S1第10話【ソウカイ・シンジケート】
『そういう事じゃねえよ! それに、お前、そのあたりはソウカイヤの重点テリトリーだッてんだよ!』
『エー、発車。発車いたします』
「スミマセン。スミマセン」
「ジツを使えんようだな」
「貴様ら! 俺を見ろ! クズども!」
「だが奴らは連絡を取り合っていた……あの三人……ブラスハート……エゾテリスム……デシケイター……特にカラテやジツに長けたあいつらは……サツガイの秘密を……きっと……」
(((マスラダ! くだらぬぞ!)))
「イイイイ……イイイイヤアアーッ!」
【ソウカイ・シンジケート】
1
目を開けても、なお闇だった。ニンジャスレイヤーは訝しみ、立ち上がろうとして、自分の状態を認識した。彼は椅子に座らされ、両腕は後ろに回されて、背もたれに縛り付けられていた。顔を動かすと、顔の周りの闇がガサついた。彼は繊維質の闇を透かして、外の薄闇を見た。どうやら屋内。
金属製のドアが開閉する音が聞こえた。そして足音が近づいた。ボンボリライトが点灯したらしく、目隠しを透かして明かりが感じ取れた。ニンジャスレイヤーは身じろぎした。入室者の気配をごく近くに感じる。その者はニンジャスレイヤーの頭を掴み……被せていた麻袋を取った。
小さな部屋だった。打ちっぱなしのコンクリート壁、床には硬いタタミが敷かれていた。ニンジャスレイヤーは眩しさに唸った。入室者がぶしつけにマグライトを向けたのだ。
「……ドーモ。ゴキゲンヨ。ニンジャスレイヤー=サン」その者の声には聞き覚えがある。忌々しい相手……!「ガーランドです」
記憶が逆流する。そうだ。ニンジャスレイヤーはタマ・リバーに落ち、屋形船に這い上がって力尽き……彼を見下ろしていたのが……「暇なのか? おれはお前に何の用もない」ニンジャスレイヤーは言った。ガーランドは身をかがめ、ニンジャスレイヤーを見据えた。そして言った。「幾つか確かめたい」
ニンジャスレイヤーは腕に力を込め、拘束を破壊しようとした。力の緊張を瞬時に感じ取ったガーランドは、ニンジャスレイヤーの顔面に容赦のない裏拳を叩き込んだ。「イヤーッ!」「グワーッ!」「幾つか確かめたい。……ベイン・オブ・ソウカイ・シンジケート」ガーランドは言った。
「……!」「イヤーッ!」「グワーッ!」二発目の拳が叩き込まれた。逃げられない。身体コンディションに差があり過ぎる。ニンジャスレイヤーは血を咳き込み、ガーランドを睨み返した。彼は自分が極めて危険な状況にある事にあらためて思い至る。
どれだけ時間が経過した? 24時間が過ぎたか? つまり……。
(いいか。くれぐれも。このジツは"カゼのごまかし"、彼方よりの知覚をまやかしの地へ逸らす力を持つ。だが、保って一日。そのつどジツをかけ直す。決して遠出はならんぞ。俺が目当ての者を必ず連れ来たるゆえ……)
プラハの冒険魔術師、コルヴェットの忠告の記憶がニューロンに蘇る。
「今は何日の何時だ」「イヤーッ!」「グワーッ!」「訊くのはこちらで、貴様ではない」ガーランドが冷たく言った。ニンジャスレイヤーは長い息を吸い、吐いた。「スウーッ……」これは相当に厄介な事態だ。しかし……「フウーッ……」彼はニューロンを加速させる……この状況を利用する必要がある……!
「始めるとしよう」ガーランドが切り出した。ニンジャスレイヤーは剣呑な視線を保ったが、まずは頷く。このタイミングでの攻撃はうまくない。「お前は10年前のニンジャスレイヤーとは別物だ」ガーランドは断定した。「さきの反応で確信に変わった」「10年前……」ニンジャスレイヤーは眉根を寄せる。
「では、今この俺が目の前にするこのニンジャは何者だ? という事になる。貴様は俺の知る男ではなかった」ガーランドは目を細めた。その目に渦巻く複雑な感情をニンジャスレイヤーは見て取った。彼は言った。「ならば、無罪放免しろ」「初めから罪は無い」ガーランドは虚無的に答える。「貴様はボスの眼中に無し」
無罪。だが、解放する気はない。そういう事だ。なお悪い。ニンジャスレイヤーは唸りを殺し、呼吸を深めた。ガーランドは彼の顎をグイと上向け、呼吸を妨げた。そして言った。「ニンジャスレイヤーはかつて、アマクダリ・セクトとのイクサに散った。以来、目撃者は無し。貴様が名乗り始めるまでは」
「昔話が得意か? おれの知らん話ばかりだ。その調子で話せ」ニンジャスレイヤーは不敵に促した。ガーランドは拳を見舞おうとしたが、止めた。「その顔。本当に知らんのだな。よかろう」ネオサイタマの十年は三世代の興亡に等しい。「ワナビー愉快犯の類いではないならば、貴様は……」
「おれは。ニンジャスレイヤーだ」ぴしゃりと言った。睨み据える目に赤黒の炎が灯り、強烈な憎悪の波動がガーランドを打った。「……」ガーランドは無言で退出した。何をしに行った? ニンジャスレイヤーが考えを巡らす間もなく、シックスゲイツの戦士はすぐに戻って来た。バイオ笹の葉に包まれたスシを手に。
「……」「椅子をシツレイ」ガーランドは対面にパイプ椅子を置き、腰かけた。ニンジャスレイヤーの凝視の中、彼は笹の葉を開き、中のサーモン・スシにソイ・ソースを垂らした。彼はニンジャスレイヤーの視線に不意に気づいたようなそぶりで、「なにか?」と訊いた。「……」「飯を採る時間を逸してな」
笹の葉の微かな芳香とソイの旨味の匂いが否応なしにニンジャスレイヤーの鼻腔を刺激した。いわばニンジャ嗅覚のうらみか。たちまち極度の消耗状態にある彼は己の胃が空っぽであることを認識させられた!「どうした。ほしいのか?」「少しも」「そう言うと思ったとも」ガーランドはスシを咀嚼!
室内に地震めいた音が響いた。それはニンジャスレイヤーが奥歯を噛み締める音である。屈辱……無念! ナムアミダブツ……! はからずもそれは由緒正しき江戸貴族の好んだスシ・トーチャリングに酷似していた。剛の者あらば、ゴジョ・ゴヨクにつけこみ責めるべし。ゴヨクの一つ、それは食欲なり!
「なに、たいして美味くもないスシだ。そこらで調達した、冷め切ったスシだ。そう食い入るように見つめるでもない」ガーランドは淡々と食した。ニンジャスレイヤーの視界が霞み、マスラダの覚えのない記憶……立ち並ぶストーンヘンジ、照り付ける太陽、空を舞うハゲタカがフラッシュバックした。そしてニンジャが……赤橙色の尊大なニンジャが網膜に微かに焼き付いた。
ニンジャスレイヤーは心中の困惑を隠し、尋ねた。「おれをどうする」「ソウカイ・シンジケートのテリトリーで、ニンジャスレイヤーがコソコソと活動している。ボスは知らんが、俺には重大だ。看過はしない。正体を見せろ」「昔のニンジャスレイヤーとやらにお前がご執心なのはわかった」
挑発に対し、拳は飛んでこなかった。ガーランドはスシを食べ終え、退出し、戻って来た。ニンジャスレイヤーの為のスシなど持ってこない。チャだ。彼はチャを飲みながら言う。「情報を引き出した後は人格を壊し、無害な木偶に変える」
「気の長い話だ」「俺は貴様を解体したい」ガーランドは真顔で頷いた。「貴様がニンジャスレイヤーである以上、俺はそれを遂行する」ガーランドは飲みかけのチャをニンジャスレイヤーの頭に注いだ。ニンジャスレイヤーは俯いたまま、肩を震わせた。笑いだ。ガーランドは眉根を寄せた。
「何が可笑しい。狂人かね?」「サイオー・ホースってやつを感じている」ニンジャスレイヤーは言った。そして呟いた。「ザイバツ・シャドーギルド」その言葉はストーンヘンジのフラッシュバックを経て、いやに滑らかに舌の上に出てきた。
ZANKZANK……ガーランドの真横の空間が歪み始めた。「何だと? これは……!」ガーランドは身構える。
ニンジャスレイヤーは言った。「今教えてやる事にしたが……おれはザイバツ・シャドーギルドに狙われている。こういう形でな」デミ・ニンジャが一体。二体。三体。狭い室内に具現化する!「この状況。笑うべきか泣くべきか迷った。だから笑ったんだ」
然り、ニンジャスレイヤーは先程からこの事態を想定していた。コルヴェットが施した「カゼのごまかし」は既に明らかに有効時間を超過。遅かれ早かれ、ザイバツ・シャドーギルドがニンジャスレイヤーの居場所を察知し、尖兵を送り込んで来ることがわかりきっていた。その先にサイオー・ホースがある!
「イヤーッ!」「グワーッ!」ガーランドはデミニンジャAを肘打ちで壁に叩きつけた。「イヤーッ!」「「グワーッ!」」振り向きざまの蹴りでBとCをまとめて扉方向に吹き飛ばした。「こいつらは際限なくやって来る」ニンジャスレイヤーは言った。「おれを解放しろ。お前に選択権は無い!」
「チィ……」ガーランドは舌打ちし、しつこく襲い掛かるBとCにクナイウィップを振るった。「イヤーッ!」ムチは二者の装束と筋繊維をズタズタに引き裂き、あっという間に残骸に変えた!「解放しろ!」ニンジャスレイヤーは執拗に繰り返した。「そして……お前に用が出来た。ガーランド=サン」
「イヤーッ!」「グワーッ!」態勢復帰を試みるAに跳び蹴りを食らわせてカイシャクすると、ガーランドは憎悪の眼差しを向けた。ニンジャスレイヤーは首を振って促した。ガーランドは渋々、ニンジャスレイヤーの拘束を外した。「……俺に用だと?」「ラオモト・チバのもとまで案内しろ」
僭越極まる要求! だがガーランドは瞬間的に沸いた激昂を抑え、質問を優先した。「何故だ?」「ソウカイヤのオヤブンは、恐らくおれの求める人間を管理下に置いている。直接談判して、そいつを出してもらう」ニンジャスレイヤーは言い、「見ろ。次の襲撃波が来るぞ」新たな時空の歪みを指さした。
「説明が足りんぞ……クソめ!」ガーランドは声を荒げた。ニンジャスレイヤーは後退し、深い呼吸を数度行った。それから答えた。「おれも詳しくは知らない。ウキハシのような手段で転送されて来るそうだ。おれのもとにな」更に強調した。「ソウカイヤの縄張りだろうが、お構いなしにだ」
ZANKZANKZANK! 戸口に出現したデミニンジャDの首にガーランドはクナイウィップを巻きつけ、「イヤーッ!」「アバーッ!」引き抜いて断頭した。おぼろげな首なし死体を蹴飛ばして隣室にエントリーし、奥の扉の前に出現したデミニンジャEに襲い掛かる。ニンジャスレイヤーが後に続く。
「イヤーッ!」「グワーッ!」ガーランドが敵に対処する後ろで、ニンジャスレイヤーは力失い、倒れかけた。「スウーッ……フウーッ……」呼吸のたびに赤黒の装束が燻った。己を強いて立ち上がる。壁の小型冷蔵庫を開くと、笹のスシ・パックだ。震える手で掴み取り、断らずに中身を食べる。力が湧いて来た。
ガーランドはニンジャスレイヤーを一瞥し、舌打ちした。ニンジャスレイヤーは睨み返した。「チャはあるか」「イヤーッ!」ガーランドは新たなデミニンジャをヤリめいたサイドキックで蹴り殺し、廊下に飛び出した。ニンジャスレイヤーはスシを食べながら続いた。身体にカラテが染み渡る!
「キリが無いのか? 出現間隔はどうなっている」階段を上がりながらガーランドは後ろのニンジャスレイヤーに問う。「知るか……!」ニンジャスレイヤーは叫び返した。「この事態は今までは事前に防がれてきた。貴様がスシ拷問に躍起になっている間に隠蔽が剥がれた。そういう事だ」「チィーッ……」
階段を上がり切り、鉄扉を蹴り開け、路地裏から走り出ると、バイオしだれ柳の並木、たちこめる湯気が視界に入った。トウジ・ストリートだ。ニンジャスレイヤーは最後のスシを食べ終えた。ガーランドが足を止めた。「……貴様を殺せば片付く問題と見た」
ニンジャスレイヤーは引かない。彼は両手を広げて言った。「試すか? やってみろ」怒りが彼の舌鋒に力を与えていた。「おれの力も戻って来た。おれは貴様を殺す。万一、仮に、貴様がおれに勝ったとして……貴様の追跡も、クソったれスシ拷問も、何もかも無駄だ。そうなればジゴクで笑ってやる。ザイバツの侵犯が止まる保証もしない」
剣呑な沈黙が訪れた。時刻は少なくとも夜。トウジ・ストリートはアトモスフィアの良い石畳の広い通りで、両脇にはバイオしだれ柳と、円形の浅いオンセンが等間隔に設置されている。オンセンにはまばらな入浴市民の姿あり。
ネオサイタマの地下にはオンセン脈がある。採掘技術は日進月歩。このような場所も近年作られた。着流しを着てタオルを頭に乗せた風流な入浴市民が対峙する二人のニンジャの横を通りかかり、渦巻く殺気に打たれてその場で失禁し、声もなく仰向けに倒れ込んだ。
「……」やがてガーランドはムチで石畳を抉り、押し殺した声で言った。「……貴様の要求を呑むと思うか。愚か者め」「絶対に呑んでもらう」「その物言いを後悔することになるぞ」「貴様がな」
タキからのIRC通信は予め拒んでいる。ソウカイヤとの切迫状況下でウカツに通信すれば、タキが辿られ、ピザタキが潰されかねない。ここは彼自身の機転で切り抜けねばならない。彼は目の前のシックスゲイツに犬めいて追われ逃げ惑う状況に飽き飽きしていた。良い頃合いだ。この機に打開を図る。
「早く連れていけ。本拠地はどこだ」「イヤーッ!」「イヤーッ!」ギャリン! 火花が散った。襲い来たクナイウィップをニンジャスレイヤーがブレーサーで弾いたのだ。「図に乗るな」「……次にシャドーギルドが来るのは何分後か。何秒後か。おれにもわからんぞ」
「理由を言え。何故ボスに会おうとする」「ボンカイ」ニンジャスレイヤーはコルヴェットが繰り返し口にした名を発した。「……ボンカイ・トダという男だ。今現在そいつがソウカイヤお抱えのタトゥーイストだという事まではわかっている。貴様らが監禁しているせいで接触をはかれずにいる」「ボンカイ?」ガーランドの瞼がぴくりと動いた。
「知っているようだな」「監禁だと? 勝手な事を抜かすな」ガーランドはボンカイの存在を否定しなかった。ニンジャスレイヤーは簡潔に言った。「おれの知るニンジャのジツが、そいつのタトゥーを使ってザイバツの侵犯をブロックする。そういう話だ」ZANKZANK……新たな出現兆候!「そういう話だ」彼は繰り返した。
一人。二人。三人。四人。ニンジャスレイヤーの周囲にデミニンジャが出現する。更に一人、より存在の強固なニンジャが、明らかに強大な歪みと黒い雷光を伴って出現した。世界そのものが出現の負荷に悲鳴を上げているようだった。ニンジャスレイヤーとガーランドは剣呑に並び立ち、彼らと対峙する。
現れたのは、オーカー色の装束に身を包んだ、ただならぬニンジャである。既に備えたニンジャスレイヤーとガーランドはより一層の警戒でカラテを充実させた。無人のオンセンの表面に波が生じた。「成る程。お前がそうか」ニンジャは呟いた。そしてアイサツした。「ドーモ。ニーズヘグです」
「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」アイサツに応じる。ガーランドは二者を見比べ、最後にアイサツした。「ドーモ。ニーズヘグ=サン。ガーランドです。……ザイバツ・シャドーギルドの者か」「ほう」ニーズヘグが目を細めた。「そのクロスカタナ紋。ソウカイ・シンジケート。なんとなァ!」
「ニーズヘグ=サン。まず言っておくと、ここはソウカイ・シンジケートの支配領域だ」ガーランドが冷たく言った。「貴様らは掟に従う必要がある」「グワハッ!」ニーズヘグは獰猛に笑った。「十年一昔……! まるでウラシマ・ニンジャの心持ちじゃ。そして……貴様がニンジャスレイヤーか……!」
それから彼は周囲を面白そうに見渡した。「ここはオンセンか! まるで岡山県じゃな!」「おれに何の用だ。言え」ニンジャスレイヤーが問う。ニーズヘグは声を低めた。「そうさな……あるじはお前を捕えて来いと言うとるが……」メンポの下で舌なめずりした。鍛え上げられた肉体に爆発的なカラテが循環する。
「ひと打ちで死なれるとつまらん。頼むぞ。ソウカイヤのそこのお前もな……」踏みしめた足元がミシミシと音を立てた。デミニンジャも一斉に身構えた。ニンジャスレイヤーとガーランドはお互いを睨み合った。「「「イヤーッ!」」」戦闘者は一斉に地を蹴った!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは瞬時にニーズヘグの懐へ突き進み、拳を叩きつけに行く。「イヤーッ!」ニーズヘグはチョップで応戦!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは大振りの二撃目で抉りに行く!「イヤーッ!」ニーズヘグはバック転回避!「イヤーッ!」デミニンジャが襲い掛かる!
「イヤッ! イヤーッ!」ガーランドは稲妻めいてクナイウィップを打ち振り、デミニンジャの一方の脚を捕えると、バイオ柳の幹に叩きつけて殺し、返す勢いでニーズヘグに投げつけた。「イヤーッ!」ニーズヘグはデミニンジャの死体を蹴り飛ばし、背中に負った奇妙なニンジャソードを引き抜いた。
「イヤーッ!」ガーランドのクナイウィップが襲い掛かる! ニーズヘグはニンジャソードを振り上げて弾き返す。すると、おお、見よ! ニンジャソードの刀身はセグメント分割され、さながら刃の鞭めいて宙を舞い、クナイウィップの二撃目とぶつかり合ったのだ!「イヤーッ!」「イヤーッ!」
ゴウランガ! ヘビニンジャ・クラン秘伝の可変武器、ヘビ・ケンである! ギャリン! ギャリイン! 古代武器とポスト磁気嵐武器、対照的な鋼鉄のせめぎあいは、怒れるコブラ同士が喰らい合うがごとし!「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーはデミニンジャを次々倒し、ニーズヘグに向かう!
数度の打ち合いを経てヘビ・ケンとクナイウィップは互いに絡み合い、千日手めいた綱引き状態を作り出した。「ヌウーッ!」ガーランドは血走った目を見開く。ずるずると引きずられ始める! ニーズヘグは笑う! だがそこへニンジャスレイヤーだ!「イヤーッ!」
襲い掛かるニンジャスレイヤーに、ニーズヘグは丸太めいた蹴りで応じた。それはニンジャスレイヤーの想定以上の速度だった。「グワーッ!」弾かれたニンジャスレイヤーは空中で回転し、温泉に着水! SPLAAASH! 熱いオンセンよりもなお熱い身体は一瞬で熱蒸気に包まれる!
「近こう寄れィ!」ニーズヘグがヘビ・ケンを手繰る!「グワーッ!」瞬時に引き寄せられたガーランドはかろうじて得物を手放し、身体を丸めて防御姿勢を取る。そこにニーズヘグの逆手が衝突!「ヌウーッ!」飛び離れ、バックフリップで間合いを取り直す。ニンジャスレイヤーはオンセンから這い上がる!
「スウーッ……フウーッ……!」向かっていきながら、ニンジャスレイヤーは己の心臓の鼓動を強いて早め、赤黒の炎を体内に循環させようとした。デジ・プラーグで相手にした連中も手練れであったが、このニーズヘグはそれ以上。(((知らぬ相手ではない! よかろう!))) ナラクが嘲笑う!
意識が吹き飛び、闇の中にあの日の光景が……急速に冷たくなってゆくアユミの姿がフラッシュバックした。それは信じがたく抗いがたい速度! マスラダは心の備え虚しく、怒涛めいて繰り返される記憶に否応なく呑み込まれた!(サツガイ!)
たちまちニンジャスレイヤーの両腕のブレーサーが黒炎に包まれる。彼は瞬時に接近する。ニーズヘグの笑みは渇望に変わった。ヘビ・ケンを棄て、カラテを構え直した。既に両者はワン・インチ距離、ヘビ・ケンが不利な間合いである!
「イヤーッ!」「イヤーッ!」KRAASH! 拳と拳が衝突!「イヤーッ!」「イヤーッ!」KRAAASH! 拳と拳が衝突! 打ち合うたびに赤黒い炎が弾け、その熱と苦痛にニーズヘグは吠えた。「AAAARGH!」
(サツガイ……サツガイ!)マスラダは永劫の記憶に焼かれながら血の涙を流した。(((ググググハハハハハハ!))) ナラクは哄笑した。ニンジャスレイヤーは邪悪なカラテでニーズヘグと打ち合った。背中が火を噴き、ボロボロと崩れ始めた。ナラクは笑い続けた。(((ハハハハハハ!)))
極限のワン・インチ・カラテの中で、マスラダは数千年の憎悪のメイルシュトロームに翻弄されていた。あの言葉をニューロンに呼び戻そうとする努力は虚しかった。ナラクの憎悪と高揚に抗えばニーズヘグはたちまちニンジャスレイヤーを上回る!「ググググハハハハハ!」
「イヤーッ!」「グワーッ!」ニーズヘグの拳がニンジャスレイヤーのメンポを割った。裂けたメンポは禍々しい牙状に再形成される!「イヤーッ!」「グワーッ!」殴り返す! たたらを踏んだニーズヘグの軸足を刈る!「イヤーッ!」「グワーッ!」胸を押さえ、仰向けに叩きつける!「グワーッ!」
「AAARGH!」ナラクは吠え、鉤手を振り上げた。ニーズヘグの目が異様な輝きを帯びる!「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは想定外の力で首を真後ろに引っ張られた。ガーランドのクナイウィップだ。彼のニンジャ第六感は、ニーズヘグの目から放たれるイビルアイ・ジツの予兆を見逃さなかった!
ZAAP! 閃光が夜空を裂いた。仰向けのニーズヘグから放たれた致命的邪眼光線だ。首に巻き付いたクナイウィップに苛まれながら、ニンジャスレイヤーは地面を転がり、燃えながら起き上がった。(ナラク!)マスラダは魂を振り絞り、ナラクと同調し、ニューロンの奥底へ引きずり戻す!(((黙れ!)))
「ハーッ……!」ニーズヘグは跳ね起き、襲い掛かった。ガーランドがクナイウィップで繰り返し打ち据える。牽制打である。獣じみた身のこなしでニーズヘグは側転を繰り返す。ニンジャスレイヤーは石畳を抉るように掴み、身を起こす。彼はすがるように呟いた。「……おれ自身……おれ自身だ……!」
「イヤーッ!」「イヤーッ!」強烈なクナイウィップの一撃を、ニーズヘグはバック転で回避した。「それぐらいにしておけ……!」ガーランドが睨み据えた。「もう一度言っておく。ここはソウカイ・シンジケートのテリトリーだ」上空に鬼瓦ヘリコプターのローター音が接近してきていた。
既にデミニンジャは全て死体! そして新たな増援の兆候も無かった。ガーランドはニーズヘグ出現時の歪みの様相を材料に推論を立てている。おぼろげなデミニンジャとニーズヘグのような強いカラテの持ち主では、ある種の負荷の度合いが異なるのではないか。そして上空のヘリはサーチライトを投げた。
ニーズヘグは手を翳し、サーチライトの照射に耐えた。鬼瓦の口が開き、ジップラインが吐き出された。そこからクローンヤクザが続々と地上に降下を始める。「ザッケンナコラー!」「スッゾコラー!」ソウカイヤの増援である! 最後に一人! ニンジャの影が身を乗り出し、ガーランドを見下ろした。
「……」ガーランドは彼女をしかめ面で見上げた。彼女もガーランドと同様、ソウカイ・シックスゲイツの一人。ヴァニティという名のニンジャである。ガーランド、ニンジャスレイヤー、ニーズヘグへと視線を走らせたのち、彼女も地上へ身を躍らせた。
「ドーモ」流麗な回転着地からのオジギ。胸をそらしてニーズヘグを見据え、アイサツする。「ソウカイ・シンジケート、シックス・ゲイツ。ヴァニティです」「ドーモ。ヴァニティ=サン」ニーズヘグはアイサツに応えた。「ニーズヘグです。ザイバツ・シャドーギルド」
「スッゾ!」「スッゾ!」クローンヤクザ達は後退するニーズヘグの退路を塞ぐように包囲展開してゆく。戦闘地域に通りがかる入浴市民に対して「ミセモンジャネッゾコラー!」と威嚇し追い散らす者もいた。
「なんじゃ大仰に。追加のニンジャはオヌシ一匹か」「……」ヴァニティは肩をすくめた。そして身内に問う。「で、今どんな状況? ガーランド=サン」ガーランドは鼻を鳴らす。「見ての通り。ニンジャスレイヤーだ。ザイバツがこいつ目当てにテリトリー侵犯を行っている」
「ザイバツのニーズヘグ。笑い飛ばすわけにもいかないようね」彼女はオーカーのニンジャのカラテ充実を見て取った。「わしを知るか。チョージョー」「名前はね」ヴァニティは無雑作にカラテを構える。「教科書的なレベルだけれど」
「再三繰り返すが、ここはソウカイ・シンジケートのテリトリーだ。ニンジャスレイヤーの身柄は現在、我々の管理下にある」ガーランドがニーズヘグに言った。「無法にはカラテだ」
ニーズヘグはオニめいて笑った。そして!「よかろう! イヤーッ!」「イヤーッ!」ヴァニティが受けて立った! 強烈なニーズヘグの回し蹴りを左腕で受け止め、1メートル後ろに滑った。彼女は微笑し、左手をぶらぶらと振った。「イヤーッ!」殴りつける! KRAAASH!
「ンンン! これは!」ニーズヘグは思いがけず凄まじい衝撃によって横に跳ね飛び、バイオしだれ柳を蹴り折って受け身をとった。折れたしだれ柳の幹がオンセンに着水した。SPLAAASH!
「イヤーッ!」そこへすかさずガーランドがクナイ・ウィップで襲い掛かった。ニーズヘグは連続側転で執拗な攻撃を躱し、地面のヘビ・ケンを蹴って掴み取った。 「どうれ……!」
「ザッケンナコラー!」「スッゾコラー!」クローンヤクザ部隊が電磁ヤクザドスを構え、フットボール選手めいて殺到する。「イイイヤアアーッ!」ニーズヘグはヘビ・ケンを振り回し、クローンヤクザを殺戮する!「イヤーッ!」ヴァニティが跳躍し、動きを止めたニーズヘグに上から殴りかかる!
「スウーッ……フウーッ」ニンジャスレイヤーは眼前のイクサを睨み、ひたすら呼吸を深め、身体を循環する黒炎のコントロールを取り戻そうとつとめた。歪んだメンポが不満げな軋みを立てて、再び形状を戻してゆく。ヴァニティはガーランドに匹敵する強者。二対一はニーズヘグの手に余るか。
「イヤーッ!」「グワーッ!」ニーズヘグはヴァニティの拳をスレスレで躱し、脇腹を蹴った。更に竜巻めいた回転ヘビ・ケン攻撃! クローンヤクザをまとめて薙ぎ倒す!
「イヤーッ!」ガーランドは吹き飛んだクローンヤクザの身体を飛び石めいて踏み渡り、斜め上方からムチで襲う。ニーズヘグは大きく跳んで間合いを取った。
ニンジャスレイヤーの思考は呼吸と共にクリアになり、鋭敏化した意識は時間の流れを泥めいてスローにした。たとえばこの機に乗じて逃走する事も可能だろう。しかしはなからその選択肢は無い。それでは事態が解決せず堂々巡り。サツガイも遠ざかる。彼はラオモト・チバに談判せねばならない。
ダウンを取られたヴァニティが跳ね起き、ガーランドは打ち合いを経て着地した。ニーズヘグは二人のシックスゲイツにカラテ警戒のリソースを振り向けた。その瞬間、岩壁の亀裂めいた、微かな……だが確固たる攻撃機会が現出した。この機を逃すべからず!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは屈めた身体のエネルギーを解き放ち、ロケットスタートを切っていた。一瞬後、ニーズヘグに到達した。「イヤーッ!」咄嗟のヘビ・ケンが肩を切り裂く。ニンジャスレイヤーは懐に潜り込んだ。
「イヤーッ!」更に迎え撃つワン・インチの断頭チョップを躱しながら、ニンジャスレイヤーは背中を向けて沈み込んだ。その姿勢から強烈な上段回し蹴りを繰り出した。ナムサン……奇しくもそれは攻防一体の回し蹴り、メイアルーア・ジ・コンパッソに酷似したカラテムーヴだった。ニーズヘグの側頭部に踵が入った。
「グワーッ!」ニーズヘグは石畳に叩きつけられ、破片を飛び散らせた。追い打ちをかけるガーランドをヘビ・ケンで牽制し、彼はなおも起き上がった。ニンジャスレイヤーは眉根を寄せた。ニーズヘグの肩や背中から蒸気めいて立ち昇る0と1のノイズ。虚空から現れ出でた時の様相にも似る。
「ハッハハハ! ザンネン・ムネン」ニーズヘグはよろめき、ヘビ・ケンを振り回しながら後退した。「うまくないわい……! 一時退却といくか」彼は身を翻した。「ザッケンナコラー!」「イヤーッ!」「グワーッ!」退路に回り込むクローンヤクザを斬り捨てる。「追う」ヴァニティは走り出した。
「そいつの事は任せる。ガーランド=サン」走りながら、ヴァニティは振り向かずに言及した。「これは貸しよ。後で追加の説明をよこしなさい」「よかろう」ガーランドは得物を納め、ニンジャスレイヤーに向き直った。「貴様……チッ」ガーランドは舌打ちした。「俺をここまでイラつかせた奴はおらんぞ」
ギャギャギャギャ……クローンヤクザの死体を轢きながらヤクザリムジンが走り込んできた。クロスカタナのエンブレムがある。ドアが開き、運転ヤクザが呼ばわった。「センセイ!」「乗れ」ガーランドはニンジャスレイヤーの肩を憎々しげに突いた。ニンジャスレイヤーは睨み返し、乗り込んだ。
発進したヤクザリムジンは大通りに出、しめやかに走行する。ダッシュボードのハンニャ・オメーンが揺れる。車内には殺気が満ち、もし仮に無辜の市民が乗り合わせておれば、即座に失禁して気絶しただろう。座した状態でも二人のニンジャは互いに心の中でイマジナリー・カラテ想定を無限に繰り返していた。
2
その夜、庭から見上げるネオサイタマの空は晴れていた。割れた月は不気味なブラッドオレンジ色に染まり、生暖かい風は嵐の後めいたオゾンのにおいを含んでいた。瓦屋根を頂く朱塗りの塀には等間隔で監視カメラと高射砲が設置され、「厳禁」「ダメ」などの極太ミンチョ警告看板が立っている。
塀の内側、広大なサンスイ庭には、紫のイクサ旗が無数に配置されていた。どれも金糸のクロスカタナ紋の縫い取りを戴き、「ソウカイヤ」の威圧的五文字カタカナが書かれている。そして、見よ。サンスイの一角、細長い長方形の芝が石で囲われたパットゴルフエリアで、パターを握る人物を。
黒紫のスラックスにベスト姿、ワイシャツの袖をまくり上げた銀髪の若者……ただの若造ではない。そのカタナめいた目つき。あるいは、タタミ数枚離れた地点で地面に膝をつき、ゴルフボールの入ったオトソを捧げ持つ筋骨隆々の傷だらけのニンジャの忠実ぶりからも、その凄味は明らかだ。
「オヤブン」傷だらけのニンジャは手ぶりで促した。若いオヤブンはパターを振りぬいた。シュルルルと音を立てて白球はジオラマの丘を駆け上がり、斜めに滑り落ち、スココン、と音を立ててホールインした。ニンジャは素早く最後の白球を置いた。シュルルル。スココン。全く同じ軌跡でホールイン。
「お見事でした」ニンジャは無雑作に渡されたパターを宝剣めいて掲げたのち、素早くゴルフケースにしまうと、それを担ぎ上げた。「行きやしょう」「ああ」オヤブンの髪を風が揺らした。既に邸宅には招かれた部下がたちが座している。しかし彼が定時日課のレクリエーションたるパターゴルフを欠かす事は無い。若さと老成、猛々しさと冷静さの同居するこのただならぬ男こそ、ラオモト・チバ。ソウカイヤの若き帝王であった。
「お身体に障りやす」ニンジャはジャケットを差し出す。彼の名はネヴァーモア。ラオモトは断るでもなく受け取って肩にかけ、庭を横切り、エンガワから屋敷に上がった。エンガワに控えていたクローンヤクザが素早くドゲザし、ショウジ戸を引き開けた。タタミ敷きの部屋ではオイランが三味線を弾く。
チバは一瞥もせずに横切って奥のフスマを開き、廊下を進んだ。語らいの声が近づいて来る。チバはある一室の前で立ち止まる。フスマが開いた。長方形の広間。ザブトンに座っていた者らが目を上げ、チバを……ボスを見た。「ドーモ」「ドーモ」「ドーモ」「ドーモ」「続けろ。ブレイコウだ」彼はカミザに座った。
部屋にはエド戦争の騎士鎧が飾られ、「お遍路」と書かれたショドーが掲げられている。優雅というより猛々しいアトモスフィアだ。ウナギの重箱を前に座る男女が四人。そして彼らにサケを注いで回る蠱惑的な女。計五人がすべてニンジャである。ザブトンはチバのものを除き六つ。ふたつが空席だった。
「カンパイ」チバが言った。ネヴァーモアは斜め後ろに直立。酌をした女ニンジャは隅でオコトを弾き始めた。ここはラオモト・チバの私邸の一室であり、半年に一度の「ノウカイ」の場である。即ち、ソウカイヤの帝王たるチバが「シックス・ゲイツ」の六人を直々にねぎらう重要な会であった。
「何やってやがるんだ、他二人?」主君をはばからず毒づいたのは、ヤクザスーツに身を包み、全ての指にクロームの指輪をはめたニンジャ。ホローポイントである。「シケこんでンのか?」「ヴァニティはともかく、特に几帳面なガーランドが珍しいこと……」気だるげに微笑した女のニンジャは、カバレット。
鼻を鳴らして杯を傾けたニンジャはエド・スタイルのチョンマゲで、着流しを着ている。特異なのはその顎から下。明らかにフル・サイバネティクスである。「お前の身体、酔えるのか? シガーカッター=サンよ。気になって仕方ねえ」節くれだった巨躯のニンジャが囁く。ニンジャ装束に黒いジュー・ウェアを羽織り、その袖口には血のシミがおどろおどろしく染み込み、不穏なファイアパターンを作り出している。彼の名はデッドフレア。
「連絡は受けている」ネヴァーモアが説明した。「ガーランドはじきに。ヴァニティは遅れると。問題に対応中だ」「ほら。ガーランドは、やっぱり几帳面。抜かりない男だから」カバレットは笑い、キセルの灰を落とした。チバはサケを呷り、眉ひとつ動かさない。ブレイコウの席なのだ。
「問題って何です。オヤブン」ホローポイントが尋ねた。凶悪極まるヤクザニンジャ戦士が、若い非ニンジャに恭しくふるまう様は異様である。チバは冷たく笑った。「余興が一つ増えたぞ。貴様ら」「余興? そりゃ何です」「黙って待て」「……噂をすれば」シガーカッターが耳をそばだて、言った。
フスマが微かに開き、外のクローンヤクザが「ガーランド=サンです」と告げた。「入れ」と、チバ。ターン。フスマが勢いよく開き、ガーランドがエントリーした。シックス・ゲイツの者達は眉をしかめ、訝しんだ。ガーランドは手錠を嵌められた赤黒のニンジャを伴っていたからだ。
「オヤブン。遅くなりました。ニンジャスレイヤーです」ガーランドが言い、ニンジャスレイヤーを突き出した。「ムッハッハハハハハハ!」チバはいきなり笑い出した。目を見開いたまま、口を大きく開けて堂々と笑った。そして、ピシャリ! 扇子を開き、閉じ、先端で指し示す。「見ろ! こいつが余興だ!」
「ベイン……オブ……ソウカイ……シンジケート」オコトの弦をヒットしながら、蠱惑的なニンジャ……テンプテイションが区切り区切り言った。どろりとした殺気が広間を満たした。「ムッハハハハ! ムハハハハハハ! ニンジャスレイヤー……ニンジャスレイヤー!」チバは立ち上がり、カタナを抜いた。
「こ奴がニンジャスレイヤーだ、貴様ら!」帝王はカタナの切っ先をニンジャスレイヤーの喉元に定めた。ニンジャスレイヤーは睨み返した。切っ先が喉元に触れるが、動かない。「フン……間違いない。ニンジャ。ニンジャスレイヤー……だが……フジキドではない。父上の仇では。ならば貴様は何者だ」
「ニンジャスレイヤーだ」赤黒のニンジャはジゴクめいた目をチバに向け、言った。「貴様に要求がある。ソウカイヤ」ネヴァーモアが一歩踏み出し、シガーカッターがカタナに手をかけ、デッドフレアがタタミを軋ませて重心を動かす。ガーランドはニンジャスレイヤーの後ろ、冷たい目で状況を見守る。
テン……テテン……テン。オコトのマイペースな音が響き続ける。チバがカタナを動かした……真下に。「キエーッ!」イアイが手錠の鎖を切断した! 彼はカタナを戻し、ザブトンに座った。ニンジャスレイヤーはチバを凝視した。チバは言った。「手錠など要らん。殺したい時に殺す。せいぜい話せ」
場の緊迫感が僅かに薄れた。ネヴァーモアとホローポイントは別だ。前者は拳にカラテを込め、後者はジツの予備動作を解かずにいる。「座ったらどう?」カバレットがガーランドに促した。「ウナギもあるわ」「……」ガーランドはチバを見た。「先程お伝えした通り……」「繰り返すな。一度で十分だ」
然り。ガーランドは事前にIRC通信を行い、主君に説明を行ってある。ザイバツ・シャドーギルドの出現。ヴァニティがニーズヘグを追跡し、イクサを継続していること。ニンジャスレイヤーの要求……。「貴様のクチから聞きたい。ニンジャスレイヤー=サン」チバは言った。「貴様の望みをな」
ガーランドは咳払いし、ニンジャスレイヤーを見た。あとは彼の与り知らぬところ。カバレットに勧められるまま、黙々とウナギを食べ始めた。彼は健啖家である。食べながら、彼は横目でニンジャスレイヤーを睨んだ。(正念場だぞ、貴様。せいぜい足掻いてみろ)
「ボンカイ・トダに会わせろ」ニンジャスレイヤーは言った。「おれの仲間が尋ねたが、面会できない」「当然だ。奴はソウカイヤの専属契約で食わせている」チバは冷静に言った。「便宜を図る義理も無い」「義理は無いだろうが、貴様らはそうする必要がある。繰り返させるな」「……」「それがまずひとつ」ニンジャスレイヤーは続けた。「もう一つある」「……」チバの目が動き、三白眼になった。
シックスゲイツのニンジャ達は今や、じっと見守っている。「奴に、おれを追わせるな」ニンジャスレイヤーは顎をしゃくってガーランドを示した。「おれはソウカイ・シンジケートに興味が無い。貴様らがネオサイタマでおれを攻撃しないならば、おれも貴様らを攻撃しない。無駄だからだ」「チャルワレッケコラー!」ホローポイントが腰を浮かせた!
ヤクザニンジャの目は怒りに充血し、その背中にはカラテが循環して、不穏な灰色の瘴気が垣間見えた。「キエーッ!」チバが扇子を投げた……ホローポイントに! その額を扇子が霞め、後ろのタタミに突き刺さった。「俺の話の最中だバカめ!」ホローポイントは不服気に舌打ちし、無言で座りなおした。
「要求はその二つか?」「ああ」「ムハハハハ! よかろう」チバが笑った。「貴様にタトゥーを入れ、以てザイバツ・シャドーギルドの領域侵犯を防ぐ。貴様を中立の存在として認め、無駄なソウカイヤの被害を避ける。成る程、合理的だ! ムッハハハハ!」
「それでいい。ボンカ……」「タトゥーはクロスカタナだ。背中にキリステのカタカナを負え」チバが遮った。「貴様は今後、ソウカイ・シンジケートの徒弟だ。ケジメは必要無い。立場は、ガーランド……否……そうだな、デッドフレアにでも預けるか。命じられたソウカイヤのミッションには必ず出動しろ」
「俺の? ガハハハ!」デッドフレアは笑い出した。「舎弟てか! この犬を!」「貴様はソウカイヤの犬だ、ニンジャスレイヤー=サン」チバが不敵に言った。「それで自由は保障してやる。せいぜいソウカイヤ・クエストの余暇にでも、おのれの胡乱な目的に邁進するがいい。俺には……興味が無い!」
「……!」ニンジャスレイヤーは目を見開いた。チバは笑った。「ムハハハハ! まずは貴様のカラテを試し、いずれはフジキド・ケンジの首を取ってこさせるとするか。俺は奴の死を信じておらん。もはやどうでもよい屑カスだが、ニンジャスレイヤーが奴を殺すとなれば多少愉快!」ナムサン! ナムアミダブツ!
テンプテイションがくすくす笑い、オコトを狂騒的にかき鳴らした。ガーランドは呻きを押し殺した。なんたるラオモト・チバのソウカイ・シンジケート覇王たる恐るべき条件付与! 闇の権力鉤爪がニンジャスレイヤーの両肩を抑えつけ、退路を断ち、合理的に屈服せしめようとしていた! 答えは、いかに!
「断る」
ニンジャスレイヤーは言った。「ヤクザになる気はない。おれのイクサは、おれ自身のものだ」その双眸に赤黒の炎!「……」チバの目が冷えた。「許すとでも……」「アナヤ」テンプテイションが手を止め、声をあげた。チバはそちらを見た。
ZANKZANK……空気に亀裂が生じつつあった。
◆◆◆
「ンンンンン……!」ヴァニティは家紋タクシーを抱え上げ、ニーズヘグに向き直った。「アイエエエ!」運転者が悲鳴を上げて転がり出るが、ヴァニティは構わない。ニーズヘグは苦笑した。「イヤーッ!」ヴァニティは家紋タクシーを投げつけた。ニーズヘグの跳躍は間に合わない。
KRAAAASH! ニーズヘグは投げつけられた家紋タクシーの衝突をクロス腕でガードした。ヴァニティは既に跳んでいた。「イヤーッ!」KRAASH! 家紋タクシーに拳を叩きつけ、更に蹴りつけた。「イヤーッ!」KRAAASH! ニーズヘグは押し戻し、上へ逃れた。ヴァニティが襲いかかる!
「イヤーッ!」右拳!「イヤーッ!」左拳!……「イヤーッ!」右拳! ガードを割ってニーズヘグのメンポを捉える!「グワーッ!」その身体から0と1のノイズが拡散する。カラテが精彩を欠き始めた事を見抜いたヴァニティは一気に畳みかけた。ニーズヘグは左拳、つぎに右拳を掴み止めた。「無念!」
「脳を!」ヴァニティは頭をそらせた。「見せろ! イヤーッ!」痛烈な頭突き!「グ……01011」ニーズヘグはついに膝をついた。「00時間切れか0011」その身体はもはや黒いノイズに覆われていた。殺せなかったか。「大した暴れ者ね」ヴァニティは親指で口元の血を拭って舐め、吐き捨てた。
遠く離れたニーズヘグの身体を維持するリソースはザイバツにはなかった。何故なら標的に向かってザイバツの戦力を集中させる必要があったからだ。まさにその時、ラオモト邸では続々とデミ・ニンジャ達がニンジャスレイヤーの周囲に出現を始めていた!
◆◆◆
「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」開け放たれたショウジ戸の奥からデミニンジャが蹴り出され、庭園を転がった。シックスゲイツのニンジャ達がエンガワに走り出た。「ザッケンナコラー!」「スッゾオラー!」廊下を駆けてくるクローンヤクザ増援がラオモト周囲に壁を作った。
ZANKZANKZANK……庭のサンスイに複数の黒い稲妻が爆ぜ、デミニンジャが続々と現れる。ZANKZANKZNAK……屋根瓦上にも現れる。ニンジャスレイヤーは腕組みし、エンガワにアグラをかいた。「防ぐ手立てを施すまで、ずっとこのありさまだ。どうする。ラオモト=サン」
チバは笑い出した。「ムハハハハ! どうしようもないな貴様! 俺もスタンドプレーはそう嫌いでもないが……調子に乗るのも程ほどにしろ!」「おれはソウカイヤにはならない。取り引きだ」「ならば貴様が何程の者か、ここで証明してみろ」
「……」ニンジャスレイヤーは立ち上がり、手首に腕輪めいて嵌まったままの手錠の残骸を焼き切った。そしてカラテを構え、ザイバツの者達に対した。ガーランドは彼を睨んだ。(交渉の際を誤るバカではなかったか)ZANKZANKZANK……デミニンジャが隊列を組み、そして更に、名有りのニンジャ達が出現した。現れたザイバツ・ニンジャ、その数、四人!
最も上位らしき者は右腕を銀の炎に置き換えたニンジャである。「ドーモ。アガートラムです」そして仮面めいた奇怪なメンポをつけた者。「ヘラルドです」黒い長髪と赤い肌、ねじれた角の女。「ディアボリカです」虚ろな目のビッグニンジャ。「ネフィリムです」
これに対し、シックスゲイツのニンジャ達はアイサツを返した。「ガーランドです」「ホローポイントです」「シガーカッターです」「デッドフレアです」「カバレットです」そして発端たる者。「ニンジャスレイヤーです」ヘラルドの殺気が瞬時に膨れ上がる。アガートラムは一瞥で制し、ソウカイヤに呼びかけた。「そいつを引き渡せ」
「聞き間違いか?」ホローポイントはせせら笑った。「ドーゾお願いします、と言ってドゲザだろうが。ここがどこだかわかってンのか」「既に貴様らはソウカイヤの領域を明確に犯している」ガーランドが言葉を継いだ。「我々に敬意を払わんのなら、否応なしにイクサを始める事になるが」「……」アガートラムはニンジャ達を見渡し、挑戦的に頷いた。「かかれ。邪魔者は消せ」
「AAAAAARGH!」体長10メートル超、ネフィリムの咆哮が放射状の風となって庭の木々を揺らし、瓦を数枚剥がして吹き飛ばした。エンガワを蹴り、シガーカッターは斜めに跳んだ。デミニンジャが雪崩をうつ。カバレットは庭へ飛び降り、指先、爪の下から糸をキラキラと輝かせた。
「グワーッ!」「グワーッ!」先陣のデミニンジャ達が首元や胸元から血を噴き出させ、身悶えして倒れた。微細なエメツ・ワイヤーによる切断だ。コワイ! カバレットは微笑みを残して跳躍し、デッドフレアと共に屋根上の敵を殺しにかかる。「ニンジャスレイヤー=サンッ!」ヘラルドが飛び掛かる!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはヘラルドと拳を交わした。「この傷の屈辱を……!」「プラハか」ニンジャスレイヤーは敵意で迎え撃った。「イヤーッ!」ワン・インチ・カラテ!「ゴウオオオン!」ネフィリムは空中のシガーカッターを殴りつける。「イヤーッ!」サイバネニンジャは短刀を突き立て、二段跳躍!
「オオオオ!」ネフィリムは逆の手でシガーカッターを払いのけようとする。シガーカッターは空中で制動し、恐るべき長刀を鞘走らせた。長さ4フィート、人間の体格でイアイは不可能だが……肩甲骨ごとその腕がスライドし、何の不自由もなく、異様な斬撃を繰り出した。「イアイ!」SLASH!
「……!」ネフィリムはイアイを終えたシガーカッターの身体を掴んだが、そのまま崩れるように膝をつくと、頭が斜めにずれ、滑り落ちた。頭蓋切断面から脳が零れた。「……サヨナラ!」巨体が爆発四散! 庭に着地したシガーカッターに対峙するのはディアボリカ。「来ちゃった……。アンタ強そうね……?」
「みすみす獅子の巣に迷い込んだネズミども」シガーカッターはイアイを構えた。ディアボリカは唇を舐めた。「どうしてギルドの邪魔をするの? 敵なのね?」両手を広げると、彼女の左右にたちまち超自然のオニじみた戦士が出現した。「ヤッテオシマイ!」「AAAARGH!」
「イヤーッ!」デミニンジャを蹴散らしたガーランドが加勢し、アクマ奴隷と切り結んだ。ディアボリカは手を翳し、屋根上にも数体のアクマ奴隷を出現させた。赤く焼けた肌と黒い鋲打ちベルトで武装し、革覆面で顔を覆うオニどもだ!「ヤッテオシマイ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」
「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーはヘラルドの腹に拳を叩き込んだ。ヘラルドはこれに耐え、肩口にチョップを叩きつけた。「ヌウーッ!」「貴様を倒し……私は私を超える……!」「知った事か!」ニンジャスレイヤーの目が燃えた。
「イヤーッ!」「グワーッ!」ヤリめいたサイドキックがヘラルドを捉えた。ヘラルドは吹き飛び、受け身をとった。デミニンジャが一斉に押し寄せる! ニンジャスレイヤーは燃える腕を翳し、獣めいて抉り、引き裂き、殺す! そこへ向かってゆくアガートラムの眼前に……「イヤーッ!」デッドフレアが回転着地した!
屋根上ではカバレットがアクマ奴隷を絡め取り、絞殺していた。既にデッドフレアはフリーだ。彼はジュドーの構えでアガートラムに対峙。黒いジュー・ウェアの袖は血で染まり、邪悪なファイアパターンを形成している。「……やるか。お前が一番やれそうだ」「……」アガートラムは目を細めた。
彼は右手を握り開いた。肩から先が銀の炎だ。「イヤーッ!」デッドフレアは弾丸めいたタックルをかけ、下からすくい上げるようにアガートラムを掴んだ。地面に円形の亀裂が走った。アガートラムは天地逆さになり、叩きつけられた。……筈である。アガートラムはニンジャスレイヤーに向かってゆく。
「これは……」デッドフレアは振り返った。アガートラムは一瞥もしない。ただその銀の腕が眩しく不定形の輝きを放つばかり。デッドフレアの左肩が焼け焦げ、崩れた。「ハヤイ」庭の土に横向きになりながら、デッドフレアの右半身が呟いた。真っ二つだ。「サヨナラ!」爆発四散! ナムアミダブツ!
「アーララ……アガートラム=サンにキンボシを取られてしまう……」ディアボリカが嘲笑った。更に二体のアクマ奴隷が彼女の周囲に出現し、ガーランドとシガーカッターに向かってゆく。「ヤッテオシマイ……ヤッテオシマイ! アハハハ!」戦場を横断する。「テメェは厄介だな」ホローポイントが呼び止めた。
「そういう貴方は……そうね……どうなの?」ディアボリカが唇に指を当てた。彼女の左右にアクマ奴隷が出現する。「見ろ。きりがねえ。ふざけるんじゃねえ……」ホローポイントはブラブラと手を振ってほぐした。ディアボリカが手を振った。「ヤッテオシマイ!」「やらせねえよ」殺気が膨れ上がり、ホローポイントの身体から灰色の歪みが拡がった!
ディアボリカは訝しんだ。ホローポイントに襲いかかるべきアクマ奴隷は居なかった。消失していた。否、そればかりか、デミニンジャたちも、アガートラムらザイバツニンジャも、ニンジャスレイヤーも、シックスゲイツのニンジャたちも、消失していた。ただ彼女の眼前のホローポイントを除いては。二者は灰色の裏路地に居た。
「呼んでみろよ。クソどもを」「……ヤッテオシマイ!」「姉ちゃん。そのツノ、本物なのか? 世界は広いよな」ホローポイントは二丁拳銃を構えた。「だがここは狭いぜ。クソみてえに、出口がねえぞ」足元には白骨が敷き詰められ、頭上の狭い空にはサメとマグロの魚群が渦を巻く。サップーケイ……。
「ヤッテオシマイ!」応じるアクマ奴隷は無い。絶たれているのだ。ディアボリカは舌打ちした。ホローポイントは引き金を引く。BLAM! BLAM! BLAM! BLAM! ディアボリカは側転し、走り、回り込む。ホローポイントは淡々と銃撃を続ける。BLAM! BLAM! BLAM! BLAM!
「アガートラム=サン!」ヘラルドは叫んだ。「奴は私が……! クウッ!」「スッゾ!」「スッゾー!」そこへクローンヤクザが殺到! アガートラムはかえりみず、敵に向かってゆく。デミニンジャの残骸の中に立つニンジャスレイヤーを前に、彼は右手を決然と振った。水銀めいた炎の飛沫が散り、土を焦がした。
「スッゾコラー!」横からクローンヤクザが襲い来る! アガートラムは消えた。否! その後ろだ!「アバーッ!」銀色に焼け焦げた傷口から鮮血を噴き上げて悶え苦しむクローンヤクザ達の陰を経由し、手練れのザイバツ・ニンジャはニンジャスレイヤーの死角から襲い掛かった!「イヤーッ!」
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは己のニンジャ第六感を頼りに瞬間的に身を守った。アガートラムのキドニー・ブロウは驚異的な速度でニンジャスレイヤーのもとへ至る。ブレーサーが火を噴いた。銀の炎だ。アガートラムの片腕は異様である!
「ヌウーッ!」ニンジャスレイヤーの腕をたちまち黒炎が走り、銀の火を洗った。(((なんと……ヌアダ・ニンジャか……否……!))) ナラクが唸った。(((此奴のソウルはヌアダではない!)))「イヤーッ!」「イヤーッ!」(((此奴の腕はいわばヌアダの遺物そのものよ! ヌアダめ、此奴に腕を奪われたか! なんとブザマな!)))
「イヤーッ!」「イヤーッ!」(ニンジャに別のニンジャの力……)マスラダは当然、とある可能性を考える。(だが、サツガイではない)(((然り))) ナラクは答えた。(((サツガイの手管とは無関係也。だが、要は殺せば同じだ! 仕留めよ!)))「イヤーッ!」「イヤーッ!」
赤黒と銀の炎が激しい飛沫を上げ、食らい合った。周囲のクローンヤクザがあおりをくって焼け焦げ、あるいは高価な松の木が燃えながら倒れ、石灯籠が砕けた。そしてシックスゲイツとザイバツ勢力のイクサは今や、ラオモト邸の屋根と庭で縦横に繰り広げられていた。
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはアガートラムの拳を殴り返した。(((注意せよマスラダ。忌々しいが、此奴がいかなるジツを用いるか、この状態では判断できぬ!))) ニンジャスレイヤーは押し負ける! 右腕の圧力、恐るべし!
「ザッケンナコラー!」「スッゾオラー!」BLAM! BLAM! BLAM! 銃撃を行うクローンヤクザがほとんどその役に立てぬまま倒れてゆく。ヘラルドである。「邪魔だ! 雑魚ども!」その罵りには、己より上位のニンジャであるアガートラムにホシを譲らねばならぬやり場のない苛立ちもあったろう。
アガートラムは神秘的なオヒガンの冒険のおりにギルドに加わったニンジャであり、ヘラルドよりも遥かにカラテが強い。緊迫したこの状況下で下手に加勢を試みれば、彼のカラテを乱してしまうだろう。今回のニンジャスレイヤー拉致ミッションを成功させる為、もはやヘラルドの出番は無きに等しい。
KRAASH! 蹴り飛ばしたクローンヤクザがショウジ戸を破り、「アーレー!」邸内のオイラン達が散り散りに廊下を逃げ去ってゆく。「イヤーッ!」怒りに任せ、ヘラルドはオイラン達めがけ、殺戮のスリケンを投擲した。「イヤーッ!」クナイウィップが稲妻めいて割って入り、オイランを守った。
「よせ。モッタイナイ真似は」ガーランドがエンガワに跳び上がり、クナイウィップを構えた。「お前が何者かはさして知らんが、見たところ、お前ごときでは到底世話になれんオイランだ」「き、貴様ーッ!」ヘラルドは激昂した。手近のデミニンジャ達と共に、クローンヤクザを殺しながら向かってゆく!
「ザッケンナコラー!」「スッゾオラー!」邸内地下のヤクザピットからクローンヤクザの増援が階段を駆け上がり、彼らを迎え撃った。「ラオモト=サン」広間、ネヴァーモアはオヤブンを見る。大丈夫かと尋ねはしない。シツレイだからだ。「問題なかろう」チバは彼とテンプテイションを見て言った。
「イヤーッ!」デミニンジャ数体が先陣を切って飛び込むと、ネヴァーモアは数歩でワン・インチ距離へ移動、強烈な連続パンチで次々に顔面を破壊した。テンプテイションは髪のカンザシを抜き、息を吹きかけた。カンザシは隠し機構で二倍に伸び、特異なニンジャレイピアとなった。
「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」剛と柔、対照的な二人の側近ニンジャは中央のチバにザイバツの勢力を決して近寄せず、激しく戦闘した。デミニンジャは卑近ながらニンジャであり、個体個体の戦闘力はクローンヤクザに勝る。チバが戯れに相手をするには危険であった。
「全く、もとはと言えばニンジャスレイヤーだ。ふざけた厄介者だ!」チバは屋根上のカバレットにIRCをコールした。「敵戦力の規模を俯瞰しろ」「ンンン」カバレットはデミニンジャを絞殺しながら答える。「転送されて来る連中……全体の規模は不明ながら、新たなニンジャの追加は無さそう」
「オオオン!」アクマ奴隷が瓦を砕きながら向かってくる。カバレットは爪の先からエメツ・ワイヤーを放ち、釘付けにした。「兵隊めいたニンジャどもと、それを率いる何人か……それから、ジゴクのオニのような奴ら」「アバーッ!」アクマ奴隷を絞り殺す。「オニ使いはホローポイントが道連れに」
ホローポイントのキリングフィールド・ジツ……入るのは二人、出るのは一人だ。「ホローポイントはああ見えて無駄な綱渡りをせん男だ」チバは案じない。「デッドフレアが死んだようだな」「アガートラムとかいうニンジャに倒されましたわ」「惜しい奴を。次のシックスゲイツを定めねばならん」
「イヤーッ!」「グワーッ!」ネヴァーモアは進入ペースを上回る速度でデミニンジャを殺し続けた。「道を拓け!」ラオモトが命じた。「イヤーッ!」「グワーッ!」殺戮の血車めいて、ネヴァーモアはチバを先導する。イクサを見極めるべく、チバはエンガワに接する部屋へ動いた。
チバはサンスイを見渡した。累々たるクローンヤクザの死体。一方、デミニンジャは死ねばやがて非現実的なありさまで溶けて消える。イクサの中心はニンジャスレイヤーだった。激しくぶつかり合う相手は、銀の炎を腕とするニンジャ……アガートラム……デッドフレアを殺したザイバツの戦士。
デミニンジャは彼ら二人を囲み、ストリートファイト・リングめいた様相を庭に作り出していた。ガーランドは仮面のザイバツ・ニンジャ……ヘラルドと渡り合い、シガーカッターは一人、また一人と、体格に秀でたジゴクのオニめいた者どもをイアイで斬り捨ててゆく。イクサの趨勢は定まりつつあるか。
「屋根上は綺麗になりましてよ」カバレットが芝居がかって言った。「場所が悪かったと言うほか無い……」「当然だ」ラオモトは鼻を鳴らした。「拷問して詳細を吐かせたいが……フン……この様子ではな」チバは先程ヴァニティから、敵がウキハシ・ポータルめいて消失したと報告を受けている。
虚空より現れ、再び消える。亡霊じみた目撃報告が過去にも残されている可能性はあろう。そして特に事情を知るであろう者は……ニンジャスレイヤーだ。ラオモトは目を細めた。否応なく、あの者の要求に応じる事が合理的な結論となりつつある。「ふざけた奴だ!」ラオモトは葉巻を咥えた。
……「イヤーッ!」「ヌウーッ!」ガーランドのクナイウィップがヘラルドの左腕に巻き付き、その逆棘で苛んだ。もはやデミニンジャの増援は無く、今回の拉致ミッションにおけるキョート城側の増援リソースが尽きたと見てよかろう。「イヤーッ!」ヘラルドは右手でスリケンを投擲する。
「イヤーッ!」ガーランドはスリケンを指先でつまんで止め、投げ返した。「イヤーッ!」ヘラルドは左腕を封じられたまま、前傾姿勢でスリケンを潜り、突進した。「邪魔だ、貴様! イヤーッ!」「イヤーッ!」ガーランドがチョップを受け止める!「目的を言え……ザイバツ……!」「邪魔をするな!」
「イヤーッ!」「イヤーッ!」そしてアガートラムは移り行く周囲の状況を淡々と睨みながら、標的たるニンジャスレイヤーに繰り返し攻撃を加えた。実際、油断ならぬ標的だ。ヘラルドは彼との戦闘経験がありながら、この者をまだ過小評価している。底知れぬ不気味な力をアガートラムは感じている。
それは即ち、あるじダークニンジャが求める邪悪なカラテの源。ヤマト・ニンジャの神話武器「ヤリ・オブ・ザ・ハント」の穂先を呑み、なおも生きながらえ、ニンジャの命を無限に求める邪悪なるナラク・ニンジャの証である。この者は正真正銘のニンジャスレイヤーであり……獲得すべきレリックだ!
「イヤーッ!」アガートラムは隙をつき、拳を繰り出す! ヌアダ・ニンジャの右腕がニンジャスレイヤーのメンポを捉えた!「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」さらに左チョップが脇腹を! だが倒れぬ! ニンジャスレイヤーはメンポの隙間から血反吐めいて黒炎を吐き、身を軋ませて耐えるのだ!
「こ奴……!」アガートラムは目を見開いた。ニンジャスレイヤーもまた、血走った眼を開いた。黒目も白目も見えぬ、灼熱の眼光である。「AAAARGH!」「グワーッ!」アガートラムは繰り出された鉤手を受け、よろめいた。「イヤーッ!」「グワーッ!」逆の手が襲い来た。
アガートラムはキリモミ回転してサンスイを転がり、起き上がった。デミニンジャ達が素早く移動し、シックスゲイツ達との間に壁を作る。アガートラムは唾を飲み、赤黒の怪物を見る。勝てるか? 否、勝たねばならぬ。あるじを呼ぶ事はできない。ガルガンチュアのイクサでの現世出現が尾を引いている。
「かかれ!」エンガワ方向で声がした。デミニンジャがどよめき、イクサの音が倍化した。ソウカイ・シンジケートの主が包囲への攻撃指示を下したのだ。ヘラルドはガーランドと戦闘を継続中。よく凌いでいるが、敵のカラテが上だ。勝たねばならぬ……勝てるか? 勝てる。手段がある。ヌアダの腕が。
ニンジャスレイヤーは震えながら一歩一歩近づいて来る。灼熱の目を見開き、チャントめいて呟いている。「ナラク……無駄だ……おれは……渡さない」アガートラムが見守るなか、ニンジャスレイヤーの左目は徐々に窄まり、黒目を、焦点を取り戻した。燃えながら、正常な目でアガートラムを見据えた。
二者の周囲の世界が吹き飛び、カラテの暗黒がひろがった。ニンジャスレイヤーはアガートラムに向かってゆく。(((マスラダ……!))) ナラクが呻いた。「しつこいぞ……!」ニンジャスレイヤーはローカルコトダマ空間を蹂躙する憎悪の濁流にチョップを突き刺し、流されず、耐えていた。
この短期間のうちに、幾度も、幾度も、ナラク・ニンジャは意志の支配を試みてきた。ウキヨポリス。デジ・プラーグ。先ほどのニーズヘグ。サツガイのニンジャとのイクサにおいて、マスラダは鋭利な憎悪でナラクの支配を撥ねつけてきた。だが、サツガイと関わりのないニンジャではもたなかった。
それでもマスラダは……ローカルコトダマの孤独なニューロンの中で、それでも徐々に学び、理解し、克服しようとつとめいた。己自身の力で復讐を果たすために。濁流に突き刺したチョップを引き抜き、燃える手綱を掴み取る。覚えのない記憶の残滓。老いて威厳あるニンジャの姿が閃く。
それはナラクの苦痛と憤怒と敗北の記憶に紐づいたビジョンだった。老いたニンジャは厳しく、だが気づかわしい眼差しでニンジャスレイヤーを見た。声は聞こえなかったが、口の動きでその言葉はわかった。ニンジャスレイヤーは頷いた。映像は吹き飛び、黒と橙のニンジャの背中の記憶を残して消えた。
「イヤーッ!」アガートラムに拳が届いていた! 世界が戻って来た! 何秒もつ? このイクサは後どれくらい続けられる?「グワーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは攻撃を畳みかけた。半身になり、前脚に重心をかけ、地面につま先をめり込ませ……右腕を突き出す! ポン・パンチ!
「グワーッ!」アガートラムはよろめき、血を吐き、後退した。「ゴボッ!」「イヤーッ!」デミ・ニンジャ達がすかさず割って入る! ニンジャスレイヤーは次々に打ち倒す!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」
だがアガートラムには充分な時間だった。彼は唱える。「ヌアダ・ニンジャよ!」そして右腕を突き出した。突き出した時には、もはや右腕はなかった。彼とニンジャスレイヤーとの間に……中空に、銀色の太陽めいた球体が浮かんでいた。それは右腕の炎が姿を変えたものだと一瞬でわかった。凝縮された破壊エネルギーは、拳大にまで圧縮された。
邸内のニンジャ全てが、その異変を察知した。「オヤブン!」ネヴァーモアが盾になった。そのときニンジャスレイヤーは既に走っていた。アガートラムと直接対峙していた彼がもっとも早く動いていた。銀色の太陽が爆発するまでに、アガートラムの喉笛をチョップで貫く事ができる。そうすれば……「イヤーッ!」しかし彼はアガートラムを無視し、超高速で連続側転した。状況判断である!
ニンジャ達が一斉に伏せ、身を守る中、彼は側転しながら向かった……エンガワ方向へ! チバを守るネヴァーモアの、さらに前へ!「ナラク!」ニンジャスレイヤーは叫び、クロス腕で防御姿勢を取った。圧縮されていた力が超自然の咆哮とともに膨れ上がり、銀の巨人の輪郭を形成! そして、破裂した! KA-BOOOOOOM!
世界が白黒反転した。ニンジャスレイヤーは熱エネルギーと衝撃波によって後ろに吹き飛ばされた。ブレーサーは溶解したが、ナラクの炎がそれを補った。「グワーッ!」真後ろのネヴァーモアが叫び、背中を受け止めた。「ヌウ」チバが手を翳し、閃光に顔をしかめた。
光が去ると、そこには焼き尽くされて荒れ果てたサンスイがひろがっていた。もはやパターゴルフも望めない。片腕のアガートラムは己のジツが望み通りの成果を挙げなかったことを素直に認めた。彼は空気中に散ったヌアダ・ニンジャの核を呼び戻し、左手で掴み取った。
伏せ、あるいは陰に逃れて余波をしのいだシックスゲイツのニンジャ達が起き上がり、彼とヘラルドを取り囲む。帰還したホローポイントの姿もあった。酷く負傷しているが、まだ戦える。アガートラムは冷笑し、ヘラルドは絶望に歯噛みした。0と1のノイズが彼らの身体から立ち上り……消失した。
3
「ザッケンナ……コラー……」ネヴァーモアが呻き、ニンジャスレイヤーを押し退けた。ニンジャスレイヤーは振り返る。もはやカラテを構える力すら無し。彼はだらりと両手を垂らし、無傷のラオモト・チバを見た。そして言った。「貸しだ……! おれの要求を聞け」
「借りなどない」チバが睨み返した。「ネヴァーモアが俺の盾になった。お前が防ごうが、防ぐまいが、同じ事だったわけだ」チバは冷たく言った。「無駄だ」「だが、少なくとも貴様のそのヨージンボは……ハーッ」ニンジャスレイヤーは超自然治癒の苦痛に唸った。「無事では済まなかっただろう」「それがどうかしたか?」
「終わりだ。オヤブン」エンガワに向かってきたのはシガーカッター。「グダグダ抜かしてるこいつの首を刎ねて終わりにしましょう」「終わりにできるかどうかは、おれにもわからんぞ」ニンジャスレイヤーはシガーカッターを見た。「おれを殺したところで、あの連中が戻ってこない保証はない」「試してやる」シガーカッターは親指をカタナの鍔にかけた。
「黙れ!」一喝したのはしかし、ラオモト・チバである。「こいつの度胸と図々しさはそれなりに買ってやる。不甲斐ないお前らよりも早く動き、俺を守りに走り込んだわけだ。恩の押し売りをする為にな!」「ヌウ……」シガーカッターは言い返せない。
ガーランドは腕組みして様子を見守り、カバレットは肩をすくめて微笑した。ホローポイントは肩の後ろを振り返り、「うるせえ……ナメるなよ……」と呟いていた。「てめェは死んだんだ……」そこには誰の姿もない。目の隈はひどく濃い。虚空に罵り続ける彼の焦燥を目に留めた者は居なかった。
然り、彼はキリングフィールドの中でディアボリカに銃弾の嵐を浴びせ、確かに葬った。しかし彼女は帰還した彼と共にあり、愉快そうな微笑みを浮かべて彼の肩を撫でているのだ。「幻だ。わかってンだよ……」「その通り。だからアタシは無害。仲良くしようじゃない」彼の恐れと呪いは彼だけのものである。
「ボンカイ・トダだ……!」ニンジャスレイヤーはあらためて言った。「ソウカイヤが囲い込んでいるタトゥーイストの力が要る」「……クッ!」チバは笑った。そして焼け焦げたサンスイと吹き飛んだ瓦を見渡した。「ここまでやっておいて、言う事はずっと同じか!」「首を縦に振るまで、おれは続ける」
「殺しますか? オヤブン」ガーランドが尋ねた。チバは葉巻を咥えた(ネヴァーモアが素早く火をつけた)。「たかがタトゥーイスト一匹。ならば会わせてやれ。こんなバカにこれ以上時間を割くのも面倒だ。タイムイズマネー」「ええ、次の会合には充分間に合います」テンプテイションが懐中時計を示した。
「ザイバツの件は後で結論だけ持ってこい!」チバは言い放ち、門の外にアイドリングするヤクザオヤブンリムジンを見た。「ノウカイは終わりだ。やれ」「……ヨオーッ」ガーランドが手を開くと、ニンジャスレイヤー以外の全員が同じようにした。そして一斉にパンと手を打った。イッポンジメである。
若きオヤブンはエンガワから降り立ち、ネヴァーモアとともに焼けた庭を横切ると、ヤクザオヤブンリムジンに乗り込んだ。破壊された私邸は振り返りもしなかった。
「呑み直す?」カバレットが尋ねた。「バカな」とガーランド。「デッドフレア=サンの後釜はどうしたものかしら」「インシネレイトでどうだ」「異論無し」シガーカッターは是認し、すぐに去った。ホローポイントは虚空に罵りながら、いずこかへ消えた。
カバレットとガーランドが残ったのは、万一の事態への備えの為だ。ニンジャスレイヤーへの……そしてザイバツへの。二人はニンジャスレイヤーを通用門に連行し、ヤクザリムジンに乗せた。
後部座席、二人はニンジャスレイヤーを挟んで座った。ガーランドは舌打ちした。ニンジャスレイヤーは俯き、黙り込んでいる。半ば気絶している可能性もあった。カバレットは運転者に目的地を告げると、ガーランドに話しかけた。「久しぶりに荒れたノウカイになったこと」「全くだ」
「……あら? ねえ、死んでるの?」カバレットは応答の無いニンジャスレイヤーを訝しんだ。ガーランドは息を吐いた。「やめておけ。狂犬だ。お望み通りこいつにタトゥーを入れ、放り出して終わりだ」「貴方、調べていたんだってね」「個人的にな」「何故」「ニンジャスレイヤーには……否、どうでもいい話だ」
「あらそう」カバレットはシートにもたれた。ヤクザリムジンはやがてハイウェイに入り、ときおり爆発炎上の橙色をネオンの霧の中から立ち昇らせるネオサイタマの夜景が、ガードレールの向こうにひろがった。かくして、ラオモト邸におけるソウカイヤとザイバツの熾烈なイクサは一旦の水入りを見た。
◆◆◆
数時間後……ニンジャスレイヤーは浴室めいたタイル壁の部屋で、手術台めいた長チャブに横になっていた。部屋には「はっきりと手際」「為して増す」「水墨画の生活」等の奥ゆかしい文言のショドー額縁が必要以上に飾られ、キモン方向の壁には赤いフジサンの絵が描かれていた。
傍らに立つのは魔術ニンジャ、コルヴェット。彼は手に硯と細筆を持ち、ゴマ塩頭の老人の厳しい視線を背中に受けながら、上半身裸でうつ伏せとなったニンジャスレイヤーの右肩甲骨から右肩、右上腕にかけて、火と水が交わるような奇妙な意匠を描いていった。
作業部屋の外には二人のシックスゲイツが控える。また何時ザイバツ・シャドーギルドが現れるかわからぬからだ。コルヴェットは当然、生きた心地がしない。まず彼は状況と経緯を急いで把握せねばならず、更に、自身が提案した施術の説明を、恐るべきニンジャ戦士に対して行わねばならなかった。
コルヴェットの口数は日頃から他者に倍する忙しさを誇るが、この時は命懸けの舌鋒だった。彼は「カゼのごまかし」のジツをかけ直した。ゆえにザイバツが襲撃に現れる事は無い。しかしシックスゲイツの戦士はその説明ではあまり納得せず、監視めいた見張りを解く事はなかった。
「水と火が並走しやがて交わるところカゼあり。即ちエテルの流れ也」コルヴェットは筆と共に言葉を走らせた。「オヒガンの楔この者の心の臓にあり。胸より背にその徴を逃し肩へ腕へ。やがて大気へ」彼の動きを後ろで見守る老人こそ、ソウカイヤお抱えのタトゥーイスト、ボンカイ・トダである。
「その……ちょいと離れてくれんか、ご老人」「何故だ」ボンカイはコルヴェットの頼みを聞かなかった。「ここはワシのアトリエだ。そもそもからして許し難い」「いや、その不満ご尤もなれど、このジツの成功の為にはそれこそ世界一の腕を持つ貴公をおいて他に無し、そう確信するのであってな」
「世界一! フン! おべっか使いめ!」ボンカイは嬉しそうに怒った。「まだやると決めたわけでは……」「頼んだわ。そういう話になったから」廊下からカバレットの念押しの声が被さった。「アッハイ勿論です」ボンカイはへつらい、咳払いした。「しかしまあ、細密な事よ。この通りやれと?」「然り」
紋様の下絵を描き終えたコルヴェットはボンカイに向き直った。オヒガンを経由し虚空より出現するザイバツ・シャドーギルド。その出現理論はコルヴェットのような魔術師にとっては自明である。彼らの超自然の長距離航海の灯台となるのが「楔」だ。これを半永久的に観測できぬようにしてしまう。
彼らはニンジャスレイヤーの霊的座標を、ネットワークの大海にIPアドレスを求めるハッカーの如く特定し、それを手がかりに出現する。その特定を妨げれば彼らに打つ手は無くなる。
「ビル屋上のアンテナやトリイに黒い釘が刺してあれば、それも楔だ。注意せよ」彼はシックスゲイツに説明した。「それさえ有れば奴らは現れる。だが逆に考えれば、楔を取り払ってしまえばよいのだ。それで貴殿らの領域への侵犯は防げる。なに、しらみつぶしに探すのが面倒かね? ならばこのコルヴェットがそうしたものを探知してだな、大変に貢献してみせるゆえ、ここはひとつお互い紳士的にゆこうではないか」
シックスゲイツの二人は普段であればこの手のオカルティックな話は一笑に伏すところ、しかしつい先程みずからの体験として、彼方より現れるニンジャ達と壊滅的なイクサを行った事が、何よりの信憑性の裏付けとしてはたらいていた。そして彼はニンジャスレイヤーと違い、なんと話せる男であろうか。
様々な因果の積み重ねによって、はからずも「悪いマッポ・良いマッポ」式の交渉の形ともなり、コルヴェットは恐るべきソウカイヤの戦士達から必要最低限の信頼を勝ち得る事ができたのだ。そうと知らぬ彼はいまだ生きた心地せぬまま、恭しくボンカイを促した。「頼みましたぞ、センセイ」
老人はテヌギーを叩き、頭に巻いた。そして自らもキモノをはだけ、刺青でくまなく覆われた上半身をあらわにした。彼は手術台めいた長チャブの下の機械をまさぐり、コードで繋がれた微細なドリルを手に取った。シュイイイイ……。歯科医処置めいた音が部屋のタイルに響いた。「始めるぞ。長いぞ!」
キュキュイイイ! ボンカイの腕の中から発せられるモーター音が重なった。ナムサン……ボンカイの右腕の腱はサイバネティクスなのだ。常人以上の技巧を実現させるべく、芸術的ですらある微細機械が仕込まれている! ニンジャスレイヤーの瞼がぴくりと震え、瞳孔が収縮した。彼は奥歯を噛み締めた。
「頼むぞ」コルヴェットは我が事のように顔をしかめ、手に汗握った。ニンジャスレイヤーは肩甲骨周辺に拷問めいた痛みを感じる。問題ない。痛みなどどうでもよいことだ。得体も規模も知れないニンジャ集団から横槍が入り、サツガイに接触したニンジャを取り逃がす。避けるべき絶望はそれだけだ。
モーター音と規則的な震度と激痛、壁の奥ゆかしいショドー群が、やがてゼンめいたトランスを生む。体内をアドレナリンが循環し、イクサの記憶が血管の中を乱れ流れる。デジ・プラーグ。エゾテリスムのニューロンを憎悪の炎で焼き殺した。断末魔の記憶はニンジャスレイヤーの中にも混じり入った。
時計塔……会合……エゾテリスム……デシケイター……ブラスハート。ブラスハートは正体の知れぬニンジャ。だが、デシケイターは違う。デシケイターは「表の顔」を有している。デシケイターを辿るのだ。そこからブラスハートを……そしてサツガイを。アユミを殺し、マスラダを生かした男を。
「BWAHAHAHAHA! MWAHAHAHAHA!」
笑い! 眼差し! 血溜まり! 八つの刃を生やしたスリケン……!(カイは偉いよ)アユミはマスラダを見ずに呟く、(私には何もない)(何故)(カイにはある)(おれには何もない……今は何もない!)
(((然り! サツガイが奪ったのだ!)))
「終わったぞ」ボンカイがガーゼを捨てながら言った。ニンジャスレイヤーは身を起こした。小さな採光窓から白い光が差し込んできている。「平気なら立ちな」ソウカイヤの老タトゥーイストはニンジャに慣れきっており、すぐに起き上がった彼にもさして驚きはしない。鏡の前に立たせ、手鏡で見せる。
「うむ……」椅子で舟をこいでいたコルヴェットが覚醒し、目を擦った。「フーム……フーム!」彼は勢いよく立ち上がり、じっとその出来栄えを吟味した。「……流石だ!……お前さんはどうだね、御本人」「問題ない」ニンジャスレイヤーは頷いた。
火と水が並走し、交わり、右腕へ流れてゆく。それは不可逆の刻印だ。死に瀕した彼がニンジャとなった時と同様に。「問題ない」彼は頷いた。これで敵を追える。
「問題ないとは何だ! 熟練のアートだぞ」ボンカイが唸った。「これだから若い者…」「ドラゴンのようだ」マスラダは言った。「強く流れる」「……」老人は真顔になり、無言で頷いた。
【ソウカイ・シンジケート】終わり
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