【グラウンド・ゼロ、デス・ヴァレイ・オブ・センジン】
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【グラウンド・ゼロ、デス・ヴァレイ・オブ・センジン】

◇総合目次 ◇初めて購読した方へ

この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正版は上の物理書籍に収録されています。また第2部のコミカライズが、現在チャンピオンRED誌上で行われています。



序1

 キョート。ハンセイボウ・マウンテン。

「ドゥーン、ドゥクトゥーン……フップドゥーン……」切り立った岩壁に電子ドラム音が反響する。音は次第に大きくなる。やがて黒人ボンズが姿を現した。電子ドラム音ではなく、彼の鼻歌めいたボイスパーカッションであった。「ドゥクドゥーン……」その目は緊張に血走り、見開かれている。

「ホウ……ボーシッ……トーリーボーシ……」黒人ボンズは岩壁に背中をつけ、片手で椀を持ちながら、もう一方の手で額の汗を拭った。気温のせいでは無い。恐怖からくる緊張だ。彼は頭上、小さく切り取られた空を見上げる。彼がいるのは、岩壁の裂け目めいたごくごく狭い天然の通路だ。

「ホウ……」椀のオーガニック粥を見下ろした。まだ暖かい。彼は再びボイスパーカッションを開始した。「ドゥクドゥーン!ドゥクトゥクトゥパーン!」ガチャリ。鎖が鳴った。「アイエッ!」彼は失禁を堪えた。彼は耳を澄ませた。(ゥ……ゥッ……ウッ……)……聴こえてくるのは嗚咽だった。

「……」岩壁に背中を擦りながら、ボンズは嗚咽の方向に進んだ。「ゥ……ウッ……ウッ」細い道が開けた。やや余裕のある断崖空間……壁には「反省房」のカンジ。「ウッ……う……」「……」ボンズは息を殺した。(ブッダ)彼は祈った。そして、そこに鎖で繋がれた者を見た。アグラし、俯く男を。

「飯……飯だぜ」ボンズはカラカラの声を押し出した。「ドーモ、デスドレイン=サン……」「……」嗚咽が止まった。繋がれた男が顔を上げ、見返した。「……スミス=サン……」その者は震え声で呟き、鼻を啜った。「……アリガト……」

「ハーッ……ハーッ」粥を差し出すスミスの瞳孔は、極限の緊張に収縮しきっている。震える手が伸び、椀を掴んだ。それからスミスはスプーンを差し出した。デスドレインは受け取り、食べ始めた。「泣い……」スミスは彼を見た。「泣いてたか?」「ウッ……ウフッ」デスドレインは泣きながら食べる。

 スミスは全身に鳥肌を立たせ、思わず身を引いた。(((慣れねえ)))彼は額の汗をまた拭った。(((慣れられるワケがねえ)))「フーッ」デスドレインは椀を置いた。まだ震えていた。短く刈ったボンズヘアー、顔には縦横の黒い亀裂めいた傷痕、凶悪そのもの……「アリガト」彼は繰り返した。

「何で泣いてた?」「スミス=サン……俺よォ」デスドレインが鼻を啜り上げた。「つれェんだよ……今まで殺してきた……奴らの事……」「……!」スミスは口を半開きにして、見守った。デスドレインは続けた。「声が、毎晩毎晩……聴こえてた、あの頃……ウッ……辛くて……罪の重さをよォ……」

「……」「俺はよォ……好き放題やってきたぜ……好き放題……大好きだったんだ……そういうのが……ヤッちまうのが……殺すのが……息の根を止めるのが……バラすのが……」「……!」「それが今になってよォ……」憔悴しきった目がスミスを見た。深い哀しみと苦悩が瞳の奥に刻まれていた。

「ブチのめされて……鎖に繋がれた……なァ、あれからどれだけ経った?」「……」「段々、声が……遠くなッていってよォ……聴こえなくなって……俺、俺、は、俺のやった事を……やった事を……」その目に涙が溜まり、流れ出した。墨汁めいた涙が。「俺はバケモノだ……俺は……何であンな……」

「ワッ……ザファッ……?」スミスはこの男の心を推し量ろうとした。初めてだった。この男の、こんな言葉は。この男が繋がれ、それ以来、こんな言葉が出た事は無かった。「お前……」「グスッ」デスドレインは腕で涙を拭った。「アコライト=サンは?」「あ、ああ、ちと留守にしてるぜ」「そうか」

「離れてくれ、もうちょッと」デスドレインが言った。「俺、自分で自分が……抑えられねえ時がまだある……こうしていてもよォ……アイツにも悪い事したよ……悪い事を……こんな俺のせいで」デスドレインが震えた。「オ、オウ……俺だってそりゃア」スミスは後ずさった。「ホウ……ボーシッ……」

 ……いや!足りない!スミスは後ずさるばかりか、後ろへ転がった。ドプッ!一瞬後、デスドレインの影が鎌首をもたげ、スミスがいた空間に襲いかかった!「アイエエエ!」「ヘヘヘヘハハハハハ!惜しい!おッしいなァー!ハハハハハ!」岩壁に響き渡る凶笑!「ハハハハハハーッ!」「アイエエエ!」

 デスドレインは起き上がった。ガシャアン!鎖が音を立てた。「ッたくよォー!」坊主頭をボリボリと掻きむしった。黒い血が噴き出し、地面に散った。「しょうもねェ鎖だなァー?」「アイエエエエ!」スミスは尻餅をついたまま後ずさった。彼は失禁していた。腰が抜け、立ち上がれない!

「BAAAA!」デスドレインは長い舌をベロベロと振った。「きったねェーな!そのションベンの横で寝るんだぜ?俺はァー!どうにかしろよ!」「アイエエエエ!」スミスの頭上を、デスドレインの投げつけた椀が舞った。「ごちそうさン!」「アイエエエエ!」「ッたく学ばねえな!ヘヘヘヘ!」

「アイエエエエ!」「うるせェー、うるせェー、大のボンズ様が!しっかりしろよ!」「アイエエエエ!」「殺さねえッて!信じてくれよ」デスドレインは肩を竦めた。「信じてくれよ!」「アイエエエエ!」「ヘヘヘヘハハハハハハハ!」


序2

「HQ、対象を確認。確保する」「確保」「ヘイ!ウェイ!ワッザ、」スミスは彼らを留めようとした。脇をかためる近代兵器完全装備の者二人が互いに目配せし、スミスのこめかみに当てたライフル銃をグイと動かした。ホールドアップ姿勢のスミスは奥へ進んでゆく者らを目で追う。額を汗が流れ落ちる。

「お前ら、わかってんのか!奥に繋いであるのはニンジャだ!ヤバイニンジャなんだ!ヤメロ!」「黙れ」武装者が銃で殴りつけた。「グワーッ!何を……」「貴様の預かり知るところではない」進み出たのは指揮官じみた男である。「付け加えるならば私もニンジャだ」「ワッザ……ニンジャナンデ!?」

「オイオイ!最近客が多いじゃねェーかよ!落ち着かねえなァー」奥からデスドレインの声が聴こえた。自らをニンジャと称した男はスミスに顔を近づけた。「我々は奴の危険性を十二分に把握している。ふざけた真似をしているのは貴様らだ、ボンジャン・ボンズ!」「ワッザ……」「保護管理だ」

 ニンジャは言った。「我々は入念な内偵を続けて来た。デスドレインはガイオン・カタストロフの原因となった重大なニンジャだ。それを……信仰だと?ナメるな。神がかりめが。我々が責任を持って奴を封印隔離する」「……!」スミスはニンジャの目を見た。嘘だ。この男の言葉には嘘と欺瞞がある。

「困るぜ!せ……責任者もいねえんだ!絶対にヤバイ!グワーッ!」スミスは脇の隊員に銃底で後頭部を殴られ、地面に突っ伏した。「危険性は十二分に把握していると言ったぞ、クズめ!」ニンジャが言った。「奴が力を失っている今であれば、比較的安全に対応可能だ。そしてこれ以上のお喋りは無駄だ」

 ニンジャはスミスを侮蔑の目で見下ろした。そして奥へ歩き進んだ。スミスは顔を動かし、状況を把握しようとした。ニンジャは岩壁に書かれた「反省房」のカンジを見やる。先行の隊員二人が注意深く距離を取り、デスドレインに銃を向けている。「ドーモ、デスドレイン=サン。イフリートです」

「イフリート?」デスドレインは唾を吐いた。黒い唾は空中で火の粉に変わり、消滅した。「おッ!すげえすげえ!」デスドレインは岩壁にもたれ、拍手じみて両足裏を打ち合わせた。彼は目を細めた。「こンなとこまでご苦労さん!で、ニンジャが何の用だ、アア?」

 イフリートは左右の隊員に手振りで指示を出した。BLAMBLAMBLAM!デスドレインを繋いでいた鎖の支点が弾け飛んだ。「ノーッ!ヤメローッ!」スミスが叫んだ。「イヤーッ!」イフリートは両手をかざした。デスドレインの足元から跳ね上がった暗黒物質が炎に変わり、消滅した。

「オゴーッ!」デスドレインは更に、体内の暗黒物質を口から迸らせた。暗黒物質は無数の触手を伸ばし、彼らに同時に襲いかかろうとした。だが、ナムサン、イフリートはぴくりとも動かない。それら暗黒物質も空中で炎に変わり、消滅した。「やめておけ。貴様にはパワーソースがあるまい」

「どうだかなァー!」デスドレインは歪んだ笑いを浮かべた。「「アバーッ!」」その瞬間、左右の隊員が同時に炎に包まれた。「「アバババババーッ!?」」「……」イフリートはデスドレインへの凝視を外さない。炭化した燃えカスが二つ、堆積した。「パワーソースが、あるまい」彼は繰り返した。

「あーあ。やっちまいやがンの」デスドレインはイフリートを見上げた。「どうした」イフリートは無感情に言った。「無駄な努力は終わりか」言い終わるか終わらぬか、デスドレインが短距離走者のスタートめいて前へ飛び出す!「イヤーッ!」「グワーッ!」ケリ・キック!デスドレインが吹き飛ぶ!

「グワーッ!」背中から「反省房」の岩壁に叩きつけられたデスドレインへ、イフリートは両手を向けた。「イヤーッ!」「グワーッ!?」デスドレインの両手足が炎を発した。否、正確には鎖の鉄輪が!赤熱する鉄はそのかたちを歪め、たがいに結び合う!「グワーッ!」デスドレインは落下!

「てめェーッ!」デスドレインは芋虫めいて身をねじった。両手と両足の鎖、それぞれが一瞬にして溶接されていた!鎖はいまだ熱を持ち、赤橙の枷となってデスドレインを苛む!「グワーッ!」イフリートはカトン・ジツの構えを解かない。 無感情な目で、この怪物の次なる悪あがきを待ち構える。

「……」デスドレインはもがくのをやめ、寝転がった。「やめだ。疲れちまった」「……」イフリートはさらに五分、凝視し続けた。「信用ねえのな」デスドレインが呟いた。「勉強してンじゃねえか」「……」イフリートは通信を開いた。「HQ。対象を確保。殉職者二名。上首尾だ」

「ウオオーッ!」その時だ!スミスが隊員にタックルをかけ、銃を奪い取った!カジバチカラ!「ヤメローッ!」BLAM!BLAMBLAM!「ヤメッ……」スミスは倒れた。隊員は発砲した銃口を上へ向け、頷いた。イフリートは舌打ちした。「まあいい。デスドレインを運び出せ」「イエッサー!」

「優しく頼むぜ!優しくよォー」鉄輪をフックロープで繋がれ引き摺られながら、デスドレインはへらへらと笑い続けた。「無害だぜ!」仰向けに倒れ動かないスミスの横を、彼らは通り過ぎる。引き摺られながら、デスドレインはスミスを一瞥した。額の銃槍を。開き切った瞳孔を。「しょうもねェ奴」

 バババババ……谷の外で待機するヘリコプターがローターを回転させる。デスドレインはイフリートを見上げた。「で、どこまで行くんだ?エエッ?」「答える必要は無い」「あのよォー」「載せろ」イフリートは隊員に指示した。デスドレインは歪んだ笑みを浮かべた。「楽しみだな、お前……」


1

 青く澄んだ空、乾いた風、頭上に輝く太陽。ネオサイタマにいれば決して経験できない眩しい世界ではある。初めてこの世界を知った時、感動しただろうか。そう昔の事でもないのに思い出せない。「冒険が待ってるぜ」。マギタは呟いた。志願兵センターの壁にはられていたポスターのキャッチコピーだ。

 晴れやかな空とは対照的に、大地は悪魔の爪痕めいている。ニュークの痕跡、地中から噴き出す硫黄が作り出す破滅的光景。実際ジゴクだ。しかしそれも青空と同様、内に入ってしまえば日常だ。「冒険が待ってるぜ」の横には「実質無料で合法LAN端子!6か月短期!」のプラン説明。鮮明に思い出せる。

 クールの最先端に立ちたい若者にとって、こんなウマい話はない。テクノ・サムライを気取った挙句、薄暗い路地裏で病気や脳ウイルスを気にしながら日々を過ごすのは、あまりクールとはいえない。その点、軍に志願するだけで、生体LAN端子を合法で増設できる。しかもMILスペック。魅力的だった。

 盛り場には夜な夜な湾岸警備の大人が現れ、将来が不透明な連中に、クールな話を持ち掛けた。「腕っぷしが強いな。軍に来ないか?ムカつく奴を一発でノしちまう軍隊式カラテが身につくぜ」「音楽が好きなの?軍隊でリズム感を鍛えてみないか」「電子シューターのチャンプになりたい?近道があるぜ」

 マギタもその手の魅惑的スローガンにつられた一人だ。サラリマン家庭の三男、就職先も決まっておらず、打ち込めるアート活動もスポーツもなく、IRC空間への没入に日々を浪費する。そんな彼に「冒険が待ってるぜ」の言葉は魔法めいていた。痛いところを突かれた。冒険。それこそが人生に必要だ。

 六か月の短期の従軍でアトモスフィアを掴み、嫌なら辞めるもよし、そのまま続けるもよし。無料で訓練が受けられ、身体も鍛えられ、帰還後の就職活動でもデカいアドバンテージになる。良い事づくめだ。しかも冒険が……冒険……マギタは荒野を見渡した。「腹へらねえ?」ウノが欠伸をかみ殺した。

「リキッド・ダンゴない?」「さっき食ってたろ」「なんだよ……」ウノは水筒に口をつけた。ウノとはブートキャンプの時からの付き合いだ。食い意地が張っているが、気のいい奴だ。調達してくるポルノの審美眼も冴えている。「意味あンのかね、こんなところで」ウノが手をひさしに地平線を見やる。

 彼らの小隊の今の任務は哨戒だ。ネオサイタマ湾岸警備隊は光挿さぬヴァレイ・オブ・センジンの大亀裂を背負い、キョート側をやや侵犯する形で前線を敷いている。この場所を獲得する為に、恐らくマギタの知らぬ激しい戦闘があったのだろう。戦闘は膠着状態に陥り、散発的な小競り合いが稀に起こる。

「冒険が待ってるぜ」マギタはまた呟いた。「ううむ」これが冒険ならば、彼の辞書の再定義が必要だ。どうやらそれは電子シューターやナショナルタクティクスマンのカートゥーンのようなものではないようだから。冒険、それは、だだっ広いサツバツの荒野を眺め、無駄口を叩き、センズリすることだ。

 一度、キョート共和国軍の戦車の移動をタクティカルゴーグル越しに目にしたことがある。あれは興奮した。KT013型、ヒカルゲンジ。実際マギタの大好きな戦車だった。ゲームで見た通りの黒鉄の巨塊が、粉塵を吐きながら走っていた。自陣営の戦車はまだ見ていない。装甲車や自走対空砲が幾つか。

 直接の戦闘は未経験だ。訓練では実際死ぬような目にも遭ったが、リアルな戦闘はきっとそんなものではあるまい。いざ敵が目の前に現れ、怒り狂った銃口がこちらを向いたら……パニックになってしまわないだろうか。それとも案外平気だろうか。「あそこの岩、ちょっと大きいな」ヤンベが指さした。

「何か隠れてるかもって?」ウノが笑った。ヤンベは頷いた。「なんか気をつけた方がいいんじゃねえかなあ?」そして小隊長を見る。「あの岩大丈夫ですかね?小隊長殿」「あーン?」輸送車両内でIRC通信会話をしていた小隊長が目をすがめた。「あの岩か?」「そッスね」ターン!「アバーッ!?」

 ヤンベがクルクルと回転し、打ち倒された。赤い血が頭から広がる。動かない。「スナイパーだ!」マギタは叫んだ。「アイエエエエ!」「ヤバイヤバイヤバイ!」ウノとマギタは先を争って輸送車両「安全」の陰に滑り込んだ。BRATATATATATATA!BRATATATATA!小隊長が反撃!

 ターン!マギタの膝の隣で銃弾が撥ねた。「アイエエエエ!」「畜生!」ウノが身を乗り出し、岩に向かってアサルトライフルNN445の引き金を引く。BRATATATATA!BRATATATATA!「敵襲!敵襲!」小隊長はIRC通信。BRATATATATA!車両ガラスが蜂の巣になる! 14

「なんだァ?」「一人じゃねえのか!」「どッから……」「ヤバイヤバイ!」小隊は隊長、カムキ、ヤンベ、ウノ、マギタの五人。そしてヤンベは死亡した。応援要請を行い、持ちこたえるしかない。BRATATATATA!BRATATATATA!ターン!BRATATATATA!「アイエエエ!」

「どっから撃ってきてるンだよ!」「わからねえよ」ウノは涙目だ。「隊長殿!」「慌てるな!慌てた奴から死ぬ。訓練を思い出せ」「ハイ!」マギタは歯を食いしばった。BRATATATA!ウノが再び威嚇射撃。カムキはグレネードを投擲。……KABOOOM!「アバーッ!」「アッ!やった!」

 思いがけずそれは、ステルス外装と匍匐前進で接近してきていた相手を無残に四散させた。ターン!再びのスナイプ攻撃。「動けねえ」「畜生……」「じっと耐えろ、じっとだ」「だって、まだ敵が……」「じっと耐えろ!」ターン!「アイエエエエ!」

 マギタの心臓が激しく鼓動していた。彼はNN445の質感を頼もしく思った。恐ろしいが、とてもハイだ。(こういうやつだよ!)彼は泣き笑いのような表情になった。膠着状態のまま、どれほど時間が経過しただろう。音を立てて斜め後方に走り込んで来たのは自軍の攻撃車両スズメバチSJ-33!

 BRRTTT!たちまち烈火のごとき機銃掃射が開始された。しかもスズメバチの腹の中から黒光りするマシンバイクが出現!ヤミヨだ!「ウィーピピー!」「やっちまってくれよ!」KABOOOM!ごく近い地点の地面が爆発した。敵のグレネードだ!「アイエエエエ!」BRAKKA!BRAKKA!

「クオオオオー!」「クオオオオー!」二機のヤミヨは獣じみた唸り声を発し、人型形態に変形した。ドギン!ドギン!ドギン!脚部スパイクで硬い地面を踏みしめながら旋回移動、スナイパーの地点めがけ回り込みながら銃撃を行う。やがて……「アバババーッ!」「ヤッタ!」「ヤッタゼ!」

「クリア!」小隊長がおっかなびっくりタクティカルゴーグル越しに周囲を重点確認、宣言した。スズメバチの車内から兵士が二人降り立ち、表情をほころばせた。「いやあ、手こずりましたよね」「彼は……残念でした」ヤンベの死体を沈痛に見て、黙とうをささげる。「凄いマシンだ」「ヤミヨですか」

「そう……」スズメバチ乗員が笑顔を作った瞬間、「安全」の車体が10メートル上へ跳ねあがった。油田?マギタはまず、当然そう思った。戦場で油田が発見されて、そして、発見者は俺達、両国のパワーバランスはどうなるのかな?俺達はカネモチになれたり?それはないか。……油田?ナンデ?

 KRAAAAASH!「アバーッ!」マギタの横数メートル地点に「安全」が降ってきた。ウノは叩き潰されて即死した。「マジかよ?」マギタは訝しんだ。戦闘に生き残って、突然のシュールな自然災害に巻き込まれて死んだウノに、どんな感傷を抱けばいい?彼はもう一度黒い間欠泉を見た。「マジ?」

「アイエエエエ!HQ!HQ!」スズメバチに駆け戻った乗員が通信を試みる。BEEEEP!BEEEEP!ザリザリザリ……耳障りな爆音ノイズがスピーカーから放たれる。「アイエエエエ!」BRATATATA!BRATATATATA!小隊長とカムキは黒い噴水に狂ったように銃撃する。何故?

 彼はようやく気づいた。黒い噴水の頂上に、なにか白いなにか……それが人間の上半身だと気づいたのは二秒後。BRATATATATATA……BRATATATATATA……黒い液状の物質は細かく枝分かれし、胡乱な姿の周囲を飛び回っている。どうやらそれが銃弾を止めてしまっている。

「ヘヘヘヘ……」そしてマギタは、確かに聞いた。それは笑い声だ。「ヘヘヘヘヘヘ!」悪意!他人を害したいという強烈な意志が、せせら笑いに込められている。マギタは戸惑う。どうしてそんな害意を?「ヘヘヘヘハハハハハ!」「なんだこれは!なんだこれはーッ!」「ハハハハハ!」「アバーッ!」

 気がつくと、マギタは走り出していた……スズメバチに向かって。こんなところに居たらダメだ。彼の後ろで、黒い触手に捕えられたカムキが八つ裂きにちぎられて死に、そのまま飲み込まれた。小隊長はなおも銃撃を続ける。やがて銃声が止んだが、マギタに振り返る余裕はなかった。

「アバーッ!」「アバババババーッ!」ヤミヨが人間じみた断末魔絶叫をあげ、粉砕破壊された。「助けて!助けてェ!」マギタは発進するスズメバチのグリルにしがみついた。ほとんど引きずられるようになりながら、縋りついた。「アバーッ!」車内から兵士が引きずり出され、宙を飛び、飲まれた。

 信じがたいカジバチカラを発揮し、マギタはスズメバチの車内に滑り込んだ。「アバッ!?アイエエエ!アバーッ!」その瞬間、運転者が黒い液体に捕まれ、引きずり出されて、いなくなった。「アイエエエ!」マギタはハンドルを掴み、絶叫した。「アイエエエエ!」逃げなければ!逃げなければ……!


【グラウンド・ゼロ、デス・ヴァレイ・オブ・センジン】


「マーベラス……」彼女は上気した笑顔で、やや荒い息を吐いた。「マーベラス」モニタ越しに、スズメバチsj-33が真っ二つに裂け、呑み込まれてグチャグチャに押し潰されるさまを見る。「正常値です」「正常」UNIXスタッフがリアルタイム報告を続ける。ミコシは頷いた。「素晴らしいわ」

 それから椅子にもたれ、続く事象を見守る。周囲を汚した暗黒物質は……こぼれたミルクの逆回し再生めいて中心に向かってじわじわと吸い込まれてゆく。最終的にそこには拘束着めいたニンジャ装束を纏う一人のニンジャが気だるげに立つのみだった。「正常値です」「正常」「あまりにもクリーン」

「ああ、なんて事」ミコシは頬に手をあて、感慨深く目を閉じた。涙ぐんですらいた。完璧な成果だ。マジックモンキー。どこまでも従順。信頼関係すらも芽生えている。『ヘヘ……満足か、オイ?』モニタが声を拾った。『感動的か?』「黙りなさい」ミコシは通信機に言った。『ハイ。ゴメンナサイ』

 ミコシの首筋にぞくぞくと悦びが伝う。「そのまま回収を待ちなさい。車両は2分後には到着する」『ヘヘヘ……』「良いデータが取れているわ。貴方が頑張れば、それだけ私達もハッピーなの。そうすれば、もっと気にかけてやる事ができる。WIN-WINよ」『WIN-WIN……へええ?そうかい』

「……」ミコシはやや黙った。「なに?」『いや、嬉しいのさ。当然だろ』「……そうね」『嬉しいのさァ……ヘヘヘヘ……』「この調子で協力すれば、もっと楽しむ事が出来るわ、貴方は」『もっと楽しむ?』「そうよ」『ヘヘヘ、楽しくはねえよ?』ニンジャは陽気に付け加えた。


◆◆◆


 フオオオ、フオオオオ、フオオオオ……。高速走行する車内、身体にへばりつくような速度感。私立探偵タカギ・ガンドーは読みかけの新聞から顔を上げる。彼は新幹線のボックス席に座っている。車窓を眺め、荒野を眺め……「アア?新幹線?」彼は顔をしかめた。「走ってねえだろ今は」

 開戦後、当然ながらネオサイタマとキョート共和国を結ぶ新幹線は運行が無期限停止となった。「ッてことは夢だ。だろ?」ガンドーは向かいに座って雑誌を読んでいる少女に話しかけた。「……そうね」少女は頷き、空色の目でガンドーを見返した。「だな。それも、あれだ、少し昔の記憶だろ、これは」

「そういう事」少女は……アズールは無造作に頷き、雑誌に視線を戻す。ガンドーは頭を掻いた。つまりアズールがこうして答えているのも、彼女が答えているわけではなく、自分の深層意識と記憶が相槌を打たせているわけだ。実際、彼はこの少女と共にネオサイタマからキョート共和国へ取って返した。

 胡乱な覆面存在にビジネスパートナーであるコケシ社長を人質に取られたガンドーは、この少女を保護……要は、拉致……せよとの依頼を強制的に受諾させられた。彼はネオサイタマを訪れ、別の名で暮らしていた彼女を見つけ出した。彼女はガンドーのもとを逃走し、ガンドーは彼女を追った。

 慣れないネオサイタマの土地で、彼は幾つかの探偵クエストを行った。ハードな旅だった。最終的に彼はアズールと共に、キョート行きの新幹線に乗り込んだのだ。マッチャ・エスプレッソを紙コップに入れ、飯は……「ああそうだ」ガンドーはアズールがタケノコ・ベントーを黙々と食べる様を眺めた。

 そう、ここで食べた飯はタケノコ・ベントーだった。目を落とすと、彼のぶんのベントーもあった。味は……「うん」咀嚼しながら頷いた。そう。悪くなかった。ガンドーはアズールにかける言葉を探した。この時点でアズールは既に……願わくは……ガンドーを敵と見做してはいなかった。笑顔は無いが。

「まあまあだな?」「……」アズールは頷いた。「マッチャか」ガンドーは顔をしかめ、「せめてアンコでもありゃあ」「アンコ」「何でもねえ」私立探偵はこの少女に、単なる興味や哀れみより実際深い共感を抱いていた。その瞳、表情、仕草の奥底にある荒廃には、どこか彼が理解できるものがあった。

「あのな。この速度で引き返しゃあよ」ガンドーは行儀悪く箸でアズールを指した。「奴らを出し抜く事ができる。しばらくはな。まさかこんなキャノンボールめいた強行軍で戻って来ているとは思わねえだろうし、お前の事は尚更だ。ネオサイタマを探し回る」「キョートについたら、どうする?」

「まず事務所に戻る」ガンドーは説明した。「お前はアンダー低層で一端待っててもらう。嫌な予感がするんでな。探偵のカンがよ」瞬きすると、彼は既にガイオン。「……まあ、ちょっと待ってろ」アズールを匿い、やがて探偵事務所に帰還、玄関に立てば、侵入の形跡。咳払い一つ。エントリー。格闘。

 ガンドーの持つ情報を奪うべく、ヤサを荒らしに来たのはスタッグビートル・ヤクザクランとかいう独立ヤクザクラン。当然それが首謀者ではない。後ろで糸を引く存在がいる。このクソったれな陰謀の根元を辿る足掛かりは、そこからだった。だが電子的な防備は想像以上、調査は困難を極めた。

 アズールは自分で自分の身を守れる。彼女もまたニンジャであり……ニンジャであるが故に、そしてあるニンジャと繋がっているが故に、狙われていた。「で……そうだ。この廃ビルだよな」「そう」背中合わせに立つアズールが頷いた。周囲360度を取り囲むのはチャカ・ガンを構えたクローンヤクザ。

「ここが一番ヤバい瞬間だったか」「そうかもしれない」アズールは頷いた。二重三重に張られた罠を踏んだ結果の、この包囲。危うくアズールの存在を嗅ぎ付けられるところだった。彼女は透明の獣を使役する。魔獣が乱舞し、ヤクザを皆殺し。二人は別々の方向へ逃れる。予め決めた合流地点は五日後。

 ガンドーはアズールの無事を祈り、闇から闇へ駆けた。攻撃は最大の防御だ。彼は合流日まで穴ぐらの奥でガタガタ震えて待つなど、しなかった。「いや……こっちの方がジゴクだったかもしれねえ」ガンドーは呟いたが、アズールの答えはない。その時彼は独りだったからだ。胴体に銃創が二つ生じる。

「これだ。全くよお」ガンドーは毒づき、目の前の敵ニンジャに49マグナムを二挺構えた。「ドーモ。ディテクティヴです」「ドーモ禁禁禁禁禁禁禁禁禁クソッ、これだ」ガンドーは頭を押さえた。この厄介なトロイを脳に仕込まれたのもスタッグビートルのシステムからのカウンター攻撃……。

「サヨナラ!」敵ニンジャを爆発四散させたはいいが……背後のシャッターが開き、カッという音が鳴ってサーチライトがガンドーの背中を照らした。振り向くと、機関銃を構えたヤクザが横一列に並んで逆光を受けていた。苦笑いしてホールドアップすると、今度は逆方向から別の集団が機関銃。

 慌てて伏せるガンドー。新手の集団は白スーツ。武装と頭数で勝っており、スタッグビートルの殺し屋達は冷たい死体に成り果てる。やがて進み出たリーダーはガンドーにアイサツすると、武骨なアタッシェケースを開き、巨大な携帯電話を差し出した。通話相手は、こいつは驚きだ、元老院の一人だった。

「モシモシ、夢の中だがもう一度言っとくぜ。俺はアンタの事も他の元老連中同様、相当気に入らねえ」ガンドーは夢ZBRを注射しながら受話器に向かって強調した。「わかってるか」アズールと行動を共にしている事は、この元老に対しても伏せてある。夢の中でも彼は注意深く秘密を維持した。

「そう言うな。私立探偵殿」元老らしき声が返る。「軍部とカブキの暴走は憂慮すべき事態。マジックモンキー計画を止められるのはもはや君だけだ」「買いかぶり過ぎだ。アンタも……」咳払いするとそこはアッパーガイオンの薄暗いホテルの一室。「アンタもな」目の前の覆面エージェントを指さした。

「今すぐネオサイタマに取って返し、例の少女型ニンジャを確保するのだ」覆面エージェントは脅した。「断る。俺は死にかけたんだ」ガンドーは席を立ち、「悪いな、ニンジャでも命は大事なのさ。オキナワでも行って、骨休めするぜ」札束を握りしめて退出すると、そこはガイオン低層の廃墟の廊下。

「さて。俺は俺をオキナワに『飛ばした』。これでまた多少自由に動ける。あのクソッたれめ。札束は迷惑料だ。とても足りやしねえが」突き当りのドアが開き、アズールが顔を出す。ガンドーは頷いた。「俺の友人がマジックモンキー計画の標的だとよ。ちと助けに行ってくる。ついでに情報収集もな」

「……」「今回、お前が来ると、悪いが助けよりもリクスの方がデカい。留守番だ」アズールは無言で肩をすくめて見せる。ガンドーはユカノ達と合流し、標的となっていた双子のニンジャを救出に向かう。道端の電話ボックスがけたたましく鳴る。受話器を取ると、「計画を止めるのだ!」と、例の元老。

「ああ、その点に関しては全くもって同意するぜ」ガンドーは頷いた。首輪をつけられ犬めいて使役されるニンジャ達。当然、やめさせる。あのおぞましい禁禁禁禁禁禁ァレイ・オブ・センジン!」「ああ」禁禁禁禁禁「もはや戦争が現実のものとなった今、残念ながら事態はより一層深刻だ!」

 真鍮の受話器を持つガンドーを、同じテーブルについたアズールが無言で見守っている。元老はまくしたてた。「カブキは間違いなくネオサイタマ陣営にあのおぞましきニンジャ兵器を投入するであろう。慎重なテストが幾度も行われ、今や彼らはその実践使用に何の躊躇いも無い。悪夢が現実となる!」

「よくワカル」ガンドーは当然、鮮明に思い浮かべる事ができる。昨日の事のように。あのイクサを。あのヘル・オン・アースを。「……止めねえとな。止めるさ」「必ず殺害、ないし永久に無力化せよ。阻止せねばならん。奴らは誇大妄想に駆られている。人類のイクサで用いられてはならぬ力だ!」

 受話器を置き、ガンドーはアズールを振り返った。彼女の存在は協力者の元老にも明かさず、隠し通している。元老にとって、彼女もまた、恐るべき敵の一人ではあろうから。アズールが見つめる。ガンドーは彼女に、件のニンジャ兵器について直接の説明を行った事はない。だが彼女はもう解っている。

 タカ派の元老が「少女型ニンジャ」すなわちアズールを執拗に確保しようとしていた理由を、ガンドーはある程度推理する事ができる。アズールは、あの邪悪きわまる破滅的なニンジャ存在と繋がりがある。あの邪悪なニンジャを御そうとするならば、当然、彼女の身柄も押さえようとする。

 あのニンジャ……デスドレインと、アズールの邂逅は、カブキにとって一層望ましい破滅的相乗効果を生み出す可能性がある。アズールは立ち上がった。ガンドーは49マグナムを意識した。連れていけば、よからぬケオスが導き出される可能性がある。ならば、ここで殺すか?この少女を?「来るよな」

「行く」アズールは頷く。空色の目が真っ直ぐガンドーを見ている。「あいつを殺す」「そうか」ガンドーは言葉を探すが、見つからない。二人はドアを開け、玄関から外に出ると、そこは荒野。アズールを隠す以上、あの元老に移動手段をチャーターさせるわけにもいかない。彼はサイバー馬を選んだ。

 探偵と少女。馬はそれぞれ一頭ずつ。アズールは馬をよく御した。彼女はスナリマヤ女学院の制服を着、黒いマントめいた布を身にまとう。この旅において極めて異様な出で立ちであるが、その異様さ、非現実的な佇まいが、彼女のニンジャらしさであるとも言えた。二頭の馬に、不可視の獣が続いた。

 彼らがかわす言葉は少ない。夜が朝に、朝が夜に。息苦しさと暑さでガンドーは目覚め、寝袋を脱いだ。隣の寝袋は空っぽだ。「……」ガンドーはテントから這い出した。アズールはテントからやや離れた巨大岩の上に佇み、星と月を見ていた。ガンドーは声をかけず、テントに戻り、再び眠りについた。


2

 ヴァレイ・オブ・センジンの大断崖にかかる軍橋を中心に、半円形を描いて築かれた防壁がネオサイタマ側の前線だ。防壁のには複数基のサーチライトが配され、昼夜を問わず常に空に光を投げかけている。

 数機の戦闘機トンビF-34の隣に、やや異質な存在感を放つ円形の機影がある。ステルス輸送機、ナイミツである。重苦しいエンジンの呻き声と、吹きすさぶ風と粉塵。ミリタリー・コートの裾がはためき、歪んだ空気に威厳溢れる長身が霞む。白髪交じりの長髪、眼帯、葉巻の火。

「あちらこちら、引退した老兵を引きずり回す過酷な連中の実際多い事でな」国防軍顧問は冗談とも本音ともつかぬ無感情な言葉を吐き、この乾ききった橋頭堡の基地司令とオジギを交わした。司令自らの出迎えを受け、悠々と歩く国防軍顧問に、彼同様ただならぬアトモスフィアを持った六人が続く。

「ここ数日、敵軍に極めて怪しい動きが」ザビタ司令はあらためて確認した。「憂慮すべき事態です」「ああ、うむ」国防軍顧問は歩きながら灰を落とす。「要はニンジャよな」おおっぴらに口にする。司令は短く頷いた。司令はニンジャではない。だがニンジャを知る。そしてこの顧問はニンジャである。

 皆さんの中にはこの顧問の名を知っている方もおられよう。ハーヴェスターが彼の名だ。元湾岸警備隊高官にして、故ラオモト・カンとの親交深く、その息子チバの率いるアマクダリ・セクトの最高幹部「12人」に名を連ねる強大なニンジャである事も、ご存じかもしれない。ではその部下と思しき六人は?

 最新式のハイ・テック・ミリタリー・ニンジャ装束に身を包んだただならぬこの六人の名は、ストーンコールド、ソリティア、ヘヴィレイン、イリテイション、アイアンクラッド、ロングシップ。ニンジャ装束?然り、ニンジャである。ハーヴェスターがこの地に伴って来たアマクダリ・アクシスの戦士達だ。

「おおそうだ、忘れておった」ハーヴェスターは懐からコーベイン餅の箱を取り出した。薄紫の紙で美しく包装された奥ゆかしい菓子は、江戸時代のダイカンがハタモトをもてなす際、金塊に見立てたヨーカンを捧げた事に由来する。「土産だ。ネオサイタマの味が恋しかろう」「……ありがとうございます」

 司令はニンジャ存在によく慣れており、ハーヴェスターの威厳、アイアンクラッドの鉄塊めいた筋肉、ソリティアの背負う巨大な弓、ヘヴィレインの不穏な殺気、ロングシップの佩く奇妙なカタナ、イリテイションの悪戯娘じみたクスクス笑い、ストーンコールドのカラテの重圧にNRSを起こす事もない。

 彼らはクリスタル・ガラスのチャブを中央に据えた応接室に通された。このようなエマージェントの地であっても、応接室にはトコノマと神棚、ダルマ、水仙の花瓶、「虎と兵左衛門」のショドー等のゼンめいたアイテムが揃っている。「で、敵方は、どんな動きだ?」ハーヴェスターはすぐに切り出した。

 この部屋に彼ら以外の者はいない。ショウジ戸の外にも。ザビタ司令は自らマッチャ・マシンを使ってチャを入れ、ハーヴェスターに供した。そして低く言った。「どうやら相当な数のニンジャが前線に集められている事は間違いないようです。明確な攻撃意志を感じます」「困ったものだ」「……ハイ」

 二者は視線で語り合った。この戦争は経済活動だ。関連企業の資本が縦横に飛び交い、銃撃音があちらで鳴り響き、こちらで地雷が吹き飛び、前線の位置が北へ、東へ、西へ、南へ、目まぐるしく動くたび、株価がバイオリズム・サインめいて変動する。負け犬が群がり、ネコソギ・ファンド社が回収する。

 キョート共和国の高官とは秘密ホットラインが築かれており、利益を共にするWIN-WIN関係が築かれていた。だがキョートは一枚岩ではない。さまざまな思惑の坩堝である。この戦争を足掛かりに実際ネオサイタマへ侵攻しようとするタカ派の存在感が、必要以上に増しつつあった。

「……ま、奴らの為に起こしてやった戦争ではないからな」ハーヴェスターは紫煙を吐いた。「取り分に満足できなくもなろうなあ」他人事めいて言う。「敵ニンジャ戦力による被害は微々たるものだな……今のところは」ハーヴェスターは提供された情報には既に目を通してある。「これからだ」

「共和国は秘密裏にニンジャの戦闘部隊を育ててきました。その実態は注意深く秘されておりますが、おそらくその戦力が今回、本格的に投入されて来ておるものと」「というわけだ。ストーンコールド=サン」ハーヴェスターは後ろの壁に並ぶ六人を振り返り、隊長格のニンジャを見た。「信頼しとるぞ」

「お任せください」ストーンコールドは頭を下げた。そして言った。「主たる懸念事項に専念なされよ」「全くその通りよ!どいつもこいつも人使いが荒い」ハーヴェスターは立ち上がり、ザビタ司令に会釈した。それからストーンコールドの肩を叩き、ひとり退出した。イリテイションがウインクした。


◆◆◆


「ハイ。そうして、その、俺……私は車両にしがみつきまして、ええと」かいつまんで話そうとするが、どうしても言葉が詰まってしまう。向かい合った相手は瞬きを一切せずに、マギタを注視している。表情、発汗、呼吸、緊張、恐怖……「そのう……私はそれで……もうダメだと思ったんですが」

「成る程」"ストーンコールド"の瞳の白い光彩がマギタを震え上がらせる。「そこで意識が途絶えた、と」ストーンコールドはまとめた。マギタは謝らねばと思った。「申し訳ありません」「記憶が不明瞭なだけかもしれん」「え?」ストーンコールドが話しかけたのは隣に立つ女だった。「やれ」

 不気味な笑いを張りつかせ、女はマギタの額を掴んだ。「カワイソ!お前死ぬかもね!イヤーッ!」「アッ、アバーッ!」ドクン!心臓が強く打ち、マギタの頭は二つに割られ、脳を引きずり出された。錯覚だ。それほどに恐ろしい痛みだった。マギタはぶざまに失禁した。「アバババーッ!」

 気がつくと、マギタは床に寝そべり、マグロめいて口をパクパク動かしながら、ストーンコールドとその女、"イリテイション"を見上げていた。「アイエエエ……アイエエエ……」「このニボシが遭遇したニンジャは、多分一人。で、こいつは潰れた車から亀裂の下に投げ落とされて、一命をとりとめた」

「特に追加の事実は無し」ストーンコールドが言った。「もう少し記憶を搾り出せるか?」「無理」イリテイションは首を振った。「こういう事のためのジツじゃないから。しっかし、こいつがどう生き残ったかなんて、どうでもいいッつうのね!」イリテイションは笑った。「ニボシ!」「アイエエ」

「大丈夫か?」ストーンコールドが見下ろした。助けてはくれない。「アイエエエ……ハイ……」マギタは手をついて起き上がり、椅子に座り直した。ストーンコールドがまとめた。「黒い油めいたものが全て破壊し、他の者達を殺害したと」「ハイ……」荒唐無稽過ぎる。懲罰を受けるだろう。

 だがストーンコールドは無雑作に頷き、イリテイションに言った。「キョートの大破壊で目撃されたジツだ。成る程な。調べておけ」イリテイションは肩をすくめた。マギタは身を竦ませながら、問いを発する。「あの、あれは何だったのでしょうか……ご存じなのですか」「ニンジャだ」相手は即答した。

「ニンジャ?」マギタは思わず訊き返した。「ニンジャ、ナンデ」「ただの人間にそんな芸当ができるとお前は思うか?」「い、いいえ」「では、そのような自然現象が存在するか?」「い、いいえ」「ならばニンジャだ。簡単なロジックだろう」「アイエエエ」「ハハッ!笑えんか?」「アイエエエ」

 ストーンコールドのユーモアのセンスは、恐怖に震えるマギタには理解できなかった。追従笑いをする余裕すらなかった。「あの……俺、私は、どうなるのでしょう」「軍法会議だ」ストーンコールドは即答した。そして付け加える。「いや、嘘だ。さあ、貴様の運命など我々にはどうでもよい事だからな」

「しゅ、出撃、できますでしょうか」「何?」イリテイションが顔をしかめた。マギタは唾を呑み、続けた。「そのう、こうして身体も概ね無事で……ですから……引き続き前線に……」「バカ?」イリテイションが指をクルクル回した。彼らはマギタを残し、退出した。マギタは心臓の鼓動を感じていた。

 震える手で、彼は己の顔を覆った。ニューロンに蘇るのは縦横に飛び交う黒いエネルギーの枝葉と、狂笑する白い影。マギタは手を伸ばす。影は笑う。我に返ると、当然、マギタは部屋の壁に向かってむなしく手をかざしているだけだった。 


◆◆◆


「ええ、本当に日差しが強くて、驚いてしまうわ」『そりゃ素敵なバカンスじゃないか。あやかりたいね』モニタに映るIRC同期映像は、ミコシのフィアンセ……キョートのユタカ・アンド・クラシ貿易会社の若きCEO、クラシ・タケルだ。モニタ越しにもその笑顔は眩しく、歯は白い。

『なにしろ、焼き放題だ』「よしてよ」ミコシは苦笑した。キョートにおいて、浅黒く美しく日焼けした肌は、家柄と財力を端的に示すバロメータだ。ガイオン地表人のタケルも勿論、滑らかなクリームめいて綺麗な肌、プラチナのネックレスが良く映える胸板の持ち主だった。「ここの紫外線は危険よ」

『ハハハ、違いない。カイロやメキシコよりもキョート・ワイルダネスの日差しは強烈だからね』「貿易会社の社長殿のお言葉には含蓄があること」ミコシは肩をすくめて笑った。『……ねえ、ユウコ』タケルはややシリアスになり、ミコシの名を呼んだ。「ん、何?」『僕は君の仕事を心から応援してる』

「どうしたのよ……」『結婚してからも、夫として、恋人として、全力で君の研究を応援したいとは思ってる。だけど……大丈夫かい?』始まった。ミコシは小さく溜息をつき、眉を動かして促した。『その……安全とは言い切れないわけだろう?なにしろ、ニンジャ・モンスター達の目と鼻の先でさ』

「ええ、そうね」『イラつかないでくれ。わかってる……僕だって仕事柄、タフな連中との折衝は慣れっこさ。銃を突き付けられた事もある。だけど、何しろ今、君は戦場、それも最前線にいるんだ。危険度で言うと今までとは……』「これが、わたしの、やりたかった、ことなの」ミコシは強調した。 

「ニンジャは実在する神話、神話の獣! 私はその獣に首輪をつける事に成功した。そしてこれは人類の義務、未来へ進むために勝ち得なければならない行いでもあるの!」『……』「ごめんなさい。ニンジャ伝説の講義なら、帰った後にいくらでもしてあげる。……そうね、無事で帰るわ」『ああ』

 通話を終えると、ミコシは前髪をかき上げ、溜息をもう一つついた。どうも、いけない。やはりこの戦場の張りつめたアトモスフィアと厳しい気候が……そして成功を前にした焦りが、ミコシをピリピリさせてしまう。「焦り?そうね」彼女は独りごちた。休憩は終わりだ。彼女は自室を出、廊下を進む。

 ドージョー型研究棟は、三重の隔壁フスマを開けた先だ。「お疲れ様です」研究助手がミコシにオジギした。「状態はどう?」「安定していますね」エレベータで3階まで上がり、モニタ室に入る。ガラス張りの窓からドージョーを見下ろす事ができる。「カブキコム」のニンジャ戦士たちを。

 キョートの特務機関カブキ・フォースは、カブキマスターであるアキラノ・ハンカバの秘儀に立脚したニンジャ・コントロール・テクノロジーの研究を進めてきた。常人を遥かに上回る戦闘能力をもつニンジャを電子的に隷属させ、兵器として用いる……それがマジックモンキー計画だ。

 マジックモンキー達はUNIX首輪と脳内爆弾の二重のセキュリティによって支配されている。これを破るすべはない。ニンジャは思い上がっており、非ニンジャを取るに足らない虫ケラと見做す。マジックモンキー達が当初反抗的だったのは当然だ。今は違う。彼らは学習した。学習と、信頼関係。

 マジックモンキーは学習と訓練を通じ、精強なる戦士となった。彼らによって組織された戦闘部隊がカブキコムである。ミコシはガラス越しにドージョーを見下ろした。現在ザゼン・トレーニングを行っているのはキリンギとシンド。否、もう一人いる。宙に浮かぶジュー・ウェア。あれはミエザルだ。

 ミエザルは不可視のニンジャだ。ジュー・ウェアと首輪が宙に浮かんで見えるのは、そういう事だ。アッパーガイオンに潜み、下劣な犯罪に明け暮れた男には、こうして祖国に貢献する運命が待っていた。年貢の納め時といったところだろう。そしてドージョーの中央。五重の電磁柵の中に「あれ」がいる。

 カブキコムの者達には独房が与えられている。しかしこの兵舎における「あれ」の居場所は、このドージョーだ。様々な理由から、そうしている。『よォ姉ちゃん!居るんだろ!』スピーカーがミエザルの声を拾った。『ヤらしてくださいよ!アバーッ!』ミコシは懲罰ボタンを押し続ける。『アバーッ!』

『うるさく、かつ、懲りない男だ』キリンギがザゼンを解いて立ち上がった。ジュー・ウェアはくねくねと動いた。『エッヒヒ……一応やっとかねえと、気持ちがシャキッとしねえからよ。間近で見ると、無表情を努める奥で心が動いているのが感じられて、たまらねえ。勃つぜ。アバーッ!』

 あのミエザルが実際戦力となるか否か、議論の余地がある。しかしその透明体質は研究対象としては重大だ。ミコシはあのモンキーの扱いには、もはや慣れている。彼女は注意を電磁柵の中でアグラする『デスドレイン』に向けた。俯いていた『デスドレイン』の目が動き、ミコシを見上げた。

『……寂しいのか』それがデスドレインの放った第一声だった。ミコシは思わず一歩後ずさった。『ヘヘヘヘ……寂しいのか。ミコシ=サン。そりゃそうだよ……』ミコシは奥歯を噛み、反射的に懲罰ボタンに指をのばしかけた。だが、留まった。彼との信頼関係のステージはもはやそこにはない。

『外も中も、快適とは言い難いぜ、ここはよォ……アンタもそうみてェだな』「正直、そうね」ミコシは会話に応じた。『ヘヘヘ……だがよ、ビックリしちまう。とんでもねえ青い空だ』「出撃はどうだった?快適なワークアウトは出来て?」『ああ、いつもと変わらねえな』「それはよかった」

 ミコシはUNIX席の研究助手を見やった。研究助手は頷いてみせた。「初陣という意味では、今回の出撃はカウントできないわね。あくまでテストの延長だから」『どうだ?確かめられたか?俺の事は』「ええ」ミコシは微笑んだ。『そりゃ良かった』「いよいよ貴方の力を敵軍に見せつける時が来た」

 デスドレインの投下作戦は、元老院も重大な関心を寄せる一大デモンストレーションだ。成功すれば、キョート共和国軍の戦力をネオサイタマに強烈にアピールし、膠着した戦況を覆すとともに、株価曲線の手綱を握る事が可能となる。

 ネオサイタマのニンジャ戦力には戦争初期から手を焼いてきた。彼らは大っぴらな作戦行動はとらぬが、要所要所で用いられ、思うままに戦況のバランスを調整してきた。キョート上層部は現在のパワーバランス状況に満足していない。カブキコムとデスドレインの存在が全てを変えるだろう……。


◆◆◆


「俺は実際楽しみだぜ、ミコシ=サン」デスドレインは呟いた。ミエザルがその呟きを聞き取った。ジュー・ウェアがフラフラと電磁柵に近づいてきた。マジックモンキー同士のコミュニケーションは推奨されている。「暴れるんですかい、デスドレインの旦那ァ。いいよなあ。俺も好き放題やりてえなあ」

「好き勝手やりてえのか?」デスドレインは透明のニンジャに顔を向けた。「やりゃいいじゃねェか」「残酷な事言うなよ、俺のやりてえ事わかってんだろ。ここは人生の終着駅だよォ」「なあお前、夢は見るか」「何だよ急に」「金色の太陽……太陽じゃねえな……箱か?あれは」「アンタも神秘主義か」

「感じるんだよなあ」デスドレインはミエザルに言うともなく、呟いた。「ヘヘヘ……気分いいンだ、俺は。頭がよ……冴えてンだよな……」「冴える?」「もういいや」デスドレインは目を閉じた。「チェッ、どうせ気の利いた事言えねえよ、俺は」ジュー・ウェアが離れてゆく。

 目を閉じると、上方に金色の箱、そして水平方向、近づきつつある感覚。「ガイオン・ショージャノ・カネノコエ……」『なに?』ミコシが聞きとがめた。デスドレインは続けた。「ショッギョ・ムッジョノ・ヒビキアリ。タダハルノヨ……ユメゴトシ……ヒトエカゼ……チリオナジ」彼は眠りについた。


◆◆◆


「そういや、おかしな夢を見てよ」ガンドーがタクティカルゴーグルを覗きながら呟いた。アズールはガンドーを見た。「どんな夢」「まあ、夢の内容は大した事じゃねえが。俺はお前と、クソッたれ探索行をもう一度なぞっていた。疲れちまった」彼はアズールにゴーグルを手渡した。「見えたぜ」

 二人は断崖のふちにうつ伏せになり、キョート軍の前線をかろうじて確認する。サイバー馬は谷間に待機させている。「私も見た」「見えたか?こっからは慎重を期して徒歩だぞ」「見たのは、夢」アズールがゴーグルから目を離した。「それからずっと感じる。近づいているのがわかる。あいつに」

「感じるのか」「……」アズールは頷いた。「そうか」そういう事もあろう。二人は断崖を滑り降りた。「やれやれ。とんでもない所まで来ちまったもんだ」ガンドーはタバコを咥え、火をつけた。最後の一本だ。断続的な頭痛は消えない。この頭痛は厄介だ。敵に仕込まれたトロイだ。

 敵陣に潜入を果たし、まず行うべきことは、このトロイの懸念の排除である。仕組みは完全に把握できてはいないながらも、支援者の元老の情報を通じ、ガンドーはある程度の対応策をあらかじめ検討してある。敵陣にはトロイを管理するコマンド・マトイが必ず存在する。それを見つけ出さねばならぬ。

 潜入した先で敵のマジックモンキーとひとまとめにガンドーが操作されるようなマヌケを冒せば、この探索行の何もかもがおじゃんになる。それは避けねばなるまい。そして標的を見つけ出す……やるべき事は幾つもある。「行くか」「乗って」アズールが言った。ガンド―は訝しんだ。「何?」彼女は透明の獣の背をなでた。


◆◆◆


「焦れておる。万端か?」「そのはたらきは満足のいくものとなるか?」「我らの期待はわかるか?」「期待?どうだかな……犬畜生と変わらぬのでは?」「なに、腐ってもニンジャよ。殺し方には詳しかろう」闇の中、赤い縞模様の隈取りを施した白塗り顔の男を囲むように、少年少女の姿が浮かび上がる。

 隈取りの男は勘定を表にあらわさず、円状に彼を取り囲む少年少女たちの囁きに、無言で耳を傾けている。「キョートは深く傷を負った。ネオサイタマの汚い計略もさることながら、まさにあの、デスドレインによってもだ。傷ついた我が国の誇りは、あれを自在に支配し、過酷に用いる事でこそ回復できる」

「ワシはさほど興味なし」発言した少女に、別の少年が顔を向けた。「あれが過去にどれほどの惨禍を引き起こしたとも、所詮は過去の遺物、出涸らしよ。今更あれこれ取り沙汰する必要もわからぬ」「余興としてはなかなか」別の少女が嫌味たらしく笑った。「アキラノ=サンにも名誉回復の機をやらねば」

「ありがとう存じます」隈取りの男が素早く感謝した。少年少女はクスクス笑う。異様な光景である。この隈取りの男こそがアキラノ。アキラノ・ハンカバ。カブキの長にして、キョート共和国軍の特務機関を統べる者だ。では周囲の少年少女は?間近で見ればわかるが、これらは生身の人体ではない。

 これらは精巧なオイランドロイドである。華奢な身体、水晶めいた目に電子的に紐づいて、遠く離れたキョート・ガイオンから、実際の「彼ら」はこうして最前線のカブキザの闇の中に座するアキラノを観察し、語り掛けている。彼らはキョートの謎めいた支配階級、元老院を構成する老人達の何人かである。

「どちらにせよ、このたびの働きが、さまざま決めるであろうの、アキラノ=サン」「勿論でございます」アキラノは無感情に答えた。少年少女の身体は笑いながら下へ沈んでいった。やがて淡い灯りがともり、八角形のドージョーの中でアグラするアキラノの周囲の仕掛け床の蓋が閉じた。

「……」アキラノは右手で床板を打った。すぐそばに寝かせてあった薙刀ブレードが撥ね上がった。アキラノはそれを素早く掴み取り、アグラ姿勢のまま垂直に1メートル跳躍、片足立ちで着地し、肩の上でそのただならぬ薙刀ブレードを回転させたのち、ぴたりと静止した。その目は見開かれていた。


◆◆◆


「お前さん、あとどのくらいで帰国だ?」「まだ来たばっかりさ。三か月は帰れないな」「ご愁傷!」連れ立って歩く兵士に、屋台商人が声をかける。「エッチ!ヘンタイだよ。お客さん、そろそろ欲しいだろう。ポルノ・ヘンタイ、ポルノ・カセットテープ、魔法の薬もある。合法なお酒あるよ。キくよ」

「久しぶりだなイキジ=サン」キョート兵の一人が商人に声をかけた。既に名前も覚えている。「ドーモ。村とここ、行ったり来たりよ。仕入れも危険よ。最前線」「映画ある?」「ある、ある。ヨセミテ・サムライ・ウォーズこれね。これいいよ。映像ほとんど乱れてない」「タバコは?」「あるよ貴重」

「じゃあタバコもらおうかな」「映画は?」「今日はいいや」キョート兵は思案の後に言った。イキジは顔をしかめた。「この後また一回帰るよ私。今しかないよ。ヘンタイ買いだめしとく?」「またすぐ来るだろ」「ラインナップ変わるよ」「便箋あるか」もう一人のキョート兵が尋ねる。イキジは頷く。

「手紙書くか?恋人に?」「親にね」「そりゃこの最高級便箋でバッチリよ。ペンも要るですろうが。書き味クセになるよ。インクもあぶって吸える」「それ、もらおうか」手渡される素子。バッテリーエンジンがゴンゴンと鳴っている。「……」「……」付近の藪の後ろからその様を見守る二人の影あり。

 兵士たちが談笑しながら行ってしまうと、ガンドーとアズールは無言で目を見かわし、隣り合う別の屋台の陰へ滑るように移動した。彼らの衣服は煤と泥で汚れている。アズールの獣に穴を掘らせ、金網の内側へ入り込んだばかりだ。ここまでは順調に来ているが、前線基地は非常に広大だ。

 彼らが今いるのは、数少ない認可行商人の屋台村だ。広場ではキョート兵達がケマリ・リフティング遊びやサッカーに興じている。ガンドーはバラック兵舎の方角を見やった。彼は懐から特殊な小型感知器を取り出し、コマンド・マトイの電波反応を探ろうとする。

 マトイとは長い竿の先端に通信機と短冊状のアンテナを備えたUNIX装置だ。その名称は、江戸時代の火消しが用いた同名の神秘的な物体に由来している。火消しはキョートにおいて由緒正しき階級であり、オカモチとも呼ばれた。時を経て、火消し道具はニンジャの荒ぶる火を御する呪物となったか。

 カブキはマトイの信号を「マジックモンキー」の首輪に送信、自由に操作する事がわかっている。ガンドーに首輪は無いが、ニューロンに同系統の影響を受けている。まずはこの発信源を排除する。マトイを失えばマジックモンキー達も影響を脱するが、彼らは二重の防御として脳に爆弾が仕込まれている。

 ガンドーは己の生体LAN穴を指でなぞる。マトイからUNIXをハックし、マジックモンキーを遠隔操作で一網打尽にする可能性も検討したが、そうした多重の防御策を破るのは至難であろう。作戦は幾つか考えてある。どれも危険なスタンドプレーだ。(ZBRねえかな)ガンドーは心の中で呟いた。


◆◆◆


「ドマ=サン、交替です」「コンギ=サン、ご苦労様です」兵舎エリアの一角で、キョート兵同士が古式ゆかしいアイサツを交わした。ドマはアサルトライフルを弄びながら、屋台村エリアに歩き始めた。欠伸を一つ。その欠伸が止まった。道を横切り、建物の陰に制服姿の女子高生が消えたのだ。「夢?」

 ドマはひとり頷いた。「夢だな」彼はそちらの方向へ足早に歩いていく。いよいよ脳がやられたと見ていいだろう。ドマは自虐的に考えた。皆どんどんおかしくなる。早く帰りたい。「ちょっとお前、女子高生だろう」ドマはライフルを構え、建物の陰に走り込んだ。その襟首を、ごつい手がグイと掴んだ。

「アイッ」ドマの口を、ごつい手が塞ぐ。「エ」ごつい手が力を込めると、ドマは意識を失い、ぐったりとガンドーにもたれた。「……」ガンドーは建物の中にドマを引きずり込んだ。薄暗い倉庫だ。ドマも十分大柄だが、ガンドーにはやや負ける。「着れねえ事もねえ」ガンドーは呟き、衣類をむしった。

「いいか?合流ポイントだ」ガンドーは既に入手済みの前線基地地図をアズールのものと突き合わせ、印をつけていった。「派手にやるのは……少なくとも今は……無しだぞ」ガンドーはヘルメットを被り、言った。「ここには何人もニンジャが居るんだ。それがどう出るか」アズールは無言で頷いた。

 再び彼らは薄暗い倉庫から太陽の下に出た。ガンドーは自信たっぷりに歩き、時折すれ違うキョート兵に会釈で応じた。アズールはそこからやや離れた地点を滑るように身軽に進む。ニンジャの黒いマントが彼女の姿をよく隠す。なにより制服姿の少女をこのような地で現実のものとして捉える者はいない。

「……」やがてガンドーは足を止めた。二列縦隊でものものしく巡回するキョート兵だ。わきに下がり、敬礼姿勢で、ガンドーは彼らの通過を待った。みな揃いのサイバーサングラスをかけ、横顔も同じだ。「……」ガンドーの横で、彼らはふいに足を止めた。最後尾の一人が誰何する。「どちら様ですか」

「ヨナカ・タカムラ・アベマルです」ガンドーは予め準備したIDを見せた。「……」警備兵はIDとガンドーの顔を繰り返し確認した。「このエリアへの立ち入りには許可が必要です。持っていますか」来た。ガンドーは眉を動かした。マトイの電波シグナルの方向と合致する。この辺りだ。

 ガンドーは深呼吸した。脳の奥がチリチリする。「許可証を」警備兵が繰り返した。ガンドーは笑顔を作り、懐に手を入れた。警備兵は一斉にライフルに手をかけた。「……許可証です」ガンドーはマキモノを取り出した。オイ、いいんだな。頼むぞ。彼は顔も知らぬ元老に脳内で睨みをきかせた。

 警備兵はマキモノを開き、ハンコをあらためた。ガンドーは目を細めた。「この通り許可もあります。詳細は貴方がたにも明かせません。そこ、お解りですね」「……」無表情なサイバーサングラスがガンドーをじっと見た。蛇足だったか?ガンドーは49マグナムの重みを感じる。「どうぞご苦労様です」

 ガンドーは表情をほころばせた。「皆さんこそ、ご苦労様です」「ドーモ」「ドーモ」警備兵が去っていくと、ガンドーは懐のZBRを探った。「たまらねえな畜生め……」「行こう」アズールがすぐ隣に来ていた。「たぶん何度も使える手じゃないと思う」「ああ、おう」ガンドーは咳払いし、頷いた。

「こッからが本番だ。手探りだ」奥に向かって足を早めながら、ガンドーは呟いた。バラック施設の外見はコピー・アンド・ペーストめいて似通っている。端末はこれ以上細かく示してはくれない。頼るべきは彼自身のニンジャ第六感と、ニューロンに触れる壁めいた独特の違和感……その源……。

 ガンドーはアズールを一度振り返り、頷いてみせたのち、入り口に赤紫のノレンを備えたバラックに忍び寄った。ケーブルを取り出し、カーボンナノチューブ・ショウジ戸のロック機構とLAN直結した。頭痛がひどい。やがて内側でガチャリと音が鳴り、鍵が開いた。ガンドーはしめやかに入り込んだ。

 ……「……何ですかねえ……?」数軒離れたバラックの屋根でうつ伏せに寝そべっていたニンジャが、その様を見て訝しげに独りごちた。ニンジャの首には薄く光る首輪が嵌っている。「聞いていないですねえ……今日この時間に来訪ですかあ……」訝しむ目が殺意に濁った。「聞いてないですもんねえ……!」

 ニンジャの睨む先、黒いマントを着た少女が振り返った。そして彼を見返した。「!」ニンジャは己のニンジャ第六感警鐘によって跳ね起き、慌てて垂直に宙返りした。「イヤーッ!」ガキン!一瞬後、バラック屋上部の彼が寝ていたあたりの部分が不可視の何かの攻撃によって爆ぜ砕けた。「何!?」

「侵入……」「GRRRRR!」「グワーッ!」不可視の爪がニンジャの胸元を薙いだ。ニンジャは目の前に不可視の獣の存在を感じ取った。少女の接近に比例し、その圧力が増している!「イヤーッ!」少女は一足で屋根に飛び上がり 、決断的な速度と殺意をもって、ニンジャのもとに走ってくる!

「やめ……貴様女子高生!」ニンジャは身構え、急接近する少女めがけ、警戒的なアイサツを繰り出した。「ドーモ。サキモリです」「イヤーッ!」少女は同じ屋根に飛び移り、着地と同時にオジギをした。「ドーモ。アズールです」「首輪の無いニンジャ?聞いていませんねえ!」サキモリは睨んだ。

「GRRR!」真横から透明の獣が襲い掛かる。「厄介!」サキモリは側転して不可視攻撃を回避、屋根に手を付き、アズールへ逆さ蹴りを繰り出す。「イヤーッ!」「イヤーッ!」アズールは飛び下がった。サキモリは舌なめずりした。(今の切り結びで判明……さほどのカラテではなし。問題は透明者)

 サキモリは同じ境遇下の下劣なミエザルを想起し、不快な気分になった。「GRRR!」「イヤーッ!」サキモリは二度目の不可視攻撃をも回避。アズールにスリケンを投擲する。「イヤーッ!物騒な透明獣の使役も貴様だ女子高生!でも残念ながら私はこの手の卑劣ニンジャには慣れ親しんでいてねえ!」

「ッ……!」アズールは左腕を押さえ、よろめく。後ろにもう屋根が無い。彼女は落下せぬようバランスを取った。サキモリはアズールの喉にスリケンを向けるが、三度の透明獣攻撃に阻まれる。彼は骨伝導通信機をノックした。「HQ!敵襲!油断なく忠誠心に富んだ私サキモリがこうして……ヌウッ?」

 視界に一瞬、ザラつく斑のノイズが走った。サキモリのニンジャ第六感は瞬時に己の首の異変に勘付いた。首輪の光が失せたのだ。(これは!自由?)だがすぐに否定する。脳に埋め込まれた爆弾が消えるわけではない。そしてLANに障害が発生している。カブキコム本部との通信がうまく行かぬ。

 更に一呼吸後、UNIX施設内から、さきほどの侵入者が飛び出して来た。アズールは大柄なその男と睨み合うような一瞥をくれた。男は加勢せず、別方向へ駆け去っていく。何をするつもりだ?サキモリは網膜HUDに映る通信復帰予測時間バーを呪った。「チィー遅いわ!」「GRRR!」獣が攻撃!

「イヤーッ!」サキモリは不可視の顎を殴り返した。圧力に負け、弾かれる。「グワーッ!」屋上のバラック瓦の上を転がり、アズールに襲い掛かった。反動を利用したアンブッシュめいた攻撃だ。「イヤーッ!」だがチョップを振りかぶったサキモリの鎖骨に突き刺さったのは、クナイ!「グワーッ!?」

 サキモリは血走った目でアズールを見る。クナイを投げたのは彼女自身だった。不意打ちを受けてサキモリの打撃が逸れ、よろめく……「ゴウオオオン!」サキモリは吠え声に呑まれながら、悲鳴を上げる。「貴様女子高生……猫を被っていたというんですか!卑怯アバーッ!」ナムアミダブツ!

「ザッケンナコラー!」「スッゾコラー!」さきほどの巡回警備兵が屋上の死闘を見咎め、アズールめがけ掃射を開始した。彼らの中には通信を試みる者もいる。いまだLAN通信は復帰していないようだった。アズールは敵の生死をザンシンする事を諦め、下へ飛び降りた。「イヤーッ!」

「チェラッコラー!」BLAMBLAMBLAM!「ゴウオオオオン!」「アバーッ!」「アバーッ!」たちまち警備兵の掃射は真空嵐めいた透明の殺戮に巻き込まれ、バラバラに切り裂かれて緑の血煙と化した。透明の獣はそのまま真っ直ぐアズールのもとへ走ってくる。アズールは受け入れ、飛び乗る。

 マントの内側でクナイ・ダートが揺れる。アズールは深く呼吸した。彼女は独り、並べた空き缶めがけ繰り返し繰り返しクナイを投げた。そんな記憶がニューロンに去来した後、マトイの件に思考が飛ぶ。事前情報によれば前線基地に存在するマトイは全三基。残る二基の一方を彼女が引き受ける。

 アズールはニューロンハックの影響を受けていない。ゆえに手元の小型端末だけが頼りだ。ガンドーが走り去った方角とは別方向に見当をつけ、彼女は獣を駆る。「エッ!?アバーッ!」歩行していた不幸なキョート兵が轢殺めいて引き裂かれた。アズールは険しい顔をした。事が露見するのは時間の問題。

 ……然り。急がねばならぬ。一方のガンドーは、道すがら盗んだ軍用車両を「頭痛の種」の付近で乗り捨て、慎重な匍匐前進で第二のコマンド・マトイへの接近を果たそうとしていた。それは第一のマトイとは違い、広場の中心に、彫像めいて鎮座していた。「……」ガンドーは木箱の陰からそれを見やった。

「DAMN。ほれ見ろ、こっちもニンジャときやがるぜ」ガンドーは顔をしかめた。マトイのもとに置かれたイクサ椅子に腕組みして尊大に座っているのは、あからさまにニンジャである。ガンドーはニンジャの得物を確認する。剣……否……あれはジュッテだろうか。刃の枝葉が妙に多く、奇妙だ。

 そのまま、木箱の陰で3分待った。ニンジャは腕組みしたまま、全く動かない。フルフェイス・メンポゆえに、その表情すらわからぬ。まるでマシーンだ。動いているのは首輪の明滅光だけであった。「くそッ……」ガンドーは歯噛みした。視線を左右にせわしなく動かす。額の傷の上を汗粒が流れ落ちる。

 ……10分が経過した。ニンジャめ。まるで彫像だ。いや、実際彫像か?ガンドーがふと思った瞬間、ニンジャはガンドーが身を隠す木箱の方に顔を向けた。「!」ガンドーはナメクジめいて匍匐後退する。限界だ。奴に隙は無い。アズールの首尾はどうだ。本業の探偵が後れを取れば示しがつかない……。

 ガンドーは安全な建物陰まで下がり、迷彩服の首元を引きちぎるように開いた。「仕方ねえさ……こういう事は実際あるんだ、しょうがねえ」ガンドーは呟いた。「重要なのは、どう乗り越えるか……どう最初の一歩を踏み出すかだぜ、そうだろう」彼は迷彩服のポケットを確かめた。「ねえか、あるだろ」

 高いプレッシャー下に置かれるキョート兵は興奮剤の供給を受けている。あるはずなのだ。「あるだろうが。出せ」ガンドーは舌打ちする。「しかし……絶対やめねえとな、この悪癖は。全く、何のメリットもねえ。ああ畜生!」彼はようやく見つけたアンプルを素早く取り出す。液漏れし、乾いている。

 役立たずのゴミを捨て、踏みにじる。「じゃあ行くか」彼は素早く広場に出た。そして無雑作に左手の49マグナムでコマンド・マトイを撃ち抜いた。BLAM!その瞬間、座っていたニンジャが電撃的速度で反応し、ジュッテの二刀流を構えて向き直った。BLAM!それを右手の49マグナムで撃った。

「グワーッ!」ニンジャはジュッテを交差して凶悪な弾丸を防御。後ろによろめく。その隙にガンドーはオジギを終えていた。「ドーモ。ディテクティヴです」ニンジャは呻き、オジギを返す。「ドーモ。シンドです」ガンドーはアイサツ的優位を得ている。オジギの戻りに攻撃を仕掛ける。「イヤーッ!」

「イヤーッ!」だが、シンドの攻撃が速い!奇妙なジュッテが蛇めいて襲いかかる。ガンドーは素早く銃を回転させ、銃底でジュッテを弾いた。そしてヤリめいたサイドキックを繰り出した。「イヤーッ!」「イヤーッ!」シンドはバック転で回避。煙を噴き上げるマトイを一瞥する。「何が目的だ、貴様」

「短い目的か?大目的か?」ガンドーは歯を剥き出して笑う。「答えねえがな」BBLAMN!二挺拳銃が火を噴く。反動で驚くほど速い回し蹴りを繰り出す。BLAM!「イヤーッ!」BLAM!「イヤーッ!」暗黒武道ピストルカラテの流れるような連続攻撃!一方シンドのジュッテのワザマエも充実!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」BLAM!「イヤーッ!」「イヤーッ!」二者は激しく立ち回った。(こいつ……やりやがるな)ガンドーはカラテを応酬しながら舌を巻いた。(マジックモンキーにも色々いやがる……胡乱ニンジャ犯罪者の寄せ集めってわけでもねえか!)「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 シンドの得物は古代の伝説的武器、敵の攻撃を絡め取るシチシ・ジュッテの一種!そのワザマエは鋭く、彼が何らかのドーを修めた戦士のバックグラウンドを持つことを想起させる。「テメェ何して捕まった?イヤーッ!」「語るべき過去は無し!イヤーッ!」ナムサン!チョーチョー・ハッシ!

 打撃の応酬は徐々にシンドが優位を得始める。ここは一般兵の立ち入れるエリアではない。だが戦闘が長引けばいずれ加勢の類いも現れよう。ガンドーは奥の手を検討し、却下した。ダメだ。カブキコムの情報処理能力は高い。ここでしくじれば、肝心のデスドレインとの戦闘で使えなくなる恐れもある。

「イヤーッ!」「ヌウーッ!」シンドの驚くべき長リーチ踏み込みシチシ・ジュッテ突き攻撃を、ガンドーは片手でブリッジしながら、咄嗟に右手のマグナムで受けた。ギャリリリ!銃身が放つ火花が、そらせた顔面に熱く降りかかる。「イヤーッ!」「イヤーッ!」追撃を転がって回避、間合いを取る。

「イヤーッ!」シンドはしかし瞬時に踏み込み、ガンドーを逃がさない。「イヤーッ!」クロス銃で受ける。ジリー・プアー(訳注:徐々に不利)……その時である。ブガッ。懐の端末が短いアラート音を鳴らした。それは三つ目のマトイが破壊された証だ。ガンドーのニューロンに残っていた霧が晴れた。

「オイ!戦ってる場合じゃねえ筈だ」銃とジュッテを挟み、ガンドーはシンドを見つめた。「頭スッキリしねえか!基地のクソッたれコマンダーを全部取り除いたッて寸法だぜ、これでよ!」シンドの目が細まった。ガンドーは言った。「自由はほしくねえか!」「……」「解放してやる」「……成る程」

 シンドはゼンめいて抑揚のない声で呟いた。「くだらんな。イヤーッ!」「グワーッ!」吹き飛ばされるガンドー!「マジックモンキーは二重の守りをもつ」シンドは己のこめかみを叩いて見せた。「……それが除かれたとて、俺にはどうでもよい話だ」「今は誰にも聴かれてねえぞ」「どうでもよい話だ」

 ガンドーは身を翻した。この場所に固執する必要はない。このニンジャを撒き、アズールと合流し、カブキコム施設へ向かう……「イヤーッ!」シンドは追う。ハヤイ!「グワーッ!」ガンドーは後ろから斬られ、砂の上でのたうった。「イヤーッ!」シンドはガンドーをストンプした。「グワーッ!」

 ガンドーは杭打機めいた衝撃を胴体に受け、嘔吐する。「オゴーッ!」「イヤーッ!」シンドがカイシャクのシチシ・ジュッテを振り上げた。「グワーッ!?」その背に黒いカラスが襲い掛かった。カラスが衝突し、爆ぜた。ガンドーは吐きながら銃を振り上げた。上を見ずに引き金を引いた。BLAM!

「……」見下ろすシンドの目が、うつろになった。額に空いた大穴から脳漿を噴き出させ、シンドは仰向けに倒れた。「ゲホッ!ゲホーッ!」ガンドーは震えながら肺の空気を搾り出した。49マグナムに一発だけ混ぜた、影の銃弾。ピストルカラテの銃撃の折、推進力を生むために空撃ちした中のひとつ。

 シンドは大きく一度痙攣した。そして、「サヨナラ!」爆発四散した。ガンドーは手を付き、なんとか起き上がった。「結局こういうやり方になっちまう」彼は呟いた。「すまねえな、クルゼ=サン。しかも今のが最後には到底ならねえんだ」彼は破壊されたマトイを振り返った。これで禁禁禁禁禁禁禁禁

 禁禁禁禁禁禁禁禁禁アキラノ・ハンカバは八角形の部屋で薙刀ブレード「ツルギバキ」を床に打ち付け、ぐるりと身体を捻った。ピイーヨオオー……ヒイーヨオオオオ……仕込み笛が特徴的な高音を発する。ヒヨー……ピイーヒョロロロ……カブキ・ショーのオハヤシめいた笛の音を禁禁禁禁禁禁禁禁禁禁

 禁禁禁禁禁禁禁禁禁禁禁禁「グワーッ!?」ガンドーはエビめいてのけ反った。「アバーッ!?アバーッ!何故だ!これは……アバーッ!」禁禁禁禁禁禁禁禁禁禁禁禁「アバーッ!」禁禁禁禁禁禁禁禁禁禁禁禁「アバーッ!アバババババーッ!」禁禁禁禁禁禁禁禁禁禁禁禁禁禁禁禁禁禁禁禁禁禁禁禁

 禁禁禁禁禁禁禁禁禁禁禁禁禁禁禁ピイーヒョロロロロロ……笛が発する特定周波数とアキラノ・ハンカバのカブキ・マイ、誰に見せるでもない身体の動きが、やがて、おおいなるものと繋がった。音は答えた。ホー……ピィー……ピブン……ピブン……ピブン。禁禁禁禁禁禁禁禁禁禁禁禁禁禁禁

 禁禁禁たとえば、電話を通じて伝えることができる。音によって。私立探偵タカギ・ガンドーは既に秘儀の手中にあった。マトイはカブキの遠隔中継器だ。では、アキラノ本人がこの地に在る場合、中継器は不可欠なものか?否。このモータルは音と動きを鍵に、ニンジャを捕え、つなぎ止める。禁禁禁

 禁禁禁禁禁それは音あるいはマイ、時間をかけて流し込むトロイ。秘された場所でザゼンするアキラノ・ハンカバは、私立探偵タカギ・ガンドーが自動接続された事を知るや、粛々と進めた。江戸時代、彼の祖先が執り行ったようにして。タカギ・ガンドーは敗北した。倒れた彼のもとへ禁禁禁禁禁

 禁禁禁禁禁禁禁禁ンドーの目の前の闇が白く染まった。彼は痙攣し、括目した。「オハヨ」彼の顔を覗き込んでいたニンジャは皮肉めかして呟き、手元のライトを消した。「ドーモ。ゴブサタしています。イフリートです」そのニンジャには右腕がない。


3

 ガンドーは立ち上がろうとした。当然、できない。両腕は肘掛けに固定されている。両足も自由が利かない。「もうちょっと柔らかい椅子を用意してくれねえか」「申し訳ないが、ここは最前線でな。望みには応えられぬ」「俺は吐かんぞ」ガンドーは言った。「依頼者がどこのどいつかもわからんのだ」

「尋ねる方法は……」イフリートは目を細めた。「……様々にある」「あるんだろうな」ガンドーは顔をしかめた。イフリートの肩越しに、この場所の情報を得ようとした。デスクに並ぶUNIXやファイアウォールの類い。高速タイピングを行うナード風の者達と、それから……白衣の女。

「オイ、なんだこりゃあ」ガンドーは呻き、首を動かした。生体LANジャックに器具が挿し込まれており、違和感がひどい。「念の為というやつだ。ハッカー殿」「俺のタイピング速度は警戒に値せんよ」「フフフ」イフリートは鼻を鳴らした。ガンドーは尋ねた。「どこだ。ここは」「カブキコムだ」

「やったぜ!俺はここに用があったんだ。責任者出してくれ」ガンドーは椅子をガタガタと揺ら……そうとしたが、びくともしない。「オイ!そこのアンタ。そうだ。そこの見目麗しい……」ガンドーの喚き声に、白衣の女が振り返った。そしてイフリートと目を合わせ、肩をすくめ、モニタに視線を戻した。

『ヨー。ヨー。ハロー。コンニチワ』スピーカーが、モニタに映し出されたニンジャのふざけた声を拾った。モニタ越しに、彼の姿が、かろうじてガンドーの目に入った。ガンドーは呻いた。『どうしたァ?そろそろ始めるのか?』「ドーモ。デスドレイン=サン」イフリートがモニタ越しにアイサツした。

『ああお前か、イフリート=サン』「その通りだ。これからミッション・ブリーフィングを行う……」『そこに誰か連れてきたか?』「わかるのか?」『そりゃ感じるさ……ヘヘヘ……愉快な仲間がまた増えるのかよ』「お前には関係の無い話だ」『関係が無いかどうかは、お前にゃわからねえ……』

「ヌウーッ!」ガンドーは拘束状態でもがいた。ガンドーにもわかる。モニタ越しに喋っているニンジャは実際近い。恐らくガラス窓の向こう……「ヌウーッ!」無駄な努力である。「正常値です」ナードが報告し、女は頷いた。イフリートは続けた。「テスト戦闘のようにはいかんぞ、デスドレイン=サン」

『そっちに居る奴は何だ?どうするンだ』「関係の無い話だ」『隠すこたねェよ……俺は、ヘヘヘ……道具だろ……何にも出来やしねえさ……。暖炉でライフルを磨きながら話しかけるジジイみてェに俺に聞かせりゃあいいじゃねえか』「……」イフリートは腕を組んだ。女が応えた。「スパイを捕えたの」

『あっちの軍隊じゃねえよな』デスドレインは呟いた。「察しがいいわね」女が答えた。『何のスパイだ』イフリートが咳払いした。「それをこれから調べるのだ」『俺目当てか?』「デスド……」『なァ!捕まってるスパイのアンタ!聞こえるか?俺に会いに来たか?そうなのか?ヘヘヘヘ!』「黙れ!」

「ウオオーッ!」ガンドーは吠えた。『ヘヘヘヘハハハハ!聴こえるぜ!アンタも大変だなァ!ハハハハハ!これからもっと大変になるぜ!お前は察しがいい方か?感じるかよ!ヘヘヘハハハハ!』「正常値です!」『忙しくなるぜ!イフリート=サンよォ!』その時である!ブガーブガーブガー!警報音!

「総員……ピガガガー」合成マイコ警告音声はノイズにかき消された。次の瞬間、くぐもった振動が階下から伝わってきた。『来たぜ!来たぜ!来たぜ来たぜ!キタゼ!キ!タ!ゼ!』「これは!」イフリートはサブモニタを睨んだ。白熱する炎で形成された右腕が輝きを増し、双眸も同様に燃えた。

 サブモニタに映し出されているのは、おそらくこの建物の付近の光景!土煙がもうもうと立ち込める中、走り出そうとする軍用車に斜め上から飛びきたった黒い球体が直撃、爆発せしめる!『始まるぜ!始まるンだぜ!』デスドレインが叫んだ。イフリートはUNIX机に拳を叩き付けた。「応戦せよ!」

『テメェは出ねえのか?高みの見物か?』「その通りだ」イフリートはリアルタイム更新される情報を睨み、指示を下す。「敵はニンジャの斥候部隊。標的はまさにこのカブキコム棟だ。後方に地上部隊が展開中……本隊の到達に先んじて、我が軍のニンジャ懸念を排除しようというのだろう。迎撃せよ」

『まあいいさ!そこで……ヘヘヘ……待ってろや……!』ブガーブガーブガー!赤い警告ランプがモニタ室内を単色に切り取る。「外のリンボ、コンスティテューション、グレイヴディガーは既に応戦!」オペレーターが叫び、イフリートは厳めしく頷いた。ガンドーはもがき続ける。無駄な努力……!


◆◆◆


 KABOOOM!アズールの斜め前方の兵舎が爆発した。アズールは陰へ身をひるがえし、状況を判断しようとする。断続的な銃撃音、叫び、悲鳴が聞こえてくる。ガンドーとの合流は失敗した。彼は現れなかった。どうする。アズールは頷き、再び透明の獣に飛び乗った。

 戦闘はほんの数ブロック東。哨戒ヤグラから黒煙が噴き上がり、地面に着地したのは両手に兵士の生首を掴んだヘヴィレイン。背には「トクシュブタイ」のカタカナ。向かってくるキョート兵に、両手の生首を投げつける。KABOOM!「「アバーッ!」」生首は惨たらしく爆発。口内にグレネードだ。

「撃て!撃てーッ!」別方向から殺到するキョート兵は、アサルトライフルの引き金をほとんど引けぬうちに、次々に首を刎ねられて死んでゆく。血しぶきの中をジグザグに走る風がある。ロングシップによる信じがたい速度の連続イアイ攻撃だ。

 BRATATATATATATA!斜め上から激しい銃撃。兵舎の屋根には四脚ロボニンジャ、モータードクロ雅改善だ。胸部が開き、ミニガンをせり出させたゼンメツ・アクション・モードである。「イヤーッ!」ヘヴィレインは連続側転で火線を回避。1秒後、飛来した矢がドクロ頭部に突き刺さった。

「ピガガガッ」姿勢制御を行おうとするモータードクロ雅改善に、斜め上方から続けて飛来した第二第三の矢が突き刺さる。極めて強力なニンジャ動体視力とニンジャ視力を併せ持つ者であれば、飛来した矢の山なりの軌道から、信じ難い発射地点を知る事ができる筈だ。それは基地を遥か離れた東である。

 射手はネオサイタマ陣営の高所に膝をついて大弓を構えるニンジャ、ソリティアだ。次なる弓を淡々とつがえ、放つ。四つ目の矢でモータードクロ雅改善が爆発四散すると、更なる標的を求め、弓矢の角度をほんの僅かに傾ける。

 その視界の端に一瞬、自陣営のニンジャが映る。イリテイションだ。彼女が両手をひろげて身をそらせると、包囲行動をとろうとしていたキョート兵が集団ヒステリーじみてフリークアウトし、同士討ちを始めた。彼女のもとへ向かっていくニンジャの姿をみとめると、ソリティアは矢を射た。

 しかしその矢は阻まれた。キョート側前線基地の東側の地面が前触れなしに数十メートル隆起したのだ。これはカブキコムのニンジャ、グレイヴディガーによるドトン・シールド・ジツである。隆起した泥土は数秒で砂塵に変わり、散った。

「獲物が巣穴から燻し出されて来たぞ」死体を踏み越え悠々と歩いてきたストーンコールドはヘヴィレインの肩を叩き、ドトン・シールドを遠く仰いだ。ヘヴィレインは地を蹴り、その方向めがけ走り出した。上空を旋回するヘリコプターに鉄球が突き刺さり、墜落せしめる。投擲者はアイアンクラッドだ。

 ストーンコールドはロングシップに指の動きで指示を出した。ロングシップが走り去ると、彼は前方から接近してきたカブキコムのニンジャにアイサツを繰り出した。「ドーモ。ストーンコールドです」「ドーモ。キリンギです」銃声の中で彼らは対峙した。

 ストーンコールドはキリンギのカラテをフットワークから値踏みした。「そこそこ出来るな」彼は呟いた。キリンギは鼻を鳴らした。「死ね」ストーンコールドに向かってくるキリンギは十の残像を帯びている。小刻みに瞬発と停止を繰り返す独特のステップが生み出すブンシンだ。「イヤーッ!」

 一瞬でストーンコールドを間合いに捉えたキリンギの残像が本体のもとへ凝縮した。彼はショートフックを繰り出した。「イヤーッ!」「イヤーッ!」ストーンコールドの両手が霞んだ。圧縮された十度の打撃音が重なり、異様な音が響いた。二者の間の空気が歪み、地面に円形の亀裂が生じた。

 ナムサン。これがキリンギのヒサツ・ワザ、バクメツケン。ブンシン・ジツを打撃に転用した極めて強力なカラテである。ストーンコールドの両掌から白い蒸気が立ち昇った。受けきったのだ。「イヤーッ!」だがキリンギは既に二度目のバクメツケンを打ちにいっている。「イヤーッ!」「グワーッ!?」

 二度目のバクメツケンはストーンコールドに届かなかった。ストーンコールドの右ローキックがキリンギの左脚を破壊していた。バオン!一瞬遅れて音が聞こえ、キリンギは崩れ落ちた。「イヤーッ!」水平チョップがキリンギの首を切断した。「サヨナラ!」キリンギは爆発四散した。

「嘘だ!キリンギ=サンがだと?」ストーンコールドは呻き声の主に向き直り、カラテを構え直した。「イヤーッ!」コンマ1秒後、背後斜め後方から襲い来た別のニンジャに、ストーンコールドは裏拳を叩き込んだ。「アバーッ!」アンブッシュ者は顔面を砕かれ、転がって悶絶した。

 アンブッシュ者は両手両足に鋭利な刃を装着していた。この者の名はエイメンボ。「アバーッ!」もはやアイサツできぬ。ストーンコールドは正面の相手に踏み込む。「ドーモ。ストーンコールドです」「待ってくれ!ドーモ、カースシンガーです。お、おれは望んで戦っているわけではないんだ」

「そして望まぬ死を迎える。ナムサンポ」ストーンコールドは納得し、踏み込んだ。「ヤメロ!」カースシンガーが叫ぶ。「イヤーッ!」その顔面に拳が叩き込まれた。「アバーッ!非道!」カースシンガーの胴体が膨れ上がる。「非道!許せぬ!恨む!憎む!」カースシンガーの胴体が爆ぜた。KBAM!

 カースシンガーは破裂してこの世を去り、ストーンコールドに青緑の臓物を塗り付けていった。ストーンコールドの装束がシュウシュウと音を立てる。「ノロイ・ジツとは珍しい」彼は呟き、拳を開閉する。「ならばハンデ戦と行こう。来い」新たなニンジャを手招きした。「ドーモ。リンボです」

「大仰な名だ。それが首輪とは哀れだな」「その通りだ」リンボは悲しげに言った。「この世はジゴクとさして変わらんと思わんかね」「貴様にとってはそうだろうな」「ウフフ……ジゴクなんだよ」リンボの装束を覆うように、黒く脈打つ金属が出現した。それは煮えたぎる超自然の鎧だった。

「打ってみろ」リンボはくぐもった声を発した(既にその顔は黒く煮える金属に覆われていた)。「俺を解放してくれ」「死によってか?」「なんでもいい」ストーンコールドは肩をすくめた。KRAASH!真っ直ぐに飛んできた鉄球がリンボの胸部に直撃した。「グワーッ!」

 やや離れた兵舎の上、アイアンクラッドがモータードクロ雅改善の残骸を踏みにじり、次の鉄球を構える。ストーンコールドは怯んだリンボの鎧の隙間に指をねじ込み、引きはがす。「イヤーッ!」「グワーッ!」アイアンクラッドは鉄球を再投擲!「イヤーッ!」鉄球は黒い糸を引いて減速し、落下した。

 アイアンクラッドは訝しんだ。そして己の腕を見た。暗黒物質は腕を、胴体を伝い、足元、兵舎の壁を伝い、地面へ伸びている。それは仰向けにのたうちまわり痙攣する瀕死のエイメンボまで伸びていた。彼は眉根を寄せた。「アバーッ!サヨナラ!」エイメンボが爆発四散し、下から暗黒物質が溢れ出た。

 アイアンクラッドは動けない己を発見する。暗黒物質が己を捕えているのだ。彼はエイメンボの在ったところに隆起した黒い塊を見る。黒い塊がべしゃりと崩れた。中から黒髪のニンジャが現れた。黒髪のニンジャはアイアンクラッドに手をかざした。アイアンクラッドの体内に暗黒物質が流れ込んだ。

「ア、ア、ア、ア」アイアンクラッドは押し潰されながら呻き声を漏らす。「イヤーッ!」「グワーッ!」ストーンコールドはリンボの鎧を剥がしたが、後方の異状を警戒し、更なる攻撃を断念した。リンボは後ずさると、新たな鎧を即座に生み出した。「死ねなかった」彼は呟いた。「ジゴクだ」

「お前、アタマおかしいのか?」黒髪のニンジャはストーンコールドの肩越し、リンボに呼びかけた。リンボはくぐもった笑い声で返した。黒髪のニンジャはチェシャ猫じみて笑い、ストーンコールドに向かって、おもむろにアイサツした。「ドーモ。ストーンコールド=サンだっけ?俺はデスドレインだ」

「デスドレイン」ストーンコールドは呟いた。「キョートの禍よ」「ヘヘッ!ヘヘヘヘ!ヘヘヘヘヘ!」引き笑いをするデスドレインの黒髪が不穏に蠢き、波打った。「笑っちまうぜ……ご苦労なこったなァ!」「アバーッ!」アイアンクラッドが押し潰され、死んだ。「な?死んじまったぜ。次はお前?」

「イヤーッ!」リンボがストーンコールドに踏み込んだ。ストーンコールドは己のカラテが彼の超自然鎧に容易に通じない事を理解している。迎え撃つ代わりに、彼は後ろへ跳んだ。「イヤーッ!」その判断は正解だ。跳躍のコンマ数秒後、ストーンコールドの居た地面が裂け、黒い間欠泉が噴出した。

「イヤッ!イヤーッ!」跳びながらストーンコールドは空中回し蹴りを繰り返した。黒い間欠泉は意志を持ち、鎌首をもたげてストーンコールドに喰らいつこうとしたからだ。彼のカラテは極めて強力であり、暗黒物質の抱擁を弾き、拒絶した。「イヤーッ!」彼は回転しながら兵舎の屋根に着地した。

「アア?」デスドレインは顔をしかめ、耳の穴に指を突っ込んだ。「嫌な事思い出しちまうなァ……言う事きかねェ奴か、テメェも?」ストーンコールドは油断なきカラテを構え、全方向からの暗黒物質攻撃に備える。リンボがデスドレインを見た。「俺、俺の事を殺してくれるか?デスドレイン=サン」

 デスドレインはリンボの付近の暗黒物質をわざわざ引っ込め、嘲った。「嫌だね」「何故」「その絶望ヅラが面白えからだ。それに味方を殺したら飼い主に叱られちまうだろ?俺はな、真人間に更生したンだぜ!なあイフリート=サン!」彼は周囲の地獄を振り仰いだ。「聴こえてるかァ?……まあいいや」

 ヒョウウ。音を立てて遥か東から死の矢が飛び来った。それは真っ直ぐにデスドレインの眉間をめがける。ソリティアがグレイヴディガーの生成する防壁の合間を縫って射た矢である。「オゴッ!」デスドレインは口を開き、暗黒物質を嘔吐。黒い粘液が空中に凝(こご)り、眼前で死の矢を止めた。

「邪魔くせェ」デスドレインは目を細めた。「イヤーッ!」ストーンコールドが両手同時のスリケンを投擲。デスドレインの眼前の暗黒物質が爆ぜ、盾めいて拡散、それらを止めた。「イヤーッ!」「グワーッ!」デスドレインは真横からの強烈な衝撃を受け、吹き飛ぶ。ストーンコールドの奇襲だ。速い。

「ヘヘヘヘ、痛ッてえな!」デスドレインは土に手を突き、側転した。歪んだ首がミシミシと音を立てて正常な角度を取り戻し、見開いた目はヌバタマめいて黒一色に染まる。「イヤーッ!」そこへ追撃にかかったニンジャがある。ロングシップだ。「リニア・イアイド!」超電磁鞘がカタナを滑らせる!

「グワーッ!」デスドレインの脇腹が裂け、黒い血が迸った。「チィ」ロングシップは舌打ちした。浅い。彼は急角度でカタナを切り返し、二度目の斬撃を繰り出す。「イヤーッ!」「イヤーッ!」リニア・カタナを止めたのは、割って入ったリンボだ。煮えたぎる鉄がカタナを噛んだ。

「イヤーッ!」そしてロングシップを殴りつける。ロングシップはアイキドーめいてその手首を受け止めながら捻り、投げ飛ばした。「グワーッ!」一方、ストーンコールドは斬撃を受けて怯んだデスドレインにヤリめいたサイドキックを叩き込んだ。「イヤーッ!」「グワーッ!」

 ドブまみれの雑巾めいて地面を転がるデスドレインは、口や裂けた傷口から暗黒物質を溢れださせた。暗黒物質は彼を上空へ跳ね上げた。「アバーッ!ヘヘヘハハハハハハ!散々だぜ!」「インダストリ・カタナでも死ねぬ呪いと!無念!」リンボは彼に競うような感極まった叫びを上げながら跳ね起きる。

「イヤーッ!」「グワーッ!」ストーンコールドの肘打ち、更に「イヤーッ!」「グワーッ!」ロングシップのサブ・カタナ・イアイを喰らい、リンボは鎧を剥がされながら兵舎に衝突。矢が飛び来り、胴体を壁に縫い付ける。「グワーッ!」「アーア」デスドレインは間欠泉の上からそれを見下ろした。

 ロングシップとストーンコールドが警戒する中、邪悪なニンジャは悠然と地に降下。二人のアマクダリ・ニンジャはカラテを構え直し、背中合わせに立つ。敵はデスドレインだけではなかった。「ドーモ。コンスティテューションです」「イルクラウドです」接近する新たなカブキコム戦士がアイサツした。

「イリテイションです」第三のニンジャはカブキコムではなく、ストーンコールドの部下だ。「片付いたか」「こっちはね」イリテイションはクスクス笑った。「ヘヴィレイン=サンは頑張ってる……よ」遠くでグレイヴディガーの土壁が再び生成され、また崩れ、また生成される。邪魔をされているのだ。

 両軍のニンジャは互いに睨みあった。誰と示し合わせたでもなく、一瞬、静寂が戦場を支配した。「天使のお通りか」封じられたリンボが呟き、嗚咽した。……DOOOM!大地が鳴動し、轟音が東から届いた。DOOOM!DOOOOM!ストーンコールドは頷き、呟いた。「車両部隊の到着」

『デスドレイン。援軍のマジックモンキーを送った。奴らにそこを任せろ。貴様は車両部隊を迎撃せよ』デスドレインの首輪が骨越しにイフリートのIRC通信音声を伝えた。「そうかい、そうかい」彼は身を沈めた。そして跳んだ。「イヤーッ!」「イヤーッ!」イリテイションが手をかざした。

「クソが!」デスドレインは空中でバランスを崩す。彼の視界はひとときネガポジ反転し、手足が鉛めいた。だが彼は天高く黄金立方体の影を確かに感じていた。彼は不快なニューロン攻撃を振り払った。既にその方法を、自らのものとしていた。そして兵舎の屋根に着地。女を殺すには距離がある。

「イヤーッ!」デスドレインは再度跳んだ。頬を死の矢がかすめた。「ハハーッ!」跳びながら彼は笑った。前線基地を囲む金網が押し潰され、一番外側の建物群が、今まさに戦車の群れによって蹂躙されようとしていた。黒い液体を吐き出しながら、彼は再び屋根に着地、そしてまた跳んだ。もう、届く。


◆◆◆


「ウオオーッ!」ガンドーは身体を引きちぎらんばかりに暴れ、拘束を脱しようともがく。イフリートはもはやそれを振り返りもしない。「ヤメロ!テメェわかってンのか!」ガンドーは叫び、後頭部を打ちつける。「胸糞悪りィ戦争ごっこを続けりゃいいだろうが!アイツを使ったら、遊びじゃなくなっちまうンだぞ!」

「その通り。遊びは終わりだ」イフリートは抑揚の少ない声で答えた。「否、既に世界は……人は誰もが等しく常に死地にあり。それを知るか知らぬか。それだけだ。奴隷は闘争の実感の中でこそ真実に目覚める事ができる。覚醒せよ」「テメェ一人でショーギでもしてやがれ!迷惑じゃすまねえンだ!」

「非常に正常値です!ニューロン攻撃を受けましたが、正常を維持。生体LAN手術の副産物といえましょう!」エンジニアがミコシに報告した。ミコシは恍惚めいて呟いた。「完璧な……完璧な解決手段の誕生」UAVモニタはネオサイタマの戦闘車両群を映している。そこへ、黒い怪物が降下する。

 ネオサイタマ国防軍の作戦は、キョート陣営をまずニンジャの精鋭部隊で荒らし、カブキコムを引き受けたうえで、車両部隊によって東から西へ貫通させ、そののち歩兵部隊によって制圧を行うというものだった。極めて王道の、防ぎようがない戦いだ。通常ならば。今のデスドレインの存在がなければ!

 ガンドーは声を枯らして叫んだ。「ヤメロ!ヤ!メ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」イフリートはガンドーに裏拳を喰らわせ、黙らせた。「ロマンを感じぬか!人は死ぬのだ。社会の庇護の下で肥え太り、実在の脅威から目を背ける者ども!その愚かな営みを耐え忍ぶこと幾星霜……これこそが真実よ!」

「デスドレイン!やるのよッ!」ミコシがマイクに向かって叫んだ。「私のデスドレイン!お見せなさい!私の力を!」モニタ映像の中、車両部隊の只中へ降下したデスドレインが、全方位に黒い触手を爆発させた。それは戦車を、装甲車を呑みこみ、人間を引きずり出し、喰らい、押し潰し、蹂躙した。

「……これが戦争だ」イフリートは満足げに頷いた。「今この時が……パラダイムの転換だ」彼はUNIXの日時表示を見た。10101517。ブツン。UNIXがシステムダウンした。数秒後、冗長システムが働き、通信モニタが復帰した。ミコシは息を呑んだが……正常値。車両部隊の蹂躙が続く。

『ガイオン』「ガイオンに帰りたいの?私もよ」ミコシはブラウスのボタンを一つ余分に外し、熱気を逃がした。「私今、体温何度あるのかな……華々しい戦果をもって帰ることができるわ。あなたはキョートの宝よ。新時代の抑止力よ、私のニンジャ……」『ガイオン、ショージャノ、カネノオト』

「……なに?」ミコシは眉根を寄せた。エンジニアを見る。「値がありません」「値がない?」「その……ブラックボックス化しており」「……」イフリートは躊躇わず「歌舞伎」と漢字が打刻されたボタンを押した。アキラノのホットライン信号。異常があれば即座にカブキのワザによる対処を行う為の。

 モニタの中でデスドレインは忠実にネオサイタマ戦力の破壊を遂行しており、この対処要請は通常時であれば僭越の誹りを受けかねない。しかしイフリートは念に念を入れた。今この時は悲願の成就、華々しい瞬間であるが、失敗は決して許されぬのだ。『オゴレルモノ……ヒサシカラズ……タダハルノヨ』

 KRAAAASH!扉が爆ぜ飛び、UNIX室を横切って、エンジニア一人の上半身を潰した。イフリートは炎の右腕を構えた。ガンドーは飛び込んでくる空色の目の娘を見た。ミコシは訝しむような表情で、彼女を……アズールを見た。透明の獣は不可視の前足爪を床に食い込ませた。

 ユメゴトシ。


5

「あなたは一体何?」ミコシは状況を咄嗟に理解できず、場違いなトーンの問いかけを投げた。アズールの空色の瞳が深まった。KRAAASH!KABOOOM!答えとしてもたらされたのはUNIXの粉砕破壊だった。「アイエエエッ!」ミコシは悲鳴を上げ、後ずさった。「よしなさいあなた!」

「でかしたぞ!」ガンドーは叫んだ。「だが、もうひと仕事頼まれてくれんか。俺は見てのとおり、これだ!」ガタガタと拘束具を鳴らす。「どうにかしてくれ!」イフリートは左手と炎の右手を合わせてオジギした。「ドーモ。イフリートです」「ドーモ。アズールです」アズールはアイサツに応じた。

「ダメよ!設備が!」ミコシが悲鳴を上げた。「どうにかして!」彼女はイフリートを見た。イフリートは燃える右腕を突き出し、踏み込んだ。「イヤーッ!」「GRRRRR!」KBAM!右腕の炎が膨れ上がり、獣の輪郭を一瞬明るく照らした。「ゴアアア!」「アイエエエエ!」ミコシが尻餅をついた。

 炎を喰った透明の獣は橙色に明滅しながら、苦悶する姿をさらした。四方八方に炎が飛び散るが、イフリートの両目が白熱すると、それらひとつひとつが命をもった火トカゲめいて室内を跳ねまわり、小さな火球となって空中に固定された。「さ、流石ねイフリート=サン!」火のニンジャは彼女を無視した。

「イヤーッ!」彼は両手をかざし、不可視の顎を受け止めた。彼に十分なニンジャ腕力がなくば、この噛みつきによって上半身を食いちぎられ爆発四散していた事だろう。だがイフリートはカブキコムを預かる極めて強大なニンジャなのだ。背中に力が漲り、獣の顎を徐々に押し開いてゆく!

 一方アズールはガンドーの拘束椅子に駆け寄ると、拘束具の留め具を外しにかかっていた。「そうだ!すまねえな、ああ、そこの輪っかからベルトを引き出して……そうだ!ああ畜生、そこは……」「およしなさい!」アズールは叫び声の方向をキッと睨む。ミコシが拳銃をアズールに向けていた。

 背後で炎が二度、三度と閃き、獣がデスクに衝突したとおぼしき音が鳴った。ミコシは怒りに顔をしかめ、唇を舐めた。「少女型ニンジャ!何をしに来たというの!何をしているかわかっているの!?あなたは……」「イヤーッ!」「ンアーッ!」ミコシは腕をチョップで打たれ、うつ伏せに倒れた。

「アイエエエ」拳銃が床を滑り、ミコシは震えた。「イヤーッ!」「ンアーッ!」アズールは倒れたミコシを蹴った。「マッタ!殺すな!」ガンドーは反射的に制止した。「アー、いや、その是非は俺にゃわからねえがよ……どちらにせよ、こっちが先だ。あれ一頭じゃイフリートの奴を押さえきれねえぞ!」

「わかってる!」アズールは怒鳴り返し、拳銃を拾うと、BLAM!言う事を聞かぬ留め具を撃って壊した。「グワーッ!よし!いいぞ!」ガンドーの右腕が自由になった。「足を頼む!」彼は左腕の拘束を解除にかかる。アズールはガンドーの足首の金具を撃った。BLAM!「グワーッ!無茶するな!」

 BLAM!「グワーッ!」もう一方の足首金具も破壊!ガンドーは立ち上がろうとし、よろめき、膝から崩れた。「マッタ、いや、大丈夫だ、すぐ痺れは治る筈……銃!俺の49は畜生……どこにやった!」立ち上がり、震えるミコシの襟を掴んだ。「アイエエエ!」「俺の武器を返せ!」

「イヤーッ!」「ガオオオン!」SMAASH!透明の獣がイフリートの炎に吹き飛ばされ、壁に衝突した。イフリートは仕上げとばかり、組み合わせた両手をゆっくりと上へ上げて行った。「ゴアアアアア!」透明の獣が苦悶の呻きを上げながら、拘束炎によって上へ持ち上げられてゆく!

 アズールは黒いマントを打ち振り、口径の大きいハンドガンを床に投げ落とした。彼女が道中で確保した武器だ。ガンドーはそれを蹴りあげ、掴み取った。贅沢は言えない。BLAM!「イヤーッ!」イフリートはガンドーを見ず、片手を向けて銃弾を焼き消した。「マジかよ」ガンドーは呻いた。

「イヤーッ!」アズールが続けてクナイを投げた。「イヤーッ!」イフリートはそれをも炎で防いだ。だが、そこへ更にガンドー!片目をすがめ、立て続けに銃弾を撃ち込む!BLAMBLAM!焼き切られる銃弾!一瞬遅れてイフリートの腕を黒い鴉がすり抜け、肩口で爆ぜる!「ヌウーッ!」

 獣は炎から脱し、火の粉を振り払いながら着地した。アズールは叫んだ。「来い!」「GRRRRR!」獣が床を蹴ると、デスドレインの虐殺を映し続けていたUNIXモニタが落下し、爆発した。アズールは獣の背にすがりついた。ガンドーは獣の牙に荒っぽく咥えられた。「グワーッ!」

「ヌウウウーッ!」イフリートの両目が怒りで白く輝き、数インチ宙に浮いた彼が両手をひろげると、その周囲に炎が渦を巻いた!「オイオイオイ!ヤバイヤバイヤバイ!」ガンドーは身動きとれぬ状態で叫んだ。「ヤバイ……」KRAAAASH!ドージョーを臨むガラスが爆ぜ飛んだ。

 ガンドーとアズールは透明な獣と共にカブキコム・ドージョーへ落下した。一瞬後、ガラスからイフリートの爆炎が迸り出て天井を焼いた。「GRRRR!」透明の獣はシャッタードアに体当たりをかけに行く。「グワーッ!」BLAM!ガンドーは操作パネルを銃撃!シャッターが間一髪開かれる!

「クソッ……結果オーライ……いや……ダメだ……クソッ……」ガンドーは高速で通路を運ばれながら譫言めいて呻いた。「いや、まだだ……多分まだ……」「行かないと!」アズールは叫んだ。「私一人じゃ……」「ああそうだ。俺がどうにかする。どうにでもなれ、最後までやってやろうじゃねえか」

 彼らはカブキコム施設を飛び出し、飛び交う銃弾の中に降り立った。「あっちもジゴク、こっちもジゴクだ」獣に吐き捨てられたガンドーは身体の埃を払い、アズール同様、背に乗った。獣は再び走りだした。「俺の心配なのはよ」ガンドーはぜえぜえと息を吐いた。「俺の頭だ。ハックされてる」

 アズールは後ろのガンドーを見た。探偵は言った。「クソッ、マトイは全部壊した。情報通りだ。だが、アキラノが本腰入れてジツか何かをかけられると、結局俺は使い物にならなくなる。奴がどういう原理で攻撃してくるか、俺らの元老もそこまでは知らねえ。奴がニンジャを御してやがる」

「今は大丈夫なの」「ああ」ガンドーは呻いた。「仮説だが……今暴れてるデスドレインの野郎に焦点を絞り込んでる……そういう事じゃねえか。カブキもたいがい正念場だろ」彼は己に言い聞かせるように言った。「このイクサを止められなかったとしても、せめて次が出来ねえようにしてやろうぜ」


◆◆◆


 黒い積乱雲のようだ。爆発による粉塵とはまるで違う。とにかく、おかしい。マギタは部隊の者達を見た。皆、何をすべきかもわからず、ただ立ち尽くしていた。実際、追加の命令は下されて来ない。キョート共和国前線基地と歩兵部隊との間に出現したあの黒い何かにどう対処すべきか、誰もわからない。

 車両部隊が前線基地を破壊し、突っ切って、作られた道にマギタ達歩兵部隊が突入し、制圧する、そういう段取りだった。車両部隊はどこに行ったのだろう?なぜ、車両部隊があるべき場所に、黒い不定形のものが横たわっているのか?「見た」マギタは呟いた。「やっぱりだ。見たんだ。あれ見たんだよ」

 黒い物体。距離感がよくわからない。遠い筈だ。つまり戦車やら装甲車やらより、ずっと大きい。そういう事だ。沸騰している。何かが跳ね上がった。あれはWD-4タイケン。ネオサイタマ国防軍の主力戦車だ。ヒカルゲンジのようなヨコヅナめいた決定的な大きさこそ持たないが、質実剛健で……。

「い、行かないと」マギタは呻いた。「行かないと!」叫んだ。周囲の連中がマギタをショック症状を起こしたダメ新兵を見る目で見た。違うんだよ!マギタは苛立ち、目で睨み返した。「わかるやつ、いないのかよ!俺らは呼ばれているんだぞ?あんな……大きくて、強い、凄まじいものなのに!」

『ザリザリ……車両部隊がザリザリザリ備えザリザリ』通信がこぼれる。HQ?聞いていい通信だったのかな?マギタはいぶかしく思った。沸騰する黒い物体がまた幾つかのWD-4タイケンを跳ね上げた。あんなに質量があるのに。「動かないと!命令くださいよ!役に立たないンだから!」彼は叫んだ。

 DDOOOM……爆発が起こった。黒い物質が炎を噴き上げた。泡立ち、爆ぜて、天を焦がし、しかしやがて炎すらも呑みこみ、黒く塗り潰してしまう。燃えるのに、消してしまうんだ。呑みこんで!……DOOOM!後方から弧を描いて複数の灰色の煙が筋を描き、暗黒物質に向かっていく。無反動砲だ。パチパチと爆ぜる花火だ。

「ハハーッ!」マギタは笑った。神話だ!戦争は神話なのだ。雄々しく、命を輝かせて、散っていく、とても美しい瞬間と自分が一体となっているんだ。BRAKKABRAKKABRAKKA!だれかが狂ったように喚きながら天を銃撃する。ファンファーレのように。

「モウダメダー!」誰かが叫んだ。マギタは声の方向を見た。いつの間に、こんなにも総崩れなんだ?「逃げろ!はやく、逃げろ!」走りながら、誰かが振り返り、叫んだ。折り重なって倒れる者。ハンドガンを咥えて座り込む者。マギタはライフルを構え、前方に向き直った。天を覆う黒い壁があった。

 速い。とても。マギタは悪魔と再会した。確かに見たのだ。黒い壁の上に垣間見えた白い上半身を。その者がマギタを見下ろして……「ああ」マギタは理解した。死ぬのだ。誰もが。マギタは両手をひろげた。闇がマギタを押し潰した。


◆◆◆


「イヤーッ!」「グワーッ!」イルクラウドのガス化よりも早く、ストーンコールドは首筋に飛びつき、捻りながら投げ飛ばした。コンスティテューションがイルクラウドをくぐり、ストーンコールドに頭突きを喰らわせる。「イヤーッ!」ストーンコールドは吹き飛び、空中でバランスを取って着地した。

「あああ……この痛み、苦しみ!」リンボは感極まって震えた。そして遂に、己を壁に縫い付けた矢を引き抜いた。たちまち傷口を灼熱の外殻が覆い、超自然の鎧を形成した。「死ねない……死ね、死ねない!」リンボは四つん這いになり慟哭する。動けない。イリテイションが手をかざしているのだ。

 イルクラウドは地面を転がり衝撃に堪えた。そして再び指先からガス化を開始。彼は致命傷を受けていたが、ガス化してしまえば全ての傷は癒える。「イヤーッ!」「アバーッ!」その首を斜めに刎ねたのは、取って返したロングシップ。「イルクラウド=サン!」コンスティテューションが目を見開く。

 ロングシップがカタナを鞘に納める音がチンと鳴ると、イルクラウドは爆発四散した。「サヨナラ!」「ああああ!俺ばかりが死ねない!」リンボは泣きながら痙攣する。イリテイションのジツにより悲嘆が倍化されている。「役立たずの屑!」コンスティテューションが唸る。憎悪が倍化されている。

「屑!屑ッ!ああああ!」コンスティテューションは地団太を踏み、己の頭を繰り返し殴りつけた。体勢復帰したストーンコールドがチョップを構え、ツカツカと近づく。イリテイションは唇を舐めた。「サンシタ……」せせら笑いは中途で凍り付いた。右の耳に濡れたゼリーのような感触が走った。それから生暖かい空気が。

 その正体を察知したとき、イリテイションの背筋に恐怖と嫌悪の感情が走った。イリテイションは見えないなにかから身をもぎはなそうとした。「あッハ。ヒヒ。エッヘフフ」心底嬉しそうな笑い声が聞こえた。その者はイリテイションを解放した。心臓をナイフで刺したうえで。

「やッちまった……アアー、たまらねえよォ……!」声の主は見えない。だが、声がした方向、金属の輪が宙に浮いている……視界が霞み、イリテイションの身体から力が抜ける。透明?だが、ただ見えないだけで、訓練を受けたニンジャがこうまで欺かれるものか?だとすれば何たるニンジャ野伏力……。

「イヤーッ!」透明者はイリテイションの胸からナイフを引き抜き、蹴り倒した。鮮血が噴出した。イリテイションは声を聞いた。「ドーモ。ミエザルです……ウッフ!どんな気持ちだ?ヒフフフ、変態のド屑に殺されるッてのは?カラダニキヲツケテネ!」「サヨナラ!」イリテイションは爆発四散した。

「あああああ!」リンボは地面を殴りつけて立ち上がった。イリテイションの死により、ジツの影響を脱したのだ。「悲しい……まだ死ねない」彼は首輪に触れた。「俺は奴隷だ」そしてロングシップのもとへ向かう。コンスティテューションも正気を取り戻し、ストーンコールドの断頭チョップを防いだ。

「イヤーッ!」だが、ストーンコールドはもう一方の手で掌打を繰り出した。「グワーッ!」更に膝を蹴って破壊した。「グワーッ!」両目を突いて脳を破壊した。「アバーッ!……サヨナラ!」コンスティシューションは爆発四散した。度外れたニンジャ耐久力を持つ男も、脳を壊されれば死ぬ。

 ストーンコールドは休んでいない。遠ざかる首輪の足元付近を狙い、アンダースローでスリケンを投げる。「イヤーッ!」「グワーッ!」透明者は転倒、粉塵の中でのたうつ。「ひでえ!嘘だ!俺のアキレス腱!?」ストーンコールドはリンボと闘うロングシップを一瞥。そのまま任せ、ミエザルに向かう。

 KRAAAAAASH……炎と共にカブキコム施設の屋上部が破砕した。「イヤーッ!」ストーンコールドは反射的に側転した。火球が飛来し、爆ぜた。彼は噴き上がる火柱の中に浮かび上がる白熱したニンジャの姿をみとめた。「イフリートか」ストーンコールドは呟いた。

「アヒィ……もう戦えねえよォ、わかってくださいますよねェ?」ミエザルは遠く、炎を凝集させて着地し、屋根の上でオジギするイフリートを見ながら呻いた。「こんな怪我した事ねえよ……ヒデエ真似しやがる……名誉の負傷だよ……もうヤれねえ……俺は無理だがあのクソをやっちまってください」

 ストーンコールドは対空カラテを構えた。イフリートが炎を纏い、流星めいて上から襲い掛かった。「イヤーッ!」KRAASH!二者が衝突すると風が渦巻き、炎が拡散した。「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」激しい近接カラテ戦闘が開始された。東の空に闇が膨れ上がった。

「アバババーッ!」のたうつミエザルの不可視の身体に火が移り、更に苛む。「イヤーッ!」「イヤーッ!」イフリートとストーンコールドは激しく打ち合い、チョップを鍔競り合いする。「貴様に帰るべき場所はもはや無い」イフリートは言った。「共和国の勝利だ」「……」「兵器は発動した」

「愚かな真似を」ストーンコールドは言った。イフリートは目を細めた。「何が愚かなものか……これこそが理性の到達点よ。古来よりニンジャはその超常の力によりイクサの趨勢を決め、力で支配して来た。だがそれゆえ滅びた。現代は理性の時代。カブキは理性によってニンジャを御し、人を統治する」

「ニンジャのお前が左様な戯言を。アイロニー極まる」「私はニンジャである前に一人の人間だ。共和国の行く末を憂い、人の堕落を憂う者だ。闘犬風情に我が憂いはわからぬ」イフリートの目に力がこもった。「"あれ"はネオサイタマの惰弱な兵士の肉を喰らい、十二分に育った……抑止力としてな」

 あああああ!さけびが東の空を満たした。驚くべきことに、それは合唱めいて放たれた無数のモータルの悲鳴だった。暗黒物質が高く迸った。グレイヴディガーのドトン・シールドが緊急的に高く持ち上がり、それを跳ね返した。禁!禁禁禁禁「グワーッ!」「アババーッ!?」リンボとミエザルが叫んだ。

 イフリートは眉根を寄せた。リンボらの様子は、カブキ・ヤグラ塔に座するアキラノ・ハンカバが、カブキコムの戦士のニューロンを付随的に侵害してまでデスドレインへの制御力を強めんとしている事実を示す。つい先頃の妙なシステムショックといい、何らかのイレギュラーが生じつつあるか……?


◆◆◆


 禁禁禁禁禁禁禁禁アキラノ・ハンカバは薙刀ブレードを打ちつけ、片足立ちでぐるりと首を動かした。ヒイヨオー……薙刀が笛の根を鳴らし、おおいなるものが答える。ホピ!コー……ピー……ピブン……ピブン……ピブン。祭祀を行うアキラノを少年少女オイランドロイドが正座して取り囲んでいる。

「よき首尾じゃ」オイランドロイドの一人がパチパチと手を叩き、手元の薄いUNIXモニタを凝視した。戦場上空のカメラは無残な破壊の痕を映し出している。「オヌシもさぞ……これ!返事せい。無礼であるぞ」アキラノを咎めるが、カブキマスターは半ばトランス状態にある。

 アキラノはおおいなるものと視界を共有し、このヴァレイ・オブ・センジン一帯を睥睨するに至る。上空に黄金立方体が輝き、ゆっくりと自転する。「デスドレイン」の名が見える。その脳には獄に繋がる道が開かれている。おおいなるものに繋がる道。へその緒めいて。アキラノはデスドレインを動かす。

 アキラノはこの祭祀を通して歴史に、過去に繋がり、ハンカバ・カブキが平安時代を支配した悪逆ニンジャを滅ぼした手管を追体験する。カブキ・プロトコルは音とマイと物語によって形作られる。ニンジャ達はカブキに触れ、種を宿す。長い平和の時代、カブキは深く深く、ニンジャを侵した。

 マジックモンキーのニンジャ達……あるいはタカギ・ガンドー……そして何よりデスドレイン。要因を整えることで、アキラノは彼らを自由にできる。今のデスドレインに対し、彼はフェイス・トゥ・フェイスで向かい合っている。地理的に近く、コトダマ的にも十分すぎるほどに近い。

 つい先ほどの一瞬のノイズの正体は不明であり、忌まわしいにおいがした。手綱が緩みかけたが、すぐに制御を取り戻した。アキラノはデスドレインを見る。黒一色のニューロンを。黒一色。不可視のニューロンを。なぜ見えぬ?「ドーモ。アキラノ=サン。デスドレインです」悪はアキラノを直視した。

 禁禁禁禁禁ノウハウは掴んだぜ、アキラノ=サン禁禁禁禁禁禁餌もほしかった。十分だ。腹一杯だ。こんなに食った事がねえから禁禁禁実際どうなのかわからねえが。どうなんだ?ヘヘヘ、俺の神様、答えたためしはねェ禁禁禁禁禁禁禁なあ、あンたにゃ実際感謝してンだよ禁禁禁禁禁禁禁感謝してンだ。

 禁禁禁禁なあそこで見物してるテメェら元老院ッての?いいご身分だなァあンたらのご機嫌な会話は聞いてるぜ俺が用済みの出涸らし?悪りィなあ生きててすまねえなァ……俺はいさぎわるいぜ……ウロチョロし続けてやるよ……逃がさねえ禁禁禁禁「アバーッ!」オイランドロイドの一体が悲鳴を上げた。

「アバババババーッ!」「冗談をやめよ、コヤノモウジ=サン!」オイランドロイドの一人が思わずその元老の名を口に出した。「アババ、アバババ!そんな!せ、接続が……アバババーッ!?」「イヤーッ!」アキラノの両目から血が噴き出した。彼は己に対するデスドレインの影響を遮断した。

 だが!「アバッ!」痙攣していたオイランドロイドの頭が破裂した。「どうなっておる!アキラノ!」「アキラノ=サン!」ログアウトできているオイランドロイドは一人もいない。「何故だ……おかしいぞ!説明せよ!セ、セプクを、アバババーッ!?」二人目のオイランドロイドの頭が破裂した。

「い、いま、ホットライン通信が入ったぞ!」オイランドロイドの一人がおののいた。「コヤノモウジ=サンが、死……アバーッ!?」そのオイランドロイドも破裂!「ソンマンジ=サン!?」「まさか……せ、接続を!接続を切らせてくれ!アキラノ=サンーッ!アバッ!」破裂!

「既に影響は切断しております!」アキラノは燃えるような目で元老オイランドロイドらを見渡した。彼は沈痛な結論に至った。「……ですが……今ログアウトできておらぬ方々は、もはや、おそらく残念ながら」「責任アバーッ!」破裂!「アバババーッ!」破裂!

「何という事だ」次々に破裂してゆくオイランドロイドの電解液が飛び散る中、アキラノは薙刀ブレードを強く握った。デスドレインはもはや見えない。彼のカブキ感知能は他の被トロイ者……マジックモンキー達の動きを見る。そしてタカギ・ガンドーを。タカギ・ガンドーは真っ直ぐに向かっている。

 向かう、どこへ?デスドレインのアクセス消失地点へ。「……私立探偵……!」アキラノは歯を食いしばった。戦場モニタはアンコクトンがついにグレイヴディガーの土壁を押し破り、キョート基地内へ浸食を開始したさまを、無慈悲に中継し続けていた。


◆◆◆


 禁禁禁禁禁禁SPLAAAASH!アンコクの渦がグレイヴディガーを捉え、中心点に引きずり込んだのち、あべこべに引きちぎって殺した。禁禁禁デスドレインは地面に降り、荒れ狂う黒い波を周囲に巡らせる。禁禁ハンカバ・カブキの干渉の残滓がノイズめいて彼のニューロンを侵している。

 デスドレインは脳内の爆弾を時間をかけてアンコクに喰わせ、置き換えてしまっていた。しかしそれでもアキラノの支配力は彼の予想を超えて「効いた」。15時17分、その支配の力は一瞬緩んだ。その時、彼は一度目の支配を受けた感覚を糧に、浸食のパターンを読み、再び締め付けに来る力を拒絶した。

 ネオサイタマの兵士を呑みこむ事で、アンコクの力は有り余り、溢れて迸るほどだった。当然、彼はキョート前線に取って返した。グレイヴディガーは巨大な壁を育て、デスドレインを拒もうとした。デスドレインが勝った。寝食をともにしたカブキコムのニンジャを殺すのはそれなりにワビサビだった。

 グレイヴディガーと交戦していたニンジャは機を見るに敏、どこかへ退避した。デスドレインは気にしなかった。幾つかやるべき事が、たしか、あった。頭上には黄金の立方体が輝いている。ゆっくりと自転する。今の彼にはそれが見える。白昼であっても。「おかしなもん見せやがって」彼は呟いた。

 彼はヤグラめいたタワーを見た。あそこにアキラノ・ハンカバがいる。「ふざけた真似しやがって、なァ?ヘヘヘ」デスドレインは笑った。果実を収穫するようなものだ。その一つが今、直近の敵との戦闘すら放棄して、彼のもとへ向かってくる。デスドレインは触手でキョート兵を喰いながら待ち構える。

「イヤーッ!」回転跳躍して兵舎の屋根に跳びあがったイフリートは、足元を炎で覆うようにして守りながら、アイサツを繰り出す。「ドーモ。デスドレイン=サン。イフリートです」「ドーモ。イフリート=サン。デスドレインです」デスドレインはその目に喜色をたたえてアイサツを返す。

「本当に楽しみだったぜ、この時が」デスドレインは言った。彼は耳に指を突っ込み、思案した。やがて付け加えた。「俺はまじめに更生しようとしてたのによォ……つくづくひっでェよ、アンタ。ああそうだ。なあアンタさあ。あの日の事おぼえてるか?あれだ、アイツの名前……スミスってンだけど」

「貴様の価値は大量破壊兵器としてのものだ。ニンジャのイクサにおいて……」「ス、ミ、ス、だ!」デスドレインは強調した。「知らんな」イフリートは首を振った。「あッソ」デスドレインは頭を掻いた。「くだらねェ奴でよォ……ビビりあがってやがってな。アイツ死んだとき、笑っちまった」

「イヤーッ!」イフリートが両手を掲げ、巨大な火球を虚空に作り出した。「ヘヘヘヘヘハハハハハ!」デスドレインは身をのけぞらせて笑った。そして応えた。「アン・コク・トン・ジツ!」


6

 たちまちデスドレインの周囲の地面から、七つ、いや八つの黒い迸りが生じ、規則性の無い軌道をてんでに描いて空を喰らい、ねじれ合わさり、渦巻き、飛沫を散らして、イフリートに襲いかかった。イフリートは頭上の火球を炸裂させた。炎の塊が四方八方に拡散し、暗黒物質を爆発させた。

 デスドレインは足元からアンコクを間欠泉めいて噴出させ、その勢いで宙に跳ねた。イフリートは掌を突き出す。そこに炎が凝集し、唯一本の灼熱の矢が生み出される。デスドレインは回避に頼らず、アンコクの膜を盾めいて眼前に張り巡らせる。ごく小さい灼熱の矢の密度、恐るべき破壊力を察知したのだ。

「来たか」デスドレインは唇を舐めた。「すましてやがるが、そこがまた救えねえ、どうしようもねえカス野郎……お前、なかなかイイよ」爆発で飛び散ったアンコクがデスドレインの眼前の盾に吸い込まれ、大きく育った。「どっちにせよ殺すけどな……」「イヤーッ!」イフリートが灼熱の矢を放った。

 BOOM!BOOM!BOOM!超高密度のカトン・エネルギー塊はアンコクの盾を貫き、なおデスドレインのもとへ届いた。デスドレインは首を傾げるように躱した。左の耳朶が蒸発した。「惜しい」デスドレインは呟いた。KABOOOM!灼熱の矢が爆発した。「惜しい!」デスドレインは再度言った。

 デスドレインのすぐ後方で灼熱の矢は球状の爆炎と化したが、守りがコンマ数秒早かった。暗黒物質は背中に盾を生じ、燃え上がる事で本体を防いだ。デスドレインは重ねた盾で矢の勢いを殺して躱し、トラップめいた爆発も防御した。矢が放たれた瞬間からセットプレーを読み取っていたと見るべきだろう。

 しかしイフリートはこの時すでに己の周囲に蜻蛉めいた炎塊を生み出し終えていた。「イヤーッ!」イフリートの目が白く光を放つと、蜻蛉たちは一斉にデスドレインめがけ押し寄せた。「ヘヘヘハハハハ!数で来たかよ!」デスドレインの後ろから巨大な黒い波が立ち上がった。「イヤーッ!」

 KRA-TOOOOM!黒い波は蜻蛉の群体を飲み込んだ。たちまち波は燃え盛る炎と化し、飛び散って、周囲の兵舎を焼き焦がした。デスドレインは二重、三重、四重の黒波を作り出し、炎を呑み込もうとした。「悪りぃなあ!あいにく餌が有り余っちまってるンだよなァー!」

「イイイイヤアアアーッ!」イフリートは失われた右腕から鮮血めいて炎を溢れさせ、黒波を焼き焦がしていく。デスドレインはアンコクを注ぎ続ける。五重!六重!七重!ZGBTOOOM!離れた地点の弾薬施設が爆発した。「イヤーッ!」ストーンコールドがロングシップの背後に着地した。「潮時だ」

「イヤーッ!」「グワーッ!」ロングシップはリニア・イアイドによってリンボの鎧の接続部を切り裂いた。針の穴に矢を射るが如き、狙いすましたイアイだった。「ア、アアーッ!」苦悶と感嘆の叫びをあげながら、リンボはがっくりと膝をついた。「俺の……命!嗚呼!」鮮血が高く迸った。

 ロングシップはカタナを返した。「イヤーッ!」ストーンコールドは跳んだ。ロングシップはこれに続かなかった。代わりに彼は二度目のリニア・イアイを繰り出し、アンコクの触手を切り裂いた。ストーンコールドを捉えようとする死の腕を阻んだのだ。跳びながらストーンコールドは部下を一瞥した。

「イヤーッ!」ストーンコールドは崩れゆく兵舎の屋根を蹴り、更に跳んだ。アンコクの支流が渦巻きながらロングシップのもとに降り注いだ。「イヤーッ!」三度目のイアイが切り裂く。四度目を繰り出す前に、アンコクが彼を絡め取った。ストーンコールドは振り返らない。死して屍拾う者なし。

 ストーンコールドは今や全力疾走に入っている。その彼の横を真正面から通過した存在がある。アマクダリの者ではなく、カブキコムのニンジャでもない。彼は空気を彫刻したかのような透明の獣の影を感じ、その背にある男と少女を視認した。稲妻めいて、彼らは瞬時にすれ違った。

 デスドレインは傷口から黒い血を流し、真っ黒に染まった目を見開いて、イフリートのもとにアンコクを集束させてゆく。と同時に、まるでそれ自体が意思を持ったような動きで、蚯蚓めいて死と破壊のあわいをのたうちまわる支流もまた、ある。いまだ息のある負傷兵を喰らい、力を宿主に還元する。

 デスドレインは笑いながら叫び続けていた。カブキコムによる処置は、彼のニューロンを侵す「咎」の漢字の呪いを押し流し、最終的に消滅させた。脳には爆弾を仕込まれたが、それはアンコクの餌とした。今、彼は自由だった。いつぶりの自由だろう。黄金立方体が頭上でゆっくりと自転していた。

 自由?……ガイオン……ショージャノ……カネノコエ。ショッギョ・ムッジョノ・ヒビキアリ。オゴレルモノ……ヒサシカラズ。タダハルノヨ、ユメゴトシ。「あああ」デスドレインは呻いた。ニューロンの声は己のものか。彼が作った神のものか。彼が作った?神?「ああああ……」

「やめてェ!」デスドレインは女の叫びの聞こえてきた方向を見やった。黒い潮に浮かぶ、あれはカブキコム施設の残骸か。屋上部に女がよろめきながら立ち、デスドレインを見ていた。「正気に戻って!貴方はそんなことをするために生まれてきたのではないでしょう!」ミコシは泣いていた。

「お前」「私のデスドレイン!ともにキョート共和国の未来を創り、私達の未来を創るのよ……まだやり直せる……本当に……アバーッ!」アンコクがカブキコム施設屋上を洗い、ミコシを押し潰した。デスドレインはイフリートに集中した。アンコクの集積の奥底が赤橙色に染まる。まだ息がある。

「イイイイイヤアアアーッ!」吠えるような叫びが聞こえた。SPLAAASH!アンコクが燃えながら爆ぜ破れ、イフリートが飛び出した。全身に白熱する炎を纏い、その身を爛れさせながら、カブキコムの戦士はデスドレインのワン・インチ間合いに食らいついた。「イヤーッ!」

「アアアアア!」デスドレインはイフリートを迎え撃った。炎のカラテが胴体を貫いた。「アアアアアア!」体内から暗黒物質が溢れ出す。イフリートは己の皮膚を、肉を、脳を焼き、内なるカトンによって、自分もろとも敵を……「くッだらねェー!」デスドレインが嘲り、イフリートを呑み込んだ。

 黒い波濤の只中、デスドレインは立ち尽くしていた。彼は目を閉じ、開いた。「あン?」「イヤーッ!」アズールはクナイ・ダートを投擲した。一つは黒い触手が絡めとった。一つは胸部に突き刺さった。「なンだ?」「お前を」黒いマントがひるがえった。アズールは49マグナムを両手で支えた。

 その時既にガンドーは透明の獣の背から飛び、己の首にLANケーブルを挿しこんでいた。(アイツめ……俺の銃の片一方、回収してやがったのか。だが撃てるのか?肩をやられちまうぞ)雑念を押しやり、彼は己のタスクに意識を集中させた。BLAMN!アズールがデスドレインを撃った。

「グワーッ!」デスドレインの左上部が吹き飛んだ。「……テメェ……アズール」アズールは反動で獣の背から転げ落ちそうになった。銃は零れ落ち、獣はデスドレインを旋回するように架けた。黒い海の上を。彼女は叫んだ。「なんだよ!その顔は!」

「お前、ここで何してやがる」「ケリをつけて、私は先に行く!」「ンな事ほざきに……ヘヘヘヘ……こンなくだらねェ場所までご苦労なこッたなァ」デスドレインは首を傾げて目を細めた。ガンドーが背後に落下し、暗黒物質に巻き込まれながら、LANケーブルの一端を、デスドレインの耳の後ろ……カブキコムによって増設された生体LANジャックに……直結した。


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 01000010100100禁10011100101禁0101禁11禁禁禁010010「タカギ・ガンドー!」ガンドーは転がりながら闇の中に着地した。彼は己の前に立ちはだかった存在がアキラノ・ハンカバであると、すぐに気づいた。彼は49マグナムを向けた。「お呼びじゃねえぞ」

「それはお前のためにならぬ」アキラノは厳かに言った。ガンドーは睨んだ。「図々しいクソ野郎が。どのツラさげて来やがった」「この対話はニューロン速度で為されている!とはいえ悠長な会話を行う時間が無いのは確かだ。よいか。私は今、お前に流し込んだカブキの門を通して発信している」

「俺のトロイだな。ナメやがって」「奴は……デスドレインは我が軛(くびき)を脱した。もはや直接奴に働きかけるは至難……いや……不可能といってもよい。予測不可能なケオス要因が奴に反抗の機会を与え、奴は目的を達成し……」「予測不可能な出来事を認めやがれッてんだよ、お前らは」

 アキラノは無念そうに首を振った。「共和国は……元老院は複雑怪奇な巨獣也。だが今はハンセイの時間ではない。よいか、我が力の使役はカブキの門を持つ者に限られる。ゆえに今、お前に働きかけている。お前はデスドレインと繋がった」「そうだ。奴を殺る。そこをどけ」「力を貸そう」

「……」「前線の兵士を喰らい尽くしたアンコクトンが制御なしに解き放たれれば壮絶なカタストロフを生み出す」「わかってるじゃねえか」「それは私も本意ではない。故に力を貸す」ガンドーは電子の49マグナムをホルスターに戻し、歩き出した。アキラノの姿は粒子状に拡散し、彼に吸い込まれた。

 彼らの対話は客観的にはニューロンを電気が駆ける反射の速度で為され、1秒も経過しておらぬだろう。ガンドーは待合室めいた闇を走りぬけ010010010100101111


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 0100101010101001011ひび割れた大地に落下した。彼は見渡した。頭上には黄金の立方体が輝く。他にはなにもない。

 足元の感触は不快に柔らかい。ガンドーはどうやら死体を踏んで歩いている。あの怪物が殺めたものたちの印象の記憶か。それはいかにもおぼつかず、無価値な砂に似ていた。ガンドーは前を見た。彼は円形の閉鎖空間に立っていた。デスドレインは目の前。木の椅子に腰掛け、ダラリと両手を垂らし。

「お前は俺じゃねえな」デスドレインは瞬間的に察した。「ナメた真似してくれたじゃねえか。だいぶ不快だぜ、テメェ」「ドーモ。ディテクティヴです」「ドーモ。タカギ・ガンドー=サン。デスドレインです」デスドレインは立ち上がった。「何しに来た?」「決まってるじゃねえか」

 49マグナムを向けながら、ガンドーはひやりとする感触を覚えた。こいつはタカギ・ガンドーと呼んだ。名前を読み取ったのか?デスドレインは耳を掻いた。「……だろうな。それじゃあ、遊ぼうぜ。そうだなァ」彼はガンドーを見つめ、ニヤリと笑った。「手始めにテメェの大切なものをヤッちまうか」

 BLAM!ガンドーは引き金を引いた。デスドレインは椅子にかけたまま、両手をだらりと垂らしたままで、銃弾を止めた。影と思えた足元の黒い染みはアンコクトン・ジツであり、その触手が49口径銃を遮ったのだ。「俺の事好き放題できると思ってたか?悪りィなあ、だんだん慣れてきてるぜ、俺は」

 ガンドーは電子の唾を飲んだ。(プランAはダメだな)コトダマ空間におけるイクサはコトダマ空間認識者が非認識者に対して圧倒的優位に立つ。ニューロン速度で繰り出されるあらゆる論理攻撃に、緩慢なタッチタイピング次元で対抗することはできない。だがデスドレインは既にコトダマ認識者となっていた。

 敵のニューロンとLANケーブルを直結し、ローカルコトダマ空間内でのイクサに引きずり込み、脳を破壊して倒す。キョート城において極めて強力なニンジャを倒した必殺の奇襲手段。カラテカにしてハッカーでもあるタカギ・ガンドーにとって奥の手の中の奥の手だ。しかし一方的勝利は遠のいた。

「慣れてきてる?言うじゃねえか」BLAM!BLAM!撃ち込みながらガンドーは笑った。「どっこい俺は死ぬほどやり込んでるぜ」「ヘヘヘヘ!」デスドレインが目を見開き、笑い返した。岩窟には蜘蛛の巣じみて暗黒物質が糸引き、デスドレインを護った。壁に「反省房」の漢字。情景の変化だ。

「懐かしいじゃねえか」デスドレインは呟いた。二人を囲む岩壁、ずっと頭上で小さく切り取られた空には黄金の立方体が輝く。BLAM!BLAM!BLAM!ガンドーは撃ち続ける。暗黒物質は銃弾を絡めとりながら旋回し、ガンドーを襲った。「イヤーッ!」ガンドーは銃撃の反動で回し蹴りを放つ。

「グワーッ!」デスドレインは電子ピストルカラテ蹴りに対応しきれず、側頭部に踵を食らった。椅子には錆びた鎖が繋がれており、邪悪なニンジャはそれごと転倒した。「いってェー!ヘヘヘヘ!」彼は地面を流れてきた黒い液体を舐めた。「クソ野郎……もっと教えてくれよ……下手くそだからよォ」

 BLAM!BLAM!BLAM!ガンドーは撃ち続ける。デスドレインはアンコクに守らせながら這いずった。「ハァ……テメェはよォ……どこで会ったっけなァ。探偵さんよォ。タカギ・ガンドー=サン…なあ……いたよなァ、あのふざけた城だ……アア……あのクソ野郎……ニンジャスレイヤーだ……」

 BLAM!BLAM!デスドレインの身体が黒く爆ぜる。アンコクの皮膜だ。「お互い恨みつらみもねェ仲じゃねェか……なンでそんなひでェ事ができるんだ?ヘヘヘヘ!」SPLASHH!ガンドーの背後の壁が割れ、黒い奔流が迸る!「グワーッ!」SPLASSH!足元から黒い奔流が噴き出す!

「イヤーッ!」デスドレインは寝たまま片腕を伸ばし、暗黒物質を飛ばして、囚われたガンドーにトドメの一撃を放った。裂かれたロングコートが01電子分解するさまを訝しんだ彼の側頭部に、上着を脱ぎ捨て瞬間的に移動したガンドーの電子カイシャク・ストンピングが振り下ろされた。「イヤーッ!」

「アバーッ!」デスドレインの黒い頭部が飛び散った。ガンドーはザンシンすらせず、そのまま真横へ49マグナムを向けて撃った。BLAMN!「グワーッ!」アンコクを身代わりにカイシャクを逃れアンブッシュしようとしていたデスドレインの胸部が銃撃を受けて爆ぜた。「惜しい!ヘヘヘハハハ!」

 BLAMBLAMBLAM!ガンドーは銃撃を継続する。彼の影からカラスが飛び来たり、01の軌跡を残してリボルバーに吸い込まれる。無尽蔵だ。デスドレインは鎖を無造作に引きちぎり、グチャグチャと音を立てて転がり逃れた。そして反撃に転じる。だがその時ガンドーはワン・インチ間合いだ。

「イヤーッ!」「グワーッ!」ガンドーはデスドレインの顎を蹴り上げた。そして49マグナムを腹部に突き刺し、接射した。BLAMN!「アバーッ!」そのまま地面に叩きつけた。「イヤーッ!」「アバーッ!」洞窟の出口付近には額を撃ち抜かれた黒人の死体がある。うつろな眼がイクサを見ている。

「ガイオン……」デスドレインは呻いた。BLAM!「ショージャノ……」拘束具めいたメンポが弾け飛んだ。ガンドーはヘラヘラ笑おうとする口に銃口をねじ込んだ。BLAM!「アバーッ!」BLAM!BLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAM!

「カネノコエ」

 ザリザリ……岩窟に耳障りなノイズが走り、闇がささくれた。「ショッギョ、ムッジョノ、ヒビキアリ」ガンドーは正体不明の老いた声を聞いた。「うッ」頭を押さえ、たたらを踏んだ。視界に差し込まれたのはヴァレイ・オブ・センジンの俯瞰。黒い波がデスドレインを中心として爆発し、溢れ、拡がる。

 それはキョート陣営を、ネオサイタマ前線を呑み尽くし、キョート・ワイルダネスの村々を押し潰して破壊し、ガイオンに至る。アッパーガイオンの五重塔群をなぎ倒し、逃げ惑う人々を叩き潰し、引き裂き、アンダーガイオンへ流れ込み、第一層、第二層、第三層、第四層……逆錘型の地下都市を満たす。

 やがて溢れ出した黒い汚水は東へ奔る。とてつもない質量だ。あっという間にネオサイタマに届く。均一化された郊外の街々。ネオン街。カスミガセキ・ジグラット。マルノウチ・スゴイタカイビル。「タダハルノヨ……ユメゴトシ……」「アアア!アアアア!」老いた声にデスドレインの叫びが重なった。

 視界を砂嵐が覆うと、ガンドーは法廷の真ん中に立ち、黒く捻れた人型の闇が苦悶するさまを見上げていた。痙攣。何かをこらえている。黒一色の顔面、右目だけが見開かれ、憎々しげにすがめられた。ガンドーはなかば反射的に時を悟った。彼はアキラノの託した銃弾を装填し、撃った。BLAM!

 禁!

「グワーッ!」デスドレインは額を押さえてのけぞった。禁!禁!禁禁禁!呪力が根を張ってゆく。ガンドーは次弾を装填し、機をうかがう。今の俯瞰は未来だ。まだそれは為されていない。(よォ所長。俺はヒーローになれるか)彼は問い、自答した。(違うな。ヒーローになるんだ。なって世界を救え)

「アバッ、アバババ禁禁禁禁禁禁禁バババ、アババババッ……」デスドレインの白い身体から暗黒物質が剥がれ落ちてゆく。それらはリノリウムの床の上で悲鳴を上げながら萎びてゆく。(まだだ)ガンドーの額を電子の汗が流れ落ちる。(もう一発要る)「アバババッ禁禁禁アババ、神、様」ヒトエカゼ。

「チリオナジ!」デスドレインは何かに向かって叫んだ。「テメェ禁禁禁禁は禁禁禁禁禁禁だろうが……出しゃばンじゃ禁禁禁禁禁」デスドレインがのけぞり、震え、しがみつく暗黒物質を振り落とした。そして床を蹴った。BLAM!ガンドーは二発目を撃った。デスドレインの額に穿たれた穴をめがけ。

 デスドレインは銃弾と接触する寸前、Ωめいた直線・曲線軌道を描いて電子弾丸を躱した。物理的に不可能な挙動である。彼はガンドーの額を鷲掴みにしていた。「取った」彼は呟いた。0101001010010010101


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 000101010010101ガンドー探偵事務所には、まるで鴉の巣のように、ガラクタ同然のジャンク品が並んでいる。リキシの手形色紙。書類の上に乗ったワータヌキの置物。色褪せたカトゥーンのリーフ。古いUNIX基板や筐体の山。二ヶ月前までは、事務所全体がそんな有様だった。今はエントロピーが減少している。

 本棚の向こうに女の気配がする。オスモウTVの音も。助手のシキベ・タカコがいるのだろう。コーヒーを淹れる音と、アンコトーストを焼く香ばしい匂い。ガンドーはZBR切れの頭痛と格闘しながらベッドを下り、ワイシャツの一枚に袖を通すと、くたびれた濃紺スラックスをサスペンダーで吊った。

「ハローハロー、俺のZBRはどこだ?」新聞を開いた彼は、視神経のストライキを感じながら、応接室側へ歩く。「オハヨ」デスドレインが声をかけた。事務机の上に膝を曲げて座っている。机の向こうにボーダーニットの腕がかすかに見えた。「ZBRは程々にしましょうネェ」悪魔は裏声で言った。

「記憶だ!」ガンドーは叫んだ。思わず額を押さえた。「こいつァ記憶に過ぎない!」「ヘヘ……ヘヘヘヘ……もっとそういう顔してくれ……探偵さんよォ……いいじゃねえか……」「AAAARGH!」ガンドーは頭をかきむしり、後ずさった。デスドレインは首を傾げた。「先が?思いやられるぜ?」

「AAAARGH!」探偵事務所から転がるように飛び出し、薄汚い街を走った。道行くおぼろな市民たちが訝しげに目で追った。次はうまくやらねえと……次は……ガンドーは真っ直ぐ走り、走り、走って、探偵事務所の戸口へ到達した。「オイ!開けろ!」ガンドーは戸を叩いた。「今すぐにだ!」

「何スかァ血相変えて」ドアが開かれた。ボーダーニットを着、片方のレンズが割れたセルフレーム眼鏡をかけたデスドレインがガンドーを見上げた。「お客さん、閉店時間ッスよォ」悪魔の後ろの床に赤い血が流れてきた。ガンドーは49マグナムを発砲した。KBAM!暴発だ。銃口を塞ぐ暗黒物質。

「アバーッ!」ガンドーの顔面が破砕した。彼は仰向けに転倒した。血で濁った視聴覚をすかして、デスドレインの声が響いた。「次はどうすッかな?愉しまねえとなァ……お前、もう次で限界だろ……ヘヘヘヘ、すげェイイよ……最高シブトい奴だぜ……三倍遊べる……」01001001011


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 00101001ガンドー探偵事務所には、まるで鴉の巣のように、ガラクタ同然のジャンク品が並んでいる。リキシの手形色紙。書類の上に乗ったワータヌキの置物。色褪せたカトゥーンのリーフ。古いUNIX基板や筐体の山。二ヶ月前までは、事務所全体がそんな有様だった。今はエントロピーが減少している。

 本棚の向こうに女の気配がする。オスモウTVの音も。助手のシキベ・タカコがいるのだろう。コーヒーを淹れる音と、アンコトーストを焼く香ばしい匂い。ガンドーはベッドから転がり落ちた。「アバッ……ああ……ア……」震えながら起き上がる。銃。俺の銃はどこだ。急がねえと。

 銃?嗚呼。たしか弾丸が。銀の弾丸……なんとかいう野郎の……「次は当てねえと……」ガンドーは咳き込み、血を吐いた。「ZBRはねえかな……」RRRRING!唐突にベルが鳴った。ガンドーは弾かれたように電話を見た。RRRRING!RRRRING!手をのばしかけた。音は止んだ。

「ハ……ハッハハハハ」ガンドーは笑い出した。「ハハハハ……ハハハハ、ゲッホ!ゲホッ!」ガンドーは血の咳を繰り返した。「ハハハハハ!ハハハハ!ハー……」彼は背筋を伸ばし、ワイシャツの一枚に袖を通すと、くたびれた濃紺スラックスをサスペンダーで吊った。

「……穴があったら入りてえなあ」擦り切れた声で呟きながら、ガンドーはゆっくりとネクタイをしめた。途中でしんどくなり、壁に寄りかかった。フラつきながら応接室側へ歩く。事務机の上に折り重なっていた死体が01分解した。もとはガンドーの記憶なのだ。ここは彼のローカルコトダマ空間だ。

 彼はリボルバーの弾倉を開き、回転させた。そして戻した。「やってくれたじゃねえか。忠告通り、ZBRは金輪際やめにするぜ」ガンドーは事務所を見渡した。「俺の赤ッ恥はくれてやる。それを土産に墓に入れ」KRAAAASH!事務所の全ての窓が破砕し、暗黒物質が雪崩れ込んだ。

 BLAM!BLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAM!およそ物理的にありえぬ速度でガンドーは49マグナムを撃ちまくった。アンコクの触手は枝葉を生み出す側から撃ちぬかれ、01分解して電子の中を散った。彼は不意に床へ銃を向け、撃った。BLAMN!「グワーッ!」

 床材を喰らいながらアンブッシュを仕掛けようとしたデスドレインが頭を撃ち抜かれ、爆発した。暗黒物質の身代わりだ。ガンドーはもう一方のマグナムを天井に向ける。デスドレインが天井材を喰らいながら出現する。そこでガンドーは血を咳き込んだ。引き金を引けなかった。デスドレインが落ちてきた。

 暗黒物質がガンドーの腰から下を呑み込んだ。デスドレインは真っ黒な眼窩を見開き、耳まで口を裂けさせた。「残、念!」「……!」ガンドーは銃を持ち上げようとする。持ち上がらない。ガンドーの耳鼻喉に暗黒物質を流し込む。「アバーッ!?」叫んだのはデスドレイン。その身体が不意に痙攣する!


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 アズールは透明の獣とともに暗黒物質の海を蹴って跳びかかり、デスドレインのもとに到達した。デスドレインはアズールを打ち落とそうとしたが、LAN直結したガンドーの身体がかすかに動き、押さえこんだ。獣が顎を閉じる。デスドレインは逃れようとする。

 ガンドーの身体が動き、それをなお阻む。あえて身を晒すかのごとく。透明の獣はデスドレインとガンドーを顎門にとらえた。黒と赤の血が噴き出した。アズールは至近距離だ。デスドレインに49マグナムを撃ち込んだ。


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 フオオオオ、フオオオオ……。高速走行する新幹線車内、身体にへばりつくような速度感。「オイ」ガンドーは向かいに座ったアズールに話しかけた。「その銃と」少女の膝の上の49マグナムの片割れを示し、それから自身の額を示す。「この……いや、ここじゃねえな今は……とにかく彼女を頼む」

 アズールは空色の目をガンドーに向けた。ガンドーは頷いた。「悪いがお前しかいねえ、今頼めるのはな。いいか、ヴァレイ・オブ・センジンだ。センジンの底へ走れ。ここはニューロン速度だ。現実にはコンマ何秒も経っちゃいねえ。ここを抜けたら、脇目もふらずお前のワン公を谷底めがけ走らせろ」


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 00101001ガンドーは49マグナムをデスドレインの額の傷にねじり込んだ。「AAAARGH!」デスドレインはぬばたまの目から黒い液体を迸らせた。「ガイオン!ショージャノ!カネノオト!」老いた声のチャントが二者を包み込んだ。「ああ悪いが爺さん、悪霊退治は初めてじゃねえんだ」

「ショッギョ、ムッジョノ、ヒビキアリ!」「うるせえ爺だ。ガイオンをやらせるわけにゃいかねえんだよ」記憶ではないシキベは、今そこに在るのだから。それからガンドーはデスドレインに向かって言った。「テメェを憎むべきか、憐れむべきか、よくわからねえ」彼は引き金を引いた。BLAMN!


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 ガンドーの右脚が暗黒物質に引きちぎられて宙を飛んだ。それでも彼はLANケーブルを引き抜かなかった。アズールは走る透明の獣の背にしがみつき、振り返った。黒い濁流が私立探偵タカギ・ガンドーを呑み込んだ。デスドレインは叫び続けていた。

 禁禁禁禁禁禁それでも暗黒物質は止まらなかった。それは黒い奔流となってキョートの前線基地を蹂躙しつくし、キョート・ワイルダネスの地に溢れた。アズールの獣は速度を上げた。不可視の身体に獣のカラテがみなぎり、足元の濁流を蹴り渡った。アズールは歯を食いしばった。彼女は前を見ていた。

「AAAAARGH!」デスドレインは叫び続けた。黒い海の下、押し潰されたガンドーはもはや見えず、デスドレインの首元にはちぎれたLANケーブルがぶら下がっている。アズールは彼らを振り返りはしない。アンコクの海が溢れる。獣は駆け続ける。ネオサイタマ前線基地を駆け抜ける。

 逃げおおせる者はいるだろうか。考える暇も必要もない。彼女は暗黒の海を背に、荒廃したヴァレイ・オブ・センジンの奈落を目指す。「ゴアアアアオオン!」獣が吠え、跳んだ。彼女は闇に吸い込まれた。暗黒の海が地表を洗った。ガイオン・シティの観測所は、地平にわだかまる異変を見た。

 禁!

 ……しかし、そこまでだった。黒い奔流は突如その勢いを失い、張力を失い、地に拡がった。デスドレインの身体から暗黒物質が流れ落ちた。彼はゆっくりと己の生み出した滅びの海へ、仰向けに沈んでいった。


◆◆◆


 アズールはジゴクめいたセンジンの谷底で夜を明かした。崖の横穴で透明の毛皮に包まれ、丸くなって眠った彼女は、日の出と共に目覚め、苦心して再び這い上がった。彼女は黒い水平線を見渡した。まるでコールタールの沼沢地。太陽の横には黄金の立方体が静かに自転し、0と1の風が水面を洗う。

 あまりに奇妙な情景。ガイオンは無事だろうか?まず彼女はそう思った。彼女のニンジャ視力は、遠く水平線付近で蠢く一つの影を見た。タクティカルゴーグル越しに確認する。それは熱蒸気を発する鎧を着込んだニンジャの姿。とぼとぼと歩いている。彼女にとって無意味だ。

 彼女はタクティカルゴーグルを下ろした。キョート側の前線にはただひとつ、アキラノ・ハンカバが座していた塔だけが、アンコクに呑まれず残っていた。ハンカバ・カブキはアンコクを寄せ付けなかったのだ。

 かくして、センジン地方とその周辺は、有害な黒い沼の横たわる、ものいわぬ土地と化した。グラウンド・ゼロに近づくことができる者はおらぬだろう。アズールは49マグナムの弾倉を開き、閉じた。彼女は銃の重みを感じていた。ひときわ強い01の風が吹き付け、彼女の長い髪をなびかせた。


【グラウンド・ゼロ、デス・ヴァレイ・オブ・センジン】終



N-FILES(設定資料、原作者コメンタリー)

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