【アクセス・ディナイド・666】#4
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サーバールームに出現した怪異によって社員がメンテナンス作業から遠ざけられ、関わった13人が死亡している。その経緯を「ニンジャスレイヤー」に語って聞かせながら、オノマチは完全な絶望の沼に首まで浸かっていた。ミタラシパフェは粘土めいて無味で、スプーンはカチャカチャとガラスにぶつかる。
アンダーテイカーが死に際によこした財布には、何枚もの名刺が挟まっていた。それは取引先の企業担当者であったり、同業の神秘修練者と思しき者たちの連絡先であった。中には、TV放送やIRC-SNSでその姿を見る高名な司教やミコーのものも当然のようにあった。
オノマチはそれらに望みを繋いだ。オハライ大家のドクター・オブ・セイクリッドディセンダント。事故物件浄化専門家アキノヒ・ヨココ。過酷な修行を岡山で今も続けるヤマブシ、マスター・オブ・ブレイジング・アイズ。「レイド・チョウの守り神」と呼ばれるグランドファーザーエコダ。その他、錚々たる名が連なる。結論から言うと、すべてダメだった。
「3年8ヶ月後ならば空きがある。それまで耐えられますか?」「すみませんが、孫が生まれたばかりです。日が悪い」「アンダーテイカー=サンには恩義があるが、半年前に邪霊と相打つ形となり、医療サイバネ生活なのだ」「前金で2億。それ以上はまけられぬ」「私はいずれ動く。そのつもりだ」……。
オノマチのSOSを聞き入れる者は誰一人いない。そう思われた。最後に床に落ちた一枚の名刺、それが「カノープス」だった。肩書のわからぬ名刺には、アンダーテイカーの筆跡らしいメモが鉛筆で書かれていた。「ニンジャ。筋は良い」と。藁にも縋る思いで、オノマチはIRCを送信したのだった。
しかし今、オノマチの目の前に現れたのは「カノープス」ですらないという。代理人……? 禍々しい名前を名乗りはするものの、怪異や神秘とは縁のなさそうな、ストリート・スタイルの若者だ。目つきは鋭いが、ホイスラーやアンダーテイカーとは別の世界の住人と思えた。オノマチは力萎えた。
震えてカチカチと歯を鳴らすオノマチに、「ニンジャスレイヤー」は手を差し伸べた。「その名刺を見せてくれるか」「名刺? カノープス=サンの? お持ちでないんですか。代理人なんでしょう」「見せてくれ」「……」オノマチは渡した。若い男は名刺の表裏を見、メモ書きを見た。「そうか」
ニンジャスレイヤーはオノマチに名刺を返した。「話はひと通り聞かせてもらった。他に特記事項はあるか」「き、聞いていましたよね? 怪異に対処しようとしたプロが、もう二人殺されているんですよ。彼らはニンジャだったんです!」オノマチは頭を抱えた。「ダメだ……ダメなんだよ……もう……」「そいつとやりあえばいいんだな」
「ははは、そうですよ」オノマチは力無く笑い、スプーンをパフェのガラスにぶつけた。掬って口に含むが、味が感じられない。「オマタセシマシタ」スタッフがニンジャスレイヤーにコーヒーとスシを持ってきた。彼はコーヒーを口にし、スシはオノマチに押し付けるように差し出した。「食ったらどうだ」
「え……」「スシなら食えるだろう」「え……」ニンジャスレイヤーはオノマチをじっと見る。オノマチは恐ろしくなり、促されるまま、震える手でマグロ・スシを取り、ゆっくりと口に運んだ。滋養が染み渡る。ちゃんとした栄養を摂ったのは何時間ぶりだろうか。ニューロンに活力が染み渡る……。
気づけばオノマチは両手で貪るようにスシを食べていた。食べながら涙が溢れた。ニンジャスレイヤーは立ち上がり、スシのひとつを掴んで、自身も口に入れた。オノマチはニンジャスレイヤーを見上げた。ニンジャスレイヤーは頷いた。
◆◆◆
トクボ・ファイナンス本社ビル。ウシミツ・アワー。深夜を待ったのは、社外の人間を連れて行く事をあまり多くの人間に見咎められぬようにだ。特に、その場で課長にサーバールームへの入室を咎められれば面倒である。既にオノマチは社内の厄介者扱いとなっている事だろう。
残業サラリマンは殆どいない。サーバールームのユーレイの噂(噂ではない……事実なのだが)は各部署を駆け巡り、敢えて神秘的恐怖の中で働こうとする者はなかった。オノマチはどうにか係長権限でビジターIDを手配し、ニンジャスレイヤーとともに裏口から入り込んだ。
警備員が詰め所でカップラーメンを食べながら胡散臭げに二人を目で追った。「死んだ社員は皆、よく働く奴らでした」廊下を歩きながら、オノマチは言った。「生きてる奴らもそうです。これ以上、部下の犠牲は出せない。そうしたらもう業務自体が出来なくなってしまいます」
「業務か。カイシャを捨てようと思わなかったのか?」ニンジャスレイヤーは尋ねた。「上の奴らからもリスペクトされていないんだろ。尽くす義理はない」「私だけ逃げるわけにはいかない。全員死んでしまうかもしれない」オノマチは答えた。「それに、仕事は命です。私はサラリマンですから」
「……そうか」「後は……やっぱり、腹が立ちます。何様なんだよッて思いますよ。部下も私も、愛社していただけなんです。必死にサーバーを保守していた。それがどうして、あんなふうに、惨たらしく殺されなければいけないのですか? サーバーが霊的だから? 納得できない……!」「ああ。そうだな」
二人は地下二階に降り、洗浄ルームに入った。ニンジャスレイヤーは防寒具を断った。蒸気が吹きつけるなか、彼のシルエットは変化していった。プロセスが終了し、蒸気が晴れた時、そこには赤黒の装束と「忍」「殺」と書かれたメンポを身に着けた存在が立っていた。
「おれはニンジャスレイヤーだ。ニンジャを殺す。……殺してきた」彼は震えるオノマチを見て、言った。その言葉に嘘はないと、本能でわかった。「生きている者に害を為す奴ならば、それをこちらから攻撃する事も必ず出来る」「お……お」オノマチは拳を握った。「……お願いします……!」
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