【アクセス・ディナイド・666】#3
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オノマチ係長は冷蔵庫を開け、追加のバリキドリンクを取り出した。長い夜になる。サラリマンは身体が資本だ。「やってやるよ……!」オノマチは呟いた。その背後で、アンダーテイカーは無表情にそのさまを見つめていた。オノマチは振り返った。「エ、アイエッ!? あ、飲まれますか? センセイも?」
「ノンアルコールではエーテルを高める役には立たない」アンダーテイカーは首を振った。「私はこれです」彼女は強力な缶チューハイ「極寒度シトラス」のプルタブを開け、ストローを挿し込んで、飲み始めた。オノマチは圧倒された。「エーテル……」「オミキの風習を知りませんか? あれです」
「風習ですか。ホイスラー=サンも、そんな事を仰っていました。何のために祈るのかというよりも、祈るという人間の行動に力があって、古今東西で邪悪を祓う力を持っていたと。オミキもそうでしょうか?」オノマチを一瞥しただけで、アンダーテイカーは答えず、そのまま缶をストローで飲み干した。
サーバールームの怪異については、オノマチが口頭にて一通りの説明を済ませてある。トラウマに苛まれながら、オノマチは八本の足と逆さの顔を有する不定形の化け物について語った。11人の死体の額には解読不能の文字が刻まれているという事。ホイスラーが浄化を試みたが失敗した事。
「このままだとウチの会社はどうなるのか」頭を抱えるオノマチに、アンダーテイカーはやや考え、答えた。「被害は貴社には留まりませんね。サーバー機器が完全に汚染されれば、ネットワークを通して貴社の取引先にも被害が及びます。あまりナメては居られない状況なので、安心はさせられません」
「や、やはり、そうですよね? 上の人間は私の報告をまともに取り合いやしない!」「問題解決の暁には、一連の出来事を資料をまとめて提示なさい。頷かざるを得ないでしょう。それを材料に、私は貴社と顧問契約を致します」「え」オノマチは彼女を見た。この件は無料……タダより高いものはないか。
「なにか?」「いえ、わ、わかりました」オノマチは額の汗を拭った。そして覚悟を決めた。「それでは、参りましょう。上から羽織れる防寒具、ご入用かと思います。地下2階は、こちらの……」「ああ、必要ありません」アンダーテイカーはUNIXデッキを示した。「ここで充分」
「ど、どういう事ですか? イカのスシで浄化などは……?」「アハハハ!イカのスシ!」アンダーテイカーは手を叩いて笑った。「しょうもない。いえ、奴にはそれも精一杯の手順といったところです。しかし……そうね。多少の役には立つか」彼女はぶつぶつと呟き、思考を巡らせた。やがて動き出した。
まず彼女はオノマチのデスクの周囲に、般若心経が書かれたビニールテープを張った。まるで事件現場のKATANA隊員の「外して保持」めいていた。ネオサイタマでは、あの隔離テープに近づくだけで銃口を向けられる。それから彼女は四方に四聖獣の絵皿を置き、塩の小山を盛った。
そして彼女は椅子の上にアグラで座った。「オノマチ=サン。貴方のアカウントでログインしてください。まさかモニタに付箋でパスワード貼ってますか?」「い、いえ、していません」「なら、入ってきてください。立ってないで」「入っていいんですか?」「当然でしょう。早くして」「ハイ!」
オノマチは恐る恐るテープをくぐり、アンダーテイカーの横でデッキを操作、ログインを行った。「で、では、よろしくお願いします」「承りました。そのへんで座っていなさい」アンダーテイカーはモニタを凝視した。首から下げた銀のホーリーシンボルの蓋を開き、巻かれた聖別ケーブルを引き出す。
彼女は首の後ろにそれを挿し、デッキに繋いで直結した。そしてタイピングを始めた。物理タイピングの速度が高まり、やがてモニタの表面を0と1が滝めいて流れ落ちると、聖なる論理タイピングが導き出される。オフィスを照らす薄明かりが、ふつふつと明滅した。オノマチは思わず合掌した。
「アレはまだアイサツしていないのね」アンダーテイカーは呟いた。論理タイピングに没入する彼女の口調は、夢めいてどこか現実感がない。「エ、アイサツ、は、はい!」オノマチは頷いた。「私には何がなんだか……」「最初は隠れている。なるほど周到な奴だ。狩りの最終段に、奴は姿をあらわす」
「一体どうすれば」「"私に倒させる"。それが最適解だ。だから、任せておくがいい」アンダーテイカーは言った。UNIXモニタには地下2階各所をリアルタイムで映す監視カメラ映像がザッピングされ始めた。シメナワが巻かれた等間隔のサーバー柱。……死体。「ウウッ」オノマチは呻いた。
「そうね。そう。面白い」アンダーテイカーは半トランス状態で「敵」に語りかけながら、ザッピングを繰り返す。「そうやってお前は不浄を設置して、呪いのメッシュネットワークを作る。罰当たりな奴だ。ご遺族の気持ちを考えたことがあるか。ないだろうね。お前は卑しい存在だ。その卑しさが、お前をサーバールームのどん詰まりに導いたんだよ。惨めだね。もっと惨めになるよ」
映るのは、またも死体。誰のものか、オノマチの位置からだとわからない。「やれやれ。イカのスシか。せっかくだから使ってやろう」デッキのUNIXライト明滅速度が早まった。やがて、映像がハレーションした。
「じい01010いいい10001いいい1001い001011い!」スピーカーがノイズ塗れの音声を拾った。何が起きた!? 白飛びが収まった映像上では、死体のそばで……ナムサン……例の怪異が身を捩り、悶えている!「何だ、不満か? 今まで好き放題やってきたんだろうが」アンダーテイカーはせせら笑った。
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