シャード・オブ・マッポーカリプス(84):カタナ・オブ・リバプール社とロイヤルニンジャ
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「コーッ、シュコーッ……。コーッ、シュコーッ……」クルタナは虚空に浮かぶ砕けた月の足場を、精緻かつ大胆な重力パルクールで飛び渡っていた。四連続の側転から長距離の月面宙返りを打ち、ヤンの破砕面へと到達する。そしてバリケードに相応しい、天然大クレーターの斜面へと滑り込んだ。それなりの銃撃を覚悟しながら。
少しの静寂の後、ナビゲーションAIが優しい電子マイコ音声で彼に告げた。
『バイタルサイン皆無。敵性企業の追跡部隊、完全に圏外へと消えました』
「いつもながら骨が折れる」クルタナは灰色のクレーター斜面に背を預け、顔を覆っていたフードを外すと、数時間ぶりにひと心地ついた。彼の口元を覆う黒メンポは呼吸装置を兼ねている。それ以外の部分は顔が完全露出し、短く刈り込まれたアスファルト色の髪と、薄緑色のサイバネアイが見えた。
彼の表皮は硅素。筋繊維と骨格はエメツ・フレーム。身体の75%以上を最新鋭の自社製品に置換したカタナ・オブ・リバプール社の重サイバネニンジャエージェントだ。
「ブラックヘイズ=サンが退社したことは、実に悔やまれるな」
クルタナはポーチから取り出した高級葉巻の一本をメンポの専用スリットに挿入し、着火。至福のひと時を味わう。赤い大鳥居の残骸の向こう、空には地球が見える。デスペレイション・ポイント出張の美点といえば、およそこの景色くらいのものだ。こうして一仕事終えてから夜半球を眺め、ゼンめいた心地に浸るのが好きだった。
だが今や、彼の愛した夜半球は騒々しいナイト・クラブのようだ。アメリカ大陸と太平洋に描かれた巨大な五芒星法陣が、紫色のネオン・サインめいて妖しく輝いている。再び磁気嵐が発生しているのか、それらの輪郭はしばしば火花を散らし、小さく明滅していた。
「まったくふざけた時代だ」クルタナは苦笑した。この十年のうちに、地球はまるでアーケード・ゲームの遊技場だ。じきに、全土がリアルニンジャどものプレイグラウンドと化すのだろうか?
『私とチェスをしますか?』AIが脳波からサジェストを行った。まだ精度が悪い。AIの提案を完全に聞き流しながら、クルタナは目を細め、眉間にしわを寄せた。五芒星の輪郭を切り裂く、何本もの赤い筋が見えた。
サイバネアイの解像度をフォーカス。さらにフォーカス。
大気圏を切り裂く六つの炎の軌跡。弾道計測。太平洋上より発射された六発の飛翔物が壮大な放物線を描き、軌道上から落下する。逆噴射の炎を放ち、カナダへと次々着弾してゆく。
「オムラ・リボルバーが放たれたか」『感傷的ですね』「まさか直に観測する日が来るとはな……」クルタナは左腕のハンドヘルドUNIXを展開し、緊急報告のためのIRCを打った。虚空を隔てた遥か数十万キロの彼方。カタナ・オブ・リバプール本社へと。AIがそれを読み上げた。
『如何お過ごしですか、偉大なるエリザベート・バサラCEO陛下。今しがたネザーキョウへとオムラ・リボルバーが放たれました。……貴女様の忠実なる下僕にして剣、クルタナ。デスペレイション・ポイントより。英国標準時タイムスタンプ。深い敬意をこめて。追伸。次の茶会を心待ちにしております。愛猫はお元気ですか』
- 砕月引力圏内、デスペレイション・ポイントにて
カタナ・オブ・リバプール / Katana of Liverpool
カタナ・オブ・リバプール社は、その名の通りグレートブリテン島北西部の要塞都市リバプールに本社要塞を持つ暗黒メガコーポであり、重工業系/兵器系プロダクトを中心に、バイオ系を含む幅広い分野にまで進出している。
カタナ社は、月破砕以前より軽サイバネ、プラズマ系テクノロジー、ロケット開発などに関する世界的リーディングカンパニーであり、ネオン・プラズマ・カタナの世界シェアNo1であったが、2038年にカスミガセキ・ジグラットで機密データを多数回収し、リバースエンジニアリングでさらなる成長を遂げた。カタナ社が独自で発明した技術や基礎理論は皆無に等しいが、新進気鋭の工業デザイナーやネオサイタマにも匹敵するほどのテック職人を自社内に多数抱え、これを厚遇し続けてきたため、特に重サイバネフレームの製品クオリティの高さとデザイン性の高さに関しては、他社の追随を許さないものとなった。
カタナ社は現在も、暗黒メガコーポ交戦協定のグレーゾーンを巧みにつきながら、着々とエメツ・テクノロジーやニンジャ戦闘兵器技術に関するパズルの欠落ピースを埋めにかかっている。彼らは他暗黒メガコーポの企業要塞に対する強行突入調査や、ロンドン・ネクロポリス、ネオワラキアなどのリアルニンジャ支配領域でのデータ収集を行い、どこよりも早く「エメツ応用技術の最後の1ピース」を埋める暗黒メガコーポとなろうとしているようだ。
輝かしき創業の歴史
新入社員向けの会社説明パンフレットによれば、カタナ・オブ・リバプール社の真の創業は、少なくとも第三次〜第四次十字軍の時代であるという(12世紀後半〜13世紀初頭)。十字軍遠征へ向かう騎士たちのために武具一式を鍛えたブラックスミス組合と、それらを載せて運んだ海運業者の複合体を中心としてカタナ・オブ・リバプール社の母体となる組織〈リバプールの金床〉が形作られ、徐々にイングランド全域で影響力を増していったという。
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