【ガイオン・エクリプス】#1
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“両軍が大河を挟み膠着状態に入った時のこと。ウサギ・ニンジャは河に群生していたワニの背を飛び渡り、対岸の敵に対して弓矢の雨を浴びせた。赤い滅びの矢は敵軍のニンジャを次々に射抜き爆発四散せしめるも、突如、敵のサメ・ニンジャが河の中から鋭角に飛び出し、無慈悲なるカラテによって彼女を切り裂き撃墜したのだ。やがてイクサが終わり、死屍累々たる川岸に瀕死の状態で残されたウサギ・ニンジャは、新たに生成した白装束によって満身創痍の体を包み直し、黒い川岸を必死の形相で這い進んだ。そこに現れたのはダイコク・ニンジャであった。”
- エンシェント・レコード:古事記暗号の諸相より
「愚かな時代だ」とヤマシダは独りごちた。
彼はブラインドの隙間から夜のガイオン・シティを見ていた。同じメガロシティでも、キョートの夜景とネオサイタマの夜景は何もかもが異なる。あの無節操な視界一面のネオンサインや、耐えがたい騒音を撒き散らして飛ぶマグロ広告ツェッペリンなど、ガイオンには何ひとつ存在しない。
ガイオンの夜の大部分は、漆塗りの重箱を思わせる格調高い黒だ。そしてところどころに、計算され尽くした淡い光が、奥ゆかしく浮かんでは消える。
たとえばオミヤゲ・ストリートを彩る、桜並木の淡いボンボリ・ライトアップ光。あるいは彼方の琵琶湖に咲く美しきハナビ・ナイアガラ。キョート山脈に目を向ければ、今夜のカブキ・ショウの演目とチケット残席情報がプロジェクション・マッピングされている。窓を開けて耳を澄ませば、心地よいオハヤシの音がどこかから聞こえてくるだろう。
それらは全体的にとてもゼンを感じる。それらが人工的なものかオーガニックなものなのかは、もはや区別することすら難しい。重要なのは配置と振る舞いだ。そこにキョートらしい伝統的な奥ゆかしさと、美に対する細やかな配慮と信念があるかどうか、ただそれだけなのだ。
共和国元老院はそう考え、観光事業へのさらなるテコ入れを行うとともに、最新のテックと伝統的文化の融合を推し進めた。かつては厳格な出自規制があった業界やポジションにおいても、有能な者であれば出身を問わずに門戸が開かれるようになったのだ。
結果、ガイオンは安定的成長を続け、日本崩壊の余波を受けながらも、なお国家として存在し続けている。むろん様々の問題は残されているが、現在のキョート共和国の状態は、このマッポーの世において稀に見る善政といってよかろう。
だがこの男……生粋のキョート人であり退役軍人でもあるヤマシダの目に、穏やかな笑みはない。彼の目から見るガイオンは、かつてよりも遥かに騒々しく、不快で、商業主義的な、居心地の悪い、まがい物だらけの、忌まわしい場所となってしまったからだ。
「……あの計画が成功していれば、今頃は、全てが違っていただろうに」
『あの計画とは何ドスエ?』
ハウスキーピングAIの電子音声が部屋の音響システムから鳴り、それに合わせて、机の上に置かれたマネキネコの目が優しく明滅した。
「……何でもない」とヤマシダは舌打ちした。
『わかりましたドスエ。今夜は冷えるので暖房温度を上げますドスエ』
「うむ」
(((……あれは行き過ぎだった。許されざる行いだったのだ。あれがなければ、穏健派元老の台頭もなかったというのに……)))
彼は心の中でひとりごちながら考える。かつてガイオンはもっと気高い街だったと。「我々の偉大なる都市に特別に外国人どもを滞在させ、洗練された日々の営みを見せてやっている」というプライドと気概を、たとえ口には出さずとも、全てのアッパーガイオン人が持っていたはずなのだ。少なくとも、ヤマシダはそう考えていた。
だが今はどうだ。世界中から集まった外国人旅行者たちが昼も夜もなくガイオンを歩き、浮かれ騒ぎの写真をIRC-SNSに垂れ流している。このイナゴのように押し寄せる無作法な観光客とそのマネーに媚びるかのように、数年前からアッパーガイオンの各所で休みなしの二十四時間営業活動が始まったのだ。
商店や料亭やゲイシャだけではない。東のケゴン・フォール自然公園ではライトアップと一般観光客の入場が許されるようになり、装甲シャトルバスが絶え間なく運行している。キョート城跡地には屋外型のカブキ・スタジアムが作られ、カブキ・トゥウェンティーフォー、すなわち二十四時間営業のカブキ公演が行われるようになった。伝統文化の二十四時間営業を許すなど、もはやカネを握らされて股を開くアンダーガイオン下層のストリート・オイランとなんら変わらないではないか。
ヤマシダは顔をしかめた。終わりだ。この先に新たな価値あるものなど、何も生まれはしないだろう。新たに生まれるものは全て、数千年前に作られた偉大なるキョート文明の粗悪な複製物、イミテイションに過ぎない。我々ガイオン人は、生まれた瞬間から、遥か昔に到達した頂点からの緩やかな衰退だけを宿命づけられた生き物なのだ。
彼は深いため息をつき、強化ガラスに映る自分の顔を見た。実年齢はまだ四十代だが、六十を超えた老人めいて不健康にやつれ、皮はしまりなく弛み、目の下には深いシワが刻まれている。ヤマシダは両手を顔に当ててそれを覆い隠し、白い顎鬚に向かって、重い息を吐きながら拭う。彼が室内着めいて羽織る古い共和国軍ジャケットの胸には、いくつもの小さな四角い勲章が虚しく並んでいた。
「では私は何だ……? 私は何のために生きている……?」
その時、『来客ドスエ』と合成マイコ音声が鳴った。IRCインターホンが押されたのだ。ヤマシダが監視カメラの映像を確認すると、部屋の前にはコートを着た若い女が一人で立っていた。「ヤマシダ=サンのお宅ですか?」と女はインターホン越しに言った。
「対象のスキャニングを」とヤマシダは命じた。
『オイランドロイドドスエ』とハウスキーピングAIが返した。
「他に余計な者はいないだろうな?」
『いないと思うドスエ』マネキネコの目を輝かせながらAIが返した。いつか人類を凌駕せんほどの人工知能の進化を予感させる、驚くほど柔軟な判断力であった。
「よかろう」
ヤマシダは机に置かれた古い軍帽を被ると、『開く』と書かれた開錠ボタンを押した。
ブガー。低いブザー音とともに圧縮蒸気が吐き出され、厳重なセキュリティロックが解かれた。
「入りたまえ」
「ドーモ。開けてくれて感謝します」
リヴィングに入ってきた女は、小さく一礼してから、室内をぐるりと観察した。その一連の動作はヤマシダをいささか驚かせた。オイランドロイドとは思えない、まるで生きた人間のようなスムーズな仕草を見せたからだ。
「君は、何者だね……?」ヤマシダは思わずそう質問していた。
仕草だけではない。服装と外見も妙だった。足元は赤いワークブーツ。サスペンダーで吊ったキョート・ヘリンボーン地のスラックスに、白シャツとネクタイ。その上に過剰サイズのダスターコートを着て、袖は不恰好に捲り上げられている。黒髪はボサボサで、アンダー生まれを想像させる白肌にはソバカス。少し傾いた黒いセルフレームの眼鏡をかけ、最も驚くべきは、八重歯を持っている事だった。
「つまり、君のその格好は……どういうものをイメージしているんだ?」
「アー、これは……」女は頭を掻いて少し思案し、傾いた黒いセルフレーム眼鏡を直すと、至極真面目な顔で言った。「私立探偵っスね、大部分は。伝統的な」
「なるほど、私立探偵か。それも女の……」この時代にもう私立探偵など存在しない。まして女の探偵など、子供向けカトゥーン・プログラムの中にすら存在しない。虚構なのだ。ヤマシダは得心したように頷き、微笑んだ。
「そういう事っス」女も義務的に微笑み返した。そしてすぐにシリアスな表情に戻った。「尾行はされてないと思うんスけど、念のため、あの扉は厳重にロックしてもらっていいスか?」
ヤマシダは次第にその屈折したチャーミングさを理解できてきた。なるほど、これは手の込んだ趣向だ、と考えながら。そして机の上のボタンを押し、重々しいセキュリティロックを閉じた。
「だが女探偵とは、かなりマニアックなプレイだと言わざるを得ないな。そもそも、私が選択していたオプション項目とかなり食い違いがあるが……」
「ウェー?」女探偵は首を傾げ、眉根を寄せた。「何の話スか?」
「何って君……ああ、すまない。そういう事を言うのは無粋だな」
ヤマシダが想像していたのは、もっと刺激的な強化PVCビキニの上に分厚いフェイクファー外套を着て、エナメル軍帽を被り、厚底のミリタリー・ブーツを履いたような……そしていかにも気弱そうな顔つきのオイランドロイドだった。そういうやつをオーダーしたはずだった。共和国が誇る最高級義体メーカー、コヨミ社のそうした派遣サービスを使うのは初めてだったため、これが誤差の範囲なのかどうか、ヤマシダには俄かに判断できなかったのだ。
「悪いんスけど、こっち、あんまり時間がないんスよね。だから手っ取り早く本題に入らせてもらっていいスか?」
「賛成だ。まあ脱ぎたまえよ、女探偵=サン」
とヤマシダは言い、彼女の横に立って、そのコートを紳士的に脱がしにかかった。目的を失い引き伸ばされた彼の余生において、真に自分が生きていると実感できるのは、このような瞬間のみなのだ。しかし、彼にサービスを提供しにきたはずの女探偵オイランドロイドは、予想外の行動をとった。これを拒み、少し距離をとったのだ。
「アー、お構いなく。シツレイかもしれませんがね、着たままのほうが何かと便利なんで、このまま」
「コラッ!」
ヤマシダはその予想外の行動に、瞬時に激昂した。彼のニューロンの中で何らかの分岐命令条件が整ったかのごとく、唐突に。
「アイエッ!?」女探偵は一瞬怯んだ。
ヤマシダはそのまま彼女のオイランドロイドボディを強引に抱き寄せ、胸を揉んだ。控えめなオモチシリコン製の胸部を。
「これは凄いぞ! リアルだ! 人形だとわかっていても興奮するな!」ヤマシダは目を細め、獣めいて息を荒げた!
「エッ? ちょっと」女探偵オイランドロイドは困惑し、汚物を見るような表情を作った。胸の奥でマイコ回路の甲高い回転音が鳴り始めた。「ちょっとやめてもらっていいスかね……」
「コラッ! 違うだろう? 上官に向かってその口の聞き方は何だ!?」ヤマシダ元大尉は残忍な目で言った。「もっとしてくださいだろう!?」
ヤマシダは強引に彼女のダスターコートを剥ぎ取りにかかった。そして気づいた。ダスターコートのポケットが異常に膨れており、揺れるたびに何かがぶつかり合い、重い音を鳴らすことに。加えて、彼女の腰のあたりには、何か大きくて硬い鋼鉄の塊があった。ヤマシダはコート越しにそれに触れ、肝を冷やした。
まがりなりにも退役軍人であるヤマシダは、それが何なのかすぐに解った。実銃だ。彼女は途方もなく大きなリボルバー銃を隠し持っていたのだ。
「き、君、これは一体」
「イヤーッ!」
次の瞬間、ヤマシダは片腕を掴まれたままジュー・ジツを極められ、投げ飛ばされ、仰向けに倒れていた。「ア、ア……」何が起こっているのか解らず、ヤマシダは仰向けのまま目をパチパチとさせた。
「何を勘違いしてるか知らないけど、私立探偵をナメないで欲しいんスよね」女探偵は腕組みして言った。「いいスか、ヤマシダ元大尉=サン。私はシキベ・タカコ。本物の私立探偵デス。なお、この体は戦闘用のオイランドロイド・ボディなんで、アー、そう、やろうと思ったら、カラテパンチで壁に穴を開けるくらいは……」
そこへ『来客ドスエ』とAI音声が聞こえた。二人が机の方を振り返り、監視カメラ映像を見ると、そこにはあからさまに性的サービスを予感させる派遣オイランドロイドが立っていた。完璧にヤマシダのオーダー通りの容姿で。ナムサン! 人違いである!
「……か、帰ってもらいなさい!」ヤマシダはハウスキーピングAIに命じた。派遣オイランドロイドはAI電子音声で不要を告げられると、表情一つ変えずに踵を返し、去っていった。
「アー……」シキベはそのやり取りを見て、納得したように頷き、頭を掻いた。「そういう事スか」
「すまない、誤解があったのだ! 私はそういう病気で……定期的な医療行為が必要だったのだ!」ヤマシダは必死に弁明した。何年ぶりかに死の恐怖を味わい、途端に、命が惜しくなってきた。「では、いったい君は何者だ? アサシンか? 私を殺しにきたのか? それともカネか!? いったい何が目的だ!?」
「だから言ってるじゃないっスか、探偵デスって」女探偵はヤマシダを立ち上がらせ、革張りソファに座らせた。それから自分も向かいのソファにどっかと腰掛けて、無作法に足を組み、改めて自己紹介を行った。「私はガンドー探偵事務所から派遣された私立探偵デス。とある事件をね、捜査してるんスよ。その過程で、ヤマシダ=サンに聞きたいことが」
「とある事件とは?」ヤマシダはゴクリと唾を飲んだ。喉元に鋭いカタナの刃を当てられているような心地だった。
「オペレイション・マジックモンキーと、グラウンド・ゼロ事件の顛末を、洗いざらい教えて欲しいんスよね」
2037年に起こった事件の詳細を。共和国軍の一部門が封印したデータの秘匿場所を。それが彼女の要求だった。
「ま、待ってくれ……私は退役したんだ。頼む、静かに余生を……」
ヤマシダは狼狽し、ケジメ痕が残る両手を顔の前で振り、懇願めいて言った。かつて彼も、末端ながらその計画に関わっていた。そしてあの事件の後、沈黙と引き換えに、こうして生き残ることを許されたのだ。そのような者が、彼の他に何人もいる。
「たぶん、静かな余生はもう無理デスよ。オキナワにでも高飛びしない限りは」とシキベは言った。「ヤマシダ=サンと同じような立場の人たちが、ここ数週間でもう何人も消息不明になってるの、知ってまスか?」
「何だと……? なぜ……?」
「それが解んないから来たんスよ。さっき言ってましたよね、口封じとかなんとか。思い当たるフシがあるんデスよね?」
「口封じだと……? いや、そんなはずはない。私は大した情報を持ってなどいないからだ。今そんな動きを起こせば、余計に元老院内に波風が立つだろう。今さら十年前の汚点を蒸し返したいと思う者はいないはずだ……」ヤマシダは自分の頭で自らの置かれた状況を考えながら、必死に答弁した。「研究データの所在についても、私の担当ではない。誰が持っているかも解らない」
「アー……」シキベは探偵手帳を開いて頭を掻き、少し思案してから、ヤマシダの目を見据えた。「それなら……せめて、その事件に絡んでたタカギ・ガンドーって探偵を知らないスか? うちの所長なんスけど」
「タカギ・ガンドー……? いや、そんな人間は。……待て、タカギ……ガンドー……。ガンドー探偵事務所と言ったか……私立探偵……ディテクティヴ……」ヤマシダはこめかみを押さえながら繰り返した。この女探偵を失望させれば、自分の身の安全を保証してくれる者がいなくなるのではないかと案じながら。「待てよ、思い出したぞ。タカギ・ガンドー……ディテクティヴというニンジャか? マジックモンキー計画の邪魔をしていた……」
「そうっス! 知ってるんスね!?」シキベは身を乗り出した。
「待ってくれ、私はそこまで重要な地位にいたわけじゃない! ただ、伝え聞いただけだ。私も詳しくは知らない、だが……!」
その時だ! 謎の襲撃者たちがベランダ側から銃弾を打ち込んできたのは!「「「イイイイヨオオオオーーーーッ!」」」BRATATATATATATATATATATA! 凄まじいマズルファイアが瞬き、強化ガラスを砕いた!
「アブナイ!」「アイエエエ!?」女探偵は咄嗟にヤマシダを押し倒した! マシンガンの銃弾は強化ショウジ戸をも破り、マネキネコ置物を砕く! その破片が彼女のコートに降り注いだ! 『もっとしてください』AI音声の断末魔が鳴り、マネキネコはバチバチと火花を散らし爆発!
「アイエーエエエエ!」ヤマシダは悲鳴をあげる!「黙って! 後ろに隠れてて欲しいス!」シキベは大口径拳銃を抜き、トリガーを引いて闇に応戦した。BLAM! BLAM!「グワーッ!」冗談のような銃声が室内に響いたかと思うと、ベランダ側にいた敵の一人が射殺され、緑色のバイオ血液が飛び散る! ワザマエ! ヤマシダは驚きのあまり目を見開いた。怪物じみた49口径を、小柄なシキベが片手で巧みに操っていたからだ!
BLAM! BLAM! 凄まじいリコイル反動を受けても、彼女の細腕は微動だにしない。ヤマシダは血走った目でそれを見た。シキベの右肘のサイバネ機構が展開し、リコイル制御用の圧縮空気を吐いている。それは紛れもなく、この怪物のように巨大な獣を扱うために作られた腕であった!
「「イヨ、イヨオオオオオオーーーーッ!」」割れた強化ガラス窓を蹴破り、襲撃者が室内へと突撃してきた! それは能面型フェイスガードをボルトで埋め込んだ狂言強盗団! だが首から下は黒いヤクザスーツ! 手にはヤクザマシンガン! 何者かの手で狂言強盗団に偽装されたクローンヤクザである!
「助けてくれ! しッ、死にたくないッ!」机の後ろに隠れながら、ヤマシダはシキベに懇願した! BLAM! BLAM! シキベは49マグナムで応戦する! 弾が切れると、女探偵はコートのポケットに手を伸ばし、マグナム弾をリロードしながら言った!「質問に! 答えて! くれるんスか!?」BLAM! BLAM! BLAM!「……わ、私も詳しくは知らない! だがタカギ・ガンドーならば十年前に死んだはずだ、センジンで……!」
「死んだ……?」シキベの手が止まった。「「イヨオオオオオオーーーーッ!」」その一瞬の隙をつき、生き残りのヤクザスーツ狂言強盗団が突撃! BRATATATATATAT! ヤクザマシンガンの一斉射撃で、机や本棚を木っ端微塵の木片へと変える!「ンアーッ!?」シキベが被弾! ヤマシダの頬を銃弾が掠める!
「「イヨオオオオーーーーッ!」」弾を撃ち尽くした敵は、ドスダガーを抜き、シキベに斬りかかった! アブナイ!「この……! イヤーッ!」BLAM! BLAM! BLAM!「「アバーッ!」」間一髪! 49マグナムで敵を至近距離ヘッドショット殺!
「アイエエエエエエ! アイエーエエエエエエエ!」恐慌状態に陥り、ヤマシダは逃げ出した! 扉のセキュリティロックを解除し、マンションのホール側へ向かって逃げて行く!「「イヨオオオーーーーッ!」」ヤクザスーツ狂言強盗が二人、そちらに向かう! 敵の増援がベランダ側から新たに数名、突入してきたのだ!
「逃げて!」BLAM! BLAM! 「「アバーッ!」」シキベは背中側からの射撃でこれを射殺! ヤマシダの逃走を支援する!「とりあえず! 逃げて!」「アイエーエエエエエ! アイエエエエエエエエ!」ヤマシダは狂ったように叫びながら逃げていった!
BLAM! BLAM! BLAM! 「「アバーッ!」」シキベは一気に打って出て、室内にいたクローンヤクザを二体射殺! 「イヨオオーーーーッ!」敵は最後の一人! ドスダガーを閃かせ、距離を詰める! CLICK! CLICK! 49マグナムは弾切れだ! 「イヨオオオーーーーーッ!」
「イヤーッ!」「グワーッ!?」跳んだ! 踵をまっすぐに伸ばしたシキベの垂直上昇のトビゲリが、クローンヤクザの顎をしたたかに蹴り上げ転倒せしめる! 「スゴイ!」シキベはそのまま弾をこめ直しながら、ベランダへと走る! 屋上からロープが垂らされ、さらに数名のクローンヤクザが降りてこようとしているのが見えた! 室内では先ほどのクローンヤクザが起き上がり、ドスダガーを構え直す!
「ああもう、どうすりゃいんスか、こんな時!」シキベは頭をかいた。これ以上は凌ぎきれない。「こんな時は……こんな時は……逃げる……!」シキベは私立探偵インストラクションを思い出し、高級マンション5階のベランダから躊躇なく跳躍した!
「ハァーッ! ハァーッ!」シキベは銃を収め、四方を警戒しながら暗がりを走った。ガイオン大通りに出る直前で、歩調を緩める。ファオンファオンファオンファオン! 遠くからマッポサイレンの音が聞こえ始める。記憶の中のガンドーの所作から学べ。シキベは涼しい顔で手を上げ、リキシャーを停めると、腕時計で時刻を確認しながら飛び乗った。
「キョート駅まで」「ハイヨロコンデー!」「オミヤゲ・ストリートと五重塔カフェを経由でお願いします」「ハイヨロコンデー! 人気スポットの強行スケジュールですか? 今は桜が見頃ですよ!」LED車輪が光り、リキシャーがゆるやかに疾走を始める。プライベート・ルーフを深く降ろして、アッパーガイオンの雑踏に紛れると、ようやく安堵の息をついた。
被弾箇所は二箇所。左腕と背中。防弾オモチシリコンをえぐり、外殻部分で止まっている。ドロイドボディへの損傷は軽微。ダスターコートは片側が穴だらけになってしまったが、パンクスだと言い張ればどうにかなるだろう。血が流れないのが不幸中の幸いであった。
リキシャーに乗ったままスシ・ドライブインでエネルギー補給を行い、しばし観光客のように市街を眺める。繁華街にはオイランドロイド・アイドルグループNNK-128の最新リミックス版「ほとんど違法行為」が流れていた。画面には、128体の煌びやかなオイランドロイドたちが溢れ出さんばかりに並び、ネコネコカワイイ・ジャンプを決めていた。
「いつのまに増えたんスか……」シキベはエビス・ストリートの街頭TVに写るPVを見ながら、そう独りごちた。彼女の知るネコネコカワイイは二体だけだった。いつしか現実感が乖離し、ガイオンを訪れた本当の観光客のような気分になってきた。これもまた、バイオニューロンチップが見せている長い長い夢なのではないかと疑い始めた。だが、オフにしていた電子痛覚をわずかに戻すと、銃弾を受けた左腕と背中がズキズキと傷んだ。彼女はその痛みをしばらくそのままにしておくことにした。
アッパーガイオンは、彼女の肉体が死んだ二十数年前と同じく、最新のテックと伝統が融合した格調高いワビサビに包まれていた。だが決して同じではない。そこに生きる人々は様変わりしたようだ。そして空を見上げれば、真っ二つに割れた月がイン・ヤン模様めいたパターンで、乱れ雲の間に浮かんでいるのだった。
『ガイオン・エクリプス……ガイオン・エクリプスが近いドスエ……砕けた月が太陽を追い隠すスゴイ・スペクタクル……絶景リゾートホテルのお部屋の予約は今すぐドスエ……』ちょうど、奥ゆかしい電子マイコCM音声がリキシャーの車載モニタから聞こえるところだった。その単語を聞き、シキベは小さく身震いした。
「所長、このクッソ大変な時に、どこ行っちゃんったんスか……」シキベは独りごちた。LEDリキシャーの座席は、彼女一人で乗るにはいささか大きすぎた。(((……タカギ・ガンドーならば十年前に死んだはずだ、センジンで……)))ヤマシダの声がニューロンに反響する。「んなハズないっスよね」シキベは49マグナムをスピンさせ、その重みを確かめながら笑った。
キョート駅に着くと、シキベはリキシャーを降り、コンテナへと向かった。モザイク状の記憶を頼りに、彼女は再びアンダーガイオンへと潜る。キョート共和国の地下に広がる巨大な多層都市へと。
移動中も、彼女はアンダーガイオンの隅々をサイバネアイで観察し続けた。様々な場所に隠された"あの"赤いグラフィティを、またいくつも新たに発見した。逆さ鳥居に三日月、魔法陣めいた円と直線、そして「ガイオン・エクリプス」の文字が組み合わされた、不気味なスプレー・グラフィティである。
エクリプス。日蝕。その単語はシキベにストレートな焦燥感をもたらす。一週間後にガイオン上空で発生するという、数年ぶりの日蝕。ガイオンが観光客で溢れかえっているのはそのためだ。そしてこの魔術めいた逆さ鳥居の図形……どこかで見た覚えがある。これらの奇妙な符号は何を意味するのか。だが彼女の記憶はモザイク状となり、さらにそれがバイオニューロンチップの夢と混ざって、思い出せない。もどかしさと胸騒ぎだけが募る。
歩けば探偵的思考が整理できると思ったが、むしろ混乱と焦燥を深めるだけだった。魔術めいたグラフィティと、一週間後の日蝕。グラウンド・ゼロ事件に関わったと思しき退役軍人らが次々と消えている事件。行方知れずのタカギ・ガンドーと、コケシ・サイコウ。そして自分をニューロンチップから蘇らせたのは誰なのか? ……この全てが、何らかの巨大な事件の輪郭を形作る一個一個の点であるように思えてならない。
探偵の勘としかいえない何かが、シキベにそう告げているからだ。同時に、今回の一連の事件が自分の手には負えないことも解っている。彼女はまだ未熟だ。自分でもそれを痛感している。タカギ・ガンドーならば、先ほどの場面でどうしていただろう? 少なくとも、首尾よくヤマシダとともに窮地を切り抜けていたはずだ。もしかすると今頃ヤマシダと2人で並び、リキシャーに乗っていたかもしれない。
それにひきかえ自分は……傷を負い、ヤマシダを見失い、捜査もまた振り出しに戻ってしまった。得体の知れぬ敵組織の注意を引いてしまった可能性すらある。未熟にもほどがある。だが……少なくとも、ガンドーもヤマシダを見捨てるような真似だけはしなかっただろう。それだけはできた。それだけはシキベの誇りだった。
どうすればいいか。クヨクヨ悩んでいても仕方ない。誰かの力を借りなければならない。だが彼女を知る人々は、皆、時の流れに飲み込まれて消えてしまった。あれから二十年以上の時が流れたのだ。
(((センジン)))(((オペレイション・マジックモンキー)))(((コケシ・サイコウ)))記憶の中のガンドーの声が響く。バイオニューロンチップとしてタカギ・ガンドーの頭蓋内に守られていた時代のことを、シキベは朧げに覚えている。
ガンドーがニンジャとなって戦っていたあの時代。しばしばシキベは羽毛のように優しい眠りから目覚め、ガンドーのローカルコトダマ空間内で彼と対話することがあった。数週間に一度、ほんのわずかな時間だけではあるが。時にはコトダマ空間のガンドーと一緒に推理を行い、事件を解決したことさえある。あるいはごく稀に、物理世界で活躍するガンドーの視界を垣間見たり、その音に耳を澄ますこともあった。だがシキベには、その時代の出来事と夢の区別がつかない。どれが夢で、どれが現実に起こったことなのかは、ガンドーに聞かねば永遠に解らないだろう。
(((センジン)))(((オペレイション・マジックモンキー)))(((コケシ・サイコウ)))……頭の奥底で響くガンドーの言葉は、彼女に何を告げようとしているのか。彼女をどこへ導こうとしているのか。彼女の探偵的直観が、無意識のうちに、何らかの答えを導き出そうとしているのか。それとも……バイオニューロンチップ再生者にしばしば訪れるという、デジャヴュ・オーバーフローの無限狂気か。
「でも、やるしかないッスよね」シキベは強い表情を作った。追うしかない。どれほど危険であっても。なぜならば彼女はガイオンに残された最後の私立探偵だ。そしてこの捜査の先に、必ずやタカギ・ガンドーがいるからだ。彼女はそう信じていた。
拳を握る。多少の無茶はできる。先ほどの戦闘でも証明された通り、このオイランドロイドボディは、未熟である彼女一人でも探偵らしい捜査を可能にしているからだ。だが、そもそもこのボディを与えてくれたのは誰なのか……? 誰が彼女を蘇らせたのか……? 十年前にガンドーが死んだのなら、誰が……?
「いやいやいや、死ぬわけないッスよね」シキベはもう一度小さく笑い飛ばした。仮にガンドーが十年前に死んだのなら、自分をオイランドロイドボディで蘇らせてくれたのは、一体誰なのか? 「どうせ敵を欺くために隠れて生きてるんスよ、いつもそうだったし。死んだふり。所長の得意技。ホント、悪い冗談やめて欲しいんスけど。このクッソ忙しい時に……」
シキベは不機嫌そうにブーツを鳴らしながらアンダーガイオンを降って行った。記憶を頼りに辿った元事務所や、馴染みのバーは、どれも閉鎖されていた。解ってはいたが、記憶違いの可能性を考え、もう一度だけそれらの跡地を訪れてみた。結果は、何も変わらなかった。シキベはショッギョ・ムッジョの時の流れを再認識するだけであった。今の彼女に残された唯一のツテは、これから向かう違法キンギョ屋だけだった。
ブンズー、ブンズー、ブンズズブンズー。ブンズー、ブンズー、ブンズズブンズー。ほとんど閉じたシャッターの隙間から、重低音のリズミカルな音楽が漏れ出す。シキベが隙間から中を覗いて声をかけると、奥から声が聞こえ、シャッターが半分だけ開いた。蛍光ピンク色の水槽が壁一面に並び、そこに様々なネオンキンギョが泳いでいた。見事な品種育成のワザマエだ。だが、キンギョはこの店のメイン商材ではない。
シキベは尾行を受けていないか周囲を念入りに確認してから、キンギョ屋の店内に入った。ガンジーめいた風貌の老店主はもういなかったが、白いノースリーブ道着を着たドレッドヘアの黒人がその後を継いでいた。違法流出データプールに対してハッキングを仕掛け、シキベに退役軍人ファイルを横流ししてくれたのも彼だった。
「ダメだった?」店主はバカでかいヘッドホンを片耳だけズラしながら、シキベに尋ねた。その視線はUNIXモニタの間を忙しそうに飛び回っていた。
「情報はビンゴだったんスけど、収穫はゼロっスね。アー、でも、襲撃者と鉢合わせしたんスよ。そのデータ解析をしてもらえれば、何かに……」
「ブッブー」店主はクイズ番組めいて唇を尖らせた。「すまねえな、時間切れアウト。先代の馴染みってことで贔屓させてもらったが、これ以上はダメだ。ウチのファイアウォールが、随分とあったまって来てやがる。正直、このまま続けてもウチの得られる見返りはゼロ。それどころかリスクだけだ。今も昔も、元老院案件にゃ首突っ込むなってのがこの世界のルールでね。あと何だ、ヒヨコチャンに関わって死にたくねえのさ」
キンギョ屋の店主はマシンガンめいてまくしたてながら、UNIXのイジェクトボタンを押すと、指先でフロッピーディスクをパチパチと巧みに回し、それをシキベの前に二本指で差し出した。
「コケシ・サイコウの隠居先住所データ。今も有効かどうかは解らねえ。本当、これっきりだぜ。これを受け取ったら、金輪際、俺の店にゃ近寄らないでくれよ、ヒヨコチャン」
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