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【デッドムーン・オン・ザ・レッド・スカイ】

この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正版は、上記リンクから購入できる物理書籍/電子書籍「ニンジャスレイヤー ネオサイタマ炎上4」で読むことができます。

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【デッドムーン・オン・ザ・レッドスカイ】


1

 ズッタンズタタン、ズッタンズタタン、ビュイーン、ビュビュイーン、ビュビュイーン、ビュビュイーン。薄暗いガレージ内に置かれた8基のスピーカーから、エレクトロ・ダークポップ『ブッダコスモス』のギンギンに歪んだ電子音イントロが流れた。励起された魂が、今にも大宇宙に飛び立ちそうな勢いだ。

 上半身は裸、下半身には青いスリムジーンズを履き、無骨なエンジニアブーツに裾を突っ込んだ銀髪の男が、ガレージの隅に敷かれた冷たいフートンの中で覚醒し、頭を抱えふらふらと立ち上がる。小型青色ボンボリの現実味のない光に誘導されるまま、Hの字型の錆びた柱に備え付けられた電話機へと向かう。

「……仕事? どっちの? ……ヤクザ? ああ、運びか。そりゃあ、受けるさ。いつものように、クライアントの情報をIRC転送してくれ。で、支払いは…? ブッダ! 1億円だと? いちお……アバーッ!」男は猛烈な眩暈に襲われてその場にくずおれ、床に備わった下水溝めがけて黄色い胃酸を吐く。

 ぶらぶらと揺れる黒い受話器の向こうから、ツーツーという電子音が聞こえた。男は混濁した頭をもたげて立ち上がり、ダッシュボードに置かれたサケで、アスピリンを喉の奥に流しこむ。空のサケ瓶、テキーラ、バリキドリンク、カキノタネサーバー、工具、オートマチック拳銃……これがおよそ彼の全てだ。

 男は顔を洗って髭を剃り、短い逆モヒカンの髪を立て直す。フォールン・サムライめいたヘアスタイルだ。スタイリング・スプレーの粒子が、バイオLAN端子から侵入して前頭葉を刺激した。彼の偏頭痛の原因は、ほぼ判明している。左眼に埋め込んだサイバネティック・アイの内部が、錆びてきているのだ。

 男は数年前までフリーランスのヤクザを生業としていたし、今でも依頼があれば荒事を引き受けているが、クローンヤクザの導入やリアルヤクザ・クランの相次ぐ壊滅といった影響を受け、そちらの仕事を取るのは厳しくなってきている。目下、彼の主たる収入源は運び屋……それも死体専門の運び屋だ。

 ガレージに掲げられた表札の名前は、ミフネ・ヒトリ。だが、その名で呼ばれる事は滅多にない。皆、彼をデッドムーンと呼ぶ。その名の由来は、彼の背中に刻まれた不吉なタトゥーにあった。花札の中で最も不吉とされる札、デッドムーン・オン・ザ・レッドスカイの図柄が、彼の背中に彫られているのだ。

「ショウタイム」デッドムーンは、柱に備わったブレーカーを起こす。ガレージの天井に吊られたスポットライトが照り付ける。油圧式チャブに乗せられ黒い布で覆われた彼の愛車がゆっくりと回転し、その横では『満FULL』と書かれたネオンアートが、バチバチと火花を散らしながら曲に合わせ明滅した。

 鯉が描かれた黒い布が取り去られ、彼の武装霊柩車がその姿を現す。メイン車体は流線型を基調とした伝説のクラシック・スポーツカー「ネズミハヤイDIII」。その上に、平安ゴシック様式の刺々しい小型シュラインが乗る。その全容はさながら、オキナワ水没都市で発見される奇怪な深海生物を思わせた。

 メイン車体も小型シュラインも、鏡面加工クロームシルバーに塗装されており、彼女はバッドムーンの顔をその磨き上げられたボンネットに映して、今夜のアイサツをした。日本文化において、シルバーは死を暗示する色だ。彼女はさしずめ、陰鬱な死の香りを纏ったゴシカルな未亡人に喩えられよう。

 油圧チャブの回転が止まり、ガレージが開いて発車準備が整う。左のヘッドライトについた小さな擦り傷が、デッドムーンを沈んだ気持ちにさせた。金さえあれば真っ先に直してやるところだが、実際ここ数週間、仕事はいっさい入ってこなかったのだ。しかし、そんな惨めな生活とも今日でサヨナラできる。

 違法カキノタネを奥歯で噛みしだき、燃え上がるような残滓をバンザイ・テキーラで流し込んだデッドムーンは、チューブ付ブルゾンを地肌の上に羽織る。左のこめかみに指を当てると、サイバネティック・アイから赤外線が照射され、武装霊柩車の両のドアが逆モヒカンのように斜めに開いて彼を迎え入れた。

 重いハンドルを握ったデッドムーンの両手首から、圧縮空気が吐き出される。彼は両腕をサイバネ義手に置換しているのだ。「一億か……どこのヤクザクランの偉いさんが死んだのやら」。アクセルペダルが踏み込まれ、銀色の武装霊柩車はネオサイタマを覆う重金属酸性雨の闇の中へと吸い込まれていった。
 


 数日前。マルノウチ・スゴイタカイ・ビルの屋上にて……。

 フジサンの地下に広がるレアアース強制採掘所を浸水させ、都心第7コケシタワーをへし折るなどの猛威をふるったタイフーン『ヒミコ』は、この日未明にようやく日本を通過。実に数ヶ月ぶりの不似合いな青空が、ネオサイタマ上空に広がっていた。ヒミコが重金属酸性雨の黒雲を拭い去っていったのだ。

 空の半分以上はもはや、工業地帯から立ち上る排煙によって黒く染まり始めている。後一時間もあれば、空は再びマッポーのごとき暗黒に覆われ、ネオサイタマ市民の心をやすらぎと陰鬱さで包み込むだろう。誰も澄み切った青空など求めていない。自分の姿すら覚束ない薄暗がりこそが、彼らには必要なのだ。

 スゴイタカイ・ビル屋上。四方に張り出した強化御影石製シャチホコ・ガーゴイルの一つに、ニンジャが爪先立ちで座っていた。彼こそはフジキド・ケンジ。ソウカイ・シンジケートのニンジャに妻子を殺され、自らも瀕死の重症を負ってニンジャソウルに憑依された、復讐の戦士ニンジャスレイヤーである。

 彼はまるで石像だ。ヒミコの激しい愛撫を受けた昨夜も、ニンジャスレイヤーは微動だにしなかった。今、十数羽の鴉が彼の体に停まり、久方ぶりの青空に対し威嚇的な鳴き声を発しているのも、この鳥達が彼を生物と認識していないからである。これは心を静め気配を消す、チャドーの鍛錬の一環でもあった。

「スウーッ! ハアーッ! スウーッ! ハアーッ!」ニンジャスレイヤーは、深く長い呼吸を一定のリズムで続けている。太古の暗殺術チャドーを極めんとする者は、まず瞑想と呼吸の鍛錬を積まねばならない。また、標高の高い場所で行うことによりリラクゼーション効果も高まり、傷の回復速度も速まる。

「スウーッ! ハアーッ!」彼はこのところほぼ毎晩のように、スゴイタカイ・ビルの屋上で瞑想を続けながら、ビル街の中に蠢くニンジャソウルの動きを感じ取っていた。ニンジャの気配を察知したらすぐさまビルを降りて追跡を行い、どこまでも追い詰めて殺す。それが自らに課した復讐の使命なのである。

 ニンジャスレイヤーは、この屋上が自分の支配領域であることを、ソウカイ・シンジケートに隠そうとしなかった。利点は2つある。1つは、黙っていても向こうから殺すべきニンジャがやってくることだ。実際、初めは毎日のようにアサシンが送り込まれてきたが、ここ2週間、敵の攻勢は止んでいる。

 もう1つの利点は、ソウカイヤの目をスゴイタカイ・ビルに向けさせることで、複数ある他の潜伏場所から敵の注意をそらせることであった。まさに「泥棒がばれたら家に火をつけろ」という、平安時代の哲学者にして剣豪ミヤモト・マサシの残したコトワザの通りである。

「スウーッ! ハアーッ!」フジキドは瞑想を続けながら、ネオサイタマ上空の青空を眺める。朝まで屋上に留まっていたのは、これが初めてだ。もしや自分はすでに死人であり、フジサンから昇る朝陽を浴びれば灰となって消えるのではないかと、無意識のうちに他愛もない疑念を抱いていたのかもしれない。

 朝6時。ネオサイタマ中のジンジャ・カテドラルで一斉に鐘が突き鳴らされる。その響きが木霊のように、スゴイタカイ・ビルの屋上まで伝わってきた。……おお、ブッダ! いつになく澄み渡った清浄な空気が、厳粛な鐘の音をはらんで揺れる。厳かな石の洗面台に張られた水に、静かに広がる波紋のように。

 その鐘の音を聞き、ニンジャスレイヤーの意識は瞑想から覚める。少しずつ、全身の感覚を取り戻してゆく。ふと彼は、自らの体に停まった鴉たちの異変に気付いた。つい先程左肩に停まった三本脚の鴉が、いつになく荒々しい声でゲーゲーと鳴き、他の鴉たちにくちばしで攻撃を加えているではないか。

 ニンジャスレイヤーは数時間ぶりに体を動かした。ニンジャの石像に停まっているとばかり思っていた鴉たちは、一斉に彼の体から飛び立つ。フジキドの手は、素早い動きで三本脚の鴉の体を掴んでいた。口を開かせると、思ったとおり釣針が刺さっている。タマガワかどこかで飲み込んでしまったのだろう。

 ニンジャスレイヤーはオハシのように精密な動きで指を動かし、錆びた釣針を手際よく引き抜く。三本脚の鴉は重金属酸性雨で傷めた黒羽を羽ばたかせながら、漆黒に染まり始めた空へふらふらと飛んでいった。さあ、自分も人目につかぬうちに隠れ家へ帰ろう。フジキドがそう考えた時、不意に背後から声が!

「ドーモ」という礼儀正しいアイサツが、背後のかなり近い場所から聞こえた。ナムアミダブツ! 相手はこちらの後ろを取って圧倒的有利に立った上に、余裕のアイサツまでも繰り出してきた! これに対してニンジャスレイヤーは、素早く背後へ振り返った上に、まずアイサツを返さねばならないのである!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは雷のような速さで、後方へとタイドー・バックフリップを決め、背後に立っていた敵の頭上を飛び越えた。タツジン! 着地の隙を消すためにブレイクダンスめいた素早い動きをくり出してから、さらにバク転をもう一度決めてオジギ。「ドーモ、ニンジャスレイヤーです」

「ニンジャスレイヤー=サンと言うのですかな?」と、敵は拍子抜けするほど静かな声で答え振り返る。柳の木の下をたおやかに駆け抜けるアンテロープのように穏やかな声だ。すぐにニンジャスレイヤーは自らの過ちに気付いた。これはソウカイヤのニンジャなどではなく、屋上の清掃に現れた老人であると。

「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。スガワラノ・トミヒデです」黒いレインコートを着て、重金属酸性雨よけのフードを被っていた長身の男は、礼儀正しくオジギを返した。そして雨がすっかり止んでいたことを思い出し、ニンジャ頭巾めいたフードを脱ぐ。年の頃50から60の、白髪の老人であった。

「スガワラノ=サン、お願いしたいことがある。自分はここを今直ぐにでも立ち去ろう。霧のように掻き消えよう。だから、私とここで会った事は忘れてほしい。どうだろうか?」フジキドは問うた。竹ぼうきを持った老人は答える「鴉はブッダではありません」と。ナムアミダブツ! これはゼンモンドーだ!

「なるほど、後ろから見ていたと……」ニンジャスレイヤーは、何故自分が老人の気配を察知できなかったのか、何となく理解できた気がした。老人は答える「大丈夫、通報したりしませんよ。あなたは悪い人には見えない。このマッポーの世に、薄汚い哀れな鴉の喉から釣針を抜いてやるような人だ」と。

「……ドーモ」と、フジキドは感謝の意を伝えるために、再び深いオジギをした。老人の物腰に影響されたのか、自然と語気は穏やかになり、彼の背筋は伸びた。長らくサツバツとした殺人の世界に生きてきたフジキドの心は、澄み渡った青空と思慮深い老人との出会いによって、久々に洗われたようであった。

「では、自分はこれで……」フジキドが跳躍の姿勢を取りかけると、老人は静かに笑ってこう語りかけた。「お急ぎで無ければ、少しこの老いぼれと話の相手をしてくれませんか? 大丈夫、他の清掃員が来るまで、たっぷり2時間以上ありますよ。私はあなたの願いをひとつ聞くから、これでおあいこだ」

 かくして2人は、屋上階にある休憩室で小さなコケシベンチに座りながらしばし語らうこととなった。作業員しか使わない休憩室は薄汚く、配電盤からはバチバチと火花が散り、壁には寝転んだブッダがコミック的な吹き出しで「ビョウキ、トシヨリ、ヨロシサン」と語る扇情的ポスターが何枚も貼られていた。

「どれにしましょう?」と、老人はヨロシサン製薬のドリンク自販機に百円を入れる。「生憎持ち合わせが……」とフジキドが言いかけると、スガワラノは財布からもう一枚百円玉を取り出しスリットに滑り込ませた。ポンポンポポンという鼓の音と共に自販機のフスマが開き、何種類かのドリンク瓶が現れる。

 バリキドリンク、ザゼンドリンク、コブラ8、タノシイドリンク……様々なドリンク剤が並んでいる。ヨロシサン製薬の滋養強壮ドリンク剤には麻薬様成分が含まれておりオーバードーズは危険だが、1日1本ならば何も問題はない。「ではザゼンで」とフジキド。「奇遇ですね、私もザゼンだ」とスガワラノ。

 ストローでザゼンドリンクを吸い上げながら、フジキドは先程から気になっていた事を、横に座っている老人に尋ねた「怖くないのですか? ニンジャが隣に座っているというのに」。老人は静かに答える「この歳になると、大概の事では驚かなくなるものです。それに、悪い人ではないと解っていましたから」

 日本においてニンジャは神話的存在であり、その恐怖は日本人の遺伝子レベルに刻み込まれている。市民の間では、ニンジャは吸血鬼と同じくフィクションの産物だ。万一、ニンジャに遭遇したら……それはほとんどの場合、死を意味する。それは本物のニンジャか、或いはニンジャの格好をした狂人だからだ。

 そんなニンジャが隣にいるというのに、スガワラノ老人は嫌な顔一つしない。この温かみが、家族を失い、師匠ドラゴン・ゲンドーソーを失い、殺人の上に殺人を重ねて凍りつき始めていたフジキドの心臓を大いに癒したであろう事は、疑いようがなかった。センセイは至る所に居るのだ、とフジキドは思った。

「見てください、私の家族です」とスガワラノは胸ポケットから携帯IRC端末を取り出す。写真データが選ばれ、数十年前の日付の色褪せない画像が映し出された。スガワラノ・トミヒデと妻、そしてまだ幼い男の子が写っている。「この頃が一番幸せだった。妻はすぐ他界し、息子は家を飛び出しました」

「ではもう息子さんとは連絡も取っていない?」「いえいえ、話すと長くなるのですが……実のところ、息子はセンタ試験に失敗してから、キョート・リパブリックに行くといって家を飛び出し、数年間音信不通でした。でもその後、キョートのムラサキシキブ化粧品で働いているという電話がありまして」

「ムラサキシキブ化粧品といえば、カチグミではないですか」「ええ、そうらしいですね。それ以来、時折お金が私の口座に振り込まれているんです」「できた息子さんだ」「本当はね、お金よりも……一緒に暮らしたいと思ったこともあるんですが、それが仕事の邪魔になってはいけないと思い、諦めました」

 その後彼らは、しばし当たり障りの無い世間話をした。外を見ると、ネオサイタマの空はもう、いつもの黒雲で覆われていた。ニンジャスレイヤーは休憩室の時計を見ながら、最後に一つ、こう質問する。「何故あなたは、こうも穏やかで、殺気の欠片もないのか? もしや、チャドーを実践しているのでは?」

「ハッハッハ、私にはチャドーなんていう高尚な趣味はありません。茶壷一つ持ってないですよ」老人は屈託無く笑った。太古の暗殺術チャドーは江戸時代に禁止され、そのメンタルトレーニングであるザゼンとオチャの要素だけが残った。スガワラノ老人が言っているのは、こちらの一般的なチャドーの事だ。

「そうですか、自分の思い違いでした……。さて、スガワラノ=サン、今度こそお別れです」ニンジャスレイヤーは立ち上がって別れのオジギをする。他の清掃員が来るという時間まではまだまだあるが、油断はならないからだ。「ニンジャスレイヤー=サン、いつもこの時間に屋上にいるのですか?」と老人。

 実際、スガワラノ=サンとの会話は心温まるものだった。それに、この老人からは学ぶべき点が多そうだ。だが、慈悲無き殺戮者である自分が、このような安寧に浸ってもいいのか? 何か良からぬインガオホーが起こるのでは? そうだ、フジキドよ、答えは一つだ。 「……いいえ。ではオタッシャデー!」

「オタッシャデー」と老人がオジギを返し、顔を上げると、もうニンジャスレイヤーの姿はどこにもなかった。窓の外では、陰鬱な重金属酸性雨がしとしとと降り始めていた。


◆◆◆

 次の日、午前6時。マルノウチ・スゴイタカイ・ビル屋上にて。

 黒いレインコートを着たスガワラノ老人は、いつもより2時間早く屋上に姿を現した。彼は、タイフーンが過ぎ去った後にここから素晴らしい青空が臨めることを知っていたから、昨日は午前6時にここに来たのだが、今日は違う。今日、彼が午前6時にここに来たのは、ニンジャスレイヤーに会うためだった。

 おそらく彼は、キョートに居るという息子とニンジャスレイヤーを重ね合わせていたのだろう。ゆえに、彼は今日もニンジャスレイヤーに会えるのではないかという淡い期待を抱いて、ここに姿を現したのだ。だがどれだけ探してみても、屋上には鴉たちしかいない。昨日ニンジャを見たのが、夢のようだった。

 「やはり、ニンジャスレイヤー=サンは居ないか…」と、老人は溜め息混じりに呟く。 「……ニンジャスレイヤー=サンだと?」おお、ナムアミダブツ! 何たる理不尽! 数十メートル離れた上空に、偶然にもその声を聞きつけた者がいたのだ! ソウカイ・シックスゲイツの斥候、ヘルカイトである!

 巨大な凧を操るニンジャは、獲物を狙うイーグルのごとく急降下をくり出す!「イヤーッ!」「アイエーエエエエ!」おお、ナムサン! 老人の体がニンジャロープで吊り上げられる! 異変を感じて鴉たちが喚いた。悲鳴が遠くなった。持ち主を失った竹ぼうきが、燃え尽きたセンコのようにぱたりと倒れた。



 武装霊柩車を駆るデッドムーンは、指定された場所へと向かっていた。重金属酸性雨がフロントガラスにまとわりつき、銀色のワイパーがそれを左右に振り払う。デッドムーンは愛車の制御システムとの間でLANケーブル直結を行っており、雨のまとわりつくアンニュイさまでもがニューロンに伝わってくる。

「一億か……」熟練の霊柩車ドライバーである彼にとっても、相当でかいヤマだ。彼は感情をフラットにする方法を武装霊柩車ドライバーの師匠ゲバタから学び、殺人機械のように淡々と運びをこなしてきたが、それでも今回は金額が金額だ。音楽と酒を少し足さねばなるまいと考え、ラジオのスイッチを捻る。

 するとハードコア・ヤクザパンクバンド『ケジメド』の高速チューンが流れ出した。フロントマンのタケシは両手の中指以外をケジメしていることで若者に人気がある。「アーッ?未来!未来!未来!もう無い?未来!未来!未来は今!未来!未来!未来!もう無い?未来!未来!アーッ?アーッ?アーッ!!」

 耳の奥をナイフで切り刻まれるような、性急で生々しい音が車内に響いた。運転が乱れる。「ブッダファック……!」デッドムーンは小さく舌打ちし、さらにスイッチを捻って、レトロなエレクトロ・ダークポップ・チャンネルを探し当てる。

 ズッタンズタタン、ズッタンズタタン、ビュッイーン、ビュビュイーン…。心安らぐ電子音とBPMだ。それでいてロケット発射秒読みのような緊迫感がある。真の男はこれを聞かねばならぬ、と彼は常々考えていた。ダッシュボードに置かれたテキーラを呑み乾す頃、指定された廃コロシアムが視界に入った。

 ウォーミングアップのように、デッドムーンは廃コロシアム前のトリイ下で愛車ネズミハヤイを素早くドリフトさせ、クロームシルバーに塗装されたカワラから重金属酸性雨の雨粒を振り払った。無線IRCチャンネルが自動ログインを促し、そのまま前進するようクライアントからの短いメッセージが入る。

 4個のヘッドライトを照らすと、廃コロシアムの中央に築かれた土俵の残骸付近に、黒いスーツを着てマシンガンで武装した数名の屈強なヤクザたちと、それに護衛される白衣を着た医療関係者らしき男女が見えた。デッドムーンは土俵際で愛車を止め、左右のドアと、柩を納めるためのバックドアを開ける。

 デッドームーンが親指で車体後方の移動式シュラインを指示すると、クローンヤクザたちが数人がかりで真っ黒い鋼鉄製の柩を担ぎ、シュラインの中の畳の上に収めた。デッドムーンは、誰が死んだかには興味を持たない。それが武装霊柩車ドライバーのプロフェッショナルとしての掟の一つだからだ。

「クライアント様は誰だい?」デッドムーンは、無人スシバーの案内音声のように平坦で無感動な声で聞いた。「センセイは思考実験で忙しいから、私がやるわ」胸元が強調された白のPVC白衣を着たオレンジボブカットの女性が、漆塗りオボン状のIRCトランスミッターを持って土俵から降りてきた。

「手付金は100万、素子でいい?」「ああ」「確認なさい」デッドムーンは受け取った素子を、サイバネ義手のスロットにはめ込む。網膜内に緑色のドットで『百万』の文字が映し出された。「残りは成功報酬か?」「ええ、テンプルで渡されるわ」女はデッドムーンの露出した胸板を見て淫靡な笑みを作る。

「潜在敵を全て教えてくれ」とデッドムーン。武装霊柩車の仕事は、敵対するヤクザクランなどの攻撃をかわしながら、病院やヤクザの家からテンプルまでクライアントの遺体を安全に運ぶことだ。奥に作られた医療設備を見る限り、この連中は真のクライアントの中継ぎをしているモグリの医者か何かだろう。

「潜在敵は1人よ」「1人だと? 1人に一億を払うというのか?」デッドムーンは怪訝な顔を作る。「相手は、1人でヤクザクラン数個分に匹敵する殺し屋なの。…うちのヤクザを1人、武装霊柩車の助手席に載せてもらうわ。敵の詳細はそのヤクザから聞きなさい」「了解だ」深入りはしない、それが掟だ。

「目的地は?」「これよ」女はオボン状IRCトランスミッターの3D画像機能を操作する。オボンの縁が、PVC白衣に隠された豊満なバストに呑みこまれた。緑色のワイヤフレームで、ネオサイタマ南西部の道路網が3D表示される。「ダルマ・テンプルに、今日のウシミツ・アワーを目処に入棺しなさい」

「経由したいテンプルや、希望のルートはあるか? フジサンの麓まで行って戻るオプションもあるが?」「無いわ。時間が迫っているから。ちなみに、プログラムが弾き出した最速ルートはこれよ」ボブカットの女が細い指先でオボンタブレットを操作すると、上に浮き出した3D画像に推奨ルートが現れた。

「全く駄目だ。狙撃を受けやすいビル街が20ヶ所以上ある」デッドムーンはかぶりを振って、自らの指でタブレットの表面をなぞり、別ルートを提示する。「俺ならここを通る。建造中止になったグラントリイ・ブリッジだ。時間も短縮できる」「いいわ、好きになさい。ミスター・プロフェッショナルさん」

 デッドムーンは愛車ネズミハヤイの運転席に納まり、一足先にドアを閉める。女の強すぎる香水が鼻腔に残り、偏頭痛をうながし、彼をいらいらとさせた。少し待っていると、助手席に件のヤクザが乗り込んできた。左の顔面1時から4時までの部分が存在せず、サイバネティック・カメラが埋め込まれている。

(監視役というわけか? 1億ともなれば、不思議な話ではない。さて、ネオサイタマ湾のグラントリイ・ブリッジで陰気なヤクザとドライブを楽しみながら、たった一人の潜在敵というやつを聞かせてもらおうじゃないか…) デッドムーンはアクセルを踏み、二度と引き返せない死へのドライブを開始した。



 数日前。トコロザワ・ピラーの七階にて……。

 磨き上げられた御影石の床に、赤いLEDライトの数字が反射する。部屋の壁にはくまなく大型モニタと束ねられた高速LANケーブル類が並び、刻々と変動する株価が中継される。最新技術の粋が集められたこの部屋は、しかし宇宙ステーションなどではない。ここはネコソギ・ファンド社のホールの一つだ。

 今、50畳ほどもあるこの部屋には、高級スーツを着込み分厚い眼鏡をかけた面接官5人と、このカチグミ企業就職を目指す3人の大学生がいる。さらに、面接官たちの後ろには一段高くなったリフト式タタミが浮かび、チェアマンであるラオモト・カンが江戸時代の武将のごとく威圧的に座っているのだった。

「ヨロシサン製薬は創業何年ですか」面接官が出題する。「ハイ」とクルーカットの学生がボタンを押し、回答権を得た。「どうぞ」「江戸37年です。風邪薬メーカーとして創業しました。私は大学でアメフトをやっています」「アタリです」面接官らは顔を見合わせ、手元のキーボードで何事かを入力する。

「これで問題はぜんぶ終了です」面接官が言った「点数は全員横並びなので、ここからはサツバツタイムです。皆さんがどれだけネコソギ・ファンド社に対して熱烈な忠誠心を発揮できるかアピールしてください。ハイ、では月給25万円からスタート」。3人の学生らはゴクリと唾を飲んだ。……一瞬の静寂!

「24万円です」ボブカットの学生がボタンを押して言う。面接官たちが手元のキーボードで何事かを入力する。「23万円です」とクルーカット。「22万円です」とチョンマゲ。皆、手に汗握り、目を血走らせ、心臓は破裂寸前だ。時折横に目配せし、互いを威嚇する。さながらバクチを打つヤクザのよう。

 紫色のラメスーツを羽織り、黄金のヘルムとメンポで顔を隠したラオモトは、江戸時代の武将の如き威厳で腕を組み、成り行きを高みから見下ろしている。ソウカイ・シンジケートの首領でもある彼は、弱者が虫ケラのように死ぬのを見ることと、弱者らが共食いを行う光景を見ることが、何より好きなのだ。

「20万円です」とクルーカットが一気に勝負に出た。見事な手際だ。彼は知的な笑みを禁じえない。他の2人は、やられたといったジェスチャーを見せる。これ以上下げると、ネオサイタマにおける平均的な企業初任給を割ってしまうだろう。そんなことは、カチグミ大学出身の彼らにはプライドが許さない。

 しばし静寂が支配する。面接官らがカタカタとキーボードを鳴らす。その肌はつやつやと綺麗だ。流石はカチグミの面接官、よく食べ、よく寝ているのだろう。焦燥感に負け、追い詰められたネズミ達が動き出す。「19万円です」と唇を噛み締めながらチョンマゲ。「18万円です」と泣きながらボブカット。

 この無慈悲なるサツバツタイムの面接は、ラオモト・カンその人によって考案され、現在では数々の系列企業でも用いられるようになった。「ムハハハハ……」ラオモトは右肘を赤漆塗りの枕に預けながら、タイガーの描かれた扇子で優雅に体を扇いでいる。その眼はカタナのように細く、全く表情を読めない。

 クルーカットは呆然としていた。20万円で買ったと思ったが、読みが甘すぎたのだ。「17万円です」「16万円です」さらにレースは続く。クルーカットはニューロンをフル回転させた…((ネコソギ・ファンドは今後急成長を見込まれている金融会社だ。数年耐え切れば、カチグミ的な給料になるはず))

「ウオーッ! ネコソギファンド・バンザイ!!」クルーカットはボタンを叩き、その場で立ち上がってバンザイの姿勢を取った。これには一同呆気に取られ押し黙り、彼の発言を見守るしかない。場の流れは完全に彼のものだ。パン、パン、パン、という気だるげな拍手が上から聞こえた。ラオモトだ。

「ムハハハハ、威勢の良い若造だ……」ラオモトの眼光が突如、抜き身のカタナのように鋭くと光る「それで、いくらまで落とす?」。クルーカットは膝を震わせながら叫んだ「この通り、指十本、10万円です!」。ナムサン! 狂気の沙汰だ! 「アイエエエエ!」他の2人の学生もその場で絶叫する。

「ムッハハハハハ! 面白い、貴様を採用だ」ラオモトは閉じた扇子でぴしゃりとクルーカットを指した。「ヨロコンデー!」クルーカットはその場で涙を流しドゲザする。実のところ、ラオモトにとってこの採用試験は余興にすぎない。ネコソギ・ファンド社はあと2年以内に計画倒産させる予定なのだ。

「では次の3人どうぞ」面接官が顔色一つ変えず、機械音声のような声で呼び出す。東西の自動フスマが開き、3人が退場して新たな3人が部屋に入ってくる。「問題です。ドンブリ・ポン社の上場時の株価は……」面接官が問題を読み上げていると、ラオモトの胸元でIRCブザーが鳴った。リー先生からだ。 

「後は好きにしろ」ラオモトは扇子を捨ててリフトを下ろし、ホールを出る。サングラスをかけたクローンヤクザ軍団が並ぶ重役用廊下を抜け、高速エレベーターで49階へと向かう。トコロザワ・ピラーは、最下層部がネコソギ・ファンド社のオフィス、中階層以上がソウカイ・シンジケートの施設である。

 ライオンの吼え声を模した電子音声が鳴り、エレベーターが止まる。黒地に紫色のラメ加工、その上に金箔でソウカイ・シンジケートのロゴマークがあしらわれたドアが圧縮空気を排出しながら開き、ラオモトと護衛のクローンヤクザ4人を、リー・アラキ先生の秘密ラボへと迎え入れた。

 ズンズンズンズズポーウ! 不吉なサイバーテクノが鳴り響く。そこは天井、壁、床までが眩しいほどに真白い、広大な強化プラスチックの世界だった。輪切りにされ透明樹脂版で挟まれた死体が、オブジェの如く並ぶ。銀色の医療器具と透明なチューブと血肉の赤が、背徳的なグロテスクさを醸し出している。

 薄汚い白衣のリー・アラキ先生。PVC白衣を着てギークじみた分厚いセル眼鏡をかける若き医学者、長身痩躯のトリダ・チュンイチ助手。胸元が強調されたPVC白衣とPVCナース帽、そしてオレンジ色のボブカットが印象的な女助手フブキ・ナハタ。日本有数の頭脳を持つ3人が、ラオモトを待っていた。


◆◆◆

 ズンズンズンズズポーウ! 不吉なサイバーテクノが鳴り響く。そこは天井、壁、床までが眩しいほどに真白い、広大な強化プラスチックの世界だった。輪切りにされ透明樹脂版で挟まれた死体が、オブジェの如く並ぶ。銀色の医療器具と透明なチューブと血肉の赤が、背徳的なグロテスクさを醸し出している。

 薄汚い白衣のリー・アラキ先生。PVC白衣を着てギークじみた分厚いセル眼鏡をかける若き医学者、長身痩躯のトリダ・チュンイチ助手。胸元が強調されたPVC白衣とPVCナース帽、そしてオレンジ色のボブカットが印象的な女助手フブキ・ナハタ。日本有数の頭脳を持つ3人が、ラオモトを待っていた。

 ラオモトが黄金メンポから重々しい声を発する。「わざわざ呼びつけたからには、例の計画に進展があったのだろうな?」「イヒヒーッ! そうなんですよ」長い前髪から片目だけを覗かせたリー先生は、甲高い声で答えた。いつもは機械よりも冷静かつ無慈悲なことで知られるリー先生が、酷く興奮している。

「ついに、ズンビーニンジャ誕生の瞬間をお見せできるのです! こちらへ!」リー先生の口から衝撃的な言葉が漏れた。ブッダ! 彼はついに不死の謎を解く手がかりを掴んだと言うのか? 興奮を隠し切れぬリー先生は、史上初めて音楽に出会ったチンパンジーのような奇怪な歩き方になってしまっていた。

 リー・アラキ先生とはいかなる人物なのかについて、改めて手短に説明せねばなるまい。彼はヨロシサン製薬からソウカイヤに派遣された科学者であり、シックスゲイツの肉体改造や重傷者の治療、および口に出すのもはばかられる数々の違法実験についての責任者を任されていた。

 彼は世界随一のニンジャサイエンス研究者であり、憑依したニンジャソウルを人為的に分離し、別の人間へ移動させる驚異のメソッドを開発した。この『ヨクバリ計画』を発案し彼に研究を命じたのは、ラオモト・カンである。ラオモトはこの技術を用い、自らの肉体に複数のニンジャソウルを憑依させたのだ。

 首尾よく七つのニンジャソウルを得たラオモトは、後続の者が現れないように『ヨクバリ計画』に関する全施設を破壊するよう命じた。しかしリー先生はこれに反対し、『ヨクバリ計画』を発展させ、死体にニンジャソウルを憑依させて蘇らせる『イモータル・ニンジャ計画』の開始をラオモトに提案したのだ。

 組織内で、ラオモト・カンに異議を申し立てられる者はいない。実際この時、無慈悲な絶対君主であるラオモトはリー先生を殺すべきかどうか迷った。しかし、リー先生の言葉を信ずるならば、この計画が成就すれば自分は不死のニンジャになれるのだ。これはラオモトにとって、あまりに魅力的な提案だった。

 かくしてリー先生は、巨額の予算を得てイモータルニンジャ計画に着手した。潤沢な予算を実証するように、このフロアでは白衣を着用したクローンヤクザ数十人が黙々と奴隷的作業を続けている。テーブルを見れば、IRC端末搭載型遠心分離機、マイクロピペット、キムワイプス等の高級器具が並んでいる。

「イヒヒーッ! あれです!」分厚い防弾ガラスの前に立ったリー先生は、助手たちに命じてフスマを開けさせ、先の部屋にある奇怪な装置を指さす。それは水牛人形がジゴクを巡る平安ゴシック様式の古い木製メリーゴーランドであり、水牛人形のうち2つは、サイバーな円筒形カプセルで置換されていた。

 ラオモトはさほど驚きもしなかった。リー先生の悪趣味さを、彼は以前から良く知っていたからだ。これは日本人の科学者が研究室にカミダナやトリイを飾るのとはわけが違う。この装置は、リー先生の歪んだゴシック趣味と狂気的なユーモア精神が作り出した、何の宗教的意味もないグロテスクな装置なのだ。

「片方のカプセルに、ニンジャソウルを持つ被検体を投入します! イヒヒーッ!」リー先生がボタンを押すと、メリーゴーランド装置の右手側にあるフスマが開き、ホッケーマスクを被る白衣のバイオスモトリ4人に両手両足を掴まれた、ぶざまなニンジャが姿を現した。

「ヤメロー! ヤメロー!」両手両足を掴まれたニンジャは激しく抵抗するも、バイオスモトリの怪力にはかなわない。彼の名はセントリー。ソウカイ・シンジケートの末端ニンジャだったが、ラオモトの不興を買ったのだ。『入口』と大きく縦書きされたカプセルの上蓋が開き、セントリーは中に投げ込まれた。

「次に、新鮮な死体をもう片方のカプセルに入れます!」リー先生がボタンを押すと、メリーゴーランド装置の左側にあるフスマが開いた。拘束具を着せられ、洗脳用サイバーサングラスをかけた長身の老人が、ふらふらと姿を現す。その両脇を、白衣のクローンヤクザ2人が抱えていた。

「洗脳は完了したのか?」ラオモトが問う。「か、完璧です。あ、あの爺さんの記憶は完全に書き換えられ、ニ、ニンジャスレイヤーへの憎悪に、も、も、燃えています!」トリダがどもりながら答える。「ムハハハハ! こんな所であの老いぼれが役に立とうとは、まさにサイオー・ホースよ!」

「アバババーッ! おのれーッ! ニンジャスレイヤーッ!」老人は泡を噴きながら叫ぶ。おお、ナムアミダブツ! 彼こそはスゴイタカイ・ビルの屋上でニンジャスレイヤーと束の間心を通わせた、スガワラノ・トミヒデ老人だったのだ! 一体何故、罪無き彼がゾンビーニンジャなどにならねばならぬのか!

 ニンジャスレイヤーの一味と思われヘルカイトに誘拐されたスガワラノ老人は、トコロザワ・ピラー内で尋問を受けたが、この老人はただの屋上清掃員であり、肝心の情報は何も知らないことが発覚。期待を裏切られ怒り狂ったラオモトはヘルカイトに減給のペナルティを課し、老人を絞め殺そうとした。

 そこへリー先生から、ニンジャスレイヤーと関わりのある人間をサンプルとして提供してもらえないか、という協力要請の連絡があったため、スガワラノ老人は無慈悲にも被検体に選ばれてしまったのである。サツバツ! 何たる無法! 何たる非道か!

 ピポピポピポリピピピポピポリピポピー。洗脳サイバーサングラスからはニューロンを責め苛む電子音が発せられ続け、「ニンジャスレイヤーが悪い」「インガオホー」等の赤色LED文字が、液晶面を右から左へよどみなく流れる。ブッダ! これではどんなに強靭な意志力を持つ人間でも洗脳されてしまう!

「イヒヒーッ! ではフブキ君、やりなさい。その被検体に、特製のズンビーエキスを注入しようネェ!」リー先生は興奮しながら防弾ガラスを叩く。その瞳が狂気でぎらぎらと輝いていた。防弾ガラスの向こうでは、フブキ・ナハタが紫色液体をおさめた注射器の針を老人の腕にあてがい、無表情に注射した。

 クローンヤクザたちに脇を抱えられた老人は、ぐったりとうな垂れる。防弾ガラス前に置かれたUNIX画面には、老人の心拍数などがリアルタイムで計測されていたが、それらは全てゼロになって、被検体の完全なる生命活動停止を告げた。『出口』と書かれたカプセルの蓋が開き、新鮮な死体が投入される。

 「イヒヒーッ! ラオモト=サン、ではいよいよ、イモータル・ニンジャ・ワークショップ(INW)を作動させますネェ!」リー先生はUNIX端末のキーを高速タイプする。するとフロア中の電気の90%が落ち、メリーゴーランドがジゴクめいた機械のごとくゆっくりと回転を始めた。

「ウオーッ! ヤメロー! ヤメロー!」カプセルに放り込まれたセントリーは叫び声をあげてカプセルを内側から叩くが、トランキライザーを注入され弱まった彼に、この強化ガラスを破壊することはできない。『入口』カプセルの上蓋に備わった無数のパネルやケーブル類から、有害な電磁波が照射され始めた。

 窓の外、ネオサイタマの空を多い尽くす黒雲にはいよいよ雷光が走り、薄暗い研究室の内側へとその青白い閃きを忍びこませてきた。ただならぬ雰囲気。フロア内の作業机で、ズンビーエキスをシャーレにストリークし続けていた数十人のクローンヤクザたちも、一斉に手を止めてINW装置の方向を見た。

 狂ったメリーゴーランドの形を取るINW装置はいよいよ回転速度を増し、上部に備わったライトから、紫や緑やオレンジ色などの雅な光を明滅させ始めた。カプセルに備わった小型UNIXの緑色の文字が、滝のようにスクロールする。水牛人形が荒々しく上下し、時折ロデオマシンめいて180度回転する。

「アーッ! アーッ!」興奮きわまったリー先生は防弾ガラスの前から装置の部屋へと駆け込み、乱暴にフスマを開ける。そしてフブキ・ナハタ女史の制止も聞かずに、荒れ狂う水牛人形のひとつに飛び乗って叫んだ。「イヒヒーッ! イェーハー! イェーハー! 被検体第1号、レベナント!」

「ヤメロー! ヤメロー! アッ! アバババババーッ!」セントリーの頭が止まる寸前のコマのように激しく揺れたかと思うと、直後、カプセルの内側は一瞬にして赤色に染まった。カプセル上部に備わったケーブル類を通り、目には見えぬニンジャソウルが隣のカプセルへと移動してゆく。ナムアミダブツ!

「アイエエエ!」ロデオ水牛から振り落とされ床に転落したリー先生は、ゆっくりと体を起こして身をもたげ、目の前で止まった『出口』カプセルを見る。すると……おお、何たる冒涜か! 死んだはずのスガワラノ=サンが立ち上がり、老人とは思えぬ怪力でサイバーサングラスを破壊し、瞳を光らせたのだ!

「ムハハハハ! ニンジャスレイヤーよ、貴様に好意を抱いた老人がゾンビーニンジャと化して襲い掛かってくるのだ! ソウカイ・シンジケートの無慈悲さを知るが良い!」ラオモトは哄笑した。INW装置は静かに停止し、フロア内の電気が復旧を始める。白衣のヤクザたちはまたストリークに戻った。

 リー先生のチームとクローンヤクザたちは、ゾンビーニンジャ第1被検体レベナントにニンジャ装束を着せ、計測装置などを装備させてゆく。そこへふと、ラオモトのボディガードである特殊カスタマイズ型クローンヤクザの1体が、ラオモトに耳打ちをした。IRC通信が届いているようだ。

「モニタを出せ」とラオモトが言うと、そのクローンヤクザは背広を脱ぎ、ノート型UNIXがインプラントされた背中を露にする。ラオモトはLAN直結者ではない。それどころか、彼はサイバネ手術自体を弱者の行為として嫌っており、またハッキングを神聖視することもなかった。

 彼にとっては、シックスゲイツも、リー先生も、ズンビーニンジャも、ハッカーも、クローンヤクザも、全て自らの手駒に過ぎないのだ。王者はただ君臨するためだけに存在する。LAN直結などという不安定極まりない技術を用いたハッキング行為など、使い捨て可能な犬にやらせればよいと彼は考えていた。

 ゆえにラオモトは、目の前で死体がズンビーと化す衝撃的な光景を見ても、そこに何ら科学的感動を覚えることはないし、余韻を引きずることもない。彼はすぐに、いつもの冷酷非情なカタナのごとき眼に戻り、次なるビジネスに手を染めるのだ。

「ダークオニ・クランのヒロシ=サンか……」ラオモトは冷酷な支配者の表情で、クローンヤクザの背中から生えたキーボードを叩く。モニタにはソウカイ・シンジケートのビジネス・パートナーからのIRCメッセージが写っていた。彼は日本有数のリアルヤクザ・クランの総帥であり、大きな経済力を持つ。

#SOUKAIYAKUZA_HOTLINE :HIROSHI@DARK-ONI:ドーモ、ラオモト=サン。デッドムーンという運び屋を消して欲しい。奴はダークオニ・クランのメンツを何度も潰した。5億、いや10億円出すから、偽の仕事を依頼し、その中で奴を殺してくれ。奴のメンツを潰したい。

「ヤクザの運び屋……武装霊柩車ドライバーか」ラオモトの中で、何か良からぬビジネスアイディアが閃きかける。ズンビーニンジャ、武装霊柩車ドライバー、ニンジャスレイヤー、そして先程ネコソギ・ファンド社の会議室で見たサツバツタイム面接の光景が、彼のニューロンの中で化学反応を起こした。

「ムッハハハハハハ! これだ!」ラオモトの頭の中で完全無欠のビジネスプランが構築されてゆく。「ニンジャスレイヤーを廃テンプルにおびき寄せ、そこにレベナントを乗せた武装霊柩車を突撃させるのだ! デッドムーンはニンジャスレイヤーに殺させればよい。これぞ一石二鳥! ムッハハハハハハ!」

「フブキ君、被検体の自我と知能はどうかネェ?」防弾ガラスに仕切られた実験室の中では、リー先生らがレベナントの調査を行っていた。リー先生はもう興奮から醒め、その反動のようにいつもよりさらに無表情で冷淡な声になっている。フブキ・ナハタは、リー先生のこの危険な二面性に惹かれているのだ。

「生前の記憶ほぼゼロ、自我レベルゼロ、知性ゼロですわ、リー先生」フブキはUNIX画面を見ながら、手早くカルテに記入を続ける。「そうか、まだINW計画の完全な成功にはほどとおいネェ……洗脳の甲斐あって、私の声に反応するのはいいが、これでは目の前の敵を殺すくらいしかできないネェ……」

 トリダ助手はバイオスモトリにモップを渡し、床に散らばったクローンヤクザの死体を片付けさせていた。カプセルから出した直後、リー先生の声で制止命令が下されるまでのわずか数秒間で、レベナントは2体のクローンヤクザを一瞬で殺戮したのである。「ん、これは?」トリダは床に落ちた紙を見つける。

 オリガミ・メールかとも思ったが、違った。トリダは知るべくも無かったが、それはスガワラノ老人が小さく小さく折り畳み、尋問の時にも決して誰にも発見されないように隠し持っていた、彼の家族写真であった。老人がカプセルに入れられる直前、それが最後の最後で床に落ちたのだった。

「トリダ君、何だねそれは?」リー先生が、くしゃくしゃになって血まみれになった写真を手に取る。そこには若きスガワラノ・トミヒデと彼の妻、そしてまだ幼い息子の写真が写っていた。写真の裏には名前が書いてある。息子の名はスガワラノ・ヒトリ。黒く短い髪を、快活な逆モヒカンにして立てていた。

「爺さんの写真でしょうか?」とトリダ。「だとしたら、何だね?」とリー先生。「何でもないです。ただの排気されるべきゴミです」とトリダ。「その通りだネェ。こんなものには何の価値もないからネェ。写真で死体が生き返るなら話は別だけどネェ」とリー先生は言い放ち、それを医療用ゴミ袋に捨てた。



「ギュギューン、ギュギュイーン……カウンダウン……ファイヴ、スリー、ツー、ワン……ブッダコスモス、ユーアーインザスペース」……武装霊柩車のレディオからは、スペイシーなダークエレクトロ・ポップが流れてくる。まるで銀色の弾丸宇宙シップが孤独な銀河を漂っているかのようなアトモスフィア。

 ネオサイタマ湾岸に架かる長大な吊橋、グラントリイ・ブリッジ。建造途中で放棄されてから数年が経過しており、この死んだ橋を渡ろうとする市民はいない。このルートを選択したのは実際正解だ。デッドムーンはそう考えながら、ダッシュボードに忍ばせた違法カキノタネを口に運び、奥歯で噛みしだいた。

 全長100キロ。橋を支える主塔部分は巨大なトリイを模しており、200mおきに闇から姿を現す。「広告部分重点」「実物ならば可か」「忠雄と宏」……各トリイの中央に埋め込まれた額には、建設計画を主導していたタダオ&ヒロシ重工の空虚なメッセージが黄金ショドーで刻まれ、静かに朽ちかけいた。

 この光景には強力な催眠効果があるに違いない、とデッドムーンは心の中で毒づきながら、違法カキノタネで眠気を飛ばす。フロントミラーに一瞥をくれると、死んだ月のごとく血の気のない、不健康そうな自分の顔が見えた。トーフ・プロテインとトレーニングで筋肉は逞しいが、深い隈は隠しきれないのだ。

「クライアント=サン、そろそろ今回の運びの潜在敵について教えてくれないか?」デッドムーンは左の助手席に座るヤクザを見た。このヤクザの顔の左半分には、高性能デジタルカメラが埋め込まれている。ウィーンというフォーカス音だけを発し、その特注型クローンヤクザは無言でデッドムーンを見た。

「……」無言。まただ。カメラヤクザはデッドムーンをじっと見るだけで、何も答えようとはしない。デッドムーンとカメラヤクザは一言も言葉を発さないまま、しばし重苦しい時間を過した。「広告部分重点」「実物ならば可か」「忠雄と宏」……トリイのメッセージだけが不気味に繰り返されるのみだった。

 不意にカーオーディオから警告ブザー音が鳴り響き、非常ボンボリが激しく明滅を始める。「ブッダファック、一体何だよ……」デッドムーンが首にLANケーブルを刺すと、脳内ディスプレイに周囲のソナー情報が映し出された。数キロ先、橋の車道に無数の車両反応! ナムアミダブツ! 予想外の事態だ!


◆◆◆

 それは全くの偶然であり、不運であった。同じくグラントリイ・ブリッジ上、デッドムーンたちよりも西に数キロの地点では、ダークオニ・ヤクザクランの第四ヤクザバイク連隊が宗教儀式めいた集会を行っていたのである。その数、約100人。

 しとしとと重金属酸性雨が降りしきる中、ヤクザバイカーたちは航空整備士めいたライダー服を身にまとい、橋の上に即席で築かれた土俵の周囲で正座していた。路肩にはずらりと違法改造バイクが並び、車体には金棒、サスマタ、包丁、カタナといったおそるべき武器の数々を持つオニのペイントが見える。

 土俵の上に立つ連隊長モタロウが、マイクを使って数名の名前を呼ぶ。『ダークオニ』とミンチョ体で縦書きされた赤いノボリが、土俵の四方で不気味に揺れていた。顔を蒼ざめさせたヤクザバイカー8人が、死刑執行囚めいた足取りで土俵に上り、ドゲザの姿勢を取る。

「ザッケンナコラー! スッゾコラー!」モタロウは血も凍るような恐ろしい怒声を飛ばしながら、両手で握ったテクノカタナを高く掲げる。グリップを握ってスイッチを押すと、テクノカタナの刀身部分がドリルめいた高速回転を始めた! ナムサン! 土俵の下で正座するヤクザたちの間にも緊張が走った!

「インガオホー!」連隊長モタロウが、規律違反者たちに対してテクノカタナを振り下ろそうとしたその時! 東の方角から銀色の物体が、ジゴクめいた四基のヘッドライトを動かしながら、時速300キロメートルで猛接近してきたのだ! ナムアミダブツ!

 接近してくる車の正体は解らぬが、このままでは土俵を直撃することは間違いない……「イヤーッ!」流石はヤクザクランの連隊長、モタロウである。彼は危機を察するやいなや、持ち前のカラテで疾走し、勇ましい掛け声と共に素早く土俵から飛び降りたのだ。

 土俵の下で正座していたヤクザたちも、ワンテンポ遅れて立ち上がり、路肩へと退却する。モタロウによってカイシャクされるのを待っていた8人のドゲザヤクザたちが、何かおかしいことに気付いて恐る恐る顔を上げると……彼らの視界は武装霊柩車が放つ猛烈なヘッドライトの光によって完全に奪われた!

「アイエーエエエエエ!!!!」8人のヤクザの絶叫が、深夜のネオサイタマ湾上で響き渡る! コワイ! デッドムーンの武装霊柩車はスピードを緩めるどころかさらにアクセルを踏み込み、猛烈な速度で土俵へと突っ込んだ! クロームシルバーの車体は土俵の側面スロープを登り、勢いよくジャンプする!

 8人のヤクザたちは天をあおぎ、水揚げされたマグロめいて口をパクパクとさせていた。デッドムーンの武装霊柩車はまるでロケットのごとく彼らの頭上を飛び越え、天頂に浮かぶ満月に吸い込まれるかのようにゆっくりと飛翔しながら、百メートル先の橋上道路へ確かなグリップ力で着地を果たす。タツジン!

 このような曲芸めいたドライビングも、武装霊柩車乗りにとってはチャメシ・インシデントである。並の運び屋であれば、ジャンプなどという手は使わず、土俵周囲のヤクザを轢き殺して進んだかもしれない。だが強いプロフェッショナル意識を持つデッドムーンは、明確な敵以外を殺そうとはしないのだった。

「酔ってないか、クライアント=サン?」デッドムーンは涼しい顔で助手席に問う。クローンヤクザは、ジャンプの直前に目の前に出現したショック吸収バーに掴まるようデッドムーンに促され、着地の衝撃に耐えていた。彼はデッドムーンのほうを見てカメラをフォーカスさせると、また無言で正面を向いた。

 しかし、デッドムーンが見せたプロフェッショナル意識はヤクザたちの命を救うどころか、皮肉にもダークオニ・ヤクザクラン第四連隊全員の怒りを焚きつけてしまったようだ。連隊長モタロウの号令のもと、すぐさま全員が違法改造バイクに乗り込み、ニトロブースターを使って背後へと急接近してきたのだ!

「間違いねえ! 奴は武装霊柩車乗りのデッドムーンだ! 殺せ!」儀式を邪魔され怒りに燃えたモタロウは、狂犬めいた表情で「ナムアミダブツ」「ダークオニ」と書かれた違法改造バイクを駆っていた。彼の命令は即座に、連隊内全員のバイクに備わる小型液晶IRCモニタへと無線電波でリレイされる。

 モタロウは、ダークオニの幹部陣がデッドムーンを憎んでいることを知っている。1年前、ライバル関係にあるデスオイラン・ヤクザクランの組長が死に、その運びを彼が請け負った。ダークオニはデスオイランに屈辱を与えるべく数個連隊でこれを妨害したが、デッドムーンを止めることはできなかったのだ。

「モタロウ=サン、止めてください!」「そうです、あのデッドムーンって奴は不吉すぎますぜ! ブードゥーめいてやがる!」モタロウの直情的な行動を止めるべく、側近達がIRCメッセージを送ってくる。これに対しモタロウは、ぞっとするほど恐ろしい表情で返事を返した「お前ら、ちょっと来い……」

 重金属酸性雨を切り裂きながら先頭を走るモタロウのバイクの右横に、2人の側近のチョッパーバイクが近づいてきた。するとモタロウは、おもむろにテクノカタナの刀身を回転させ、この臆病なヤクザバイカーたちに攻撃を加えたのである! 「インガオホー!」

「「アイエエエエエエ!」」高速回転するテクノカタナの刀身が軽く触れただけで、ヤクザバイカーたちの肉体は、ジュースミキサーにかけられたトマトのように血飛沫を撒き散らしながら爆ぜた! ナムサン! コントロールを失った2台のバイクは橋から転落し、海面に叩きつけられて激しい爆発を起こす!

「ザッケンナコラー! 解ったか!」モタロウは返り血で顔をオニのように赤く染め上げながら、他の連隊メンバーたちに対して素早いIRCメッセージを送信した。「これが臆病者の末路だ!今頃あいつらは、冷たいネオサイタマ湾で、黒目がちな殺人マグロどもと楽しくやってるだろうぜ!」

 連隊長の言葉で戦意をみなぎらせたヤクザバイカーたちは、さらに危険な第二段階ニトロを吹かして、稲妻のようなスピードで武装霊柩車を追う。上空から見ると、まるで船を襲う殺人マグロの群れのように、毒々しいネオンサインを輝かせた数十台以上のヤクザバイクが武装霊柩車の後方へと接近していた。

 BLAMBLAMBLAMBLAMBLAM!! ヤクザバイクに搭載された小型マシンガンが、銀色の武装霊柩車めがけて一斉に火を噴く! ゴウランガ! だが、デッドムーンは眉ひとつ動かさない。防弾加工が施された武装霊柩車の車体やタイヤを、この程度の銃撃で破壊することはできないのである!

「ザッケンナコラー!」ヤクザバイクが武装霊柩車の左右から迫る! ナムサン! だがデッドムーンは顔色ひとつ変えず、ハンドルに備わった攻撃ボタンを押す! 小型シュラインのカワラ屋根からマシンガンの銃口がいくつも現れ、ジゴクめいた一斉射撃で両側面のヤクザを蜂の巣にした! 「グワーッ!」

「テメッコラー!」新手のヤクザバイクが武装霊柩車の左右から迫る! ナムサン! だがデッドムーンは顔色ひとつ変えず、ハンドルに備わった攻撃ボタンを押す! シャーシの下腹部から大型バズソーが出現し、両側面のヤクザバイクを一瞬で切断した! 「グワーッ!」

「ザッケンナコラー!」さらに新手のヤクザバイクが武装霊柩車の左右から迫る! ナムサン! だがデッドムーンは顔色ひとつ変えず、ハンドルに備わった攻撃ボタンを押す! 小型シュラインから何本ものバイオタケヤリが突き出し、両側面のヤクザを一瞬で串刺しにした! 「グワーッ!」

「スッゾコラー!」新手のヤクザバイクが武装霊柩車の左右から迫る! ナムサン! だがデッドムーンは顔色ひとつ変えず、ハンドルに備わった攻撃ボタンを押す! 防弾タイヤのホイル部分からダイヤモンド・カマが出現して回転し、ローマ式チャリオットのごとく両側面のヤクザを粉砕! 「グワーッ!」

「ブッダコスモス……ウィーアーインザスペース……」武装霊柩車のレディオから流れるダークエレクトロ・ポップに合わせ、デッドムーンは無表情に鼻歌を歌っていた。ドアの外で起こっている殺戮に比べ、快適な車内はまるで別世界だ。ネズミハヤイに搭載されたAIが、マッチャとオカキを2人に振舞う。

 その時『実際あぶない』という警句がフロントガラス右下のLEDディスプレイで明滅した。「アブナイデスヨ」という女性的な電子合成音がオーディオから流れる。「解ってるぜ、レディー」デッドムーンはサイバネ義手でハンドルを握り直し、アクセルを踏み込む。そして助手席に「また車酔いに注意だ」。

 そこは、グラントリイ・ブリッジの切れ目だった。ここでタダオ&ヒロシ重工の資金が尽きて倒産し、工事も頓挫したのだ。この先、300メートル先に築かれたグラントリイ・ブリッジの西端部まで、道路は無い。真っ黒いヘドロに満たされた、アビスのごときネオサイタマ湾が広がっているだけだ。

「グワーッ!」ダークオニのヤクザたちは橋が途切れていることに気付き急ブレーキをかける。それが逆に大混乱を招き、連鎖的にクラッシュして次々と爆発炎上するか、あるいは横滑りのまま転落した。「ザッケンナコラー!」連隊長モタロウは勢いよくジャンプしたが、150メートルが限界だった。

 では、デッドムーンの駆る武装霊柩車、ネズミハヤイはどうか? おお、平安時代に生きたコトワザの巨匠ミヤモト・マサシよ、アノヨからご照覧あれ! 銀色の車体の側面にはセスナ機めいた翼が生え、死せるヤクザの魂をヴァルハラへと運ぶ、凛としたヴァルキリーのごとき美しさで空を舞っていたのだ!

 数秒の無重力体験……下降……そして無事着地。ネズミハヤイのタイヤがわずかに左右にぐらつくが、この程度の衝撃で破壊されるほどヤワな車ではない。強烈なグリップとサステインの力で、すぐにコントロールを取り戻した武装霊柩車は、何事も無かったかのように平然と港湾倉庫地帯を駆け抜け始めた。

「どうだい、クライアント=サン。酔ってないだろうな?」デッドムーンは助手席に問いかける「あと数分でウシミツ・アワー。そしてダルマ・シュラインに到着だ。…結局、今回の運びの潜在敵ってのは、最後まで現れないんじゃないのか? まさか、さっきのダークオニ・クランのイカレ野郎じゃあるまい」

「……敵の名は、ニンジャスレイヤー」ついにカメラヤクザはその重い口を開いた。デッドムーンが問う「ニンジャスレイヤー? 知らん名だな。そいつが本当に、1人でヤクザクラン数個分に匹敵するというのか?」「そうだ。IRCで今入った情報によると、奴はダルマ・シュライン内部で待ち伏せている」

「ブッダファック! そいつは斬新な攻め方だな!」デッドムーンはニューロンがちりちりするのを感じた。通常、武装霊柩車を使った死のゲームは、棺桶が目標のテンプルに到着した時点で終了となる。そのテンプルには、クライアント側のヤクザが十分な兵隊を集めて守りを固めているのが通常だからだ。

「どうしたらいいんだ? クライアント=サン」「名誉にかけて、この棺桶はウシミツ・アワーまでにテンプルに運ばなくてはいけない。テンプルに突撃し、ニンジャスレイヤーを殺すのだ。安心しろ、ものの数分で増援も到着する」「オーケイ、了解だ。1億の仕事だからな、そのくらいの歯ごたえが欲しい」

 その時、デッドムーンは背筋にぞくりと冷たい汗が走ったのを感じた。彼は自らの耳を疑う。まるでニンジャスレイヤーという言葉に呼応したかのように、武装霊柩車の後ろに積まれた鋼鉄の棺桶の中から、不吉なうめき声と、蓋を力任せに叩くような音が、微かに漏れ出してきたような気がしたからだ!

「ウッ……」デッドムーンは持病の偏頭痛に顔を歪めながら、助手席に居るクローンヤクザに問う「クライアント=サン、今後ろで、何か物音が聞こえなかったか?」と。するとカメラヤクザは、ぞっとするほど機械的な笑顔の表情を作り「武装霊柩車ドライバーが、幽霊を信じるのか?」と言い放ったのだ。

「まさか…俺はプロフェッショナルだぜ」デッドムーンは頭痛をこらえながら、ネズミハヤイに備わった心音スキャニング装置を作動させる。反応ゼロ。後方の小型シュライン内における生体反応は皆無だ。「すまないな、クライアント=サン。俺のニューロンはだいぶ錆びついてきてるようだ。忘れてくれ」

 ああ、何たるマッポー的運命か! 彼はソウカイヤにはめられたことも、棺に入っているのがゾンビーニンジャ被検体1号レベナントであることも知らぬのだ! デッドムーンはカキノタネで頭痛を消し飛ばし、再びプロフェッショナルな武装霊柩車ドライバーの顔に戻って、アクセルペダルを強く踏み込んだ。



 建造途中で遺棄された、グラントリイ・ブリッジの西端部。その周囲に広がる港湾エリアと倉庫エリアを抜けてしばらく進むと、廃墟と化した無人地帯に行き当たる。かつてタダオ&ヒロシ重工が、グラントリイ・ブリッジ完成後に商業施設を誘致すべく大規模なジアゲ活動を行った一帯だ。

 無人地帯の中心部には、枯れススキが裏寂しげに風に揺れる、丸い小さな丘が一つ。その上には江戸時代から続くダルマ・テンプルと大仏が佇み、重金属酸性雨に浸食された無数のハカバを見下ろしていた。現在、ダルマ・テンプルにはカンヌシもレッサーボンズもおらず、朽ちるままとなっている。

 汚染された黒雲によって窒息寸前の満月が落とす青白い光の下で、ダルマ・テンプルへと続く石段を静かに駆け登る一人の男。その体は赤黒いニンジャ装束に覆われ、口元は「忍」「殺」と刻まれた鋼鉄メンポで隠されている。五個目のトリイをくぐると、ようやく本堂がニンジャスレイヤーの前に姿を現した。

 頂上に達した彼は、耳を澄まし、周囲に伏兵がいないことを確かめると、キツネ・スフィンクスに挟まれた石畳の道を抜けてエントランスへ向かう。誰もいないはずの本堂の内部には、不気味な電子ボンボリの灯りが赤く揺れていた。酸性雨にも耐える見事な一本松が、警告を発するようにざわざわと揺れた。

 ニンジャスレイヤーは、ここで待ち受けるものがソウカイヤの罠であることを知っている。知りながら、あえて一人でこの決戦の場に赴いたのだ。意を決して正面エントランスのフスマを空けると、テンプル内部には厳かなフューネラル的儀式の準備が万端に整えられていた。

 数日前、彼がスガワラノ老人と出会った日の夜。妙な胸騒ぎを覚えたフジキドは、夕刻の訪れとともにスゴイタカイ・ビルの屋上へ登った。そこに残されていたのは、スガワラノ老人の物と思しき竹ぼうきが一本。偽名を使って清掃員らに聞き込みを行うと、やはりその日から老人が姿を消したことがわかった。

 フジキドの心は打ちのめされた。ネオサイタマの空を再び覆いつくした黒雲が、彼の胸にも垂れ込めてきているかのようだった。あの時の気の緩みが、一時の油断が、何の関係もない老人を……いや、ニンジャであることも省みずに一人の人間として好意を持ってくれた老人を、危険に追いやってしまったのだ。

 スガワラノ老人の行方を追うのは、ニンジャスレイヤーの持つ情報網だけでは不可能であった。しかし3日後、マキモノを持ったソウカイヤのニンジャが、スゴイタカイ・ビルの屋上で佇むニンジャスレイヤーの前に現れたのだ。

 スリケンのみでこのニンジャを殺したフジキドは、マキモノを奪い取り、それを開く。『ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。スガワラノ老人を救いたければ、今日のウシミツ・アワーに、ネオサイタマ南西部にあるダルマ・テンプルを一人で訪れよ。ムハハハハハハ!』ラオモト・カンの達筆が踊っていた。

 ニンジャスレイヤーの胸の内には、再び憎悪の炎が燃え上がっていた。彼はこの怒りを燃料とし、いかなる罠が待ち構えていようとも突破する覚悟を決めて、単身ダルマ・テンプルへと向かったのだ。

 だがこれは、いかなる罠か? 百畳近い畳敷きのテンプル内に、敵の気配は無い。紫の花で造られたハナワや、白紙のショドーなどが壁沿いに並び、正面にはデコレーション・ケーキじみた様子で無数の白い花や黄金ブッダが飾られている。その中央に供えられているのは、ニンジャスレイヤーの遺影だった。

 何たるアンタイ・ブディズム的光景か! しかもタタミは赤と黒の二色があり、マスゲームめいた精緻さで「死」の文字を描いている! さらに天井に吊るされたスピーカーからは、ネンブツ・レディオ局の有線放送が流れてくるのだ! コワイ! 常人であれば発狂はまぬがれないであろう恐怖の空間である!

「今日が己の命日と言いたいか……!」フジキドは大股でデスタタミに踏み込んだ。だが罠の発動する気配は無い。柱にかけられた大時計に目をやると、ウシミツ・アワーまではあと十分ほど。待つとしよう。必要以上の怒りを抑えるためにも。フジキドはデスタタミの中央に座し、チャドーの呼吸を開始した。


◆◆◆

 デッドムーンが駆る武装霊柩車は、いよいよ港湾エリアを抜け、ダルマテンプルのある無人エリアへと到達していた。3Dナビゲーション情報によると、目的地まではあと3分足らず。偏頭痛は去り、先程よりもニューロンがよく働いた。「……皮肉なもんだな」とデッドムーンは呟く。

「どうした?」とカメラヤクザが問う。「何でもない」とデッドムーンはレディオのボリュームを上げ、心の中で独りごちた。((このエリアはナビなんか無くても走れるさ。この辺りの寂れた住宅地は、かつてどうしようもなく無力なガキだった俺が住んでいた、忌々しい街じゃないか。ブッダファック!))

「丘が見えたら石段を駆け上れ。正面エントランスから突っ込め」ヤクザは一切の感情が篭らない平坦な口調で言う。「フスマを突き破れと?」デッドムーンが驚いて問いただす。「そうだ。テンプルを制圧したニンジャスレイヤーに奇襲を仕掛けろ」カメラヤクザが不気味なフォーカス音を発しながら答えた。

「その情報はどこから来ている?」とデッドムーン。「無線IRCだ」とヤクザ。「提供しろ」「駄目だ。これ以上の情報は運び屋には渡さん」。デッドムーンは舌打ちした。だが、クライアントの意向は絶対である。「戦闘が始まったら余計な口を出すなよ、クライアント=サン。ここからはプロの仕事場だ」

 速度をいささかも緩めぬまま、武装霊柩車ネズミハヤイは石段を疾駆した。そしてトリイ。丘の頂上。エントランスから漏れる電子ボンボリの光。カメラヤクザの前に、ジェットコースターめいた衝撃吸収バーが再び現れた。「しっかり掴まっておいてくれよ、クライアント=サン!」

 時速200キロで迫るクロームシルバーのボディが激突し、重厚なフスマが木っ端微塵に粉砕された。カメラを内蔵した4基のヘッドライトが、別々の生き物のようにターゲットを捜し求める。敵はすぐに発見された。直結LANケーブルを介して、デッドムーンのニューロンにも瞬時にその映像が転送される。

 敵はテンプルに敷き詰められたタタミの中央で正座し、エントランス側に背を向けている。ニンジャ装束を着ているので、恐らくこれがニンジャスレイヤーだろう。どうする? 銃か? 火炎放射か? いや、背後を向いて正座姿勢ならば、轢き殺してネギトロにできる! …ここまでの思考、僅かコンマ4秒!

 分厚いタイヤでタタミを焼き焦がしながら、デッドムーンの武装霊柩車は一直線にニンジャスレイヤーへと突き進んだ! カメラヤクザもニンジャスレイヤー轢死の決定的瞬間を捉えてトコロザワ・ピラーのラオモト・カンに映像をリレイすべく、インプラントされたデジタルカメラのフォーカスを絞る!

「スゥーッ! ハアーッ! スゥーッ! ハァーッ!」おお、ナムサン! 正座して目を閉じたままチャドー呼吸を繰り返すニンジャスレイヤーは、背後から接近してくるクロームシルバーの捕食獣に気付かないのか? 死の激突まであとタタミ10枚、5枚、3枚! 「スゥーッ! ハァーッ!」

「…ブッダコスモス……ユーアーインザスペース…」デッドムーンはレディオから流れてくるエレクトロ・ダークポップを口ずさみながら、ニンジャスレイヤーが正座していた場所を……通過する! 何故だ? 手応えが無い! フロントガラスに血飛沫も飛び散っていない! ニンジャスレイヤーは何処へ?

「……ジャーニージャニーウィズブッダ……」デッドムーンは曲を口ずさみながら、急ブレーキをかける。タタミが燃え尽きえぐれてゆく。動揺は無い。ネズミハヤイのカワラ屋根に備わったカメラが敵の行方を捉えていたからだ。激突直前、ニンジャスレイヤーは正座の姿勢のまま上空へとジャンプしていた。

 ニンジャスレイヤーは空中で体を開き、オリンピックの飛び込み選手のように全身を複雑に捻りながら下降しつつ、同時にスリケンを投げる! タツジン! だがこれに対しデッドムーンは、ハンドルに備わった逆ニトロスイッチを押す! 車体前部のロケットブースターが火を噴き、時速200キロでバック!

 ナムアミダブツ! 下降の軌跡を描いていたニンジャスレイヤーの着地点めがけ、武装霊柩車が猛バックで迫る! さらにデッドムーンは武装霊柩車に備わった武装システムのボタンを次々と押した! タケヤリ、マシンガン、バズソー、サスマタ、ダイヤモンド・カマが展開され、ニンジャスレイヤーを襲う!

 ニンジャスレイヤーの投げたスリケンは、防弾加工が施されている武装霊柩車には通用しなかった! ナムサン! ニンジャスレイヤーは猛バックで迫る武装霊柩車の攻撃をかわすべく空中で身を捻ったが、彼のわき腹をサスマタピストンが深々とえぐり、その体を弾き飛ばしたのだ! 「グワーッ!」

 ニンジャスレイヤーの体は壁に叩きつけられ、そのまま「一同」とショドーされたハナワの下敷きになる。「…ブッダロケット……ダイビンイントゥ・ブラックホール…」デッドムーンはニンジャスレイヤーに止めを刺すべく、曲を口ずさみながら武装霊柩車をカーブさせた。カメラヤクザの体が激しく揺れる。

 武装霊柩車は壁沿いに車体を寄せ、壁と平行に高速で走り出す。そのホイールからはダイヤモンド・カマが再出現し、ローマ式チャリオットめいた回転を見せた。耳をつんざくほどの高速回転音が鳴り響く! このまま壁沿いに走り、ハナワの残骸ごとニンジャスレイヤーをネギトロに変えるつもりなのだ!

 快適な武装霊柩車の車内には、耳障りな高速回転音など聞こえてこない。「……ギュッイーン……ギュギュイーン……」リピートされていたダークエレクトロ・ポップが、ギンギンに歪んだアウトロを演奏しているところだった。ネズミハヤイのAIが、車内の2人にオシボリを振舞う。よくできたレディーだ。

 キュイイイイイーン! 凄まじい回転音を立てながら、武装霊柩車はハナワの残骸を粉砕しつつ時速200キロオーバーでその横を通過する! 切り裂かれた無数の白い花が、殺戮されたハトの羽のように巻き上げれられる! 木材や鉄も、跡形もなく切り裂かれて飛び散る! だが、そこに血飛沫は……無い!

「ブッダファック! 奴はニンジャか?!」デッドムーンは絶句した。ニンジャスレイヤーは、カマが生えた前輪と後輪の間、すなわち助手席の真横を、武装霊柩車と同速度で並走していたのである! タツジン!

「イヤーッ! イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは超人的身体能力と反射神経を駆使し、ネズミハヤイの真横を並走しながら、助手席部分の防弾窓ガラスにカラテを叩き込む。彼の下半身部分は目にも留まらぬ速度で走り続けているが、上半身には全くブレが無い。僅か2発で、強化ガラスにヒビが入り始める。

「ブッダファック!」想像を遥かに超える事態に動揺したデッドムーンは、ハンドルに備わった攻撃ボタンを闇雲に押す! 小型シュラインのカワラ屋根からマシンガンの銃口が現れ、ニンジャスレイヤーを狙う! だが、ニンジャスレイヤーは一瞬早くスリケンを投げ、銃口を破壊していた! タツジン!

「ブッダファック!」デッドムーンはハンドルに備わった攻撃ボタンを闇雲に押す! シャーシの下腹部から大型バズソーが出現し、ニンジャスレイヤーのすねを狙う! だがニンジャスレイヤーは小さなジャンプでこれを回避し、真上から支点部分を踏みつけてこれを破壊した! タツジン!

「イヤーッ! イヤーッ!」カラテはついに助手席部分の強化ガラスを打ち砕く。胸元からチャカを抜いて応戦の構えを見せたクローンヤクザだったが、ニンジャスレイヤーのチョップによって一瞬で頭を砕かれる。さらに間髪入れず、投げ込まれたスリケンが、デッドムーンの左こめかみに突き刺さった!

「アイ、アイエーエエエエエエエエ!」デッドムーンの視界内で火花がスパークする。一瞬で意識が飛び、視界が真っ白に変わる。ブッダは迎えに来ない。愛車ネズミハヤイとの間で交わされるping通信だけがネンブツめいてニューロン内を駆け巡る中、全ての感覚が失われてゆく。

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは素早いバク転を3回決めながら、武装霊柩車から離れる。デッドムーンが意識を失ったことにより、ネズミハヤイのAIは一瞬混乱を起こし、激しい蛇行運転を見せた。その後スピードを衰えさせた武装霊柩車は、テンプル内の北にあったDJブースに突っ込み、停止。

 激突の衝撃で武装霊柩車のロックが外れ、鋼鉄の棺桶が投げ出される。それは激しくもんどりうってタタミの上を転がり、無数の白い花がデコレーション・ケーキめいて飾られた祭壇の前で、ようやく止まった。DJブースにあったライティング制御装置が偶然動作し、テンプル内の全ボンボリの灯りが落ちる。

「ムハハハハハ! ニンジャスレイヤー=サン、見事だ!」テンプル内に突如、ラオモトの声が響き渡る。天井に据えられたスピーカーからだろう。「今日は貴様の勝ちだ。敬意を表し、こちらも約束を守ってやろう! その棺の中にスガワラノ老人が入っているぞ、ムハハハハハハ!」

 ニンジャスレイヤーは、立膝の状態から歯を食いしばって立ち上がった。武装霊柩車のサスマタにえぐられたわき腹から、まだ出血が続いているのだ。それでも彼は進まねばならない。棺桶の中に老人。予想しうる最悪の状況がフジキドのニューロンを責め苛んだ。「おのれ……ソウカイヤ……!」

 ニンジャスレイヤーは棺を縛り付けている鎖をカラテで断ち切り、鋼鉄製の重い蓋を掴んで放り投げた。棺の中に一面に、真白いリリーの花が敷き詰められている。そこに目元だけ見えるのは、灰色のニンジャ装束を着たニンジャ……いや、ニンジャ装束を着せられたスガワラノ老人の物言わぬ死体であった!

「ああ、スガワラノ=サン! 何ということを!」ニンジャスレイヤーは悲痛な声を発しながら、スガワラノ=サンの胸に手をやる。棺を開ける前から予想はしていたが、やはり心音は無い。体色も鉛色に変じている。口元を覆うニンジャ頭巾を軽く除けると、そこにはやはりスガワラノ老人の顔があった。

「スガワラノ=サ……グワーッ!」再びその名を呼ぼうとしたその時……フジキドは突然の苦痛に絶叫をあげ、また自らの目を疑った。リリーの花の山に隠されていたスガワラノ老人の手が突然音もなく動き、その手首に結び付けられていた鋭いダートが、フジキドの右腕に深々と突き立てられたからである。

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは殺戮者の本能によってフジワラノ老人の首を360度回転させた後、間髪入れず10回バク転を決め、さらに5回側転を行って棺桶から離れた。柱時計がウシミツ・アワーを刻み、テンプルのDJブースに備わった装置が、テンプル内外の全スピーカーへと鐘の音を伝える。

 おお、何たる背徳か! ニンジャ装束を着たスガワラノ老人の死体はゆっくりと体を起こし、無言のまま紫色の目を開いたのだ。彼は両手で首を360度再回転させ、何事も無かったかのように棺から出る。ナムアミダブツ! 彼はゾンビーニンジャ被検体1号レベナントへと、身も心も変わり果てていたのだ!

「ムハハハハ、ニンジャスレイヤー=サンよ、そいつはもはやスガワラノ=トミヒデではない」高圧的なラオモトの声が、遠くトコロザワ・ピラーよりリレイされる「そいつは忠実なるソウカイヤの下僕にしてゾンビーニンジャ被検体第1号、レベナントへと生まれ変わったのだ! ムハハハハハ!」

 スガワラノ老人、いやレベナントは、錆び付いた体に油を差すかのように、素早いカラテパンチをその場で4発くり出す。恐るべき速さだ。さらにサマーソルト・キックからバク転を決め、ブレイクダンスめいた動きで着地の隙を消すと、ネックスプリングで起き上がってニンジャスレイヤーに向き直った。

「ドーモ、スガ……いや、レベナント=サン、ニンジャスレイヤーです」フジキドの目から優しさが消え去った。サツバツ! 彼はまだこの生き地獄のなかで生きねばならぬ。使命があるのだ! 「アバー……ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン、レベナントです」レベナントはオジギをし、戦闘姿勢を取る。

「レベナントが喋っただと!?」遠く離れたトコロザワ・ピラーの宴会室でラオモトらと共に大型ディスプレイを眺めていたリー先生は、驚きの表情を隠せなかった。「ありえませんわ! 被検体1号の知性、記憶、自我レベルは共にほぼゼロのはず!」フブキ・ナハタはUNIXを叩き、データを解析する。

 ニンジャスレイヤーとレベナントはタタミ5枚の距離で向かい合い、互いに間合いを取りながら、じりじりと同心円状で横歩きを繰り返した。一瞬の隙が死を招く。ナムアミダブツ! 果たして、ニンジャスレイヤーは、ラオモト・カンが仕掛けたこの卑劣きわまりない罠を脱することができるのであろうか!?



 ニンジャスレイヤーとレベナントは、互いにジュー・ジツの構えを取りながら、タタミの上を同心円状に回る。攻め込む隙をうかがっているのだ。一瞬の静寂。両者の見えないカラテがスパークする。そして動いた。ニンジャスレイヤーは流れるような動きで、バズーカを発射するかのごとき立膝の姿勢を取る!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの腕がムチのようにしなり、とても危険なスリケンがレベナントの眉間に命中! だが敵はものともせず突き進んでくる! 「アバー」手首に結んだクナイが、ニンジャスレイヤーをえぐった!「グワーッ!」ニンジャ装束と肉を切り裂かれたものの、バク転で致命傷を回避!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの腕が再びムチのようにしなり、致命的なスリケンがレベナントの心臓に命中! だが敵はものともせず突き進んでくる! 「アバー」手首に結んだクナイが、ニンジャスレイヤーをえぐった!「グワーッ!」ニンジャ装束と肉を切り裂かれたものの、側転で致命傷を回避!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの腕が再びムチのようにしなり、油断ならないスリケンがレベナントの股間に命中! だが敵はものともせず突き進んでくる! 「アバー」手首に結んだクナイが、ニンジャスレイヤーをえぐった!「グワーッ!」ニンジャ装束と肉を切り裂かれたがブリッジで致命傷を回避!

「これは注目です! ゾンビーニンジャの使うネクロカラテは、まさに無敵なのです!」トコロザワ・ピラーにリレイされる画像情報を見ながら、リー先生はラオモトに対して冷静な科学的見解を示す。「ゾンビーニンジャは絶対に痛みや恐怖を感じません。普通のニンジャには取れない行動が取れるのです!」

「ムハハハハハ!」ラオモトはフブキ・ナハタ女史を横にはべらせ、その豊満なシリコン胸を手慰みにしながら哄笑した。卓上黄金マイクのスイッチを入れ、ニンジャスレイヤーを嘲笑う。「ムハハハハハ! 友人の手にかかって死ねるとは一石二鳥だな、ニンジャスレイヤー=サン? ムッハハハハハハー!」

「イヤーッ!」「アバー」「イヤーッ!」「アバー」テンプルでは、ニンジャたちの高速カラテが火花を散らしていた。チョップとチョップがぶつかり合う! ニンジャスレイヤーの高速レッグスイープをレベナントがジャンプでかわし、レベナントの高速ソバットをニンジャスレイヤーがダッキングでかわす!

 並のニンジャ相手なら、必殺のカラテで一気に勝負をつけられる。だが、レベナントは心臓を破壊されようとも、平然と反撃してくるかもしれない。できることならば、スガワラノ=サンを一撃でアノヨに送りたい。……ニンジャスレイヤーの心は乱れていた。多くの事を考えすぎていたのだ。それは死を招く!

「アバー」「グワーッ!」ナムサン! ついにソバットが命中! ニンジャスレイヤーは素早くジュー・ジツのディフェンス姿勢を取ったが、その上からでもかなりのダメージだ。足の裏の摩擦熱でタタミを焼き焦がしながら、中腰姿勢のニンジャスレイヤーの体は数メートル後ろに押される。ナムアミダブツ!

 レベナントの怪力は想像を絶するものだった。何故、死体であるゾンビーニンジャにこのような力があるのか? その答えはニューロンにあった。人間は脳によって筋肉にリミットをかけ、実際の筋肉量に比して数パーセントの力しか使えなくしている。さもなくば、自らの肉体自体がダメージを負うからだ。

 ニンジャソウル憑依者の場合、この数値は爆発的に飛躍し、筋肉の持つポテンシャル能力の数十パーセントまでを安定して引き出せる。いわゆるニンジャ筋力だ。だが、読者の皆さんは死んだカエルの筋肉に電極を差したことがあるだろうか? そして、その破壊力を試したことは? …答えは100%なのだ。

「イヤーッ!」「アバー」ニンジャスレイヤーのチョップが腕で弾かれる。骨にヒビが入るも、レベナントは苦痛を感じない。まるでノレンを殴っているかのような手ごたえの無さだ。「アバー」「グワーッ!」逆にレベナントのクナイダート・パンチがニンジャスレイヤーの腹をえぐり、壁まで弾き飛ばした!

 ニンジャスレイヤーは背中から壁にたたきつけられ、切り裂かれた無数の白い花のベッドの中に落下した。視界が揺らぐ。ウカツ! あのクナイ・ダートには、何らかの毒薬が塗りこまれていたのかもしれぬ。(((だがナラクの力は借りぬぞ!)))ニンジャスレイヤーは立ち上がり、カラテをふりしぼった!

「アバー……」レベナントは紫色の目を輝かせながら、両手首に結んだクナイダートを胸の前で交差させ、威圧的にニンジャスレイヤーに近づいてくる。そして、ちょうつがいの外れた顎をがくんと開き、おもむろに言葉を発した。「アバー……死よりも悲惨なものは何か……?」ブッダ! またもや禅問答だ!

「レベナントがまた喋った!?」遠く離れたトコロザワ・ピラーの宴会室でラオモトらと共に大型ディスプレイを眺めていたリー先生は、驚きの表情を隠せなかった。「ありえませんわ! ありえませんわ! 知性など!」ラオモトに抱かれたフブキ・ナハタは、ノートUNIXを叩きながらデータを解析する。

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは飛び掛った。ジゴクのオニめいた素早さで。首元を狙ったクナイをダッキングで回避し、そのままタックルを仕掛ける。敵を押し倒し、マウンティング・ポジションを奪う。迷いは無い。彼は禅問答の答えを身をもって知っていたからだ。それはリヴィング・ヘルであると!

「イヤーッ!」「アバー」「イヤーッ!」「アバー」右、左、右、左! ツキジじみたマグロ撲殺機械のように無慈悲に叩き込まれるニンジャスレイヤーのカラテパンチが、レベナントの顔面を破壊してゆく! フジキドの眼に涙は無い。それはもう枯れ果てていた。変わりに血の涙が彼の両眼から流れている。

「何故だ! レベナントは何故反撃をくり出さない!」ラオモトはフブキ・ナハタを投げ捨て、解析データの記されたパンチングシートを読むリー先生の襟首を掴んで問い詰めた。「し、信じられませんネェ……」リー先生が驚きに満ちた口調で言う「レベナントの筋肉が、理性によってリミットされています」

「サツバツ!」フジキドはひときわ大きく右腕を振り上げ、レベナントの頬にカラテパンチを叩き込んだ。レベナントの首が360度、いや1080度猛烈な速度で回転し、赤紫色のゾンビエキスを撒き散らしながらねじ切れる! 「サヨナラ!」断末魔の叫びと共に、レベナントの腐った肉体は爆発四散した!

 畳の上に転がったレベナントの首へと素早く近づく。一刻も早くカイシャクし、スガワラノ老人のソウルを腐った肉体の檻から開放するためだ。フジキドが意を決して右足を上げると……おお、ナムアミダブツ! 両眼の潰れた生首は安らかな声を発したのである!「アバー……ニンジャスレイヤー=サン」と!

 ニンジャスレイヤーは過ちを犯した門弟のように足をゆっくりと下ろし、両手でレベナントの生首を大切にかき抱いた。「アバー……ニンジャスレイヤー=サン……目が見えないが、あなたはそこにいますか?」 ああ、それは、邪悪なニンジャソウルの支配から解放されたスガワラノ老人の静かな声であった!

「ドーモ、スガワラノ=サン……私はここにいます」ニンジャスレイヤーはサツバツとした静けさで答えた。「ゲホッ、ゲホーッ! ドーモ……私は今どんな格好かも解りませんが……今着ている清掃服の胸ポケットに、写真が入っています。どうぞ、見てみてください。小さく折り畳んでしまいましたが……」

 フジキドは何と答えるべきか迷った。そして嘘をつくことにした。「見つけましたよ、スガワラノ=サン。これは何ですか?」「アバー……、あの日、IRC端末で、私の家族の小さな画像をお見せしたでしょう……。あれの写真ですよ。写真のほうが細かいところまでよく見えると……ゲホッ、ゲホーッ!」

「とても良く見えます、奥さんと……息子さんですね」フジキドの視界は血の涙と毒の作用でぼやけていた。「アバー……そう。息子の……ヒトリは……キョートの……ムラサキシキブ化粧品に……いつも仕送りを……優しい子で……これで……あいつの負担を減らせる……。次は……あなたの……写真を……」

「親父よ、久しぶりだな」突然、背後から低く平坦な声が聞こえた。フジキドが振り向くと、左眼に仕込まれたサイバネ義眼から火花を散らし血を垂らすデッドムーンが、ユーレイじみた青白い顔で立っていた。印象的な逆モヒカンと、スガワラノ老人に良く似た彫りの深い骨格。フジキドは、全てを理解した。

 デッドムーンはサイバーブルゾンを車内に脱ぎ捨てており、真白い背中に彫られたデッドムーン・オン・ザ・レッドスカイの不吉なタトゥーが露になっていた。そして、この場では誰一人として読むことはできなかったが、その絵の下には小さく、しかし力強いゴシック体で『家族が大事』と彫られていたのだ。

「アバー……ヒトリ……キョート…」生首が声を発した。「今日は仕事が休みでな」と、ぞっとするほど不吉な顔でデッドムーン。「アバー……ドーモ……」「親父よ、あんたのお陰で俺は、誇りある仕事に就いてるぜ。ありがとうよ」そう言うと、彼はジーンズからぶっきらぼうに銃を抜き、トリガを引いた。



 銃声が薄暗いダルマ・テンプルに響く。フジキドは動かなかった。死ぬつもりはなかったが、デッドムーンには自分を撃つ正当な権利があると考えたからだ。だが、彼の体に銃弾は触れもしなかった。代わりに、フジキドのかき抱いていたスガワラノ老人の生首が、紫色のゾンビエキスをぶちまけて弾け飛んだ。

「アバー……」という安らかな断末魔の声とともに、レベナントの生首は木っ端微塵に破壊された。生き地獄を味わうスガワラノ老人のソウルに対し、デッドムーンがカイシャクを行ったのだ。ニンジャスレイヤーは驚きと敬意に満ちた目でデッドムーンを見た。

「あんたは撃たん。俺はプロフェッショナルだ。スピーカーから聞こえてくる声で全て理解した。俺は偽の仕事を与えられ、はめられたんだ。俺はアブで、あんたはハチさ」何たる冷徹さ、そして判断力か! 車内で注射した各種薬物の力を借りているとはいえ、デッドムーンの精神力は驚くべきものであった。

「ドーモ、ヒトリ=サン……」ニンジャスレイヤーは言葉に窮した「すまない。己のウカツのせいで…スガワラノ老はソウカイヤに捕えられたのだ」。デッドムーンは皮肉な笑みを返した「俺はもうミフネ・ヒトリですらない。ただのデッドムーンだ。あんたもその類なんだろう? ニンジャスレイヤー=サン」

 その時! ダルマ・テンプル内の四隅に置かれた灯篭がメカニカル展開し、高性能プラスチック爆薬が激しく破裂した! 火花が狂ったように回転し、ヒノキ木材の壁を燃やす! 続けざま、丘の下にスタンバイしていた100人のクローンヤクザ軍団が、テンプルに向けてマシンガンの一斉射撃をくり出した!

「くだらん茶番だ!」トコロザワ・ピラーの宴会室で映像を確認していたラオモトは、レベナントの敗北とアブハチトラズな状況に怒り心頭し、近くに置かれた黄金シシマイを拳で叩き割った。マイクのスイッチを押し威圧的な声で吐き捨てる。「サヨナラ! 余興は終わりだ、ユーオールマストサッファー!」

 トコロザワ・ピラーの宴会室は死の静寂に静まり返る。暴君ラオモトの怒りは、ニンジャスレイヤーとデッドムーンに対して浴びせられただけでは済むまい。ニュービーニンジャたち数十名は正座の姿勢のまま凍りついていた。何の脈絡も無くセプクを言い渡されるかもしれない。暴君とはそういうものなのだ。

 粉々に砕かれた黄金シシマイを目の前にして、フブキ・ナハタは恐怖のあまり静かに失禁する。だが余人ならばいざしらず、リー先生だけは、ラオモトへの恐怖を科学的興味で克服していた。「……これは素晴らしい研究結果ですネェ……。ゾンビーニンジャは、生前の記憶や知性を保っていたのです……」

「ムウ?」ラオモトはリー先生に大股で歩み寄る。彼の力をもってすれば、小指ひとつでこの科学者を死んだマグロに変えられるだろう。だがリー先生はまくし立てた。「つまり、ラオモト=サンの死後も、その自我を保った状態で復活させられるのです! 今はまだ不完全ですが、いずれ必ず実現できます!」

「フウム……ム…ムハ……ムッハハハハ! 豪胆さに免じて許そう、リー先生よ」ラオモトは宴会室のニンジャらに強者の威厳を存分に見せつけたことで満足を覚えた「では俺様もひとつ、科学的見解を示してやろう。今後被検体には善人など使うな。ニンジャと同じくらい卑劣で無慈悲な極悪人を選ぶのだ!」

 かくしてラオモトは退室し、トコロザワ・ピラーの宴会室はニュービーニンジャらの安堵に満ちた顔で溢れる。一方、ダルマ・テンプルはバクチク装置の作動からわずか数十秒で火炎地獄と化していた。丘の上のテンプルは赤々と燃え、低く垂れ込めた月がデッドムーン・オン・ザ・レッドスカイを成していた。

 ホタルめいた火の粉が飛び交う。天井まで火が回り、飾られていたショドーやダルマが次々と落下してきた。クローンヤクザ軍団は丘の下から威嚇射撃を続けている。ニンジャスレイヤーは毒を飛ばすため座ってチャドー呼吸を行い、デッドムーンは薬物で覚醒しきったニューロンを使いハイクを詠んでいた。

「逃げないのか?」ニューロンの中でハイクをひとりごちながら、デッドムーンは不思議そうにニンジャスレイヤーに問うた。「毒が回ってきたようだ。そちらこそ、逃げないのか?」とフジキドは返す。「ショウタイムは終わりさ。ネズミハヤイはもう動かない」デッドムーンは他人事のように言った。

 クラッシュ時に自動注射される各種薬物の力により、デッドムーンは全身の痛みを感じることもなく平然と振舞っていた。それどころか、彼の思考力はフジサンの頂上を吹き抜ける風のごとく澄み渡っていた。その思考力が、彼に冷酷な事実を突きつけていたのだ。もはや脱出不能のデッドエンドであることを。

「何故動かない?」とフジキドが訊いた。「大仏に突っ込んでフレームが曲がった上に、足を取られている」とデッドムーン。「私が押してみよう」とフジキド。「押して動く訳が無い。何トンあると思ってる?」「私はニンジャだ、押してみよう」と、フジキドは力強く繰り返して言った「私はニンジャだ」。

 BLAMBLAMBLAM!!!! 「ザッケンナコラー!」本堂に対するマシンガンの制圧射撃はなおも激しさを増し、クローンヤクザの怒声が不協和音を奏でる。そして後方から到着したバズーカ部隊の砲撃が容赦なくダルマ・テンプルを責め苛み……ナムアミダブツ! ついに本堂は大爆発を遂げたのだ!

 だが、テンプルが紅蓮の火柱を上げて大爆発を起こす直前……その本堂の奥深くから重く静かな、しかし断固たる決意を秘めた掛け声が聞こえた! 「Wasshoi!」と! 直後、武装霊柩車のモニタから「脱出不能」の文字が消える! ニトロエンジンが火を噴く! 4つのヘッドライトが闇を切り裂く!

 飛んだ! 満身創痍のネズミハヤイは、再びクロームシルバーの翼を広げ、デッドムーン・オン・ザ・レッドスカイを成す丘の上空を旋回したのだ! それは死の翼を持つ夜の怪物! ニトロエンジンの轟音! 乱射されるマシンガン! バズソーとダイヤモンド・カマ! タケヤリ! クローンヤクザの絶叫!

 毒で半ば意識を失ったニンジャスレイヤーは、ネズミハヤイの小型シュライン部分に死んだように身を横たえてしがみつき、武装霊柩車が飛ぶ独特の感覚を味わっていた。彼の横では、腕だけになったスガワラノ老人が棺もなく佇んでいた。殺戮を終えたデッドムーンは、武装霊柩車を夜の闇へと溶け込ませた。

 チャドー呼吸を繰り返して毒を飛ばしながら、ニンジャスレイヤーはおぼろげな思考を続けていた。デッドムーンを一人の戦士として理解し、敬意を払いもする。確かに彼は敵ではない。だが自分とは絶対に相容れぬ者だ。デッドムーンも恐らく、誰一人とも相容れぬだろう。だからネズミハヤイを選んだのだ……。

 追っ手を振り切ったと考えたデッドムーンは、レッカーに連絡を入れるべく、廃倉庫のシャッターを突き破って強引にネズミハヤイを隠した。恐らくソウカイヤやダークオニ・ヤクザクランは、もう今日は彼に攻撃を仕掛けてこないだろう。運びの仕事は終わったからだ。

「ブッダファック……何が一億だよ」全身を酷い痛みが支配し始めたのを感じた。薬物が切れ始めているのだ。猛烈な眠気が襲う。LANを直結したまま後ろのドアを空ける。ニンジャスレイヤーはいつの間にか姿を消していた。彼は静かに、腕の横で死体のように身を横たえ、レッカーの救援を待つのだった。 


【デッドムーン・オン・ザ・レッドスカイ】終わり


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