【ステップス・オン・ザ・グリッチ】#3
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「アイエエエエ!」薄暗い地下駐車場を引きずられたイサムラは、尻を蹴られるようにして、マッシヴな走行車輌の後部に叩き込まれた。「何もやっていないんです! 本当です!」「口頭による君の主張は問題ではない」ルシンダ尋問官は隣に乗り込む。向かい合わせの席に二人のクローンヤクザが座る。
鼻詰まりのベヒモスじみた駆動音が車内に響き、装甲ビークルが走り出した。スロープを上り、夜のネオサイタマへ走り出す。「ど……何処へ向かうんですか」「社の施設だ」「なぜ、僕はこんな目に遭わされているんですか? これはユニバーサル・シティ法に反する扱いで……!」
「法だと?」ルシンダ尋問官の口角が動いた。「我が社の社内規約は、あらゆる都市法に優先する。そんな事ではコンプライアンス意識が思いやられるな、イサムラ=サン。情報漏洩の容疑が実際、真実味を帯びてきたか」「アイエエエエ……!」
ビークルは早々にハイウェイに入った。安い。安い。実際安い。上空を飛ぶマグロツェッペリンの広告音声が、この移動牢獄の中にも微かに届く。ハイウェイの隔壁の向こうには夜のネオサイタマが広がる。毒々しくも美しい。なんと隔てられてしまった事だろう。数時間前は、イサムラもあの中でノミカイしていたというのに……。
「本当に僕は何も……アイエッ!?」イサムラは怯んだ。ルシンダ尋問官はイサムラを押さえると、車内UNIXのケーブルを引き出し、彼の首筋のLAN端子に接続した。ブフーン。ノイズが鳴り、小型車載モニタに【システム総じ緑な】のミンチョ文字が灯った。
「先に済ませておくとしよう」彼女は呟いた。画面にアルカナム社章が浮かび消え、01ノイズの中から居酒屋の光景が生じた。
(アルカナム株を買おうと思うんだけど、今、買い時ですか?)(教えられないよ。コン……)(コンプライアンス!)(ちょっとノれてないでしょ、イサムラ=サン)マミコが隣に座り、小声で咎めた。(疲れてる?)
何故? どうして映像記憶が吸い出されている?「ア……ガ……ガ!」(ヤメテ!)イサムラは制止しようとするが、口も身体もうまく動かない。さらにはルシンダ尋問官は再び例のライトを網膜に照射する! サイバネ・アイがハレーションを起こす!「アバーッ!? ナニ……コレ……!」「マスターキーだ」
「ナニ……ソレ……」「知らんものか。末端社員はそういうものなのか? まあいい」ルシンダは少し考え、結局、説明した。「我が社の社員はサイバネ・アイを通じ、24時間、そのライフログを社内システムに共有している。有事においてはセキュリティを解放し、任意にログ解析を行う。このライトは鍵だ」
「ソンナ……コトッテ……」「プライバシーが欲しければ上級社員を目指す事だ。モチベーションが湧いたか? どのみち、今後の君が出世できるかどうかは……フッ」面白くもなさそうに、ルシンダは鼻を鳴らし、キーをタイプした。映像が巻き戻しと早送りを往復する。イサムラの個人的な視聴覚体験だ。
(酔っ払って忘れちゃう前に連絡先交換、しよ)マミコが端末を差し出す。イサムラは咳払いし、力強く頷いた。(勿論、勿論だよ)恋の予感。「"恋の予感" 。よかった事だな」ルシンダが淡々と呟いた。小窓にマミコの網膜クローズアップが映る。読み上げられる情報。「ヤシタ・マミコ。犯罪歴無しか……」
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