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【ア・クルエル・ナイト・ウィズ・レイジング・フォース・フロム・ソー・サイレント・フィアフル・レルム】

◇総合目次 ◇初めて購読した方へ

このエピソードは物理書籍未収録です。今回のアーカイヴ化に際し、原作者の監修のもとでテキストの推敲、リマスターを行っています。また第2部のコミカライズが、現在チャンピオンRED誌上で行われています。




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 0100101……0100010……010010……01001001011……010010

「グワーッ!」

 硬い! 彼は呻き声を上げ、現実世界への復帰がいきなりこのような苦痛から始まった事に憤慨せざるを得なかった。なんたるブッダの仕打ちであろうか! とにかく身を起こさねば……!

「イヤーッ!」「グワーッ!」 「イヤーッ!」「グワーッ!」

 鬨の声! 何が起こっている? 血中ニンジャアドレナリンが激しく流れ、時間感覚が泥のようにこごった。心臓が鳴る音を聴く。自分の心臓。自分の……? 彼は訝しんだ。彼は死にかけていた。ナムサン!

「聴こえますか! エンブレイス=サン!」「よし、もう一発……」「イヤーッ!」激痛! 意識が真っ白になった。「グワーッ!」彼はバネ仕掛けめいて跳ね起きた。「ゲホゲホ! ゲホッ!」

 屈み込んでいた者の手首を掴んだ。涙に霞む視界を透かして、その者の顔を……若い女……メンポをしている……ニンジャだ……認識した。傍らにもう一人。こちらはある程度年のいった男のニンジャ。そして彼らの肩越しに見えるのはカラテ光景!

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 戦闘は多対多。殺し合いか。一人がもう一人に斬りかかるが、そのニンジャは素手で刃を受け止め、非凡な握力で破壊。逆の手を繰り出す。胴体を貫通する。「アバーッ!」サイバネ腕のニンジャだ。彼に敗れたニンジャは血泡を噴き、爆発四散した。「サヨナラ!」

「弱敵!」サイバネ腕(それも両腕だ)のニンジャは胸をそびやかし、勝ち誇った。そこへケムリダマが投げ込まれた。KBAM!「弱……グワーッ!」「キヒィー!」ケムリダマを投げたニンジャはしなやかにバック転で飛び離れ、敵を睨み渡した。ひょろりとした背の高いニンジャだった。「キヒィヒッ! 戦略的撤退!」耳障りな笑いを残し、刺激性の煙幕の向こうに消えてゆく……!

「ゲホッ! ゲホッ! ゲホッ! 逃げ足だけのカスだ! ゲホッ! ……カスだったぜ」「この状況でよくそんなバカが言える」女ニンジャは厳しく言った。「生存、四……否、五名」男のニンジャが「エンブレイス」を見た。

「五名?」煙を越えて戻ってきたニンジャが一人。「そこに居るのはエンブレイス=サンか? なんと……僥倖だ。死んだものとばかり」「ああ……ああ」「大事ありませんか」女のニンジャが眉根を寄せた。手首。痕がつく程に握り締めていたのだ。「すまん」慌てて手を離す。「おかげで助かった……」

 女のニンジャは彼をじっと見ている。彼は目をそらした。「すまん。ウカツ……ウカツなことに、どうも意識が。認識が……」彼は呟き、頭を振った。男のニンジャが彼に肩を貸した。彼はよろめきながら立った。痛み。サイバネ腕のニンジャと戻ってきたニンジャは周囲を警戒している。

 彼は己が今いる場所に見当をつけた。間違いなくここはキョート城。しかも凄惨な戦闘の直後である。広間のタタミやフスマは裂けて血飛沫の赤に染まり、爆発四散の焦げ後も幾つか。

 こちら側のニンジャは、自分を入れて五人。敵は壊走。徐々に掴めてくる。(ワカル)彼は心中呟く。(俺はエンブレイス、違う。俺はエーリアス……違う)「……俺は……」彼は思わず口に出して呟き、息を止めた。

「俺は……アー……誰だ」「じきに治る。よくある事だ」肩を貸すニンジャが励ますように言った。彼は罪悪感を覚えた。(俺はシルバーキーなんだ)この肉体のニューロンに残された記憶の残滓が……本来の肉体の持ち主の決定的な死の瞬間の光景が蘇った。致命傷の記憶が。

 強烈な蹴りと、衝撃波を撃ち込むジツ。そしてエンブレイスは死んだ。だから、空っぽだ。この身体にはいま、彼シルバーキーしか「入っていない」、それがわかる。

(そして、この連中は……ザイバツのニンジャッて事だろうな、畜生)シルバーキーは歯噛みした。男の肉体だ。彼自身の肉体を取り戻したとヌカ喜びする暇すらなかった。ドラゴン・ドージョーでのザイバツとのイクサから飛翔し、さらなる危険……キョート城のザイバツの懐中へ、彼は転がり込んでしまったのだ。

 人心地がつくにつれ、この状況の不味さが身に沁みてくる。(これは実際捕虜と変わらんぞ……どうする……考えねえと……)彼は怪しまれぬよう、下手なことを言わぬようにした。ひどい意識の混濁を装い、ただ歩調を合わせた。(ユカノ=サンはどうしただろう)

 キョート城。なんと奇怪な場所だろう。全てが暗くくすんで、影という影の中に何かが潜むようだ。シルバーキーは道すがら、交わされる彼らの会話を注意深く拾い、それぞれの名前や状況を徐々に把握していった。推察のとおり、ザイバツのニンジャ達だ。そして驚くべきことに、この城は内乱めいた状態にある。

 現在のザイバツを率いているのは「あるじ」とやら、謎のニンジャである。その者がロード・オブ・ザイバツ亡き後のギルドを豪腕で取りまとめ、あらためて君臨したとおぼしい。その際に後継者争いめいたイクサが必然的に生じ、恭順を拒んだ者達が城内に潜伏を続けている。

 この世ならぬ地に浮かぶキョート城は、今や常識的な幾何学で解決できない入り組み方をしていると見え、実際、鏡合わせのように重なり合う渡り廊下、逆さに重力の働く螺旋階段といったポイントを、彼らは平然と通過するのだった。反抗組織はこうしたケオスのどこか奥底に潜むのだろう。

「俺はまだ全然やれる。平気だ」サイバネ腕のニンジャ、ドモボーイが言った。「あんたらも行ける筈だ。隊を分けましょう。誰か一人にエンブレイス=サンを預けて、残りで探索を続けるべきだ」彼はこのパーティで最も目上と思しきニンジャ、ブルコラクを見た。「そうだろ、ブルコラク=サン! もしドラゴン・ニンジャが奴らの手に先に落ちちまったら……」

「一理はある」ブルコラクはしばし考えた。彼らが小休止したのは、損壊した大茶室で、隅のノレンの先の廊下をゆけば、城内の安全な区域に帰還できる。ドモボーイは畳み掛けた。「手ぶらでは帰れねえ。ランドクラブ=サンとオロバス=サンが殺られちまったんだ。ナメられるわけにはいかねえよ!」

 女のニンジャ、ディミヌエンドは、ドモボーイに睨まれると、ただ肩をすくめて見せた。「わたしはブルコラク=サンの決定に従います」「……斥候任務ならば、継続できよう」ブルコラクは頷いた。ドモボーイは「当然行く!」と語気荒い。「ならばエンブレイス=サンはお前に任せるぞ、キャプスタン=サン」「うむ」

(何だ、あのドモボーイって奴? 血の気が多すぎるだろ)シルバーキーは彼らを残して出発した三人の背中を見送った。(だけど……確かにアイツが特別極端だが、こいつら皆全体的に、こう……)秘めたる熱狂のようなアトモスフィアがある。こんな場所に在りながら。

「ここまで来れば、じきだぞ」キャプスタンが彼を励ました。「ああ」シルバーキーは我に返って頷いた。「すまんが……帰還して治療を受け、休みたい。そのう……これでは兵力として使い物にならんから……情けないが」「珍しく気弱よな」キャプスタンが言った。シルバーキーは緊張した。だがキャプスタンは疑わなかった。「命があれば繰り返し戦える」「そう、それだ」

 やがて彼らは幾つかの回廊と損壊した礼拝堂を通過し、重い鉄門を開いて、ザイバツの統治領域に帰還した。奴隷たちが二人を出迎え、シルバーキーは医療施設とおぼしき場所へストレッチャーで運ばれた。そこで彼の傷を処置したのもまた、ニンジャだった。(ニンジャの医者とは。嫌な事思い出すぜ)シルバーキーは顔をしかめた。

「肋骨がまとめてやられています」ニンジャ医師は左手で触診しながら、右手で精緻なスケッチを描いた。まるでレントゲン写真のようなスケッチを。「肺もだ。辛いのでは? 死ななかったのは奇跡に近い。応急処置が適切だったのも良かった。救われましたな」(救われてねえんだよな……) 

「おい」「なにか? エンブレイス=サン」ニンジャ医師はシルバーキーを見た。シルバーキーは後悔した。「いや……単なる好奇心から尋ねるだけだが。たいした描画だと思ってな。まるで透視でも行っておるかのような」「ソナーのようなものです。身体を指で打ち、返ってくる感覚を描き取ります」

「それは相当なものだ。いや、世間話よ」「光栄ですが貴方は生きているのが奇跡です。世間話はまたの機会にしたほうがよい」ニンジャ医師は彼の腕を取り、肘の裏に素早く注射をした。常温で沸騰する怪しげな液体だ。シルバーキーは慄いたが、医師は淡々としていた。慣れた顔をせねばならない。

 身体の中に入ってゆく奇怪な液体を見ていると血の気が引いた。だが、痛みも遠くなった。後で彼が知った事には、それは恐るべきキノコニンジャの身体から生える茸から精製された秘薬であった。人のわざで作られる薬ではないのだ。医師は頷き、彼を退出させた。奴隷が彼をうやうやしく寝室に案内した。

(ニンジャではない奴もいるのか)彼は寝室を整える奴隷を観察した。ここまでの他者との会話から察するに、エンブレイスは実際ニンジャらしいニンジャだったようだ。彼は出来る限り尊大に振る舞わねばならない。(しかし、ここに住む連中、一体どうなってやがるんだ。この城はどうなってやがる)

 身を横にし、ユカノの安否に思いを馳せるうちに、彼の意識は溶けていった。幾つもの不安な夢を見た。どの夢でも、彼の頭上には黄金の立方体が回転していたように思う。

 目を開けば、そこは現実のガイオンかネオサイタマ……そんな都合の良い話もなかった。影めいた寝室で、彼は数日寝たきりだった。

 もどかしさに身悶えする思いだったが、シルバーキーはじっと耐えた。奇怪な秘薬が瀕死状態の彼の身体を急速に治癒せしめている実感があった。今はまず、休むべし。ままならぬ身体のまま慌ててこの居住区を飛び出したところで、脱出はならず、逆に訝しまれた結果、監禁ないし処刑されるのがオチだ。(無事でいてくれよ。ユカノ=サン)

 キャプスタンはエンブレイスと親交のあるニンジャであったようで、しばしば彼を見舞いに訪れた。シルバーキーは記憶の欠落を装い、エンブレイスとして振る舞う為の情報を掻き集めた。寝たきり状態を脱すると、彼は治療院を退院し、杖をついて、城内居住区のあれこれを観察してまわった。

 茶屋、ドージョー、養蚕場、鍛冶屋、酒場、ドヒョー・リング、ショーギ場、会議場、オオク、墓地……殆どそれは自給自足のコロニーめいていた。空腹を感じることはない。異常なことだが、納得はいく。まるでここは亡霊の街だ。ニンジャが行き交い、時には法螺貝の音と共にどこかへ出陣してゆく。

 ブルコラク、ドモボーイ、ディミヌエンド……あの日同行し、そののち斥候任務を継続すべく別れた三人が、いまだギルド居住区に帰還していないという事実を知ったのは、彼が杖無しで歩けるようになった丁度その日の事だ。

 そればかりか、この数日キャプスタンを見かけていない理由もわかった。

 それは、満足に身体が動かせるようになった事をシルバーキーが喜び、いよいよユカノとの合流に向けて動こうとしていた矢先の事だった。居室の前に陣取っていたニンジャは三人。丁寧だが、有無を言わさぬ様子だった。彼らはシルバーキーを、地下……地下と呼ぶのが適切かどうかは知らぬ……に連行した。

 階段の突き当りは、重苦しく小さい鉄扉だった。ニンジャの一人が彼を促した。シルバーキーは渋々鉄扉に手をかけ、押し開いた。彼は天井から伸びる鎖に繋がれたニンジャを目の当たりにしていた。その顔は暴行に腫れ上がり、裸の上半身には焼きごてや鞭の痕があった!「な……キャプスタン=サン?」

「……」キャプスタンは身じろぎしたが、言葉を発する気力も体力も残っていないと見えた。エンブレイスは後ずさった。ここは何だ? 牢獄の類! 彼は背後を振り返る。鉄扉が無慈悲に閉じられた!「何を……」「ドーモ。エンブレイス=サン」キャプスタンの傍らで椅子にかけたニンジャがアイサツした!

「……ニーズヘグです」そのニンジャはシルバーキーを恐るべき眼光で射すくめた!「アイエッ、いや……」シルバーキーは上げかけた悲鳴をごまかし、アイサツを返した。「エンブレイスです……!」「オヌシを何故ここへ呼んだかというとな」ニーズヘグは椅子から立ち上がり、鎖を揺らした。

「ウ……」キャプスタンが呻き声を上げた。「オヌシを何故ここへ呼んだか」ニーズヘグが繰り返した。「何だと思う! 言うてみよ! エンブレイス=サン!」ニーズヘグが一歩踏み出した。その威圧感はあまりに凄まじく、彼の姿を、獄の天井を覆うほどに大きく見せた! シルバーキーは死を覚悟した!

「何故、その、何故キャプスタン=サンが、そのような目に」シルバーキーは呻いた。「訊いているのはワシじゃ」獰猛な目がシルバーキーを見据えた。「のう。何故こいつはこうして生死の淵にある。一つ一つ考えてみんか。エンブレイス=サン」「ふ、不興とか?」シルバーキーは乾いた唇を舐めた。

「不興! ハ! 当たり前だ!」「アイエッ!」「ワシが趣味でいたぶっておるとでも思うたか? その不興の内容を訊いておるのじゃ。どうも理解が追っつかんようじゃな」ニーズヘグはシルバーキーの顎を掴み、吊り上げる。「グワーッ!」「イヤーッ!」壁に投げつける!「グワーッ!」

「アバッ」キャプスタンが咳き込み、床に血を吐く。「イヤーッ!」「アバーッ!」ナムサン! ニーズヘグの強烈な振り向きざまの裏拳がキャプスタンの腹を打つ! 蛇めいた恐るべき眼光は次にシルバーキーを捉える!「マッタ!」シルバーキーは手を前に掲げて懇願した。「私は負傷しておりまして……」

「負傷? それが何を」「恥ずかしながら!」シルバーキーは堰を切ったように喋りだした。「前回の探索行の折に私は瀕死状態にありまして、このキャプスタン=サンに伴われて帰還を果たしたまではよかったのですが、恥ずかしながら……記憶が曖昧でございます! それこそ、当初は己が誰であるかすら曖昧でありまして」

「ナメておるか」ニーズヘグは静かに言った。シルバーキーは千切れるほどに首を横に振った。困惑は彼も同じだった。(畜生、何がどうなって、こんな事に? コイツ、なんてニンジャだ……カラテを向けられるだけで寿命が縮む。見るからにヤバイ手練れだ。何故こんなのが居やがる? ザイバツは一度滅びたンじゃねえのか!?)

「つまり、状況が把握できておらず……じ……実際、ようやく松葉杖も取れ、最低限の記憶を書物や侍従の助けによって補いながら、今再びギルドの栄光が為、イクサに馳せ参じようと心……心うきうきとしておりましたところ、寝耳に水の……」

 ニーズヘグが冷たい眼差しを深めた。痺れを切らせたか。危険だ。「どうやらオヌシの身の潔白の証明はならんようだぞ、キャプスタン=サン」ニーズヘグは鎖を振り返った。「……」キャプスタンの反応はない。ニーズヘグは荒っぽく鎖を揺らした。そして冷笑した。「果ておったわ」

 衰弱死したキャプスタンの遺体から手を離し、シルバーキーを再び睨む。「前回の探索行だ。エンブレイス=サン」ニーズヘグは壁際に座り込んだシルバーキーに椅子を押し付けると、腰を下ろした。「オヌシとキャプスタン=サンは帰還したが、隊長であるブルコラク=サンらの行方が知れぬ」「何……エッ……?」シルバーキーは息を呑んだ。確かに彼らは見舞いにも来なかった。あのまま隊は全滅していたのか?

「私は人事不省に実際近かった! アナトミー=サンに確認いただいてもよい!」「オヌシの容態などどうでもよいわ!」ニーズヘグは椅子の背もたれと壁でシルバーキーの頭を圧迫した。「グワーッ! しかし! 決して敵前逃亡などではなく! 瀕死であった故……情けないですが……隊を離れたのであり!」

「……」ニーズヘグの目が次第に冷たく細められた。獰猛な怒りは乾いた失望に変わりつつある。シルバーキーは血走った目で見返し、彼の感情変化が吉か凶かを測ろうとした。「……何も、知らんだと?」ニーズヘグは顔をしかめた。シルバーキーは渋々頷く。もっと詳しく話すか? 身体が借り物だと打ち明ける? バカな。

 そもそもが、このエンブレイスやキャプスタンが加わっていた探索行自体が、城へ侵入したユカノを見つけ出し、追い詰めて捕縛する事を目的としていたのだ。当然ながらシルバーキーが彼自身の真実を話せば最後、寸刻みの拷問以外の未来はない。そしてユカノは遅かれ早かれ捕らえられるだろう。

「記憶が……」シルバーキーは呻いた。ニーズヘグは椅子を離れた。「先ず事実を一つ。此奴はサイカの間者。メイルシュトロムの犬よ」ニーズヘグは鎖からキャプスタンの遺体を剥がし、床に転がした。

 サイカ……メイルシュトロム……オウム返しに聞き返す言葉をシルバーキーは呑み込んだ。この対立の件に関し、彼は既に注意深い学びを行っていた。

 ザイバツ・シャドーギルドの目下の最大の敵、それが「サイカ」であるらしい。ギルドは現在、狭間の世界に浮かぶ巨大なキョート城を完全に支配下に置く事が出来ていない。この地のニンジャは現在、ザイバツとサイカ、二陣営にわかれての泥沼の戦闘が繰り返される油断ならぬ状況にあるというのだ。

 サイカの頂点に立つのはメイルシュトロムという正体不明のニンジャであり、ギルドの位階にかつてそのような名のニンジャはおらず、その後に城に呼ばれた在野のニンジャ達にも存在しない。いかにしてか城内へ紛れ込んだか。あるいは神秘の遺跡の側面をもつこのキョート城に、古来よりそのような正体不明の邪悪が潜んでいたのか……ともかく、その者の暗躍によって、ダークニンジャの統治を良しとしない旧守派たちは続々と離反し、取り込まれ、不可触地帯に無視できぬ勢力を築くに至ったのだ。

 エンブレイスの身体に吸い込まれたシルバーキーが見ていた戦闘は、実際、サイカのニンジャとザイバツとの遭遇戦であった。内乱の事実はシルバーキーの悩みを深くした。両陣営ともに、キョート城の機構に深く通ずるドラゴン・ニンジャとしてのユカノを、喉から手が出るほど欲している事は確実。ユカノにとって、危険が二倍である。

 直近、ザイバツ・シャドーギルドの一部隊はエンシェント・ドラゴン・ドージョー探索の任にあたっていた。ヤリ・オブ・ザ・ハントの眠るドラゴン・クリプトを攻略している最中、野営地と定めたドージョー内で、思いがけぬニンジャ達との戦闘が発生した。「ドラゴン・ニンジャが率いる、旅のニンジャ達」。

 戦闘を経てドージョーからキョート城へ帰還したニンジャは、アカイヌ使いランチハンド、斥候のボロゴーヴ、霊薬のディムライト、気鋭のスパルトイ。僅か四人。帰還者は事態を報告し、すぐさま本格的なドージョー襲撃を行うよう進言した。だが、それを阻むが如く、当のユカノ、すなわちドラゴン・ニンジャが逆に城に侵入してきた事が知れ渡った。

 大きな混乱が城を襲う。ドラゴン・ニンジャはニンジャ六騎士の一人であり、封印と散逸を経ながら今も残る彼女についての数少ない伝承には、学術探求と神秘的な儀式を司るニンジャとして記されるが、一方で、イクサにおいては大胆な奇策を躊躇わぬ軍師・戦術家としての側面も持ち合わせている。

 まさにその面目躍如めいて、ユカノは自身が太古の昔に設計したキョート城を、我が庭とばかり駆けまわり、ゲリラ戦めいた挑発的行動を繰り返した。彼女の行動は実際、外界のドージョーに残された者を無事に下山させる為の行動であったが、ザイバツはそれを知る由もない。

 ほどなくユカノを捕縛する為の隊が組織される。それは当然メイルシュトロム派の注意を惹く事にもなった。今や、城を二分する内乱は決戦の時へ向かって着々と進みつつあった。シルバーキーがキョート城に出現した時期はユカノよりも遅かった。時間のズレが生じている。そのせいで、彼はユカノと合流できていない。

「此奴はなかなか骨があった。よう耐えたわ」ニーズヘグはキャプスタンの遺体を軽く蹴った。「一方オヌシは全く以て信じがたい腑抜けじゃ」

(腑抜けだと? この野郎、人の事情も知らねえでよォ……)シルバーキーは眉をひそめかけた。「彼と繋がりがあった私のことも疑っておられると? だが、実際いかがでしたか」「調子に乗るなよ」とニーズヘグ。「何もかも都合よく忘れたのなら、思い出す手助けをしてやるまでじゃ」

 御免被りたい。初めから彼自身の記憶でもないものを思い出すことなどできはしない。せいぜい、憑依の瞬間・エンブレイスの死の瞬間の直前の……「イヤーッ!」ニーズヘグはシルバーキーを再び持ち上げ、キャプスタンの遺体のすぐそばの床に叩きつけた。「グワーッ!」

 視界が白く霞み、再びあの瞬間がフラッシュバックする。

 敵ニンジャの蹴り。衝撃波。それを見守るキャプスタン。すぐさま駆け寄ってきたのはディミヌエンド。キャプスタンも注意深く近づいてくる……。ディミヌエンドの処置……。その隣にキャプスタン……。何かを伺うように……。

「イヤーッ!」「グワーッ!」ニーズヘグはうつ伏せのシルバーキーの右腕を逆向きに捻じり上げる。あの時、キャプスタンは……「グワーッ! キャプスタンは、我々を排除しようと立ちまわって、グワーッ!」苦痛に白目を剥きながら続ける。「俺の事も、多分あの時……でも、ディミヌエンド=サンが先に俺を助けたから!」

「イヤーッ!」「グワーッ! せ、戦闘中のあいつの立ち回りは確かに不自然で……そのせいで俺は、ソニックカラテで倒され……でもディミヌエンド……素早く応急処置を……だからあいつ……機会を伺ったんだ……多分……でも……」「ならば何故、奴はオヌシを始末せず、わざわざ助けて連れ帰ってきた?」

「それは俺……私もわからない。思い当たらない。正直に」「……」鬼は舌打ちした。シルバーキーは涎を垂らしながら見上げた。「そもそも何故、今になって我らに容疑を。キャプスタン=サンと私を帰還即逮捕しなかったのは何故……?」「決まっとろうが! 材料が揃ったのが先頃だからよ」「その材料とは……」

 呼応するかのように背後で鉄扉が開き、ニンジャがエントリーした。「ドーモ。ニーズヘグ=サン」シルバーキーは霞む視界に捉えようとした。アイサツしたのはディミヌエンドだ。「なんじゃ。入って良いとは言っとらんぞ」「お前……隊は全滅したのでは……」シルバーキーは呻いた。

「左様。そして此奴一人が戻った」とニーズヘグ。彼は懐から小指大の黒い装置を取り出した。「銀のタリスマン。この地におけるIRC発信機のようなシロモノじゃ。生還したディミヌエンド=サンが持ち帰った証拠の品よ。キャプスタンはこれをブルコラク=サンらに仕込み、敵の待ち伏せを促した」

 ニーズヘグはタリスマンを再び懐へ戻した。捻じり上げるシルバーキーの腕を解放はしなかった。「キャプスタンの奴は観念し、間者である事は認めた。たいした情報は吐かなんだがの」「畏れながら、ニーズヘグ=サン」ディミヌエンドが不意に口を挟んだ。

「扉の外まで聴こえてきたエンブレイス=サンの声ですが、内容……私の推察と一致する部分があります」「立ち聞きか?」ニーズヘグはディミヌエンドを睨んだ。「ならば、どうする」「間者ではないならば、時間の浪費になります。今はむしろ、」「よかろう」ニーズヘグはシルバーキーから離れた。

「恩に……恩にきる」シルバーキーは譫言めいて呟いた。「恩?」ディミヌエンドは冷たくはねつけた。「ニーズヘグ=サン。今ならばまだ敵を辿れるかもしれない。このままでは出し抜かれただけで終わりです。反攻すべき!」ニーズヘグは鼻を鳴らした。立場的には否、感情的には是といったところか。

「イクサならば……」シルバーキーは床に手を突き、よろよろと立ち上がった。「私も同行を」「あン?」ニーズヘグが怪訝にした。「どの口でほざくか」「行きます。サイカとのイクサを通して、我が潔白を証明する。イサオシによって」シルバーキーは言った。「私に残された手段はもはやそれ以外に無きゆえに」 

 沈黙が地下室を支配した。(本当にそれ以外の手段は無いんだ)シルバーキーは顔をしかめた。(とにかく牢屋にブチ込まれるのだけは避けねえと。この居住地を出なけりゃ何も解決にならねえ。ユカノ=サンとも合流できねえ。俺自身の身体も取り戻さねえと……)その表情が翳った。(身体……身体、取り戻す、どうやって?)

 ニーズヘグとディミヌエンドは互いを見た。やがてニーズヘグは言った。「ならばオヌシも行け、エンブレイス=サン。スリケン避けの囮ぐらいにはなろう。記憶が戻ればよし。戦士として使い物にならぬなら、そのまま死ね」シルバーキーは沈思黙考する。「行けと言うたぞ!」ニーズヘグが声を荒らげた。


◆◆◆


 細かな石塊が数十メートル上の裂け目からパラパラと降ってきた。そのひとつが彼の顔に当たり、まどろみを覚まさせた。彼は身を起こした。両手をかざし、握って開く。サイバネティクスを確かめる。無事だ。「クソッ」ドモボーイは頭を振って立ち上がった。脳裏に蘇るのは、ブルコラクの爆発四散だ。

 ではディミヌエンドはどうなった? 無事か? 逃げおおせたか? それとも死んだか。とにかく生きてこの場を切り抜けねば、確かめるすべもない。彼は周囲の闇をあらためる。ここは穴の底か。壁の凹凸に指を添わせ、力を込めて、パルクール選手じみて身軽に登り始める。

 不自然なほど的確な待ち伏せだった。卑怯な連中だ。登りながらドモボーイは歯を食いしばった。次に会ったが百年目。目にもの見せてやろうじゃねえか。彼は穴の側面を登りきり、穴の縁に手をかけた。「イヤーッ!」身を持ち上げ、床上に転がり出た。

 そこにドラゴン・ニンジャがいた。ドモボーイは言葉を失った。

 ドモボーイはニューロンを激しくスパークさせ、次の瞬間の行動内容を吟味した。ドラゴン・ニンジャも同様である。当惑した表情を見せる。

「「「ウオオーッ!」」」殺到する鬨の声の方向を、彼ら二人は弾かれたように振り返った。ニンジャ達だ! しかもザイバツのニンジャではない。サイカだ! こちらに向かってくる! もういちど、ドラゴン・ニンジャとドモボーイは睨み合った。

「「イヤーッ!」」二人はサイカのニンジャ達から同時に背を向け、同時に穴を飛び越すようにジャンプした。着地するまでの1秒間はドモボーイにとって数十分にも感じられた。飛び越したら、その後どうする。どうすればいい。「クソッ!」彼は毒づいた。二人は同時に着地した……!


2

「居たぞ!」「追え!」「決して逃すべからず」「とらえよ!」ドンダッダ! ドンダッダ! ドンダッダ! ビッグニンジャが戦闘的タイコを打ち鳴らし、弓矢ニンジャが崖めいた穴越しに矢を射た。「ヤバイ……」ドモボーイは息を呑んだ。矢は着地時のドラゴン・ニンジャを正確に狙っていた。ドモボーイの判断は遅れた。

「イヤーッ!」ドラゴン・ニンジャは片手をかざし、飛来した矢を掴んで止めると、親指一つで折って捨てた。「ア……」言葉を失うドモボーイをドラゴン・ニンジャは一瞥し、回廊を走り出した。「な……待ち……」ドモボーイはドラゴン・ニンジャの背中と崖向こうのニンジャ軍団を交互に見た。

 ドォン! ドォン! ドォン! タイコのリズムが変化し、崖向こうの部隊は一斉に引き返し始めた。別のルートから回り込む算段だろう。「畜生!」ドモボーイは吐き捨て、ドラゴン・ニンジャを追って走り出した。これはウカツではない! 彼は己に言い聞かせる。

 これまで散々追い込みながらそのたび逃れてしまう困難な相手が、いきなり目と鼻の先に現れてみれば、当惑してしまうのもやむなし! しかも、間近で見たあのドラゴン・ニンジャの、おお、ぬばたまの黒髪、瞳の色は謎めいて深く、「ナメやがって……!」ドモボーイは邪念を振り捨て、歯噛みする。

 この城はそもそもドラゴン・ニンジャ自身が奴隷に命じて建造させた所有物であると聞く。ならば、自由自在に城の各所を行き来するワザの程も頷ける。城は混沌に半ば呑まれた状態にあるが、それでも奴にはわかるのだろう。ギルドの者よりもよほど土地勘があるのだ。「待ちやがれ……」気配が近い! ドモボーイは前方の闇に飛び込んだ。「イヤーッ!」

 闇の奥は、天井に色褪せたブッダエンジェル絵図を残す広間であった。この領域はザイバツの管理下にない。あまりにタイミングのよい伏兵の襲撃、隊の壊滅……そこから先の記憶はおぼろだ。自分はどこまで来てしまったのか。「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」押し寄せるニンジャ達! ナムサン! 今はそれどころではない!

「イヤーッ!」ドモボーイはドラゴン・ニンジャに襲いかかったニンジャをインターラプトした。ドラゴン・ニンジャはこの広間で一足先に三人のサイカニンジャと戦闘を開始していた。彼女が捕らわれ、メイルシュトロムのもとに突き出されれば、それはギルドにとって最悪の事態となろう。

「イヤーッ!」ドモボーイは鉄の右拳で目の前のニンジャを殴りつけた。「グワーッ!」KBAM! インパクト瞬間、ドモボーイの手首から先が炸薬で1インチ前へ迫り出し、敵の顔面をメンポごと粉砕した。「アバーッ!」「「イヤーッ!」」一方、残る二人はドラゴン・ニンジャに二方向からの同時攻撃だ!

「イヤーッ!」ドラゴン・ニンジャは左手で左ニンジャのカタナ持つ手の手首を受け止め、右手で右ニンジャの断頭チョップを止めた。「イヤーッ!」そして身を引く。「グワーッ!?」右ニンジャが血を吐いた。左ニンジャのカタナがその胸を貫いていた。何たる攻防一体の組み技か!

「な……」仲間を刺してしまった左ニンジャは怯み、ドラゴン・ニンジャを見た。ドラゴン・ニンジャは容赦なく引き込んだその腕を捻り、逆の手の掌打を顎に食らわせた。「イヤーッ!」「グワーッ!」更にヤリめいたサイドキック!「イヤーッ!」「グワーッ!」回転しながら吹き飛び、壁を直撃!

「貴方は何ですか?」彼女はドモボーイに向き直った。「ウェイ……」ドモボーイは凄味に圧されて後ずさりしかけた。だが我に返り、なんとかアイサツを繰り出した。「ドーモ。ドラゴン・ニンジャ=サン。ドモボーイです」「ドーモ。ドモボーイ=サン。ドラゴン・ニンジャです」

「俺はザイバツ・シャドーギルドのニンジャだ」ドモボーイは言った。ドラゴン・ニンジャは逃げなかった。周囲を警戒しながら、先を促すように彼を見た。「目的はお前を捕えてギルドへ帰還することだ! その……おかしな気を起こすんじゃねえ。ここは危険なんだぜ。俺から逃げたら、良くない」

「なぜ?」「このあたりの区画はギルドの領地とは言い難い! さっきの連中はギルドのニンジャじゃねえんだ。奴らは……」「そんな事はわかります」彼女はピシャリと言った。「そしてそもそも、この城にギルドの領地など、初めからどこにもありません。私は認めたおぼえがありませんよ!」

「な……」ドモボーイは鼻白んだ。「やめろ! そういうそもそも論は。事実上は今は俺達の実効支配つうか、持ち物だ!」その時、顔面を砕かれて床に倒れたニンジャの手が、ぴくりと動く。その手にはクナイ!「イヤーッ!」ドモボーイは反応し、顔面を踏み潰した。「サヨナラ!」爆発四散! ザンシンが足りなかったか。「見ろ! 危ねえぞ」

 ドラゴン・ニンジャは溜息をついた。「どちらにせよ、ここに留まれば多勢に無勢、貴方のその主張に関しては……」KRAAAASH!「ウオーッ!」壁が吹き飛び、ビッグニンジャがエントリーした! 先程のタイコ持ちだ。回り込んで来たのだ!「見ツケタゾ! ドラゴン!」

「畜生! アイツの名はヴァストバルクだ」ドモボーイが言った。「要は裏切り者の腰抜けよ! あるじのイクサに加わる勇気もねえムダ飯食い野郎だぜ」「そうですか」「サイカの奴らは皆そういうルーザーの集まりだ。大義もクソもねえんだ。誓って言うが、アンタ、もし捕まったらロクな事にゃならんぜ」

「いた、いた!」「シュフフフ……」ヴァストバルクの両脇から続々と新手のニンジャが現れる。「連れない真似はダメだよォ……キシッ! キシッ!」二者は後ずさった。「俺の言葉の意味、何となくわかるだろ? なあ」ドモボーイが顔をしかめた。ドラゴン・ニンジャは頷いた。「愉快な者たちではなさそうですね」

 ドォン! 広間の別方角の壁が砕け、新手のニンジャ達が出現した。二者は背を向け、走り出した。闇を抜け、宙へ延びる螺旋階段を飛び移る。ダダドン! ダダドン! ダダドン! タイコ・ビートと下卑た叫び声が後ろから追ってくる。「俺と来たのは賢い選択だぜ」走りながらドモボーイが言った。「一人より二人だろ」

「貴方はギルドヘ私を連れ帰ると息巻いていますが」走りながらドラゴン・ニンジャは言った。「その帰り道もわからないのでしょう」「まあな。今はな」ドモボーイは認めた。「だが俺をナメるなよ。それに、いいか、ギルドはお前を悪いようにはしない。丁重に連れて帰るのが任務なんだからよ」

「説得力のあること」ドラゴン・ニンジャは冷たく言った。彼らは桟敷から桟敷へ飛び移り、廊下に抜けた。不気味に輝くモミジが等間隔で植えられている。「しかしよォ……そもそも論はするつもりはねえが、何故今戻って来た。どうやって。なあ、ドラゴン・ニンジャ=サンよ?」「知りたいですか?」

 ドラゴン・ニンジャは不意に足を止め、ドモボーイを見た。ドモボーイは気圧された。「知り……ああ、知りたいもんだ」「撒けたようですね」彼女は背後の闇を一瞥した。それから言った。「いいでしょう。ですが、質問は一度に一つです。どうやって戻ってきたか? 貴方がたのジツの逆利用です」

「逆利用……」ドモボーイにはおよそ理解の及ばぬ話である。ドラゴン・ニンジャは瞬きし、ドモボーイの言葉を待った。彼にはそれ以上訊きようもない。「では私の番ですね」ドラゴン・ニンジャは言った。「現在のザイバツ・シャドーギルドの頂点に立つ者は誰か? 答えよ」「ダークニンジャ=サンだ」

 ドモボーイにとって自明のこの言葉は、ドラゴン・ニンジャに想像以上に強い衝撃を与えた。「ダークニンジャ……!」彼女は青褪め、よろめいた。「この城を……そしてザイバツ・シャドーギルドを……彼が……」「何だ?」ドモボーイは反射的に手を差し伸べようとしたが、彼女は首を横に振った。「私が何故戻ってきたか、でしたね? 私はこの城で何が進行しているかを確かめに来たのです」

「確かめにだと?」「では私の次の質問に答えてください」何だお前! ドモボーイの口をついて罵倒が出そうになったが、彼は何故か頷くしかなかった。奇妙な感覚である。問いに答えてもらったのだから、自分も答えを与えるべきだ。それが当然のことであり、古事記にもある。ドモボーイはそう感じた。

 一方このとき、ドラゴン・ニンジャ……ユカノは、目の前の若いニンジャに対して神秘的な尋問を継続しながら、ダークニンジャの名がもたらした衝撃に耐えていた。何故その考えに今まで至らなかったのか。彼はロード・オブ・ザイバツの亡骸とともにアノヨへ消えた。そして戻った! 当然の帰結ではないか!

 どうやって戻ったのか? ヴァレイ・オブ・センジンを飛び降りた者が、それを取りやめて上がってくることなど、できはしない。こぼれた酒が盃に戻ることはない。戻ってくる事などできはしない……だが事実彼は戻ってきたのだ。そしてザイバツ・シャドーギルドを手中に収めていたのだ……!


◆◆◆


 ……その瞬間、玉座で俯く黒ローブのニンジャは物憂げな顔を微かに上げ、謎めいた視線を虚空に走らせた。この城内で彼の名が発せられた。ギルドのニンジャの口からでも、サイカのニンジャの口からでもない。となれば、ドラゴン・ニンジャであろう。他の者が彼女と会話をしたか。

「いかがなされました」彼を半眼で見上げたニンジャは、ニーズヘグと並ぶギルドの重鎮、パーガトリーである。ダークニンジャは玉座を立ち、階段を降りてゆく。「ドラゴン・ニンジャとの接触が果たされた」「誰でしょうな? 満足に役目を果たせるや否や。この捻れた事態の中で」

「心配せずとも、これがメイルシュトロムとの決定的なイクサとなろう、悲観将軍よ」ダークニンジャは言った。パーガトリーは目をそらし、もぐもぐと呟いた。「よして頂きたい。私は常に最善手を睨んでおるのでござる。それを、さような物言いにて……」ダークニンジャは彼を伴い、玉座の間を後にした。先遣隊の鼓舞の為に。


◆◆◆


 広間の壇上には人ひとりほどのサイズの酒樽があった。樽には「武運」とショドーされた紙が貼られ、赤と白のシメナワが巻かれていた。樽の左右には重ねられた赤と白の餅。下の餅は大きく、上へゆくほど小さくなる。古式ゆかしい出陣の儀式である。

 壇上に立つのは、今回のミッションにおいて先遣隊として送り出されるニンジャ達である。ミラーシェード、ディミヌエンド、スパルトイ、そして、エンブレイス……即ちシルバーキーだ。妖艶なキモノ姿でオコトを奏でるのはオイラン奴隷ではなく、ギルドの中核を担うニンジャの一人、パープルタコ。

 シルバーキーは気まずく広間を見渡す。集められたニンジャ達の一様な士気の高さに、彼は慄く。(今の世の中は……一応、平和な世の中だぜ)シルバーキーは心の中で呟いた。(まるで別の時代に来ちまったみたいだ。こいつらは違う世界を見てるんだな)オコトを演奏するパープルタコを何度か視界に入れては、深呼吸をする。(アイツは!)

 忘れようものか! 彼女の艶姿を見ると、シルバーキーの心拍は上昇する。恐怖と苦痛の記憶が蘇るのだ。(アイツ……なんだってこんな所によ……! なんなんだ!)それも、彼女は相当上のポストにある。入院中の情報収集で彼女の名を知った時の彼の衝撃のほどをお察しいただける読者の方もおられよう。

 そうは言っても、彼はなるべくこの場の視覚情報を怠らず取り込もうと務めた。(今後何があるかわからねえし……ニンジャスレイヤー=サンだって、ザイバツが今こんなことになっちまってると知ったら……)パープルタコは淡々とオコトを演奏する。伏せられた目に睫毛は長い。何を考えているのだろう。

 思えば、以前のイクサにおいて、シルバーキーの参戦は天守閣。組織としてのザイバツに関する知識は皆無に近い。こうして再び関わるなどとは、当然、その時考えもしなかったのだ。このニンジャ達の何に注目したものか、勘所は掴めない。(ニンジャスレイヤー=サン……俺が持ち帰るのが的外れの情報でも、責めないでくれよ)彼は先回りして心の中で弁解した。

「ドッソイ」木槌を束で抱えたスモトリ奴隷が、壇上の先遣隊に一つ一つ手渡していく。シルバーキーは上の空で受け取った。(これで?)シルバーキーは辮髪のニンジャ、スパルトイの視線を追った。(あの酒樽の蓋を割るのか。ワカル)

 スパルトイはシルバーキーを一瞥した。そして不敵に鼻を鳴らした。シルバーキーは憤慨した。(なんだこの野郎。俺はお前に……今のところ……何の利害関係もねえだろうが。嫌な奴ばっかりだ!)オコトの演奏が止まった。ニンジャ達が静まり返った。彼らの視線は壇上を離れ、桟敷に集まった。「……!」シルバーキーは驚愕に木槌を落としかけた。ダークニンジャ!

 途端にニンジャ達がざわつき始めた。拳を振り上げ、「栄光あれ!」と叫ぶ者すらいた。シルバーキーは蒼白になり、天守閣のイクサの果てに消滅したダークニンジャのさまを思う。(あるじ……あいつが!)その傍らには高位のニンジャあり。パーガトリーだ。彼が手を上げ、ニンジャ達を黙らせる。

 ダークニンジャが桟敷席にかけると、パーガトリーは咳払いして、よく通る声を発した。「者ども! イクサである」「オオオーッ!」ニンジャ達が吠えた。「諸君は十二分に精強だ。ゆえにただ吉報を待つばかりである」「オオオーッ!」「あるじ!」「イクサ!」「カラテ!」

「然り然り、カラテである」パーガトリーはやや胸をそらし、一同を見渡した。「武勲を上げればあらゆる望みが思いのままぞ? いかに敵のはらわたを裂き開き、蹂躙し、征服するかを競い……」肘掛けに肘をつき、かすかに顔を傾けた背後のダークニンジャを視界の端に捉えると、パーガトリーは咳払いして話を止めた。「まあよい」

 パーガトリーは壇上を示した。「先遣隊の任務は至極シンプルである! 例のメイルシュトロムとかいう胡乱者の隠れ潜む巣をいよいよ暴く機会が巡って参った。ブルコラク=サンやキャプスタン=サンらの尊き犠牲よ! 斥候が残せし痕跡を辿り、敵地への侵入路を確保。ミラーシェード=サンが実際最適任である」

 ミラーシェードはパーガトリーの言葉をうけ、オジギで応えた。シルバーキーは一連の流れを苦々しく見守った。(シンプルな任務、尊き犠牲と来た。ニーズヘグはアンタと同じぐらい偉いニンジャだろ。そんな奴が直々に地下牢でキャプスタン=サンを絞め上げたんだ。俺らはまだまだ知らされてねえんだろ、色々とさ)

 シルバーキーはミラーシェードのカラテの充実を見て取る。アトモスフィアを。先遣隊の面子の中でも彼のカラテは明らかに図抜けている。恐らく彼一人、他の三人と共有していない任務がある。たとえ先遣隊が壊滅しようと、ミラーシェード一人は追撃する敵を退けて帰還する事ができるだろう。

 ふと気づくと、ディミヌエンドがシルバーキーに視線を投げていた。やや眉根を寄せ、探るように見ている。シルバーキーは尊大な態度をもって視線を受け止める。彼は危険を感じた。(あいつは察しのいい奴だ。エンブレイスの記憶喪失の件についても多分引っかかってやがる。間違いない)

「何か?」シルバーキーは敢えて自ら話しかけた。「いえ」ディミヌエンドは首を振った。「シツレイだぞ」シルバーキーはもう一言投げた。彼女は答えず、酒樽に向き直った。「イヨオー!」スモトリ奴隷がシコの準備動作に入ると、先遣隊は同時に木槌を振り上げた。シルバーキーも咄嗟にタイミングを合わせた。

「ドッソイ!」スモトリ奴隷が高々と上げた足を振り下ろし、シコを踏んだ。先遣隊は同時に木槌で酒樽の蓋を打ち割った。ミラーシェードが餅の横に並べられたマスを手に取り、酒を汲んで、ニンジャ達に掲げた。他の先遣隊がそれに続く。シルバーキーも咄嗟にタイミングを合わせた。

「幸運あれ!」パーガトリーが言った。「オオオオ!」「オオオオオ!」ニンジャ達は盛んに声援を投げた。ミラーシェードの名が最も多く呼ばれた。そしてエンブレイスの名も。心地よい体験とはとても言えなかった。「せいぜい俺の後をついて来いや」スパルトイがディミヌエンドに囁いた。

「じゃあお言葉に甘えて」ディミヌエンドは睨み返した。「面倒は全部アンタに片付けてもらうよ。パシリ君」「殺すぞテメェ……」スパルトイは目を血走らせた。その矛先はシルバーキーに向いた。「何見てる。エンブレイス=サン」スパルトイは侮蔑的に目を細めた。「俺にネンコは効かねえぞ?」

「もう好きにやれよ」シルバーキーはうんざりと言った。それから言い直した。「あのな、自由にやれ。お前は若いし力もある、前途洋々だ。実際羨ましいよ。俺はダメだ」スパルトイは瞬きした。「……? とにかく辛気臭えオッサンだぜ。お前もそう思わねえか? ディム」ディミヌエンドは無視した。

 ニンジャ達が道を開けた。壇を下りながら、彼は心のなかで頭を掻いた。(今のは、ちとまずかったな)彷徨わせた彼の視線は桟敷席のダークニンジャとぶつかり合った。シルバーキーは咄嗟に目を逸らした。一度意識してしまうと、背中をずっと見られているように思えた。振り返る事はできなかった。


3

 ところどころ破砕し、蜘蛛糸や埃にまみれた巨大ステンドグラスのニンジャ神話絵図が、小休止を取る二人のニンジャを見下ろしていた。荒れ果てたこの礼拝堂跡にあって、彼らはいかにも頼りなく、打ちひしがれて見える。一人は両腕をサイバネ置換した男のニンジャ。もう一人は赤い装束の女ニンジャだ。

 サイバネ腕のニンジャ……即ちドモボーイは、携帯食料をボソボソと噛み、傍らの女ニンジャを盗み見る。女ニンジャはアグラ・メディテーションの最中だ。目を閉じ、深い呼吸を繰り返している。彼女こそがドラゴン・ニンジャ。平安時代に既にこの世に在り、今も在る、伝説的ニンジャその人なのだ。

「スウーッ……ハアーッ……」ドラゴン・ニンジャのアグラ呼吸は、ドモボーイの知らぬ風変わりなザゼンだった。その背からは寒空の下の焼け石じみた薄い煙が立ち昇り、深い一呼吸一呼吸が重なるほどに、彼女の内なる輝きが増していくかのように思われた。ドモボーイは落ち着かなげに周囲を見渡した。

 一介の新米ニンジャにすぎぬドモボーイが、ドラゴン・ニンジャの伝説的チャドー呼吸を知らぬのも無理はない。それでも、この呼吸がもたらす驚異的な治癒力の一端は、いやでもわかった。「その……ドラゴン・ニンジャ=サンよォ」ドモボーイは畏怖を振り払い、声をかけた。

「ギルドへの帰還手段を失いましたね?」ドラゴン・ニンジャは目を開いた。ドモボーイは狼狽えた。「そんな事は」「見ていれば、わかります」「なんていうか……城の構造がだな」「責めてはいません」ドラゴン・ニンジャはアグラを解き、立ち上がった。「この地は巨大で、そして、捻れています。天地の概念は薄れ、通路は乱れ、広間は重なり合う」「まあ、そうだよ」

「ですが、捻れているとはいえ、この城そのものの構造について、私は貴方よりも詳しい筈です」「何だよ? それじゃ、アンタが俺を案内したってよかったろ」「言うに事欠いて……」「だってよォ」「どちらにせよ、私も、まだあなたについてギルドへ向かうと決めたわけではありません」

 ユカノはニンジャステンドグラスを一瞥し、歩き出した。ドモボーイが慌てて続く。「そうなのか? 俺達はもうバディだろ。一緒に戦ったんだ。イクサを乗り越えた! お前がギルドに来りゃあ、俺はあるじから認められて、イサオシが……オイ! 逃げたら承知しねえ」「まあ」ドラゴン・ニンジャは苦笑する。

「何処に行く気だ。許さんぞ」「大人しく貴方に付き合っていても、同じ区域を堂々巡りするだけだとわかりました」「何だと」「望み通り、私が先導します」ドラゴン・ニンジャは振り返らず言った。「ついてらっしゃい」「ギルドがわかるのか」「ギルドは後です」「何だと」「聞き返すのをやめなさい」

「そんな事言ったってよォ」「ここからならば、ギルドよりも、あちらの方が近い」とドラゴン・ニンジャ。「実態を知る価値がある」「あちら? ……オイ、まさか!」ドモボーイは鼻白んだ。「サイカのアジトに行くッてのか? ふざけるな、俺はアンタを……」「イクサ自慢なのでしょう? その力を見せればよい」

「簡単に言うんじゃねえ! せっかくさっき追手を撒いたッてのに! 勇気と蛮勇は違うぞ! ミヤモト・マサシ曰く……」ドモボーイは足を速めるドラゴン・ニンジャを追う。「冗談です」彼女は呟いた。壁の隅で身を屈め、床の窪みに指を差し入れる。「正面から戦いを挑んでどうします」ガゴン……壁の奥で駆動音。

「オイ。何しやがった」「ここ数日、私は貴方がたやサイカとやらの追跡をやり過ごしながら、我が城の歪みの構造を調べていました。城内の仕掛けの中で、いまだ無事に動くものも」ゴリゴリと石臼めいた音が響き、突き当りの壁が沈み込んだ。奥には「松の木」とショドーされたノレン!

「何だと?」ドモボーイは息を呑んだ。ドラゴン・ニンジャはノレンを押し上げ、くぐり抜ける。「いわば隠し通路。有事に備え、こうした通路が設けられています」「アンタ、詳しいじゃねえかよ」「そのようですね」彼女は肩をすくめた。狭い通路の先、床に縦穴あり。鉄棒が真っ直ぐに降りている。

「畜生……オイ、是非ともアンタはギルドに連行しなきゃならンぜ」ドモボーイは呻いた。「こういうショートカットの情報はよォ……まだまだ完全じゃねえから……こういう通路を使えば奴らにアンブッシュが……」ドラゴン・ニンジャは鉄棒に掴まり、スルスルと降り始めた。「オイ! 下に何があるか」

「それを確かめるのです……」闇の下から声が返った。ドモボーイは舌打ちし、多少の躊躇の後、彼女に続いた。ドラゴン・ニンジャをむざむざ逃す訳にはいかぬ。そもそも彼自身、あまり先の事をくよくよ思い悩むたちでもないのだ。せいぜい彼女の知識を利用し、重大な情報を持ち帰り、イサオシだ!


◆◆◆


 シルバーキーはスパルトイの後ろ姿を憂鬱に見ながら、闇に浮かぶ階段を注意深く一段一段降りてゆく。朽ちた階段の幅はタタミ一枚分も無く、手摺も無い。下には見通せぬ闇が広がり、唸り声にも似た風の音が聴こえてくる。(どうなってやがるンだ、ここは)「何か?」すぐ後ろでディミヌエンドの声。

 シルバーキーは狼狽をこらえた。(さっさと進めッてんだろ? わかっているッての)振り向いて悪態をつくことができれば、どんなにか良いだろう。前方、スパルトイはどんどん階段を降り、闇の中に消えてゆく。隊長のミラーシェードは、もっとずっと先だ。(慣れてねェんだ! 俺は。慣れたくもねえし)

 彼が決してしんがりに置かれないのは、やはり用心からという事だろう。脱走を試みようとしたり、不審な行動を取ったりすれば、ディミヌエンドが動き、すぐさま首を刎ねるというわけだ。まずは信頼を勝ち得ねばならない。(こんな針のむしろじゃ、何もできやしない。なんて事してくれたんだ。キャプスタンといい、このエンブレイスといい)

 努力して少しでも速く降りようとしながら、シルバーキーは話しかけた。「この闇。浮かぶ階段。いかなる力によって、こうしたケオスが生み出されたか、考えを巡らす事はないか。ディミヌエンド=サン」「あまり」「うむ」シルバーキーは食い下がる。「あまり、という事は、多少はある。オヌシといえど」

「前へ」「ああ」降りながら、シルバーキーは続ける。「いや……いちいち驚いておっては、ギルドのイクサはつとまらぬ! 当然だ。だが、わかっておっても、私はなお、驚嘆の気持ちを禁じ得ぬよ。そもそも、こういう魔の領域には心底から慣れてはならぬ。たとえ、どれだけ長く留め置かれたとしても」

 ディミヌエンドが答えるまで長くかかった。無視を決め込まれたかとシルバーキーが考え始めた頃、彼女は言った。「確かなもの。それはギルド、ダークニンジャ=サン、そして、イクサでしょう」「それが危うい」シルバーキーは言った。「あ、いや、私は全く本調子でない。故に戯言も口にしてしまう」

「そのようですね」ディミヌエンドは呟いた。「貴方は御自身の疑いを晴らすためにすすんで参加されたという事、覚えておいでですね?」「左様」「あまりそういう話はなさらぬほうがよいですよ」「親切にどうも」シルバーキーは囁いた。「ア……つまり、私が間者ではないと、信じてくれるのだな?」

「間者ならば、もう少ししっかりしていると思いますね」「正直だな」シルバーキーは苦笑した。「いや、実際感謝する……」「何故あなたがそのようになったのか、考えています。エンブレイス=サン」「負傷だよ」シルバーキーは言った。「じきに調子を取り戻し、ギルドに貢献する」全てが、嘘だ。

 階段を降り切り、朽ちたカンノン扉をくぐると、そこは荒廃したタタミ広間だった。天井は高く、黒い墨で、牙を生やしたダルマのショドーが描かれている。広間中央には水の枯れたセントー。「フゥーム」シルバーキーは顎を擦った。先行のスパルトイとミラーシェードの姿は無い。「置いて行かれたか」

 ディミヌエンドは答えず、腰と背に帯びた短剣に手をかけ、カラテ警戒した。シルバーキーも同様にカラテを構えた。スターン! 呼応するかのように、四方のフスマが一斉に開け放たれた。四方から現れ、二人を取り囲んだのは、ナムサン……紛れも無し! サイカの軍団である!

「ドーモ。ディストーショナーです」進み出てオジギをしたのは、ひときわ尊大なアトモスフィアを放つニンジャだった。「のこのこ物見遊山に参ったか? ムーホン者どもめ。好奇心の代償に皮を剥いでくれような」他のニンジャ達も一斉にオジギをした。名乗りはない。シルバーキーは眉根を寄せる。

 多人数のイクサにおいて、必ずしも全員がアイサツをせねばならないという作法は無い。代表の者ないし数名がアイサツを行うことで、余の者に関しては免責される。古事記にも確かに書かれたルールだ。(だが、それとこれは、どうも事情が違うよな)シルバーキーは見渡した。

「ドーモ。エンブレイスです」「ディミヌエンドです」「既にこの区域はメイルシュトロム=サンの偉大なる支配のもと、我らサイカの領土よ! 何故ならオロバスとかいう弱体者を筆頭に、貴様らの先遣隊はカラテの餌食……ンンー? そこの女!」ディストーショナーがディミヌエンドを見た。「逃げてまた戻ったか? 恥知らずめ」

 ぎり、と奥歯を噛む音を、シルバーキーは聴いた。ディミヌエンドは短剣と円月刀を同時に抜き放つ。二刀流だ。「そうだ。恥を雪ぎに戻った!」「ムフフ……ならば今度こそ念入りにいたぶり尽くし、寸刻みにして本陣へ送り返してやる。重箱に詰めてな!」「出来ない相談だ!」シルバーキーが言った。

 手勢がジリジリと包囲を狭める。シルバーキーは拳を握り、開いた。啖呵を切っては見たものの、実際、この身体を得て初めてのイクサとなる。エンブレイスのカラテはどこまで助けになるだろう? そしてこのディストーショナーに率いられるニンジャ達……メンポと頭巾の隙間から除く不気味な瞳。彼は過去のイクサを想起する。

 そのもの同じではないにせよ、キョート城天守閣で相手をしたあの顔無きニンジャ達に酷似したアトモスフィアを、彼らは持っていた。あの場で経験した出来事と、この者達の間には、何らかの一致がある。半オヒガンでありながら、肉体を得ようとしている存在……恐らく、そうした者らがここに存在する事実は、シルバーキーのこの旅にとって僥倖なのだ。彼のニンジャ第六感はそう告げていた。

「かかれい!」ディストーショナーの命令一下、ニンジャ達は一斉に襲いかかった!「「「イヤーッ!」」」ディミヌエンドが斜めに飛び、刃が翻った。「イヤーッ!」「グワーッ!」「アバーッ!」二刀それぞれ敵ニンジャの首を裂く! ナムアミダブツ!「イヤーッ!」別の一人がシルバーキーをめがける!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」繰り出されたヤリめいたサイドキックを、シルバーキーはクロス腕で受けた。「イヤーッ!」後ずさった彼のもとへ他のニンジャ達が殺到する!「イヤーッ!」シルバーキーは殴りつける。「グワーッ!」必死だ!「イヤーッ!」「グワーッ!」殴られるシルバーキー!

「イヤーッ!」「グワーッ!」シルバーキーを殴ったニンジャの首が飛んだ! ディミヌエンドだ。「イヤーッ!」さらに後ろ回し蹴りでニンジャ達を吹き飛ばし、二刀をクルクルと回して威嚇する!「すまねえ……すまん」シルバーキーは呻いた。「じきにもう少し働く事ができようが……」

 ザリザリザリ……奇怪なノイズを放ちながら、ディミヌエンドの眼前にディストーショナーが出現した。ハヤイ! 一瞬前には包囲網の後尾で傍観していた筈。いかなるジツか?「イヤーッ!」「ンアーッ!」ディストーショナーは強烈なチョップをディミヌエンドに叩きこむ。防御が間に合わぬ!

 膝をついてこらえるディミヌエンドの顔面を、ディストーショナーの蹴りが襲う。蹴りの軌跡にはささくれだったような独特の残像が残る! ディミヌエンドは咄嗟に円月刀でこれを受けようとした。蹴りが円月刀を捉えると、フシギ! 刀身にささくれが移り、一瞬後にはボロボロに劣化崩壊させてしまった!

「ンアーッ!」蹴りを受けたディミヌエンドが吹き飛ぶ! それを受け止めるニンジャの一人! 羽交い締めだ!「皮を剥ぐというのは比喩ではない。実際やるのだ」ディストーショナーがディミヌエンドに勝ち誇り、片手を上げる。その手の指紋部分がザリザリとささくれ、奇怪に渦巻いている。「ヒズミ・ジツ! 化粧をしてやる」

「ヤメローッ!」シルバーキーは複数のニンジャによってうつ伏せに押さえつけられ、目を血走らせて、惨劇を阻止しようと思考を巡らせる。(こいつら……こいつらのニューロンを、クソッ)ユメミル・ジツだ。(いけるか?)ジツを用いれば、彼の立場は後々悪化するやもしれぬ。だが他に手は無し!

「イヤーッ!」彼の意識は白く吹き飛んだ。


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 01001001……残滓……ニューロンに残るエンブレイスの……010100100001……水晶のショウジ戸0100101エンブレイスは手を当て、驚嘆に01000010111手の平ほどのサイズの立方体は台座の上010001


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「グワーッ!?」「……!?」シルバーキーは息を呑んだ。ディストーショナーの身体がのけぞった。違う。それはシルバーキーのジツよりも早かった。ディストーショナーの背中にぴったりと身を添わせた存在。バチバチと電気ノイズが閃き、暗殺ニンジャのステルスが解けた。刃はディストーショナーの心臓を後ろから貫いていた。

「アバッ!? アバーッ!?」ディストーショナーは痙攣し身悶えする。KRAAAASH! その瞬間、天井の牙ダルマショドーが張り裂け、辮髪のニンジャが敵らしきニンジャと共に落下してきた。「イイイヤアーッ!」彼は手にしたヘビ・ナギナタでそのニンジャをタタミに垂直に突き刺し、着地した。

「サヨナラ!」ディストーショナーが爆発四散!「サヨナラ!」タタミに突き刺さったニンジャが爆発四散!「イヤーッ!」ディミヌエンドは羽交い絞めニンジャを一瞬の隙を着いて投げ飛ばし、頭部を踏み抜く!「アバーッ! サヨナラ!」「イヤーッ!」襲いかかる包囲ニンジャに応戦!

「イヤーッ!」「アバーッ!?」辮髪のニンジャ、即ちスパルトイが邪悪なアフリカ投げナイフめいたスリケンを二枚投擲すると、それらは狙い過たずシルバーキーを押さえつけたニンジャ達の頭部をメロンめいて断ち割った。「「サヨナラ!」」シルバーキーは頭を振って立ち上がる。「どうなって……」

「イヤーッ!」「グワーッ!」スパルトイはクリスナイフで手近のニンジャを切り裂く!「ディム! どうだァ? こうやってテメェらを餌に、一網打尽ッてなァー!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」おお、そしてステルスのニンジャ、ミラーシェードの鬼神めいたカラテよ!

「オオ……オロロロ……」「オオロロロ……」生き残りの敵ニンジャ達はタタミに這いつくばり、這々の体で壊走する。その逃げ足は影めいて速い! ディミヌエンドは息を吐き、短剣を鞘に戻した。(餌だと……?)シルバーキーは呟いた。しかしディミヌエンドは平然としている。冷徹なイクサの世界か。

「無事か。エンブレイス=サン」ミラーシェードがシルバーキーを見た。シルバーキーは凝視を避けるように深々とオジギをした。「無事です。しかし残念ながら我がカラテの見せ所の乏しさ。情けなきは病み上がりの身体! しかし次の戦闘においては必ずや……」「ヘッ!」スパルトイが短く笑った。


◆◆◆


 四つん這いになったドラゴン・ニンジャは、同様に闇の中を這ってくるドモボーイを見やり、身振りで促した。彼らは鴨居越しに下の広間を見下ろした。洞窟めいたドーム状の広間。積み上げられたタタミと、その背後に張り渡された巨大な緞帳……「災禍忍軍サイカ」の漢字ショドーだ! 

「……!」ドモボーイは目を丸くし、それからドラゴン・ニンジャと顔を見合わせた。彼らは積み上げられたタタミの上にアグラしているニンジャ存在を見た。「まさかあれが」「……」ドラゴン・ニンジャは指を立て、黙らせた。充分に離れているが、用心が要る。 

 畳の上のニンジャに向かって、複数のニンジャ達が跪いている。そこにはヴァストバルクの巨体もあった。では、やはり、この者らを統べるあのニンジャは……。「何だ……?」ドモボーイは目を眇めた。畳の上のニンジャに焦点を合わせようとする。ぼんやりと霞んで見えたからだ。

 しかし、違った。霞んでいるのではなかった。ニンジャの肌は泡立って見えた。なにか不定形のようにも思えた。「何だありゃ……わからねえ」ドモボーイは呟いた。「わからねえ……霧……泥……?」否。……否。010101001……それはバイナリーノイズである。メイルシュトロームである!


4

「感ジる。嫌なさサくれだ」タタミ上の不明瞭なニンジャは、ひどく聞き取り辛い声を発した。「竜だ。邪悪ナ、このまシくないもノだ」「は」かしずくニンジャ達は跪き、両手を額の前で合わせている。恭順の姿勢である。「ドラゴン・ニンジャ……かの者の帰還がこのイクサにいかなる影響を及ぼすか」

「蝿一匹……主敵は変わらヌ。だガ、ニンジャ六騎士を侮ルなかレ」不明瞭なニンジャは01ノイズに泡立つ指で、発言者を指さした。「いクさに慣れてオるゆえに」「必ず捕らえ、持ち帰ってみせましょう」発言者が目を光らせた。

 その、遙か上の天井付近。格子の奥でドモボーイが囁いた。「あいつが、ナヤミだ」

 彼はニンジャ軍団の幹部とおぼしき者らを上から確認していった。「ナヤミ、ペイルシャーク、ライノハイド……デカイのはヴァストバルク……あいつはホワイトノイズか……?」「では、あの首領らしき者が」「メイルシュトロムだ。間違いねえよ」ドモボーイは武者震いした。「この目で見るのは初めてだ……」

「すべて、かつてシャドーギルドにいたニンジャですか」ドラゴン・ニンジャが尋ねた。「さあな。そうじゃねえか?」とドモボーイ。「面識のねえ奴もいるさ。だが手配目録に書いてある通りの装束だしよ」「あのようなオバケじみた者に従うほどに、現在のギルドを拒むと?」

「それだけアホなんだろ」ドモボーイは軽蔑をあらわにした。「組織に寄りかかって、ガイオンの甘い汁を吸ってやがってよォ……楽して、下のニンジャや非ニンジャを顎で使ってりゃ、それでよかった連中だ。イサオシの何たるかを知らねえクソどもだぜ。奴らは変化が怖いんだ……ヤケクソなんだよ」

「それだけでしょうか? 貴方の考えはシンプルですが……」ドラゴン・ニンジャは眉根を寄せた。「仮に当初はそうだったとしても……」「最初にデカいイクサがあったんだ」ドモボーイが説明した。「あるじの軍……つまり今のギルドよりも、連中のほうが、ずっと数が多かった。それをブチ破ったんだぜ」

「その時から、あのメイルシュトロムが頭目?」ドラゴン・ニンジャは尋ねたが、答えはわかっているようだった。ドモボーイは首を振った。「違う」「でしょうね」「イクサを繰り返すうち、奴らは散り散りよ。それが、最近になって妙に粘り始めてよ」「それが、メイルシュトロムの出現……」

「アンタ、すげぇニンジャなんだろ、神話でよ……」ドモボーイがドラゴン・ニンジャを見た。彼女は微笑した。「まあ。"すげぇニンジャ" ですか」「あのメイルシュトロムは、何なんだ? わかるのか? ああいうジツなのか? 平安時代にいたのか?」「私の記憶にはありませんね」

「アンタにもわからねえのか」「そのような事もあります」ドラゴン・ニンジャは己の記憶にまつわる言及を避けた。「あの者の正体には幾らか手がかりはあります。どちらにせよ、あれに従う者たちは本意では無い筈。流されるうちにああして状況に絡め取られたさまは、哀れでもある。同情はしませんが」

「手がかりだと?」「ゲニン達です」ドラゴン・ニンジャは格子に顔を近づけた。幹部ニンジャ達を遠巻きにするように、影めいたニンジャ群衆がドゲザしている。ドモボーイは鼻を鳴らした。「あいつらは、どこから湧いてきたかもわからねえ奴らだ。どっちにせよ雑魚どもだぜ」「シッ」ドラゴン・ニンジャが遮った。

 眼下の広間で次に発言したニンジャは、ホワイトノイズ。「イクサの機は我らにあり。かの者がもたらした情報はいまだ不完全ではあるが、標的は明確となりました」「然リだ」メイルシュトロムが認めた。ペイルシャークは低く笑い、引き継いだ。「なんとしてもジュエルを……グワーッ!?」

 ペイルシャークの身体が数インチ浮き上がった。「グワーッ!」ナヤミがそちらへ手をかざし、力を込めている。「壁に耳あり! 軽々しく口に出すべからず」彼はジゴクめいて警告した。ペイルシャークが呻いた。「すまぬ……許せナヤミ=サン」「ほドほどニしテおけ」メイルシュトロムが命じると、ナヤミは彼を解放した。

「ウカツは許されない……我々の悲願なのだ」ナヤミはメイルシュトロムに向き直った。「我が心中をご理解いただきたいとまでは申さぬが」「否、いナ」メイルシュトロムは首を振った。「目的ハ同じゾ。そチらを十二分に信頼しテおル」「幸せです!」ナヤミがオジギした。他の者もだ。「是非に!」

 その時である。「オロロロ……ロロ」消え入るような呻き声が壁に反響し、ゲニンの列が割れた。這いずってくるゲニンを、メイルシュトロムは見た。彼が片手を翳すと、死にかけたそのゲニンは何らかの情報を伝達したのち、息絶えた。「侵入者あリ!」メイルシュトロムの言葉に、幹部達が一斉に顔を上げた。「ムーホン者か!」

「ヤバイ! バレたんだ!」ドモボーイが泡を食ってドラゴン・ニンジャの肩を掴み、格子から引き離した。「ズラからねえと!」「私達とは別の者では?」ドラゴン・ニンジャが言った。「ギルドの者達が更なる偵察部隊を送り込んだとは考えられませんか」「そいつらに反応したッてのか? ……そうか?」

 だが、次に動いたのはホワイトノイズ。懐から奇妙な杖を取り出し、床を打った。コォーン……揺れる音の波が広間を洗った。それは格子を越えて二人の潜むダクトめいた通路にも入り込んだ。ドラゴン・ニンジャは眉根を寄せた。ドモボーイは言った。「なら情報収集を続けようぜ」「クセモノダー!」

「ジツです! やはり離れましょう!」ドラゴン・ニンジャがドモボーイを急がせた。「おそらく今の敵のジツによって、私達の事も結果的に知られてしまった……!」「俺が正しかったッて事じゃねえか? ズラかるぜ!」「そうです、それでいいですから」ドラゴン・ニンジャは争わなかった。「前へ!」

 ダクトめいた通路から這い出した二人は、曲がりくねった回廊を駆けた。「クソッ! もう少し奴らの計画を……ジュエルとか言っていたよな。何だ?」走りながらドモボーイが呟く。「”かの者がもたらした情報” がどうとか。誰が奴らに情報を持ってくるッてんだ?」胸中に漠然とした疑念が湧き始める。

「ザイバツに内通者ありという事でしょう。イサオシとやらも一枚岩ではないのですね」ドラゴン・ニンジャが推察し、疑念を具体化した。「うるせえ!」ドモボーイが不意に立ち止まり、壁を殴った。「まだ確かめたわけじゃねえ……そんな事あってたまるかよ。俺達はなァ!」「イヤーッ!」前方の闇からニンジャが回転ジャンプエントリー!

「キヒィヒヒヒ! ドーモ。ポイズンフィストです」出現ニンジャはいやらしくオジギをした。「やはりドラゴン・ニンジャだ。キヒヒヒ、一番乗り……俺は素早く、足が速いんでなァー!」「ドーモ。ドモボーイです」ドモボーイはオジギを返した。「テメェは逃げ足が速いんだ。ケムリダマ野郎」

「おや? 誰かと思えば、存在感がなさすぎて視界に入らなかったわい、キヒヒ……」ポイズンフィストは大げさな身振りで手をひさしにし、ドモボーイを見た。「そこで死んでおれィ。イヤーッ!」ポイズンフィストは毒クナイを二本投擲!「イヤーッ!」ドモボーイは側転回避! そこへ三本目の毒クナイ!

「キエーッ!」横からのインターラプト・ケリが毒クナイを弾き飛ばす! クナイはクルクルと回転しながら撥ね、壁に突き刺さった。「ドーモ。ドラゴン・ニンジャです」ドラゴン・ニンジャがアイサツした。「イヤーッ!」ポイズンフィストはバック転で間合いを取る。「早くもムーホン者に取り入ったか?」

「ただの成り行きです」ドラゴン・ニンジャは言下に否定した。「取り入るも何も、ここは私の城ですよ」「フン……古代ニンジャとは言いも言うたり。俺はかつて貴様を見ておるぞ。所詮、あのとき鎖に繋がれ震えておった小娘風情よ!」ポイズンフィストの両手から紫色の毒液がしたたり、手にしたクナイを即座に毒化した。「調子に乗っておるわ!」

「イヤーッ!」そこへ殴りかかるドモボーイ!「キヒィー!」ポイズンフィストは強烈なボディブローを、身をくねらせて回避!「イヤーッ!」「キヒィー!」回し蹴りを回避! そして背中を向けながら両手をバンザイさせ、風変わりなチョップ突きを繰り出す!「イヤーッ!」

「イヤーッ!」ドモボーイは腕をクロスし、これを受ける!「キハハハ、バカめが!」ポイズンフィストは哄笑した。「俺様のドク・ジツは触れた相手を即座に毒化し、ニンジャ新陳代謝との相乗効果で実に死亡まで10秒足らずよ! 毒壺チョップ修行の賜物なり!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 ドモボーイの右パンチがポイズンフィストを捉える!「イヤーッ!」「グワーッ!」左パンチ! ポイズンフィストは身をくねらせ、悶えながら間合いを取る。ドモボーイがドラゴン・ニンジャを振り返った。「アンタ、ここは離れてろや。見ての通り、俺の両腕はサイバネだからよ……効きやしねえよ!」

「やれやれ、サイバネ者は面倒が二乗」ポイズンフィストは首をボキボキと鳴らした。「これでは増援が来てしまい、手柄が半分ぞ。急いで両目をえぐりだし、そこから毒を流して殺すとしようのォー!」「死ぬのはテメェだ。今度は逃さねえ」ドモボーイの目が闘志と殺意にギラリと輝く!「イヤーッ!」

「イヤーッ!」ポイズンフィストはドモボーイのパンチをとって背後へ投げ飛ばした。タツジン!「グワーッ!」ドモボーイは空中でバランスを取り、受け身に備える。そこへ回廊の奥から新たな敵ニンジャが出現!「ポイズンフィスト=サン!? ホホーッ! ドラゴン・ニンジャ! 抜け駆け、グワーッ!?」

「悪いな、俺の存在感が……」ドモボーイは新手ニンジャの顔面を両足で踏みしめ、身体をバネじみて縮めた。そして全力で蹴って跳んだ!「無くってよォ! イヤーッ!」「グワーッ!」キャノンボール・ケリ! 新手ニンジャを吹き飛ばし、トライアングル・リープの足場としながら、ドモボーイは再びポイズンフィストを襲撃!

「ドラゴン・ニンジャ=サン! 獲ったり!」ポイズンフィストはドラゴン・ニンジャに掴みかかり、毒化したのち適度に解毒した上で拉致するシーケンスをニューロン内に反復させながら、両手チョップを繰り出した。「イヤーッ!」「イヤーッ!」ドラゴン・ニンジャは彼の両上腕を掴んで押し留める。

「キヒィー! 貴様を」「イヤーッ!」その背後! ドモボーイは空中でコマめいて回転、後頭部に強烈な回し蹴りを繰り出した! ポイズンフィストは瞬時に攻撃を察知、上体を捻って回避しようとこころみた。「イヤーッ!」ドラゴン・ニンジャが掴む力を強め、それを阻止した。「ヤメ……」「イヤーッ!」

「アバーッ!?」ドモボーイの蹴りが後頭部に直撃! その首180度回転!「アババッ!」ポイズンフィストは強烈なダメージに耐えようと藻掻く。その眼前、ドラゴン・ニンジャがコマめいて回転!「キエーッ!」裏拳が飛び出した!「アバーッ!」首が180度回転! 計360度! 切断!「サヨナラ!」

「死におったわ、ポイズンフィスト=サンめ」ドモボーイの蹴りを受けた新手ニンジャは後続のニンジャ達を促し、カラテを構え直す。「口ほどにもない奴であった。貴様ら弱体者どもに遅れを取るとは」「ドーモ。ドモボーイです」ドモボーイが先んじてアイサツした。「お前も遅れを取ってるんだぜ」

「ドーモ。ドモボーイ=サン。そしてドラゴン・ニンジャ=サン。サイズマスターです」新手ニンジャは顎を掴み、首をボキボキと鳴らした。「言わば言え。俺は抜け駆けの趣味はないのでな」彼は背後を示した。ざわざわと湧き現れたのは、意志や個性の感じ取れぬ奇怪なゲニン達である。

「来やがったな」ドモボーイはドラゴン・ニンジャと並び立った。ドラゴン・ニンジャは通路いっぱいに展開したゲニン達から、天守閣のあのイクサを想起した。サイズマスターが片手を翳すと、そこにカラテ粒子が凝固し、超自然の大鎌が生じた。彼は凶悪奇怪な武器を頭上で振り回した。「かかれ!」

「イヤーッ!」「イヤッ! イヤーッ!」「イヤーッ!」ゲニン達が雪崩を打って襲いかかる! ドモボーイは拳を固め、ドラゴン・ニンジャは連続攻撃の準備動作に入る。これほどの数をまともに相手にするわけにはゆかぬ。強行突破だ。二者は互いに目配せした。そして跳んだ。「イヤーッ!」


◆◆◆


 そこは床があらかた崩れ去り、深い闇に落ち込んで、城内でありながら、まるで切り立った崖のようになった地点だった。ディミヌエンドが崖の先端部付近に歩き、床にいまだ残る黒い染みに屈みこんだ。スパルトイは崖下の闇を見下ろした。「底には何があるんだかな。オヒガンか?」

 シルバーキーもまた、スパルトイと同様に闇を見下ろし、落ち着かぬ気分になった。スパルトイの言葉は比喩でも冗談でもあったろうが、そう遠い憶測でも無いのだ。彼はコトダマ空間のあの無慈悲な狩人が、無尽蔵に分身しながら闇の底を這い上がってくる光景を幻視しかかり、強いて振り払った。

「オイ! くだらねえセンチメントを俺に見せるんじゃねえよ、ディム」不意にスパルトイが咎めた。「俺のカラテにケチがつく」視線の先、ディミヌエンドが黒い染みの傍に石塊を数個、積み上げていた。染みはブルコラクの爆発四散痕であろう。「ナムアミダブツ」ディミヌエンドは呟いた。 

 ブルコラクの斥候隊は最終的にこの崖へ追い詰められ、壊滅した。「どちらにせよ俺ならもっと上手くやれた。テメェよりもな、ディム」スパルトイは言った。「ドモボーイの野郎も弔ってやれ。どうせ死んでやがるさ」「この目で見ていない」ディミヌエンドは首を振った。

 スパルトイは鼻を鳴らす。「お優しいこった! サンシタごときによ」「ブルコラク=サンが死に、私は包囲を破って、走った。ドモボーイ=サンは……」「少なくともここではない」ミラーシェードは確認を終えた。「痕跡が無い」「なら、決まってる」スパルトイは闇に向かって親指を下向けた。「落下死。不名誉の極みですぜ」

「ここから落ちれば普通はそうなる。普通の場所ならな」シルバーキーは呟いた。他の三人が彼を凝視した。シルバーキーは言葉を選びながら続けた。「だがここは狭間に浮かぶキョート城……捻れたケオスの塊だ」「アンタも落ちたいッてなら、」「……」ミラーシェードは片手を上げてスパルトイを黙らせる。

「我々の任務はサイカの本陣の位置を特定し、後続の部隊をメイルシュトロムの喉元へ導くことにある」ミラーシェードは言った。「続けろ。エンブレイス=サン」シルバーキーは咳払いをした。「つまり、この下が、もし、城の果て、外のオヒガンと繋がる断崖ではないとすれば、その……」他の者を見渡した。

「飛んで確かめて、死ぬか生きるか」スパルトイが冷たく言った。「簡単だな。誰がやる? 俺は御免だね。俺の喪失、即ちギルドにとっては大損失だぜ。ディムも駄目だ」「ロープは?」とディミヌエンド。スパルトイは崖を指さして嫌味を言った。「頭イイじゃねえか。あの辺りまで降りられる。やったぜ。そこからダイブだ」

「スパルトイ=サンの言う通り、無謀に過ぎる」ミラーシェードが結論づけた。「ここまでの通路はあらかた虱潰しにした。今一度……」シルバーキーは彼らの会話を遠くに聞いていた。(つまり、こいつらは追ってこねえだろうな)彼は深く息を吸い、吐いた。(そりゃそうだ。俺も絶対やりたくねえ)

 彼はこめかみに指を当て、深呼吸を繰り返した。(畜生……でも、この下に、実在を……生存を感じ取れちまってるって事はよ……平気なんだよ。多分。平気なんだ。スパルトイ=サンよォ、お前が正しい。正しい筈なんだ本来。クソッ……ふざけた決断だ! やめるなら今だ)彼はもう一度三人を見やった。

 彼らのガードは固い。これまでも、隙を見て逃走する機会すらなかった。そうこうするうち、いずれメイルシュトロムのニンジャ達との戦端が開かれ、本隊が到着し、極めて危険な状況となろう。ユカノと合流するなど夢のまた夢になってしまう! 彼はこめかみの指を痛いほどに捻った。彼は感じ取れてしまっている。

 馴染み深いニンジャソウル。そして、ニューロンに刻まれた、覚醒直後の情景……印象深かったニンジャソウル。初対面ではないニンジャソウルが少なくとも2つ、崖下に。ユカノとドモボーイだ。崖から落ちたという後者が健在ならば、残念ながら答えは一つだ。(ままよ! キヨミズ!)

 シルバーキーは両手をひろげ、虚空に一歩踏み出した。ディミヌエンドが振り返り、最初に気づいた。彼女は驚愕に目を見開いた。シルバーキーは爽快感に似た感覚を味わった。(お前らのペースにいつまでも合わせちゃいられねえんだ!)彼は落ちていった。闇が彼を呑み込み、意識は閉ざされた。


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「な……」スパルトイが崖のふちへ駆け寄り、エンブレイスが落下した闇に屈み込んだ。「なにやってやがンだ?」顔を上げてディミヌエンドを見た。「オイ! どうなってやがる、あいつ……マジでイカレたかよ」ディミヌエンドは否定できなかった。「死にかけてから、ずっとおかしかった」

「間者だッて事がいよいよ確定するのを恐れて、自害の機会を伺ってたかよ」スパルトイは低く言った。「テメェの責任だぜ、ディム」ディミヌエンドはスパルトイに何か言おうとしたが、とりやめた。「後にしよう」彼女は二刀を構え、向き直った。「しょうがねえ」スパルトイは同意。並び立った。

 崖のふちは既に包囲されていた。ディミヌエンドはデジャヴめいた感覚をおぼえる。包囲敵の先頭に立つニンジャが代表的にオジキした。「ドーモ。ペイルシャークです」一秒後、影めいて付き従うゲニン達が一斉にオジキした。ドオオオン! 包囲の後列で、邪悪なスモトリがイクサ太鼓を打ち鳴らした。


◆◆◆


 0100111っておるのか」「俺にはわかるのだ!」「声が大きいぞ」「イサオシ? なんと耳あたりの良い言葉よ」「黙れ」「我らの……否! あの者のイクサの行き着く果て010110「喋りすぎだ。お前の寝言として流してやる」「なあ。俺は思うんだよ……奴は……きっと誰をも01010100


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 シルバーキーが身を起こすと、身体に被さっていた細かな石くれが、パラパラと音を立てて床に散った。頭上には無限めいた闇。ここは落下の果て、地の底……。

「へへへ……見ろよ」彼は怪我の無いことを確かめ、立ち上がった。「賭けに勝ったぜ。こんな風に命をチップにするのは最後にしてえけど」落下の感覚はあまりに長く、闇の中に静止しているかのように錯覚もした。そのおぼつかなさを思い起こそうとするだけで、得体の知れぬ怖気に襲われた。だが、この城の歪みとやらの恩恵、まさに空中に静止しながら降りるが如く、こうして地の底に無傷で辿り着いたのだ。

 それから不意に気がつき、鼻を拭った。血だ。嫌な痛みがニューロンを苛んでいる。夢を見た筈だ。それは会話だった。誰の会話だ? 痛みが増した。彼は顔をしかめ、こめかみを押さえた。「……誰だ?」彼は気配に振り返った。

 薄ぼんやりと光る背中が遠ざかろうとする。「オイ……」シルバーキーは反射的に後を追った。一瞬、思い留まり、瓦礫の散らばる周囲を見渡したが、結局彼はその者に続いた。「待ってくれ。ここは……」だが、光る影はシルバーキーに気づいていないようだ。走り、立ち止まり、壁に手をやり、歩く。

 やがて彼らはひび割れた壁を前にしていた。まるで気づかれる様子が無いので、今やシルバーキーはタタミ数枚程度しか距離を取っていなかった。その者は間違いなくニンジャだった。その背格好をよく確かめようと目を細めるが、落下中のまどろみが残っているのか、焦点がどうにも合わせづらい。

 その者は時折、頭上の闇を見上げた。シルバーキーがやったように。不安げだった。彼もまたこの地点に迷い込んだのだろうか。崖から落下したのだろうか。あるいは、別のルートから辿り着いたのか。目の前で彼は何度も壁を行ったり来たりしていた。それはパントマイム・パフォーマンスじみてもいた。シルバーキーは見守った。

 やがてその者の指先は、壁のひびの奥にある何かを捉えた。その者はびくりと身を震わせ、後ずさった。シルバーキーが怪訝に見守るうち、その者は逡巡したのちに、まっすぐ、壁に向かって歩き出したのだ。そして壁の中に消えた。「オイ!」シルバーキーは目を見開いた。「何だってんだ?」

 オオオオ……頭上では唸る風の音が亡霊めいて、シルバーキーの心を乱した。彼は壁に近づいた。そして影が触れていた壁のひびに、自らも指を差し入れた。確かな感触があった。彼はそれを押し込んだ。ガゴン……「オッ」シルバーキーは後ずさる。まるでさっきの影と同じだ。苦笑しかかり、凍りつく。

 ひび割れのすぐ横の壁に長方形の切れ込みが生じ、シャッターじみて、上へせり上がっていった。隠された扉が開いたのだ……ちょうど、影が消えていったあたりの壁のところに。「つまりだ。つまりこれは……」シルバーキーはブツブツと呟きながら、秘密の戸口をくぐる。

 壁の中は両手が広げられぬ程の狭い通路だった。やがてそれは急な階段に変わった。シルバーキーは両手を壁に当て、支えながら、階段を昇って行った。単調な道ゆきに、彼は先程の落下に似た感覚をおぼえ始める。やがて前方に踊り場が見えた。先程の光る影は踊り場にある戸口に消えた。「待ってくれ」

 シルバーキーは戸口の中へ進んだ。黒塗りの壁の廊下。ここは捻じれた空間だ。まるで彼がかつて生業としていた夢治療のようでもある。だがこれは似て非なるものだ。この地はローカルコトダマ空間ではない。キョート城、オヒガン……彼は追いついた。開け放たれたフスマの先に影は立っていた。

 そこは茶室程の大きさの部屋だった。その先はショウジ戸に隔てられている。光る影はそこで立ち尽くしている。水晶のショウジ戸を前に。「……」シルバーキーは横に並んだ。影を見た。やはりだ。キョート城へ潜り込んで以来、鏡越しに見る顔だ。彼は思わず呟く。「あんた、エンブレイス=サンだ」

 エンブレイスの輪郭が歪み、消えた。シルバーキーは認識がぐらぐらと揺らぐ不気味さに、思わずよろめいた。離人症めいていた。彼が見、追ってきたのは、彼自身の記憶なのだ。否、彼自身? 違う、彼、すなわちエンブレイス……記憶、「シルバーキー。シルバーキー。俺は……」彼はブツブツと呟いた。

 シルバーキーは鼻血を拭い、踏みとどまる。エンブレイスのビジョンは消えたが、この茶室は残った。水晶のショウジ戸も。ショウジ戸に隔てられた先には台座があった。その上に100101エンブレイスは手を当て、驚嘆に0100101シルバーキーはショウジ戸に手を当て、台座の上のものを見る。

 台座の上に、変わらず、それはあった。手のひらほどのサイズの立方体は、台座から数インチ浮き上がった状態で静止していた。それが、エンブレイスが偶然に見出したもの……恐るべき密度をもって、この茶室を、踊り場を、階段を定義したもの……力あるジュエルの姿だった!

「グワーッ!」シルバーキーは強烈な動悸にうめき声をあげた。水晶のショウジ戸越しに、ジュエルがシルバーキーに向かってなんらかの呼びかけを行っているのだ。シルバーキーは心を閉ざそうとした。両目から血が流れ出した。彼の感応力に、このジュエルの力は、強すぎる!「グワーッ!」

 0101エンブレイスはかつてこの場所を偶然見出し010取扱う事あたわず帰還したが10001「グワーッ!」シルバーキーは己の頭を拳で殴りつけた。「ハァーッ! ハァーッ!」息を荒げ、水晶に頭を打ち付けた。幸か不幸か。その瞬間の感覚の鋭敏化が、室内に潜むもう一人の存在を感知せしめた。

「イヤーッ!」反射的に彼は振り向き、その方向にスリケンを投擲した。ピシリと音を立て、その者は人差し指と中指でスリケンを挟み取った。チリチリと装束がノイズを走らせ、その者がステルスを解いて姿を現した。「ミラー……ミラーシェード……サン」シルバーキーは呻いた。「尾けていた……?」

「その通りだ」ミラーシェードはスリケンを指の力で折り曲げ、捨てた。「これがお前の秘密か。エンブレイス=サン」ミラーシェードはかすかに横へずれ、シルバーキーの退路を塞いだ。「いや……お前はエンブレイス=サンではないのか?」油断なき目が光った。「……シルバーキーとは?」

「そんな事を言い……言いましたか?」シルバーキーは息を荒げながら、笑みを作ろうとした。「お戯れを。それともお疲れか、ミラーシェード=サン。その名は? 何者です? 私は先程、意識朦朧となって滑落し……道に迷い、必死で帰路を探しておった次第」「成る程」ミラーシェードが一歩進み出た。

 シルバーキーの背が、冷たい水晶ショウジ戸に触れた。彼は後ろに手を回し、ショウジ戸を探る。開かない。(そうだろうと思ったぜ)彼は歯噛みした。どのみち、ショウジ戸の先にも台座の間があるきりだ。退路はミラーシェードの先にしかないのだ。彼はヤバレカバレの覚悟を決める。 

「よしてくだされ。私はただ、」「イヤーッ!」「グワーッ!」ミラーシェードの拳が霞み、シルバーキーの腹部を打ち据えた。シルバーキーは会話を引き延ばしながら斜め前へ飛び出そうとしていたのだが、爪先の重心移動が既に悟られていたかたちだ。拳と水晶ショウジ戸に挟まれ、彼は嘔吐を堪える。

「ゲボッ……また尋問……ですか……畜生……」「お前は今この時、己の名誉と命を賭けた重大な綱渡りをしていると知れ」ミラーシェードは注意深く半歩離れ、再びカラテを構えた。シルバーキーは心中で舌打ちした。(畜生、接触の機会があればまだしも……こいつ警戒してやがるか……?)

「この場所の何を知る? キャプスタン=サンと、いかなるはかりごとを巡らせておったか? そして、シルバーキーの名」ミラーシェードは言葉を切った。「かつて聞いた名だ」ドクン! その時である。シルバーキーの心臓が強く打った。そして瞬間的な極度の頭痛!「アバーッ!?」彼は叫び、痙攣した。

 ミラーシェードはシルバーキーを助けない。カラテ警戒を崩さず、地面に倒れ込んだシルバーキーを睨んでいた。ドクン! ドクン!「アバーッ! アバーッ!?」ドクン!「ヤメロ! ヤメテクレ!」シルバーキーは虚しく叫んだ。視界が白く吹き飛び、ミラーシェードすらも失せ、後ろに、脈打つジュエル! 

「ヤメテ」シルバーキーの意識は途絶……否、それすらも許されない。頭蓋を穿孔され、直にLANケーブルを突き刺されたかのような苦痛! 彼は己の身に起こっている出来事を訝しんだが、痛みがすぐにそれすらも流し去る。ドクン! シルバーキーのニューロンにキョート城の全構造が浮かび、消えた。

 (((茶番を止めろ!))) ミラーシェードの声が遠い。(((いかにしてこの場所を見出した! メイルシュトロムらに何を01011101101101シルバーキーは堪えた。何に堪えているのかもわからぬ。ただ、堪えた。立方体0101101ジュエルが元凶だ。あれがシルバーキーに激烈なエフェクトをもたらしている!

 シルバーキーは滂沱として血と涙を流しながら、立方体を知ろうとした。立方体を。ジュエルを……それはあまりにも密度が高く……シルバーキーは極度にブーストされた認識能力でジュエルを知ろうとする……0と1の集積物……あまりにも密度が高いゆえ、質量を101110「グワーッ!」

 瞬きひとつにも満たない時間のうちに、キョート城が、オヒガンが、世界が! シルバーキーのニューロンに展開され、全てが流れ去った! 彼がそれらを記憶のうちに留めることは許されなかった。だが、死んだエンブレイスの記憶が……今なお消えずに残っていた残滓が……再構築され、目の前に現れた。


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「ハァーッ……ハァーッ……」エンブレイスは敵ニンジャのピットクロウラーを仕留め損ね、追い続ける中でやがてその姿を見失い、最終的に深淵に迷い込んだ。彼は巨大な壁を見出した。疲れ果て、時間の感覚も消失したなか、彼は壁に手をつき、帰路を求めた。亀裂に触れた手が偶然に仕掛けを見出す。

 開いた入り口の奥には階段があり、その先に踊り場01001011を見たと?」「そうだ。だが、持ち帰ることはかなわなかった。ショウジ戸を壊すことも」「成る程……それはしかし……重大事だぞ」エンブレイスの言葉を、キャプスタンは真摯に聞いていた。「隠匿されていたレリックが城内に」

「然り……奇妙な……まるで夢の中のようでもあったが、うつつの出来事だ」エンブレイスは言った。「信じてくれるか」「勿論だとも……うつつ、か」キャプスタンは苦笑した。「そも、今この地に留め置かれた我々は、果たして、うつつの存在と言えようか。まことの存在と?」彼の目は憔悴していた。

 キャプスタンは携帯食糧をボソボソと噛み、呟く。「こんな風に。生活の真似事を保たなければ。潰れてしまう」……味など無いのだ。この地において。エンブレイスは返す言葉を思いつかぬ。キャプスタンは溜息をつき、話題を戻した。「あの区域は、どちらの軍の目も届かぬ中立地帯。一刻を争う」

「その通り。あの立方体は、ただそこにあるだけで……おお……ただ事ではなかった!」エンブレイスは勢い込んだ。「お前の言葉で自信がついた。やはり無視はできぬ。すぐにでも報告……」「否」キャプスタンは低く言った。「否……中立地帯……隠し通路……隠されて……嫌な予感がする」「何だと」

「もしそのレリックを、もしもだ、ダークニンジャ=サンや、グランドマスター達が密かに……我らの目すら届かぬ場所に保持しておったのだとすれば」「何を言っている?」「見てはならぬものだとすれば。消されかねぬ」「バカな! そのような独断は……」「俺に任せておくがいい!」「だが……」


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 01001…… (((そういうことか))) ミラーシェードの声が再びニューロンに響いた。(((嘘を混ぜてはおらぬようだ))) シルバーキーは自覚した……恐らく今、現世における彼は、記憶の浮かぶがまま、ミラーシェードに問われるがまま、言葉を垂れ流しているのだろう。今の彼の摩耗した意識は、自白剤の影響下に等しい。だが、まるで今は現世が夢。危機感を覚える事すら難しかった。

 現世の感覚が遠のく一方で、シルバーキーは、より広く広大な地平を認識していた。これ程までに遠くを見通した事は、ユメミル・ジツの行使の経験の中でも嘗て無かった。焼けるような密度の存在がすぐ近くにある。ジュエルである。ジュエルが彼の持つコトダマ知覚力を極限まで増幅している。

 立方体はもうひとつある。遥か頭上。馴染み深くすらある黄金の太陽だ。それは今この時もゆっくりと自転し、冷たい輝きを放っている。そして、なにかが身じろぎした。巨大な知性がシルバーキーに視線を投げたのだ。シルバーキーは絶叫する。恐怖……圧倒的恐怖。この城は近い。近すぎるのだ! かの者に!


◆◆◆


 この瞬間、城内に在る二人のニンジャが、まず最初に、同時にそれを知覚した。ジュエルの鳴動を。勘付いたのはメイルシュトロムとネクサスである。彼らは同時に立ち上がった。そしてそこへ同時に意識を飛010001011二者はジュエルを挟み、対峙した。そして互いにアイサツした。

 01000101ドーモ。メイルシュトロムです010111011ドーモ。ネクサスです01001110110メイルシュトロムのオジギはネクサスよりも僅かに速い。メイルシュトロムは嘲笑った。「これはチョージョー! ついに見出したり!」「下がりおれ!」ネクサスが行く手を阻んだ。

「ハッハハハハ!」メイルシュトロムはコトダマ笑いを響かせる。虚無だ! ネクサスは両手を掲げた。「滅びよ! 亡霊めが!」「ハハハハハハハハ! 亡霊? 亡霊とな? 果たしてどちらが亡霊か! それをこれから決めるのであろうが!」メイルシュトロムが哄笑する!「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 ZZZZZZOOOOM……01ノイズの塵を撒き散らし、二者は互いに掴み合い、押し合った。拮抗はほんのコンマ00000001電子秒にも満たない。「イヤーッ!」「グワーッ!」メイルシュトロムが凄まじき自我によってネクサスを打ち負かし、捩じ伏せた。「戻れ! ネクサス=サン!」第三の声が命じた。

 たちまちネクサスのコトダマ身体はバイナリ分解し、掻き消える。塵が流れ去る遥か遠くの地平で、第三の者が顔を上げ、メイルシュトロムと睨みあった。メイルシュトロムは邪悪な笑いをダークニンジャに投げた。「賢明なり。賢明なり。ハハハハハハハハ……」

 邪魔者を打ち倒したメイルシュトロムはあらためてジュエルを……そして、ジュエルを扱うに足るコトダマ認識能力をもつニンジャを見下ろし、名前を確認した。メイルシュトロムは呼びかけた。「力を貸してやろう! シルバーキー=サン! その窮地を脱する力をな!」


◆◆◆


 0101……「グワーッ!」たちまち霧めいた認識が晴れ、シルバーキーの周囲に水晶ショウジ戸の間が戻ってきた。ジュエルの強烈な情報密度はいまだ彼のすぐ後ろにある。だが、何かが彼のニューロンを支え、助け、発狂を防いでいる。この機を逃す訳にはいかない。彼は地面に手をつき、ミラーシェードを見上げた。

 ミラーシェードは反射的に間合いを取った。だがシルバーキーは構わなかった。何かが彼を支え、助けている。ジュエルと彼とを適切にリンクしている。シルバーキーはミラーシェードに片手を差し出した。触れずとも。「グワーッ!」彼は瞬時にミラーシェードと繋がった。ユメミル・ジツである!

 シルバーキーの意志はミラーシェードの自我のファイアウォールを破り、ニューロンに滑り込む。あまりにも容易だ。容易に過ぎる。シルバーキーは今の己の力を訝しみ、恐怖した。ジュエルが彼に力を与えている。あってはならぬほどのコトダマ認識能力を引き出している。これは諸刃の剣。遅かれ早かれ自我が燃え尽きるであろう。(速く……とにかく速くだ! そうしねえと……)シルバーキーは010111110110


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 010111ドーモ。サラマンダー=サン010001011011ーシェードは繰り返し拳を叩き込んだ。サラマンダーは円を描くような防御でそれらを滑らかにいなしてゆく。

 ミラーシェードが打てる手はすべて打った。そしてサラマンダーは笑った。「イヤーッ!」「グワーッ!」ポン・パンチ。ミラーシェードは壁に叩きつけられ、肺の中の空気を全て吐き出す。サラマンダーはザンシンを解いた。「このままカイシャクされるか、俺と来るかを選べ。人出が足りんのだ」01010010


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 0101111ガイオンのブラックマーケットを全て頂く。このサラマンダーがキョートの闇を01001110センセイが?」「ドラゴン・ゲンドーソーという」「その者はニンジャ010111カビの生えた老いぼれよ。カラテ、そしてニンジャソウル。既に我が手にあり」110010101


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 01011バンシーです010111ミノタウル010111ンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー!10111ニューワールドオダー101101111ニンジャスレイヤー011110111デスドレイン010101111ダークニンジャ0111011101あらたなギルドの姿だ!01010010


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 0110イクサは熾烈を極めた。当初のイクサはゲリラ戦に近い。ミラーシェードとパープルタコは暗がりから敵を襲い、殺めていった。幸いなことに、ニーズヘグの回復は驚くほど早かった。あるじが……ダークニンジャがイクサに加わったのは、最初の絶望的なイクサにおいてだった。

 それは不可思議な出現であった。彼らは城内の一角、現在の玉座の間にまで追い詰められ、ヤバレカバレな反撃か、セプク自害を選択せねばならない状況に置かれていた。まず、ミラーシェードらのニューロンに、ネクサスからの指示があった。恐るべき儀式の指示が。

 捕らえたニンジャの肉体を糧として、ダークニンジャはかりそめの姿を作り出した。ミラーシェードらはあるじとともに討って出、敵の包囲を破った。神話的な闘争0101111011


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 01001001ミラーシェードは城内の深部を歩くとき、得体のしれぬ恐怖に襲われることがある。何かが、とても近いのだ。

 彼自身はもとより、彼の中に融けたニンジャソウルが、その近さを恐れていた。戦士にとって恥ずべき感情ゆえ、彼はそれを他者に明かしはしなかった010111


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 0100101ミラーシェードがフスマを開けて入室すると、ニーズヘグの差し向かいには、誰あろう、変わり果てたパーガトリーが居た。

「アナヤ」パーガトリーは部屋の隅まで後ずさりし、庇うように手を翳して震えた。ニーズヘグは面白そうに笑みを深めた。

「アナヤ……」憔悴し果て、弱々しい譫言をもらすパーガトリーの姿は、およそ、かつてミラーシェードらを葬り去らんとした陰謀家らしからぬ有り様であった。敵意や憎悪よりもまず、困惑の感情がミラーシェードを満たした。

「見よ。此奴、おめおめと生きとったの。これも何かの縁じゃろ」ニーズヘグは他の者らの怪訝な表情に謎めいた笑みで応える。「のう。殺さず迎え入れるも一興」「……アナヤ……」010001010


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 ドンコドンコドンドン……ドンコドンコドンドン……「間もなく生還される。キンカク・テンプルより」ドンコドンコドンドン……。 


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 01011110ミラーシェードは水晶のショウジ戸の前でニーズヘグと訝しい視線をかわした。閉ざされたショウジ戸の向こうに、台座、そして、その数インチ上で静止する立方体を見る。ダークニンジャとコーデックスが正しければ、彼らの居るこの部屋自体をこの立方体が創り出したという事になる。

「数時間のうちに……この場所が……?」ミラーシェードが見渡した。ニーズヘグは首を振った。「今更驚いておれんわ。よりにもよって、こんな区画にの」「石工が到着します。すぐに作業にかからせる」「さて。ならば、ひと暴れふた暴れ必要じゃな」ニーズヘグはニヤリと笑った。

 ジュエル生成の可能性自体は予期されてはいた。これが彼らにとって降って湧いた災厄となるか、僥倖となるか。ただしく力を引き出すすべが無い以上、今はその答えをはかりかねた。しかし現実にこうして生成されてしまった以上、もはや議論の余地はない。この場所はギルドのアキレス腱となったのだ。

「惜しいニンジャではありました」ミラーシェードは第一発見者である下級ニンジャ、オウルセンスに思いを馳せた。確かな伸び代をもつ若いニンジャだったが、その力量は秘密に見合わなかった。それゆえ、既にミラーシェードが闇に葬った。石工達も、新たな者を外世界から調達せねばなるまい。

「まあな」ニーズヘグは頷いた。「奴は運が無かった。それだけの話よ」彼は無感情に言った。ミラーシェードはニーズヘグに答えようとして……後ろを振り向いた。

 ミラーシェードの眼前に、見慣れぬニンジャの姿があった。

 見慣れぬニンジャはミラーシェードの凝視に、明らかに狼狽した。ミラーシェードは目を細めた。エンブレイス? 否、違う。此奴は違うニンジャだ。「何だと……」銀色装束のニンジャは呟き、後ずさった。「俺が……見え……?」

 ミラーシェードは進み出た。「ではお前がシルバーキーか。成る程」かつて、ザイバツ・シャドーギルドが確保しようと試みた、ユメミル・ジツの使い手の名だ。この空間が自分自身の記憶である事を、今やミラーシェードは確信していた!「今のエンブレイス=サンの正体は、お前か!」

 シルバーキーは狼狽を決意で上塗りし、ミラーシェードを睨み返した。「ああ、そうだぜ。俺にも俺の事情があるンだ。このまま大人しく死んでいこうなんてのはなァ……ゴメンなんだよ!」「イヤーッ!」ミラーシェードが飛びかかった。「イヤーッ!」シルバーキーが迎え撃った! 二者は衝突した!


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 010001110111「「グワーッ!」」二者はともに地面に投げ倒された。「アアアアア! アアアアア!」ミラーシェードは喉を、頭をかきむしり、狂ったように吠えた。「オオオオオオオ! アアアアアア!」「アアアアーッ!」シルバーキーは地面に額を繰り返し打ち付けた。「ウアアアーッ!」

 ミラーシェードはシルバーキーの記憶断片を己のニューロンに焼きつけながら身悶えし、発狂を逃れようと必死に吠えた。一方のシルバーキーも無傷では済まなかった。だが、その傷はずっと軽い。経験の差、適性、そして、ジュエルの力だ。シルバーキーは克己し、ショウジ戸に手をついて起き上がった。

「こんな……こんな……こんな……事が!」シルバーキーは目鼻から血を流しながら、水晶のショウジ戸越しにジュエルを見た。(((然り! お前ならばそれを我がもとへ持ち来たる事ができよう。ユメミル・ジツの使い手よ!)))「グワーッ!」シルバーキーはニューロンに割り入ってきた声に慄き、悲鳴を上げた。逃れるすべはない!

「何をしろってンだ……ふざ……ふざけるな、グワーッ!」シルバーキーは抗えない! 彼に力を貸し、ジュエルとリンクさせた邪悪な自我が、あらためてニューロン内でアイサツした。(((ドーモ、シルバーキー=サン。メイルシュトロムです)))「グワーッ!」(((我がもとへ来たれ!))) 

 シルバーキーは水晶ショウジ戸に寄りかかり、身を支えた。水晶越しに、ジュエルが音もなく浮かび上がると、彼の手に近づいてきた。シルバーキーは後ずさった。ジュエルはショウジ戸をすり抜け、彼の手の中に収まった。シルバーキーは目を疑った。「アアア……」ミラーシェードが地面に爪を立てた。

 (((その者に構うな))) メイルシュトロムがシルバーキーのニューロンを苛む。「グワーッ!」抗えない! ナムサン……ジュエルとシルバーキーの間にリンクを確立した際、メイルシュトロムは手管を用いて、シルバーキーをなかば支配下に置いたのだ! 何たる狡猾かつ邪悪な所業か! ナムアミダブツ!

 指令されるまま、シルバーキーは踊り場へ飛び出し、階段を駆け下りた。メイルシュトロムの邪悪な哄笑が響き渡った。降りながらシルバーキーは抗おうとした。彼は階段を踏み外し、転がり落ちた。「グワーッ!」

 秘密の戸口から這い出た彼の前に、新たなニンジャが二人、立ちはだかった。前門のタイガーを逃れようと、後門にバッファロー有り。シルバーキーは歯を食いしばった。

「……何だ? エンブレイス=サンが、何故ここに?」男のニンジャが訝しんだ。その傍ら、女のニンジャが聞き返した。「エンブレイスとは?」

 凛としたその声を耳にした途端、シルバーキーの目からは、血ではなく涙が溢れ出した。「ウグッ……ウグーッ」うつ伏せのまま、彼は呻くように泣き始めた。「ユカノ=サン……俺だ……!」


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「フぅーム……」メイルシュトロムは妖しく光る眼を不快げに細めた。ナヤミは主君を見やった。「如何に?」「ドらゴン・ニんジャだ」「現れたか……!」ナヤミは呻いた。ジュエルと、ドラゴン・ニンジャ。不穏な暗合である。メイルシュトロムが見返す。ナヤミは頷き、ニンジャ達に号令した。「デアエ!」

 待機を続けていた顔なきゲニン達はナヤミの号令を受け、ジワジワと染み出すような歩みで、広間から流れ出てゆく。ナヤミはゲニン達の不気味なアトモスフィアに慣れることができぬ。(だが……)ナヤミは目を閉じ、また開く。(私はもはやこの者達と、そしてメイルシュトロム=サンと一蓮托生なのだ)

 ロード・オブ・ザイバツのもと、ギルドのニンジャは秩序を尊び、格差社会の実現に邁進してきた。位階制度。ニンジャに仕える非ニンジャの奴隷たち。しかしダークニンジャのムーホンが……そしてニンジャスレイヤーが全てを覆した。確かに主君は滅びた。だからといって、これまで積み上げたものを捨てる? なにゆえに?

 当初、ダークニンジャの勢力はほんの一握りのニンジャに過ぎなかった。下級位階。若僧の集団。カラテを盲信する愚かな者たちだ。ナヤミ達は彼らムーホン勢力を侮っていた。しかしニーズヘグが復帰し、意外にもパーガトリーすらもが傘下に加わった。緒戦で敗れ、いつしかナヤミ達は追われる側になった。

(今更、カラテだと? イサオシだと?)ダークニンジャの勢力が口々に吠える大義名分に思いを馳せるたび、ナヤミの全身は憎悪に震え、ひきつる思いだった。(欺瞞! 我らギルドのニンジャは、大きな……言葉に言い表せぬ、歴史ある大きな何かと、ともにあった筈。今更乗り換えられようものか!)

 かつてありしギルドの権勢を思うと、大穴の淵から虚無を覗き込むような心持ちになる。不可解だった。ナヤミは振り払う。狭間の世界に浮かぶこの城にあって、ナヤミの心が安らった事はない。彼の内なるニンジャソウルは常に、オヒガンの奥から見つめる巨大で異質な存在を感じ、恐れている。

 ナヤミもまた、歩き出した。全力を傾けねばならぬ。メイルシュトロムが問いただすことはない。最善を尽くす事をわかっているからだ。目的を同じくする事からくる信頼関係。ナヤミ達がメイルシュトロムを頼ると同時に、メイルシュトロムもまた、ナヤミ達を必要としている……必要としている筈だ。


◆◆◆


「ユカノ=サン……俺だ……!」嗚咽するシルバーキーを、ドモボーイはわけがわからぬままに、軽蔑の目で見下ろした。「エンブレイスってのは……アー……エンブレイス=サンは、ギルドのニンジャだ。俺らの身内だが、様子が……」戸惑うドモボーイの説明を、ドラゴン・ニンジャは怪訝に聞いた。

「違う……そうだが違う……お前はちょっと黙っててくれよ」シルバーキーには、もはや事情を知らぬであろう者に逐一言って聞かせる余裕はない。「こんなナリだが、俺だ。シルバーキーだ。ユカノ=サン」涙をぬぐい、ドラゴン・ニンジャを見上げた。「本当に良かっ……グワーッ!」両目から流血!

 ドラゴン・ニンジャとドモボーイは反射的にカラテを構えた。シルバーキーは後ずさった。「さガりオれ! ドラゴン・にンジャ!」彼は震えながら言葉を吐き出した。そして走り出す!「イヤーッ!」「グワーッ!」ドモボーイが状況判断し、タックルをかけて引きずり倒した。「どこへ行くんだよ!」

「離せ! 離シてくレ! お、俺は、俺ハ!」シルバーキーは拳に血管が浮き出るほどの握力で、神秘の立方体を握りしめている。「イヤーッ!」「グワーッ!」ドモボーイはいきなりシルバーキーを殴りつけた。「やめなさい!」ドラゴン・ニンジャがドモボーイの手首を掴んだ。

「どけよ!」ドモボーイが唸った。「只事じゃねえ。きっと奴らのジツに操られるか何か……俺らのイクサの問題だ!」「貴方は、シルバーキー=サンなのですね」ドラゴン・ニンジャはシルバーキーの両頬に手をあて、充血した目をまっすぐに見つめた。「AAARGH……」「私の目を見て。息を深く吸って」

「何だよ!」「後で話します」ドラゴン・ニンジャはひと睨みでドモボーイを黙らせると、シルバーキーに集中した。「AAARGH……」「私です。ユカノです。シルバーキー=サン」「……」シルバーキーは膝をついた。ユカノも同様に。二人は互いに向かい合い、正座した。ドモボーイは息をのんだ。

「息を吸って……吐く。わかりますか。シルバーキー=サン」ユカノは真摯に呼びかけた。シルバーキーはいまだ暴れるそぶりをとりかけては、それを自ら抑える事を繰り返していたが、ユカノが両肩に手を当てながら導くように深く呼吸すると、徐々に鎮まり始めた。「何だってんだよ」とドモボーイ。

「チャドー」ユカノは呟いた。「私はドラゴン・ニンジャ。ニンジャ六騎士の一人。マスターチャドー也。シルバーキーよ。力を貸そう。この場において汝に我が奥義を伝授することは到底かなわねど」「スゥー……」シルバーキーは深く吸い、吐いた。「ハァーッ」ユカノは彼に手を当て、呼吸を導く。

「何ッだよ!」ドモボーイは頭を掻き毟り地団太を踏んだ。「何やってンだ! 畜生、奴らが来ちまうぞ!」「スゥーッ……ハァーッ!」「クソッ!」ドモボーイは彼らの突然のメディテーション没入を力づくで妨げる行動をとれなかった。名状しがたいセイシンテキが、彼に畏怖の感情を喚起していた……!

 然り、彼はドラゴン・ニンジャのチャドー呼吸を今まさに目の当たりにしているのだ! 彼は瞬きも忘れ、その営みに見入った。だがそう長くは許されなかった。彼はもと来た道を振り返り、カラテを構え直さねばならなかった。「言わんこっちゃねェぞ! 来やがった!」

 闇の中から現れ出たのは、ペイルシャーク!「どれだけ逃げようと……メイルシュトロム=サンの膝元を堂々巡りする貴様らは所詮マジックモンキー」獰猛なるニンジャは、じりじりと間合いを詰める。「最終的に悪あがきは無に帰するさだめ」「お前ら、減ったよなァ!」ドモボーイは彼らを包囲するゲニンを睨み渡した。「もう多勢に無勢とは言えねえな!」

「その自信はどこから来る?」ペイルシャークは嘲った。「スパルトイとディミヌエンドは、既に我らが手に落ちた」「何だと」ドモボーイが眉根を寄せた。「来てやがるのか? いや……どうでもいいぜ。下級ニンジャだ、どっちもよ。痛くもかゆくもねえんだよ」「口の減らぬ奴」逆方向からさらに一人。

 ゲニンが左右に退くと、現れたのはサイズマスターである。ドモボーイは鼻を鳴らした。「テメェまで来やがったか。あっちこっち走り回ってご苦労なこった。今度は捕まえられるかよ?」「イヤーッ!」サイズマスターはカラテ粒子の大鎌で即座に襲い掛かる。狙いは正座する二人だ! アブナイ!

「イヤーッ!」ドモボーイは驚くべき瞬発力で眼前のペイルシャークに飛び蹴りを繰り出す! そして彼のガードを踏み台に、正座する二人の頭上を飛び越え、サイズマスターに襲い掛かったのだ! ワザマエ!「イヤーッ!」「グワーッ!」サイズマスターは思いがけぬ動きに翻弄され、蹴りを肩に受ける!

 サイズマスターは飛び下がり、大鎌を旋回させて反撃した。「イヤーッ!」「「アバーッ!」」ゲニン二人の首を巻き添えに切断しながら、カラテ粒子が迫る。ドモボーイは両腕をクロスし、受ける! キュイイイ……金属に旋盤を当てるような不穏な音が鳴り響き、サイバネ左腕の半ばまでカラテ粒子がめり込んだ。

「籠手? 否……ムテキ・アティチュード? 否……?」サイズマスターは己の致命的武器を止めた若いニンジャに眉根を寄せた。「サイバネティクスよォー!」ドモボーイが吠えた!「イヤーッ!」「グワーッ!」懐へ踏み込み、右拳を叩き込む! 左腕は危うく切断寸前だ。乱雑でアブナイなカラテである!

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」飛びかかるゲニンを蹴り飛ばし、今度はペイルシャークにスリケンを投擲し牽制!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ペイルシャークは鋭い多層牙の生えたメンポ顎機構で飛来スリケンを噛み砕いた。「イヤーッ!」ドモボーイは更にスリケン投擲!

「イヤーッ!」ペイルシャークは鋭い多層牙の生えたメンポ顎機構で飛来スリケンを噛み砕いた。「イヤーッ!」サイズマスターが背後からカラテ粒子鎌で再び斬りかかる!「イヤーッ!」ドモボーイは素早く振り向き、右腕でこれを受ける! 旋盤めいたノイズ! 右腕の半ばまでカラテ粒子がめり込む!

「やはり多勢に無勢を地で行くわい!」ペイルシャークはスリケンをメンポ顎機構で咀嚼しながらユカノに迫った。「何を呑気に礼儀作法に没頭しておるか! もはや観念したという事か? ドラゴン・ニンジャ何するものぞ!」ペイルシャークが掴みかかる! その瞬間、ユカノは括目!

「イヤーッ!」瞬時に立ち上がったユカノはペイルシャークの腕を取り、イポン背負いで投げ倒した!「グワーッ!」「イヤーッ!」脇腹にケリ・キック!「グワーッ!」ペイルシャークは苦痛に吠え、転がって退避!「イヤーッ!」ドモボーイとせり合うサイズマスターにスリケン投擲!

 ユカノが投げたスリケンはサイズマスターの両目を狙っていた!「チィーッ!」サイズマスターはカラテ大鎌を打ち消し、バック転で飛び離れた。入れ替わるようにゲニン達が襲い来るが、「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」ドモボーイが次々に蹴り倒してゆく!

「腕は?」ユカノがドモボーイに並び立った。「腕がイカレりゃ脚だ」ドモボーイは即答した。「テメェの心配しろよ。エンブレイス=サンはまだ使い物にならねえのか?」横目でシルバーキーを見た。正座したまま苦しげに顔を歪め、深い呼吸ルーチンを繰り返している。「彼次第です」ユカノは答えた。

「スゥーッ……ハァーッ」点火されたエンジンめいて、彼は外から与えられた呼吸を維持している。その手には謎めいた立方体が固く握られたままだ。ユカノはこれを不穏に思った。彼に触れた折、悪しき力の流れをあの立方体から感じ取っていたからだ。だが詳しく問いただすにはいまだ時間を要する!

「次はどうすンだ」ドモボーイは包囲ニンジャを挑発した。ゲニンは地面をのたうち、起き上がれぬ者も複数いる。「暇になってきたしよォ、そろそろ帰っていいか? ア?」「……」サイズマスターは言葉を発しかけ、止まった。一秒後……ドォン……絶望的なタイコの音が闇に轟いた。

「貴様らの時間切れだ」サイズマスターが嘲笑った。「威勢よく頑張ったこと、ほめてやる」……ドォン! 再びのタイコの音と共に、遠くの闇に紫の炎が吹き上がった。点火された超自然の松明は、精強なニンジャ達の姿と、恐るべき「災禍忍軍」のカンジが織られた旗を照らし出した。ドモボーイの表情が凍った。

 匍匐前進でサイズマスターの傍らまで退いたペイルシャークが起き上がり、嘲笑を重ねた。「これで貴様らの命運尽きた! 頼もしき増援……おお、おお?」彼は近づいてくる紫の松明を二度振り返った。「なんと頼もしき増援!」ナヤミ! ホワイトノイズ! ヴァストバルク! ライノハイド!

 ドォン! さらなる松明が焚かれると、ペイルシャークとサイズマスターの勝ち誇る表情が変化した。彼らは驚愕に目を見開いた。炎に照らされ浮かび上がったのは、ゲニン達がかつぐ奇怪な神輿……その上に坐する不明瞭な存在こそ、彼らが殿に戴く超自然ニンジャ存在、メイルシュトロムその人ではないか!「お……御大将自ら」彼らは呻いた!

「イヤーッ!」ヴァストバルクが、担いでいた巨大な杭を神輿の傍らに突き刺した。杭に磔にされているニンジャの姿がドモボーイを強く打ちのめした。あのような有様のスパルトイを、普段どれほど望んだことだろう。だが、いざ目にしてみればどうだ? それは絶望の指先にほかならぬではないか……!

 息はあるか? ドモボーイが訝しむ間もなく、神輿のメイルシュトロムが片手を掲げた。ゲニンが火打石を用いて磔の根本に点火。「グワーッ……」スパルトイの呻き、ヴァストバルクの野卑な笑いが聞こえた。ドォン、ドォン、ドォン、松明が次々に増え、今やこの広間は紫の光で満たされた。

「ドーも」神輿の上で、メイルシュトロムが尊大にアイサツした。「メいルシュとロムです」ゲニン達が左右に分かれた。ナヤミが威圧的に指さして叫んだ。「降参せよ、ドラゴン・ニンジャ=サン! 貴様は今や……」「グワーッ!」悲鳴を上げ、バネ仕掛けめいて立ち上がったのはシルバーキーだ!

 ナヤミは神輿の上の主君を振り返った。然り、メイルシュトロムがシルバーキーにそれをさせたのだ。立方体を固く掴むシルバーキーの右手はピンと張り、メイルシュトロムの方向へ突き出されている。シルバーキーは歯を食いしばって抗うも、メイルシュトロムの手招きが否応なしに彼を歩かせた。

「シルバーキー=サン!」「畜生……」チャドー呼吸の甲斐あってか、シルバーキーの意識は今や明瞭であった。彼はユカノを見返した。ユカノは叫んだ。「その立方体を手放すのです! されるがままですよ!」「……ダメだ」シルバーキーは呻いた。「こいつは……こいつが鍵なんだ。こいつを離したらよォ……」

「参れ! 我ガもとニ!」「グワーッ!」引きずられまいと抗いながら、シルバーキーが叫んだ。「こいつを捨てたらダメなんだ! ここはオヒガンだろ? あ……あの時と同じなんだ!」抗いながら、彼はゲニン達を見渡した。「こいつらは、あの時の天守閣……」「シルバーキー=サン!」ユカノが飛び出す!

 サイズマスターとペイルシャークは素早く状況判断し、シルバーキーへのユカノの接近を妨げるように進み出た。「イヤーッ!」「イヤーッ!」ドモボーイがペイルシャークに襲い掛かった。ユカノはペイルシャークを任せ、サイズマスターに向かって行く。「イヤーッ!」ホワイトノイズが両手を掲げた。

「「グワーッ!」」ナムサン!? その瞬間、ユカノ、ドモボーイ、そしてペイルシャークとサイズマスターすらも……四人の戦闘者はまとめて白い半球状の霧に呑まれた。ホワイトノイズはメンポの奥で両目を光らせ、掲げた両手に力を漲らせる!「ボガイ・ジツ! イヤーッ!」「「グワーッ!」」

 霧の中で四人は苦しみ悶え、膝をつく。「「グワーッ!」」そして引きずられてゆくのはシルバーキー!「ユカノ=サン……グワーッ!」ゲニン達はシルバーキーに、否、その手のジュエルに魅せられ、ゾンビーめいて手を差し出す。近づきすぎた者は火傷めいて怯み、引き下がる。不可解な光景であった。

「来たレ!」メイルシュトロムは手招きを繰り返した。「グワーッ!」シルバーキーはなおも抗おうとした。(ジュエルを手放せば楽になるか……?)彼のニューロンに誘惑めいた選択肢が閃く。(きっと、こいつを運べるのはここでは俺だけだ。情報量が過大なんだ……だから、俺がこれを捨てちまえば)

 だが彼はその考えを振り捨てた。(畜生! ナシだ!)顔無きニンジャ達。そしてその元締めめいたメイルシュトロム。シルバーキーには、痛いほど彼らの望みがわかる。同じだからだ。彼らは肉体を求めているのだ。天守閣のあの日のイクサ、襲い来た者達。剥き出しのニンジャソウルたち!

 まさにあの経験がシルバーキーをこのキョート城へ再び赴かせた。キョート城こそ、彼が肉体を失い、そしてかりそめの形で留め置かれることとなった原因の地なれば、そこで何らかの答えが見出せると考えたのだ。而して、この地でメイルシュトロムが渇望するこのジュエルはいかなる品か? 自明である。

(こいつを捨てるわけにはいかねえ)シルバーキーは繰り返した。(……くれてやるわけにもいかねえ!)ブッダの蜘蛛糸を上る罪人めいて彼は足掻いた。それは彼のエゴだ! 今や彼のニューロンは極限状態の中で加速し、ソーマト・リコール現象を引き起こしていた。日常の破壊……争乱……肉体の喪失! 今、取り戻すべき己の鍵が、伸ばした手の先にあるのだ!

 それは望んでいい事なのだろうか? やってしまっていいのか? なまじ、あまりに長い肉体喪失期間がゆえ、彼はそのような罪悪感じみた気持ちすら抱きかけた。だが憤りをもって、シルバーキーはそうした躊躇を振り払った。知ったことではない。彼は理不尽に奪われた己の肉体を、かき乱された己の存在を、従順なハラキリ者めいておとなしく過酷な運命の渦に投げ渡すつもりなどなかった!

「来たレ!」メイルシュトロムはシルバーキーを引き寄せる! 彼もまた、強烈なまでの欲望をもって、シルバーキーを使役せんとしていた。(((何を逡巡しておる!))) メイルシュトロムはシルバーキーのニューロンに語り掛けた。(((私ならばジュエルを正しく用いることができる!)))

 サイカのニンジャ達のビジョンがシルバーキーのニューロンをよぎる。(((この者らと同様、お前にもジュエルの力を分け与えてやる。肉体を取り戻し、現世へ帰還する助けをやろうというのだ))) シルバーキーのニューロンにメイルシュトロムの蛇めいた言葉が反響する。彼は……。

「うるせえ!」

 ニューロンが白く爆発し、ソーマト・リコール現象が唐突に終わった。「スゥーッ……ハァーッ……」シルバーキーは息を深く吸い、吐く。彼はチャドーにすがりついた。ユカノに灯されて体内を巡る生命力の脈動を今ここで止めれば、二度と立ち直る力は得られまい。チャドー。フーリンカザン。そしてチャドー。ユカノのビジョン……!

「スゥーッ……ハァーッ!」いつしかシルバーキーは足を止めていた。ジュエルが彼の手の中で脈打つ。「スゥーッ! ハァーッ!」チャドー! フーリンカザン! そしてチャドー! 脈打つジュエル!(((シルバーキー=サン!))) ボガイ・ジツに苦しみながら発せられたユカノの呼びかけがシルバーキーと繋がった。(((ならば貴方がその品を御すのです。私がチャドーを導きます!)))

「スゥーッ! ハァーッ!」シルバーキーは呼吸を深める!(((考え直せシルバーキーよ))) メイルシュトロムの言葉も今や虚しい。シルバーキーの思考は冴え渡り、ニューロン接続したこの邪悪なニンジャソウル存在の真意をも容易に喝破する事ができた。(うるせえな……奴隷になんてならねえぞ!)

「スゥーッ! ハァーッ!」「邪魔ヲ!」メイルシュトロムが憤怒の視線をユカノに向けた。白い霧の中で、ユカノは這いつくばり動けずにいる。メイルシュトロムはライノハイドに命じる。「もハや殺シてカまわヌ! ドラゴン・ニんジャを止メよ!」「殺す? 左様で」ライノハイドはユカノに向かってゆく!

「スゥーッ! ハァーッ!」シルバーキーは呼吸を深める! ニューロン内で、彼はメイルシュトロムと苛烈な押しあいを始めていた。(出ていけ……出ていけッ!)(((ヌウウーッ!))) 一方、ライノハイドは半球状の霧のすぐ外側で注意深くクナイ・ダートを両手に構え、ユカノの頭に狙いを定めた。

 ドモボーイは霞む視界の中でライノハイドの攻撃動作を垣間見た。インターラプトする力はなかった。ボガイ・ジツにとらわれ、彼の頭は内側からヤスリがけされるような苦痛に囚われていた。頭と体を繋ぐ線を断ち切られてしまったかのようだ。「畜生」彼は歯を食いしばる……不意にその痛みが失せる。

 ホワイトノイズは、己の両手首を見た。手が、無い。両手首から先がケジメされている。「何」彼は眉根を寄せた。状況把握にコンマ数秒。「グワーッ!」「アバーッ!」彼の付近のゲニン数人の首が刎ね飛んだ。ニンジャ動体視力の持ち主であれば、円盤状のスリケンが闇に飛び消えたのを見ただろう。

 秘密通路の入り口付近。自身の得物……インドに伝わるニンジャの暗殺武器、チャクラムを投げ終えたミラーシェードは、そのまま壁に背中をつけ、引きずるように倒れ込んだ。彼の意識は再び途絶えた。ホワイトノイズの手首から血が噴き出した。「グワーッ!」その悲鳴を、新たなタイコがかき消した。

 ドンコドンコドンドン……ドンコドンコドンドン……「これは」ナヤミが闇を睨んだ。オレンジ色の松明の明かりが続々と灯り、現れたニンジャの集団を照らし出す。ナヤミは息をのみ、神輿のメイルシュトロムを振り返った。御大将は極度に集中し、別の戦いに没入している。「これは……!」

「イヤーッ!」ライノハイドが投擲したクナイは、ドモボーイの腕によって遮られた。KBAM! 関節部が火を噴いても、ドモボーイは悲鳴を上げなかった。「派手に死んでやろうじゃねえか!」ドモボーイは吠えた。彼の周囲に鬼火めいた炎が出現した。ドモボーイは訝しんだ。それらは犬の形をとった。

「GRRRRR!」魔犬は地を蹴り、体勢復帰しようとしていたペイルシャークとサイズマスターに襲い掛かった。「グワーッ!」「グワーッ!?」ドモボーイは呆気にとられてそのさまを見た。更にそのコンマ数秒後、彼の顔の横を嵐のような風が行き過ぎた。

 ドモボーイはオーカー色の風を垣間見た。風の行く先、ゲニン達の頭や四肢が無数に断ち切られて宙を舞った。「イイイヤアアーッ!」ナムサン……それは、蛇めいたポールアームを振り回しながら、遠くヴァストバルクが守る火刑台めがけひととびに跳ぶ、グランドマスター・ニーズヘグの姿だった。


7

「イヤーッ!」敵陣からひととびに跳びわたってきたニーズヘグに、ビッグニンジャのヴァストバルクがインターラプトを試みた。丸太めいた巨腕がオーカー色のニンジャを叩き潰さんとする。「イヤーッ!」ニーズヘグは空中で身をひねると、その腕にヘビめいた薙刀の穂先を突き刺した。「グワーッ!」

「イヤーッ!」ニーズヘグは突き立ったヘビ・ナギナタの柄を支点に鉄棒選手めいて回転すると、勢いをつけて、燃える杭めがけて再跳躍した。「イヤーッ!」KRAAAAASH!「グワーッ!」破砕した杭ごと、スパルトイは紫の炎の中へ落下した。ナムサン! 息はあるか? その時!

「師、師匠ーッ!」悲鳴じみた声が紫の炎の中から聴こえ、着地したニーズヘグの足元に、傷ついたスパルトイが這い出してきた。「なんたるご面倒を……弟子の恥は師の恥、心得ております!」「誰じゃ? オヌシの師とやらが俺でないことは確かよ」「師匠! お、俺はこのイクサ、死力をふり絞ってウカツを埋め合わせ、名誉を取り戻します!」

「イヤーッ!」ヴァストバルクがニーズヘグに襲い掛かった。「イヤーッ!」「グワーッ!」ニーズヘグはスパルトイを蹴り飛ばし、ヴァストバルクの攻撃を跳んでかわすと、腕に突き刺さったままのナギナタの柄を掴み、引きはがした。「グワーッ!」「イヤーッ!」わき腹に斬りつける!「グワーッ!」

 しかし恐るべきはビッグニンジャ。通常の相手であれば致命傷になりえた傷も、その巨体をもってすれば多少のダメージでしかない。「ナメルナヨ!」ヴァストバルクが蒸気めいた息を吐いた。ボロ屑めいたスパルトイが悔し涙を流した。「師匠……」「礼ならディミヌエンド=サンに言っておけ」

「ディ……」スパルトイの辮髪を後ろからグイと掴み上げた者あり。抗議せんとしたスパルトイの首筋にアンプルを注射したのは、ディミヌエンドであった。「グワーッ!」スパルトイは瞬時に襲い来た己のニンジャ回復力のブースト作用に苦悶の叫びをあげた。ディムライトの貴重なキノコ霊薬だ!

「か、貸しを作る気か」「貸し? 命令も承認もなしに、誰がくれてやるもんか。有限の薬なのに」ディミヌエンドはスパルトイを睨んだ。「派手な火刑、ギルドの恥! お前が犬死にすれば全体の士気を削ぐんだ。だから師は助けた。余計な手間をかけさせるな」「ク……クソーッ!」スパルトイは己の側頭部を激しく殴りつけると、地を蹴り、敵に躍りかかった!

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」ゲニン達をカラテで圧倒するスパルトイは、とても先程まで死の淵にあったとは思えぬ。これぞ秘薬の力! ギルドにとっても手痛い消費だ!「イヤーッ!」ディミヌエンドが投げ渡した短刀を受け取ると、スパルトイは更に鬼人めいて戦い始めた。

 先刻、崖の淵でメイルシュトロムの軍勢に包囲されたスパルトイとディミヌエンドは、ペイルシャークらと激しいイクサを繰り広げた。スパルトイとディミヌエンドは多勢に無勢の状況下で激しく戦ったが、最終的にスパルトイは敵の手に落ちたのである。ディミヌエンドは包囲を突破し、斥候としての役目を果たした。

 その時スパルトイの力なくば、ディミヌエンドが逃げおおせる事もなかったであろうし、磔となるニンジャが逆になっていた可能性も十分にあった。しかしスパルトイはそれを言い募りはしないし、ディミヌエンドもフォローはしない。それをすれば、彼が感じる自責と恥は二重に上塗りされようから。

 ディミヌエンドの持ち帰った敵軍の編成情報、ネクサスが触れたコトダマ波動、ギルド幹部だけが共有するキョート城深淵の秘密。それらが相互に補い合い、今この場にイクサの決戦場が築かれようとしていた。


◆◆◆


 メイルシュトロムと対峙しながら、収束する意志の波をシルバーキーは感じていた。それは頭上を流れる星々に仮託されたイメージだった。シルバーキーはキョート城のイクサを感じながら、己のローカルコトダマ空間の風景を見ていた。

 波打ち寄せる夜の暗い砂浜に彼は立ち、四方八方から迫りくる異物……焼けつくような蔦植物の侵略に抗い続けた。メイルシュトロムの浸食を切り離さねば、未来はない!

(好き勝手はさせねえぞ。させるもんかよ)シルバーキーのコトダマ身体は内側から銀色の光を放つ。蔦植物達が苦しげに痙攣し、じわじわと引き下がり始める。チャドー・フーリンカザン。そしてチャドーだ。ユカノが与えた火を、己のニューロン内燃機関の中で、絶やさぬように燃やし続けるのだ。

 AAAAAARGH……遠く、メイルシュトロムの叫びが木霊した。蔦植物が01ノイズ分解され、崩壊しながら、地平の果てに吸い込まれていく。シルバーキーは勢いづいた。このまま010001000


100100101


「グワーッ!」「何ッ……」ドモボーイは宙に浮いたエンブレイスを振り返った。エンブレイスは己の首を押さえ、呼吸を取り戻そうともがいていた。ドモボーイは息をのみ、ジツの遂行者を見やった。ナヤミだ。

 ナヤミは敵陣からこちらへ手を伸ばし、超自然の力でエンブレイスを捉えている!「どうなってやがる」ドモボーイは息をのんだ。彼の知る情報はあまりに限られている。

「シルバーキー=サン!」ユカノが叫んだ。その瞬間の彼女はライノハイドの側頭部に蹴りを叩き込み、180度回転させたところだった。魔犬はゲニン達を牽制し、ユカノへの包囲網を逆に拡げにかかっていた。魔犬の主たるニンジャ、ランチハンドは、得物の鞭でサイズマスターの攻撃を封じていた。

 ニーズヘグはヴァストバルクの攻撃を引き付けては躱し、そのたびその巨体に傷を刻み付けていった。致命の一撃はそう遠くないであろう。スパルトイとディミヌエンドは互いを守りながら、次々にゲニンを殺し、更に上位のニンジャに刃を届かせた。「サヨナラ!」爆発四散したのはレッドオセロット。

 ギルドのスモトリ戦士はメイルシュトロム軍に負けじとタイコを乱打し、オレンジの炎は紫の炎とぶつかり合って、決して譲らぬ。こちらにゲニンのごとき数の力は無いが、ニンジャ達は精強だ。クエストによって鍛えられた精鋭の集まりだ。それなのに、なぜその瞬間のドモボーイは不安だったのだろう。

 ナヤミはエンブレイスを高く吊り上げ、苦しめている。エンブレイスの力など、ドモボーイはアテにはしていない。発見時から様子はおかしかったし、ドラゴン・ニンジャによってなんらかの錯乱を抑えられ、ようやく足手まといから脱した程度の状態だ。それなのに、なぜドモボーイは恐怖したのだろう。

 それはドモボーイのニンジャ第六感が発した警告だったのだろう。ナヤミのすぐ傍で、神輿の上のメイルシュトロムが「でかシた」と呟いた。「でかシた」同時に、ドモボーイのすぐ傍で、ゲニンの一人が同じ言葉を発した。

「サヨナラ!」ライノハイドが爆発四散し、自由になったユカノが振り返った。「グワーッ……」エンブレイスはもがき続ける。包囲網の中からゲニンの一人が進み出る。神輿の上のメイルシュトロムが爆発四散する。ナヤミは御大将の死にもなにひとつ動じることはない。進み出たゲニンに魔犬が襲い掛かる。「チと、邪マだ」ゲニンは爆発四散する。別のゲニンが進み出る。

 ドラゴン・ニンジャはエンブレイスからナヤミに視線を移動させる。そこにペイルシャークが襲い掛かった。ドラゴン・ニンジャは身を守らねばならない。進み出たゲニンはなにをしたか。サイズマスターと対峙するランチハンドに向かったのだ。思いがけず素早い、しめやかな動きだった。

「ランチハンド=サン!」ドモボーイは叫んだ。ゲニン数体がドモボーイに一斉に襲い掛かった。ドモボーイの警告は虚しかった。ランチハンドのもとへ進んだゲニンのチョップ突きが、後ろから心臓を貫いた。マスターニンジャは己の受けた攻撃を訝しんだ。サイズマスターの腕の拘束が解けた。

「イヤーッ!」サイズマスターがすかさず振りぬいたカラテ粒子の大鎌は、そのゲニンもろとも、ランチハンドの肩から上を瞬時に切断していた。ランチハンドはあまりに唐突に訪れた死の瞬間、分離した己の身体を見下ろそうとした。「「サヨナラ!」」ゲニンとランチハンドは同時に爆発四散した。

「イヤーッ!」「イヤーッ!」ペイルシャークは激しくドラゴン・ニンジャを攻めたて、状況打開に出させない。ドモボーイは右と正面のゲニンを次々に倒し、彼女に加勢すべく、残る一人を排除しようとする。「イヤーッ!」「イヤーッ!」そのゲニンは思いがけずドモボーイの拳を掴んで止めた。

 ゲニンの貌は絶え間なく流動するノイズ集積物だ。恐怖がドモボーイを捉えた。結果的にはその恐怖がドモボーイを救った。彼はコンマ数秒にわたって続いた正体不明のおそれがこの瞬間に結実したように思ったのだ。KBAM! 掴まれたサイバネ腕の手首が火を噴き、肘が火を噴き、肩が火を噴き、脱落した。

「「グワーッ!」」ドモボーイは右腕を失い、倒れ込んだ。もう一方、腕の爆発にもろに呑まれたゲニンは松明めいて燃え上がり、あおむけに倒れながら爆発四散した。自ら腕を捨てたドモボーイに怯みはなかった。彼は床を転がり、ペイルシャークに掴みかかった。「イヤーッ!」「グワーッ!?」

「殺れッ!」ドモボーイはペイルシャークを片腕で押さえつけながらドラゴン・ニンジャに向かって叫んだ。「悔しいがこれで精一杯だ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」ペイルシャークがドモボーイの延髄に肘を打ち下ろす!「どけ! サンシタ……グワーッ!」ペイルシャークの顎が破砕、吹き飛んだ。

 ドラゴン・ニンジャは強烈きわまる後ろ回し蹴りの動作を終えた。ゴウランガ! これぞドラゴン・ドージョーのカラテ、ドラゴン・ウシロ・アシ! 更にゴウランガ! ザンシンにはまだ早い。ペイルシャークが三重の牙を床にまき散らしながらドラゴン・ニンジャを見る。慄く。逆の脚が二度目の回し蹴りだ!

「キエーッ!」ペイルシャークの首が吹き飛び、爆発四散!「サヨナラ!」「シルバーキー=サン!」ドラゴン・ニンジャは駆けつけようとする。ナムサン……次の敵はサイズマスターだ。遠く離れたナヤミが下へ腕を強く振ると、エンブレイスの身体がうつぶせに叩きつけられる。「グワーッ!」

「イヤーッ!」カラテ粒子大鎌の連続攻撃が、ドモボーイとドラゴン・ニンジャをエンブレイスから遠ざける。ゲニンの一人が、うつ伏せでもがくエンブレイスのもとへ近づき、屈み込む。エンブレイスの手が捻じれ、彼自身の意に反するように、無理やりに差し上げられる。立方体が引き剥がされる。

 ドモボーイは力尽き、膝をついた。「俺は、畜生、どうすりゃいいんだ!」その叫びは悲痛だった。明らかに、よからぬ事が起ころうとしている。「イヤーッ!」「グワーッ!」ヴァストバルクの蹴りを受け、横ざまに吹き飛んだのはニーズヘグ。ドモボーイは目を疑う。

 ドクン……強烈な心臓の鼓動。

 事ここへ至り、ドモボーイですらも、オヒガンの彼方からの凝視に気づいた。彼の宿す下級のニンジャソウルの感受性ですらも、同様に下級ソウルを宿すヴァストバルクですらも、その瞬間の名状しがたいアトモスフィアの影響を強烈に受け、畏れに身を凍らせた。

 いわんや高位ソウル憑依者をや? ナヤミ、ニーズヘグ、ホワイトノイズ……キョート城深淵部は特に危険な区域だ。あまりにも露わなのだ。意識・無意識を問わず、高位ソウル憑依者は常に恐怖と戦い、己を律さねばならない。それが彼らのパフォーマンスを低下させる要因にもなっている。而してこの瞬間の「凝視」は激しかった。

 メイルシュトロムの手の者は常日頃この地に身を置くがゆえ、まだ慣れがあった。だが、「アアアアーッ!」負傷の大きさも手伝って、その瞬間ホワイトノイズが発狂し、絶えざる悲鳴を迸らせた。ナヤミは己の身体を抱くようにして膝をついた。ニーズヘグは受け身を取れず、壁に叩きつけられた。

 ドラゴン・ニンジャは……サイズマスターと対しながら、低く腰を落とし、反射的にチャドー呼吸を行った。断片化された彼女の記憶の不完全性とチャドー呼吸、あくまで学術的な古代ニンジャ知識の蓄積が、彼女の理性を守った。

 かの者が注視したのは、メイルシュトロムによるジュエル奪取である。

「こレにて悲願達成でアる」メイルシュトロムはジュエルを掴みとり、立ち上がると、無雑作にエンブレイスの脳天を踏み砕いた。「サヨナラ!」エンブレイスは……即ち、シルバーキーは、爆発四散した。かの者の注視はほんの数秒の事だ。下位ソウル憑依者から順に恐慌を脱し、イクサを再開した。

「イヤーッ!」ヴァストバルクが壁に叩きつけられたニーズヘグめがけ、ビッグカラテトーキックで襲い掛かった。「イイイヤアーッ!」ニーズヘグの横の壁を蹴り、ヴァストバルクの足裏を蹴り返したのは、スパルトイである。「イヤーッ!」さらにディミヌエンドが跳びあがり、ニーズヘグを救出した。

「チビスケ!」ヴァストバルクが勝ち誇り、立ちはだかるスパルトイに拳を振り下ろした。「イヤーッ!」「イヤーッ!」スパルトイは側転で回避! そこへヴァストバルクのビッグケリ・キック!「イヤーッ!」スパルトイは短刀でガード! 短刀破砕!「グワーッ!」さらにビッグケリ!「グワーッ!」

 吹き飛ばされたスパルトイは、ニーズヘグを抱えるディミヌエンドのすぐ横で受け身を取った。「ビッグカラテ!」ヴァストバルクが両足を踏みしめると、大地が震えた。「我ハ超越者ノ膝元ニアリ! 幸セデス!」「ふざけるんじゃねえ」スパルトイは破損メンポを剥がして捨てた。「師匠の仇は俺が討つ」

「殺すな。愚か者」ニーズヘグが血を吐いた。「得物無しか」「ご無事で?」スパルトイは驚いて振り返った。「え、得物? 素手のカラテで倒して見せます!」「見たくもなし」ニーズヘグは腰に帯びたニンジャソードを差し出した。「使え」そしてディミヌエンドを見た。「奴が目障りだ」ナヤミを示す。

「この武器は……! こ、ここまで俺を認めてくださって……イサオシ!」スパルトイが武者震いした。ニーズヘグは顔をしかめた。「イヤーッ!」ディミヌエンドが神輿の方向へ飛び出した。ヴァストバルクは彼女を横殴りに襲おうとした。「イヤーッ!」スパルトイがそこへニーズヘグの剣を打ち振る!

 するとその刀身はセグメント分断されながら鞭めいてしなり伸び、ヴァストバルクの腕に巻き付いて、攻撃を封じたのである!「コレハ!」ヴァストバルクが目を見張った。スパルトイは我に返り、刃を振りぬいた。「イヤーッ!」「グワーッ!」輪状の傷!血飛沫!スパルトイは瞬時に間合いを詰める!

 一方、これによりディミヌエンドは神輿のもとへ……標的の目の前へ、ひととびに到達した。「ヒッ?」ナヤミが我に返った。ゲニンを殺しながら迫るディミヌエンドを見ると、泡を食ってカラテを構えなおした。「イヤーッ!」そこへディミヌエンドは容赦なき二刀カラテで襲い掛かった。

「イヤーッ!」右刀防御!「イヤーッ!」左刀防御!ナヤミはこの二打のうちに恐慌状態を脱した。ニンジャアドレナリンが彼の血中を駆け巡り、ディミヌエンドの激しいカラテに素早く対応する。「イヤーッ!」右脇腹へフック。「イヤーッ!」左肩にチョップ。「イヤーッ!」眉間に突き!ナムサン!

 指先が彼女の眉間を砕き、衝撃波が脳をコンマ01秒のうちにジュースに変える。当然の結末だ。だがディミヌエンドの頭はそこにはなかった。彼女は上体を横にそらし、ナヤミの致命的なカラテを回避していた。それは彼女の踊るようなステップの一環だった。「グワーッ!」ナヤミの右腕が刎ね飛んだ。

 更に、「グワーッ!?」ナヤミは鎖骨と鎖骨の間から生えた血まみれの刃を見下ろす。ディミヌエンドは既に彼の背後にあり、刺突を成功させていた。「バカな」ナヤミは震えた。「何たる……その若さでアバーッ!」ディミヌエンドが刃を引き抜く。ナヤミは崩れ落ち、「サヨナラ!」」爆発四散した。

 ドクン……ドクン……メイルシュトロムはジュエルを掴み、高く掲げた。さざなみめいたノイズが彼の不明瞭な身体を繰り返し洗った。「イヤーッ!」サイズマスターが大鎌を繰り出す。風がエンブレイスの爆発四散痕の塵を吹き散らす。「シルバーキー=サン!」ユカノは大鎌を躱しながら、叫んだ。

 もはやシルバーキーはここには無い。少なくとも、ドモボーイが理解した状況は、エンブレイスが爆発四散し去った、ただそれだけの冷徹な事実であろう。だがユカノは虚空に向かってなおも呼びかけた。「シルバーキー=サン!かの品はいまだ敵の手に落ちてはいない筈!フーリンカザンです!」

 メイルシュトロムが首をめぐらし、不快げにユカノを見た。「イヤーッ!」サイズマスターの大鎌を潜り抜け、ユカノは懐に潜り込んだ。押し合う彼らめがけ、再びゲニン達がじわじわと包囲を狭め始めた。ドモボーイは床を這い、己の無力を嘆いた。「シルバーキー=サン!」ユカノがなおも叫んだ。

 メイルシュトロムがもう一方の手でユカノを指さした。「「「「「「イヤーッ!」」」」」」ゲニン達が一斉に襲い掛かった。ドモボーイは黒い波に呑まれた。そしてユカノ。サイズマスターと競り合う中、逃れるすべもない。……ヒュルルル……ルルルル……そこに降ってきたのは、光る雨である。

「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」降り注ぐ光の雨に撃たれたゲニンはその部位を散弾銃で撃たれたように爆ぜさせ、のたうち回った。花火?否……それはカラテ粒子!カラテ・ミサイルである!ヴァストバルクとスパルトイのイクサを見守っていたニーズヘグはこの異変に眉根を寄せた。

「彼奴が?」ニーズヘグは呟いた。「あるじめ、如何にして言い含めたというのか」……「ア?」タイコ持ちのスモトリと旗持ちのニンジャ、ボロゴーヴが、松明のもとに歩き進んできた意外なニンジャを振り返り、言葉を失った。そのニンジャはカラテ・ミサイル第一波を放ち終え、尊大に胸をそらせた。

「なんと情けなきイクサ」グランドマスター・パーガトリーは首を振った。「そも、この私が出向く時点で破綻作戦の極みぞ」オレンジの明かりは、彼の首筋の脂汗と、血の気が引き青ざめた横顔をよく隠した。「しかしながら私が来たからには、敵の命運も今尽きたりと言えよう」

 彼がキョート城の深淵に近づく事は決して無い。自身の性質はもとより、憑依ニンジャソウルが非常に高位である為に、極めて強くオヒガンの影響を受けるからだ。にもかかわらず、彼すらも前線に現れた。このイクサはダークニンジャにとって最重要のイクサ、今後の試金石となるべき場と決まったのだ。

 ニーズヘグは唸り、ヴァストバルクを徐々に押し始めたスパルトイをもどかしげに眺めた。ヒュルルル……光る雨の第二波。ゲニン達を焼いてゆく。ディミヌエンドはドラゴン・ニンジャのもとへ駆けてゆく。では、メイルシュトロムは。そしてジュエルは?

 ドクン……神秘の立方体が強く脈打った。その一打が、メイルシュトロムに確固たるニンジャ装束を与えた。不明瞭な相貌に喜色が滲んだ。ドクン……神秘の立方体が強く脈打った。メイルシュトロムは訝しんだ。降り注ぐカラテ・ミサイルなどおそるるに足らず。だが、撃たれ崩れたゲニンの残骸が宙に。

 立方体は震動を始めた。メイルシュトロムはこれを好まなかった。彼は手に力を込め、抑え込もうとした。ドクンドクンドクンドクン……だがそれはうまくゆかなかった。そうはさせじとする者があった。即ち、ゲニンの残骸が新たな人型を構成し、メイルシュトロムの眼前で、同様に立方体を掴んだのだ。

「ウヌッ!」メイルシュトロムはジュエルを奪い返そうとした。だが人型は強い力でそれに抗い、離そうとしない。今や人型は明確な装束を構成していた。銀色の装束を。そしてメンポを。そして、ゴウランガ……そのニンジャ装束に包まれた、男のニンジャの肉体を。

「貴様……」「ダメだ。悪いがこればっかりは譲れねえ」銀色装束のニンジャは挑むように笑った。「どンだけ大変だったと思ってる。アンタも色々あるんだろうが、こっちにも色々あるンだ」彼はジュエルを掴まぬほうの手で、己の身体を探るように触れた。「オオ……何てこった。感慨しかないぜ」

「何が起きてやがるんだ」ドモボーイはカラテミサイルに撃たれたゲニンの残骸にまみれながら、うめき声をあげた。パーガトリーの光の雨はいまだ降り来たり、彼らギルドのニンジャをすら危険の中に置いている。「イヤーッ!」「グワーッ!?」サイズマスターが身体をくの字に折り曲げ、吹き飛んだ。

 ユカノのポン・パンチが乱戦の隙をついてサイズマスターの体幹に突き刺さったのだ。サイズマスターは空中で受け身を取ろうとした。その地点に走り込んできた小柄な影が、二刀を繰り出し、その首を刎ねた。「サヨナラ!」爆発四散したサイズマスターを振り返り、ディミヌエンドがザンシンした。

「ウカツな奴だな。イクサの最中に気を散らしてッからだ……」銀色装束のニンジャが言った。目の前のメイルシュトロムを睨み、「俺もか?」それからユカノを見た。「ドーモ。ユカノ=サン。こんな真っ最中に済まないな。俺だ。シルバーキーだ。ちょっと待っててくれよ」 

 シルバーキーは己の血管を行き来する血液、心臓の鼓動、ニューロンの爆発、何もかもを精細に感じ取っている。ニンジャ達、戦う者達、死んだ者達を。ニンジャ第六感が開きすぎている。ブーストの源は右手に掴んだジュエルだ。だが、まだこの手を離すわけにはいかない。メイルシュトロム。

 この神秘的立方体はオヒガンに揺蕩う力を狭間の世界に抽出し、限定的にではあるが、現実をすら定義してみせる。なんと危険な力であろう。そしてこのような呪物をすら精製するキョート城とは、いったいいかなる秘密をなお隠しているのか。ともあれ、この力と繋がり、操作する事で、彼は蘇ったのだ。

「俺の顔を見たの、初めてだろ。ユカノ=サン」シルバーキーは言った。「ハンサムか? 多分、ズルをすりゃ美化して作ることもできたと思うんだが、それはやめたよ」「そうね、十分親しみがもてる顔ですよ」ユカノは破顔した。「ドーモ。シルバーキー=サン」シルバーキーは頷き、右手に力を込める。

 右腕を透かして、ジュエルはシルバーキーに根を張り、接続している。大丈夫だ。シルバーキーはニューロン速度で思考を巡らす。コントロールできている。内なるかりそめのチャドーが、いまだ彼を助けている。横目に、エンブレイスの爆発四散痕。存在の名残りを感じ、何とも言えぬ感傷を抱く。

(色々ありがとうよ。エンブレイス=サン)シルバーキーは心の中で祈りめいて呟く。(キャプスタン=サンはアンタを利用して、ギルドの部隊も全滅に追いやったけどさ……多分アンタに対するユウジョウに嘘はなかったんじゃないかな)

「イヤーッ!」「ヌウーッ!」力の波。メイルシュトロムが怯む。「調子いいぜ」シルバーキーはメイルシュトロムに挑んだ。己を鼓舞するかのように。メイルシュトロムの不明瞭な肉体にノイズの波が走る。白熱する瞳が敵意に見開かれる。ドクン……ジュエルを通し、その破壊意志がシルバーキーに逆流する。シルバーキーの両目から血が流れ出した。

「そレはお前に属すル物でハ無い」「グワーッ!」シルバーキーの眼前、装束を炎めいてざわめかせるメイルシュトロムは数倍にも巨大に見えた。「お前ノ役目は終わリダ! 運び手よ!」「グワーッ!」ユカノが駆ける。ディミヌエンドが立ちはだかる。「ドラゴン・ニンジャ=サン! 貴様を自由には……」

「ヤメロ」ドモボーイは片腕で身体を支え、言葉を絞り出した。新たな光の雨が周囲に降り注ぐ。「わからねえが……やめるんだ」「なぜ」ディミヌエンドは困惑した視線をドモボーイに投げた。ユカノは足を止めない。彼女はディミヌエンドを睨んだ。その超然たる眼差しが、ディミヌエンドを怯ませた。

「感謝します」ユカノはディミヌエンドの横を通過し、シルバーキーの傍らに立つと、震えるその肩に手を触れた。メイルシュトロムがユカノを見下ろした。「「「イヤーッ!」」」ゲニンの生き残りが襲いかかる。「イヤーッ!」「グワーッ!」ドモボーイがインターラプ卜する! カジバチカラ!

 KBAM、KBAM……カラテミサイルの爆発の光が広間を破滅的に照らす中、奥ではヴァストバルクの巨体がよろめき、重苦しく片膝をつく。その利き腕はセグメント分割された奇怪な剣のワイヤーによって肘先を固定されて封じられ、その背にのしかかったスパルトイがカワラ割りの拳を打ち下ろした。

「イヤーッ!」カイシャク!「サヨナラ!」ヴァストバルクの頭部が破砕、崩折れながら爆発四散すると、スパルトイは転がり落ちて床に叩きつけられた。「グワーッ……」「シルバーキー=サン」ユカノが呼びかけた。シルバーキーは歯を食いしばり、ジュエルを、メイルシュトロムを睨み続ける。

 ユカノはシルバーキーの肩に触れたまま、決然とチャドー呼吸を開始する。「スゥー……ハァーッ……」「スゥー……ハァーッ……」シルバーキーが応える。強張った身体の震えが引いてゆく。「「スゥー……ハァーッ!」」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 ゲニンが満身創痍のドモボーイを圧倒!ドモボーイにはもはや気力すらも残されておらぬ。更に襲いかかるゲニンに対し、新たに立ちはだかるニンジャあり。ディミヌエンドである。「イヤーッ!」「グワーッ!」彼女の状況判断は、果たしてギルドにとって吉か凶か?

 シルバーキーの視界が吹き飛び、再び彼はローカルコトダマ空間の浜辺に己を見出している。目の前にはジュエル。ジュエルを挟み、山のようなメイルシュトロムの圧倒的な姿。だがシルバーキーの傍らにはユカノがいる。チャドー呼吸。シルバーキーの身体が内側から輝き出す。

「いける。吹き飛ばしてやる」シルバーキーは目を見開いた。ユカノが呟いた。「ジュエルはオヒガンを渡る鍵のようなもの」コトダマの海の上に霧が立ち込め、幻じみて、太古のキョート城の光景が目まぐるしく浮かんでは消えてゆく。シルバーキーがユカノを照らし、記憶の残滓を投射しているのだ。

「迷ってはなりません。よいですか」ユカノが言った。シルバーキーはニューロンをブーストする。「グワーッ!?」メイルシュトロムの身体が膨れ上がり、崩壊を始める。シルバーキーはジュエルの力を送り込む!「グワーッ!?」ユカノは続けた。「機会を逃してはなりません。今この時を」

「イイイヤアアーッ!」ジュエルの力を循環させたシルバーキーは今や銀の太陽フレアと化し、夜のコトダマ浜辺を真昼めいて照らし、そしてメイルシュトロムの巨体を焼き尽くす!「グワアアアーッ!」「ジュエルはオヒガンに穴を穿つ」ユカノが言った。彼女は懐から何かを取り出した。黄金の星座盤!

「キョート城に辿り着いた今、この星座盤は私にはひとまず用済みです」「……何を言ってる」シルバーキーはユカノを見た。ローカルコトダマ浜辺は、今やもとの静けさと夜の暗さを取り戻していた。ユカノは黄金の星座盤をシルバーキーに差し出した。「帰ることができる。オヒガンに道を探しなさい」

「何を言ってる!」シルバーキーはユカノを掴み、肩を揺さぶった。「こんなところ用済みだ。ダークニンジャの奴が生きてる事もわかった。俺はアンタのクエストに便乗させてもらって、こうして俺の身体も取り戻せた。万々歳じゃねえか。帰るんだ! ニンジャスレイヤー=サンだってアンタを待ってる」

「帰ります。必ず帰ります」ユカノは頷いた。そしてシルバーキーの手に触れ、やさしく肩から離した。「ですが、私にはまだ為すべき事があるようです。ドラゴン・ニンジャとしての責任が」シルバーキーは狼狽えた。打ち寄せる波が極度のスローモーションになり、広間のイクサが周囲に戻ってきた。

 メイルシュトロムは爆発四散し、既に彼の目の前から消え去っていた。広間に残るゲニン達を、パーガトリーのカラテミサイルが執拗に焼き滅ぼしていく。ギルドのニンジャ達が一人、また一人、シルバーキーとユカノのもとへ用心深く集まりつつある。すぐそばでディミヌエンドが威圧的に刃を鳴らす。

 二人の傍の空中にジュエルが静止している。ホログラム映写機めいて、虚空に黒い歪みを投げかけている。「わかった」シルバーキーは頷き、星座盤を受け取る。「俺がアンタでも、多分、同じような啖呵を切ったさ」「うまくやります」ユカノは言った。ディミヌエンドに油断なくカラテを構え、邪魔を許さない。

「行きなさい!」「イヤーッ!」シルバーキーは両手を広げ、上体をのけぞらせた。ジュエルが彼の意志力に反応、歪みを拡大させる!「イヤーッ!」ディミヌエンドが短剣を投擲!「イヤーッ!」ユカノが裏拳で弾き飛ばす!「私が相手をしましょう!」「イヤーッ!」シルバーキーは歪みに飛び込んだ!


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 01010000100101ルバーキーのコトダマ視界には、絶え間なく流れ続ける無限の情報の上に灯台めいて輝く確固とした無数の光が見えていた。シルバーキーは黄金星座盤のガイドを頼りに、飛翔角度を注意深く調整する。キョート城は遥か後ろ。彼は眼前に新たな海を見出す。そして舟を。

「グワーッ!」シルバーキーは重力に捕えられ、おぼつかないボートの上に落下した。「ホーッ! ホーッ! ホー! なんとも慌ただしくシツレイな」船頭は尻餅をついて彼の落下を避けていた。彼は身体を叩いて起き上がり、水面に浮かんだ海賊帽を素早く拾い上げた。「来たりて去りてまた来たる、善哉」

「アンタは」「うむ、俺はカロン……」「カロン・ニンジャじゃなく、コルセア=サン!」シルバーキーは指さした。コルセアはやや気分を害したように海賊帽のつばを整えた。「ま、そうご無沙汰でもないゆえな。しかし不躾な奴。ドーモ。シルバーキー=サン」「俺がわかるのか」「お前と同じにな」

「この船はどこへ向かってる」「波のゆくまま」「ジョークに付き合わなかったことは謝るよ」シルバーキーは顔をしかめた。「帰らなきゃ」「帰れるとも。実際早いぞ。間に合うやもしれん」コルセアは頷いた。シルバーキーは眉根を寄せた。「間に合う?」「ああ、イクサにな」コルセアは言った。

「イクサだと?」「ヒヒヒヒ……なかなかに忙しいだろうな。人の子よ」コルセアはほくそ笑んだ。「ここ最近、随分と様々な連中が乗り合わせる。大忙しだ。麗しい金髪女やら、水晶じみた人形に、ヒヒヒ、サラリマン」「……」シルバーキーは聞き返すのをやめた。ボートは滑り出した。


◆◆◆


 ZANKZANKZANK……風穴洞じみたドーム状の広間の一角、闇が沸騰し、身をもたげると、それは不明瞭なニンジャ存在を形作った。再び産み落とされた存在はしめやかに歩き進み、中央のタタミ玉座を目指す。メイルシュトロムは煮えるような怒りを胸に、新たな手管に思い巡らせる。

「シるバーキー」メイルシュトロムは呪詛めいて呟いた。これでは飼い犬に噛まれたも同然の不名誉である。コトダマ適性者はくびきを逃れ、現世への復帰の希望で餌付けしたニンジャ達を惜しみなく投入した決戦がくだらぬ敗北に終わり、ジュエルを奪取することもかなわなかった。

 しかし、この狭間の世界……キョート城ある限り、彼は無限に再生する事が可能だ。ニンジャソウル原形達を組織し、使役し、やがてはダークニンジャの軍勢を滅ぼすに至る。そして、いずれ現世に帰還する事ができよう。「ドらゴン・にンジャか……いマだ感じルゾ」彼は呟いた。「あレモ必ず掌中に」

「否。それは叶わぬ」タタミ玉座から思いがけぬ声が降ってきた。メイルシュトロムは玉座の上を凝視した。「誰ノ許しあッテ、そコニ上がルか!」「……」その者は低く笑った。フードを目深に被った、ローブ姿のニンジャである。メイルシュトロムは驚愕に凍りついた。「バカな」

「ドーモ。ダークニンジャです」カタナめいた眼光が超自然の悪霊を射抜いた。メイルシュトロムは呻いた。「バカな……しカシ、いクサは……!」「全て、この為に。貴様の存在を根源から断つには努力を要したな」反射的にカラテを構えたメイルシュトロムの眼前に、ダークニンジャが立った。

「ネクさスか!」メイルシュトロムは憤怒に唸った。ジュエルを挟んだ戦闘時の接触から、この地を辿られたというのか。「あノ死に損ナいノクサれボンずメガ!」「他に逃げ場はあるか?」ダークニンジャが尋ねた。「逃がしはせぬが」「呪わレヨ……」メイルシュトロムはカラテを構え、後ずさった。

 メイルシュトロムは城内の依代となりうるゲニン存在を精査する。否……精査するまでも無し。それらが全て断たれたがゆえ、メイルシュトロムが再び生まれ出でた地点は、この最本拠地でなければならなかった。王たるダークニンジャが敢えて自ら手を汚すからには、そうするだけの理由と確信がある!

「イヤーッ!」やおらメイルシュトロムは左手を己の胸の中に差し入れた。そして取り出した……危険な超自然レリックを! ナムサン! それはインロウ・オブ・パワー! 途端にダークニンジャを囲んで顔なき四体のゲニンが出現した! 今はこれが限界だが、「呪わレヨ! 死ね! ダークニンジャ=サン!」

「「「「イヤーッ!」」」」ゲニン達はダークニンジャに襲い掛かり、押し潰した、かに見えた。その時すでにダークニンジャはメイルシュトロムのワン・インチ距離にあった。鉤爪めいたダークニンジャの手が決断的速度でメイルシュトロムを捉える。インロウ・オブ・パワーが破砕し、胸が爆ぜた。

 ダークニンジャは更に踏み込んだ。両腕を突き入れ、裂き開く。「イヤーッ!」「ア、アバーッ!」メイルシュトロムは黒い屑を散らし、カラテが触れたそばから崩壊してゆく!砕けたインロウの破片が地面に散らばると、顔なきゲニン達は一様に頭を掻き毟り、身悶えした挙句に爆発四散した。

「アバーッ!」ねじくれ震えながら、メイルシュトロムの残骸が地面をのたくった。触手がインロウの破片を探った。ダークニンジャはそれを無慈悲に踏みにじった。「アバーッ!」「貴様には過ぎたる玩具。所詮は己自身が何者であるかすら判らぬ胡乱なニンジャソウル。要らぬ面倒を増やすが関の山であった」

「チチ、チチチ」ミミズじみて痙攣する奇怪な残骸の群れは、弱弱しく鳴きながら、なおインロウの破片に執着する。ダークニンジャは掌をかざす。「イヤーッ!」KBAM!カラテ衝撃波だ!「イヤーッ!」KBAM!「イヤーッ!」KBAM!サヨナラすら発せぬまま、メイルシュトロムは消滅した。

 それは、かのガイオン破滅日、キョート天守閣に呼び出され、絶望的なイクサの中で偶然に城中へ逃げ延びた、一体のフェイスレスのなれの果ての最期であった。主の手を離れたインロウ・オブ・パワーの超自然力が、彼を生かすとともに、ゲニンを従える力を与え、今日まで存えさせてきたのである。

 風がダークニンジャの闇のローブの裾を揺らした。インロウの破片に火を放つと、彼は虚しき敵の玉座の間を後にした。


◆◆◆


 同刻、城内別座標……ドラゴン・ニンジャことユカノは、ザイバツ・シャドーギルドのニンジャらに包囲されながら、なお毅然と、敵将パーガトリーの凝視を見返すのであった。

「この時に至るまで、我が手を散々煩わせてくれたものよ。だがそれも終わりぞ、ドラゴン・ニンジャ=サン」パーガトリーは手にした扇子をせわしなく動かし、己の顔を仰いだ。「我が手、と来たか」包囲網の後ろからニーズヘグの笑いが近づいてくる。パーガトリーは鼻を鳴らす。 

「待ってく……」ドモボーイがなんらかの抗議を行おうとした。「イヤーッ!」「アバーッ!」ドモボーイのもう一本の腕が無残に爆発した。カラテ粒子だ。「獄へ繋げ」パーガトリーは虫でも見るかのように、這いつくばったドモボーイに一瞥をくれた。ディミヌエンドは跪き、推移を見守っている。

「私も獄に繋ぎますか?」ユカノは冷たく言った。「否、賓客として扱うとも」パーガトリーは言った。「賓客としてな。かつてギルドがそうしたように」「どうでしょうね」ユカノは口の端を歪め、馬鹿にしたように笑った。「少なくとも貴方が決められることではないのでしょう」「さて……」

「紐でもかけるがよかろ」包囲が左右に割れ、ニーズヘグが進み出た。ディミヌエンドが立ち上がり、ユカノの腕を拘束する。ユカノは逆らわなかった。彼らと共に、ユカノも歩き出した。さあ。新たなイクサだ。敵はダークニンジャであり、キョート城であり、己の過去か。油断なく立ち回るべし。

 ドンコドンコドンドン……ドンコドンコドンドン……スモトリが太鼓を打ち鳴らす。歩きながら、ユカノは一度振り返った。別のニンジャに抱えられたドモボーイ。もはや意識はない。ドンコドンコドンドン……ドンコドンコドンドン……凱旋するニンジャ達の瞳は暗い火を灯し、交わす言葉は無かった。

【ア・クルエル・ナイト・ウィズ・レイジング・フォース・フロム・ソー・サイレント・フィアフル・レルム】 終


N-FILES(資料集、原作者コメンタリー)

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