャスは首なしのミメエの身体を盾のように支え、その陰から恐る恐る仰ぎ見た。

「ボゾ」キャプテン・デスは呻いた。イルダが振り返った。キャプテン・デスは曖昧に頷き、ピオに話しかけた。「ピオ。頼む」「わかりました」しもべは冷徹に判断した。あえて主君を危険に晒さねば、そもそも主君は死ぬ。

電磁障壁が消えた。風が強く吹いた。ピオはキャプテン・デスの外套胸部に己を嵌め込んだ。外套の接合部が黄色い光を発し、ピオとひとつになった。その刹那、電気ショックを受けたように少年の身体が強くのけぞった。

「アアアアア……ハハハハ……ははは」そのさまを見下ろしたボゾは口に似た機関を作りだし、虚ろな笑いを響かせた。彼は腕を忌まわしく枝分かれさせ、敵を呑み込もうとした。<火の諍い女>は重力場の剣を顔の横で引き絞った。黒い刃がズズズと音を立て、その表面を泡立たせた。

<火の諍い女>は息を止め、刃を突き出した。BOOOOM……剣は黒い光線と化してボゾの無機質の肉体を貫き、遠い山を貫き、収束した。巨人の身体が結びつきを失い、ゴミ屑がバラバラと降り注いだ。ボゾの身体……頭とトルソー以外は失われている……が、展望台の端に叩きつけられた。

「はははは。くくくく」ボゾは虚ろに笑った。<火の諍い女>は呻いた。本来この怪物を一撃で葬り去る算段だった。黒い光線はほんのわずかな角度逸れ、ボゾの心臓の完全な破壊には至らなかった。ボゾの目には<火の諍い女>の首筋に噛り付くミメエの生首が映っていた。

<火の諍い女>はミメエの生首を振り払い、腰に帯びる副刀を抜きざま斬りつけた。指向性重力砲を起動させた直後、黒い剣は数時間の冷却シーケンスを必要とする。「アッハハハハハ! 多勢に無勢ッて感じになってきたねェ、<戦士>さん!」生首は笑いながら宙を旋回して斬撃を逃れた。<火の諍い女>は反射的に足元を見た。爪先を短矢が射抜いている。ミメエの腰にしがみついて身を乗り出したギャスの射撃だった。

ギャスは挑発を浴びせようとしたが、頭を再接合したミメエがギャスの横面を力任せに蹴り飛ばしたせいで、言葉にならなかった。キャプテン・デスは<火の諍い女>の死角から襲いかかり、折れた震動剣で斬りつけた。<火の諍い女>は振り向き、副刀で受けた。その表面に微細な亀裂が生じ始めた。悪名高きキャプテン・デスの<震える剣>のせいだ。

<戦士>は眉根を寄せた。キャプテン・デスの顔は黒いフルフェイスの装甲に覆われている。外套の襟部の変形である。外套に黄色い電光が脈打ち、強制的に身体を駆動させているように見えた。明らかに弱っていた筈の少年がここまで動ける理由は間違いなくそれだ。

<火の諍い女>は舌打ちした。震動に耐えきれなくなった副刀が砕けた。キャプテン・デスは刃を閃かせ、彼女の利き腕を切断した。力尽き膝をつく少年を飛び越え、ミメエが仕掛ける。<火の諍い女>はこれが潮時と見るや、迷いなく胸壁から身を躍らせ、遥か下へ落下した。

6:「青ざめた馬」の死

「リュカ。……リュカ!」イルダが少年をゆさぶった。ピオが胸部から剥がれ、装甲関節部が白煙を排出すると、外套は布状の質感を取り戻した。キャプテン・デスの外套は緊急時に装甲と化し、筋肉に電気を送って戦闘を継続させる事が可能だ。当然それは安全からは程遠い最後の護身手段である……。

「ざまァ見やがれ!」ギャスが頭を振って身を起こし、拳を振り上げた。「殺ったッ!」「この程度で殺れる筈ないだろ! あの女を!」胸壁から下を見下ろすミメエが罵った。「お前が殺って来いや!後顧の憂いを断て!」ギャスは喚いた。ミメエは無視した。「虫チャン、早く迎えをよこさせな!」

ピオが答えるよりも早く、展望台の隅にウンブダがブリンクアウトした。彼がここまで運んできた「青ざめた馬」号は上空で静止している。ミメエが肩をすくめた。ウンブダは厳かにキャプテン・デスのもとへ歩いた。イルダはウンブダを見た。ミメエを、ギャスを、ボゾを見た。娘の顔は青ざめ、必死で震えをこらえていた。

「こんにはお姉さん」ミメエが冗談めかして手を振ってみせた。「こいつが目的の女か? ガキじゃねえか」ギャスが舌なめずりした。「だがまあ、もう少し育てりゃ」「ギャス。制裁がほしいですか」ピオが遮った。身をこわばらせたイルダの手の中で、少年が身じろぎし、弱々しく呟いた。「彼らが危害を加えることはない。ぼくに……力を貸してくれる」「何しろ奴隷だからな」ギャスが言った。「生殺与奪を……ああ、黙りやすよ。黙りやすよ」

「ねえさん」少年はイルダに微笑んだ。「これで自由だ」「自由って事ァ無いね」ミメエは面白そうに言った。「光芒会議のケツに蹴りを入れて、小便ぶっかけたのが今の状況さね。これからどうなるか楽しみだ。面白くなるだろうねェ」見上げる空、星々の間で流星めいた光が行き来している。「ザラカが光芒艦隊との交戦を開始しました」ピオが説明した。「ね? 早速だよ」ミメエは笑った。

ウンブダはキャプテン・デスの額に触れた。微細な電光が少年の周囲に走った。上空の舟への転送、ブリンク・インが始まる。「重力圏を突破し、ザラカに舟を護らせながら、包囲網を突破します」ピオが言った。「船長におかれましては、少しでもお身体を休められますよう」

「みんな」キャプテン・デスが凶賊を見渡した。「ありがとう」「出た、出た。ねぎらいなんぞ、嬉しくもなんともねえ。なら契約を解いてくれや」ギャスが言った。「言わずにいられないんだね、ギャス?」とミメエ。「ぐふふ。ふふふ」ボゾが喉を鳴らして笑った。

キャプテン・デスをブリンクさせたウンブダは、動けぬボゾを送り、ギャスとミメエを送り、そののちイルダの額に触れた。イルダは不意に涙を溢れさせた。なにゆえの涙か、彼女自身にも言語化は困難だった。だが少なくとも、嬉し涙ではなかった。「わからない」イルダは呟いた。

「葦の葉の風とともに軍馬を駆りやがて至らんや。こののちの霹靂は蛍火と雪行き交う赤い道ののちにまどろみ、おお、豈図らんや」ウンブダはぶつぶつと唱えた。イルダを送り込むと、彼もまた自らの姿を宙に溶かし去った。

それから数分の後、星間航行船は輝く霧を噴射した。凶賊は星々の野をめがけて垂直の上昇を始めた。己が手で無残に滅ぼした双子王の星をそのままに打ち捨てて。

<火の諍い女>は傷ついた身体を草の上に投げ出し、光飛び交う空を見上げていた。切断された腕の傷口から新しい手が生えかかっていた。やがて彼女はこの星のありさまを光芒会議に持ち帰り、「青ざめた馬」の死を伝えるであろう。かつて恐怖と共に語られたキャプテン・デスが既に滅び、今やそれを名乗るのは哀れな少年に過ぎぬこと。その少年が奴隷犯罪者を率いて光芒騎士を殺害し、光芒会議の権威に挑んだこと。打算すらない無秩序の徒として生まれ変わった彼らの行動が、今後の太陽系に多大な災厄をもたらすであろうことを。

彼女が獲物に再び対峙する日は、恐らくそう遠い未来ではない。

(第1話 完)


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