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【バック・イン・ブラック】

この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードは物理書籍未収録です。時系列としてはネオサイタマ炎上第1巻に収録されている書籍版限定エピソード「ボーン・イン・レッド・ブラック」の直後の内容です。

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1

 午前零時を過ぎた。重金属を含んだ酸性雨は高密度ネオン看板の瞬きを吸い込み、濡れそぼった夜にケミカルな色彩を上塗りしていた。編笠を被った市民たちの表情は乏しく、誰もが何かに耐えているかのよう。「安い。安い。実際安い」「アカチャン……」深夜帯を迎え、広告音声はいっそう騒がしい。

 POWPOWPOW……自動クラクション発生装置をつけたビークルが絶え間ない騒音を撒き散らしながら水溜りを撥ねると、行き倒れのサラリマンから財布や素子を剥ぐ事に執心していたヨタモノ達が振り返り、キツネ・サインをかざす。高層建築に狭く切り取られた夜空を、マグロツェッペリンが横切る。

「とても上がる事!」「日焼けサロン」「中古車」「わ〜なMIRROR店」「賃金馬体系」「たっぷりホットヨガ」。接触不良でバチバチと音を立て明滅するネオン看板の大小。湯気を立てる屋台。混沌。声。死。ここはネオサイタマ。電子的・物理的に鎖国された日本の首都の、あまりに見慣れた光景だ。

 用のある者、無い者、ビジネス者、ヤクザ、オイラン、観光客、迷子、自殺志願、湾岸警備軍のスカウト、危険業務のスカウト、ファーストフード店の呼び込み、カラオケ店の呼び込み。表通りの喧騒は、このまま黄色い夜明けを迎えるその時まで絶える事がない。一方、路地をひとつ入れば、そこは、闇。

 

【バック・イン・ブラック】


「アイエエエエ!」蛍光ゴミの小山に蹴り転がされた男は恐怖と苦痛の悲鳴を上げ、その者を見上げた。「なぜお前がこんな目に遭うか、よもや、わからんとは言うまいな」指骨をボキボキと鳴らしながら再び接近するのは、中肉中背、無地のフード付きPVCレインコートを着た男だった。

「畜生」苛まれた男の手が素早く動いた。男の手元から蛍光ゴミよりも明るい光が発せられた。だが一呼吸の間もなく、その手はPVCレインコート男の足袋によって無慈悲に地べたに押さえつけられていた。民生用プラズマナイフが哀しげに明滅し、アスファルト上をクルクルと転がった。「アイエエエ!」

「なぜお前がこんな目に遭うか」PVCレインコート男は繰り返した。「わかるか?オミオマ=サン!」「アイエエエエ!」オミオマはいよいよ悲鳴を振り絞った。手の甲の骨が砕け、その下でアスファルトが砕け、亀裂が広がってゆく。「アイエエエエ!」「わかるか?と聞いているんだ。質問に答えろ!」

「カナメ=サンの居場所は!死んでも、アイエエエ!」「質問に答えろ」PVCレインコートのニンジャは冷徹に繰り返した。「なぜお前がこんな目に遭うか」「い、言、」「イヤーッ!」「アイエエエ!」ナムサン!今度は逆の手を踏みしめる!亀裂!「アイエエエ!カナメ=サンを匿ったからです!」

「イヤーッ!」「アイエエエ!」ナムサン!もはや両の手は砕け、サイバネ手術をせねばスシ・ユノミを持つこともかなうまい。しかしPVCコートの男は冷徹に繰り返すのだった。「なぜお前がこんな目に遭うか」「カ、カナメ=サンは、その……一人の客に尽くす専属の愛人オイランで……」 

「イヤーッ!」「アイエエエエ!」ナムサン!今度は頭だ!今やオミオマは強制的なドゲザ姿勢を取らされている。「質問に答えろ」「カナメ=サンの客はサイバネ・サディストでしたので……苦痛を見かねた私、ボーイのオミオマ・タヤモが……カナメ=サンを逃し、そして匿った為です」「そうだ」PVCレインコート男は足をどけた。

「ハァーッ……ハァーッ……」オミオマは今や虫の息である。「俺が命じたのだから、お前は命令に応えねばならん。何をくだらぬ無駄口を叩く」「助けて……」「お前から聞き出す話など何もない」PVCレインコート男は告げた。「カナメの居場所は特定済だ」 

「何……」これまでの責め苦よりもなお重い苦しみが、オミオマを襲った。「何だって」「お前は少しやり過ぎた」PVCレインコート男は目を細めた。「そのサイバネ・サディストは、心からカナメを愛しているんだな。奴は己の命をかけた。我々が、奴の生命保険金の受け取り手だ」「何だって……?」

「つまり」男は欠伸した。「お前の惨殺体で心を慰めたのち、カナメに対し思う存分、想いの丈をぶちまけて、その後、自殺するんだとよ。阿呆の性癖なぞ知ったことではないが、知っての通り奴は電磁培養納豆コングロマリットの御曹司。将来もある。そいつの死亡保険金は、十分、ビジネスになる」 

「ア……」オミオマは震えた。男はおもむろにレインコートを脱ぎ捨てた。その姿を見たオミオマは、陸揚げされたマグロめいて白目を剥き、絶叫した。「アイエエエエ!?ニンジャ!?」おお、ナムアミダブツ……その絶叫ももっともだ。レインコートの下から現れた男の姿!それは紺のニンジャ装束だ!

「ニンジャ!ニンジャ!ニンジャナンデ!」「ドーモ。オミオマ=サン。サブシスタンスです」紺のニンジャはわざわざアイサツしてみせた。オミオマはしめやかに失禁した。「なお、カナメの美貌と素質を買って御曹司にマッチングしたのは我々ソウカイ・シンジケートだ。この結末は我々の書いた絵だ」

 ニンジャの邪悪な目が闇に閃いた。「御曹司の行き過ぎた性癖と自己破滅願望、オイラン損傷願望は、コングロマリット会長にとっても懸念点でな。遅かれ早かれこうなった。次男が後を継ぐことになっている。お前のような馬鹿者が現れるのも想定済だ」「アイエエエ」オミオマはもはや失禁する他ない!

「今頃カナメは別働隊が既に確保!なかなかのグッドビズだ。わかるかオミオマ=サン。こんなことをいちいち話してやるのは、お前をこれから惨たらしく……」「オヌシをこれから惨たらしく」笑いを含んだ嗄れ声が、サブシスタンスの背後から湧いた。サブシスタンスは言葉を切り、振り返った。

 その時サブシスタンスに押し寄せた感情を、どのように述べたものだろう。信じられぬものを見た。とにかく彼はそう感じた。なぜなら彼はニンジャであった。ニンジャを恐れぬ者など無い。遺伝子に深く刻み込まれた闇の記憶がそうさせるのだ……通常であれば!だが闇の中に光るその目は!笑ったのだ!

「ドーモ」闇が膨らみ、人の形の影を産み落とした。影はサブシスタンスにオジギを繰り出した。「……はじめまして。サブシスタンス=サン」バチバチと廃棄ネオン看板が爆ぜ輝き、悪魔じみたその影を……赤黒の装束を着たニンジャの姿を照らし出した。「ニンジャスレイヤーです」 

「ドーモ」サブシスタンスは気圧されながらもアイサツを返した。アイサツは絶対の礼儀。オジギをされれば、必ず返さねばならぬ。古事記にもそう書かれている。「……サブシスタンスです」彼はオジギを戻しながら後ずさった。「なぜ俺の名を」「今しがた、そこの男に自ら名乗ったばかりであろう」

「バカな!」「アイエエエエ!」オミオマはニンジャスレイヤーのジゴクめいた眼差しにひと撫でされるや、再失禁して泡を吹き、意識を失った。「そしてサブシスタンス=サン。儂は、こうも聴いたぞ」ニンジャスレイヤーは言った。「ソウカイ・シンジケート」

 廃ネオン看板が再び爆ぜ輝き、メンポ(面頬)に刻まれた禍々しい漢字、「忍」「殺」を浮かび上がらせた。サブシスタンスは心臓を死神の鉤爪に抉り出された。否。恐怖妄想に過ぎない。彼は深く息を吸い、平静を保とうとした。ニューロンが高速稼働し、聞き流した噂を記憶の中から浮かび上がらせた。

 マルノウチ・スゴイタカイビルを爆発炎上させた昨晩の抗争直後、証拠隠滅の任務についていたニンジャ達を殺害した謎の存在があったと……その者はまんまとその場を逃走し、いまだ発見されておらず……「まさか」サブシスタンスは呻いた……今、こうして彼の眼前に立っている。

「別働隊と言ったな」ニンジャスレイヤーはじりじりと近づきながら問う。「それもニンジャか」「……」サブシスタンスはカラテを構え、無言。「そうか、ニンジャか」ニンジャスレイヤーは目に喜色を滲ませる。何たるニンジャ洞察力!ニンジャスレイヤーは瞳孔収縮から情報を読み取ったのだ!

「コッ……コケ脅かしに過ぎない!」サブシスタンスは吠えた。そして飛びかかろうとした!「イヤーッ!」「グワーッ!」サブシスタンスの身体がキリモミ回転しながら吹き飛び、「山小屋で」と書かれた廃ネオン看板に叩きつけられた!ナムサン!それはニンジャスレイヤーの回し蹴りである!

「グワ、アバーッ!」バチバチとネオン看板が爆ぜ、サブシスタンスのへし折れた身体を火花で彩る。ニンジャスレイヤーは前傾姿勢となり、残忍な目を光らせる!「なんたる惰弱なカラテ……なんたる弱体者!」「グワーッ!待て!もはや俺は戦闘不能だ」サブシスタンスは呻いた。「ヤメロ……」「否」

ニンジャスレイヤーは気絶するオミオマを横目で見た。「あの小虫を責め苛み、カナメとやらの居所を絞り出す。それで済む事よ」「ソウカイ・シンジケートに害意があるのか?ならば待て!」サブシスタンスは看板から身を剥がそうともがく。「組織の情報と引き換えに」「無用。次の獲物から訊き出す」

「バカな!」「慈悲はない!」「ヤメロー!ヤメロー!」サブシスタンスがもがく!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが飛びかかる!空中回転!断頭チョップがサブシスタンスの首を刎ね飛ばした!「サヨナラ!」吹き飛んだ首が夜空を斜めに横切り叫ぶと、その胴体は看板もろとも爆発四散した。

「グググ……ググ……」押し殺した笑いに震えながら、ニンジャスレイヤーは気絶したオミオマの元へと近づき、髪を掴んで持ち上げた。オミオマが呻いた。「ググ……グハハハハ!ハハハハハハ!」ニンジャスレイヤーは身をのけぞらせて大笑した。「ニンジャ!殺すべし!」

 (((マルノウチ・スゴイタカイビル)))「ニンジャ!」(((妻子を殺した憎き敵)))「ニンジャ!」ニンジャスレイヤーは吠えた。重金属酸性雨がやがて重金属の雪に変わった。オミオマの身体を掴んだまま、ニンジャスレイヤーは斜めに跳んだ。そしてビル壁を蹴り、屋上へ跳んだ!

 ……「!」その瞬間、ネオサイタマを遥か離れた中国地方の原生林の只中で、一人の老人が刮目した。彼は鬱蒼と生い茂るバンブーに周囲を囲まれ、オジゾウの上でアグラを組んでいた。オジゾウ上でアグラ?然り。そのようなバランス感覚を持ちうるのは常人ではない。この老人もまた、ニンジャなのだ。

 原生バンブー林には遺棄されてなお稼働し続ける自動ボンボリが散財し、ウシミツ・アワーの不気味な夜に、柔らかな光を添えている。老ニンジャは首を振った。正体不明の危機感が彼のニンジャ第六感を唐突に刺激し、メディテーションを破ったのだ。彼は眉根を寄せた。 

 危機感の正体を探るには、時が悪い。何故なら彼は今、差し迫った現実の敵を迎え撃とうとしているからである。読者の皆さんの中に、ニンジャ野伏力の持ち主はおられようか?その方は気づくであろう。ごく細い糸が、バンブーからバンブーへ、無数に張り渡されている事に。 

 この糸の正体は、ナリコである。ナリコとは古来よりニンジャの野伏武器として用いられてきた由緒あるブービートラップだ。老人は自ら周囲数キロに渡って張り巡らせたこのナリコ結界の中で、敵を待ち構えている。老人の名はドラゴン・ゲンドーソー。偉大なるドラゴン・ドージョーのセンセイである。

 ドラゴン・ドージョーの詳細は秘されており、敵はその場所を暴こうと躍起になっている。敵。即ちソウカイ・シンジケートのニンジャ達は。「……」ドラゴン・ゲンドーソーは再び目を閉じ、メディテーションを再開する。このナリコ結界に踏み入り、糸を揺らす者があれば、すぐさま……「イヤーッ!」

 ゲンドーソーは回転ジャンプでオジゾウから真上に跳ね上がり、バンブーを蹴って滑空した。彼のニンジャ聴力は、揺れる糸に括りつけられたナリコ警報機のコロコロと鳴く音を、遠く捉えていた。(((悪しき目的の為、世の理を捻じ曲げる者共め)))飛び渡るゲンドーソーの目は険しかった。 

 (((紛いのワザでニンジャの力を自由にする者に、真のニンジャが屈する事はない!)))「イヤーッ!」ゲンドーソーは首に巻いていた朱色のフロシキを展開した。フロシキがパラシュートめいて風に膨らみ、ゲンドーソーはバンブー林を高速で飛行する! 

 おお、ゴウランガ!見るがいい!これがニンジャの力である。ニンジャとは、ドージョーでカラテを鍛え、ハナミの儀式を経て、常人ならざる力を獲得した超人達だ。このドラゴン・ゲンドーソーもまた、そうした伝説に連なる存在である。彼は厳しい修行を経てこの驚異的な力を獲得したのだ。 

 (((だがしかし、このマッポーの世において)))ゲンドーソーの前方に、目指す敵の影が見えた。まんまとナリコ・トラップにかかりながら、未だその事に気づいていない。(((修行を経ずしてうわべの力を手に入れた紛いの者らが現れはじめた……此奴らのように!)))「イヤーッ!」急降下!

「な……」枯れ葉迷彩装束のニンジャはここへ至ってようやくゲンドーソーの攻撃を察知し、振り返ろうとした。しかしその時、ゲンドーソーは既に敵の足元に着地し、致命的な急降下チョップを繰り出した右手の鮮血を振り払っていた。「ア、アバーッ!?」敵ニンジャの首筋から血が噴き出す!

「貴様、ドラゴン……」噴き出す血を虚しく手で押さえながら、枯れ葉迷彩装束のニンジャはゲンドーソーを指さした。「なぜこんなアンブッシュが可能……」「ドーモ。ローシ・ニンジャです」ゲンドーソーはニンジャとしての真の名を名乗り、アイサツした。「アバーッ!」枯れ葉ニンジャは倒れた。

「タワケめ!アイサツする力も無しか」ゲンドーソーは言い捨てた。「せめて名乗れ!」「アバーッ!」枯れ葉ニンジャは痙攣しながら名乗った。「デッドリーフです!サヨナラ!」断末魔とともにその身体は爆発四散!ゲンドーソーはカラテを解かぬ!背後の落ち葉が隆起し、中から新手が飛び出す

「イヤーッ!」地中から跳びだした土色装束のニンジャは空中でキリモミ回転、得物の手斧でゲンドーソーを襲った。「イヤーッ!」ゲンドーソーは大地を踏みしめ、振り向きざまの強烈な裏拳を繰り出し、このニンジャの顔面を破砕した!「グワーッ!」

「ドーモ。ローシ・ニンジャです」ゲンドーソーはあえて再度のオジギを繰り出す。土色ニンジャは砕けたメンポの隙間から血を流しながら起き上がり、アイサツを返した。「ドーモ。ローシ・ニンジャ=サン。タルピダイです」「ソウカイヤ!オヌシらごときサンシタに遅れを取ると思うてか!」

「ジジイめ。ソウカイ・シンジケートをナメるな」タルピダイは手斧のカラテを構え直した。「古ぼけたドージョーの1つ2つ、すぐに潰してくれるわ。俺達は無敵のニンジャ集団だ!」「ニンジャだと?死せる魂をその身に宿し、それでニンジャとは!実際おこがましい!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」

「グワーッ!」ゲンドーソーのヤリめいたサイドキックがタルピダイの腹部を捉えた。タルピダイは背中からバンブーに激突、血を吐いた!「オゴーッ!」「ノー・カラテ、ノー・ニンジャ」ゲンドーソーは言った。「ニンジャとは"である"者ではない。"する"者なり」 

 ゲンドーソーの心に勝利の猛りは無かった。彼は嘆いていた。このマッポーの世を密かに騒がす超自然の事態あり。死せるニンジャの魂が時を超えて現世に降下し、常人の身体に憑依融合、強制的にニンジャたらしめる現象が頻発しているのだ。 

 ソウカイ・シンジケートはそうしたニンジャ憑依者の集団だ。欲望と力に溺れ、日本の政財界を闇から支配する者達……。中国地方の奥地にドージョーを構え、日々、カラテの研鑽に励むドラゴン・ニンジャ・クランの価値観は、ソウカイ・シンジケートにとって、目の上の瘤以外の何物でもなかった。

「そうやって、鼻高々で見下しておるがよいわ」タルピダイは罵った。「貴様はラオモト=サンの力を知らぬ……貴様はシックスゲイツの戦士の力を知らぬ。ダークニンジャ=サンの力を知らぬ!」「ほざくがいい。ニンジャの秘密をオヌシら邪欲の徒にくれてやる気など蚊ほども無し!」「増上慢よ!」

「イヤーッ!」ゲンドーソーが放ったスリケンが、タルピダイの額を貫通した。「サヨナラ!」タルピダイは爆発四散した。ドラゴン・ゲンドーソーはザンシンし、再びナリコ・トラップの静寂を聴いた。……クリアだ。ドージョーを暴きにやってきたソウカイ・シンジケートのニンジャは全て仕留めた。

「お祖父様」バンブーの陰から、可憐な乙女が姿を現す。そのバストは豊満である。「ユカノ」ゲンドーソーは眉根を寄せた。「何故ついて参った?オヌシは未だメンキョを持たぬ身。なによりドージョーを他の者らと護る役目が」「私も戦いたかったの。力になりたくて。でも」彼女は爆発四散痕を見た。

「既に事は済んでしまったようですね」「それでよいのだユカノ。憑依ニンジャといえど、その身体能力は決して侮れぬのだぞ」「私も実戦の経験を積まなければ……」「ヌウーッ」ゲンドーソーは顎をさすった。軽やかな足取りの孫娘と共に山道を戻りながら、彼は先程の謎の危機感を思い出していた。


2

「マルノウチ・スゴイタカイビル……惨劇のクリスマス・イブの爪痕……マッポ、消防は現在も全く現場を収拾できておらず……」街頭ビジョンにはオイラン・ニュースキャスターが映り、ニュース原稿を冷たく読み上げている。背後のフリップボードには「公権力職務は怠慢か」のショドー。

「現在も現場周辺ではものものしい警備体制が敷かれており、市民との衝突が散見されます」映像が切り替わると、棒を持って殴り合うヘルメット市民とマッポ達、投げ込まれる火炎瓶。あるいは路上ヤグラの上で祈祷するカルティスト……「マッポーの世!悪の起こり!入信しなさい!」

「まったくこの街と来たら、騒がしくてならねえよな」廃オフィスビルの4階事務所跡、窓越しに外のモニタビジョンの明滅を眺めながら、マットグリーン装束のニンジャは嘲るように言った。彼が視線を戻した先にはキモノをはだけた美しいオイランが縛られている。「なあ、カナメ=サンよ」

 美しいオイランは両手を後ろで拘束されている。両手首には陶磁器を思わせる美しい腕輪が嵌っている。これは実際アクセサリーではなく、サイバネティクス。アンダーグラウンドな手術によって移植された、装飾・拘束具なのだ。手首を繋ぐのは白金の鎖だった。「どうか……お慈悲を」「慈悲とは」

「私がオミオマ=サンをたぶらかしたのです。オミオマ=サンは騙されただけの」「やめろ!そういうメロドラマティックなやつは!」ニンジャは遮った。「相手を見てモノを言え?そういう穏やかな裁判めいた酌量をする組織に見えるか、ンンッ!?」オイランの顎を掴み、顔を近づける!「アイエエエ!」

 ニンジャのメンポ(面頬)がスズメバチの顎めいて開き、シュウシュウと音を立てる。カナメはぐっと目を閉じ、歯を食いしばる。ニンジャは笑った。「お前の肉体を蹂躙したい!だが残念なことに、まずは無事に連れて帰る事が条件になっている。その点安心して構わない。シンジケートは多少約束を守る」

 ニンジャは震えるカナメを存分に脅したのち、出入り口に目をやった。そこには揃いのダークスーツとサイバーサングラスを身につけ、同じ髪型、同じ背丈の男達が五人、横並びに直立している。まるで五つ子。クローンヤクザなのだ。彼らは無駄口を叩かず、時折タンを床に吐きながら指示を待つ。

「もはやこの場に用は無し。運び出せ」「「「「「ハイヨロコンデー!」」」」」一糸乱れぬ応答!兵隊のマーチめいて歩いてくるクローンヤクザめがけ、ニンジャはカナメを足で転がした。「アイエエエ!」「クソ御曹子はお前に最後のサイバネ手術を施したのち、セプクするんだ。お前も興奮するのか?」

 カナメは声もなく嗚咽した。涙が零れる。オイランの胸に去来するのは、それまでの人生……どこで道を誤ったか……そうした後悔、感傷のたぐいか。「ヘドが出る!」ニンジャは吐き捨てた。「自分が特別な悲劇の主人公とでも思っているのか?お前のようなイディオットはありふれ……」「イヤーッ!」

 ニンジャは突然のシャウトに振り返る。窓の外に影!KRAAASH!窓ガラスが破砕!「これは!」ニンジャは飛来するガラス片全てを素早くつまみ取り、負傷を防いだ。「アイエエエ!」カナメは血にまみれた。「ザッケンナコラー!」「スッゾオラー!」クローンヤクザはチャカ・ガンを構えた。

 窓ガラスを砕きながら躍り込んで来たのが赤黒装束のニンジャだとわかったとき、既にクローンヤクザ五体のうち三体は額にスリケンを受け、死にながら倒れていた。「ザッケンナコラー!」「スッゾオラー!」残る二体がチャカ・ガンを乱射する。赤黒装束のニンジャの両腕が霞む。射撃が止む。無傷。

 赤黒のニンジャは両手をかざし、開いた。その手から焼けた銃弾がパラパラとこぼれ、床を散らばった。「ドーモ」そしてその者は流れるようなアイサツを繰り出した。「ニンジャスレイヤーです」

「ドーモ。ニンジャスレイヤー=サン」対するニンジャのニューロンが急加速。この者がただならぬカラテの持ち主であることを認識する。彼はオジギを返した。「パラポネラです」「ソウカイ・シンジケートのニンジャだな?」ニンジャスレイヤーは目を細めた。「何……」「イヤーッ!」

 一瞬の踏み込みで、ニンジャスレイヤーはパラポネラのワン・インチ距離にあった。パラポネラの時間感覚が圧縮した。彼は身をそらし、襲い来るニンジャスレイヤーの右手を避けた。「グワーッ!」パラポネラの胸部が逆袈裟に裂け、血が噴き出す!

「ザッケンナコラー!」「スッゾオラー!」BLAMBLAM!チャカ・ガンをリロードし終えたクローンヤクザ残り二体が両横からニンジャスレイヤーを射撃した。「イヤーッ!」赤黒の死神はレーザーポインターめいた眼光の軌跡を闇に描き、跳んだ。「アバーッ!」右ヤクザの首が捩切れ即死!

「ワメッコラー!」BLAMBLAM!ヤクザスラングを叫びながら、左ヤクザがニンジャスレイヤーめがけ更なる銃弾を撃ち込む。パラポネラはその隙にバック転を打ち、体勢復帰、カラテを構え直した。「イヤーッ!」赤黒の影が跳ねた。「アバーッ!」左ヤクザの首が捩切れ即死!

「隙有り!」左ヤクザの死体を踏みしめながら着地するニンジャスレイヤーめがけ、パラポネラが飛びかかった。メンポの蟻めいた顎が展開し、毒液を撒き散らす!ナムサン!噛みつき攻撃だ!パラポネラの攻撃に躊躇は無い。先ほどの傷は致命傷の一歩手前だ。恐るべき敵!容赦は要らぬ!「イヤーッ!」

「グワーッ!?」パラポネラは次の瞬間、顎を下から蹴られ、仰け反りながら吹き飛ばされていた。ホワイトアウトしかかる視界の端、彼は蹴りの勢いのまま鮮やかに宙返りをするニンジャスレイヤーを垣間見た。ゴウランガ……あれは伝説のカラテ奥義、サマーソルトキック。

 蹴りの衝撃でパラポネラのメンポは弾け飛んだ。これまで幾多の犠牲者を貪り喰いながら殺めてきた致命的な噛みつき攻撃も、或いはそれを凌いだ強者を苦痛の中で悶絶せしめた毒液攻撃も、その真価を発揮できぬまま、奪い去られたのである。彼の意識は途絶した。

 ……パラポネラは意識を取り戻した。気絶は僅か数秒であった。まず目に入ったのは、見下ろす赤黒の瞳。そして、恐怖をあおる字体で「忍」「殺」と刻まれたメンポだった。彼はニンジャスレイヤーを跳ね除けようとした。だが、かなわなかった。完全なマウント・ポジションを取られている。

「何者だ」パラポネラは呻いた。「ニンジャスレイヤー……知らぬ名前……ソウカイヤのニンジャではない!何が目的だ?」「オヌシらをすべて殺す」ニンジャスレイヤーは即答した。パラポネラは恐怖した。「何故だ」「……マルノウチ」赤黒の死神は言葉を押し出すように言った。「スゴイタカイビル」

 マルノウチ・スゴイタカイビル?「現在もマルノウチ・スゴイタカイビルでは撤去作業の準備が進んでいますが、遅々として進まず……」パラポネラの疑問に答えるかのように、外の街のモニタの中、オイラン・キャスターがニュースを読み上げた。マルノウチ……抗争……昨晩の……? 

「フユコ」死神が不意に呟いた。「トチノキ」「何だと」パラポネラはもがく。はねのけられない。彼の思考は高速化し、逆境を逃れる手段を探そうとする。「昨晩の抗争に、クソッ、関係があるのか?あれは……」パラポネラの問いは尻すぼみに消えた。ニンジャスレイヤーは涙を流していた。血の涙を。

 血の涙が零れ、パラポネラの装束を染める。彼はニンジャスレイヤーの双眸の変化を察知した。邪悪なセンコ花火じみていた超自然の眼光は何故か鳴りを潜め、人間らしい瞳に変化していた。パラポネラは一抹の希望を抱いた。交渉の余地を感じたのだ。「聞け、ニンジャスレイヤー=サン」「なぜ殺した」

「何だと……?」「なぜ殺した」「何……何でも答えよう!ソウカイヤに恨みがあるのなら、情報を売る……俺は所詮末端のニンジャに過ぎぬ、ゆえに力になれるかはわからぬ、だが……」「なぜ殺した!」パラポネラはその瞬間、完全に絶望した。ニンジャスレイヤーの双眸を染めるのは憤怒だった。

「イヤーッ!」拳が降ってきた。「グワーッ!」パラポネラは逃れられない。「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」殴られながら、パラポネラは殺戮者をもう一度見た。殴るほどにその右目の瞳は収縮し、人間らしさを残す左目と極度の対照を示した。「イヤーッ!」「グワーッ!」

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」やがて左目も右目同様に収縮し、先刻の恐るべき悪鬼の形相が再び戻った……「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」血の涙は燃えながら蒸発した。そしてニンジャスレイヤーは笑い出した。

◆◆◆

「イヤーッ!」「アバーッ!」クローンヤクザの胴体をチョップ突きが無慈悲に貫通した。「ザッケンナコラー!」「スッゾオラー!」クローンヤクザ達は一斉にアサルトライフル掃射をかけた。ニンジャスレイヤーは胴体貫通殺したヤクザの身体を盾とし、銃弾を受けながら急接近した。「イヤーッ!」

「グワーッ!」掃射ヤクザの首が折れ曲がり、即死した。ニンジャスレイヤーが肉盾を投げ捨てながら、恐るべき精度のケリを繰り出したのだ。「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」他の掃射ヤクザが同様の死体となるのに10秒とかからなかった。

「バカな!」信じがたい殺戮光景に色を失い後ずさったのは、ソウカイヤのニンジャ、ヘルディーラーである。港湾倉庫前の禁止薬物取引の現場は、突如乱入した赤黒のニンジャに破られた。取引相手の請負業者役員……従業員を薬物労働させる為の取引だ……は既に惨たらしく引き裂かれ、死んでいる。

「一体貴様は……俺はソウカイ・シンジケートのニンジャだぞ!俺を殺せば貴様はいずれ」ニンジャスレイヤーはツカツカと接近する。もはやこの港湾倉庫前において、生存者は彼を除きヘルディーラーただ一人!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 強烈な殴打の衝撃でヘルディーラーの捻じ曲がった身体は弾丸めいて吹き飛び、赤いドラム缶に叩きつけられた。「サヨナラ!」ヘルディーラーが爆発四散すると、赤いドラム缶に満たされた危険物質が誘爆!KABOOOM!港湾倉庫が炎に呑まれる!「ハハハハハハ!」ニンジャスレイヤーは哄笑!

「イヤーッ!」その時、暗い海の方向から飛来したスリケンあり!ニンジャスレイヤーは振り向きながら手をかざし、この飛び道具を指先で掴みとった。死神の視線の先、冷たい水面をジグザグに動きながら向かってくるのは新たなニンジャだった。その足元にホバーホイール!あれで水面を滑るのだ!

「ドーモ。ニンジャスレイヤー=サン」水面をジグザグに滑りながら、そのニンジャは先手を打ってアイサツを繰り出す。然り。ニンジャスレイヤーの名を呼んだのだ。「ラバーダックです」「……ドーモ。ラバーダック=サン。ニンジャスレイヤーです」ニンジャスレイヤーは炎を背にアイサツした。

「テロリストめ!貴様の狼藉は既にシンジケートの知るところだ。命運尽きたり!」水面を滑りながらラバーダックが宣告した。「ソウカイヤに仇なす者の末路の新たなサンプルとなれ、ニンジャスレイヤー=サン!」その上空を横切る四角い影あり!ナムサン!それは凧!ニンジャが凧を背負っている!

 巨大な凧には「キリステ」「囲んで棒で叩く」「逃げ場は無い」などの恐るべきショドーが為されている。不用意にそれらを目にすれば、手練であっても動揺は避けられず、心弱き者ならば即座に失禁、泡を吹いて倒れるであろう。だがニンジャスレイヤーはこの精神攻撃に耐えた。「アメンボに、蚊か!」

 そしてニンジャ視力をお持ちの方であれば、凧を背負うニンジャがもう一人のニンジャを抱えている事に気づいた筈だ。「イヤーッ!」凧のニンジャが手を離すと、その者は空中をクルクルと回転しながら落下、ニンジャスレイヤーからタタミ数枚離れた間合いに着地した。「ドーモ。スクワッシャーです」

「イヤーッ!」港湾至近距離を滑りながら、ラバーダックは無数の火炎瓶を投擲!炎をもって退路を塞いだうえでスリケン攻撃を開始!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは側転でスリケンを回避、着地と同時にスクワッシャーにオジギした!「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」

「俺様にスリケンは効かぬ」スクワッシャーの鉛色ニンジャアーマーが、無差別的に投擲されるラバーダックのスリケンを跳ね返す。彼はじりじりとニンジャスレイヤーに接近する。「だがお前にはスリケンが効く」然り。ニンジャスレイヤーは飛来するスリケンを躱しながら対峙する事を強いられている。

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはスリケンの合間を縫ってチョップを繰り出す!スクワッシャーはこれをガード!「ヌルい。容易なカラテよ」スクワッシャーが勝ち誇った。「スリケンと炎によって貴様のカラテは直線的にならざるを得ない。この挟み撃ち殺法で貴様のカラテは確実に半分以下だ!」

「イヤッ!イヤッ!イヤーッ!」背後の水上からはラバーダックがスリケンを無数に投擲!スクワッシャーの身体にもフレンドリーファイアするが、意に介さない!「俺様にスリケンは効かぬからな!イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはスクワッシャーのチョップを受ける。重い!

「イヤーッ!」再びスクワッシャーのチョップ。重い!ニンジャスレイヤーは圧力に押され後退する。中腰姿勢を取る。その背にスリケンが突き刺さる!「避ける力も無くなったか」スクワッシャーが言った。「ミュルミドン=サンを殺したお前も半分になれば所詮弱敵以下よーッ!」「イヤーッ!」

「グワーッ!?」スクワッシャーが呻いた。彼の脇腹にチョップ突きがめり込んでいた。「バカな!」スクワッシャーは目を剥いた。ニンジャアーマーの接合部は必然的に装甲性能が落ちる。そこを突いたというのか?「ヤメロ!イヤーッ!」チョップを振り下ろす!ニンジャスレイヤーはガード!

「なんたる蛮勇行為」スクワッシャーは腕に力を込める。ニンジャスレイヤーの背に再びスリケンが突き刺さった。ニンジャのスリケンは銃よりも遥かに殺傷力の高い投擲兵器である。もう数度スリケンを受ければ、ニンジャスレイヤーは実際死ぬであろう!「どちらにせよ貴様は死ぬ!」「イヤーッ!」

「グワーッ!?」次の瞬間、ニンジャスレイヤーとスクワッシャーの立ち位置は逆転していた。まるでオスモウのドヒョー・リング際だ。スクワッシャーのアーマーに片手をこじ入れ、カラテを削いだニンジャスレイヤーは、その重いニンジャアーマーごと、スクワッシャーの身体を動かしたのである。 

「貴様……」スクワッシャーの背中が飛来するスリケンを次々弾いた。これでは盾だ。彼はニンジャスレヤーから離れようと身を捩った。だがニンジャスレイヤーはそれを許しはしない。スクワッシャーは残忍な笑みを前にしていた。不意に彼は恐怖を覚えた。「何を……」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 スクワッシャーのニンジャアーマー胸部が、剥がれた!スクワッシャーは狼狽えた。脇腹にこじ入れたニンジャスレイヤーの手だ!接合部から力を込め、装甲を破壊したのである!「バカな!」スクワッシャーの背中はラバーダックのスリケンを弾き続ける。このとき彼は狙いを悟った!「ヤ……ヤメロ!」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは装甲を投げ捨てると、スクワッシャーの腰を掴み、強制的に180度方向転換させた!「ヤメ……グワーッ!グワ、グワーッ!?」スクワッシャーの悲鳴!おお、何たることか!彼の前部にもはやスリケンを無効化するアーマーの助けは無いというのに!「グワーッ!」

 スクワッシャーはスリケンを受けながら叫んだ。「ヤメロ!ヤメローッ!ラバーダック=サン!やめてくれーッ!」おお、ナムアミダブツ!ニンジャスレイヤーの退路を断つべく撒き散らされた火炎瓶の炎がラバーダックの視線を遮蔽してしまっている。とにかく大量のスリケンを投擲する戦術なのだ!

「グハハハハハ!」ニンジャスレイヤーは笑った。「さよう鈍重な鎧に頼りきり、カラテを怠ったオヌシのウカツよ!ヨロイ・ニンジャ・クランのニンジャの風下にもおけぬサンシタめが……奴らはかつて、黒鉄の甲冑を身にまといながらセキバハラを馬よりも疾く駆けてみせたわ!」「アバーッ!」

「……何が起きている?」ラバーダックは異常を察知しスリケン投擲を止めた。水上を滑りながら、彼は炎の奥で起こっている出来事を知ろうとした。どちらにせよ、この水上距離を保っている限り、ラバーダックに負けはない。仮にスクワッシャーが敗れたとしても、この地の利があれば!「イヤーッ!」

 その時、炎の中から巨大な何かが飛んできた。人のサイズ。「ウヌッ!」ラバーダックは水上を滑り、飛来物を回避した。水飛沫を上げて水面に大の字に浮かんだのは……おお、ナムアミダブツ。「スクワッシャー=サン」ラバーダックは水上を滑りながら一瞬呆然となった。スクワッシャーは沈み始めた。

「イヤーッ!」次の瞬間、もう一つの影が炎の中から飛び出した。「貴様は!」ラバーダックは水上を滑りながら身構えた。それは当然ニンジャスレイヤーである!赤黒の死神は沈みゆくスクワッシャーの身体に着地!そして再跳躍!「イヤーッ!」「な……」ラバーダックは目を見開く。迫る。死が。

「アバーッ!」ラバーダックの首はニンジャスレイヤーの回転跳び蹴りを横から受け、一撃で切り離された。「サヨナラ!」ラバーダックは水上を滑りながら爆発四散した。水飛沫が間欠泉めいて夜空高く噴き上がる。「サヨナラ!」その数秒後、海中のスクワッシャーが爆発四散。間欠泉が二つになった。

 今や港湾倉庫群は燃え広がる炎に呑まれ、ゴウゴウと音を立てるアビ・インフェルノ・ジゴクの有り様である。海中から赤黒の腕が上がり、港のふちを掴んだ。それからもう一方の腕。身体を引き上げ、地上に立つ。ニンジャスレイヤーは歩き出す。したたる水は内なる火に焼かれ、見る間に蒸発してゆく。

「よいぞ……よいぞフジキド」ニンジャスレイヤーは言った。「この凄まじき憎悪!心地よい!オヌシのしたいようにさせてやろう。殺すのだ」彼は独りごちた。「殺し、殺し、殺すのだ。その身滅ぼすまで!儂が行けるところまで連れて行ってやろう!ジゴクの果てまでな!グググ……グググハハハハ!」


3

『マルノウチ・スゴイタカイビルの爆発事故の収拾のメドがたたずにいるなか、今度は港湾地区において巨大火災です』『年末に向けて、捨て鉢な犯行が増えます』『同一犯という噂も』『スゴイタカイビルは事故です!テロリズム説を流し、ビル建設業者と担当官庁の癒着を隠匿する欺瞞……』

 暗い事務所の一角、光源はテレビモニタの光のみ。モニタの前に佇む男の輪郭が壁に投射され、化け物じみた影を作る。だがしかし、恐るべきはこの影ではなく、この者自身である。赤黒の装束と、「忍」「殺」のメンポ(面頬)を身につけた、この殺戮者である。

 赤黒のニンジャはリモコンを手にしている。モニタを見据える無感情な眼差し。TVチャネルのザッピングを繰り返す。『港湾火災の被害の正確な内容は時を待たねばならず……』ZAP『無言の帰宅』ZAP『この騒動に関連し、一部地域では市民暴動が』ZAP『遅すぎるんですよ!現政権の……』

『スゴイタカイビル』ZAP『なんてクリスマスだ!このままでは貴方も!オショガツも迎えられるかわかりませんよ!』ZAP『ザリザリザ我々は進歩的闘争組織イッキ・ウチコワシ。我々は貴方に語りかけています』ZAP『お子様にはバリキドリンク・キッズ!一家で乗り切ろう!』ZAP……。

 ガリ。ニンジャスレイヤーの足元で、うつ伏せの死体が、否、瀕死者が、床を掻いた。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは即座に振り向き、瀕死のニンジャの後頭部を踏み砕いた。「サヨナラ!」ニンジャは爆発四散した。今や室内の凄惨なイクサの痕跡はあきらかだ。調度は破壊し尽くされ、壁には血痕。

 ニンジャスレイヤーは肩を震わせ、息を大きく吐く。瞳が収縮し、赤黒い、センコ花火じみた光が徐々に灯る。『続きまして、ササキ・ノシロウ=サン。イサマ・トウシロ=サン。ユメ・カシビマ=サン。ヤマ・スギモト=サン。ヤマ・リンゴ=サン。フジキド・フユコ=サン。フジキド・トチノキ=サン』

 ニンジャスレイヤーはガラスの割れ失せたベランダ・サッシの枠を見やった。『ご家族、ご親族の方で、身元照会が可能な方は下記の申請番号を……』ニンジャスレイヤーは床を蹴り、ベランダから夜の闇へ跳んだ。「Wasshoi!」


◆◆◆


「ドーモ。ニンジャスレイヤー=サン。ラウンダーズです」「ドーモ。ラウンダーズ=サン。ニンジャスレイヤーです」「貴様のカラテは見切った……俺のトテキ・ジツを破れる者など無し」「イヤーッ!」「グワーッ!?」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!サヨナラ!」 


◆◆◆


「ドーモ。サイプレス=サン。ニンジャスレイヤーです」「ドーモ。ニンジャスレイヤー=サン。この場所が何故外部者に……」「イヤーッ!」「グワーッ!?」「イヤーッ!」「グワーッ!待て!何が望みだ!」「グググ……イヤーッ!」「アバーッ!?」「イヤーッ!」「グワーッ!サヨナラ!」


◆◆◆


「ヤメロ!ニンジャスレイヤー=サン!この俺を殺す事の重みを知るべし!俺を殺せばこの債務者どもの命も無い!バイタル・リンクだ。彼らは納得づくで俺に権利を……」「ググ……グハハハ!言うに事欠いて左様な戯れ言を。なべて死すべし!景気が良いわ!イヤーッ!」「アバーッ!サヨナラ!」

『続きまして、ヘルバトルサーベルドッグ・ヤクザクラン事務所のデイリ事件です。オヤブン以下12名を残らず……凄惨な殺戮行為……付近を通行していた市民2名が犠牲に……』『……イカコメ自己活力セミナー会場に押し入った暴漢が会長を殺害、セミナー参加者市民からも7名の死者……』

『続報です。何が起こっているのでしょう?』『消火活動』『騒ぎに便乗し、年の瀬強盗団が……』『続報です。年の瀬強盗団のアジトが何者かに襲撃を受け……アジトの炎上に伴い、マンション住民が巻き添えに……』『宇宙旅行カフェ、オープン!宇宙オイラン達と美味満喫!ここなら宇宙アルヨ!』


◆◆◆


「やめてください死にたくない」息も絶え絶えのニンジャが炎の中で呟く。ニンジャスレイヤーは哄笑した。「ブザマ!己は殺したいだけ殺すが、殺されるはごめんとな!そうよのう、そうよのう。今のオヌシはまさにインガオホー、観念してハイクを詠め!グッハハハハハ!」「グワーッ!」


◆◆◆


 まさにその瞬間。遠く離れたとあるドージョー、力強く神秘的なカタカナで「ドラゴン」と刺繍された掛け軸の下、龍の刺繍を入れたニンジャ装束を着、積み重ねた座布団に正座して瞑想にふけっていた老人が、カッと目を開いた。

「お爺様?」近くで同様に正座していた美しい娘が、老人を振り仰いだ。老人は唸った。「なんたる邪悪!」

 娘は不安げな視線を送った。娘のバストは豊満である。「邪悪?」「ユカノ!牛車を用意せい!」「こんな時間にでございますか」老人は厳しく頷いた。そして呟く。「これは一体いかなるシルシか」老人は眉間に皺寄せ、沈思黙考した。瞬間的な思考ノイズとして片付けるわけには、もはやゆかぬ。

 今やドラゴン・ゲンドーソーは、その正体不明の邪悪な殺意を、ピリピリとガサつく空気中の微弱な電磁波動めいて感じ続けていた。ニンジャソウル憑依者と相対するとき、彼はこの特徴的なガサつきを感ずる。しかし、これほど強い感覚を……しかもこの場におらぬ、恐らくずっと遠方の存在から!不穏!

「ロウオオオオオン!」その時、ドージョー庭から、空気を震わす唸り声が轟いた。「整ったか!」ゲンドーソーは正座姿勢のまま座布団の上で1メートルほど跳躍、宙返りしてタタミの上に着地すると、連続で側転しながら屋外へ飛び出した。「イヤーッ!」

 庭を見よ!ゲンドーソーの弟子のニュービー・ニンジャ達が必死でシメナワを引き、どうにか御するは、象よりもなお猛々しく巨大な一頭のバッファローであった。バッファローはその後ろに朱塗りの二輪車を備える瓦屋根付きのカゴを牽いてきていた。そこには緊張した面持ちのユカノが座する。牛車だ!

「ロウオオオーン!」「イヤーッ!」ゲンドーソーは縁側に手を突き、10メートル上空へ跳躍!空中で三回転したのち、牛車車両後部座席へ滑らかに着地した!ゲンドーソーはユカノが運転席に座する意味を考えた。だが、もはや止めはしなかった。「ゆくぞ!ユカノ!」「はい、お爺様!」

「ネオサイタマだ!」ゲンドーソーは命じた。邪悪なアトモスフィアはまさに、かの貪婪の都から発せられている!「イヤーッ!」ユカノは手綱を掴み、打ち振った。「ロウオオオーン!」バッファローは白砂に蹄鉄を打ちつけたのち、走り出した!「アイエエエ!」進行方向のニュービーが転がり避ける!

 たちまちのうち、牛車は参道めいた坂道を恐るべき速度で走り下りる。敷地外へ出てしまえば、ドージョーはこの広大な山林の中に幾つも打ち棄てられたジンジャ・シュライン廃墟群のひとつにしか見えない。「ロウオオオオーン!」「ゆけ!遅きに失する前に!」ゲンドーソーはその目を爛々と輝かす!

 平安時代の昔、ニンジャ貴族たちは牛車を駆り、敵陣の姫を強奪した。巨大なバッファローは行く手のモータル兵や槍衾、馬上のニンジャを吹き飛ばし、城門を破る、力への意志の具現であったのだ。現代日本、バッファローのサイズはかなり小さくなった。それでも、いまだこのような巨大種は存在する!

「……」ソウカイヤのニンジャ、コーシャスは、落ち葉の中に身を屈め、ニンジャの足跡を発見した。「これは」彼は注意深くその角度を確かめ、次の足跡を発見した。この方向にドージョーあり!「ついに!」発見!キンボシだ!彼は快哉しようとした。その時、「ロウオオーン!」「何、アバーッ!?」

 コーシャスの爆発四散を尻目に、牛車は更に速度を上げてゆく!目的地はネオサイタマ……その地で彼らは何を為そうというのか……?


◆◆◆


 稲妻が閃き、強化ガラス張りの畳空間をモノトーンに切り取った。一瞬の閃光に浮かび上がったのは、積み上げられたタタミ玉座上の威圧的な影と、しなだれかかるオイラン達、そして、跪く二人のニンジャであった。

「……どうもムズ痒い」玉座上の男は閉じた扇子でオイランをピシャリと無意味に打ち据えたのち、首筋を掻いた。白い髪と凶悪かつ豪壮なメンポ、ダブルのスーツの帝王は、そう呟いて、ニンジャ二人をギロリと見下ろした。「抗争直後のドサクサに、ふざけた動きをしている虫がおるな」 

「僭越ながら」口を挟んだのは、跪くニンジャの一方であった。「これ以上その虫を捨て置けば……」「捨て置けば、何だ」帝王はギロリと睨んだ。睨まれたニンジャは言葉を切ったが、目を逸らしはしなかった。その横で、オブシディアン色のニンジャは奥ゆかしく沈黙を続けている。

 帝王の名はラオモト・カン。このトコロザワ・ピラー天守閣からネオサイタマを睥睨するソウカイ・シンジケートの大首領その人だ。その眼力は並のニンジャをして失禁せしめる威圧力をもつ。だが、ここに侍る二人のニンジャは動じない……それ程までのカラテを持つニンジャ戦士なのだ!

「ソウカイ・シンジケートはラオモト=サンの絶対の力を以て、ネオサイタマを支配する」黒玉色の提言者は怖じずに言った。「その絶対の力を試す者が存在を許されている。その事実が既に、この私には耐え難い事です」ラオモトは鼻で笑った。「なかなか言うな。ドミナント=サン。誰の受け売りだ」

「ご存知でしょう」ドミナントは答えた。「帝王の煩わしさを先回って潰し、些末事にとらわれること無きよう計らうのが、私とソウカイ・シックスゲイツの重大な役目」ドミナントは横目で隣のオブシディアン色のニンジャを見た。その眼差しには牽制のニュアンスがあった。

「つまらぬ虫を相手に初陣を望むか」「虫であるからこそ、気楽に望めます」ドミナントは頷いた。「シックスゲイツを動かし、それが仮に敗れる事あらば……あり得ませぬが……それこそ格好がつきますまい?その点、私ならば、所詮は初陣。惜しみなく使い捨ててよい立場です」「口の達者な男よ」

 ラオモトはこの会話を楽しんでいるようだった。「ゲイトキーパー=サンからその口達者も仕込まれたか」「然り。カラテのみならず」「……ダークニンジャ=サン!」ラオモトは不意に、その隣のオブシディアン色のニンジャに扇子を向けた。「この件、オヌシに意見はあるか」

「私から特に申し上げる事はありません」ダークニンジャは無感情に答えた。ニンジャヘルムに覆われ、その表情は眼差しすらも窺い知れない。「付け加えるならば。ドミナント=サンは確かなカラテの持ち主」奥ゆかしく言った。「……」ドミナントはダークニンジャを一瞥した。ラオモトは目を細めた。

「よかろう。ならば余興を見せろ!」「仰せの通りに」彼は立ち上がり、オジギをした。踵を返し退出するまでのドミナントの全ての挙動は完璧だった。「ドミナント=サンに興味はあるか。ダークニンジャ=サン」ラオモトは再度問うた。「……敵となれば」「ムッハハハハ!お前はそういう男だ!」


◆◆◆


「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」連続で繰り出されるシャープトゥースの致命的チョップ突きを、ニンジャスレイヤーは連続バック転で回避する。ビル屋上の一方の端からもう一方の端へ、両者は3秒で移動した。

「イヤーッ!」シャープトゥースの追撃!手首から飛び出したサイバネ牙がニンジャスレイヤーの心臓を貫かんとす!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは横から手を差し込み、刺突軌道を逸らすと、シャープトゥースの顎に掌打を繰り出した。「イヤーッ!」シャープトゥースは身を反らしこれを回避。

「イヤーッ!」そのまま身体を回転させ、後ろ足で蹴る!これは形を変えてカポエイラにも伝承されるニンジャの蹴り技、メイアルーア・ジ・コンパッソである。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは回避を敢えてせず、身を沈めながら、むしろ懐へ飛び込む!「イヤーッ!」

「これは」シャープトゥースが目を見張った。ニンジャスレイヤーの両手は彼の首元にかかっていた。シャープトゥースは眼前のニンジャスレイヤーから急速に人間性が消失し、センコ花火めいた眼光が灯るその瞬間を目撃していた。「グググ……グハハハハ!」「これは!」「イヤーッ!」天地逆転!

 ニンジャスレイヤーはシャープトゥースを掴んだまま後方へ倒れ込んだ。倒れ込んだのちも、決して襟元の手を離さぬ!「イヤーッ!」「グワーッ!?」二者はストライプキャンディーじみた二色の球体じみて、ビルの淵へと転がってゆく!「イヤーッ!」「グワーッ!」ナムサン!そして共に落下!

 グルグルと回転しながら、彼らは真下へ……オフィス街の只中に築かれた緑の公園へ落下してゆく!既に夜は明けかかり、朝の空が彼ら戦闘者を逆光の影に染めた。「イイイヤアーッ!」KRAAAASH!「サヨナラ!」回転と落下を掛けあわせた衝撃を全身に注ぎ込まれ、シャープトゥースは爆発四散!

「アイエエエエ!」通勤の為に公園を整列して通過していたサラリマン達が、突如天から降ってきたジゴク存在に衝撃を受け、てんでに悲鳴を上げて、バラバラの方向へ逃げ惑う。彼らは示し合わせずとも整然と列を作って移動する性質を持っているが、こうした想定外の事態に際しては、やはり人の子だ。

「ザッケンナコラー!」「スッゾオラー!」この落下にまるで呼応するかのように、公園内の茂みや池の中から次々にクローンヤクザが飛び出し、ニンジャスレイヤーにチャカ・ガンを向けた。シャープトゥースはただでは死ななかったのだ。「終わりだな。狩人気取りの兎め」樹上の新手ニンジャが嘲る。

「グググ」ニンジャスレイヤーはゴロゴロと喉を鳴らして笑い、センコめいた眼光で包囲者を、逃げ惑う市民を、樹上のニンジャを睨み渡した。「ググググ……多少頭を使うようになったな。だが所詮は烏合の衆の浅知恵。何の意味もない努力よ」「ドーモ。ニンジャスレイヤー=サン。ペイヴメントです」

 ペイヴメントはオジギの戻りとともに必殺のニンジャ弓を樹上で構えた。「ドーモ。ペイヴメント=サン。ニンジャスレイヤーです」ニンジャスレイヤーはオジギの戻りとともにその場でコマめいて回転を始めた!ペイヴメントは眉根を寄せる!「掃射せよ!」「「「ザッケンナコラー!」」」

「グググハハハ!グッハハハハハハ!」笑いながらニンジャスレイヤーは回転を速める!その足元の地面が土塊を周囲に撒き散らし、摩擦でなお赤熱!煙を噴き上げる!「イヤーッ!」そしてその回転の中から放たれたのは……無数のスリケンだ!ゴウランガ!これはスリケン投擲奥義、ヘルタツマキ!

 BLAMBLAMBLAMBLAM……クローンヤクザ達はペイヴメントの指示を遂行、ニンジャスレイヤーへ容赦なく銃弾を撃ち込んだ。BLAMBLAMBLAMBLAM……「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」だが死んで倒れてゆくのはクローンヤクザだ!

 ニンジャスレイヤーが放射状に投擲するスリケンは、飛来する弾丸を弾き返すと共に、クローンヤクザ達の額や心臓を貫き即死させてゆく!何たる恐るべき攻撃か!そして、「アバーッ!」「アバーッ!?」「アイエエエ!」「アバーッ!」おお、ナムアミダブツ……逃げ遅れたサラリマンも同様に……!

「グワーッ!」ペイヴメントは肩と膝にスリケンを受け、必殺のニンジャ弓を射るタイミングを阻まれた。「ハッハハハハハ!愉快!愉快!」ニンジャスレイヤーの邪悪な哄笑が明け方の公園に響き渡る!「イ……イヤーッ!」ペイヴメントは気力を奮い、ニンジャ弓を射る!ハッシ! 

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは眼前に右手を突き出し、飛来した矢を人差し指と中指で挟み取った。そして恐るべき速度で射手に投げ返した。KABOOOM!両者を結ぶ中間点でニンジャ矢は爆発し、マスタードガスを拡散させた。無効!「グハハハ!ドク・ジツてか!もう一度やって見せい!」

「何者……何者だ!」ペイヴメントは喚きながら次の矢をつがえた。その両目にスリケンが突き刺さった。「グワーッ!」スリケンは赤黒い炎に包まれていた。炎はペイヴメントの眼窩を侵し、脳を焼き滅ぼした。「サヨナラ!」爆発四散!「ハッハハハハハハハ!殺すべし!ニンジャ殺すべし!」

 今や朝の公園は炎に呑まれていた。ニンジャスレイヤーが放ったスリケンの摩擦熱で、樹木や草木が、死んだ者達が燃え始めたのだ。「グググハハハ!ハハハハハハ!」ニンジャスレイヤーは身をのけぞらせて笑った。笑い続けた。笑いながら彼は涙を流していた。血の涙を。

 それは彼の人間性が流させる涙だった。苦悶の涙だった。彼は死んだサラリマン達に自分自身を重ねた。(((フユコ。トチノキ)))ニンジャスレイヤーは、フジキド・ケンジは慟哭した。「然り!ニンジャは妻子の仇!無限に殺すのだ!」ニンジャスレイヤーは、ナラク・ニンジャは笑い、吠えた。

 (((フユコ。トチノキ)))「然り!」フジキドの悲しみを、ナラク・ニンジャは強いて搾り出す。それが赤黒の炎の燃料となる。フジキドはあの日のマルノウチ・スゴイタカイビルの悪夢を見続けている。苦しみ続けている。内なる炎はニンジャスレイヤーの精神と肉体を焼き滅ぼしつつある。

 それでもよい。何もかも捨てれば楽になる。フジキドの無限の苦悶の中で、やがて捨て鉢な答えがちらつき始める。自我はやがて大いなるナラク・ニンジャの憎悪の濁流に呑まれ、新たな復讐の礎となる。それでもよい。楽になる……。ニンジャスレイヤーの両腕が赤黒の炎に包まれる。次の敵はどこだ!

 ニンジャスレイヤーは首を巡らせる。眼光の軌跡が焦げた空気にレーザーポインターめいて焼きつく。巨大な影が炎の先に見えた。ニンジャスレイヤーは中腰姿勢を取る。攻撃の予備動作だ。「ロウオオオーン!」唸り声が空気を震わせ、巨大なバッファローが炎を割って飛び込んできた!「イヤーッ!」

 跳躍したニンジャスレイヤーはバッファローの眉間めがけ飛んだ。「イヤーッ!」一切の躊躇無きチョップ突きがバッファローの頭蓋を貫く!「ロウオオオーン!?」バッファローは脳漿を飛び散らせて暴れ、ニンジャスレイヤーを振り落とそうとした。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは更に深く抉る!

「イヤーッ!」その時バッファローの後方、牛車の中から飛び出した影が、バッファローの角の上にピタリと着地し、しがみつくニンジャスレイヤーを見下ろしたのである。ニンジャスレイヤーの目が喜色に歪んだ。新たな敵!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはチョップを引き抜き、一瞬で這い上がる!

「イヤーッ!」その影は……小柄な老ニンジャは、凄まじきチョップをニンジャスレイヤーに叩き込んだ。「グワーッ!?」ニンジャスレイヤーは首筋に強打を受け、下の石畳に叩きつけられた。「イヤーッ!」老ニンジャは回転ジャンプで跳び下り、ニンジャスレイヤーから畳3枚離れた距離に着地した。

「ハッ……ハッ……」ニンジャスレイヤーは奇怪に変形したメンポの隙間からジゴクめいた蒸気を噴き、頭を振って身を起こした。老ニンジャは厳しい眼差しで怪物を見据えた。バッファローの巨体が傾き、音を立てて横に倒れた。老ニンジャはアイサツした。「ドーモ。ローシ・ニンジャです」


4

 年老いたニンジャ、ドラゴン・ゲンドーソーと赤黒装束のニンジャ、ニンジャスレイヤーは、互いにオジギを繰り出し、そしてカラテを構えた。それは極度に張りつめた数秒間であった。ゲンドーソーの背後には巨大バッファローの亡骸があった。その斜め後方の木陰には、牛車から避難したユカノの姿。

 オフィス街のオアシスであるべきこの公園は今や地獄の炎の拡散源と化していた。草、花、樹木を、人やクローンヤクザの死体を、拡がる炎が呑み、吹きすさぶ風は火の粉を散らし、周囲の区画へ熱と火の触手を伸ばした。それは自動消火スプリンクラー設備では容易に消しえぬ不浄の炎だった。

「ググググ……はじめましてローシ・ニンジャ=サン。ニンジャスレイヤーです」炎を背に、ニンジャスレイヤーが目を細めた。巻き起こる黒煙が今や空を覆い、ただでさえスモッグを通して弱々しい朝の光を、闇の中に閉ざしてしまった。「……ニンジャソウル憑依者ではないな……老いぼれ犬め」

「我はドラゴン・ニンジャ・クランのアーチニンジャなり」ドラゴン・ゲンドーソーは用心深く間合いを維持した。「貴様は何者だ」「儂はニンジャを殺す者……全ニンジャを……ググググ」ニンジャスレイヤーは喉を鳴らした。「オヌシとて例外ではない」「なんたる邪気」ゲンドーソーは呻いた。

「お爺様」「下がれユカノ」ゲンドーソーはニンジャスレイヤーを注視したまま、ユカノを止めた。「これはもはやお前の力になれるイクサではない。火に巻かれるでないぞ!」ユカノは歯を食いしばり、従った。「儂の感じた畏れは正しかった。ニンジャスレイヤー=サン……儂が貴様を退治てくれよう!」

「しゃらくさいわ!痴れ犬!」ニンジャスレイヤーが地を蹴った!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーとゲンドーソーのチョップがぶつかり合い、衝撃が周囲の空気を揺らした。左の瞳が拡散と凝集を繰り返し、血涙が赤黒い蒸気と化す。ニンジャスレイヤーのニューロンが激しく乱れる。

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」ワン・インチ距離においてゲンドーソーと凄まじいカラテ乱打戦を繰り広げながら、ニンジャスレイヤーの周囲を流れる主観時間は泥めいて鈍化していった。敵と闘いながら、彼は炎の中に別の影を見ていた。苦悶に叫ぶサラリマンの影を。

(イクサのさなかに情けないツラを晒しに参ったか!フジキド!)ニンジャスレイヤーはサラリマンの影に向かって叫んだ。それは現実の光景に重ね合わされたニューロン内の対話だった。(((ナラク。ナラク・ニンジャよ)))影は胸を抑えた。(((この者はソウカイヤのニンジャではない……))) 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーとドラゴン・ゲンドーソーの回し蹴りが交互に繰り出される。触れれば首が一撃で跳ね飛ばされるであろう恐るべき殺人カラテの応酬だ。(何を愚かな……ソウカイヤがどうした。ニンジャに例外など無し。狩りの獲物よ!)

「イヤッ!イヤッ!イヤーッ!」三点打破のチョップ突きをゲンドーソーが繰り出す!「イヤッ!イヤッ!イヤーッ!」ニンジャスレイヤーがそれらを全て捌く!そして四打目の掌打!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ゲンドーソーはバック転回避!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはスリケン投擲!

 (((何かが……違う……グワーッ!)))呻く影はスリケンの威力に掻き消された。(黙れ!)ゲンドーソーに追撃の跳び蹴りを繰りだしながら、ニンジャスレイヤーは呻く影をも圧倒した。(左様な迷いはカラテを鈍らせる毒ぞ!愚かなり!妻子の恨みを晴らす手段を知るは儂のみ!ニンジャを殺せ!)

 (((ニンジャを殺す!)))(然り!)ニンジャスレイヤーは彼の嘆きを己の意識の支配下に押し留めた。(((フユコ!トチノキ!妻子を殺した憎き敵!)))(それがニンジャだ!ソウカイヤはニンジャの吹き溜まり、ゆえに先ず滅ぼす。何を思い悩む必要があろう!)(((殺す!)))(然り!)

「イヤーッ!」ゲンドーソーの空中回転肘打ちが襲いかかる!「邪魔だ!イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは蹴りを見舞う。ゲンドーソーは圧し負け、横に弾かれた。「グワーッ!」「弱敵!」ニンジャスレイヤーは笑った。カラテの快さを、ニンジャを殺す愉悦を、彼はニューロンの同居者に注ぎ込んだ。

「イヤーッ!」「グワーッ!」追い打ちのケリ・キックがゲンドーソーを襲う!「イヤーッ!」「グワーッ!」更に一撃!「イヤーッ!」「グワーッ!」更に!「ググググハハハハハ!」ニンジャスレイヤーは歪んだメンポの牙の隙間から哄笑を放つ!その両目が赤黒く燃える!「ニンジャ!殺すべし!」

「お爺様ーッ!」その時である!燃え朽ちて倒れる木の陰から跳び出したのは、ゲンドーソーが従えてきたユカノという女であった。その手にはクナイが握られ、見開かれた目にはゲンドーソーへの敬意と捨鉢な決意が漲っていた。ニンジャスレイヤーは嘲った。修行も至らぬニンジャ未満!死にに来たか!

 赤黒く染まったニンジャスレイヤーの視野は、この女の魂の格を、蔑むべき半人前と断じた。ユカノの攻撃はニンジャスレイヤーに届かなかった。ニンジャスレイヤーの鉤爪めいた手がユカノの顔をたやすく掴み、足元へ叩き伏せたのだ。(((フユコ!トチノキ!)))ニンジャスレイヤーは訝しんだ。

 足元にはトマトめいて頭部を破砕消失した半人前の死骸があるはずだった。何故生きている。何故生かした!「お爺様……」ユカノが呻いた。(((フユコ!トチノキ!)))「グワーッ!」心臓が強く脈打ち、ニンジャスレイヤーの両目から血の涙が溢れだした。彼は後ずさった。「グワーッ!」 

 破裂せんばかりに膨れ上がった内なる苦痛に耐えながら、ニンジャスレイヤーは考えようとした。なにがこの肉体を、フジキド・ケンジを動揺せしめたのか!おお、ナムサン……その答えはこの者には……ナラク・ニンジャには見えはしなかったのだ!「イヤーッ!」ゲンドーソーが跳ね起き、襲いかかる!

「グワーッ!」跳び込み前転からの空中前転踵落とし、即ちドラゴン・ヒノクルマ・ケリがニンジャスレイヤーの顔面を捉えた!よろめくニンジャスレイヤーをドラゴン・ゲンドーソーは逃さなかった。接近しながらの小足払いがニンジャスレイヤーの足首を刈った。「イヤーッ!」「グワーッ!」

 ニンジャスレイヤーの身体が浮き上がる!ドラゴン・ゲンドーソーはニンジャスレイヤーの首元を掴み、離さない!「フジキド!フジキドーッ!愚か者めがーッ!」ニンジャスレイヤーは喚いた。「身体を……」「イヤーッ!」「グワーッ!」回転!地面に叩きつけられる!「グワーッ!」

 ゲンドーソーは首元の手を離さない!持ち上げ、再び回転!「イヤーッ!」地面に叩きつける!「グワーッ!」「お爺様……!」ユカノが震えながら身を起こす。ゲンドーソーは自嘲した。「"背中の子が水先案内人"とはこの事か……イヤーッ!」ニンジャスレイヤーを再び叩きつける!「グワーッ!」 

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 ゴウランガ……ゴウランガ!ドラゴン・ゲンドーソーは絶対にその手を離さぬ!投げ続ける!投げ続ける!これぞジュー・ジツのベーシック・アーツにして終生磨き続けるべきヒサツ・ワザである!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 ドラゴン・ゲンドーソーは投げ続けた。もはや逃れるすべはなし。勝負ありだ。ドラゴン・ドージョーに伝承される正体不明の悪鬼の伝承。ニンジャを滅ぼし、非ニンジャを蹂躙し、やがて自ら死に至る存在……果たしてこの者はその顕現か。確かめるすべはない。しかし彼自身の直感が是と言っている。

 ならばそれを止めるのはドラゴン・ドージョーの主であるドラゴン・ゲンドーソーの仕事である!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」……一方、ニンジャスレイヤーは無限に投げ飛ばされながら、ひたすらに耐え忍んでいた。今やその双眸は人のそれに戻っている。

 邪悪な意志はフジキド・ケンジの自我によって瞬間的に抑えこまれ、ゲンドーソーのジュー・ジツによって後退させられていた。彼は……フジキド・ケンジは耐え続けた。今まさにジゴクへ走りこむ弾丸列車の先頭に括りつけられたがごとき状況でありながら、その意識はクリアだった。死んではならぬ。

 死ねば復讐の全てが無に帰する。だがあのまま狂い果てれば、やはりその先に待つは虚しき袋小路。(((フユコ。トチノキ)))フジキドは妻子に詫びた。このジュー・ジツは、至らぬ彼に運命が下す叱責の鉄槌である。彼はただ耐え続けた。「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 ゲンドーソーの厳しい眼差しがぴくりと動いた。彼はニンジャスレイヤーに訪れた何らかの内的変化を感じ取った。「イイイヤアアーッ!」「グワーッ!」彼はニンジャスレイヤーを仰向けに叩きつけ……もはや持ち上げはせず、そのまま押さえつけた。「ゴボーッ!」ニンジャスレイヤーが血を吐いた。

「お爺様!」ユカノが叫んだ。燃える木がニンジャスレイヤーとゲンドーソーのすぐ横へ倒れ込んだが、ゲンドーソーは集中を絶やしはしなかった。彼は左手でニンジャスレイヤーの胸を堅く押さえつけたまま、右手を振り上げた。老いた額に玉の汗が浮かび、ぽたぽたと零れ落ちる。 

「スウー……」ゲンドーソーは深く吸い、「ハアーッ……」深く吐いた。振り上げた右手に信じがたい力がこもり、震え始める。指の血管が浮き上がり、切れ、血が噴き出した。「スウーッ!ハアーッ!」あるいは一部の考古学者であればその呼吸の特異性に気づいた事だろう!それは「チャドー」の呼吸!

 ニンジャスレイヤーは刮目!ドラゴン・ゲンドーソーを見上げる!両者の険しい視線が交錯した。「イエ!モトーッ!」極めて謎めいたチャドー・シャウトを発しながら、ドラゴン・ゲンドーソーは右手を振り下ろし、ニンジャスレイヤーの心臓を打った!「AAAAARRRRGH!」


◆◆◆


 ニンジャスレイヤーは全身を燃やすような活力によって覚醒させられた。彼を見下ろしていたのは美しい娘だった。活力の源は薬。この娘がニンジャ・ピルを彼の口に含ませたのである。「イヤーッ!」彼は身を起こした。「ンアーッ!」娘は後ろに尻餅をついた。暗く狭い場所だった。路地裏だ。

「ここは……」ニンジャスレイヤーは呟いた。「さきの公園から、やや離れた場所だ」厳かな声が答えた。ユカノの肩をぽんと叩き、小柄な老人が近づいてきた。「お前のイクサが生み出した炎から逃れてな」ドラゴン・ゲンドーソー。「嵐のごとき破壊だ」彼はニンジャスレイヤーを凝視した。 

 彼は「忍」「殺」のメンポの無い己を発見した。「風化し、失われた」ゲンドーソーが説明した。処置の邪魔となる為、ニンジャ頭巾も脱がされている。ニンジャスレイヤーは己の心臓に手を当てた。死んではならぬと念じていたのは彼自身だが、問わずにいられなかった。「なぜカイシャクしなかった」

「……」数秒の沈黙があった。ゲンドーソーは答えを探したようだったが、結局説明はしなかった。やがて彼は言った。「お前の邪悪なニンジャソウルは、わしのジツが封じた」「……」「ニンジャに戦いを挑んだのは何故だ」「復讐」ニンジャスレイヤーは即答した。「妻子を殺したニンジャ達を」

「ソウカイヤのニンジャどもと、イクサをしようてか」ゲンドーソーは言った。「お前のその復讐心に、邪悪なニンジャソウルがつけこんだ。関係のない者も大勢死んだ。そしてお前自身も恐らく、そう時を待たずして、同じ運命を辿ったことだろう」「私は」「拾った命を大切にせよ。イクサから離れよ」

 ニンジャスレイヤーは歯を食いしばった。やがて彼は頭を下げた。「どうか。……どうか私にインストラクションを。何でもいい。復讐を遂げるすべを。私には……何もない……!」彼は震える拳を地面に打ちつけた。「ユカノ」ゲンドーソーが呼ぶと、美しい娘は立ち上がった。「ゆくぞ」「……はい」

「もう一度言う。イクサから離れよ。さすれば、お前の邪悪なニンジャソウルはいずれその力を失う。イクサはお前を狂わせる。それが内なるニンジャソウルの願いでもある。お前がより大きな不幸を撒き散らす事を避けるには、イクサから離れ、堅実に、日々を生きるのだ。それがお前の最善の選択だ」

「……私は……!」「内なるニンジャソウルを御するべし」ゲンドーソーは言い残し、ユカノを従え、去った。ユカノは去り際に振り返ったが、ニンジャスレイヤーはもはや頭を上げられなかった。


◆◆◆

 

 不浄なる炎はネオサイタマ市街を焼き、やがて鎮火を見た。マルノウチ・スゴイタカイビル爆発事故の連日の報道は、そのまま、この年末の火災に引き継がれた。灰の降り積もった公園にはデッカーやマッポがせわしなく出入りしていたが……そこには一人のニンジャが誰何される事もなく溶け込んでいた。

 黒玉色の装束を着たそのニンジャは、不意にしゃがみ込み、灰の中から繊維片らしきものを注意深く拾い上げた。彼はその赤黒の屑をしばし見つめていたが……やがて頷き、立ち上がった。「さて……狩りの時間だ」恐るべきニンジャ、ドミナントは、ソウカイ・シンジケートの裁きを下すべく身を翻した。


5

「今年も、ここに来れて良かったわ」フユコが静かに笑う。その隣では、「ニンジャだぞー!ニンジャだぞー!」玩具のヌンチャクを持って騒ぐ、幼いトチノキ。「やれやれ、トチノキはニンジャが大好きだな」フジキド・ケンジは苦笑した。「一体何処で、ニンジャなんて覚えた?」

 そして、にこやかな会話を離人症めいて後ろから見つめる、もう一人の彼自身が居た。ここはどこだったか。フジキドは周囲の白い霧を見渡した。妻子以外の光景がおぼつかない。ここはどこだったか。いつの事だったか。思い出そうとするが、霧は濃くなるばかりだ。やがて妻と子の笑顔も霞み、隠れる。

「トチノキ。ニンジャってのはな」フジキドは呟き、己の手を見た。禍々しい手甲を。見つめるうちに、その表面に白い亀裂が生じ、広がり、砂めいて崩れ去った。彼は訝しんだ。「ニンジャってのは……」彼は瞬きした。家族の姿はもはや無い。明滅する廃ボンボリが薄汚いガレージに淡い光を投げた。

「ニンジャ……」フジキドはアグラを解いて立ち上がった。眠ってしまったか。ウカツだ。彼は時計を見る。経過時間は30分程であろうか。彼は安堵する。今いる場所は町工場地域の廃ガレージだ。誰の所有とも知れぬ。メガコーポの進出により、この区画自体が廃業し、遺棄された。

 出入り口付近の壁の釘にはトレンチコートとハンチング帽が掛けられ、その下の床に、替えの衣類が折り畳まれている。フジキドは立ち上がった。ブレーサー(手甲)は無い。レガース(脚甲)も無い。メンポ(面頬)も無い。それらは失われた。彼は朽ちかかった作業台に向かった。

 鋼板。砂鉄。ハンマー……金床……グラインダー……旋盤……どれも急ごしらえの調達物。道具の状態も悪く、なによりフジキドは鍛冶屋でもない。彼はバッテリーを作動させ、騒音の中で、黙々と作業を再開する。背後の壁には大小様々な紙が釘で張り付けられている。びっしりと文字が書かれている。

 メモに書かれているのは、記憶だ。「パラポネラ。右手打撃。銃弾回避。攻撃を誘う。噛みつきの接近に合わせ、宙返りしながらの蹴り上げる。サマーソルトキック」「ヘルディーラー。連続の打撃からの回し蹴り、爆発物に巻き込み、トドメを刺す」「ウィールダー。立ち会い、チョップ回避、左へ潜る」

「ラウンダーズ。トテキ・ジツ。肩筋肉の緊張と視線からマルチプル・クナイの投擲角度を読み取り回避」「アゴニィ。イタミ・ニンジャ・クラン。苦痛を力に。四肢を封じ、焼くことで殺害」「シャープトゥース。メイアルーア・ジ・コンパッソの回避」……時には人体図や建物図を交えた記録の数々。

 邪悪なナラク・ニンジャが思う存分にカラテを振るうさなか、フジキドの意識は無限の苦悶の渦に吞まれていた。だが、ナラク・ニンジャの目を通した殺戮の光景は、彼の記憶としてニューロンに焼きつけられていた。彼はその記憶に縋った。アグラ・メディテーションを通してそれらを拾い、書き記した。

 ナラク・ニンジャのソウルを封じたドラゴン・ゲンドーソーにより、フジキドは一命を取り留めた。彼が去ったのち、フジキドは真っ先に己の無力と直面させられた。ナラクは封じられ、もはやフジキドを害する事はない。だが同時に、その悪魔的なまでのカラテの秘儀やニンジャ第六感も失われたのだ。

 これまでの彼のイクサは、まさに暴走と呼ぶに相応しかった。アグラ・メディテーションを行うことで、戦闘の記憶断片はかろうじてサルベージできる。それらも書き記さねば、ニューロンの自衛機構めいて、すぐにまた失われてしまう。作り替えられたニンジャの肉体は残った。それだけは、残った。

「イクサから離れ、堅実に、日々を生きるのだ。それがお前の最善の選択だ」ドラゴン・ゲンドーソーの去り際の言葉は、悪あがきじみた鍛錬を行うフジキドの脳裏に常に存在し続けた。それは全くの正論。反論の余地は無い。ソウカイヤの手の届かぬ遥か遠方へ逃れ、世捨て人として暮らす……。

 その選択肢を採る余地は、彼には一切無い。「スミマセン」思わず謝罪の言葉が口をついて出た。彼はドラゴン・ゲンドーソーの処置を恨んだだろうか?否。ゲンドーソーは自身の正義を為した。カラテのぶつかり合いを通して、彼はそれを理解していた。だがフジキドの意志とゲンドーソーの正義は違う。

 フジキドは感謝めいた気持ちすら抱いていた。少なくとも命が、肉体がある。これでまだ続けられる。グラインダーが火花を散らす。ボンボリの光に赤黒の装束布が照らされる。彼は合成ダイヤ刃の彫刻刀とハンマーを手に取る。メンポに刻む。恐怖を煽る字体を。より恐ろしく。ニンジャが恐れるように。

 あの後、彼は放置されたままになっていた己の住居に戻り、全ての資産の処分を済ませた。ささやかではあるが、まとまったカネが手に入った。当面は十分にもつ。壁際に小さな台が置かれている。そこには一枚の写真がある。家族の写真だ。それがフジキド家の宝なのだ。彼は刃を打ち込み続ける。 

 ブレーサー。レガース。失敗した製作物が幾つか積まれている。やがて彼はメンポに刻み終えた。二文字の漢字を。「忍」「殺」。ニンジャを。殺す。

 フジキドは縫い直した装束を着、帯紐を締めた。ブレーサーを、レガースを身につけ、頭巾を被り、最後にメンポに手を伸ばす。彼は再びニンジャスレイヤーとなった。 彼は壁のカラテ記録の前に立った。これまでのイクサの一つ一つを反芻し、やがて、マイめいて舞う。カラテの立ち回りのリピートを。

「イヤーッ!」右チョップ突きから「イヤーッ!」左ショートフック、「イヤッ!イヤッ!イヤーッ!」ミドルキック、ローキック、ハイキック、「イヤーッ!」回し蹴り、「イヤーッ!」二段回し蹴り、「イヤーッ!」飛び回し蹴り、「イヤーッ!」二段飛び回し蹴り、「イヤーッ!」横転、側転!

「イヤーッ!」ジグザグに接近し、「イヤーッ!」顎へ掌打を繰り出し、「イヤーッ!」脛を折り、「イヤーッ!」股間を蹴って破壊し、「イヤーッ!」頭頂部に肘を落とし、「イヤーッ!」うつ伏せの背中を踏みしめ、踏みにじり、踵をえぐり込む。これで敵ニンジャのチューブラーを爆発四散させた。

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」カラテ動作をなぞる事で、関節の一つ一つ、筋肉の一筋一筋の動きの意味を、ニンジャスレイヤーはあらためて理解してゆく事ができる。どう動き、どう殺したのか。決してその学びを取りこぼしてはならない。なぜならイクサはすぐに再開するからだ。否応なしに。

 その予感はいずれソウカイヤが反撃に出るであろうという状況判断からもたらされたものでもあり、カラテを通して研ぎ澄まされた彼のニンジャ第六感がもたらしたものでもあった。「イヤーッ!」彼は身をひねり、バック転を繰り出した。

 その瞬間、天井が裂けた。

 KRAAASH!バック転から着地したニンジャスレイヤーは、瞬時にカラテを構えた。その額を汗が流れ落ちた。天井を裂いて直下へ落ちてきたのは黒玉色の装束に身を包んだニンジャであった。その恐るべきカワラ割りは重力の4倍速度の落下の勢いそのままに床材を砕き、粉塵と木屑をまき散らした。

 ゴウ……ニンジャスレイヤーは泥のように鈍化した主観時間に飲まれた。彼は耳元でうねる空気の音を聴いた。心臓が脈打ち、ニンジャアドレナリンが全身を駆け巡った。黒玉色のニンジャは、床材を砕いた右腕と右膝、左足の三点で着地しながら、顔を上げてニンジャスレイヤーを見た。青い眼光……。

 事前察知無くば、今のカワラ割りの一撃でニンジャスレイヤーの頭頂部は破砕し、爆発四散させられていただろう。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはサイドキックを繰り出す。黒玉色のニンジャは宙に跳ねた。「イヤーッ!」空中からの蹴りが逆にニンジャスレイヤーを襲った。

 (((強い)))ニンジャスレイヤーはニューロン速度で敵のカラテの程を知った。彼がこれまでに殺害してきたどのニンジャよりも強い。ニンジャスレイヤーはかろうじて反撃の蹴り足を手甲で打ち、そらしながら、再度のバック転を打って間合いを取った。二者は同時に着地し、オジギを繰り出した。

「ドーモ。はじめましてニンジャスレイヤー=サン。ドミナントです」「ドーモ。はじめましてドミナント=サン。ニンジャスレイヤーです」オジギ終了からコンマ2秒。二者は同時に床を蹴った。「イヤーッ!」「イヤーッ!」チョップがぶつかり合い、逆の手のチョップがぶつかり合う!


◆◆◆


 ガレージの外、町工場地帯には雪が降り始めていた。「我が社は道徳に生きたい。貴方は借りられる!ふわふわローン」「強壮な血液を提供します」マグロツェッペリンの広告音声が空に響く……KRAASH!ガレージの壁が裂けた。「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 二者は互いにスリケンを投げ合いながら、隣接するガレージの屋根に跳んだ。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはチョップを繰り出した。ドミナントはこれを受けた。鉄の指輪に非常に短い棒状金属が接続された風変わりな武器で。古代ニンジャの好んだ暗殺用武器、エメイシだ!

 チョップとエメイシを挟み、鍔迫り合いめいて力を込めながら、ニンジャスレイヤーは唸った。「ソウカイヤのニンジャだな」「然り」ドミナントは答えた。その指の武器が眼光と同じ青の光を不穏に帯びる。「目的は何だ、ニンジャスレイヤー=サン」「貴様らをすべて殺す」「そのカラテでか?」

「ヌウッ」ニンジャスレイヤーは眉根を寄せた。エメイシが痺れを伴う熱を発する!「イヤーッ!」なにかまずい!ニンジャスレイヤーは一瞬強く押し、その反動でフリップジャンプした。「イヤーッ!」ドミナントは素早くスリケンで追い打ちをかける。ニンジャスレイヤーは弾き返し、走り出した。

「イヤーッ!イヤーッ!」「イヤーッ!イヤーッ!」二人のニンジャは小路を挟んで向かい合う廃工場の屋根を並走する。スリケンがぶつかり合い、小路の上空で火花が列を作った。「嗚呼。実際安い」「年末カウントダウンに参加!二億円を当てよう」上空のマグロツェッペリンが広告音声を投げかける。

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」スリケンを投げ合いながら、彼らはやがて高架へ跳び上がり、ハイウェイに至った。重金属雪の勢いが増す中、彼らは道路灯を飛び渡る!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」

 (((これまで相手にしてきたニンジャとは違うか)))ニンジャスレイヤーは全ニューロンを動員し、ドミナントのスリケンを相殺する。敵のカラテはニンジャスレイヤーを上回っているやも知れぬ。彼はイクサの中でなお、己のスリケン戦の記憶を塗り直し、研ぎ澄ませようとする。さもなくば敗北死!

 ドミナントの眼がギラリと光る!「イヤーッ!」彼は投げた。スリケンではない。エメイシを投げたのだ!ニンジャスレイヤーは目を見開いた。エメイシはスリケンと相殺消滅することはなかった。青く光る小金属棒はスリケンを砕きながら一直線にニンジャスレイヤーの額に届いた!「グワーッ!」

 ナムサン!死んだか?ニンジャスレイヤーは額から血を流し墜落した。その下にはハイウェイを弾丸めいて走行するウキヨエトレーラー!赤黒のニンジャはオイランをペイントされたコンテナ上でバウンドした。彼は受け身を取り転落を免れる!即死に至らず!だがドミナントも跳んでいた!「イヤーッ!」

 ドミナントは空中で高速回転!ニンジャスレイヤーに命中したエメイシはまるで北欧トール神の槌めいて飛び戻り、ドミナントの指に再び装着された。十中八九その青い光のなせる技だ。なんたる強力かつ臨機応変なジツか!次の瞬間、ドミナントはニンジャスレイヤーをまたぐように着地していた!

 プアアアアン!「スッゾオラー!」死闘するニンジャ二人を背に、ウキヨエトレーラーはヤクザクラクションを鳴らして蛇行した。進行方向に停止する事故炎上車両を避けるためだ。歳末はその手の事故がチャメシ・インシデントなのだ!だがドミナントは揺るがない!なんたるニンジャバランス感覚か!

 ドミナントは指輪を支点にエメイシをクルクルと回し、恐るべき勢いで振り下ろした。「イヤーッ!」「ヌウーッ!」ニンジャスレイヤーは左へ寝返りを打って回避!「イヤーッ!」逆の手のエメイシが襲い掛かる!「ヌウーッ!」ニンジャスレイヤーは右へ寝返りを打って回避!

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」容赦なきドミナントの連続攻撃がニンジャスレイヤーを襲う。ニンジャスレイヤーは回避に専念する。抉れた額からは血が流れ続け、凄惨なありさまだ。周囲を重金属雪が舞い、ハイウェイの下では七色のネオンサインが流れ過ぎる。

「わたリの米」「トーマ場」「ボイ」「オイマッテ」「中古車解禁」「甘い」「気管支ワクワク」……ミンチョ体、丸み体、ゴチック体、赤、桃、オレンジ……字体も色もバラバラのネオン看板群がニューイヤーを待つマネキネコ・ライトアップと混じり合う。二者の争いは光の下の者達には届かない。

 ニンジャスレイヤーはエメイシの攻撃を避けきれず、その凶悪な鉄を数度打ち込まれている。だが決定打ではない。ドミナントの青い目が次第に苛立ちを帯びる。長期戦に持ち込み、額の傷の失血死で勝ちを拾う考えなど、この強大なニンジャ戦士はハナから持っていない。「ブザマな……ハイクを詠め!」

 ニンジャスレイヤーは敵を凝視した。ニンジャ洞察力が一寸先の死を前に極度にブーストし、敵の青い目の奥底にある強い誇り、忠誠心、功名心、さらに言えばある種の焦りを読み取った。彼はあらためて理解する。敵もまたニンジャスレイヤー同様、一個の人格に過ぎない。判断を誤る瞬間は必ず来る!

 ニンジャスレイヤーは身体で風を……ハイウェイ進行方向の空気の流れを感じ取る。「ハイクを詠む必要などなし」ニンジャスレイヤーは言った。彼は感情を殺した。「このイクサで死ぬのは貴様だ、ドミナント=サン。私はニンジャを殺す者だ」「イヤーッ!」ドミナントは両手のエメイシを振り上げた!

 その瞬間、ハイウェイは右カーブ!攻撃瞬間の圧倒的なGによってドミナントの動きがブレる!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはブレイクダンスめいたウインドミル回転蹴りを放つ!「グワーッ!」足を刈られたドミナントの身体が浮いた!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは起き上がりながら追撃!

 ウインドミル回転から更に放たれたニンジャスレイヤーの蹴りが、空中のドミナントを捉える。ニンジャスレイヤーは足先を登り来る打撃の手応えを感じる。道路後方へ落とし、こののちトドメを刺す!「イヤーッ!」ドミナントの目が光る!次の瞬間、二者は共に宙を舞っていた!ALAS!一体何が!

 ニンジャスレイヤーは蹴り足を戻せなかった。彼は強力な力でそのまま引っ張られた。ドミナントは蹴られながらニンジャスレイヤーの脚に腕を絡め、吹き飛びながらコンテナを蹴って、無理矢理に跳んだのである。「イヤーッ!」「グワーッ!?」二者はグルグルと回転しながらハイウェイを落下した!

「弱体者がイキがったところで滑稽なだけだ」ドミナントはニンジャスレイヤーと共に空中で回転しながら囁いた。「貴様の胡乱なカラテの底はとうに割れておる……格の違いをジゴクで嘆くがいい。このヘルホイール・クルマを以て完全なトドメを刺す!」直下のアスファルトが急速接近……破砕!

 ニンジャスレイヤーは蹴り足を戻せなかった。彼は強力な力でそのまま引っ張られた。ドミナントは蹴られながらニンジャスレイヤーの脚に腕を絡め、吹き飛びながらコンテナを蹴って、無理矢理に跳んだのである。「イヤーッ!」「グワーッ!?」二者はグルグルと回転しながらハイウェイを落下した!

「弱体者がイキがったところで滑稽なだけだ」ドミナントはニンジャスレイヤーと共に空中で回転しながら囁いた。「貴様の胡乱なカラテの底はとうに割れておる……格の違いをジゴクで嘆くがいい。このヘルホイール・クルマを以て完全なトドメを刺す!」直下のアスファルトが急速接近……破砕!

 KRAAAAASH!アスファルトが花弁めいて複数枚に抉れ、めくれあがり、土塊が爆ぜ、粉塵は上空に雲めいた層を生み出した!ゴウランガ!暗黒カラテ投げ技ヘルホイール・クルマ!高速回転落下する二人のニンジャの遠心速度にドミナントのカラテを掛けあわせた恐るべき破壊エネルギーの余波だ!

「イヤーッ!」破壊の中から黒玉色のニンジャが回転ジャンプし、破砕アスファルト帯の淵に着地。万が一にもニンジャスレイヤーが反撃のアンブッシュを試みた場合に即座にトドメを刺すべく、注意深くザンシンした。ニンジャスレイヤーの姿は見えない。なかば地中に叩きつけられた格好なのだ。

 一方のニンジャスレイヤーは?彼はまだ生きていた。彼は己に言い聞かせた。死ぬにはまだ早い。いずれ手練のニンジャがこうして現れるであろう事は想定していた。それが予想するよりも多少早かっただけだ。理解できるのならば、耐えるべし。ここで死ねば全てが無に帰する。

 闇の中でニンジャスレイヤーは両拳を握りしめる。割れた額を流れ落ちる血の温度。命が抜けてゆく感覚か。闇の上には強烈な敵意がある。敵のニンジャ、ドミナントのニンジャ存在感だ。這い上がるニンジャスレイヤーに最後の一撃を加えるべく待ち構えているのだ。

 ニンジャスレイヤーは力を振り絞り、身じろぎした。アスファルトと土が、軋む身体を包んでいる。彼の鋭敏なニンジャ感覚は、エコーめいて返ってくる周囲360度の土の抵抗の差異を感じ取った。道は上には無い。上には死があるのみ。道は、さらに下だ。空洞?否……「イヤーッ!」

 ZGGGBOOOOM!地盤が砕け、ニンジャスレイヤーは己の身体が下へ滑り落ちる感覚を味わった。土の下には空気があった。彼は瓦礫ごと浅い水溜まりに落ちた。受け身を取る気力もなし。四肢をひろげ、頭上の穴を、そして周囲を見た。朽ちたコンクリートのトンネル……廃地下水路の一画か。

 暗黒メガコーポのいうがままに規制緩和を推し進めた結果として、ネオサイタマの都市計画は秩序を失い、地域ごとのライフライン差異は極度にひろがった。場当たり的な計画のもと、拡張・廃棄が繰り返されて迷宮化した地下水路は、そうした混沌のサンプルのひとつだ。

 万事休したかに見えたニンジャスレイヤーであったが、地中であがく中で下方に空間の存在を感じ取り、ドミナントの投げによって生じた亀裂をこじ開けるようにして逃れたのである。彼は身を起こそうとする。重い。上体を持ち上げる。上がらない。額の血が流れ落ち、水溜りを赤く染めてゆく。

 一方、意識の方は明晰だった。ドミナントが降り来るまで何秒残っている。彼は懸念した。微かな明かりの中を舞う塵の粒の一粒一粒がはっきりと見える。それらの速度が緩まり、こごり、ほとんど停止した。彼の耳は空気の音を聴いた。死に瀕したニューロンが生存の道を探るべく高速駆動しているのだ。

 天井部の裂け目から未だ落ちてくる瓦礫の欠片も、降り来る途中で停止している。当然、彼の身体は動かせよう筈もない。これは科学的にも証明されている現象……いわゆる「ソーマト・リコール」である。人は死の瞬間、己の記憶を振り返り、現世に別れをつげるのだ……。

 しかし彼はその猶予期間めいた長大な主観時間を悔恨に費やしはしなかった。(((死ねば全てが無に帰する)))彼は己の中に深く潜った。(((俺はここで死ぬ為に蘇ったのではない……))) フジキド・ケンジは見た。掻き乱されひどく損傷した自己を。その奥に居座る、冷えた溶岩めいた異物を。

 頭上には亀裂、その奥に夜空。スモッグと地上光を受けて霞む夜空が視界いっぱいに拡大する。フジキドはニューロンの奥底で、己と異物を繋いだ。それはシメナワを断ち切るにも似た禁忌的行為である。(((ナラク!)))異物がザワザワと輪郭を揺らした。応えたのだ。フジキドは恐怖した。

 彼は考えた。これはドラゴン・ゲンドーソーへの裏切りであろう。ゲンドーソーはあのとき彼を殺さなかった。ナラクの支配から救い出し、放ったのだ。それは何のためか?フジキドのこの試みを知れば、ゲンドーソーは。(((無駄にはしない)))フジキドは繰り返した。(((無駄にはしない))) 

 ゲンドーソーは何故フジキドを殺さなかった?早晩こうなる事は容易く予想が出来た筈。殺せばシンプルに憂いを断てた。それで終わりだ。だが老ニンジャはそれをしなかった……!不定形の影が沸騰し、濁流と化し、フジキドを呑み込む。彼は視界いっぱいの空を黒く塗り潰した。そして起き上がった!

 おお、見よ!赤黒のニンジャの足元を!汚水に混じった彼の血が、脚を、身体を伝い、額へ這い戻ってゆく!煮えたぎる血は額の傷をかりそめに塞ぎ、ニンジャ頭巾と溶け合った!何たる不気味光景!(((バカな!)))そしてニンジャスレイヤーのニューロンに最初に届いたのは、怒りと狼狽の叫びだ!

 それは暗黒の7日間と比すれば随分と遠くから響く怒声であった。(((かような……真似を!誰がかような……許可し……か!フジ……おの、れフジキド……必ずや後悔……悔、フジキド!キド許さぬ、オヌシ、許さぬ……)))

「Wasshoi!」ニンジャスレイヤーは叫び、垂直に高く跳んだ! 

 ドミナントの目がギラリと輝いた。ニンジャスレイヤーが地盤を砕いて下へ落下した後も、彼のニンジャ聴力はその位置を捉え続けていた。ウカツに追ってゆけばつまらぬ奇策に足元を掬われる事にもなる。彼はむしろこの瞬間を予期し、待ち構えていたのだ!両手中指の輪を支点にエメイシが高速回転!

「イヤーッ!」カラテ・シャウトと共に瓦礫が破砕!間欠泉めいた勢いで空中へ跳び出した赤黒のニンジャめがけ、ドミナントはすぐさま攻撃を仕掛けた!「イヤーッ!」夜の闇に青い蛍光風車じみたエメイシの軌跡が閃き、ニンジャスレイヤーに襲いかかる!

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」左右から襲いかかるエメイシを両手で捌きながら、ニンジャスレイヤーはドミナントとともに着地!ワン・インチ戦に雪崩れ込む!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」

「アイエエエエ!」近道を狙って運悪くこの裏路地に走りこんできたタクシーがこのイクサを目の当たりにして急ハンドルを切り、ドリフトしながら、頭上を走るハイウェイを支える高架の支柱に衝突、爆発炎上した。炎の逆光となった二人のニンジャは打ち合いながら走りだす! 

 (((フジキド!貴様……飼い犬が儂の手を噛もうなどと……!許さぬぞ!今すぐに!)))ドミナントと並走しながら激しいチョップ突きを繰り出すニンジャスレイヤーのニューロンは、ナラク・ニンジャの怒声を響かせ続けていた。(((今すぐに再び明け渡せ!儂の身体ぞ!)))(黙れナラク!)

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」ドミナントはエメイシの手を休めぬ。エンハンス・ジツによって青の光を帯びたエメイシは強力な武器。打撃力においてもリーチにおいてもドミナントがニンジャスレイヤーの上をゆく。

 だが……ドミナントは正体不明の畏怖を覚える……だが、なんだ、この圧力は?何故この者はいまだこれ程に動けるか?額を穿った一撃、出血をいかにして止めた?油断ならぬ敵!「イヤーッ!」ドミナントは側転!「イヤーッ!」バックフリップ!「イヤーッ!」両手エメイシを同時投擲!

 ドミナントを追うニンジャスレイヤーの片目がほんの一瞬、赤黒の光を放った。彼はドミナントの視線と肩の筋肉の動きを捉えた。そしてスリケンを二枚同時に投げた!「イヤーッ!」エメイシは各スリケンを粉砕貫通!だがやや飛行速度が落ちる!ニンジャスレイヤーは側転でそれらの間を抜けた! 

「イヤーッ!」側転からのフリップジャンプで、ニンジャスレイヤーはドミナントに喰らいつく!「イヤーッ!」空中右チョップ!「イヤーッ!」空中左ストレート!「イヤーッ!」空中右サイドキック!ドミナントはそれらを捌き、ニンジャスレイヤーと共に着地!二者はその場でワン・インチ戦を再開!

「イヤッ!イヤッ!イヤッ!」「イヤッ!イヤッ!イヤッ!」「「イイイヤヤヤヤ!」」木人拳めいた凄まじき打撃応酬!「アイエエエ!」近道を試みてこの路地へ走りこんだタクシーが運悪くこの超自然的なイクサを目の当たりにし、ハンドルを切ってドリフトしながらシャッター店舗に衝突!爆発炎上!

 ドミナントは恐るべき敵!だがニンジャスレイヤーはこの強敵とカラテをぶつけあうほどに、己の身体とニューロンに強いて刻み込んだイクサの記録が急速に馴染んでゆく感覚を味わっていた。今や彼の血流はカラテとニンジャ・アドレナリンを満載して爆発的速度で循環していた!

 (((ヌウーッ……フジキド……浅はかだぞ……オヌシの未熟なカラテでニンジャを殺せるものか……許さぬ……いっそ内より焼き滅ぼしてくれようか!)))ニンジャ・アドレナリンに含有されるナラクの怨嗟が肉体を苛まんとす!だがフジキドはこれに耐え、抑え込む!(((バカな!)))

(オヌシはもはや私を自由にはできぬ)フジキドは吹き荒れる内なる嵐に向かって毅然と言い放った。そして彼は、ドラゴン・ゲンドーソーの去り際の言葉を反芻した。(内なるニンジャソウルを……御するべし)「イヤーッ!」ドミナントの回し蹴り!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはブリッジ回避!

 ブリッジ回避の直後、ニンジャスレイヤーの背後から飛来した二つのエメイシが、回し蹴りを繰り出し終えたドミナントの両中指に再び嵌った。ALAS……もしニンジャスレイヤーが回し蹴りを腕で受けるなどしておれば、ガード中に背後から飛び来たったエメイシに後頭部を貫かれ即死していただろう!

 ドミナントはエメイシを中指で回転させながら振り上げ、振り下ろす。「イヤーッ!」青い軌跡が夜の闇を裂いた。彼の青い目は焦燥と困惑に見開かれた。彼は自問自答した。(我がカラテに落ち度は無し。何故、機が逃れた)ニンジャスレイヤーの左目が再び赤黒く閃いた。その下半身が跳ね上がった。

 ニンジャスレイヤーの蹴りは、まるで鞭、否、地獄の大鎌めいてしなり、ドミナントに襲いかかった。その動きはエメイシがニンジャスレイヤーを打ち据えるよりも前の時点で完成されていた。ニンジャスレイヤーは地面に片手を突き、天地逆さになりながら、回転蹴りをドミナントに叩き込んだ。

「グワーッ!」ドミナントは脇腹を肋ごと砕かれ、身体を横に折った。蹴りを終えたニンジャスレイヤーはドミナントのすぐ眼前で膝を曲げ、屈みこんでいた。それは伝説のカラテ奥義の予備動作である。ドミナントは防御しようとした。ニンジャスレイヤーが跳んだ。「イヤーッ!」「グワーッ!」

 ドミナントの顎がメンポごと吹き飛んだ。宙に跳ね上げられながら、彼は敗因を求め、あがいた。ニンジャスレイヤーは蹴りの勢いのまま宙返りを打ち、やや離れた位置に着地。ドミナントは落下を始めた。「イヤーッ!」その心臓を、ニンジャスレイヤーの投擲したカイシャクのスリケンが貫いた。

「サヨナラ!」ドミナントは爆発四散した。「アイエエエエ!」近道を狙って運悪くこの裏路地に走りこんできたタクシーがこの決定的瞬間を目の当たりにして急ハンドルを切り、ドリフトしながら、ザンシンするニンジャスレイヤーの方向へ滑ってきた。ニンジャスレイヤーは振り返った。「イヤーッ!」

 SMAASH!「アイエ……アイエエエ!」タクシー運転手は自車のフロントグリルをわし掴んで止める赤黒のニンジャを見て悲鳴を上げ、失禁しながら泡を噴いた。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはボンネットへ駆け上がると、それをバネに跳躍。「電話王子様」のネオン看板を蹴り、更に跳んだ。

 ニンジャスレイヤーがビル屋上の瓦屋根に立ったのと時を同じくして、上空を飛行するマグロツェッペリンの電光表示が「23:59」から「00:00」に移行した。無数の火球が空へ打ち上げられ、シダレ柳めいて夜空に光を垂らした。やや遅れて、ドォン……ドォォン……腹の底に響く轟音が届いた。

「エジャナイザ!エジャナイザ!エジャナイザ!」「エジャナイザ!エジャナイザ!エジャナイザ!」エジャナイザ踊りのオハヤシ・チャントが目抜き通りの方向から湧いてきた。喧騒はどこか空虚だ。見下ろすニンジャスレイヤーの眼差しもまた。重金属雪と花火の硝煙が降り注ぐ中、彼は走り出した。


◆◆◆


 強化ガラス越しの断続的な花火の爆発光が、カドマツが並ぶ赤絨毯敷きの廊下、影のように立つニンジャの輪郭を浮かび上がらせる。オブシディアンのニンジャアーマーでその身を鎧ったニンジャの表情は、恐ろしげなフルメンポの下で窺い知れぬ。やや俯いていた彼は顔を上げ、廊下を見やった。

「ドーモ。ダークニンジャ=サン」ミラーめいたニンジャ装束のニンジャは厳かにアイサツした。「……これは」ダークニンジャはオジギを返した。「ドーモ。ゲイトキーパー=サン」「ゴブサタです」「ゴブサタです」油断無き二人のニンジャ戦士の眼光が交錯した。

「久しくお目にかからず」ダークニンジャが呟いた。ゲイトキーパーは答えた。「今日はラオモト=サンに新年のアイサツを」「憩っておられます」ダークニンジャは奥の闇を見た。ゲイトキーパーは頷いた。「ふむ。ならば少し待つか」「ドミナント=サンの件は残念でございました」数十分前の報せだ。

「ああ。あれか」ゲイトキーパーは淡々と言った。「筋が良かったゆえ目をかけてやったものだが……貴公のようにはゆかなかった事よ」「滅相もございません」ダークニンジャは奥ゆかしく言った。ゲイトキーパーは遠い花火を見据えた。「貴公の次のミッションは」「2時間後に発ちます」

「なんと……相変わらずのワーカホリックだな。ダークニンジャ=サン」「必要とあらば」彼はうっそりと答えた。しばしの沈黙があった。やがてゲイトキーパーは尋ねた。「ニンジャスレイヤーとやら。どう思う」「必要とあらば」「今はまだその時ではない」ゲイトキーパーは目を閉じた。「だが……」


◆◆◆


「エジャナイザ!エジャナイザ!エジャナイザ!」「エジャナイザ!エジャナイザ!エジャナイザ!」外から届くオハヤシの声と花火の音に、女は浅い眠りを破られ、身体を起こした。手首と一体化した腕輪状サイバネティクスを無意識にさすりながら、女はサッシを開け、ベランダに出た。 

「エジャナイザ!エジャナイザ!エジャナイザ!」「エジャナイザ!エジャナイザ!エジャナイザ!」携帯ボンボリを掲げた人々が、アパート前の通りにじわじわと到達しつつあった。女は着流しをかき合わせ、ひっきりなしに上がる花火をしばし眺めた。「……ああ。しまった」室内から、男の声。

 女は振り返った。身体のあちこちを痛々しく包帯で覆った男が、這うようにベランダに近づいた。「0時0分を、寝過ごしちまった」「そんなの別に」女は苦笑した。「うるさくて眠れないわ」「めでたいさ」男は言った。花火の光に照らされる女の身体にも、傷跡が多くあった。新しい傷だ。両者とも。

「今年はいいことがあるといい」男が静かに言った。「せめて去年よりはな」「そうね」女は頷いた。エジャナイザ踊りのオハヤシが、ボンボリの光の列が、徐々に遠ざかる。「……そうね」女は笑みを浮かべた。男は欠けた歯を見せて笑った。今後の苦難に思い至ったか、二人の笑顔は、じきに曇った。


◆◆◆


 パラつく重金属雨の中、シャチホコ・ガーゴイルの尾の上でしゃがむ影は、ニンジャスレイヤー。眼下にネオサイタマの眩しい夜景を見ながら、彼は独り物思いに沈んでいた。次のイクサ。その次のイクサ。その次の次の、次のイクサ。いかなるニンジャが標的か。何者が相手であろうと、必ず殺す。

 彼の中で邪悪な影が身じろぎした。殺意に触発されたか。ニンジャスレイヤーは目を閉じる。内なるニンジャソウルを御するべし。彼はドラゴン・ゲンドーソーの言葉を繰り返した。ナラク・ニンジャの影は彼の見通しを嘲笑うかのように身じろぎし、ニューロンをざわつかせながら、再び奥底に沈んだ。


【バック・イン・ブラック】終



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