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【スワン・ソング・サング・バイ・ア・フェイデッド・クロウ】


この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正版は、上記リンクから購入できる物理書籍/電子書籍「ニンジャスレイヤー ネオサイタマ炎上2」で読むことができます。

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【スワン・ソング・サング・バイ・ア・フェイデッド・クロウ】


 看板「バロワイコ」をライトアップする粗末な電球の明かり。それを横切って不意に現れたモヒカン男の影法師は長い。地面には、落下したまま放置された「粗な夕べ」の鉄板看板が錆び朽ちて茶色い。モヒカンがそれを踏みつけると、いやに大きな音が路地に木霊した。忌々しい重金属酸性雨。

 モヒカン男は両手にロック解除したショック銃を持ち、濁った目で獲物を探しながら、薬物中毒の色濃い足取りで歩みを進める。モヒカン男の斜め後ろで物音。「アッへ!」振り向きざま、ショック銃を照準する。音の主は人ではない、バイオドブネズミだ。「人が撃ちたいよォ」モヒカン男は泣き出した。

 男は見ての通り重度のデザイナーズドラッグ中毒者であり、文無しであった。そして武装していた。つまり非常に危険な存在だ。この手のヨタモノはネオサイタマの危険地域ではしばしば見られる。彼らが人を殺めても、ニュースにもならない。報道すべき事は他に沢山ある。街に現れたラッコの話などだ。

「撃ちたいよォ……撃ちたいよォ……」男はしゃくりあげた。「撃って打ちたいよォ……あッ!」濁った目が見開かれた。キャドゥーム!ショック銃が閃光を放った。「アバーッ!?」路地に迷い込んだ老婆が踵を返して逃げようとしたその背中へ、ショック電光が命中した。無残、老婆は焼け焦げて死んだ。

「アッへ!撃っちゃった」モヒカン男は震えた。「ヤバイコワイ」うわ言めいて呟きながら、うつ伏せの死体に近づく。追い剥ぎを行おうと屈み込んだところへ、新たな人影がエントリーした。「アッ!」モヒカン男は反射的に再び二丁のショック銃の引き金を引いた。キャドゥーム!

 手元が狂い、閃光は人影の隣に吊り下げられた「モーな田」の看板を焦がした。「アブナイ……アブナイ」人影は無感情に呟いた。「外れちゃった!?」モヒカン男は涎を垂らし、泣いた。「外れちゃったァ!」「外れたなァ」人影は飄々と話を合わせた。命が狙われたというのに。「残念だなァ」



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「じゃあ、もう一回、もう一回だよォ」モヒカン男は泣きながら人影に言った。人影はかぶりを振った。「残念だが、それは無理だ」「エッ?」「ショック銃のインジケータのLED表示が赤いだろ」「ウン……」「再充電しなけりゃダメだぞ」「アッへ!そうか!アリガト!」「礼はいいよ」

 人影は呟き、銃を構えた。モヒカンのそれとよく似たショック銃だ。「奇遇だな。俺のこの銃、お前のそれの後継つうか、まあ、そんなだよ。羨ましいだろ」「えーッ!?」モヒカン男は叫んだ。「ナンデ?」「いいだろう」「ほしい!」「ああ、やるよ。……中身をな」……キャドゥーム!

「アバーッ!」モヒカン男の上半身が電光に包まれ、一瞬にして焼け焦げた。即死だ。「……」人影は闇の中から現れ、モヒカンの死体を蹴った。懐からカメラを取り出し、焼け焦げた死体に向けて繰り返しシャッターを切った。合掌した。「ナムアミダブツ」電灯に照らされる人影は……ニンジャだ。

「アイエ!」脇道から微かな悲鳴。ニンジャは素早くそちらを睨む。「見てません」薄汚いなりのマイコだ。「許して。見てないの」「そうか」ニンジャは答えるかわりにショック銃をマイコに向け、引き金を引いた。光らぬ。「エネジィ……」悲しげな合成ガイド音が鳴った。ニンジャは舌打ちした。

「これだからな」ニンジャはぼやき、腰の鞘からカタナを抜いた。柄本にカタカナで小さく「ウバステ」と刻印されている。「アイエエエ!」マイコは逃げ出した。「イヤーッ!」ニンジャは駆けた。カタナを一閃、泣き顔のマイコは首を切られ死んだ。ニンジャは眉をしかめ、呟く。「ナムアミダブツ」

 ニンジャはカタナの血を払い、鞘に戻した。「だが綺麗な一撃だ。よほど良い」物言わぬ死体を見下ろし、瞑想的に呟く。よほど良い……何よりも?当然、マイコの返事は無い。死んでいるからだ。眠るように。

 ニンジャは装束のステルスをオン、路地を駆け、やや広い通りに抜けた。「スパシーバ!スパシーバが新しい。ごアイサツ」「アカチャン!」「長い。……長い」広告ビジョンの大音量音声がたちまちに空気を支配する。行きかう人々は前だけを見て、PVCコートに跳ねる雨が白い。

 ニンジャはアイドリングするビークルのもとへ歩き、ドアを開けて滑り込んだ。「ご苦労様です。シルバーカラス=サン」運転席の男がゼンめいて頭を下げた。引きつった笑顔に整形した顔は不気味の一言、笑い皺は暗号めいている。「車を出せ。笑い爺=サン」「ハイヨロコンデー」

 ビークルは荒々しくも的確な運転でハイウェイへ抜け、ネオン看板の光は走行灯の白黒へ様相を変える。シルバーカラスは新型ショック銃を後部座席に放った。「ダメだ、これは。エネルギー効率がまるでダメ、しかも減り具合が安定してない、何発目でアウトになるかもわからん、アラートも出ない」

「そりゃヒドイんですか」笑い整形の男はよくわからぬ受けこたえをした。「ああヒドイ」シルバーカラスは苛立たしげにタバコを取り出し、吸った。「場合によっては実際死ぬ」「撃つ人がですか?」「他に誰が死ぬんだ」「いけませんね」

「危険手当てを三倍で重点しろ」「三倍ですか」「三倍だ。仮に敵がニンジャなら、俺はさっきので死んだ。ふざけたモノをよこすなと伝えろ。……採取データは10時間以内にIRC送信する」「わかりました」

 窓の外の夜空を見やると、ハイウェイを走行するビークルに並ぶように、コケシツェッペリンが浮かぶ……側面のビジョンには、浜辺で餅をつくスモトリの広告映像が流れる。「リゾートで、おいしいお餅ですね。あなたを癒したい」窓ガラスを通してまで聴こえてくる広告音声。「リゾート……」


◆◆◆


「……リゾート?」シルバーカラスの顔の横で、くすぐるような女の声。腕枕されるノナコが、シルバーカラスを覗き込む。「そんな事言ったか?俺が」「言った」ノナコは笑った。ノナコ……シルバーカラスの気に入りのオイランだ。「今?」「今。どんな夢見てたの」「ああ……」

 シルバーカラスは言葉を濁した。ノナコは彼の胸板に頬をつけた。「ほんとは疲れてンでしょ」「……」シルバーカラスはタバコを探した。箱は空だ。彼は舌打ちした。「ノナコ」「何?」「俺は死ぬんだとよ。長くないんだと」「エー?」ノナコは笑った。シルバーカラスも笑顔を作った。


◆◆◆


「ネオサイタマ。コンフリクト。コンフリクトに備えよう。今はザザッ」違法電波の差し込みが朝の酸性雨ノーティス放送を数秒間だけジャックした。いつもの事だ。鏡に向かってシルバーカラスは髭を剃り、頬を手で押さえ、舌を出して表面の色を確かめた。目袋を引っ張り、粘膜を見た。

 振り返ると、床の間には「不如帰」のショドーが飾られ、焦げ茶の壺にはバイオ水仙が刺さっている。高級ではあるが実際狭い彼の部屋に奥ゆかしく作られた、ごく小さなゼンだ。「……」彼はカウンター型のテーブルに置かれたメモを手に取る。書かれているのはネオサイタマのアドレスだ。

 シルバーカラスはメモを手に、しばし物思いに沈んでいた。タバコの箱を手に取る。やはり中は空だ。彼は舌打ちした。「キョートよりも古いものがあります。それは本当です。我が社には」コマーシャルを流すテレビをオフ、外出着に着替えると、彼はカタナを掴んで自室を後にした。


◆◆◆


 メモを手にしたシルバーカラスの目の前には、四角く狭い駐車場があった。液晶パネル付きメーターが明滅。彼の足労を嘲笑うかのようだ。寒い風が吹き、彼は帽子を深く被り直した。「あンだァ?」道路を挟んだ向かいのキオスク、「や」「す」「い」のノレンを上げて、店主の老婆が顔を出した。

「金なら返さねえぞヤクザがァ」老婆は凄んだ。シルバーカラスは向き直った。「ヤクザじゃなくて残念だったな」「あンだァ」「婆さん……どうした、ここ。この」背後の駐車場を指し示す。「イアイがあったろ。イアイのドージョーが」「……金なら返さねえぞヤクザがァ」

「ドージョー……イアイのセンセイは。タオシ・ワンツェイはどこに」シルバーカラスは辛抱強く、曖昧な老婆に問うた。「くたばったのか?」「知らねえ」老婆は目を閉じて答えた。シルバーカラスは肩を竦めた。「婆さん。タバコ……『少し明るい海』あるか」「売ってねえ」「そうか」


「ドーモ」『笑い爺』が接近するシルバーカラスを認め、車内でオジギした。助手席に乗り込むと恭しくアタッシェケースを差し出し、目の前で開いて見せる。「セスタスガン。例によって仮称で」ガントレット状の装備である。「殴りつけると火薬の機構が働いてですね、こう、ゼロ距離射撃します」

「次から次へと」シルバーカラスは呆れたように呟き、素早くそれを右手に装着した。手を開閉して、具合を確かめる。「殴れば自動です。安全装置は解除したうえで。普段は暴発しないように安全装置があるんですと」「そうか」シルバーカラスは興味薄げに生返事をした。

「……またヤガネ・ストリートか?」シルバーカラスがビークルの進路に気づき、眉根を寄せた。「ハイそうです」と『笑い爺』。「ハイってな、二週間も経って無いぜ。ここでやってから」「そうですよね?」エージェントはよくわからぬ受け答えをした。「まあ、他よりはいいんで。今のシーズン」

「チッ」シルバーカラスは舌打ちした。「面倒を抱えるのは俺だ」「殺せばイイでしょ。マッポでも何でも。あなたニンジャなんだから」笑い顔整形した男は不気味に無表情だ。ソウカイヤのクロスカタナ・エンブレムを示し、「私は優秀ですし、後ろ盾もバッチリ、グッドビズ」「……」

 然り。ネオサイタマの闇に恐るべきビジネスあり。サイバーツジギリ、あるいはテクノツジギリと呼ばれるそれだ。兵器、武器、時には毒素や病原菌を、貧困市民相手に通り魔めいて人体実験する行為……当然ながら、現行犯であれば射殺も許される重犯罪だ。それがシルバーカラスの生業である。

 ソウカイヤと繋がりの深いエージェント『笑い爺』は、複数のメガコーポをクライアントとして抱える。彼は企業名を秘した新兵器をツジギリストに貸与、殺しを行わせて、データを買い取るのだ。ツジギリストは複数存在するが、シルバーカラスの確かなワザマエは、他を圧して余りある。

 ツジギリと言っても、無差別に殺すばかりではない。特殊な対象を指定される事もある。それはスモトリであったり、男女が定められていたり、カラテカでなければならなかったり、武器を持つ者であったり。あるいは……ニンジャ。

 ツジギリストには何人か、ニンジャもいる。だが、それを相手とするとなれば話は別だ。ニンジャ相手に、リスクを一定の水準に抑えて効率的にツジギリできる者となると、シルバーカラスだけだ。ゆえにシルバーカラスは『笑い爺』に対しても、大きな顔ができる。

「で。今夜のグッドビズは。適当に殺せばいいかよ」「そうもいかないですね」『笑い爺』は車載UNIX端末を操作しながら言った。「格闘戦でのアドバンテージを確認しないといけないですからね。ま、あなた元々避けたがるですけど、女や老人はダメ。最低でも成人男性、カラテカならボーナス」

「カラテカでボーナスか」シルバーカラスは虚無的に呟いた。懐に手を入れ、思い出して『笑い爺』を見た。「タバコ無いか」「吸うわけ無いですよね私が。やめてください」シルバーカラスは舌打ちした。上着のフードを被り前を閉めるとそれはニンジャ装束に変形。メンポが自動装着された。


◆◆◆


「フンフンッ!」「フンフンッ!」「フンフンッ!」左拳、右拳と交互に規則正しい正拳を繰り出しながら、タダシイは規則正しいカラテジョギングの最中であった。「フンフンッ!」「フンフンッ!」「フンフン、イヤーッ!」「グワーッ!」通りすがりの浮浪者を殴りつけ、走る!

「フンフンッ!」「フンフンッ!」「フンフンッ!」左拳!右拳!「フンフンッ!」「フンフンッ!」「フンフン、イヤーッ!」「グワーッ!」通りすがりのゴスを殴りつけ、走る!「フンフンッ!」「フンフンッ!」「フンフン、イヤーッ!」「グワーッ!」通りすがりのプッシャーを殴りつけ、走る!

「フンフンッ!」「フンフンッ!」「フンフンッ!」左拳!右拳!「フンフンッ!」「フンフンッ!」「フンフン、イヤーッ!」「グワーッ!」通りすがりの家出ナードを殴りつけ、走る!タダシイの瞳は今夜もチャンピオンシップへの夢に燃えていた。当然であるがカラテカの暴力を止める者はいない。

「フンフンッ!」「フンフンッ!」「フンフンッ!」左拳!右拳!「フンフンッ!」「フンフンッ!」「フンフン、イヤーッ!」「グワーッ!」通りすがりのヤンクを殴りつけ、走る!「フンフンッ!」「フンフンッ!」「フンフン、イヤーッ!」「グワーッ!」通りすがりのDJを殴りつけ、走る!

「フンフンッ!」「フンフンッ!」「フンフンッ!」左拳!右拳!「フンフンッ!」「フンフンッ!」「フンフン、イヤーッ!」「グワーッ!」通りすがりの先ほどとは別のゴスを殴りつけ、走る!「フンフンッ!」「フンフンッ!」左拳!右拳!「ドーモ、そこのあんた」「イヤーッ!」

 タダシイは正拳を繰り出した。人影はそれを無造作に手のひらで受け止めた。「ドーモ。ドーモ。殴らせてくれよカラテカ=サン。シルバーカラスです」「イヤーッ!」タダシイは逆の手で正拳を繰り出した。「イヤーッ!」シルバーカラスは殴り返した。カウンターだ!カブーン!「アバーッ!?」

 ナ、ナムサン!タダシイの顔がマグナムで撃たれたかのような有様で破砕し、即死した!これがセスタスガン!シルバーカラスが相手を殴った衝撃でトリガーが引かれ、手首のあたりにある銃口が火を噴いたのだ!ムゴイ!タダシイは実際横暴であった、だが考えて頂きたい。ここまでされる謂れは無い!

「……!」シルバーカラスは衝撃力にたたらを踏んだ。「手首の銃口、殴り方を間違えりゃ、こっちの拳が吹っ飛ぶ」彼はレコーダーに向かってうんざりと報告した。「ナムアミダブツ」無惨な死骸に手を合わせ、彼は踵を返した。『もう一人ぐらい殺してください』通信機から要請だ。「OKだ」

 さらに奥へ進む。「オカメ」と書かれたネオン看板。先日のツジギリで若い男を殺めたのはここだ。排水溝のすぐ脇に、誰がそなえたものか花束がある。「……」彼はそれを横目に走り抜ける。角を曲がると、丁度そこにヤクザだ。「こいつでいいか。ドーモ、シルバーカラスです」彼はオジギした。

「ア?」ヤクザはすごんだ。「ニンジャの真似かコラ?」「殴らせてくれよ。お前も殴ってこい」シルバーカラスはカラテを構える。「じゃないと仕事が終わらんのだ」「スッゾコラー!」ヤクザが殴りかかる!「イヤーッ!」殴り返す!カブーム!……ナムアミダブツ!まさに一方的殺戮……!


◆◆◆


 数時間後のシルバーカラスはコインランドリーにいた。……色々とツイてない。色々と。彼はランドリー内のベンチに腰掛け、陰鬱に、テレビモニタに映るトゥーンを眺めていた。

 自室のハイ・テックなランドリーも、壊れてしまえばドラム缶と変わらない。彼はテレビモニタから目を離し、壁の「頑張れば当たる」と書かれた番号クジのポスターを眺めた。それから、回っている衣類……血汚れを落とした上着を。その後、ベンチの反対側の端に座っている少女を見やった。

 年の頃ハイスクール程度。おかしな時間にいるものだ。どこか憔悴したその少女は、黙ってコインランドリー備えつけのウキヨエ・コミックを読んでいる。「……」少女が顔を上げた。シルバーカラスは目をそらした。ランドリーはまだ回っている。少女を再度見た。彼女は彼の事を見たままだった。



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「……ドーモ。あー……」シルバーカラスは会釈した。「カギ・タナカです」カギ・タナカは彼の使う偽名だ。マンションもこの名前で借りている。「ドーモ」少女も会釈を返す。「ヤモト・コキです」二者は自然に名乗った。異常な事ではない。他人同士、同席すればアイサツ有り。日本の奥ゆかしさだ。

 長い黒髪の少女は耐酸性雨ブルゾンを着ている。だが、その下は制服だ。シルバーカラスは訝しんだ。こんな夜中に。ランドリーの中で回っているのはどうやら私服。「俺もいいですか」シルバーカラスはヤモトの隣にあるマガジン・スタンドを示した。「どうぞ」ヤモトは頷いた。

 彼は毒々しい見出しが踊る「日刊コレワ」を手に取りかけ、やめて、「スポーティファイ」誌を手にとった。ヤモトから離れて座り、パラパラとめくる。記事はあまり目に入って来ない。この時間に制服で何を?その手のサービスマイコ?否、そんなアトモスフィアは無い。そして大きめのリュックサック。

(ま、家出娘ってところか。大丈夫なのかね)彼は雑誌に視線を戻す。だが、そのとき彼のニューロンに走った感覚は警戒だった。彼のニンジャ嗅覚、ニンジャ第六感といったものが、この少女のアトモスフィアにそぐわない、微かなイクサの痕跡めいた何かを伝えてきたのだ。

 己のコートの下のカタナの重みを感じながら、シルバーカラスは問う。「この辺りにお住まいで?」「いいえ、一人暮らしの叔母の家に遊びに来たのですが、到着と入れ替わりで、叔母が病気で入院してしまって。服を洗いたくて」スラスラとした、だがやや無理のある答えが出てきた。「そうですか」

「乾燥も終わったドスエ」「乾燥も終わったドスエ」ほぼ同時に二台のランドリーがマイコ音声を鳴らした。二人は顔を見合わせた。ヤモトがくすりと笑った。シルバーカラスはそそくさと洗濯物を手提げ袋に詰め込みアイサツした。「じゃあまあ、どうも。この辺は治安悪くないが、気をつけて」「ハイ」

 コインランドリーを出たシルバーカラスは家の方角を見やり、思い直して、反対方向へ歩き出した。2、3分歩き「実際安い」とミンチョ書きされたタバコ・ベンダー機に辿り着く。彼は「少し明るい海」を探した。無情な「売り切れ」のランプが灯っている。他の銘柄を購入すべきか逡巡し、結局やめた。

 かわりに彼は「香味コヒ結構」とプリントされた缶入りのコーヒーを購入した。ケモ砂糖と人工香料で味つけされた、舌がしびれるほどに甘い液体を飲みながら、彼はゆっくり、元来た道を戻る。コインランドリーを横目で見ると、ベンチには相変わらずヤモトが座っていた。彼は通り過ぎた。

「苦甘い」シルバーカラスはコーヒーを半分も飲み切れず、中身が入ったままのそれを道端に投げ捨てた。前方から肩を怒らせた男が歩いて来た。シルバーカラスは脇にのいた。男は舌打ちし、肩を怒らせたまま、真っ直ぐに歩き去る。シルバーカラスは振り返り、男がコインランドリーに入るのを見た。

「ヤバイか、あれ」シルバーカラスは独りごち、頭を掻いた。予感はその数秒後に的中した。争うような物音と男の怒声、少女の叫びが、通りのここまで聴こえて来たのだ。「可哀想にな」彼は呟き、マンションの方角へ歩き出した。あの男は隠しようもなくニンジャだ。つまり少女が標的。ワケありだ。

 となると、あのヤモト・コキも彼が感じたとおりニンジャで、それも、ここ最近で物騒な事をやらかしている類いだ。返り血のついた服でも洗ったか?逃亡?わざわざ年端もいかぬ一般市民の少女を殺害するためにニンジャが出向くわけがない。あの真っ直ぐな足取り。緊張した面持ち。

 シルバーカラスはその手の厄介事に首を突っ込むタチではない。あの手の事はネオサイタマではチャメシ・インシデント、厄介事は己のビズで既に十分過ぎるほどに十分だ……。


◆◆◆


 ヤモトは新たな接近者の気配……ニューロンがヒリつく敵意……を己のニンジャ第六感で知覚し、その男がコインランドリーにエントリーするより先に身構えていた。ガラス自動ドアが開き、男が戸口に立った。男が上着を脱ぎ捨て、一瞬でニンジャ装束姿になった!「ドーモ。ナッツクラッカーです」

 男のオジギが場を支配する!ヤモトはアイサツを返した。「……ドーモ。ヤモト・コキです」「驚いているか?ソウカイヤをナメてはいけない。ここまで逃げ延びた事自体がミラクルではあるのだ」ナッツクラッカーは凄みをきかせた。「イヤーッ!」ヤモトは先手を打って飛びかかった!

「イヤーッ!」「ンアーッ!」ナッツクラッカーは素早い踵落としでヤモトのアンブッシュを撃ち落とした。メンポが変形し、奇怪なトラバサミめいた鋼鉄の歯を剥き出しにする!ナッツどころか岩石すら砕くであろう危険な噛みつき攻撃の予感がヤモトを恐れさせる!

「今の情けないカラテでお前のワザマエは十分わかった。見た目相応のガキだ、お前は」ナッツクラッカーが言った。「子鹿めいて無力なガキ!こんなガキがソニックブーム=サンやバイコーン=サンを殺った?嘘だな。誰だ協力者は」「……!」ヤモトは立ち上がる。そこに蹴り!「イヤーッ!」

「ンアーッ!」ヤモトは蹴り飛ばされ、壁際のランドリーに叩きつけられた。「ゴホッ!……ゴホッ!」「貴様のジツのデータも当然ソウカイヤは取得している。要するにカラテミサイルの変形か?ガキめいたオリガミのミサイル?ハッ!」ナッツクラッカーが詰め寄る。「この狭い室内では出せんなァ?」

 ナムサン、敵はヤモトのジツを想定済と言ったか?確かにコインランドリー内ではヤモトのオリガミ・ミサイルは自殺行為にしかならぬ。なんたるフーリンカザンのメソッドにのっとったナッツクラッカーの狡猾!ヤモトは袋のネズミであった。「まず命乞いをしろ」ナッツクラッカーは冷たく言った。

「そして協力者の名を吐け。ガキのお前はわけもわからず無謀なイクサを続けているんだろうが、社会は許さん。ソウカイヤに楯突く不安分子は、ガキも追い詰めてカラテだ」「……!」ヤモトの目に涙が滲んだ。「黙るな。命乞いをしろ」ナッツクラッカーの目が光る。「身体に訊いてもいいんだぞ」

 ナッツクラッカーは脅すようにガチガチと鋼の歯を打ち鳴らした。「お前のように平坦な胸のガキは趣味ではないが、愉しむ事はできる!そして情報もいただく!つまり、グワーッ!?」ナッツクラッカーの口上は遮られた。その胸、ちょうど心臓のある場所からカタナの切っ先が生えていた。

「……つまり?」ナッツクラッカーのすぐ後ろに、先程のカギ・タナカが立っていた。カギ・タナカはナッツクラッカーの頭を掴み、咄嗟の噛みつき攻撃を封じて、冷たく問いかけた。「つまり、背後からのアンブッシュにまるで警戒を振り向けない?」「アバッ!?アバッ……!?」

 恐るべきは背中から心臓をひと突きにしたそのワザマエ。ナッツクラッカーは致命傷を負い、急速に死にかかっていた。「ア、貴様……」「ソウカイヤ関係のニンジャか……面倒は嫌なんだよ」彼は片手で懐からダガーナイフを引き抜き、ナッツクラッカーの首の横を刺して、ねじった。「アバーッ!」

 ヤモトには知る由も無いが、この刺突はトドメのカイシャクであると同時に、ソウカイ・ニンジャ一般にサイバネインプラントされているIRC通信機を速やかに破壊する為のものであった。タツジン!カギ・タナカはナッツクラッカーの首を掴み、コインランドリーの外へ投げ倒した。

「サ、サヨナラ!」ナッツクラッカーは叫んで爆発四散した。「……ハイ、サヨナラ」カギ・タナカは呟き、向き直った。「あ……」ヤモトは震えながらカギ・タナカを見上げた。「礼はまだいい」カギは遮った。「取り敢えず、お前さんも祈ってくれ。この後俺に面倒が起こらんようにだ」

「貴方、ニンジャ」「そりゃそうだろ。アー待て、嫌な感じがする」カギはヤモトに近づき上着を掴んだ。ヤモトは身を硬くした。カギはヤモトの上着のジッパーを引き開けると、裏側を手で探り、小指の爪ほどの機械装置を引き剥がした。「発信機だ。音声の送信は無い。プライバシー尊重で良かったな」

「え……それって、居場所が今まで……」「そうだ。俺はその手の電磁波をわかるようにしてる。仕事柄」カギは面白くもなさそうに言い、表を走り抜けたヨタモノのバイクに向かって、見事なコントロールで投げつけた。「で、何をやらかしてきたんだ、お前さんは」カギがヤモトを見た。


◆◆◆


「コレ、コレですね、この黒い丸がいっぱい影みたいにこう、かかってますでしょ、ね」出っ歯のドクターは指示棒でレントゲン写真を指し示しながら甲高い声で説明する。「まあ、ここまで来ると、オタッシャ重点なんですねえ」ドクターは残念そうに溜息を吐いた。「ダメか」「そうなんですよ」

 ドクターは頭を掻いた。「ニンジャでもダメなものはダメだという事が最近解って来ました、ハイ」白衣の襟元にはクロスカタナのバッヂとヨロシサン社章が光る。「それともリー先生に」「ご勘弁こうむる」シルバーカラスは遮った。「どれくらいもつのかね、俺は」「ニンジャのデータは少ないです」

「半年もつか?」「いえ、残念ながらで」出っ歯ドクターはメガネを手で直した。「マネーあるんでしょ?ニンジャなら。好きな事して暮らしたらどうです?」「そりゃどうも」「それかボンズですね。罪の意識とかありますか?いいんじゃないですか?そういう余生とか……或いは、やり残した事とか」


◆◆◆


「……また夢ェ?」ノナコが言った。シルバーカラスは天井を見つめていた。「いや、寝てない」「やり残した事がどうって」「ああ。実際言ったんだ。寝言じゃない」シルバーカラスは首を横向けた。ノナコは彼の目をじっと見た。シルバーカラスは無感情に呟く。「何だろうな」「何って?」


◆◆◆


「ニンジャってのはよ」シルバーカラスは言葉を探しながら、「所謂ニンジャ洞察力、ニンジャ記憶力ってのか……生身の人間の学習セオリーとはだいぶ違う」ヤモトはやや緊張した面持ちで聞いている。ジュー・ウェア姿で、手には木剣。「……何やってんだろうなァ、俺は」「え?」

 ヤモトが着ているのはシルバーカラスの部屋の備蓄ジュー・ウェアで、やや大きいが、誰も袖を通していなかったものだ(日本の一般的な家庭では、ジュー・ウェアは来客用も含め、数着が常備されているのが普通だ)。彼も同様にジュー・ウェア姿である。「実際、何年ぶりだ……」「え?」

 二人がいるのは主の無いアドバンスト・ドージョーであった。ビル街の中にこうした物件が放置されているのがネオサイタマだ。おそらくオーナーはドージョー設立から日を待たず、死ぬか夜逃げするかしたと見えて、タタミはまだ新しく、壁の「イアイ」「カラテ」「ヤツケテ」のショドーも劣化が無い。

「話を続けるか。俺たちニンジャにはニンジャ洞察力やら何やらがあるから、とにかく集中して基本のムーブメントを覚えりゃいい。水門が閉まった湖に雨が降っても、川には水が流れない。基本カラテは水門を開くカギだ。わかるか」「……多分」ヤモトは頷いた。

「ところでソニックブームを倒したってのは?本当か?お前が?」シルバーカラスは訊いた。ヤモトは無言でかぶりを振った。「だろうな。色々あるんだろ。知らないニンジャじゃ無いが、ジツだけで勝てる相手のワケが無いぜ」シルバーカラスは詮索せず言った。

「お前はカラテが無いからナッツクラッカーのようなニンジャにもナメられる。実際お前さん、俺が気まぐれを起こさなきゃ、あそこで死んでいたろ。恩に着せてるんじゃない。今のお前さんが戦いながら逃げ続けるなんてのは夢物語だ。責めてるんでもない!ただの事実だ。おい涙ぐむな」「……!」

「俺のカラテはイアイドーだ。剣を使う。だが全てのドーは同じカラテ・ムーブメントをまず覚える。おい、やっぱりその木剣、一回置け」シルバーカラスは教え慣れない様子で、自分が持たせた木剣をタタミに置かせた。「まず、カワラ割りだ。上から下へ拳を突き下ろす。ニンジャになら簡単だ」

 シルバーカラスは片膝を突き、「上から」拳をゆっくりと下ろし、「下へ。……」ヤモトに、真似るよう目で指示する。「上から。下へ」「ああ、多分それでいい。……上から。下へだ。拳を。そう」「上から。下へ」「そうだ。調子狂うぜ。こっちの話だ。そうだ、上、下。そうだ……」


◆◆◆


「イヤーッ!」「イヤーッ!」ヤモトが叩きつける木剣を、シルバーカラスは斜めに受け流した。ヤモトはくるりとその場で回り、振り向きながら木剣を突きに行く。シルバーカラスは瞬時にしゃがんでこれを躱し、足払いをかける。「イヤーッ!」ヤモトは側転してこれを躱す。

「イヤーッ!」タタミを蹴ってヤモトはシルバーカラスへ再接近、激しく木剣を打ち込んだ。シルバーカラスは息ひとつ乱さずにこれを自剣でいなしてゆく。「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」ドージョーのショウジ戸を透かし、暮色がタタミを染める。

「イヤーッ!」「イヤーッ!」……「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「イヤーッ!」……「イヤーッ!」「イヤーッ!」


◆◆◆


「ヒートリー、コマキタネー」「……アカチャン!」「ミスージノ、イトニー」オレンジの光が揺れる黒い水面。反響する広告音声のゼンめいた不思議な調和。ノビドメ・シェードの美しく貪婪な夜景を産業ビルの屋上から一望するシルバーカラスであったが、彼自身驚くほどに心は動かなかった。

「アカチャン……」「オッキクネー」「バリキトカ!」光のさざ波はどこか遠い世界めいており、広告音声はどこか油断ならぬサンズ・リバーの呼び声めいている。シルバーカラスはザゼンタブレットを嚥下し、スナイパースリケン投擲用のガントレットを黙々と装着する。

『屋形船から降りてくるホロヨイ・サラリマンを、そこからスリケンで狙撃して適当に殺してください』「これは暗殺か?」『笑い爺』の通信に答えるシルバーカラスの声は剣呑であった。『ま、実際グレーですね』「グレーなんてものは無い。暗殺なら完全に違う料金体系でいただく。ケチはダメだ」

『まあそれは取り越し苦労というもので、貴方そんな狙撃なんてたいして経験無いでしょ。投げまくって誰か一人でも殺してください』『笑い爺』は無礼に断定した。『元は、天才的な狙撃ニンジャの発明した品です。故人ですが、権利を取得した某が改良を加えてその形に。使い易いらしいです』

「使い易い?」シルバーカラスは屋上の縁に寝そべり、腕先を伸ばして固定した。ガントレットに埋め込まれたホイールを高速回転させ、そこへスリケンを挟み込む。ギュン!加速機構によって驚くべき勢いで射出されたスリケンが、屋形舟のチョウチンを破壊した。「ははは」彼は乾いた笑いを笑った。

 何度か試し撃ちをしてバランスを確かめると、彼はタイミングよく屋形舟から降りて来た罪無きホロヨイ・サラリマンを狙った。「だいたい覚えた」ギュン!加速機構に乗ったスリケンが遥か先のサラリマンに着弾!サラリマンの片足が噴き飛んだ!色を失うサラリマン達!……ギュン!……ギュン!

「今から俺が行くのか?これからマッポが集まってくる」『ハイ』「面倒が過ぎる」『やってください』「別動…」言いかけ、やめた。「ああ、了解した。だがボーナスは覚悟しろ」『ハイオタッシャデー』シルバーカラスはうんざりと首を振って起き上がり、屋上から垂直に飛び降りた。「イヤーッ!」



3

「アバッ……アバ……コナチ=サン?ナンデ?アバ、私動けないナンデ?」負傷したサラリマンは、体のあちこちを損壊した同僚、コナチの死体を前に、呟いた。通行人が屋形船を遠巻きにしている。同船した取引先のサラリマンやサービスオイランは走って逃げ去った。もういない。「……ナンデ?」

「さあな。理由は俺やアンタにはわからん。ブッダがゲイのサディストだからかもな」負傷サラリマンに低く答える声があった。負傷サラリマンは顔をあげ、悲鳴をあげた。「アイエエエ!ニンジャ!?ニンジャナンデ!?」「イヤーッ!」「アバーッ!」ナムアミダブツ!カタナが一閃、首が飛んで即死!

 シルバーカラスはカタナの血を払って鞘に収め、いまだ惨状をわけもわからぬままに遠巻きにする通行人、計四人を、スリケン投擲で素早く殺害した。非情!「ナムアミダブツ」彼は呟き、スナイパースリケンの被害者の死体を素早くカメラに収めた。彼は眉根を寄せた。死んだサラリマンの社章。厄介だ。

 死んだサラリマンはタケダチック・アガキ社の社員だ。同社は護衛にニンジャエージェントを所持している事が闇社会で知られている。このサラリマン達にそれなりの地位があるなら、バイタルサイン喪失信号が同社のニンジャエージェントに伝わった可能性は高い。彼らの現在の所在地如何では……

「御用!御用!」マッポのサイレン音が接近してくる。シルバーカラスは溜息を吐いた。「イヤーッ!」彼は躊躇無しにノビドメ運河へ身を踊らせた。

 ゾッとする冷たさの水の中を岸沿いに泳ぐこと数分、やがて「御用!御用!」のサイレン音は聴こえなくなる。撒いた。彼がそう感じた直後、水中めがけ投擲されたスリケンが、泳ぐ彼の身体をかすめた。(来たか)

「イヤーッ!」シルバーカラスは素早く岸に手をかけ、アンブッシュめいて跳躍、地上へ飛び出した。「!」運河沿いの倉庫の屋上にニンジャあり。シルバーカラスの行動に不意をつかれ身構える。「イヤーッ!」シルバーカラスは跳躍中に空中回転、スリケン二枚を投げ返す。「グワーッ!」肩に命中!

 シルバーカラスは敵ニンジャの立つ倉庫屋根の反対の縁に着地、素早くオジギした。「ドーモ。シルバーカラスです」敵ニンジャもアイサツを返す。「ドーモ。バズキルです」彼は短いダガーナイフを抜いた。歯科医めいたモーター音が鳴る。刃が高速震動しているのだ。「貴様、ヤナマンチ社の走狗か?」

 ヤナマンチ社?「だったらどうする?タケダチック・アガキのサラリマン・ニンジャ殿」シルバーカラスは小首を傾げた。バズキルが飛びかかった。「死ね!」震動ダガーで斬りつける!「イヤーッ!」シルバーカラスは嫌な予感を覚え、カタナの刃ではなく鍔で受けた。鍔が見る見るヒビ割れる!

「昔にテストしたぜ、その震動機構」シルバーカラスは呟き、押し返した。「イヤーッ!」「グワーッ!?」瞬時に込められた剛力にバズキルがよろめく。その一瞬で十分だった。「イヤーッ!」シルバーカラスは自剣ウバステを斬りおろす!「グワーッ!」ナムサン!斜めにバズキルの上体切断!

「サ、サヨナラ!」バズキルは爆発四散!だがその時!「イヤーッ!」「グワーッ!?」下から投げつけられた金属の鉤つきロープがシルバーカラスの左足首に巻きつく!「イヤーッ!」「グワーッ!?」ZZZT!シルバーカラスは感電し苦悶!新手のニンジャのアンブッシュだ!

「どうだ俺様のショックアームの味は!ヤナマンチめ」シルバーカラスは下からの攻撃者をかろうじて視認した。敵ニンジャの右手首から先が金属ロープになっており、それがシルバーカラスに巻きついているのだ。鉤と思えた先端部はサイバネアームであった。「ドーモ、エレクトリックイールです」

「イヤーッ!」シルバーカラスは己のニンジャ意志力を動員し、キアイでこの鋼鉄ロープを叩き切った。「何!」「イヤーッ!」シルバーカラスは地面へ飛び降り、エレクトリックイールの頭部へジゴクめいた空中踵落としを繰り出す。「グワーッ!」エレクトリックイールは避けきれず肩に打撃を受ける!

 よろめいたエレクトリックイールにシルバーカラスはさらに踏み込む!「イヤーッ!」「グワーッ!?」ウバステの柄頭で鳩尾を突かれ、エレクトリックイールは苦悶!「イヤーッ!」さらに回し蹴り!「グワーッ!」吹き飛び、運河に転落!「グワアバ、アッバーババーッバーッ!?」ナムサン!感電死!

「ナムアミダブツ、その武器を使うには場所が悪いぜ旦那」シルバーカラスは呟き、「クソッ」毒づいた。短時間でロープをカタナで切って逃れたものの、感電のダメージは実際無視できない。「御用!御用!」再びサイレンの接近……今度は水面の方向からも聴こえてくる。武装屋形船だ!

「おい、聴いてるよな。ニンジャ二人に襲われた。ふざけたセッティングのせいだ。ボーナス最重点しろ」シルバーカラスは笑い爺に通信した。『スナイパースリケンで殺せばもっと良かったのに』笑い爺は悪びれもせず言った。『まあ、わかりました』「……」シルバーカラスは駆け出した。


◆◆◆


「カギ=サン!?」「何だ起きてんのか。子供は寝てる時間だ」「その傷!」シルバーカラスはヤモトを制し、「タバコあるか?無いよな」後ろ手にドアを閉めた。「仕事さ。ホワイトカラーじゃ無いんでな。それより、今後お前さんがどうするかを……」彼は洗面所に真っ直ぐ向かい、吐いた。血を。

 ヤモトは蒼白だった。「ああゴホッ、この血だよな?」シルバーカラスは口をぬぐい、蛇口を全開にした。「傷とこれは関係無い。だから大丈夫だ」「何も大丈夫じゃないよ!」「ああ、つまりこれは戦闘の負傷じゃないし、負傷はこの血より大した事の無いダメージだから、相互に大丈夫……」

「病院に行かないと!」「行ってンだよ!うるせえな!」シルバーカラスは叫び返し、詫びた。「すまん」「……」ヤモトの目に涙が浮かぶ。「おい泣くなよ。謝ってる」「そうじゃなくて!カギ=サン!」「俺は風呂だ。それとも一緒に入るか?……もう寝ろよ」彼は洗面所からヤモトを閉め出した。

 シルバーカラスは服を脱ぎ、デッカーガンの銃瘡とエレクトリックイールの火傷跡を確かめた。弾丸は抜けている。火傷も今は激しく痛むが、アグラ・メディテーションを行えばニンジャ耐久力の活性化で数日のうちに治る。問題は喀血だ。彼は鏡に向って無理に笑顔を作った。「成る程、こうなるか」

 彼は咳き込み、唸った。相当なショックを受けていた。遠くにおぼろげに揺らいでいた死神の影が、突如、実在のものとなって、彼の心臓をわし掴んだのだ。あと何ヶ月?いや、あと何日残っている?せめてあと一週間は欲しかった。一時的にヤモトの寝泊まりする部屋を借り、教えるつもりだった。

 無慈悲な殺人鬼が慣れぬ善意なぞ発揮したインガオホーか。そもそもこの行いが善意などと言えるのかもわからぬ。単なるエゴ、切羽詰まった見苦しい足掻きと見れば、そうも見えよう。「いきなり、やり残した事って言われてもよ。ブッダ殿」彼は呟いた。……床に放った携帯端末のLEDが光った。

 彼は端末を拾い上げた。笑い爺からのノーティスだ。彼はメッセージを目で追った。「クソくらえだなァ、おい」メッセージの内容はソウカイ・シンジケートからのミッション。今回はツジギリでは無い。明確に殺害対象が決まっている。ターゲットは近隣に潜伏中の女ニンジャ。つまり、ヤモト・コキ。


◆◆◆


「落ち着かなくてな」シルバーカラスは言った。「変なの」とノナコ。「こんな時間に。ねえ、アタシと一緒だと落ち着く?アカチャン」「タバコも無えし……」「まだ探してたの?」「他のじゃダメなんだ。どうも生産が終わったとかで、参るぜ」「変なの!他のでいいじゃない」「ダメなんだよ」

「女の子囲っちゃうなんて」ノナコが笑った。「羨ましいだろ」シルバーカラスは身体を起こし、シャツを手探りで取った。「でも、それって、変なのォ。あなたが保護者?うえー、最近ちょっと変だよね」ノナコが彼の目を覗き込んだ。「そりゃあ、変さ。俺は死ぬんだ」「またそれ。変なの」「……」

「じゃあ、アタシも」ノナコはTVモニタをONにした。「深夜幸せ一報」のやかましく空虚なジングル音が、薄暗い室内を満たした。「お仕事辞めようと思って」「……そうか」「お金もあるし。暖かいところに引っ越したいの」「まるでリゾートだな。あやかりたいね」

 シルバーカラスはコートを着込み、カタナを佩いた。「あなたステキだったよ」ドアを開けたシルバーカラスの背中に向かって、ノナコが言った。「まあ、また会えたら会おうぜ」「会えるでしょ」「ああ、死ななきゃな」


◆◆◆


(なんともったいなき事)タオシ・ワンツェイは口惜しげに言葉を重ねた。師の苦り顔を見返し、彼は答えた。(もったいないも何も。もうニンジャなんですよ、俺は。タオシ=センセイ、俺は今あんたを殺そうと思えば今すぐに殺す事もできる。そんな俺に、このドージョーは何の意味がある?何も無い)

(ワシはオヌシにイアイの何を教えておったのか)タオシは己を責めているのだ。(センセイ、もうやめてくださいよ)彼は溜息を吐いた。(門出を祝ってくれなんて、そんな事言わないからさ)(願わくは)タオシは言った。(願わくは、オヌシ自身の中のイアイドーが、いつかオヌシを促さん事を)


◆◆◆


「いいか」シルバーカラスは、差し向かいに正座して座るヤモトを見た。二人ともジュー・ウェア姿である。「俺には実際時間が無い。隠しやしないさ」ヤモトは何か言いかけるが、シルバーカラスは続けた。「慈善事業じゃ無い。俺が。いいか、俺が、俺のワガママに、お前を付き合わせてるんだ」

「うん」ヤモトは素直に頷いた。明け方の太陽の光が窓からドージョーに差し込む。年に数度あるか無いかの、剥き出しの太陽だ。シルバーカラスは立ち上がり、木剣を放った。ヤモトは受け止めた。「俺のインストラクションは突貫工事もいいところだ。先は、自分で掴んでいけ」「うん」

「イアイドー即ちカタナだ。お前のカタナにお前のカラテを注ぐ。つまり、お前がカタナになるんだ。お前がカタナだ」「うん」「それがイアイドーの究極だ。……まあ、なんだ、ゼンめいた文言だよな。俺のセンセイの受け売りで、正直俺自身にもはっきりとは意味がわからん。だが覚えておけ」「うん」

「お前はソウカイヤに追われてるよな」シルバーカラスは思い出したように言った。「……」「次の追っ手が遅かれ早かれお前のところに来る。じきだ。仕事柄、わかる。今度は一人じゃない。あいつらにも面子ってものがある。必ず仕留めに来る。お前を」ヤモトは木剣を握り締めた。

「これが最後のワザマエだ。ゼンめいたイアイだ。俺自身ロクに使っちゃいない。だがこのワザマエの感覚……体運び……それを忘れないようにしろ。お前がこれを覚え、忘れずにいれば、俺のセンセイは浮かばれる。俺もな」「……うん」「お前自身が倒すんだ。敵を。……あー、涙を拭け」「うん」


◆◆◆


 その夜、二人はモチとネリモノを買って帰り、間に合わせのオーゾニ(訳注:雑煮)を作って食べた。二人は他愛のない内容の会話をかわした。つけたままのテレビから流れるシットコムの合成笑い声音声が、この二人の間のおぼつかないアトモスフィアを幾らか和らげた。

「そこでドン!なんだか世知辛い!」「ヤメテー」続けて、合成笑い声音声。「ふふふ」ヤモトが笑った。シルバーカラスは黙々とオーゾニを食べた。普段食べる量よりもずっと多く食べた。グラスには手持ちの一番高いサケだ。ヤモトにも勧めたが、彼女は断った。

「一段落ついたら、キョートに行くとか、考えんのか」シルバーカラスは訊いた。「どこか暖かい場所とか……ネオサイタマを離れりゃ、連中もそのうち忘れるかもしれんぜ」カネなら出せるぜ、死に金だ……彼はそう言いかけた。「行くところなんて無いよ」ヤモトは答え、首を振った。

「そうか」シルバーカラスはサケを飲んだ。「行くべきところはそのうち出来るさ」テレビを見ると、大昔のカンフー・ムービーだ。黒いジュー・ウェアを着たサングラスの主人公が、戯画化されたカラテで敵を倒して行く。シルバーカラスは咳き込んだ。止まらない。ヤモトが駆け寄る。彼は咳き込む。

「カギ=サン!」「ゲホッ、ああ、くそ、ブッダ」彼は咳とともに繰り返し血を吐いた。「これもインガオホー、もう少し……もう少し」彼はサケの瓶を掴み、直に飲んだ。「薬、くれ」カウンター上の薬包を指し示す。渡されたそれを、サケで流し込む。「ああ、遥かに良い。遥かに」

 それから彼は携帯IRC端末を手に取った。ノーティスが来ている。彼は内容に素早く目を通し、顔を上げた。「お前、もう出た方がいいかも知れん。出られるか」ヤモトは突きつけられた切迫状況を読み取った。「うん」彼女は立ち上がった。「ごめんなさい」「謝るな。どこへ逃げる」「……大丈夫」

「オタッシャデ」シルバーカラスは手を差し出した。「オタッシャデ」ヤモトが握り返した。「ありがとう」「俺もだ。ありがとうな」彼はヤモトの肩を叩き、顔を近づけた。「頼んだぜ」「うん」ヤモトは頷きリュックサックを拾うと、決然と踵を返し、出て行った。「頼まれてくれたかね」彼は呟いた。

『笑い爺』からのノーティスは、ソウカイ・シンジケートのニンジャと賞金稼ぎ、それぞれ一人ずつが送られたというものだ。ソウカイヤのサードアイはニンジャソウル痕跡をトレースする力に長ける。賞金稼ぎのソードダンサーは二刀流の油断ならぬニンジャ。どちらも知らぬニンジャではない。

情報と共に、笑い爺らしい無礼な嫌味を交え、彼らに遅れを取らずターゲットを必ず殺害するよう、強い調子で書かれていた。「すまんなあ、放置していてよ」彼は呟き、ニンジャ装束を着込んだ。そしてクロスカタナのエンブレムを身につける。シンジケートとの連携ビズに、エンブレム装着は必須。

 ……さて、どうしたものか。彼は沈思黙考した。サードアイの探知能力をもってすれば、このマンションをすら突き止めてくるだろう。ヤモトを匿っていた事があきらかになったとしても、大した問題にはならぬ。バレようがバレまいが、どのみち彼は死ぬのだ。だが、面倒は増える。

「お迎えが来るその時まで、色々と考えなきゃいかんものだなァ。ブッダ殿」シルバーカラスはフードを下ろし、メンポを装着した。そしてウバステを掴んだ。シルバーカラスはシルバーカラスとなった。



4

「待て」暗緑色の装束を着たニンジャが、後続する大柄な銅色のニンジャを制した。「ターゲットのニンジャソウル痕跡がここで二手に別れている」暗緑色のニンジャはソウカイ・シンジケートのサードアイ。銅色は賞金稼ぎのニンジャ、ソードダンサーだ。

 どちらも装束の合わせ目にソウカイヤ側のチームである事を示すクロスカタナのエンブレムを装着し、メンポの奥の瞳に冷たい殺気を宿している。特にソードダンサーのメンポはオセアニアの呪術仮面めいて、フリーランスの殺し屋ニンジャらしい極めて恐ろしいアトモスフィアを放っていた。

「ソウル痕跡が二手?」ソードダンサーは振り返った。「同じ女が二つに別れたと?」「違う」サードアイは機械的に否定した。「そんなジツの情報は無い。可能性としては『クマのメソッド』だ。雪道をしばらく進んで、自分の足跡に沿って戻り、別方向へ行く。クマは追跡逃れの為にこれをよくやる」

「どうする。時間があるまい」ソードダンサーが言った。「どっちの痕跡が新しい?」「いや、どちらも判断し難い」サードアイは答えた。嘘だ。彼は嘘をついた。「二手に別れるとしよう。俺はこっちだ」サードアイは脇道を親指で指差した。「……」ソードダンサーがサードアイを凝視した。

「含みがあるな」とソードダンサー。「俺がそっちへ行く」「含みなど無い」とサードアイ。「だが言い争う時間も無駄だ。そうしてくれ。俺はこっちを攻める」彼は大通り方向へアゴをしゃくった。「情報はIRCで共有だ」「よかろう」ソードダンサーは頷いた。「シルバーカラスとはどこで合流だ?」

「ノーティスにロクに連絡をよこさん。独断して割り込みキンボシでも企んでいるのかもな、バカな奴め」サードアイは答えた。「所詮は小娘一匹。奴の現れるより先に首級を上げてオシマイだ。……無駄話は終わりだ。行け」「うむ」ソードダンサーは頷き、脇道へ飛び込んだ。

 サードアイは目を細めた。(せいぜい無駄足を踏め、野良犬め)会話の中で、ソードダンサーが脇道を選択するように誘導したのだ。正解のルートは大通りである。実際のところ、サードアイの強力なジツは、ターゲットの足跡を概ね捕捉できているのだ。

 ソウル痕跡は告げる。廃ドージョーからこの道を進んできたターゲットは、その時、もう一人、別のニンジャと共に居た。恐らくは、それが謎の協力者だ。彼ら二人で脇道を抜けた。その数時間後に、ここへ戻ってきている。今度は彼女一人。一人で大通り方向へ進んで行った。この痕跡はまだ新しい。

 サードアイのニンジャ情報処理能力が推測した状況はこうだ……廃ドージョーから出たターゲットと協力者は一旦、アジトへ帰った。協力者はアジトに残り、ターゲットが一人で出掛けた。買い出しか、別の協力者とのコンタクトか。協力者は今もアジトに居る。そいつがナッツクラッカーを殺したはずだ。

 ソードダンサーが脇道の先で協力者に遭遇する可能性は高い。協力者はあのニンジャスレイヤーかも知れぬ、とサードアイは考えていた。リスクが高過ぎる。なにしろシックスゲイツを次々に殺す狂人だ。不安要素にはソードダンサーをぶつけておいて、自分がキンボシを獲る。(これがマネジメントだ)

 サードアイは大通りをしめやかに駆ける。残業帰りのサラリマン、クラブを移動するDJ、道端に座り込んで道路を眺める泥酔者や浮浪者には、彼の姿は色つきの風にしか見えない事だろう。あなた方も日頃そのようにして、オペレーション中のニンジャ存在を知覚できずにいるのだ。それは幸運な事だ。

 サードアイは今や痕跡だけではなく、ターゲットのニンジャソウル存在それ自体を感知していた。かなり近い。「イヤーッ!」彼は大通りをひととびに跨ぎ、タマ・リバーの堤防へ進入した。彼は背中のニンジャソードを抜いた。さあ、どこから斬ってやろう……「?」彼は目を見張った。あの光。

 ターゲットは河川敷にいた。距離がある。だが目が合った。闇の中で桜色の眼光が煌めき、サードアイを射抜く。華奢な少女の輪郭が、その眼光と同じ色に薄ぼんやりと光っているように思えた。待ち構えていたのか?追っ手であるサードアイを?「ドーモ」彼のニンジャ聴力は少女のアイサツを捉えた。

「ヤモト・コキです」少女がアイサツを終えると、桜色の光が複数、彼女の頭上に渦を巻いて浮かび、編隊を組んだ。オリガミ・ミサイル!サードアイは素早くアイサツを返す。「ドーモ、ヤモト・コキ=サン。サードアイです」そして試作サイバネ機構のスイッチを入れた!「効かぬぞ、それは!」


◆◆◆


「開くドスエ」マイコ音声が鳴り、しめやかにエレベーターのカーボンフスマが開いた。ソードダンサーは進み出た。オセアニア呪術仮面風のメンポはジャングル奥地に秘められたモージョーを思わせ、人の情けなど一片も持ち合わせぬ悪魔めいている。実際彼はニンジャであり、そう遠い存在でもない!

 シューッ。シューッ。メンポ呼吸孔から獰猛な吐息が漏れる。このマンションを視界内に捉えたあたりから、サードアイより劣る彼のニンジャ野伏力によってもソウル痕跡の読み取りが可能となった。それほどニンジャが近い。彼は廊下をしめやかに進み、鉄扉のひとつの前に立った。「カギ・タナカ」。

「シューッ……」ソードダンサーはドアノブに手をかけた。クリック音。「ん」

 KRA-TOOOOOOOOOOM!その瞬間、マンション「さなまし」B棟303、カギ・タナカの住む部屋は、内側から爆発したのである!ベランダ窓が、鉄扉が吹き飛び、中から爆炎を吐き出した!「グワーッ!?」

 ソードダンサーは炎に包まれ中庭に落下!だが彼もひとかどの油断ならぬニンジャ戦闘者、空中で二回転の後、膝立ちに着地した。ナムサン!そこへ上から襲いかかるニンジャ・アンブッシュ!「イヤーッ!」「なにィーッ!?」

 ソードダンサーは腰後ろに交差させた鞘からふた振りのカタナを引き抜き、アンブッシュ者の斬撃を弾き返した。「イヤーッ!」飛び離れるそのニンジャのステルス機構が解け、鈍色のニンジャ装束が闇に出現した!「貴様は?シルバーカラス=サンだと!?」「ドーモ。ソードダンサー=サン」

「ドーモ、気でも狂ったかシルバーカラス=サン!?」ソードダンサーはやや変則的なアイサツを返した。「狂ったのか!?」「ああそうだ。俺は狂ったのさ」シルバーカラスは無感情に答えた。「タバコ無いか。『少し明るい海』。無いよな。あるなら、いただこうと思ってな。お前の死体を漁って」

「サードアイ=サン!応答せよ!裏切りだ!」「IRCか?無駄だ。今の爆発、粉塵にチャフが混じってる。試験品の余りを黙って拝借した事があってな。秘密だぜ……怒られるからな。コストが見合わず、実用化される事は無かった」「なぜだシルバーカラス=サン」「狂ったのさ。老い先短いんでな」

「……」ソードダンサーは奇怪なメンポの奥で瞬時に脳内コンセントレーション儀式を行い、平常心を取り戻した。彼のニューロンの中、コンマ1秒にも満たない速度で、オセアニア・パーカッションと呪術ダンス光景のイメージ・モージョーが展開し、ザゼンめいて彼を鎮めたのだ。「……ならば殺す」

「イヤーッ!」シルバーカラスが懐のナイフを投げた。「イヤーッ!」ソードダンサーはカタナで撃ち落とす。「イヤーッ!」シルバーカラスが間髪いれず自剣で斬りつける。ソードダンサーは二刀流だ。もう一方のカタナでこれを難なく受け流す!「イヤーッ!」そしてナイフを弾いたカタナで攻撃!

「イヤーッ!」シルバーカラスは身を捻じって回転、座るような姿勢で横薙ぎのカタナを回避した。そしてソードダンサーの脛に斬りつける!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ソードダンサーは一方のカタナでこれをガード、もう一方のカタナでシルバーカラスの脳天をかち割ろうと試みる!「イヤーッ!」

「イヤーッ!」ハヤイ!シルバーカラスはガードされたカタナを素早く戻し、頭を狙う斬撃を側面から打って弾き逸らした。さらにしゃがみ姿勢からいきなり跳び上がり、奇襲めいて飛び蹴りを叩き込む!「イヤーッ!」「グワーッ!」奇怪なメンポに蹴りを受けたソードダンサーは仰向けに転倒!

「キィエーッ!」ウインドミル回転斬撃を繰り出して追撃を牽制しながら、ソードダンサーが立ち上がった。そのメンポがバッカリと割れて地面に落ちた。中からオレンジと黒の染料で極彩色にペイントされた顔が現れる。ノロイ!「イアーッ!」ソードダンサーが跳んだ!

「イア!イア!イア!イアッ!」ソードダンサーは空中から二刀を用いて四度斬りつける!ゴウランガ!なんたる苛烈な二刀流カラテのワザマエか!だがシルバーカラスはただ一振りの小ぶりのカタナ「ウバステ」と己のニンジャ動体視力をもって、これに対する!「イヤーッ!」

「グワーッ!?」シルバーカラスはカタナを振り抜き、その背後にソードダンサーが着地した。一瞬後、斜めに斬撃を受けて鮮血を噴き上げたのはソードダンサーだ!敵の攻撃をかいくぐり、研ぎ澄ませた一撃をここぞという機会に見舞う。これぞイアイドーなり!ゴウランガ!

「イア!イア!イアーッ!」ソードダンサーは決して浅くない己の身体の傷を顧みず、バックフリップ!センシ!「イア!」アクロバティックに斬りかかる!「イヤーッ!」シルバーカラスは振り向きながら斬る!「グワーッ!」着地点を捉えられ、胸を斬られてよろめくソードダンサー!「イヤーッ!」

 ナムサン、さらに踏み込んだシルバーカラスは懐からダガーナイフを引き抜き、脇腹から斜め上、えぐるように突き刺す!「グワーッ!」さらに膝頭をハンマーめいて踵で蹴り砕く!「グワーッ!」ソードダンサーがカタナを取り落とし、四つん這いに!「ハイクを詠め!ソードダンサー=サン!」

「ア、アバッ……に、二刀流、イアイドーに勝てなかった、生まれ変わったら勝つ」「イヤーッ!」ハイクを詠み終えたソードダンサーの首を、シルバーカラスは一撃で切断した。綺麗な一撃だ。「サヨナラ!」ソードダンサーは爆発四散した。

「ナムアミダブツ、」シルバーカラスは手を合わせかけたが、果たせなかった。彼はメンポを開き、おもむろに喀血した。「ゲホッ!ゲホーッ!」彼もまた膝をつき、さらに血を吐いた。「ゲホーッ!ゲボーッ!」彼は何度も吐きながら、薬を探ってもがいた。


◆◆◆


 オリガミ・ミサイルが弧を描いて旋回し、挟み込むようにサードアイに突入する。だが彼はうろたえず両手を広げた。「ヌゥーン!」するとどうだ!両肩からアンテナめいた装置が伸び、キィィィンと耳障りな音が水面を波打たせた。オリガミ・ミサイルは狙いをそれ、互い違いに交差して墜落!無効だ!

「驚いたか」サードアイはニンジャソードを構え直し前進する。「キネシスとて結局は物理学!俺のニンジャソウル感応力とインダストリが合わされば、俺のカラテは実際三倍近い凄さになる。これは実際ソウカイヤの中でもかなり強い」だがヤモトの戦意はまるで萎えていない!「その顔!気に入らん」

 ヤモトは己のカタナを構えた。もとはクローンヤクザの持ち物だ。鍔が無く扱いにくいドス・ソード。ドス・ダガーよりは長いがカタナに比べれば短い。おぼつかない得物だ。サードアイが嗤う「お前には俺に勝るものが何も無し!斬ってやるぞ!」だが彼女の表情は決断的であった。「……やってみろ!」

「ジツ無き小娘など!」サードアイが一気に間合いを詰め、斬りかかる!(……まず動きの軌跡が描かれ、その後、遅れてカタナが通る。カタナの角度を、目線を、足の向きを読め。ネイチュアは多弁だ)ヤモトは敵の切っ先の軌道に己のニンジャ動体視力を傾けた。「イヤーッ!」

 彼女は鈍化した時間の中に投げ込まれた。白刃が流れる。黒髪がなびく。ヤモトは首を傾げるようにして切っ先を躱す。サードアイが驚きに目を見開く。間合い。斬るには近過ぎる。ヤモトはドス・ソードの柄頭でサードアイの脇腹を打った。……「グワーッ!?」サードアイが吹き飛ぶ!

 ヤモトは踏み込んだ。(……ニンジャの死因の四割はトドメのタイミングの読み違いだ。反撃に遭って死ぬ。カラテを忘れるな。ザンシンせよ)……「イヤーッ!」着地するサードアイの牽制めいた斬撃が襲いかかる。ヤモトはその切っ先範囲のやや外側で踏みとどまり、これを避けた。

「イヤーッ!」ヤモトは土を蹴った。「グワーッ!?」サードアイがひるむ!「バカな!手馴れてやがるのか?」(……イアイの一撃は綺麗な一撃だ。綺麗な一撃は、待っていても来ちゃくれない。お膳立てをしろ。お前自身でやるんだ)……ヤモトはくるくると回り、サードアイの側面を取る!

 ヤモトは己の首筋にチリチリする熱を感じた。回りながら膝を曲げて身を沈めた。「イヤーッ!」彼女の頭が一瞬前にあった場所を斬撃が通っていった。血中をニンジャアドレナリンが駆け巡る。(……アブナイの意味を知れ。電車に轢かれれば死ぬが、ホームから出なければ轢かれない。わかるか)

 ヤモトは下から上へ斬り上げる。「イヤーッ!」サードアイは欲深な一撃を当て損ねた直後。この攻撃を回避しきる事ができない。まずは一手。ヤモトの手に敵を斬る感覚が伝わる。生々しい手応えであるが、そこに苦痛や感傷は無い。まして快楽も無い。彼女は淡々と刃を滑らせた。「グワーッ!」

「……!」ヤモトは驚いていた。長期間の訓練や修行ではない。ヤモトがカギ・タナカに授けられたのはインストラクションだ。端的なインストラクションによって、ヤモトはカラテの方法を理解し、戦い方のルールを知った。世界は変わった。彼女は今、これまでの無知と無駄を省みさせられていた。

(……奥ゆかしさだ。奥ゆかしさを知れ。これで終わりじゃない。ここから始めるんだ。お前自身が。カラテのドーを知った、ただそれだけで慢心すれば、そこまでだ)……ヤモトは頷いた。負傷したサードアイはバック転を繰り出し、飛び離れる。「イヤーッ!」クナイ・ダートが投げつけられる。

 ヤモトはこの苦し紛れの反撃の軌跡を、鈍化した時間の中で完全に捉えていた。まるでレーザーポインターの道をなぞってくるかのようだ。彼女は半身になり、二本のダートを最小限の動きで躱す。サードアイがこのダートを伏線に斬りかかって来るからだ。来た。「イヤーッ!」ヤモトはやや身を沈めた。

 ここだ……この瞬間だ。ここにイアイがある!ヤモトは踏み込み、敵のカタナを躱し、すれ違いざま、得物を振り抜く!「イヤーッ!」……「グワーッ!?」

 鈍化した時間感覚が元に戻る!サードアイは胸を斜めに深々と斬り裂かれ、天高く鮮血を迸らせてクルクルと激しく回転!「アババッ、アババ、バカなーっ!?キキキ、キンボシがーッ!?」苦悶し倒れ伏すサードアイ!激しく痙攣!「シッ、シルバーカラス=サン!シルバーカラス=サンまだか!」

 サードアイは地面に血の染みを拡げながら、IRC通信機に向かって叫んだ。「位置情報!位置情報行ってるのに!ケチなツジギリ屋の役立たずがーッ!早く!俺が俺が死ぬ!アバババーッ!」

「イヤーッ!」斜めから飛来したダガーナイフが、死にゆくサードアイの首を深々と貫く!「アバーッ!?サヨナラ!」カイシャク!サードアイはトドメを刺され爆発四散した!「病人を急かすもんじゃねえ」ヤモトは弾かれたように声の方向を見やる。土手をゆっくりと降りてくる新手のニンジャ有り!

 ヤモトの周囲を再び、桜色の光に包まれたオリガミ達が舞う。「ドーモ。初めまして。ヤモト・コキです」彼女はアイサツし、新手の敵を睨んだ。「ドーモ。ヤモト・コキ=サン。シルバーカラスです」鈍色のニンジャはアイサツに応えた。そしてカタナを抜いた。「見せてもらおうか。ワザマエを」



5

 シルバーカラスはカタナを水平に構えたまま、静かに、だが恐るべき威圧アトモスフィアを発しながら、徐々に間合いを詰めてくる。オリガミはひとりでに鶴やイーグルの形に折られ、彼女を中心に渦を巻いて乱舞する。彼女の瞳が桜色の火を帯びた。

 爆発四散したサードアイのニンジャソードは空中へ跳ね上げられていたが、くるくると回りながらヤモトめがけて落下して来た。ヤモトはそれを掴み取った。その刀身が松明めいて、桜色の光を薄く帯びた。

「……このシルバーカラスは卑しいニンジャだ」シルバーカラスは間合いを詰めながら言った。「戦い方も知らぬ罪なき市民を、鳥でも撃つように殺めて来た。イクサではない。ツジギリだ。誇る物など何も無い殺しだ。ただ己のカネの為に殺してきた。無益なカネの為にな」「……」

 ヒュン、ヒュン、時折、ヤモトの周囲を旋回するオリガミの中から幾つかが編隊を離れ、シルバーカラスへ飛び込んでゆく。シルバーカラスは火の粉でも払うかのように、無造作に、カタナで、あるいはもう一方の素手で打ち払う。オリガミ・ミサイルは爆発の機会すら逸し、撃ち落とされて墜落するのだ。

「仕事に。作業にしてしまえば、恐れも罪の意識も感じない」シルバーカラスは続ける。「楽なものさ。これまでに何百人殺して来たかわからん。そのほとんどが、死んだところで治安機構も問題にせぬような弱者だ。効率が大事なんだ」「……」ヤモトはニンジャソードを構えた。「俺にかかって来い。娘」

 ヤモトはシルバーカラスの足運びに合わせ、一定の間合いを保つようにした。乱すな。心を乱すな。カギ・タナカの教えを。相手の切っ先を、軌道を。ネイチュアを読み取れ。心を乱せばおしまいだ。敵の狙いはそれなのだ。……シルバーカラスが踏み込む!「イヤーッ!」ハヤイ!

 ヤモトは大きく横へ跳んでこれを躱す。彼女は畏れた。タツジン。さっきのサードアイとは格が違う相手だ。オリガミ・ミサイル達が、とっさに間合いを取るヤモトへのシルバーカラスの追撃を防ぐべく、ツブテめいて次々にシルバーカラスへ飛び込んでゆく。「意味の無い攻撃だ」シルバーカラスが呟く。

 彼は残像が見えかねぬ速さでカタナを小刻みに動かし、飛来する全てを切り捨てた。無感情な目をヤモトに据え、なおも近づく。ヤモトの周りのオリガミから桜色の光が失せ、同時に地面へ落下した。意図しての事だ。使えない。今のこのイクサでは。「そうだ。カタナだ」シルバーカラスが低く言った。

「カタナを振るえ」「イヤーッ!」ヤモトが仕掛ける!シルバーカラスは自剣の鍔でヤモトのニンジャソードを受けた。圧力!ヤモトは押し潰されそうになる。彼女の目が見開かれた。「イヤーッ!」呼吸の隙間を縫うように、彼女はくるりと回転し、この圧力を逃れた。シルバーカラスの側面を取る!

「イヤーッ!」横薙ぎの一撃。シルバーカラスは身を沈めて躱す。ヤモトはその動きを予期していた。脛を斬りにくる斬撃をも。ヤモトは己のカタナを振り抜いた時には既に次の予備動作に入っていた。足元を薙ぐシルバーカラスのカタナを側転で躱し、着地と同時に斜めに斬り下ろす。「イヤーッ!」

「イヤーッ!」シルバーカラスはそれを自剣の鍔で弾き、前蹴りを放つ。「イヤーッ!」ヤモトは後ろへ跳ばず、その蹴りの動きを悟り、わずかに身を逸らして回避した。シルバーカラスの目が笑った。「イヤーッ!」ヤモトはシルバーカラスの軸足を蹴って転ばせようとした。

「イヤーッ!」シルバーカラスはその場で跳躍して回避すると、身体を捻って地面に手をつき、逆さになりながらヤモトを蹴った。「ンアーッ!」ヤモトは不意を打たれ、横から蹴られて地面を転がった。転がりながら起き上がると、既にシルバーカラスは目の前だ。大上段から振り下ろされるカタナ。

「イヤーッ!」ヤモトは地面を蹴ってシルバーカラスの懐へ飛び込む。その顔のすぐ横を死の刃が通り過ぎる。彼女の黒髪が幾筋か断たれ、桜色の光を帯びて宙を舞った。彼女はニンジャソードを振り抜く。シルバーカラスは振り下ろしたばかりの刃を跳ね上げ、これを防いだ。「なぜ泣く。バカめ」

「イヤーッ!」ヤモトが強引に自剣を再度撃ち込んだ。シルバーカラスは造作なくウバステの鍔で受け止める。「イヤーッ!」ヤモトは再び振り上げ、撃ち下ろす。やはり同じだ。鍔で受ける。「イヤーッ!」再三の撃ち込みだ。これも当然、鍔で受ける。「折れるぞ」シルバーカラスは閉口して言った。

 だが、ヤモトは撃ち込みを止めない。「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」振り上げ、振り下ろすたびに、彼女の目から涙が溢れた。シルバーカラスは繰り返し受けた。「なあ、やめろ、せっかくの、最後の、なんだ」彼は弱々しく笑った。やがてヤモトの手からニンジャソードが零れ落ちた。

「時間が来ちまうよ」シルバーカラスは肩を竦め、カタナを下ろす。ヤモトは彼にカタナ持たぬ手をぶつけた。繰り返しぶつけた。シルバーカラスは後ろへ倒れ、尻餅をついた。ヤモトはシルバーカラスとともに倒れ込み、繰り返し、震える手で叩いた。やがて彼の胸で、声をあげて泣いた。

「俺の事がわかっちまったらインストラクションにならねえんだよ」シルバーカラスは言った。「殺し合いをしねえとよ」「そんなの無理だよ。カギ=サンだってわかるよ。当たり前だよ」ヤモトは嗚咽しながら声を絞り出した。「できないよ」「できねえか」「できないよ」「そうか」

 彼は震える手で、嗚咽するヤモトの背中をさすった。「虫の良すぎる話だったな。お前まだ子供だってのに」ヤモトは泣き続けた。「結局タバコが吸えねえままになったか。インガオホーだな」シルバーカラスは掠れ声で呟いた。「悔いはまあ、そのぐらいだ。お前のおかげだ。黙ってジゴクに行くさ」


◆◆◆


 二人はその後、どのくらいの時間、そうしていただろう。幾つか言葉はかわしたに違いない。だが、さほど長い時間ではない。やがて、二人のうちの一人が……ヤモトが起き上がった。彼女は己の涙を拭った。そして追っ手から逃れるべく、その場を足早に去った。そうするしか無かった。

 数日後、アケガネ駅のホーム、耐重金属ジャケットのフードを目深に被った少女がいた。名をヤモト・コキ。彼女の腰に吊るされたカタナの鞘には(マッポーの世、武器を持った少女は稀ではあるが異常ではない)「ウバステ」と刻まれている。もとはシルバーカラスというニンジャの愛刀であった。

 彼女が背負うリュックサックの中には、着替え、制服、日用品の類いに加え、高額のクレジット素子が入っている。彼女自身知らぬ間に、カギ・タナカが……シルバーカラスが押し込んだカネである。彼女の髪は長かったが、今は肩のところで切られている。

「電車が到着ドスエ。轢かれると多大な迷惑が重点」マイコ音声の警告が騒がしい。ヤモトはぼんやりと電車を待っていたが、何かを察知、改札階段の方向を振り返った。ダークスーツを着てサイバーサングラスを装着した三人の男が慌ただしく駆け上がってくる。三人は三つ子のようにそっくりだ。

 ヤモトの瞳に桜色の光が微かに宿る。ホームの反対側には既に電車が来ている。「イヤーッ!」ヤモトは躊躇せず、その電車めがけて高く跳躍した。彼女が屋根に着地するとほぼ同時に、その電車は走り出した。三人のダークスーツ男はそれに気づくと、懐からチャカ・ガンを取り出し、撃ち始めた。

「ザッケンナコラー!」当然、当たる筈も無い。クローンヤクザ達はあっという間に見えなくなる。ヤモトは電車の屋根の窪みに座り、上着のポケットから小さな箱を取り出す。ラベルは『少し明るい海』。彼女はそのタバコをくわえると、自分の身体を風避けに、慣れない手つきでライターで火をつけた

 吸い込もうとしたが、無理なものはニンジャであろうがやはり無理で、彼女は激しく咳き込んだ後、火を押し消した。そしてタバコの箱をポケットにまたしまった。被っていたフードが風で跳ね上げられ、その髪があらわになった。


【スワン・ソング・サング・バイ・ア・フェイデッド・クロウ】完



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