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S4第5話【デストラクティヴ・コード】分割版 #1

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『信じられません! これは凄い!』ヘリコプターは謎の破壊のもたらされた地域に接近。どうやらTVカメラで中継を行おうとしている。『ご覧になりましたか? 異常な稲妻です! NSTVでは日夜このような迫真映像を皆様の端末に届ける事を使命としております! すぐチャンネルしてください! そして……』

 リポーターはヘリから身を乗り出し、空に出現したものを凝視した。「あ……あれは……破砕月ではない……太陽でもない……あれは……黄金の……幾何学です」大粒の汗を垂らし、リポーターは震えた。「恥ずかしながら私、10……10年前のカタストロフィを……思い出す次第でございますが、空が……!」

 彼らは見つけた。何を。永遠を。空に溶け、留まる、力ある黄金を。異色の空に01のノイズが走り、赤紫の輝きが幾度も波紋となって頭上に散った。「この空の色は? 何らかの協定違反の有害物質がスモッグを生成しているのでしょうか? 詳しい情報がまだもたらされていません! チャンネルしてください! そして、エッ?」

 ヘリコプターの付近、鉄塔上で衣をはためかせる二つの影にリポーターが気づいた。「異常! あんな危険な場所に直立している人がいます! 二人もいます!」反射的に彼女はマイクを向けた。クローム色のフードマントを身に着けた、二人の……ニンジャ。背の高い方が首を巡らせ、緋色の目でヘリを見た。

「アイエッ!」ZZZZKT!「アイエエエ!」緋色の稲妻が電子機器を破壊した。急性ニンジャリアリティショックに陥った操縦者が悲鳴をあげた。ヘリはクルクルと回転しながら降下していった。「クキキキ! 見上げたジャーナリズム精神ではないか!」鉄塔上、邪悪なるニンジャ、ギャラルホルンは笑った。

「そして……キンカク」彼は手を庇に、黄金立方体を眺めて笑みを深めた。「無論、想定された事態、狩りのフェーズの深化というわけだが、いやはや……空の色は気にかかるな。こんな有様だったかしらん?」「儀式が終わろうとしているのか?」隣に立つ者が美しい声で尋ねた。目深に被ったフードでも美は隠せはしない。

「僕は儀式の詳細を調べるうちに疑問に思ったものだ。獣が狩られぬ限り、狩人は補充され続け、儀式が永遠に続くのではないかと。だが、突然のこの……歪み……」「然り。君の着眼点は理にかなったものだが、これでわかっただろう、我が友マークスリー君。オーバーフローは無視できる事象ではないと」

 ナムサン! マークスリー!? ギャラルホルンは今、この美少年をマークスリーと呼んだのか? だが実際、他の者ではありえぬ美少年! 我々がニンジャスレイヤーとの過酷なイクサの果てで爆発四散したと100%信じ切って決して疑わなかったマークスリーは、その実、生きていたというのか!

 美少年は形の良い唇を噛み、敵意を含んだ眼差しでギャラルホルンを見た。「僕は貴様の友ではない」「クキキ……世界は過酷だ。差し伸べられる手の中から、真の友を選び取り給えよ……即ちそれは清濁併せ呑むこの私だ」「友ではない。我らは……」「師弟と言うには大げさであろう?」「以ての外だ!」

「互いが互いを利用する。それが社会よ。それでよいのだ。いずれわかるうさ……話を戻そう。過去、カリュドーンの儀式はたびたびオーバーフローによる中断を引き起こしている。太古の昔、アクマ・ニンジャ討伐に端を発する誉れ高き闘争は、洗練を経て、獣と狩人のソウルとカラテをカツ・ワンソーに捧げる儀式となった」

「獣と狩人? 狩人と言ったか」「左様。獣の血肉のみならず。力を尽くして戦った狩人の死もまた、大いなる祖に奉じられる。それは実際、誉れであろう。祖がニンジャ大戦の後、お隠れになられた後も、遺された西軍の英雄達は、影の摂政を定めるべく、世界の果てでカリュドーンの密儀を行っていた」

「密儀とは」「決まっておろう。カツ・ワンソーは現世に在らず、キンカクに座し、眠り、時を待つ。なれば、獣の禍々しさとカラテ衝突の眩しさによってキンカクを揺り動かし、父祖のまどろみを僅かにでも中断せしめ、偉大な凝視、力の片鱗の開帳に、与ろうとしたのだ。調子の狂ったテレビを叩いて、つかのま光らせるようにな。クキキキ!」

「要は、物騒な祭りか」「違う。祭りではない。闘争を制したものは摂政のハンコを得る。それは実際、権力そのものだ。多大なる現世利益があるからこそ、カラテに真の力が籠もり、意味を持つ」ギャラルホルンは目を細め、しばし物思いした。

「ウシル・ニンジャという英雄がかつて居た。当時執り行われたカリュドーンで、獣は62人もの狩人を仕留めた。63番めに地に立ったのは、ウシルの送り出した狩人であった。彼のカラテの秘儀すべてを継承させた狩人だ。だがその狩人が獣と相打ち爆発四散した時……蓄積された膨大なエネルギーは制御を失い、暴発し、あろうことか、ウシルをも滅ぼした」

「何故。イクサに出たのはウシルではなく、その代理の者であったのだろう?」「クキキ……」ギャラルホルンの目が、探るように暗く輝いた。「真相は闇の中よ。だが奇しくもウシル・ニンジャは、セト・ニンジャの政敵であった」「セト……!」「さあ、今回のセトが何を企んでいるか、考えて見給え」

 BOOM……BOOOM……。赤紫ネオンじみた色彩の空に01ノイズの波紋が生ずるたび、遠雷じみた重低音が彼らのニューロンをどよもす。「我らが考える猶予も、そう長くはない。ネオサイタマはじき終わる」ギャラルホルンは呟いた。「破滅の只中で真の勝ちを攫うには、油断なき知恵と、ユウジョウが必要だ」


◆◆◆


 マルノウチ・スゴイタカイビル屋上には奇妙なモヤがかかっており、暗黒メガコーポのドローンやマグロツェッペリンのカメラであっても、その凝視を逸らされてしまう。一方、モヤの内にあっては、多少歪んだガラスを見通すように、外を見る事が可能だ。それはセトの代理戦士ブラックティアーズがかりそめに張り巡らせた、目くらましの障壁であった。

 今、この場に居るのは彼ただ一人。

 ブラックティアーズが左手を軽く動かすと、普段はオトモ・ドロイドじみて肩の上に浮遊している水晶球が、ベクトルを与えられて、屋上部の中央に飛翔した。そして彼は黒いエメツ鉄輪を幾重にもつけた右腕を前へ突き出し、カラテシャウトを放った。「イヤーッ!」水晶玉が周囲にホロ映像を投射した。

 映像は精緻なネオサイタマのワイヤフレーム俯瞰図であった。驚くべきことに、俯瞰図の中を、ニンジャスレイヤーを示す光点と、狩人達を示す光点が動き回っている。リアルタイムの位置把握だ。そうまでして、周囲に誰も居ない事を確かめたのは何故か?

「イヤーッ!」再び彼はキアイした。水晶球が反応した。球体がブルブルと震え、表面を泡立たせたと思うと、不意に多面体に変化した。そして、開いた。カシャカシャと音を立て、多面体はパズルめいて展開されていった。その中から……おお……黒いマガタマが姿を現したのである。否、一見それは黒いが、角度によっては黄色くなる。奇妙な光学エフェクトであった。

 ブラックティアーズは黒く隈取られた目に畏怖をよぎらせ、マガタマを見守った。マガタマ周囲に展開するネオサイタマ俯瞰図は実際、生きている。その中央にマガタマの実物が位置している。俯瞰図に脈打つネオンの川めいた力の流れ、それがマガタマに集まり続けている。

『時は満ちる』セトの声。

「は!」ブラックティアーズはその場に跪いた。ネオサイタマ俯瞰図を見下ろすように、セトのホロ像が出現していた。セトは優雅な仕草で顎を掻き、言った。『既にこの都市の上空にキンカク・テンプルが可視だ。マガタマの力か。獣の力ゆえか。此度の儀式が生ずる力の滾り、実に旺盛である』「は……」

『我はオヌシのカラテを疑っておらぬ、ブラックティアーズ=サン。オヌシが獣を狩れば、それにて勝利。カリュドーンを制し、摂政のハンコは我がものとなる』しばしの沈黙の後、セトはやがて言った。『仮にそれが果たせずとも、サツガイを現世に呼び戻せば我らが勝利。即ち、如何様に転んでも勝利だ』

「深甚なる采配でございます」ブラックティアーズは頭を下げた。『……そう考える筈だ。オヌシは忠実なる戦士であってみれば』セトは含みをもたせた。『しかし。空を見よブラックティアーズ=サン。この異彩の空を。……カツ・ワンソー刮目すれば、空に金の雲たちこめ、かき曇る。而してこの色は?』

「……」ブラックティアーズは障壁越しに、ネオサイタマの空を見渡した。赤紫のネオン・ノイズの波紋が散り続ける異常な空を。『可能性を考えねばならぬ。たとえば、そう』セトは指を立てた。『在ってはならぬ干渉物がカリュドーンに紛れたのだとすれば。そしてそれが隠匿されているのだとすれば……!』

「御意」ブラックティアーズは立ち上がった。カシャカシャと音を立てて多面体が再びマガタマを覆い隠し、水晶球の形をとった。スゴイタカイビル屋上を覆っていた、外側からの視線を逸らす超自然の靄が晴れた。ブラックティアーズの元へ幾つかの影が飛び来たり、指示を受け、再び散開していった。


◆◆◆


「動かせないオリガミ」が、ネオサイタマの幾つかのポイントに存在している。赤黒の、アブストラクト・オリガミ。どんなテクノロジーによってか、空中に静止し、破壊することも、取り除ける事もできないのだという。特に有名なのはポンポン・ビルディングの屋上に浮かぶオリガミだ。

「極めてヤバい場所」に浮かぶ赤黒のオリガミは格好の興味の的となった。そもそもポンポンの屋上など、通常ならば誰も立ち入る事などできはしない。だが今は事情が違った。ポンポンを支配していたギャング集団が壊滅し、忍び込む事自体は以前よりも容易になった。殺されない可能性が生まれたのだ。何者かの手で、ライトアップ照明が設置されていた事もあった。

「だとすればよォ……」油断ならぬニンジャの身体運びを駆使し、鍛え上げられたパルクールで吹き抜けを蹴り渡りながら、ザナドゥは独りごちた。「やらずには居られねえンだよな……! イヤーッ!」繰り返すトライアングル・リープ。手すりを掴み、身体を持ち上げる。

 上層にはヒトの気配が実際無い。闇が、不気味な看板の残骸が、あるだけだ。ユーレイ。ユーレイは恐ろしすぎる。「たのむぜ」ザナドゥは首から下げたオマモリ・アミュレットを握りしめた。辻占い師から買ったアイテムで、ありがたい祈祷のパワーが込められており、ユーレイ、オバケ、磁気嵐を防ぐ。

「イヤーッ!」吹き抜けの上階から垂れ下がったワイヤーを掴み、コンクリートを蹴って、さらに上へ。やがて彼は……屋上に……出た!「やッ……た!」清冽な屋外の空気。ここ数日、急に色彩の壊れてしまった空だが、闇よりはずっといい。そして実際、彼はアブストラクト・オリガミを至近で見た!

「とりあえず……」ザナドゥは携帯端末を取り出し、オリガミをカメラで撮影した。それから、腰のホルスターに収めたスプレーを手にとった。

 ザナドゥはグラフィティ・アーティストだ。ネオサイタマにおいて、グラフィティは到達困難な地点に描かれているほど、そして反抗的であるほど尊いとされる。ポンポンは暗黒メガコーポの支配下にないから、反抗性はあまりない。だが困難性の芸術点は高い。

「……すげえな」ザナドゥはもう一度オリガミを見上げ、言い知れぬ感情に打たれた。オリガミをスポイルするつもりはなかった。ただ、遠くから望遠鏡で見たこのサップーケイなオリガミに、環境を添えようと思った。

「イヤーッ!」ザナドゥはマイを舞うように跳び、スプレーの色彩を踊らせた。彼のジツが色彩に力を与える。生き生きと描かれた桃の枝葉がねじれながら伸び、ネオンの果実をつけ、上空に留まるアブストラクト・オリガミを捧げ持つように、オーガニックな輝きを保つ。

「イイんじゃねえか……?」左右に動いて最終的な見栄えを確かめ、腕組みして、ザナドゥは己の作品を、そしてオリガミを凝視した。不意に胸が熱くなった。彼は目を擦り、それから、即席のアートを後ろにセルフィーした。「これで女子高生どもも俺の事をリスペクトする筈……ア!?」驚愕。視線の先に。

「かまわん、続けろ」ニンジャスレイヤーはアクビして、座り直した。

「アンタ、ニンジャスレイヤー=サン!」ザナドゥは慌てた。「違う! 女子高生どもッてのは、俺自身への照れ隠しっつうか、言い訳だよ。関係ねえんだ」「どうでもいい。おれも、寄っただけだ」「寄っただけ……」ザナドゥは呻いた。

 彼は背後のアートを振り返り、それからニンジャスレイヤーに向き直った。「いや。どうでもいい、のは違う、きっと、アンタ」ザナドゥは言った。「だって、ここは最悪のポンポン・ビルディングだ。ちょっと公園で昼寝するのとはワケが違うぜ。なんでアンタ居るんだ?」「……」

「それ」ザナドゥはニンジャスレイヤーのすぐそばにある残骸に気づいた。「照明装置だ。ライトアップするのに使うやつ」「……」ニンジャスレイヤーは答えない。ザナドゥは推測をクチにした。「アンタが壊したのか。カラテで、殴って? 誰かが置いた照明装置を……」「……ああ、そうだ」

「……」此処まで来て? わざわざ? オリガミを目立たせた機材を壊した?「……それって……」それ以上ザナドゥは口に出して問い詰めはしなかった。手はだらりと降りた。下を向き、咳払いした。アブストラクト・オリガミを作ったのは、目の前にいる、このニンジャスレイヤーだ。答えられずとも、わかる。

 その確信が、ひるがえって、ザナドゥ自身がこの都市伝説じみたアブストラクト・オリガミに心惹かれた理由を気づかせた。ザナドゥはかつて、このニンジャスレイヤーに絶体絶命の危機を救われた。ただ命を救われただけではなかった。この男はザナドゥのアートにリスペクトを示したように思った。

 なにかその時の態度が、ザナドゥの心に引っかかっていた。だからだ。だから、オリガミを見た時、言葉ではない部分で、感じ取ったのだ。「そういう事だ。今わかった」彼は防壁にもたれて座るニンジャスレイヤーを見た。「俺のアートも……勝手にアンタの作ったものを目立たせちまったみたいになっちまったよな」

「別に、いい」ニンジャスレイヤーは首を横に振った。「オリガミはおれが、結果的に、生み出した。それだけだ。ライトアップを壊しに来たのは……我ながら、くだらない事をしたと思っている」「……俺……」「それに、お前が描いたのは、良い桃だ」ニンジャスレイヤーは呟いた。「消す必要はない」

「マジか?」ザナドゥは作品を振り返った。「……マ?」「ああ」ニンジャスレイヤーは頷いた。ザナドゥは深く息を吐いた。「……よかった。カラテで殺されるかも知れねえなッて。ビビった」「やるか?」「いや、マジで遠慮する!」ザナドゥは笑った。そして懐からオニギリの包みを取った。「食うか」

 ニンジャスレイヤーは無言で肩をすくめた。ザナドゥは一つ投げ渡した。そして自身も隣に座り、オニギリを食べた。「作品を一発仕上げて、逃げずに留まるチャンスってあんまりないだろ。ポンポンは無人だって聞いたから。眺めるのもオツなもんかと思って、持ってきた」「そうか」ウメ・オカカ。

「他のポイントのオリガミも、アンタが作った……? IRCで話題になってるんだぜ」「結果的には……生じた」ニンジャスレイヤーは言葉少なに答える。ザナドゥはマッチャ・ドリンクを取り出した。どうして作った? 何故オリガミが生まれた? 訊きたい気持ちはあったが、畏怖に似た感情が、それを躊躇わせた。


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