【ザ・ビースト・オブ・ユートピア】#2
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「シュコーッ!」「シュコーッ!」
タリヤがドアを開けるなり、ガスマスクの教導兵は中へ踏み込み、銃で威嚇した。タリヤは悲鳴すら忘れ、ただ棒立ちになっていた。
そしてロイヤルコートが入ってきた。裾が足首まである、モノトーンの上衣を着ている。これが彼らのシグネチュアであり、教導兵のなお上のヒエラルキーに位置する存在だ。
「タリヤ・カミカ=サンですね」
ロイヤルコートの男は金属のメンポを装着していた。即ちニンジャである。タリヤを見つめる目は虚無的だった。瞳孔は点のように小さく、眉に表情はなかった。タリヤは恐怖を表に出さぬよう努力していた。
「ハイ……こ……こちらに、なにか御用でしょうか」
「ドーモ。私はロイヤルコートの執行官、ホワイトロックです」
ホワイトロックはアイサツした。彼が頭を下げる時、他の教導兵達に恐怖と緊張の様子がはっきりとあらわれた。
「タリヤ=サン。貴方にスパイ容疑がかかっています。先週のモバ・ヤマダキは第3ハピネス区の暴動の鎮圧から逃れ、貴方の施療院に潜伏した。貴方は ”大きな老人” の連絡係として地下活動を行っていますね」
「エッ……何を……」タリヤは呻いた。寝耳に水なのだ。「誤解です! そんな事実は一切ありません! 私は……!」
「モバ・ヤマダキが全て自白しました。私はモバの自白に信憑性があると判断し、本日こちらに参ったという事です」
「嘘です!」
「嘘?」ホワイトロックは訊き返した。「私が嘘をついていると」
「間違いです、私は何もしていません!」
「……私の判断が間違っている……つまり……私は……なかんずく我々という存在は……間違っていると?」
ロイヤルコートの男の目はガラスめいて光った。
「貴方は、ロイヤルコートの存在、つまりハイランドの統治機構に疑念を抱き、不満を持った……ゆえに反逆を企図している……そういう事ですか。タリヤ・カミカ=サン」
「タリヤ=サン!?」病室のモップがけを行っていたボリスが廊下に飛び出し、玄関に走った。「大丈夫ですか!? エ……その人達は……」
「ふむ。施療院スタッフ、ゴトー・ボリス」
ホワイトロックの視線がボリスに向いた。
「貴様も同様の容疑がかかっているな。貴様はタリヤ・カミカのもとでスパイ活動に邁進した」
「違います。彼は絶対に違う」タリヤが庇った。「彼はこの街に運ばれ、改心民となる以前の記憶も持っていない。ただ、この施療院のために、精一杯働いていただけの……」
「貴方はどこまでもわかっていないな、タリヤ=サン」ため息交じりにホワイトロックが遮った。「善悪を判断する権利を持つのは我々教導兵であり、貴方のような改心民ではないのです、タリヤ=サン。そう貴方はあくまで改心民です。ハイランダーではない!」
「……!」
「貴方はかつてハイランダーでありながら改心民に身を落とした……そういう事らしいですが……」
ホワイトロックは粘着質の視線をタリヤの首のハイランダー・コードに定めた。
「貴方の過去の事情に個人的な興味はありません……言わせて貰えば、ハイランダーであった貴方が改心区に生きている、それだけで万死に値する。私はね、知性と可能性あふれる先進的存在であるべきハイランダーが、教導されるべき改心民の豚の中に入り混じっている事実が我慢できないのです」
「そうだぞ」「落ちこぼれめ」
教導兵が同調し、タリヤを銃で押した。ボリスはほとんど反射的に、かばうように動いていた。
「ヤメローッ!」
「教導!」「グワーッ!」
こめかみを銃で殴られ、腹を蹴られて、ボリスは嘔吐しながら床に倒れた。タリヤが何か叫んでいた。ボリスは起き上がろうとする。ホワイトロックが教導兵の銃を奪った。そしてボリスを自ら撃った。BLAM。BLAM。BLAM。BLAM。
「あ、が、ぐっ、ガ」
ボリスの身体に銃弾が撃ち込まれた。陸揚げされた魚じみて、床で小刻みに跳ねた。タリヤがホワイトロックの手を掴んだ。教導兵がタリヤを羽交い締めにし、引き剥がした。ホワイトロックはタリヤに銃を向け、撃ち込んだ。BLAM。BLAM。BLAM。BLAMBLAM。貫通した弾の数発は教導兵をも巻き添えにした。ボリスの聴く音は遠かった。激しい鼓動の音が彼の聴覚を満たしていた。そしてその音はぴたりと止まった。彼の視界は曖昧にぼやけ、すりガラスめいた。
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