S3第9話【タイラント・オブ・マッポーカリプス:前編】分割版 #3
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煤まみれの黒鉄のナタで武装したオニの軍団が、荒々しい叫びをあげ、丘を駆け下りてくる。その数、数千。怒涛の如く押し寄せ、アケチと真正面から激突した。アケチは両足でネザーの荒野を踏みしめ、四本腕を振るった。瞬間、衝撃で1ダースほどのオニが木っ端微塵の肉骨片となって弾け飛んだ。
アケチ・ニンジャと鬼の軍勢の戦いは数時間にも及んだ。鬼たちはついに恐れをなし、散り散りに逃げていった。アケチは斬ったヘグイの触手を掴み咀嚼すると、丘へ登り、鬼どもの逃げていった方向のひとつに目を凝らした。フジサンの何倍もある突兀峨々たる山脈の裾野に、粗末な砦の連なりが見えた。
アケチは返り血を振り捨てると、砦を目指して歩き出した。オニどもをカラテで打ち倒し、征服し、キキョウ紋を掲げ、支配するために。この地獄のごとき地で生き延び、再び現世に戻るために。
◆◆◆
ネザーの数年が経過した。組織されざる数十の砦をカラテで制圧し、やがてオニの女王を娶ったアケチは、自らタイクーンと名乗るようになった。過酷な環境とイクサをくぐり抜けた彼の肉体は一回りも二回りも大きくなり、生ける鋼の如し。もはやかつての智将然とした面影無く、オダの偉丈夫をも凌ぐ体格となった。
周辺地域を平らげると、次にタイクーンが企図したのは現世への帰還であった。オニの女王は現世の地底へと繋がる古き門の一つを知っていた。門へ至る道を女王は語りたがらなかった。禁忌の門を用いれば、いかなタイクーンといえど、破滅が待つばかりであると。だが、やがて女王は折れた。涙とともに。
タイクーンはネザーの黒鉄で武装した数千のオニの精鋭を率い、名状し難き怪異の渦巻く極彩色の森を抜け、門を通過した。その頃には手勢は数十にまで減じていた。彼らとともに古い落盤跡が残る地下洞窟を抜けると、タイクーンは神秘的な島根県(現在の岡山県の北)の岩だらけの浜辺に帰還した。
晴れ晴れしさは微塵もなかった。倦怠感と軋みが岩めいてのしかかり、異形の肉体を責め苛んだ。エテルは薄く、ネザーに育まれた肉体を世界が拒んでいた。タイクーンは構わず、ネザー黒鉄の大弓を背に、オニの精鋭を引き連れ、行く手にある全ての村々を焼き落とし、奪い、殺しながら、野を駆けた。
数十のオニでも十分であった。サキモリも、サムライも、なべて惰弱であった。勝つ程に手勢は増えた。そして一路、京都へ。天下統一。ソガ・ニンジャを殺し、徳川をも殺すため。……だが、何かがおかしかった。東へ向かう大名行列を襲った際、アケチの感じた違和感の正体が明らかとなる。
大名を護衛していた惰弱なるニンジャは命乞いとともにこう言った。「ソガ・ニンジャは百年も昔に死したり。古きニンジャらも皆、爆発四散するか、永き眠りにつくか、或いはハラキリ・リチュアルにて果てたり。天下泰平の世を治めたるは、江戸の八代将軍、徳川エドワード吉宗也」と。
タイクーンは己の耳を疑った。百年以上もの時の捻じれか。確かに、現世に漂うエテルはもはや枯渇寸前、オニたちも日の光の下ではまともに動けぬ有様。世は、かくも惰弱になりにけり。タイクーンは荒々しき叫びと共に、妖力籠められたる黒鉄のハマヤ、ソガを殺す為であった矢を、東の空高く放った。
黒鉄の矢は箒星の如き炎の尾を伴って空を焦がし、江戸城天守閣に着弾。炎とオニが溢れ出した。江戸大火である。タイクーンはこれを宣戦布告とし、今度は京都一帯を蹂躙にかかった。膨れ上がる無法の軍団に、西軍の落武者の一族が合流、アケチ・ウォリアーと呼ばれる恐るべき集団を形作っていった。
エテル枯れゆく黄昏の日本で、衰退と滅びの運命に抗うかのように、アケチ・ニンジャは鬼神の如きカラテで戦った。京都は燃え、琵琶湖や瀬戸内海は屍で埋まった。これに対し、吉宗の組織した精鋭騎士団「メグミ」と、五つの指輪の呪いで寿命を失った魔剣士「柳生ウォンジ」は、決死の討伐に赴いた。
厳島の大鳥居前で明智軍団と対峙した柳生ウォンジは、代理戦士同士の剣術勝負で時間を稼ぎながら、大鳥居をネザー送りの門へと変え、自らの命と引換えに、辛くもアケチ・ニンジャを再びネザーの地に放逐。別働隊が島根県の悪魔の岩礁をダイナマイト爆破。以てネザーの門は永遠に閉ざされ、封印成る。
アケチ・ニンジャは再び、01ノイズ吹きすさぶネザーの荒れ野に放り出された。軍団の多くのモータルはこの時点で発狂したが、それでも一握りの者はカラテによって自我を保ち、オニと並んでタイクーンの後に続いた。
長い旅を経て、タイクーンは暗黒の山脈の谷間にある己の帝国へ帰還した。……そこにはただ、廃墟があった。ネザーの荒野に吹き荒れる磁気嵐が全てを灰燼へと帰せしめたのだ。黒鉄の鍛冶場も、茶室も、手勢も、妃も、側室も、ネザーメアの群れも。何もかも。ショッギョ・ムッジョ。ネザーの常である。
それどころか、タイクーンが不在の間に勃興したオニの部族が彼らを不審な他所者と見做し、谷の両側から取り囲み、襲撃せんと迫っていた。タイクーンは怒号をあげ、迎え撃った。全てが灰燼と帰したが、タイクーンはイクサを止めなかった。殺し、殺し、殺し、殺し……やがて彼は……最初の地に立っていた。
あれからどれ程の時を経たことだろう。紛れもなくそこは、本能寺の残骸地。オダと共にネザーに落ちた地点であった。そしてそこには、信じ難きものがあった。かつて己が残したキキョウ・ジツの五芒星が、いまだその場にあり、漏電したネオンサインの如く弱々しく瞬いていた。そしてその……中には。
「……」アケチは屈み込み、五芒星の中から、それを抱え上げた。赤子であった。オダ・ニンジャの残骸と、かつて己が荒地に描いたキキョウ・ジツの結界、そしてネザーの力が結びついて生まれたと思しき、この世ならざる存在であった。タイクーンはこの赤子を「ジョウゴ(常醐)」と名付けた。
その時、凄まじき咆哮降り来たり、巨大な影が舞い降りた。赤子を喰らわんと飛び来たったのは、巨大な龍……同族のなかでも特に大きく荒々しいネザー龍であった。アケチは赤子を胸に布で結びつけ、カラテを漲らせて、龍を睨んだ。殺気が衝突し、ただそれだけで大地は抉れ、クレーターが出現した。
やがて、このネザー龍はオオカゲの名を与えられ、タイクーンの無二の友となった。この地よりタイクーンの征服は再び始まった。彼は荒野のオニを今また支配し、強大なる戦士を従えていった。ジョウゴもまた戦士の一人となった。ジョウゴは比類なき速度で育ち、酷薄なる戦士に成長していった。
タイクーンの元に集いしは、ネザー放浪者クセツ。狂気英雄ザンマ・ニンジャ。オニの勇者ヘヴンリイ。出自も性質も様々であったが、来る者拒まず迎え入れ、敵には慈悲無き刃をふるった。征服の先に、再び現世があった。彼は帰還した。オヒガンとIRCコトダマ空間重なり合う力の時代。マッポーの世に。
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