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プレシーズン4【ライオット・オブ・シンティレイション】分割版 #1

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全セクション版


 ネオサイタマ、ウシミツアワー。重金属酸性雨の霧雨にネオンライトが混じり、極彩色の霧を生み出す。上空のホロ・トリイをマグロツェッペリンの群体が通過すると、ホロ広告ボムが音声とともに弾ける。「アカチャン。オッキクネ」「アカチャン。コンナニ、ソダッテネ」「ヒートリー……コマキタネー」

「ハッケ!」「ハッケ!」「ハッケヨソイ!」広告音声に負けじと奇声をあげるハッケ・プリースト集団が街路を練り歩き、忙しいサラリマンやNERDZ、パンクス、アニメボーイ、コムソ、ローゲニン、ケモノパンクス、リキシパンクス、サラリパンクス、編笠武装商人、強制処置医、カルティストが行き交う。

「最悪死ぬ」とレリーフされたマンホールの蓋が開き、ガスマスク装着の作業員が地上待機の監督の足を見上げて何らかの工具を掲げる。「これ、そのへんに置いといていッスか?」「ア? てきとうにやっとけ」「ハイ」マンホールが再び閉まると、自転車配達員がジグザグ走行で水溜りを撥ねて走り抜ける。

「安い、安い、実際安い」「アカチャン!」「十人十色、十人十色……」幻惑的に滲む広告音声とネオン・チョウチン立ち並ぶ飲み屋街を自転車配達員が通過する。「オゴーッ!」「部長飲みすぎるからですよ」「俺は社長になる!」泥酔嘔吐部長サラリマンとカカリチョだ。セッタイも後の祭り。

「知ってる? タッチアップにはアイスダイヤ一択よ」「マ?」「むしろ生体爪の良し悪しは摂取する蛋白質の質の如何。サプリ飲んでる?」「マ?」ケモノパンクスが暗がりで互いの獣性を品評しあう会話が後ろに通り過ぎ、自転車配達員は大通りを右に曲がろうとする。そこにスモトリ。「グワーッ!」

 KRAAASH! 自転車が転倒し、倒れた彼の頭の横をカンオケ・トレーラがノーブレーキ通過する。「ザッケンナコラー!」自動ヤクザクラクションを発しながら。「ア、アイエエエ」倒れた彼が危うく身を起こすと、ブチまけた配達のオカモチは……無事であった。オカモチを片手で受け止め、通行人が微笑んだ。

「立ちな。死ぬぜ」PVCテックウェアを着たアフリカンの男はもう一方の手を差し伸べて配達員を助け起こすと、オカモチを渡し、自転車を立たせてやった。「ア、アリガト」「同業者のよしみだな」彼は配達員の肩を叩き、グッドサインすると、身を翻して跳んだ。「イヤーッ!」看板を蹴り、屋上へ。

「ニ、ニンジャ、ナンデ?」仰天する自転車配達員を尻目に、彼はトントンと数度その場で跳ねてから、走り出した。ビルからビルへ飛び移るなかで、その走りはぐんぐん加速する。斜めに背負ったヒキャク・バッグの中には直方体の高密度ケースが数個。今日の荷物だ。

「安い、安い、実際安い」「アカチャン、スゴクオッキ」マグロツェッペリンの広告音声が降ってくる屋上高度の煩さは、地上の喧騒とさほど変わらない。だが彼のようなニンジャにとってはとても快適な移動ルートだった。然り、彼はニンジャであり、ヒキャク・パルクールなのだ。彼の名はザナドゥ。

 ザナドゥは地球の裏側、マナウス・シティからネオサイタマにやって来た。ヒキャク・パルクールを生業にしたのは、なるべく早くネオサイタマの地理を頭に叩き込みたかった事もあるし、定時で働く為に来たわけではないからだし、ヤクザとして組織暴力を振るうなどまっぴらだったからだ。

 手首に装着したデバイスは青緑の光で彼のバイタル状態を伝える。そして減ってゆく数字が配達タイム・リミットを示す。ザナドゥは自身の能力を過少申告している。それによりギャランティーのランクは下がっているが、かわりに配達中に少しの時間的余裕を得ることができる。まだまだ余裕だ。

 とはいえ、ダラダラとサボるためにそういう真似をしているのではない。停止は禁物。彼はビルの縁に立った。六車線道路を挟んで対岸にやや高いビル。「行けるか……? まあ、行けるだろ」彼は呟く。対岸のビルには素晴らしい給水タンクがある。「いいぞ。いい」下の交差点で衝突爆発炎上音がした。

「おお、おお。派手じゃねえか。クワバラだな」ザナドゥは衝突事故を見下ろし、あらためてキアイを入れると、数度のバック転のあと、助走をつけて……跳んだ。「イヤーッ!」側転からのフリップ・ジャンプ。そして空中で身をひねる……「ア!?」ザナドゥは驚き、空中でバランスを崩す。

 屋上の世界に、もう一人いた。その者は対岸のビルの上に、ちょうどザナドゥの進行方向に交差するように着地し、そのまま走り去っていった。赤黒の風を残して。「ヤバ……グワーッ!」SMASH! ザナドゥは高さが足りず、ビル側面に生えた「電話王子様」の看板に衝突。危うく身を支えた。

「チクショ!」ネオンがバチバチとスパークし、ザナドゥを慌てさせる。「クッソ!」彼は看板をよじ登り、なんとか屋上に這い上がった。既に赤黒の影の存在はない。「ニンジャかよ。チッ」ザナドゥは毒づいた。興味無さげな一瞥に何故か少し屈辱をおぼえたが、ネオサイタマではこんな事もあるのだろう。気持ちを切り替える。

 腕のデバイスを見る。今のタイム・ロスはやや痛い。しかし……「ほっとけねえもんな、こんなのは」ザナドゥは給水タンクを見た。彼は腰のポーチからスプレー缶を取り出し、シェイクさせながら、タンクに向かった。ブブブブ。蝿めいた音を立てて監視ドローンが浮上する。「イヤーッ!」スリケン破壊。

「大急ぎでやるからよ」シャカシャカと振ったスプレーを、薄汚れたタンクに噴き付けていった。彼はありがたいフクスケと、ネオンの桃を二色で見事に描いていった。ここまで出来るようになるまでに、実際随分と「修練」を重ねてきた。それまで何も身につかなかった彼が、初めてモノにした技術だ。

 彼の故郷、マナウス・シティは、透明の高所チューブで高層ビルを繋いだ都市だった。貧富の差が極めて激しく、チューブを使って移動し、空中庭園で憩う者たちと、荒廃したまま放置された地上の街に暮らす者たちの見る景色は違った。当然、彼も下から上を見上げるばかりだったが……ある日、変わった。

 空中庭園の誰かが投げた中身入りのエナジードリンク瓶が脳天に直撃し、脳みそをはみ出させて死ぬであろうところ、彼は神秘的な夢から覚めると、ニンジャとなっていた。そして、上の世界にあがる権利を強引に手に入れた。そこにはしかし、先客たちがいた。彼同様、強引に上へあがった者たち。

 ザナドゥにはニンジャの脚力と腕力があった。ビルの側面を駆け上がったのだ。だが彼らは違った。彼らは様々な違法テクノロジーの助けを借りてチューブの高さまで上がり……そして、やる事といえば、チューブの表面にグラフィティを描く事だった。

 バカな暇人どもだ、彼は当初はそう考えた。しかし……命をかけて(実際、見つかれば射殺もされる)バカな落書き犯罪行為を繰り返していた彼らには、彼らなりの切実な理由と意志があったし、ほどなくしてザナドゥ自身も、その切実さと意志を共有する側になっていた。そしてそんな小規模の集団の中にも、とんでもないタツジンは生まれるものだ。

 あのタツジンをザナドゥが直接目にしたのは、結局、一度だけだ。だがそれで十分だった。……「よし」ザナドゥはやや距離をとってフクスケと桃を眺め、別角度からも確認した。「いいじゃねえか」彼は深く呼吸し、そして、パンと手を叩いた。ネオン・グラフィティが反応し、ホロ幻像がたちあがった。

 死にかけた瞬間に彼が垣間見た夢に現れたのは、輝く煙で龍や蝶を生み出し、敵陣のニンジャを恐慌に陥らせる、ゾッとするようなエピックな光景だった。それがインスピレーションとなって、彼は自分が刻んだ絵をホロ幻像として立ち上げる事ができるようになった。それが、彼が大事に抱える宝だった。

「ヒートリー、コマキタネー」「アカチャン……」広告音声をBGMに、フクスケは桃の周りをゆっくりと舞う。雨の中、暫くすればこの幻像は消えてしまう。だから、賑やかしのようなものだ。ザナドゥは更に後ろに下がってグラフィティを確かめ……後ろに落下しかかり、配達時間も思い出す。「ヤッベ」

 ザナドゥは再び走り出す。色付きの風となる。背後にはゆっくり踊るフクスケ。彼の足跡には黄緑色の光がボンボリめいて灯った。「イヤーッ!」ビルからビル。そして電線の上を滑り、腕のデバイスがピピピと音を立てると、付近にヘリポートを探し……「あれか」既にヘリが待機している。だが時間内だ。問題ない。

「イヤーッ!」回転ジャンプでヘリポートに到達したザナドゥのもとへ、ジップラインをつかってシュンシナムのサラリマンが降りてきた。「ドーモ。お世話になります」「ドーモ」ザナドゥは腕のデバイスを操作し、依頼票を投影させる。サラリマンが頷き、促した。ザナドゥは配達物を渡した。

「……ご苦労」中身は詮索しない。ロクなものである筈もなしだ。「爆発とかするのかい?」ザナドゥは訊いてみた。サラリマンはフッと笑い、上向けた掌をパッと開いた。「そりゃもう高純度です」「やっぱりな。まあいいけどよ」「確かな仕事でした」サラリマンは端末操作。キャバアーン! 入金音。

「イイね。確かに」ザナドゥは頷いた。一応の危険に見合った報酬である。少なくとも運搬中にヤクザや暗黒メガコーポの襲撃を受ける事はなかった(そのレベルの仕事も、懐がさみしい時は検討する)。「じゃ、ご贔屓に」「コンゴトモヨロシク」「イヤーッ!」ザナドゥはバック転してビル下へ降りた。


◆◆◆


「アカチャン!」「カッテニ、オッキク」広告音声と雑踏、ザナドゥはポケットに手を突っ込み、足早に歩き出す。屋台街では客が背中を丸めてソバを啜っている。「安い、安い、実際安い」「セプク価格」「毎日閉店!」彼は裏通りに入っていく。色街のヨコチョに、良いバーがある。

「あれ? ザナドゥ=サンじゃん」路上、樽テーブルに座って豆ココアを飲んでいる女子高生が声をかけた。「トイコ=サンか」ザナドゥは顔をしかめた。「ヨウナシもいるよ」アンミツを両手に持って、トイコの親友のヨウナシが中から出てきた。「じゃあな」「いや、それおかしいよね!」「オゴレ」

「仕事終わりで疲れてる」ザナドゥは断った。トイコは取り合わない。眠たげな目で豆ココアを振った。「その返事は違うよね!」「うん違う、ワシら年下にオゴレ」「カエレよ、家に。家があるんだからよ」「帰るけどオゴレ」「全くよォ」ザナドゥが向かいに座ると、二人は歓声をあげた。

 トイコとヨウナシは不良女子高生であり、つるんでストリートを徘徊している。車両基地で鉄道にグラフィティを行おうとした時、この二人も同じことをしに来ていた。命の危機を共に乗り越え、一種の同業仲間となった。どうしようもないガキどもだが、ネオサイタマの要所をこころよく教えてくれた。

 だからザナドゥはトイコとヨウナシをあまり邪険にできない。彼女らは彼女らで、地球の裏側から来たザナドゥを珍しがり、ボディガードがわりにすることも時にはあった。ギブアンドテイクだ。空腹に負け、ザナドゥはその店でスシを頼んだ。カニとデンブを使ったピンク・スシしかないと言われた。

「変なモン食ってる」トイコが笑い、ヨウナシも写真を撮った。ザナドゥはもはや構わず、スシを次々に口に入れた。店頭備え付けのテレビではスカムニュース番組。ボリューム感のある髪型のプレゼンターがなにか喚いている。「ネオサイタマどう? 慣れた?」おもむろにトイコが尋ねた。

「慣れはしねえよ」「でも仕事見つけたんだよね。ウケル」「お前らはガキだが俺はそうもいかないんだ」「仕事しながらボムしてるの不良過ぎると思う」「そもそも、その為にヒキャクだ」「キアイ入ってるよね」「ザナドゥ=サン、なんでニンジャな?」ヨウナシが問うた。「ア? 知らねえよ」

「ワシ知ってるよ、ニンジャはニンポじゃん。あと、敵のヤクザの首を刎ねるでしょ」「俺はヤクザはやらねえ。柄じゃねえから」「ニンポは?」「腹が膨れた」ザナドゥは自身のジツについて曖昧にした。ホロ幻影についてベラベラと明かしたい気には何故かならない。彼自身、畏怖をおぼえるのだ。

 ニンジャになって以来、スリケン投擲の練習はしてきた。便利だ。だが木人拳を叩いたりする気にはあまりならない。ニンジャとは彼にとって……「上」に気づかせてくれた力であり……つまり、全てだ。だがそんな話をこのガキどもにしたところで。「それより例のアレ」「そうアレ」二人が話題を変えた。

「ヤバイよね」「ヤバい」「見た?」「見た見た。ヤバい」トイコとヨウナシがなにか恐ろしげなものについて話しだしたので、ザナドゥはスシに集中した。恐ろしげな話に興味はあったが、自分から掘り下げに行きたくなかった。さっさと食べ終えて、勘定をしてやって、飲み直そう。「腕が無くなってたって」

「ヤバくない?」「襲われた奴、タマ・リバー落ちて、生きてて、今サイバネだってよ」「ウケルね」「ヤバいよね」「どこだっけ?」「センベイの高架下」「ヤバ過ぎ」「ワシらに来たらどうする?」「ザナドゥ=サンに見張らせよ」「そいつ、ニンジャだったらどうする?」「ダメかも」

「見張らねえぞ」我慢ならず、ザナドゥが顔をあげた。トイコは「交換条件、良い場所教えるし」と動じない。「何だそりゃ? 腕ってなんだ?」「なんか、ユーレイだって」「ユーレイだ?」「腕を持ってくんだって。超ヤバい」「そうかヤバいな」「ワシら、真面目な話してンだから」「うるせえな……」

 その時。「これはメガコーポだけの問題ではない!」TVモニタのプレゼンターが画面に指を突きつけ、大声を出した。「モラル破壊! 未来を担う子供達が全員不良になります! 貴方も今すぐシェリフに通報してください」「ウケル」「ミッチ、カワイイ!」トイコとヨウナシがモニタを指差す。「ミッチだ?」

「ミッチ知らないの?」「マナウスのTVでミッチ出ないの? ウケル」「知らねえよ……」ザナドゥは番組に注意を向けた。喚き立てる彼がパネルに表示させたのは……誰だか知らぬ重役の巨大な肖像画看板に「ファック」の文字と、桃の落書きがスプレーされた被害写真だった。「桃」ヨウナシが呟いた。

 ザナドゥは顔をしかめた。「ファック」もそうだが、桃。黒スプレーで殴り書いたような落書きで、ついさっき描いた自分のグラフィティとモチーフが被ったのが、どうにも落ち着かなかった。嫌な感じがした。「桃ウケルね」ヨウナシが言った。「面白くねえ」ザナドゥは反応した。声に棘が出てしまった。

「え? どうしたの?」「急にヤバい感じ」二人が不審そうにした。ザナドゥは我に返る。「……いや、悪りィ。オゴリだ」そそくさと新円素子をテーブルに置き、ザナドゥは立ち上がった。「またな」落ち着かないままに、彼は次の店に向かい、泥のように飲んで、寝た。……翌日から、ヤバい事になった。

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