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【ヘラルド・オブ・メイヘム】#1

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ヘラルド・オブ・イル・フェイト ←


 冷たい雨が降り続く。陰鬱な紫灰色の陣営に離着陸を繰り返す重い質量体は、ハコブ級キャリアー。エメツ反重力クラフトの高い機動力を確保し、20人超の人員を運ぶことができる強襲輸送艇である。この作戦で使用されるキャリアーはヌーテック社のプロダクトゆえに、サンダーホークやヴァルチャーといった勇ましい獣の名前が特徴的だ。

 ビヨンボで守られたテントの中では電子工兵がラップトップUNIXを卓上に並べ、今も高速タイピングを行っている。ネザーキョウはインターネットを禁止した国家であるが、電子的な妨害は意外にも強固であった。

 それらの奥、ひときわ厳重に守られたテントの中で、デズデモーナとヘラルドは司令官とのブリーフィングを終えた。炎上するバンクーバーでデズデモーナが自己権限で迎え入れたヘラルドの役割確認、そしてミッション詳細の摺合せだ。月破砕後の諸紛争において、身体能力に優れ、予測不可能な戦闘能力を持つニンジャ達は作戦行動の要となり、尊重される。

「これで貴様は強襲部隊の一員。以後は私の預かりだ。ヘラルド=サン」

 テントから出ると、デズデモーナはヘラルドを振り返った。ヘラルドは暗い眼差しで睨み返した。

「愚かな女だ」

「フン、貴様が言うか。他にネザーキョウ入り出来るアテもあるまいに」

「……」

「強襲作戦は絶対に成功させる。傭兵の素行などどうでもいい。たとえそれが賞金首であろうともな」

「約束は果たす……安心しろ」ヘラルドは言った。「だが、その後は自由にさせてもらう。私には必ず果たすべき使命がある……!」

「十分だ。後は私の知ったことではない。どうせ大半が死ぬ作戦だ」

 と、デズデモーナ。そして人だかりを示した。喧騒。傭兵ニンジャ同士の荒々しいオスモウが行われているのだ。

「イヤーッ!」「グワーッ!」

 人だかりが割れ、投げ飛ばされたニンジャが仰向けに昏倒! 歓声!

「見ろ。貴様同様、戦う以外に価値のないクズどもだ。……どうした?」

「……!」

 ヘラルドは驚愕に目を見開いた。

「さあて。次はどいつじゃ。かかって来い」

 不敵に言い放ち、青く燃える目で見渡したのは、ヘラルドがよく知るニンジャであった。グランドマスター、ザイバツ右将軍ニーズヘグ……!

「ニーズヘグ=サンは我が部隊で突出した戦士だ。最も強い」デズデモーナは言った。「どこの出身か要領を得んが、まあ、どうでもいい事だ。殺す意志があればいい。使い捨てだからな。……お前、奴を知っているのか?」

「さあな」

 ヘラルドはフードを目深に引き下ろした。デズデモーナは笑い、ヘラルドの腰を後ろから押した。

「貴様ら。コイツは新入りのヘラルド=サンだ。歓迎しろ」

「何を……!」

 デズデモーナはヘラルドに顔を寄せ、耳打ちしながら、ひそかに甘噛みした。

「イクサの内容でも私を満足させられるか見せてみろ、ファックボーイ。なに、奴をブチのめせとは言わん。喰らいついてみろ」

「……!」

 ヘラルドはデズデモーナを振り払った。眼前に、殺気を肩から立ち昇らせるニーズヘグが立っていた。

「次はオヌシか。よかろう」

 獣じみた笑顔。何故、ここに。そしてその青く燃える目は一体。「何故」が重なり、ヘラルドをほとんど呆然とさせた。彼らの周囲で荒っぽい歓声が渦巻いた。血に飢えた傭兵ニンジャ達。

「なんじゃ。ワシの顔に何かついとるかァ。この目が気になるのか?」

 ニーズヘグは、ヘラルドが実際ザイバツのヌケニンである事を気づいていないように思える。ヘラルドは訝しんだ。そんな事がありうるのか? 彼はかつてヘラルドとともにネオサイタマに出陣した。ニンジャスレイヤー奪取作戦だ。まさかその記憶も無いのだろうか? だが……!

「イ……イヤーッ!」

 殺気にあてられ、ヘラルドは食い気味に飛びかかった! ニーズヘグは待ち構え、突進を受け止める! 二者の圧力は拮抗し、爆発的な衝撃波が草を散らした。二者の背に縄めいた筋肉が浮かび上がった。

「ヌウウウーッ……!」

 ヘラルドは目を血走らせた。間違いない。やはりこのカラテ。どこかぎこちなくはあるが、間違いなく、右将軍ニーズヘグのものだ。

「のう。ヘラルド=サンよ。オヌシ、見たところワシへの迎えの者ではないな」

 ニーズヘグが囁いた。ヘラルドは震えた。やはり気づかれている。当たり前だ。

「あ……貴方こそ、ここで一体何を。生きておられたならば、何故キョート城への帰還をなさらぬのか……!」

「カカカ……ちと下手を打っての。現世に留まる力を得たが、城に戻れん身体になってしもうたわ。それゆえ、こうして色々と難儀しておってな……で、オヌシの方は、何じゃ?」

「……!」

「ヌケたか。ギルドを」

 ニーズヘグは直感的に指摘した。ヘラルドのカラテが乱れた。

「ヌケの分際でワシに説教とは!」

 ニーズヘグは笑い、さらなる力を込め、圧力をかけた。ヘラルドは苛まれた。ミシミシと音が響いた。踵が大地に沈み、亀裂が生じた。ヌケニンした裏切り者をこの場で殺すつもりか。だがヘラルドは抗った。

「私は……! 私には倒すべき敵がいる! ニンジャスレイヤーという宿敵が!」

 ニーズヘグの力に抗い、全身にカラテが循環する。胸のエメツが傷んだ。黒い石は既に、彼の心臓と分かちがたく融合し、深く根を張っていた。それゆえにこそ、キョート城に囚われていたはずの彼のかりそめの肉体は、この世界に存在し続ける事ができているのだ。

「我がイクサを阻むのであれば、たとえ貴方と言えども……ザイバツと言えども……!」

「言えども、何じゃ」

「ヌウウウーッ!」

 ヘラルドは押し返す。まるで岩山じみたニーズヘグが、微かに後退した。そして低く呟いた。

「善哉」

 ヘラルドは天地逆さになり、肩から地面に落下していた。KRAAAASH!

「グワーッ!」

 ヘラルドは受け身を取って起き上がり、追撃の踵落としを躱した。荒くれのニンジャ達がどよめき、歓声をあげた。ヘラルドとニーズヘグは再びタタミ2枚距離で向かい合った。

「……!」「……こんなもんじゃろ」

 ニーズヘグはオスモウを打ち切り、囲むニンジャの一人と交替した。かわりにヘラルドに対したのは、スローダイヴと名乗る傭兵ニンジャだ。見物していたデズデモーナはニーズヘグとの立ち会いを見届けた事に満足し、UCA兵に呼ばれてその場を去っていった。

「イヤーッ!」「グワーッ!」

 ヘラルドは瞬間的な組み合いと決断的なカラテでスローダイヴを打ち倒し、自らもオスモウ遊戯の囲いを飛び出した。

「グランドマスター・ニーズヘグ=サン!」

 ニーズヘグはすぐに見つかった。彼は帷幕のひとつに居り、ドブロクで一杯やろうとしているところだった。

「何じゃ。話は終わったぞ」

「何故私を捨て置くのか? 私は……」

「阻むなと言うたり、かといえば追うて来る。ようわからん奴じゃ」

「私はギルドに戻るつもりはありません。憎き敵ニンジャスレイヤーを……この手で殺める。それが我が宿命。たとえ、あるじが奴のヤリ・オブ・ザ・ハントを求めていようとも、もはや関係無し……!」

「ハ! 見てのとおり、ワシもまた自由ならざる身よ。ただでさえ込み入っておる中で、オヌシごときコワッパにいちいちかかずらっていられるか。誅滅する価値があるや否やもわからん。正直、パッと見ではどこの誰やら、わからなんだわ」

 ニーズヘグは意地悪く言った。ヘラルドは胸を押さえ、ニーズヘグを睨んだ。言葉を探す彼に、ニーズヘグはドブロクの甕を押し付けた。

「邪魔じゃ。物欲しそうに突っ立っとるしか芸が無いなら、サケに付き合え。この地で思いがけずギルドを知る者に出くわしたのもまた一興じゃろ」


◆◆◆


 アルファ・チームはサンダーホーク機内で向かい合って座り、各々、瞑想したり、ZBRガムを噛みながら、じっと待ち構えていた。投入されるハコブ級キャリアーは全部で6機あり、各チームは12人。ニーズヘグはヘラルドの機ではなく、チャーリー・チームのキャリアーに搭乗していた。

 ヘラルドは拘束具じみたデバイスを不快に思った。オヒガンを揺蕩うキョート城からシャドーシップで出撃し、イサオシを重ねた日々……二度とは戻れぬ時代。ニンジャスレイヤーが全てを奪ったのだ。

「怖いのか? 貴様。ふふふ」

 彼の隣にはデズデモーナ。含み笑いと共に、ヘラルドを横目で見る。くぐもった駆動音に続いて、ゆっくりと機体が浮上を開始した。

 機内の石のような沈黙の中で、作戦指示のホロ映像が投射される。

「ニーベルング作戦」。東北東へ飛行し、ネザーキョウ領内へ侵入。城塞都市トオヤマに攻撃をかける。投入されるニンジャ戦力は全部で11人。6機のキャリアーにわかれて搭乗する。これはUCAの一度の作戦行動においては異様な数といえた。

(全責任は貴様が取る、そういう事だぞ)

(お任せあれ)

 陣営において、念を押す司令官に対し、デズデモーナは殆どうっとりとしながら頷いて見せたものだ。そのとき同席したヘラルドは、実際の力関係においてデズデモーナが司令官の上に立ち、御しているという事実を察した。

(デズデモーナ=サン。わかっているだろうが、この規模の作戦であれば、ニンジャは通常2人、多くても3人で事足りる。それ以上多くしたところで無意味だ。複数のニンジャを一箇所に集めて運用しても、ニンジャの戦闘能力は活かせず、むしろ広範囲兵器や輸送機への対空砲火でイチモ・ダジンされる可能性が増すばかりとなり……)

(無意味という事はありませんよ。先入観など、くだらない。イクサとはアシュラですよ、司令官殿)

(アシュラ……?)

(お行儀よくルールの中で戦ったところで、敵の首は取れぬということです。先入観捨て去るべし。アシュラとなれ。そういう事です。まして、相手が文明の外にいるネザーキョウの連中となれば、尚のこと)

(お前がニンジャの傭兵を掻き集めて来ることに関して咎めがないのは、私が特別に認めてやっているからであって……)

(そう、感謝しております。大変に。私とて、UCA正規のニンジャを不用意に浪費するような愚かな真似はしないという事……ならば、今回の作戦におけるカスどもの運用、どこに間違いがあるのです?)

 自説を自信たっぷりに語るデズデモーナのアトモスフィアには、どこか捨て鉢なところがあった。彼女は虚無的な女だった。イクサの中に暮らし、肉欲に溺れ、殺しを喜びとする。UCAの行く末やら、死の恐怖やら、そうしたものにはハナから興味がないようだった。

 行動を共にした期間はまだ短いが、ヘラルドは、彼女がUCAの中にあってはあまりに異質な性格の持ち主であると感じていた。彼女の抱える荒々しい虚無は、ザイバツ・シャドーギルドの中にあれば、カラテとイサオシへ昇華できるたぐいのものであったのだろうか。

『ネザーキョウがトオヤマと称するカルガリーの城塞は、ネザーキョウ内の他都市同様、重要な五重塔力場ネットワークの結節点を形成していると考えられます。作戦目的はトオヤマ城塞に奇襲をかけ、五重塔を全て破壊しつくす事です!』

 ホロ映像が威圧的な電子マイコ音声を発した。

『この作戦は、アルカナムの先端科学者であるサクタ・イイダの有意な仮説にもとづくものであります。即ち、ネザーキョウの龍型巨大飛行生物の脅威は、あの謎めいた五重塔群の生み出す力場によるものであるという説の検証行為でもあるのです!』

 長虫めいた龍のワイヤフレーム映像が形作られた。タイクーンの騎龍だ。

「UCAの戦力はこの長虫に散々に辛酸を舐めさせられてきた」デズデモーナが言った。「ネザーキョウの領内、周辺地のどこにでも現れ、好き放題やって去っていく。ネザーキョウに一発食らわせるには、アレはいかにも邪魔だ。遠ざける事ができるならば……」

『仮説は複数の観測ファクトに裏付けられています。五重塔破壊によって力場が後退すれば、龍型巨大飛行生物の行動を抑制する事が可能となります。そうなればUCAの勝利はもはや目前となるでしょう! ネザーキョウのニンジャどもと祖国を捨てた裏切者どもに裁きの鉄槌を下し、戦車大隊の車輪で踏みしだく時が来ました! 皆さん、殺戮し、制圧し、思い知らせるのです!』

「この期に及んで引き返したいと言う奴はいるか!」デズデモーナが大声を出した。「あいにく地面は遥か下だ。死にたいならば敵を殺して死ね。クソッタレどもの城が近づいてきたぞ!」

「逃げ出すカスなんてのは、ここには居ねえ!」

 ヘラルドの向かいのモータルが叫んだ。誰も彼も、高揚薬物で恐怖を殺しているのだ。

「ブッ殺してやる!」「やってやるぞ!」「アアアア!」

「ハッハッハッハ! 戦って死ぬんだ、貴様ら!」

 デズデモーナは笑った。

 くだらん。ヘラルドは胸中で罵り、全身にカラテを漲らせた。このイクサを利用し、ネザーキョウの領内への侵入を果たす。そして……!

(ワシが目指す地はネザーキョウの東にある)

 ニーズヘグの語った言葉がニューロンに去来する。

(オヌシの妙な勘が働く先と、同じ方角じゃな)


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