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【ベイン・オブ・サーペント】


この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正版は、上記リンクから購入できる物理書籍/電子書籍「ニンジャスレイヤー ネオサイタマ炎上1」で読むことができます。

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ニンジャスレイヤー第1部「ネオサイタマ炎上」より

【ベイン・オブ・サーペント】


 フルタマ・プロジェクト、第一区画。陰鬱な暗黄色の空を背後に、ずさんな塗装のせいであちこちにひび割れを生じた白色の高層住宅群が立ち並ぶ。

 ハイウェイからプロジェクト区画へのジャンクションには、輝かしいネオンで彩られた巨大な看板に「すべてのネオサイタマ市民に暖かい食事と安全を」と誇らしげな字体で書かれている。もちろん、こんな欺瞞を信じるものなど誰一人として存在しない。

 企業体による酷薄な再開発によって土地を奪われた人々は、「カンオケ」と呼ばれる黒い窓なしのトラックに乗せられ、最低限の衣食住を保障するこのプロジェクトに押し込められる事になる。

 しかし、それでも虐げられた人々は安堵するしかない。少なくとも彼らにはまだ屋根があるし、臓器もある。まだきっと這い上がる余地はある......そう自らにいい聞かせ、汚染された河川に隔てられたオムラ・インダストリの工場へ向かう往復バスへ、毎朝5時に乗り込むのである。

 しかしてこの日。「カンオケ」の列をすり抜けるようにして、一台のロードキル・デトネイターがジャンクションを通過し、プロジェクトへ降りて行った。ロードキルは40年以上前に倒産したバイク・カンパニーである。その流麗かつシンプルなデザインは、このマッポーの世においてもはやオーパーツだ。

 プロジェクト区画への外部からの出入りは厳しく制限されている。このロードキルは明らかに異物であったが、光学ゲート・セキュリティが咎める事はなかった。

 ドライバーは女だった。黒いレザーのライダー・スーツが、しなやかなボディ・ラインを強調している。女はフルフェイスのヘルメットに触れ、ハンズフリー通話をオンにする。「ナンシーよりホゼへ。支障なく通過した、オーバー」「冗談はやめてくれよ、ナンシー」くぐもった、困惑気味の答えが返る。

「何度でも言うが、今やっている事はメチャクチャやばいんだぞ。お前がヘマしたら、俺だって......」「本当に感謝してるのよ、ホゼ=サン。そして、信頼もしてる」ナンシーはロードキルをドリフトしながら停止させた。

 ホゼが通信を返す。「当たり前だ。俺の偽装には全く何の問題も穴も無い。でも、俺がどれだけ完璧にこなしたところで、君がやらかしちまったら、それでオシマイなんだからさ」「そこは信頼してもらうしかないわね」

 フリージャーナリスト、ナンシー・リーの眼前には、代わり映えのしない白色の高層マンションが列になっていた。「14号棟だッけ?どれ?」「いま場所を送る」ヘルメットのバイザーに簡素な位置情報が点灯する。ナンシーは再びロードキルを発進させる。

「しかし、こんな吹き溜まりに、本当かよッて感じだな?」「そうね。だからこそ今まで気づかれずにきた、消されずにきた、でしょ」「ガセって事は無いのかい?」ナンシーは返事をしなかった。目指す14号棟にたどり着いたのだ。

 ナンシーは柳の木の傍にロードキルを停め、フルフェイスのヘルメットを脱いだ。金髪がこぼれ落ちる。ツナミと磁気タツマキに周囲を囲まれ物理的・電子的に完全にサコクしている日本において、「ガイジン」、とくにアングロサクソンの存在は稀である。勝ち気な美貌が目的達成の予感に輝いていた。

「六階だ」ホゼが告げた。ナンシーは慎重に階段を上がっていく。各階の壁には住民間で情報交換を行うための掲示板が備えられている。『おいしいお肉ですか?』『安いと思います。』被写体のマイコが無機的な微笑みを浮かべる色褪せたポスターは何年も前の商品の広告で、住人の無気力、無関心を物語る。

「ヤンバナ・サシミ事件」。ナンシーが半年にわたる取材で情報を積み上げて居場所を特定し、今まさに目と鼻の先に迫りつつある人物は、二年前に政財界を震撼させた、かの疑獄事件のキーパーソンであった。

 発端はある偽装事件。国内の食料品シェアの87%を握っていたヤンバナ・サシミ・プロダクト&ディストリビュート社が、十年にわたって、ハマチ粉末に違法なブリ粉末を混ぜ、あまつさえ、コクをごまかすために、危険性が指摘されるプロテインすら混入させていた事が明らかになった。

 ヤンバナ・サシミ社は事実を隠匿するために、政府関係者に現金をばら撒き、摘発を逃れていた。しかもその献金は政府の毎年の予算に組み込まれていたのである。

 この事実が明らかになったことで、大臣の約半数がセプクし、ヤンバナ・サシミ社は解体、国民の主要な栄養源であったハマチ粉末の供給システムが崩壊した事で、スシが食べられず餓死する人々が前年比30000%をカウントした。

 事件に前後し、不可解な動きがあった。疑惑の中心にいた司法大臣、ダイタロウ・モジモトの潔白が最高裁の判決で確定。事件発覚後わずか4日間のスピード裁判である。そして食料品業界のシェア22位の位置にあったドンブリ・ボン社が急激な成長を遂げ、二ヶ月後には業界トップの座についたのである。

 ナンシーはこの動きに不可解なものを感じ、動き出した。彼女の執念深い調査は、ついに、当時の捜査最高責任者であった男が突然に職を辞し、行方をくらませていたという事実、そして彼の現住所をも、突き止めたのである。彼の名はアラキ・ウェイ。彼はいったい何を知り、何を恐れて、姿を消したのか。

「六階についた。部屋番号は606よね?」ホゼからの返事を待つが、無言である。「ホゼ=サン?」仕方が無い。ナンシーは部屋番号を目で見て確かめ、606の扉の前に立った。表札に名前は無い。ナンシーはドアノブに手をかけ、ゆっくりとひねった。「開いている」ナンシーは呟いた。

 ナンシーは鉄製の扉を押した。錆びた鉄が軋み、ナンシーは顔をしかめた。606は無人のようだった。工場からアラキ=サンが戻るのを待つとしよう。ナンシーはリビングへ足を踏み入れる。「!!」

 眼前の光景に、ナンシーは凍りついた。殺風景なリビング。開け放たれたベランダの窓から吹き込む風で、ベージュのカーテンが揺れている。そして、床に倒れて動かぬ初老の男と、その傍にしゃがみ込む赤黒い人影......ニンジャである!

 赤黒いニンジャ装束の男はナンシーを睨みつけた。ナンシーは足がすくんだ。ニンジャの顔を覆うクローム色のメンポには、恐怖を煽る字体で「忍」「殺」と彫金されている。初老の男の口からは濁った血液が一筋、床に流れ落ちている。......そんな、なぜ、こんな事が!

 ナンシーは弾かれたように606号室を飛び出した。「ホゼ!大変よ、アラキが......」あの初老の男がアラキだ、間違いない。ニンジャがアラキを殺したのだ、よりによって、ナンシーが真実にたどり着くほんの数分前に!だが今はそれどころではない。ナンシーは廊下をダッシュした。早く!階段を!

 ナンシーは階段を駆け下りようとした。だが、阻まれた。五階への踊り場で、早くも彼女の望みは絶たれてしまった。「カメ!」誰かが叫んだ。視界の端を、なにか縄のような影が横切った。「カミツケ!」ナンシーは足首に強烈な痛みを覚えた。ブーツを貫き、何かが彼女のくるぶしに突き刺さった。

 途端に、意識が混濁し始めた。ナンシーは壁に手をついた。視線を下ろすと、ナンシーの足から太腿へ、黒と黄土色の網模様のヘビが這い登ろうとするところだった。このヘビに噛まれたのか?なぜヘビがこんなところに?

 ナンシーは悲鳴を上げようとしたが、声が出なかった。体の自由がどんどん効かなくなってゆく。ナンシーは踊り場に尻餅をついた。ヘビはナンシーの体を這い進み、赤い舌で鼻先をチロチロと舐めた。ナンシーはゾッとした。そして、階段の下からは、不穏な足音がゆっくりと近づいてきた。

「クンクン嗅ぎ回るネズミめ」姿を現したのは、先程とは別のニンジャだった。黄緑色のニンジャ装束を着て、だらりと垂らした両腕には汚い包帯がギブスのように巻きつけられている。このニンジャの腕は爪先近くまで長さがあった。

「モドレ!」不気味なニンジャが命じると、ナンシーの体に巻きついていたヘビはスルスルと這い降り、そのニンジャの足元へ寄っていった。飼い主というわけか?「ドーモ。ナンシー・リー=サン。コッカトリスです」ニンジャはナンシーにレイをした。ナンシーは歯を噛み合わせて震えていた。なぜ名前を?

「動けないだろう。そういうドクだからな」コッカトリスはほくそ笑んだ。「ホゼ=サンはかわいそうにな、ナンシー=サン?」ナンシーの背筋を再び冷たいものが駆けた。ホゼ?ホゼと言ったのか?コッカトリスはシュウシュウと笑った。「ホゼ=サンは今頃、臓器バンクのお迎えでも待っている頃かもな?」

 足元のヘビがコッカトリスの体を登り、首にマフラーよろしく巻きついた。「さて、ナンシー=サン。色々とお前の目的を教えてもらうが、その前に、すこうし楽しませてもらうからな?」終わりだ。なにもかも。

 さらに、六階のほうから降りてくる足音があった。最初に出くわした赤黒い装束のニンジャだろう。コッカトリスの相棒だ。絶望を絶望で上塗りするというわけね、神様。ナンシーは笑おうとしたが、毒のせいでそれもできなかった。そして、足音の主が姿を現す。それはやはり赤黒い装束のニンジャたった。

 ナンシーは踊り場でふたりのニンジャに挟まれた格好である。だが、赤黒のニンジャはナンシーを一瞥しただけで、すぐにコッカトリスへ向き直った。「ドーモ、はじめましてコッカトリス=サン。わたしの名前はニンジャスレイヤーです」二人のニンジャの間に緊張が走った。

「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。コッカトリスです」コッカトリスは目に見えて動揺したようだった。「お前がどうしてここに」「ニンジャを見れば、殺すのみ」ニンジャスレイヤーは無慈悲に言いはなった。コッカトリスは首に巻いたヘビをほどき、やおらニンジャスレイヤーに投げつけた。「カメ!」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは飛びかかるヘビを素早くチョップした。目にも止まらぬ速度である!空中で、ヘビは無残にも輪切りにされていた。

「うわさどおりの使い手か、ニンジャスレイヤー」コッカトリスの両腕の包帯がスルスルとほどけてゆく。「だが、俺と出会ったのが運の尽きよ」おお、見よ!なんという事か!コッカトリスの両腕は、生きた大蛇になっているではないか!

「おれをバンディット=サンやヒュージシュリケン=サンのようなサンシタと一緒にするなよ?」コッカトリスの右腕はアナコンダ、左腕はコブラである。「驚いたか。リー先生の手術に耐えるニンジャソウルの持ち主だけが、このダイジャ・バイトを修得できるのだ。つまり、俺だけだ」

「ソウカイヤは自己紹介を長くやるのがルールか?」ニンジャスレイヤーは構えた手の甲をコッカトリスに向け、手招きの仕草をした。「来い、コッカトリス=サン」「カミツケ!」コッカトリスが叫んだ。アナコンダの腕がニンジャスレイヤーを襲う!「カメ!」コブラの腕がニンジャスレイヤーを襲う!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは、空中のコブラとアナコンダをそれぞれの手でチョップした。「グワーッ!」二匹のヘビは頭部に強打を受け、のけぞった。「マキツケ!」コッカトリスが叫んだ。のけぞったヘビは、チョップしたニンジャスレイヤーの腕にするすると巻きついた。

 巻きついたコブラとアナコンダがニンジャスレイヤーの自由を奪う。「どうだ動けないだろう。これが俺の必勝の形だ。お前は生きながら喰われるのだ!」コッカトリスの不気味なメンポが縦に割れ、素顔があらわになった。なんと!剥き出しになった彼の歯は、残らず鋭利な牙となっている!

 己の口元へ手繰り寄せようと力を込めるコッカトリス、そうさせまいと抗うニンジャスレイヤー。二人の間で命をかけたツナヒキが展開されていた。意識だけが自由な状態で、ナンシーはただその戦いの行方を見守るしかなかった。

 ニンジャスレイヤーは踊り場上でじりじりとコッカトリスに引きずられつつあった。「もうすぐだ!」コッカトリスは嘲笑い、乱杭歯から毒液の飛沫を撒き散らした。「こっちへこい!」

 そのときである!ニンジャスレイヤーの両腕に、縄のような筋肉が浮き上がった。「ワッショイ!」瞬間的なエネルギーの爆発に任せ、ニンジャスレイヤーは思い切り両腕を頭上に振り上げた。「グワーッ!」コッカトリスの両腕のダイジャが、引きちぎられた!

「グワーッ!」コッカトリスは階段を転がり落ち、のたうち回った。ニンジャスレイヤーの腕に巻きついたアナコンダとコブラが力なくほどけ落ち、床に横たわる。ニンジャスレイヤーは二匹の頭部を丁寧に踏み潰した。「これでシンプルになったな、コッカトリス=サン」「グワーッ!」

「腕が無くなって寂しいか?」ニンジャスレイヤーは呆然とするナンシーの横を通り過ぎ、階段を降りてゆく。「グワーッ!」コッカトリスは切り株のような両腕の断面から緑のバイオ血液を噴き出し、床をのたうちまわった。「ならばリー先生とやらに植え直してもらえ。先に行って待つがいい、地獄でな!」

「グワーッ!」コッカトリスは床をのたうちまわった。ニンジャスレイヤーは苦しむコッカトリスの頭に踵を振り上げた。「イヤーッ!」そして、無慈悲に振り下ろした。「サヨナラ!」頭部を破壊されたコッカトリスは、断末魔とともに爆発四散した。

 壮絶極まりないニンジャ同士の殺し合いが終幕した。ニンジャスレイヤーは階段を上がり、踊り場に戻ってきた。ナンシーは己の死を覚悟した。ニンジャスレイヤーはナンシーを見下ろし、装束からキンチャク袋を出すと、中から一粒のニンジャ・ピルを取り、それをナンシーに飲み込ませた。

 それからわずか数秒で身体に活力が呼び戻されたことにナンシーは驚いた。「あ、あなた、一体」震えながら、ナンシーは声を絞り出した。ニンジャスレイヤーは無感動に告げた。「噛まれてからさほど時間が経っていない。すぐに動けるようになるはずだ。それを待ってせいぜい遠くへ逃げるがいい」

「これは何?なにが起こるの?アキラ=ウォンを殺したのは?なぜニンジャが殺し合いを?」「俺はニンジャではない。ニンジャスレイヤー(ニンジャを殺すもの)だ。ナンシー=サン、探偵ごっこはおしまいにして、ネオサイタマを去れ。ソウカイ・シンジケートをみくびるな。奴らは甘くない」

「質問に答え....、....?」ふと瞬きしたその時、ニンジャスレイヤーは姿を消していた。「畜生!」ナンシーは毒づいた。しばらく待つと、ナンシーの両脚にも自由が戻ってきた。くるぶしの傷が心配だったが、さいわい、腱は無事のようだった。ナンシーは脚を引きずり、606号室へ戻った。

 リビングにはアラキの死体が放置されていた。ナンシーは残された手がかりを求め、部屋を行き来した。殺風景なアラキの住居には何も残されてはいない....いや!違う!

 リビングのタタミに残されたアラキの血の染み。それはメッセージだ!わずか三文字の、だが、なんらかの意図の元で残された、彼の死に際の暗号だ。「....タヌキ」ナンシーはその単語を口に出してみた。タヌキ。この言葉に、何かが隠されている。

 血で書かれた暗号「タヌキ」。ニンジャスレイヤーはこれに気づいただろうか?......いや。ナンシーは唇を噛んだ。この意味をつきとめれば、いずれ彼女は真実にたどり着くはずだ。そしてそこにニンジャスレイヤーもいるはずである。ここで引き下がる訳にはいかない。

 五分後、ナンシー・リーはロードキルに再びまたがり、ハイウェイを疾駆していた。汚染された雲は嘘のように晴れ渡っていたが、太陽もまた、曇天と同じく不快だった。病んだ太陽は、溶けかかったドクロのような不吉なシルエットをネオサイタマに投げかけるのだった。


【ベイン・オブ・サーペント】終



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