【ビースト・オブ・マッポーカリプス後編】セクション別 #12
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「とにかく、ちょっと用事があってよ!」「何?」「全然わからん」仰天するトイコとヨウナシにクールなアイサツをキメたザナドゥは、内心かなり恐怖しながら、病院から外に向かっての高高度跳躍を行った。「イヤーッ!」彼のニンジャ筋力は応えた! 前転して地面に着地した彼は、そのまま走り出した。
(とりあえず……これならいける!)病み上がりの肉体に自己認識をすり合わせながら、彼は速度を上げた。跳べるか?「イヤーッ!」跳べた。彼は「電話王子様」のネオン看板を蹴り上がり、雑居ビル群の屋上から屋上へ駆けた。街を覆っていた緑は枯れて散り、余波めいた茶色い風が吹いていた。
遠景、「ジグラット富士」の眺めが、彼が成し遂げた事をあらためて思い起こさせる。しかし仕事はどうやらまだ終わっていない。目指すのは、あの恐ろしい緑がいまだ繁茂する方角。マルノウチだ。流星が落ち、そこに今、ニンジャスレイヤーの新たなオリガミが生まれた。彼にはそれがわかる。
ニューロンが激しく痛み、あやうく跳躍を失敗しそうになった。幻視じみて視界に重なったのは、闇の中に収束する、赤黒の炎の影だった。何処だ。マルノウチスゴイタカイビルだ。ザナドゥは説明のつかない確信をもって、疾走速度をさらに上げる。巨大な黄金立方体を背負う、あのビルの地下……!
◆◆◆
奈落の底である。
赤黒の炎の欠片がギンカク・オベリスクの周囲を舞う中、ニンジャスレイヤーはアラバマオトシの反動を殺して回転跳躍し、両足と右手の三点で着地した。「アイエエエ!」「アイエエエ!」悲鳴をあげて右往左往する企業兵士らしき者らは眼中になし。
だが、オベリスク前に設置された、茶器。
茶器はLAN直結され、陶器を透かして不穏な光を湛えている。「ヌウウッ……!」ニンジャスレイヤーは頭を押さえた。ジグラットのあの時と同じ感覚だ。全身、全ニューロンが引き裂かれるようなフィードバックの苦しみ。しかしそれは初めての事ではない。制御の手掛かりは身に着けている。
やがて赤黒の炎の欠片たちは一箇所に収束し、新たなアブストラクト・オリガミが固定された。感覚がアンテナじみて増幅され、マスラダは再び、ネオサイタマに覆い被さる影の全容をはっきりと感じ取った。カリュドーンの儀式を。たった今生み出されたオリガミ、そして今まで生じてきたオリガミは、カリュドーンの儀式に楔を打ち、浸食を拒絶する力だ。マスラダはオリガミに意識を寄せた。
儀式と深く繋がる彼は、目の前の茶器に集まる力の流れを見て取ることができる。茶器にはネオサイタマを駆け巡る儀式のエネルギーが流れ着いている。ダムの水門めいて。そして今、そこに電子的に干渉する力がある。ナンシー・リンだ。
ナンシー・リンが茶器を逆流して儀式の中枢を攻撃している。ならば。崩落と悲鳴と粉塵の只中、マスラダは茶器に近づき、手を触れた。
01001……01001……00101……荒野。立ち並ぶ石碑群。そこに立っている者が何者か、すぐにわかった。理不尽に強いられたこの戦いのなか、常に高みより不遜に見下ろしていたニンジャの影だった。
(バカな!)ニンジャは荒野のあちこちに生ずる亀裂に狼狽していた。荒野と黒い部屋が重なり合った。
茶器を足掛かりにナンシーが築いた攻撃の導線が、手に取るように伝わってくる。オリガミを通して、マスラダの感覚はカリュドーンそのものだ。電子攻撃を受ける、焼けるような痛みすらも。
(この道を使わせてもらうぞ。ナンシー=サン)苦痛に構わず、マスラダは感覚同期をさらに強めた。目鼻から血が流れ、燃え始めた。ニューロンが白く染まった。「スウーッ……フウーッ……」マスラダは呼吸を深め、過集中する。
ボン、と音を立てて、茶器に亀裂が走った。その時である。『待て』声が走った。『……いや、やめさせるつもりはない。無茶するなッて話だ。先があるンだろ』マスラダの傍らに立ったのは銀色の影だった。朧な影はマスラダの肩に触れた。
「アンタか」『そう、俺だ』シルバーキーは答えた。『ネオサイタマが磁気嵐に覆われて、此処のギンカクも隔絶されてたが。だけど01001どうも様相が変わってきたかな。今なら少しは役に立てる。微力ながら力を貸そう』身体を駆け巡る激痛が外へ逃げてゆくのをマスラダは感じた。
「終わらせる。この儀式を始めた奴に、わからせてやる時が来た」『ああ。俺にも見える』シルバーキーは答えた。マスラダは見据えた。儀式荒野を、そこに立つ敵を、そして自身をナンシーの攻撃の布石たらしめ耐え続けるサツバツナイトを。『……頼んだぜ。ニンジャスレイヤー=サン』
ニンジャスレイヤーは茶器の亀裂に意識を合わせた。それを引きずり上げた。亀裂は茶器を越えて飛び出し、真上の空間に裂け目を生じた。ニンジャスレイヤーは裂け目に手をかけた。そして……「Wasshoi! Wasshoi! Wasshoi! ……Wasshoi!」彼は超自然の儀式荒野に、エントリーした!
◆◆◆
「バ……カ……な」儀式荒野の主は呆気にとられてニンジャスレイヤーを見た。「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」ニンジャスレイヤーはジゴクめいてアイサツした。「覚悟をしておけと、おれは言った。……わかるか」
「ドーモ。セトです」セトはアイサツに応じた。「汝はまこと、手に余る獣のようだ」「この期に及んで、獣だと? 聞こえなかったのか?」ニンジャスレイヤーは「忍」「殺」のメンポから滴り落ちる炎の血を親指で拭い、振り払う。「おれは、ニンジャスレイヤーだ」KA-BOOOM! 背後の荒野にひときわ大きな亀裂が生まれ、溶岩が爆ぜ噴いた。
ニンジャスレイヤーは仕掛けた!「イヤーッ!」「イヤーッ!」セトは分裂するチョップをいちどきに振り下ろした。「イイイイヤアアアーッ!」ニンジャスレイヤーは地面を抉り、回転し、メイアルーアジコンパッソを繰り出した。燃えるコマめいた連続回し蹴りが全てのチョップを弾き、セトの胸を切り裂いた! セトの本体は、その数インチ奥!
「イヤーッ!」セトは写し身を取り込みながら瞬間移動じみて距離を詰め、古代エジプトカラテ奥義、アンク型の力ある焼き印を残すワン・インチ・アンク・ツキを叩きつけた。ニンジャスレイヤーは引かなかった。ワン・インチ・アンク・ツキの拳を、真正面から殴り返した!「イヤーッ!」
KBAM! アンク型の力ある焼き印が衝突点に発生し、二者は互いに弾かれ、タタミ3枚距離をノックバックした。視線が交錯する。セトは訝しんだ。アンク型のエネルギーの痕跡は消滅せず、崩壊しながら姿を変え、赤黒のアブストラクト・オリガミとなった。儀式荒野を更なる亀裂が襲った!
セトは眉根を寄せた。彼の心眼は瞬時に複数の要因を導き出した。「イヤーッ!」写し身がわかれ、ヒラグモ・デーモン付近にチラつく透明の輪郭を破壊しに向かう!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはセトのカラテを潜り抜け、これを阻止! 写し身を止めた! 庇われたナンシー・リンは離れた地点に再ログインする!
セトは不快さに目を細めた。「モータル如きがオヒガン祭祀の真似事を」「イイイイヤアアーッ!」ニンジャスレイヤーは目を燃やし、写し身を引き裂く!「おれの相手は貴様だ!」「コシャクな……!」セトは舌打ちとともに古代エジプトカラテを構えなおし、残像を発生させながら横へスライドした。
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは燃えるスリケンを複数投じ、新たな写し身を砕き、その反動のままに襲いかかった。「イヤーッ!」「イヤーッ!」セトはニンジャスレイヤーを迎え撃った。腹を穿つような水月突きが入った! だが背中から噴き出したのは臓物ではなく赤黒の炎!
「イヤーッ!」「ヌウーッ!」ニンジャスレイヤーは殴り返した。セトは地面を滑って後退し、防御姿勢をとる。カラテ衝突地点に新たな赤黒のオリガミが生じ、亀裂が深まった。セトは訝しんだ。ニンジャスレイヤーは外から力を取り込んでいる。儀式への電子的攻撃トラフィックから力を引きずりこんでいるのだ!
セトはこの儀式空間からカリュドーンの儀式を管理してきた。邪悪なネットワークを張り巡らせた現実のネオサイタマに、激烈な影響を及ぼしてきた。だが今、その力の経路は逆転し、カリュドーンを拒絶する力が、赤黒の楔が、セトの儀式空間を、そしてセトを、明確に害している!
「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはセトを抉った。セトは写し身にダメージを逃がすが、間髪入れぬ二度目の打撃が本体に届いた。「ヌウーッ!」セトはノックバックした。前傾姿勢のニンジャスレイヤーがさらに間合いを詰める!「イヤーッ!」「イヤーッ!」セトは蹴り上げる!
「グワーッ!」打ち上げられたニンジャスレイヤーは炎を振りまき螺旋回転した。セトは必殺のカラテ、オシリス・スプリッターを空中のニンジャスレイヤーに叩き込み、五臓六腑断裂四散せしめる構えを……一度捨てねばならなかった。かわりに彼はメインフレームUNIXにリソースを送った!
01ノイズ火花を発し、セトの写し身は現身となって、エネアド本社最深部メインフレームUNIX室に出現した。そこにはシステム・カリュドーンに攻撃を仕掛けるモータル……LAN直結したナンシー・リンがいる。脳天をめがけ、彼はチョップを振り下ろす。「イヤーッ!」
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