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【オイランドロイド・アンド・アンドロイド】

◇総合目次 ◇初めて購読した方へ

この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードは物理書籍未収録です。また第2部のコミカライズが、現在チャンピオンRED誌上で行われています。



 ドンツードンツードンツードンツーポッポッポコッピポポポッポコッピ……かなり危険なクラブ「プラスチック・オスモウ」に、非人間的なケミカルテクノが鳴り響く。

 ホールの床は巨大なヨーカンのように艶艶と黒い。それは透明の分厚い強化樹脂で守られ、緑色に発光するネオンパネルが埋め込まれて、ミステリーサークルめいた形状を描いている。それは4つのドヒョウ・リングだ。そこでは黒いフルフェイスメットを被ったスモトリ崩れたちが、淡々と闘争している。 

 ケミカルテクノとVJ光の洪水の中、無軌道な若者たちは非合法デザイナーズ・ドラッグやメガデモ電脳麻薬を摂取して踊る。この退廃的なクラブでは、本来神聖なはずのスモトリたちの存在は完全にネグレクトされ、無機質なオブジェと化しているのだ。 

 3番リングで誰かが勝利した。人間味を排除されたフラットなドヒョウ・リングが自動裁定する。敗者の体重を感知し、緑のサークルが赤に変わった。敗者の右足が数ミリ、ドヒョウを割ったのだ。勝者は誇らしげなポーズで名誉をアピールするが、誰も注目しない。その顔は覆い隠され、声も聞こえない。 

 ダンスの中でいいムードになったサイバーサングラスの男と、サイバーゴス女が抱き合い、人ごみを抜け奥の暗がりへ。壁際では酩酊した男女数組が前後している。3番リングのスモトリは淡々とポジションに戻る。「フォース・アウト」「ファイティング・スピリット倍点」VJが電子音声ボタンを押す。 

「ファファファファイティン、ファッファファイティン、スピリッ、スピリッ」ポッポッポコッピ……。ガゴンプシュー。錆び付いた非常扉が開き閉まる。音が遠ざかる。男は扉の解除コードを知っていた。二人は誰もいない裏路地。張り出した強化コンクリート屋根の外には重金属酸性雨。いいムードだ。 

「……つまりその、言いにくいんだけど……」女の名はユンコ・スズキ。色々複雑な背景がある。肌は雪のように白く、頭髪はターコイズ色とクリーム色。「エートつまり…君はオイランドロイドで……ある日突然、自我が芽生えちゃった?」男は話半分で聞く。ダンスが上手く、陰のあるムーディーな男。 

「全然違う。自我以外が完全にドロイドで……」「で、たまにAIになるんだっけ?」「そう。そういうの、嫌?」「カワイイだと思う」男は全く信じていない。夢物語のオーバーテックだ。(((ああ……そういう設定のサイバーゴスの娘なワケね……ダッセ…)))男は彼女の腕や腰に触れ値踏みする。 

「カワイイ?」ユンコの胸の奥でマイコ回路が高速回転する。自我と裏腹にキモチの境目があやふやになる。「そう、だからオイランドロイドみたいにして欲しいんだ。ネコネコカワイイみたいにさ……」男はユンコを抱いたまま、ポケットに隠した超振動ナイフを巧みに取り出す。雨音が振動音を消す。 

「私はああいうのじゃない」ユンコが醒めて反論する。だが男はもはや獲物の言う事など聞かない。「ホラ彼女ら、よく破壊されてるだろ。興奮してきたよ。解るだろ?俺の好きなのはさ……完全にイノセントな状態……つまり神々と交信する神聖な器……」ナムサン!この男はサイコシリアル殺人者だ! 

 ALAS!このまま彼女はファック&サヨナラされてしまうのか?!男は隠していた嗜虐欲望を剥き出しにする!そしてユンコの背中めがけ、超振動ブレードを……!ナムアミダブツ!「イヤーッ!……アレッ?」手が動かない。ユンコの細い腕が肘から逆関節駆動し、男の手首を掴んでいる。 

「イヤーッ!」男は力を込めるがビクともしない。信じ難い!危険な通信カラテで会得したブラックベルト級のワザマエが、小娘を前に手も足も出ない!彼女の上腕部の排熱フィンが開く。ブラフではなく戦闘用ドロイドなのだ!「アイエエエエエエ!」男はユンコの怒りに満ちた目を覗き、恐怖した。 

 ゴキリ。男の手首が折れる。次の瞬間、逆の腕で情け容赦ないカラテパンチが腹部に叩き込まれた!「イヤーッ!」「オゴーッ!」男は屈み込み武器を取り落とす!さらに顔面へカラテパンチ!「イヤーッ!」「グワーッ!」転倒!「イヤーッ!」重いサイバーゴスブーツに頭を踏み付けられ身動き不能! 

「マッポ呼ぶ。サイバーゴスの女の子を何人も殺したでしょ。証拠揃ってる。スガモ行き」彼女はハッカーめいて吐き捨て、男を柱に拘束する。「正義の味方か…?ハハ……裁けるもんか」男の父親は暗黒メガコーポの重役であり、このクラブも彼の一家が経営するものだ。揉み消しや報復は既に何度も。 

「そういうダサいのじゃないから。ムカついたから来ただけ。あと、ニュース見てない?」ユンコはIRC端末を取り出し、這いつくばった男に見せつける。男は薬物酩酊と脳震盪のカクテルで揺らぐ視神経でLED文字を読んだ。「謎のジャーナリストが暴く……イカモチ社……重役不正……検挙……」 

 男は放心状態のまま笑う。ユンコは怒りを自制し非常扉へ向かう。顔とムードは良かった。ダンスも相性がいい。シリアルキラーでなければ良かったのに。「……あ、やっぱりダメだ」ユンコは非常扉を蹴り開ける。ポッポッポコッピポポポッポコ……音の洪水。「人をオイランドロイド扱いする奴とか!」

【オイランドロイド・アンド・アンドロイド】



『YCNAN:遅刻気味よ』『JUNKO:急いでる』センセイと秘密IRC通信を交わしながら、ユンコが跨がるマルミXR-6は青いサイバー光の軌跡を残してメガロハイウェイを疾走する。その丸みを帯びた最新型密閉モノバイクは、ネオサイタマに降る重金属酸性雨を軽やかに撥ね除けて進む。 

 彼女の保護者であるナンシー・リーは、コトダマ空間認識能力を持つヤバイ級ハッカーにして、社会不正と戦うジャーナリストだ。二人はトカゲのシッポ切りで検挙された重役の息子について対話する。『YCNAN:殴りに行ったの?』『JUNKO:殺してない。あのファック野郎はマッポ行き』 

『YCNAN:放っておいても捕まったのに』『JUNKO:そうかもしれないけど』マルミXR-6は速度を増し、いささか荒く乗用車を追い抜く。運転もIRCも全てがLAN直結。無機質なマシンを外皮のように纏った感覚。驚くべきテック順応性。『JUNKO:休憩を兼ねてだから自由でしょ』 

『YCNAN:そうね、自由があるわ』十数キロ離れたメガロスタジアムのライブステージ袖で、彼女は返信メッセージを高速タイプした。実際、IRC以外での通話は不可能。凄まじい音圧と歓声が周囲を包んでいる。『YCNAN:でも遅刻は余り褒められた事じゃない』『JUNKO:スミマセン』 

 ナンシー・リーは果たして何処にいるのか?十数万人の観衆が叫ぶその名を聴けば、察しの良い皆さんは直ちに理解するだろう……!「ネコ!ネコ!カワイイ!」「ネコ!ネコ!カワイイ!」「ネコ!ネコ!カワイイ!」スゴイ!小休止を挟み焦らされたオーディエンスの熱狂は、もはや暴発寸前だ! 

 ステージに2体のドロイドのシルエットが浮かぶ。「ネコ!ネコ!カワ……ワーッ!ワオオオオオーッ!」十数万の歓声がうねる!『アルヨ多幸感!!!』曲名が巨大モニタに映し出され、二体はネコネコカワイイジャンプを決める!同時に重低音ダンス音楽が鳴り響き、観衆は熱狂の渦に叩き込まれた! 



 灰色の空を埋め尽くす高層ビルの群。過剰消費を煽るネオン洪水の海を、ユンコを載せたモノバイクが走り抜ける。上空のホロトリイ・コリドーには、無表情な隊列を組んだコケシ・ツェッペリンが飛び、メガロハイウェイへと漢字サーチライトを投げ落としていた。 

 天を塞ぐオイランニュース映像。「西側は新型の幻覚剤投入との報道…」「仮に弾道弾で撃ち込まれた場合…」「怖いです」「何でそんな事するのかなあ」「許せないです」「要するにキョートが悪い!これに尽きますね!」仏頂面のコメンテーターやセレブが事象を単純化し、大衆の集合意識を代弁する。 

「CMドスエ」「スゴイ!ヨロシサン製薬の多目的解毒剤!備蓄!」無論暗黒メガコーポは、実際ネオサイタマに弾道弾など落下しない事を知っている。磁気嵐を突破できないからだ。ノーマンズランドとも呼ばれる緩衝地帯で制御された局地戦が続くのみ。だがそれは無垢なる市民の与り知る所ではない。 

 目的は、抑圧体制への非難を逸らす事、そして過剰消費への拍車。「ファック」ユンコは欺瞞TVを忌み嫌い、バイク内を神聖なサイバーテクノで満たす。恐怖心とカネと新テクノロジーを生み出すコントロールされた戦争。これが識者の知る真実。そして識者は誰もその秘密を口にせず、実際儲かっている。

 鋭いカーブで陰鬱な重金属酸性雨を振り払い、モノバイクはスタジアム前へ。「いい素子あるよ!カワイイだよ!」素子屋台が並び、「摘発危険性」と書かれたノボリの横ではヤクザと無軌道学生の小競り合い。「列の順番を守る」と書かれた札は無残に踏みしだかれ、モラルが死滅寸前にある時代を示す。 

「入れないよ」ケミカルな目つきのゲート警備員がバイクの液晶画面に映り込む。「報道パス」とユンコ。「かざして」気怠そうに警備員。ニュウーン。モノバイクの側面が開き、ユンコは偽造素子を読取機にかざす。「オツカレサマドスエ」電子マイコ音声が答える。「行っていいよ」TVに戻る警備員。 

 関係者用エントランス前で、彼女はモノバイクを降りる。スタジアムから漏れる重低音と歓声が彼女を出迎えたが、装甲隔壁を越えるとすぐに何も聞こえなくなった。優れた防音設備だ。「スシを奢ってあげるよ」「「「スゴーイ!」」」カーディガンを巻いたメディア関係カチグミが慌ただしく行き交う。 

 ギンザ、ハッパ、ノパン、シャブ……行き交う者たちは皆、ショウビズ業界特有の符牒を操る。誰も彼も薄汚いカネと中毒物質の匂いを香水めいて振りまく。「イライラしてきた」ユンコは厚底サイバーゴスブーツで威圧的に闊歩する。報道パスを持つ彼女を怪しむ者はいない。ただ空気のように無価値。 

 生前、ユンコはサイバーゴス者であり、アンダーグラウンド者であったため、こうしたマス的な場を嫌悪する。「ブルシット」彼女自身ダンスは好きであり、かつては生存のための力であったが、アティチュードの無いアイドルダンス音楽と一緒くたにされるのは許し難い冒涜である。そういう年齢なのだ。 

 ユンコは時間を確認する。ナンシーとのブリーフィング時間に遅刻だ。視界に3Dワイヤフレームのナビ情報が展開され、報道控え室への経路が示される。長い廊下の壁には大型UNIXモニタが無数に並び、スタジアムの興奮と音を伝えていた。 

「「「「ワオーッ!ワオオオオオーッ!」」」」メガロスタジアムを包む狂熱!ヴィーヴヴィ!ヴィーヴヴィ!ヴィーヴヴィ!ヴィーヴィーヴィ!殺人的キック音と完璧に同期し歪んだサイバーシンセ音は、地下パチンコ・パーラーにも匹敵するほどの高揚感とダンス衝動を生み出す! 

「今夜ハッピーハッピー今夜!シアワセ!タノシイ!」「今夜パーティパーティ今夜!シアワセ!タノシイ!」2体のオイランドロイドが歌い踊る!スタジアムが揺れる!古代オリンピアから現在に至るまで、果たして人類はこれほどの規模の宗教的陶酔感を生み出した事が、かつてあったであろうか! 

「「いつでも困ったら呼んで下さいー」」エウー!エウー!ア、アア、アアアーアア、エウー!アアアアアーアアアア!「「アルヨ多幸感ー」」「「「「「ワースゴーイ!!」」」」」熱狂!「「アルヨ多幸感ー」」完璧な同期タイミングで決まる非人間的W字開脚!ネコネコカワイイ・ジャンプだ! 

 おお、ナムアミダブツ……何たる狂熱!ヨロシサン製薬のサブリミナル映像が終わると、2体は快活な声でMCを開始した。「コンバンワ!戦争中だけどライブに来てくれてありがとう!」「皆の万札が、銃弾やUNIX基板に変わって、湾岸防衛軍をバックアップします!」「「「「カワイイ!」」」」 

「一部寄付」のLED文字が消えると、後方モニタにはオナタカミ社の最新型アサルト銃が登場。2体は軽快なカワイイテクノに乗ってMC!「難しいんじゃないのかな?」「そんな事ありません!LAN直結で簡単!まるでゲームみたい!」「色々カスタマイズでカワイイ!」「「「「スゴーイ!」」」」

「今ならLAN直結端子手術が無料!」「ネコネコカワイイ限定モデルも!」「皆で早くキョートをやっつけよう!」「行きたくない人は消費しよう!」「「戦争反対!」」「「「「「ワオオオオオーッ!」」」」」……何たる欺瞞的イメージ戦略!これもまた古事記に予言されしマッポーの一側面か! 

「ヨロシサン製薬の提供は初めてでは?」カチグミ向けプレス室でナンシーが問う。横にはユンコ。「エーつまり、既に彼女らは……単一企業の商品とかでない……なんかムーブメントであって……平たく言うと……そう、凄いカネが動いてるわけです。つまり儲かる!」メガロ・キモチ社広報が答える。 

「つまりまだまだ投資チャンスはあると?」と他の記者。カチグミ向けビジネス誌らしい質問だ。「勿論!さらに大きくなりますよ!」広報が笑顔でサムズアップ。「AIを担当するピグマリオン・コシモト兄弟カンパニーの動きは?」と別な記者。「エー、依然として……企業秘密で…」不確かな回答! 

「エー、そろそろ時間ですので、終了したいと思います。上級パスの方は舞台裏見学ツアーです」広報が立ち上がり、強引に質疑応答は終了。開始からわずか3分、広報も無気力、明らかに形式だけの茶番だ。記者らは死んだマグロの目で退室し、異議を申し立てなどしない。ジャーナリズムは死んだ。 

 上級パスを持つ記者は部屋に集められ、ツアー出発までの間スシやサケを供される。無論そこには、ナンシーとユンコの姿もあった。『JUNKO:ライブを爆破でもするの?』『YCNAN:怒りはもっとも。でも私たちはテロリストじゃない』直結IRCならばスシを補給しながらでも対話できる。 

『JUNKO:ちょっとした冗談』しかし怒りは隠せない。『YCNAN:アイアイ。手短に作戦を伝えるわ。……オイランドロイド人権法案が国会で審議中。8回目ね。今回は通る。ただし骨抜き法案として、高級オイランドロイドに投票権が与えられるに留まる』『JUNKO:ええと……つまり?』 

『YCNAN:高級オイランドロイドを複数所有し登録できるような、カネのある人間は、事実上一人で複数の投票権を得るわ。もっとも、選挙なんて既に暗黒メガコーポのツールでしかないけど……今回のは決定的。通せばデモクラシーの完全敗北よ』普段冷静なナンシーですら、その怒りを隠せない。 

『JUNKO:どうやって阻止するの』ユンコはトロ成分を補給しAIを活性化させる。『YCNAN:スキャンダルよ。今日このライブ直前に、骨抜き法案を通すための秘密工作セッタイが行われたの。ネコネコカワイイによって……正確にはメガロ・キモチ社によって。その動かぬ証拠データを盗む』 

『JUNKO:てことは……ネコネコカワイイの制御チームが使ってるUNIXを……ハッキングする?』『YCNAN:ノープ。彼女たちの記憶データには、UNIXからは直接アクセスできない。アクセス手段は本体へのLAN直結のみ。でも、そこに潜ったハッカーは即座に発狂すると言われてる』 

『JUNKO:待って、何か変じゃない?じゃあ記憶データはどう管理されてるの?』『YCNAN:ピグマリオン型高等AIを搭載したオイランドロイドを、バッファとして並列直結する必要があると言われてるわ。時間の猶予は無い。国会の会期を考えると直結チャンスはライブ中のみ。つまり……』 

 ナンシーは剛胆なる作戦を語った。その黒いサイバーサングラスで目元を隠したまま。表情ひとつ変えず。『JUNKO:……私がネコネコカワイイに擬装して……ステージに立つ!?』ユンコは驚き、バーコード眉を大げさに吊り上げて目を見開く。トロ・スシを頬張ったままソファから立ち上がる。 

『YCNAN:そう、あなたの力が必要なの。ライブ中には何度か、2体のLAN直結同期演出があるわ。ステージ上の方が怪しまれない。そしてあなたのマイコ回路に搭載されたAIは、謎多きピグマリオン型を確かにエミュレートしてる。直結時の危険を、回避できる』ナンシーは事も無げに語る。 

『JUNKO:もう1体はどうするの?ダンスとかは?』『YCNAN:手筈は整ってる。協力者も居る。この件についての勇気ある密告者がね』『JUNKO:無理よ』『YCNAN:聞いて。ライブ中に何回かネコネコカワイイはボディチェンジと衣装変えを行う。そこで二号機と入れ替わるのよ』 

 無論、ユンコでなければ実現不可能な理由がもう1個存在する。2体の完全なるユニゾンした非人間的同期ダンスと、人間の骨格では構造上不可能なネコネコカワイイ・ジャンプである。『YCNAN:ダンスパターンやMCテキストはデータを違法中継するから大丈夫。その間はAIに身を委ねれば…』 

『JUNKO:だから無理』ユンコが拒否。『YCNAN:あなたならできるわ』ナンシーはサイバーグラスの下で制限時間を何度も気にしながら、いささか強引に進める。その原因は弟子がブリーフィングに遅刻したためだ。『JUNKO:それにアイドルの真似なんて嫌。媚びてて、ダサいし』 

 ナンシーはそれが複雑な年齢特有の殻だとも考えていた。『YCNAN:ハッカーになるなら、困難を何度も克服しなくちゃいけないわ。このまま手をこまねいていれば、法案が……』「ファック、ノー!」ユンコは思わず電子音声で喋り、ユノミを強化ガラステーブルに叩きつけた。ヒビが入っていた。 

 ユンコは自分でも驚いた。ナンシーに対してこのような反抗は初めてだった。ナンシーはよくしてくれている、好きだし、感謝もしている、でもそれとこれとは別問題で……イライラして自分でも整理がつかない。左眼の∴が混乱したように回転し、ユンコのデジタル視界内ではOSカエルが走り回る。 

「確かに社会正義。反抗。そう思う。でも、私の気持ちは何処にあるの?嫌。私は確かに人権も投票権も無いけど、オイランドロイドじゃない。確かにダンスは好きだけど。ええと…違う、一緒にされたくない!私のスタイルじゃない!」ユンコが怒る。別の記者がその様子をちらりと見て、目を逸らす。 

「あんな、リップシンクで、紛い物で、言いなりの人形とは違う。私は人間」「ごめんなさいね、そんなつもりで言ったんじゃ……」ナンシーは己の過ちを悟った。そしてユンコを優しくハグしたが、彼女はそれを押しのけて拒んだ。「ねえ、ナンシー=サン。最近なんだか、私よりよっぽど機械みたい」 

 ユンコは肩をいからせながら、控え室のドアを開けて廊下に出て行く。「アイエエエエエ!」同時に入室しようとしていたメガロ・キモチ社広報が床に倒れ、オチョコやオハギ重箱が転がった。「待って!」ナンシーが後を追う。だがすでにユンコは慌ただしく行き交うイベント関係者の波に消えていた。 

「フゥーッ……難しいわ」ナンシーは腰に手をやり、後ろ髪を搔き上げる。今から追っても時間切れだ。「うまく行かないものね」そしてソファに戻り、ニューロンを活性化させるためにオーガニック・トロを食した。独力でもこの社会不正を暴いてみせる。彼女は決して諦めない。策を練る必要がある。 

 

◆◆◆

 

 それからどれだけ、怒りに任せて歩き回っただろう。二、三分か。あるいは三十分以上か。ナンシーの所に謝りに戻る気は無かった。 

 ユンコはまだ怒っていた。彼女は絶対に自己否定しないし、卑屈にもならない。行きていく上でどれだけ不利でも、スタイルを変える気はない。ファックオフだ。1回死んで機械の体。電子ノイズみたいな存在。誰も気にしない。電子的なゴースト。凄くカワイイ。人間めいた思考が混乱する。 

 美味しい刺身ですか?ナンシー=サン嫌いじゃなかったけど、もう、ハッカー修行もこれでお終い?機械工学の勉強も?そうかも。医療します?考えればいい。理不尽を受け入れるたび魂が老いてゆくなら。年老いる事なく永遠に生きてやる。このボディで。カワイイ。大好き。父さんがその権利をくれた。

 サイバーゴスブーツを鳴らしながら、廊下を歩き、階段を上り下りする。誰に教わったかは忘れたが、こうすると乱れた思考がまとまるメソッド。廃スシビルでの階段昇降がフィードバック。あのオイランドロイド。穏やかな記憶。混乱が徐々に静まる。気付けばドリンク休憩所。「……ここ、どこだ?」 

「……プレスの人?」バリキドリンクを補給していた、どこか陰のある四十がらみのエンジニア・サラリマンが彼女に声をかけた。上級報道バスを見てそう判断したのだろう。男のスーツやネクタイは乱れ、三日は寝ていないであろうことを容易に想像させる。 

「アッハイ」彼女は向き直った。そして思いがけず、その紋を認識した。男のネクタイを留めるタイピン。今は亡きオムラ・インダストリの紋。父が勤めていた暗黒メガコーポ。「……オムラ……?」……いや、微妙に意匠が違う。 

「ああ…なるほど。これはオムラ・メディテック社です。知ってますか?」男が彼女の視線に気づき、自分のネクタイを見て小さく笑う。男の首筋から無防備に垂れた二本のLANケーブルが、熟練の現場アトモスフィアを漂わせる。「倒産したんじゃないの?」「ハイ。でもまだ私の忠誠心はオムラだ」 

 オムラ・メディテック社は、オムラ・インダストリ社が新規事業開発のために興した、ケイレツ・カンパニーのひとつだ。彼らは十年以上前、メガロ・キモチ社やピグマリオン・コシモト兄弟カンパニー社とともに、ネコネコカワイイを開発した。 

「ネコネコカワイイを、作ったんですか?」ユンコはこの男にどこか惹かれた。テックの息づかいに。「我々が作りました。今でも保守しています。我々にしかできないんだ」男はドリンクを飲み干す。「誇りがあります。絶対にリップシンクなどしない。実際発声します。技術です」「エッ……スゴイ」 

 本来このエリアは、上級報道パスを持っていようとも立入禁止だ。彼女は人の流れに乗り、偶然にもここへ流れ着いてしまったのだ。今回の大規模ライブに備え不眠不休の過剰労働を行ってきたこのエンジニアに、そのような判断力は残っていない。「現場に興味が?案内しましょう。ぜひ知ってほしい」 

 ガゴンプシュー。男はエンジニアパスでドアを開けユンコを長い廊下へ導く。「技術。そして誇りです。しかしムーブメントは、余りにも大きくなり過ぎました……おっと、スミマセン」「ス、スミマセン、スミマセン」ドアの向こうから休憩室へ出てきた別なエンジニアがぶつかり、過剰気味に謝る。 

「これが……」ユンコは左右のUNIXルームに集められた数百人規模の過剰労働サラリマンを見た。メガロ・キモチやオナタカミの社員は存在しない。華々しい表舞台に立つ彼らとは対象に、ネコネコカワイイを愛する元オムラ・メディテックや傭兵エンジニアが自主的に搾取の歯車を回していたのだ。 

 ショッギョ・ムッジョ!これが、かつてこの世の春を謳歌したオムラ・メディテック社の高等サラリマンの姿か!プライドという呪縛から逃れた一部の者たちは、オナタカミ医療ドロイド部門へ吸収され、ヘルシーに儲かっている。だが忠誠心が勝った者はこのチームに残り、死の行進を続けているのだ。 

 驚くべき事に、彼らは反乱を起こさない。ネコネコカワイイの存続だけが彼らの望みだからだ。ゆえにメガロ・キモチやオナタカミは最低限の傭兵を補充し現場で鍛えながら、このチームを使い続ける。ネコネコカワイイとは即ち、巨大な力だ。そして忠誠心持つエンジニアは絶対にその力を悪用しない。 

 だが、仮に、もし……この数十万という観衆をアジテートし進歩的革命の力に利用せんと企む者が、このエンジニアルームに紛れ込んでいたとしたら……?そして彼らの革命とは、前提としての暴力を辞さないものだったとしたら……? 

 おお、見よ!誰もいない休憩室に佇む、先程の挙動不審エンジニアを!彼はネクタイを緩め、ワイシャツのボタンを外した。その下に覗くシャツは……赤い!「進歩!革命!打倒!」そして今、彼は秘密IRC端末を用い、スタジアムに潜伏するニンジャ闘士らに対して暗号スローガンを送ったのである! 



 心臓を揺らすような強力な電子的クラップ。「「5−5−5−5−5−」」特徴的なイントロ。ステージ後方の大型タコマシンから吐き出されていたスモークが晴れると、ボディメンテを終えたネコネコカワイイが姿を現した。数十万の大観衆はカンフル剤を注入されたかのように、再び熱気に包まれる。 

「「「「GOGOGOGOGOGOGOGO!」」」」大観衆はハッピーな垂直ジャンプでこれに応える。「「5−5−5−5−5−」」これはキラーチューン「ほとんど違法行為」!かつてネオサイタマCD売上トップ10のうち過半数をこの曲のリミックスが席巻した事件は、いまや伝説となっている。

 スモークが完全に晴れ……圧巻!オヒナサマめいた階段状ステージには、大型ボンボリ、カドマツ、菱形オモチなどの幸福オブジェ!中段には引き立て役として、4人の偉大なるスモトリ・ダンサーと、ミコー姿のゲイシャが1ダース!最下段にはライオットガンを構えた厳めしいケンドー機動隊の戦列だ! 

「五万円—、もっと私をカワイイにしてみせるー」「五万円—、貴方もそれで楽しい気持ちでしょうー」「「「ワオオオオオーッ!」」」オーディエンスはさらなる大歓声でこれを迎える。NERDZの中には聖遺物めいたパーツ破片をおもむろに取り出し、ステージに向けそれを掲げ恍惚とする者もいる。 

「今夜サッキョーライン降りたー」「駅前の雨が止む前にー」アルゴリズムに裏打ちされた屈託の無い笑顔!彼女らは全客席に微笑み、人々をズームし、スキャンする。最上段のカチグミ枡席でミニバイオ動物を抱くあの少女にも、中央にいるあの無軌道学生にも、過酷なステージ前で戦うNERDZにも。 

「私のこと助ける権利ー、あげるからー」「「「カワイイ!」」」NERDZは全観客の約5%。肉体の半分近くを女性型オイランドロイド・パーツに置換して踊る重サイバネ者……「解き放つ」と書かれたハチマキを巻くおかしな目つきの過激分子……複雑多様化した各教派がモッシュピットで抗争する。 

「みんな今日はありがとう!」「もっともっとカワイイになるよ!」未来に対して一片の憂いも映さぬその澄んだ瞳!あらゆる歓喜、安らぎ、狂熱を見渡しながら、ネコネコカワイイは笑顔と言う名の圧倒的無表情!いかなる道具として用いられようとも、彼女らの幸福笑顔が曇ることは決して無いのだ! 

 そして人間には不可能な同期ダンス!「激しく前後に動くー」「ほとんど違法行為ー」人間味溢れる動き!強化フレームを覆う有機シリコンの肌!最高級和服と、ネオン・キンギョめいた装身具!甘い吐息とともに人工声帯から発せられた電子マイコ音声は、旧世紀アナログエフェクタで即時に加工される! 

「ミュージックですかー」「ジャンプ!ダンス!ジャンプ!」「「「「カワイイヤッター!!!」」」」おお……おお……見よ、機械人形が人類を凌駕する頽廃の未来を!古事記に予言されし、マッポーの一側面を!スタジアムに厖大な呪術的エネルギーが渦巻く。方向を持たぬ野放図で衝動的な力が……! 

「ウワーッ!もう我慢できない!一体化したい!」カワイイ・ゴムボートの上で恍惚としていた重サイバネ者が、ついに発狂マニアックと化し、アナキストじみた無謀さで最前列に突撃!鳥居フェンスを強行突破中に、ケンドー機動隊のライオットガンで粛々と鎮圧される! BLAMN!「アバーッ!」 

『オノ=サン、ナイスショッ』『ナイスショッ』機動隊員らはIRCで気軽なチャットを交わすが、その表情は固い。凄まじい重圧。『ヒートアップし過ぎです』隊長が管制室へIRC。直後、大型モニタに笑顔のラッコや猫、「安らぎ」などの漢字がサブリミナルで混じり、熱狂を巧みに中和し始めた。 

『現在コントロール下な』『緊張しました』『凄い人数ですね』ステージ最下段に立つ数ダースの機動隊員は、IRCで互いをリラックスさせる。彼らは堅牢なる理性と秩序の防壁だ。『ここにいる全員が押し寄せてきたら』『考えたくも無いですね』『この規模の暴動は前例が無いので大丈夫でしょう』 

 次の瞬間、突如ケンドー機動隊長が死亡!『アバーッ!?』前のめりに倒れ、鋭利な刃物によって高速切断されたと思しき首からは噴水めいた血飛沫!『アイエエエエ!?』『アイエエエエエエエエエ!』ナムアミダブツ!果たして何が起こったのか!? 

 皆さんの中にニンジャ動体視力をお持ちの者がいれば、それを察知しただろう……ケンドー機動隊長の首を斬り飛ばした、恐るべきディスク・スリケンを!チャクラムじみたこの暗殺武器は、ブーメランの如き複雑軌道を描く!即ち……『アバーッ!』後方から首を斬り飛ばされ、隣のオノ=サンも死亡! 

『アイエエエエ!』『アイエエエエ!?』ケンドー機動隊に動揺走る!NERDZも状況を把握できていない!「恐怖!」「行動!」「作戦!」間髪入れず、観客に偽装していた革命闘争組織イッキ・ウチコワシの闘士らが電撃的にネコネコカワイイ・シャツを脱ぐ!その下に隠されたシャツは……赤い! 

「打倒!」「闘争!」闘士らは穿たれた防壁のヒビめがけ一点突破作戦を敢行!「制圧!」「アバーッ!」振るう角材には決断的暴力が宿る!彼らは打算的無思考誘発音楽と堕落資本主義の拡声器たるネコネコカワイイを睨み闘争意欲を高めていたのだ!「革命!」「アバーッ!」それが今、爆発する! 

 たちまち最下段は熾烈なゲヴァルトの場と化した。「打倒!」「グワーッ!」「革命!」「グワーッ!」押されるケンドー機動隊。ライオットガンで武装した彼らが何故?……ニンジャである。ウチコワシ実行部隊内にニンジャが紛れ、これを決断的集団闘争と進歩的闘志の勝利に偽装しているのだ……! 

 見よ!ディスク・スリケンがまたもやケンドー機動隊員の首を切断!「「アバーッ!」」「突破!」革命的警戒心を怠りなく発揮していた潜伏闘士第二波が突撃!大乱闘を抜けて一気に雛壇中段に達し、頽廃貨幣経済の豚と化したスモトリやミコーを囲んで棒で叩く!「アイエエエエ!」「ンアーッ!」  

「スモーク弾!」「ハイヨロコンデー!」ケンドー機動隊が煙幕を展開。革命闘士らはサングラスとタオルで防御態勢を固め応戦。ザッ!ザッ!ザッ!ザッ!このケオスの中を、一人の赤ニンジャ装束の男が毅然たる足取りで歩む!「イヤーッ!」別のニンジャがステージ奥から現れ彼の前に回転着地!  

 かくして二人のニンジャは、黄色い煙幕と重低音電子音と革命的怒号の中で睨み合った。スタジアムの市民誰一人も与り知らぬ場所で密かに交わされるアイサツ!「ドーモ、アマクダリ・セクトのデッドロックです」その黒装束ニンジャは己の胸にあるアマクダリ紋を威圧的に誇示した。 

 ネオサイタマを支配する邪悪なニンジャ組織、アマクダリ…!巨額のマネーや暗黒メガコーポが絡む所には、やはり彼らの影があった。「ドーモ、イッキ・ウチコワシのニンジャ同志、アンサラーです」赤装束の男もオジギを返した。そのメンポには労働階級の象徴たるクワとハンマーが彫金されている。 

「アマクダリ・セクト。以前我らと共同戦線を張った事もあったか。君たちがこの堕落戦争行為へのオルグ洗脳装置を護衛していたとは」アンサラーが返す。デッドロックの目がにたりと笑う。彼はメガロ・キモチ社に対して派遣されたアマクダリ・ニンジャであり、己の組織のいかに強大かを疑わない。 

「ムハハハハ!左様!肝に銘じておく事だ、革命かぶれのアンサラー=サンとやら!いまや至る所にアマクダリ・セクトの力ありと!」そして手打ちのユウジョウ握手を求め、デッドロックは尊大に右手を差し出した。ザッ!ザッ!ザッ!アンサラーはカラテも構えず歩み寄る。そして左腕を振り上げた。 

 (((……左?俺は右なのに……左?)))デッドロックのニューロンが加速する。その瞬間まで、想像すらできなかったのだ……今なお、アマクダリの名に動じぬ組織があろうとは!……カラテが来る!デッドロックは咄嗟に身構える!だがアンサラーは決断的にチョップを振り下ろす!「イヤーッ!」 

 一閃!空気がブスブスと焦げる!「グワーッ!」デッドロックは両目を大きく見開き、驚愕した!バイオバンブーと鋼鉄を何層にも重ねた強化ブレーサーが、バターめいて赤熱切断されているではないか!彼の両手首ごと!「闘争心を麻痺させた支配機構の豚よ、これが答えだ」アンサラーが言い放つ。 

「バカナー!」デッドロックのカラテ防御は完璧だった。しかも彼の両腕を守る特殊強化ブレーサーは鋼鉄の二十倍硬度を誇る。それをカラテチョップ一発で……!ナムアミダブツ!これこそがアンサラーの比類なきヒサツ・ワザたる赤熱チョップ、かの恐るべき「バーニングハンド」であった! 

 デッドロックは圧倒的カラテ力量差を直感し、素早い四連続側転で距離を取る。増援要請のIRCを打とうとするが、腕が無い。「イヤーッ!」そのまま背を向け、矢のように跳躍撤退!対するアンサラーは踵を返し……ザッ!ザッ!ザッ!ブザマな負け犬に背を向け、粛々と煙幕の外に向かって歩んだ。 

「覚えておれよ!革命マニアック共めが!こんな事が……!こんな事が!許されるとでもーッ……!!」デッドロックは屈辱と怒りを堪えながら跳ぶ!だが次の瞬間、彼は……いや、彼の頭は奇妙な浮遊感を味わう。「……え?」後方から高速飛来したディスク・スリケンが、彼の首を斬り飛ばしたのだ。 

「グワーッ!」首から下を失い、宙に浮く生首!そして、皆さんは覚えておいでだろうか、この暗殺武器の特徴を!ディスク・スリケンはブーメランじみた軌道で……戻る!「アイエエエエエエ!」鋭利な円盤が前方から迫り、宙に浮いたデッドロックの頭を両目から後頭部にかけて水平切断!ナムサン! 

「サヨナラ!」デッドロックは爆発四散!げに恐るべきは、無慈悲なる闘争の武器ディスク・スリケンよ。それをパルクールめいた曲芸ジャンプから天地逆の姿勢で巧みに摑み取る……別な赤装束ニンジャの姿!「イヤーッ!」彼もまたイッキ・ウチコワシが放ったニンジャ同志、ソーマタージであった! 

 ザッ!ザッ!ザッ!アンサラーは歩む。バスター・テツオより託された革命マントを翻し、己のニンジャ性を覆い隠すと、ステージ中段にすっくと立ち大観衆を見た。作戦開始から三十秒足らず。管制室が対策を講ずる間も無く、彼らはステージを電撃的に制圧していた。そして、信じ難い事が起こった。 

 ズンズンポコポコポコッピポコッピ、エウー、エウー。重低音音楽がループしMC時間を告げる。本来はヨロシサン製薬のCM時間。だが……!「ネコネコカワイイは革命闘争組織イッキ・ウチコワシを応援しています!」「私たちも以前から抑圧的暗黒メガコーポに対し闘争心を高めていました!」!? 

 観衆思考停止!行動!畳み込む!一切の疑問余地を差し挟ませず畳み込む!「労働組合」「絶対ストする」「辞さない」「断固戦う」「上司の給料が高いのはおかしい」「とにかく暴力が必要」力強い手描きスローガンを掲げた革命闘士が雛壇に整列!「打倒!」「進歩!」「革命!」シュプレヒコール! 

 管制室はどうか!?「アイエエエエエエ!何だこのMCは!台本に無いぞ!」最も偉大なる紫色のカーディガンを巻いたメガロ・キモチ社副部長が愕然とし、課長に詰め寄る!「アイエエエエエエエ!彼女らに読み込ませたスクリプト・データが実際改竄されたとしか思えません!」課長も血相を変える! 

「何だと、ハッカーか!?」「ありえません、内部犯行です!」「二重安全措置は!?」「カツカツの進行だったので、三ヶ月前から慢性的に現場の反対を押し切り解除しています!」インガオホー!これはアマクダリの庇護化にある事に胡座をかいた、杜撰な危機管理体制による過失インシデントだ! 

「カーッ!誰だ!誰が改竄した!何故私の視察中にこんな事が!スクリプトに関与できるとしたら……制御班のエンジニアどもか!オムラの残滓か!」副部長は燃え上がる憤怒を堪えきれない。「そ……そんな筈は!彼らはこれまで一度もそのような背信行為を働いた事は!」制御班は課長の責任範囲だ。 

「株価がかなり下がっています!」「ヨロシサン製薬営業からクレームです!」「広報に対応させろ!セプクでも何でもさせろ!」管制室に悲鳴にも似た叫び声が上がる。「そもそもこの程度の状況判断もできんのか!あの無能の淫売ドロイドは!これだからAIは信用ならんのだ!強制停止させろ!!」 

「「打倒!破壊!進歩!革命!」」ネコネコカワイイがオートマチック自動的にアジテートする!「だ……打倒、破壊、進歩、か……革命!」「打倒!破壊!進歩!革命!」「打倒!破壊!進歩!革命!」スタジアムを覆う怒号!無限ループに入った電子クラップが、皮肉にも無上の煽動音楽として機能! 

 そして遂に。「諸君!私は今!確かな時代の転換点を!革命の空気とうねりを感じ取っている!」アンサラーは拡声器型マイクを握った。「団結により一個の革命的生命体と化した我々は!スタジアムに巣食う堕落を粛正した後!カスミガセキへ押し寄せ!中央電子素子銀行という名のコメ倉を破壊する!」

「打倒!破壊!進歩!革命!」「打倒!破壊!進歩!革命!」「打倒!破壊!進歩!革命!」「打倒!破壊!進歩!革命!」「打倒!破壊!進歩!革命!」「打倒!破壊!進歩!革命!」「打倒!破壊!進歩!革命!」「打倒!破壊!進歩!革命!」「打倒!破壊!進歩!革命!」 

「この大決起に参加せぬ者は!不満分子として粛正する!だが私は!諸君の中にそのような日和見主義者が含まれているとは思わない!」歓呼!アンサラーは高みを指す。「手始めに!最上段で諸君らを見下す!あのブルジョワ階級全員を投げ落とす!」大衆に一瞬の動揺。直後に歓呼がそれを塗り潰す! 

 

◆◆◆

 

 時間は前後する!……イッキ・ウチコワシによる電撃的突破作戦決行の300秒前。過剰労働エンジニアたちが詰める制御室にて。 

「これは…?」ユンコは作業チャブに並ぶ美しい腕の数々と、それと向かい合う作業着サラリマンを見た。「シリコン技術者です。ネコネコカワイイの球体関節を、最高級オモチシリコンで覆う。もちろん手作業です。技術が違います。誇りです」ツキヨシ主任が語り、彼女のためだけのツアーを続ける。 

 ジジジジ……ジジジジジ……こちらのサラリマンは、制御基盤の一個に対して危険なハンダ付け作業を行っている。防護手袋も換気設備も必要としない。ユンコは驚いた。「彼がメイジンの域にある証拠です。支えています」ツキヨシが誇らしげに言う。静かなるテックの息づかいが制御室を包んでいる。 

 ヘッドホンを片耳に当て、波形を読む壮年のサラリマン。その横を二人は無言で通り過ぎる。ダンス同期技術者だ。黙々とターンテーブルをスクラッチする彼の左サイバネ義手には、薄れかけたオムラ・メディテックの紋。「ネコネコカワイイ・ジャンプまで10秒!」突如、中央のUNIX班が叫んだ! 

 ユンコは驚き、周囲を見渡す。「ネコネコカワイイ・ジャンプまで10秒!」主任も叫ぶ。「ネコチャン!カワイイコ!同期パターン良し!」「誤差!許容範囲内!」「カワイイコ!右膝関節部負荷許容範囲!」「許容範囲!」「システム総じ緑な!」「オームーラ!」「オームーラ!」「オームーラ!」 

「ミュージックですかー」「ジャンプ、ダンス、ジャンプ!」大型モニタから歌声が聞こえる。そして「ネコネコカワイイ・ジャンプ成功!誤差0.01秒以下!」「「「「カワイイヤッター!!!」」」」制御室がカンフル剤めいた熱気と拍手に包まれ、サラリマンたちはまた各自の作業へと戻る。 

「AI自律制御じゃないの?」ユンコが問う。「もちろん自律制御です。だがそれを確実にモニタリングし、備える。これを見て頂きたかった。我々はチームです。一人一人が歯車だ。組み合わさりテック!それは夢です。巨大な機関です。それは巨大な力を生みます」彼の言葉はどこか機械めいていた。 

 最後に二人は、重箱めいた黒漆塗りの大型記憶装置と、その横にスタンバイ配置されて静かに目を閉じる二体の予備機体の前に立った。「エッ……カワイイ」初めてネコネコカワイイを間近で見たユンコの胸の奥で、マイコ回路が回転する。右目の瞳孔の文字が「家庭用」「医療用」と激しく切り替わる。 

「小さいでしょう。私はオムラを愛している」主任は言った。「巨大なピストンの駆動。ジェネレーターの唸り。そして破壊力。それら全てを。そして彼女らは、極限まで圧縮された超高密度のテックなのです。密度で言えば原子力空母にも負けないテックと愛社精神が籠っています。つまり強いのです」 

 巨大モニタの画像は二体を追い続ける。「オムラグループ健在時は、彼女らのボディそのものを十フィート級に大型化し、大規模ライブでの可視性を高める改善案も本社から出されました。しかし、その計画が実行に移される事は無かった」「正解だと思う」ユンコはAI衝動を制御しながら返した。 

「それは何故ですか?大型化すれば兵器転用も容易です」主任が問う。「エッ、何故って……そんなの全然、カワイイじゃないから」「……そうです。力のコンセプトが違う。我々もそれを拒んだ。貴女は聡明だ。流石はジャーナリストだ」「誰にでも解る事じゃない?」「時には、そうではないのです」 

「それに可哀相。いいように使われて」「彼女らは気に病みません」「機械の人形だから?」「それも違います」「機械じゃない?人間?」ユンコは己の祖を前に問うた。「違います。人間めいた自我は無い」「じゃあ、何?」「テックの結晶です。厖大な力を生み出す機関です。そして哀しいかな……」 

「私たちには、その力を何に使えば良いのか、今もって解らないのだ。オムラが答えを示すはずだった。だがオムラは我々を、彼女らを、愛してはくれなかった。テックを途切れさせてはならない。そのために我々は制御し、維持する。彼女らの望みは生存だ」主任は狂信者めいて静かに、力強く言った。 

「ネコネコカワイイ・ジャンプ成功!誤差0.01秒以下!」「「「「カワイイヤッター!!!」」」」二人を取り残し、制御室は再び熱気に包まれた。手を握り合い目を閉じた二体の待機ドロイドは静かに同期パトスを刻む。「それでも忠誠心は、オムラなの?」「無論、私の忠誠心は永遠にオムラだ」 

 ユンコは複雑な気持ちだった。目の前に居るテック救済論者は、まるで機械のようだ。「何て言えばいいか、解らないわ。父さんも、オムラだったから……」「シツレイでなければ、貴女のお父さんの名前は?」「トコロ・スズキ……」「トコロ・スズキ……」主任は疲弊したニューロンでそれを復唱した。

 過剰労働でニューロンを混濁させた主任は、にわかにはその名前の意味を理解できなかった。二人は制御室の動乱から取り残されていた。「君は、まさか……」主任が何かを言いかける。ブガー!ブガー!ブガー!ブガー!次の瞬間、制御室で無情なるサイレンが鳴り響き、非常ボンボリが回転していた! 

「私たちも以前から抑圧的暗黒メガコーポに対し闘争心を高めていました!」ネコネコカワイイがアジテートを!?制御室に戦慄走る!!「何が起こっていますか!?」「画像解析急げ!」「イッキ・ウチコワシです!」「アイエエエエエ!」「音楽が無限ループバグです!アイエエエエエエ!」 

「アイエエエエエ!主任!何人かカロウシしました!」「アイエエエエエエ!遠隔強制停止できません!」「アイエエエエエエ!ニンジャがいます!」「……パニック起こすな!予備機体準備!3班と4班来い!ステージから物理強制停止試みる!」スイッチが入ったかのように、主任が指揮を執る! 

「ニンジャ……!」ユンコのモーター回路が不意に作動し、エンベデッド憎悪がマイコ回路AIを圧倒する!「ニンジャを……許さないです!」彼女は激しい怒りに突き動かされ、主任らと並んで走った!制御系が戦闘用AIに切り替わる!視界がレッドアラートに満ち、ユンコはそれを受け入れる! 

 煽動は最高潮に達しようとしている!「打倒、暗黒メガコーポ!」「打倒、傀儡政府!」「暴力!破壊!転覆!革命!この着火点たるスタジアムは新時代の革命広場として永遠に人類の歴史に記録されるであろう!」ナムサン!ユンコは、ナンシーは、技術者らは、この大暴動を食い止められるのか!? 




 警報ボンボリが明滅する中、ユンコと技術者たちは廊下を駆ける。彼女のボディはいまや、オムラ製戦闘用AIによって自動操縦されていた。彼女の自我は、さながら巨大戦闘ロボットの操縦室に搭乗したパイロットか、あるいはFPSプレイヤーの如く、己のサイバネ視界やインジケータを見ているのだ。 

 横を走る主任は、LAN直結したハンドヘルドUNIXで各種情報を収集し、携帯IRCで制御室へ指示を飛ばす。「ミタカ=サン、音楽の無限ループどうにかならないか!これも内部!そうか!マンダ=サン、制御室内に裏切者が居ます、有給休暇取得ファイルやログイン情報をあたってください!」 

 数十万観衆が完全暴徒化する前に、ネコネコカワイイを止める!……主任らのミッションは単純かつ困難だ。だが遠隔停止コマンドが通らない。制御室から音楽ループを止めるのがひとつの解決策。彼女らは強固なプロ意識をエンベデッドされており、音楽が終わるまで絶対に歌やMCを止めないからだ。 

「……これもハイ・テックの罠か!」主任は歯噛みする。ショウを完璧にすべく組み込まれたプロトコルが、こんな所で障害になるとは。彼女らは真なるアティチュードを持ったゲイシャであり、演目が終わるまでは、たとえ攻撃を受けようとも、破壊されようとも……歌い踊り、笑顔でMCを続けるのだ。 

「チヨミ=サン、予備機体の起動準備!マンダ=サン!頑張れ!ここで失態なら、全員クビでオナタカミ社員にすげ替えられる!その時……我々のネコネコカワイイは死ぬ!何としても回避する!我々はオムラだ!」主任は力強く言った!「「「オムラ!」」」社歌が斉唱され、制御室を再び熱が満たす! 

 大衆は、元オムラ系社員の供するクオリティと、オナタカミの愛無きメンテ技術との間に、ほとんど差異を見いだせないかもしれない。ネコネコカワイイというムーブメントは死なないだろう。だがオリジナル技術者の系譜が途絶えた時、そのテックは熱量を失い死ぬ。それがオムラ技術者の信念であった。 

「「「オムラ!」」」技術者らは一体感で恐怖を打ち払い走る。それが彼らの抵抗行為なのだ。ユンコも並走する。(((ああ!なんて愚かで不器用だけど、愛おしい人たちなんだろう!)))彼らのために何かをしてあげたい。それはAIの奉仕精神か、テックへの敬意か、あるいは人間としての感情か! 

 スターン!フスマが勢い良く開かれる!管制室を通り抜けるのがステージへの最短ルートだ!騒然とする管制室を、薄汚い技術者の群れとサイバーゴス少女が駆け抜ける!「とっとと解決しろ!」「オムラの亡霊め!」「無能!」「淫売!」「セプクしろ!」オナタカミやメガロ・キモチが罵声を浴びせる! 

 技術者たちは歯を食いしばり駆け続ける。「おい待て!バカ!誰かまずここでケジメしろ!気持ちが満たされないぞ!」デスクの上にはメガロ・キモチ社部長が立ち、誰彼構わず灰皿を投げつけようとする!ナムサン!この非常時に!「すぐ追いつきます」モーターユンコは横を向き、主任に対して言った。 

「おい、そこの主任!止まれ!こっちへ来てケジ……」「カラテ!」「グワーッ!」ナムアミダブツ!突如モーターユンコがL字ターンからのジャンプキック!「アイエエエ!」部長はブザマに転落!間髪入れずにマウント!パンチを叩き落とす!「カラテ!」「グワーッ!」「カラテ!」「グワーッ!」

 部長は気絶!インガオホー!モーターユンコは部長を踏みつけ周囲に宣言する!「私は偶然、ここへ来て、戦って、います。オムラは、無関係」モータードクロ由来の欺瞞プロトコル!完璧な隠蔽工作だ!そして部長に唾を吐きかける!「ファックオフ!」何たるロボット三原則に対する重篤反逆行為か! 

 管制室を抜け長い廊下を走りながら、上級技術者が問う。「主任、彼女はもしや」彼も半ば察していた。「面倒が片付いたら説明しよう」主任は感極まっていた。理不尽の中で錆び付いていた歯車が再び駆動する。「ああ!我々のやってきた事は無駄ではなかった!何ひとつも!全てが今日報われるのだ!」

 数十メートル前方にステージへ続く強化フスマ!クローンヤクザたちが革命闘士の突入を食い止めている!数十万の怒号!ガシュン!ガシュン!ガシュン!後方からモーターユンコの高速駆動音が響き、並走!背中と脚部フィンから放熱!「賢く強い」先導!その駆動音は技術者の魂から恐怖を振り払う! 

 ほぼ同時にナンシーからIRC着信。対話はニューロンの速度で!『YCNAN:まだ怒ってる?』『JUNKO:ノープ。こっちこそ、言い過ぎた』『YCNAN:じゃあ仲直り』『JUNKO:イェップ。状況把握は?』『YCNAN:ウチコワシ、暴動、ニンジャ』超人的タイプ速度での情報共有! 

 報道員スーツを脱ぎワイシャツをはだけたナンシー・リーの物理肉体はいま、薄暗いVIP控え室のソファの上にあった。当然、その耳の後ろの生体LAN端子は、壁の高速LAN穴とケーブル直結している。足元では、誘惑され睡眠薬を盛られたNSTV社のプロデューサーが幸せな寝息を立てていた。 

『JUNKO:まだ暴動を止めるチャンスは?』『YCNAN:あるわ、当然よ。じゃなきゃ逃げてる』ナンシーはUNIXめいて賢いので、ユンコはそれを信じ、勇気づけられる。『YCNAN:制御室内の潜伏ハッカー、それと音楽ループね、やってみるわ。内部告発者とは全く連絡が取れないけど』 

『JUNKO:実はウチコワシ?』『YCNAN:合理性無し。違う誰か。想定外の事態で反応不可能可能性。この際無視』『JUNKO:ステージ間近。ニンジャから技術者を守る』『YCNAN:無理しないで。彼を呼んである。それまで時間稼ぎ』『JUNKO:大丈夫。自分の意志でここにいる』 

「「「ナマッコラー!」」」クローンヤクザ軍団が守る強化フスマが……破られた!「暴力!」「成長!」革命闘士らが押し寄せる!モーターユンコは照準ロックオン!「カラテ!」右前腕部から小型マシンガン展開!BRATATATA!「革命アバーッ!」「成長アババーッ!」「ザッケグワーッ!」 

「ニンジャ近くにいます」ユンコの視界でAIアドバイザーカエルが警告マキモノを広げ、残弾数を明示する。「殺戮ロックオンからゼンメツアクションモードしなさい」(((ダメだ!)))彼女はそれを否定する。戦闘用AIの好きにはさせない。(((前進!))死体を踏み越え、ステージ袖へ! 

「打倒!破壊!進歩!革命!」「打倒!破壊!進歩!革命!」「打倒!破壊!進歩!革命!」彼女を出迎えたのは凄まじい音圧の壁!煽情的BGM!怒号!地響き!数十万の殺気立った観客たち!(((これ……ヤバイ?)))ユンコが驚き、一瞬怯む。だが彼女は自らのテックを信じ、踏み出した! 

「打倒!暗黒メガコーポ!」スモークの中を抜け、ヘルメット、サングラス、タオルで武装したウチコワシ闘士が棒で殴り掛かる!「イヤーッ!」「グワーッ!」モーターユンコのキックが強い!「「「「ザッケンナコラー!」」」」クローンヤクザ軍団も展開!「「「オムラ!」」」技術者軍団も続く! 

 そして見よ!「イヤーッ!」「革命アバーッ!」「暴力革命!」「グワーッ!」遥か斜め上方、カチグミ席へ続く強化フスマ前でも、ケンドー機動隊とウチコワシ闘士らの一進一退の攻防が続いている!間もなくアジテーションは完成し、暴徒化した市民らはここを突破して資本階級を投げ落とすだろう! 

「コワイ!」「アイエエエエエ!」騒然とし、座り込んで恐怖に震えるカチグミ客!学友らとともに、親に秘密でこのライブ会場に来ていた少女も、ペットのミニバイオ水牛を抱きしめながら泣いた!「打倒!破壊!進歩!革命!」「打倒!破壊!進歩!革命!」怒号と行進の足音が容赦なく下から響く! 

「諸君!打倒せよ!資本階級を!諸君らを舞台裏で操る暗黒メガコーポを!その後我々は各地で同時決起した革命部隊と不死身のアメーバめいて結合する!革命だ!」アンサラーは直接手を下さず煽動を続ける。市民が自らの意志で行動……否、暗黒メガコーポが自らの武器で滅ぶ事に意味があるからだ。 

「シュシュシュシューッ!」ステージ上段で巨大タコマシンが神秘的なスモークを吐き出す!おお、殺戮と闘争のケオスを覆い隠す、慈悲深き帳よ!「カラテ!」「暴力アバーッ!」「ザッケンナコラー!」「グワーッ!」「物理停止準備!」「ヨロコンデー!」ステージ袖から雛壇最上段では乱戦! 

「ドッソイ!」士気を盛り返した偉大なるスモトリ・ダンサーが勇敢な反撃!「闘争アバーッ!」痛烈なチョップで一般闘士を圧倒!流石はスモトリだ!だが「イヤーッ!」何処からともなくディスク・スリケン!「アバーッ!」首を切断されたスモトリが転落し、カドマツが背から腹を貫通!ナムサン! 

 複雑な軌道を描き、戻りのディスク・スリケンがクローンヤクザの首を切断する!「ザッケアバーッ!」反対側のカドマツに転落!さらにもう1枚!「イヤーッ!」「アバーッ!」技術者即死!さらにもう1枚!「イヤーッ!」「アバーッ!」クローンヤクザ即死!何たるジャグリングめいた連続投擲! 

 アナヤ!戻りのディスク・スリケン2枚が危険な速度で再飛来!ネコチャンを取り押さえ胸部スイッチを押すためにドライバーを回す技術者たちが危険!「カラテ!」ユンコは高速ロックオンから射撃!BRATATATATA!ディスク2枚とウチコワシ闘士2人の頭をクレー射撃のクレーめいて破壊! 

「ニンジャ近いです」「許さないです」「努力目標」警句めいたドット文字が出現。モーターユンコの戦闘用AIは、敵の位置を確かに察知していた。そちらにマシンガンを向けると、真っ赤な装束を着た細身のニンジャが、神秘的なスモークの中からゆらりとその姿を現す。両手には残忍なるディスク! 

「ドーモ、ソーマタージです」「ドーモ、モーターユンコ、です。私は、独自に行動、しています」ユンコは技術者たちを守るように立った。「唯の人間ではないな。ニンジャでもない。ロボニンジャか?それとも全身サイバネか?いずれにせよブルジョワ!…敵性階級!」ソーマタージがディスク投擲! 

 ギュン!神秘的なスモークを切り裂きながら、ディスク・スリケンが真正面から飛来!ユンコの左サイバネアイに備わった∴照準のスキャンが間に合わない!(((痛覚オフ!とにかく連射!頑張れ!)))「頑張ります」カエルが応える!BRATATATATA!銃口から盛大なマズルフラッシュ! 

「ピガガーッ!」ディスク・スリケンは銃弾の雨をすり抜け、ユンコの腕に命中!オモチ・シリコンの肌を一直線に切開し、火花を散らして強化カーボンフレームを露出させると、勢いを保ったまま後方へ飛んでゆく!「イヤーッ!」一方のソーマタージは三連続側転を決めマシンガン掃射を難なく回避! 

 続けざま、敵はアクロバチック前転の勢いを乗せ、ユンコの右側面へと2枚目のディスク投擲!「イヤーッ!」「ピガガーッ!」これはたった1人による無慈悲な十字放火だ!さらに後方と左から戻りのディスク飛来!「ピガガガガガーッ!」ユンコの脚部が火花を散らす!(((ファック野郎!))) 

 動作系に異常なし!戦闘用AIの状況判断によりモーターユンコは自動的にカラテ突撃!「カラテ!」「イヤーッ!」ソーマタージはこれを腕でブロックし、反撃の革命的鉄拳を叩き込まんとする!だが「カラテ!カラテ!カラテ!」彼女は上半身を高速で捻り、非人間的連続ショートフックを繰り出す! 

 全身総サイバネが生み出すテクノカラテの一撃は速く重い!「ヌウーッ!」想定外の重さに敵は防戦一方!下手に動けば掘削重機に挟まれた岩めいて破壊される!「カラテ!カラテ!」キュイイイイイ!ユンコの胸の奥でモーター回路が高速回転し背部放熱フィンから圧縮蒸気!左右のフックは更に加速! 

「重戦闘サイバネ……!?」「まさか……モーターシリーズ!?」ネコチャン捕獲に成功した元オムラ技術者たちは、胸部を展開し半停止状態のオイランドロイドをステージ袖へと引きずりながら、オーバーテックの遺産が戦う光景を見た。彼らは血塗れだが、恐れなどは、どこかへ消し飛んでしまった。 

『YCNAN:予備機体 INC 1』ナンシーからIRCが届いた直後、ステージ最上段中央の床が小さく開き、制御室から高速垂直リフト射出されたネコネコカワイイが1体出現!目を開いて起動!制御室の元オムラチームからの支援だ!「カラテ!」ユンコは殺人フック連打で敵をなおも釘付けに! 

 ネコチャン予備機は元気いっぱいに乱闘スモークの中を走り抜け、スクリプト汚染された妹機体の横に立つ!「今日も労働オツカレサマドスエ!」「闘争!革命!」「パーティーで不安も疲れも吹っ飛ばそう!」「打倒!進歩!」「バリキドリンクでパーティー!パーティー!」!?大衆煽動に不協和音! 

 このままでは革命的巨大単細胞生物が分裂を開始してしまう!「イヤーッ!」ソーマタージは決断的闘争姿勢を示し、紙一重のブリッジ回避!「カラテ!カラテ!カラテ!」殺人的フックが虚しく空振りする!「所詮は思考も思想も無き機械よ!イヤーッ!」鋭いレッグスイープ!「ピガガーッ!」転倒! 

「イヤーッ!」ソーマタージは三連続バック転!「「「ダッテメッコラー!」」」クローンヤクザの支援銃撃も難なく回避!さらに空中でスピンしディスク・スリケンを全力投擲!「打倒!」「ヨロシサン製薬の……ピガガガガーッ!」ネコチャン予備機体の首を背後から切断!ボディはカドマツへ転落! 

 ソーマタージ着地!「イヤーッ!」モーターユンコが革命闘士らの死体を踏み越え、チョップを構えて最短経路で飛び込む!だがそこへソーマタージの迎撃カラテだ!「破壊!」両手にディスクを握って近接武器のようにこれを用い、体を捻りニンジャ回転力を乗せて斜め上に振り抜く!ナムアミダブツ! 

「ピガガーッ!」チョップを繰り出したモーターユンコの右腕に命中!マシンガンが切断されフレームに深々と刃!「危ないですよ」AIカエルがダメージ部位を赤色表示!(((クソカエル!突っ込め!)))腕にディスクを刺したままカラテキック!「イヤーッ!」これを側転回避するソーマタージ! 

「「「スッゾコラー!」」」クローンヤクザの支援銃撃!「イヤーッ!」ソーマタージは高く跳ねディスク投擲!「「アバーッ!」」ヤクザ即死!モーターユンコは照準レーザーで敵の軌道を追っている。敵は頭上!左腕を向ける!だが迎撃マシンガン展開せず!「メンテ必要性」(((ファック!))) 

 ソーマタージはユンコの頭へとウチコワシ鉄鎚めいた回転カカト落としを振り下ろす!「革命!」「ピガガガガガガガーッ!」サイバネ視界に凄まじいノイズ!カラテ反撃を繰り出すが、見当違いの方向だ!「「「オームーラ!オームーラ!」」」ステージ袖では技術者たちが祈るようにコールを捧げる! 

 物理打撃有効と見たソーマタージは、ディスクを収め近接カラテを繰り出す!「イヤーッ!」ガゴン!鈍い金属音!「ピガーッ!」「イヤーッ!」ガゴン!「ピガガガーッ!」『YCNAN:予備機体 INC 1』再び高速垂直リフト!カワイイコ予備機体出現!カワイイコが2体並ぶがこの際無視だ! 

「再起動必要性な」カエルが転ぶ!(((自分でやる!)))ユンコは支配権を奪い、拳を握った!「信念なき奴隷機械めが!革命的怒りを!暴力を食らえ!前提としての暴力を食らえーッ!イイイヤアーッ!」ソーマタージのカラテパンチが顔面に命中!「ンアーッ!」弾き飛ばされるモーターユンコ! 

 ナンシーの論理肉体はコトダマ空間を飛翔しながら、殺戮者からのIRC応答を待っていた。ウチコワシ潜伏員はすでに発見、制御室に通知済。だがこのままではニンジャが!ユンコが!「お願い!早く来て……早く来て……早く……!」そこへ入電!『NJSLYR:エントランスからの最短経路を』 

「イイイヤアアアアアーーーッ!」ソーマタージは両手にディスクを握りその場で高速スピン!右には死体を踏み越えながらステージへ走るカワイイコ予備機!左にはステージ袖でネコチャン再起動を試みるオムラ技術者たち!ナムアミダブツ!無慈悲な二枚同時投擲で最後の抵抗を粉砕するというのか! 

 何たる難易度への決断的挑戦か!彼は元ネブタパレードサーカス団の花形ジャグラーであり、ニンジャとなる前は搾取的労働環境の中で資本階級への闘争心を高め続けていたのだ!「革命ーッ!」神秘的スモークを竜巻状に振り払い、憎悪の集大成的ディスク・スリケンを左右へと投擲!完璧な飛行軌道! 

「イヤーッ!」モーターユンコ!最後のエネルギバーを振り絞って走り、身を挺して主任らを守った!「ピガガガガーッ!」右前腕部完全切断!すでに上半身は切り裂かれ裸になり、オモチシリコンの胸が露出している!「ピガガガガーッ!」一方カワイイコ予備機は直撃を受けてカドマツへ転落!爆発! 

 モーターユンコは糸の切れたジョルリ人形めいて動作を停止した。全身の放熱ファンから蒸気!どれだけAIに命令を下してもボディは動かない。リソースは尽きた。信念だけでモーターは稼働せぬ。ぼろぼろに剥がれた左拳のオモチシリコンとその先の敵を睨んだ。だがサイバネ視界もシャットダウン。 

「「「打倒!破壊!進歩!革命!」」」スタジアムのシュプレヒコールが勢いを増し、無駄な抵抗を嘲笑う。ステージ上ではクローンヤクザが未だ数名生き残るも、闘士たちがこれを圧倒し始めた。ザッ!ザッ!ザッ!革命的勝利を知ったソーマタージは、オムラ技術者軍団とユンコへ威圧的に歩み寄る。 

「お前たちの負けだ!暗黒メガコーポとその無思考ゴーレムよ!」ソーマタージは言い放つ。技術者軍団はユンコの影の下で、黙々とネコチャン再起動を試みる。「暴力を知れ!……偶像破壊!」ユンコの頭部を完全粉砕すべく、彼は革命的鉄拳を握った。その時、しめやかに垂直リフトの射出口が開く。 

 ガゴン!新たな機影がスモークの中に揺らめく!ソーマタージは暗黒メガコーポの象徴存在に対し再びディスク・スリケンを投げ放った!「何体送り込もうと同じ事よ!イヤーッ!」だが「イヤーッ!」ジゴクめいたカラテシャウトが響く!そして鋭いチョップがディスク・スリケンを叩き落としたのだ! 

 果たして何者!?垂直射出リフトは殺人的G圧のため生身の人間では到底堪えられぬはず!「まさか……貴様は…!」ソーマタージが狼狽える!片眼を赤く発光させたその不吉な機影は……否、赤黒い人影は、リフト固定具を外し、ゆっくりと敵を睨めつけた。『YCNAN:NJSLYR INC 1』 

「ドーモ、ニンジャスレイヤーです」「ドーモ、ソーマタージです」革命闘士の眉間と掌に夥しい汗。一触即発アトモスフィアの中、両者は短いアイサツを交わした。そしてオジギ終了から僅か0コンマ2秒!ネオサイタマの死神は禍々しきカラテシャウトとともに力強く跳躍する!「Wasshoi!」 




「打倒!」革命的闘争心にいささかの揺らぎも無し。ソーマタージは飛び掛かってくる赤黒の死神目がけ、ディスク・スリケンを投擲!「イヤーッ!」だがニンジャスレイヤーは目にもとまらぬ速さで空中カラテチョップを繰り出し、クレー射撃のクレーめいてディスクを粉砕した!タツジン! 

 だがこれは実際想定内。空中チョップを打たせることで続く本命の一撃を弱めるのが狙いだ。ソーマタージは両手に素早くディスク・スリケンを握り、迎撃カラテを構えた!「「イヤーッ!」」カラテが激突!「グワーッ!」KRAAAASH!ディスクを打ち砕かれ大きく体勢を崩したのはソーマタージ! 

 間髪入れずにニンジャスレイヤーは三連続ミドルキック!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」腰の捻りを利かせた三発目で、ソーマタージはワイヤーアクションめいて弾き飛ばれる! 

 カドマツに激突直前、ソーマタージは曲芸めいて空中で体を捻り、カドマツ先端部を掴みながら着地。ワザマエ!さらにカドマツから3本の鋭いタケヤリを引き抜き、ジャグリング!致命的スピードに達したそれを、ニンジャスレイヤーめがけて投げつけた!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」 

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはこれを前進しながらカラテで破壊。獲物に食らい付いた猟犬の如く、敵を逃がそうとしない。一方のソーマタージは後ろ向きに走り、3本のドスダガーを拾い上げジャグリング!致命的スピードで投げつけた!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」 

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」だがニンジャスレイヤーはこれを前進しながらカラテで破壊。獲物に食らい付いた猟犬の如く、敵を逃がそうとしない。「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」一方のソーマタージは後ろ向きに走り続けながら、ジャグリング・ジツでなおも抵抗!油断ならぬ闘争心! 

「スシ……トロ・スシ、ヲ、クダサイ……!」一方、モーターユンコは足を投げ出して座り込んだまま口を開け、電子音声アラートを繰り返していた。「何だって……まさか……!」ツキヨシ主任はユンコの腰に吊られた小型マルチタッパーに気づく。その中には予備電源めいたオーガニック・トロ・スシ! 

 猟犬と曲芸師の死のチェイス。死屍累々たるステージ上に転がった即席武器の数々……ソーマタージはそれを手当り次第に投げたが、ニンジャスレイヤーを止めることはできない。そしてついに、均衡が破れる。敵を射程内に捉えたニンジャスレイヤーは、鋭角のトビゲリを打ち込んだ!「イヤーッ!」 

「グワーッ!」咄嗟に踏み止まってガードするも、大きく体勢を崩すソーマタージ。「イヤーッ!」間髪入れず、ガラ空きの腹へとニンジャスレイヤーの重いショートフックが刺さる!「グワーッ!」ソーマタージの両目焦点が揺らぐ!「ゴボーッ!」嘔吐!そしてセプク気味の姿勢で両膝をつき、倒れた。 

「直ちに煽動を終了し、あの角材テロリストどもを解散させよ。その後にオヌシを殺す」死神が死刑宣告とともに歩み寄る。「お……愚かなり、ニンジャスレイヤー=サン……最早俺には……いや、誰にもこの大決起は止められぬ。俺を殺そうとも無意味……既に大革命への布石は打たれた……イヤーッ!」 

 すわ、セプクか!?否、ソーマタージは敵を限界まで引き寄せると、ブレイクダンスめいた動きで激しく回転!「イイイヤアアーッ!」四方八方へと残された全ディスクが投擲される!……おお、見よ!無数の鋭利なディスクが二人の周囲を旋回し、あたかも小さなトルネードに包みまれたかの如し! 

「抵抗!」ソーマタージは急進的に立ち上がり、死神と向かい合う。いまやタタミ2枚分もない領域内へと二人のニンジャは囚われた。トルネード状の刃の壁が、二人を内側に閉じ込めたのだ。チュン!チュン!動きを制限されたニンジャスレイヤーの肩や踵をディスクの刃が擦り、火花や血の花を散らす。

 (((愚かなりフジキドよ!みすみす敵のヒサツ・ワザを許すとは!)))ニンジャスレイヤーの脳内にナラク・ニンジャの声が響く。(((この厄介なジツはマツシタズ・ワールウィンド・オブ・デス!本来は宴会曲芸じみた個人護身用のジツだが、その内側に閉じ込められたとあっては話は別!))) 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」ワンインチ距離での激しい攻防!動作を制限されたニンジャスレイヤーのパンチを、ソーマタージはジャグリングめいた手際で捌く!ナムアミダブツ!竜巻ディスクの回転軌道はじわじわと狭まり、その内側にいる両者の肩を切り裂き始めた! 

「「イヤーッ!」」その高速さゆえに、あたかも猫が両手でじゃれ合うかのような、ゆったりとした動きに見える!「俺が死のうとも革命の空気は死なぬ!決断的闘争心を宿した同志らがブルジョワ共を…」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは突如のローキック!「グワーッ!」直撃!膝が90度骨折! 

 その一瞬の隙を見逃すネオサイタマの死神ではない。床に蜘蛛の巣状のヒビが入るほどの勢いを伴った、半歩の踏み込み!「イヤーッ!」強烈なワンインチ・パンチが叩き込まれる!「グワーッ!」自らのジツによって全身をズタズタに切り裂かれながら、スリケン竜巻の外へと弾き飛ばされる革命戦士! 

「ゴボーッ!」ソーマタージはボロ雑巾めいて転がった。しかし怨念めいた力に突き動かされ、なおも這う。「せ……せめてメガコーポの豚を……1人でも多く…!」ドスダガーを掴み投擲すべく伸ばされる腕。だが重いサイバーゴスブーツが、これを踏みつけた。駆けつけ阻止したのはモーターユンコ! 

「おのれ、ノンポリ機械人形が……!堕落マネーを捏ねて作られたゴーレムが……!」「さんざんバカにしてくれたよね、このファック野郎。私は機械じゃないし、誰かから機械みたいに操られるような人間でもない」ユンコは切断された右腕で、己の胸を指した。「私はちゃんと、ここで考えてるんだ」 

 ソーマタージが吐き捨てる。「戦争礼讃者どもめ!貴様らが食う高級スシの陰で何人の貧民が」「カラテアクション!」だがモーターユンコは聞く耳を持たない!胸の奥でモーター回路が回転し、左腕のマシンガンが無慈悲に展開!BRATATATATATA!ソーマタージを蜂の巣に!「グワーッ!」 

「サ……サヨナラ!」ソーマタージは爆発四散!モーターユンコが排莢排熱を終えてマシンガンを格納するのとほぼ同時に、ニンジャスレイヤーもまたマツシタズ・ワールウィンド・オブ・デスの牢獄から脱していた。 

「打倒!破壊!進歩!革命!」スタジアムからは未だ地響きの如き怒号。だが、ニンジャの脅威は退けられた。技術者たちは勝利へのアルゴリズムを構築し始めている。先程のMCには手応えがあった。間もなくネコチャン一号機のスクリプト浄化も終わる。後はカワイイコ一号機を捕獲し、二体で……。 

「否!否!否!諸君らの勝利への望みは既に断たれている」巨大タコマシンのスモークが枯れかける中、彼は姿を現した。その足元には、雛壇で煽動MCを続けていたカワイイコ一号機の残骸。脳天から爪先まで真っ二つにチョップ切断され、バチバチと火花を散らすその切断面は、未だに赤熱している。 

 ニンジャスレイヤーは燃えるような憎悪とともにジュー・ジツを構え、その鮮烈な赤装束の男を睨んだ。男の名はアンサラー。彼のレッドスティール製メンポには、イッキ・ウチコワシの闘争象徴たるクワとハンマーの印。バーニングハンドを用いたばかりの左手は、ぶすぶすと空気を焼き焦がしている。 

「ソーマタージ=サン、そして多くのウチコワシ闘士たちが、このステージ上に倒れた。だが彼らの死は無駄ではない。我々は組織的勝利を収める。これが団結の力だ」アンサラーの赫赫たる口調に、しかし先程までの熱狂的アジテーションの余熱は微塵も感じられなかった。 

「ドーモ、アンサラー=サン。生きて帰れると思うな」ネオサイタマの死神はアイサツした。この男とは少なからぬ因縁がある。かつて彼をゲストとして招き、革命思想を植えつけようとしたのもアンサラー。また記憶喪失のユカノを引き込み、アムニジアなる革命闘士に仕立て上げたのもやはりこの男。 

 そしてこの男が、かつてドラゴン・ドージョーの門下生であったという事実!「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。君にはみたび失望させられた」アンサラーがアイサツを返す。いまや両者のニンジャ聴覚は眼前の宿敵に極限集中し、この空間には二人しか存在せぬかのようなゼンめいた静寂があった。 

「ニンジャスレイヤー=サン、この戦いは無益だ。何故ならば、すでに勝敗は決している。革命の勝利だ。それでもやるか?」「アノヨでセンセイに詫びるがいい」ニンジャスレイヤーの鋼鉄メンポから、ジゴクめいた蒸気が吐き出される。その両目は有無を言わせぬ殺意に燃えていた。 

「ならば粛正だ。君は最後まで非合理的であった」アンサラーの左手がぶすぶすと大気を焦がす。フジキドの左目にも人外の赤い光が明滅し、腕から滴る鮮血が黒い炎に変わった。直後、両者は色付きの風の如く何度も交錯し、激しいチョップ斬撃の火花を散らしながらスタジアムの高みへと昇っていった。

 乱れ雲に月。猥雑なネオンの海。ネオサイタマの空を圧する商業メッセージとツェッペリンの編隊。重金属酸性雨が降りしきるスタジアムの屋根の上で、二人のニンジャは高速戦闘を繰り広げる!「「イヤーッ!」」チョップ激突!「「イヤーッ!」」チョップ激突!「「イヤーッ!」」チョップ激突!! 

 強化クリスタル樹脂製の屋根。二者の遥か下には数十万の観衆。「「イヤーッ!」」SWASH!常人に見えるのは激突が生む火花のスパークのみ。かたや空気を焦がす赤熱カラテチョップ。かたや黒い憎悪の炎を纏った暗黒カラテチョップ。その様は、あたかも闇の中で二本の魔剣が激突するかの如し! 

「「イヤーッ!」」斬り結ぶ!「「イヤーッ!」」斬り結ぶ!「「イヤーッ!」」斬り結ぶ!!絶え間ないカラテ激突とムーブにより、二者の周囲にはドーム状のカラテ力場めいて重金属酸性雨除けの傘がかかる。Szzzzt……時折、僅かな雨粒がアンサラーの赤熱する左手に飛び、瞬時に気化した。 

 その遥か下。霧めいた頼りないスモークに覆われるステージ上には、元オムラ技術班とモーターユンコ、そして再起動完了待ちのネコチャン1号機だけが残された。観衆のシュプレヒコールは、臨界点に向けて強まる一方。アンサラーから革命マントを託された一般闘士が、なおも観客を煽り続けている。 

 ニンジャたちは嵐のように現れ、去った。「ニンジャを許さないです」ユンコの左眼∴は回転し、屋上で戦い続ける二者をレーザー捕捉。彼女の足元には砕かれたディスク片。……ついにニンジャを倒した。もっと倒したい。彼女はモーター回路に突き動かされるように駆け出そうとし……踏み止まった。 

 ユンコは主任らの横に歩み寄った。先程まで彼らを包んでいた勝利可能性への覇気が、諦めにも似た悲壮感に変わっているのを察した。「スシ、ありがとう。これも」露出していたはずの上半身。それを隠すように、技術者たちがステージ衣装をあてがっていた。好みではないが、露出よりは遥かに良い。 

「ニンジャはもう倒したから」ユンコは再起動中の状況を把握できていない。「ありがとう、あとは我々の仕事だ。逃げなさい、テックの申し子。間もなく臨界点を突破し、ここは蹂躙されるだろう」主任は言った。「そんな」「一機では煽情パワーが不足だ」彼は既にシミュレート演算を終えていた。 

「アイエエエエエ!」「もう駄目だ!アイエエエエエエエ!」「暴徒に殺されるくらいなら後日セプクします!」管制室では既に、士気と愛社精神を崩壊させたメガロ・キモチ社員が直帰行動を開始している。暗黒メガコーポの営業たちもそれに続く。あたかも決壊寸前の堤防前から逃げ出すかのように。 

「予備機を出せば……」「全て破壊されました。無念です。豊満機体やアニメ機体等の特殊機体は待機状態に無く、起動準備までに1500秒以上を要します」ユンコの言葉を技術者の一人が遮った。ほぼ同じ内容のIRCメッセージが、より詳細で絶望的なデータとともに、ナンシーから届けられた。 

 ヨシイ・セキュリティ社と連携して暴徒鎮圧装置を駆使しなければならない筈のメガロ・キモチ社は、すでに職務を放棄して逃げ去った。「逃げないの?」「我々は歯車だ。チームだ。一機でも最後までやる。どのみち失敗すればネコネコカワイイは終わりだ。死ぬならば彼女らとともに」主任は答えた。 

「私が助ける」ユンコは言った。マイコ回路が彼女の気持ちに同期して激しく回転する。「残念だが誰にも彼女らの代役は」「私ならできる。踊れる」ユンコは力強く言った。「踊るだと。そんな機能が。君は」兵器と言おうとし主任は止めた。そのようなラベリングはシツレイに当たると察したからだ。 

「君は、何者なんだ」主任は人間的思案の末にそう問うた。「このボディは彼女たちから受け継いだ。だから今だけはモーターカワイイと呼ぶ事を、特別に許す」『本当にやるの?あなたの気持ちは……』ナンシーのIRC。ユンコは微笑む。「大丈夫、これは私自身の決定!踊りたい。ただそれだけ!」

「やろう」ツキヨシ主任が腹をくくる。「予備機の残骸を使い右腕を応急修理する」「オモチシリコンを可能な限り」周囲に居る精鋭技術班も頷いた。スタジアムからは凄まじい音圧の暴力的シュプレヒコールが、不可視の壁の如く浴びせられ、屈服を強いてくる。だが、彼らにもはや恐れは無かった。 

「右腕互換性あり、いけます」「ハンダ付け急げ!」ドライバーが回転し、リンクを失い孤立回転していた右腕ギアが噛み合う。心地良い熱を帯びる。「ネコチャンあと30秒で再起動!」『YCNAN:各種データ、IRCから注入』「あと少し……決壊しないでくれ!」主任がスモークの彼方を睨む。 

 ここで音響システムを掌握したナンシーの論理肉体は、特徴的なループ波形に気づき、耳を澄ました。それは主任のサイバーサングラスに届けられ、彼は数々の電子データの中から、力強く躍動する緑と赤の入力インジケータに気付いた。即座に制御室へIRCを飛ばす。『4番マイク、生きてるぞ!』 

 ナムサン!制御室は祈るような気持ちで4番マイクの音量を活かす。「ミュミュミュ……ミュージック……ミュミュミュ……ミュージック……」壊れたCDラジカセめいて誤作動ループする歌声。カドマツに突き刺さり、バチバチと火花を散らしながら、ネコネコカワイイ予備機の一体が歌い続けていた。 

「何だこれは」制御室の面々は一瞬どよめき、次に静まり返った。UNIX過負荷爆発によって血塗れの者も、殴られ椅子に縛り付けられたウチコワシ潜伏員も、全員が、モニタに表示されたその波形を見つめた。「予備機の……誤作動か」「だが……何たるプロ意識…!」全員が涙し、手拍子を送った。 

 シュプレヒコールに微弱な乱れ。「ネコチャン再起動完了!」技術者が叫んだ。「がんばります!」起動音とともにネコチャンが両目を見開き、屈託の無い笑顔で笑う。「モーターカワイイ、あと若干!」「一機で先に?」「二機揃うまで引っ張ってくれ!」「ドラムロールとこのコーラスで煽ります!」 

 そしてユンコは応急修理を完了し、血飛沫の拭き取られたサイバー耳バイザーを差し出された。それを被り、出撃準備を終える。ユンコはネコチャンと視線を交わし、駆け、神秘的なスモークをくぐる。殴りつけるような怒号の音圧が歓迎。数十万の顔が視界を埋め尽くす。たった二体に視線が注がれる。 

 ユンコは一瞬怯む。(((やるしかない!)))マイコ回路に身を委ねる。「ミュミュミュ……ミュージック……」「四番カット!二機の主マイク活かせ!」「ヨロコンデー!」ほぼ同時に二機は歌い、高いネコネコカワイイジャンプを決めた。「ミュージックですかー」「ジャンプ!ダンス!ジャンプ!」

 煽情パワーが乗算増幅される!「「「「カワイイヤッター!!」」」」歓声の壁!観衆三分の一が熱狂し、スローガンを捨て無思考反射的にジャンプした!戦況はゴジュッポ・ヒャッポ。いまや地上はケオスの坩堝!イッキ・ウチコワシの狂気とオムラ・メディテックの狂気による正面決戦の場と化した! 



「打倒!破壊!進歩!革命!」革命闘士が雛壇中段で煽る!「「打倒!破壊!進歩!革命!」」大観衆の怒号!ズンズンポコポコポコッピポコッピ、エウー、エウー!無思考誘発重低音電子音楽!「5万円ー」「見せてあげる私のIPアドレスー」真正面から煽情対決を挑むネコネコカワイイの歌とダンス! 

 何たるケオス!スタジアムには無数のモッシュめいた大渦巻き!「「「打倒!破壊!進歩!革命!」」」拳を振り上げた暴徒が熱狂した猛牛の群れめいて行進!ズンズンポコポコポコッピポコッピ、エウー、エウー!「ロマンチックー」「それで貴方も、大きいところでしょうー」飛び跳ねる!踊る!殴る! 

「「「打倒!破壊!進歩!革命!」」」「「「ネコ!ネコ!カワイイ!ネコ!ネコ!カワイイ!」」」「「「打倒!破壊!進歩!革命!」」」「「「ネコ!ネコ!カワイイ!ネコ!ネコ!カワイイ!」」」「「「打倒!破壊!進歩!革命!」」」「「「ネコ!ネコ!カワイイ!ネコ!ネコ!カワイイ!」」」

「「「打倒!破壊!進歩!革命!」」」「「「ネコ!ネコ!カワイイ!ネコ!ネコ!カワイイ!」」」「「「打倒!破壊!進歩!革命!」」」「「「ネコ!ネコ!カワイイ!」」」「「「進歩!革命!」」」「「打倒!破壊!進歩!革命!」」」「「「打倒!破壊!進歩!革命!」」」徐々に押し負ける! 

「まだ煽情パワーが足りないというのか……!」主任は拳を震わせながらステージを見た。もはや一個の革命的単細胞生物と化した大観衆は止められず、堤防決壊は免れられぬ運命なのか……!?ネコチャンとユンコは、そしてカチグミとオムラ技術班は、数十万暴徒により無残に蹂躙されてしまうのか!? 

「主任……」技術者がシェルショックめいた状態で膝をつく。「死力を尽くせ!特殊機体起動準備に向かえ!」「しかし1500秒以上…」「彼女が生還する前提だ!当然だろうが!」「ダメです…手が、震え…」「弱音を吐くな!彼女は、数十万暴徒の矢面に立ってるんだぞ!俺たちは裏方だ!やるぞ!」 

 暴動が発生しようとしているのは、この会場だけではなかった。NSTV社のライブ中継が突如タマ・リバーのラッコに関する特番に変わり、十数分間もそれが続いたため、中継映像を使って疑似ライブを提供していた各地の会場でも同様の事態が発生!そこに狡猾に割り込む、ウチコワシの煽動電波映像! 

「「イヤーッ!」」スタジアム屋上では、ニンジャスレイヤーとアンサラーの斬撃めいた激しいカラテチョップが再び激突!SWASH!赤い火花が散る!鍔迫り合いめいて押し合う!両者ともに、ここまでチョップしか繰り出していない!「「イヤーッ!」」拮抗状態から、両者は同時に連続バック転! 

 Szzzzzzt……燃え盛る両者の腕に重金属酸性雨が降り注ぎ、即座にケミカル臭を放ちながら蒸発。二者はタタミ五枚の間合いを保ったまま、円を描くようにじりじりと横歩きした。「もはや大決起は止められぬ。これは無数の闘士の死を礎石として築き上げられた革命的勝利だ」アンサラーが言う。 

「イッキ・ウチコワシ。どうやらその欺瞞的体質は、何ら進歩を遂げていないようだな」死神は憎悪を新たにして返した。「その壊れたスピーカーめいた御題目の羅列を止め、今からオヌシ自身の頭でハイクを考えておくがいい、アンサラー=サン。オヌシは敗北し、死ぬのだからな」 

「欺瞞は君だ。この暴力革命はアマクダリと暗黒メガコーポの主導する戦争行為に革命の楔を撃ち込むものだ。君はそれを邪魔し彼らを利するというのか?……思想なき者に私は倒せぬ」アンサラーが左腕を大上段に構える!「では試してみるとしよう」ニンジャスレイヤーは一切動じずカラテを構える! 

「欺瞞の上に築き上げられたカラテが、いかに弱々しく安普請なものであるかをな」死神の赤い瞳が、アンサラーの革命的視線と交錯!周囲には一触即発のアトモスフィアが漲る!直後、両者は再び色付きの風と化し、高速で斬り結び合った!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」 

「「イヤーッ!」」斬り結ぶ!「「イヤーッ!」」斬り結ぶ!「「イヤーッ!」」斬り結ぶ!!絶え間ないカラテ激突とムーブにより、二者の周囲には再びドーム状のカラテ力場めいて重金属酸性雨除けの傘がかかる。…彼らは地上の煽動合戦に介入などできない。ただ目の前の宿敵とのカラテあるのみ! 

『YCNAN:AIの状態はどう』『JUNKO:悪くない。全体の状況は?』ユンコはサイバネ視界でナンシーとのIRC通信を行う。いまや機体操縦はAIに全てを託している。『YCNAN:ジリー・プアー(徐々に不利)』『JUNKO:どうすればいい』『YCNAN:同期率を上げる』 

『JUNKO:有線直結しかないってこと?』ユンコは隣で共に戦うネコチャン1号機を見た。『YCNAN:そう、IRC経由ではタイムラグが大きい。同期率が高まれば、煽情パワーが乗算されるわ』ナンシーはIRC監視により技術者たちの会話を全て監視。その可能性を導き出していたのだ。 

『YCNAN:重低音電子音楽とダンスと後方大型モニタの煽情マンデルブロ集合、全てが完全に同期すれば、いける』ナンシーは技術者たちの答えを代弁した。直結チャンスは次のダンスパートにある扇情ボディタッチ時のみ。『JUNKO:深呼吸したい気分。そういえば、プールとか嫌いだった』 

『YCNAN:直結したら私がシステムを同期させる』直結の瞬間だけはユンコが自身で体を動かす。一瞬同期率は大幅に下がるだろう。この代役が露呈し、NERDZが怒濤の如く押し寄せる危険もある。『YCNAN:リラックス。いいイメージだけ』『JUNKO:踊ってる時のイメージ。大丈夫』 

『YCNAN:あと10秒!』ズンズンポコポコポコッピポコッピ、エウー、エウー!「IRCから聞こえーて来ますー」「逃げ場無しのミッションー」直結チャンス!論理肉体のナンシーすらも、その額に汗を浮かべ、成功を祈る!『JUNKO:イヤーッ!』ユンコの手がケーブルを伸ばし……直結! 

 ニューロンのスパーク!『YCNAN:GO!JUNKO!GO!』論理肉体ナンシーが伝説的タイピング速度でシステムを連結させる!インジケータが目まぐるしく荒れ狂う!そして同期!パワリオワー!電子的ファンファーレが制御室に鳴り響き大型モニタに2機のワイヤフレム画像が映し出された! 

 制御室がどよめく!「何だ!?何が起こっている、主任!これは……予備機体じゃないぞ!だが完璧な同期だ!どうなっている!彼女は何者なんだ!?」波形技師が涙を流しながらIRCで問う。完璧な非人間的同期ダンスを見ながら主任は答えた。「彼女は……モーターカワイイだ!全力で支援しろ!」 

「モーター……カワイイ?」そのコードネームを知る者は少ない。だが技術者らは何をすべきか瞬時に理解した。「モーター……カワイイ!」「そうだ!我々の努力は無駄ではなかった!何ひとつも!」「ハイ……ハイ……ハイヨロコンデー!」爆発的な歓声が制御室を覆った。全ての歯車が噛み合った。 

「激しく前後に動くー」「ほとんど違法行為ー」楽曲はコーラス部分に達し、スタジアムを大歓声が圧した。「「「進歩!革命!」」」「「「ネコ!ネコ!カワイイ!」」」煽情パワーは拮抗!煽動MCにより深刻な混乱を来していたNERDZ親衛隊も我に返り、雛壇前で革命闘士らと肉弾戦闘を開始! 

『JUNKO:エッ、何これ、気持ちいい……』有線直結を行いながら、ケオスの坩堝の中でダンスを続けるユンコ。彼女は物理論理の両面で、一種の陶酔状態にあった。体が熱を帯び、マイコ回路が激しく回転する。全身を無数の01情報の波にさらす感覚。ニューロン自体が欲情しているかのような。 

「激しく上下に動くー」「あなたは共犯者ー」そこには完全な同期状態にある二機のオイランドロイドだけがあった。ユンコの自我は、自らの胸に搭載されたマイコ回路に同調し過ぎ、呑まれかけていたのだ。『YCNAN:警告、PING率おかしいわよ。相手に深入りはノー。危険すぎる、警告!』 

 論理空間を飛翔するナンシーは異常事態を察知していた。ユンコがコトダマ空間を知覚しつつある、と。これまでも何度か試みたが、ユンコはそれを認識できなかった。それが今、突然。だが今は……危険すぎる!『JUNKO:大丈夫、私は大丈夫。もっと同期する。もっと』『YCNAN:ノー!』 

 ナンシーの論理肉体は、広大な01空間上にノイズまみれで浮かぶユンコの論理肉体めがけ、超音速で接近する。だが次の瞬間、ユンコはナンシーとのIRCチャットから突如消失したのだ。物理空間のステージ上では、2体のオイランドロイドが何事も無かったかのように、同期ダンスを続けていた。 

「……ここ、何処?」ユンコは白い無限地平上に佇んでいた。「何処だ?」意識がワンレイヤ上に昇ったかのように、第三者的に自らを眺め下ろす視点に変わり、世界が回転。遥か遠くから、あるいはワンインチ距離で自らを観察。無意識のWHOISコマンド。頭上には光り輝く「JUNKO」の文字。 

「オツカレサマドスエ」隣に誰かいる。ネコチャンだ。「ドーモ」「ドーモ」彼女らはOJIGIコマンドした。「そっか」ユンコは本能的に悟った。ナンシーから聞いた事がある。……ハッカーたちの伝説、無限の地平、コトダマ空間。だがここは何か違う。彼女は天を仰ぐ。空が閉じているのが解る。 

 そこは不思議な空間だった。「なんてシンプルな世界だろう」「それはよく解りません」先程まで体が感じていた熱も、感情の昂りも、濾過されたかのように消え去っていた。決して悪い気分ではない。だが、何か……もの寂しい。ネコチャンは微笑むだけで、何も向こうから語りかけては来なかった。 

「ダンスする?」「ミュージックですか?はい、ダンスします」そして2人はダンスを始めた。次第に同期していった。すると電子的な音楽があり、真っ赤なトリイと何個ものカドマツが出現した。2人をミステリーサークル状に囲むように、多種多様のネコネコカワイイが正座状態で無数に出現した。  

 ユンコは地面を認識できなくなる。実際全ては白い無限遠空間に浮き、穏やかに回転していた。ミステリーサークルは自動的に延長され、輪の中には新たなユンコとネコチャンが出現し、全てが同期ダンスした。物理空間における2機の同期率は理論値を超え、120%に達していた。観衆は魅了された。 

「「「ネコ!ネコ!カワイイ!ネコ!ネコ!カワイイ!」」」「「「打倒!破壊!進歩!革命!」」」「「「ネコ!ネコ!カワイイ!ネコ!ネコ!カワイイ!」」」「「「打倒!破壊!進歩!革命!」」」「「「ネコ!ネコ!カワイイ!ネコ!ネコ!カワイイ!」」」「「「打倒!破壊!進歩!革命!」」」

「「「ネコ!ネコ!」」」「「「進歩!」」」「「「「カワイイ!」」」」「「革命!」」「「「「「ネコ!ネコ!」」」」」「だ……打倒ッ!」「「「「「「カワイイ!」」」」」」「破……」「「「「「「「ネコ!ネコ!カワイイ!ネコ!ネコ!カワイイ!」」」」」」」熱狂はついに分水嶺を超える!

「「イヤーッ!」」スタジアム屋上では、二人のニンジャが数十発に及ぶカラテラリーの末に、激しいチョップを繰り出してザンシンを決めていた。その間合いはタタミ4枚!背を向けていた両者は、深い息を吐きながら振り返る! 

「ヌウーッ……!」ニンジャスレイヤーの肩から脇腹にかけて袈裟斬りの傷痕!だが彼のカラテは些かも揺るがぬ!吹き出した血飛沫は赤黒く燃え上がって、新たな装束へと変わった。アンサラーも無傷ではない「ヌウーッ……!」がっくりと片方の膝をつき、断続的なカラテ衝撃に軋む己の左腕を見た! 

 アンサラーは変化を感じ取る。革命の空気が変わり始めた。「下が気になるか。団結の勝利とやらが、音を立てて崩れ去る様子が」ネオサイタマの死神が言い放つ。「砂上の城は崩れる。当然の帰結だ。どの道オヌシらには、城を築く甲斐性もあるまい」「黙れ」革命闘士は立ち上がり、怪物を睨んだ。 

「我らは腐敗せぬ闘争組織!」アンサラーが左腕を決断的に掲げる!死神も構えた!「その道具にユカノを利用した事、アノヨでセンセイに詫びよ」「詭弁!同志アムニジアは闘争理由を与えられ真に幸福」「偽りの記憶であろうが!」フジキドの両目が憎悪で赤く輝き、鋼鉄メンポがばきばきと軋んだ! 

 死神の傷だらけの装束が、ジゴクめいた風に吹かれ炎の如く揺れる。この人外の怪物は何者だ。アンサラーの内なるニンジャソウルが怯んだ。決断的撤退が脳裏をよぎる。だが彼は闘争継続を選んだ。彼は己のカラテを、また暴力革命思想の正義と同志アムニジアの幸福を、愚直なまでに信じていたからだ。

「団結!打倒!勝利!革命!」「ニンジャ、殺すべし……イヤーッ!」みたび両者は激突!常人に見えるのは激突が生む火花のスパークのみ!かたや空気を焦がす赤熱カラテチョップ!かたや黒い憎悪の炎を纏った、暗黒カラテチョップ!無慈悲なる最終決着に向けて、死のカラテ・ラリーが開始された! 

 一方、ナンシー・リーはLAN直結を性急に解除し、頭痛を振り払いながら無線端末をジャックインすると、VIP室から飛び出した!「一体何が……!」いくらコマンドを送ってもユンコは反応を返さない。ステージへ向かい、ユンコとLAN直結するしかない!物理肉体が非情なまでに重く感じた。 

 闘士軍団とNERDZの死闘は一進一退の攻防!「打算的無思考!」角材で殴る!「ふざけんなバカヤロー!何も考えずに踊りたいから金払って来てんだバカヤロー!」半身サイバネ性別不明NERDZが反撃!「グワーッ!」腹部貫通!「アジなら別な所でしろバカヤロー!」「グワーッ!」ジゴクだ! 

 ヴィーヴヴィ!ヴィーヴヴィ!ヴィーヴヴィ!ヴィーヴィーヴィ!!おお、大観衆のケオスを圧し、耳を聾するほどの電子音とドラムロールが、ほとんど違法行為を最後のクライマックスへと突き進ませる!そしてクラップ!クラップ!電子クラップ!最後のネコネコカワイイ・ジャンプが全てを決する! 

「ネコネコカワイイ・ジャンプまで20秒!」「同期パターン良!」「勝てるぞ!」だが思わぬ異常!「警告!モーターカワイイの膝、限界です!破損確率92%!」「跳躍高度をセーブ不可か?!」「無理です!ど……同期率が高すぎて……現在180%、190、200……ウワーッ!」ナムサン! 

「応急修理……不足だったか…!」制御室の混乱をIRCで拾ったサイバネ技師が、無念の表情でくずおれる。モーターユンコが戦闘で負った膝部位ダメージだ。「やれるだけやった!あとは祈るだけだ!テックの力を信じろ!作業続けろ!」主任はエンジニアたちを鼓舞する!オムラコールが始まった! 

 白い無限遠地平。覚醒ニューロン時間感覚で数十分間に渡りネコチャンと踊り続けたユンコは、汗だくになって息を切らし、地平に座り込んでいた。「気持ちよかったね」「ハイ、気持ちいいです」ネコチャンが答え、サポートするために手を伸ばす。ユンコは立ち上がり、彼女をハグして軽くキスした。 

「もっとしてください」ネコチャンが屈託の無い笑顔で返す。その声は優しい電子的無表情。「寂しいの?」「寂しくはないです」「そういえば、ここ、何処なの?」「その質問はわかりません」ネコチャンが答える。無数のネコネコカワイイが彼女らを観察する。ユンコは、何かを忘れている気がした。 

「アッ……ヤバい、ライブ!」ユンコが呆然とした表情を作る。「ライブですか?」無限遠空間が巨大な球状モニタと化したかのように、スタジアムの現実空間映像が映し出された。「帰らなきゃ。帰り方……解る?」ユンコが言う。「その質問はわかりません」再び世界がゆっくり回転し始めた。 

 ユンコは全身の毛(もはや無いが)が逆立つような危機感を覚えた。(((ファック!また調子に乗って失敗!……焦るな。考えよう。こういうのを何て言う?IRCコトダマ空間だっけ?ならIRCだ。切断だ。つまり、いつもは…)))ユンコは足元を見た。そこには戯画めいたカエルが立っていた。 

「帰れる?つまり、切断できる?」ユンコはカエルに聞いた。カエルは走り回って試行した後、ネコチャンに言った。「KICKできますか?」「ハイ、KICKできます」ネコチャンが了解し、黒いデータ重箱をユンコに渡した。「オミヤゲです」「いいの?」「ハイ」「じゃあKICKして」「ハイ」 

 010101111101010101010111111 

「ミュージックですかー」ユンコの意識が戻り、ナンシーとのIRCチャットに復帰した時、視界は膝部位破損警告のレッドアラート!既にネコネコカワイイ・ジャンプは3秒前!『YCNAN:膝!』『JUNKO:ファック!』「ジャンプ、ダンス、ジャンプ!」2機は同時に跳躍!ナムアミダブツ! 

「「「オームラ!オムラ!オームラ!オームラ!オムラ!オームラ!オームラ!オムラ!オームラ!オームラ!オムラ……」」」着地!膝関節正常に作動!「ネコネコカワイイ・ジャンプ成功!誤差0.01秒以下です!」「「「ワオオオーッ!ワオオオオオオオーッ!」」」制御室を満たす万雷の拍手! 

「「イイイヤアアアアアアーッ!」」屋上でもまた、ニンジャの酷薄なるイクサに終止符が打たれようとしていた!二つの魔剣めいたチョップは、夜の闇に最後の円弧を描き……真正面から激突!CRAAAAAAAASH!凄まじい音と血飛沫を伴って砕け散ったのは、アンサラーの左腕!ゴウランガ! 

 ニンジャスレイヤーも無事では済まぬ!凄まじいカラテ斥力が発生!全身が震動!斬撃を受け続けたドウグ社ブレーサーは砕け、それを覆っていたナラクの黒い炎と金属も消え去り、血みどろの腕が露となる!これ以上の血は燃やせぬ!(((殺すべし!)))「バーニングハンド破れたり!イヤーッ!」 

 体勢を崩した敵の心臓を狙い、短い踏み込みからヤリめいた素手のチョップを突き出す!これはドラゴンクロウ・ツメ!だがアンサラーは両目を血走らせ歯を食いしばって構えると、右腕のジュー・ジツでこれを逸らした!「イヤーッ!」タツジン!未だ革命的闘争心衰えず!両者は至近距離で睨み合う! 

 ドクン!両者の脳内に爆発的にニンジャアドレナリンが分泌される。雨粒すらも静止して見える。互いの瞳の奥を凝視する。闘士は燃え盛る憎悪を見、死神は思想無き愚者に対する侮蔑の炎を見た。腹を抉るようなフックと鉄槌めいた頭部へのハンマーパンチが同時に命中し、軋み、雨粒が衝撃波で飛ぶ。 

 両者はスローモーションのまま、さらに打ち合った。アンサラーは右拳を鉄槌の如く振り下ろす。ニンジャスレイヤーは二発目の内臓破壊ブローを叩き込む。同時に命中、肉体が軋み、雨粒が弾き飛ばされる。二者は顔を歪ませ、歯を食いしばり、睨み合い、三発目には相手の顔面へフックを繰り出した。 

 二つの拳は左右からゆっくりと接近し、同時に命中。カラテ衝撃によって大気が揺れ、両者の骨が軋んだ。ニンジャスレイヤーの拳はアンサラーの赤色鉄鋼メンポを砕き飛ばす。革命闘士の拳は死神のメンポを弾き飛ばせない。そのメンポは既にフジキドの頬と癒着し、禍々しき顎門の如く化していた。 

「グワーッ……!」千々に砕け散った赤色メンポの鋭い破片が、アンサラーの左眼球に突き刺さる。顔を歪めながらも大振りのフック。空を切る。死神は身を沈めていた。顎門が僅かに歪む。(((殺すべし!)))脳内物質の帳が晴れる!直後に世界は加速!跳躍!繰り出されるは奥義、タツマキケン! 

「イイイヤアアーーーッ!」ニンジャスレイヤーは目にも止まらぬ速度で回転しながら、連続キックを繰り出した!右腕で咄嗟にガードを試みるアンサラー!だが憎悪に満ちたカラテキックが押し寄せ、腕を容赦なく叩き折る!そして顔面連続強打!「グワーッ!」回転しながら弾き飛ばれるアンサラー! 

 アンサラーは受け身動作を取る事もままならず、ハンマー投げのハンマーめいて大きく飛び、透明強化樹脂のスタジアム天蓋に顔面から叩き付けられた。「グワーッ!」死神は「忍」「殺」メンポからジゴクめいた瘴気を吐き出し、着地からザンシンを決める。マフラーめいたぼろ布は回転軌跡を残す。 

「ア……ア……」透明の強化樹脂天井に這いつくばり、アンサラーは必死で目の焦点を合わせた。だが立ち上がるどころか、体を仰向けに転がすことも不可能。スタジアムの光景が否応なく飛び込んでくる。鋭敏なるニンジャ視力と聴力は、無慈悲なほどに鮮明に、地上の有様を伝えた。敗北の光景を。 

 雛壇の闘士らは敗北。血塗れのNERDZが革命マントの男を引き摺り下ろし、毒々しいセルガ軍旗を掲げた。カチグミフロア突破も成らず。煽動力を失った闘士らを残存機動隊が制圧。抱き合い無事を喜ぶ家族、友人達、少女とバイオ水牛、革命の犠牲として暴力粛正される筈であったブルジョワたち。 

「資本主義の堕落食餌……豚の如く嬉々として喰らう愚民共……無思考ゴーレム共……」アンサラーは吐き捨てた。「オヌシにハイクを詠む名誉は与えぬ」死神が深く呼吸し、肩を上下させながら歩み寄る。「オヌシの目に見た侮蔑の炎。それは他ならぬドラゴン・ドージョーに対しても向けられていた」 

「死ぬ前に網膜に焼き付けておくがいい。オヌシの完全敗北をな」ネオサイタマの死神はアンサラーの顔の横に立った。「煽動。洗脳。虐殺。オヌシらは結局の所、他者を見下し、道具として利用し捨てる。そして見窄らしい駄犬の如き小僧よ、オヌシもまた組織の道具として使われていたに過ぎぬのだ」 

 だがアンサラーの信念は些かも揺るがぬ。カラテが尽きれば弁舌によって言論闘争を挑む。決して敗北を認めぬ。「その通りだ。私は革命の武器である。同志ソーマタージも同志アムニジアもまたそうであったよう……に……ゴボーッ!」鉤爪めいて強張った腕が喉を掴み、アンサラーの体を引き上げた。 

「オヌシは際限無くドラゴン・ドージョーの名誉を汚した。そしてオヌシらの如きニンジャの暴虐が……!」月を背負い、死神は瀕死のアンサラーを覗き込んだ。アンサラーはそこに人外の怪物を見た。復讐の殺戮機械を。あるいは憎悪の獣を。そして恐れ入って震えた。「ゴボ……貴様は、何者なのだ」 

「好きな名前で呼ぶがいい。何と呼ばれようとやる事はひとつ……オヌシらニンジャを殺す!殺す!殺すのみ!イイイヤアアアーッ!」死神は血の涙を流しながら両手をアンサラーの首に添え…生首と脊髄を引き抜いた!カイシャク!壮絶な血飛沫!アンサラーは目を剥き絶叫!「サヨナラ!」爆発四散! 

「ハァーッ!ハァーッ!ハァーッ!」爆発四散の煙の中でニンジャスレイヤーは天を仰いだ。感じ取る。血管の隅々にまで行き渡る邪悪なニンジャソウルの力を。合一したナラクの存在を。禍々しきメンポを。装束を。そして猥雑ネオンの海の彼方に立つ、マルノウチ・スゴイタカイビルを見て正座した。 

「……スゥーッ!ハァーッ!スゥーッ!ハァーッ!」彼は眼を閉じ、チャドー呼吸を続けた。合一したナラク・ニンジャのソウルを、再びニューロンの同居者として認識するために。……そしてバリバリと痛々しい音を立てながら、「忍」「殺」メンポを引き剥がした。酷い火傷を負った頬が露になった。 

 その傷は、彼の驚異的なニンジャ耐久力によってじきに癒えるだろう。「ハァーッ!ハァーッ!ハァーッ!」だが闇の縁は深い。永遠に元に戻ることなく発光し続ける片目が、それを暗示している。彼は亡き妻子に毎夜の短い祈りを捧げると、ドラゴン=センセイへの感謝をニューロンの中で独りごちた。 

 満身創痍のまま重金属酸性雨に打たれ、フジキドは立ち上がる。スタジアムには機動隊の増援が駆けつけ、秩序が取り戻されてゆく。多数の死者が出たが、灰色のメガロシティは何事も無かったかのように、平然とネオンを明滅させ続け、コケシ・ツェッペリンの編隊が無表情に地上へ微笑みかけていた。 

 休んでいる暇は無い。アマクダリとの戦いは今夜も続くだろう。「Wasshoi!」ニンジャスレイヤーは禍々しくも力強いシャウトとともに、夜のネオサイタマへとダイヴした。 

 

◆◆◆

 

 オキナワめいた樹木がそこかしこに植えられトロピカル感を漂わせる、地上二百メートルの広い屋内プール。高い天井にはキョート製の小さな人工太陽がいくつも備わり、強烈な日差しとサロンめいた紫外線を照射する。 

 コストは高いが、この高層ホテルは堅牢なセキュリティが自慢の秘密会員制である。プールサイドの椅子には、サングラスと水着でくつろぐ女が二人。ナンシー・リーとユンコ・スズキだ。 

「実際ハイプライスだけど…ま、有名税って奴よね。たまにはいいでしょ、こんな贅沢も」ヤバイ級女ハッカーは、パイナップルが刺さったカクテル酒「オキナワ・アオイ」を飲んでから、気持ち良さそうに背伸びした。水着はストイックな色気を放つ黒。その眩しい胸は豊満だ。「お肌の調子はどう?」 

「悪くない、悪くない」ユンコは新品同然になった腕や脚のオモチシリコン、そして指先などを見ながらスシを補給した。水着は蛍光チューブが入ったサイバーフェティッシュ調。「前、プール嫌いって言ったけど、スクールのやつね。水泳の、飛び込みが嫌い」「アーハン」「こういうのは、割と好き」 

 今回の休暇は、ナンシーからのせめてもの罪滅ぼしでもあった。先のミッションにて、意図せずしてユンコを深く傷つけてしまった大元の原因は、休暇と対話が不足していたからだとナンシーは考えた。闇サイバネ業者を代わる代わる呼び、ボディの全身整備を行うため、ロイヤルスイートを借り切った。 

「ハードだったわね」「そうね、ハードだった。たぶん私、働きすぎると死んじゃうと思う」ユンコは上等なトロ・スシを食べながら言った。「今の冗談ね。休んだらちゃんと働こうと思ってる」「アイ、アイ」ナンシーはプールを眺め、その穏やかな青と赤いトリイ型浮き輪のコントラストを楽しんだ。 

 ウチコワシがこの光景を見れば、泡を吹いて怒り狂うだろう。だが身を守り、効果的にコンディションを整えるためならば、ナンシーは一切の躊躇なくこうした休暇を取る(そして仮想懲役が増える)。「ナンシー=サンって、男の人みたいだなと思ってたけど、そうでもなかった」「どういう意味で?」 

「つまり……ええと、働くことに対して?」「働き過ぎってこと?」ナンシーが察して笑った。「毎日好きな仕事で死ぬほど働いて、全然帰って来なかった。これ、父さんの事ね。で、たまに話しても、頭が良すぎるから、UNIXと話してるみたいで、言ってること、ワケがわかんない」「アーハン」 

「働き過ぎが悪いって事じゃなくて、ええと、つまり……ちょっと待って、伝えたい事がズレてきたから」ユンコはトロ・スシを口に運んで補給した。「ま、ゆっくりでいいわよ」ナンシーが手を挙げ、「あります」と書かれたノボリの横に立つセクシーなサイバーボーイを呼んで、カクテルを注文した。 

 あの日……「ほとんど違法行為」後も、モーターユンコは3曲パフォーマンスを続け、整備を終えて高速垂直リフト射出された豊満機体にあとを託した。ステージ袖で、ツキヨシ主任らは彼女を拍手とオジギで出迎え、「ありがとう、ありがとう」と何度も礼を言い、その場で即座に応急整備を行った。 

 あの後も若干のアクシデントや死傷者は出たが、ライブは続行され、ネコネコカワイイ・チームは維持された。ナンシーとユンコは、どのように雲隠れするかIRCで算段を立てていたが、その必要は無かった。主任たちはライブが終了し面倒な事態になる前に、彼女らを裏口へと案内してくれたのだ。 

 それはユンコを護るためでもあったのだろう。制御室には向かわず、娘と父ほども年齢の離れた技術者数名が裏口で一列に並び、伝統的サラリマン姿勢でオジギし、彼女らを見送った。サイバーゴスとして社会からナメられ続けてきたユンコにとって、それは衝撃的であり、どこか居心地が悪くもあった。 

 ユンコは直感的に、技術者たちが敬意を示しているのは、彼女だけでなく、彼女を造った父や先達たちでもあることを悟った。本当に行ってもいいのか?ユンコは改めて問うた。大仕事を終えた技術者たちは奥ゆかしく、また誇らし気に、自分たちは既に多くのものをモーターユンコから貰ったと告げた。 

 そして勿論、別れ際には、いつか整備などに困る事があれば、いつでもコンタクトを取ってほしいと彼らは言った。いずれ彼らを頼る事になるかも知れない。だがまだその時ではなかった。ユンコはモノバイク、ナンシーはロードキルに跨がり、走り去った。信頼に足る得難いコネだとナンシーは言った。 

 ハイウェイを並走しながら、ユンコは不意に、ローカルコトダマ空間めいた場所に迷い込んだことと、データ重箱を受け取った事を思い出した。アジトに戻ったナンシーは、それがネコチャンの記憶バックアップデータであることを解析した。サイオー・ホース。期せずしてユンコはそれを入手していた。 

 ナンシーはそれを、ネコネコカワイイのAIに備わった自動的な定期バックアップ・プロトコルによるものと推測した。また、ネコネコカワイイが自我やローカルコトダマ空間を持つ事にも彼女は懐疑的だった。何度か直結して試したが、ユンコはまだコトダマ空間認識能力を得てはいなかったからだ。 

 ナンシーは決定的なセッタイ映像データを抽出することに成功したが、骨抜きドロイド人権法案をカウンターするためにそのデータを用いることを躊躇した。どこか、今回の一件全体に関して、腑に落ちぬ、気味の悪さがあったからだ。例えば、謎の内部告発者についても、正体は掴めぬままだった。 

 そして、そのスキャンダルを公開するまでもなく、このブルシット法案は通らなかった。イッキ・ウチコワシによる煽動事件という想定外のXファクターが働き、暗黒メガコーポ各社の間で、何らかのパワーゲームが発生したのだろう。 

 では自分が視た光景は何だったのか、とユンコは問うた。夢か、あるいは一時的にIRCコトダマ空間認識能力が開かれ、ピグマリオンAIの自動的な挙動をそのように知覚したのか……。ナンシーにも解らない。だがドサンコでの一件でも明らかになったように、一時的な能力覚醒は起こりうる。 

 最終的にナンシーは、かの謎めいたピグマリオン・コシモト兄弟カンパニー社の陰謀を疑った。もし彼らがモーターカワイイを誘き寄せ、ネコネコカワイイと直結させるためのお膳立てを整えたとしたら?しかし何のために?スズキ・マトリックスのデータを吸収するために?……回りくどく非合理的だ。 

 …「ピボ」サイバーボーイが言い、カクテルを置いていった。「……で、そう、要するに何を言いたかったかっていうと、次のメンテの時は、少し髪の色を変えてみようかなって……」ユンコはまだ取り留めの無い話を続けている。「スタイルを変えたくないって、ずっと言ってたのに」ナンシーが驚く。 

「もちろん、どんなに不利でもスタイルは変えない。ただ、ちょっと色を変えるだけ」復活当初ユンコは、自らの形が変わる事を極度に恐れた。「ほら、中学の頃、髪型を変えるのに失敗して、ダサくなって、死にそうになってた。ええと、つまり、自分じゃなくなった、って感じ」「ワカル、ワカル」 

「……ネコチャンに直結した時、どんな姿だったんだっけ?」ナンシーは聞いた。「この形。服はいつもので、眉まで、完全に、同じ」「自我が強固になったんじゃないかしら」「タフになったって事?」「ま、そうね。色んな人と接すると、成長するものよ。ほら、あれって……」ナンシーは指差した。 

「あそこ、フジサン・スライダーの所に居る二人組って、もしかして、映画俳優の……」ナンシーはティアドロップ型サングラスを外した。「セレブ!ファック、ノー!絶対、嫌な奴らだから」ユンコは顔を振って大袈裟な表情を作った。「……まあ、セレブとかと実際に話した事は、無いけど」 

「ハッカーになりたいなら、何事も経験よ。楽しめるなら、なお良し」ナンシーが言った。「まだハッカーになるって決めてない」ユンコが苦虫を噛み潰したような顔でサイバネアイを回転させ、二人組をズーム。片方は銀髪のナイスミドル、首筋の端子もセクシー。マイコ回路が回転し、体温が上がる。 

「そうね、ファック野郎だったら蹴り飛ばせばいい」ユンコが立ち上がった。ナンシーがヒュウと口笛を吹き、弟子と並んで勇ましく歩いた。「物理肉体は論理肉体の揺り籠、私の自我は誰にも傷つけられない」「私はこの体と生き方に誇りを持ってる、形にこだわる」「違いに敬意を払うわ」「私も」 



【オイランドロイド・アンド・アンドロイド】終


N-FILES(設定資料、原作者コメンタリー)

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あらすじ:ネコネコカワイイの大規模ライブを急進的アジテーションの場へ変えんと企む闘争革命組織イッキ・ウチコワシ! ネコネコカワイイの技術者らを守るべくステージ上で戦うユンコ! だが敵ニンジャ「ソーマタージ」の力の前に為す術無し! そこへニンジャスレイヤーが高速垂直リフト射出され……。メイン執筆者はフィリップ・N・モーゼズ。

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